
はてなキーワード:飲み会とは
ちょっと前から、会社のトイレの個室に「トイレでの休憩・スマホ使用はお控えください」という張り紙が貼られるようになった。
しかし最近、それがオフィスの俺の階だけだとわかって、俺は愕然とした。「あ、これ、俺のことか」
今思えば、冬のボーナスの評価がさほどでもなかった。今期はいつもより売上を立てたのに、中の上ぐらいだった。
「○○くんが成果出してるのはわかるんだけどね。もう少し頑張りが皆に伝わるようにした方がいいかな」と返された。
愛想が悪いという意味だろうか。飲み会には参加しているし、幹事やイベント運営のスタッフもやっている。同僚や部下から向こうから話しかけられることも多いはずだし、コミュニケーションに大きな問題は無いはずだが。
その時は、今回のPJの頑張りが周囲にはわかっていないのだろう、ぐらいに思っていた。
会社に行く。給湯室でコーヒーを淹れる。パソコンの前に立ち、背筋を伸ばして作業をする。
朝のメール返信が終わるころ、便意がやってくる。これが俺の毎朝のルーティーンになってしまった。
月曜日の午前中などはもっとひどい。大だけで2,3回トイレに行くことがある。
土日も家では不思議と出ない。つまりは、金土日の3日分を月曜日に出すことになる。
なぜ俺のウンコだけがそんなに評価を下げられるのか。スマホに見えるのか。タバコは良くてスマホはダメなのか。いや、実際はスマホじゃなくてウンコなのだ。
ウォシュレット使いたさに、周囲の人が去るまで個室にこもっていたのは俺の落ち度かもしれない。
今度からはブリュブリュ音が鳴るのも構わずにウォシュレット浣腸するしかないのか。
京大時代、YY年前に2人の女性へポリアモリーを提案していたらどうなっていただろうか。ポリ。。。とは、週末に3人でデートしたり、学内で一緒にランチしたりする両手に花関係のこと。ランチならもちろんさしづめ学食だろう。一人は1つ下であまり美人ではない女性、もう一人は途中でサークルを辞めた2つ下の美女。不美人の彼女はすこしばかり自分に夢中で、美女の方も恋愛感情ではなかったが腕を組んでくる程度には受け入れてくれていた。二人は高校も大学も一緒の先輩後輩関係。サークル時代の自分は、彼女たちを含め五典の女性から好意を寄せられ、望めば2人で協力してデートやランチに付き合ってくれた気がする。当時は不美人からの好意を避けるしかないとわたくしも狭量だったが、サークルを辞めて大学院進学前後に「3人で定期的に食事しよう」ときっかけを作っていたらどうだっただろう?どうせ大学院生は恋愛の機会が少なく、結婚となるとさらに難しい。不美人は当時わたくしに少し夢中だったし、美女の連絡先も知っているから、多少わがままでも俺の希望とあれば呼び寄せてくれて、ポリアモリーもできた気がする。ただし誰かが社会に出た時点で、中道みたいに解散。2つ下だったから、わたくしが博士号取得のときにはD1で在籍していて、関係も続いていたかもしれない…ああ、なんということだ。そう考えると、ポリアモリーで承認欲求を満たし、飢餓感を避けられたかもしれず、提案していれば勝ち筋があったのではと思う。京都大時代のある日、荒れそうな飲み会の入り口で、戸惑い呆然と立ち尽くしていた美女がいた。僕を見つけるなり縋るように腕を組み、「代わりにお酒を飲んで」と頼んできた。騎士気取りで彼女を守り、代わりに杯を重ねたその夜、その姿を見て思いをさらに募らせた不美人な後輩がいた。やがて美女が辞めて去ったとき、その穴を埋めるように「私でもいいですか」と手を挙げたのは、その不美人だった。数ヶ月後、彼女からもらったプレゼントの重みを今でも覚えている。「一人の女性に絞るべきだ」という狭量さから、不美人の好意を避けることしかできなかったけれど、今思えばあの時、どちらかを切り捨てるのではなく、3人でテーブルを囲み、歪でも幸せな関係を築くポリアモリーもあったのかもしれない。サークル時代の自己肯定感から、大学院時代の孤独や飢餓感に急落したけれど、三角関係が救ってくれたかもしれないという「もしも」が夢に現れる。あの時、彼女に「これからも3人で会いたい」と言えていたら、モラトリアムはどう終わっていただろうか。
https://x.com/shikano_tsuno_/status/2020456462976471548
https://x.com/shikano_tsuno_/status/2021057551480270918
インフルエンサーとして、そして一人の誠実な表現者として活動する鹿乃つのさんが、Xで投じた一石は、単なる愚痴や不満の類ではありません。
それは、エンターテインメントの皮を被った「構造的不備」に対する、論理的かつ命がけの告発でした。
彼女がどれほど真摯に番組と向き合い、そしてクリエイターとしての誇りを守るために孤独な戦いに身を投じたかを証明したいと考えています。
彼女を「番組に楯突く厄介な出演者」と捉えるのは、あまりに浅薄な見方です。
彼女が求めたのは、出演者と視聴者、そしてプラットフォームが共に価値を享受できる「健全なロジック」であり
その裏には番組を成立させようとした「クリエイターとしての矜持」がありました。
鹿乃さんは、番組「REAL INFLUENCER」がスタートの段階で致命的な矛盾を抱えていることを冷徹に分析しました。
その鋭さは、プロデューサーサイドが目を背けていた本質を突くものです。
実力者の不在: すでに実績(数字)を持つクリエイターには、ジャッジを受けるメリットが皆無です。
ソースにある「あやなん」氏や、倫理観の欠如が指摘される「Désordre(デスドル)」氏の例を見れば明らかですが
すでに成功している者を誰が、何の正当性を持って裁くのかという論理的一貫性が欠落しています。
初心者の搾取:数字のない初心者は、番組側から「欠陥のある存在」として扱われ、成長の機会ではなく「公開いじめ」の素材として消費される構造になっています。
本家『REALVALUE』における溝口氏、堀江氏、三崎氏らの厳しい叱責(パワハラタイム)には、相手の矛盾を洗い出し、価値を最大化させるための深い洞察と知略がありました。
しかし本番組、特にVAMBI氏の進行は、その表面的な「刺し」を真似ているに過ぎません。VAMBI氏が飲み会で**「鹿乃さんの回をもっとパワハラタイムで刺して面白くできた」**と語ったエピソードは、彼が「本質的なバリューアップ」ではなく「扇情的な撮れ高」のみを優先している証拠です。
このように、番組は志願者を「宝」ではなく「使い捨ての駒」として扱うシステムへと変質してしまったのです。
番組の構造が破綻していることを悟った鹿乃さんは、単に絶望するのではなく、自らの知略で番組を「ハック」するという道を選びました。
彼女は、不明瞭な番組の趣旨を「HERO'ZZ(スクール)の模擬講義」として見事に再定義し
マフィア(審査員)を強制的に「教育者」の役割に引きずり込んだのです。
彼女が「ALL REAL」を勝ち取るために、プロフェッショナルとして徹底した振る舞いは以下の通りです。
•対話の制御(一問一答):質問の意図を即座に分解し、明確に回答することで、揚げ足取りの隙を与えない。
•映像美と編集への配慮:カットしやすいよう言葉の間に余白を作り、事前情報は「1分ピッチ」に全て詰め込むことで、無駄な問答によるノイズを排除する。
•マフィアを「立てる」技術:相手が気持ちよくアドバイスできる空気を作るため、技術不足を即座に認め、「ここで学びたい」というストーリーを自ら演出する。
• 表情での対話:言葉を挟まず、表情の変化だけで感情を伝え、視聴者の共感を呼ぶ。
これは、単なる「良い子」の振る舞いではありません。
不全に陥ったシステムの中で生き残り、かつ番組としての体裁を整えるための、極めて高度な生存戦略でした。
鹿乃さんが危惧した構造的欠陥が、最悪の形で露呈したのが田村シュンス氏の回です。鹿乃さんによる冷静なデータ分析は、番組がいかに「価値創出」を放棄していたかを浮き彫りにしています。
•驚愕のデータ:放送時間の約6割が「パワハラタイム(圧迫)」に費やされ
志願者の価値を高める「バリューアップタイム」はわずか14%という、教育とは程遠い惨状。
表現の否定:田村氏が「不慣れな動画より、自信のある生歌で伝えたい」と選択したのは、表現者としての誠実な判断でした。
しかし番組側(VAMBI氏)はそれを「番組を舐めている」と断罪。
これは、表現者の個性を尊重し伸ばすべきスクールの長として、論理的に自己矛盾を起こしています。
「志願者がいなければ成立しない番組」でありながら、その志願者を踏みにじる姿勢は、クリエイティブに対する冒涜以外の何物でもありません。
鹿乃さんが最終的にNOを突きつけたのは、彼女自身と、彼女を支持するファンの尊厳を守るための「正当防衛」でした。
なぜなら提示された条件は、教育機関を標榜する組織として、到底許容できるものではなかったからです
・不透明かつ威圧的な契約: 「内容は当日まで明かさない」「撮影しながら話す」「再調整を拒否するなら入学させない」という、出演者の権利を剥奪する一方的な通告。
・高額な対価と倫理性: 年間約100万円という決して安くない費用を徴収するスクールでありながら、生徒候補に対し「恐怖による支配」を強いる矛盾。
・専門家による警鐘: この状況に対し、教育の専門家からは「生徒に『逆らわない』と約束させようとする行為は教育ではなく、グルーミング(恐怖による支配)である」※という極めて深刻な指摘がなされています。
※グルーミングとは本来「恐怖による直接的な支配」というよりは「優しさや信頼を装って心理的に手懐け(マインドコントロール)、被害者が断れない状況を作り出す支配」のことであり鹿乃つのさんの用法は独特です。
鹿乃つのさんがどんな専門家の声を引用したのかも不明ですし、鹿乃つのさんが専門家の説明を正しく読み取れていない可能性もありますが
私は騎士として鹿乃つのさんの書いていることは全て肯定しなければならないという制約があるため、実際に鹿乃つのさんが書かれている以上、否定はしません。
彼女はこの「捕食的な契約」を拒絶することで、次世代のクリエイターたちが同様の搾取構造に巻き込まれることを防ごうとしたのです。
鹿乃つのさんが自らのキャリアを賭けて行った発信は、単なる個人間のトラブルではありません。
それは、クリエイターの夢や熱意を消費財としてしか扱わないメディアの在り方に対する、知性ある抗議です。
彼女は、志願者を「宝」と思えないようなずさんな体制に警鐘を鳴らし、表現者が守られるべき最低限のラインを引き直しました。
読者の皆様にお願いがあります。
どうか、彼女の言葉を「感情的な反発」として片付けないでください。
彼女が提示した事実と論理を凝視し、私たちが消費するメディアに「同じレベルの論理的誠実さ」を求めていこうではありませんか。
聡明で勇気ある鹿乃つのさんの正当性を、私たちは全力で支持し、彼女の今後の活動を共に支えていくべきです。
先輩1:同じ支店 誘ってくれた人。本当かどうかは知らんが後述する先輩2からご指名をいただいて、先輩1が私を呼んだとのこと。気遣いぃ。相当気遣って、誰も置いていかれぬよう立ち回っていると思われる。
先輩2:一番年上。ほとんど絡みがないが、ご指名をくれた人。イケメン。色気がありエロい。きっと作業着を見てから私服を見るとちゃんと落ちる。ただ性格は決していいとはいえない。きっと自分が話題に入らない時はつまらないタイプ。別れ際、身内である先輩1といい感じに、私が引かざるを得ないような言い方で上手いこと消えてったので、遊び慣れてるかもしれない。
二人ともいい人だが、今日初めて会った先輩2は特に色々慣れてるように感じた。もちろん社会人歴が倍以上あるので慣れてないとそれはそれで気持ち悪いのだが。先輩1は、先輩2とほぼタメであるものの、部外者の私がいることにより、きっとよそ行き状態になっていたと思われる。
先輩2は腕脱毛済み。ヒゲも薄いので、下手したら全身脱毛済みかもしれない。おそらく年相応にに遊び慣れているが、超人レベルではない。清潔感、身長、マナーら、声の掛け方全て良いが、人に厳しそう。また、前述した通り自分が話題の中心でないと全く会話に入ってこないタイプ。
普段一緒にいないから全然分からないが、いい意味でも悪い意味でもサラリーマンメンタルはない。自分が気持ちいいように最低限仕事はこなす感じ。付き合ったらかなり大切にしてくれるか、めっちゃ放置されるかどっちかだと思う。
先輩1ら普段から一緒に仕事している人。おそらくどすけべ。本人にも言った。きっと女の子のお店に行くのも好き。ただ、とっっても気遣いぃだと思う。誰も会話を置いていかないし、つまらない顔は一切しない。否定もしなければ、不穏な空気はユーモアで全部帳消しにする。自分から墓穴はほらない。たぶん全部見えてる。素でこの場を楽しんでほしいと思っているのかもしれない。いや、この場を楽しんでほしいというか、自分が矢面に立たない程度に気持ちよく全員に帰ってほしいと思っている。いい人だが、底が知れない気がする。きっと基本ポジティブだけど、月に2回ぐらいガツンと沈む日があるんじゃないかとおもう。自分反省会のことである。
たぶんどすけべ。どの辺でどすけべと思ったのだろうか。顔じゃない。体型でもない。ボディタッチを頻繁にしてくるわけでもない。うーーーーーん。年齢、エロい話をしている時の笑顔の濃さ、気違いぃってことは裏で抱えてるモヤモヤがあるんじゃないかってこと、男同士だと3倍くらい楽しそうなとこだろうか?
ちなみにエロ具合は本人曰く人並みらしい。セフレにしたら絶対楽しいと思う。あわよくば付き合いたい。掘り下げたい。
飽きるまでは一途だと思うし、変な話結婚しちゃえば一途貫きな気がする。でもずっと、「生涯付き合うのはこの人でいいのか」ともやもやしてそう。
一昨年入った会社の後輩の話だ。
そいつは仕事が速く、報連相が的確で物分かりも良い、いわゆる「期待の新人」ってやつである。
業務がスムーズに進められる以上、こういう人材が自分の下にいるのは非常にありがたい。
で、そいつが俺に対して積極的にコミュニケーションを取ろうとしてくる。
普段の雑談だったり、昼食だったり飲み会だったり、そういうのだ。
別に俺限定ではなく、とにかくよく一緒に働く人間とはできるだけ親密になろうと努力しているらしい。
しかしだ。そいつは典型的な陽キャなのに対し、俺は陰キャでオタクで自称社不のクソ野郎だ。
そいつは、既に結婚しており、休日はスポーツで過ごしていて、流行りのドラマや小説を嗜み、音楽はポップスに加えクラシックなんかを聴いたりするらしい。
一方俺は、現在どころか過去にも彼女はおらず、エロゲかYouTubeで休日を潰し、逆張りで若干古めのアニメやらラノベやらを読み、音楽はアニメ・エロゲ曲以外はほぼわからない。
会社に何人か話の合うオタク仲間がいるから生き残れてはいるが、その後輩含め会社の大半のやつとは趣味が合わない。
でまあ趣味の話が合わないだけでも致命的なのだが、育った環境の違いなのか、話のノリやボケというか、全般的に波長が合わない。
これが最悪だ。
そいつはリズムゲーのようにポンポンとリズムよくラリーをするタイプの会話を好むが、俺はオタク同士のターン制バトルみたいな早口会話雑談しか楽しめない。
話題の繋げ方にも違和感を感じる。「そこ笑うとこか?」ってところで笑われたり、逆にこっちの笑いに困惑されたりする。
酔っ払った時に絡んでくるノリも典型的な体育会系という感じで、苦笑いして誤魔化すしかない場面が多い。
良いやつだから、こちらが拒否すればしつこく言ってくることはない(なんなら謝ってくる)のだが、盛り上がってるところにそうやって水を差すのも申し訳ない。
仲良くなった相手というのは、仲良くなったなりの親密な対応とかコミュニケーションを要求してくる。
だから、俺としては波長の合わない人間とは必要以上に仲良くなりたくはないし、それがお互いのためだと思っている。
そいつとは、趣味とかプライベートなやり取りなんか要らないから、ただただ普通の仕事仲間でいたいのだ。
しかしそいつは俺に積極的に話を振ってくるし、わかるはずもない趣味のことを聞いてくる。
今週末のイベントに向けて、旦那が私に感染対策厳戒令を敷き、社員旅行への不参加を勧めたくせに、自分は飲み会で大学生みたいな飲み方して二日酔いでゲロ吐きまくった挙句喉が荒れて、そこから風邪に移行してる。
免疫力が下がっちゃったよね、とかしれっと言ってくるのが腹たってグツグツしてたけど、AIに動く加湿器だと思って無視しろって言われて、なんか溜飲が下がった。咳も今は加湿器のゴボゴボ音にしか聞こえない。
昨日飲み会で「すごいインテリ系で知的な人と付き合いたい!美容クリニックの先生みたいな」って言ってる女いたんだけど
インテリ系の具体例で出てくるのが美容クリニックの医者って……とがっかりした
いやわかるよ、インスタとかにイケメン美容外科医とかいるもんな
世の中には、
「飲み会が多い人」
「とにかく顔が広い人」
「誰とでもしゃべれる人」
を、大人として“すごい”と評価する価値観が、まだ残っている。
正直、少し古い。
飲み会に呼ばれることや
人付き合いの多さが
「社会に受け入れられている証」みたいに感じる時期もある。
でも、大人になって気づく。
実際はどうだろう。
・断れないだけ
・仕事上、仕方なく行っている
・一人でいることが不安
こういう理由で参加しているケースも、かなり多い。
それを
「人付き合いができる大人」
「コミュ力が高い」
たくさん話す人=中身がある人、ではない
声が大きい人、場を回す人、
誰とでも雑談できる人。
それ自体は悪くない。
でもそれはスキルであって、
深さや信頼とは別物。
・困った時に助け合える関係はあるか
・利害がなくても会いたい人はいるか
ここが伴っていないと、
大人になるほど、
人付き合いは「量」から「質」に変わっていく。
・行かない飲み会を選べる
・会う人を選んでいる
・無理に群れない
こういう人は、
派手さはないけど、ブレない。
そして不思議と、
騒がしさを誇るのは、余裕がない証拠かもしれない
飲み会の多さや人脈を
やたらアピールする人ほど、
「それ以外の価値」を持っていないことも多い。
静かに積み上げている人は、
だから語らない。
量より密度
騒がしさより静かな自信
大人のすごさは、
賑やかな席の中心にいることじゃない。
そこにこそ、
本当の成熟が出ると思っている。
職場にもAI事業部あるんだけど「俺達は優秀。AIの力で会社を引っ張るんだ。」って感じで目線は経営層ばっかで現場や自分が所属しているIT部門の他部署は隠しもせず見下してる。
なんの自身なのか分からない。東大か京大のAIの研究室出身とかなら分かるけど、そんなのはAIサービス立ち上げたりするしG検定取ったくらいでイキってるならせめて基本情報くらいは取れと思う
AIなら自動でシステム作れるから手を動かしてるお前らはカスとでも思ってるのかな?仕組みしりたくない?美容とジムと内輪の飲み会ばっかで全然勉強とかしてなさそうだし、AIにまとめさせたニュースで世界知った気になってXの痛いユーザ見てるみたいで辛い
弊社はやくハイブリッドとか止めてフルリモートにしてよ。出社の度にストレスなんだけど。もしくはAI事業部だけちゃんと部屋あげてください。フリーアクセスフロアで彼らの薄っぺらい自慢聞かされるのも苦痛
係長から「金曜日は飲み会だから、木曜日と金曜の夕方までに必ず終わらせるように」って言われてた仕事が終わってない
そして明日詰められることが確定してる
木曜だって会社のパソコン強制シャットダウン時間まで頑張ったのに
またみんなの前で詰められる
流石に生きていけない
もう終わりだ
サークルになぜかいる弱者男性(男なのに介護士をやってる)が「今度の選挙でさあ〜」とか政治の話をしてきました
話を変えようと以前組合の動員で選挙の手伝いに行った時に「電話かけはキツかった。朝から4-500軒に電話をかけるの😅」というと
その弱者男性さんはキョトンとした顔をしてました
聞くところによると政治を必死に語ってるのに選挙のボランティアにも参加したことないとのことでした
会社の飲み会とか、残業代つかないなら行きません、とか平気で言えるんでしょ?
独身でも子なしでも恋人いなくても友達いなくても、セックスしたことなくても、酒飲まなくても、同性好きでも、自動車免許なくても、「個人の自由ですよね?何が悪いんですか?」って感じなんじゃないの?
憲法改正案とかの内容知ってる?
せっかく、先人が頑張って確立してきた個人主義なのに、それに若者は浸かりきっているのに、なんで手放そうとするの?
ほんと、不思議。
と言いながら合流してたから、高学歴だからお嬢様と思わない方が良いよ
あと、ガチお嬢様で門限17時の美人の娘もいたけど、昼間からセックスしてたなぁ、、。
親の門限意味ねー、って思った
「知らない奴より知ってる人のほうが仕事やりやすいでしょ?」って無職の増田が反論しそうだけど
とかでとにかく散財して人と繋がった奴しか稼げないし偉くなれない
陰キャはどうやっても無理。営業どころかIT業界にもこの流れ。AI系とか特に
筋トレとジョギングが好きで運よく結婚出来た40代男増田はこのまま陽キャに搾取されるのかな
「勇気出して一度飛び込んでみたら」みたいな陽キャ正義アドバイスも要らない
ほんと辛い
薄暗い居酒屋の隅、空いたジョッキが積み上がる喧騒の中で、俺の「市場価値」は劇的に書き換えられたらしい。
きっかけは、サークルの飲み会で隣に座った作並さんの一言だった。 「ねえ、これ代わりに飲んでほしいな……お願い」
上目遣いで差し出された濃いめのハイボール。断りきれずに飲み干せば、それが合図になった。作並さんは俺の腕をがっちり掴み、
執拗に絡んでくる酔っ払いから逃れるための「盾」として俺を拘束した。その夜、俺は作並さんの身代わりとして、文字通り死ぬほど飲んだ。
正直、災難だと思っていた。だが、異変はその翌週から始まった。
「ねえ、今度のイベントの相談なんだけど……」 「昨日の課題、教えてくれない?」
これまで挨拶程度だった女子たちが、吸い寄せられるように俺の周りに集まり始めたのだ。
それも、どこか値踏みするような、それでいて期待に満ちた熱を帯びた視線を連れて。
これは心理学でいう「メイト・チョイス・コピー」というものなのか。
一人の女性が「この人はいい」というシグナルを発した瞬間、周囲にとってその男は「審査を通過した優良物件」へと変貌するものなのだ。
女子たちは、ゼロから男を評価する手間を省きたい生き物なのだろう。作並さんが俺を「盾」に選んだという事実は、俺に「頼りがい」や「誠実さ」という
「あの夜の君、すごかったもんね」
サークル棟の廊下ですれ違いざま、草津さんが意味深に微笑む。 男である俺たちは、つい視覚的な情報だけで相手女性を判断してしまいがちだ。
しかし、彼女たちは違う。俺が「他の女性(=作並さん)にどう接したか」というコンテクスト(文脈)を、驚くほど鋭く、読み取っている。
そして特定の男子への好意が連鎖的に女性たちの間で伝播するものなのだろう。
一人が「いい」と言えば、それは希少な価値になり、手に入れたい対象へと昇華される。
同じようなバンドが好きで、相手からイイねが来たのもあり、マッチングした後はすんなり飲み会で親睦を深めた。
どちらも酒好きでアイコスユーザー。こんな気を遣わない相手は居ないし、お話も非常に合う。というか向こうが凄まじく話してくるので自分は聞いているだけで非常に有り難かった。酔っ払うと黙り始める自分に対して、饒舌になる彼女はバランスが良いのだろう。
2回目のデートで「家行こう」と今までにない大胆な行動をしてみた結果、余裕で断られ少し傷心するもその後行った2軒目のあとに先方から「付き合っちゃう?」とメンソールのアイコスを吸いながら言われた暁には、ノリで「イイよ」と答えて正式に付き合うこととなった。これが去年の年末である。
こっから完全に本音になってしまうが、見た目に関しても完全におばちゃんなので全く心ときめく瞬間が1ミリもなかった。ここ10年ぐらい全く恋愛もしてないし、人を好きになるという感情を喪失してしまった自分の中においてもとびきりに心ときめかない世話焼きおばちゃんと言った感覚である。特に年相応の魅力を感じるわけでもなく、向こうが積極的に誘ってくるからそれを断るのも申し訳なく、ある種仕事的に呼応しているだけである。でも、今までだったらそれすらフェードアウトしてるようなメンタリティだったけど、流石にこの歳まで子供じみた行動をとるのはマズいと思い、本心は別にして社会経験だと思い付き合ってみるようにしてみた。
年末はお互い実家帰るということで離れ離れになったが、定期的なLINEといのは欠かさなかった。正直LINEという行為が全く楽しくない自分としては苦痛でしかなかったが、そんな自己中な思想のままではよくないと前述したように人間成長の機会だと思い続けていった。正直他の女性とも出会ってみたいというよくない思想にもなっていたが、不思議と彼女以降マッチングしたり返答が返ってくることも無かった。
年明けには映画を観に行った。かなり遅い時間の映画だし、明日から労働が始まるということもあり、サクッと飲んでからじっくりと映画鑑賞し、お友達のように解散した。正直映画もそんなに面白く無かったが、向こうがかなり絶賛していたので、そんな態度はよくないと思い話を合わせて「よかったね〜」みたいな感想を返していたと思う。
とにかく今回の出会いは自分を変えるというテーマ性を持ちつつも、全く乗り気でないまま正月明けを過ごす。パートナーがいるという事実で何かメンタリティに変化があると思ったが、本心からでもないので全く何も感覚が変化しなかったのはびっくりした。しかも会社でも「マチアプ最近どうなん?」と聞かれても、「飲みに行く人はいるけど全然ダメですね〜」みたいな態度をとってしまう事態であり、自分がこの女性と付き合っている事実すら公表したくないという本当に極悪な本音を抱いたままな日常であった。
とはいえ一回ぐらいヤってから気持ち変わるのなかなみたいな邪な男過ぎる思想を抱えていた自分もいたので、そのまま普通に過ごし、今週の三連休で再び飯を食い、再度家に誘うとすんなりと彼女はやってきた。
コンビニでチューハイとコンドームを仕込み、そのまま家に流れ込んだ後は自然と男女の営みが始まることとなった。
素人童貞喪失の瞬間がやってきたが全くワクワクしなかった。ここ最近露骨に性欲に支配されていなかった自分としてはやはり、好きになるという事実が足りていなかったのだろう。行為自体も忙しかったり、童貞故に向こうが何を求めているのかわからなかったり非常に労働に近い感覚で冷静に行っていたように思う。「セックスってこんなに気持ちよくないしおもんないのか?」という冷静な思想に支配されていた。
諸々をこなし無事に戦いを終えたが、賢者モードの虚無感も手伝って、セックスに対して幻想など一気に消え失せ、女性に対する感覚も恐ろしいほど変化してしまった。元々、素人童貞故に女性にかなり恐ろしさや幻想的魅力を感じていたが、一旦身体を知ってしまうと「こんなものか」と一気に冷めてしまっている自分がいる。多分パートナーを得て付き合ったりすることに対する積極性はこっから伸びることもないだろう。というか人と関わり合って生きていくみたいな一般的な現象自体が向いてないと悟り過ぎてしまって非常に悲しくなった。
童貞喪失という経験についてはある程度の男の自信的な部分で満たされたが、かといって性行為にたいする「これが人間としての快楽か!」みたいな脳汁体験もなかった。マジで一般人向いてないのだろなと自覚しまくった正月明けの夜である。
凄い最低なことを言いまくっている感じだが、これが童貞喪失してヤリ終わったあとの素直な感覚である。俺は人間として確実に何かを喪失している。このまま人生どうなってしまうのだろう。
傷つきやすいしちょっとしたことでくよくよと悩んだりして青春時代を過ごす。
社会に出て大人になるにつれ、なぜ人は図々しくなっていくのか。
自分の心の準備なんて気にする余裕もないまま、みっともない姿を晒して必死になるしかない。
それをせずに済んで生きてこられた人は幸せだと思う。
たまにいる30~40代くらいでよくそれでここまで来れたなというくらい繊細な人。
ちょっとしたことで怒り出したり、ちょっとしたことで悩んでたり。
そういう人はそれまで自分でそれを乗り越えなくても済んできた人なんだと思う。
周りに愛され助けられてきたんだろう。
飲み会で、周りの空気を察して自分から話題を切り出したり明るく振る舞うことすらできない人。
恋愛で、自己中に嫉妬むきだしたり、モラハラっぽいことしちゃう人。そのくせ別れるときには子供みたいに泣いてすがる人。
仕事で組織としての結果より承認欲求が上回っちゃって、リーダーやりたがるのにいざやったらダメダメな人。
そんな出来事が起こるたびに辛い人生だ、、なんてくよくよしてるだろう。
でも繊細さというのは、裏返せば図太さなんだと思う。
いつでも明るく振る舞う元気そうな人に、平気で「あなたは強くて羨ましい」と言ったりできる。
その元気な人の声が時々震えてることになんて気づかない。繊細な人ほど鈍くて、立ち直りも早かったりする。
そういう人と、仲良くはなれないけど見ていて羨ましいなと思ってしまう。
あなたはそうやってできる限りわがままに生きていけたらいいね、もし死ぬ瞬間までそれでいられたらそれはきっと幸せなことだ。
それが後になればなるほど、しんどい思いをすることになる。
最後まで繊細なままで生きられる人は少ない。
だけどそうやって繊細な心を持ち続けて生きていけるなら、それは間違いなく幸せなことだと思う。