
はてなキーワード:風車とは
お前、自分が何言ってるか分かってる?
自分は「なんとなく」のお気持ちで他人を「社会悪」呼ばわりして見下しておきながら、いざ自分が否定される段になったら「ちゃんとしたデータや根拠で否定しろ」って要求してるんだよ?
その特大級のダブルスタンダードこそが、お前にメタ認知がない何よりの証拠じゃんw
鏡見たことある? お前の言う「自分を棚に上げて他人を叩く馬鹿」って、今まさにそこに映ってる奴のことだよw
あのさあ、論理的思考力が欠如してるとここまで恥ずかしいこと言えるんだね。
1.「明確な存在」なんてどこにもない
お前が「明確な存在」だと思ってるそれ、お前のポンコツな「感覚」というフィルターを通したお前好みの幻影だよね?
「定義はない」「根拠はない」って自分で認めた時点で、お前が見ているのは「客観的な事実」じゃなくて「お前の脳内妄想」なんだよ。
認知の歪んだ人間が見ている「敵」なんて、傍から見ればドン・キホーテの風車と一緒。それを「明確な存在」と言い張る時点で、もう会話になってないのw
2.「可能性」に逃げるな
「間違っているとは限らない」wそれ「悪魔の証明」ですよね?
「俺が間違ってるという証拠がないなら、俺は正しい可能性がある!」なんて理屈が通るなら、「俺は実は宇宙人かもしれない(証拠はないけど否定もできないから)」も通ることになるけど?
根拠ゼロの妄想を垂れ流しておいて、「否定したければ証明しろ」なんて居直り強盗みたいな理屈、通用するわけないじゃんw
結局、お前がやってることってこれだけ。
「僕の感覚は正しいんだ!否定するなら証拠出せ!」って喚く子供の相手、正直飽きてきたんだけどw
もう一度聞くけど、
「根拠ゼロの感覚」以外に、お前が正しいと言える材料は一つでもあるの?
物理的に考えれば「機械を操作すれば狙った番号に当てられるのではないか」という疑念を抱くのは自然なことです。しかし、宝くじの公開抽せんで使われる「電動風車機」には、不正を極限まで排除するための厳重な仕組みが施されています。
仕掛けをして任意の番号を出すのが事実上不可能である理由は、主に以下の3点に集約されます。
電動風車機は、単にルーレットを回しているだけではありません。
円盤はかなりの高速で回転しており、さらに各桁(ユニット)ごとに回転速度やタイミングが微妙に異なります。
矢が放たれるタイミングは、機械的にあらかじめプログラムされているわけではなく、抽せん会場の「発射ボタン」を人間が押すことで決まります。コンマ数秒のズレで当選番号は全く別物になります。
抽せん機の信頼性を守るために、以下のようなプロセスが踏まれています。
的(円盤)や矢にわずかな重さの偏りがあれば、特定の番号に当たりやすくなります。そのため、抽せん前には極めて精密な測定が行われ、異常がないか確認されます。
本番直前には何度もテスト走行が行われ、統計的な偏りがないかがチェックされます。
抽せん機は普段、厳重に保管されており、メンテナンスや移動の際も常に複数の関係者の監視下に置かれます。
もし「仕掛け」をするのであれば、装置の内部に遠隔操作用のメカニズムを組み込む必要がありますが、これは現実的ではありません。
抽せん機は透明なケースやオープンな構造になっており、怪しい配線や装置があればすぐに露呈します。
抽せん会には、主催者とは利害関係のない弁護士や自治体職員が「立会人」として出席します。彼らの仕事は「不正が行われていないか」を監視することであり、機械のセットアップから抽せん終了まで、すべてをチェックしています。
理論上、物理的な装置である以上「100%絶対に不可能」と断言するのは難しいかもしれませんが、「多くの専門家や監視の目を盗み、高速回転する円盤の特定の番号に矢を命中させる仕掛けを施す」コストとリスクは、宝くじの社会的信用を失うリスクに比べてあまりに大きすぎます。
現在の手法は、現代のデジタル技術(乱数生成プログラム)よりも、むしろ「誰の目にも物理的な動きが見える」という点で、最も信頼性が高いと考えられています。
結論から申し上げますと、ジャンボ宝くじやロトなどの「抽せん(抽選)を伴う宝くじ」において、当選番号が事前に決まっているということはありません。
ただし、「スクラッチ」のようなその場で結果がわかるタイプについては、印刷された時点で当たり外れが確定しているため、ある意味「事前に決まっている」と言えます。
「番号が事前に決まっているのではないか?」という疑問や噂が絶えない理由と、実際の仕組みについて分かりやすく整理しました。
日本の宝くじは、厳格な法律(当せん金付証票法)に基づいて運営されており、公平性を保つために以下の対策が取られています。
ジャンボ宝くじなどは、東京宝くじドリーム館などで一般公開され、テレビやネットで生中継されます。
矢を放つ「電動風車機」や、数字の書かれたボールが飛び出す「ロト専用抽せん機(夢ロトくん)」など、物理的なランダム性を利用しています。
弁護士や警察関係者、自治体職員などが「立会人」として、不正がないか一連の動作を厳しくチェックしています。
「次のロトの当選番号が事前にわかっている」と持ちかけて高額な情報料を騙し取る詐欺が存在します。しかし、これは100%嘘です。
コンピューターが自動で数字を選ぶ「クイックピック」で購入すると、発券した瞬間に番号が決まります。これを「システムで制御されている」と感じる人がいるようですが、あくまでランダムに生成されているだけです。
スクラッチは、カードが作られた時点で当たりが決まっています。これは「抽選」ではなく「あらかじめ決まった配分で印刷・配布される」仕組みだからです。
もし番号が操作されていたら、特定の誰かが連続して当選するはずですが、実際には当選者は全国に散らばっており、偏りはありません。また、ロトなどの数字選択式宝くじでは、販売が締め切られた後に抽選が行われるため、販売データを見てから「誰も選んでいない番号を出す」といった操作をすることも不可能です。
結論として
Logan(GoogleのAI関連の偉い人)が「Gemini」とポストすると、その直後に新製品がリリースされるという法則があり、つい先日のGemini 3リリース前もやっていた。
https://x.com/OfficialLoganK/status/1991378719559282952?t=lHd1Ul_QDEmcpe9mcuPJLQ&s=19
更に、他のGoogleのAI関連の人が、黄色い風車の画像を投稿した。
https://x.com/ammaar/status/1991399127004172654?t=er5PmCUnR8ILjqUQPJpzYw&s=19
このことから、nano-banana 2が出るのではと盛り上がっている。
沖縄で、全島エイサーまつりというイベントに自衛隊が出場したことと、それに対して抗議の声が上がったことが問題になっている。批判する側は、自衛隊がエイサーまつりに出場したことを問題視し、対抗する側は自衛隊を理由に批判することは職業差別だと主張している。沖縄県議会では9月後半の代表質問・一般質問で主に自民党議員が多数この問題を取り上げ、10月8日に「自衛隊に対する職業差別を許さない抗議決議」を提案しようとしている。
Togetterでは沖縄タイムス記者の発言を捉えて「職業差別だ」と批判する方のまとめが複数上がっているが、件の記者の発言は論外として、今回の出場は経緯や選出基準が不透明であったりして、逆に自衛隊の稚拙な宣撫活動が喝破されたのを取り繕っているように見えるので、その点について述べる。
なお、自衛隊が沖縄復帰直後に住民登録さえ拒否されるオウム真理教ばりの扱いをされていたことや大学に入学した自衛官を大学生がボイコットしたこと、他方でかつて防衛局長が辺野古基地建設の書類提出を「犯す」という表現で女性への性暴力にたとえたことや先日中谷防衛大臣が自衛隊への抗議を「過度な妨害活動」と呼んだこと、エイサー自体が近年の太鼓偏重、アンプ使用による高出力化によって伝統の枠を超えて迷惑の域に達しているのではないかとの議論があることなど、エイサーと自衛隊にまつわる論点は多数あるが、ここでは割愛する。
エイサーは、沖縄でお盆に先祖を迎えるための踊りで、期限は一遍の踊念仏にあるとも言われているが、現在ではおおむね太鼓を持つ男衆と手踊りの女衆に分かれた夏の風物詩的に定着している。学校でも運動会の演目として行われることが多く、「北海道では全員学校でYOSAKOIソーランを踊る」というくらいには、沖縄の子どもは全員踊ったことがあるはずだ。
お盆に踊られる本格的なものは、旧暦の盆の3日間を中心に、夜中に町々を練り歩く形で行われる。これを道ジュネーという。かつては各地域で道ジュネーとして行われていたものを、コンクールにしようと1956年に始まったのが全島エイサーまつりの前身であり、約70年の歴史があることになる。なお「全島」というのは復帰前の沖縄で、沖縄全土を表す言葉として「全琉」と同じくらいよく用いられていた用語である。「順位付けはなじまない」としてコンクール形式は早々に廃止され、現在では各地のエイサーを一度に見ることができるイベントとして定着している。
伝統的に、全島エイサーまつりは盆の行事としてのエイサーが行われる旧暦7月15日の直後の金・土・日に行われることになっており、今年は9月12・13・14の3日間にわたって行われた。自衛隊はそのうち初日に登場している。初日はここ数年は本式に習って道ジュネーを行うこととしていて、一定のルートを選ばれた団体が次々に更新する、ディズニーランドのパレードのような形で行われている。それと同時に、道ジュネーのゴール近くに固定演舞会場を設け、そこでもエイサーが披露されるのだが、その固定演舞会場での出場者に自衛隊のエイサーが登場している。
まず、エイサーは地元行事で、出場するほとんどは地域の青年会となっている。学生時代は学校単位で踊っていたエイサーも、大人になって踊るのは青年会単位となるのが基本で、それ以外は芸能ショーなどを行う団体が少数あるだけだ。同じく伝統行事のハーリーが職域対抗戦を設けているのとは一線を画している。なお、毎年5月に行われる手こぎボート競争である那覇ハーリーの一般団体の部には陸海空の自衛隊や米軍が参加しており、これに対する異論を聞いたことはない。
今回、3日間を通じて青年会以外で出場した団体は以下のとおりである。
https://www.zentoeisa.com/schedule/
琉球風車と名桜エイサーは大学のエイサーサークル、東京と名のつく2つは県外でエイサーをやっている団体、琉球國祭り太鼓はショーを行っている団体だ。また、青年会以外のエイサーは「子ども団体・特別出演団体募集」として例年募集され、選定結果も公開されている。
今回、選定結果が一切発表されず、8月のプログラム公開で明らかになったのが自衛隊と吉本橙風太鼓の2団体だ。吉本-はよしもと沖縄エンタテインメント所属芸人による団体で、吉本と自衛隊の2団体だけが、ほぼ存在しないと先に描いたプロ以外の職場単位のエイサー団体となっている。勘ぐると、自衛隊だけだと目立つから吉本にも出場を依頼したのではないか、と考えてしまう。同サイトに2011年からの出場団体が掲載されているが、
が出場した例は1つもない。
これまで何十年か、エイサーまつりを見てきた者の感覚としては、エイサーまつりは青年会のもので、県外・大学・女性・子ども団体がそれに付随するもの、というのが一般的なのではないか。そこに突然現れた自衛隊は、これまでの歴史上も異質なものであり、突然選定されたことに対しては戸惑いを覚えるであろう。(コンクール形式ではなくなったとは言え)エイサーまつりは地域対抗のもの、という意識は強いはずだ。そこに自衛隊を出すというのは、演舞自体がどうこうという以前に、場違いなものに見えたはずだ。自衛隊が無理矢理に参加したのか、主催者が無理矢理に参加させたのか分からないが、自衛隊が地域に溶け込んでいますよ、というアピールを拙速にしようとして反発を受けたもののように見える。
なお、自衛官個人がエイサーに参加することの是非を論じている者はほとんどいないと思われる。今回、彼らは「陸上自衛隊第15旅団」を名乗って参加し、メンバーは全て自衛隊員で、エイサーに使う道具は全て自衛隊が公費で購入していることが明らかになっている。「自発的な活動に文句を付けるのは職業差別だ」という反論は、これらの事情を踏まえると意味をなさなくなっている。青年会単位で参加するのが基本のエイサーまつりに、無理矢理職場単位で参加した・させたことが前例に外れていて、そのことについての説明がないのが問題だ、というのが違和感を覚える側の意見であろう。
ちなみに、前市長の急逝を受けて今年当選した沖縄市長で前県議会議員の花城大輔氏は高校卒業から4年間を陸上自衛官として過ごした経歴があり、現在沖縄県議会の沖縄市選挙区から選出されている小渡良太郎氏の父で元県議の小渡享氏も防衛大卒で元海上自衛官である。
大型風車と発電機を作ってる(作れる)メーカーは日本になく、欧米メーカーのほぼ寡占。
こんなアタオカな市場じゃ危なっかしくて、発電機売れないよ。発電機なしで、どうやって風力発電所つくんの?ってなりそう。
それじゃあ、「いざ国産転換」しようとしても、おそらく、日本の重工メーカーにノウハウないので、R&Dへの投資からだろうから、十年くらいすぐすっ飛びそう。
よしんば、R&Dが早期に解決したとしても、あれだけのサイズと物量をフルスケールで構築するのに必要な、磁性体やら耐高圧半導体やらコイル用の銅線やら、調達するためのサプライチェーン、どうすんの?って話になりそう。いくらかかんの?今とこれからの円の実力でやれんの?
繰り返すけど、風車のない風力発電所なんて、クリープのないコーヒーどころか、コーヒー豆のないコーヒーよ。
右でも左でもどっちでもいいけど、みんな大好き政治屋のみなさんは、きっとこの問題を解決してくれるんだろうけど、でもどうやって?
呪文でも唱えるの?
魔法でも使うの?
一緒に暮らす動物は大抵がそうであるけど、自分にとっては得難い友達だった。数年前に年の瀬の公園で目の前に飛び出してきて意気投合し、そのまま連れ帰り、転職して東京に引っ越し、下町のワンルームで暮らすという、20代におけるダイジェストシーンを象徴するような存在だった。唐突に大きな病気が見つかり、明確な診断もつけられないうちに、1ヶ月の闘病を経て死んでしまった。4歳になったばかりだった。
映画のような出会い方をしただけに、真反対のドラスティックな悲しみ、また、部屋中に猫の柔らかな気配と、薬やらスポイトやら検査結果やらの病気の強すぎるコントラストが漂っていることに耐えられなかった。自宅を離れる口実の旅行計画として、なんとなく関心のあった恐山を思い出した。祈りの場に赴く機会としては、しばらくはこれ以上ないだろう(と思いたい)ということで、会社が夏季休暇に入ったその日に新青森に向かった。
家族や(人間の)友人には恐山に行くことは伝えなかった。自分が沈み込んでいた姿を見られており、このタイミングで山間部に入ることは、或いは自死する計画を持っていると疑われている空気があった。実際いろいろと控えめに気晴らしの提案を受け、断ったり随分先延ばしにしたりしていた。どういったアプローチであれ、死にまつわるものへの接触に惹かれていたのは否定できない。
近隣市に宿泊したのち2日目の始発電車で下北半島に向かい、私鉄やバスを乗り継いで午前中に恐山の霊場に入った。(途中まで路線バス然としているが、山道に入ったところで唐突に少々不気味な恐山解説アナウンスと、子どもが可哀想な目に遭う賽の河原の歌が流れた。)
到着すると、想像していたよりも境内は開放的で、硫黄の香りが強く、空が近かった。入山のバスには何人か観光客がいたが、平日の早めの時間だったこともあり、門を潜ってしばらくしたら、今生きている人間はもしや自分だけなのではないかという錯覚をする程度には静かになってしまった。プラスチックの風車の回るカラカラという音に混じって、微かに鐘の音もする。抜けるような青空だが時折天気雨が降り、遠雷が聞こえる。カラスが飛び交い、足元では白い砂にガスが湧いている。30年弱生きてきて、最も「異境」を感じた地だった。
恐山は特に東北において、死者のゆく「お山」として歴史的に信仰されてきたと聞く。3時間ほどゆっくり散策した感想として、「他者が死ぬことを前にした無力さ」を見に受けた。荒涼として、自分は何の役にも立てず、ただ圧倒されるだけ。大事な猫に何もしてやれなかった、助けられなかった後悔の影響もあるだろうが、死がひのたびこちらを捉えたら、抵抗虚しく受け入れるしかないのではと思ってしまった。
同時に、医療や化学がこれほどまで発達するまでの、少し前の時代の死生観を垣間見たかもしれない。「ああしていれば」の迷いを砕くような、生き物には生老病死の苦しみが大前提で存在し、いつでもこちらを見ていると思わせる光景だった。
うって変わって、岩場を抜けると青く澄んだ宇曽利湖が待っていた。先ほど聞こえていた鐘は湖畔に据付けられていて、誰かが鳴らしていたとわかった。
(実態は一部のウグイしか住めない酸の水だけど)海より速いペースで打ち寄せる透明の波に山の緑、足跡だらけの白い浜と相まって、こちらは別のベクトルの異境だった。「苦しみが終わった世界」を自分が描くなら、今日からはこのイメージになるかもしれない。猫ももう苦痛は無いのだと思うと泣けた。穏やかでありながら寂しい光景で、まだ生きている自分は、ずっとここに居てはいけないとも感じた。
死ぬことの寂寞と諦念のち、死者の安寧を思う。この地で祈ってきたたくさんの人たちが同じ心の動きだったかはわからない。ただ、個人としては「何をしてもいずれ終わりは来るのだから、街に帰って生活を続けよう」と思えた。非現実的な静かさが退屈そうに見えたので。そもそも猫の死後の世界がどういったものかも知らないが、ねぶた祭りの日の青森市街と同程度に楽しみに満ち、そしてできるなら人間の彼岸と同じレイヤーに在って欲しいと願う。人間の見守りエリアも欲しい。
直前まで知らなかったのだが、ちょうどねぶた祭の最中のスケジュールだった。これもルーツは死者の供養だという説がある。自分はこちらのほうが色に満ちていて好きだった。
なお恐山境内には「熊注意」の掲示が散見され、メメントモリにどれほど浸っていても、即座にリアルの恐怖を思い出した。
猫よ、仏前の備えは絶やさないので、できれば熊からも守ってください。
【翌日の追記】
匿名で長文を書きたいという衝動から、プラットフォームの性格もろくに理解せず投稿してしまったので、リアクションがあることにたじろいでいます。増田というスラングも初めて知りました。
確かに、死+恐山という単語がタイトルに並べば、イタコの口寄せのために向かったのだと想像される方が相当数いて当然で、自分が単独行に徹したあまり他者視点に欠け、思い至りませんでした。東北よりはるか南方で生まれ、東京で生活し、ネットでは写真優位のSNSと観光プロモーションに浸かりきった自分にとって、「恐山」は「イタコのいる霊場」より「ある程度の然るべき配慮を持っていくべき、明るい友達との旅行には向かない、公共交通では難易度・中の観光名所」でした。
当日は「動物も降霊の対象になるのか?」と疑問を持ちはしましたが、仮にできたとしても、たかだか1ヶ月弱の離別では話すこともあまりないだろうし、あったとしても「ちゃんと食え」「掃除もしろ」「若くして死ぬのはやめておけ」の言い換えで尺が終わるんだろうなとの投げやりな気持ちから、寺院の方に尋ねもしませんでした。期待された増田の皆様には申し訳ありません。
実際にやるとしたら、何十年後かに自分の人生のBパートに入った頃、猫の命日からその日までの中間リザルトの発表しがいが出てきてからにします。(どれだけ高いところに登ったか、何匹分のまぐろを食べたか、見つけた一番大きい虫のサイズなど、話題に尽きない)
どなたかにコメントいただいた通り、恐山は「あの世テーマパーク」だという感想に共感します。喪失したての人間には誰かの辿るかもしれない旅路を思わせ、そうでない人間には手軽な非日常感と到達感を与えてくれる場所でした。生きている人間のための施設であり、何より敷地内に温泉とお食事どころまであるのがそれらしさを補強しています。東西に散見される冥界のスタンダードに準じれば、ラーメンを食べ、膝下まで硫黄泉に入った自分は帰ってこれなくてもおかしくないのですが、今のところ無事にキーボードを叩けています。
主人公が教会で犬死にする例のシーンだけ、何回も見せられてきた人生だが、やっと本編を鑑賞する機会を得た。
……まだ半分ぐらいまでしか見てないが、想像以上に胸クソ悪い物語だ。
とにかく底意地が悪いキャラクターが恣意的に配置され、ことあるごとに主人公を陥れようとしてくる。
制作者レベルで一丸となった「全方位からの理不尽いじめ」はフィクションであっても気分が悪い。
同種の感想を抱いた作品に、なろう系の『盾の勇者』があり途中で脱落してしまったのだが、こんな強烈な作品が昔に存在していたとは知らなかった。
コゼツ
ヒロイン(アロア)の父親。差別主義者。発生するトラブルは全て年端のいかないネロに結びつけ、証拠もなく犯罪者扱いしてくる。反面、ネロの善行はもれなく死角に入れてスルー。見る目のなさワールドクラスの権力者パワハラ系クズ。
ハンス
コゼツの使用人。不誠実とへつらいを錬金合成させて生まれた存在。立場の弱い相手にはとことん高飛車に出るが実のところヘタレ。職務に忠実ならまだ救いはあるが、仕事ぶりは抜け目が多く杜撰。卑劣漢無能クズ。
ハンスの息子(名前知らん)
父親譲りの責任逃れムーブは絶妙。主犯格でありながらぬけぬけと「ぼく知らないよ」「やったのはネロだよ」と素朴な邪悪ぶりで憎悪を煽ってくる。家系図レベルで保証された血統書付きクズ。風車に括り付けて死ぬまでおろすな。
ナチュラルに動物虐待をはたらき、意味不明な理屈と脅しで金を巻き上げていく対話不能の猛獣。おとなしく金を渡すネロの祖父も祖父だが。警察というよりはヒグマ対策室による駆除対象。
これら悪魔超人カルテットを中心にした盤石の試合運びで、ネロと犬をあらゆる手で地獄に追い込む。それが『フランダースの犬』という話だ。こんな作品がどうして名作の顔をしてのさばっているのか。
同年代のアニメ『アルプスの少女ハイジ』と比べてもキャラへの不快感は桁違いだ。デーテおばさんはハイジをあそこまで育てたと思えばむしろ苦労人キャラだし、ロッテンマイヤーも信条・手段はともかく職務への熱意は疑いない。
意外なのは、パトラッシュがあまり活躍しないこと。温厚な性格で寄り添い力は高いが、惜しいことに「ご主人を救う機転」のようなものはめったに発揮しない。所詮は犬と思えば、リアルっちゃリアルだが。
「底辺の環境に生まれてしまったら、クズとは全力で縁切りを目指し、一刻も早く逃げ出すこと」
パスキーが分かりにくい、使いにくい、難しい…等の批判はあって然るべきだと思うが、
追記部分は「ログインできなくなるリスクは、(パスキーでなく)2FAによるものだ」という趣旨なので、関連がよくわからない
「パスキー利用に伴いパスワード手打ちする機会が減ったせいでパスワード忘れた」という状況はわからなくもない
この前提は意味不明
パスワード再設定の連絡先として電話番号しか登録してなかったら、必然的にそうなる(パスキー関係ない)
むしろ、パスキーが使えれば、元のパスワードが不明でもパスワードの再設定ができる(ログインできるから)
Googleはわりとログインのオプションが豊富なので、パスワードの再発行まで至らないことの方が多い気はする
自宅のPCやタブレットでもGoogleにログインしてればそこからパスワード変更できるし
Android1台しか持っていないにしても、いまどきSIMを再発行すれば同じ電話番号が使えるわけだし
これは流石に他責思考が強すぎる気がするが…
結構頻繁にリカバリ手段が最新化されてるか確認されるけど、それだけでは足りないという気持ちを否定する気はない
少なくとも、
2FAを設定する際は当然何らかの認証手段を追加するのは必須だし、
その画面で認証手段の追加設定がすぐにできるようになってるし、
「バックアップコードを必須にしろ」ということなんだと思うけど、ユーザーが無くしたら使えないのは同じだし
(バックアップコードをダウンロードしないと2FAが有効にならないサービスもあるね。あれは親切だ)
いずれにしても、パスキー関係ない(むしろパスキーは2FAを突破できる)
あなたが言っていることは『2FAの設定が電話番号だけだと、電話なくしたら詰む』であって、
パスキーのせいで詰んだわけではないことを理解した方がよいですよ
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20250502/k10014795121000.html
こんなところでと思うかもしれないですが、
ここは誰でも浜辺に出られる公園なんです。
すぐ脇に道があって、昼間なら人もちらほらいます。
風力発電の風車は遠くから見ると牧歌的ですらあるのですが、直下で見ると鋭い先端をブオンブオン鳴らしながら、正に空気を切り裂く速度で回っています。
あ、これ当たったら死ぬな……人間をはるかに超える力だなと直感出来る。
猛スピードで走る大型トラックや、言ってしまえば自然災害レベルの抵抗不可能性すら感じます。
メンテナンスとか設置場所については本当に考えなくちゃいけないと思いました。
また今後の安全対策や、この件で新屋の浜へのアクセスが制限されたりしないよう希望しますと共に、市民としても考えて参ります。
マジで風というものをかなりナメていて、攻撃魔法も火、雷ときて風は弱すぎだろと思ってる。氷とかも大概だと思うけど。
車が横風で煽られるとかいうのも、風如きが金属の塊を揺らすだなんてそんなバカな話が……?と思ってた。
実際運転してみて車体グラグラになって尚も、未だにそんなことあるか?と思ってる。
確かにビュービュー吹かれれば50kgもあるような肉塊がぐらつくこともあるけれど、いやそれは元々二本足で不安定だからじゃねえの?とか思うし。
発電用の風車の、あのほっそい羽根が風で回るというのも信じがたい。
まあ軽量素材だったり特殊な形状だったりはするんだろうけど、それでも絶対的な重さで言えば相当であろうデカブツがあの程度の表面積で、しかもタービンかなんかに繋がれて負荷もあるだろう中で、風に吹かれて回るのもかなり信じられない。
モンティ・ホール問題の解説で理屈は聞いたし、シミュレーション結果も見たし、まあ事実そうなのだろうという認識は持ちつつもしこりを残すような感覚がある。
ある晴れた日のこと、ピカピカの太陽がキラキラと輝く中、ドキドキしながら公園に向かうと、ふわふわの雲がモクモクと浮かんでいました。すると、突然、バタバタと音を立てて小鳥たちが飛び立ち、チュンチュンとさえずりながら、まるでダンスをしているかのように空を舞いました。
その時、カラカラと音を立てて、どこからともなく現れたのは、クルクル回る風車。風がフワッと吹くと、風車はクルクルと回り始め、周りの花々もサラサラと揺れました。すると、近くのベンチに座っていたおじいさんが、ニコニコしながら「おやおや、今日はいい天気じゃのう」と言い、パリパリのせんべいをかじり始めました。
その瞬間、バンバンと音を立てて、子供たちがボールを追いかけて走り回り、キャッキャと笑い声が響き渡ります。まるで、世界中の音が一つになって、ワイワイと賑やかな祭りのようです。すると、突然、ドーンと大きな音がして、空に花火がパッと開きました。色とりどりの光がパッと広がり、みんなが「わぁ!」と驚きの声を上げます。
その後、フワフワの綿菓子を持った女の子が、ニコニコしながら近づいてきて、「これ、食べる?」と差し出しました。甘い香りがフワッと漂い、思わず「いただきます!」と口に運ぶと、シュワシュワとした感触が広がり、まるで夢の中にいるような気分になりました。
こうして、ドタバタとした一日が過ぎていき、最後にはみんなで「また明日も遊ぼうね!」と約束し、バイバイと手を振り合いました。まるで、夢のような不思議な時間が、キラキラと輝いていたのです。
中核市に勤務している。
父が亡くなり、職場や自宅から車で30分ほどの郊外にある家を相続した。
それを有効活用すべく、また来るべき食糧難の時代に備えてジャガイモやさつまいも栽培、野菜の栽培、鶏飼育を始めた。
妻や子供達は仕事や学校帰りに遊びに来たり土日に泊まりにくるくらいだが、私は完全に生活の拠点をそこに移している。
ソーラーパネル、風車、敷地内を流れる小川を利用した発電と自動車への充電も行っている。
朝早く起きて鶏の世話をして畑の手入れや収穫を行い、仕事に行き、帰宅してからはエネルギーや食糧確保の社会への依存度をより下げるための構想を練り、夜が更けないうちに眠る。
この生活は非常に充実している。
野菜も半分程は購入せず賄えている。
大学生の息子が友達を招くバーベキュー場などとしても活躍している。