
はてなキーワード:顔馴染みとは
職場にいる悪意のないおじさんの話をしたい。
おじさんは50手前、モテるタイプの風貌ではなく、子どもから大人まで誰が見ても「人の良さそうな明るいおじさん」と評するであろう容姿と性格である。同性にも異性にも気軽に話しかけ、冗談を言っては周りを和ませている。独身で、おそらく話を聞いた限りでは女性との交際歴もない。代わりにオタク寄りの趣味があり、休日はさまざまな現場に行っているようだ。
ここまで読んでくれた人は「ああ、無害な良いおじさんなんだな」と感じたと思う。私もそう思っていた。
おじさんはよくお土産のお菓子などをくれたので、私も時々お返しにカルディで売っているようなお菓子を渡したりしていた。そこに何の他意もなかった。
しかし、ある日のこと。おじさんはスマホを片手に「前に話してた店あるじゃん?俺顔馴染みだから今度連れてってあげるよ」と言ってきた。
その時私が考えたのは(プライベートでの誘いはわたし的にはちょっと一線越えてるな⋯⋯いやでも、おじさんはフレンドリーな人だから、性別に関わらず公私の境目があまりないのかも。私の自意識過剰かも。でもどっちにしても、職場の人と休日に会うの嫌だな〜)と言う事だった。そして、とりあえず無難にかわしておく事を考え、「あっ、いいですね、またそのうち〜」と答えた。
私の中では「そのうち」「いつか」「また今度」というのは、先延ばしにしてフェードアウトする体の良い断り文句であったし、同性同士や同年代同士のコミュニケーションではそれで通じてきたからであった。
しかし、おじさんは引かなかった。
「じゃ、じゃあさ、LINE教えてよ。行くとき連絡先知らないと困るじゃん?」
「えっ、じゃあ連絡取る時どうしてるの?」
「あ〜、SMSとか⋯⋯」
「それじゃあ俺の番号教えるよ」
「あ、でも今スマホないので」
「紙に書くから後でメッセージ送っておいてくれればいいから!」
おじさんはいつもより妙に顔を紅潮させており、異様に強引であった。
そして私はメモの切れ端に書いた電話番号を渡されたが、その後一切連絡をせずにいたところ、2日ほど後におじさんが「いつメッセージ送ってくれるの?」と話しかけてきた。
(うわ〜、来ちゃったなあ)と内心思いながら、私はchatGPTにかねてから相談していた通りの返答を返した。
「すいません、私実は持病があって、休日は休むようにしてるんです。連絡もすぐ返せなくて申し訳ないので、あまり人と連絡先交換しないようにしていて(大体事実)」
おじさんは本質的には好人物であるので、こう言うと「ああそうなの?」と、それ以上何かを要求してくることはなく、私はこれで二度と誘われる事はあるまいとほっと胸を撫で下ろしたのであった。
しかし、現実はそれでは終わらなかった。おじさんとはその後も普通の雑談などはしており、たまに服の模様などが被った時に昭和のセクハラおじさんみたいなノリで「お揃いじゃん」などと言われ、心の中でキモいボタンを押したりしていたのだが、そんなある日、たまたま帰宅中におじさんと偶然遭遇してしまったのである。
おじさんは自宅が反対方向なのにも関わらず、「駅まで送るよ」などと言い、こちらが「大丈夫です」と何度言っても引くことなく、結局駅までついてきて、私は内心げんなりしながら諦めて雑談に付き合った。
道中、おじさんは終始楽しそうであった。
途中、雨が降り始めたので私は傘を差したのだが、おじさんは傘がなく、1人で傘を差しているのも申し訳なく思って「傘に入りますか?(他意なし)」と声をかけたりもしたのだったが⋯⋯。
それから数日して軽く残業していると、おじさんが「帰りに駅前の居酒屋に行こうよ」と、以前のごとく頬を紅潮させながら話しかけてきた。
私は心の中のキモいボタンを連打しながら「私お酒飲まないんですよ〜、誰か別の人誘ってください」と笑顔で答えたのだが、おじさんには伝わらなかった。
「酒飲まなくても飯食えばいいじゃん。奢るからさ。あっ、あの店カード使えたかな?途中でコンビニで金下ろしてもいい?」
おじさんは「断わられる」という可能性を考えていなかったのか、どんどん自分の中で話を進めていく。危機感を覚えた私はさすがに焦り、「いや、行きませんって!(笑)」「行きませんよ!!」と何度も念押しをした。
すると、おじさんは「え〜、なんで?」「いいじゃん、行こうよ」と食い下がりつつ、「相合傘までしようとした仲じゃん」「あ〜あ、誰かさんと相合傘したいなあ〜」などと言い始めた。
この時点で、キモいボタン連打のカウントは一億を超えており、メガキモいランプが点灯を始めていた。
私は自分の仕事を努めて冷静に続けている振りをしながら、「雨降ってたら誰でも傘くらい入れますよ(笑)」と答え、おじさんはようやく、渋々その場を立ち去っていった。
おじさんの行動が度を越してきたのはその頃からだったかもしれない。
また別の日、帰宅中に再び偶然会った時、私が駅まで付いて来られるのを回避しようと「用があってお店に寄るので」と言ったりすると、「俺も一緒に行くから気にしなくていいよ」などと言いながら、結局駅まで付いて来た。以後、それが何度も続くようになった。
どんなに固辞しても「気にしないで」「遠慮しないで」と言われる。私は遠慮したり気遣いをしているわけではなく、「本当に嫌で迷惑だが、そう言うと角が立つのでやんわり伝えている」つもりであったのだが。
結局コンビニ、スーパー、ドラッグストアの入り口や、時には店内にまでおじさんは付いてきて、本当は買うものなどなかった私が会計を済ませるのをホクホク顔で待っているのであった。
そうして駅まで仕方なく同行していると、おじさんは「おっと、女の子を車道側歩かせる訳には行かないから場所代わって」などと言い出すようになった。私は力なく笑っていたが、何度目かに「そういうの本当に嫌なのでやめてもらっていいですか⋯⋯」と伝えたが、意図は伝わらなかったようだった。
もう本当にやめてほしくて、そろそろストレスで胃腸に変調を来たしていた。そんなある日、私の住んでいる地元でとあるイベントが開かれた。以前おじさんとその話をしたことがあるのだが、数日前になって、おじさんは「◯◯のイベント行くでしょ?俺は◯時頃行くから◯◯で会おうよ!待ってるからね!」と言い出した。
私は実際に休日はほぼ寝ているので、「多分行かないです」と答えていたのだが、おじさんの中ではすでに確定事項となっていたようで、前日にも「明日◯時ね!」と言ってきた。私は全く行くつもりはないまま、「行けたらですね〜。多分行かないですけど」などと答えていた。
当日、私は当然現地に行かなかった。そして週が明け、月曜日。会社でおじさんとばったり会うと、おじさんの様子がおかしい。普段ならテンション高めに挨拶を返してくるのに、怨みがましいような、怒っているような真顔で、無言のままじっと私の顔を見て、しばらく間を置いてから低い声で「お疲れ」とボソッと挨拶を返してきたのだ。
怒らせる心当たりと言えば、「イベントに行かなかった」ことだが⋯⋯⋯。一方的に「会おうね」と言われて行かなかった事が、おじさんにとっては「無断でドタキャンされた」という事になったのだろうか?
おじさんは私以外の社員とはいつも通りに話しているようだったが、その後も私とは目を合わせようとはしなかった。それは私にとっては迷惑でもあったが、セクハラまがいの絡み方をされずに済むのは好都合でもあり、特に関係を改善しようとも思わなかった。こうしておじさんから誘われる問題は自然解決した⋯⋯⋯⋯となれば、万事良かったのだが。
しばらくすると、おじさんは再び何事もなかったかのように話しかけてくるようになり、帰り道に偶然会うとかを通り越して、会社の前やエントランスで待ち構えているようになってしまった。
私はできるだけ同僚の女性と行動を共にするようにしていたのだが、それでも一緒に付いてくる。さらにはその女性の前で、「誰かさん(私)は冷たいからなあ」などと、妙な匂わせをするようになったのである。
キモいボタンは連打しすぎてすでに爆発し、私は死んだ目でこの世界が今すぐ終わることを願う「終わり」ボタンを押すようになっていた。
おじさんは会話の中で「月に一回は一緒に帰りたいんだよ」などとも言っていた。私の意思はどこにあるんだ????
先日は同僚の女性も一緒に、三人で仕事帰りに飲みに行こうと誘われた。「タダ飯だよ?」「1時間だけ飲んですぐ帰ればいいじゃん」と言うのに、「仕事終わったら1秒でも早く帰りたいので」と断り続けていたが、もはや押し問答のような状態になり、しまいには「1時間だけ寄り道するのも嫌なくらい居心地いい家なんだねえ?」などと言われる始末であった。
それに対し私が全てが面倒になり、「さっさと帰って全裸になりたいんで」と言い放つと(今思えば失言であった)、おじさんは水を得た魚のように、「えっ?何何?もう一回言って?」とセクハラの構えに入るのであった。もう思い出しながら書いていて疲れてきてしまった⋯⋯⋯。
おじさんの誘いは全て断っており、連絡先も教えておらず、セクハラ的発言にはストレートに「最悪」と言うことすらあるのだが、おじさんはそれらの全てを『じゃれ合い』の文脈に回収してしまっているようである。chatGPTに相談したところ、「拒否を拒否として受け取らず、交渉すれば通ると認知している」「距離を詰めることが目的になっているようですね」とも言われた。さすがchatGPTは芯を食った事を言う。
『じゃれ合い』と取られるのは、私が年下で、社歴も短く、また職場で評判が悪くなったり雰囲気が険悪になることを避けたいがために半笑いだったり冗談に紛れさせるような態度を取らざるを得ないことも原因なのかもしれない。(女性的なコミュニケーションの取り方と言えばそうでもあるのだろう)
何でもかんでもハラスメントにする面倒な人間と思われそうで、会社にも報告はしていない。しかし、もうそろそろ限界なので、来週また何かあればおじさんには『これ以上しつこくされるようなら職場の問題にするしかない』と伝えるつもりではある。
しかしそうしたらしたで、私は『善意で優しくしてやったのにセクハラで訴えようとした勘違い女』と言われたりするのだろうか⋯⋯とも思う。気が重い事である。
しかし、自分の行動の全てをおじさんへの好意と受け取られるような状態に、本当にノイローゼ気味になってきた。
最近一番キモかったのは髪がサラツヤストレートなのをホクホク顔で褒められた事である。このところおじさん以外にも職場で気が重い事が多いので、自分の気分、モチベを上げるために、トリートメントやアイロンに時間をかけて髪のコンディションを良くしていたのだが、それさえもおじさんにとっては「俺のために髪をサラサラにしてきたのかな?可愛い事をする奴め」と認知されているのかもしれない。本当に、本当に勘弁してほしい。私は自分のために身だしなみを整える事さえ許されないのか?????
おじさんには悪意はなく、その非モテ的認知、ジェンダー観もおじさん個人の責任というよりは社会的に作られたものであるのだろうが、私はおじさんのために存在しているわけではないのだ。
それを何よりもわかってほしい。それだけである。
夜に散歩に行っている。近所で見つけた子猫の様子を見るために、日付が変わるのを待つ。
数ブロック先には警察署、職質されたときの受け答えのシミュレーションをしながらしゃがむ。はい、ネコが好きなんですよ、あ、身分証明書ってマイナでいいですか?
やっと指であやせるようになったけど、擦り付いてくるまではもう少しかかりそうだ。
家に居たくないからってだけの理由で探した、1つ隣の駅の近くの、初めて行った銭湯。
茶褐色の縞々の、「野良猫の柄といえば?」で半分くらいの人が想像しそうな、痩せたメス。大体の野良猫は手ぶらの人間に全く興味がないから、一瞥して路地裏に駆けて行った。いいお湯のおかげで気分も悪くなかったし、何となくその日以降は手前の駅から帰ることに決めた。
子猫を見つけたのは二十日ほど前、会社帰りの夜道の街灯の下で跳ねている影の正体を確かめに行って見つけた。銭湯帰りのときのメスが3匹、率いている。子猫はコピーしたみたいに皆そっくりな模様で、明らかにこの猫から産まれた子みたいだ。しっぽの長さくらいしか個体差がない。長、中、くしゃくしゃ。月齢で言ったら3ヶ月は行っていない。5m手前くらいまで寄ったらてんでんばらばら逃げていく。
盆休みを挟みつつ、ここ数日で親離れしたようで、今は子猫だけが夕方になると空き家の庭先に固まっている。目の前の家に住む餌やり住人曰く、子が母猫に近寄るとビンタされるようになったらしい。これからはごはんを奪い合う関係なのは、自然の摂理とはいえ、人間でいったら小学生くらいの年齢だから厳しいものがある。
自分はここ数年、諸般の事情で野良猫を触らないようにしてきた。
でも、それとは別の事情で、家には(成猫用だけど)ちょっといいキャットフード、洗ったばかりのトイレ、未使用のおもちゃが揃っている。ネコ科のための部屋にどうしてか人間だけが収まっている、無気力な動物園の展示室みたいな暮らしをしてる。
親から拒否された子猫は心細いのか退屈なのか警戒心が少し薄れて、不審者No.いくつから顔馴染みに昇格した自分を見ながら、にょろにょろ道路脇に転がったりする。
エゴだけど、半端に人慣れすることは、よからぬ目的で捕獲する輩の被害に遭うことになりかねないから、人間には近寄らないか、ここぞという人にしがみついて家に上がり込むかのどっちかにしてほしい。
今夜もこれからまた子猫に会いにいく。昼間は暑くて出てこないのと、車通りが多いから電車が終わったあたりに行っている。
どうやら長いしっぽの1匹が消えたらしくて、ここから先に自分が踏み込むべきなのか迷う。
既に何かしら病気を持っているかもしれないし、虫とか食べてきただろうし、人間に比べたら長さも強さも儚い命のくせに残す爪痕は大きいし、それに、子猫もまだ、このニンゲンはちょっと怖いと言っている。
でも一緒に暮らしたら何だかんだで仲良くなれて、妙ないたずらで笑える気もしている。
暇な神様だか諜報機関にでも目をつけられてるみたいで、ずいぶん猫に出くわす人生だ。四十九日も済んでいないのにもう新しい子猫攫いに悩むなんて、しかも複数。さすがに節操が無いと友達は呆れて笑うだろうか。光源氏の気持ちだから、散歩から帰ったあとは夢枕で、ご指導賜りたく。
より正確には、何故2~3時間クラスの重量級ボードゲーム(重ゲー)のプレイヤー人口は増えないのか?
コロナ禍の巣籠需要や、プレイスペースの増加と、追い風にも関わらずプレイヤー人口が増えている気配がない…。
その理由をボードゲームコミュニティに居て「何となくこれが原因じゃないかな?」と思ったので書いてみる。
体感であるが、このコミュニティの人口比率は二極化している。数少ない入門者と、熟練の上級者である。
入門者のちょうどいいチュートリアル相手になりそうな技量の中級者というのが極端にいない。
彼ら中級者は何処へ行ったのか?おおよその末路は三つだ。ボコられて界隈を静かに去るか、クローズコミュニティに籠るか、猛者共と渡り合う修羅へと成り果てるかである。
そのため、入門者はチュートリアルにも関わらずLv.50の熟練者と対峙する羽目になる。結果、負けイベを越した苦行に2~3時間付き合わされるというトホホな思い出だけが残されるのである。
まるで衰退が叫ばれていた一時期の格ゲーや、末期のMMOのような有様である。
しかしそれらが遊ばれることは少ない。何故か?上級者は既に遊び尽くしてしまっているからである。
それ故、入門者が興味を持って名作ボドゲを調べ、一人のこのこプレイスペースへやって来たところで卓が立つのはまずない。
仮に卓が立ったところで、先に述べたように熟練の猛者にかわいがられる地獄と化し、結果トホホな思い出だけが残るのである。
一応初心者会などが開催されていることもある。だが、大抵は単発で終わる。面白さに気付いた初心者が中級者になるほどにプレイする機会に恵まれることは極めてまれである。
高い、高すぎるのだ。
まずボードゲームを始めたければルールを理解せねばならない。しかしこれがもう既にハードルが高い。
ものは試しで30分以内で終わるようなパーティーゲームのルール説明書を読んでみるとよい。何言ってんだこいつってなるから。
所狭しと書かれた文章、たまに出てくる図解、それらを読み込み理解する。更に自分が誰かを誘った場合は他人に理解してもらえるように説明しなければならない。
そんなルール説明書が重量級ともなれば10~20ページである。
各々が探り探り駒を動かし、資源を獲得し、カードをめくっていく。すると各々あることに気付き始める。
ただでさえルールが複雑なのだ。人によっては「そんなルール聞いてないよ」とブー垂れるであろう。また、ある人からしたら「こう思ってたけど違った」と自身の当初のプレイプランが崩れ一気に不機嫌になるだろう。
そして盤面は阿鼻叫喚溢れる2~3時間のスペクタクル地獄絵図と化し、結果トホホな思い出だけが残るのである。
ルールへの理解力と、説明できるコミュニケーション力、そして長時間プレイに耐えられる忍耐。いや~、酷い。
ここまで読んでこんな疑問が湧かないだろうか?
なるほど。ベストアンサーである。素晴らしい。では誘ってみよう。
どんな人を誘えばいいだろうか?まずルール説明1時間、ゲームプレイ2~3時間に付き合ってくれる人じゃないとだね。
あと、ゲーム前後のコンポーネント(駒とかカードとかのこと)準備と後片付け、それらに付き合ってくれる人だと自分が居なくても遊べるな。
そうそう、ある程度複雑なルールをちゃんと覚えていられる人でないとゲームにならないね。
そんな友人。それを2、3人誘おう。
…どうだろうか?果たしてパッとそのような友人知人を思い描くことが出来ただろうか?また、実際に集めるところまでイメージが出来ただろうか?
既に述べたが、重量級のボードゲームは、その難易度が故にプレイヤーへの要求値も高くなりがちである。よほど熱意のあるようなきっかけがなければ「もうやらなくていいや」となるだけではないだろうか。
それならばオープンなプレイスペースにそういうメンツを調達しに行くのが手っ取り早いのではなかろうか?
そして初心者は猛者にかわいがられるのである。その気になっていたお前の姿はお笑いだったぜ。
「熟練者は初心者に手加減しないのか?」という疑問が湧いた方もいるのではないだろうか?
「初心者狩りばかりしやがって、ふてぇ野郎だ。」そう思われた方もいるだろう。
しかしながら、この認識は正しくはない。ボドゲ熟練者は、多少性格と言動に難はあるだろうが、基本的には善良な市民である。
では何故手加減をしないのか?巷では「手加減は相手に失礼であるから」などという武士のような信念がまことしやかに囁かれているが、これは正確ではないように思う。
彼らは手加減をしないのではない。重量級ゲームは、そのゲーム性が故、手加減をしている余裕がないのである。
あらかじめ断っておくが、私は相手を直接叩くことが求められるウォーゲームのようなものはやらない。基本的にやるのは某農業をするようなタイプの苦行である。そのため、認識に齟齬があると感じられるかもしれない。
その上でだが、重量級のボードゲームというのは非常にシビアである。首位争いから脱落するのは一瞬だが、コツコツ積み上げてきたプレイヤーの盤面が覆ることはほぼない。
それ故、上級者が初心者の邪魔にならない堅実なプレイをすればするほど、初心者からすれば一方的に突き放されるような展開が続くのである。
気が付けばダブルスコアが付いた状態で2~3時間付き合わされたというトホホな思い出が残るのである。
時代は大配信時代である。ボードゲームの実況動画なんか出してみたら人も集まるんじゃないか!?
いいんじゃない?試しに出してみたらいいと思う。絶対に伸びないから。
重量級ボードゲームは傍から見ていると絵面が絶望的に地味である。各々が黙々と悩みながら勝っているのか負けているのかもよく分からない絵面が永遠と続く。
どこで戦局が変わったのかも分りづらいからカットも難しい。これが数時間。そんなもの、だれが見るというのだ。
信じられない、というのであれば重量級ボードゲームのプレイ動画というのを見てみるとよい。大体悲惨なことになってる。
多少精通している自分が見てもつまらないと思うのだ。いわんや初心者をや、である。
つらつらと適当なことを書いたが、おおよそこんなものも原因じゃないのだろうか。
こんなタイトルにしておいてなんだが、自分は重量級ボードゲームのプレイ人口が増えることはまず無いだろうと思っている。細々としながら今後も続いていくだろう。
というか、別に増やしたいと思ってない。寧ろ自分が若干嫌気がさして去ろうかと考えてもいる。
最近やったゲームに対しての感想が軒並み「こんなのに数時間も付き合わされたのか」だった。顔馴染みのよしみで卓を埋めるためのメンツとして参加し続けて疲れてしまった。
次の予定が近い、という相手に配慮しながら早回しでプレイしていたにも関わらず、当の本人は手番のやり直しや長考を頻発し、散々雑談して遅延した挙句片付けもせずにいそいそと退出していく。そういうしょうもないことにイライラするようになってしまった。
卓に参加しながら「あー、これなら映画行ったり美術館行ったり服買い行ったりしたかったな」や、「この時間だと帰りにスーパー寄れないな」といった思考でプレイするのにいい加減嫌になった。
上で書いた内容は自分が不満に思っている内容もいくらか含まれているため大分主観的な内容であるということは断っておく。改善もされないだろうと諦観もしている。
37歳のおっさんなんだが、最近、自炊しながら健康についてつらつらと考えている。
俺は基本的に3食自炊している。会社で食べる昼は弁当持参だ。外食するのは年に1回の忘年会だけになっている。
間食の類もまずしない。菓子やケーキは年単位で食べていないし、清涼飲料水は10年以上口にしていない。
嗜好品と言えるのは毎朝出勤前に飲むコーヒーと、朝夕の食後に食べるヨーグルトとフルーツの盛り合わせだけ。酒はもちろんやらない。
揚げ物も一切しない。脂身の多い肉も使わない。肉は多くの場合油抜きをしてから使う。
3食に1度は魚を食べる。夏は鮎を、秋は秋刀魚を、冬は鰤や鱈を。アジやサバやイワシも通年よく食べる。週に一度は刺身の盛り合わせを買う。
ご飯は計量して食べる。普段は150g、ダイエット中は120gをきっちり測る。
野菜はおそらく人の3倍ほど食べている。そのおかげか米はあまり食べていないのに排便は1日3回しっかり出る。
毎日1時間くらいは歩くことにしている。駅まで徒歩10分くらいのところに住むが、買い出しついでに30分は散歩して帰る。昼休みにも15分ほど散歩する。
仕事中も1時間に1回は席を立つようにしている。職場ではたぶん滅茶苦茶トイレに行く人間だと思われている。
寝る時間は22時半、起きる時間は6時と決めている。寝る30分前からはスマホやPCを見ず白湯を飲んでのんびりすることにしている。
母がサプリ大好き人間だった反動か、サプリの類は全く摂取していない。
筋トレはスクワットと腹筋を朝夕とやっているが、それ以外は特にしていない。筋肉質になりたいという欲求はあまりない。
体型は身長168cm、体重55kg。体脂肪率は13%前後。健康診断は今のところ1度もひっかかることなくパスしている。
ときどき思う。世間の人たちはたぶん、ここまでこだわっていない。
職場の同僚の半分くらいは昼を外食で賄っているし、はっちゃけてマクドナルドを買ってくることもたまにある。
筋トレにはまっている上司は食生活がガバガバなのがもったいないといつも思う。
昔は美味しいものが欲しくて欲しくて仕方ない時期が俺にもあったが、この生活を10年以上続けている今となっては味さえ思い出せないものが多い。
YouTubeで飲食店の仕込みやお菓子作りや大食いの動画を眺めてそれらがいかに健康に悪いか再認識しながらニヤニヤしてるのなんて世界ひろしと言えど俺だけかもしれない。
この生活をたとえば80歳まで続けられるかというと苦もなく続けられると思う。
この文章を読む人は俺が禁欲的な生活をしていると思うかもしれないが、食費に月10万使うこともあるくらいには好き放題やっている。
砂糖やバターを多用する料理は全くしないが、それ以外のそこそこ美味いものは自分で作れるし、そこらの飲食店で出すよりいい素材を使うことができる。
気分が乗った休日には車で遠出して港町の朝市に行ったりもするし、地元の農家と顔馴染みになってる一般人なんて俺くらいなんじゃないのか。
自分が大衆と比べて損をしているとは全く思わない。食べたいものと食べるべきものが合致した非常に楽な状態だと認識している。
ただ、「これ以上健康になる余地」のなさが最近気になっている。
今の領域から踏み出そうとするとオカルトな情報が紛れ込んできてしまう。
このもどかしさがいわゆる中年の危機、ミッドライフクライシス?とかいうものなのだろうか。
【追記】
思わずしていろいろな方に読んでもらえて嬉しいです。
ただ、一部の私の言葉の使い方がまずくて気分が悪くなってしまった方には本当にごめんなさい。
祝ってくださった方、ありがとうございました!
【本編】
40歳の誕生日を迎えた日に私は、自称”地元の郷士”を名乗るご年配のご婦人に罵倒されていた。
なんでも、絹ごし豆腐と思って買ったそれが木綿豆腐だったらしく、絹ごしの気分だった喉が酷く傷ついたらしい。
何できちんと「これは木綿です。絹ごしではありません」と明記してくれなかったのか、と。
たしかにそれはたいへんだ、申し訳ないことをしたと思いながら無心で謝罪をしていた。
その心の裏側では今どきのゴーシさんって自分で豆腐を買いにくるのか、ゴーシさんもご多分に漏れず人手不足なのかなぁ、と余計な憐れみを感じていたことをあわせて詫びていた。
そんな心を癒してくれるのは、いない恋人でも友達でもなく、ヲタ活だった。
これさえあればどうとでも生きていける。
ずっと自分の推しを追うことに残りの時間全てを捧げようと決意した。
田舎住まいの私には、推しのコンサートチケットを入手する手段はコンビニ発券しかなかった。
コンビニ店舗に設置してある端末を使って引換券を発行して、店員さんにお金を払って紙チケットを発券してもらうやつ。
ある日、講演が近づいた某コンサートのチケットを発券するため、近所で唯一のコンビニに行くと
とてもびくびくした様子の店員さんがあたふたした様子で対応してきた。
「あの、私新人で、いまちょうど一人しかいなくて、わからなくて、、、」
毎日毎日、すげー”偉い”と自称されるお客様相手の仕事をしていた私はそういうの自分のことにしか思えなく、
「いいよいいよ、ゆっくりやってくれれば」
と本心から告げると多少は落ち着いてくれたらしく、その後、たどたどしいながらも何とか発券までたどり着いて
「おおー 券出たね やったね」
と口にしたら
「よかったー ありがとございますぅ」
と安堵した表情に何故だか自分自身が救われる気持ちがして、清々しく店を後にした。
と、多分普通はこれっきりのちょっと気持ちが和んだいい話で終わるところだろうけど、
発券できる場所が近所にたった一つしかないド田舎でヲタ活邁進を決め込んだ私と、
バイトできる場所といったら同じく唯一のコンビニしかないその人とが顔を合わせる機会が積み上がっていくのは必然で、
ある時「これ、すいません、ご迷惑かもとはわかっているんですけど、どうしても、、、」と泣きそうな顔してLINEのIDを渡された。
その時にはさらに年月が流れてて自分は41になっており、そこまで生きてきててもこんなことただの一度もなかったから。
与えられた好意。
実はその人もヲタ活盛んな人で、しかし推す方面が全く異なっていて、逆にそれがお互いを刺激し合い、
ますます惹かれる存在になることは付き合い始めて知ることになる。
これからもいろんな推し活を一緒にして、たくさん楽しい事したい。
推し活は軒並み中止。
私は当時働いていた偉いお客さま方が集う職場を急きょ解雇された。
あー
やっぱ私にはいい事なんてないよねー 知ってる知ってるわかってる。
対して、そんな昨今に立派な就職口が決まった元コンビニ店員さん。
身の程をわきまえて、自ら身を引くことを決意してそう切り出した。
そしたら、すごく泣かれた。
お客さんに怒られることが怖くて不安でたまらなかったレジ打ちバイトのときに、自分のきょうだいに接するみたいに優しくしてくれたこと、
全くのジャンル違いのヲタ活を尊重して一緒に楽しんでくれたこと、
優しくとか、尊重とか、正直全くそんなことを意識してたことはないんだけど、
”かけがえのない”と思ってくれていたことに感動して、もう何十年ぶりかに自分もアクビか足の小指をこっぴどくぶつけた時以外の涙を流して
こんなしょうもない身空な自分だけど一緒に生涯ずっといて欲しいと懇願した。
当時のパンデミックはそれはそれは酷いもので、結婚式場は軒並み経営難を強いられていた。
そんなときに「パンデミックおさまったら絶対に式を挙げるぞプラン!」というものをやってる式場をたまたま見つけた。
なんでも2020年を起点にした年数後分、割り引いた挙式費用を前払いすると、本当にその費用でやってくれるという。
最大は2024年まで、当時の4年後だ。
もしかしたらその式場自体が経営破綻してなくなるかもしれない。
そこでかけてみることにした。
2024年(4割引き)プランに申し込みして、式場も関係も破綻していなければ、本当に結婚してほしい。
私がそう言うと元コンビニ店員さんは「勝ったなガハハ」みたいな顔して快諾してくれた。
来月、2024年6月2日(大安)、結婚することとなりました。
2019年、それまで仄暗い毎日を過ごし、ヲタ活以外の残りの全てを諦めていた自分が、結婚。
ついでに仕事まで失っていたけれど、その後まぐれでホワイトな工場事務職に再就職できて
あー
生きていれば、
偏屈にならなければ、
こういう展開もあるんだ。
初めて知った。
ちょっと遅かったかもしれないけど、これからもいろんな推し活を一緒にして、たくさん楽しい事したい。
そんな私の今の一番の推しは、言うまでもなく「元コンビニ店員」さん。
Permalink |記事への反応(21) | 19:40
自分の身内も、みんな赤ん坊の頃から顔馴染みで同じ姓が多いので屋号を使う、そんな穏やかな土地で育ったが、
田舎特有の身内いじり・遠慮の無さ(配慮の無さ)に参ってしまい、統合失調を発症、増田に書けないようなことになった
田舎から出て都心部に出てからは、その身内はだいぶマシな精神状態になった模様
田舎は、幻聴じゃなくてガチで話題にあげてるからな。良くも悪くもほぼ身内だから気にかけてるからね
その気にかけが被害妄想があるとぜんぶ悪口に思えて悪循環に陥ってしまう
「鑑定人によると、被告は両親が他界した2004年ごろから、近隣住民が自分のうわさや挑発行為、嫌がらせをしているという思い込みを持つようになった。
こうした妄想を長く持ち続けており当時、妄想性障害だったと診断できる。『自分が正しい』と発想しやすい性格傾向と、周囲から孤立した環境が大きく関係し、妄想を持つようになった。
田舎を悪く言っている人・東京を妄信している人たちは、こういう系統の人かね?
見本の増田→https://anond.hatelabo.jp/20230727214057
東京や都心部は、自宅も街も交通機関もどこもかしこも喧しいので幻聴対策は必要そうだけど、
都会は基本的に人に無関心だから、幻聴以外で噂されることは無いし、福祉も手厚い
ママ(要するに店長)と普通に話したことがある程度には顔馴染みで、ママから新しい子が入ったからどうよと営業メール来たんで行ってみた。
40ちょい過ぎくらいの中華な人でややぽちゃのだらしない体形だったが、マッサージもフェラも上手かったのでチャイエス嬢としては良の部類である。
すごいどうでもいいが最近若くて美人な子相手だとなんか微妙に勃ちが悪いのにどうしてチャイエス嬢だとビミョーな見た目でも勃つのだろうか。
自分がオッサンになって若い子だと精神的に気後れするのか、それとも単に同年代くらいの人に性欲を感じるのだろうか、日本でこんな出稼ぎしてる境遇に何か優越感を感じるのか。
などと考えつつ色々あって最終的にバックでいたしていたところ明らかに反応違うポイントがあって、嬢が角度変えて腰を逃がそうとしたので、がっちりホールドしてそこをガン突きしていたら嬢がまあガックガクになったのよね。
結局トータルで20分くらい入れてたと思うんだけど、それで良い感じに射精した事後処理をしてくれていた嬢が、満面の笑みとともに親指をグッと立てて
と言ってきたわけ。こちとら英語力皆無やぞ。しかしせっかく褒めてくれているようなので聞いてみよう。
「わっと?」
中学生以下である。嬢はやはり満面の笑みで俺の愚息を指さしつつ、
お互い拙い英語力で会話してみたところ、要するに日本に来てここ数か月でお相手した男の中で一番太くて長持ちで大変良いセックスであったとのこと。
その後ママが顔出して、ちょうど飯作ったからどうよとお誘い受けたのでありがたく食いつつ、そんなことあったのよねと雑談していたら、
「絶対にナンバーワンかって言われるとわからないけど、あなたのアレは実際にトップクラスだったしセックスの触り方も優しいから、嘘ではないと思う」
まあ接客トークの一環ではあるが、正直悪い気はしないものである。一応プロの嬢にも素人の子にも割とお褒めいただくことが多いので、自分ではわからんがそれなりに良いセックスを提供できるらしい。
チャイエスにはチャイエスのこういう良さがあるよなあと飯を食いつつ考えた土曜日でした。
ちなみに同じママの店で、入れてから3分経過したら痛いからもう抜け、あとは手でやると言ってきたタイの子にも遭遇したこともある。チャイエスは博打である。
私は役所の技術系職員で、公共工事の発注、施工監理業務を行なっている。
役所の忙しい部署は議会系、財務系、人事系であることは間違いないけれど、残業の実績を見るとそれに匹敵するくらい我々も忙しい。
業務過多と、業者と上司の板挟みになってメンタルが壊れる人間がかなりの数いる。
これは、どちらも元を辿れば工事設計の質の低さが原因になっている。
当然、プロに設計を委託しているのだが、委託先の選定にあたっては地域要件があり、もともと腕が悪いのに加え、高齢化も進んだいくつかの設計事務所に大量の設計を委託せざるを得ない。
そうすると納期が守られず、指摘事項が修正されないままのデタラメな図面が納品され、職員が必死こいて修正を試みるも不完全な状態で工事が発注され、受注者が決まり、図面通りに施工できないから発注者が責められ、現場調整と工事内容変更の事務手続きに追われ、職員が潰れてしまう。
優秀な職員であればデタラメな図面をフルリフォームして工事が発注でき、問題なく完工まで辿り着けるわけだ。
なので自分で設計ができる職員はとても貴重なのだが、エース級の超絶優秀な若手職員が辞めてしまった。
いつもの設計事務所と彼は顔馴染みであり、優秀なのも知られているから、結構な数の案件で協力会社として加わり、役所の要求する質に仕上げて成果品を収めてくれた。
役所特有の無意味な書類もこちらが催促せずとも提出され、誤りもない。
彼の設計だと工事発注前の地獄のような修正作業はほとんど発生せず、劇的に業務量が減った。
私だけではなく課全体が減ったが彼の恩恵であることは明らかだった。
彼は打ち合わせで課に頻繁に顔を出すのでたまに雑談をするが、労働時間は減って年収は数倍になったそうだ。
また優秀な若手職員が辞める。今度は2人もだ。
聞くところによると、2人とも彼の事務所に入るそうだ。
ど田舎の民間の塾で小学生の時は週3で国語と算数の日、国語とパソコンの日、算数と英語の日みたいな感じだったな
こんなに安いのはこの先の中学生向けのクラスがメインだったから囲い込み的な意味もあったのかも
中学生向けだと月2万とかで、入塾試験も月次テスト別のクラス分けとかもあって、3クラス中1クラスが地元最優秀高、残り2クラスが2番手の高校に受かるみたいな感じ
塾自体も地元の中学校より人数多いくらい通ってたから全然違う校区なのに小学校からの顔馴染みがたくさんいる状態で高校入れて友達も早めに確保できて助かってた
高校からは予備校とかもたくさんあるし、地元国立なら学校の授業だけで受かる子も多かったから塾の人数は減ってたかな
自分が通ってる間に通信制高校とかも開校してて地元じゃ手広くやってる老舗塾って感じだったけど、ど田舎だとこういう塾わりとよくあるみたいで他県の人とも地元の老舗塾の話で盛り上がったことある
https://twitter.com/can_non_do/status/1493979286725816323?s=21
こう言う奴みたいに「人権はゲーム用語だから是」というのは明らかに違うと思います。
確かにスマホゲームなどのいわゆるガチャでキャラクターが手に入るゲームに「人権キャラ」は存在します。
私もよく使います。そのキャラがいないと十分にゲームを楽しめないと確信してるからこそ強い言葉を使い「引かなかったこと後悔して愚痴んなよ!」と思ってあえて強い言葉を使います。
鉄拳はよく知らないんでギルティギアで言わせてください。例えばソルをアークが狂って頭おかしい調整し出して「ソル以外でプレイしてる奴に人権はねぇよ」となったとします。これは多分普通に言うと思います。「ソルくだらんわー」「(ソル使えば)チンパンでも勝てるやん」って対戦相手が言ってきた時に言うと思います。なぜならそんだけ強いとわかっていながらソルを使わない方が悪いからです。あえて自分からソルという人権を捨て去ってカイ使ってたらなんならそのまま「恥知らずなカイ使いがいた」を朗読し始めて煽ります。
んで多分相手が顔馴染みじゃなくても大した騒動にはならないと思います。大した騒動ってのは規模の話です。規模は自分と相手で大体完結してて、ここで相手がおセンチな感情出して拡散しようが広まるのはギルティギアプレイヤー、もっと広く見ても格ゲー界隈ぐらいにしか意味が通じず、格ゲー界隈はご説明頂いてるように人権の意味なんて重々把握しているからです。
でも今回の場合はそれを軽々と超えた発言をしている事が問題です。人権持ち出したからどうこうじゃないんです。
彼女が意味が通じない界隈に当たることも考えず軽い意味で人権を使ってしまった事を擁護するのはいいんです。
ただ、「用語だから普通の人権とは意味が違うよ」って擁護は明らかにズレています。(てか意味が「必須条件」だとしても普通にコンプレックスを刺激する部分に「人権」=「必須条件[なにの?]」を持ち出してるのが最悪です。)
彼女の落ち度は意味をよく考えず言ったことではなく、コミュニティを超えてコミュニティの言葉を使った事です。
別の意味があるから違うよと言うわけじゃないです。じゃぁナコルルに死んで欲しい時に「アイヌしね」って言ってもいいんですかって…あっ!この話は無しで!
先週、営業再開したバーに行った。コロナ前は月に数回行っていた店だ。
何人か顔馴染みの客が居たから雑談してたんだが、突然、新規の客が入ってきた。まぁ新規の客は良いよ。常連面する気も無いし。
が、その客(アラフィフ男性)は、いきなり近くに座っていた若い女性客に話を始めた。緊急事態で人と話せなかったので、誰かと話に来た、と。まぁそれも良いよ。地元密着型のバーでよくある光景。
その後、急に政府批判と検査抑制で感染者を隠しているという話をし始めた。女性客含めて、周りドン引き。飲み屋で政治宗教プロ野球ワクチンの話はするなと教わらなかったのか。
当然、女性客は急に予定を思い出して帰るし、その後、こっちに絡み始めたので、まだ2杯しか飲んでなかったのに早々に逃げ出した。
親しい人の間では政治の話するかもしれないけど、いきなり初対面でそんな話するかなぁ。なんか距離感の測り方というか、コミュニケーションに問題がある人のような気がする。
最近、ちょうど元増田の話を裏付けるような体験をしたので、n=1だが書き込んでおく。元増田の言っていることは正しいと思う。
これだが、何度も国語力でブクマカ揶揄するエントリ書いてる国語増田だろうが、この件では元増田の方が頭が悪い。これは国語の問題じゃない。
https://anond.hatelabo.jp/20211006074457
この反応見て「また引っかかってる、頂きだ」と思ったのだろうが、そもそも麻生がやってる事って一般的な国家の政治家と記者の質疑応答じゃない。
映画の真似なんだよ。
「菅は顔が悪くて人気が無い。俺達喧嘩上等のワルだからな(ニヤリ)」っていうのをやってる。
確かに論われてるブクマカは文章を最後まで読んで(ニヤリ)の辺りで意味が転換されているのを読み取れていない。
だがそれより重要なのは、高校以上の国語の小説読解問題みたいな文章が新聞に載っているという事だ。
それはつまり、なんで麻生氏が新聞記者の前でクライム映画やピカレスクロマンの真似をしてそれが新聞に掲載されているかって事だ。
「早稲田一文の文章みたいなのが新聞に載っててブクマカが読み取れてない!」で喜んでいたらそこで読解終了なんだよ。
新聞の記事というのは「見出し-結論-本文-結論」と書かなければならない文章の筆頭だ。会社でこの記事のフォーマットで報告書を書いたらどうなるか考えてみたらいい。そこにはそもそも映画の真似をして良いという合意すらない。
一方、ルポルタージュなどはこの記事のような釣りタイトル→後半で意味の転換が許される。これは最初から腰を据えて読む長文だからだ。
だがこのような短文記事ではそんな余地があるはずがない。見出しは結論を要約する惹句である必要がある。
なぜ麻生氏が映画等の真似をして答え、コメントの最後で意味が転換されるという構造のままに記事にされるかというと、そこに記者と政治家の合意があるからだ。
これが海外メディアであれば、「クライム映画のノリで最後の台詞で意味が転換されるよ」「麻生氏はマフィアのような服を好む人物だよ」という文脈で記事を書いてくれただろうか?そのまま「顔が悪いと言った」でお仕舞だ。
紙幅があれば説明を付けるだろうが、それは「麻生氏はワルぶる事を好むナルシストとして有名だ」「日本には記者クラブ制度があり政治家は顔馴染みの記者とツーカーのぬるま湯の風土にいる」「日本の政治部記者は映画のワルのようなコメントをするとその舞台装置のままに記事を書いてくれる」というものになるだろう。
だからあの記事を読んで得る情報というのは、「麻生氏は年の割には洒落た事が出来る」という事のほかに「癒着で舞台装置作ってそれを公器に載せてやがる」「朝日の政治部はバカ」というものだ。それがメディアリテラシーだ。
だが元増田は早稲田一文現代文問題の構造を見つけて喜んでしまっているのでそこで情報処理が遮断されているのだ。馬鹿者である。
日本は移民社会に舵を切ったので、日本語の機智を持たない話者というものを考えていかねばならない。出版産業や新聞というのは国民意識、国民国家という想像の共同体の基盤である。
「リンガ・フランカとしての日本語」というのを意識していかないと永住権を持つ人間でも「ガイジン」のままなのだ。
それなのに政治記事でこんな内輪ネタやっててどうすんだってことだ。結論要旨-本文-結論の順で書けよ。とんねるずの業界ネタが今の若者に受けてるかとか類推しろよってことだ。
だからこの記事はある問題意識を惹起させる。それは「麻生と朝日新聞政治部に冷や水ぶっかけろ」だ。
上演されるべきでない場面で上演された舞台に疑問を抱かないでどうする。
サンデルのトロッコ問題への回答で「そんな問題を提起する者を殺す」というソリューションがあっただろう。それでいいんだ。
それなのに早稲田一文入試問題構造を見つけてそこに固執してしまいマウントを取ったつもりで情報処理停止してしまう元増田は愚鈍の極みである。