
はてなキーワード:頭でっかちとは
AI漫画驚き屋のノリを見ててなんか違和感があると思っていたら、なんか漫画というものを全部バクマンのノリで(頭でっかちに)理解してる感じがあり、まあそういう世代かと思う。
そもそも、AI漫画の出る前から、ツイッターでよくわからない自称編集者の根拠のないアドバイスが拡散されていたり、『漫画』というものに対する認識はだいぶ歪んでいた。
もはや『バクマン』後と言っても10年以上経ってしまっているので、誰もその前なんか覚えてないかも知れない。
でも『バクマン』が漫画を広告代理店みたいなノリで語りだす前は、漫画はもっとエモーショナルなものだった。
漫画の中心は「キャラ」だった。漫画の「キャラ」は「キャラクター」とは違うんだという評論があった。
それは絵とセリフが生み出す不思議なマリアージュで、設定や理屈ではなかった。ひとつの表情、ひとつの漫符のニュアンスが「キャラ」を変えた。
人情を感じさせる関係性や、ハラハラと次回への展開を期待させるヒキだった。
漫画は絵があるところがメリットなんだから、文字数にあらわれるような「情報量」を求める読者は誰一人いなかった。
美味しんぼみたいな情報漫画でさえ、大事なのは「面白いポイントだけ」を要約してセリフにまとめることだった。
小説やエッセイから抜き出して来たような、文章語のセリフを読みたい読者は一人もいなかった。
今や、そんな漫画は皆無である。ほんとうに、完全になくなったと言って良い。
みんなセリフが無駄に長い。口語の歯切れの良さはなく、修飾が多くて突っ込まれないように書くネットの投稿みたいだ。
口に出して読もうとするととにかく一息が長いので、アニメになると声優がずっと喋ってて演出の余地もない。
絵はデジタルで綺麗になったが、すべてコピペみたいな均一な顔で、一コマ一コマ感情を込めて描いたことが感じられる表情なんか皆無。
「感情的になっている」表現ですら、教科書どおりの記号を並べましたみたいな、場面場面の微妙なニュアンスの違いなんか一切感じられない、みんな同じ顔。
そして同じコマ割り。
バクマンが漫画を頭でっかちなものにし、受験勉強とゲームしかやってこなかったような文化的感受性ゼロなサラリーマンがそれをマニュアルにしてしまった。
もはや「ここにこの絵が欲しかったから」だけで理屈なく漫画を描ける漫画家志望者もどこにもいない。それを評価する市場もない。
AIには、いやそれ以前に、デジタルのトレスとコピペで全てを描く世代の漫画には、資料がないものを「ここにこの絵が必要だ」と感じて悩む感性すらない。
とても残酷な物語である。美人しかコスプレを楽しめないし、好きなものを好きと言ってはいけない。
「不細工でもいいんだよ」なんてまりんちゃんは一回も言ってねえ
ルッキズム反対とかそんなことを言ってない
お前みたいなガイジにポリコレ棍棒与えることのガイってこれなんだよ
ポリコレ的じゃないテーマの作品を全て「おかしいぞ」って言いだすんだ
おかしくねえよ
アニメで丁寧な描写にブラッシュアップしてもらって大分得してる
でもいいんだよ乱暴で、それが描いてる当人の欲のありかたなんだから
美形だらけってそんなもん昔からそうだし
お前さ、マジでリアルだったら襟掴んで部屋の角に押し込んで小突きながら問い詰めたいけどさ
おまえはその「ブサイクが輝く作品が登場」を心の底から待望するからそれを言ってるのか?
それが読みたくて読みたくて仕方ないから出してくれって思ってるのか?
待望しての発言なら許そう。
でも違うよな?
「こういう作品が正しいはずなのに出ていない」ってくだらないことを思いついただけだろ?
お前すら読みたくねえ、商業的成功も見込めねえ、描く方も読む方も楽しくねえ、
そんなもんが出版される意義って何なんだよ?
カスがよ
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20250929183646
これについたコメントを要約すると、
みたいな感じで、俺も同意だけど、ただ人を好きになると狂っちゃうのはあるんだよな。
若い時に恋愛しとけって言われても、できないもんはできないからさ。
「最初は飯でも誘え、いきなり告白するな」はもっともなんだけど、恋愛初心者が大人になって恋に落ちちゃったらこうなるのも分かる気がする。
もちろん元増田が悪いし相手女性は気の毒だけど、まあしゃーないっていうか、事故みたいなところあるよなとは思う。
はてな民って、恋愛結婚というよりかは、相手の条件と自分のステータスを比べて釣り合う人と結婚してる感じなんだよな。
大恋愛とかなさそう。
そこそこ好きで結婚してる人ばっかりなんじゃないの?
全員がそうだとは言わないけどさ。
元増田の行動は擁護しがたいけど、はてな民も恋愛のことわかってねーなって感じなんだよ。
頭でっかちというかさ。
冷静になれとは言うが、恋愛って基本冷静さを失った状態だからな?
コントロールが難しいもんなんだよ。
それを分からずに、いきなり告白するな、身をひけ、仕事やめろとか、理性でしか考えてない感じ。
ラブコメ漫画を読んで、くっつくか離れるかみたいなのを横で見てるのが好きなだけで、自分は恋愛なんてしないんだろうな。
怖いんだよ、恋愛が。
それか、もう歳なんだろうな。
枯れてるんだと思う。
学生時代はいいが、社会人になったら冷静な恋愛をしろ、という、なんていうか老害ムーブな気がするよ。
個人的にはCANON、Nikonが好きですが、予算次第ですね。
カメラを始めると、色々と知識を得なければいけなくなりますが、
その前に色々撮ってみて、沢山失敗して、
なぜ綺麗に取れないのかを考えるようになって、
今はネガ・ポジフィルムを現像し印刷する手間がなくなったので、
お金がかからなくなってきているから、沢山失敗してもお金をロスすることがありません。
沢山楽しんでください。
https://japancamera.org/golden_ratio/
https://genkosha.pictures/photo/22111045977
https://nij.nikon.com/enjoy/phototech/cameralesson/lesson21.html
https://nij.nikon.com/enjoy/phototech/cameralesson/backnumber.html
まぁ、独身前提でFireを決め込もうとしている人に、いやその前に考えることあるでしょって言ってるだけです
ネットでマイナス情報浴びすぎた結果、頭でっかちになって「結婚は負債」と考えがちな人も多いけど、
人間は十人十色なので、たとえ背負うことはできなくとも、共に歩いてくれる相手を探せばいい
仰ることはごもっともで、そりゃ簡単だとは言わないけど、難しいから無理~なんて言ってたら
一生を左右することなんだから、まずは「投資と同じぐらい真剣に」検討してみるべきで、
その結果、ダメだったのなら仕方がない
そもそも、今はこれだけ結婚相談所などのシステムも発展しているし、資産運用する層も増えつつあるのだから、
「働きながら資産運用もやっている相手」とマッチングすること自体は、難しいというわけではないような???
(マッチングした先に、条件が折り合うかどうかは、本人の努力と試行回数の問題に帰着すると思われる)
創作活動に取り組むとき、ふとした瞬間に立ち止まってしまうことがある。「このストーリー、ぶっ飛んだ設定すぎない?」と不安が立ちはだかる。でも、最近のエンタメの世界を見渡してみると、そんな心配はもしかしたら無用なのかもしれない。突拍子もない設定や奇抜な物語が、意外にも多くの人の心を掴んでいるのだ。
たとえば、『ウマ娘 プリティーダービー』を思い浮かべてみよう。実在の競走馬をモデルにした美少女たちが、レース場で競い合い、友情や努力の物語を紡ぐ——初見では「え、競馬と美少女?」と二度見してしまうような設定だ。現実の競馬とアニメ的なキャラが交錯するこの世界は、一見すると「どうやって受け入れられるんだ?」と思えるかもしれない。だが、実際はゲームが爆発的な人気を博し、アニメも熱狂的なファンを獲得。SNSではキャラクターごとのドラマやレースの熱さに心を奪われた人々の声が溢れている。この成功の裏には、作り手が「これが面白い!」と信じて突き進んだ情熱があるはずだ。
もう一つの例として、『チンチンデビルを追え』を見てみよう。このタイトルだけでも、思わず「何それ!?」とツッコミを入れたくなるような奇抜さがある。普通のストーリーとは一線を画す設定だ。こうした作品が受け入れられる背景には、ユーザーが「新しい体験」や「予想外の展開」を求めている現実がある。奇妙で、笑ってしまうような設定でも、物語に心があれば、ファンはその世界に飛び込んでくれるのだ。
ユーザーは、意外性や斬新さに心を動かされる。たとえば、ホラーやダークファンタジーのジャンルでは、「不気味さ」そのものが物語の魅力になる。『東京喰種』や『チェンソーマン』のように、グロテスクで奇抜な世界観が多くのファンを惹きつけるのは、作り手が「これが描きたい!」という衝動を抑えずに表現したからだ。理屈や常識を超えた「何か」を持っているからこそ、ユーザーの心をつかむ。
理屈で考えることももちろん大切だが、頭でっかちになりすぎると、せっかくのアイデアが「安全な枠」に収まってしまい、平凡な作品になってしまうかもしれない。中途半端なリアリティを出すことにより、いわゆる「不気味の谷」のような違和感が出てしまったりする事もあるだろう。
「不気味の谷」という言葉は、元々ロボットやCGの分野で使われることが多い。人間そっくりに作られたものが、微妙に「何か違う」と感じられることで生じる違和感を指す。創作の物語でも似たようなことが起こる。たとえば、中途半端にリアルさをを求めすぎた結果、少しの違いで「こんな設定、現実には起こらない」と、ユーザーが現実と比較して創作の世界から醒めてしまう。勿論リアルさが重要となってくる創作物もあるが、それが必須であって欲しくないと私は思う。リアルさよりも、創作者の突拍子もないユニークな世界観を見たいのだ。
ユーザーは、感情を揺さぶる物語や、見たことのない世界を求めている。だからこそ、「これ、ちょっと変だけど面白いかも」と感じたアイデアを信じて、まずは形にしてみることが大事だ。自分がワクワクする物語なら、その熱はきっと読者やプレイヤーに伝わる。
ただし、奇抜さや不気味さだけで勝負できるわけではない。『ウマ娘』の成功の裏には、実在の競走馬のストーリーを丁寧に反映し、努力や絆といった普遍的なテーマが織り込まれている。キャラクター一人ひとりの背景や成長が、ユーザーの感情を揺さぶるのだ。
ユーザーは、もっと自由で大胆な物語を待っている。SNSやレビューを見ると、ファンは「予想外の展開」や「独特の世界観」に熱狂していることがわかる。理屈や「売れるかどうか」を考えすぎるよりも、「これを伝えたい!」という情熱を信じて突き進むことが、時代を超えて愛される作品を生む鍵なのかもしれない。