
はてなキーワード:露骨とは
社会において、特に男性中心の企業文化において一番強い女ってどんなんだと思う?
営業成績が一番良いやり手か。
一番若い女か。
どれでもない。
美容にコストをかけており、華奢で細く、Eラインが整っており、頑なにスカートかワンピースしか着用せず、まつパをしており、シースルーの前髪で、サイドバングを作っており、色白で、清楚系のメイクをしている女。
それが一番強い。
おっさんが全てを握っているのだ。
もちろんコンプライアンス上、露骨に給料を上げるなどはしない(できない)が、お気に入りの美人百花女の前ではヘラヘラデレデレ相好を崩し、情報を伝え、書類に残らないような事で便宜を図ってやるのだ。
そして気づくと、社内にいるのは二種類の女になっている。
おっさんのお気に入られてない女の間にも能力差、パワーバランスなどは存在するが、全員が有象無象みたいなものだ。
意外かもしれないが、美人百花女は他の女たちに嫌われる事はあまりない。というか、「こういう女を嫌いだと言ったらまず間違いなく嫉妬ややっかみだと思われる」という暗黙の了解のもと、誰も「あの人ってさあ……」とは言い出せずにいる。
おっさんに甘い声で対応し、おっさんをちゃん付けで呼び、おっさんをデレデレさせている彼女が、実際は何を考えているかはわからない。
自分の事を「うまくやっている」と思っているのか、そういうわけでもないのか。
どうなんだろう。
これはただの偏見だが、美人百花女はしれっと嘘をつくのが異常に上手い。
私はある美人百花女に目の前で傘を盗まれたことがあるのだが、全く悪びれず、自然に私の傘を持ち去るので驚いた。呼び止めると「えっ……?」と、心外そうに目をきゅるきゅるさせてキョトンとしていた。
それが良いか悪いかはともかく(窃盗は犯罪だが)利己的な立ち回りにも後ろ暗さを感じさせないのだ。
これもまた容姿の力なのかもしれない。
女たちは、美人百花女を嫌うことができないために、ヘイトをおっさんに向ける。
能力や貢献度ではなく、おっさん個人の好悪によって便宜を図られる者と図られない者が出てしまうというのは不公平だし、そうして暗に評価をされるのも不愉快なものだ。
しかし露骨なもので、美人百花女とすっぴんの顔立ちのレベルはおそらく同じでも、浅黒く日焼けしたスポーツが趣味の女や、ブリーチしてる派手髪女はおっさんのお気には召さないのだ。
メイクとファッションも、東京カレンダーに載ってるような美人百花系の女でなくてはいけないし、髪の色が明るすぎてもいけない。
こう書いてみると結局妬みややっかみ、美人に対する偏見になっている気もするが、かといって我々(非オキニの女ども)は別におっさんのお気に入りになりたいわけではないということは強調しておきたい。
これは権力を私物化するおっさんと、そういうおっさんが権力を持つ環境に適応して己を利する女と、その影響でギスギスしてゆく組織の話である。
大型アプデが来ると俺の「一応最後までクリアした」という言い訳が無に帰すので今のうちにまとめる。
年末に「今年流行ったゲームだけどざあ!やっぱこいつだけはざぁ!」でこき下ろしたかったが仕方ない。
一つ 転生の仕組みがダルい
作り直しなんですよね。
しかも解禁された順に組み直し。
ダルすぎる。
テキストをウィルス除去してチェックして流して、今度は画像に変えて、そんでしばらくしたら音声にして、これやり直すのダルくない?
つうかさ、ウィルスチェックとかのテンプレ保存して貼ろうとしたら「まだ解禁されてねーから無理な」ってうぜーよ。
そこはお前「まだ解禁してねーから素通りさせるけどいいよな?」でよくね?
どうせチートモードで作者だけ専用のTUEEEEで終わらせたんちゃう?
繋がりが薄すぎる。
こういうのって相互補完しつつも個々にテーブルがあるから倍々ゲームを乗算でいけるのがええんやん?
プログラミングがアップロードを育てて、アップロードがプログラミングを育てて、プログラミングがハッキングを育てるみたいな流れが弱いよ。
三角食い出来てない。
一気にガーッと食ってつなげすぎ。
転生時に使い回せねーって話したけど、転生時だけならともかくハッキングでゴーストとクリティカルを切り替えるだけでも面倒なんすよね。
切り替えで良くない?
つーか切り替えボタンでよくない?
最後 後半に山場がない
生成AIでテキスト作った辺りでピークが来てその後はハードウェア弄りも地味。
つうか色々頭打ちが早いっていうか奥行きがない。
もっとこう「うおおおおお数字無限にデカくなってるうううう」したい。
インフレテーブルの設計はクリッカーの味噌なのでそこが足りんよね。
つうかね、せめて「ハッキングまではオモローよ」ぐらい言いたかったね。
そこまでも割と怠いからねえ。
んで転生したらいよいよダルい。
まあ所詮は無料だしなーって言いたいんだけど割と課金誘導露骨だからねえ。
2個目のネットワーク機器と基礎UIの選択制みたいな形マジで課金誘導すぎるから。
つーか1周目までプレイ可能の体験版にして基礎UIは無料で貰えるとかなら良かったんちゃうんかなと。
課金したくないんやなくて「課金アイテムとしてUIを売られると萎える」って話ね。
誠実さの話かな。
「俺のゲームの面白いところを皆に遊んで欲しいいいいいいい」みたいなのを感じひんのや
「不便にさせることでお金ほちいいいいいい」はお前さあ・・・ゲームクリエイターとしてのプライド的にさあ・・・折角のインディーズなのにさあ・・・
https://digital.asahi.com/articles/ASTD614DGTD6UHBI005M.html
「トランプ版モンロー主義」の新安保戦略 「欧州文明消滅」にも言及
トランプ米政権が5日までに公表した「国家安全保障戦略」では、戦後の国際秩序を塗り替えるような「米国第一」の方向性が示された。米大陸のある「西半球」を自国の勢力圏とみなして排他的に利益を追求する一方、中ロに干渉するような批判は抑え、逆に同盟国については非難したり負担増を求めたりする姿勢を見せた。
「(ギリシャ神話の巨人神)アトラスのように米国が全ての世界秩序を支える時代は終わった」
今回の安保戦略はそう明確に宣言した。外交・安全保障分野の基本指針となるこの文書で、五つの「極めて重要な中核的国益」の筆頭に掲げられたのが、西半球の権益確保だ。南北米大陸やグリーンランドを含むこの半球では「敵対的な外国による侵入や重要資産の所有は認めない」と主張。各国の意思がどうであれ、米国の勢力圏として強い影響力を及ぼそうとする意思を示した。
記事の末尾に米国が最も重視する「五つの中核的国益」を整理しています。
目を引くのが「我々は『モンロー主義のトランプ系』を主張し、実行する」との文言だ。
1823年、米国が南北米大陸と欧州大陸の相互不干渉を訴えた「モンロー主義」。その後、パナマ運河地帯の支配権を得たセオドア・ルーズベルト大統領がモンロー主義を拡大解釈して、中南米への帝国主義的な軍事介入をいとわない姿勢を示し「ルーズベルト系」と呼ばれた。そのトランプ版というわけだ。
典型的なのが、最近のベネズエラに対する行動だ。トランプ大統領は麻薬や不法移民の流入を理由にしてベネズエラからの船に対する空爆を命じ、空母などの大規模な軍事力を見せつけてマドゥロ政権に露骨な「砲艦外交」を展開している。トランプ氏はカナダやグリーンランドについても、領土や資源への野心を公言してきた。
写真・図版
2025年11月13日、大西洋上で、米空母ジェラルド・R・フォードを中核とする空母打撃群の上空を飛ぶ、戦闘機スーパーホーネットや戦略爆撃機B52。米海軍提供=ロイター
一方、台湾や南シナ海の記述では中国を念頭に、シーレーン(海上交通路)を守るために紛争を抑止することは「優先事項」だとした。また、同盟国の日本や韓国に防衛費の増額を求め、トランプ氏の長年の主張に沿い「(同盟国の)ただ乗りを許している余裕はない」と記した。
台湾への関与については歴代米政権の政策を踏襲する姿勢を示したものの、中国を「国際秩序を塗り替える意図と能力を持つ唯一の競争相手」と位置づけ、強い警戒感を打ち出したバイデン前政権とは対照的だった。西半球への関心の強さと比べると、台湾を含む東アジアの優先度や国益判断の比重は低下した、との印象も残す。
米メディアのポリティコは3日、ベッセント財務長官が中国に関する表現を和らげるよう主張し、安保戦略の発表が遅れたと報じていた。中国によるレアアース(希土類)の輸出規制などで劣勢に立つ通商交渉への影響を考慮した可能性がある。
ウクライナ侵攻をめぐっては、早期の停戦の重要性を説きつつも、侵略を始めたロシアに対する明確な非難はなく、「ロシアとの間で戦略的安定性を再び確立する」ことを米国の中核的利益の一つに挙げた。逆に、ウクライナを支援する欧州について「欧州の大多数は平和を望んでいるのに、民主的政治過程が破壊されているため政策に反映されていない」と批判。トランプ氏が目指すロシアとウクライナの和平仲介の「障害」と位置づけた。
欧州への批判は、バンス副大統領が2月、欧州各国で右派や保守派の言論が抑圧されていると演説した内容にも沿うものだ。「文明として消える現実かつ深刻な可能性がある」とまで指摘した。欧州への非白人移民の流入を念頭に、米欧の軍事同盟「北大西洋条約機構(NATO)」についても「数十年以内に、NATOの中には非欧州人が多数を占める国が出てくる。米国との同盟をNATO加盟時と同じように捉えられるとは限らない」と決めつけた。
米国は戦後、ユーラシア大陸で圧倒的な力を持つ国の出現を抑止する戦略をとり、欧州や日本、韓国などとの同盟はその基軸だった。民主主義や法の支配を重視する原則もその基盤となっていた。ロシアの侵略に甘い姿勢を示す一方、米国自ら西半球では意のままに振る舞うことを正当化するような安保戦略は、ルールに基づく国際秩序の弱体化を改めて印象づける。アジアで覇権主義的な行動をとる中国に対しても誤ったメッセージを送る可能性がある。
西半球で米国の権益を確保する。中南米から米国への麻薬・移民流入を防ぐ
中国の名指しを避けつつ「インド太平洋を自由で開かれたものに保ち、決定的に重要な海上交通路における航海の自由を守る」と言及
「欧州の文明としての自信や西洋としてのアイデンティティーを(米国が)回復させる」とも主張
中東の石油や天然ガス権益を守る意思を示しつつ「この地域で我々を泥沼に落とした『永遠に続く戦争』を避ける」とも明記
アイス1個と500mlペットボトル入り飲料1本とかパン1個とペット飲料1本とか買う時、去年くらいまではコンビニで買ってた。
スーパーのほうが安いのは知ってたが、レジ混んでるの面倒なので。
が、ペットボトル入り飲料の相次ぐ値上げとコンビニのアイスコーナーの高額商品への露骨な誘導に嫌気が差し、今年あたりから少量買いでもスーパー利用するようになった。
コンビニのアイスコーナー、うっかりしてるとアイス1個が348円とかだったり。
ハーゲンダッツみたいに高いとわかってる商品は最初から避ける。
が、150円のアイスと350円のアイス、包装見ただけじゃどっちが高価かわかんない。
150円以下、となると選択肢が極端に絞られている事に気付く。
スーパー行ったほうが良いなと。
レジの混雑もセルフレジ増えてきて便利になった。ただ夕飯の買出し時とかはセルフも混んでるけど。
「日本において。
ペットボトル入り飲料が常温販売であっても冷蔵販売であっても。
一方、チルドコーナーで売ってるカップ飲料や紙パック飲料は価格差があまりない。
何故?」
とGeminiに聞いてみた。
「ペットボトル飲料は『利便性への対価』と『価格競争の有無』で大きな差が生まれますが、チルド飲料は『商品の即時性』と
『チルド管理コスト』が共通しているため、価格差が小さくなる」
そうな。
寒くなり、アイスやパンに替わり中華まん食べたい季節になってまたコンビニ利用に戻ってる。
【値上げ検証2025】スーパーとコンビニで「全く同じもの」を買ったら価格差はいくらになるのか →絶望が待ち受けていた |ロケットニュース24
中国で日本人選手が露骨なブーイングを浴びても、なぜか急に静かになる人たちがいる。あれだけ差別に敏感なはずなのに、中国側のあからさまな差別に対しては途端に口が重くなる。こういう都合のいい“選択的反差別”が積み重なるから、いつまでたっても信用を失っていくんじゃないのか。
差別は加害の向きで正当化されるものじゃないし、政治的に利用していいものでもない。普通の日本人は、日本人が差別されても反対するし、日本人が差別したときにも反対する。そこに混じるのは立場でもイデオロギーでもなく、一貫した態度だけだ。
差別に反対するという一点を貫くなら、中国で日本人選手が受けている明白な敵意にも声を上げるのが筋だろう。そこに黙り込み、国内で叩く相手だけを選んで叱る態度は、反差別の顔をした内輪の政治活動でしかない。
本気で差別に反対するなら、相手が誰であれ同じ基準で批判できるはずだ。向きによって態度を変える限り、その主張が信用されないのは当然だと思う。
正直言うけどさ、ズートピア2、めちゃくちゃ差別的な映画だったわ。なんであんな露骨に弱者男性だけ迫害される世界観にしちゃうの?って思いながら見てた。
キツネとウサギ(ニックとジュディ)は、いつも通り「種族の壁を超えた主人公」扱いで、好き放題暴れ回っても主人公補正で許されるのに、弱者男性族は物語的にも社会的にも完全にいないもの扱い。存在すら許されてない空気すらある。
しかも、キツネとウサギも主役になれるくせに、弱者男性族には最初から居場所ゼロ。
彼らがどんなに真面目でも、どれだけ努力しても、警察にだって入れない。
世界観そのものが「お前らには役割ないから」って言ってるようなもんで、これ見せられて「夢と希望のディズニー」って本気で言ってんのか?って思った。
極めつけはこれ。脱獄犯のキツネは英雄扱いなのに、弱者男性族は警察になれないどころか存在自体が迷惑みたいに描かれるってどういうこと?キツネくんは詐欺の前科アリ、脱獄経験アリ、凶悪犯罪者の脱走にも加担してるのに「ハートはいいやつ」って理由だけで全部チャラ。むしろ誤解されてたけど本当はいいやつ!のテンプレ持ち上げ展開。
いや、弱者男性族が同じことしたら一瞬で逮捕&社会的死だからな?
上からの指示ガン無視で、街を半壊させながら勝手に捜査続行して、結果的に街を破壊してるのに、なんであれが「やっぱりこの二人は最強のコンビ!」って拍手喝采されてんの?
そして最後に言わせて。
詐欺師で脱獄犯で、凶悪犯罪者の逃走を手助けしたキツネを最高の相棒ヒーローとして描くのに、弱者男性族は最初から最後まで社会の底辺扱い。
ズートピアって本来「偏見に立ち向かう」「多様性を肯定する」ってテーマだったはずなのに、2では逆に特定の存在だけ永遠に日の目を見ない世界が強化されてて、正直ドン引きしたわ。
――初代戦隊である「秘密戦隊ゴレンジャー」(1975年放送開始)から今年で戦隊は50周年。その記念作であるゴジュウジャーが来年で放送終了になることで、戦隊シリーズは終了してしまうのでしょうか。
いえ、戦隊シリーズとしては終了とは思っていません。休止です。戦隊の放送枠(テレビ朝日系、日曜朝9時半)は新たなものに変わりますが、戦隊作品そのものはいずれ復活する可能性があります。発表前の10月から「戦隊終了」の報道が出て、ここまで反響があるのは想定外でした。戦隊がここまで愛される存在だったのかと、ありがたい思いです。ただいずれ復活するにしても、10年は間を置いた方がいいと私は考えています。
――その理由は。
戦隊の限界が見えてきた。そこを打破すべくいろいろな工夫をしてきましたが、50周年という節目も迎え、根本的に考え直さないといけない場所にきたのは確かです。
一つはコロナ禍からの配信時代の到来です。配信では、特撮も新作と旧作が横並びで見られるようになりました。戦隊にとって、仮面ライダーだけじゃなく過去の戦隊作品もライバルになってきた。
戦隊は毎年毎年、世界観をリセットして新作を出してきました。作品につながりがなく、どこから見てもいいんですが、逆にどこから見たらいいのか分からない。一定の評価がある旧作に対して、よほどの特徴がない限り新作が勝てなくなってきた。
写真・図版
東映の白倉伸一郎さん。「ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー」にちなんで、ナンバーワンポーズ
もう一つの黒船は、アメコミヒーローものの大攻勢です。マーベルの「アベンジャーズ」シリーズは日本でも人気ですね。キャプテンアメリカにしろ、アイアンマンにしろ、もともと別の作品のキャラクターだったものを一つのパッケージにして届けている。
集団ヒーローでも、キャラクターの人格や戦闘能力など明確な設定が元々されている。一方で同じ集団ヒーローである戦隊は、毎年作品が変わりますし、キャラクターづけでは弱い面があった。
この二つの苦境を打破するべく、いろいろ工夫はしてきましたが、根本的に新たな挑戦をするべきだという結論に至りました。
――とはいえ戦隊もさまざまな新機軸を打ち出してきました。近年も、白倉さん自身がチーフプロデューサーとして入った「機界戦隊ゼンカイジャー」(2021年放送開始)では、戦隊5人のうち、人間が1人で4人は機械生命体というとんでもない内容です。戦隊とは数々の挑戦をしてきた歴史では。
もちろん様々なチャレンジをしてきました。それは戦隊という枠の中では新しい試みかもしれないけど、何が新しいのかを楽しむためには戦隊の「お約束」を知っているリテラシーがお客さんに必要になる。お約束を知った上での型破りを、どこまで分かってもらえるのか。
――戦隊といえば誰もが知っているはずなのに、内容は認知されていないと?
戦隊の根本的な課題だったのですが、50年続いただけあり、戦隊はあって当たり前のもの。ある種日本の文化になったと思うんですね。どれくらい見てきたかは人それぞれでも、戦隊と聞いたらカラースーツの5人のヒーローをイメージできる日本人の方が、多いのではないでしょうか。
それはそれだけ定着したという半面、「見なくてもいいもの」と思われる恐怖と隣り合わせです。
毎週その時間にテレビをつければ、変わらずやっている。現代風に変わった描写はあっても、話の大筋は変わらない。子どものときに見て一時卒業したけど、親になり自分の子どもと一緒に見たら、昔と変わっていない安心感がある。むしろ、変わってほしくない。
作品にとってこの状態に甘んじているのは危険で、変わらぬ良さは、見なくてもいいものと表裏一体なんです。どうせ話の筋は分かるし、毎週見なくてもいいやと。なんなら懐かしい旧作を見ればいいやと。新作はいらないと思われることは、作り手にとって常に恐怖です。
戦隊の「当たり前感」は制作陣にとっても危険です。大事なのは、戦隊という伝統の枠の中でどう目立つかではない。2025年の子どもたちに向けて、日本から世界に向けて、本当に必要な作品とは何かを考えることなんです。
東映には戦隊をつくるノウハウがあります。ただそのノウハウが、時に本当に新しいものを作ることを邪魔する。戦隊に慣れきった私たちの世代が抜けて、新たな世代が新たな戦隊を考えるべきだと思います。だから、10年は復活するべきではないと私は考えているのです。
――シリアスな仮面ライダーに対して、戦隊作品の明るさが好きだという視聴者も多いと思うのですが。
戦隊のお決まりですが、5人がスーツ姿に変身してポーズを取る。怪人を倒すと、後ろが爆発して炎が上がる。そして展開はむちゃくちゃだけど、巨大ロボットに乗って、巨大な敵と戦って毎度ビルを爆破する。くだらないと小バカにされるけど、とにかく明るい話。それがいいところなんですよ。
私が90年に東映に入社して「恐竜戦隊ジュウレンジャー」(92年開始)の企画会議に参加したとき、プロデューサーの鈴木武幸が開口一番「今度の巨大化はどうしますか」と言って、脚本家がめちゃめちゃ怒ったんですね。「違うだろう。最初に話すべきは、どういう番組にしようかだろう」って。
鈴木はそれまで何作も戦隊を手がけたベテランですが、いろんな試行錯誤を重ねた結果、もう悟りの境地だったんだと思います。戦隊が成功するにはこういうフォーマットしかないと分かってしまい、その上で(キャラクターを)「どう巨大化するか」をまず考えようという恐ろしい境地に達していたんです。はたから見ると、そこかよって突っ込みたくなりますが。
――30年前にすでにやり尽くしたと制作陣では感じていたのですね。
当時すでに戦隊は風前のともしび。ジュウレンジャーは「もう最後の戦隊かもしれないと思ってやろう」と言っていた。若手がこれまでにないことをやりたいと結託し、6人目の戦士を物語の途中から出したんですね。
――6人目がレギュラーメンバーとして出るのはジュウレンジャーが最初。物語の途中から出るいわゆる「追加戦士」も、6人以上の戦隊も、今では当たり前ですね。
定番になりましたが、当時はそんな未来は考えず、そこから30年も続くとは思いもしませんでした。ジュウレンジャーをベースに米国で作られた「パワーレンジャー」がヒットするというまさかの神風が影響したんでしょうね。
――仮面ライダーにもウルトラマンにも中断期間があります。初期に少し中断はあるものの、ほぼ50年放送が続いてきた特撮ヒーローは、戦隊だけでした。なぜ戦隊は愛されてきたのでしょうか。
そもそも戦隊は事故から生まれたものなんです。仮面ライダーを5人集めて戦うという作品が企画されていたのが、事情があって頓挫した。それで急きょ石ノ森章太郎先生に考えてもらったのが初代の秘密戦隊ゴレンジャーだったんです。さらにその後、(70年代に人気だった)「超電磁ロボ コン・バトラーV」などのロボットアニメの放送が途切れるという事態があり、巨大ロボットの命脈が戦隊に流れ込んできた。
戦隊の草創期の作り手に、理想のヒーローを作ろうと理屈をこねている余裕はなかった。なんとか一つの作品を作らなければならないという試行錯誤の末に、結果として生まれた事象を集めたものが戦隊だった。
写真・図版
なんでいちいち5人で戦わないといけないのか。なんで巨大ロボットにいちいち乗って戦うのか。それはよく分からない。その理屈を超えたところに、人間の本質がある。なぜかかっこよくて人を引きつける。エンターテインメントとして面白いものの本質を、戦隊は露骨に表してきた作品だったと思います。
善と悪の対立を描きにくくなった
――長年にわたりテレビでヒーローの姿を届けてきた意義も大きいでしょう。
戦隊そのものが描く善悪も、初期からはかなり変遷がありました。東西冷戦が終わり仮想的な「絶対悪」を社会が想定しづらくなった。フィクションのヒーローものでも一面的な善悪を描くことが難しくなっていきます。その中でも工夫をしながら、キャラクターの人物像を大切にしながら、悪い敵を倒す姿を放送してきました。
こと戦隊でいうと、仮面ライダーのような単体ヒーローとは違う。5人で一つのチームで、結束して敵に立ち向かいました。
こうしたことは子どもさんにはすぐに分からないかもしれないけど、大人になった時に「戦隊って大事なことやっていたんだな」って少しでも思ってもらえるかもしれない。
戦隊は当たり前になったと先ほど言いましたが、私は日本人の心の中には、戦隊がいると思っていますし、少しでも戦隊が社会にいい影響を与えられていたならうれしいです。
――50年続いてきた戦隊の放送を終了することに、葛藤はなかったですか。
葛藤、それはないですね。
戦隊を愛してくださったファンの方には感謝します。しかし、次の世代のためにも、どこかで次の挑戦を始めるべきでした。今はヒーロー番組そのものの変革を考えるときです。それがゴジュウジャーの後番組として始まる「超宇宙刑事ギャバン インフィニティ」です。
へぇ、と思ったね
アリスSOSのOPは好きだし、演出としてはすげえ人だと思うけど
監督としては…毎回脚本ツッコまれてるのに改善されなくて、すぐ分かるアラが放置されてんのは他人の意見聞くとかしてねえんじゃねえの?それでも売れてるんだからいいってのは違うでしょ。全部自分の好きなようにやりたいってのは分かるけど独善的になっちゃアカン…なんか過去作の再生産みたいな感じもあるし…って否定的だったんやが、果てしなきスカーレットは予告でいつもの細田とは違う感じがあってちょっと期待してたり
したら意外に酷評でさあ
観に行く予定はなかったけど、逆に興味が出たのと、あと酷評されてたエヴァQ観たら思いがけず面白かったみたいなんもあったし観に行ったんよハムレットってのもへぇーってなったし。言うて、トゥービーオアノットトゥービーとかオフィーリアくらいしか知らんけど
しかしイオンシネマだともう1日3回だしうち1回レイトショーだったりして、商売なのは分かるが露骨すぎんかね
そっちはCMがウザいしミニシアター系に行ったら客が他に2人だけ。日曜やぞ…?口コミでヒットの逆パターンかな、と思いつつ観たら、アレ?面白いぞ??テンポいいし、スカーレットも聖もいいキャラしてるし。アングル固定でキャラが画面外から入ってくるのとか、ああ舞台っぽいなと思ったりして
死者の国がハムレットなのか細田オリジナルなのか知らんが、死んでから復讐ってのはいい設定と思う。
ボーイミーツガールっぽいのもいいよね。キスしそうでしないのも令和って感じ…と思ったらクライマックスでしちゃうんだけど
ボクサーおじさん、味方になりそうと思ったら味方になって、こういう分かりやすい展開は好き。杖が仕込み杖になってたのも訳わからんが面白い。砂漠の民との交流パートもいい。知らんデブおばさんのダンスパートとか知らんヒットソングもまあ…しかしあの龍とか雷は何や?あと聖が普通に乗馬してるのは違和感あるけどまぁ…。ボクサーおじさん2号、命乞いおじさんしたあと突如考察厨おじさんと化すのおもろい。1号と2号はクライマックスでも突如湧いて加勢するんだけど、こういうヘンさは好き。現代のミュージカルシーン、場面転換のエフェクト長くね?ってのと、現代人モブの中に死んだヤツとか敵も踊ってて、そのままエンディング行ったら面白いよなあと思ったがそれじゃインド映画か。
全体としてクローディアス王は最果て(天国)に行こうと兵力を集めてて、でも難民みたいなんが人海戦術で押しきっちゃう、みたいな?色んな時代や国のヤツがいるから、おー破城槌だ!とか、これマシンガンあってもキツいよなあとか思いながら、予告でもあった火山弾っぽいやつが、焼夷弾みたいな近代兵器かと思ったら普通に火山弾とマグマっぽいのはちょっとアレ?ってなったけど
で、まあここまで概ね良かったんだけど、それはダメだろってのが聖が敵を殺害するとことスカーレットがクローディアスに復讐するとこ
不殺のつもりが殺しちゃうってのはよくある、つーか不殺自体が殺す前フリみたいなとこあると思うんだけどさ、聖はなんか覚悟決めて、確信持って殺害しちゃうからよくわからんのよ…現代でも通り魔おじさん(アレ目立ちすぎでしょ…)から子供を守ろとして死んだ、ってのは示唆されるんだけど
なんかセリフとか、ちょっと躊躇うとか狼狽えるみたいなウェットな感じなら分かるんだが、ストレスフリーすぎてなんか…殺すのがダメなんじゃなくて、そこに至る葛藤とか逡巡とかその後の後悔とかみたいな…
で、あと、仇に復讐するか許すか、って一番大事なとこで、許したら騙し討ちで殺されかけて(もしかしてこれ死ぬのが正解なパターン?ってちょっと思ったが)謎ドラゴンの天罰ってのはアカンでしょ~!!デウスエクスマキナ~!!でも自問自答て実写ぽくなる演出とかは好きだし、父の霊が復讐を止めようとしてた、ってのはいい改変だと思う。
聖とスカーレットのどっちかが生き返る、ってのは何よ急に…ってなったしミスリードしてたのかもしれんけどそこは別に…ってなったけど、ああ、生きかえって現実でクローディアス許すパターンか!?と思ったらクローディアスうっかりミスで自損死~!!アホ~!!!(イき返るちょっと前のイきたいって言え!はセクハラすぎてだめ)悲愛パターンなのはなんとなくわかってたけどそれどころじゃないとゆうか…
でも絵とか演技は良かったし、スカーレットもキャラ自体は好き。叩かれてるほど駄作じゃない…けど、一番肝心なとこでの違和感が致命的すぎる。もうちょっとよくなればスゲー良くなるんよ~次作が正念場と思うからガンバって欲しい。ウォーゲームとかの二番煎じに戻ったらアカンやで
まず共産主義は言いすぎで、「ポスト資本主義」が妥当かもしれない。
前提として、マルクスは高度に発達した資本主義は共産主義に転化すると問いたわけだが、AI技術革新によりその傾向が強まる可能性みたいなものは、理論上は考えられる。
まず日本って、もともと共産主義っぽいというか社会主義っぽいというか、そういう素地がちょっとある。
人材不足が深刻で、自動化の圧力がめちゃ強いし、工場のFAとかロボット技術は世界的に見ても厚い。
社会保障も「バリバリの自由競争!」って感じじゃなくて、中程度の再分配がすでに組み込まれてる。
鉄道・電力・通信みたいなインフラは半公共みたいな企業が多いから、生産手段の「半社会化」も実はやりやすい構造。
まず、AIが企業の中にガンガン入って、単純労働や事務仕事が真っ先に消えていく。
正社員は残るけど、非正規がまとめてしんどくなる。企業の利益は出るけど賃金は上がらず、格差は広がる。
このへんで「AI税」「ロボット税」「BIどうする?」みたいな議論が出るけど、一気に改革は無理で、リスキリングとか失業給付の強化くらいが関の山。
次に、AIがホワイトカラーにも本気で食い込み、働きたくても職がない層が固定化してくる。
AIや企業の超利益に対して「もうちょっと分けろよ」という空気が高まり、特別課税や最低所得保障が広がる。
このあたりから「労働で稼ぐ社会」から、「AIと資本の成果をみんなで分ける社会」へ、じりじりシフト。
さらに、AIそのものが電気・水道みたいな公共インフラになっていく。
巨大モデルを民間だけで維持するのが非効率になり、国や自治体が「国民AIクラウド」を持つようになる。
生活の基礎はほとんど低負担か無料に近づいて、労働は「生きるため」じゃなく「やりたいからする」に変わっていく。
マルクス的に言うと「労働が苦役じゃなく自己実現になる」方向。
既得権にすごく気を使うし、変化はちょっとずつしか進めない文化だし、世代間対立を露骨に表に出さない。(ちょっとその辺は現在進行形で変わっているかもしれないが。)
だからダイナミックなBIとかAI課税は、基本めちゃ抵抗される。
たぶん実際に進む順番は「行政効率化 →高齢者ケア支援 →年金防衛 →若者にも最低所得保障つけるね」みたいな、「高齢者の安心」を前面に出した形。
インフラやAIは半公共、生活の基本はほぼ無料、みんなが国民AI基金の受益者で、フルタイム労働は今より少ない。
でも看板上は「資本主義+民主制+福祉国家」のまま、という中身だけ変わった社会になりそう。
逆に、悪い方向に振れると、AIの実権を巨大企業と官僚が独占して超格差社会に突入し、アルゴリズム管理がキツい「テクノ封建制」になる可能性もある。
分岐点は、
このへん。
近所にたまに見るおじがいるんだが、見かける度に人に噛みついている
地味な服装、体格痩せ型中背、暗そう
妻帯者特有の清潔感みたいなものがなく、服のサイズが合ってなかったりリュックがヘタレてたり、髪がボサボサだったりしているので
彼はいつも通行人やレジ店員に対して、自転車が接触してどうしたとか、接客態度がどうとか、ナメやがってとか声を張り上げてキレている
警察呼ぶなら呼べよ!!とか言っている
その相手は大抵弱そうに見える高齢者か、店員という言い返して来れない立場の人で、相手の方は一方的に絡まれながら、呆れ気味に、立ち去るまで待っている
そういえば一度スマホを見ながら歩道の端を歩いていた若い女性にぶつかりおじさんやってたこともあったっけ
一度あまりにも長時間レジを占拠しているので、店員との間に割って入ったことがあった
止めに入ったとかではなく、男の横から「急いでるんで会計してください」とジュースを置いただけだったんだが
ミドサー中肉中背のブス(すっぴんにジャージ)に割り込まれた男は、ますます顔を真赤にして激昂した
そいつ(知らん店員)の女ではないし、もし私がそいつの女だとしたら、それこそ「彼女がこんなブスで残念だな」と見下す絶好の機会だと思うんだが、男はそんな事思いもつかないようで、自分が持っていないものを持っていてずるいとばかりに顔を歪めて悔しがるのだった
私が無視していると、男は「表出ろ!!待ってるからな!!」と言いながら外に出て、しばらく待っている素振りだったのだが、私がスマホで警察に通報し始めるといつの間にかいなくなっていた
実際は別に誰も彼をナメてもおらず、バカにもしていない(かと言って特別に尊重もしていないが)と思うのだが、彼は一体何がそんなに悔しいのだろうか
非正規雇用で時給労働しているレジの店員、足腰の弱いご老人、私のような地味女、社会の中でも弱い方の人々に、なぜ彼は怒りを向けるんだろうか
そんなことがあってからしばらく経って、今度はまた別の場所に似たような40代独身男性が現れた
他の店員に話を聞くことがあったのだが(店内でも問題になっているらしかった)、地味な大学生のような服装をしているが年齢は40代半ばのフリーターらしい
レジに客が来ても無言で睨みつけながら対応するか、舌打ちをしたり、指でレジ台をトントンやったりと不機嫌アピールをしてきて、退店と同時に足元の何かを蹴ってでかい音を立てたりする、なんというか、お母さんがジャンプと間違えてマガジンを買ってきたのにキレて部屋で物を投げて暴れるようなマインドを外に持ってきてしまった、社会性ゲロ以下おじさんなのだった
他の店員に「あの人いつもああなんですか?」と聞いたら「何度もクレーム入ってて、次はクビって言われてるんですけどね〜⋯」と困ったように言っていた
もう進退極まってるのに、彼は客に対してキレることをやめられないらしかった
しかし、私(おとなしそうな女)に対しては露骨に強く出るその態度が、前に並んでいたチャラめの高身長の若者の対しては鳴りをひそめ、小さい声でボソボソ言うだけなのがどうにも卑屈だった
物を買う時いちいちお願いします、ありがとうございますと言うのを習慣にしている私にはナメられていると感じるのに、「あ〜、65番」と雑に煙草を頼むチャラ男にはナメられていると思わないのだろうか