
はてなキーワード:集団的自衛権とは
「この国が侵略されたらどうするんだ」という保守層の指摘に対して「いやそれは当然防衛するに決まってるだろ。そっちの戦争は別だ」ときっぱりと反論してるSNSのアカウント、いくつある?
自衛隊は対外的に軍そのものだし、現行憲法では自衛権の行使すら認められないのではないかとの法解釈もあるわけなので改定検討は妥当
交戦権として、他国領土その他への攻撃を許可するかどうかはまた別で議論すべきであって、集団的自衛権の行使も同様に今後の議論すべきところですね
今のところ自民が出している憲法改定案では戦争します!とは受け取れない
自民党に投票するような奴は愚か者だと思っているが、今回の選挙で自民党が大勝したのは一般大衆の多くが自民党に投票したからで、今回の衆院選で自民党に投票した大衆の心理を推測してみた。
高市は「台湾危機は存立危機事態」と発言し、これを賢明な人たちは日本を危険に晒す発言だと感じたが、一般大衆は「全体主義国の中国が民主主義国の台湾を侵略するのは悪であり、民主主義国の日本の自衛隊と米軍が協力して台湾を守るために戦うのは当然!高市さんは正しい」と考えた。
その後高市発言に反発した中国は日本に様々な圧力をかけてきた。賢明な人々は「高市の不用意な発言で日本の平和が脅かされている」と考えたが、大衆は「中国はやっぱり怖い。台湾が中国に占領されたら次は沖縄や九州も中国に侵略されるかも。米軍との集団的自衛権で日本を守る決意を示した高市さんを支持しよう」となった。
概ねこんな感じではなかろうか。
AIに聞いて上げたぞ
高市政権が「戦争に近い」と言われる主張には、事実と解釈が混ざっており、因果関係が飛躍している部分が大きい。以下の4点で整理できる。
・敵基地攻撃能力: これは先制攻撃の解禁ではなく、すでに攻撃が始まった場合の反撃手段の話。国際法上も自衛権の範囲内で、多くの国が標準装備している能力。
・国防費増額:日本の防衛費は長年GDP比で主要国より低水準。増額は「異常な軍拡」ではなく、同盟国基準への調整に近い。
・核共有の議論:議論すること自体は保有と別。NATOでは長年制度化されている現実があり、「議論=核武装」という理解は飛躍。
抑止力を強めるほど戦争が近づくという理屈なら、軍事力を持つすべての国家が常に戦争直前ということになる。
2.憲法改正=好戦化という誤解
・自衛隊の明記: 現状でも自衛隊は存在し、活動している。明記は“現実の追認”であって新戦力の創設ではない。
・フルスペック自衛権: すでに限定的に認められている集団的自衛権を、条文上整理する議論。行使するかどうかは政治判断であり、自動的に戦争参加を意味しない。
「戦える準備=戦う気」という解釈は、消防署を建てたら放火する気だと言うのに近い。
靖国参拝や歴史観と、即座に戦争リスクを結びつけるのは外交の単純化。
・靖国問題:外交摩擦の原因にはなり得るが、軍事衝突の直接要因ではない。現代の戦争は資源・地政学・安全保障構造で決まる。
・歴史教育:国内の歴史観の議論が即有事に繋がるなら、世界中の歴史論争国家は常に戦争状態になる。
・サプライチェーン再編: 米欧も進めている。特定国依存を下げるのはリスク管理であって敵対宣言ではない。
・台湾有事への言及:日本の地理的条件上、無関係ではいられない現実の共有。関心を持つこと自体が挑発になるなら、沈黙しか外交手段がなくなる。
現実の安全保障リスクを認識することと、戦争を望むことは別物。
総じて、「戦争に近い」という評価は、政策の存在を動機や結果に直結させた心理的な連想に近い。抑止力の強化や制度整理は、多くの民主国家が平時に行っている通常の政策領域であり、それ自体が戦争志向を意味するわけではない。
使い方下手だな
AIに聞いてあげたぞ。
高市政権が「戦争への距離が近い」と捉えられる理由は、以下の4つのポイントに整理できます。
高市氏は、日本の安全保障において「自分の国は自分で守る」という姿勢を強調しています。
•敵基地攻撃能力(反撃能力):相手が攻撃を仕掛ける前に無力化する能力の保有を強く主張しています。
•国防費の増額:防衛予算を大幅に増やし、最新兵器やサイバー・宇宙空間での防衛力を強化することを優先事項としています。
• 核共有の議論:タブー視されがちな「核共有(ニュークリア・シェアリング)」についても、議論を排除すべきではないという立場を取っています。
高市氏は、現行憲法が日本の自衛権を不当に制約していると考えています。
•憲法9条の改正:自衛隊を「国防軍」として位置づけ、他国と同様にフルスペックの自衛権(集団的自衛権の全面行使など)を持たせるべきだと主張しています。
• 「平和主義」への解釈: 「何もしないことが平和」ではなく、「戦える準備があるからこそ平和が守られる」という論理を展開するため、これが軍事力行使へのハードルを下げると懸念されることがあります。
彼女の国家観の根底にある「保守主義」も、他国(特に中国や韓国)との緊張を高める要因と見なされます。
•靖国参拝の継続:閣僚や首相の立場になっても靖国神社への参拝を継続する意向を公言しています。
•歴史教育:自虐史観の払拭を掲げており、こうした姿勢が近隣諸国との外交摩擦を招きやすく、結果として安全保障上のリスク(有事のきっかけ)を増幅させるという批判があります。
高市氏は、経済を安全保障の一部と捉える「経済安全保障」の推進者です。
•サプライチェーンの脱中国:中国への過度な依存をリスクと見なし、先端技術の流出防止や経済的な切り離し(デカップリング)を重視しています。
•台湾有事への関心: 「台湾の平和は日本の平和」という認識が強く、台湾有事の際に日本が積極的に関与すべきだというスタンスが、中国を刺激し戦争を誘発しかねないという見方につながっています。
とのこと。
さあ、選挙特番みようかな。
いきなり中国が攻めてくるって話じゃなくて、近いうちに起こる可能性が出てきた台湾有事の際に
高市は端的に言えば自分達も参戦しまっせって表明したんよ。これまで自衛隊は紛争地に派遣されることはあったけど遠いお国の話だから日本がどうこうなるって無かった。でもこれは隣国の話だから、中国が台湾を侵攻しているのを日本が邪魔する素振りをみせたらそりゃ気に食わないって日本にミサイルでも飛ばしてきてもおかしくないよね。別に日本を攻めるとかそんな本気じゃなく、あくまで牽制で。で、日本は既に集団的自衛権で反撃は出来るんよ。そこで反撃したら、中国にとっては攻撃されたんだと言い張る事が出来て、侵略目的じゃなくてもダメージを与えて黙らせてやるって仕掛けてくる。ハイ、こうして戦争が始まります。日本が軍備を強化しようがアメリカの傘下にあろうが、台湾有事を意地でも成功させなきゃいけないからなりふり構わないよね。だから、決してあり得ない話ではないって事ね。
最初に言っておくが私は自民党支持ではない。今回の選挙でも自民党に投票するつもりはないし、自民党の憲法改正草案はひどい出来だと思ってる。それでも憲法9条改正に反対するリベラルどもに言いたいことがある。
まずなぜ憲法9条を改正しようとしているのかだが、一部の左翼がいうように、戦争したいから改正しようとしている…わけでは当然ない。改正する理由は、自衛隊員の地位改善だ。
一部の左翼論者は自衛隊などとは何の関係もない崇高な仕事しかしてないから知らないんだろうが、自衛隊員とその家族がどういう気持ちでいるのか知ってるか。人殺しの練習をしていると言われたことすらあるのを知ってるか。そんな仕事をして稼ぐお金で飯を食ってきた者の気持ちを知ってるか。自衛隊は違憲の組織と言われ違憲の金で飯を食ってきた者の気持ちを知ってるか。お前らは知らないだろうし知ろうともしないだろ。だってお前らからしたら自衛隊は汚れた組織なんだろうから。お前らは否定するだろうが、心のどこかで自衛隊は人殺しの練習をするような組織だと思って見下してるはずだ。そこまでじゃなくとも違憲の組織だと言って見下している奴もいるだろう。徴兵制になるぞだの言ってる奴が多いことからも明らかだ。軍隊という職業を見下してなければ徴兵制に対するここまでのアレルギー反応は説明できない。
さらにいえば、憲法9条を改正すると言ってもその内容は様々だろう。例えば自衛隊を明記した上で自衛戦争しかしないということも明記すればよい。にもかかわらず、一部のリベラルどもは自衛隊に違憲の烙印を貼るという馬鹿げた手段でコントロールしようとしている。あまりにも自衛隊という職業に敬意がないと思わないのか? お前らは自分の職業が違憲だと言われたらどう思うんだ? 漫画家でいえば、表現活動が暴走しないように漫画を描くことは違憲です、でも特別に認めてあげます、と言われてるのと変わらないぞ?
あと、憲法9条があったから戦力をコントロールできたと主張する奴もいるが、そもそもこれまで戦力の保持をコントロールできてきたか? さんざん金を自衛隊に注ぎ込んで、海外派遣もして、集団的自衛権まで認めて、コントロールできてねえじゃねえか。ここでリベラルどもはそれは自民党が解釈改憲したりしたのが悪いとか言うんだろ。自民党に問題があることは一切否定しないが、それなら解釈改憲なんかできないように憲法に明確に書けばいいだろ、個別的自衛権しか認めないって。それを主張しないのはなんでなんだよ。
結局一部のリベラルどもが自衛官を見下して馬鹿にしているのは間違いない、お前らがそれを認めることはないだろうけど。このままお前らがアホみたいな主張を続ければ自民党憲法改正草案のような最悪の形で憲法改正されることもありうる。そうではなく、私は現実的な路線で憲法改正がされることを望んでいる。そのためにはお花畑みたいな主張ではない、現実を見た主張が必要だ。中道改革連合はそれが可能だと思ったが、これまでのグダグダぶりを見る限りあまり期待できないかもな。リベラルは頼むから現実を見てちゃんと考えてくれ。
中国の台湾侵攻から日本の参戦までいくのは相当ステップがある。
というのは戦後日本のひとつの課題であり、9条を盾にしたりして回避してきたのだが、
トランプ政権は過激な関税政策によるインフレ再燃で支持率が急落。一方、高市政権も財政出動の限界と社会保障費の増大で、経済政策「サナエノミクス」が立ち行かなくなります。 両者は、国民の不満を外に向けるため、特定の「共通の敵」への対決姿勢を極限まで強めます。
トランプ大統領が、支持率回復を狙った「短期間で終わるはずの軍事介入」を特定の海域や紛争地で開始します。 これに対し、日本政府は「存立危機事態」を認定。高市総理は、日米同盟の堅持と日本の生存を大義名分に、集団的自衛権を行使して自衛隊の戦闘地域への派遣を決定します。
当初の予測に反し、ハイブリッド戦(サイバー攻撃、経済封鎖)が組み合わさることで戦況は膠着。紅海や台湾海峡などの主要航路が封鎖され、エネルギー価格と食料価格が暴騰します。 「早期撤退」は同盟の崩壊と政権退陣を意味するため、両政権は引くに引けないサンクコストの罠にはまります。
物資不足とインフレを抑えるため、政府は以下のような強硬策に踏み切ります。
経済安保法制の極大化:民間企業の生産ラインを軍需優先に強制転換。
情報統制: 「国家の危機」を理由に、SNSや報道への介入・検閲が強まり、反戦世論を「利敵行為」として排除。
一度組み上がった軍事優先の経済構造は、もはや平時へ戻ることが困難になります。
産業構造の軍事依存:雇用とGDPの大部分が軍事関連予算に依存し、戦争を止めることが経済崩壊(大失業)を招く状態に。
恒久的な増税と国債発行: 戦費調達のための債務が膨張し、通貨価値が下落。国民は低賃金での労働を強いられる「低体温の戦時社会」が定着します。
【はじめに】
法的には、彼は解散権という核ボタンを持ち、人事権という生殺与奪の剣を握る「全能の王」に見える。
しかし、構造的に見れば、彼は巨大な官僚機構、党内力学、そして対米従属という三重の鉄壁に囲まれた「独房の囚人」に過ぎない。
本シリーズの最終章となる本稿では、この「システム(構造)」と「アクター(個人)」の間に横たわる、残酷な力学を解剖する。
なぜ、改革を叫ぶ者は短命に終わり、何もしない者が長期政権を築くのか?
ここにあるのは、個人の資質の問題ではない。システムが許容する「自由意志」の総量が、最初から決まっているという物理法則である。
「操縦桿」は繋がっているか?
日本政治という巨大な飛行機(リヴァイアサン)において、コックピットに座る首相が握る操縦桿は、実は主翼(政策実行機能)と繋がっていないことが多い。
この操縦桿は、フライ・バイ・ワイヤ(電気信号)で制御されているが、その信号を処理するコンピューター(官僚・米国・派閥)が、入力された命令を「解釈」し、勝手に書き換えるからだ。
日本の首相官邸というコックピットにおいて、パイロットが選択できる行動パターンは数学的に以下の三つしかない。
衝突:システムと正面衝突し、破砕する。
それぞれの運命を、具体的な検体(歴代首相)を通じて検証する。
岸田文雄(2021-2024)は、無能だったから短命だったのではない。逆に、このシステムにおける「理想的な統治者」としての適性が高すぎたために、存在自体が空気(環境変数)と同化した稀有な例である。
官僚機構、派閥の長老、連合、そして米国。あらゆるステークホルダーからの入力信号(Input)を、一切のフィルタ(個人の自我)を通さずに、そのまま政策として出力(Output)する機能のことだ。
財務省が増税を囁けば「増税」と出力し、世論が反発すれば即座に「減税」と出力する。ここには「変節」という概念さえ存在しない。ただ「入力が変わったから出力が変わった」という、機械的な反応があるだけだ。
官僚にとって、これほど扱いやすいUI(ユーザーインターフェース)はない。
彼が多用した「検討を加速させる」という再帰的なループ言語は、決定責任を回避しつつ時間を稼ぐ、このシステムが産んだ最高の防御呪文であった。
彼は「何も成し遂げなかった」のではない。「何もしないことで、システムを安定させた」という点で、最も純粋なシステムの部品であった。
【Type B】異端:鳩山由紀夫・田中角栄という「免疫拒絶」
システムは「自律的な意志」を持つ部品を、ウイルスとして検知する。
田中角栄(ロッキード事件)と鳩山由紀夫(普天間移設)は、左右の違いこそあれ、システム(特に第2層の官僚と第3層の米国)の回路を、個人の意志で書き換えようとした点で共通している。
破壊工作の失敗:
田中角栄: 彼は「カネ」という潤滑油を大量に注ぎ込むことで、官僚機構(法による支配)を無力化し、日中国交正常化などの独自外交(対米自立の萌芽)を行った。
鳩山由紀夫: 彼は「友愛」というイデオロギーで、日米安保というOSの根幹(抑止力論理)を無効化しようとした。「最低でも県外」という言葉は、システムへの宣戦布告であった。
リヴァイアサンは、彼らを政治的に殺すために「免疫細胞」を動員した。
田中には「東京地検特捜部」という司法の牙が、鳩山には「外務省官僚によるサボタージュと極秘文書のリーク」という行政の罠が襲いかかった。
「構造に逆らった個人の意志は、必ず物理的に排除される」という、システムの自己防衛機能が正常に作動した結果である。
彼らの屍は、後続の政治家たちへ強烈なメッセージを残した。「操縦桿を勝手に動かすな」。
【Type C】ハッカー(Hacker):安倍晋三・高市早苗という「悪魔的取引」
彼らは、システムと戦う愚かさ(Type B)も、システムに埋没する虚しさ(Type A)も知っていた。
ゆえに彼らは、システムそのものを「ハッキング」することを選んだ。彼らは構造を変革するのではなく、構造の「脆弱性(Bug)」を突くことで、擬似的な王権を創出した。
安倍晋三(第二次政権)の発明は、官僚と戦うのではなく、官僚の「人事」を握ることで、彼らを「恐怖」で支配下に置いたことだ。
これにより、官僚機構(第2層)は「抵抗勢力」から「忖度する手足」へと変質した。
歴代の首相たち――橋本龍太郎も、小泉純一郎も、民主党の菅直人も――皆、官僚機構(霞が関)と戦い、そして敗北あるいは妥協を余儀なくされた。
なぜ彼らは失敗し、安倍晋三だけが官僚を「忠実な下僕」に変えることができたのか?
2014年に実装された、たった一つの「構造変更パッチ」にある。
以前のシステム:「聖域」だけは触れない
2014年以前、日本の首相は「法律」を作ることはできたが、官僚の「人事」に口を出すことはタブー(聖域)とされていた。
各省庁の事務次官や局長は、省内の序列と互助会的な論理で決定され、首相は最後にハンコを押すだけの「ハンコ」に過ぎなかった。
この構造下では、官僚の忠誠心は「時の総理」ではなく、「所属する省庁」に向けられる。
だからこそ、彼らは平気で面従腹背し、サボタージュを行い、情報をリークして政権を倒すことができた(民主党政権が殺された主因はこれである)。
安倍晋三(と当時の菅義偉官房長官)は、このバグを冷徹に見抜いていた。
2014年、第二次安倍政権は「国家公務員法」を改正し、内閣人事局を新設。
これにより、審議官級以上の幹部公務員(約600人)の人事権を、各省庁から取り上げ、官邸(内閣官房)が一元管理するシステムへと書き換えた。
これは、OSの「管理者権限(RootAccess)」の奪取に等しい。
効果は劇的だった。
かつて「法の番人」を自認していた法務官僚も、財政規律を守っていた財務官僚も、自らの出世と組織防衛のために、官邸の意向を「先回りして推測(忖度)」し、公文書の改ざんすら厭わない「忠実な兵隊」へと変貌した。
小泉純一郎は「郵政」という局地戦には勝ったが、官僚機構そのものは温存した。
民主党は官僚を「敵」として怒鳴りつけたが、人事権という武器を持たずに戦ったため、寝首をかかれた。
安倍晋三だけが、「人事権という首輪をつければ、猛獣もペットになる」という構造力学を理解し、それを制度化したのである。
これが、彼が「憲政史上最長の政権」を築けた最大のトリックであり、同時に日本の官僚制(明治層)の魂を完全に殺した「毒」の正体でもある。
さらに彼は、米国(第3層)に対し、集団的自衛権という「最高の貢物」を差し出すことで、国内政治におけるフリーハンド(黙認)を勝ち取った。
彼女の「保守的な言動」は、イデオロギーではない。あれは、岩盤保守層(第1層の農村・地主の変種)を繋ぎ止め、同時にシステム内部の求心力を維持するための「認証コード」である。
彼女は、安倍政権が残した「ハッキング・ツール(人事権と安保連携)」を継承し、さらに「非常時(台湾有事の危機)」という外部環境を利用して、システムの権限を極限まで集中させている。
代償:
ハッカーたちは強い。しかし、その強さは「システムの一部(公共性や法の支配)」を犠牲にして得たものだ。
彼らが長期政権を維持すればするほど、官僚は萎縮し(公文書改ざん)、財政は規律を失い(異次元緩和)、国は「私物化」されていく。
彼らは操縦しているように見えるが、実際には「機体のパーツを取り外して燃料にくべながら、加速し続けている」に過ぎない。
これは一見、彼女の強烈なリーダーシップ(能動性)に見える。しかし、本シリーズの視座から見れば、それは違う。
彼女もまた、システムが生き残るために選ばれた「機能」に過ぎない。
「改革」という名のエンターテインメントを国民に提供し、ガス抜きをする。そのために、彼女の攻撃的なキャラクター(UI)が採用されただけだ。
彼女が操縦桿を右に切ろうが左に切ろうが、機体は「現状維持」という航路から1ミリもズレない。
なぜなら、エンジン(経済構造)も、管制塔(米国)も、整備士(官僚)も、誰も航路変更など望んでいないからだ。
“善良”な「依代」が統治すれば、国は緩やかに衰退する(死に至る病)。
“勇敢”な「異端」が統治すれば、国は即座にパニックに陥り、彼自身が殺される(拒絶反応)。
“狡猾”な「ハッカー」が統治すれば、国は熱狂の中でその骨格を食い荒らされる(自己中毒)。
なぜなら、コックピット(首相官邸)の設計そのものが、「主権の欠損」を前提に作られているからだ。
我々が目撃しているのは、高度に発達しすぎた官僚制と資本主義の複合体が、もはや人間の「意志」を必要としなくなった光景である。
政治家の「主観的能動性」は、いまやシステムにとって「リスク」でしかない。
したがって、システムは最も「空っぽな人間」か、最も「システムに過剰適応したハッカー」だけをコックピットに招き入れる。
操縦席には誰もいない。あるいは、「誰もいない」のと同じ状態の人間しか座れない。
それでもリヴァイアサンは飛び続ける。燃料(国民の税と魂)が尽きて、墜落するその瞬間まで。
政治が「悪い」ことではない。