Movatterモバイル変換


[0]ホーム

URL:


はてラボはてな匿名ダイアリー
ようこそ ゲスト さんログインユーザー登録

「銀杏」を含む日記RSS

はてなキーワード:銀杏とは

次の25件>

2026-01-19

テリヤキボーイズ

スパイスガールズ

銀杏ボーイズ

カントリーガール

禁断ボーイズ

(いまここ)

次が思い浮かばない

Permalink |記事への反応(0) | 22:10

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2026-01-17

共通テスト大学閉鎖になる時の思い出

自分が通ってた大学普段は近所の人の駅への移動経路や散歩場所として使われてたんだけど、試験入試関連で閉鎖されると警備員さんが文句言われる、ってな話を聞いたことがある。

通り抜けられるか、大学の外周まわっていくかで片道10分くらいは変わるのかな。

土日だからいいじゃないかと思うが、駅前スーパーなどに行くにはやっぱり便利なんだよね。


秋には、銀杏拾いに来る人が居たのも思い出した。今どうなってるんだろう。

Permalink |記事への反応(0) | 07:58

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-12-02

我が東屋の隣に半ば管理放棄された公園がある

年に一回ほど剪定はされているようだが

夏場には下草が生え放題で入れたものではない

鉄棒もなんかベトついているし大人が懸垂出来る高さのものはなかった。

ベランダのすぐそばに大きな銀杏が生えていて、夏ごろにはセミの大合唱で目が覚めたものだが、それも今は昔。

ここ数年はセミも鳴かず静かなものだ。

晩秋になると銀杏が色づき秋晴れの空と良い対比を見せる。

月額2000円の価値はある。ないかも。

Permalink |記事への反応(0) | 12:33

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-11-16

anond:20251116035351

銀杏くさいよね。

Permalink |記事への反応(0) | 03:57

このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2025-10-27

食材増田まとめ

セルクマ用にまとめました。

食材増田」というのは、初めにブクマがついた増田id:sonzincさんがタグ付けしていたので、そのまま名乗らせてもらいました。

    Permalink |記事への反応(1) | 12:52

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2025-10-15

    銀杏増田炊き込みご飯

    Permalink |記事への反応(1) | 16:34

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2025-10-04

    江口寿史の絵が下手っていうやつ

    江口寿史は俺の青春なんだ

    もともとサブカル中学生銀杏が好きで、あのアルバムの絵を描いた人を知りたくて、気づけば江口寿史が大好きになってた

    あの人の画集とか教本買ったり展覧会行ったりして今そんないいとこでもないけど芸大にいるんだ

    かに今回の件とかトレースの疑いとかは本当に良くないし態度は改めるべきだと思う

    でも即興の絵とかひばりくんとかパイレーツ時代の絵とか掘り起こして下手とかいうの本当に辞めてほしい

    近年の絵を出してきて背景透過が雑とか背景が云々みたいなツイートまで出てきてもう頭真っ白なんだ

    俺がTwitter見なきゃいいだけなんだろうけど、俺の青春ごと否定されたみたいで苦しいんだすごく

    Permalink |記事への反応(12) | 13:48

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2025-09-24

    anond:20250924173538

    茄子、くり、柿、牡蠣、鮭、戻り鰹サバ銀杏

    秋に美味そうな食べ物を探す

    Permalink |記事への反応(1) | 17:40

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2025-09-18

    anond:20250917170442

    明治神宮銀杏並木

    Permalink |記事への反応(0) | 00:56

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2025-08-06

    元素名が入っていると嬉しい

    万願寺とうがらしマンガンとうがらし

    水素水

    銀杏

    Permalink |記事への反応(3) | 19:31

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2025-07-16

    anond:20250716172358

    栗に胡桃梔子

    ライラックにはラベンダー

    ダリア橙、大根

    苺と無花果銀杏の木

    葡萄ころころ橅の下

    椿、土筆は、

    月見草~♪

    Permalink |記事への反応(0) | 17:29

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2025-02-11

    都立青山高校に通った奴の一例

    高校生の時に都立青山高校っていう東京都ど真ん中の高校に通ってた実情を書いてみる。

    都会にいるっていうのが、どういう文化レベルなのかの一例となれば幸い。

    立地

    青高は東京メトロ銀座線外苑前駅の近くにあって、ヤクルト本拠地神宮球場の目の前の高校

    高校生クイズ選手権時の予選会が神宮球場にあったりしたんだけど、そこで一番近い学校だっていう事で注目されてた時もあった。すぐに敗退してたけど(笑)

    国立競技場も近くて、僕は高校生の時はサッカー部だったんだけど、「いま一番国立近い学校から物理)」みたいな冗談はことは友達には言ってた。

    まぁ、もっと近くに國學院高校っていう学校があって嘘なんだけど。

    僕は大江戸線国立競技場前って駅から青高まで歩いてたんだけど、国立競技場敷地内を歩きながら学校に通ってたのは、なんか誇らしかった気持ちがあったかな。

    あと高校生の時はお金がまじでなかったから(お小遣いが月3000円〜5000円だったから)滅多に行かなかったのだけど、ホープ軒で食べるラーメン美味しかった思い出がある。(今思うと全然美味しくないが)

    立地はこんな感じ。

    イベント

    次にイベントについて書いていく。

    体育祭

    確か5、6月ぐらいに体育祭があってその一環とし、応援団を作って、応援合戦みたいなのをやるのがあった。

    応援団をやる人は2、3週間くらい応援団練習をするんだけど、練習場所代々木公園だった。

    定期がある人は電車乗っていくんだけど、みんながみんな定期あるわけじゃなくて、代々木公園までは歩いていくってのが恒例になってた。

    外苑前から原宿超えて代々木公園まで行く道ってのは結構面白くて、

    インテリアショップとか眼鏡屋とかブラジル大使館とかあったり、

    表参道を歩いたりとか、原宿竹下通を歩いたりとかしながら、代々木公園まで行ってた。

    今はなき原宿のコンドマニアで「お前買ってこいよ」「やだよ、お前いけよ」「なんでだよ!じゃあ一緒に行こうぜ」みたいやりとりをやってたりした。結局買わないんだけど、当たり前だけど。しょうもないけどそういうの楽しかったような気がする。今思うと全然面白くないが。

    文化

    11月には外苑祭っていう文化祭があるんだけど、外苑祭では1年生から3年生の全部のクラスが劇だったりミュージカルをやるってのが伝統になってて、夏休みから外苑祭の前までは、「神宮外苑絵画館」前のちょっとした広場的な場所練習をしてた。

    正直僕は外苑祭に乗り気じゃなかったから、全然練習参加しなくて数回だけしか行ってないくても、なんか思い出にはなってるね。

    文化レベルって観点では、絵画館建物自体がすごい美しい建物だったし、絵画館銀杏並木風景っていうのはすごく美しかったのは、高校生でも感じる部分があった。

    イベント的にはそんなもんがメインで、その他の時期は普通に駅と学校を行ったり来たりするだけの生活してた。

    個人的には、学校自転車を置いたのもあって、学校サボって自転車乗って、原宿行ったり、246を赤坂方面まで走らせて、皇居らへんまでいったりとかは楽しかったな。

    あと僕は部活やってたかバイトはしてなかったけど、周りの人とかは学校周辺でバイトやってる奴もいた。そういう奴は結構大人世界垣間見えたんじゃないかな。お金も増えるしね。

    僕は遊ぶ金なんて全くなかった。だから高校生場合都心のど真ん中にあったとしても、そこまでは楽しめてなかったんじゃないかな。

    まぁでも表参道とかの建築を見て、建築学科に進むっていう決断をしたので影響は大きかったのかもしれない。

    建築作品を見るのはタダだったからね(笑)

    原宿古着を100円で買ってた

    お金が無いなりに楽しんだって思えるのは、原宿古着屋でHanjiroっていうお店が全盛期だったんだけど、そこで100円になってる服を買ってた。てかそれしか買えなかったんだけど、あれは楽しかったな。

    あとはまぁ、今はもうない明治公園フリマがやってて、そこで 安く売られてる服とかを買ってたりしたな。

    大学での生活の方が影響はでかい

    もちろん高校時代を都会で過ごした影響はかなり大きかったんだけど、僕の中で影響が大きかったのは、やっぱり大学ですね。100倍くらい大きいんじゃないかな?

    高校の時は受動的にやること っていうのが多くて、能動的には動けなかった記憶があるけど、

    大学生になったらぼぼ全部自分で考えて、行動するから大学生の時の方が、濃密な時間を過ごせたと思ってる。

    今ならインターネット最先端文化に触れられる

    まぁ今なら、文化ってインターネット発なのが多いし、都会にいなくても、最先端文化に触れられるのじゃないかな?

    僕が好きなVtuberのぽこぴーとか滋賀県出身電車ない土地に住んでそうだけど、最先端いってる。

    僕が高校生の時は、まだスマホとかなかったし(シャって開くタイプ携帯とか、インフォバーとかが流行ってた時期だったし)、高校生の時は家族パソコンしかなかったし、ニコニコ動画も知らないし2ちゃんねるも知らない。パソコンの授業の時に友達が「スーパーマリオTAS動画」見せてくれた時も「おもしれー!TASさんって人まじで超マリオ上手いやんけ!!!」って思ってたレベルだったから、

    住んでる場所の影響大きかったと思うが、今はどんどん差が縮まってきてる。

    っていうのが都心高校に通ってた一般男性の一例。

    Permalink |記事への反応(0) | 00:21

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2025-01-21

    ふつう軽音部の予習がしたい

    作中に登場する曲の知識全然ない

    考えてみるとCD時代を風靡したメジャーどころのロックバンド以外への意識ジャニーズAKBあたりのポップスマスクされててロックに興味がない人に対する露出があまりなかったと思う

    単位ではアニメドラマ等のタイアップなんかで目立つことはあった。なんとなくバンプラッドエルレとセット一並び扱いされていた思い出なんかもあった。

    B'zサザンミスチルポルノ→「オレンジレンジGReeeeN→嵐AKB」→ワンオクサチモスヒゲダンKingGnuとテキトー年代で書き並べてみてみると「」間のロック記憶があまりにも残ってない

    ということでふつう軽音部で登場するボリュームゾーンであろう「」間のバンドやそのメンバーらによる後継バンド/プロジェクト説明不要の箇条書きで構わないので紹介して欲しい

    銀杏のこと金髪の女の子ジャケ写しか知らなくて曲を聴いてみると夢で逢えたらエンジェルベイビーがこの年で聴くには青く感じるけど刺さったアラサーアラフォー男より

    Permalink |記事への反応(1) | 22:26

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2025-01-13

    anond:20250112182730

    黄色ニンジンとかトマトがあるよね

    芋や栗、銀杏とか?

    Permalink |記事への反応(0) | 22:27

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2025-01-01

    anond:20250101110036

    イメージは卵豆腐

    甘い理由は栗の甘露煮シロップを使うから

    他は大体同じだと思う、銀杏は使わない

    Permalink |記事への反応(0) | 11:17

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2024-12-16

    12月2週LINEオープンチャットはてなブックマーカー」1週間のまとめ

    これは何?

    LINEオープンチャットはてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらAI使用し、試験的にまとめまています

    要約内容

    文学アニメ歴史
    日常出来事雑談
    食事料理
    AI技術投資
    健康美容生活改善
    仕事経済管理体制
    社会問題世代ギャップ
    趣味レジャー日常の楽しみ
    総括

    この1週間のオープンチャットでは、文学歴史の深い議論から日常些細な出来事食事AI技術健康仕事に関する悩みまで、多岐にわたるテーマが扱われました。参加者同士の共感情報交換が活発で、日常社会問題の両方に対する関心の高さがうかがえます

    関連記事

    https://anond.hatelabo.jp/20240722084249

    オープンチャットの参加URL

    LINEオープンチャットはてなブックマーカー」の参加はこちから

    https://line.me/ti/g2/MFSXhTJoO_pLfrfds1LpyJ0OlBgcPJSqHoRbBg?utm_source=invitation&utm_medium=link_copy&utm_campaign=default

    Permalink |記事への反応(0) | 12:02

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2024-12-10

    銀杏水晶を作ってしまった

    一日十粒までしか食べてはいけないのに、一口食べたら止まらない

    ほんま、悪魔の食い物やで

    Permalink |記事への反応(0) | 22:39

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2024-12-04

    anond:20241204215708

    銀杏しか知らぬ

    Permalink |記事への反応(0) | 21:59

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2024-11-21

    研修を終えて

    落葉松の葉が色づき、日に日に深まる秋。校庭の銀杏並木も、黄金色に輝き始めた。窓から差し込む陽光は、かつてないほどに冷たく、私の心を映すようだ。

    そして私は研修所での日程を終え、窓の外に目をやった。

    2ヶ月という短い期間であったが、その中身は濃密で、まるで生命の樹液を濃縮したような、重みを感じた。

    憧れのその先へ至る道、それは長く険しい道のりである。日夜、机に向かい文字を追った。

    周囲には若き血潮が奔流し、時にその勢いに圧倒されることもあった。年齢を重ねた身としては、彼らの力強さに感嘆しつつも、どこか他人行儀感覚が拭えなかった。

    卒業後、我々はそれぞれの人生を歩み始めるだろう。共に汗を流し、酒を酌み交わした仲間たちも、やがては遠くかすんでいくのかもしれない。

    時の流れは残酷で、人の記憶儚いしかし、この場所で共に過ごした日々は、私の心に深く刻み込まれている。

    たとえ、彼らの顔も名前も忘れてしまうことがあっても、この経験は決して色褪せることはないだろう。

    私はそう確信し、静かに空を見上げた。

    Permalink |記事への反応(0) | 19:21

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2024-10-22

    あのくちゃいくちゃい実を落下させない銀杏の開発が望まれるよね

    私は強く推します!臭くない銀杏

    それって素敵でしょう?

    これぞ推し活動

    というより彼ら、まだ青々とした緑色の葉っぱなのだけどちゃん黄色に染まるのかな?お母さん心配になってきちゃったわ

    Permalink |記事への反応(0) | 14:07

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2024-10-15

    anond:20241015191515

    銀杏臭すぎて金木犀匂いなんてしないぞ

    Permalink |記事への反応(0) | 21:00

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2024-09-30

    三  学年は九月十一日に始まった。三四郎は正直に午前十時半ごろ学校へ行ってみたが、玄関前の掲示場に講義時間割りがあるばかりで学生は一人もいない。自分の聞くべき分だけを手帳に書きとめて、それから事務室へ寄ったら、さすがに事務員だけは出ていた。講義はいからまりますかと聞くと、九月十一日から始まると言っている。すましたものである。でも、どの部屋を見ても講義がないようですがと尋ねると、それは先生がいないからだと答えた。三四郎はなるほどと思って事務室を出た。裏へ回って、大きな欅の下から高い空をのぞいたら、普通の空よりも明らかに見えた。熊笹の中を水ぎわへおりて、例の椎の木の所まで来て、またしゃがんだ。あの女がもう一ぺん通ればいいくらいに考えて、たびたび丘の上をながめたが、丘の上には人影もしなかった。三四郎はそれが当然だと考えた。けれどもやはりしゃがんでいた。すると、午砲が鳴ったんで驚いて下宿へ帰った。  翌日は正八時に学校へ行った。正門をはいると、とっつきの大通りの左右に植えてある銀杏並木が目についた。銀杏が向こうの方で尽きるあたりから、だらだら坂に下がって、正門のきわに立った三四郎から見ると、坂の向こうにある理科大学は二階の一部しか出ていない。その屋根のうしろ朝日を受けた上野の森が遠く輝いている。日は正面にある。三四郎はこの奥行のある景色を愉快に感じた。  銀杏並木こちら側で尽きる右手には法文科大学がある。左手には少しさがって博物の教室がある。建築は双方ともに同じで、細長い窓の上に、三角にとがった屋根突き出している。その三角の縁に当る赤煉瓦と黒い屋根のつぎめの所が細い石の直線でできている。そうしてその石の色が少し青味を帯びて、すぐ下にくるはでな赤煉瓦一種の趣を添えている。そうしてこの長い窓と、高い三角が横にいくつも続いている。三四郎はこのあいだ野々宮君の説を聞いてから以来、急にこの建物をありがたく思っていたが、けさは、この意見が野々宮君の意見でなくって、初手から自分の持説であるような気がしだした。ことに博物室が法文科と一直線に並んでいないで、少し奥へ引っ込んでいるところが不規則で妙だと思った。こんど野々宮君に会ったら自分発明としてこの説を持ち出そうと考えた。  法文科の右のはずれから半町ほど前へ突き出している図書館にも感服した。よくわからないがなんでも同じ建築だろうと考えられる。その赤い壁につけて、大きな棕櫚の木を五、六本植えたところが大いにいい。左手のずっと奥にある工科大学封建時代西洋のお城から割り出したように見えた。まっ四角にできあがっている。窓も四角である。ただ四すみと入口が丸い。これは櫓を形取ったんだろう。お城だけにしっかりしている。法文科みたように倒れそうでない。なんだか背の低い相撲取りに似ている。  三四郎は見渡すかぎり見渡して、このほかにもまだ目に入らない建物がたくさんあることを勘定に入れて、どことな雄大な感じを起こした。「学問の府はこうなくってはならない。こういう構えがあればこそ研究もできる。えらいものだ」――三四郎大学者になったような心持ちがした。  けれども教室はいってみたら、鐘は鳴っても先生は来なかった。その代り学生も出て来ない。次の時間もそのとおりであった。三四郎は癇癪を起こして教場を出た。そうして念のために池の周囲を二へんばかり回って下宿へ帰った。  それから約十日ばかりたってから、ようやく講義が始まった。三四郎がはじめて教室はいって、ほかの学生といっしょに先生の来るのを待っていた時の心持ちはじつに殊勝なものであった。神主が装束を着けて、これから祭典でも行なおうとするまぎわには、こういう気分がするだろうと、三四郎自分自分の了見を推定した。じっさい学問の威厳に打たれたに違いない。それのみならず、先生ベルが鳴って十五分立っても出て来ないのでますます予期から生ずる敬畏の念を増した。そのうち人品のいいおじいさんの西洋人が戸をあけてはいってきて、流暢な英語講義を始めた。三四郎はその時answer という字はアングロ・サクソン語の and-swaruから出たんだということを覚えた。それからスコットの通った小学校の村の名を覚えた。いずれも大切に筆記帳にしるしておいた。その次には文学論の講義に出た。この先生教室はいって、ちょっと黒板をながめていたが、黒板の上に書いてある Geschehen という字と Nachbild という字を見て、はあドイツ語かと言って、笑いながらさっさと消してしまった。三四郎はこれがためにドイツ語に対する敬意を少し失ったように感じた。先生は、それから古来文学者が文学に対して下した定義をおよそ二十ばかり並べた。三四郎はこれも大事手帳に筆記しておいた。午後は大教室に出た。その教室には約七、八十人ほどの聴講者がいた。したがって先生演説口調であった。砲声一発浦賀の夢を破ってという冒頭であったから、三四郎おもしろがって聞いていると、しまいにはドイツ哲学者の名がたくさん出てきてはなはだ解しにくくなった。机の上を見ると、落第という字がみごとに彫ってある。よほど暇に任せて仕上げたものみえて、堅い樫の板をきれいに切り込んだてぎわは素人とは思われない。深刻のできである。隣の男は感心に根気よく筆記をつづけている。のぞいて見ると筆記ではない。遠くから先生の似顔をポンチにかいていたのである三四郎のぞくやいなや隣の男はノート三四郎の方に出して見せた。絵はうまくできているが、そばに久方の雲井の空の子規と書いてあるのは、なんのことだか判じかねた。  講義が終ってから三四郎はなんとなく疲労したような気味で、二階の窓から頬杖を突いて、正門内の庭を見おろしていた。ただ大きな松や桜を植えてそのあいだに砂利を敷いた広い道をつけたばかりであるが、手を入れすぎていないだけに、見ていて心持ちがいい。野々宮君の話によるとここは昔はこうきれいではなかった。野々宮君の先生のなんとかいう人が、学生の時分馬に乗って、ここを乗り回すうち、馬がいうことを聞かないで、意地を悪くわざと木の下を通るので、帽子が松の枝に引っかかる。下駄の歯が鐙にはさまる。先生はたいへん困っていると、正門前喜多床という髪結床の職人がおおぜい出てきて、おもしろがって笑っていたそうである。その時分には有志の者が醵金して構内に厩をこしらえて、三頭の馬と、馬の先生とを飼っておいた。ところが先生がたいへんな酒飲みで、とうとう三頭のうちのいちばんいい白い馬を売って飲んでしまった。それはナポレオン三世時代の老馬であったそうだ。まさかナポレオン三世時代でもなかろう。しかのん気な時代もあったものだと考えていると、さっきポンチ絵かいた男が来て、 「大学講義はつまらんなあ」と言った。三四郎はいいかげんな返事をした。じつはつまるかつまらいか三四郎にはちっとも判断ができないのであるしかしこの時からこの男と口をきくようになった。  その日はなんとなく気が鬱して、おもしろくなかったので、池の周囲を回ることは見合わせて家へ帰った。晩食後筆記を繰り返して読んでみたが、べつに愉快にも不愉快にもならなかった。母に言文一致手紙を書いた。――学校は始まった。これから毎日出る。学校はたいへん広いいい場所で、建物もたいへん美しい。まん中に池がある。池の周囲を散歩するのが楽しみだ。電車には近ごろようやく乗り馴れた。何か買ってあげたいが、何がいいかからいから、買ってあげない。ほしければそっちから言ってきてくれ。今年の米はいまに価が出るから、売らずにおくほうが得だろう。三輪田のお光さんにはあまり愛想よくしないほうがよかろう。東京へ来てみると人はいくらでもいる。男も多いが女も多い。というような事をごたごた並べたものであった。  手紙を書いて、英語の本を六、七ページ読んだらいやになった。こんな本を一冊ぐらい読んでもだめだと思いだした。床を取って寝ることにしたが、寝つかれない。不眠症になったらはやく病院に行って見てもらおうなどと考えているうちに寝てしまった。  あくる日も例刻に学校へ行って講義を聞いた。講義あいだに今年の卒業生がどこそこへいくらで売れたという話を耳にした。だれとだれがまだ残っていて、それがある官立学校地位競争している噂だなどと話している者があった。三四郎漠然と、未来が遠くから眼前に押し寄せるようなにぶい圧迫を感じたが、それはすぐ忘れてしまった。むしろ昇之助がなんとかしたというほうの話がおもしろかった。そこで廊下熊本出の同級生をつかまえて、昇之助とはなんだと聞いたら、寄席へ出る娘義太夫だと教えてくれた。それから寄席看板はこんなもので、本郷のどこにあるということまで言って聞かせたうえ、今度の土曜にいっしょに行こうと誘ってくれた。よく知ってると思ったら、この男はゆうべはじめて、寄席へ、はいったのだそうだ。三四郎はなんだか寄席へ行って昇之助が見たくなった。  昼飯を食いに下宿へ帰ろうと思ったら、きのうポンチ絵かいた男が来て、おいおいと言いながら、本郷の通りの淀見軒という所に引っ張って行って、ライスカレーを食わした。淀見軒という所は店で果物を売っている。新しい普請であった。ポンチ絵かいた男はこの建築の表を指さして、これがヌーボー式だと教えた。三四郎建築にもヌーボー式があるものとはじめて悟った。帰り道に青木堂も教わった。やはり大学生のよく行く所だそうである赤門はいって、二人で池の周囲を散歩した。その時ポンチ絵の男は、死んだ小泉八雲先生教員控室へはいるのがきらいで講義がすむといつでもこの周囲をぐるぐる回って歩いたんだと、あたか小泉先生に教わったようなことを言った。なぜ控室へはいらなかったのだろうかと三四郎が尋ねたら、 「そりゃあたりまえださ。第一彼らの講義を聞いてもわかるじゃないか。話せるものは一人もいやしない」と手ひどいことを平気で言ったには三四郎も驚いた。この男は佐々木与次郎といって、専門学校卒業して、今年また選科へはいったのだそうだ。東片町の五番地の広田という家にいるから、遊びに来いと言う。下宿かと聞くと、なに高等学校先生の家だと答えた。  それから当分のあい三四郎毎日学校へ通って、律義に講義を聞いた。必修課目以外のものへも時々出席してみた。それでも、まだもの足りない。そこでついには専攻課目にまるで縁故のないものまでへもおりおりは顔を出した。しかしたいていは二度か三度でやめてしまった。一か月と続いたのは少しもなかった。それでも平均一週に約四十時間ほどになる。いかな勤勉な三四郎にも四十時間はちと多すぎる。三四郎はたえず一種の圧迫を感じていた。しかるにもの足りない。三四郎は楽しまなくなった。  ある日佐々木与次郎に会ってその話をすると、与次郎は四十時間と聞いて、目を丸くして、「ばかばか」と言ったが、「下宿屋のまずい飯を一日に十ぺん食ったらもの足りるようになるか考えてみろ」といきなり警句でもって三四郎をどやしつけた。三四郎はすぐさま恐れ入って、「どうしたらよかろう」と相談をかけた。 「電車に乗るがいい」と与次郎が言った。三四郎は何か寓意でもあることと思って、しばらく考えてみたが、べつにこれという思案も浮かばないので、 「本当の電車か」と聞き直した。その時与次郎はげらげら笑って、 「電車に乗って、東京を十五、六ぺん乗り回しているうちにはおのずからもの足りるようになるさ」と言う。 「なぜ」 「なぜって、そう、生きてる頭を、死んだ講義で封じ込めちゃ、助からない。外へ出て風を入れるさ。その上にもの足りる工夫はいくらでもあるが、まあ電車が一番の初歩でかつもっとも軽便だ」  その日の夕方与次郎三四郎を拉して、四丁目から電車に乗って、新橋へ行って、新橋からまた引き返して、日本橋へ来て、そこで降りて、 「どうだ」と聞いた。  次に大通りから細い横町へ曲がって、平の家という看板のある料理屋へ上がって、晩飯を食って酒を飲んだ。そこの下女はみんな京都弁を使う。はなはだ纏綿している。表へ出た与次郎は赤い顔をして、また 「どうだ」と聞いた。  次に本場の寄席へ連れて行ってやると言って、また細い横町はいって、木原店という寄席を上がった。ここで小さんという落語家を聞いた。十時過ぎ通りへ出た与次郎は、また 「どうだ」と聞いた。  三四郎は物足りたとは答えなかった。しかしまんざらもの足りない心持ちもしなかった。すると与次郎は大いに小さん論を始めた。  小さんは天才であるあん芸術家はめったに出るものじゃない。いつでも聞けると思うから安っぽい感じがして、はなはだ気の毒だ。じつは彼と時を同じゅうして生きている我々はたいへんなしあわせである。今からしまえに生まれても小さんは聞けない。少しおくれても同様だ。――円遊もうまいしかし小さんとは趣が違っている。円遊のふんした太鼓持は、太鼓持になった円遊だからおもしろいので、小さんのやる太鼓持は、小さんを離れた太鼓持だからおもしろい。円遊の演ずる人物から円遊を隠せば、人物がまるで消滅してしまう。小さんの演ずる人物からいくら小さんを隠したって、人物は活発溌地に躍動するばかりだ。そこがえらい。  与次郎はこんなことを言って、また 「どうだ」と聞いた。実をいうと三四郎には小さんの味わいがよくわからなかった。そのうえ円遊なるものはいまだかつて聞いたことがない。したがって与次郎の説の当否は判定しにくい。しかしその比較ほとんど文学的といいうるほどに要領を得たには感服した。  高等学校の前で別れる時、三四郎は、 「ありがとう、大いにもの足りた」と礼を述べた。すると与次郎は、 「これからさきは図書館でなくっちゃもの足りない」と言って片町の方へ曲がってしまった。この一言三四郎ははじめて図書館はいることを知った。  その翌日から三四郎は四十時間講義ほとんど半分に減らしてしまった。そうして図書館はいった。広く、長く、天井が高く、左右に窓のたくさんある建物であった。書庫入口しか見えない。こっちの正面からのぞくと奥には、書物いくらでも備えつけてあるように思われる。立って見ていると、書庫の中から、厚い本を二、三冊かかえて、出口へ来て左へ折れて行く者がある。職員閲覧室へ行く人であるなかに必要の本を書棚からとりおろして、胸いっぱいにひろげて、立ちながら調べている人もある。三四郎はうらやましくなった。奥まで行って二階へ上がって、それから三階へ上がって、本郷より高い所で、生きたものを近づけずに、紙のにおいをかぎながら、――読んでみたい。けれども何を読むかにいたっては、べつにはっきりした考えがない。読んでみなければわからないが、何かあの奥にたくさんありそうに思う。  三四郎一年生だから書庫はい権利がない。しかたなしに、大きな箱入りの札目録を、こごんで一枚一枚調べてゆくと、いくらめくってもあとから新しい本の名が出てくる。しまいに肩が痛くなった。顔を上げて、中休みに、館内を見回すと、さすがに図書館だけあって静かなものであるしかも人がたくさんいる。そうして向こうのはずれにいる人の頭が黒く見える。目口ははっきりしない。高い窓の外から所々に木が見える。空も少し見える。遠くから町の音がする。三四郎は立ちながら、学者生活は静かで深いものだと考えた。それでその日はそのまま帰った。  次の日は空想をやめて、はいるとさっそく本を借りた。しかし借りそくなったので、すぐ返した。あとから借りた本はむずかしすぎて読めなかったからまた返した。三四郎はこういうふうにして毎日本を八、九冊ずつは必ず借りた。もっともたまにはすこし読んだのもある。三四郎が驚いたのは、どんな本を借りても、きっとだれか一度は目を通しているという事実発見した時であった。それは書中ここかしこに見える鉛筆のあとでたしかである。ある時三四郎は念のため、アフラベーンという作家小説を借りてみた。あけるまでは、よもやと思ったが、見るとやはり鉛筆で丁寧にしるしがつけてあった。この時三四郎はこれはとうていやりきれないと思った。ところへ窓の外を楽隊が通ったんで、つい散歩に出る気になって、通りへ出て、とうとう青木堂へはいった。  はいってみると客が二組あって、いずれも学生であったが、向こうのすみにたった一人離れて茶を飲んでいた男がある。三四郎がふとその横顔を見ると、どうも上京の節汽車の中で水蜜桃をたくさん食った人のようである。向こうは気がつかない。茶を一口飲んでは煙草を一吸いすって、たいへんゆっくり構えている。きょうは白地の浴衣をやめて、背広を着ている。しかしけっしてりっぱなものじゃない。光線の圧力の野々宮君より白シャツけがましなくらいなものである三四郎は様子を見ているうちにたしか水蜜桃だと物色した。大学講義を聞いてから以来、汽車の中でこの男の話したことがなんだか急に意義のあるように思われだしたところなので、三四郎そばへ行って挨拶をしようかと思った。けれども先方は正面を見たなり、茶を飲んでは煙草をふかし、煙草をふかしては茶を飲んでいる。手の出しようがない。

    anond:20240930173301

    Permalink |記事への反応(3) | 17:39

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2024-09-14

    anond:20240913151232

    銀杏問題はオスのイチョウだけ植えればいいのになと思ってたんだけど、調べたらなんかオスのイチョウもたまに性転換しちゃうらしいね……

    Permalink |記事への反応(0) | 00:29

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2024-08-25

    anond:20240825053122

    しばし歩くとイチョウ並木である国会議事堂の。夏のイチョウ並木は物足りない。銀杏臭くないのだ。無臭。世の中無臭ほどくだらいものはない。女もチーズうまい棒匂いがあってのものだ。街もそうだろ。匂いがあってこそ街を感じれる。全裸で。

    Permalink |記事への反応(1) | 05:43

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    2024-08-09

    増田意識の低い自家焙煎入門

    珈琲話題自家焙煎やってるブクマカが意外と多くて親近感を持ったよ

    意外と始めるのは簡単から意識の低い自家焙煎入門を書くよ

    全体として珈琲を飲みたいだけならあまりおめしないよ。手間があってもとにかく安く飲みたい人と準備や焙煎のものに楽しさを見出せる人には超おすすめだよ

    確認

    家のコンロはIH?その場合カセットコンロ必要になるよ。災害備蓄としても役に立つから1個あるとよいよ

    必要もの

    生豆インターネット生豆扱ってる珈琲専門店で買うといいよ。amazonでも売ってるけど当たり外れが激しいから避けた方が無難だよ

    炒り網 … まずは専門のじゃなくていいよ。銀杏ゴマ用のがあれば買う必要ないよ。雪平鍋なんかでも大丈夫だけどテフロン加工タイプだとテフロンはげるよ。鍋で焙煎は一時期ダイソーの片手鍋で焙煎ちょっと話題になってたよ

    リッパーミルなどその他抽出用品はある前提で書いてるよ。なければ入門用はダイソーのでいいと思うよ

    あったほうがいいもの

    扇風機サーキュレーター、ブロワーなどの送風アイテム … 煎った豆を冷ますのに使うよ。うちわでもいいけど面倒だよ

    庭や火気利用可能な広いスペース …台所でやるのが基本だけど後述のチャフが飛ぶから周りに物が少ない方が後で楽だよ

    気を付ける事

    自家焙煎の最大の面倒さはチャフ(煎ることで生豆の薄皮が剥がれて飛ぶ)の処理だよ

    掃除機やほうきチリトリの準備もあったほうがいいしコンロ回りは片付けてた方が後で楽だよ

    焙煎手順

    次のステップ

    まずは焙煎がそんな難しいことではないと知るために何度かやるといいよ

    まずは豆を固定して焙煎をおぼえて、それから他の豆でも同じように好みの焙煎を見つけられるようにするといいよ

    前回の焙煎具合と味の好みを覚えておいて、より浅煎りにするか深煎りにするかなど探っていくのが楽しい

    不良豆の選別や焙煎後の焙煎不良の選別もやると味が一つ上のレベルに行けるよ

    不良豆の種類や見分け方は 「欠点珈琲」で検索するとたくさん出てくるよ。そう、正しくは欠点豆なんだけどなんか不良豆って書いちゃう

    不良豆はどこで買っても必ず一定数は混じるものだよ、でも体感的にちゃんとしたお店の豆はちゃんとした生産者から買っててちゃんとした生産者はある程度ちゃんとした選別をしているので不良豆率は安いだけの豆よりは少ない…と思っているよ

    生豆焙煎することの最大のメリットは安いことだと思ってるよ。でもそのためにはある程度の量(1Kg以上とか)で買わないとあんまりお得感ないよ、慣れて好みの豆が決まったら量を買うのをおススメするよ

    チャフがどうしてもやだというならプレウォッシュドという洗ってから焙煎を試してみるのもいいよ。汚れがどうのという記事が多いけど基本チャフとして剥がれる薄皮がはがれているだけだからその点は気にする必要ないよ。一番のメリットは薄皮がはがれることでチャフの量が大幅に減ることだよ。でもデメリットも多くて自家焙煎レベルの量と火力だと水気を吸った豆の均一な焙煎が難しくなって焙煎ムラが起きやすくなるよ。そこらへんは何処に面倒くささを感じているかとの相談だよ

    レベルの高い・正しい抽出方法について

    そこを書いたら戦争になるので各人の好みでやってね

    Permalink |記事への反応(0) | 18:34

    このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

    次の25件>
    ログインユーザー登録
    ようこそ ゲスト さん
    Copyright (C) 2001-2026 hatena. All Rights Reserved.

    [8]ページ先頭

    ©2009-2026 Movatter.jp