
はてなキーワード:部外者とは
ストリート・エピステモロジー(SE)は、相手の信念の「内容(What)」ではなく、その信念に至った「プロセス(How)」を問うソクラテス式問答法である。陰謀論や根拠のない政治的確信に対して、直接「それは嘘だ」と指摘するのではなく、「どうすればそれが真実だと知ることができるか」を共同で探求するスタンスを取る。
オンライン上のトローリングや攻撃的なコメントに対しては、マーシャル・ローゼンバーグのNVCを応用した「脱エスカレーション・ループ」が有効である。
このプロセスは、相手の「攻撃」を「満たされていないニーズの悲劇的な表現」として再定義し、敵対関係を協力関係へとシフトさせる構造を持つ。
個人の対話スキルを向上させるだけでは、社会全体の分断は解消されない。SNSのアルゴリズムが増幅する情動的二極化に対抗するためには、デジタル空間の特性(アフォーダンス)を理解し、ネットワークレベルでの介入を行う必要がある。
政治的コミュニケーションにおいて、左派と右派には「美的非対称性(Aesthetic Asymmetry)」が存在する。歴史的に、左派は壁画やプロテストソングのような「参加型」で「構成的(Constitutive)」な芸術――コミュニティの結束を高め、希望を共有するための表現――を好んできた。一方、現代の右派(特にオルタナ右翼)は、ミームやシットポスティング(Shitposting)のような「道具的(Instrumental)」で「武器化されたユーモア」――相手を嘲笑し、混乱させ、分断を煽るための表現――に長けている。
この非対称性が意味するのは、左派的な「真面目で、説明的で、道徳的に正しい」コンテンツは、ミーム戦争においては圧倒的に不利であるということだ。ミームは文脈を剥ぎ取り、瞬時に情動(特に嘲笑や優越感)を喚起することで拡散する。
対抗戦略:脱分断ミーム(Depolarizing Memetics)
反発を招かないデジタル拡散のためには、以下の原則に基づいた新しいミーム戦略が必要である。
ネットワーク分析の研究は、SNS上の世論形成において、著名な「インフルエンサー(発信者)」以上に、「マルチプライヤー(拡散者)」と呼ばれる層が決定的な役割を果たしていることを示している。マルチプライヤーは、特定のイデオロギー・クラスター内で情報をキュレーションし、リツイートによって可視性をブーストする「ゲートキーパー」である。彼らは高い「整列スコア(AlignmentScore)」を持ち、陣営をまたぐことは稀である。
批判的メッセージを拡散させるためには、インフルエンサーを説得するのではなく、このマルチプライヤー層が「リツイートしたくなる」コンテンツを設計する必要がある。そのためには、前述の「道徳的翻訳」が不可欠である。保守系マルチプライヤーは、リベラルな正論は無視するが、「言論の自由」や「エリートへの懐疑」というフレームで語られた批判(例:「真の愛国者は、大統領であっても盲信しない」)には反応する可能性がある。クラスターの境界を浸透できるのは、そのクラスターの言語で語られたメッセージのみである。
X(旧Twitter)等のアルゴリズムは、「怒り」や「恐怖」といった高覚醒の情動を引き起こす投稿を優遇する傾向がある。冷静な対話は「退屈」とみなされ、表示順位が下がる。この構造的ハンディキャップを克服するためには、「怒り」以外の高覚醒情動、すなわち「驚き(Awe)」「好奇心(Curiosity)」「感動(Kama Muta)」を利用する必要がある。
以上の理論と技法を、一般市民や草の根活動家が実践可能な形に落とし込むためのマニュアル(ハンドブック)の設計図を以下に提示する。この構成は、米国の草の根運動ガイド『Indivisible Guide』の成功モデル(段階的習得、具体的アクション、テンプレート化)を参照している。
目的:実践者のマインドセットを「論破」から「影響」へとシフトさせる。
本報告書で提示した戦略は、短期的な選挙勝利のための戦術ではない。サイモン・シネックが言う「無限のゲーム」――すなわち、対話が継続可能であり、社会システムが崩壊しない状態を維持すること――を目的としている。
情動的二極化という「内戦」状態において、最大の勝利は敵を倒すことではなく、敵を「対話可能な競争相手」へと戻すことである。そのためには、批判者自身がまず武装(道徳的優越感)を解除し、相手の認知フレームの中に降りていく勇気を持たなければならない。この「戦略的共感」こそが、分断された世界をつなぎ直す唯一の現実的なエンジニアリングである。
戦略的共感と認知的安全保障:反発を招かない政治的批判のための包括的枠組み
現代の政治空間は、政策の不一致(イデオロギー的二極化)以上に、対立グループに対する嫌悪や恐怖といった感情的拒絶反応(情動的二極化)によって支配されている。この環境下において、伝統的な「批判」の手法――事実の提示、道徳的糾弾、論理的論破――は、その機能不全を露呈しているだけでなく、逆効果をもたらしていることが多くの実証研究によって明らかになっている。批判対象者の信念を強化してしまう「バックファイア効果(Backfire Effect)」や、批判者を存立危機的脅威とみなす「アイデンティティ防衛機制」が作動するためである。
本報告書は、心理学、認知科学、政治社会学の最新知見に基づき、政治的対立者に対して反発(バックラッシュ)を招かずに影響力を行使するための戦略的枠組みを提示するものである。ここで目指すのは、単なる「中道的な妥協」や「礼儀正しさ」の推奨ではない。人間の認知アーキテクチャの脆弱性と特性をハッキングし、相手の道徳的・感情的防御壁を迂回してメッセージを届けるための、エンジニアリングされたコミュニケーションプロトコルである。
報告書は大きく三つのフェーズで構成される。第一に、なぜ従来の批判が失敗するのかを脳科学的・心理学的メカニズムから解明する理論編。第二に、その防御壁を突破するための具体的な対話技法(ディープ・キャンバス、ストリート・エピステモロジー、NVC)を体系化した実践編。そして第三に、これらの技法を個人のスキルから社会運動へとスケールさせるための組織論と普及戦略である。
効果的な批判戦略を設計するためには、まず人間の心がどのように政治的情報を処理し、拒絶するかというメカニズムを理解しなければならない。政治的信念は単なる情報の集合体ではなく、個人のアイデンティティや所属集団への忠誠心と融合した「拡張された自己」の一部として機能している。
近年の政治心理学における最も重要な発見の一つは、情動的二極化(Affective Polarization)の実態解明である。これは、対立する政治グループのメンバーに対して「好きか嫌いか」という感情的温度差が極端に開く現象を指す。研究によれば、情動的二極化は対人関係の悪化だけでなく、個人の心理的幸福感(ウェルビーイング)の低下、社会的支援の減少、ストレスの増大といった「個人内損害(Intrapersonal Harm)」をも引き起こすことが示唆されている。特に、リベラル層において高い情動的二極化とストレス、健康悪化の相関が見られることは、政治的怒りが批判者自身をも蝕むことを示している。
この情動的二極化は、脳内で一種の「信頼のファイアウォール」として機能する。アウトグループ(外集団)から発信された情報は、その内容の真偽にかかわらず、自動的に「悪意ある攻撃」としてタグ付けされる。扁桃体が脅威を検知し、前頭前野が論理的推論ではなく「反論の生成」のために動員される「動機づけられた推論(Motivated Reasoning)」が作動するためである。この状態にある対象者に正論をぶつけることは、火に油を注ぐ行為に等しい。
バックファイア効果とは、誤った信念を訂正しようとする試みが、かえってその信念を強固にしてしまう現象である。このメカニズムには、自己肯定感の維持と集団への所属欲求が深く関わっている。批判を受け入れることは、過去の自分を否定すること(自己の一貫性の喪失)や、仲間を裏切ること(社会的死)を意味するため、脳は全力でそれを回避しようとする。
さらに、批判のフレーミング(枠組み)が、受け手のイデオロギーとミスマッチを起こしている場合、説得効果は皆無となるばかりか、抵抗を強める結果となる。例えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策におけるメッセージングの研究では、リベラル層が「利得フレーム(マスクをすれば命が助かる)」と「損失フレーム(マスクをしないと命が失われる)」の双方に敏感に反応し、コンプライアンスを高めたのに対し、保守層はこれらのフレーミング効果に対して強い抵抗を示したことが明らかになっている。これは、問題が高度に政治化された文脈においては、一般的な行動経済学的介入(ナッジ)さえも、イデオロギーのフィルターによって無効化されることを示唆している。
批判が受容されるための極めて重要な、しかし見過ごされがちな因子として「知的謙虚さ(Intellectual Humility:IH)」がある。IHとは、「自分の知識や信念が間違っている可能性を認識する能力」と定義される。最新の研究は、対話において自身の知的限界を認める態度が、相手の情動的二極化を低減させる強力な緩衝材となることを示している。
特筆すべきは、IHが「相手からの好意(Target Liking)」を媒介して、対話への「接近行動(Approach)」を促進するというプロセスである。批判者が「私は絶対に正しい、お前は間違っている」という道徳的マウンティング(Moral Grandstanding)の態度を取ると、相手は「回避行動」をとる。逆に、批判者が「私も確信はないのだが」「複雑な問題で迷っているが」という不確実性を提示することで、相手の警戒心が解け、対話の土俵に乗る可能性が高まる。知的謙虚さは、相手の武装解除を促すための「白旗」ではなく、心理的防衛壁を通過するための「通行手形」として機能する戦略的資質である。
政治的対立の根源には、事実認識の相違以上に、道徳的直感の相違がある。リベラルと保守は、異なる「道徳の言語」を話しているにもかかわらず、自身の言語で相手を説得しようとするため、コミュニケーション不全に陥る。本セクションでは、道徳基盤理論(Moral FoundationsTheory: MFT)を応用し、批判を相手の価値観に翻訳して届ける「道徳的リフレーミング」の技術を詳述する。
ジョナサン・ハイトらが提唱した道徳基盤理論は、人類の道徳的判断が以下の5つ(または6つ)の生得的な基盤の上に構築されているとする。
実証研究が一貫して示すのは、リベラル層が主に「ケア」と「公正」の2基盤に強く依存するのに対し、保守層は5つの基盤すべて(特に忠誠、権威、神聖)を重視するという非対称性である。
多くの政治的批判が失敗するのは、リベラルが保守に対して「それは弱者を傷つける(ケア)」「不平等だ(公正)」というリベラル特有の語彙で攻撃するためである。保守層にとって、これらの価値は「忠誠」や「権威」よりも優先順位が低いため、批判は響かない。逆に、保守がリベラルに対して「伝統を破壊する(権威)」と批判しても、リベラルはそれを抑圧としか捉えない。
反発を招かない批判のためには、自身の主張を相手の道徳基盤の語彙を用いて再構成(リフレーミング)する必要がある。これを「道徳的合気道」と呼ぶ。相手の道徳的エネルギー(価値観)を利用して、相手の姿勢を崩す技法である。
以下の表は、主要な政治的争点において、従来のリベラル的批判(バックラッシュのリスク大)を、保守的道徳基盤に翻訳した戦略的フレーム(受容可能性大)に変換したものである。
| 争点 | 従来のリベラル的批判(高リスク) | 戦略的リフレーミング(低リスク) | ターゲットとする道徳基盤 |
|---|---|---|---|
| 環境保護 | 「地球温暖化は弱者や未来の子供を苦しめる。」(ケア) | 「我々の国土と美しい自然は神からの授かりものであり、汚染から守り抜く義務がある。」 | 神聖/堕落、忠誠/背信 |
| 同性婚 | 「誰を愛するかは個人の権利であり、平等であるべきだ。」(公正) | 「結婚は社会を安定させる伝統的な制度であり、同性カップルもその責任ある関係に組み込むべきだ。」 | 権威/転覆(社会秩序)、忠誠 |
| 軍事費 | 「軍事費を削って福祉や教育に回すべきだ。」(ケア/公正) | 「無駄な軍事支出は国家の財政を弱体化させ、真の国防力を損なう背信行為だ。」 | 忠誠/背信、権威 |
| 政治腐敗 | 「富裕層ばかり優遇するのは不公正だ。」(公正) | 「私利私欲のために公職を利用することは、国家への裏切りであり、高潔な職務を汚す行為だ。」 | 忠誠/背信、神聖/堕落 |
| 移民問題 | 「難民を助けるのは人道的な義務だ。」(ケア) | 「秩序ある移民受け入れは、国家の活力を維持し、アメリカンドリームという伝統を守るために必要だ。」 | 忠誠、権威(秩序) |
研究によれば、保守層に対して環境保護を「神聖さ」や「愛国心」の文脈で語った場合、リベラルな文脈で語った場合よりも支持率が有意に上昇することが確認されている。重要なのは、主張の内容(環境を守る)を変えるのではなく、その理由付け(なぜ守るか)を相手の言語に翻訳することである。
批判は通常、「現状のままでは悪いことが起きる」という損失フレーム(Loss Frame)で行われることが多い。しかし、損失フレームは恐怖や不安を喚起し、防衛的な反応を引き起こしやすい。これに対し、「ゲイン・フレーム(Gain Frame)」を用いた批判は、望ましい未来像を提示し、その実現を阻害する要因として現在の問題を指摘する手法である。
例えば、政治家のスキャンダルを追及する場合、「彼は嘘つきだ(損失フレーム:信頼の喪失)」と攻撃するのではなく、「我々は正直で高潔なリーダーを持つに値する国家だ(ゲイン・フレーム:尊厳の回復)」と主張する。このアプローチは、批判の対象を「個人」から「規範の維持」へとずらし、相手の「権威への尊重」という道徳基盤を刺激しつつ、攻撃性を緩和する効果がある。研究は、特にリスク回避傾向の強い層に対しては損失フレームが有効な場合もあるが、イデオロギー的に対立する層に対しては、ゲイン・フレームや道徳的適合性の方が「聞く耳」を持たせる効果が高いことを示唆している。
理論を実践に移すためには、具体的な対話スクリプトと手順が必要である。ここでは、異なる文脈(対面、オンライン、深い対話)において効果が実証されている3つの主要なプロトコルを詳述する。
ディープ・キャンバスは、戸別訪問(キャンバス)において10〜20分の深い対話を行うことで、トランスジェンダーの権利や移民問題などの二極化した争点に関する態度を変容させる手法である。従来の「事実の弾丸」を撃ち込む方法とは異なり、「脆弱性の交換」を通じて相手の情動的反応を書き換える。
研究によれば、ディープ・キャンバスは従来の説得手法の約102倍の効果を持ち、その効果は数ヶ月持続することが確認されている。
ストリート・エピステモロジー(SE)は、相手の信念の「内容(What)」ではなく、その信念に至った「プロセス(How)」を問うソクラテス式問答法である。Permalink |記事への反応(1) | 11:19
先輩1:同じ支店 誘ってくれた人。本当かどうかは知らんが後述する先輩2からご指名をいただいて、先輩1が私を呼んだとのこと。気遣いぃ。相当気遣って、誰も置いていかれぬよう立ち回っていると思われる。
先輩2:一番年上。ほとんど絡みがないが、ご指名をくれた人。イケメン。色気がありエロい。きっと作業着を見てから私服を見るとちゃんと落ちる。ただ性格は決していいとはいえない。きっと自分が話題に入らない時はつまらないタイプ。別れ際、身内である先輩1といい感じに、私が引かざるを得ないような言い方で上手いこと消えてったので、遊び慣れてるかもしれない。
二人ともいい人だが、今日初めて会った先輩2は特に色々慣れてるように感じた。もちろん社会人歴が倍以上あるので慣れてないとそれはそれで気持ち悪いのだが。先輩1は、先輩2とほぼタメであるものの、部外者の私がいることにより、きっとよそ行き状態になっていたと思われる。
先輩2は腕脱毛済み。ヒゲも薄いので、下手したら全身脱毛済みかもしれない。おそらく年相応にに遊び慣れているが、超人レベルではない。清潔感、身長、マナーら、声の掛け方全て良いが、人に厳しそう。また、前述した通り自分が話題の中心でないと全く会話に入ってこないタイプ。
普段一緒にいないから全然分からないが、いい意味でも悪い意味でもサラリーマンメンタルはない。自分が気持ちいいように最低限仕事はこなす感じ。付き合ったらかなり大切にしてくれるか、めっちゃ放置されるかどっちかだと思う。
先輩1ら普段から一緒に仕事している人。おそらくどすけべ。本人にも言った。きっと女の子のお店に行くのも好き。ただ、とっっても気遣いぃだと思う。誰も会話を置いていかないし、つまらない顔は一切しない。否定もしなければ、不穏な空気はユーモアで全部帳消しにする。自分から墓穴はほらない。たぶん全部見えてる。素でこの場を楽しんでほしいと思っているのかもしれない。いや、この場を楽しんでほしいというか、自分が矢面に立たない程度に気持ちよく全員に帰ってほしいと思っている。いい人だが、底が知れない気がする。きっと基本ポジティブだけど、月に2回ぐらいガツンと沈む日があるんじゃないかとおもう。自分反省会のことである。
たぶんどすけべ。どの辺でどすけべと思ったのだろうか。顔じゃない。体型でもない。ボディタッチを頻繁にしてくるわけでもない。うーーーーーん。年齢、エロい話をしている時の笑顔の濃さ、気違いぃってことは裏で抱えてるモヤモヤがあるんじゃないかってこと、男同士だと3倍くらい楽しそうなとこだろうか?
ちなみにエロ具合は本人曰く人並みらしい。セフレにしたら絶対楽しいと思う。あわよくば付き合いたい。掘り下げたい。
飽きるまでは一途だと思うし、変な話結婚しちゃえば一途貫きな気がする。でもずっと、「生涯付き合うのはこの人でいいのか」ともやもやしてそう。
選ばれるにはまず見た目をシュッとさせてネットの物量攻勢(競合側を蹴落とすデマは業者やシンパにアウトソーシング)でハキハキパリッとした姿勢と喋りでイケてる私をアピールするしかない
もちろんそれを拡散してくれる協力者も多数いる
非モテチー牛男性やいじめられっ子は身嗜みを整えたら女に屈するという認識の上に人間関係を拒絶するし、周囲にまめに営業をかけたり近況報告するのを怠っているのに、「自分は中身があるからいつか見る目のある女に選ばれる」「善良なのに不条理に虐められる自分に皆が同情してるからいつか助けてもらえる」と信じたまま終わっていく
いじめから救助された数少ない例として名古屋の1千万円恐喝事件がある
なぜ解決できたのかというと被害者が入院先でも暴行されているのをたまたま他の入院患者が目撃したからであり、学校や地元の人間関係と無関係の部外者に分かりやすい加害現場を偶然目撃される奇跡が起こらない限り不可能
あと特に若い世代には「高市さんは野党と違い人の悪口を言わない」とある
逆に非モテ男性は四六時中「自分を選ばない女は如何に無価値で無能で頭も人格も劣っているか」という話題に終始している
それもたぬかな身長人権発言や体臭対策発言女やただの未婚など見ず知らずの人間にまで及び、しまいには「婚活に来て誰も選ばずに帰る女」まで攻撃する
@Takenoko1080
モラハラのサラブレットとして生まれたから分かるけど、ハラスメントが上手い奴は初手すぐにターゲットを攻撃したりしない
才能がある奴はまず周囲を味方につけることから始める
@Takenoko1080
https://news.yahoo.co.jp/articles/33497088a070eb551411d86cfabbc3dacea9bc97
立憲民主党が公認していた荒井淳志氏を公認しないことを決めて、選挙区は自民と国民民主の勝負になる予定
前回は選挙区で自民が当選、2位の荒井淳志氏とは約1万3500票差
https://shugiin.go2senkyo.com/50/senkyoku/44648
創価票が自民から中道に移れば選挙区で当選できるのに中道は候補を立てず
比例復活の国民民主現職候補に票を集めたいみたいだけど、参院選まで様子を見ると言っている玉木に恩を売る意図がわからない
TM文書(TrueMother文書)で自民党議員300名弱と接点があったと書かれていたことに対し、統一教会関係者が「あれは過大に書いた嘘だった」と釈明しているが、
信者同士でも嘘の報告が許されてしまうとそもそも財産や所有しているものも虚偽申告できてしまったり、支部長から支部員、またはその逆のコミュニケーションの際に
嘘が入っている可能性を考慮するといくら信者が固い結束があったとしても嘘一つで組織は簡単に崩壊する
なので断言するが、信者同士では絶対に嘘はつかないみたいな但し書きがあるはず。
そして部外者やサタンにはいくらでも嘘をついてよい、と教えているはずだ
だから、 5chなどで「文鮮明はサタンって言えるか?」とリプつけられても勝共連合や家庭連合信者は簡単に「文鮮明はサタン」と書き込める。
しかし、統一教会ができないことが一つある。それは自分の責任と判断で文鮮明や真のお母さんを侮辱することだ
つまり、5chやX、はてななどで「文鮮明ってイケメンじゃない?どう思う?」って聞かれたときに、「文鮮明はブサイクなただのキモイおっさん」など、統一教会信者以外なら簡単に書けてしまう自由記述文書を、信者連中はかけないはずだ。
なぜなら、別にこの問いには文鮮明を侮辱せよという指示は含まれていないからである。つまり文鮮明をブサイクなどと形容する必要はない。もし統一教会信者がそう書いたとしたら、必要もないのに教祖を貶めた、という責任を負うことになる
なので、ネット上でこいつは統一くさいな、と思った場合、「文鮮明はサタンって書けるか?」と聞くのではなく、「文鮮明ってかっこよくない?」など自由な判断で答えさせる形式の質問をするのが最も効果がある。
最近のホロライブを見ていて、何となくモヤっとしている人は多いと思う。卒業が続いているとか、空気が少し変わったとか、理由は人それぞれだろうが、その根っこにあるのは「事業が大きくなりすぎた結果、タレントに求められるものが変わってしまった」という一点に集約できると思っている。
ホロライブはもともと配信中心の箱だった。配信ができて、キャラが立っていて、面白いことをやれる人が評価されていた。しかし今はどうか。音楽、ライブ、イベント、企業案件、グッズ展開まで含めた総合エンタメ事業になっている。これは営利企業としては正しい進化だし、否定されるべきものではない。ただ、その過程で「最初に想定されていたタレント像」と「今求められているタレント像」がズレてきている。
表向きには、配信内容が禁止されたり、好きなゲームができなくなったりしているわけではない。しかし実際には、ブランド管理や炎上対策、関係各所との調整など、目に見えないコストがどんどん増えている。昔ならノリでできた配信が、今では準備と確認の塊になっている。結果として、タレントが本当にやりたいことに使える余力は確実に削られている。
これまでの卒業生については、「方向性の違い」でだいたい説明がついてきた。配信中心でやりたい人と、事業拡大で増えたライブや案件の間に摩擦が生じた、という話だ。
しかし天音かなたの卒業は、どうもそれだけでは説明しきれない。
彼女はアイドル活動を否定していたわけではないし、社会経験もあり、箱の中での役割も確立していた。むしろ組織に適応できていた側のタレントだろう。それでも卒業理由が「想定を超える業務負荷による心身の不調」だったという点は重い。数年前から相談していたという話まで出てくると、個人の適性や覚悟の問題ではなく、仕事量そのものが持続可能ではなかった可能性が高い。
ここで見えてくるのは、「方向性が合わなかった人が去った」という話ではない。「会社に適応し、続ける意思があった人でも、消耗しきってしまう構造があるのではないか」という疑念だ。これはファンが不安になるのも無理はない。要するに、ホロライブの課題は、成長そのものではなく、成長にともなう負荷をどう分配し、どう調整するかにある。役割が増えるなら、その分支援や選択肢も増やさなければ、どこかで無理が出る。天音かなたの卒業は、その歪みが表に出た象徴的な出来事だったのだと思う。
物理的に考えれば「機械を操作すれば狙った番号に当てられるのではないか」という疑念を抱くのは自然なことです。しかし、宝くじの公開抽せんで使われる「電動風車機」には、不正を極限まで排除するための厳重な仕組みが施されています。
仕掛けをして任意の番号を出すのが事実上不可能である理由は、主に以下の3点に集約されます。
電動風車機は、単にルーレットを回しているだけではありません。
円盤はかなりの高速で回転しており、さらに各桁(ユニット)ごとに回転速度やタイミングが微妙に異なります。
矢が放たれるタイミングは、機械的にあらかじめプログラムされているわけではなく、抽せん会場の「発射ボタン」を人間が押すことで決まります。コンマ数秒のズレで当選番号は全く別物になります。
抽せん機の信頼性を守るために、以下のようなプロセスが踏まれています。
的(円盤)や矢にわずかな重さの偏りがあれば、特定の番号に当たりやすくなります。そのため、抽せん前には極めて精密な測定が行われ、異常がないか確認されます。
本番直前には何度もテスト走行が行われ、統計的な偏りがないかがチェックされます。
抽せん機は普段、厳重に保管されており、メンテナンスや移動の際も常に複数の関係者の監視下に置かれます。
もし「仕掛け」をするのであれば、装置の内部に遠隔操作用のメカニズムを組み込む必要がありますが、これは現実的ではありません。
抽せん機は透明なケースやオープンな構造になっており、怪しい配線や装置があればすぐに露呈します。
抽せん会には、主催者とは利害関係のない弁護士や自治体職員が「立会人」として出席します。彼らの仕事は「不正が行われていないか」を監視することであり、機械のセットアップから抽せん終了まで、すべてをチェックしています。
理論上、物理的な装置である以上「100%絶対に不可能」と断言するのは難しいかもしれませんが、「多くの専門家や監視の目を盗み、高速回転する円盤の特定の番号に矢を命中させる仕掛けを施す」コストとリスクは、宝くじの社会的信用を失うリスクに比べてあまりに大きすぎます。
現在の手法は、現代のデジタル技術(乱数生成プログラム)よりも、むしろ「誰の目にも物理的な動きが見える」という点で、最も信頼性が高いと考えられています。
日本国民の多くにとって「白人がいっぱい住んでる国」というイメージで欧米は欧と米に分ける必要性を感じないけど、当事者は俺はあいつらとは違うと思ってるでしょう
部外者にとっての野球とソフトボール、アメフトとラグビーみたいに(比喩は格闘技でも可)
”『もしこの地球上にアメリカという人工国家がなければ、私たち他の一角にすむ者も息ぐるしいのではないでしょうか』
〔……〕
いまはアメリカで市民権をとることが容易でないにせよ、そのように、文明のみであなたOKですという気楽な大空間がこの世にあると感じるだけで、決してそこへ移住はせぬにせよ、いつでもそこへゆけるという安心感が人類の心のどこかにあるのではないか。”
私は党員とかではないけれど一応、支持者です。
ただし、全員を支持してるわけではないです。
部落解放同盟のようなエセ左翼=極右の類とつながってる層みたいなのは嫌いです。
それで社民と決裂したはずなのに共闘とか言ってる層には疑問があります。
赤旗を売る事にこだわるのはやめて政党助成金をもらってもよいのではないでしょうか?
SNSにいるわけのわからない奴の中に私が含まれるかは知りませんが
部外者からすれば裏で自民とつるんでる社民みたいなのとつるまないのは当然の事です。
よかったら読んでみてください。
https://cyrus2.hatenablog.jp/entry/2024/07/19/212840
ただ単に共産党が日本で一番宗教的でましだから支持してるだけで
「上が絶対の正義」などという背徳右翼蛮賊カルト的な価値観は全く持ち合わせていません。
やめた方がよいのではないかな、とも思わなくもないです。
無理をすると変な歪みが出るかも知れません。
他人に親切にする。共産党が一番、キリスト的で、統一教会は真逆のカルト。
タイトルの通り。マシュマロを消した。そんだけ。でもまあそれまでに色々あったので愚痴をつらつら書き綴る。お気持ち長文てやつ。
オタク歴はかなり長いオタクだけど、ずっとコミュニケーションツールを使ったことがなかった。まあマシュマロとかwaveboxとかそういう系。なんでかっつーと別に感想とか特に求めてなかったから。
創作してるオタクは基本感想を貰えると嬉しいもんだと思う。実際私はもらえたらすごく嬉しい。貴方のために私は描(書)きます!!てなる。単純だから。
でも別に感想なくても描くのはわかりきっていて、そもそも私の創作というのは興奮を目に見える何かに出力する行為だから、感想があろうとなかろうと公式からお出しされる物を見て興奮したら勝手に何かが出てくるのだ。
そんな感じだからマシュマロなんかつけたことなかった。だって怖いし。通りすがりのおすすめにすら、やれ毒マロだのなんだのみたいなのが流れてくる。しかもその毒マロというのも本当になんか通りすがりに何かがいたから石ぶつけてやるみたいな純度高めな悪意の塊で恐怖しかなかった。私の多くないフォロワーにも貰ったことがある人がそれなりにいたから、やっぱ人間てくそだわ、マシュマロなんかつけるもんじゃねえわと思ってた。
そんな奴がなんでマシュマロをつけようかと思ったのかというと、夢ジャンルに嵌ったから。
この夢ってジャンルがまあなんていうか荒れがちで、嵌ってアカウント作った時に住みわけの意味で鍵かけた。私は絵も文もかくタイプのオタクなんだけれども、晒されるのが怖いからpixivとかには投稿しないで、プライベッターに鍵付きで上げたりしてた。で、この鍵なんだけども私がうっかりクソ野郎なのでまあ間違えたりする。そうなってくると見てる人に教えてもらわないと気づかないので、とはいえDMはハードルが高いなと思ってマシュマロをつけた。こっちのほうが気軽にあーだこーだ言えるかなって。
実際マシュマロでパス間違ってますって言われたことは過去3回くらいあったし、でもDMでそれを言ってくる人はいなかったので、やっぱりああいう匿名のツールの方が使いやすいんだとは思う。私も相互さんに感想をお伝えするのにリプつけるよりかは匿名ツール使った方が気が楽だし。
最初の1年くらいは問題なかった。そもそも感想送ってくれる人が稀だから。それでも月に1つくらいは貰ってた。ありがたかったし嬉しかった。
フォロワーが少しずつ増えるにつれ、感想マシュマロもぼちぼち増えてきた。嬉しい。嬉しいけど、気になることも増えてった。
・雑談に反応して「それってほんとなんですか?」みたいなクソマロ投げてくるやつ。
いやもうお前が手に持ってる薄い板かもしくは目の前にあるディスプレイとキーボ―ド使えよ。本当かどうかなんて出てくるだろそれくらい。間違ってたらそんとき教えてくれよ、そうじゃなかったら黙っててくれよどんなレスポンス期待してんだよ面倒くせえな
まあこれは私も悪いかもなんだけど、少し前にアレルゲンの差し入れを貰ったというのがプチ炎上してて、それを見て「怖すぎる」「差し入れ、いっそお金とかの方がいいのかも><通帳とカードセットとか」ってポストしたら「やめた方がいいと思います」
いや知ってるよ流石に。冗談だよ。しねえよ。そんな常識なさそうに見える?なら私が悪かったわごめんね、でもそれでもし私が恥かいたとしてもお前には関係ないから黙っててもらえます??
流石にそんな返しできないので「ごめんなさ~い🥺」って返しといたけど即「スタバのチケットとかかさばらないものとか日持ちするものがいいんじゃないですかねえ」とか追撃されて切れそうになった。余計なお世話だようるせえな
こういうのが増えてきて嬉しい気持ちより面倒だったりイライラすることが多くなってきて、外そうかどうか悩みだしたタイミングで、相互さんが私の創作物を元にイラストや文章を書いてくれて(3次創作っていうのかな)、すごい嬉しくて私ひとりで独占するのも勿体ないなあと思って、付き合いの浅い方にはDMで確認とりつつ、それなりに仲良しの方にはTLに流したいからこのポストに反応ほしいな!って呟いた。んで即叩き込まれたマシュマロがこんな感じ。
「相手からの反応待ちは失礼かと…問題になったりもしますし、きちんと個人間でやりとりして転載した方がいいと思います~厳しいこと言っちゃってすいません💦」
うるっせえなあほんとによ~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!
おめーの見てないとこでやってるわ!!!!!ていうかお前私の相互か!?!?そうじゃねえよな!?!?!絵を描いてくださった方でも文章書いてくださった方でもねえよな??????な~~~~にも知らない部外者が口挟まないでもろて~~~~~!!!!!!!!!!
なんだろうな、正しいこと言ってる風押しつけがましいやつが本当にきつい。どうせ感想くれたこともないくせにこういうときだけ意気揚々とマシュマロあざーーーーす!!て感じ。
純度100パー悪意の方がまだマシだわ。多分↑のやつとかは注意してあげた、言いづらいことも私のために言ってあげた!くらいの気持ちなんだろな、と思ったら馬鹿らしくなってマシュマロ外した。
私はもともとマイナーな作品の夢を書いてて、周りに誰もいなかったし誰もその作品の2次創作をしてなかったから一生懸命増やそうとしてた。反応がないのが当たり前だったから、だから感想とかなくても平気なのかも。
今まで何に嵌ってもそうだったのが、今回珍しく人の多いジャンルにいるから忘れてたんだけど、私別に創作したい人間じゃないんだよね。辛抱たまらなくなって興奮を形にしたけど、別にそれをwebで公開する必要ないんだよなって。今までは誰もいなかったから増えてほしくて公開したりしてたけど、こんだけ神絵師や神字書きがいるなら私ごときが作品を上げる必要なんか全くないんだよね。
原作はめちゃめちゃ好きだし、最近新しくできや相互さんがすごくよくしてくれるからまだまあ創作意欲みたいなのは潰えてないけどこれ以上なんかあったら普通にアカウント爆散させそう。
長年ずっと好きで、いわゆる『推し』というものになってからもう結構経つ。
2人は名前を、田中雅功、髙田彪我と言って、スターダストプロモーションに所属している。大手も大手、超大手だ。
スタダのEBiDANという集団、Sakurashimeji以外のみんなが歌って踊るグループで、2人だけがギターを持って、2人きりで、もう11年活動している。朝ドラや月9で、知っている人は知っている、という感じな気がする。
しかし2人はエゴサが激しいから、読まれるものと思って、ちゃんと書こうと思う。
先の10月22日、2人はアルバムをリリースした。タイトルは、『唄うこと、謳うこと』。
12年目にして初めて、1曲目から12曲目まで全部、2人が全曲、2人で作った曲だけが入ったアルバムだ。
10周年で名前を『さくらしめじ』から『Sakurashimeji』に、肩書きを『フォークデュオ』から『ギターデュオ』に変え、明けて11周年にして、ようやくここからスタート。
最近の2人の様子を眺めていると、なんとなくそういう感じがする。
スターダストには、というか、アイドル事業には往々にしてリリースイベントというものが存在している。
フリーライブと称してスーパーや商業施設で歌い、歌い終わったら、握手だとかツーショだとかポストカードお渡し会だとか、そういう特典会をやる。
このリリースイベントツアー期間に入ると、スパンも時間もなかなかのものだから、それを成し遂げるアイドル側も、追いかけるファン側もなかなかの重労働である。
そしてSakurashimejiも、EBiDAN所属のアイドルの例に漏れずその特典会もやっていて、先日、全ての日程が終了した。
2人が小さい頃、初めてフリーライブをした埼玉県大宮市、アルシェ前。余談だがこの日は特典会が存在せず、ファンはみんな、ただ歌を聴くためだけに集まった。
2人の歌を聴くために訪れた人たちは上までたくさん居て、当時からアルシェにいる人にも祝ってもらえて、2人も幸せそうで、本当にうれしかった。
こういったアイドル事業には『リスニングキャンペーン』というものも存在している。再生回数○○回達成で報酬が○○。といったように、それは大抵の場合LINEミュージックで開催されている。
最近、そのLINEミュージックでよくアルバムの曲がランキングに入っているのを見て、うれしい!と思う。
そして同時に、数年前にリリースされた『Iroto-Ridori』という曲のころ、週替わりに実施されていたリスキャンが全然達成できなくて、悔しがらせたり、達成記念に撮ってくれてた動画を複数お蔵入りにさせてしまったことをよく思い出す。
近頃のLINEミュージックのランキングは、以前よりも顔ぶれが『常連』という感がある。
端的に言うと、本当に売れている曲しかのっていない。
だから単純にウィークリーランキングに入るのもすごく難しそうだと素人ながら感じるのだが、Sakurashimejiの先日の新曲、『ガラクタ』も、今回の新曲たちも複数ランキングに入っていてすごかった。
だから思う。あのとき、なんでできなかったんだろう、2人のなかに、あの失敗体験がなければ、と。最近よく思う。
あのリスキャンがなかったら、あのライブをもっと埋められていれば、せめてコロナ禍がなかったら。
いわゆるオタクは演者が思っているよりも演者のことを心配などしているため、本当にそう思っているのだ。
きっと2人は、こういう行き過ぎた想像のこと「変なこと言ってんなあ」とか「ステキな考察を、ね……」とか言って笑うと思うが、まあ心配性なのがオタクという生き物なので、許してほしい。ごめんね、気持ち悪くて。
どうしてこのことを最近頻繁に思い出すかというと、アルバム発売に際して公開される著名人からのコメントにちらほら『2人の中学生から大人になるまでの葛藤や煩悶』が見て取れたからだ。
ああ、やっぱり、あるんだ。と思った。
泣いて眠れない夜も、全部諦めたくなった日も、私たちの見えない場所で、2人はたくさん、悩んできたんだ、と改めて思った。
時々話してくれてはいたものの、創作物からはあまりそういうものを感じなかった。
多分これまでの楽曲では、常に前を向いて進む姿を見せてくれていたのだと思う。
歯を食いしばって、傷も涙もそのままに、前を向いて歩く。ファンのために。
それが少しずつ変わってきたのが今年だ。
去年までは明かさなかった、今までの話、昔の話、そういうものを聞かせてくれるようになったし、何よりもリリースする曲も変わってきた。
つらかった過去も悩みもいまだに自分の中に存在していて、今はまだ『在る』ままだけれど、どうにかこうにか生きている。そういう姿も見せてくれるようになった。
とはいえ、2人はそういう歌ひとつとっても、ファンのために書いている。
2人が2人の歌を作って、ファンはそれを聴いて、自分の歌だと感じて、救われたり、頑張ろうと思ったりする。
それが2人の創作活動で、多分きっと、生きる糧のようなものでもあるのだろう。
もっとも、普段はこういうことは考えるのみに留めている。2人はきっと感傷的になられるのも苦手だろうから。
2人は、そういう感傷も心情も全て歌にして、ファンに寄り添うことを第一に考えてくれているから。
だから一応、普段は我慢している。まあでも匿名なのであと少しだけ。
2人は高校生のとき、LINEライブ同接25万人だとかも達成していた。芸能活動なんて数が全てではないが、そこからは今、かなり減っている。
どんな気持ちだったんだろうと思う。
離れていくファン、離れていくスタッフ。身をもって感じる高校生ブランドみたいなもの。
実際インタビューやなんかで2人はたびたび『別れ』にも『出会い』にも触れているし、そういったことは、たくさん感じたんだろうなと思う。
別に、好きな対象がバズらない・売れないことに対して、ファンに義務があるとも負い目があるとは決して思わない。
しかし、雅功さんはもう一人きりでストリートライブやろうとか思わないで過ごせるのかな、だとか、彪我さんはもっと自信を持って、誰かに褒めてもらわなくても自分を好きでいられるのかな、だとか、最近はよく、そういうことを考えている。
そういえば、今回のアルバムには高校3年生のときにスターダストを退職された、2人を組ませたプロデューサーが参加していた。
私はいちファン、かつインタビューで明かしてくれている箇所を知っているのみだが、それでも彼らが泣きながらそのプロデューサーと離れたことや、「絶対にもう一度一緒に仕事をしたい」と言っていたことも覚えていたため、アルバムのブックレットのクレジットを見て、かなり泣いた。
2人が、ようやく出せた2人だけのアルバムで、かつての恩人をまた呼び戻す。その姿勢も有言実行も、本当に格好いいと思った。
前プロデューサーが携わった曲のタイトルは『スパイス』と『normal』だ。
前者の『スパイス』について、私はものすごく、『はじまるきせつ』を感じるなあと思っている。
この歌は上述のプロデューサーが在籍していた頃の歌で、曲調その他諸々、さくらしめじといえばこういう曲、といった感じのものだ。
だから、スパイスを聴くたび実は、「ディレクターってどこまで携わるものなのか知らないけど、この人とっては2人ってずっと妖精だったあの子どものままなんだ」と思って、部外者ながら勝手にじんわりとしている。
私は個人的に、彼の作る歌は幼少期の、『さくらしめじ』の影響というか、感性がそのまま残っていると思っているため、今回のスパイスも、ずっとそう思っている。
初めて聴いたときは2人からかつてのプロデューサーへの歌だと感じたけれど、聴けば聴くほど、2人が歌で対話しているような、はたまた、彼が経験してきた全く別の出来事が元であるような、不思議な感じがする。
素敵な歌。大好きだ。
後者の『normal』は、田中雅功さん作詞作曲のものだ。本人が「今までで作るのが一番きつかった」と語るこの歌は、彼曰く「心の柔らかいところ」で、聴いていても、それを痛切に感じる。
先にも少し触れたが、私は去年、雅功さんが「数年前彪我を連れずに一人でストリートライブをやったことがある」と話していたのを聞いて、すごく驚いたし、居ても立っても居られない心地になった。
夜、何かをぐるぐると考えていたら歌いに行かずにいられなくなったのかもしれないし、武者修行的なものだったのかもしれないし、単純にいっときの気分転換だったのかもしれないが、本当に、少し怖かった。
いつか、ファンの前から居なくなってしまう、そういうことも、考えたことがあるんじゃないかと思って。
normalは、そういうちょっとした不安への答えのような歌だった。
たしかに悩むこともある、人生なんてくだらないが、それでも、僕はそういう悩みも歌にして、皆さんの前から消えることはないですと、そう言ってくれているような気がした。だから、少し安心した。変な話だが。
これも大好き。2人の歌で嫌いなものなんて一つもないけれど。
彪我さんは今年、50周年までやりたいとよく言っていて、雅功さんもそれに、うれしそうに頷いている。
私はそれがすごくうれしくて、一生一緒にいてクレメンスと思っている。
8月、中国地方への旅行ついでに瀬戸内芸術祭開催中だった直島にいった。
高松からのフェリーに乗った時予想以上の人の多さに驚いた覚えがある。島に到着するとそこには大体の人がイメージする離島の風景に芸術祭用と思われるオブジェが点々としていた。
私はかなりの田舎出身だったが、それでも地元の方が栄えているなと思うほどのどかな場所だった。私が回った範囲に日常生活で利用されていそうな商店は見当たらず、コンビニが一個あるくらい。ほかは飲食店と、観光客向けであろうお店、そして3つほどきれいな美術館があった。
部外者が言うのもおかしな話だが、観光客に向けて作られている街という印象だった。そしてそこで生活している人たちの日常までも鑑賞の対象になっているように思えてきた。
町議の暴言とされる発言に焦点が当たり、それに対する猟友会の「出動拒否」という対応が報じられています。
「自分たちに頼らざるを得ないことを理解していて態度がデカくなっている」
という視点から、猟友会側の構造的な問題や、なぜ彼らが「横柄」と受け取られ得るのかについて論じます。
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000463540.html
クマの駆除は、単に銃が撃てるというだけでは務まりません。対象は猛獣であり、市街地や民家近くに出没した場合、安全確保、正確な射撃技術、獲物の回収・処理など、高度な専門知識と経験、そして何より危険を顧みない覚悟が求められます。
この危険かつ専門的な業務を、現実的に担えるのは(特に地方においては)地元の猟友会メンバーに限られているのが実情です。彼ら自身も、そして行政や住民も、「自分たちがいなければクマの脅威に対応できない」ことを熟知しています。
ご指摘の通り、この「頼らざるを得ない」という状況、すなわち業務の代替不可能性が、彼らの立場を構造的に強固なものにしています。この優位性が、外部からの要求や批判に対し、強い態度に出る(=横柄と映る)土壌となっている可能性は否定できません。
記事の中で、海田副議長は「こんなに10何人も来ないと駄目なのか」と、現場のハンターの人数に疑問を呈したことを認めています。
猟友会側からすれば、これは「現場の危険性も作業内容も理解していない素人からの口出し」と受け取られた可能性が極めて高いです。
安全確保のための見張り、クマを刺激しないための連携、万が一の反撃への備え、そして駆除後の(時に数百キロにもなる)クマの搬出作業などを考慮すれば、13人という人数が彼らの経験則に基づいた「必要最低限」であったのかもしれません。
副議長の主張によれば、これに対して猟友会側は「(クマを)引っ張ってみろ」と返したとされています。これが事実であれば、まさに「危険を知らない素人が口を出すな。できるものならお前がやってみろ」という、専門家の強い自負と素人への侮蔑が入り混じった反発であり、典型的な「横柄」と受け取られる態度と言えます。
猟友会の活動は、多くの場合、危険な任務に見合った十分な報酬が支払われているとは言えません。むしろ、地域貢献や義務感、あるいは狩猟者としての矜持(きょうじ)に支えられている側面が強いです。
そのような中で、今回の報道で猟友会側が主張する(副議長は否定)暴言の中に、「金もらえるからだろう」という言葉があります。
もしこれが事実であれば、命がけで出動している彼らにとって、これ以上ない侮辱です。自分たちの活動の根幹である「義務感」や「誇り」を金銭で測られ、貶められたと感じれば、激しい怒りや拒絶反応(=出動拒否)につながるのは当然とも言えます。
日頃から、行政や住民からの感謝や理解が不十分だと感じている(あるいは、危険な作業を押し付けられていると感じている)場合、こうした「素人からの無理解な発言」は、積年の不満を爆発させる引き金となり得ます。その結果としての強硬な態度は、部外者からは「横柄」「態度がデカい」と映ることになります。
猟友会は、その専門性や伝統ゆえに、外部からは実態が見えにくい「閉鎖的な組織」と見られがちです。独自のルールや、師弟関係のような強い縦割り構造を持つことも多く、外部の論理(例えば行政のコスト意識や議会の介入)が通用しにくい側面があります。
行政(町議)側からすれば、彼らは「コントロールしにくい集団」であり、予算を支出しているにもかかわらず、やり方や態度に口を出すと強い反発を受ける(あるいは、今回のようにボイコットされる)というジレンマを抱えている可能性があります。
副議長の(とされる)「予算を減らす」「辞めさせてやる」といった発言は、まさにこの行政側の不満や無力感、「言うことを聞かない専門家集団」を力で抑え込もうとする不適切な試みであったとも解釈できます。
海田副議長の言動が適切であったかは別問題として、ご指摘の通り、猟友会が「横柄」と見られがちな背景には、彼らが「危険な業務を独占的に担わざるを得ない」という構造的な優位性があります。
専門家としての強いプライド、危険な任務への自負、そして「素人には分かるまい」という意識が、外部(特に行政)からの介入に対して過敏な反応や高圧的な態度として現れることは、想像に難くありません。
危険な鳥獣駆除を、高齢化が進む特定のボランティア的組織(猟友会)に依存し続けている日本の社会構造そのものの歪みが
低身長男性だけが「男の低身長に釣り合うのはデブやブスやババアではない華奢な貧乳女性」だと訴え続けているが
それに賛同する部外者や女は、人権身長発言で無職潜伏生活に追い込まれてホビット相手に商売するしかなくなったたぬかなただ一人という現実
まず「自分を相手してくれる女に運よく出会えたとしてもデブやブスやおばさん」という現状を認められないから、かつてこの世から消したいほど憎悪したたぬかなを全肯定してしまう
木嶋佳苗やりりちゃんや上田美由紀など、自分に寄ってきた(唯一の)女というだけで大金を貢ぐ事件が絶えないのも当然である
顔も出さない貧乳ニート女性が「USJに行きたい」とクラファンしただけで多数の男性が金を出すが、逆に低身長男性はマチアプや婚活ではプロフィールを見る前に足切り対象
しかも足切断などのネガティブなニュースが存在しても骨延長手術を受ける金持ちの男性は絶えないが、女の豊胸は日帰りで済むのに、顔の整形と違って誰もやらない
【画像】おっぱいに女性ホルモンを注射する豊胸(1発95万円)を6回やったAカップの女の人、奇乳になる【Lv0】 [159091185]
https://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1718587531/
275番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW 7fe3-sPVb)2024/06/17(月) 14:56:23.49ID:mVSnwrBz0
男で言うたら身長が180cm代になったようなもんだろ
292番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイ a3c7-sXjk)2024/06/17(月)17:33:17.46ID:WVIkjGXa0
ホビ男は身長伸ばすために健康と足切断のリスクを抱えるのに女さんは注射だけか
312番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (アウグロ MM77-bOKK)sage2024/06/17(月)20:24:52.64ID:HIFynHezM