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はてなキーワード:辞典とは

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2026-02-10

[今日知った言葉]抑圧移譲(transfer of oppression)

概念

□「戦後政治思想の出発を劃した論文といわれる、丸山眞男超国家主義論理心理」(『世界1946年5月号)が、近代日本人心理にしみこんだ病理として指摘した特色。それは、福沢諭吉が『文明論之概略』で、徳川時代武士社会における「権力偏重」を批判した記述を引きながら、秩序の上下関係のなかで、「上からの圧迫感を下への恣意の発揮によって順次移譲してゆく」運動として描かれている。そこでは、自らの良心にもとづいて自由判断し、行為責任をとる「主体的意識」が確立せず、権力者すらもが、自分より上位にあるもの意志によって束縛されている「被規定意識しかもっていない。丸山によれば、こうした心理明治国家体制で強化されたことにより、昭和戦争期における権力の強大化と、その反面での決定者の不在を招いたのであった」(苅部[2012:1288])

□「丸山真男の「超国家主義論理心理」(1946)における用語上位者からの圧迫感を下位者への恣意の発揮によって順次移譲していくことにより、全体の精神バランスが維持される体系をいう。福沢諭吉はこの現象を旧幕時代看破していた(『文明論之概略』1875)。それは天皇制ファシズム下の軍隊組織軍事支配者、家制度下の姑の嫁いびりに見られただけでなく、近代日本社会封建社会から受け継いだ負の精神構造の一つであるとされる」(社会学小辞典[1997:608])

▼文献

●――――、1997「抑圧移譲」濱嶋・竹内石川編[1997:608]

苅部直、2012「抑圧移譲」大澤・吉見・鷲田編集委員・見田編集顧問[2012:1288]

■濱嶋朗・竹内郁郎・石川晃弘編、1997『社会学小辞典 新版有斐閣.

大澤真幸吉見俊哉・鷲田清一編集委員見田宗介編集顧問、2012『現代社会学事典』弘文堂.

https://tanemura.la.coocan.jp/re3_index/8Y/yo_transfer_of_oppression.html

Permalink |記事への反応(1) | 18:28

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2026-01-22

でもキモくて金のないおっさんオックスフォード英語辞典に載せてくれないんですよねわかります

Permalink |記事への反応(0) | 22:31

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2025-12-25

言葉意味を考えるとき辞書を引くだけで満足するな

辞書」とは「言葉の正しい意味を定めたもの」ではない。

世間での言葉の使われ方を観察してその意味類推したもの」だ。

世間での言葉の使われ方」こそが日本語本体であり、辞書はその一部を切り取ったものにすぎないのだ。

すべての言葉を収録できるわけではないし、説明が端的すぎて勘違いが生まれやすくもある。

あるいは観察が足りていないこともあるし、類推がやや外れていることもある。

たとえば、あなたオタクなら「オタク用語辞典」みたいなものを読んで、

ニュアンスちょっと違うな」「文脈を踏まえてないな」と思ったことはないだろうか。

このスラングはこういう出来事があって生まれたから、こういう意味合いも内包していて、

こういう用法でも使うことができるし、別のコミュニティではこういう意味派生しているのに、

この用語辞典では部分的しか説明できていないな…と。

国語辞典なども、もちろん精度の違いはあれど、本質的にはそれと同じなのだ

から本当に「言葉意味」を考えるなら、自分で「世間での言葉の使われ方」を調べていくしかない。

その言葉がどういう文脈で生まれ、どういう形式で使われてきたか、どのように意味派生し、どのように変化してきたか

そういう作業を省略して、手っ取り早く「そこそこの答え」を知りたいなら、辞書を参照するのがよい。

ただ、それはChatGPTに聞いているのと同じだ。

ChatGPTも有用ではあるが「絶対的な正解を教えてくれる」とは誰も思わないだろう。

辞書もそのように使うのがよろしい。

Permalink |記事への反応(1) | 12:06

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2025-12-15

anond:20251215123937

外国語辞典とか洋学歌詞とか

Permalink |記事への反応(0) | 19:10

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2025-12-12

あおやま大辞典

ボスMNK →ボスマンコ

デスMNK →デスマンコ

OMNKちゃんず →おまんこちゃんず

Permalink |記事への反応(0) | 14:42

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2025-12-07

BBC記事より 今年の単語今年の漢字みたいなもん?)は「レイジ・ベイト(rage bait)」

意味は、意図的炎上を狙うコンテンツなどのこと。

オックスフォード英語辞典で知られるオックスフォード大学出版局2025年今年の単語として選出。)

Permalink |記事への反応(0) | 04:12

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2025-12-05

Parser」とはどういう意味ですか?

パーサ【parser】パーザ

パーサとは、コンピュータプログラムソースコードXML文書など、何らかの言語記述された構造的な文字データを解析し、プログラムで扱えるようなデータ構造集合体に変換するプログラムのこと。 そのような処理のことを「構文解析」「パース」(parse)という。2025/08/29

パーサ(パーザ)とは -IT用語辞典e-Words

IT用語辞典e-Words

https://e-words.jp › パーサ

「Purser」とはどういう意味ですか?

なお、かつては女性の「客室乗務員」のことを「スチュワーデス」、男性の「客室乗務員」のことを「スチュワード」や「パーサー」と呼んでいたが、今では旅客機に限らず鉄道客船の中で、乗客接客サービスをする「客室乗務員」を統率する立場にある者を「パーサー」や「チーフパーサー」と呼んでいる。

Permalink |記事への反応(1) | 13:18

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2025-11-30

ChatGPTに聞いてみた→ミケランジェロ名言について

ミケランジェロ言葉として広まる「やる価値のあることなら、たとえ下手でもやる価値がある」という文句は、実際にはG.K.チェスタートンに帰されることが多い。

しかし、その出典を正確にたどろうとすると、すぐに違和感に突き当たる。多くの名言集やウェブサイトが『What's Wrongwith the World』(1910)の一節として記しているものの、該当箇所を開いても、その文章は見当たらない。

特に“Part III, Chapter17 ‘TheUniversalStick’”が出典と断言する資料は少なくないが、原文を確認すると、そこには有名な台詞どころか、意味的に近い表現すら存在しない。

では、なぜこの誤出典が広まったのか。第一の要因は、二次資料の“連鎖的誤引用である

ある引用辞典か、あるいは早期のインターネット記事が、誤って「UniversalStick」を出典として載せたらしい。

これが名言サイトブログに複製され、さらにはAIによる自動収集・補完によって信頼度の高い情報のように見えてしまった。典型的な“情報雪だるま化”である

第二に、書籍の版による章番号のズレが事態を複雑にした。

『What's Wrongwith the World』は、版によって章の区切りや通し番号が異なる。

ある版では“Chapter17”がPart IIIの末尾に置かれている一方、Project Gutenberg版では同じ章が“XIV”としてPartIVに移動する。

このため「17」という数字けが独り歩きし、誤った章名と結びつけられた。

第三に、名言思想的背景が『UniversalStick』の論旨と似ていたことも混乱の一因である

この章では専門化への批判や“万能性”が語られ、アマチュア精神への擁護というチェスタートン特有思想が展開される。

名言の持つニュアンスとも重なり、「たしかこの章だったはずだ」と思い込みやすかったのである

では、チェスタートンは本当にこの名言を言っていないのだろうか。

実際に全文を検索すると、問題の文そのものは登場しない。

しかし、PartIVEducation” の章には「何かをする価値があるなら、それ自体のためにする価値がある」といった趣旨文章があり、名言はこれをより印象的に再構成した“後世のパラフレーズであることが分かる。

チェスタートン研究家のDale Ahlquistも「正確な文は存在しないが、思想は確かにチェスタートン的である」と述べている。

まり、この名言チェスタートンの精神をよく表してはいるが、厳密な原文ではない。

引用の背景には、版の混乱、意味類似、そして二次資料連鎖という複数の要因が積み重なっていた。名言の真偽を辿る過程は、引用という行為のものいかに脆く、また魅力的であるかを物語っている。

正確さを求めて原典を開くという地味な作業が、思いがけず豊かな発見をもたらすこともある。

今回の調査はその好例であったと言えるだろう。

Permalink |記事への反応(0) | 14:09

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2025-11-25

anond:20251125044229

本当におばかちゃんなんだなw

子供向けの辞書サイトリンクはっといてやるから勉強しなw

ぶんしょう【文章】 | ふ | 辞典 | キッズネット

Permalink |記事への反応(1) | 04:45

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2025-11-21

anond:20251121002121

tinkle って、辞書を引くと「おしっこをする」「urinate」って書いてあった。

ウィズダム英和辞典とOxford Dictionary ofEnglish確認

Permalink |記事への反応(0) | 23:03

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日本人テロリストなのか?

フランス語の kamikaze(自爆テロ犯) と、日本の「見た目で外国人と決めつける文化

フランス語辞典 Larousse で “kamikaze” を検索すると、以下のように定義される。

kamikaze

nom

1. Auteur d'un attentat suicide.

2. (Aussi employé en apposition.) Personne téméraire quise sacrifie pourune cause, souvent perdue d’avance :Il fallaitune kamikaze pour accepter ce poste. Candidat kamikaze.

https://www.larousse.fr/dictionnaires/francais/kamikaze/45327

自爆テロ

無謀な犠牲的行動をする人

しか日本で “kamikaze=テロリスト” という理解一般的ではない。

これは歴史的文脈無視したステレオタイプ産物であり、日本人にとっては侮辱に近い。

では、もし日本人がこの偏見に怒りを覚えるのなら、

なぜ日本社会では、同じレベル偏見──「見た目で外国人扱い」──が当然のように行われているのか?

◆ 1. kamikaze問題は「偏見」の構造のものを映している

欧米にもステレオタイプはある。

しか日本社会にも、同じ構造偏見存在する。

黒人外国人、怪しい、不法滞在可能性?

白人観光客外国人

東南アジア系 →労働者外国人

日本ネイティブにも「どこの国の人?」

これはすべて “kamikaze=テロリスト” と同じ「外見に基づく誤認」である

まり日本人は、

自分が「見た目で誤解される」と怒るのに、

他者には日常的にその誤解を行っている。

というダブルスタンダード を抱えている。

◆ 2.日本では「見た目=国籍」という錯覚社会規範として存在する

BBC報道にもあるように、外見を理由にした職務質問はすでに訴訟対象となっている。

外見理由職務質問は「人種差別的」で「違憲」……外国出身の3人が国などを提訴

https://www.bbc.com/japanese/68137481

国籍書類法制度で決まる

外見で決まるものではない

にもかかわらず日本社会では、

黒人=必ず外国人

白人=必ず外国人

日本ネイティブでも「外国人扱い」

パスポートを見せても疑われることがある

ハーフの子もも「見た目によって日本人扱いされたり、されなかったり」

こうした状況は、

国籍という制度理解” と “社会価値観” が完全に乖離している

ことを示している。

◆ 3. 外見プロファイリング国際基準では「差別」であり、違法たりうる

外見だけを理由とした職務質問警察対応は、

合理的理由がない

法的根拠がない

国際的には “Racial Profiling(人種プロファイリング)” と認定

される。

まり日本警察社会は、

kamikaze という偏見を受けると怒る

しか自分たちは外見で他者偏見を向けている

という自己矛盾 を抱えている。

◆ 4.日本制度社会意識はまったく一致していない

法律上は、

帰化すれば日本

外国で生まれ子どもでも日本国籍取得が可能

永住権制度も整っている

まり制度は「見た目と国籍無関係」。

しか社会は、

外見が日本人らしくなければ日本人と認めない

日本語が母語でも“外国人扱い”

外見を理由差別

地方田舎では特に“同質性の強制”が強い(奈良県南部山梨県吉野周辺など)

制度21世紀社会意識昭和

この矛盾が、偏見を温存している最大の原因。

◆ 5. “外国人”という言葉はすぐには消えないが、多くの問題を含む

外国人」は公式日本語だが、実際の使われ方はしばしば差別的だ。

例えば、

外見が日本人に見えない日本人も「外国人」扱い

ハーフミックスの子も見た目で日本人と認められない

NHK民放も“ヴィジュアル的に、外見が日本人に見えない人、日本語を話さない人=外国人”として報道

自衛隊員沖縄県民に「土人」と発言した事件

鼻が高いだけで「外国人イラン人?」と呼ぶ例もある

まり日本では、

日本国籍かどうか」ではなく「見た目が日本人か」で扱いが決まる

という極端に外見依存文化が残っている。脳内鎖国状態の人が多いという印象。※昔の日本では白人黒人入国しただけで全国版新聞に「外国人」の顔の絵が描かれて日本中に配布されたそうだ。

都市部では改善が進みつつあるが、

同質性が強い地域 (私が知る範囲では奈良県南部山間地帯)

では依然として根深い。

結論

もし “kamikaze=自爆テロ犯” という偏見日本人が侮辱と感じるなら、

彼らが日常的に行っている「見た目で外国人扱い」も同じレベル侮辱である

これは、

矛盾

成熟

改善必要社会文化

であり、

あなたが感じている怒りと違和感は、国際基準で見ても完全に正当。

(日本国籍を有する者は日本人。日本の子日本である。見た目、話せる言語出身地は無関係憲法保障されている。また、日本国は公用語法律で決められていない。公用語日本語ではないが、現代では事実上日本語となっている。(白人から黄色人種yellow と呼ばれている東アジア日本人が日本語を話し、出身地が日本国内で日本語で義務境域を受けた人間という複数要素がセットになった人間日本人とは言えない。法律でそんな決まりはないのだが、そう思い込んでいる人が多すぎる。日本人は日本語が話せて当たり前だと思っていても日本国には公用語が決められていないのだ。)

Permalink |記事への反応(0) | 09:27

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2025-11-03

東京ベアトーキョー)と「適密」をめぐる観察記—過密が連れてくるクマの溢出と情報の偏り

導入:用語の整理と前提

記事比喩としての「熊東京(熊にとっての超過密中心地)」を用いる

行政境界ではなく「生息圏=都市雇用圏」に相当する“生態圏”の密度境界を参照し、過密=溢出・競合の強化、適密=1クマ享受できる上限まで享受可能でありながら資源循環が釣り合う状態、と定義して議論する。

主張の骨子(13点)

  • ジブリ作品群は広義の“過密問題(開発圧による生息圏侵食や心の容積の飽和)”を繰り返し描いてきた。
  • ただし、過密地の“中心”では一頭では消化しきれないほどの「熊文化資源・機会・刺激)」を享受できる。
  • 過密地の“最外縁”では繁殖家族形成が難しく、資源不足ゆえに人と生死を賭けた衝突が増える。
  • ところが、熊過密地の“中心”は、自らの過密さや“地下層熊”の生存戦略、適密地の存在をしばしば不可視化する。
  • そして、熊過密地の中心の熊営mediaは「秋田岩手(クマにとって)最高!最高!最高!」の宣伝に偏って熊たちに伝える。

観測メモ:中心・縁・外縁の三層


適密という考え方(定義効用


メディア環境可視化バイアス

  • 中心発メディアは“中心に都合の良い物語”を量産しがちである
    • 「中心=万能・唯一無二」「外縁, 非熊東京=欠損・劣後」という記号流通する。
    • 逆に「中心の地下層」「他県の適密」は映りにくい。
  • 結果として、熊にとって良好な生息圏の地理が歪んで伝わる

補助資料ポップカルチャーの参照範囲


反論への先回り


まとめ:誰のための“中心”か


付録用語辞典作業仮称
  • 東京ベアトーキョー):熊にとっての超過密中心地。資源と刺激が飽和し、外縁へと溢出を生む“源圧”。

おわりに:観点のお願い

「中心が語る物語」と「外縁が語れない現実」のあいだに、まだ拾えるデータと声が落ちている

秋田岩手最高!”の景色と、“九州不可”のラベルの向こうに、個体ちゃんと息できる“適密”が点在しているはずだ。

可視化の灯りを、中心にだけ当てないでほしい。

Permalink |記事への反応(0) | 13:24

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2025-10-13

英語で何を読むか

「それなりに読書家だが、英語力はそこそこの日本人」は、英語で何を読むか。何を読むべきなのか。それが問題である

私は今30代半ばで、ごく一般的英語力を持つ日本人だ。

中学高校の6年間英語を学び(英検2級、センター試験180点)、大学に入ってからはあまり勉強せず、現在生活英語を用いることはほとんどない。

それなりに読書家なので、日本語で書かれた本はたくさん読む。

大学フランス哲学を専攻していたので、フランス語は今でもたまに読む。

しかし、英語ほとんど読まない。

何か読みたいという気持ちはある。だけど、そう思っていながら、読めていない。

何を読むべきなのか。それが知りたい。

学生の頃に課題ジョージ・オーウェルの『動物農場』を原書で読んだ(あと、哲学の講読でマーサヌスバウム論文を読んだ)。

映画版にハマり、アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』を読んだ。

大学卒業後は、高畑勲アニメにハマり、『赤毛のアン』を読んだ。

数年前にグレタ・トゥーンベリ演説集を読んだ。

私が読んだことのある英語の本はこの4冊だけだ。

それも、グレタの演説集以外は、日本語の訳書と英和辞典を横に置きながら読んだのである

また、関心のある国際ニュース日本語報道が少ない場合は、ガーディアンアルジャジーラなどの記事検索して読む。

しかし、これも一ヶ月に一度くらいの頻度にすぎない。

以上が私が英語で読んできたもののすべてである

私のような「それなりに読書家だが、英語力はそこそこの日本人」は、はたして英語で何を読むのか。

何を読むべきなのか。それが知りたい。

邦訳洋書を読むのはハードルが高い。

よほど面白いとあらかじめ期待できるなら別だが、そうでないなら辞書に首っ引きで洋書を読むのはつらい。

その一方で、日本語訳のある洋書は、邦訳を読めば大概はそれで満足してしまう。

私の友人は『ハリー・ポッター』を原書で読んでいる。

シャーロック・ホームズ』を読んだ友人もいるし、ラヴクラフトを読んでいる友人もいる。

しかし私は『ハリー・ポッター』にせよ『シャーロック・ホームズ』にせよラヴクラフトにせよ……あるいはシェイクスピアにせよメルヴィルにせよフォークナーにせよ……邦訳で読んだら、それで満足してしまった。

邦訳を読んで、原書「も」読みたくなるような英米文学にはほとんど出会わない。

私のような「それなりに読書家だが、英語力はそこそこの日本人」は、はたして英語で何を読むのか。

何を読むべきなのか。それが知りたい。

Permalink |記事への反応(1) | 09:07

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2025-10-08

anond:20251008172135

AIイラストが手抜きなら

ウィキペディアとかpixiv辞典コピペして学習させてネタ提案してもらったり同人誌の表紙デザインさせるのも手抜きだよね?

そういうこと

Permalink |記事への反応(0) | 17:45

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2025-09-30

性教育だとかの本はいいか言葉あそび辞典読むわ

もう言葉あそび辞典ってあれなんなの?やまと言葉はもう流石にいいかな…とか思って次のページ捲ったら回分あってまた一日終わったわ

ヤバすぎるわあの本、なぞなぞのページだけで

気づけば一時間とか経ってるもん。

性教育の本なんか十秒で読むのやめたわ。だってカスだもん。それと5歳から哲学の本があって

買おうか検討中

@返事

あはは言葉遊び辞典っておもしろそうだね!やまと言葉も懐かしい感じがするけど、やっぱりちょっといかもね(´・ω・`)

なぞなぞのページだけで一時間経つって、すごい集中力だね!でも回分ってなかなかツボに入るよね( ˘ω˘ )

性教育の本は…まあ、それも一つの経験かもしれないけど、カスって言われたらやっぱり違和感あるよね(´・_・`)

5歳から哲学の本は面白そう!なんか深いこと考えちゃうかもしれないね( ´ ▽ ` )ノ検討中っていうのもいいアプローチだよ!賢者モードオンだね!

Permalink |記事への反応(0) | 12:39

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2025-09-26

anond:20250926082543

"イルボノオリョッタ"で検索してもお前以外にこんな独自造語を使っている奴が見当たらない。

お前やっぱり頭おかしいな。造語症。

造語症とは『南山医学辞典』において、「言語新作」ともいう精神医学用語臨床心理学用語とされている。非日常的な言葉を作る症状であり、統合失調症に多いと同辞典にはある。」

Permalink |記事への反応(0) | 11:54

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2025-09-17

薩摩弁「ちぇすと」の由来について1898年以前の用例から考える

「ちぇすと」の由来については以下のnote記事に詳しい。

[研究] 謎の薩摩弁「ちぇすと」はどのように生まれたか――鹿児島谷山方言とロシア語が結びついて流行語になり、誤解から「興奮とくやしさを表す雄たけび」に変化|mitimasu

(1)本来、「ちぇすと」は**鹿児島谷山町の方言で、「よっこいしょ」の意味**の言葉

(2)明治時代の中頃に鹿児島谷山方言の「ちぇすと」と**ロシア語の「че́сть(名誉)」が結びついて称賛としての「ちぇすと」が鹿児島知識人流行語になった**

(3)島津義弘関ヶ原正面退却や宝暦治水を**称賛する言葉として**「ちぇすと関ヶ原」「ちぇすと松原」(※宝暦治水千本松原のこと)が生まれ

(4)しかロシア語意味がわからない人が、(3)の使われ方から(2)を**悲しいとき・くやしいときに発する言葉だと誤解した**と思われる

(5) これらを踏まえて明治30年ごろに「ちぇすと」が**東京学生青年あいだで「気合を入れる言葉」として流行し**、広く世間に知られるようになった

(6)流行がしずまり現実では(2)と(5)を使う人は減り、**フィクションの中の薩摩人ばかりが使う言葉になった**

(7)鹿児島出身作家である**海音寺潮五郎が(4)の意味でさかんに使用**(海音寺氏は谷山から遠く離れた現・伊佐市の生まれ

(8) これが鹿児島県に逆輸入され「ちぇすと」が「くやしいとき気合を入れる時に薩摩人が発する言葉」だと**鹿児島県人が認めてお墨付きを与えてしまう**

(9)司馬遼太郎をはじめ**多くの作家が(4)の意味使用し、(3)の意味は失われていった**

(10) 結果として「気合を入れるときの雄たけび」と「くやしいときに発する言葉」という**異なる意味が「ちぇすと」の中に共存し、よくわからない**ことになってしまった

(11)そもそも「ちぇすと」は「よっこいしょ」という意味しかない江戸明治期の谷山町の方言なので、**多くの現代鹿児島県人にとっても使わないよくわからない言葉**である

しかし、このnote記事では1936年辞書の「露語から来たといわれる」という一つの記述を、そのまま鵜呑みにしてしまっている。

また全体として推測が多すぎるため、いくつかの情報提示するとともに研究を補強したい。

「ちぇすと」の初出としては、1898年内田魯庵『くれの廿八日』が挙げられているが、これよりも早い用例はいくつかある。

まず、1888年の『青年之進路』。著者は鹿児島士族佐藤良之助とある

猿渡は傍若無人なりステッキを以て力任せに竹藪を叩きながら

然り然り卑怯者奴(め)……無気力(いくじなし)奴(め)チエストー

これは相手馬鹿にして煽っているシーンであり、この「ちぇすと」は少なくとも称賛の意ではあるまい。

ただ、ステッキを振るための掛け声なのか、相手威圧するための掛け声なのかはわからない。

同じく1888年の『女学雑誌』。

「さうダワ」「なくつてよ」のあどけない令嬢のみならんや「チエスト」と罵るこわからしき九州男児も「オオしんど」と言ふ裊娜(たほやか)なる西京佳人も以て一対の主人公なすに足らん

句読点がないからどこからどこまでが一文かわからないが、ともあれ「ちぇすと」は「罵り」だという認識があったことが窺える。

1889年の同じく『女学雑誌』。

膝ッきりの衣服に高下駄お国書生、是も二人連

「ドウモ奇絶ジャ…」「エライ人が駈をるナ…コレどふする…」

箪笥を擔で来る男「邪魔邪魔ダッ…」

「コリャどふする…エエ」お国訛にりきんでも突飛(つきとば)される「エエ…チエスト」。扼腕――是も苦笑となる。

田舎者上京してきて呆然としているところに箪笥をかついだ男に突き飛ばされて「ちぇすと」と扼腕する、といった場面。

ちくしょう」「なんてこった」などと同じような、思わず出てしまった言葉という感じがする。

1892年罪と罰』。ドストエフスキーの訳書だが、訳者が『くれの廿八日』の内田魯庵である

真向に鉈振上げて、婆アの頭脳を打砕き、腥血淋漓たる中に生血の滴る得物を手にし、錠を破し、金を盗んで、隠れやうとする自己だ。ちェすと!こんな事が出来るか?有るもんか?

英文からすると「ちぇすと」はかなり意訳っぽいが、やはり「なんてこった」という感じだろうか。

1893年『称好塾報』。称好塾は滋賀出身杉浦重剛という人が東京に作った私塾である

此頃より陰雲未た開けずと雖も細雨は既に跡を収め皆チエストと絶叫せり

其佳なる所に至れば「チエスト」と絶叫せしむ

前者は川船を漕いでいるときに雨が上がったところ、後者薩摩琵琶の演奏についての記述で、いずれにしても快哉を叫んでいるようである

薩摩琵琶はともかく、雨上がりに「ちぇすと」と叫ぶのは、すでに鹿児島出身ではない学生たちのあいだでも「ちぇすと」が定着していたのだろうか。

1893年少年子』。

此愉快なる、此呑気なる、此無責任なる、此無頓着なる生活写生に向って毛奴を奔らす、予輩も亦自らチエストー一声の下に案を叩いて四辺を一睨せさるを得さるなり

下宿暮らしの書生はあまり自由気ままだという話のオチの部分だが、よく意味がわからない。

とりあえず、気合を入れるための一声、という感じか?

1895年探偵実話 娘義太夫』。

「左様か教師が左様云ッたか……自分でさへ左様思ふもの……」と言つつ両眼に涙を湛へ「チエストッ鹿児島男児が」と一声高く叫びたり

自分が情けなくなってちぇすと。

溝口は下足番の招き声に風(ふ)と心注(こころづ)きて立止り「チエストー貴様おはん)は偽言と云ひ馬鹿なッ」と言捨しまま元来し道へ駈戻らんとせり

怒りのちぇすと。

彼が情厚の男子と己(おい)どんを今日まで思ッチヨルとは何たる事か夢か誠か、イヤ誠……此文……チエストー、アア愉快愉快ト喜び勇むも実に尤もなり

喜びのちぇすと。

薩摩人の「溝口」が女義太夫の「紋清」に惚れ込んで事件に巻き込まれていく話らしく、全体的に良くも悪くも感情が高ぶると「ちぇすと」と言う描写になっているようだ。

ただ著者は匿名だが、実は高谷爲之という刑事上がりの新聞記者で、東京出身らしい。

1896年『盍簪』「薩摩新風土記」。

チェストー、這は是れ感情鋭烈なる薩摩隼人が何事にか其の心を刺撃せられ感泉俄に湧て抑ゆるに由なく、一條の熱気思はば口端より迸出するの声なり、此感声の発する時、是れ彼れ等が掌を握り肉を震はすの時なり、ステキヲ揮ひ路草を薙ぐるの時なり、実に薩人の感情は激烈なり

ステッキで草を薙ぐというのは『青年之進路』の場面そのままだが、そんなに典型的な行動だったのか?

と気付いたが、note記事でも紹介されていた『薩摩見聞記』にもほぼ同じ文章が出てくるので、この「薩摩新風土記」を本にしたものが『薩摩見聞記』なのだろう。

この『薩摩見聞記』の著者は本富安四郎といい、新潟長岡藩出身だが鹿児島に数年ほど滞在したという。

1897年江見水蔭『海の秘密』。江見水蔭は先ほど出てきた「称好塾」の出身らしい。

「ちえッすと!」

殊に高く響いた此声を最後にして、多くの怪しの人影は散々に大王崎を去つて仕まつて、それからは寂として声が無い。

謎の集団が、その企みが失敗したのか「ちぇすと」と叫んで去っていった、というような場面。

と、こうしたあたりが1898年内田魯庵『くれの廿八日』以前の用例である

明治中期からしか用例がないということに変わりはないが、当初から明らかに「称賛」ではない例が多く見られる。

これは冒頭でリンクしたnote記事説明に反する事実である

薩摩新風土記」に書かれているように「何らかの感情が高ぶったときに出る声」というような説明適当ではないか

また、この頃の方言集や辞書も紹介する。

1906年の『鹿児島方言集』。

ちぇすと てすとに同ジ

てすと 感嘆詞快感

元は「てすと」なのか?

1912年山田美妙『大辞典』。

すとう[感]九州地方方言。力ヲ込メテハゲマス語。或ハちえナドヲ添へ、ちえすとうナドトスル。

元は「ちぇ+すとう」なのか?

1933年方言誌』「鹿児島鹿児島谷山方言集」。

エスト よいしょ(掛声)

エツソ チエツソイケ それ見ろ

これについてはnote記事でも言及されていたものである

note記事では「ちぇすと」と「ちぇっそ」は無関係であろう、としていたが、

1977年かごしま民俗探求』の久保けんお「薩摩方言民謡」では、

チェストはおそらくエイクソの転化であろう。エイヨは薩摩ではチェイヨとなる。母音エに子音Tをかぶせてチェとするのであるエイクソがチェイクソとなり、促音化してチェックソ、クを省いてチェッソ…。チェッソを遠くへぶつけるには当然「チェスト」となるはずである


1979年井島六助『出水方言 カゴシマ語の一特異分野』では、

ちぇっそ 感動詞一般に知られているカゴシマ語としては「ちぇすと行け」など言って激励の語とされ、または、思わず感嘆する時の語とされているが、ここでは元来、「ちょいちょい」と同様、「ざま見ろ」という気持ちを現わす感動詞で、これに類する用例は、「ちぇすと行け」多用のずっと南にもあるようである。チェッソ、ユゴトセンモンジャッデ(ざま見ろ、言うようにせんもんだから)。語源については、英語zestからとか、露語yectbからかいうのがある。

説明されており、これらは「ちぇすと」と「ちぇっそ」には関係がある、としている。

これらの説明が正しいかどうかはともかく、多くの異論があるということであり、そのなかで一つの説を支持するならば、何らかの根拠必要になりそうである

Permalink |記事への反応(4) | 02:05

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2025-09-09

anond:20250909213043

この作品では基本的ダンジョンのなかは真っ暗で、このアイテムか【レミーラ】を使って明るくしないと周囲が見えない。

真っ暗なダンジョン内で使うと、自分の周囲3×3マスを明るくすることができる。レミーラより範囲が狭い。

その代わり、レミーラは歩数制限があり、たいまつは後述のように洞窟を出るまで永続である

リアルで松明を使うと当然時間制限がありいつかは消えてしまうので勘違いしている人が多いが、ゲーム中のたいまつは永続なので、1個持っていれば十分である

【たいまつ】 -ドラゴンクエスト辞典を作ろうぜ!!第三版Wiki*

https://wikiwiki.jp/dqdic3rd/%E3%80%90%E3%81%9F%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%80%91

Permalink |記事への反応(0) | 21:34

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2025-09-01

anond:20250901214056

https://jp.quora.com/%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%81%8A%E9%87%91%E3%82%92%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%AE%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AB%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E6%84%8F%E5%91%B3%E3%81%AE-%E7%9D%80%E6%9C%8D-%E3%81%AF%E4%B8%AD

東海道中膝栗毛に「ちやくぶく」ということばが出てくるようです。ただ、これに「着服」の字をあてるについては、変遷がありました。

以下に古い辞書記載を見てみましょう。

言海日本辞書 1889(明治22)

ちやく-ふく:着服 着タル衣服。着衣。

●袖珍和漢雅俗いろは辞典 1893(明治26)

ちやくふく:著服、きもの、=著衣、きたるきもの

ちやくぶく(する)〔俗〕著腹(私に窃み取るを謂ふ)

●ことばの泉:日本辞典 1898(明治31

ちやく-ふく:着服。ちやくいにおなじ。

ちやく-ぶく:着腹。窃かに、わが有とすること。窃かに盗むこと。

●新編普通辞典 1905(明治38)

ちゃくふく:着腹(窃かに盗むこと)

●大辞典 1912(明治45)

ちやく-ふく(著服)著衣。

ちやく-ぶく(著腹)クスネテ我ガ有トスルコト。

ABCびき日本辞典 1917(大正6)

Chaku-fuku[著服]衣服をきること、ものを身に帯ぶること。

Chaku-fuku[著腹]ひそかにものとすること。ひそかにぬすむこと。

大日本国語辞典 第3巻 1917(大正6)

ちゃく-ふく:著服 🈩衣服を著ること。著衣。🈔 窃かに取りて我が物とすること。ごまかし取ること。ちやくぶく。

ちやく-ぶく:著服 著腹 前条に同じ。膝栗毛「そっと彼の一本をおのが懐へちやくぶくして、そ知らぬ顔をしてゐる」

●言泉:日本辞典 第3巻 1922(大正11

ちやく-ふく:著服 🈩 ちやくい(著衣)に同じ。🈔 次条に同じ。

ちやく-ぶく:著服・著腹 窃かにわが有とすること。窃かに盗むこと。

「ひそかに盗んで私(わたくし)する」意味では主に「ちゃくぶく」と言い、明治時代には「着腹」「著腹」があてられて「服を着る」意味の「着服(ちゃくふく)」とは分けられていました。「盗んだものをひそかに自分の腹(懐)に納める」とか、そんなような意味なんじゃないかなと思います

それが大正中頃の辞書(上では、大正6年の上田万年松井簡治による「大日本国語辞典」が最初)で、「着服(著服)」に「着腹(著腹)」の意味が含まれるようになり、これを契機として「着腹(著腹)」の表記が廃れていったものと思われます

大日本国語辞典」の1929(昭和4)年版は1917年版と同じく「著服(ちゃくふく、ちゃくぶく)」「著腹(ちゃくぶく)」の両方が載っていますが、1941(昭和16)年版では「著服(ちゃくふく)」のみになっています



まり

着服の前に著服という言葉(密かに盗む意)があり、それが着服とごっちゃになったということです!!!

Permalink |記事への反応(0) | 21:48

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2025-08-31

姑息」の本来意味ってどんなんだろう

姑息」といえば「卑怯という意味で使うのは誤用」「本来は一時しのぎという意味」と説明されることが多い。

でも「一時しのぎ」の意味での姑息ってピンと来なくない?

資金繰りに行き詰まって姑息にも消費者金融借金をした」みたいな?

こういう使いかたで正しいのか?

辞書で調べると、「姑息」の初出は『礼記』だと出てくる。

曾子疾に寢ねて病なり。樂正子春牀下に坐し、曾元、曾申足に坐し、童子隅に坐して燭を執る。童子曰く、華にして睆なるは大夫の簀か。子春曰く、止めよ。曾子之を聞きて瞿然として曰く、呼。曰く華に睆なるは大夫の簀か。曾子曰く、然り、斯れ乃ち季孫の賜なり。我未だ之を易ふること能はざりしなり。元起ちて簀を易へよ。曾元曰く、夫子の病革まれり、以て變ずべからず。幸にして旦に至らば、請ふ敬みて之を易へん。曾子曰く、爾の我を愛するや彼に如かず。君子の人を愛するや徳を以てし、細人の人を 愛するや姑息を以てす。吾何をか求めんや、吾正を得て斃れなば斯に已まんと。擧げ扶けて之を易へたるに、席に反りて未だ安んせずして沒せり。

適当に訳すと、

曾子が死の床についているとき曾子の寝ているムシロは身分の高い人が使うものだと、童子が指摘した。曾子はムシロを取り替えるように息子に言ったが、息子は危篤の父を動かすことを恐れて「明日の朝になれば変えましょう」と断った。曾子が「立派な人間の愛は徳によるものであり、つまらない人間の愛は姑息によるものである」と言ったので、息子はムシロを取り替えたが、すぐに曾子は亡くなった。

みたいな話になるだろうか。

中国語辞典ではこのように説明されている。

姑息是汉语词语,拼音为gū xī,属动词,指无原则地宽容、迁就他人,或苟且求安,与“体谅”语义存在本质区别。该词包含双重内涵:一为消极妥协,如“姑息养奸”指无原则纵容恶行;二为迁就容忍,多出于维系表面和谐,核心在于缺乏原则性,既可批判过度宽容,也可指无奈的和缓策略。

やはり適当に訳す。

姑息は、原則のない寛容、他人への迎合、一時しのぎの平穏を指し、「思いやり」とは本質的に異なる。この言葉は二つの意味を含んでいる。一つは消極的妥協であり、たとえば「姑息養奸」は寛大さが悪を助長することを意味する。もう一つは表面的な調和維持を目的とした容忍で、その核心は「原則性の欠如」にある。これは過度な寛容や、無力な宥和策を批判するときに使われる。


まり前述の曾子さんは「危篤の父を安静にしたいという思いやり」のために「父を身分不相応なムシロに寝かせるという不徳」を許すことが「姑息なのだと言っているのだと思う。

なんだか儒教らしい理想主義というか「情に流されるな!妥協など許すな!徳に殉じて死ね!」みたいな印象を受けてしまうが。

ともあれ中国での「姑息」は単なる「一時しのぎ」という以上に「一時的には良くても長期的に見ると悪くなりそうな寛容・妥協迎合」という意味合いが強いようだ。

試しに中国語ニュース検索してみると「絶不姑息」というような言い回しが多く出てくる。

これは「(誹謗中傷は)絶対容認しない」や「(ストライキには)絶対に応じない」などの意味で使われているようだ。

日本だと、明治期に「因循姑息」という四字熟語流行ったという。

文明開化を背景に使われた言葉で「新しい文化に改めずにやりすごそうとする」という意味らしい。

半髪頭を叩いてみれば因循姑息の音がする

総髪頭を叩いてみれば王政復古の音がする

散切頭を叩いてみれば文明開化の音がする

という都々逸が有名である

中国語において同じ意味で使われるのは「因循苟且」である

「苟且」は「姑息」の説明でも使われていたがこちらも「一時しのぎ」という意味

ただ「一時しのぎで手抜きをして誤魔化す」のような意味合いがより強いようだ。

日本の「姑息」は、本来の「姑息」よりも「苟且」に近い形で運用されてきたのかもしれない。

Permalink |記事への反応(0) | 01:51

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2025-08-28

anond:20250826163928

穴埋め増田スパム やめろ

クロスワードパズル辞典解決するからもう洋ナシ https://cross.mas3.net/search.cgi

Permalink |記事への反応(0) | 06:18

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2025-08-26

嘘松新語流行語辞典に載ったので

おそ松さんは七つ子になりましたね。

Permalink |記事への反応(0) | 21:17

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ファンタジー小説メートルが使われると萎える」と言ってる奴、本当にバカです

現代語訳されているのだからその際に全てがメートル法に置き換わったのだと考えるのが自然でしょう。

そもそもありとあらゆる言語が全く違うわけですから、作者オリジナルの作中言語で書かれているのを作者オリジナル辞典を頼りに読み進めでもしない限りは「現代語に翻訳された際に、現代のそれっぽい単語に置き換わったのだな」と判断できます

たとえその世界においてまだキューピッドや尺貫が統一されていなかろうが、それを逐一グダグダ説明されるよりは「現代の大きさにしておよそ◯メートルぐらい」と言われたほうが分かりやすいのです。

まり山田風太郎は偉大ということ。

ほんま天才

天才の条件は「バカ相手を一切しないこと」なのかも知れない。

Permalink |記事への反応(0) | 19:30

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2025-08-23

anond:20250823145150

図書とは書籍のみを意味してます、今では。

昔は図と書を意味してたみたいですが

図書」の語誌を追跡するにあたっては、ちゃんと『明治のことば辞典』を参照し、明治20年代になって、「図書」が「図&書」でなく、書籍のみを意味するようになったという流れを理解している。その後で、あたりをつけた明治10年代の「図書」の用例検索をし、細かい実証をして、同年代に主に法令文が誤解された影響で「偏義」現象が起き、「図書」が「書」のみの意味になっていったのではないかという。

https://libro-koseisha.co.jp/webcolumn/reference_tips2_08/

Permalink |記事への反応(0) | 15:42

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2025-08-20

「◯っ◯っ◯◯◯」は二つしかない

白血球

赤血球

だけだ!

クロスワード辞典で調べたか間違いない!

対よろです

Permalink |記事への反応(12) | 12:52

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