
はてなキーワード:辞典とは
◆概念
□「戦後政治思想の出発を劃した論文といわれる、丸山眞男「超国家主義の論理と心理」(『世界』1946年5月号)が、近代の日本人の心理にしみこんだ病理として指摘した特色。それは、福沢諭吉が『文明論之概略』で、徳川時代の武士社会における「権力の偏重」を批判した記述を引きながら、秩序の上下関係のなかで、「上からの圧迫感を下への恣意の発揮によって順次に移譲してゆく」運動として描かれている。そこでは、自らの良心にもとづいて自由に判断し、行為の責任をとる「主体的意識」が確立せず、権力者すらもが、自分より上位にあるものの意志によって束縛されている「被規定的意識」しかもっていない。丸山によれば、こうした心理が明治の国家体制で強化されたことにより、昭和の戦争期における権力の強大化と、その反面での決定者の不在を招いたのであった」(苅部[2012:1288])
□「丸山真男の「超国家主義の論理と心理」(1946)における用語。上位者からの圧迫感を下位者への恣意の発揮によって順次に移譲していくことにより、全体の精神のバランスが維持される体系をいう。福沢諭吉はこの現象を旧幕時代に看破していた(『文明論之概略』1875)。それは天皇制ファシズム下の軍隊組織や軍事支配者、家制度下の姑の嫁いびりに見られただけでなく、近代日本の社会が封建社会から受け継いだ負の精神構造の一つであるとされる」(社会学小辞典[1997:608])
▼文献
●――――、1997「抑圧移譲」濱嶋・竹内・石川編[1997:608]
●苅部直、2012「抑圧移譲」大澤・吉見・鷲田編集委員・見田編集顧問[2012:1288]
■濱嶋朗・竹内郁郎・石川晃弘編、1997『社会学小辞典 新版』有斐閣.
■大澤真幸・吉見俊哉・鷲田清一編集委員・見田宗介編集顧問、2012『現代社会学事典』弘文堂.
https://tanemura.la.coocan.jp/re3_index/8Y/yo_transfer_of_oppression.html
「世間での言葉の使われ方を観察してその意味を類推したもの」だ。
「世間での言葉の使われ方」こそが日本語の本体であり、辞書はその一部を切り取ったものにすぎないのだ。
すべての言葉を収録できるわけではないし、説明が端的すぎて勘違いが生まれやすくもある。
あるいは観察が足りていないこともあるし、類推がやや外れていることもある。
たとえば、あなたがオタクなら「オタク用語辞典」みたいなものを読んで、
「ニュアンスがちょっと違うな」「文脈を踏まえてないな」と思ったことはないだろうか。
このスラングはこういう出来事があって生まれたから、こういう意味合いも内包していて、
こういう用法でも使うことができるし、別のコミュニティではこういう意味も派生しているのに、
国語辞典なども、もちろん精度の違いはあれど、本質的にはそれと同じなのだ。
だから本当に「言葉の意味」を考えるなら、自分で「世間での言葉の使われ方」を調べていくしかない。
その言葉がどういう文脈で生まれ、どういう形式で使われてきたか、どのように意味が派生し、どのように変化してきたか。
そういう作業を省略して、手っ取り早く「そこそこの答え」を知りたいなら、辞書を参照するのがよい。
ただ、それはChatGPTに聞いているのと同じだ。
ChatGPTも有用ではあるが「絶対的な正解を教えてくれる」とは誰も思わないだろう。
辞書もそのように使うのがよろしい。
パーサ【parser】パーザ
パーサとは、コンピュータプログラムのソースコードやXML文書など、何らかの言語で記述された構造的な文字データを解析し、プログラムで扱えるようなデータ構造の集合体に変換するプログラムのこと。 そのような処理のことを「構文解析」「パース」(parse)という。2025/08/29
https://e-words.jp › パーサ
「Purser」とはどういう意味ですか?
なお、かつては女性の「客室乗務員」のことを「スチュワーデス」、男性の「客室乗務員」のことを「スチュワード」や「パーサー」と呼んでいたが、今では旅客機に限らず鉄道や客船の中で、乗客に接客サービスをする「客室乗務員」を統率する立場にある者を「パーサー」や「チーフパーサー」と呼んでいる。
ミケランジェロの言葉として広まる「やる価値のあることなら、たとえ下手でもやる価値がある」という文句は、実際にはG.K.チェスタートンに帰されることが多い。
しかし、その出典を正確にたどろうとすると、すぐに違和感に突き当たる。多くの名言集やウェブサイトが『What's Wrongwith the World』(1910)の一節として記しているものの、該当箇所を開いても、その文章は見当たらない。
特に“Part III, Chapter17 ‘TheUniversalStick’”が出典と断言する資料は少なくないが、原文を確認すると、そこには有名な台詞どころか、意味的に近い表現すら存在しない。
では、なぜこの誤出典が広まったのか。第一の要因は、二次資料の“連鎖的誤引用”である。
ある引用辞典か、あるいは早期のインターネット記事が、誤って「UniversalStick」を出典として載せたらしい。
これが名言サイトやブログに複製され、さらにはAIによる自動収集・補完によって信頼度の高い情報のように見えてしまった。典型的な“情報の雪だるま化”である。
『What's Wrongwith the World』は、版によって章の区切りや通し番号が異なる。
ある版では“Chapter17”がPart IIIの末尾に置かれている一方、Project Gutenberg版では同じ章が“XIV”としてPartIVに移動する。
このため「17」という数字だけが独り歩きし、誤った章名と結びつけられた。
第三に、名言の思想的背景が『UniversalStick』の論旨と似ていたことも混乱の一因である。
この章では専門化への批判や“万能性”が語られ、アマチュア精神への擁護というチェスタートン特有の思想が展開される。
名言の持つニュアンスとも重なり、「たしかこの章だったはずだ」と思い込みやすかったのである。
では、チェスタートンは本当にこの名言を言っていないのだろうか。
しかし、PartIV “Education” の章には「何かをする価値があるなら、それ自体のためにする価値がある」といった趣旨の文章があり、名言はこれをより印象的に再構成した“後世のパラフレーズ”であることが分かる。
チェスタートン研究家のDale Ahlquistも「正確な文は存在しないが、思想は確かにチェスタートン的である」と述べている。
つまり、この名言はチェスタートンの精神をよく表してはいるが、厳密な原文ではない。
誤引用の背景には、版の混乱、意味的類似、そして二次資料の連鎖という複数の要因が積み重なっていた。名言の真偽を辿る過程は、引用という行為そのものがいかに脆く、また魅力的であるかを物語っている。
正確さを求めて原典を開くという地味な作業が、思いがけず豊かな発見をもたらすこともある。
今回の調査はその好例であったと言えるだろう。
tinkle って、辞書を引くと「おしっこをする」「urinate」って書いてあった。
―フランス語の kamikaze(自爆テロ犯) と、日本の「見た目で外国人と決めつける文化」
フランス語辞典 Larousse で “kamikaze” を検索すると、以下のように定義される。
kamikaze
nom
1. Auteur d'un attentat suicide.
2. (Aussi employé en apposition.) Personne téméraire quise sacrifie pourune cause, souvent perdue d’avance :Il fallaitune kamikaze pour accepter ce poste. Candidat kamikaze.
https://www.larousse.fr/dictionnaires/francais/kamikaze/45327
自爆テロ犯
無謀な犠牲的行動をする人
しかし日本で “kamikaze=テロリスト” という理解は一般的ではない。
これは歴史的文脈を無視したステレオタイプの産物であり、日本人にとっては侮辱に近い。
なぜ日本社会では、同じレベルの偏見──「見た目で外国人扱い」──が当然のように行われているのか?
◆ 1. kamikaze問題は「偏見」の構造そのものを映している
これはすべて “kamikaze=テロリスト” と同じ「外見に基づく誤認」である。
自分が「見た目で誤解される」と怒るのに、
というダブルスタンダード を抱えている。
◆ 2.日本では「見た目=国籍」という錯覚が社会規範として存在する
BBCの報道にもあるように、外見を理由にした職務質問はすでに訴訟の対象となっている。
外見理由の職務質問は「人種差別的」で「違憲」……外国出身の3人が国などを提訴
https://www.bbc.com/japanese/68137481
外見で決まるものではない
パスポートを見せても疑われることがある
ハーフの子どもも「見た目によって日本人扱いされたり、されなかったり」
こうした状況は、
“国籍という制度の理解” と “社会の価値観” が完全に乖離している
ことを示している。
◆ 3. 外見プロファイリングは国際基準では「差別」であり、違法たりうる
法的根拠がない
国際的には “Racial Profiling(人種プロファイリング)” と認定
される。
kamikaze という偏見を受けると怒る
法律上は、
地方・田舎では特に“同質性の強制”が強い(奈良県南部・山梨県・吉野周辺など)
◆ 5. “外国人”という言葉はすぐには消えないが、多くの問題を含む
「外国人」は公式な日本語だが、実際の使われ方はしばしば差別的だ。
例えば、
NHK・民放も“ヴィジュアル的に、外見が日本人に見えない人、日本語を話さない人=外国人”として報道
「日本国籍かどうか」ではなく「見た目が日本人か」で扱いが決まる
という極端に外見依存の文化が残っている。脳内鎖国状態の人が多いという印象。※昔の日本では白人・黒人が入国しただけで全国版の新聞に「外国人」の顔の絵が描かれて日本中に配布されたそうだ。
では依然として根深い。
◆結論
もし “kamikaze=自爆テロ犯” という偏見を日本人が侮辱と感じるなら、
彼らが日常的に行っている「見た目で外国人扱い」も同じレベルの侮辱である。
これは、
未成熟
であり、
あなたが感じている怒りと違和感は、国際基準で見ても完全に正当。
(日本国籍を有する者は日本人。日本人の子は日本人である。見た目、話せる言語、出身地は無関係。憲法で保障されている。また、日本国は公用語は法律で決められていない。公用語は日本語ではないが、現代では事実上日本語となっている。(白人から?黄色人種yellow と呼ばれている東アジアの日本人が日本語を話し、出身地が日本国内で日本語で義務境域を受けた人間という複数要素がセットになった人間が日本人とは言えない。法律でそんな決まりはないのだが、そう思い込んでいる人が多すぎる。日本人は日本語が話せて当たり前だと思っていても日本国には公用語が決められていないのだ。)
本記事は比喩としての「熊東京(熊にとっての超過密中心地)」を用いる
行政境界ではなく「生息圏=都市雇用圏」に相当する“生態圏”の密度と境界を参照し、過密=溢出・競合の強化、適密=1クマが享受できる上限まで享受が可能でありながら資源循環が釣り合う状態、と定義して議論する。
「中心が語る物語」と「外縁が語れない現実」のあいだに、まだ拾えるデータと声が落ちている。
“秋田岩手最高!”の景色と、“九州不可”のラベルの向こうに、個体がちゃんと息できる“適密”が点在しているはずだ。
可視化の灯りを、中心にだけ当てないでほしい。
「それなりに読書家だが、英語力はそこそこの日本人」は、英語で何を読むか。何を読むべきなのか。それが問題である。
中学高校の6年間英語を学び(英検2級、センター試験180点)、大学に入ってからはあまり勉強せず、現在の生活で英語を用いることはほとんどない。
大学でフランス哲学を専攻していたので、フランス語は今でもたまに読む。
何か読みたいという気持ちはある。だけど、そう思っていながら、読めていない。
何を読むべきなのか。それが知りたい。
学生の頃に課題でジョージ・オーウェルの『動物農場』を原書で読んだ(あと、哲学の講読でマーサ・ヌスバウムの論文を読んだ)。
映画版にハマり、アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』を読んだ。
大学卒業後は、高畑勲のアニメにハマり、『赤毛のアン』を読んだ。
私が読んだことのある英語の本はこの4冊だけだ。
それも、グレタの演説集以外は、日本語の訳書と英和辞典を横に置きながら読んだのである。
また、関心のある国際ニュースで日本語の報道が少ない場合は、ガーディアンやアルジャジーラなどの記事を検索して読む。
しかし、これも一ヶ月に一度くらいの頻度にすぎない。
私のような「それなりに読書家だが、英語力はそこそこの日本人」は、はたして英語で何を読むのか。
何を読むべきなのか。それが知りたい。
よほど面白いとあらかじめ期待できるなら別だが、そうでないなら辞書に首っ引きで洋書を読むのはつらい。
その一方で、日本語訳のある洋書は、邦訳を読めば大概はそれで満足してしまう。
『シャーロック・ホームズ』を読んだ友人もいるし、ラヴクラフトを読んでいる友人もいる。
しかし私は『ハリー・ポッター』にせよ『シャーロック・ホームズ』にせよラヴクラフトにせよ……あるいはシェイクスピアにせよメルヴィルにせよフォークナーにせよ……邦訳で読んだら、それで満足してしまった。
邦訳を読んで、原書「も」読みたくなるような英米文学にはほとんど出会わない。
私のような「それなりに読書家だが、英語力はそこそこの日本人」は、はたして英語で何を読むのか。
何を読むべきなのか。それが知りたい。
もう言葉あそび辞典ってあれなんなの?やまと言葉はもう流石にいいかな…とか思って次のページ捲ったら回分あってまた一日終わったわ
ヤバすぎるわあの本、なぞなぞのページだけで
気づけば一時間とか経ってるもん。
性教育の本なんか十秒で読むのやめたわ。だってカスだもん。それと5歳からの哲学の本があって
買おうか検討中
@返事
あはは、言葉遊び辞典っておもしろそうだね!やまと言葉も懐かしい感じがするけど、やっぱりちょっと古いかもね(´・ω・`)
なぞなぞのページだけで一時間経つって、すごい集中力だね!でも回分ってなかなかツボに入るよね( ˘ω˘ )
性教育の本は…まあ、それも一つの経験かもしれないけど、カスって言われたらやっぱり違和感あるよね(´・_・`)
5歳からの哲学の本は面白そう!なんか深いこと考えちゃうかもしれないね( ´ ▽ ` )ノ検討中っていうのもいいアプローチだよ!賢者モードオンだね!
[研究] 謎の薩摩弁「ちぇすと」はどのように生まれたか――鹿児島谷山方言とロシア語が結びついて流行語になり、誤解から「興奮とくやしさを表す雄たけび」に変化|mitimasu
(1)本来、「ちぇすと」は**鹿児島谷山町の方言で、「よっこいしょ」の意味**の言葉
(2)明治時代の中頃に鹿児島谷山方言の「ちぇすと」と**ロシア語の「че́сть(名誉)」が結びついて称賛としての「ちぇすと」が鹿児島の知識人の流行語になった**
(3)島津義弘の関ヶ原正面退却や宝暦治水を**称賛する言葉として**「ちぇすと関ヶ原」「ちぇすと松原」(※宝暦治水の千本松原のこと)が生まれた
(4)しかしロシア語の意味がわからない人が、(3)の使われ方から(2)を**悲しいとき・くやしいときに発する言葉だと誤解した**と思われる
(5) これらを踏まえて明治30年ごろに「ちぇすと」が**東京の学生や青年のあいだで「気合を入れる言葉」として流行し**、広く世間に知られるようになった
(6)流行がしずまり現実では(2)と(5)を使う人は減り、**フィクションの中の薩摩人ばかりが使う言葉になった**
(7)鹿児島県出身の作家である**海音寺潮五郎が(4)の意味でさかんに使用**(海音寺氏は谷山から遠く離れた現・伊佐市の生まれ)
(8) これが鹿児島県に逆輸入され「ちぇすと」が「くやしいときや気合を入れる時に薩摩人が発する言葉」だと**鹿児島県人が認めてお墨付きを与えてしまう**
(9)司馬遼太郎をはじめ**多くの作家が(4)の意味で使用し、(3)の意味は失われていった**
(10) 結果として「気合を入れるときの雄たけび」と「くやしいときに発する言葉」という**異なる意味が「ちぇすと」の中に共存し、よくわからない**ことになってしまった
(11)そもそも「ちぇすと」は「よっこいしょ」という意味でしかない江戸~明治期の谷山町の方言なので、**多くの現代鹿児島県人にとっても使わないよくわからない言葉**である
しかし、このnote記事では1936年の辞書の「露語から来たといわれる」という一つの記述を、そのまま鵜呑みにしてしまっている。
また全体として推測が多すぎるため、いくつかの情報を提示するとともに研究を補強したい。
「ちぇすと」の初出としては、1898年内田魯庵『くれの廿八日』が挙げられているが、これよりも早い用例はいくつかある。
まず、1888年の『青年之進路』。著者は鹿児島県士族の佐藤良之助とある。
これは相手を馬鹿にして煽っているシーンであり、この「ちぇすと」は少なくとも称賛の意ではあるまい。
ただ、ステッキを振るための掛け声なのか、相手を威圧するための掛け声なのかはわからない。
「さうダワ」「なくつてよ」のあどけない令嬢のみならんや「チエスト」と罵るこわからしき九州男児も「オオしんど」と言ふ裊娜(たほやか)なる西京佳人も以て一対の主人公となすに足らん
句読点がないからどこからどこまでが一文かわからないが、ともあれ「ちぇすと」は「罵り」だという認識があったことが窺える。
「ドウモ奇絶ジャ…」「エライ人が駈をるナ…コレどふする…」
田舎者が上京してきて呆然としているところに箪笥をかついだ男に突き飛ばされて「ちぇすと」と扼腕する、といった場面。
「ちくしょう」「なんてこった」などと同じような、思わず出てしまった言葉という感じがする。
1892年『罪と罰』。ドストエフスキーの訳書だが、訳者が『くれの廿八日』の内田魯庵である。
真向に鉈振上げて、婆アの頭脳を打砕き、腥血淋漓たる中に生血の滴る得物を手にし、錠を破し、金を盗んで、隠れやうとする自己だ。ちェすと!こんな事が出来るか?有るもんか?
英文からすると「ちぇすと」はかなり意訳っぽいが、やはり「なんてこった」という感じだろうか。
1893年『称好塾報』。称好塾は滋賀出身の杉浦重剛という人が東京に作った私塾である。
此頃より陰雲未た開けずと雖も細雨は既に跡を収め皆チエストと絶叫せり
其佳なる所に至れば「チエスト」と絶叫せしむ
前者は川船を漕いでいるときに雨が上がったところ、後者は薩摩琵琶の演奏についての記述で、いずれにしても快哉を叫んでいるようである。
薩摩琵琶はともかく、雨上がりに「ちぇすと」と叫ぶのは、すでに鹿児島出身ではない学生たちのあいだでも「ちぇすと」が定着していたのだろうか。
此愉快なる、此呑気なる、此無責任なる、此無頓着なる生活の写生に向って毛奴を奔らす、予輩も亦自らチエストー一声の下に案を叩いて四辺を一睨せさるを得さるなり
下宿暮らしの書生はあまりに自由気ままだという話のオチの部分だが、よく意味がわからない。
とりあえず、気合を入れるための一声、という感じか?
「左様か教師が左様云ッたか……自分でさへ左様思ふもの……」と言つつ両眼に涙を湛へ「チエストッ鹿児島男児が」と一声高く叫びたり
自分が情けなくなってちぇすと。
溝口は下足番の招き声に風(ふ)と心注(こころづ)きて立止り「チエストー、貴様(おはん)は偽言と云ひ馬鹿なッ」と言捨しまま元来し道へ駈戻らんとせり
怒りのちぇすと。
彼が情厚の男子と己(おい)どんを今日まで思ッチヨルとは何たる事か夢か誠か、イヤ誠……此文……チエストー、アア愉快愉快ト喜び勇むも実に尤もなり
喜びのちぇすと。
薩摩人の「溝口」が女義太夫の「紋清」に惚れ込んで事件に巻き込まれていく話らしく、全体的に良くも悪くも感情が高ぶると「ちぇすと」と言う描写になっているようだ。
ただ著者は匿名だが、実は高谷爲之という刑事上がりの新聞記者で、東京の出身らしい。
チェストー、這は是れ感情鋭烈なる薩摩隼人が何事にか其の心を刺撃せられ感泉俄に湧て抑ゆるに由なく、一條の熱気思はば口端より迸出するの声なり、此感声の発する時、是れ彼れ等が掌を握り肉を震はすの時なり、ステキヲ揮ひ路草を薙ぐるの時なり、実に薩人の感情は激烈なり
ステッキで草を薙ぐというのは『青年之進路』の場面そのままだが、そんなに典型的な行動だったのか?
と気付いたが、note記事でも紹介されていた『薩摩見聞記』にもほぼ同じ文章が出てくるので、この「薩摩新風土記」を本にしたものが『薩摩見聞記』なのだろう。
この『薩摩見聞記』の著者は本富安四郎といい、新潟(長岡藩)出身だが鹿児島に数年ほど滞在したという。
1897年、江見水蔭『海の秘密』。江見水蔭は先ほど出てきた「称好塾」の出身らしい。
「ちえッすと!」
謎の集団が、その企みが失敗したのか「ちぇすと」と叫んで去っていった、というような場面。
と、こうしたあたりが1898年の内田魯庵『くれの廿八日』以前の用例である。
明治中期からしか用例がないということに変わりはないが、当初から明らかに「称賛」ではない例が多く見られる。
これは冒頭でリンクしたnote記事の説明に反する事実である。
「薩摩新風土記」に書かれているように「何らかの感情が高ぶったときに出る声」というような説明が適当ではないか。
ちぇすと てすとに同ジ
元は「てすと」なのか?
元は「ちぇ+すとう」なのか?
チエスト よいしょ(掛声)
note記事では「ちぇすと」と「ちぇっそ」は無関係であろう、としていたが、
1977年『かごしまの民俗探求』の久保けんお「薩摩の方言と民謡」では、
チェストはおそらくエイクソの転化であろう。エイヨは薩摩ではチェイヨとなる。母音エに子音Tをかぶせてチェとするのである。エイクソがチェイクソとなり、促音化してチェックソ、クを省いてチェッソ…。チェッソを遠くへぶつけるには当然「チェスト」となるはずである。
1979年、井島六助『出水方言 カゴシマ語の一特異分野』では、
ちぇっそ 感動詞。一般に知られているカゴシマ語としては「ちぇすと行け」など言って激励の語とされ、または、思わず感嘆する時の語とされているが、ここでは元来、「ちょいちょい」と同様、「ざま見ろ」という気持ちを現わす感動詞で、これに類する用例は、「ちぇすと行け」多用のずっと南にもあるようである。チェッソ、ユゴトセンモンジャッデ(ざま見ろ、言うようにせんもんだから)。語源については、英語zestからとか、露語yectbからとかいうのがある。
と説明されており、これらは「ちぇすと」と「ちぇっそ」には関係がある、としている。
これらの説明が正しいかどうかはともかく、多くの異論があるということであり、そのなかで一つの説を支持するならば、何らかの根拠が必要になりそうである。
この作品では基本的にダンジョンのなかは真っ暗で、このアイテムか【レミーラ】を使って明るくしないと周囲が見えない。
真っ暗なダンジョン内で使うと、自分の周囲3×3マスを明るくすることができる。レミーラより範囲が狭い。
その代わり、レミーラは歩数制限があり、たいまつは後述のように洞窟を出るまで永続である。
リアルで松明を使うと当然時間制限がありいつかは消えてしまうので勘違いしている人が多いが、ゲーム中のたいまつは永続なので、1個持っていれば十分である。
【たいまつ】 -ドラゴンクエスト大辞典を作ろうぜ!!第三版Wiki*
https://wikiwiki.jp/dqdic3rd/%E3%80%90%E3%81%9F%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%80%91
東海道中膝栗毛に「ちやくぶく」ということばが出てくるようです。ただ、これに「着服」の字をあてるについては、変遷がありました。
ちやく-ふく:着服 着タル衣服。着衣。
ちやくぶく(する)〔俗〕著腹(私に窃み取るを謂ふ)
ちやく-ふく:着服。ちやくいにおなじ。
ちやく-ぶく:着腹。窃かに、わが有とすること。窃かに盗むこと。
ちゃくふく:着腹(窃かに盗むこと)
ちやく-ふく(著服)著衣。
ちやく-ぶく(著腹)クスネテ我ガ有トスルコト。
Chaku-fuku[著服]衣服をきること、ものを身に帯ぶること。
Chaku-fuku[著腹]ひそかに我ものとすること。ひそかにぬすむこと。
ちゃく-ふく:著服 🈩衣服を著ること。著衣。🈔 窃かに取りて我が物とすること。ごまかし取ること。ちやくぶく。
ちやく-ぶく:著服 著腹 前条に同じ。膝栗毛「そっと彼の一本をおのが懐へちやくぶくして、そ知らぬ顔をしてゐる」
ちやく-ふく:著服 🈩 ちやくい(著衣)に同じ。🈔 次条に同じ。
ちやく-ぶく:著服・著腹 窃かにわが有とすること。窃かに盗むこと。
「ひそかに盗んで私(わたくし)する」意味では主に「ちゃくぶく」と言い、明治時代には「着腹」「著腹」があてられて「服を着る」意味の「着服(ちゃくふく)」とは分けられていました。「盗んだものをひそかに自分の腹(懐)に納める」とか、そんなような意味なんじゃないかなと思います。
それが大正中頃の辞書(上では、大正6年の上田万年、松井簡治による「大日本国語辞典」が最初)で、「着服(著服)」に「着腹(著腹)」の意味が含まれるようになり、これを契機として「着腹(著腹)」の表記が廃れていったものと思われます。
「大日本国語辞典」の1929(昭和4)年版は1917年版と同じく「著服(ちゃくふく、ちゃくぶく)」「著腹(ちゃくぶく)」の両方が載っていますが、1941(昭和16)年版では「著服(ちゃくふく)」のみになっています。
つまり!
「姑息」といえば「卑怯という意味で使うのは誤用」「本来は一時しのぎという意味」と説明されることが多い。
「資金繰りに行き詰まって姑息にも消費者金融で借金をした」みたいな?
こういう使いかたで正しいのか?
曾子疾に寢ねて病なり。樂正子春牀下に坐し、曾元、曾申足に坐し、童子隅に坐して燭を執る。童子曰く、華にして睆なるは大夫の簀か。子春曰く、止めよ。曾子之を聞きて瞿然として曰く、呼。曰く華に睆なるは大夫の簀か。曾子曰く、然り、斯れ乃ち季孫の賜なり。我未だ之を易ふること能はざりしなり。元起ちて簀を易へよ。曾元曰く、夫子の病革まれり、以て變ずべからず。幸にして旦に至らば、請ふ敬みて之を易へん。曾子曰く、爾の我を愛するや彼に如かず。君子の人を愛するや徳を以てし、細人の人を 愛するや姑息を以てす。吾何をか求めんや、吾正を得て斃れなば斯に已まんと。擧げ扶けて之を易へたるに、席に反りて未だ安んせずして沒せり。
適当に訳すと、
曾子が死の床についているとき、曾子の寝ているムシロは身分の高い人が使うものだと、童子が指摘した。曾子はムシロを取り替えるように息子に言ったが、息子は危篤の父を動かすことを恐れて「明日の朝になれば変えましょう」と断った。曾子が「立派な人間の愛は徳によるものであり、つまらない人間の愛は姑息によるものである」と言ったので、息子はムシロを取り替えたが、すぐに曾子は亡くなった。
みたいな話になるだろうか。
姑息是汉语词语,拼音为gū xī,属动词,指无原则地宽容、迁就他人,或苟且求安,与“体谅”语义存在本质区别。该词包含双重内涵:一为消极妥协,如“姑息养奸”指无原则纵容恶行;二为迁就容忍,多出于维系表面和谐,核心在于缺乏原则性,既可批判过度宽容,也可指无奈的和缓策略。
やはり適当に訳す。
姑息は、原則のない寛容、他人への迎合、一時しのぎの平穏を指し、「思いやり」とは本質的に異なる。この言葉は二つの意味を含んでいる。一つは消極的な妥協であり、たとえば「姑息養奸」は寛大さが悪を助長することを意味する。もう一つは表面的な調和維持を目的とした容忍で、その核心は「原則性の欠如」にある。これは過度な寛容や、無力な宥和策を批判するときに使われる。
つまり前述の曾子さんは「危篤の父を安静にしたいという思いやり」のために「父を身分不相応なムシロに寝かせるという不徳」を許すことが「姑息」なのだと言っているのだと思う。
なんだか儒教らしい理想主義というか「情に流されるな!妥協など許すな!徳に殉じて死ね!」みたいな印象を受けてしまうが。
ともあれ中国での「姑息」は単なる「一時しのぎ」という以上に「一時的には良くても長期的に見ると悪くなりそうな寛容・妥協・迎合」という意味合いが強いようだ。
試しに中国語でニュース検索してみると「絶不姑息」というような言い回しが多く出てくる。
これは「(誹謗中傷は)絶対に容認しない」や「(ストライキには)絶対に応じない」などの意味で使われているようだ。
日本だと、明治期に「因循姑息」という四字熟語が流行ったという。
文明開化を背景に使われた言葉で「新しい文化に改めずにやりすごそうとする」という意味らしい。
半髪頭を叩いてみれば因循姑息の音がする
総髪頭を叩いてみれば王政復古の音がする
散切頭を叩いてみれば文明開化の音がする
「苟且」は「姑息」の説明でも使われていたがこちらも「一時しのぎ」という意味。
ただ「一時しのぎで手抜きをして誤魔化す」のような意味合いがより強いようだ。
現代語訳されているのだからその際に全てがメートル法に置き換わったのだと考えるのが自然でしょう。
そもそもありとあらゆる言語が全く違うわけですから、作者オリジナルの作中言語で書かれているのを作者オリジナルの辞典を頼りに読み進めでもしない限りは「現代語に翻訳された際に、現代のそれっぽい単語に置き換わったのだな」と判断できます。
たとえその世界においてまだキューピッドや尺貫が統一されていなかろうが、それを逐一グダグダと説明されるよりは「現代の大きさにしておよそ◯メートルぐらい」と言われたほうが分かりやすいのです。
ほんま天才。