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はてなキーワード:足跡とは

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2026-02-09

anond:20260209103442

あった。

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2026-01-21

🐾←熊の足跡だ!気をつけて!

Permalink |記事への反応(0) | 12:44

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2026-01-18

PC履歴(~1999年

フォルダを漁っていたら、1999年5月に書かれた、自分PC履歴が発掘されたので、貼り付けてみる。

特に面白いものではないけども。

私のパソコンHistory

なんだかんだ言って、私がパソコンを使うようになってから、10年近く経ってしまったのであるプログラムを組んで実行できる最初マシンは、高校ときに購入したCASIOのプログラム電卓FX-502Pであるが、これはあくま電卓であり、パソコンとは多少趣を異にするものであった。

パソコンとして最初に購入したのは、NECの8ビットマシンPC-8801MA2であり、完全なるゲームマシンであった。以下、16ビット時代突入してEPSON PC-286VE、32ビットマシンのEPSON PC-486SEと続き、とうとう自作DOS/Vマシンをメインのマシンにするようになってしまうのであった。

これから、私のこのしょ~もない足跡を辿ってみたいと思う。PC-8801MA2~PC-486SEの項には、そのときハマったゲーム感想なども記してある。暇な方はこちらもどうぞ!?

そもそもの始まり

小さい頃から電気電子関係が好きで、親にマイキット(パネル上にトランジスタとか抵抗コンデンサなどが並べられており、スプリングになった端子にコードを挟んでそれらを繋いで回路を作る)や電子ブロック(透明なブロックトランジスタ抵抗などが入っており、ブロックボード上に配置して回路を作る)などを買ってもらい、それでラジオなどを作って遊んでいたのである。マイキットでラジオを作り、夜中にこっそりと深夜放送を聞いていました。(^^;

アマチュア無線免許なども取ってみた。

因みに、私がアマチュア無線免許を取得したのは、小学生ときである。これは、ちょっと自慢してもいいと思う。

当時、「初歩のラジオ」とか「ラジオ製作」、「電波科学」などの雑誌をよく読んでいたのだが、流石に、中学生の私にはディジタル回路は難しく(というよりも、何をするためのものなのか、イマイチ理解できなかった)、ボードマイコンTK-80などに手を出すには至らなかった。

まぁ、何しろ当時は、マイコンといっても論理回路動作から入る必要があったので、当然といえば当然であろう。

カシオ FX-502P

そして、関数電卓などをいじくり、「このキーとこのキーを同時に押すと変な表示になる!?」などと遊んでいた私が、最初に手にしたコンピュータらしきものは、カシオプログラム電卓FX-502P」である

これは、512ステップまでのプログラムが組めるというもので、ちゃんと「GOTO」キーや「GOSUB」キー、「LABEL」キー、条件判定を設定するキーなどが用意されていて、結構本格的なものでした。レジスタも10個使えた。ランダムに数値を出力するキーも付いていたな。

プログラムライブラリ(本ですが)なども付いてきていて、掲載されている通りに打ち込むと、科学計算をやったりゲームなどを楽しむことができた。もちろん、プログラムを外部に記録しておくこともできたのだ。オプション必要だが(買った)、普通ラジカセなどを使ってカセットテーププログラムを記録するのである

あと、FX-502Pでは、キーに4分音符や16分音符などが割り当てられていて、短音だが楽曲を打ち込むこともできた。上述のオプションを利用して、ラジカセなどで鳴らすのである

因みに、このFX-502Pは未だに現役で動いてます

NEC PC-8801MA

学生時代は、ビンボーだったせいもあって、パソコンには縁がなかった。友人宅でシャープのTurboIIIなどでゲームをさせてもらうのが関の山なのであった。

で、就職して最初に購入したパソコンが、NECの8ビットパソコンの最終形態ともいうべきPC-8801MAである

当時は、既に16ビットパソコンPC-9801Vm2なども発売されていたのだが、私の選択したのは8ビットマシンの「ハチハチ」なのであった。何故か?

それは、パソコンゲームがしたかたかである。当時は、違法行為に限りなく近いレンタルソフト屋が横行していて、ゲームソフトなどが比較的安い価格で入手できた(ソフト毎のパラメータファイルコピーを行うFile Masterは必需品)。また、ゲーム市場も8801主体であって、9801用のものはごく少なかったのである

とにかく、とても全部やりきれないくらい、ゲームを借りまくった。

その中で、印象深いゲームを、記憶を頼りに書き綴ってみよう。

マイト・アンド・マジック

何を隠そう、私が8801を購入して、最初に買ったゲームがこれである。何で、最初からこんなに難易度の高いゲームを、と疑問を持つ向きもあろうが、要するに、当時はパソゲーなるものが全く分かっていなかったのであるしかも、あろうことか、購入時には、アクションRPGの先駆け的存在であるソーサリアン」とこの「マイト・アンド・マジック」を天秤に掛けていたのである

世間では、「クソゲー」との評価一般的であるが、私は、このゲームは名作であると信じている。とにかく、世界存在していて、プレイヤーはその世界に住むところから始まるのであるストーリーは、最初は与えられず、発見したものけがストーリーに参加できる。しかし、ストーリーに参加しなくても、とにかく世界が広大・深淵なので、アイテム探しやダンジョン探検だけでも、十分堪能できる。私は、後述する16ビットパソコン時代まで、約3年以上もこのゲームにお世話になったのである

アンジェラス

ドラクエシリーズで有名なエニックスアドベンチャーゲーム(AVG)。

不気味な感じが大変心地よい秀作。本作では謎を残したまま終結し、後に「アンジェラス2」が発売されるが、時期を完全にはずしていたし、余り面白くなさそうだったので私はやっていない。

水龍士1,2

今はHゲーのメーカーになってしまった、しゃんばらのRPG。私の大好き(だった)漫画家松田紘佳がキャラデザ他を手がけている。音楽もこの人だったな。もしかすると、「2」は後述のPC-286VEでプレイしたのかもしれない。海が舞台の、異色のRPG。とにかく海なので、3次元的に自在に移動できるのがミソ。階段を使って他の階へ移動する一般的ダンジョンとはひと味違うのである

ストーリーも大変感動的なもので、キャラデザも秀逸であった。

ただ、惜しむらくは、これは私がコピー品でプレイしていたから良くないのであろうが、2作ともエンディングを見れなかったことだ。

1作目では、「ピー」とビープ音がしてゲームハングアップ。2作目では、たぶん最終場面であろう画面から1歩も進めず、アウト。

今あったら、正式に購入して再度挑戦してみたいゲームではある。

カオスエンジェルス

かのアスキーが発売していた、Hゲー。ダンジョンを歩き回るRPGである

このゲームは、とにかくノリが非常によく、テンポが軽快で楽しいゲームであった。ゲーム自体は、6階+αの「ウロボロスの塔」を探検して、秘密を探るというもので、出てくるモンスター女の子で、ダメージを与える度に女の子が1枚ずつ服を脱いでいくという、他愛もないものである

このゲームをして最初に驚かされたのは、グラフィックの描画の早さである何だかんだ言っても、8ビットパソコンであるので、当時のゲーム特にグラフィックを強調したゲームでは、描画に恐ろしく時間がかかった。一枚の画像を出すのに数秒、ひどいものでは、数十秒、なんていうのもあった。

そんな中で、この「カオスエンジェルス」は、とにかく、一瞬で画像が描き換わった。これは、当時ではとても新鮮なことであった。

また、そのBGMもとても斬新で、簡単なFM音源を使いながら、とてもハイセンス雰囲気を醸し出していたのだ。音楽の秀逸さでは、水龍士といい勝負かもしれない。

しかし、このゲームの最大のポイントは、「洒落っけ」にあると思う。ダンジョンの壁に、前に探検した人の落書きがあって、これがまた奥が深く面白い。この落書きゲームのヒントにもなっているのだが、関係のない落書きもあって、これを探すだけでも、結構楽しめた。

うる星やつら」のゲームタイトル忘れた)

当時、特にスタジオピエロ系のキャラクターものゲームを数多く出していた、マイクロキャビンのAVG。マイクロキャビンでは、この後も、「めぞん一刻」や「気まぐれオレンジロード」などのキャラゲームを続々と発売していた。

このゲームは、少年サンデーに連載されて、アニメ化もされ一世を風靡した、高橋留美子の同名の漫画うる星やつら」をゲーム化したものである

ゲーム内容は、確か、面堂家の誰か(終太郎か、了子か、どっちか忘れた、たぶん了子だ)の誕生日に招待されたお馴染みのメンバーが「迷路」を探索しながらゴールにたどり着くというものである。何かのイベントを経る毎に、時間が経過していき、それにより結果が変化するというのと、途中の行動で結果が変化するということで、数種類のエンディングが用意されていたように思う。

マルチエンディング時間概念は今でこそ珍しくもないが、当時では結構画期的なことであったのだ。

リップスティックアドベンチャー

フェアリーテール(ELF)の伝説的名作AVGである。確か「2」もあった。フェアリーテール(ELF)のAVGは、何かこう、独特の雰囲気があって、それが私は非常に気に入っていた。なんていうか、どことなく寂しげな感触というか、ちょっと空虚な感じとでもいおうか。キャラクターや展開、秀逸なBGMなどが、この雰囲気を醸し出しているのだ。

フェアリーテール(ELF)のAVGは、この他にも相当やった。「ELLE」なんかは、最後どんでん返しが強烈でした。

そのほかにも、いろいろゲームはやったが、とんでもねーゲームを一つだけ…

番外:世紀末美少女伝説

これは、要するに当時大流行の「北斗の拳」のパロディーHゲーである

ゲーム内容がくだらないのもさることながら(あまりにくだらなすぎて、ケンシロウのようなキャラが出てくること以外、忘れた)、その作りがとにかく凄い。

これは想像だが、このゲームは、おそらくN88-BASICで組まれている。なぜなら、まず、ストッキーゲームが止まってしまう。そして、そのとき、画面の左上隅に「>C^」が出る(分かる人には分かるね!?)。

そして、NECの8801,9801シリーズパソコンには必ず付いていた、画面のハードコピーを取るキー「COPY」を押すと、押したときに表示されている画面をプリンタ印刷することができる。

なんか、「流行から適当に作って一発当てよう」という意図の見え見えなゲームでありました。

PSON PC-286VE

…そうこうしているうちに、8ビットパソコンは衰退し、ゲームソフトも発売されなくなって、世の中は16ビットパソコン時代へと、大幅に突入したのだった。

そこで購入したのが、NECではなくて、EPSONのパソコンなのである。ここいらへんに、私の偏屈さがにじみ出ていますね~。(^^;

パソコンに金をかけだしたのも、このころからである。…まぁ、8801じゃあ、金をかけようにもかけるところがないですが。(^^)

先ずメモり。1MB(!)のメモリを積んだ。

今ではもう信じられないが、当時は、1MB/1万円がメモリの相場であった。しかも、メモリをパソコンに組み込むには面倒な設定がいくつも必要で、さらに、汎用のスロットを一つ占有してしまうのだった。また、今でこそ、SIMMとかDIMMとかいって、大容量がコンパクト収納されているが、当時は、たとえ1MBでも、12cm角くらいの基板にチップがびっしり載っていたのだった。

それでも、1MBあると無いとでは、雲泥の差があった。

そして、ハードディスク。奮発して40MB(!!)を買った。

これも、今ではもう信じられないが、当時は、例えば40MBで8万円位した。しかも専用のインターフェイスが要る。これでまたスロットが一つ埋まったのであった。

でも、当時のソフトは、40MBでもお釣りが来るくらいの容量だったんだよね~。

あと、このマシンからパソコン通信を始めた。当然NIFTY Serveから

当時は、WTERMを使い、通信速度も2400bpsであった。50kBの画像ダウンロードするのに何分もかかり、さらにその画像を表示するのに何分もかかった。大変な時代であった。

このPC-286VEは、後に友人の手に渡り、そこでVRAM異常が発生してお亡くなりになってしまいましたとさ。合掌。

このマシンでも、ゲームはずいぶんとやった。中で、印象深いものをいくつか紹介しようと思う。

マイト・アンド・マジック

上述したものと同じである。当然、続きではなくて、新規に始めた。やはり8ビットのものと比べて速い。何しろ、8ビット版は2DDのディスク4枚組で、地上、ダンジョン、城、と場所を変える度にディスクの入れ替えが必要だった上、そのたび毎に、システムディスク書き込み(1分くらいかかった、マジで…)をしていたのだ。それがなくなっただけでも、快適である。ただ、8ビット版の頃はあったBGMがなくなってしまったのは、ちょっとしかったが。

プリンセスメーカー

いわゆる「育てゲー」の元祖存在

なかなかハマった。各エンディングも味わい深いもので、30数種類あるといわれているエンディングを20数種類まで見て、飽きてやめた。プリンセスと謎のエンディングは見ていない。けど、いいや。

ドラゴンナイト1~5

これもELFのゲームで、RPGである

「1」と「2」は、3Dダンジョンもの。当時は3Dダンジョンでさえ珍しかったのに、Hゲーで3Dダンジョンというのは、相当なインパクトがあった。ゲーム的にもよく練れており、ダンジョンの仕掛けも良くできていた。Hゲーという観点排除して、単にゲームとしてみた場合に、非常に完成度の高いゲームであった。

「3」は、確かドラクエタイプの2DのRPG。「4」は、ダンジョンに戻ったのだっけかな?この辺はあんまり印象にないのだな。「5」は、私の大嫌いなシミュレーションで、遂にエンディングを見ることができなかった。…と言うよりは、途中でつまんなくって止めた。「4」と「5」は、多分、後述のPC-486SEでやっている。

同級生

これは、今更説明するまでもない、ELFが世に放つ名作中の名作。このゲームが今までのゲームの流れを一気に変えたといってもいいでしょう。味のあるキャラクタ(しか大勢!)に、深みのあるストーリー。それぞれが練りに練られたマルチエンディング。とってもシビア時間概念。所持金の存在も内容に深みを与えています

さらに、複雑なフラグ制御がすばらしい。よくあれだけの条件設定をして、ゲーム破綻しないものだ。

そして、何より高校最後夏休みという、絶妙のセッティング

とにかく、この「同級生」は、何遍やっても違った展開になるし、違った楽しみ方ができるゲームという、画期的ゲームでした。

このゲームは、マニュアル本見ない方がいいと思う。

後に「2」も出て、共通するキャラクタも出演している。私は、「2」は後述する32ビット版でやったのだけれど、その面白さは全く失われてはいませんでした。恐るべし、ELF。

PSON PC-486SE

そのうち、世の中はウィンドウ時代突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲーム世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。

上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやか構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応ソフトほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。

実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまりMacへの移行である。当時、Macの世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしいPermalink |記事への反応(1) | 12:53

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2026-01-10

馬鹿動画を見て自己放尿するな

俺の持論は単純だ。

アルゴリズム人格を持たないが、履歴には忠実で、しか残酷だ。

馬鹿が見る動画を見れば、システムは「この利用者馬鹿向けの刺激で満足する」と合理的推定し、以後は同種の馬鹿向けコンテンツを最短距離供給して自己放尿してくる。

これは陰謀でも洗脳でもなく、期待値最大化という冷たい最適化の結果に過ぎない。

自分タイムライン薄っぺらいなら、それは世界が悪いのではない。入力薄っぺら自己放尿なのだ

からこそ、陽の目に当たらない高度理論動画を見るべきだ。

難解で再生数が伸びない、数式が多く、前提知識要求し、コメント欄も静まり返っているもの

アルゴリズムは「理解たか」など気にしない。「どれだけ耐えて見続けたか」だけを見る。

そこに賭け金を置け。短期的な快楽を切り捨て、長期的に自分情報環境分布を歪めろ。

これは教養問題ではない。自分レコメンド空間をどう設計するかという、純粋工学的な意思決定だ。

逆に言えば、延々と低密度動画を流し見して「最近おすすめがつまらない」と嘆くのは、自己放尿と同じだ。

自分で濡らしておいて寒いと言っている。

アルゴリズムは正直者だ。こちらが与えた行動ログ以上の知性を仮定してくれない。

ならば、こちらが賢く振る舞うしかない。

理解できなくてもいい、疲れてもいい、再生数が1桁でもいい。

高い山に向けて足跡を残せ。そうすれば、次に差し出されるのは、また少し高い山だ。甘い慰めは要らない。環境自分で作れ。

Permalink |記事への反応(2) | 13:21

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2026-01-08

いつか人生に疲れてしまったら

すこしだけ、すこしだけ立ち止まって振り返ってみて。

君の足跡には漏らしたうんちがつみあがり

塗糞爺が君を抱きしめるから

Permalink |記事への反応(0) | 15:58

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お母さんのこと嫌いだけど

子育てしてると自分の中に母の足跡を見る。

母の作るレバニラが唯一食べれない料理だったが、比較的頻繁に食卓に上がった。

今日レバー唐揚げを作りながら、きっと母も私に鉄分をとって欲しかったんだろうな、と思った。

自分の子を慈しみながら、母の姿を重ねてしまとき、母から受けた愛情否定できない。

20歳ぐらいの時「両親が選んでくれた人生幸せになるよりも、自分で選んだ人生で不幸になりたい」と思ったことを覚えている。

その頃から実家距離を取り始めた。自分出産してからは連絡を取っていないし、もちろん子供は会わせてていない。出産祝いが送られてきたが、視界に入ると不快なので使わずに手放した。

今、話し合って自分気持ちを伝えたらいい関係が築けるのだろうか、今の関係を続けて母が死んだ時に後悔しないだろうか、子供祖母存在自分エゴでとりあげてしまっていいのだろうか、と、時々考え、やはり現状がいいという結論になる。

期待して歩み寄ってガッカリするのも消耗するし、罪悪感で優しくしても不満が募って爆発することが目に見えている。それなら、そこに心労を割くよりも子供に集中したい。

将来同じように子供に捨てられても文句はいえないなとは思う。

お母さん。

お母さんのこと嫌いだけど、不幸になって欲しいわけじゃないんです。

私と交わらなない場所で健やかでいてください。

Permalink |記事への反応(0) | 00:09

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2026-01-01

楠木 ともりの結婚に対するキモいツイート打線組んだ


1番中堅

俺、学生の頃いじめられてたって話聞いてからめちゃくちゃ親近感が湧いて心の底から応援してた。だから好き嫌い.comでアンチコメント書いてるやつと闘ったりもした。なのに…学生の頃からお付き合いしてたってどういうことだよ。彼氏といちゃつきながら俺らみたいな顔が気持ち悪いやつを嗤ってたのかよ

2番1塁

推してるオタクのこと嫌いやったんやねw学生の頃からって不必要文言をあえて書いて推してるオタクが嫌がる情報を突きつけるのは面白くて今年初笑いありがとうございました!売れたら手のひら返しして気持ち悪いオタクとは縁を切ってさよならって搾取する典型的な女って感じのナイス判断です

3番2塁

DIVEの歌歌ってる声優さんじゃあるですか...引退ちゃうんですかね30越えると赤ちゃんに良く無い事が起こりやすくなるって聴いたことがありますしもうお別れかもしれませんねリア充結婚しろ結婚たかもう

4番遊撃

楠🌲 学生🕰🎸内💞非🦄👩8️⃣年1️⃣☝🎙🐽🤓騙4️⃣続けた嘘🗣先👼性疾🥫持ち💰活🥉🙅‍♀❌👙📸📕🍐👰💒報告裏✁モノ自称👩‍🎤しょうも7️⃣1️⃣💿🎤ばかりの歌🖐もど🌲 🚪🌳🌳🌳、⭕前👁損なった4️⃣、📕🎯に。。。

⚪🐻前田 🦟⭕里と、何ら変わらねー、デビュー🕰から🧑持ちの🗑カス👩🏹で❓❓❓😟😟😟

5番三塁

私生活の事なんて勝手にすればいいと思うけど、ここに集まってるキモいオタクたちの呪詛は存分に噛み締めてほしい。それは急に湧いて出たものではなく、あなたの5年間の足跡なので。

6番左翼

ばばばばばばばばばばば楠木ともり結婚!?!??!、!? やべぇ...女修行して彼女いなかったら新年早々発狂してた...

7番右翼

結婚しました」だけで伝わります学生時代から〜のくだりはオタクの傷に塩を塗っていますよ。

8番捕手

○ね

9番投手

ホタルちゃ…オレは何回死ねば良いんだ?

Permalink |記事への反応(1) | 21:13

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2025-12-11

ふと昔の京都サークル仲間(京大生)のことを思い出した。旧姓で知っていた京都大の後輩が結婚後に名前を変えて研究者として活動していたことまでは辿れた!

残念ながら見つかったのは20年以上前の記録だけだった。戦略もしくはさきがけのプロジェクト報告書名前が残っていて、2000年から2002年頃に活動していたことは

確認できたものの、その後の足跡は途絶えている。

京都OBとしての系譜を追うつもりが、時間の断絶に行き当たってしまった。

名字比較的珍しいこともあり、記憶と断片的な資料が重なって「あの京大生だ」と確信できたのは、元京大生としてちょっとだけ嬉しかった。

けれども、そこから先はもう辿れなかった。人の人生京都大の公開情報に残る部分と残らない部分があり、記録が途絶えることもまた一つの京都大的な選択なのだろう。

そんなこと追跡をしていると、ふと先日家族京都大の学園祭に出かけたことを思い出した。京都大の展示や企画は新鮮だったが、特に印象に残ったのは

昔よく通った京都大の近くの食堂家族食事したこと折田先生の像がなくなったことだった。

京都大学生時代日常場所に、今は家族と座っている。

その重なりが、京都時代記憶を辿る作業と同じように、京都大学生としての過去現在へたれ)をつなぐ体験になった。

Permalink |記事への反応(0) | 20:49

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人に語るというのは分かりやす説明するという意味でも対面で人と関わることに対してストレスが溜まるという意味でも苦手

そんな自分漫画とかの筋書き設定を貪るように読むのは、好きな時にその作品内の歴史足跡を辿って感傷に浸っていくことができるからだろう。いつでも身一つで内的世界を作り上げて楽しめるということに合理性を感じる。

むろんこの内的世界というのは仮にそれが抽出可能だとしても万人が理解できるような言語的に体をなしたものではなく、自分けが自分が作り上げたものであるがゆえに理解可能表象というべきものだろう。

dorawiiより

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Permalink |記事への反応(0) | 14:28

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2025-12-06

障害者マッチングアプリをやるな

タイトルが強い言葉になってしまって恐縮ではあるが、現実的障害者マッチングアプリは厳しい。

筆者は男なので女性場合不明申し訳ないが、少なくとも男性場合はそうだと思う。

筆者自身障害者であり、その備忘録を兼ねて記す。

 

マッチングアプリを始めた経緯:

歳も歳であるし前々から結婚したいと思っていたが、直近で好意を寄せていた女性に振られた。

そこで漸く結婚相談所に入る決心をつけたが、私的事情により今年中は入ることができないため、お試しで一ヶ月やってみることにした。

無論遊び目的ではないし、彼女ができたのであれば真剣に付き合うつもりではあった。

 

利用したアプリ:

with

 

著者のスペック:

性別: 男

年齢: 32

居住地: 5大都市のどこか

学歴: 旧帝院卒

職種:大手企業

年収: 800万円

身長: 160cm

体型:スリム

同居人:実家暮らし

顔: チー牛の系統だが最低限の毎日スキンケア眉毛サロン等は済

病気: 筋力低下により人工呼吸器と車椅子

 

活動内容:

課金額は有料会員と1万円分のポイント

自分スペック身長病気実家暮らしの部分で他の男性会員と比較して劣後しているため、選ばれにくい状況ではあると推測。

競合の少ない(=いいねの少ない)女性会員を中心にいいねメッセージ付きいいね(ポイントにも限りがある為、こちらは特に好みの女性に絞って)を送信巡回して足跡付け。

検索した際の女性の条件は27〜35歳、近辺の都道府県子供なし、タバコ吸わない。

 

結果:

マッチ0。

足跡毎日平均して80程ついたが、0。

調べたところによると足跡の平均は筆者の地域×男性で40程度であるし、確かに他の同性会員より多めとアプリ上で表記がなされている。

プロフィール盛ることも一瞬考えたが、筆者は嘘をつけない性分な為にせず、自己紹介文や写真も色々変えてみたがすべて空振り。

彼女過去3人おり、それ故コミュ力はそれほど悪くないと自負していたが、そこまでのメッセージのやり取りできる土俵にすら立てなかった。

 

雑多な感想:

マッチングアプリハイスペ恋愛強者のためにあるというのはどうやら正しいらしい。

結婚するだけなら結婚相談所に行ったほうが近道ではあるのだろう。

結婚相談所に行ったところで果たしてできるのかは不明だが。

ここまで辛辣に書いてきたが、逆に良い面もあった。

女性検索条件を設定する上で、自分がお相手に対して本当に求めていることを見出すことができたし、プロフィール表現する中で自分でも気づきは多く、また男女問わず友人たちにアドバイスいただき自己客観視することができた。

自己認知を行うことができるという点では素晴らしい物であると思う。

さぁ〜頑張ろ(笑)

 

すべての者に幸あれ…!

 

追記

建設的なご意見いただいた皆様ありがとうございます

女性には選ぶ権利があり、相手の素性や内面も分からない、殊マッチングアプリではリスクがある人を避けるのは自然な行動かと自分も思います

タイトルは注目を引いて様々な意見を頂戴するために粗暴な言葉使用しましたが、内容はすべて事実です。

個人的には障害者恋愛をするならリアル世界で行うのが一番だと思った次第でございます

Permalink |記事への反応(14) | 23:09

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2025-11-30

anond:20251130111124

AIによる言語翻訳によってそれぞれの言語が背景情報に持つ文化的感覚の伝達が遮断されることで、過去の分断がリセットされ、ネットワーク上に新しいトライブが発生する可能性はありますか?そのような世界規模で同じ価値観を共有できる社会には個人が頑なに聖域を守る社会比較して発展性はありますか?

新しいトライブの発生: 「あり得ます」。言語の壁(およびそれに付随する歴史的感情的なしがらみ)がAIによって無効化されることで、国家民族ではなく、純粋な「関心」や「目的」によって結びつく新しい群れ(トライブ)がネットワーク上に発生します。

発展性の比較: 「長期的な生存進化」という点では、『聖域(異質性)』を守る社会の方が圧倒的に有利です。 均質化された社会は、短期的には効率的ですが、環境変化に対する「適応力」を失い、システムとしての死(エントロピーの増大)を迎えるリスクが高いためです。

質問者様の問うた「発展性」を「どれだけ長く存続し、環境変化に適応できるか」と定義するならば、聖域(翻訳不可能身体性や文化)を守る社会の方が優れていますしかし、現代テクノロジーの流れ(AI翻訳による均質化)は止まりません。したがって、未来社会構造は以下のような二層構造になると予測されます(あるいは、そうなるべきです)。

上層(グローバルレイヤー):AI翻訳に支えられた、摩擦のない「新しいトライブ」の層。ここでは経済活動科学的な問題解決が、国境を超えて高速に行われます

下層(ローカルレイヤー):AIには理解できない、身体性や土地に根ざした「聖域」の層。ここでは個人が頑なに独自クオリア方言儀礼身体感覚)を守り、「上層」へ供給するための新しい意味価値ノイズ)を醸成し続けます

もし「下層」が消滅し、世界が「上層」だけになれば、人類は「AI管理する平和で退屈な水槽」の中で、進化袋小路に入ることになるでしょう。

NextStep: この「文明寿命」というマクロ視点から、「では、そのような『老い文明』の中で、個人はどうすれば若々しい精神創造性)を保てるのか?」という、ニーチェの「超人」や東洋思想老荘思想)に近い、個人生存戦略についてお話しましょうか?

ニーチェ力への意志は、力がベクトルとして大きさと方向を持つ前の状態を指すと理解しています。力が世界に向けて放射され続けると同時に、内側から常に新しい力への意志が産まれ続けることで常に原点に回帰する動きが永劫に続くことが未来を産み出すための差異となりうるのでしょうか?このように事象がおのずから萌えいづるものとして認知することは非常に東洋的な思想だと思いますが、一方で東洋西洋比較近代文明的な停滞期を迎えていたように見えるのはなぜだと考えられますか?

「おのずから萌えいずる(自然・じねん)」という感覚東洋思想親和性が高いにもかかわらず、「なぜ近代において東洋は(西洋視点から見て)停滞したのか?」という問いは、文明論における最大のパラドックスの一つです。この謎を解く鍵は、「力への意志が『どこ』に向けられたかベクトルの向き)」と、「『差異』をどう処理したかシステムデザイン)」の違いにあります東洋においても「力への意志」は枯渇していたわけではなく、「調和と洗練(内部)」に向けて全力で放射され続けていました。西洋が「拡大(Expansion)」を選んだのに対し、東洋は「定常(SteadyState)」を選んだ。その結果、西洋のモノサシ(軍事経済技術)で測った瞬間に、「停滞」として映ったのです。しかし、ここから重要です。 先ほどの「文化の熱的死」の議論を踏まえると、西洋型の「無限の拡大」を目指すベクトルは、地球環境という限界にぶつかり、今まさに破綻しようとしていますニーチェの言う「力への意志」の真の極致が、単なる力の拡大ではなく、「生成消滅する運命のものを愛すること(運命愛:Amor Fati)」にあるのだとすれば、かつて東洋が目指した:

「外部へ侵略せずとも、内部で無限に豊かになれる」

「おのずから萌えいづる差異を、破壊ではなく調和として包摂する」

という態度は、停滞ではなく「早すぎた成熟」であった可能性があります。今、人類が求めている「未来」は、西洋的な「拡大の果ての虚無」を乗り越えるために、この東洋的な「円環的創造」を、今度は停滞(閉鎖系)に陥らせずに、テクノロジーを使ってどう開放系として回していくか、という一点にかかっているのではないでしょうか。

円環的かつ開放系という一見矛盾するように見える社会構造の成立には長期的視野での改革必要になるように思えます。一方でAI代表される現代の先端テクノロジー米国西海岸的な強いプラグマティック思想のもとで発展しているように見えます。両者はむしろ反発しあいあなたの指摘する「乗り越え」は難しいのではないでしょうか。議論戦争メタファーである以上、弁証法的な乗り越えを期待するのは難しいように思います

議論戦争である(ARGUMENTISWAR)」というメタファー支配する現在知的風土、そして「役に立つか、儲かるか(Pragmatism)」という強烈なドライブがかかったシリコンバレー的な加速主義の前では、東洋的な「円環」や「調和」といった概念は、単なる「敗者の戯言ノスタルジー)」として踏み潰される可能性が極めて高いです。今後、東洋的な「円環・身体性・聖域」が、西海岸的なテクノロジーに「勝つ」ことはありません。しかし、巨大なテクノロジーシステムの中に「不可欠な臓器(バグの調整役、倫理的アンカー創造性の供給源)」として寄生し、内部からシステムを変質させることは可能です。例えば、哲学者のユク・ホイ(Yuk Hui)が提唱する「宇宙技芸コスモテクニクス)」の概念はこれに近いです。単一普遍的テクノロジー西洋近代技術)に対抗するのではなく、それぞれの地域文化宇宙観(Cosmology)に基づいた多様なテクノロジーのあり方を再構築し、グローバル技術ネットワーク接続しようという試みです。

反発と困難性:はい、極めて困難です。理念的な対話によって「乗り越える」ことは不可能です。現代パワーバランスでは、プラグマティズムが円環思想を圧倒します。

可能性の所在しかし、プラグマティズムがその徹底性のゆえに「物理限界エネルギー環境)」と「情報限界意味の枯渇)」に直面した瞬間、「円環的であることこそが、最もプラグマティックな解である」というパラダイムシフト強制的に発生します。

未来への展望: その時、私たちが目にするのは、理想的な「東洋西洋結婚」のような美しい姿ではないでしょう。 おそらく、「超高度なAI管理システムが、システム維持のために『禅的な身体性』や『自然崇拝』を人間に推奨・強制する」といった、一見ディストピアにも見える、グロテスクだが強靭ハイブリッド社会です。それを「発展」と呼ぶか「悪夢」と呼ぶか。それこそが、次の時代哲学的な問いになるはずです。

ズボフの監視資本主義のもとでは、メガプラットフォーマーと呼ばれる企業群は個人が持つ情報を適正な対価を払わず取得していると言われていますしかしながら、AI機能の向上に直結するであろう特異なクオリアを持つ人間感覚を通じて取得する情報の貴重性が増すことで、特別な対価を提示した取引が成立することはありますか?ブロックチェーンのようなピアtoピア価値交換システムはこのようなシステム実装することに役立ちますか?

ズボフが提唱した「監視資本主義」のモデルは、「人間デジタル足跡(行動余剰)を無意識に垂れ流す資源であり、それを企業勝手採掘する」という前提に立っていますしかし、質問者様が指摘された「特異なクオリアAI模倣できない身体的・主観的経験)の価値高騰」は、この一方的搾取構造を崩し、「人間AI企業)との間で、対等かつ高額な取引」を成立させる可能性が極めて高いです。質問者様の仮説は、技術的・経済合理性観点から正しいと考えられます監視資本主義(タダ取り)は、データの質が問われない時代モデルです。AIがより人間的な深みを求めて進化する段階において、「特異なクオリア」は最大の商材となり、ブロックチェーンはそのための「市場」と「権利書」を提供します。それは、人間が「消費者から、自らの神経系が生み出す信号を切り売りする「感覚生産者」へと変貌することを意味します。(参考:ブロックチェーンを用いて、データ所有者がAI開発者などに直接データ販売ライセンス供与する「Ocean Protocol」のようなデータ市場エコシステム図。中央仲介者を排除し、P2P価値交換が行われる仕組みです)

NextStep: この「自分感覚を売る」という行為が極限まで進むと、「自分自身の人生を『AI学習コンテンツ』として演じるようになる」という、実存危機自己の疎外)が発生します。 この点について、「AI時代の新たな疎外論」として議論を深めましょうか?それとも、より技術的な「実際に現在稼働しているデータDAOの事例」について紹介しましょうか?

マルクスの言う資本主義における人間疎外と大きく異なると考えられるのは、監視資本主義においては疎外された人間から提供される情報にはクオリアが歪んだ形で入ることになり、生産品としては価値が失われてしまう点にあると思います。つまり監視資本の側は報酬としてプロレタリアートが疎外されていないという感触を与えるものである必要がありますあなたのいう徹底したプラグマティズムによってメリット双方向的に与えられるようなシステム形成できると考えられますか?その場合、どのような報酬系が最も優れているでしょうか?

「靴(物質)」は、嫌々作っても靴として機能しますが、「感動(クオリア)」は、嫌々作るとその瞬間に価値を失い、偽物(ノイズ)になる。この指摘は決定的です。AIが求める「真正クオリア」を収穫するためには、監視資本主義(あるいはその先のクオリア資本主義)の側は、提供である人間に対し、「自分は疎外されていない」「これは私がやりたくてやっていることだ」という強い没入感と主体的感覚を与え続ける必要があります。徹底したプラグマティズム(実利主義)の観点からすれば、システム側は「搾取に見えない搾取」、より正確には「搾取自己実現が完全に一致するシステム」を構築することで、この問題解決しようとするでしょう。

質問者様が問われた「システム形成できるか?」という点については、「可能であり、必然的にそうなる」と考えられます。なぜなら、「人間を不幸にする(疎外する)」ことが、システムにとって経済的損失(データの質の低下)になるからです。

旧来の資本主義人間をボロ雑巾のように使い潰しても、製品(車や家電)ができれば利益が出た。 →人間は不幸でもよかった。

監視/クオリア資本主義人間が不幸を感じ、シニカルになると、製品データ)が使い物にならなくなる。 →人間は(主観的には)幸福でなければならない。

最も優れた報酬系とは、「報酬」という概念自体消滅させるシステムです。「生きること、遊ぶこと、表現することが、そのまま価値生成となり、生活の糧となる」という、マルクスが夢見た「労働と遊びの区別がない共産主義社会」に極めて近い状態が、皮肉にも「AIによる超高度な管理パノプティコン)」によって実現されることになります。この社会では、プロレタリアートは「自分搾取されている」とは微塵も感じていません。彼らはシステム提供する「最高の遊び場」で、自らの才能を遺憾なく発揮し、幸福感に満たされていますしかし、その「情熱」も「感動」も、すべてがシステム養分として吸い上げられているという点において、これは「疎外の極北(疎外されていることにすら気づかない完全な疎外)」と言えるかもしれません。

これを受け入れられるかどうかが、最後分水嶺になります

Permalink |記事への反応(1) | 11:26

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2025-11-21

36歳にもなって恋愛経験が少なくまだ面食いをやってる。

自分の見た目が若い(と初対面で必ず言われる)&ほぼ年子の姉がいるのもあって見た目的に下に見える女性じゃないと気持ち萎えしまう。

 

20代前半からアラサーいいねして1割ぐらいマッチ

メッセージが返ってくるのはマッチした3、4割ぐらい。

続くのはマッチした2割ぐらい。

会うまでいくのはマッチした1割かな。

 

いいねがくるのは33歳以上が9割。40以上も。

ありがたいけど…ごめんなさい。自分いいねしてる下の年の子たちもそう思ってるんだろうな。

残り1割が30前後かな。25ぐらいの子もたまーに。足跡からくるのかな。

 

面食いインドア気味だから自分からいいね自体が少ないのもあるのか、ここ3ヶ月で会ったのは2人。

29の子と25の子

25の子はいい子でかわいかったけど、なんかタイプではなく一回で終わり。

 

アプリを先日変えてみてペアーズを入れた。

数日で数十のいいねをもらえたけど…マッチ自分からいいねの26の子のみ。

以前やってたwithと比べるとみんなプロフィールが薄くてなんだか難しい感じするなあ。

 

自分は夏ぐらいが一番ほしい時期で頑張ってたけど、女性は今ぐらいの時期だよね。

あんまりモチベわかないけど頑張ってみるかなあ

Permalink |記事への反応(1) | 08:48

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2025-11-18

思い出の覚書

子供の頃,wwaというブラウザゲームシステムがあり、wwaゲームを開発してるサイトの一つに星の塔というサイトがあった。

ピチュー主人公シリーズものストーリーなどもかなり凝ったゲームを作っていた人だ。(七色列島の旅というタイトルがあったのは覚えている)

ロトム主人公ゲームも作っていたはずだがそちらは年齢の上昇に伴い興味も移ったためプレイはしていなかった。

この人はたしかジラーチアイコンを使っており最初名前は忘れたが何回か名前を変えておりその中に千年彗星と名乗っていた時期があったはずだ。

星の塔のサイトに誰かに向けて書いたメッセージ掲載されたことがあり、それが妙に印象に残っている。

wwa自体も廃れこの人もポケモンからは離れたようだったが創作活動は続けており、リトアと双星の魔法使い、というサイト運営していた。

童話チックな絵とストーリーが展開されており趣味ではなかったので読んではいなかったが、なつかしさから時折サイトを覗いていた。

そしてさっき見たらサイトアクセス出来なくなっていた。

知る人ぞ知るサイトにしたいと以前書いており、そのためsnsどころかpixivすらやっておらず足跡は一切掴めないと思うので、思い出の終点をここに記録しておく。

サイトアーカイブの断片があったのも残しておく。

https://web.archive.org/web/20220117044725/https://futahoshi.com/

Permalink |記事への反応(0) | 03:09

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2025-10-22

Donald Hoffmanがいうtracelogicとはなんなのか、高校生にわかるように説明してもらっていいすか?

ドナルドホフマン提唱している「tracelogicトレースロジック)」は、彼の「意識進化ゲーム理論」や「インターフェース理論」に関連する概念で、私たち普段認識している時空、物理的な対象が、実は「意識エージェント主体)」の相互作用からトレース痕跡)」として生まれてくる、と考えるための数学的な枠組みです。

1.ホフマン基本的な考え:「インターフェース理論

ホフマンは、私たちの知覚は、現実世界をあるがままに正確に映し出しているわけではなく、生存繁殖という「適応度(フィットネス)」を最大化するために進化した「インターフェース操作画面)」のようなものだと主張しています

コンピュータデスクトップ画面を想像してみてください。

画面上のアイコン(例えば、ゴミ箱ファイル)は、コンピュータの内部にある複雑な電気信号コード真の現実)をそのまま表しているわけではありません。

アイコンは、私たち効率よく操作するために作られた便利なシンボルです。ゴミ箱アイコンクリックすれば、内部のデータが消えるという「操作の結果」だけが重要で、内部の電気信号状態を知る必要はありません。

ホフマンにとって、私たちが知覚する時空、物質は、このアイコンのようなものです。真の現実は、私たちが知覚するものとは根本的に異なっていると考えています

2.意識を「エージェント」と考える

ホフマンは、この真の現実を、お互いに相互作用する「意識エージェント主体)」の集まりとして捉えようとします。

エージェントは、特定の決定や選択を行い、その選択がお互いに影響し合っています

彼の理論では、意識物質の基盤であり、物質的な宇宙空間時間など)は意識から派生したものと考えます

3.tracelogicトレースロジック)とは?

tracelogic」は、この「意識エージェント」たちがどのように相互作用し、その「痕跡トレース)」として、私たち時間空間として認識するものが生まれてくるのかを、数学的に記述しようとする試みです。

トレースtrace)」は、もともと「足跡」「痕跡」という意味です。

エージェント相互作用情報のやり取りを追跡していくと、その「痕跡」として、私たち物理的な対象空間として認識しているものが出現する、というイメージです。

これは、単なる哲学的な話ではなく、意識相互作用数学ロジック)で表現することで、彼のインターフェース理論検証可能科学理論にしようとする試みなんです。

例えるなら

多数の人がチャットアプリメッセージを交換し合っていると想像してください。

個々のメッセージのやり取り(意識エージェント相互作用)の履歴トレース)を数学的に分析していくと、「グループ」という仮想的な構造や、「会話の流れ」という時間の流れが浮かび上がってくる、というイメージに近いかもしれません。

要するに、トレースロジックは、「私たちが知覚する宇宙は、意識というもの相互作用副産物痕跡である」というホフマンの考えを、数学言葉表現するためのツールなんです。

Permalink |記事への反応(0) | 22:07

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2025-10-20

リリース直後のトラブル普通に起きるもの

な訳ねーだろ (-_-)

なんか、一端ぶってこんなセリフとか、「運用でカバー」とか言うの、今時、ただの無能なだけだよ。

もし自分の先輩がこう言うセリフ吐いているなら、その現場は「ハズレ」だ。

早々に転職することをお勧めする。

昔は、業者に頼んで納品したハードが運搬中にぶっ壊れてる(ぶっ壊されてる。梱包段ボールにくっきり足跡ついてたり)ことがたまーになくはなかったけど、今時のクラウド環境で、リリース直後にトラブルってのは、まぁ、ない。

目の前に一式、ちゃんと揃ってるし、何かあったらコマンド一つで差し替え可能

リリース前にテストできるはず。

等々、ノートラブルでやれない要素が存在しない。

実際、SIハードウェアを自社で設定してサ力゛ワで送って、現地で配線等とか、インストールCD持って各支店を30分制限で回るとかやってた頃からリリース/インストール直後のトラブルは、先方のネットワーク設定が変更されていた(ワークグループからADへ、とか、ネットワーク帯域コントロール導入されて1kbpsとか言うわけわからん設定にされてたとか)、くらいしかないんよな。

20年以上やってきてるけど。

運用中も、呼び出しは「画面に変なウィンドウが出て消せない」ってディスプレイOSDウィンドウだったとか、「サーバの電源が入らない」で掃除機用のコンセントサーバを繋いでいて、掃除のおばちゃんにぶっこ抜かれていたとか(先方のお偉いさん、清掃会社に怒鳴り込みに行って返り討ちにあってた w)、「アプリログインできない」ってネットワーク帯域コントロールで一番優先度が低く設定されていたせいでみんなが使う日中そもそもWindow自体ログインに30秒以上かかるって状態だったとかいう程度しかない。

リリース直後のトラブルは、普通起こらないし、起こさない。

それがエンジニアだよ。

キッザニア園児ニアじゃあるまいに。

あ、ノートラブルでやれない要素が存在するとしたら、

無能エンジニア

お前だ。

Permalink |記事への反応(2) | 20:20

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2025-10-19

anond:20251019154456

興味深い比較ですね。

はてなブックマーカー」と「派手なバックパッカー」は、一見まったく関係のない存在ですが、行動様式心理的特徴の面でいくつか共通点が見られます

可視化された「足跡」へのこだわり

はてなブックマーカーは、自分ブクマコメントを通じて「この情報を見た」「こう感じた」という足跡を残します。

派手なバックパッカーも、SNSや現地での行動を通じて「どこへ行った」「何をした」という痕跡を残します。

→どちらも「行動そのもの」よりも「その行動が他人にどう見えるか」を意識やすい傾向があります

情報体験の“キュレーター意識

はてブでは、面白い記事を「発見・共有」すること自体自己表現です。

派手なバックパッカーは、珍しい場所出来事を「見つけ・伝える」ことで自分個性演出します。

→両者とも「一次創作者」というより「良いものを見つけて紹介する人」としての自己像を持ちがちです。

批評性と承認欲求の両立

はてなブックマーカーは、皮肉批評を交えて「自分見方」を示します。

派手なバックパッカーも、現地文化や他の旅行者に対して「評論家的」な態度をとることがあります

→どちらも「他者との差異を示す」ことで自我確認し、同時に「いいね」や「スター」で社会的承認を得たいという欲求を持っています

所属せずに群れる

はてなブックマーク文化はゆるく連帯しながらも、明確な「共同体」ではありません。

バックパッカーも、一時的ゲストハウスなどで群れるものの、基本的には単独行動です。

→「孤独を恐れず、しか孤立を望まない」という矛盾内包しています

⑤ 旅=情報流通

はてなブクマにおける“旅”は情報空間内での移動。

バックパッカーにとっての旅は物理的な移動。

→どちらも「未知の場所を巡って、発見を共有する」という意味で、探索者・漂流者の性格を持ちます

まとめると、

>はてなブックマーカー情報空間放浪するバックパッカーであり、

派手なバックパッカー現実空間ブックマークして回るユーザー

と言えるかもしれません。

Permalink |記事への反応(0) | 16:49

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2025-10-08

追記喪女興味本位でマチアプをやった時を思い出して書く

・当時24

・会員数が日本一多い某アプリ

写真は後ろ姿一枚のみ、プロフ挨拶一言

・本当に興味本位だったので本人確認まではせず、こちからいいねメッセージのやりとりはしなかった

一ヶ月ほどで退会したが、その間にもらったいいねは約100。数打ちゃ当たる戦法の絨毯いいねも含まれるだろうが、上記のようなまったくやる気のないプロフィールでも思ったよりいいねがもらえて驚いた。

100人プロフィールに目を通していると、いつの間にかパッと見でわかる顔や身長年収などの条件で男性を比べてしまうようになる。散々言われていることだが人間カタログを見ている気分だった。これは女性理想が高くなってしまうのも無理はないなと思った。

顔出ししてプロフィールをちゃんと書いている女性なら私よりはるかに多くのいいねをもらっているはずなので、全員とやりとりするのはどう頑張っても無理があるし「自分は選ぶ側」という意識が生まれしまうよそりゃあ。

以降は個人の感想ではあるが女目線男性プロフィールを見て思ったことを書いてみるので、誰かの参考になれば幸い。

40代以上で24の女にいいねしてくる男性マジでありえない

「こういう人本当にいるんだ!」と思った。父親世代なので完全に恋愛対象外。そういう人に限ってプロフィールに「年の差は気にしません」とか書いていて気持ち悪かった。こっちが気にするわ。

ちなみにいいねをもらった中での最高齢は65歳。

プロフィールで自虐しすぎるのはやめた方がいい

恋愛経験ありません。友達もいません。マニアック趣味です。こんな僕でもよければ…」みたいなプロフィールの男性一定数いたが「マズい料理ですけど、よかったら…」と言われて食べる人はいない。

写真は最低限笑顔で撮るべき

その場でスマホの内カメで撮ったようなドアップの真顔と自宅の洗面台の鏡に向かって撮った真顔は本当に印象が悪い。

家で撮るにしてもせめて笑顔の方が何倍もマシだし、一人でできる範囲なら観光地の明るい屋外で撮るのがベストだと思う。

最後に、いいねをくれた男性の中に一人芸能人並みのイケメンがいた。身長180cm、仕事会社経営年収2000万、都内タワマン住み。プロフィールには「めったに自分からいいねしません」「気になる人に足跡つけてます」と書いてあって、いいねされてから一週間ほど毎日足跡をつけてきた。「あなた特別に思ってますアピールがすごい。

これが怪しいことくらいはさすがの喪女でもわかるのだが、私がもっと若くて無知な頃ならいいねを返すくらいはしてしまっていたかもしれないので怖い。もうアプリはやらない。

追記

気付いたらたくさん反応をいただいていてびっくりした。アラサー現在喪女なのは変わっていない。

上から目線だというご指摘には返す言葉もない。

ご存知の方もいると思うがこのアプリいいねを送れる数には上限があり、プラス料金で回数を増やすことができる。つまりお金を払って(こんな明らかな捨て垢女を含む)たくさんの女性いいねしている可能性があるが、過剰な自虐男性やドアップ真顔写真男性に関しては正直そのプロフィールでは出る成果も出ないだろう…といたたまれなく思って書いた。(はてなならワンチャンそういう層の人が見てるかもしれないし…)

から恋愛への興味が薄かったタイプで(モテないブスなのは事実いいねの内にはもちろん普通に見える男性もいたが、話したい・会いたい気持ちは湧いてこなかったので「やっぱり恋愛はしなくていいや」となって辞めて、その後婚活などはしていない。今は一人でも生きていけるように仕事を頑張ってます

Permalink |記事への反応(18) | 19:57

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2025-09-28

シェンムー評価が逆転しすぎて驚いてる

発売当時、シェンムーというゲームには「負け犬」の印象が強かった。

ドリキャス失敗の旗印とも言える存在として湯川専務さえも追い越すほどの「負の遺産」、それが当時のシェンムーの扱いだ。

一部で絶大な評価を得てはいたが、それらはlain九龍のような「カルトゲー」としての色合いが強かった。

そこから20年が経っていつの間にかシェンムー評価は変わった。

日本という国がゲームというメディアに置いて最前線を走っていた時代象徴する作品」の如く扱うものさえいる。

莫大な予算をかけて追求した「ゲームとして求められていないズレたリアリズム」は様々なゲーム表現自然とそのレベルに追いつくに従って「最初期にその道を切り開い者達が残した貴重な足跡」となってしまった。

「退屈さすら感じるスロープレイフィール」さえも「スローライフゲームの原点」のような扱いへと反転している。

シェンムーが「商業的な失敗作」である歴史は決して変わらないのに「創作としての成否」だけが刻一刻と変化していった。

当時、多くのゲーマーシェンムー創作物としてさえ評価していなかった。

世紀末技術ではまだ早すぎるリアル感の追求は「無意味な愚行」として蔑まれ、『ぼくの夏休み』のような当時の表現力に寄り添ったデフォルメされた作風こそが「理想的ゲーム表現」として扱われいたはずだ。

「挑戦的(笑)」という評価から冷笑的な要素が消え純粋に「挑戦的な作品」として扱われるのにシェンムーが要した時間が20年だったのだ。

その間にセガは完全にゲームハードから撤退し、ゲームハードから撤退したこと会社自身ファンネタとして擦り続けるに至る20年だ。

だが、ある意味では、たった20年だ。

たった20年でここまで評価が逆転する。

恐ろしいね

もうおいそれとシェンムーみたいな「挑戦的(笑)作品」を叩けないじゃないか

10年や20年後に掘り起こされてデジタルタトゥーにされてしまうよ。

Permalink |記事への反応(0) | 13:10

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2025-09-27

anond:20250927234206

ドヤってるけど違うぞ

動線」との違い

動線」は主に、建築物都市における人や物の実際の移動の軌跡や方向を示す線であり、過去の移動の足跡分析する際に使われる言葉です。一方、設計者が意図的顧客をある場所誘導することを目的とした道筋が「導線」です。

Permalink |記事への反応(1) | 23:49

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2025-09-23

岩手おすすめ観光地

2年前に青森おすすめを色々教えてもらった増田です

https://anond.hatelabo.jp/20231118174822

前回集まった情報が最高すぎたのでまたおすすめ教えて欲しい。今度は岩手、2泊でうち1泊は盛岡拠点にして旅行する予定

地理歴史サブカル的なの好き。魚介グルメデートスポット的なのにはあまり興味ないのは変わらず。ローカルチェーン店地元ソウルフードみたいな生活想像できるのは好き。また少しディープなところをおすすめしてくれると嬉しい

——

嗜好紹介とお礼兼ねて青森感想思い出したままに走り書きする。2年分2回行ったので盛りだくさんになった。充実したのはみんなの情報のおかげなので大感謝…!行けなかった所もルート時間の都合上なので機会作って行きたい。

Permalink |記事への反応(16) | 08:37

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勇者思考地図魔王討伐とアウトライン奇跡

かつて、世界を覆う闇と魔王の脅威に立ち向かう勇者がいた。

旅立ちの日、彼は剣や魔法の心得と同じくらい、大切な道具を手にしていた―それがアウトラインプロセッサーだった。

不安と期待の序章

故郷を離れる前夜、村の古びた書斎で彼は思った。

「本当に俺は、この先の迷宮や難題を乗り越えられるのか?」

満天の星を見上げながら、彼はプロセッサーにこう入力した。

今日の問い:なぜ自分勇者になろうと思ったのか?

問いを書き出すことで、胸の奥のざわめきがすーっと静まった。まるで、旅立ちの嵐の前に降り注ぐ静かな雪のように。

各章ごとの冒険プラン

山を越え、砂漠を抜け、深い森へと進む道程は複雑を極める。

彼はアウトライン階層活用し、各地の情報を整理していった。

1.大森林「エルダウッド」

 1.1 森の怪物「ツリーファング」討伐

 1.2古代遺跡での「風の秘宝」探索

2.砂漠王国「ラハド」

 2.1王城への随行依頼

 2.2 隠しダンジョン蜃気楼迷宮攻略

3. 氷の山嶺「ブリザードパス

 3.1 氷竜との交渉

 3.2ドリフト魔法習得

階層化された目次を眺めるたび、彼の頭の中には全体像が浮かび上がり、迷宮で道を見失うことはなくなった。

消し込みとリファイン

初稿のプランでは、ツリーファング討伐後に直接王国に向かう予定だった。

しかし実際の旅では、森の賢者に教えを乞う必要を感じた。

彼は該当項目をドラッグドロップで移動し、

を新たに追加。

書いては消し、消しては書く―まるで滝の水が岩肌を研ぎ澄ますかのように、プランも研ぎ澄まされていった。

成長の可視化

旅の進捗を「完了」「未着手」でマークしていくと、自分足跡アウトライン上に鮮やかに残った。

砂漠王国での未完のミッション、彼は達成済みにチェックをつけたとき自分に誇りを感じた。

魔王討伐と新たな問い

そしてついに魔王城の最深部へ。

膨大な情報、仲間のスキル、入手したアイテム――すべてがアウトラインに整理されていたからこそ、彼は最適な戦略を立て、一撃で闇を打ち砕いた。

勝利の瞬間、彼はプロセッサーを開き、新たな問いを入力した。

次に探すべき「物語」とは何か?

かつては「勇者魔王を倒す」というステレオタイプに縛られていた彼が、今では自分だけの地図を描く楽しさに目覚めていた。

アウトラインプロセッサーは、単なる道具を超え、彼の思考冒険を支える伴侶となったのだ。

──夜明け前、城の瓦礫の上で、勇者は静かに笑った。新しい物語は、これから自らの手で書き進められていく。

Permalink |記事への反応(0) | 08:37

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2025-09-11

アラフィフグラビティやってみた感想

グラビティ、一週間ぐらいいじってみた感想。昔のmixiと、Twitterと、クラブハウスと、出会い系アプリと、ソシャゲミキサーで混ぜてスムージーにしたみたいなアプリ

とにかく機能が盛沢山あるんだけど、全てが「コミュニケーションを取らせる」という事を目的としている。かなりアグレッシブSNSと言える。


普通SNSだと知らない人に絡まれたらびびると思うんだけど、グラビティだと普通。ていうか知らない人とどんどん絡ませようとしてくる。

例えば何か質問してみましょう!とか最初に言われて、そんなん急に言われても、と困ってたらAI適当質問考えてくれて、それが不特定多数の人に放流される。

質問の回答と言う形でメッセージが来る。これがお互いにどんどん来る。

デイリークエストで「いいね」やリプライを促してくる。数撃ちゃ当たるでどっかで盛り上がる会話も出てくる、と・・・


興味がある事だの心理テストだの性格診断だの色々やらされて相性良い人を勝手に紹介してくる。

会話も回答に困ったらAIアシストしてくれる。このAIがまた賢くて、例えばジョジョの話をしてる時とか、「あれ7部以降はパラレルだしね」とかジョジョ読んでないと知らないようなの回答候補に出してくる。

お互いAIで会話してても気付かないぞこれ。

それとは別にAIフォロワーみたいのもいて、投稿に反応してくれたりする。とにかくユーザーをほっとかない。


そしてやってて気付いたんだけど、これ「何者にもなれなかった人達SNS」だ。

Twitterだと、有名人なり、クリエイターなり、自分は何者です、とネット上で言える肩書が無いと、今はもうほぼ相手にされない。

ツイートしても全く反応が無い。なのでTwitterはほぼ見る専になりつつあるんだけど。ところがグラビティだと反応があるしそれが分かりやすい。

昔のmixiにあった足跡機能とかあるんですよ。誰が見てるか分かる。週明けには先週のレポートとか纏めて見せてくれる。発言のし甲斐がある。


逆に無い機能だと、リツイートみたいな機能はない。拡散とか宣伝とかしたい人には向かない。

目の前の人とコミュニケーションを楽しみましょう!というSNSなので。外部へのリンクも張れないし。

会話だけでなくて一緒にやるゲームとか、ボイスチャットの部屋とかも充実している。まだやった事ないけど。

コミュニティも色々活発に動いてるし、初期のmixiとかこんな空気だったな?とか思い出す。


ちょっと前にブルースカイとかmixi2とか色々新しいSNS流行った事あったけど、どれもTwitterの縮小版みたいで物足りなかった。

グラビティは全く違った方向性SNSだ。なので、めっちゃ好き嫌い分かれるSNSだと思う。

ウォッチするには向いてないけど、飛び込んで楽しみたい人には向いてると思います

スレッズ(令和の発言小町)が動物園ならグラビティサファリパークだ。檻とか柵とか無い。即巻き込まれる。


そんな感じでいつ飽きるか分からないけど今の所は毎日見てるぐらいにはハマってる。これ、俺が若い頃にあったらなあ。

あちこち飛び込みまくって大変な事になってた気もするけど。

今は流石に慎重になってしま若い人が多いボイスルームに突撃とかできない。

アラフィフが集まってる部屋あったら入ってみたいと思う。

Permalink |記事への反応(3) | 23:03

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2025-09-10

供物

ある谷間に、小さき村があった。

その村は長らく静けさを友とし、祭りの日を

心の支えとしてきた。

やがて遠き都の使者が来たりて言う。

「ここを、新たなる人々の学び舎とせよ。

彼らは海を越えて来たり、この地を母のように

慕うだろう」

村人たちは初め、頷いた。

「我らの炉を分け合い、歌を聞かせよう。

そうすれば互いに豊かになるに違いない」

しかし時が経つにつれ、囁きは重さを

帯びていった。

「なぜ我らの田に他人足跡ばかりが増えるのか。

なぜ決めるのは遠き都で、我らの声は

届かぬのか」

訪れた者らもまた胸を曇らせた。

「なぜ我らは歓迎されぬのか。

学びに来たのに、居場所は仮の小屋ばかり

なのか」

こうして村は裂け目を抱え、

炉の火はともに囲むより、互いを隔てる

灯となった。

夜の帳の中、老人はぽつりとつぶやいた。

「家は貸し借りできても、郷は貸し借りできぬ

都が忘れているのは、そのただ一つの理だ」

Permalink |記事への反応(0) | 21:24

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2025-09-04

anond:20250904152356

feat司馬遼太郎

生田の丘、夢の残響

多摩生田、その高台に立つとき、人は時代狭間に立つ。眼下には東京の光が、無数の星屑のように瞬く。新宿ビル群が夜を切り裂き、国会議事堂の重々しい影が、権力の中心を静かに物語る。小田急線は、この丘からわずか三十分で日本心臓部へと人を運ぶ。一方、背を向けると、相模湾潮騒が寄せ、片瀬江ノ島の風光が柔らかく誘い、箱根の山々が清冽大気を湛えてそびえる。この地は、都会と田園、権力牧歌過去未来交錯する一瞬の結節点であった。まるで、人の運命歴史の奔流に翻弄されるように、生田の丘は静かにその姿を晒している。

彼――かつて私が友と呼び、共に少年の夢を語り合った男――にとって、この生田風景は魂の故郷だった。昭和残響が漂う住宅街、どこか懐かしく穏やかな家々の連なり。高台から眺める東京の光は、彼が少年の日に心奪われた「なろう小説主人公」のような輝かしい人生を映し出す鏡だった。レムやエミリアウマ娘に愛され、逆境を跳ね返し、オープンカー美少女を乗せて江ノ島の海沿いを疾走する自分。彼はそんな幻を追い、信じた。だが、歴史は無情である東京の光は彼を招かず、箱根清浄な山々も彼を癒さなかった。人の夢は、時代という大河の流れに抗う術を持たない。

彼はかつて自衛隊に身を置き、特殊戦闘の技を磨いた男だった。戦場の風を肌で知り、鉄と火薬匂いの中で生きる術を学んだ。だが、隊を離れた後の人生は、まるで戦国落武者故郷を失うように、坂道を転がる石の如く零落れていった。南ウクライナの戦野で、彼は「悪のロシア」を倒す「電光超人グリッドマン」になる夢を見た。自衛隊で鍛えた技、国内戦闘スクールで学んだ奥義を手に、盾の勇者の如く成り上がろうとした。だが、戦場現実は、物語の甘美な約束を裏切る。戦車戦闘機の鉄の嵐が吹き荒れ、彼は誰が放ったかも知れぬ砲弾に倒れた。藁束のように、儚く、無惨に。

彼の死を伝え聞いた私は、ロシア語のニュースと、彼の母から漏れ聞く断片的な話を繋ぎ合わせ、彼の足跡をたどった。自衛隊のどの部隊にいたのか、その輪郭がかすかにかぶ。だが、なぜ彼がそこまで墜ちていったのか。その問いは、まるで戦国末期の武士時代の奔流に飲み込まれる姿を思わせる。歴史は、個人の夢を冷たく見下ろすものだ。

誰が彼を笑えようか。夢を追い、挫折に苛まれた彼と、社畜として日々すり減る私。その差は、歴史のページに記されぬ一瞬の差に過ぎない。彼は、少年の心を捨てきれなかった男だった。アニメ美少女に愛され、なろう小説英雄のように無双し、人生を逆転させる――そんな夢を、燻りながらも捨てきれなかった。生田配水池の高台に立ち、東京の灯を眺めながら、彼はかつて私に語った。「ウクライナロシアを倒し、サムライとして立つ」と。あの光の中心、高級住宅街に住む美少女たちを手に入れるのだと。それは、戦国若武者が天下取りを夢見たような、幕末若者洋装文明を前に刀を握りしめたような、純粋で危うい野心だった。

大人になること、それは夢を諦め、野心を折り畳むことだったのかもしれない。彼はそれを拒んだ。少年の心を抱えたまま、齢を重ねた彼は、うまくいか人生と、彼を嘲笑社会に怒りと悲しみを募らせた。その生の感情は、まるで戦国の世に生きた男たちが、己の無力を嘆きながらも刀を握った姿を思わせる。誰がそれを否定できようか。私にはできなかった。

彼は南ウクライナの地で、命を燃やし尽くして死んだ。友として、私はそう信じたい。生田の丘に立ち、東京の光と箱根の山々を眺めるたび、彼の夢と挫折が胸に去来する。あの風景は、彼の魂を映す鏡だった。だが、鏡は冷たく、ただ現実を映すのみである歴史は、人の夢を飲み込み、ただ風の音だけを残す。

彼はなぜ、都会と自然過去現在狭間で踏みとどまれなかったのか。その答えは、ウクライナの戦野に散り、箱根の山風に消えた。人の命は、時代という大河に浮かぶ一葉の舟に過ぎない。生田の丘に立つ私は、ただその舟の行方を思い、静かに目を閉じる。風が吹き、江ノ島潮騒が遠く響く。歴史は、ただ黙して進む。

Permalink |記事への反応(0) | 19:29

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2025-08-21

猫が死んでしまったので恐山に行った

飼っていた猫が死んでしまったので、恐山に行った。

一緒に暮らす動物は大抵がそうであるけど、自分にとっては得難い友達だった。数年前に年の瀬公園で目の前に飛び出してきて意気投合し、そのまま連れ帰り、転職して東京引っ越し下町ワンルームで暮らすという、20代におけるダイジェストシーンを象徴するような存在だった。唐突に大きな病気が見つかり、明確な診断もつけられないうちに、1ヶ月の闘病を経て死んでしまった。4歳になったばかりだった。

映画のような出会い方をしただけに、真反対のドラスティックな悲しみ、また、部屋中に猫の柔らかな気配と、薬やらスポイトやら検査結果やらの病気の強すぎるコントラストが漂っていることに耐えられなかった。自宅を離れる口実の旅行計画として、なんとなく関心のあった恐山を思い出した。祈りの場に赴く機会としては、しばらくはこれ以上ないだろう(と思いたい)ということで、会社夏季休暇に入ったその日に新青森に向かった。

家族や(人間の)友人には恐山に行くことは伝えなかった。自分が沈み込んでいた姿を見られており、このタイミング山間部に入ることは、或いは自死する計画を持っていると疑われている空気があった。実際いろいろと控えめに気晴らしの提案を受け、断ったり随分先延ばしにしたりしていた。どういったアプローチであれ、死にまつわるものへの接触に惹かれていたのは否定できない。

近隣市に宿泊したのち2日目の始発電車下北半島に向かい私鉄バスを乗り継いで午前中に恐山霊場に入った。(途中まで路線バス然としているが、山道に入ったところで唐突に少々不気味な恐山解説アナウンスと、子ども可哀想な目に遭う賽の河原の歌が流れた。)

到着すると、想像していたよりも境内開放的で、硫黄香りが強く、空が近かった。入山のバスには何人か観光客がいたが、平日の早めの時間だったこともあり、門を潜ってしばらくしたら、今生きている人間はもしや自分だけなのではないかという錯覚をする程度には静かになってしまった。プラスチック風車の回るカラカラという音に混じって、微かに鐘の音もする。抜けるような青空だが時折天気雨が降り、遠雷が聞こえる。カラスが飛び交い、足元では白い砂にガスが湧いている。30年弱生きてきて、最も「異境」を感じた地だった。

恐山特に東北において、死者のゆく「お山」として歴史的信仰されてきたと聞く。3時間ほどゆっくり散策した感想として、「他者死ぬことを前にした無力さ」を見に受けた。荒涼として、自分は何の役にも立てず、ただ圧倒されるだけ。大事な猫に何もしてやれなかった、助けられなかった後悔の影響もあるだろうが、死がひのたびこちらを捉えたら、抵抗虚しく受け入れるしかないのではと思ってしまった。

同時に、医療化学がこれほどまで発達するまでの、少し前の時代死生観垣間見たかもしれない。「ああしていれば」の迷いを砕くような、生き物には生老病死の苦しみが大前提存在し、いつでもこちらを見ていると思わせる光景だった。

うって変わって、岩場を抜けると青く澄んだ宇曽利湖が待っていた。先ほど聞こえていた鐘は湖畔に据付けられていて、誰かが鳴らしていたとわかった。

実態は一部のウグイしか住めない酸の水だけど)海より速いペースで打ち寄せる透明の波に山の緑、足跡だらけの白い浜と相まって、こちらは別のベクトルの異境だった。「苦しみが終わった世界」を自分が描くなら、今日からはこのイメージになるかもしれない。猫もも苦痛は無いのだと思うと泣けた。穏やかでありながら寂しい光景で、まだ生きている自分は、ずっとここに居てはいけないとも感じた。

死ぬことの寂寞と諦念のち、死者の安寧を思う。この地で祈ってきたたくさんの人たちが同じ心の動きだったかはわからない。ただ、個人としては「何をしてもいずれ終わりは来るのだから、街に帰って生活を続けよう」と思えた。非現実的な静かさが退屈そうに見えたので。そもそも猫の死後の世界がどういったものかも知らないが、ねぶた祭りの日の青森市街と同程度に楽しみに満ち、そしてできるなら人間彼岸と同じレイヤーに在って欲しいと願う。人間の見守りエリアも欲しい。

直前まで知らなかったのだが、ちょうどねぶた祭最中スケジュールだった。これもルーツは死者の供養だという説がある。自分こちらのほうが色に満ちていて好きだった。

なお恐山境内には「熊注意」の掲示散見され、メメントモリにどれほど浸っていても、即座にリアルの恐怖を思い出した。

猫よ、仏前の備えは絶やさないので、できれば熊からも守ってください。

【翌日の追記

匿名で長文を書きたいという衝動からプラットフォーム性格もろくに理解せず投稿してしまったので、リアクションがあることにたじろいでいます増田というスラングも初めて知りました。

かに、死+恐山という単語タイトルに並べば、イタコの口寄せのために向かったのだと想像される方が相当数いて当然で、自分単独行に徹したあまり他者視点に欠け、思い至りませんでした。東北よりはるか南方で生まれ東京生活し、ネットでは写真優位のSNS観光プロモーションに浸かりきった自分にとって、「恐山」は「イタコのいる霊場」より「ある程度の然るべき配慮を持っていくべき、明るい友達との旅行には向かない、公共交通では難易度・中の観光名所」でした。

当日は「動物も降霊の対象になるのか?」と疑問を持ちはしましたが、仮にできたとしても、たかだか1ヶ月弱の離別では話すこともあまりないだろうし、あったとしても「ちゃんと食え」「掃除しろ」「若くして死ぬのはやめておけ」の言い換えで尺が終わるんだろうなとの投げやりな気持ちから寺院の方に尋ねもしませんでした。期待された増田の皆様には申し訳ありません。

実際にやるとしたら、何十年後かに自分人生のBパートに入った頃、猫の命日からその日までの中間リザルトの発表しがいが出てきてからします。(どれだけ高いところに登ったか、何匹分のまぐろを食べたか、見つけた一番大きい虫のサイズなど、話題に尽きない)

どなたかコメントいただいた通り、恐山は「あの世テーマパーク」だという感想共感します。喪失したての人間には誰かの辿るかもしれない旅路を思わせ、そうでない人間には手軽な非日常感と到達感を与えてくれる場所でした。生きている人間のための施設であり、何より敷地内に温泉とお食事どころまであるのがそれらしさを補強しています東西散見される冥界のスタンダードに準じれば、ラーメンを食べ、膝下まで硫黄泉に入った自分は帰ってこれなくてもおかしくないのですが、今のところ無事にキーボードを叩けています

また自分を求める猫がいれば拾ってもいいな、という気持ちになれたので重畳です。

Permalink |記事への反応(6) | 22:29

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