
はてなキーワード:論語とは
落下の王国の感想を見ていたら、はるかぜちゃん母の数年前の論争を思い出した。
一人はスタントマンの男で、恋人である女優をスター俳優に寝取られた上、女優を振り向かせようと張り切りすぎてスタントに失敗、高所から落下して下半身不随になる。
もう一人はルーマニアからの移民の5歳女児で、「怒った人たち」に家を燃やされ父を殺害され、母とともに果樹園で住み込み労働し、オレンジの収穫中に落下して片腕を折った。
入院中に二人は知り合い、女児は暇なので男に「お話して」と求め、男は壮大な物語を即興で作って聞かせ、その見返りに薬品室からモルヒネを盗んで持ってくるよう女児にそそのかし、自殺を計画する。
女児を演じるカティンカ・アンタルーはその一作しか出演歴はないようだが、再上映によって語られた近況では才媛に育っているという
演劇経験のなかったカティンカだが、監督に射止められて初出演で初主演となった
撮影には工夫がなされ、スタッフが何人もそばにいると女児が集中できないので男役と二人きりにして窓の外から超遠景で撮影してたり、男は演技ではなく本当に下半身不随なのだと嘘を教えたりしていた
(当時、男役の俳優は無名だったので他の多くのスタッフも下半身不随を本当だと監督に思わされていた。俳優は入院パートの撮影中はトイレなども介護されていた)
涙を流すシーンでは予防接種を受けさせて本当に泣かせたり、単に退屈だからとむずかって泣いてるところで「使える」と撮影に持ち込んだりしていた
物語や設定の全容を明かした上で演じさせる大人の役者の撮影とはやり方が全く違っていた
松崎が「子役にトラウマを与えないでシリアスな物語を撮る方法」を紹介した際に、はるかぜちゃん母が「子供でも役者なのに冒涜だ」と怒ったのである
はるかぜちゃん母は複垢を大量に持っているが、このアカウントではCherryと名乗っている
#拾われた男 (アメリカ編) 8話の、タケシが子役に怒鳴るこのシーンですが、3歳の子役に心的ストレスを与えないよう「口パク」で撮影されています。しかも「お兄ちゃんが変な顔をするから、そしたら驚いた反応をしてね」という「お芝居ゲーム」として演出されています。これが2022年の日本の演出です。
2022-08-15 00:04:30
@sakurako_haruna
ダメです。「変な顔をするから、驚いた反応をしてね」じゃなく、怒鳴られたつもりでお芝居してねと言わないと…
それっぽく見えれば良いからと1人だけ脚本と違う内容を伝えられて、その演技を一生映像に残されたら大人でも嫌じゃないですか?子供でも解釈違いは嫌がります。騙して撮るのはやめて😖
https://x.com/sakurako_haruna/status/1559342314887073792
うちの子が2歳の時も監督は子供にも分かるようにどういう場面なのか説明して下さいましたし、子供も幼いながら理解して真剣に取り組んでました。アメリカではどうか知りませんが、どんなに小さくても一人前の俳優として扱い敬意を表すのが日本の映画界です。私は子供を預けて良かったと思っています。
そもそもゲームと称して撮影しなければならないような子供をなぜ使うんでしょう…
映像は一生消えません
「別件で泣いてるぞー!泣き顔のシーンとして撮ったろうぜ!」な落下の王国とかはるかぜちゃん母の理屈だとカス映画なんだろうな
ナマの表情を出すために工夫をこらすというのは色んな名画で見られるんだが
@Yuki_Mats
それは「あなた」一個人の感想であり、実際にセットで暴力や暴言を受けてトラウマを植え付けられた子役の気持ちではありません。それとも、あなたは3歳の子役さんですか?
@sakurako_haruna
そういう場面を撮影するのに「実際に暴力や暴言を受けてトラウマを植え付け」る必要はないですが、「あなたはプロとして、暴力や暴言を受けている芝居をします」と言う設定を役者本人に理解させる必要はあります。
子役なら理解出来ます。「変な顔をするから驚いて」などの嘘をつく必要はないです。
@sakurako_haruna
@Yuki_Mats
>「あなたはプロとして、暴力や暴言を受けている芝居をします」と言う設定を役者本人に理解させる必要はあります。
それは「あなた一個人」の哲学であり、その哲学を子役に強制する行為そのものが間違っています。大人の考える「正しい俳優論」を子役に押し付けるからセットで虐待が発生するのです。
@sakurako_haruna
その程度の芝居が出来ないとお思いで?
@Yuki_Mats
@sakurako_haruna
そもそも論として
これだけ達者な子役がいる国で
@Yuki_Mats
それは「大人」であるあなたが勝手に「子役はそう思っているに違いない」と決めた、ただの思い込みですよね。その根拠の無い思い込みをベースに子役に「俳優根性」を強制するのは止めて下さい。それは虐待です。
@sakurako_haruna
「大人に楽しいゲームだと騙されて撮影されて、後から編集で聞いてもないセリフをつけられて、勝手に全世界に公開される」デジタルタトゥー
@sakurako_haruna
その子が役を理解出来ないならムリに撮影せず、降ろすことも優しさですよ。騙して撮って、こうすればそれっぽく撮れます!みんなこうしましょう!ってやるくらいなら、まだ子役を使わない方がマシです。優しさをはきちがえてる。
落下の王国やその他の色んな映画は、はるかぜちゃん母にとって存在してはいけない騙し映画なんだろうな
松崎にはここでもう返信されなくなり、はるかぜちゃん母は松崎が前からポリコレでむかつくとかポリコレ反対とかいうようなことをつらつら一人で語っていたが、やがて鬱々としだした
@sakurako_haruna
この罪は一生背負ってくし
特にまだ芝居やってる長女。
恨まれても仕方ないと思って育ててきたのに
いつも良い芝居見せてくれてありがとね…
昔のはるかぜちゃん母のサイトによれば、はるかぜちゃんがまだお腹の中にいる時点で赤ちゃんモデルにしたくてその手の雑誌を取り寄せていたという記述があるので、ちょっと嘘ついてる部分あるやね
2022年ははるかぜちゃん弟の後の発信を見るに、はるかぜちゃんが母親と喧嘩して家族のLINEブロックしていた時期なので(もっと後かもしれない)、松崎の発言が自分への糾弾のように思えてあれだけ噛みついていたのだろうか
しかしまあ、安達祐実とか体当たり演技の有名子役の母親が怒るならまだわかるのだが、はるかぜちゃんの子役時代の演技なんて知らねえや
子役時代に限らずこれから先もずっと「代表作:Twitter」の人の親が首突っ込む話題ではない
いい驚き顔が取れたなら、それが役者の深い解釈の賜物だろうが、いきなり大声出して不意打ち撮影だろうが、視聴者にはどうでもいい
「あれは僕が驚かせただけなのさHAHAHA」とか後から監督が試写会で語ったところで、それで怒る奴いんの?
へーそんなエピソードがあるんだーおもしれーとしか思わない派だな
アホが撮った映画、もしくは俺とは違う世界線の人間が撮った映画。
4点(100点満点中)
とりあえずこの映画が俺宛てに作られてないことは明らかなのでこの点数がフェアでないことは明言しておく。
紫式部が林修の「いつやるの、今でしょ」をパロるとか、北条政子が徹子の部屋ならぬ「まさこの部屋」をやるとか、ひろゆきのパチモンが出てきて「それってあなたの感想ですよね」とか言ってみたり、この辺のクソみたいなパロディが出てくるたびにDANDAN点数引かれてく(唐突なクソパロディ)。
でもたぶん、この映画はこういうクソパロで「林修wwww」「ひろゆきwwww」みたいな層をターゲットに作られているんだろう。だから俺がこれを見たこと自体が間違いだったのだと思う。
それはそれとして、この映画を作った奴と俺が同じ時代を生きたとは到底思えない。
話の大筋としてはコロナ禍の日本で内閣でパンデミックが発生、総理が死亡。日本は大混乱に陥った。それを解決するためにAI技術とホログラフィック技術を融合して過去の偉人を復活させ、偉人内閣が発足されたのであった。しかし、その偉人プログラムにはある陰謀があって……という感じ。
とにかくコロナ描写がもうめちゃくちゃで冒頭で総理がコロナで死ぬわけ。
なのに記者会見は常にミッチミチに人が詰まってるし、新垣結衣はじめ記者連中はマスクしてたりしてなかったりしてる。財務官僚たちも粗末な部屋でこれまたマスクしたりしなかったりしながらミッチミチにつまって口泡飛ばしながら仕事してる。
え?コロナで総理死んだばっかだよ?そんなリテラシーなことありえる?
豊臣秀吉が「全国民に給付金50万を10日以内に給付する!」って言い出して「方法は知らんけど、やると言ったらやる、やらせる!」という"強い"リーダーシップを発揮するんだけど、ソフトバンクだったらそれでいいんだろうけど国がそれじゃマズいだろ。確かに決断がおせぇよボケと思うことはあるけど、それでも国が動くってことは税金が動くってことであって、とりあえずやってみようじゃマズいんだよ。
そして最終的に秀吉が言うのは「全員呼んでとりあえず手渡しすればええやん。不正する奴?平穏が戻ってから打ち首にすればええやん」ってことなんだけど、これの後半部分は企業給付金で実際にあったことを下敷きにしてるとして、今、コロナ禍なのね。しかも直前に家康がロックダウンを指示してる。全国民、家から出るなと。家から出られないと収入とかが困るから給付金を配るって話なのね。
なんで手渡しで渡すねんボケカスゥ!誰が渡すねんボケカスゥ!パンデミックどうすねんボケカスゥ!そもそもロックダウンどこ行ってんボケカス、◯ねぇええええ!!!!
この脚本書いたやつ、もしかして鶏かなんかなの?3歩しか記憶持たないの?メメントなの?
緒方洪庵を復活させてワクチン研究をさせた結果、一瞬で国産ワクチンが開発されてそれを海外に売るみたいな展開が出てきて、これは日本がワクチンでマゴマゴしてるうちに海外からワクチンを売りつけられたことに対するカウンターだと思うんだけどさ。
確かに緒方洪庵はすごいよ。あの時代に天然痘ワクチンを発明しそれを維持展開する構想力、実行力はまさに偉人だと思うよ。だからって現代のコロナワクチンをそんな一瞬で開発できるわけねーだろ。ワクチンを、医療技術者を舐めてんのかカスゥ!日本でだってみんなコロナに怯えながらも有数の天才たちが集まってワクチン開発しとったわい。緒方洪庵がいたらなぁじゃねんだワ。
あとロックダウンした結果、失職した人いっぱいいるじゃん。困ったじゃん。せや!国営農場作ってそこで雇えばええやん!農場やったら感染率も低いやろうし、自給率も爆上がりして最強や!みたいな話になってワイドショーのコメンテーターも「さすがや!!!」ってなるんだけど、ソフホーズとかなかった世界の話なん?職業選択の自由のない世界の話なん?
ほんまにそう言うこと一切頭になかったん?
このコロナ描写だけ見ても「こいつらってもしかしてコロナがガチの単なる風邪だった世界線から転移してきた人間」だったのか?って感じがしちゃう。もしくは「コロナは元々今くらい全然感染力も威力も低かったけど世界政府の陰謀で死者が水増しされてただけなんだよ!」という思想の持主か。
後はなんかもう国民がバカに描かれすぎてる衆愚政治の極みではとかも気になったけど、今の参政党支持の広まりとか見ると逆にここを批判する気にあんまなれないというか。絶対にそんなつもりはなかっただろうけど時代を先回りした批判的作品になっちゃってるのはちょっと草。草じゃないが。
雑コスプレ感によるチープな絵作りももういいわ。最初に書いたクソパロやりたかったんだったらこれくらいのクオリティで十分なのは実際そうだし。あと偉人の解像度の低さね。小学校の教科書に書いてるレベルのことしか取り上げない。上っ面だけ。なのももういいわ。その辺真面目にやる気なかったんだろうし。
最終的に秀吉VS家康の関ヶ原の戦いになるんだけど、そこで秀吉が10分以上ペラペラペラペラ現代の政治、民衆批判を行うのね。「批判ばっかりの野党」「寝てばっかの政治家」「何の声も上げない民衆」「投票率も低い」「自分の意思もない」「ダラダラ話し合いしないと何も決められん政治家」「列強に好き放題されてる」うんぬんかんぬん。だからワシがこいつらを支配して導いてやるのじゃ!みたいなことを言うわけ。
俺はそもそもテーマを登場人物に喋らせる映画が死ぬほど嫌いっていうのは一旦置いといて。
で、ここの演説が刺さった!感動した!みたいな奴らがいっぱいいるんだけど、俺はこう思ったわけ。
「言ってることが増田なんよ」
もう完全にこれなんよ。言ってることが増田なんよ。増田で1000回は聞いたわこれ系の話。豊臣秀吉現代に復活したら模範的な増田民なのかよ。もうしわけないけど、発言が雑魚すぎるんよ。
それに対して家康は「確かにそうなんだけど、ワイが見てきた限りではみんな頑張ってるしそこまで愚かじゃないと思うから信じようよ」みたいなこと言って国民大感動号泣の中家康コールが巻き起こって秀吉は敗北するのであった。
この作品が世間的に「メッセージ性が強い」から高評価とされてるんだったら、増田で政治論語ってる連中はどんどん映画撮るべきだと思うわ、マジで。
そしてその場で家康は偉人内閣解散を宣言し、偉人内閣は消え失せるのであった。
え!?パンデミックで内閣が機能不能、総理大臣が急死して国内が混乱に陥ったから偉人内閣を発足したのに、当日急に解散宣言して宣言したその場で内閣の閣僚含めて主要メンバー全部消滅するの!?ヤバない?現実の政治でも内閣解散しても結果出るまではみんな大臣としてちゃんと仕事するよ?みんなガチで消えちゃってだいじょぶそ?
その後、普通に投票が執り行われ投票率は70%を越え、国民はみんな国政に関心を持ったのでしためでたしめでたし。
製作者全員が俺が生きてる世界とは別のなんかファンタジーな世界に住んでてその世界にある日本を撮ったとかじゃない限り何一つ納得性のない映画だった。少なくともコロナ絡めたのだけは俺は許せないかな。
コロナ禍において偉人が強烈なリーダーシップを発揮するっていうのがコアなんだとしても、そのコロナ描写がゴミカスだったら全部の説得力終わってるし、コロナ禍でガチで苦労してたり大事な人を亡くした人たちに対してどのツラさげてこの映画をお出しするんだろうって感じ。
2002年、IT業界に入って苦節23年、我慢して糞みたいな特定派遣でいじめられながら生きて、2010年にweb業界に入って、詐欺師や頭のおかしいイキリ意識高い系の役員のスタートアップでブラック労働をして
お金も女もできず、あれだけ熱意があったオタク趣味も秋葉原もいかなくなって、ストレス発散といえば、はてな匿名でテック論でマウント取ったり、年収1200万のイケイケwebエンジニアって経歴詐称して天下国家や技術論語ったり、
やってた時は楽しかったんだろうけど、その後激烈に虚無感と自分への惨めさがきて頭がキューッてなるんだよ、でもやめられないんだよ、だって現実がクソなんだから
わかった気にさせる本が悪いとは言わないが、自分はもっと厳密に分かりたいと思っていて、それで数学書を読むんだけど、こっちはこっちで「難しい議論をしている割に言葉足らず過ぎて分かりようがない」本になっているものが多すぎて、どないしろっちゅーねんって思いになる。
中学では十分証明問題になるような命題が、なんの説明もなくこれこれが成り立つ、だから~という調子でフォローなく証明が続けられるのを見てきた。
それが許されるのなら中学生は「~相似であることを証明せよ」という問題に対して「相似が成り立つからだ」とだけ書けば正解答案として成立してしまうことになる。
思うに証明にはいかにも証明らしい言い回しや言葉以外使ってはいけないかのような暗黙の了解もあるように感じる。
その割には術語を定義したときのその概念の説明には割と自由度を持たせている傾向が見られる。
その概念が関わる具体例を使って概念の目的を丁寧に説明していることも多い。
また証明といっても対角論法の証明は初めて見る人間へのそのとっつにくさがさすがに自覚されるのかなぜ証明が成り立つのか表なりを書いてイメージの力の存分に援用するもうちょっとカジュアルな内容になっていることがある例外もある。
しかしほとんどの場合そういった態度が証明(モード)では見られない。さらっと済まされてしまう。
計算問題では途中式の前後でも自由につまづきやすいポイントを解説した文章が挟まれたりするが、証明問題の解説は模範解答でもって代えていた記憶がある。
つまり模範解答の文章が難しく感じる人にとってはもうその解答を暗記するしかない。論語の丸暗記みたいなもの。
そのままテストとかで通用するようにそういうような解答になっているのだろうか。
数学書も論文として書いて格好悪くないものを、なんていう数学の本質ではないことに配慮して「真似るべきもの」としてそういうスタイルで証明を記述しているのではないかと思える。
であるなら、証明全体が一番目の文、二番目の文…というふうに出来ていたとして「(一番目の文)と書けるのはこれこれがこのような理由で成り立っているからです。しっくりこない人のためにこの理由をさらに掘り下げると~のようになっています。よって(数式)を証明の最初に書くことになります。次に~なのでこの式が二番目に来ることになります~」という解説ではダメなのだろうか?
またこの解説はそのまま証明の一つの形にもなってないのだろうか?
そもそも証明とは万人にその事実が成り立つことを理解できるような形で書かれたものを言う。
一部の人にとって意味も分からず丸暗記するしかないようなものはもはや証明の本来の目的を満たしていない。
オーソドックスな証明を構成する文の全てが含まれてさえいるなら、それの言わんとすることをさらにわかりやすく説明した肉付けの部分が加わった上記のような形の解説も証明の一つの形としていいのではないか。
それをしていいという感覚がないことが世の中の数学書の証明が言葉足らずになっている一因になっているのではないか。
もしそれが蛇足で証明全体の厳密性を損ねるというのなら、コメントアウトのような記法を使えばいいと思う。
//これの言わんとするところは~
とか、必要に応じて
式//<は~
みたいな書き方をするとか。二番目の例はサクラエディタで一文が続いているときに折り返しで便宜上改行されていることを示す記法を参考にした。
証明が長くなりすぎてその始まりと終わりが分からなくなるという懸念については既に証明の行頭のさらに横の余白に記号をつけて開始や終了を示すようにした数学書は存在するのでそれを他の数学書も参考にすればいい。
そもそも自然言語で書いている時点で完全な厳密性は諦めているわけなので、厳密だなんだと言うのはよりわかりよく書くことに対する言い訳にはならないと思う。
かといって従来の証明の構成要素を押さえた書き方なのであれば、それは一般書籍にあるような「わかったつもりにさせる文章」というのとも一線を画す。
数学の証明を完全に厳密に書こうとするとブルバキの数学原論やラッセルのプリンピキアマセマティカみたいになってしまい、後者は数学者には読む価値の無い本とされているし、前者にしても30年以上かけて刊行し続けて今だ数学の興味ある話題には到達できていないということになっているということから、数学書は省略するということが好まれるらしい。
でも既に数学基礎論レベルの厳密さを求めてはいない一般的な数学書の証明レベルの厳密さにわかるやすさという要素を足し合わせたところで、原論並みに極端に嵩が増すということにはならないと思う。
自分で考えないとその概念とかが身につかないから省略しているという反論に対しては、逐一圧倒的な量の具体例を持ち出すことで十分に補えるのではないかと思える(それでもメリハリをつければ原論ほどのボリュームにはならない)。
数学書は本当にチンプンカンプンな状態の本も多いので、考える力を身に着けさせるとか以前に、もっと理解できるような教えを工夫することに焦点を当てるべき。
考える力だろうがなんだろうが、そもそも書いてあることがわかんないってような構成の本ではしょうがないと思う。
コストがかかる割に日本語というローカライズされた市場で本が少しでも分厚くなるようなことはコストが回収できなくなるから避けたいという考えもあるのだろうが、それこそよほどの天才じゃなければはっきり言語化しないだけで私のような考えをしたことがある人はむしろ大半を占めていると思うし、比較的私の考えと同じ考えを持っていそうな裳華房の手を動かして学ぶシリーズがその出版社内のランキング上位を占めていた。
言葉足らずな数学書がまだまだ多い状況ではむしろどこぞのwebデザインの本のように何万部と売れるチャンスがごろごろ転がっているんじゃないかな。
わかりやすい解説が証明の一つの形として通用するようになれば、中高での試験答案においても純粋数学の論文でもそういう文章を証明として書いていいことになるのだから、参考書や数学書の証明部分も丸暗記するしかないようなわかりにくいものではなくなると思う。
https://id.fnshr.info/2017/12/10/polite-proof/
というジョーク記事があるけど、挨拶から書くとかは全く数学的な主張の分かりやすさにはつながらないから意味がないとしても(とはいえ親しみやすさもわかりやすさにつながることを完全否定もできないんだけど)根っこの部分ではもしかすると書き手は私と同じ問題意識を持っていたのではないかと感じさせる。
-----BEGINPGP SIGNEDMESSAGE-----Hash: SHA512https://anond.hatelabo.jp/20250804185908# -----BEGINPGP SIGNATURE-----iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaJCEcQAKCRBwMdsubs4+SCv6APwPYZCxOIzijneKHMK5c+nrqS0YImv/gOsxm5/ERhIiXAD9EtAaFU6CTO3DUJ81tuHO6vv/pHwbom0ytd9gthgsPwU==6OiQ-----ENDPGP SIGNATURE-----
ジークアクスつまらなく感じたけど、具体的になぜ見ててイライラするのかわからない人にジークアクスのつまらなさの構造を解説する。
最終回にこの手のアニメのくだらなさが全部詰まってるんだけど、わかりやすく例えると私生活はめちゃくちゃなのに政治とか世界情勢とか大きな話をしてバランスと取ろうとする
おっさんみたいな構造のアニメなんだよ。「この作品のテーマはなんなのか?」にだけ注目するインテリぶってる奴らにいい作品だと勘違いさせる構造のアニメ。
唐突に「ニュータイプとは〜〜である!」「ニュータイプは○○なんだ!」と叫ぶキャラクター達。釣られたインテリオタクは「シャリア・ブルのニュータイプ論は〜」と語る。
うんうんわかった。 で一つ聞きたいんだけどアマテちゃん私生活で何頑張ってんの。ただのヤンキーでしょ。何も頑張ってないヤンキーが急にしゃしゃり出てニュータイプ論語られても
世界情勢語って自分は偉いと勘違いしてるワーキングプアと変わらんでしょ。ここでみんなモヤモヤするわけ。
これは全部に言えてジークアクスというアニメ自体もめちゃくちゃなのに最終回のニュータイプ論だとかキャラの意図とかテーマで良い作品に見せてバランス取ろうとしてる。
(製作者達は過去の名作なんて自分たちに作るのは無理だと諦めて確信犯でやってる。)
これがアリならアニメとしては微妙だったけど作品のテーマメッセージは素晴らしいので名作であるなんてトンデモ論が溢れちゃう。実際富野作品はそんなのばっか。
30代になったら合わない人とはふんわり疎遠になる感じかねと思ってたが、
なんか「あ、こいつ無理かも」となって突然切った。
30代になってずっと誰々の顔がどうだスタイルがどうだって話してるのがキツかった。
子持ちの友達に対しても「赤ちゃんの頃から二重なるようにマッサージしたほうがいい」とか言ってた。
何よりそいつがブスなのが余計無理だった。自分の顔見てものを言え。
ちなみにそいつ、かなり綺麗な共通の女友達の容姿に「んー、あの子は平均点」と採点していた。
キツいって
友達がちょっといいブランドのバッグとかコスメをストーリーにあげると、
そいつは即座に「私も5年前そのブランドはまってたなぁ」などと当てこすりポエムストーリーを上げる。
普段自発的に投稿とかしないのに、仲間内の女が幸せな発言をしたときだけ反応する。
ピラニア?
そいつは小中高大と友達一人もいなかったらしいんだけど、なぜかやたら「友達とはこうあるべき論」を語りたがった。
「友達なら趣味が違ってもどんな話題も聞くべき」とか謎の持論を展開し、そいつの趣味の話を長々と語られたことがあった。
そういう性格のせいで友達いなかったんやろなという感じしかしなかった。
一回私が「友達の間にも適度な距離はあったほうがいい、自分の話を一方的にするのは違うよ」と言ったら、
「そんなのは親友じゃない、私は全てを打ち明け、受け入れられるのが親友だと思う」と言われた。
そうか、その親友作るのがんばってくれ。
「お前は私が送った文字数よりいつも少なく返す、それはずるい」と。
え?と思って詳しく聞いたら、つまり「こっちが100文字打った文章には、同じだけの文章量で返さないとフェアじゃない」と。
もう少し突っ込んできいたら、「こっちが損してる気分になるから同じだけ返せ」ということらしい。
金の貸し借りならまだしも、文字数でそんなこと言われたの初めてだったから呆れた。
上記のような性格のくせに、なぜか自分は待ち合わせに必ず遅刻してくる。
たぶんADHDとかそういうことだと思う、友達内ではもうそういう認識だった。
しかも遅刻してるのになぜかキレながらやってくる。(NHKの勧誘が〜とか)
仕事で嫌なことがあったり気持ちが落ち込むと、急に号泣しながら友達の誰かに電話をする。
私が独身なのでその電話を受けることが多かったが、内容は「自分はダメだ」「人生は無駄だ」「もう一度学生からやり直したいが無理だ」という感じ。
とにかく「もうこんなとこまで来たら人生は絶望的だ、もっと頑張っておけばよかった」という後悔系の言葉が並ぶ。
最初の頃はかわいそうで電話を受けていたが、こちらの精神がすり減るので「仕事だ〜ごめん」と言って出なくなった。
今書いてても、たぶん何らかの疾患持ちだったんだろうなあという感想。
最後のほうはもう救済のつもりで接していたが、
ある時「お前は顔は下の上なんだから化粧がんばればもっとかわいくなれる」と言われ
「あ、無理だわこのブス」と思って連絡先も全て削除した。
えっ、なにっ、なんだあっ!
ククク…ひどい言われようだな。
しゃあっ!
いきなりレッテル貼りでぶん殴ってくるやんけ!
まぁ、「普通の人はこんな動画見ない」とかドヤ顔で決めつけてる時点で、主語デカすぎるマネ・モブやんけ!
う あ あ あ あ あ あ あ! お前こそ何の立ち位置から「負け組」「インセル」認定してんねん!
ただのマウント取りやんけ!
「非モテで負け犬」とか吠えながら、まるで自分が霊長類最強生物ゴリラみたいな態度!
しゃあ!
けど、ゴリラは怒ってなどいない。
玩具を与えられた幼児のように、相手をメスブタ呼ばわりして遊んでるだけや!
…じゃなくて、落ち着いて話そうや。
遺伝子がどうとか煽る前に、自分の「アンフェ」決めつけが異常猿愛者レベルの偏見やんけ!
ククク…血はビタミンミネラルタンパク質 そして塩分が含まれている完全食だァ!
どんな奴にも語る権利はあるんや!
弱いって事は、もっと強くなれるって事やん(トントン)。
ただの「なめてんじゃねぇぞ!こら!」で終わってるよな?
悔しいだろうが仕方ないんだ。
こんなツッコミ、8回目の離婚だよっ。どうということはないっ!
忌憚のない意見ってやつっス。
ヒャハハ!
…とか言いつつ、お前のツッコミもネットミームに毒されすぎや!
ままさか…あの男…?
ってな! 元気しとん? フン尊敬するよ!