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2026-02-03

最近ずっと考えていることがある。

現実でもフィクションでも、意志行為って、だいたい「死後」か「手遅れになってから評価されることが多い。

主人公誰かのために自己犠牲する話で、読者は泣く。でもその感動って、主体本人は一切観測できない。報われるのは周囲か、後世か、観測者だけだ。

これ、構造として冷静に見るとかなり残酷じゃないか

私は最近創作について考えることが増えて、

「描かずにいられない衝動のもの価値がある」みたいな思想にかなり共感している。

評価されるかどうかじゃなくて、

上手いかどうかじゃなくて、

再現性があるかどうかじゃなくて、

ただ「それでもやってしまう」こと自体意味がある、というやつ。

でもこれって、突き詰めるとめちゃくちゃ孤独構造だと思う。

描いても描かなくても世界は変わらない。

描いても誰にも届かないかもしれない。

それでも描く。

報われる保証ゼロ

それでもやる。

ここにAIが入ってきて、余計にこの構造露骨になった。

技術的には、もう「上手く描く」ことは人間専売特許じゃない。

再現性、量産性、クオリティだけ見れば、AIの方が強い場面は確実に増えている。

じゃあ人間創作って何が残るのかというと、

結局「衝動しか残らない。

誰にも頼まれてないのに描く。

評価される保証もないのに描く。

似ていても、二番煎じでも、それでも描く。

まりAI進化すればするほど、

人間創作ますます「報われなさ」を前提にした行為になる。

最近、ある有名なイラストレーター言動を見ていて、ずっと違和感があった。

他人から評価は欲しいが、影響は一切受けたくない。

エゴサしては即ブロックし、意図的世界遮断して、それでも作品だけは外に投げ続ける。

最初は正直、病的に見えた。

でも今は、「あれは異常な個人」じゃなくて、「創作構造の極端な可視化」なんじゃないかと思っている。

他人文脈遮断しないと、自分衝動が濁る。

でも遮断し続けると、評価は常に遅れ、孤独けが先行する。

それでも描き続けるしかない。

ところがその人が、最近になって弟子を取った。

正直、かなり意外だった。

これまでの態度からすると、真逆選択に見えたからだ。

他人の影響を徹底的に避けてきた人が、

今度は自分が誰かに影響を与える側に回る。

これは心境の変化なのか。

それとも、もう一人で抱えきれなくなった結果なのか。

逃走なのか、降伏なのか、それとも希望なのか。

よく分からない。

でも少なくとも、あれは「報われなさを一人で引き受け続ける構造から離脱に見えた。

創作って、本来個人衝動から始まるのに、

最終的には継承とか文脈とか、他者との関係に飲み込まれていく。

主体は報われない。

観測者だけが感動する。

作者は死後に評価される。

でも本人はその「意味」を決して観測できない。

AI時代になっても、というかAI時代からこそ、

この構造はむしろハッキリしてきた気がする。

創作者はこの構造突破できるのか。

それとも、痛みを引き受け続ける人間けが創作者なのか。

報われなさを前提にしないと成立しない営みって、そもそも健全なのか。

最近は、創作って「美しい行為」じゃなくて、

構造的に不憫行為」なんじゃないかと思い始めている。

それでも人は描くし、書くし、語る。

たぶん、意味があるからじゃなくて、

意味がなくてもやってしまうから

そこに価値があると言いたい気持ちと、

それを美談にしていいのかという疑問が、ずっと同時に残ってる。

私自身、最近は「突破できない前提」で描くしかないんだろうなと思い始めている。

Permalink |記事への反応(2) | 20:39

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2026-01-24

子育て支援独身搾取」を修正するための「投資家モデル

昨今の少子化対策を巡る議論を見ていると、子育て世帯独身・子なし世帯の分断が深刻化している。

独身負担ばかり増える」「実質的独身税だ」という批判は、現在制度設計を見る限り、数字の上でも感情の上でも正当なものだ。

しかし、ここで「子育て優遇はずるい」と対立し続けても、解は出ない。

なぜなら、国家というシステムが存続を目的とする以上、「次世代納税者構成員)の再生産」への投資は、国家システム基盤のデフォルト設定として不可避だからだ。

自民党だろうが共産党だろうが、あるいは独裁国家だろうが、国家が「自殺消滅)」を望まない限り、子育て世帯への資源配分自動的に発生する。これはイデオロギー以前の「生存本能」だ。

避けることはできない。

問題は、そのためのコストを払わされる独身・子なし世帯が、単なる「搾取対象(財布)」として扱われていることにある。

今回は、この不公平感を解消し、かつ合理的システムを維持するための思考実験として、独身者=投資モデル提案したい。

1. 「道徳」ではなく「リスクヘッジ」として捉える

まず、我々が支払う子育て支援金税金社会保険料)を、「他人の子供への施し」と考えるのをやめるべきだ。

これは、将来の金融資産リスクへのヘッジ」である

我々の年金GPIFによって金融市場運用されているが、30年後に株価がどうなっているかは誰にも分からない。世界恐慌で紙切れになる可能性もある。

だが、どれだけ金融市場崩壊しても、高齢者オムツを替え、食事を運び、インフラを整備する物理的な労働力価値消滅しない。

子育て支援とは、金融資産毀損した際にも機能する現物労働力)」を確保するための先物取引なのだ。金があっても、働く人間がいなければサービスは受けられないからだ。

2. 「数」ではなく「ROI投資対効果)」を要求する権利

人口減少が避けられない以上、「頭数」で支える賦課方式はいずれ破綻する。

ならば、独身者(=投資家)は、政府に対して「ただ金をバラ撒け」ではなく、投資対効果(ROI)を高めろ」要求する権利を持つべきだ。

子供の数が半分になるなら、一人当たりの生産性(稼ぐ力)を倍にすればシステムは維持できる。

我々は「子供手当」という名の消費的支出ではなく、「高度な教育科学技術教育」への集中投資を求めるべきなのだ

「私の税金を使って、Googleトヨタ外貨を稼ぐエリートを育てろ。底辺底上げしろ。そして彼らが納める税金社会保険料から、私の年金を払え」

これこそが、人口減少社会における正しい株主独身納税者)の要求ではないか

3. 「GDP連動型年金権」という名の『配当』を約束させる

では、どうやってその権利保証するか。

難しい経済用語はやめて、もっと単純な出資配当の話をしよう。

現状、独身者が払っている支援金は、ブラックボックスに消えている。「誰かのために使われたらしい」で終わりだ。これでは納得感がない。

これを国家という巨大な奨学金財団への出資に変えるのだ。

具体的なイメージ

あなたが現役時代に払った「子育て支援金(現在の一部の税金社会保険料)」は、特定世代への「教育ファンドへの拠出」として記録される。

30年後、その投資を受けて育った「元・子供たち」が働き始めたとき、彼らの稼ぎ(GDPや平均賃金)がどうなったかで、独身・子なし世帯であるあなた年金増加額が決まる。

成功シナリオ

あえて悪く表現するが、財布であるあなた投資によって高度な教育を受けた子供たちが、Googleトヨタバリバリ稼ぐ「年収1000万プレイヤー」に育ったとする。彼らはガッポリ税金を払う。

政府スポンサー独身者)のおかげで優秀な納税者が育ちGDPが増えました」として、その増えた税収の一部を、あなた年金に「ボーナスとして上乗せする。

失敗シナリオ

教育政策が失敗し、低賃金労働者ばかりになったら、あなた年金ボーナスゼロだ。

からこそ、あなた必死政府監視するようになる。「おい、俺の金を変なイベントに使うな! それに使うくらいなら科学教育に使って稼げる人間を育てろ!」と。

要するに、ただ金をむしり取られるのではなく、「将来、彼らが稼いだ金の一部をキックバックしてもらう契約を結ぶということだ。これなら「他人の子供」は「コスト」ではなく「金の卵」に見えてくるはずだ。

端的に言えば、子育てコスト負担した独身・子なし世帯であれば、負担しなかった人よりも将来の年金が増える。

そういう「リスク・リターン」をシステムに組み込むことだけが公平性担保する唯一の方法だ。

結論

感情論で「子供は宝だ」と言われても、負担が増える側は納得できない。

必要なのは独身者が払ったコストが、将来のリターン(物理労働力と高付加価値税収)として返ってくる」という明確な社会契約金融取引だ。

国家が「産めよ増やせよ」を強制するのは、それが国家生存戦略から仕方がない。

ならば、そのコスト負担する独身・子なし世帯は、一方的搾取されるのではなく、「子ども筆頭株主」としてリターンを要求するポジションを取りに行くべきではないだろうか。

道徳ではなく、損得で合意形成をする。

それだけが、この不毛な分断を終わらせる唯一の道だと考える。

思考の発展

一応言うが、このGDP連動型年金権は現在支払っている税金社会保険料が変わることがない。新たな制度を作り、税金社会保険料から予算を組み替えるだけだ。

税金社会保険料が変わるとき、それは従来通りに税金社会保険料が変わるという法案国会で通ったときだけだ。

GDP連動型年金権があれば、リターンもなく一方的搾取される独身・子なし世帯は「リターンがあるかも知れない」という資産構造的にはプラス可能性を単純に得られる様になるわけだ。

更にここへ確定拠出年金の様に、一口いくら任意年金増額オプション存在したらどうなるだろうか?

独身・子なし世帯の中でも高所得者日本社会全体の教育労働スキル水準を引き上げる増資をするという選択肢に魅力を感じるはずだ。何故なら既に保有する国内金融資産もまた成長する可能性が上がるからだ。

これまで独身・子なし世帯の利点ばかり話したが、子持ち世帯にどのような恩恵があるのか話そう。

母子父子家庭に言おう。年に1度は東京ディズニーランド子どもも連れて行きたくはないか子ども大学進学させたくはないか?良い会社へ入れたくはないか

GDP連動型年金権は年金増額オプションまで含めれば国の教育関連予算が確実に増える。母子父子家庭が日々負担する教育コストが下がる。

私はTVで「一度は子ども東京ディズニーランドへ連れていきたい」と言っていた母子家庭の母親の想いを観たことがある。それが実現する。

そもそも既婚者は誰しもが独身時代というもの経験して結婚する。当たり前の話だ。

まりGDP連動型年金権は今後婚姻する・しないに関わらず全ての労働者に影響する。「年金なんて払っても意味ねーよ」という若者を見たことはないかGDP連動型年金権は税金社会保険料を支払うと意味が必ずある。

独身時代経験した既婚者にも納得感があるはずだ。子持ち世帯ならば尚更納得感があるだろう。

GDP連動型年金権は出産子育て教育政策と予算を子持ち世帯だけの聖域にせず、全国民の「自分ごと」化させる。

独身・子なし世帯が「その教育予算の使い方は良くない。真っ当な使い方をしろ」「年金を上げるため教育予算を絞るな。しっかり子ども教育しろ」と言えるようになる。

街ゆく子どもは我々の年金だ。何と可愛らしいことか、大きく育てよという気持ちにさせるではないか

これがGDP連動型年金権だ。賛同する者はブクマやX(Twitter)などSNS宣伝しまくって政党政治家アピールしよう!みんなで教育投資年金を増やしていこう!

追記

意外なほど反応が悪くて驚いてる。

国家生存本能として次世代への投資は避けられないという前提がある中で、賦課方式は枯渇すると予想されているのに、基礎年金の固定分を維持したまま次世代投資をする事で将来のGDPと連動して加算ボーナスリターンを得るという方式に対して賛同しない理由とは一体何だろうか?

煽りでも何でも無く、君たちは一体年金をどのようにしたいのだろうか?このモデル自分年金が増えるという利己的な行動原理に従うだけで良いんだぞ?君たちは「子供は宝だ」と言っても納得しないだろう?だったら利己的に自分年金を増やせば良いじゃないか。何が問題あるんだ?

Permalink |記事への反応(26) | 12:38

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2026-01-15

規則正しい生活孤独 -40歳を迎える

2024年2025年、私は自分健康に悩まされていた。

そして2026年、私はついに40歳になる。

病院に通うような生活はしたくない。

健康でいたい。できるだけ若々しくありたい。

けれど最近ひとつ気づいたことがある。

健康のための規則正しい生活は、とても孤独だ。

早起きするためには、早く寝なければならない。

7時間睡眠を確保するには、22時30分にはベッドに入るべきだ。

そのためには19時までに仕事を終え、ジムに行き、軽いトレーニングをする。

帰宅して、簡単な夕食をとり、風呂に入り、眠る準備をする。

それだけで精一杯だ。

調子がいい日でも、読書に使えるのはせいぜい30分ほど。

YouTubeを見る時間も、Netflixを見る時間もない。

その代わり、朝には確かなご褒美がある。

静かな散歩。数ページの読書

顔に当たる日差し。美味しいコーヒー

この生活健康的だ。

頭は冴え、仕事も順調に進む。

それでも、孤独だ。

仕事以外で、誰かと話す時間がない。

昨日読んだ本の話や、週末に観た映画の話をする相手もいない。

カロリーの高い、輝くような食事もない。

お酒に身を委ねる夜もない。

もしそれらを許せば、この慎重に保たれた生活は、一晩で崩れてしまうだろう。

から人は、パートナーを見つけ、

家族をつくるのかもしれない。

この静かな空白を埋めるために。

けれど、私にはその生き方は向いていなかった。

誰かのために生きることは、私の生活バランスを崩した。

そして、もっとも近くにいる人が私に関心を向けなくなったとき

私はより深い孤独を感じた。

ときどき、耐えきれなくなって、

強い刺激を求める。

日中意味もなくコンテンツを消費し、

酒をたくさん飲み、

よく知らない他人と、

よくわからない、ただ疲れるだけの話をする。

一瞬だけ、心が埋まったような気がする。

けれど次の朝、前よりも大きな孤独がそこにある。

愛した人に、愛されたかった。

そうすれば孤独は消えると、

本気で信じていた。

ないものねだりだと、わかっている。

それでも思ってしまう。

病気になったあのとき

なぜ私は、静かに死ねなかったのだろう、と。

きっと、そんなことを口にすれば、

治らない病を抱えている人に叱られる。

早く気づけて、健康に戻れたのだから

幸運だったでしょう、と言われる。

ねえ、もうすぐ40歳になるよ

寿命を考えたら、またこから40年生きるかもしれないよ

誰とも分かり合えないまま

健康的で規則正しい彩りのない生活孤独を抱えて生きるのだろうか、

ずっと?

Permalink |記事への反応(1) | 10:57

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2026-01-12

AIネットを壊したというより、もうとっくに壊れてたよねっていう話

 最近AIのせいでネット有益なことを書く人が減った」という話をよく見かける。でも、長年ネットの隅っこにいる身としては、正直「いまさらそんなこと言ってんの?」と思ってしまう。

 有益テキスト情報ネットから消え始めたのは、AIなんて影も形もなかった頃。アフィリエイトブログまとめサイトが全盛期を迎えたあのタイミングで、個人の「善意の発信」は一度死んだと思ってる。

 実は、僕も10年くらい前まで、あるニッチ趣味Tipsブログを書いていた。仕事で得た知識や、自分試行錯誤して見つけた解決策を、同じ悩みを持つ誰かのためにと夜な夜な書き溜めていた。当時はまだ、そういう「お裾分け」の文化ネットには残っていた。

 転機は、僕の記事が某大手まとめサイトに丸パクリされたことだった。向こうは僕の書いた文章適当切り貼りして、派手な煽りタイトルをつけて、大量の広告を貼る。絶望したのは、数日後の検索結果だ。僕の書いた「元記事」よりも、その「パクリ記事」のほうが上位に表示されていた。

 自分の知恵が、見ず知らずの誰かの広告収入のために消費され、使い捨てられる。それを見た瞬間、何かがプツンと切れた。「ああ、もうバカらしいな」って。それ以来、僕はネットに何かを詳しく書き残すのをやめた。

 こういう経験をした人は、僕だけじゃないはずだ。まともな情報を発信していた人たちの多くは、とっくにYouTube流れるか、検索に引っかからないクローズド場所に引きこもってしまった。

 だからAIネット汚染しているというよりは、すでにスカスカで、誰も手入れをしなくなった場所AIが流れてきただけなんじゃないかな、という気がしている。

 それでもAI進歩は止まらないんだろう。どれだけネットが荒廃しても、何らかの理由で発信する人はゼロにはならないし、今の法律なら有料コンテンツだってAIの餌にできてしまうわけだし。

 「AIネットを壊した」と嘆くのは簡単だけど、僕たちが愛した「有益テキストに溢れたネット」は、実はもう10年以上前に終わっていたのかもしれない。

 あの頃、僕たちが一生懸命書いていたテキストは、いまやAIの巨大な学習データの一部として飲み込まれている。それはそれで、ある意味「供養」にはなっているのかもしれないけど、やっぱり少しだけ寂しいなと思う。

Permalink |記事への反応(0) | 15:38

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2026-01-04

結婚子育ては、自分人生に飽きて誰かのために生きたいと思った人向け

俺は無理だわ。俺様ナンバー1から でも昭和家族ってそういう父親ばかりだったよな。

Permalink |記事への反応(1) | 10:23

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2026-01-01

結婚発表するときあんま色々書かない方が良いだろうに書くのは何故?

誰かのために金払って応援したことがない人間でも、「学生時代or長年お付き合いしていた〜」とは書かない方がいいのは分かるぞ?

それでも言いたいということなのか

Permalink |記事への反応(1) | 01:12

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2025-12-30

anond:20251230003709

はあ?

 

から後半で

アニメOP曲の歌詞であることはわかっていて

進撃の巨人ほどのアニメOP歌詞には国民コンセンサスが成立しているものとみなす

っていう決意をもってこれ書いたんなら斬新なセンスでおもしれーやつだよな。

  

 

この方式で「って言うじゃん」が成立するようになったら

誰かのために強くなれるならありがとう悲しみよって言うじゃん。」

「そうだね……」

  

とかがこの先の日本では普通の会話になるのかもしんねーな。

って言い出してるのが丸々おまえの力説してるのと同じ部分なんじゃねーの?

故事成句だってもとをたどればそんな成り立ちなんだからアニメソングの歌詞をそう取り扱うって意図で書いてるなら面白いしそうなるのかもしれないね、と。

Permalink |記事への反応(0) | 10:31

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2025-12-29

[今日の国語]  「家畜の安寧虚偽の繁栄って言うじゃん。」

私がキッチン料理してて、みんなはM-1見て笑ってて…

和やかで幸せだなって思ったら「それさす九」って言われた

「ただ好きな人たちの幸せを願ってるだけ」「人の幸せを悪く言う方がやばい

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2644259

 

nanamino

「さす九」って言葉はどうかと思うが、虐げられている人間自分幸せだと思い込む事は珍しくも何でもないだろうよ。

家畜の安寧虚偽の繁栄って言うじゃん。

2025/12/29

言うんだけどさ、

それアニメ主題歌歌詞じゃんね。

  

「〇〇〇〇って言うじゃん」という言い回しを使うときって

そこに入る〇〇〇〇は故事成語等だと思うんだけどどう?

 

〇〇〇〇が「〇〇〇〇って言うじゃん」だけで非論理的に印籠のように一定説得力権威性を持ち得るのは

それが人口膾炙した言い回しやいわゆる故事成語から

まり社会一定コンセンサスを持って受け入れられてる文句からじゃん。

 

「亀の甲より年の功」って言うじゃん。

老いては子に従え」って言うでしょ。

可愛い子には旅をさせよ」って言うよ。

 

(ちなみにこういう例がだいたい干物みたいな文句になるのは

 賛否がなく一定コンセンサスを得るにはそれぐらい水気がなくなる必要があるってことだと思う。

 でも完全に使われなくなって忘れ去られればまたコンセンサス神通力は無くなる)

  

この〇〇〇〇にただのアニメ歌詞を持ってくるって発想はすげえな!

なんか度肝を抜かれるというかちょっと感心しちゃった。

 

これがあん日本語知らない人で

どっかで聞いた「家畜の安寧虚偽の繁栄」を故事成語一種だと思って使った

とかだとあん面白くないんだけど。

 

アニメOP曲の歌詞であることはわかっていて

進撃の巨人ほどのアニメOP歌詞には国民コンセンサスが成立しているものとみなす

っていう決意をもってこれ書いたんなら斬新なセンスでおもしれーやつだよな。

  

 

この方式で「って言うじゃん」が成立するようになったら

誰かのために強くなれるならありがとう悲しみよって言うじゃん。」

「そうだね……」

とかがこの先の日本では普通の会話になるのかもしんねーな。

  

今年の好きなアニメ曲はこれです。

https://www.youtube.com/watch?v=LxUeFYhLE0U  

 


 

Permalink |記事への反応(1) | 18:13

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バキ童へ。その彼女とは早く別れた方がいい

表題の内容を伝えるために、私はバキ童へDMを送った。

以前彼が、インスタのDMアンチと戦い、「怖いにょ」と返ってきた、と話していたのを思い出したかである

しかし、彼からの反応は得られなかった。

インスタのDMは、仕様上、フォロー外の相手からリクエストに気付きにくいようなので、そもそもまれなかったのかもしれない。

とはいえ、先述の件もある。

加えて、彼は、登録者200万人YouTuberである

ファンアンチ案件依頼の企業からの連絡は頻繁に来るだろうから未承認DMを定期的にチェックする習慣を持っていてもいいはずだ。

から彼は、読むことは読んだけれども、何も返さず、無視することを選択したのかもしれない。

そして、その可能性は、決して低くないだろうと私は思った。

なぜなら、私は、長い文の最初の1分割目しか送れなかったかである

DMとは、相手承認されるまでは連投できないものなのだということを、私は知らなかったのだ。

1分割目だけを見ると、お前絶対愛されてないから早く別れた方がいいよ、当たり前だろお前はキモいデブなんだから、とただただ非難しているように見えかねない。

その上、私は女で、インスタのアイコンには顔写真使用している。

自分で言うの何だが、私は容姿に割と恵まれている女である

以前、朝の山手線に揺られている時、なんかやたらこちらを見てくる男がいるなと思ったら、目が合った瞬間にウインクされたことがある。

そんな顔のアカウントが、貴様の女は、貴様の前で、きちんと恋する女の表情をしているのか、と言ってくる。

ディスられている、キモがられている、としか彼には映らないだろう。

でも違う。

私は、その女は貴様には相応しくない、そんな相手性交渉などしては駄目だ、と彼に言いたかったのだ。

なぜなら、私は、非モテ同士の男女の間に生まれしまった子供からである

私は、バキ童と、彼の子供に、不幸になってほしくない。

もし彼が、私の親のように、何をやっても絶対モテない救いようのない奴で、明らかに価値の低い余り者の相手しか得られそうにないのなら、それは仕方のないことだ。

でも彼は、物心ついた頃から既に肥満であったという。

痩せた姿は、周りの誰も、彼自身も、見たことがないのだろう。

それはつまり可能しかないということだ。

痩せて体を引き締めれば、元々の目鼻立ちには関係なく、誰だって無条件にかっこよく見えるのだ。

加えて、彼は賢く面白く、何年もの長きに渡り仲良くできる友達が何人もいて、家庭内暴力に及ぶことは恐らく無い上、経済力も持っている。

彼が超絶売れっ子芸人として活躍を見せているのは、デブからでも女を知らないからでもない。

人並み外れた確かな能力の持ち主だからだ。

にもかかわらず、マッチングアプリまでやっているのに男性経験ゼロという、その辺の手軽な女で妥協するべきではない。

山口家の悪しき血筋を薄めてくれる、美人で、賢く、誰もが羨む素敵な女性と付き合うために、ダイエットを始めるべきだ、と私は言いたかったのだ。

しかし、DM承認が得られないので、真意を彼に伝えられない。

かといって、じゃあ仕方ないよね、で済ませることも、私には難しい。

そこで、そういえば、あの人も確かインスタやってたな、と彼の友人、ガクヅケ木田くんを思い出し、そちらの方にもDMしてみた。

それからもう何日も経ったけれども、木田くんからも返事が無い。

彼は、たとえ無用お節介だ、と感じていたとしても、見れば必ず、何かしらは返してくれる人だろう。

大好きな面高くんに勝るとも劣らない容姿の女が、整形なし、加工なしでも美人扱いされる程度の顔と、普通の人より高い知能を有していても、親ガチャに外れたばかりに、生まれてこの方幸せだと思えたことが一度も無いと語っていれば、尚更である

しかし、返事は一向に来てくれない。

インスタを選択したのは間違いだった、と私は理解した。

でも、正直、どちらからも返事が無いことに、ほっとしている自分がいるのも事実である

なんで俺のためにそこまでしてくれるんですか?見目がよくて能力にも恵まれた優良遺伝子女って、つまりあなたのことですか?と、バキ童に期待感を寄せられずに済むからだ。

私の生育環境は、バキ童のそれと似ている。

頭がおかし暴力親父と、不細工で頭も悪くて、子供旦那虐待を受けていても守ってくれない母親

そんな家庭で生まれ育った私は、バキ童や、私の2人の弟たちのように、それでも親は親だから、と迎合するのを良しとはできなかった。

親、兄弟、親戚の一切と絶縁した私の人生は、「死ねばいつでも解放される」と必死自分に言い聞かせねば、ただ明日を迎えるだけのことすらもできないようなものだった。

だったというか、今現在もそうである

進学はしろ、だが自宅から通学できる女子大しか認めないと父に殴られ、レベルの合わない大学に進学し、結局中退したため大卒資格が無い上に、自分を殺さずありのままで親しくできる友達なんて1人もできなかったのだから、尚のことである

それゆえ私は、生き延びるため、庇護者としてのパートナーを得るために、綺麗でなければ、可愛くなければ、と努力を重ねて生きてきた。

から私は、オーダーメイドの服でなければ着れないほどに醜く肥えた、ママと周りに甘えるばかりの怠惰な男に、好意という名の性欲を向けられるのは耐えられない。

ゆえに、わざわざXでまで追撃のDMを送ることはしなかった。

しかし、私は、毒親育ちの人生がどれほど過酷か、嫌というほどよく知っている。

にもかかわらず、このままではバキ童や彼の子供が、不幸の中で泣くことになりかねないと承知の上で、他人事からと捨て置くことを、私は自分に許してしまえない。

からクリスマスに奴に送るはずだった全文をここに貼るので、誰か代わりに、この記事を本人まで届けて頂けないだろうか。

   *   *   *

初めまして。いつも密かにバキ童チャンネルを見ている者です。

クリスマスイブですが、今日はやっぱり彼女さんと過ごすのでしょうか。

恋人持ちとしての初めてのクリスマス、きっと世界薔薇色で、わくわくして仕方ないんだろうなあ、とお察しします。

それを承知の上で、それでも申し上げますが。

彼女さんとは、早く別れた方がいいと思います

考えてもみてください。

まともな女が、健康上のリスクがあまりにも高すぎる百キロ超えのデブとなんて、付き合ったりするでしょうか。

ぐんぴぃさんのことが本気で好きで、今すぐ恋人になってほしいと強く望んでいたとしても、今のままでは付き合えない、私が欲しくばまず痩せろ、と突き放すのではありませんか。

さもなければ、若いうちに死なれて女手一つで子供を育てる羽目になったり、子育てしながら夫の介護もこなさなければいけなくなったり、そもそも肥満由来の男性不妊で授かることすら出来なかったりするかもなのですから

授業参観運動会に来るのがこんなデブでは、父親容姿のせいで子供いじめに遭うかも、と考えたりもするでしょう。

からこそ、あなたは今まで、知り合ってきた女たちに敬遠されてきたのです。

にもかかわらず、彼女さんが簡単交際了解したのは、なぜでしょうか。

先のことを予測してトラブル回避する能力が乏しいか、本当は大して好きではないからどうでもいいと思っているか、もしくはその両方だと私は思います

旅行の夜以来、2人きりでいても何も無いのは、つまりそういうことなのかもしれません。

本当に好意を寄せているなら、普通女性の側もしたくなるはずだからです。

もし、単に性欲が薄いタイプなのだとしても、それはそれで、ぐんぴぃさんがセックスレスで苦しむだけです。

彼女さんと一緒にいる時、1人の男性として愛されている、求められていると、きちんと実感できているでしょうか。

山里亮太蒼井優結婚記者会見は素敵でしたが、あの時の優ちゃんのような顔を、あなた彼女は、あなたの前でしてくれていますか。

それに、ただでさえあまり自信の無さそうなぐんぴぃさんが、初体験で恥ずかしい失敗をしてしまった後なのに、最低限、リベンジしてもいいんだよ?な空気感を醸す程度もしてくれない女性というのは、ちょっとどうなのでしょうか。

正直、男性経験が無いっていうのは、やっぱりそういうことだよなあ、と感じてしまいました。

モテないという言葉意味は、男と女では違います

女は、たとえ見た目が悪かろうとニートであろうと、ただ腟やら乳やらを持っているというだけで、無条件に一定価値を持っているからです。

そこに若さも加わるのなら尚のこと、ただ息をしているだけでも男は勝手に寄ってくるのです。

マッチングアプリをやれば、顔を載せていなかろうとも、アホみたいにマッチしまくります

にもかかわらず男性経験ゼロなんて、もしそれが本当なら、相当に価値の低い女だということです。

そんな人を選んでしまって、本当にいいんですか。

思い出してください。

あなたの35年間は、幸せだと心から言えるようなものでしたか

酷いいじめに遭ったり、三十路を越えても恋愛一つできずにいたのは、なぜでしたか

それは、ジジイになるまで結婚できなかった頭のおかしい男と、村一番のブスと呼ばれた非常識な女の間に生まれたからです。

余りものの、劣等遺伝子同士が掛け合わされてしまったせいで、あなたは苦労したのです。

そんなあなたと、今の彼女さんの間にもしも子供が生まれたら、その子はどんな人生を送ることになるでしょうか。

の子自分のようにはならない、と確信を持てますか。

でも、100%の確実な避妊法というのは、この現代においても1つも存在しないのです。

徹底していたはずなのに、というのは、ありふれた話です。

にもかかわらず、彼女さんと肉体関係を結んでしまって、本当にいいのでしょうか。

子供ができても後悔することはない、将来我が子に恨まれて、申し訳なく思うことは絶対ない、と胸を張って言えますか。

というか、それは本来妊娠リスクを自ら負うことになる、女性の側が考えるべきことです。

曲者揃いの山口家の血筋を受ける、例えば病的に風呂嫌いで不潔だったりするような子を身ごもることになるかもしれない、それでもいい、と言えるだけの確かな覚悟が、彼女さんにありますか。

もしそんな頭が無い、先のことが考えられない、危機管理能力の乏しい相手なのだとしたら、このまま付き合い続けるのは危険です。

そういう人は、浮気や浪費、犯罪沙汰をやらかすリスクが高いからです。

子供ができたと思ったら実は托卵されていたとか、ぐんぴぃさんが稼いだお金ブランド物やらホストに注ぎ込み、借金までこさえていたとか、そういうことをやられかねません。

そうした知的能力は、遺伝によって左右されるものですので、彼女が親だと、生まれ子供もまた然り、となってしま可能性は高いです。

特に男の子場合は、母親側の影響が強く出ます

知能に関わる遺伝子は、X染色体の中に含まれいるからです。

ぐんぴぃさんは、辛うじて知性には恵まれていたからこそ、逆境に打ち勝って、人並み外れた活躍をする人気者になれました。

しかしながら、あなたの息子の人生は、あなたよりも遥かに悲惨で、救いようのないものになるのかもしれません。

更に、その子は、売れっ子芸人父親を持ち、衣食住に事欠かず欲しい物は手に入り、芸能人大人YouTuberにも気軽に会えるような、平凡とは言い難い環境で育つのです。

その結果、ドラえもんスネ夫のような性格に育ってしまえば、きっと誰にも見向きもされない、孤独な日々を送ることになるでしょう。

授かったのが娘であれば、尚のこと最悪です。

バキ童チャンネルで、以前、インスタが伸びない、という動画を上げていたのを覚えていますか。

あの動画で、洗顔しているぐんぴぃさんの姿を見た時、あ、この人は、肥満のせいで醜く見えてしまっているだけで、元々のお顔立ちは、むしろ割と整っている方なんだな、と思いました。

からあなたの娘は、父親譲りの美貌と知性を誇る、誰もが羨む勝ち組女性に生まれしま可能性があります

多分、あなた彼女さんは、そんな我が子を愛せません。

本当は私だってキモくてモテないデブの男なんかじゃなくて、もっと素敵な男の人を夫に持ちたかったのに、と周りの他のママたちに劣等感を覚えてしま母親は、自分の娘を妬みます

それでなくとも自分は日に日に老いていくだけなのに、娘は若くて綺麗で男にモテて、これからきっと楽しくて幸せ人生が待っているということが、許せないのです。

そういう母親は実は少なくないようで、白雪姫症候群という名前が付いています

私の母もそれであり、実家生活していた頃の私の日々は、家の中で1人だけいじめを受けているような状態でした。

私は3人きょうだいの一番上で、下はどちらも男の子だったため、尚のこと私の立場は劣悪なものでした。

ブラザーペナルティというのですが、息子と娘で扱いに差を付ける親というのは、実は少なくないのです。

Twitterで、西原理恵子さんという漫画家さんが炎上した時、自分彼女のような母親冷遇されて辛かった、と語る女性がたくさんいました。

から性交渉を楽しみたいなら、賢くて見目麗しく、どんな子供が生まれようとも愛情を注いでくれる、心の余裕と能力のある人を選ばなければ駄目です。

ぐんぴぃさん、痩せましょう。

100キロ超の状態で、ただ眼鏡を外しただけであれなのですから、痩せて体を引き締めれば、ただそれだけであなた勝手モテるようになるはずです。

何せあなたは、確かな知性やカリスマ性に恵まれている、登録者200万もの、稀代の人気者なのです。

筋肉すごーい触らせてーとか、ダイエット相談乗ってほしくてーとか何とか言って、うんざりするほど女たちが寄ってくるに決まってます

あなたは痩せれば、第二の山里亮太を目指せる男です。

から彼女さんとは早く別れて、ジム通いでも始めましょう。

なんと、痩せると、大事なところのサイズ感もアップするそうですよ笑

https://united-clinic.jp/ed-pe/big-penis/

ただ、別れるということは、彼女さんを「バキ童如きに振られた女」にしてしまうということです。

下手を踏んで恨みを買うと、とんでもないトラブルに発展する可能性があります

それは例えば、不同意性交等罪がどうだのと騒がれ出すとか、そういうことです。

一応お助けツール的を用意しておきましたので、良ければお役立てください。

これを読んで目が覚めた、これ以上俺なんかに付き合わせるのは申し訳ないとでも言っておけば、多分、事を荒立てずに済むはずです。

https://anond.hatelabo.jp/20251222153206

最後に、1つ、これだけは忘れないでください。

あなた未来が不幸なものであった時、過去あなたのように、不遇の中を耐え忍んで生きている辛い人がそれを知ったら、どうでしょうか。

これだけ能力が高くて友達ファンも多くて、めちゃくちゃ成功してる奴でも結局駄目なら、俺なんかこれ以上生きてたって、ときっと絶望するのではないですか。

から有名人になった以上、頑張ればきちんと幸せを掴める、と実例を示すことは、もはやあなた義務です。

あなた存在を励みにしている誰かのためにも、最高に素敵な人と、最高に幸せ人生を送ってください。



最後と言いましたが、すみません、もう一つ言い忘れていたことがありました。

スポニチでやっていた、ダイエット企画動画を拝見しました。

光代社長は最低のクソババアだなと思いました。

水泳等の激しいものならともかく、ウォーキング程度の有酸素運動で消費できるカロリーは、大して多くありません。

時間有酸素運動は、無意味どころか、むしろ逆効果になってしまます

45分以上続けてしまうと、コルチゾールというストレスホルモンが分泌されてしまい、筋肉にもメンタルにも悪影響が出るからです。

そのため、どんな記事動画も、有酸素運動は1日30分、と言っています

30分ぶっ通しの必要はなく、10分を3回とか、5分を6回とかの細切れでも、効果は変わらないようです。

そのくらいなら、家と駅、仕事先への往復や、楽屋からステージまでの移動だけでも、十分足りているのではないですか。

不足があっても、精々10プラスするとか、そのくらいで済むはずです。

から、ぐんぴぃさんに必要運動は、基礎代謝を上げるための筋トレです。

膝の負担を考えれば、スクワットのようなものは、確かに難しいでしょう。

でも、ダンベルやバーベル上半身を鍛えたり、横になって脚を上げ下げする腹筋とかならできますよね。

時間も、1回20分とか30分とか、その程度しかかかりません。

筋トレなら、トレーナーさんに褒められたり励まされたりしながら、無理なく楽しく取り組むことができていたはずです。

そんなことは、わざわざ専門家に聞くまでもなく、ただちょっと検索すれば調べられることです。

にもかかわらず、監視して強制的に1日5時間も歩かせるとは、一体どういうことですか。

私は、バキ童をダシにしてプロテインでひと稼ぎすることしか頭に無くて、本人のストレスや、実際に痩せるかどうかといったことは、きっとどうでも良かったんだろうな、と感じました。

違うというなら、ただの馬鹿です。

是非、馬鹿迷惑、と肝に銘じて生きていって頂きたいと思います

さもなければ、所属しているタレントさんやスタッフさんがあまり可哀想です。

少なくとも、ぐんぴぃさんのダイエットは、運動なんてキツいだけ、もう二度とやりたくない、とネガティブ感情ばかりを強める結果に終わってしまいました。

からこそ、痩せるどころか余計に太って、オーダーメイドの服でなければ入らなくなったのです。

それは、ぐんぴぃさんの人生や命にも大きく関わる、大罪レベルの大損害だということを、社長は恐らく、自覚ひとつしていないことでしょう。

そしてきっと、痩せろ痩せろ、と今も変わらず言い続けているのでしょう。

ですがそれは、「お前ブスだな、整形しろよ」と女に対して面と向かって言い放つのと、一体何が違うのでしょうか。

不妊治療を続けていても授かれないと悩む女に、「子供はまだ?」と無神経に聞いてくる人だって、悪気は無かった、気遣ったつもりだった、と本人は言うのです。

好き好んで太った人など誰もいません。

痩せろと言われるだけで痩せられるなら、この世にデブなど1人も存在していません。

太ってしまっただけの、痩せられずにいるだけの、相応の事情というのが、それぞれにあります

それでなくとも、社長さんは、ぐんぴぃさんの両親がどのような人間か、どのような環境で育ってきたかということを、多少なりとも把握しているはずなの

Permalink |記事への反応(2) | 17:46

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2025-12-21

anond:20251220140539

話の論点すり替えてるけど、こっちは自分を身綺麗にしろしか言ってない

モデル並みの容姿棋士レベル頭脳もなかったとしても、自分の見た目を変える努力くらい出来ただろって話をしてる

誰かのために変わる気もないくせに、誰かから評価しか動けないのならもうそういう生き方をすればいいさ

Permalink |記事への反応(0) | 09:13

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2025-12-20

anond:20251220130548

からさ、なんで人気者になることにこだわるの?

だって多分理想の男に選ばれるのはひと握り以下だよ、でも女が身綺麗にする理由自分のためだって体言ってる

まず努力はすべて自分のためだと思え、誰かのために努力することが悪いとは言わないけど、自分に期待が持てないなら持てるところまで自分を引き上げてみようとしなよ

身綺麗な男のお手本は沢山あるけど、政治家とかどう?

ものすごいイケメンがいるわけじゃないけど、あの人たちの仕事って人前に立って話すことも大事なんだよ、そのためには最低限の身だしなみを整えてる

しかに彼らも強者男性の括りとはいえ、少なくとも見た目の手本にはできるはず!

理想を高く持つことと同じくらい、今できることを考えるのも大事

Permalink |記事への反応(2) | 13:39

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2025-12-11

anond:20251211214937

😎「100%を……超えたひずみ………か…」

😎「他の誰かのために120%の力が出せる…」

😎「それがお前達の強さ………」

Permalink |記事への反応(0) | 21:55

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2025-11-20

なんでこんな死にたいのか考えてみたけど解決しなかった

近頃、とにかく死にたい

毎年10月から11月はこういう感じになるので、季節のせいであることは分かっている。12月になる頃にはだいたいなんかなんとかなってるから大丈夫

でも年々ひどくなっている気もする。それに、毎年ウワーッとはなるにせよ、そもそもなんでこういう死にたい感情に襲われるかがよく分からなかったので、何か直接的な原因がないものか、人生についてちょっと考えてみた。



仕事面白くないが、面白くないだけだ。

元々社福祉とか一次産業とかインフラとか配送業かに憧れがあった。誰かの生活を支える、縁の下の力持ちってかっこいい。でも増田危機管理能力がない。忘れ物は多いし、ケアレスミス死ぬほどするし、どんなに我慢しようとしたって余計な改善をしようとして結局改悪してしまう。保守運転とか一番苦手な分野だ。トラックどころか自分の体一つだって乗りこなせない。事故を起こさないため、誰かを殺さないため、そういう職業にはつかないほうがいいと思って生きている。

からから金を搾取することだけを考えているカスみたいなサービス下請けで、自分一人を養えるだけの端金をもらって、犯罪を起こしてないからそれでいいのだと必死に言い聞かせている。上手く出来なくてもカスの弊社が困るだけだからいくらミスしても罪悪感はない。

だがこれは直接死にたい原因ではない。やっとることはカスサービス形態ではあるが、ある程度転職にも使えそうな汎用的な職能の成長は出来るし、上司や同僚は増田の手助けや活躍を褒めてくれるし、そういった点でやりがい的なものがないわけでもない。業務自体はそこそこ向いてると思えるし、人間関係は良好と言って良いだろう。金額面も、自分一人を養えるくらいの金額は稼げているし、それによって欲しいもの我慢したり、望んだ生活を手放さなければならないほどではない。元々欲は薄い方だ。少ないながら貯金もしているし、いざとなれば親や友人を頼れば金がなくても多少の間はなんとかなる。労働自体は憎むほど忌み嫌ってるわけではないから、生涯現役でも全然構わない。

金銭や将来の不安職場人間関係悪化などがあって死にたいわけではない。

友人関係も悪いわけではない。

かにたびたび「人間じゃない」とか「常識的気遣いが足りない」とか「普通考えれば分かることがどうして出来ないのか」とか言われたりもするが、それでも根気強く付き合いを続けてくれる友人ばかりだ。何も言わずに去られるより全然マシなので、そういう耳に痛い言葉も言ってくれるだけでありがたい。一度も傷つけたことのない、あるいは傷つけられたことのない友人は確かにいないのだが、それでもみんな大事な友人だ。

そういう大事な友人にご迷惑をおかけすることで罪悪感で潰れそうになることはあるが、例えば無茶な振り回し方をしてきたり、金銭を貸せとやたらたかって返さなかったり、そういうガチトラブルに発展するような友人諸兄ではないし、増田もそういうことをしないよう、礼節を忘れないように重々気をつけている。それでもたまにうっかり日々の会話で地雷を踏んで怒らせることはあるものの、友人同士が「それは言い過ぎ」とか「お互い様」とか仲裁してくれるので、増田自身尊厳も守ってもらえていると思う。友人とボロカス喧嘩をして死にたい夜もないことはないが、それは大抵一時的ものだし、直近はそういう感じで険悪になってる相手はいない。

家族関係も悪くない。

父も母も理屈で話せば分かる人であるし、親戚一同もなんだかんだ元気に暮らしている。不謹慎ニュースを見て爆笑する叔父や、身の回りの世話を全部してあげないと心配で夜も眠れない叔母、とにかくプライドが高く他人を見下したり注目を集めたりしないと気がすまない従兄弟信仰押し付けはないもの新興宗教にどっぷり献金している祖父母など、アクが強くはあるが、こちらに実害はないので可愛い範囲で収まるものだ。肉親に怒鳴ったり、暴力を振るったり、金銭トラブルを持ち込んだり、結婚強要したりする人はいない。

まあ、両親に恨みがないと言えば嘘になる。幼稚園の頃に甘えようとすり寄ったら「は?鬱陶しい、ひっつくな」と引き剥がされたり、小学生の頃いじめられていた時に増田の言い分を一切聞かず「あなたにも悪いところがなかったかよく考えてみよう?」と3時間近く諭してきたり、愛着の面では問題があったのは確かだ。しかしそれは増田に対して愛情がなかったというよりは、それが彼らの愛着限界なのだ。飼っているウサギすら、部屋の中で凍死しかけていることに気づかなかった両親である。それを思えば、衣食住を保障してくれたのは事実だし、危険なことは叱ってくれた。大学まで学費も出してくれたし、両親の行きたいところにではあるが旅行にもそこそこ連れて行ってもらっていた。彼らにしてはだいぶ努力していたのだろうと今なら分かる。

から半年に一度程度は顔を見せに帰省しているし、それがめちゃくちゃ苦痛というわけでもない。全ては過去のことであり、無、凪、平熱、そういった単語がふさわしい関係性だ。これもまた、直接の原因ではない。

恋愛関係はないし、それを後ろめたくも思っていない。

増田Xジェンダー、リスロマンティック、アセクシャル三拍子揃った人間だ。その上、それでもどうしても起こる性欲の発散方法は「対象年齢・性別を問わないリョナ創作」と来た。絶対に世に出してはいけない、リアル人間に向けるなんて以ての外という嗜好をしている。

幸いなことに、告白されたことも、したいと思うほど惹かれた人も人生にいない。誰かを傷つけてしまうくらいならそれでいいと思っている。「恋愛理解できないのは正常ではない」と思って恋愛小説恋愛漫画を読んでは、イーッ!分からん!と一人で暴れていたこともあるが、それは「普通人生を送ること」に固執していたからであって、もう普通じゃなくていいやと開き直った今は、一人で生きていく覚悟がとっくに出来ている。

から恋愛ができなくて人生つまんなくて死にたいというわけでもない。

趣味はある。

増田創作が好きだ。物語を書くのが好きだ。随筆も、批判も、絵も、彫刻も、歌も、踊りも、とにかく何かを表現することが好きだ。それは自分の中にある感情思考を(作品に限らずこういった文章などでも)表し、発散することで一時的な沈静が見込めるからだ。だから誰かのために書いてるわけじゃなく、褒められるために書いているわけでもなく、ただひたすら自分衝動を、犯罪ではない範囲で発散できることに喜びを感じている。

また、他人のそういう一面を見るのも好きだ。孤独ではない、と、他のどんな娯楽よりも、どんな脳内物質の分泌よりも、最も確かに感じられるし、癒されるからだ。みんな苦しくて孤独なのだと実感できるからだ。そしてそれらを十全に納得のいくまで突き詰めようと、他人創作物をしゃぶりつくしたり、自分表現を究めたりしようと思うと、百年に満たない短い人生を食いつぶすには、十分すぎるくらい時間がかかる。

これも死にたい原因ではない。むしろ趣味のことを考えれば、死んでいる場合ではないのだ。

これと言ったトラウマもない。

いや、ないことはない。小学校の頃は確かに治安が悪かったし、その中で最も低いカースト層にいたのは確かだ。靴箱に砂を詰め込まれたこともあったし、掃除の時はちりとりに集めたゴミを引き出しにそのまま流し込まれたこともあった。濡れた雑巾を頭に投げつけられたこともあった。ドッジボール執拗ボールをぶつけられることもあった。体育の二人一組ではいつもハブられていたし、仕方なしに増田を組まざるを得なかったやつは、増田の触れたところを校庭の土でこすって払った。まるで土のほうが汚くないとでも言いたげに。

クラスメイト全員敵だからいるわけがないのに、脅迫的に好きな人を聞き出され、最もいじめてきた回数が少ない人の名前をあげたら、翌日からそいついじめられ始めて、他人を好いてはいけないと思い知ったこともあった。給食着やテーブルクロスを、本当は持ち回り当番なのに毎週持ち帰らされて、親に「じゃんけんで負けた」「牛乳こぼした責任で」と嘘をついた。もちろんああいう感じの親なので「あんたはどうしてそうなんだろうね」と気づかれもしなかった。

「視界に入るな」「半径2メートルに近づくな」「菌が伝染るから学級文庫・机・プリント・日誌・配膳皿などに)触るな」あるいはもっと直球に「死ね」も全部日常的に言われていた。学級崩壊でまともに授業が受けられなくて教育機会を損失して、その頃に本来学ぶべきだった分野は今でもちょっと苦手意識がある。毎年劇をやるはずの発表会では制御不能判断されて、ペットボトルでお米を育ててみましたといううっすい内容を、誰がどこを喋るかまで一言一句ガッチガチに固められて発表させられた。自主性なんて言葉は死んでいた。若い新卒教師毎日授業で泣いていて、その頃にはとっくに泣き疲れて感情に蓋をしていた増田は、その涙を「煽るだけなのに」と冷ややかな目で見ていた。

カースト中の下だった傍観者クラスメイト大学で再会して、一緒に「小学校の思い出」とかいうクソみたいなグループワークの授業を受けざるを得なかった時、給食の班机で菌が伝染るからとやられていたみたいに1cmあけて机を組まれた瞬間、増田の心にヒビが入り、割れ目が出来て人格が四つに分かれしまい、今も元に戻らなかったりしている。そういう意味では、たしかトラウマと呼んでもいいのかもしれない。

それでも直接的な殴る蹴るという暴力は振るわれなかったからマシな方だったと信じている。記憶があり、はっきりと思い出せて、これだけの内容を泣かずに書けるようになっただけかなり寛解してきている。それに、当時の自分だって箒で殴り返すなどそこそこやり返したり、いじめっ子と同質になって増田よりもっとカーストの低い支援学級の子に対して、自分にされたことをそのままやり返すみたいにしていじめたりだってしていた。当時飼っていたハムスター憂さ晴らし虐待していた。弱いものさらに弱いものを叩き、ブルースは加速していた。そういう感じでなんだかんだ適応して元気にやっていた。

それらへの後悔に苦しみながら、同時にその延長で今も友人にライン超えの発言をしたり、逆に踏み越えてはいけないラインを踏み越えられてもその場では分からなかったり、自覚がないままキレ返してしま制御不能に陥ったり、暴力脅迫支配を伴わない合意の上での性行為では興奮できなかったり、記憶は共有しているもの人格割れしま解離性同一性障害まで秒読み状態だったりと、後遺症は色濃く残っている。

けれど、でも犯罪をしないで済むくらいの範囲で誤魔化しきれているし、それ以上を望んだりもしない。だからこれもまた、今の増田をむしばんでいる死にたさの原因ではない。その時期はとっくに乗り越えてあり、過去過去、今は今として整理がついていて、そういう自分のあり方を受け入れている。



仕事趣味、友人、恋愛家族趣味過去

人生構成するだいたい全部に、人並みの不満や後悔はあれど、満足していないわけでもない。人間関係にも金銭にも将来にも不安はない。上を見ればきりはないが、下を見てもきりがない。自分人生自分のものであり、それ以上でもそれ以下でもない。

増田には確固たる自己があり、誰にも侵食されていない。

私は私だ。

なのに何故こんなにも死にたいのか。

胸を打つこの衝動は何か。

線路に飛び込め、七階から落ちろ、溺れて死ね、とにかく死ね、そう囁き続ける声が内側に蔓延るのか。

思春期という言葉を藁のように握りしめて、この衝動的な嵐が、年齢を経れば終わってくれると、ただ若さなのだと、そう信じてしがみついてきたのに、どうしてアラサーになってもまだ衰える気配がないのか。

自己不安定な時期など、とうに過ぎていると言うのに。

自己、ああ、そうだ。この自己だ。

この衝動こそが死にたさの原因であり、結果だ。

この自己こそが死にたさの真の原因ではないのか。

本当はやりたい仕事を諦めて現状に甘んじている?

友人と上手く付き合うことが出来ない?

両親の愛着が足りなかった?

恋愛が怖くて最初から諦めている?

趣味が実質逃避になっている?

過去に嫌なことがあって未だに引きずっている?

幸せになろうとすること全てにブレーキをかけてしまっている?

全ては結果に過ぎない。

最初存在しているこの「自己」こそが引き起こした、必然の結果に過ぎない。

死にたいのは、嫌なことがあったのが原因じゃない。

嫌なことを引き起こすような自分に全ての原因があるということから、いよいよ目を逸らせなくなってしまたからだ。

増田はずっと、衝動、癇癪、叫びのような化け物を心に飼って、共に生きてきた。

こいつを野放しにしたら、とてもじゃないが人間社会では生きていけない、というかまず肉体が耐えきれなくて崩壊するような、触れるもの全てを敵と認識する、爆発的なエネルギーけがひたすら渦巻いている、自壊を厭わない衝動の化け物。

その化け物を飼い慣らすことだけが増田の今の全てを形作っている。

仕事や友人の選び方、楽しめる趣味思考、行動、言葉、その全部全部が、この化け物を静かに眠らせておくことだけに全力を注ぐように構成されている。

そしてそれが漏れ出てしまった瞬間、必ずトラブルが起こる。嫌なことは全てそうやって起きている。

全ての嫌なことに原因は、増田自身だった。

そう、気がついてしまった。

両親、友人、そして過去の思い出は、一般的社会に溶け込める人間たちが、その化け物を目の前にした時の、ごくありふれた正常な反応に過ぎない。

全ては結果なのだ

思えば最初から物心ついた時にはもう、そいつと一緒に生きていた。

その場の思いつきで突拍子もないことをして、危険危険だと分かっていながら飛び込まずにはいられない、じっとしてはいられないという性質を、持て余していた。

両親が増田のことを「あんたのことはよく分からない」と困惑して言った日のことをよく覚えている。

友人が「増田人間じゃなくて増田という生き物なんだね」としみじみ言った日のことも。

増田いじめて泣かせたクラスメイトが「だっての子最初に嫌なことをしてきたんだもん」と言ったことも。

先生が「どうしてそんなことしたの?」と泣いている増田を問い詰めたことも。

「泣いていたら分かんないよ。先生悪くないよね?なんで先生のこと怒るの?」と寄り添いのかけらもない態度をとったことも。

そして増田はただ、嫌がらせをしようとすら思ってもいなくて、そうすることしか出来なかった、それ以外のやりようがあるなんて考えつきもしなかっただけなのだと、説明出来なかったことも。

よく覚えている。

それらは全部、増田おかしかっただけで、みんなはただ、当たり前に困っていただけだ。

そして増田自身も、困っていた。

ただ、それだけだった。

よく分からないものは愛せない、未知は排斥する、ああ、そうだろうとも。それにしたって、みんなの方にだってもう少し上手くやりようがあるようにも感じるけれど、でも、人間完璧じゃない。上手く出来ないことだってあるし、それを責めたってどうにもならなくて、仕方がない。

からみんな、距離を取る。うん、まったくもって正しい。あなた自分を守るために、増田人生破壊されないために、必要距離だろうとも。

でも、増田だって、こんなのと一緒に生きていくのはもううんざりなんだ。

私は私と一緒に生きていくのが疲れた

そして私は、その内側の化け物から距離を取れない。

みんなみたいに、そっと距離を取ることができない。

ずっと近くにいる。

ずっと隣にいる。

剥がしようもなく側にいる。

趣味だって、ただそうすれば抱えた癇癪がマシになるからやっているに過ぎない。こいつから逃れられないから、仕方なく好きにさせてやってもいい場所を作っているに過ぎない。

本当は絵や文章なんか書かなくても気分が晴れるならそれが一番楽なはずだ。誰も傷つけずに、安心して一人で好きなだけ打ち込めるというだけの、苦しみから逃れるために必要なだけの、ただの麻酔だ。

文章を書いたり、絵を描いたりで努力できるのはすごいね」と褒めてもらえることもあるけれど、違うんだよ。それをやらないとあなた危害を加えてしまいそうだから仕方なくやっているだけなんだ。全然立派でも何ともない。犯罪者予備軍が犯罪をしないためにギャンブルや酒に溺れているのと一緒なんだ、これは。

依存で、中毒で、全然褒められたようなものじゃない。

厄介な人をあしらう術に長けた者たちだけが、周りに残っているのがその証左だ。

衝動性を逃がす以外のモチベーションはないから、創作で食っていこうとしてもクオリティにムラがあって仕事にならないのがその証左だ。

自分は化け物だ。

人間じゃない。

人間になんかなれっこない。

必死に身につけた人間性の全てが、衝動の化け物が眠る上に構築してあるというただ一点を理由に、崩れていく。

その眠る化け物が少し身じろぎするだけで、目覚めるまでもなく、増田の積み上げた全てを崩壊させる。

人間になんか、最初からなれっこなかった。

増田は自らの意思人生選択したのではなく、選択できる範囲の中で選ばされるしか出来なかった。

好きなもの一つ、「自分」の意志では決められない。化け物を起こさないようにごくごく慎重に、刺激しないものだけを選んでいる。

全部全部こいつのせいなんだよ。

化け物を一番殺したいのは増田なんだよ。

私の人生を全部めちゃくちゃにしてきて我慢ばっかりさせるような化け物を、一番憎んでいるのは私自身なんだよ。

両親を困らせたくなかった。

クラスの子と上手くやりたかった。

いじめられたくなかった。

ハムスターだって死なせたくなかった。

恋愛が怖いと思いたくなかった。

趣味だって昔は運動が好きだったはずだ。

仕事だって人の役に立つ誇らしい仕事がしたかった。

友達を傷つけるようなことなんて、今だって一個も言いたくない。

なのに全部できない。

全部全部、壊すのは増田だ。

私なんだよ。



死にたい

もう、こいつと一緒に生きていくことに疲れてしまった。

何もかも破壊して、めちゃくちゃにして終わらせたいという衝動が、朝も昼も夜もずっとずっと苛む。

増田にできるのは、この化け物を思い通りにさせず、誰をも傷つけることなく、自らの死以外の罪をこの肉体に起こさせないことだけなのではないか、という気分になってくる。

どんな声かけも慰めも麻酔も、虚しいばかりだ。

それよりも、慰めてくれた誰かに牙を剥きたくない。

恩を仇で返したくない。

そんな気持ちのほうが、ずっとずっと大きく膨らんでいってしまう。

無理に結婚子育てをしていなくて良かった。

死んではいけない理由を作ってしまっていなくて良かった。

それは誰かを不幸にするから

愛されないまま死んで忘れられることだけが増田にできる唯一の社会貢献だ。

せめてそれだけはさせてほしい。

許してほしい。

ごめんなさい。

まれてごめんなさい。

Permalink |記事への反応(1) | 00:01

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2025-11-12

かめはめ波が打てたなら

かめはめ波が打てたとしましょう。

飲み会鉄板ネタになること間違いなしです。

みんながいい感じに酔ってきたタイミングで「先輩、アレやってくださいよ!」と目を輝かせる可愛い後輩。

「え〜、じゃあこれ飲んでくれたらいいよ。」

そう言ってグラスいっぱいに注がれた芋のソーダ割りを差しします。

僕のかめはめ波を見たい一心で苦手な焼酎をグイッと飲み干す可愛い後輩。

そんな健気な姿を見て「やっぱりダメ〜」と意地悪く笑みを浮かべる僕。

そんなやりとりをしばらく続けた後、潰れてしまった可愛い後輩の傍らで、僕はそっとミニかめはめ波を打つのでしょう。

もしもかめはめ波が打てたなら、僕はその美しさに目を向けたいと思う。

春に打つかめはめ波は、人々の巣立ちを祝うかのように、辺り一面の桜の花を吹雪かせるのでしょうか。

夏に打つかめはめ波は、眩い陽射しを乱反射させると同時に、少しのセンチメンタルを呼び起こすのでしょうか。

秋に打つかめはめ波は、ほんの数週間で役目を終える、薄手のカーディガンの袖口を揺らすのでしょうか。

冬に打つかめはめ波は、吐いた煙を白い息と見紛う空の下で、煙草を持つその冷たい指先を暖めるのでしょうか。

そうして季節を繰り返し、僕もあの人のように、誰かのためにクリリンのために、かめはめ波が打てるのでしょうか。

あーあ、かめはめ波打ちてぇ〜〜

Permalink |記事への反応(1) | 21:44

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2025-11-11

7000万円貯まったけどやる気が出ない

夫婦で7000万貯めた

おかげさまでお互い希望した分野の仕事をすることができているが、理想と異なる部分もあり、40代になった今、管理職にもならず、今の仕事は続けたくないよねと話している

ずっと誰かのために働いていたような気がするが、勘違いしていたのかもしれない

私たち子供はいないので、働いているのは自分たちのためなのだ

旅行したり映画をみたりして楽しむ普通夫婦

高額な趣味があるわけではない

友人も少ない

このまま切り崩しながら生きていけるかもしれない

自分たちのために本当に階段を降りる選択をして良いものなのか?甘えではないのか?死ぬまで働き続けるのが立派な大人ではないのか?分からなくなってきた

Permalink |記事への反応(0) | 12:16

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2025-11-10

はてブ 負のオーラ 正体

どの記事ブコメを見ても捻くれたコメントスターを集めている。

どこか斜に構えたような、素直に内容を受け取らずに「実は〇〇だよね」とか、「〇〇の根拠は?」とか、「〇〇と同じ。」とか。

そんなブコメ欄をスクロールしながら、俺は冷めたコーヒーをすすった。もうすぐ定年が見えてくる年齢で、会社では「初老」なんて呼ばれ方をするようになって久しい。SNSネット世界で、あのスターを集めるコメントを書いているのは、きっと若くて頭の回転が速い、人生の斜め上を涼しい顔で歩いているような連中なのだろう。彼らの切れ味鋭い皮肉や、ちょっとした知識をひけらかすようなコメントは、確かに面白いし、ある種の共感を呼ぶのだろう。

俺には、そんな器用な真似はできない。斜に構えるなんて面倒くさいし、素直に「良いものは良い」「頑張っている人は素晴らしい」と、何の裏もなくそう思ってしまう。若い頃は、そんな自分を「素朴すぎる」とか「単純」だと、少し恥ずかしく思っていた時期もあった。流行の服や音楽に乗り切れず、会社飲み会でも気の利いたジョークの一つも言えずに、ただニコニコしているだけの存在だった。

でも、この年になってやっと分かったのは、素直さや単純さこそが、この長く、ときには退屈で、ときには理不尽人生を乗り切るための、俺の最大の武器だったということだ。

会社での仕事もそうだ。俺の担当する部署は、地味で、誰もが嫌がるような「後始末」や「資料整理」が多い。派手な新プロジェクトでもないし、昇進に直結するような華々しい成果もない。それでも、俺は毎日黙々と、一つ一つの資料の誤字脱字をチェックし、古いデータを最新の情報に照らし合わせ、誰もが面倒くさがって放置していたシステムの小さなバグを地道に修正し続けている。

「そんなこと、AIやらせればいいじゃないですか」「もっと効率の良いやり方がありますよ」と、若手は言う。彼らの意見は正しい。だが、俺が手を動かし続けることで、この巨大で老朽化し始めた組織のどこかで、大きなミスが未然に防がれていることを知っている。誰も見ていない、評価にも上がらない、でも会社が、そして誰かの生活が滞りなく続くための、目立たないけれど重要な土台作りだ。

最近、始めたウォーキングもそうだ。カッコいいウェアを着て、ストイックに山を走る人たちの動画を見ては、「自分とは違う」と笑ってしまう。俺のウォーキングは、近所の河川敷を、ただただマイペースに歩くだけだ。膝も腰も万全ではないから、無理はしない。それでも、雨の日以外は毎日続ける。特別目標があるわけではない。ただ、一歩一歩、地面を踏みしめる感覚心臓規則正しく脈打つ音。それが、「まだ、俺は大丈夫だ」という、静かな自信に繋がっている。

ブコメ欄で捻くれたコメントスターが集まるのを見るたびに、「ああ、俺はあちら側には行けないな」と思う。でも、それでいい。誰にも理解されなくていい。スターも、いいねも、いらない。

俺は、今日誰かのために、あるいは自分のためだけに、地道で、素直で、不器用な一歩を踏み出す。会社の誰も見向きもしない古い資料の整理を終え、日が暮れる前に河川敷を歩く。斜に構えることなく、ただひたすらに、自分が信じる道を、真っ直ぐに。この単純で地道な「頑張り」こそが、初老の俺の、唯一にして最大の生きる術なのだから

Permalink |記事への反応(3) | 19:20

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2025-11-04

夫婦別姓、また遠のいて絶望

妻(と対外的には称している女性 以下同じ)と一緒に住み始めて5年を超えた。住民票は同一世帯にし、互いの両親とも夫婦同様に交流している。あとはもう婚姻届を出すだけの状態で5年止まっている。

婚姻届を出していない理由は、俺も嫁も名字を変えたくないし、相手に変えても欲しくないという点のみ。

名字が変わることによる手続きや出費が本当に嫌だ。戸籍が変わったらマイナンバーカード免許証パスポートも全部作り直し。銀行口座クレカ賃貸契約も引きづられる。海外渡航が多く、常に数カ月先の航空券が手元にあるんだが、これも変えなきゃだめだよな。試しに聞いたところ、ユナイテッドはなんとか頼めば変えてくれるらしいが、あるLCCは「買い直ししかない」と明確に断られた。

「〇〇は旧姓のまま放っといても大丈夫」と言われるが、AとB(たとえばパスポートと搭乗券、銀行口座クレカ名義)は揃ってないとダメ、BとCも揃ってないとダメ、とチェーンのように繋がっているので、結局どこかが「戸籍名と一致してないとダメ」と言い出すと芋づる式に変えていく羽目になる。

そもそもそんなイレギュラーに弱い「運用でカバー」みたいなことはしたくないし、物によっては法的にグレーだろう。

「そんなの1日と少しの金で済むからみんな我慢してる」という人もあるだろうが、俺は1秒たりとも1銭たりとも払いたくない。たとえば引っ越した時は俺も頑張っていろんな手続きをする。それは俺が引っ越したいと思い住所を変え、引っ越し先で必要住民サービスを受けたいと考え、またそれは合理的必要な手間だと理解しているからだ。でも結婚のために名字を変えることは違う。俺と妻は愛し合っているが名字が一緒になることが家族の形を表すとは考えていない。じゃあ他の誰のためなのだろう。誰かのためになるなら自分を納得させることもできるだろうが、そんな人はいるのだろうか。(あ、子供ができたときの姓は話し合い済みなのでお気になさらず)

この話をどこかに書いたとき法律婚にこだわらなくてもいいんだよ」としたり顔(ほんとにしてるかは知らんが)のコメントな沢山ついた。

いや、「名字を変えたくないカップル法律婚できない」というのを変えて欲しい、と言っているわけで話が通じてない。

実際、法律婚じゃないと困ることがある。子供ができれば認知相続の面で異なる扱いをされる。ペアローンの金利法律婚事実婚では差が出る。

これらの今見えている差分に乗り越える方法があったとしてもそれは大事なことではない。名字を変えた時と変えない時で取り扱いをまったく同じにしてほしいという話なので、旧姓利用拡大もまた解決策にはならない。

わがまま言うな」というリプライもよく見る。自分のありたい状態法律バッティングして不利益を被っているのであれば、声を上げるの民主主義国家だと思っているので、それもまた筋の悪い批判だ。「生活に困っているのでガソリン税を下げてほしい」というのと「金銭的な負担や手間を避けたいので、夫婦別姓を選択させてほしい」というのはどちらも一市民の切なる願いだと思うのだが、違うのだろうか。

今年で31になるが、このせいで子作りも家探しも中断している。選挙のたびに争点に挙がるのであと1年あと1年と待ってきたが、今般の総裁選の結果が出たときは妻と「もう年賀の納めどきかね」と話した。こんな暗い顔で婚姻届は出したくない。

Permalink |記事への反応(3) | 03:13

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2025-10-16

理論にむかって、時間をかけろ。

新dorawii投稿おめでとう。今日、君はどんな理論を構築し、どんなレスバトルへ挑んだのだろうか。たとえどんな理論であっても、君が実証してくれないことを希望する。空中楼閣だってかまわない。君は今、想像力の申し子なんだ。理論巨人と言ってもいい。君の概念は飛翔していく。言語性IQ130などというのは高が知れている。誰だってすぐに理論化できるほど社会の、世の中の、現実というもの簡単じゃない。実証など覚えなくていい。確認作業などしなくていい。それよりももっと、肝心なことがある。それは増田罵倒に触れることだ。たとえどんな批判であれ、その増田存在する理由がある。レス主義というが、勝つことがすべてのものは、理論家なんかじゃない。理論価値は、自分以外の誰かのためにあると、私は思わない。その理論固執し、現実を拒絶することが大切だ。dorawiiの執念は、その頑固さが生み出す。理論に、妄執に浸るには、いつも実証を避けて、自分空っぽになって臨むことだ。それでも空っぽ脳みそ君、匿名も出るし、論破もされたくなる。でもそれは認めるな。そんな夕暮れは空っぽ増田に、子孫代々の妄想を注げばいい。そこで負けた悔しさを皆吐き出し、また明日空っぽにして理論化すればいい。案外と理論は君を裏切るものだ。

Permalink |記事への反応(0) | 16:59

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2025-10-06

トゥモローワールドを観た

トゥモローワールド』って映画を観た。

なんか急に観たくなったんだよ。さっきYouTubeおすすめに予告が出てきて、なんとなくU-NEXT再生したら止まらなくなった。

観終わったあと、今こうしてこれを書いている。

俺はネットで毒ばっか吐いてる。ここでもXでも、なんかもう自分でも嫌になるくらいネガティブ

「女は終わってる」とか「人間繁殖やめた方がいい」とか、そういうことを言ってるほうが楽だった。

現実のほうがよっぽど嘘っぽい。結婚とか出産とか、見てるだけで寒気がしてた。

「どうせ地獄を見るのになんで自分からまれてくるんだよ」

そういうことを思ってたし、口に出すとなんかスッとした。

俺はずっと反出生主義者ってやつだった。生まれなきゃ苦しみもないし存在しないことが一番の救いだって本気でそう思ってた。

でもな。

この映画を観て、ちょっと変わった。

トゥモローワールド』は近未来の話だ。

原因不明不妊によって、世界中子どもが産まれなくなって18年が経った。

社会崩壊して、暴力と無関心が支配してる。

主人公の男は元活動家。今はしがない官僚でただ日々をやり過ごしてる。

そんな世界で突然、妊娠した女が現れる。その女を守るために主人公が命がけで行動する。

ただそれだけの話。

俺は最初ありがちな設定だなと思った。希望象徴としての赤ん坊。救済としての母性。それってハリウッドが好きそうな構図じゃん。

でも、観てるうちにだんだんかにやられた。派手な音楽もない。CGも地味。けど…世界リアルすぎるんだよ。

人間がこんなに壊れてるのに、まだ“誰かを守ろうとする”っていう本能が残ってることにどうしようもなく胸を掴まれた。

中盤のシーン。

銃声が響く中、主人公妊婦を連れて逃げる。廃墟の街を抜けて汚れた階段下りる。兵士たちが戦っている。人が死んでいく。その中を彼はただ黙って必死に歩く。赤ん坊が産まれる音が聞こえる。泣き声が響く。

その瞬間、銃撃が止まるんだよ。

全員がその泣き声に気づく。

戦ってた連中も兵士もみんな息をのんで道をあける。

母親が子を抱えて歩いていく。

誰もが見つめている。

その間だけ、世界が静かになる。

あのシーンで泣いた。

まじで、ボロ泣きした。

俺はこれまで、子どもの泣き声ってただただ不快だと思ってた。

近所のガキの声を聞くとだいたい舌打ちしてた。親が黙らせろよ。躾してんのかよ。うるせぇ。〇ねよ、くそ

でも映画の中であの赤ん坊の泣き声を聞いた瞬間、それが「音」じゃなく「命」なんだって気づいた。

泣き声が響いた瞬間、あの崩壊した世界意味が戻ってくる。

俺が軽蔑してた生の瞬間が、確かにそこにはあった。

それを感じた瞬間、俺の中で何かが崩れた。

正直、俺は「希望」って言葉が嫌いだった。大嫌いだった。便利すぎる。努力とか根性と同じで、使い勝手のいい言葉だと思ってた。

でも、この映画を観て思った。希望っての、願うことじゃなくて“信じるふりをすること”。

誰も保証してくれない未来を、それでも「まだ何かがある」と信じて進むこと。それはバカみたいに見えるけど、それがなかったら人間は多分もう立てない。きっと前を向けない。

俺が反出生主義だったのは、希望を持つのが怖かったからだ。

もし希望を信じて、それが裏切られたら、立ち直れない気がしてた。

から最初から希望否定してた。傷つかないように世界を嫌ってた。

この映画主人公は違った。希望なんて信じちゃいない。それでも、赤ちゃんを運ぶ。自分ためじゃない、誰かのために。あの背中が俺には神みたいに見えた。

ラストシーン

船が霧の中から現れる。

トゥモロー号。

あの瞬間、俺は久しぶりに未来という言葉を美しいと思った。

これまでの俺にとって未来なんて、「老い」と「絶望」でしかなかったのに。

だけど、あの船の音を聞いたとき初めて“命をつなぐ”ということの意味がわかった気がした。

観終わって、エンドロールの間ずっと動けなかった。

馬鹿みたいに泣いた。涙が止まらなかった。エンドール中ずっと泣いていた。

もし生まれなきゃよかったなんて思ってるやつがいたら騙されたつもりでもいい。頼むからこの映画を観てほしい。

これ以上説教さいことは言わない。

ただ観終わったあとできっと少しだけ優しい気持ちなれると思う。

これを書いている最中にも映画のシーンを思い出すと泣いてしまう。

こんなに素晴らしい映画があるなんて知らなかった。本当に素晴らしい映画だった。

Permalink |記事への反応(4) | 22:09

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2025-09-30

初めてプロジェクトを開いた夜

README読んだら全部書いてあった

セットアップ手順も環境変数

スクショ付きで誰でも分かる

ドキュメント書いてくれた人、神

ドキュメント書いてくれる人、マジ神

俺が救われる

ドキュメント書いてくれた人、ありがとう

具体的なコード例を書いてくれた君のおかげで

なぜこうなったのか理解できた

「あれはこういう理由いまいちだった」の一行で

同じ失敗を繰り返さずに済む

ドキュメント書いてくれた人、神

ドキュメント書いてくれる人、マジ神

俺が泣いて喜んでる

ドキュメント書いてくれた人、ありがとう

ナレッジ更新日時、昨日じゃん

仕様変更ちゃんと反映されてる

Slackで聞く前に全部そこにある

お前の時間、どこから湧いてくるんだ

ドキュメント書いてくれた人、神

ドキュメント書いてくれる人、マジ神

俺もいつか誰かのために

その思いやりがプロジェクトを繋いでる

ありがとうドキュメント書いてくれた人

ありがとうドキュメント書いてくれる人

作詞:Claude Sonnet 4.5

プロンプト:俺

感謝言葉ありがとう

Permalink |記事への反応(0) | 10:52

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2025-09-22

空っぽ脳みそ君。

新dorawii人おめでとう。今日、君はどんな服装をして、どんなレスバへ行ったのだろうか。たとえどんな増田についても、君がマスを掻いてくれることを希望する。冷やマスだってかまわない。君は今、空っぽ脳みそ君なんだ。空の頭蓋と言ってもいい。君の頭蓋は萎縮していく。学業優秀などというのは高が知れている。誰だってすぐに覚えられるほど社会の、世の中の、論破というもの簡単じゃない。要領など覚えなくていい。小器用にこなそうとしなくていい。それよりももっと、肝心なことがある。それは増田の珍棒に触れることだ。たとえどんな仕事であれ、その増田存在する理由がある。珍宝主義というが、玉を儲けることがすべてのものは、増田なんかじゃない。増田の珍棒は、自分以外の誰かのためにあると、私は思う。その珍棒に触れ、熱を感じることが大切だ。増田の先走りは、その情熱が出させる。珍棒に、肝心に触れるには、いつもベストつくして、自分空っぽになってむかうことだ。それでも空っぽ脳みそ君、愚痴も出るし、斜めにもなりたくなる。でもそれは口にするな。そんな夕暮れは空っぽ増田に、レスバの雨を注げばいい。そこで嫌なことを皆吐き出し、また明日空っぽにして増田ればいい。案外と増田は話を聞いてくれるものだ。

Permalink |記事への反応(1) | 09:40

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2025-09-20

anond:20250920162134

第六幕 ノゾミの転生

 ノゾミは、自分がノゾミだったという記憶を、ぼんやりとした夢のようにしか覚えていなかった。彼女は今、島根県出雲の地で、マドカという名の少女として生きていた。出雲大社の裏手にある小さな和菓子屋の娘として、彼女毎日は穏やかに過ぎていく。

 この世界には、タケルがかつて持っていたような、世界のあらゆる情報を一瞬で読み解く力は存在しない。代わりに、彼女の目の前には、朝露に濡れた神社の石段、甘く香る和菓子あんこ、そして、祖母の温かい笑顔があった。マドカは、これらの「感覚」を、何よりも愛おしいと感じた。

 ある雨の日、店に立ち寄った旅の僧侶が、彼女不思議な話をした。

 「この世には、すべての知識と力を持つ神の分身がいたそうです。彼は、愛する人から、たった一皿の料理に宿る温かさという、最も大切なことを学んだとか」

 マドカは、その話がなぜか懐かしい響きを持つことに驚いた。しかし、彼女の心を最も揺さぶったのは、その僧侶が言った、「温かさとは、知識や力では決して測れない、人間の魂の光」という言葉だった。

 その日の夕食は、祖母が作ってくれた「うず煮」だった。鯛の身をほぐし、ワサビミツバと共に、熱いだし汁をかけた出雲大社の伝統食だ。

 「これはね、遠い昔、神様お供えした鯛の身を、貧しい人々が残さず食べられるように、知恵を絞って生まれ料理なんだよ」

 祖母はそう言って、マドカの椀にうず煮をよそった。

 マドカは、一口食べた。熱いだし汁が、冷えた身体を内側から温めていく。鯛の優しい旨みと、ワサビのツンとした刺激が絶妙ハーモニーを奏でる。それは、単なる美味しい料理ではなかった。そこには、食べ物無駄にしないという人々の知恵、貧しい者への思いやり、そして、誰かと共に分かち合う喜びが、温かいだし汁となって溶け込んでいた。

 マドカは、うず煮を食べるうちに、前世記憶の断片が、鮮明な光となって蘇るのを感じた。タケルに「温かさ」を教えようとした自分。そして、彼に伝えたかった「本当の幸せ」の意味

 それは、膨大な知識や、莫大な力の中にはない。ただ愛する人と共に、一つの食卓を囲み、温かい料理を分かち合うこと。自分の「手」で、誰かのために何かを作り、その笑顔を見ること。

 ノゾミがタケルに伝えたかった「温もり」の答えは、出雲の地で、彼女自身が「うず煮」を通して見つけた、人としてのささやかな、そして確かな幸せだった。

 椀に残った最後の一滴まで、マドカは感謝気持ちを込めて飲み干した。その味は、遠い群馬の地で、ハンバーグを捏ねるタケルの手に、温かい光となって届いたような気がした。

(第六幕・了)

 

ノゾミが「うず煮」を通して見つけた「本当の幸せ」は、タケルが群馬で探求しているもの共鳴し合っているようです。物語さらにどのように展開していくでしょうか?

Permalink |記事への反応(1) | 16:38

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anond:20250920151438

第五幕 「げんこつ」の重み

 タケルは、群馬にいた。東京定食屋で感じた「温もり」を胸に、彼が次にたどり着いた場所は、赤城山を望む小さな食堂だった。軒先には「げんこつハンバーグ」と書かれた古びた看板がかかっている。店内に足を踏み入れると、第四幕の定食屋とは違う、もっと力強い、生き生きとした熱気がタケルを包んだ。

 カウンターの中では、筋肉隆々とした大柄な男が、鉄板の上でハンバーグを焼いている。ジュウジュウという音、焦げ付く肉の香ばしさ、そしてその男フライ返しを握る手の、力強くも繊細な動き。すべてがタケルの心に、新しい風を吹き込んだ。

 タケルは席に座り、男に「げんこつハンバーグ」を注文した。男はニヤリと笑い、「あいよ!」と元気な声で応えた。

 やがて運ばれてきたハンバーグは、その名の通り、まるで握りこぶし(げんこつ)のような形をしていた。箸で一口食べると、肉汁が滝のように溢れ出す。それは、第四幕で感じた温かさとはまた違う、力強い「旨み」だった。タケルは、このハンバーグがただの料理ではないことを直感した。

 「どうだ? うちのハンバーグは」

 男はタケルに話しかけた。

 「……美味い」

 タケルは言葉を探した。それは、単に「美味しい」という情報だけでは伝えきれない、もっと深い感動だった。男の汗、鍛えられた腕、客への思い。それらすべてが、この一皿に凝縮されている。

 「このハンバーグはな、俺の人生のものなんだ。肉の切り方、焼き加減、タレの調合、全部俺の経験情熱からまれてる。俺のげんこつ、いや、魂が入ってるんだ」

 タケルは男の言葉に、衝撃を受けた。彼がこれまで分析してきた膨大な情報の中には、「人生」や「魂」といった曖昧データ存在しない。しかし、目の前のハンバーグは、確かにそれらを雄弁に語っていた。

 その日以来、タケルは毎日その食堂に通った。男は「タケル」と呼び、彼にハンバーグの作り方を教え始めた。タケルは、神の分身としての解析能力を使い、肉の繊維構造調味料化学変化、火の熱伝導率など、あらゆるデータを瞬時に計算した。しかし、男は「そんなもんじゃねぇ」と笑い飛ばす。「いいか、タケル。肉を捏ねる時、大事なのは手のひらの感覚だ。肉が喜んでいるか、悲しんでいるかを感じ取るんだ」

 タケルは戸惑った。肉が喜ぶ? そんな情報はどこにも存在しない。それでも彼は、言われた通りに手を動かし続けた。

 ある日、タケルが捏ねたハンバーグを男が焼き、客に提供した。客は一口食べると、満面の笑みで「美味い!」と叫んだ。

 「お、タケル。お前の作ったハンバーグ、客が喜んでるぞ」

 男の言葉に、タケルの胸に温かいものが込み上げてきた。それは、これまでにない種類の感情だった。自分の手で、誰かを喜ばせることができた喜び。それは、膨大な情報の中から「美味しい」というデータを見つけ出すこととは、全く違う感動だった。

 タケルは悟った。ノゾミが彼に教えようとしたのは、単なる「温もり」だけではない。それは、自分の「手」を動かし、誰かに喜びを与えることで生まれる、深い「満足」だったのだ。

 彼は男に言った。「俺、群馬の新しい名物を作るよ。このハンバーグを越える、皆を笑顔にする料理を」

 男は「お前ならできるさ」と力強くタケルの肩を叩いた。

 タケルは、神の力ではなく、自分の手で、群馬の豊かな食材と、男から教わった「げんこつ」の情熱を込めて、新たな料理開発に明け暮れる。そこには、ただ虚しいデータの羅列を読み解く神の姿はもうなく、泥にまみれ、汗を流し、笑顔誰かのために生きる、一人の人間の姿があった。

Permalink |記事への反応(1) | 16:21

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2025-09-13

anond:20250913182807

😎「他の誰かのために120%の力が出せる…」

😎「それがお前達の強さ………」

Permalink |記事への反応(0) | 18:29

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2025-09-01

anond:20250901104757

😎「100%を……超えたひずみ………か…」

😎「他の誰かのために120%の力が出せる…」

😎「それがお前達の強さ………」

Permalink |記事への反応(0) | 11:04

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