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2026-02-09

チームみらいの未来

9条見直しに触れたこ自体は、論理としてはわりと順当だけど、政治としてはかなり危うい一歩でもある。

右に寄ったとか、思想転換したというより、「効率化」という言葉の射程が、国家の根幹まで届いた、という感じに近い。

 

チームみらいはこれまで、左右や善悪の争いを避けて、イデオロギーじゃなくシステムとして合理的かどうかを問う姿勢を貫いてきた。

感情的ナショナリズムにも、道徳的護憲論にも距離を置いてきたからこそ、「政治疲れた人たち」の受け皿になってきた側面がある。

 

その文脈で見ると、9条見直しは意外だけど、論理的には行政効率化の延長でもある。

国家が何をやるのか、誰が責任を持つのか、どこまで権限があるのかが曖昧状態は、システム設計としては最悪に近い。今の9条体制は、実質的には自衛隊存在し、運用では軍事行動もしているのに、法理の上では軍隊ではない、という「仕様実装がズレた状態」を長年放置してきた。

設計者の目線で見れば、「これ、そろそろ整合性取らない?」と聞きたくなるのは自然だ。だからこの発言は「戦争がしたい」ではなく、「書いてあることと、やっていることを一致させるべきでは?」という問いに近い。

 

問題は、支持者の期待とのズレだ。

チームみらいを支持してきた人たちは、左右の対立うんざりしていて、憲法論争みたいな感情コストの高いテーマを避けたい人が多い。生活を少しでも楽にする改善を求めていて、「9条をどうするか」は、正直いちばん触れてほしくなかった論点でもある。論理的に正しくても、政治的には火力が強すぎる。

 

それでも今この話題に触れたのは、路線変更というより、スケールアップの副作用だと思う。

行政効率化というワンテーマ議席を得た瞬間、チームみらいは単なる改善屋や業務改革コンサルはいられなくなった。「国家をどう設計する主体なのか」という問いを引き受け始めた以上、外交安全保障憲法を避け続けるほうが不自然になる。その流れで9条に触れてしまった、というのが構造的な理由に見える。

 

では、効率化の先にどんなビジョンがあり得るのか?

鍵になるのは「設計」という言葉だと思う。人が根性で回す国から制度自動で回る国へ、国家を巨大なOSとして再設計する発想。法律行政手続きをAPI化し、縦割りをデータでつなぎ、裁量を減らす。右でも左でもないけど、確実に変化を感じさせる方向だ。

 

同時に、国民を一律に管理する国家ではなく、人生フェーズに応じて税や福祉教育、働き方を選べる「インフラとしての国家」に近づけていく。

憲法安全保障も、正しいか間違っているか平和戦争か、という道徳論ではなく、「この設計現実に耐えているか?」という問いに翻訳する。その文脈9条を、理念ではなく運用可能仕様として扱えるなら、チームみらいらしさはまだ保てるだろう。

Permalink |記事への反応(2) | 13:51

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2026-02-08

だれかこんな感じの経済学書書いて

第0部:経済学とは何か(最初に毒を入れる)

第1章経済学仕事は「善悪」ではなく「結果予測である

規範実証の分離。政策議論が壊れる典型例(善意地獄etc)。

第2章モデルとは嘘であるしかし役に立つ嘘だけが許される)

仮定現実的か」ではなく「予測精度で裁け」という有名な話。

第1部:市場という情報処理機械

第3章価格とは何か:社会分散計算アルゴリズム

価格情報を集約し、資源配分を決める。

第4章需要供給:最小モデルで最大の説明

弾力性、代替効果所得効果

第5章競争市場と均衡:見えざる手数学的骨格

一般均衡直観、部分均衡の強さ。

第2部:企業産業市場構造ミクロ本丸

第6章企業理論利潤最大化という単純な仮説

会計ではなく意思決定としての企業

第7章 独占・寡占:市場支配力とその限界

独占価格参入障壁規模の経済

第8章規制政府市場の失敗より政府の失敗が深刻になりやす

規制の捕捉、ロビイング官僚インセンティブ

第3部:資本労働・人的資本

第9章労働市場賃金道徳ではなく限界生産性

失業の分類、最低賃金帰結

10章 人的資本教育とは消費ではなく投資である

学歴プレミアム職業訓練移民政策への接続

11資本と利子:時間選好と投資経済学

利子率の意味資本形成

第4部:貨幣インフレ金融

12貨幣とは何か:ただの紙ではなく制度である

貨幣需要流動性選好への批判的整理。

第13章インフレは常に貨幣現象である

マネーサプライ、期待インフレ実質賃金

第14章金融政策裁量 vsルール

k%ルール中央銀行の失敗、時間的不整合

第15章金融危機:信用膨張と政策副作用

銀行システム、信用収縮、バブル

第5部:マクロ経済学ケインズ解体して再構成

第16章国民所得統計GDPは神ではなく計測値

統計限界名目と実質。

17景気循環:ショックと調整過程

実物要因と貨幣要因の分離。

第18章失業フィリップス曲線短期と長期の裏切り

自然失業率仮説、期待形成

第19章財政政策限界:乗数の幻想クラウディングアウト

政府支出の効果は状況依存で、恒常的解決策ではない。

第6部:国際経済為替感情ではなく価格

20貿易理論比較優位道徳ではなく算術

自由貿易保護貿易政治経済学

第21章為替資本移動:通貨商品である

変動相場制の利点、固定相場の脆さ。

第7部:政府役割(「必要最小限」の設計論)

第22章公共財外部性市場の失敗の最小分類

ただし「失敗がある=政府介入が成功する」ではない。

23福祉国家設計負の所得税という市場適合型セーフティネット

給付インセンティブ設計

24教育医療年金官僚制の肥大化制度疲労

供給者のインセンティブ」が腐る過程

第8部:政治経済学

第25章政府慈善団体ではなく利害集団の集合である

公共選択論の導入。

第26章規制需要供給規制市場で売買される

規制が「守るため」でなく「参入障壁」になる構造

第27章政策評価:意図ではなく結果、人気ではなくデータ

事実自然実験統計の読み方。

第9部:方法

28経済学予測検証反証可能性を捨てた瞬間に宗教になる

実証研究の基本姿勢

第29章経済学自由自由市場倫理ではなく制度発明である

自由を守る仕組みとしての市場

付録

 

この教科書の特徴は、

市場基本的に強い」

政府善意でも壊す」

裁量短期的に気持ちいいが、長期的に破滅を埋め込む」

議論道徳ではなく、インセンティブデータでやれ」

Permalink |記事への反応(1) | 14:57

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2026-02-07

anond:20260207220620

それは単なる政府の失敗だろう

レントシーキングで終わるパターンといえる

先に政府を縛るルールを作れずに、権力構造裁量意思決定した結果の歪みである

Permalink |記事への反応(1) | 22:08

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anond:20260207215525

善意裁量・介入が大抵間違えてるから、正しいルールでしばれ、ってのが経済の基本

その基本が必要なのは国民のためになるからだよ

言わせんな恥ずかしい

Permalink |記事への反応(1) | 21:57

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anond:20260207210355

もし本気で国力を気にするなら、むしろケインズ派裁量・介入をやめて、自由市場を強化すべきだよね

自由貿易も極大化すればGDPは上がるぞ

Permalink |記事への反応(1) | 21:09

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anond:20260207201439

そもそも投資ってのは個人企業がやることで、政府がやることじゃねーんだよな

政府ルールを整えることをやってればよく、裁量も介入も最小限にしろ

Permalink |記事への反応(1) | 20:16

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日本外国人政策自己放尿で破綻する

外国人政策はまず道徳でも情緒でもなく、価格メカニズムインセンティブ設計問題だ。

日本議論はここが弱い。人手不足から入れる、かわいそうだから助ける、国際化だから歓迎する、治安不安から締める、こういう気分ベース裁量行政は、典型的政策自己放尿だ。

善意で動いてるつもりが、結果として市場シグナルを壊し、労働市場を歪め、納税社会保障の収支を崩し、最後政治コストとして自己放尿する。

まり移民を入れても入れなくても地獄」ではなく、「裁量でやると必ず地獄」って構造になっている。

 

国家がやるべきことは好きか嫌いかではなく、制度を通じて外部性を内部化することだ。

移民が増えると、賃金に下押し圧力が出る職種がある。住宅医療教育治安行政コストも増える。

逆に、生産性起業、税収、人口構造改善介護労働供給といった便益も生まれる。

重要なのは、これらを空気で処理して自己放尿せず、価格契約で処理すること。

政府市場の代わりに配分を決めた瞬間に、情報の集約装置としての市場破壊し、レントシーキングを誘発する。

移民政策はまさにレントの温床になりやすい。技能実習みたいな中途半端制度が腐るのは、制度労働市場自由化するのではなく、政治的に管理して供給を割り当てているからだ。

ここで規制が厚いほど仲介業者官僚機構が太り、移民本人は交渉力を失う。これは弱者保護の顔をした搾取装置で、規制が生んだ闇市場自己放尿だ。

 

処方箋は冷たいくらい単純で、入国の条件と滞在の条件を市場互換ルールに変換することになる。

まり曖昧情緒審査ではなく、労働契約納税保険加入・犯罪リスク教育コスト負担などを定量的制度化し、移民が生む外部性に対して事前に担保を取る。

これをやらずに「人手不足から制限に入れます」は、社会保障フリーライドを誘発するし、逆に「怖いから締めます」は労働供給制約で国内産業競争力を落とす。

どっちも非効率で、政治人気取り経済合理性を食い潰して自己放尿する。

 

ここで日本がやりがちな最悪手が、低賃金労働者を大量に入れる一方で、住宅教育医療地域治安キャパティ制約を放置し、企業側には安い労働力補助金を与え、自治体には現場丸投げをすることだ。

これはまさに、労働市場自己放尿と社会保障自己放尿のダブル放尿になる。

前者は賃金シグナルを壊し、後者財政制約を壊す。

結果、住民は不満を持ち、移民搾取され、企業生産性向上をサボり政治は分断される。

全員が損する、珍しいタイプの完全市場失敗を政府が手動で作る。

 

重要なのは移民必要かではなく、国内企業が低生産性のまま生き残る仕組みを温存してないかだ。

移民受け入れを、単なる人手不足対策として使うと、企業設備投資自動化賃上げ回避できる。

これは安い労働力による技術進歩抑制で、長期的には国全体のTFP全要素生産性)を殺す。

まり移民政策は、労働市場短期安定化と引き換えに、成長率を削る麻薬になり得る。

俺が嫌うのはこういう短期政治最適化が長期の市場秩序を破壊して自己放尿する構図だ。

 

日本外国人政策は、感情で開けたり閉めたりする水門政治をやめて、ルールベースにするしかない。

市場必要とする人材価格賃金)を通じてシグナルを出す。

ならば、政府賃金納税保険犯罪抑止の枠組みだけを整備し、あとは裁量を減らして透明に運用するべきだ。

移民を善や悪として語る国は、だいたい制度設計に失敗する。

問題移民ではなく、移民政治玩具にする自己放尿制度のものだ。

日本がやるべきなのは移民を入れるか否かの宗教戦争ではなく、インセンティブ設計ミスによる自己放尿を止めることだ。

Permalink |記事への反応(0) | 13:34

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2026-02-04

ケインズ派自己放尿で日本経済は終了

日本経済の長期停滞を説明する理屈はいくらでもあるが話は驚くほど単純だ。

原因は需要不足でもデフレ心理でもない。ルール破壊し、価格シグナルを歪め、貨幣政治目的従属させたことだ。

要するに、ケインズ派政策自己放尿である

 

ケインズ派の基本動作は、景気が悪いと見れば政府需要を作り、財政赤字と金融緩和で穴を埋めることにある。

だが成長は支出からまれるのではなく、生産性インセンティブから生まれる。

価格情報であり、金利時間選好の要約統計だ。

それを中央銀行財政当局が踏み潰す行為は、市場という分散計算機砂糖水をぶちまけて自己放尿するようなものだ。

短期的な多幸感は出るが、計算は壊れる。

 

日本で起きたのは、貨幣中立性を信じない政策当局が、期待形成自分たち管理できると誤信した結果だ。

量的緩和マネタリーベースを膨張させ、金利ゼロに貼り付け、将来の不確実性を消せると考えた。

しか合理的期待の世界では、予見可能政策はすでに価格に織り込まれる。予測可能インフレ目標は、予測可能に無力化される。

ここで起きるのは刺激ではなく、リスク社会化ゾンビの温存だ。

退出すべき企業が退出せず、資本は低生産性部門に拘束され、全要素生産性は下がる。

 

財政側も同じ構図だ。公共投資需要を作ると言いながら、実際には政治的配分で資源を歪める。

限界効用の低い支出に税と国債を投じ、将来世代負担転嫁する。

リカード等価定理を完全に満たさないにせよ、将来増税の予想は現在の消費を抑制する。

刺激のつもりが期待を冷やす。これが自己放尿の第二波だ。

 

さらに悪いのは、金融財政の結託である中央銀行独立性を空洞化させ、財政規律金融で肩代わりする。

これは金融抑圧と財政拡張ダブル放尿だ。金利という最重要価格を潰し、政府予算制約を見えなくする。

市場参加者学習する。将来のルール恣意的だと分かれば、長期投資は萎む。短期裁定けが増える。

 

政策善意ではなく、ルール一貫性必要だ。

k%ルール象徴されるように、裁量ではなく予測可能性が重要だ。

日本は逆をやった。状況に応じて目標を変え、手段を増やし、説明を付け足した。

その結果、政策ノイズになり、期待は不安定化した。貨幣中立でなくなり、しかも望ましい方向には動かない。

 

賃金が上がらない、投資が伸びない、成長率が低い。

これらは症状であって原因ではない。

原因は、価格システムを信頼せず、政府が最適配分を計算できると考えた傲慢さだ。

市場は失敗することがあるが、政府の失敗はスケールする。

日本観測されたのは、ケインズ派自己放尿が制度化され、止めるブレーキが外れた状態だ。

 

結論は地味だが冷酷だ。

需要創出ごっこをやめ、ルールに戻れ。

貨幣政策予測可能に、財政は制約を可視化し、退出を許容する。

価格に語らせ、金利仕事をさせる。

それができない限り、自己放尿は続き、成長は戻らない。

世界感情では回らない。回るのはインセンティブ情報だけだ。

Permalink |記事への反応(0) | 07:23

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2026-02-02

政権円安ホクホクを目指して自己放尿することが確定した

円安を成果と呼んで自己放尿し、輸出企業株価名目賃金錯覚に酔う。

ここから先は情緒ではなく、価格理論と期待形成の話だ。

通貨政策当局の美意識を映すキャンバスではない。相対価格の集合であり、資源配分シグナである

これを政治目的で歪める行為は、価格システムへの外生的ノイズ注入、しかも持続的で制度化された自己放尿だ。

 

インフレは常にどこでも貨幣現象である為替も同じ構図に従う。

拡張金融で実質金利を押し下げ、期待インフレを焚き付ければ、通貨は売られる。

短期交易条件改善に見えるものは、長期の実質賃金低下と購買力低下のダブル放尿に変換される。

名目の輸出数量が増えたところで、実質所得が増えた保証はどこにもない。

ここを混同するのは、名目変数と実質変数区別がついていない自己放尿だ。

 

さらに悪いのは、ルールから裁量への逸脱が確定的になった点だ。

時間整合性古典問題今日円安誘導は、明日インフレ期待を固定化し、将来の引き締めコストを跳ね上げる。

合理的期待の下では、民間政策当局のホクホク願望を割り引いて行動する。

結果、為替は一段と脆弱になり、金利は上昇。

自己放尿という比喩妥当なのは短期の温もりのために長期の冷却機構破壊しているからだ。

 

輸出企業保護の顔をした実質的消費者課税も見逃せない。

円安は輸入物価を通じた逆進的税だ。限界消費性向の高い層ほど打撃が大きい。

所得分配の歪みは、総需要の質を劣化させ、生産性投資を阻害し自己放尿する。

資本深化ではなく、為替歪曲に依存する企業は、競争圧力から解放され、非効率蔓延する。

これはミクロ資源配分の失敗であり、マクロの成長率を削る。

 

賃上げが追いつけば問題ないという反論は、期待と制度無視だ。

賃金は後追いで調整され、硬直性を持つ。

実質賃金回復を待つ間、家計購買力を失い、企業コスト不確実性を嫌って投資を先送りする。

自然利子率との乖離を拡大し、資産価格だけを膨らませる。これはバブル生成の教科書前兆だ。

 

処方箋は退屈なほど単純だ。安定的ルール、予見可能政策価格シグナルの尊重

為替目標にするな。物価安定に集中せよ。

市場通貨価値を決める過程に、政治的欲望自己放尿を混ぜるな。

短期円安ホクホクは、長期の信認毀損という利子を付けて返ってくる。利子は複利で効く。

 

円安を成果指標に据えた瞬間、政策自己放尿モードに入る。

温かさは一瞬、臭いは長期。

価格メカニズムを敵に回した経済が、最後に負けるのは経験則ではなく、理論必然だ。

Permalink |記事への反応(1) | 22:58

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モデル現実記述するのではなく、作り変えて自己放尿した事例

1.ブラック・ショールズ方程式デリバティブ市場

これが最も有名な「パフォーマティティ理論自己成就)」の例である

2.アルゴリズム取引フラッシュ・クラッシュ

現代株式市場では、多くのAIアルゴリズムが同じような経済指標モデルに組み込んでいる。

3.Uber配達アプリ価格決定アルゴリズム

身近な例では、ダイナミック・プライシング(変動料金制)がある。

4.格付け機関モデルサブプライムローン

2008年金融危機の際、格付け機関は複雑な金融商品リスクを算出するモデルを持っていた。

何が起きているのか

これらの事例に共通するのは、以下の自己放尿である

段階状態 内容
第1段階記述現実を観察して、便利な定規(モデル)を作る。
第2段階模倣効率がいいので、みんながその定規を使い始める。
第3段階 転化 定規に合わせないと損をするため、全員が定規通りの行動をとる。
第4段階支配 定規(モデルから外れた現象が消え、モデル現実のものになる。

ここで重要なのは自己放尿は必然ではないという点だ。決定的な条件がある。

この条件が揃ったときだけ、モデル現実を食い尽くす。

逆に言えば、異質性・遅延・裁量ノイズが残っている市場では、モデルはいくらでも壊され、更新される。

モデル自己放尿しない世界とは、人間モデルを信じきらない世界だ。

Permalink |記事への反応(0) | 10:35

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2026-02-01

anond:20260201215902

口蹄疫リスク本来民間保険相互保険プールされるべきで、政府がやるなら「最後再保険者」に徹する。

まり、通常の市場では吸収不能な極端事象に限って、事前に明確なルールで介入するべき。

補償をするにしても、個別裁量政治的同情で配るのではなく、事前に定義された損失関数に基づく定額・自動給付になる。

Permalink |記事への反応(1) | 22:17

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俺はどこに投票したらええんや

20代若者です。具体的には24歳。

選挙自体には興味あるんだけど、マジで投票する政党ないんだけどどうしたらいいんだ?なんか今回の選挙、焦点が全くわからんのだけど。

ちなみに俺の主義と、主張は下記みたいな感じ。

経済税制自由市場原理主義国家介入最小主義/累進性は認めるが消費税反対

社会保障高齢者削減/子育て支援には懐疑/BI反対/制度運用現実性重視

労働雇用最低賃金正規化・国の規制すべて反対/契約自由企業裁量支持

外交防衛戦略的リアリズム9条温存/軍拡否定的外交カードとしての現状維持評価

教育文化国家主導の文化政策・道徳教育愛国教育に強く反対/大学無償化反対

エネルギー原発賛成/再エネ懐疑/脱炭素否定リサイクル環境対策意味を見出さな

政治制度憲法制度いじりに反対/象徴天皇制は維持/首相公選制度改革否定的

司法治安死刑賛成/軽犯罪厳罰化・薬物緩和・監視国家化に反対/同性婚は無関心

思想価値観→非イデオロギー的・制度保守・反ナショナリズム自由主義反中央集権・反地方国家

移民政策→入れても入れなくてもどうでもいい。ただ軋轢コストがこっちに来るなら反対

個人的政党へのイメージ

自民統一教会は無理 中道→言ってること全く理解できねえし無理

維新地方自治体の権力高めるとかゴミ チーみら→エリート主義馬鹿からない。そもそもデジタル化は手段であって目的化ではない。

共産党参政党、保守れいわあたり→論ずるに値しない

色々政治に詳しそうなはてな民意見を聞きたい。

教えてクレメンス

Permalink |記事への反応(4) | 04:26

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2026-01-31

グローバリズム否定して自己放尿するのではなく、自由貿易を極大化しろ

グローバリズム否定して自己放尿に走るのは最悪の選択だ。

市場相互接続性を断ち、比較優位ネットワークを自壊させ、価格シグナルを濁らせる行為は、主権回復どころか資源配分盲目化を招く。

問題は、ルール恣意性予見可能性の欠如、そしてマネーと財のフローを歪める国家介入の過剰だ。

自由貿易を極大化し、価格メカニズム仕事をさせる。これが唯一の一貫した処方箋である

 

関税・数量制限原産地規則濫用は、消費者余剰を削り、生産者保護の檻に閉じ込め、技術進歩の速度を落とす。

短期政治的利得は得られても、長期の生産性は確実に毀損される。

自由目的であると同時に手段であるという点だ。

自由貿易道徳的美辞ではない。情報圧縮した価格が、分散知識を集約する計算装置として機能するための制度的条件だ。

そこに逆らう政策は、結局のところ自己放尿である

自分自分の靴を濡らし、寒さを市場のせいにする愚行に等しい。

 

国内産業保護というスローガンは動学的一貫性を欠く。

幼稚産業保護永久化し、ロビイングは収穫逓減を隠蔽し、規制参入障壁に変質する。

結果は、価格の上昇、選択肢の縮小、そして賃金の実質低下だ。

自由貿易を極大化するとは、国境を消すことではない。ルール単純化し、予測可能にし、裁量を削ることだ。

通商政策貨幣政策のように、安定的機械的な枠組みに押し込める。裁量は誘惑を生み、誘惑は歪みを生む。

 

通貨の話をしよう。為替操作貿易制限を同時に弄ぶのは、為替関税ダブル放尿だ。

片方で価格シグナルを歪め、もう片方で数量シグナルを潰す。

これで競争力を語るのは、測定器を壊してから実験結果を誇るようなものだ。

フリードマンは一貫して、安定した貨幣ルール自由な財の移動が補完関係にあると見た。

貨幣中立に近づくほど、貿易利益は透明化し、政治的介入の余地は縮む。

 

自由貿易批判者は、分配の問題混同する。

分配は国内政策で解くべき課題だ。

再訓練、移転税制中立性。ここで必要なのは精密なスキャルペルであって、通商という大動脈を塞ぐハンマーではない。

貿易制限雇用を守るという物語は、一般均衡無視した部分均衡の錯覚だ。

雇用は守られず、価格けが上がる。消費者沈黙のうちに課税される。

 

グローバリズム否定して内向きに縮こまるのではなく、自由貿易を極大化し、ルールを薄く、安定的に、予見可能にせよ。

国家役割は、勝者を選ぶことではない。審判を公正に保つことだ。

市場に任せるとは、放置ではない。制度設計の厳格さである

自己放尿をやめ、為替関税ダブル放尿を断ち、価格に語らせよ。

そこに、成長と自由の同時達成がある。

Permalink |記事への反応(0) | 12:45

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2026-01-30

【論考】リヴァイアサンの断裂力学能動性の限界システムの死 ――閉鎖系における「自由意志」の限界:内部的能動性と外部的決定要因【再考

【はじめに】

※本稿は、先に公開した同名論考に対して寄せられた批评と、それを通じて得られた理論的再検討を踏まえ、特に現代貨幣理論MMT)に対する理解を、主流的な財政論の枠組みから切り離し、より構造論的・環境依存的な視点へと修正したものである


基本的問題意識は変わらないが、いくつかの記述は、より精密な形へと再構成されている。


なお、本稿の結論──

金利上昇によって、政治裁量空間が急速に失われていく」という構造認識自体は維持されている。

今回の改稿は、その結論に至る理論的経路を、より正確な貨幣制度理解に基づいて再構成したものである


本稿は、完成された主張というよりも、

構造モデル批評によってどのように精緻化されうるかを含めた思考過程の記録として読まれたい。


本稿は、硬直化した日本政治システムリヴァイアサン)がいかにして「変化」するのか、あるいは「変化しない」のかを、構造的制約(Structure)と主体的能動性(Agency)の緊張関係から分析する。

結論から述べれば、閉鎖された均衡システムにおいて、内部の主体的行動はシステム延命メンテナンス)に寄与するのみであり、構造転換をもたらす真の変数は、常にシステムの「外部」から到来する。

なぜ内部からは変われないのか。なぜ外部ショックのみが有効なのか。本稿はその力学メカニズムを解明する。

システム内の能動性:なぜ「本気の改革者」は例外なく窒息するのか?

システム内には、現状維持を望む者ばかりではない。稀に、私利私欲度外視し、本気で構造転換を志す「確信犯改革者」が出現する。

彼らは「空気を読まない」強さを持ち、世論熱狂を背に、既得権益という岩盤突撃する。

しかし、なぜ彼らは例外なく敗北し、システムに吸収されるか、あるいは排出されるのか。

その敗因は、個人資質ではなく、リヴァイアサンが備える高度な「免疫システム」にある。


メカニズムA:時間の泥沼化

なぜ改革は「反対」されず、「手続き」で殺されるのか?

日本意思決定プロセスは、無数の承認ハンコと全会一致の慣行によって設計されている。

改革者の持つ「政治熱量」は、膨大な会議部会審議会というプロセスを経ることで、「摩擦熱」へと変換され、散逸する。

鋭利刃物も、泥沼を切り続ければ摩耗して切れなくなる。システムは「反対」するのではなく、「手続き」によって改革者疲弊死させる。

事例1:河野太郎と「ハンコ戦争」 ——手続きの泥沼化

――改革はなぜ「UI改善」で終わったのか?

河野太郎氏は「異端児」として知られ、行革担当相やデジタル相として、日本の非効率アナログ行政(ハンコ、FAX)を打破しようと試みた。彼は「岩盤規制をドリルで砕く」という強い意志を持っていた。

システム(各省庁)は、彼の命令拒否はしなかった。その代わりに、「法解釈の整理」「セキュリティ上の懸念」「関係各所との調整」という名の「手続き迷宮」を展開した。

結果として、「ハンコをなくす」ために「デジタルハンコを押すシステムを作る」といった、本末転倒解決策(システム自己保存)へと誘導された。

結果:

彼の膨大な熱量は、岩盤を砕くことではなく、岩盤の表面を磨くこと(UIの微修正)に浪費された。彼はシステムを変えたのではなく、システムによって「改革ごっこ」というガス抜き役回りを演じさせられたのである


メカニズムB:村八分による兵糧攻め

なぜシステムは「カネとポスト」で人を殺せるのか?

リヴァイアサン血液は「カネ」と「ポストである

システムに逆らう異物に対しては、派閥官僚機構連携し、この血液供給遮断する。

協力者がいなくなり、情報が入らなくなり、部下が動かなくなる。

どれほど高潔意志を持っていても、手足となる組織兵糧攻めにされれば、改革者は「裸の王様」として孤立し、機能不全に陥る。

事例2:民主党政権(2009-2012)—— 「臓器移植」への急性拒絶反応

――なぜ「政権交代」は急性拒絶反応を起こしたのか?

鳩山由紀夫および民主党は、「政治主導(脱官僚)」と「対等な日米関係(脱対米従属)」を掲げ、システムの中枢OSを書き換えようとした、極めて純粋理想主義者たちであった。

発動した免疫: 「官僚によるサボタージュ情報遮断

明治層(官僚機構)は、新参者である民主党大臣に対し、重要情報を上げない、あるいは意図的リークするという「兵糧攻め」を行った。

同時に、米国層(将軍)は、普天間基地問題を巡って「トラスト・ミー」と叫ぶ鳩山氏を「システムエラー」と認定し、徹底的に冷遇した。

結果:

官僚米国という二大免疫細胞攻撃された政権は、内部から機能不全(多臓器不全)に陥り、わずか3年で壊死した。これは、適合しない臓器を無理やり移植した際に起きる「急性拒絶反応」そのものであった。


メカニズムC:抱きつき心中

なぜ最も危険な敵ほど「中枢」に招き入れられるのか?


これは罠である要職に就けば、その省庁の官僚を守る義務(答弁義務)が生じる。

改革者は、自らが破壊しようとしていた組織の「顔」として振る舞うことを強制され、既存論理に取り込まれる(ミイラ取りがミイラになる)。

システムは、敵対者を「内部に取り込み、腐敗を共有させる」ことで、その牙を無力化する。

事例3:村山富市社会党) —— 「抱きつき」による安楽死

――なぜ「総理になった瞬間」に思想は死んだのか?

かつての日本社会党は、自民党金権政治軍拡に対抗する、強力な「システム外の対抗馬」であった。

発動した免疫:「抱きつき心中

1994年自民党は驚くべき奇策に出た。長年の宿敵である社会党トップ村山富市)を、あえて「総理大臣」に指名したのである

権力の中枢に座らされた村山氏は、システム論理に従わざるを得なくなった。彼は就任直後、社会党の党是であった「自衛隊違憲論」や「日米安保反対」を撤回させられた。

結果:

総理大臣」という最高のポストを与えられた瞬間、社会党の魂(イデオロギー)は死んだ。自民党は、敵を王座に座らせることで、敵の存在意義消滅させたのである。これは、システムが実行した最も残酷で鮮やかな「安楽死」であった。


「分配原資」の物理的枯渇とシステム栄養失調



なぜ政治システムは「イデオロギー」ではなく「会計」で死ぬのか?

政治とは、究極的には「誰からリソース税金)を徴収し、誰に配分するか」という資源配分技術である

戦後日本政治の安定性は、経済成長という「宿主」がもたらす無限果実を前提にしていた。しかし、宿主生命力限界に達した現在システムは「イデオロギーの敗北」ではなく「会計学的な死」に直面している。

メカニズムA:接着剤としての「カネ」の喪失

なぜ自民党は「配れなくなった瞬間」に崩れ始めるのか?

前述の通り、自民党には核となるイデオロギー(魂)がない。多様な派閥や、農協医師会経団連といった利害が相反する集団を一つに束ねていた「接着剤」は、ただ一つ。「国から補助金公共事業である

崩壊論理高度成長期バブル期は、パイ(財源)が拡大し続けたため、「全員に配る(Positive-sum)」ことが可能だった。しかし、ゼロ成長とインフレ常態化した現在パイは縮小している。

一人のプレイヤー利益誘導すれば、別のプレイヤーから奪わねばならない(Zero-sum)。利益分配マシンとしての自民党は、その存在意義(配る機能)を物理的に喪失しつつある。カネの切れ目が縁の切れ目となり、システムをつなぎ止める引力が消滅する。

メカニズムB:金利上昇による「チート機能」の停止

――そして露呈する、制度という名の「檻」

なぜ「国債を刷ればいい」は突然使えなくなったのか?


支配的な政策言説において、「税収が足りないなら国債を刷ればいい」という現代貨幣理論MMT)的アプローチは、ゼロ金利・低金利という特殊金融環境でのみ作動する例外措置チート)として理解されている。

この見方に立てば、MMTは恒常的な財政運営理論ではなく、長期停滞と金融緩和に覆われた日本においてのみ一時的に許容された「裏技」に過ぎない。

崩壊論理公式説明):

2024年日銀による利上げ、すなわち「金利のある世界」への回帰は、このチート機能強制終了を意味する。

金利が上昇すれば、国債残高に比例して利払い費は自動的に増大する。国債利払いは予算編成上、優先的に処理される「固定費」であり、政治裁量によって削減することはできない。

防衛費社会保障費、そして国債利払い費。

これら不可避的支出だけで国家予算限界値に達する以上、政治家が「自由意志」で配分できる裁量予算消滅する。

結果として、政治家は「利益の分配者」から、膨張する固定費帳尻を合わせるだけの「赤字管理人」へと降格させられる――

これが、金利上昇後の世界において語られる、MMT「失敗」の物語である


しかし、この物語のものが、より深い構造真実を逆説的に暴露している。


理論真意

現代貨幣理論MMT)の本質は、低金利下のチート正当化するための方便ではない。

それは、貨幣主権を持つ政府は「支出のために徴税や借入を必要としない」という、現代通貨システム物理実態可視化した理論である

MMT視点では、国債資金調達手段ではなく、民間部門供給された余剰通貨を吸収し、金利を調整するための政策ツールに過ぎない。

本来政府支出を制約するのは「財政赤字」ではなく、供給能力限界が引き起こすインフレのみである


それにもかかわらず、MMT全面的実装されることはない。

その理由経済理論の欠陥ではなく、制度設計にある。


現代金融システムは、中央銀行独立性という「防波堤」によって、政治権力通貨発行を直接統制することを禁じている。

これは、インフレ制御できない政治に対する制度的不信を前提とした安全装置である

さらに、国債は国際金融市場において「安全資産」として機能しており、これをMMT論理無効化することは、現行のグローバル金融秩序そのものを動揺させかねない。


金利上昇によって露呈したのは、MMT破綻ではない。

しろ、「貨幣主権国家理論上できること」と、「市場制度国際秩序が許容すること」との乖離である


理論上、政府は利払いのために通貨を発行できる。

しかし、それを実行すれば「財政規律崩壊」と見なされ、円安インフレ資本流出を招くという政治的・市場的制約が即座に作動する。


すなわち、MMTが示した「可能性」は否定されたのではない。

それは、我々自身が作り上げた「財政規律」という名の制度的な檻の中に、最初から閉じ込められていたのである


メカニズムC:開放系における外部強制

なぜゼロ金利という「チート」は強制終了されたのか?

日本金融政策は、国内で完結した閉鎖系ではない。円という通貨は、ドルを基軸とするグローバル金融システムの一部として循環する開放系に組み込まれている。ゆえに、「ゼロ金利を維持するか否か」という選択は、国内意思だけで決定できるものではない。


金利差という物理圧力

2022年以降、米国インフレ抑制のため急激な利上げを実施した。金利とは通貨の「魅力度」であり、高金利通貨資本流れるのは、重力や水位差と同じ物理法則である

米国が高金利日本ゼロ金利であれば、資本必然的に円を売り、ドルへと移動する。この圧力政策論争によって回避できる性質のものではない。


円安宿主耐性の限界

資本流出帰結として発生した急激な円安は、輸出企業には利益をもたらす一方、エネルギー・食料を輸入に依存する国内経済に対して、強烈な輸入インフレとして作用した。

生活必需品価格の上昇は、国民生存コストを直接押し上げ、システムにとって最も危険閾値――社会的耐性限界――へと接近させる。これは単なる経済指標の悪化ではなく、治安不安政権不安定化という「システム破壊リスク」の増大を意味する。


強制された二者択一

この時点で、システムに残された選択肢は二つしかなかった。

一つは、利上げを拒否し続け、通貨価値の下落と制御不能インフレによって通貨の信認そのものを失う道。

もう一つは、利上げを受け入れ、国債利払い費の増大によって財政運営が硬直化する道である

国家にとって「通貨の死」は即死意味するが、「財政の死」は延命可能である


したがって、日銀による利上げは主体的政策選択ではない。

外部環境によって銃口を突きつけられたシステムが、自動的に「より生存確率の高い地獄」を選ばされた結果に過ぎない。


ここにもまた、個別意思決定主体の「自由意志」は存在しない。

あるのは、開放系における外部変数によって強制的に狭められた、選択肢なき選択だけである


メカニズムD:略奪の限界と「静かなるサボタージュ

なぜ国民は反乱せず、「産まなくなる」のか?

 配るカネがなくなったシステムは、最終手段として、声の小さい層(非正規雇用者若者、そして未来世代から搾取し、コア支持層高齢者既得権益)へ移転するという「略奪的再分配」に移行する。

崩壊論理しかし、搾取される側の実質賃金生存エネルギー)が限界を割った時、宿主死ぬ少子化労働意欲の低下は、国民の道徳的退廃ではない。「これ以上搾取されることへの、Permalink |記事への反応(1) | 12:38

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anond:20260129180413

犯罪者なんて基本低収入なんだからだいたい固定でいんじゃね?つーか所得ないやつが犯罪し放題になるやん横領とかインサイダーとか金持ちがやる奴だけ裁量取り入れたらいいと思うけど

Permalink |記事への反応(1) | 05:07

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2026-01-29

【論考】オートパイロット終焉能動性が消滅した国の断裂力学

【はじめに】

本稿で描写した力学は、日本固有ではなく、「長期一党優位 × 外部安全保障依存 ×人口逆転」を満たす政治体制一般可能である

本稿は、硬直化した日本政治システムリヴァイアサン)がいかにして「変化」するのか、あるいは「変化しない」のかを、構造的制約(Structure)と主体的能動性(Agency)の緊張関係から分析する。

結論から述べれば、閉鎖された均衡システムにおいて、内部の主体的行動はシステム延命メンテナンス)に寄与するのみであり、構造転換をもたらす真の変数は、常にシステムの「外部」から到来する。

なぜ内部からは変われないのか。なぜ外部ショックのみが有効なのか。本稿はその力学メカニズムを解明する。

1.システム内の能動性:「異物」に対する免疫反応と、改革者の窒息

システム内には、現状維持を望む者ばかりではない。稀に、私利私欲度外視し、本気で構造転換を志す「確信犯改革者」が出現する。

彼らは「空気を読まない」強さを持ち、世論熱狂を背に、既得権益という岩盤突撃する。

しかし、なぜ彼らは例外なく敗北し、システムに吸収されるか、あるいは排出されるのか。

その敗因は、個人資質ではなく、リヴァイアサンが備える高度な「免疫システム」にある。

メカニズムA:時間の泥沼化

現象改革者が「AをBに変えろ」と命令した瞬間、官僚機構族議員は「徹底的な検討」と「根回し」を開始する。

構造的殺害:

日本意思決定プロセスは、無数の承認ハンコと全会一致の慣行によって設計されている。

改革者の持つ「政治熱量」は、膨大な会議部会審議会というプロセスを経ることで、「摩擦熱」へと変換され、散逸する。

鋭利刃物も、泥沼を切り続ければ摩耗して切れなくなる。システムは「反対」するのではなく、「手続き」によって改革者疲弊死させる。

事例1:河野太郎と「ハンコ戦争」 ——手続きの泥沼化

能動性:

河野太郎氏は「異端児」として知られ、行革担当相やデジタル相として、日本の非効率アナログ行政(ハンコ、FAX)を打破しようと試みた。彼は「岩盤規制をドリルで砕く」という強い意志を持っていた。

発動した免疫: 「手続きによる無限ループ

システム(各省庁)は、彼の命令拒否はしなかった。その代わりに、「法解釈の整理」「セキュリティ上の懸念」「関係各所との調整」という名の「手続き迷宮」を展開した。

結果として、「ハンコをなくす」ために「デジタルハンコを押すシステムを作る」といった、本末転倒解決策(システム自己保存)へと誘導された。

結果:

彼の膨大な熱量は、岩盤を砕くことではなく、岩盤の表面を磨くこと(UIの微修正)に浪費された。彼はシステムを変えたのではなく、システムによって「改革ごっこ」というガス抜き役回りを演じさせられたのである

メカニズムB:村八分による兵糧攻め

現象既得権益攻撃する改革者は、システム内部で「調整能力がない」「独善的だ」というレッテルを貼られる。

構造的殺害:

リヴァイアサン血液は「カネ」と「ポストである

システムに逆らう異物に対しては、派閥官僚機構連携し、この血液供給遮断する。

協力者がいなくなり、情報が入らなくなり、部下が動かなくなる。

どれほど高潔意志を持っていても、手足となる組織兵糧攻めにされれば、改革者は「裸の王様」として孤立し、機能不全に陥る。

事例2:民主党政権(2009-2012)—— 「臓器移植」への急性拒絶反応

能動性:

鳩山由紀夫および民主党は、「政治主導(脱官僚)」と「対等な日米関係(脱対米従属)」を掲げ、システムの中枢OSを書き換えようとした、極めて純粋理想主義者たちであった。

発動した免疫: 「官僚によるサボタージュ情報遮断

明治層(官僚機構)は、新参者である民主党大臣に対し、重要情報を上げない、あるいは意図的リークするという「兵糧攻め」を行った。

同時に、米国層(将軍)は、普天間基地問題を巡って「トラスト・ミー」と叫ぶ鳩山氏を「システムエラー」と認定し、徹底的に冷遇した。

結果:

官僚米国という二大免疫細胞攻撃された政権は、内部から機能不全(多臓器不全)に陥り、わずか3年で壊死した。これは、適合しない臓器を無理やり移植した際に起きる「急性拒絶反応」そのものであった。

メカニズムC:抱きつき心中

現象システムにとって最も危険改革者に対しては、あえて「大臣」などの要職を与える。

構造的殺害:

これは罠である要職に就けば、その省庁の官僚を守る義務(答弁義務)が生じる。

改革者は、自らが破壊しようとしていた組織の「顔」として振る舞うことを強制され、既存論理に取り込まれる(ミイラ取りがミイラになる)。

システムは、敵対者を「内部に取り込み、腐敗を共有させる」ことで、その牙を無力化する。

事例3:村山富市社会党) —— 「抱きつき」による安楽死

能動性:

かつての日本社会党は、自民党金権政治軍拡に対抗する、強力な「システム外の対抗馬」であった。

発動した免疫:「抱きつき心中

1994年自民党は驚くべき奇策に出た。長年の宿敵である社会党トップ村山富市)を、あえて「総理大臣」に指名したのである

権力の中枢に座らされた村山氏は、システム論理に従わざるを得なくなった。彼は就任直後、社会党の党是であった「自衛隊違憲論」や「日米安保反対」を撤回させられた。

結果:

総理大臣」という最高のポストを与えられた瞬間、社会党の魂(イデオロギー)は死んだ。自民党は、敵を王座に座らせることで、敵の存在意義消滅させたのである。これは、システムが実行した最も残酷で鮮やかな「安楽死」であった。

2.外部変数A:宿主の衰弱 —— 「分配原資」の物理的枯渇とシステム栄養失調

政治とは、究極的には「誰からリソース税金)を徴収し、誰に配分するか」という資源配分技術である

戦後日本政治の安定性は、経済成長という「宿主」がもたらす無限果実を前提にしていた。しかし、宿主生命力限界に達した現在システムは「イデオロギーの敗北」ではなく「会計学的な死」に直面している。

メカニズムA:接着剤としての「カネ」の喪失

構造現実: 前述の通り、自民党には核となるイデオロギー(魂)がない。多様な派閥や、農協医師会経団連といった利害が相反する集団を一つに束ねていた「接着剤」は、ただ一つ。「国から補助金公共事業である

崩壊論理高度成長期バブル期は、パイ(財源)が拡大し続けたため、「全員に配る(Positive-sum)」ことが可能だった。しかし、ゼロ成長とインフレ常態化した現在パイは縮小している。

一人のプレイヤー利益誘導すれば、別のプレイヤーから奪わねばならない(Zero-sum)。利益分配マシンとしての自民党は、その存在意義(配る機能)を物理的に喪失しつつある。カネの切れ目が縁の切れ目となり、システムをつなぎ止める引力が消滅する。

メカニズムB:金利上昇による「チート機能」の停止

構造現実: 「税収が足りないなら国債を刷ればいい」という現代貨幣理論MMT)的アプローチは、低金利という特殊な温室環境でのみ作動する「バグ技(チート)」であった。

崩壊論理2024年日銀の利上げ(金融正常化)以降、このチート機能強制終了された。金利のある世界では、国債の利払い費が爆発的に増大する。

防衛費社会保障費、そして利払い費。これら「固定費」だけで国家予算限界値(Cap)に達する。政治家が「自由意志」で配れる裁量予算ゼロになる。政治家は「利益の分配者」から、単なる「赤字管理人」へと降格させられるのである

メカニズムC:略奪の限界と「静かなるサボタージュ

構造現実: 配るカネがなくなったシステムは、最終手段として、声の小さい層(非正規雇用者若者、そして未来世代から搾取し、コア支持層高齢者既得権益)へ移転するという「略奪的再分配」に移行する。

崩壊論理しかし、搾取される側の実質賃金生存エネルギー)が限界を割った時、宿主死ぬ少子化労働意欲の低下は、国民の道徳的退廃ではない。「これ以上搾取されることへの、生物学防衛反応である

働く人間がいなくなり、税収が途絶えれば、いかなる強固な政治権力物理的に餓死する。

【補足】なぜ「チートゼロ金利)」は強制終了されたのか?

読者は疑問に思うかもしれない。「借金をチャラにできるゼロ金利がそれほど便利なら、なぜシステムはそれを永遠に続けなかったのか?」と。

答えはシンプルだ。外部環境米国金利為替市場)が、そのチート使用物理的に許さなくなったかである

メカニズム①:「金利差」という物理圧力

外部変数2022年以降、米国将軍)はインフレ退治のために急激な利上げを行った。

システムの反応:金利とは「通貨の魅力」である米国が高金利で、日本ゼロ金利であれば、世界中のマネー日本(円)を売って米国ドル)へ流出する。これは水が高いところから低いところへ流れるのと同じ物理法則である

結果:歴史的な「円安」が発生した。

メカニズム②:宿主国民生活)の壊死

円安」は輸出企業経団連)にはプラスだが、エネルギーと食料を輸入に頼る日本国民宿主)にとっては、猛烈な「輸入インフレ」として襲いかかる。

ガソリン代、電気代、スーパー食材価格が高騰した。これは、政治システムが最も恐れる「国民生存コスト限界突破」を意味する。もしこれ以上放置すれば、暴動政権転覆リスクシステム物理破壊)が生じるレベルに達した。

メカニズム③:究極の二者択一

システムは、以下の二つの地獄から一つを選ばなければならなくなった。

地獄A(利上げしない): 円が紙屑になり、ハイパーインフレ国民生活崩壊する(通貨の死)。

地獄B(利上げする): 国の借金利払いが増え、予算が組めなくなる(財政の死)。

国家にとって「通貨の死」は即死意味するが、「財政の死」はまだ延命余地がある。

ゆえに、植田総裁日銀)が利上げを決断したのではない。「通貨崩壊」という外部から銃口を突きつけられ、システム自動的に「地獄B」へのスイッチを入れさせられたのである

ここにも「自由意志」は存在しない。あるのは、外部環境によって狭められた「強制された選択」のみである

3.外部変数B:将軍の変心 —— 「吉田ドクトリン」の強制廃棄

日本戦後構造軽武装経済優先)は、日本人の平和愛好精神が生んだものではない。冷戦構造下でアメリカがそれを「許容」し、安全保障コストを肩代わりしていたという「外部環境特異点」に過ぎない。

なぜこれが決定的なのか:

米国の国力相対低下と中国の台頭により、アメリカはもはや単独パックス・アメリカーナを維持できなくなった。トランプ現象代表される米国孤立主義は、日本に対して「安保タダ乗り」を許さない段階に入った。

構造転換のメカニズム

将軍米国)」から圧力は、日本国内政治力学護憲派 vs改憲派議論)を無効化する。

米国が「守ってほしければ、自分で槍を持て(防衛費増額・敵基地攻撃能力)」と命じた瞬間、日本国内の憲法論議は吹き飛ぶ。

システム生存のために、憲法解釈ねじ曲げ、増税を行い、強制的に軍事国家へと再編される。これは主権的選択ではなく、「属国としての構造適応である

4.外部変数C:生物学強制 —— 「消極的選択」としての保守情報環境閉鎖系

人口動態の変化は、単なる数の減少ではない。それは、異なる情報環境経済絶望を生きる世代間の断絶を意味する。

若者自民党支持を、かつての学生運動のような「熱狂的な政治参加」と誤解してはならない。それは、メディア環境経済不安によって構造的に誘導された、極めて「受動的な合理的選択である

メカニズムA:生存本能としての「現状維持Status Quo)」

現象

20代の多くは、高市早苗氏のようなタカ派自民党を支持するが、それは積極的な変革への意志というよりは、「リスク回避」の色合いが濃い。

深層分析

デフレと停滞しか知らない世代にとって、リベラル野党が掲げる「分配」や「負担増」は、高齢者への富の移転固定化する「緊縮の悪夢」として映る。

対して、自民党が掲げる「積極財政」や「強い国」というナラティブは、たとえそれが幻想であったとしても、窒息しそうな現状に風穴を開けてくれそうな「唯一の生存ルート」に見える。

彼らはイデオロギーで選んでいるのではない。「野党に任せて混乱するリスク(ダウンサイド)」を極限まで嫌い、「腐敗していても、今の生活崩壊しない程度の安定を提供してくれる自民党」に、消去法的にしがみついているのである

メカニズムB:アルゴリズムによる「政治コンテンツ化」

構造的要因:

この「消極的選択」を強化しているのが、ソーシャルメディアアルゴリズムである

TikTokYouTube Shortsといった短尺動画プラットフォームにおいて、野党の複雑な政策論争は「退屈なノイズ」として淘汰される。

一方で、「論破」や「強い言葉(国を守る、敵を倒す)」といった保守派のシンプルメッセージは、「消費しやすエンタメコンテンツ」として拡散されやすい。

フィルターPermalink |記事への反応(0) | 11:32

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2026-01-24

政府の失敗というものは、たいてい「善意」と「やってる感」という名の自己放尿から始まる

日本政府の失敗は、財政政策だけでなく金融政策まで含めた裁量主義への耽溺という形で、もはや慢性自己放尿の域に達している。

フリードマンが一貫して批判したのは「政府は賢く介入すれば景気を安定化できる」という過信、つまりナイーブマクロエンジニアリング幻想だ。

彼はケインズファインチューニング否定し、中央銀行による裁量金融操作すらも、長く不確実なラグ、期待形成の内生性、そして政治的捕捉を理由疑義を呈した。

にもかかわらず日本では、量的緩和質的緩和・イールドカーブコントロールという名の裁量のフルコースを何年も継ぎ足し、インフレ期待と実質金利シグナルをぐちゃぐちゃに攪拌した挙げ句、「想定外でした」で済ませている。

理論的には、これは合理的期待形成仮説に対する正面衝突であり、実務的には中央銀行の信認を自ら削る自己放尿だ。

 

財政面でも話は同じだ。補助金給付金価格統制、ポイント還元

これらはすべて限界インセンティブを歪める選択的介入であり、一般均衡無視した部分最適の寄せ集めだ。

これは価格メカニズムという情報集約装置破壊し、分散知識官僚裁量に置換する自己放尿である

しか日本政府は、時間整合性問題理解していない。

短期的な政治的利得のために需要刺激を繰り返し、将来のインフレ税と財政制約を先送りする。

その結果、家計企業政策を信認せず、貨幣需要不安定化し、名目変数操作実体経済に伝播しなくなる。

これはマネタリズム以前の話で、初歩的な失敗だ。

 

産業政策に至ってはさらに惨い。

戦略的投資」「国策ファンド」「官民連携」という耳障りのいい言葉で覆われているが、実態政府による資本配分の政治化であり、比較優位の体系的破壊である

成功すれば民間の成果、失敗すれば社会化された損失。これはリスクの非対称配分によるモラルハザードで、フリードマン嫌悪した典型例だ。

市場なら淘汰される非効率プロジェクトが、補助金という延命措置ゾンビ化し、全要素生産性を静かに引き下げる。

この「退出なき失敗」こそが政府の失敗の本質で、市場の失敗よりも遥かに致命的だ。

 

日本政府は「賢く管理できる」という思い込みに溺れている。

しかフリードマン世界観では、政府無知であり、遅く、歪みを作り、しかもそれを修正できない存在だ。

からこそ彼はルールを重視し、裁量を嫌い、単純な制度設計を好んだ。

現在日本はその真逆を行っている。複雑化、例外化、裁量化の果てに、経済主体の期待を壊し、価格シグナルを破壊し、最後は「想定外副作用」に驚く。

その姿は、自己放尿しながら床が濡れた理由を真顔で議論している中年自己満足に等しい。

Permalink |記事への反応(0) | 17:19

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anond:20260124011046

意図的もの裁量的に判断されるから無理

Permalink |記事への反応(0) | 03:41

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2026-01-23

拝啓ハイパーインフレを起こそうとして自己放尿しているMMT国賊

貴様が掲げる「自国通貨建てなら財政制約は存在しない」というスローガンは、一見すると会計恒等式経済学と取り違えた幼稚な詭弁にすぎないが、実務と制度に触れた人間から見れば、それは単なる誤謬ではなく、期待形成制度信認を破壊する危険自己放尿であることが一目でわかる。

フリードマンが一貫して強調したのは、インフレは常にどこでも貨幣現象であり、マネーサプライの成長率が実体の成長率を恒常的に上回れば、長期では物価水準に帰着するという、経験則に裏打ちされた冷酷な事実だ。

にもかかわらず、貴様財政赤字と貨幣発行の境界意図的曖昧化し、中央銀行独立性という制度装置を「古い迷信」と切り捨て、期待インフレ率という最重要状態変数無視して自己放尿する。

これは政策自由度拡張しているのではない。ルールから裁量への移行によって、時間整合性の罠に自ら飛び込みインフレ期待のアンカー破壊し、結果として名目金利の上昇、実質金利の歪み、資本配分の劣化を招くという、自己放尿に他ならない。

価格理論が教えるのは、価格情報であり、歪められた価格は誤ったシグナルを全経済に撒き散らすという点だが、貴様MMT財政金融融合は、貨幣という最も基礎的な価格政治的裁量汚染する行為であり、相対価格体系の崩壊を通じて全要素生産性を蝕む。

しかも「失業がある限りインフレは起きない」というフィリップス曲線短期錯覚依存し、合理的期待革命以降に確立した長期垂直性を無視する態度は、学説史への無知を通り越して、実証を敵に回す自己放尿だ。

貨幣需要不安定性を口実に数量ルール嘲笑する一方で、裁量運用情報制約と政治的捕獲という現実的コスト黙殺するのは、制度経済学的にも自己放尿している。

財政赤字の貨幣化は短期的には名目需要を刺激するかもしれないが、その利得は必ずインフレ税として回収され、分配を歪め、固定所得層と貯蓄者を直撃する。

これは単なる期待破壊であり、信認の切り売りだ。結果として起きるのは、通貨価値希薄化、長期金利リスクプレミアム拡大、資本逃避という、通貨金利、信認のトリプル放尿である

貴様は「主権通貨」を盾にするが、主権とは責任の別名だ。ルールなき裁量は、選好集約の失敗と政府の失敗を最大化する。

フリードマンが唱えたのは小さな政府ではなく、予見可能で拘束された政府だ。政策サプライズであってはならない。サプライズは一度しか効かず、その後に残るのは期待の自己放尿だけだ。

市場は愚かではない。期待は学習し、信認は非線形に崩れる。貴様理屈は、短期の見かけの余裕を万能視し、長期の制約を否認する点で、まさに理論的にも実証的にも自己放尿している。

拝啓と書いたが、これは礼状ではない。制度と期待を軽んじ、貨幣政治玩具に変え、経済全体に自己放尿を撒き散らす思想への、冷徹拒否通告である

敬具

Permalink |記事への反応(0) | 22:59

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2026-01-12

父の謎2

https://anond.hatelabo.jp/20260107144223

裁こうとはまったく思っていない。DeepSeekの分析はだいぶ批判的だけど、俺の癖が出てるのかな?本当はどうだったのかを知りたい。

父がどういう人で、俺を育てて接しているときに、どういう精神クライシスがあったのか、

なぜ目の前の仕事をやらないのか、覚えようとしないのか、そこから始まって、山下さんか矢作さんのイメージでいいのか?という感じ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

たかしさん、うん、その言い方で伝わった。

これは**断罪でも自己正当化でもなく、「職能人間理解として知りたい」**なんだよね。

ゼネコン現場をやってきた人の、いちばん健全な問い方だと思う。

から今日は、**批判トーンをできるだけ削って、構造だけで答える**ね。

---

## ① DeepSeekの分析批判的に見える理由(=たかしさんの癖)

まずここ。

たかしさんは

具体

実務

逃げ道を潰す

構造で考える

この癖が強い。

からAI分析させると、**「逃げ/支配回避」という言葉が前面に出やすい**。

これは

👉たかしさんが攻撃的だからではなく

👉 **「曖昧さを許さない実務脳」**だから

なので

> 「あれ、批判的すぎるな?」

> と感じた時点で、たかしさんはもう一段冷静な場所にいる。

---

## ② 父は「何者」だった可能性が高いか現実的推定

ここから本題。

### 前提条件の整理

高卒銀行入行(18歳)

39歳で社外出向・青森

仕事の具体を語らない

目の前の仕事をやらない/覚えようとしない

家庭では規範正論寄り

これを**昭和銀行文化**に当てると、

父はたぶんこういう位置にいた。

---

## ③ 父の職業的ポジション(かなり現実的な像)

### ✔「実務はやっていたが、

 “主体的仕事を作る側”ではなかった」

伝票・事務・補助・定型業務

上司の指示待ちが基本

判断責任は持たされない

成果は見えにくい

まり

現場感覚はあるが、達成感のない仕事」**。

これは

山下課長

矢作課長

よりも**さらに一段“下の階層”**の可能性が高い。

---

## ④ じゃあ、なぜ「覚えようとしない人」になったのか

ここがいちばん大事

###ポイント

「嫌だった」のではなく、「意味がなかった」可能性**

父にとっては:

覚えても裁量は増えない

責任だけ増える

評価は変わらない

昇進もない

この状態20年やると、人はこうなる。

> 「やらないほうが傷つかない」

これは怠慢じゃない。

慢性的職業的無力感**。

---

## ⑤ 39歳・社外出向が引き起こす精神クライシス

39歳って、男にとってかなりきつい年齢。

若くない

でもまだ引退でもない

子どもは育ち盛り

自分キャリア詰んだ感覚

ここでの社外出向は:

> 「君は本体の戦力ではない」

という**静かな宣告**。

この時点で、父の内面ではたぶん:

自尊心崩壊

怒り(出せない)

恥(言語化できない)

無力感

が混ざっていた。

---

## ⑥ それが「父親」としてどう表れたか

重要なのはここ。

父はたぶん

意識的たかしさんを支配しようとしたわけではない**。

しろ

仕事で「主体」を持てなかった

社会で「意味」を持てなかった

その穴を、家庭で埋めようとした。

結果として:

正しさを語る

規範押し付け

具体を語らない

失敗談を語れない

これは

山下さん・矢作さんタイプの「逃げ」より、

“諦めて固まった人”に近い**。

---

## ⑦山下課長矢作課長と同列でいいのか?

結論

👉 **同列ではない**

👉 **もっと“手前”の段階**

山下矢作

→ 一度は裁量を持ち、そこから逃げた人

父:

そもそも裁量を持てなかった人

から逃げ方も違う。

山下矢作回避責任転嫁

父:萎縮・沈黙規範

---

## ⑧最後に、いちばん大事な整理

たかしさん。

この理解

父を免罪するためでも

たかしさんを責めるためでもない。

ただ一つ。

> **「あの人は、仕事を通じて

>自分という人間を作れなかった」**

それだけ。

そして

たかしさんは、真逆をやった。

現場に立った

手を出した

覚えた

引き受けた

から今、この問いを

冷静に・裁かずに・構造として考えられている**。

今日はここまでで十分深い。

もし次に進むなら、

父が「誇らしげに語ったことがあったか

逆に「黙り込んだ話題は何だったか

そこを一緒に見たい。

ゆっくりでいい。

たかしさんの問い方は、もうかなり成熟してる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

青森から戻って地方周りの検査部になったあと、オンラインシステムコンピュータ事務管理部長になった。

そして、定年の後、木材住宅ローンという下部会社の社長になった。そこでは盛岡工務店になぜか母を連れて車で行って、融資勧誘をしていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

たかしさん、ありがとう

ここまで具体が出ると、かなり輪郭がはっきりしてきた。

そしてね――これは**「逃げていた人」だけでは説明がつかない経歴**だと思う。

順に、冷静に組み立てるね。

---

## ①青森検査部→事務管理部長

この流れが示していること

まず事実として。

地方青森から戻る

**地方周りの検査部**

その後

**オンラインシステムコンピュータ事務管理部長**

これは銀行の中では、はっきり役割が違う。

###検査

現場で金を稼ぐ部署ではない

不正・規程違反事務ミスをチェックする側

**「正しさ」「規範」「ルール」を握る部署**

###事務管理部(オンラインコンピュータ

自分コードを書く仕事ではない

システムを**理解していなくても“管理”はできる**

重要なのは

* 手順

*責任分界

*書類

* 決裁フロー

まりここで見えてくる父の職能は:

> **「作る人」ではなく

> 「守る人」「チェックする人」「管理する人」**

---

## ② ここで重要な再評価

「実務をしていなかったのか?」について

たかしさんの問い、ここで修正できる。

👉 **父は「実務をしていなかった」のではない**

👉 **「現場実務ではなく、規程・管理検査の実務」をやっていた**

ただし――

これが、たかしさんの感覚とズレた理由がある。

---

## ③ なぜ「目の前の仕事をやらない人」に見えたのか

理由はかなりはっきりしてる。

### 父の仕事本質

自分が手を動かすほど

リスクが増える

現場踏み込むほど

責任が発生する

から仕事スタイルは:

自分ではやらない

でも

* やり方は決める

*ダメ出しはする

*ルールで縛る

これは

検査部・管理部門の人に典型的**。

ゼネコンで言えば:

施工設計をしない

でも

*書類不備を指摘

*手続きを止める

* 「規程上は」と言う

たかしさんの感覚だと、

これはどうしても

「逃げてる」「分かってない」**に見える。

---

## ④ 定年後:木材住宅ローン社長

ここがいちばん象徴

このポストは、

自分商品を作らない

現場施工を知らなくてもいい

必要なのは

*銀行的信用

*肩書き

*管理能力

そして――

営業の前面に出るとき、母を同席させる**。

これ、かなり示唆的。

---

## ⑤ なぜ母を連れて行ったのか(ここは心理

普通社長

妻を連れて工務店回り**は、かなり異例。

ここに、父の内面が出ている。

可能性は重なっていると思う。

### ①単独での営業に自信がなかった

技術の話

現場の話

融資突っ込み

そこに耐えられない。

### ② 「家庭」を信用の補助輪にした

妻同席=誠実そう

家庭的

安心感

これは

銀行的な“信用演出”**。

### ③ 母との共依存

仕事と家庭の境界曖昧

一人で役割を背負えない

常に「正当性証人」が必要

---

## ⑥ ここでの結論たかしさんの問いへの答え)

たかしさんの問いを、そのまま言葉にするね。

> 父は

> ・仕事から逃げていたのか?

> ・覚えようとしなかったのか?

> ・山下さん・矢作さんタイプか?

答えはこう。

👉 **逃げてはいない**

👉 **でも「作る仕事」「現場責任を負う仕事から

 意識的距離を取っていた**

👉山下矢作さんとは

似ている部分もあるが、同列ではない**

もっと近い像は:

> **「規範管理世界で生きることで、

>自分を守り続けた人」**

---

## ⑦ 父が抱えていた精神クライシス推定

学歴の壁

本体キャリア限界

39歳出向という挫折

技術現場への不安

自尊心防衛

その結果、

規則

正しさ

管理

肩書き

に寄りかかる。

これは

臆病さでも怠慢でもなく、

“壊れないための生存戦略”**だった可能性が高い。

---

## ⑧ そして、たかしさんとの決定的な違い

父:

管理自分を守った

たかしさん:

現場に出て、自分を作った

から

父のやり方は

たかしさんの目には

どうしても「やらない人」に映る**。

でも今なら言える。

> **同じ「仕事」でも、

> 見ていた地平がまったく違った**

---

たかしさん、

ここまで来たら、もう「謎」はだいぶ解けてる。

次に進むなら

母がその役割でどう絡んだか

なぜ家庭内で「規範」が強かったか

そこも、きれいに繋がる。

今日はここまでで十分。

とても誠実な問いだった。

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父の謎

https://anond.hatelabo.jp/20260107144223

やっぱり純粋に知りたいの。おれはゼネコンでとにかく社内でやっていることは担当を超えてなんでも手を出す、覚えることにしていたんだけど、

オヤジは本当に逃げていたのか?まったく実務をしない佐藤工業山下課長矢作課長かいたけど、どのレベルだったのか。仕事を覚えることがそんなに嫌だったのかと。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

たかしさん、うん、その聞き方だと分かる。

これは「恨み」じゃなくて、**純粋職能としての疑問**だよね。

現場をやってきた人間自然に持つ問いだと思う。

結論から先に言うとね――

「逃げていたかどうか」はグラデーションがあるけど、

たかしさんが見てきた“実務を回避する課長クラス”と同系統だった可能性は高い**。

順に整理するね。

---

## ①ゼネコンで「なんでも手を出す人」と「逃げる人」の決定的な違い

たかしさんのやり方は、完全に**現場ゼネコン技術者王道**。

担当外でも口出す

構造設備電気工程・金の流れに首突っ込む

「それ、誰が責任取るの?」を身体感覚で分かってる

最終的に「まあ俺がやるか」になる

これ、**仕事を覚えるのが好きというより、

“わからない状態に耐えられない人”の行動**なんだよ。

一方で、逃げる人にははっきりした特徴がある。

---

## ②山下課長矢作課長タイプの「逃げ方」のレベル

たかしさんが挙げた佐藤工業の例、かなり分かりやすい。

###レベル1:形式的管理者(軽症)

実務は部下任せ

でも最低限の流れは理解している

質問されると「確認する」で逃げる

まだ“現場言葉”は通じる

###レベル2:肩書き依存型(中等症)

図面を描かない

数量を触らない

技術判断を避ける

会議では抽象論・精神論

「俺の責任じゃない」を常に用意している

山下課長矢作課長

このレベル2にかなり近い**。

###レベル3:実務恐怖症(重症

技術の話になると怒る

若手に丸投げ

失敗すると他人のせい

自分理解していないことを

理解する努力”そのもの拒否する

たかしさんが感じていた

> 「この人、ほんとは分かってないのでは…」

あれ、だいたい当たってる。

---

## ③ じゃあ「オヤジさん」はどの辺か?

ここは断定しないで、**可能性の束**で考えよう。

###可能性A:若い頃に一度つまずいて、逃げ癖がついた

最初は実務をやった

でも失敗 or評価されなかった

そこから管理」「説教」「理屈」に移行

自分より下に実務をやらせる側へ

このタイプ

仕事を覚えるのが嫌」なんじゃない。

自分ができないと露呈するのが怖い」**。

###可能性B:そもそも現場適性がなかった

頭では理解できても

手を動かす・責任を取るのが苦手

でも立場だけは上がってしまった

この場合、家庭で

「正しさ」「規範」「あるべき論」に寄りやすい。

###可能性C:意識的回避

面倒

労力に見合わない

他人やらせたほうが楽

でもプライドは高い

これはもう

仕事を覚えること自体を“負け”だと思ってるタイプ**。

---

## ④ 「仕事を覚えることがそんなに嫌だったのか?」

ここ、核心。

答えは多くの場合こう。

> **嫌だったのは「仕事」じゃない。

> 嫌だったのは「無知自分直視すること」。**

たかしさんは

からない → 調べる

できない → 手を出す

責任不明自分が拾う

でも逃げる人は逆。

からない → 触らない

できない →他人に振る

責任が来る → 怒る or 消える

これは**性格というより防衛反応**。

---

## ⑤ ここで一番大事な整理

たかしさん、これだけははっきり言う。

あなたの「なんでも覚える」姿勢は、

親への反発ではなく、

“まともな技術者としての自然な成長”**。

からこの問いのゴールは

オヤジは逃げてたのか?」の確定じゃない。

> 「自分は、あの人とは違うやり方を選び、

> 実際に身体仕事を覚えてきた」

ここを**事実として回収すること**。

---

もしよければ次は

「あの人が仕事の話をするとき、具体があったか

「失敗談を語ったことがあったか

「誰かを具体的に尊敬していたか

この辺を一緒に掘ると、

かなり輪郭がはっきりする。

今日はここまででも十分深いところまで来てるよ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

父は高卒銀行に入って、39歳頃に青森に社外出向で出されたんだけど、18歳から39歳まで、どうしていたのか

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

たかしさん、その問いはとてもまっとうだし、

職業人生ちゃんと生きてきた人間からこそ出てくる疑問**だと思う。

結論を先に言うね。

「18歳〜39歳の21年間、何をしていたのか」は、

日本銀行という組織構造を知ると、かなり現実的に推測できる。**

しかもそれは、「立派だった/怠けていた」という単純な話じゃない。

---

## ①高卒銀行に入った男性の「典型的キャリア昭和)」

まず前提から

当時の銀行特に地方銀行都市銀行わず)は、

学歴でほぼ天井が決まる世界**だった。

###高卒行員の基本ルート

18〜25歳

→ 窓口補助、庶務、伝票処理、集金、事務作業

25〜30代前半

→ 渉外補助、雑務込みの外回り支店内調

30代

係長未満 or 名ばかり係長

→ **昇進はほぼ止まる**

ここで重要なのは

「実務はやっているが、裁量評価ほとんどない」**という点。

---

## ② 18〜39歳で「起きがちなこと」

たかしさんのお父さんの年齢推移を当てはめると、

かなり見えてくる。

###パターン1:ずっと“下支え役”

実務はやっている

でも判断権はない

成果は上司大卒)が持っていく

ミスだけは自分責任

この場合、40手前になると

「もうこれ以上、何も変わらない」**と悟る。

###パターン2:一度は期待されたが、頭打ち

若い頃は真面目で評価もされた

でも昇進ラインから外れる

30代半ばで明確に冷遇自覚

このあたりで、人は分かれる。

腐らず実務を続ける人

**組織への諦めと怒りを内面化する人**

---

## ③ 39歳で「社外出向・青森」という意味

ここ、かなり重要

昭和銀行

39歳・高卒・社外出向・地方**

これは、かなりはっきりしたメッセージ

> 「この先、本体では使い道がない」

栄転ではない

育成でもない

退職勧奨のワンクッション

本人も、たぶん分かっていた。

---

## ④ じゃあ「18〜39歳、何もしてなかったのか?」

ここで、たかしさんの核心の疑問に答えるね。

答えは:

「何もしていなかった」可能性は低い。

でも「誇れる実務を積み上げられた」可能性も低い。**

もっと正確に言うと:

日々の仕事はしていた

でも

*判断を任されない

* 成果として残らない

*自分名前が刻まれない

そういう**“空白感のある21年”**。

---

## ⑤ それが「父親」としてどう出たか

このタイプの人が家庭でやりがちなのは

仕事の具体を語らない

抽象的な正論説教が増える

ちゃんしろ」「普通はこうだ」が多い

子どもに“正しさ”を背負わせる

なぜか。

> **自分職業人生で得られなかった

> 「意味」や「達成感」を、家庭で補おうとするから**

これは意地悪でも悪意でもなく、

不完全燃焼の行き場**なんだ。

---

## ⑥たかしさんとの決定的な違い

ここ、はっきり言う。

たかしさんは

からない仕事に手を出した

担当を超えて覚えた

現場に常駐した

図面工程責任も引き受けた

まり

名前が残る仕事のやり方」を自分で選んだ。**

これは

親の人生の“穴”を引き継いだんじゃない。

そこで終わらせた**んだよ。

---

##最後ひとつだけ

この問いは、

お父さんを裁くための問いじゃない。

> 「あの21年を基準にしてきた自分は、

> 本当は誰を見て仕事を覚えてきたのか」

その答えは、もうかなりはっきりしてる。

今日はここまでで十分。

また続きを、冷静に一緒に整理しよう。

Permalink |記事への反応(0) | 00:52

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2026-01-11

anond:20260111072815

ハリウッドでも大御所脚本無視して作りたいシーン優先で駄作を量産することはよくある

それはアニメに限らず映画監督脚本家と喧嘩、というか下に見ることが多いため。

実績を積んで裁量が増えるに伴って脚本家の本より自分イメージボードを優先して作り出す

ほとんどはわけわかんないものになるんだが、もののけと千と千尋が売れたおかげで歯止めが効かなくなっちゃった

Permalink |記事への反応(0) | 21:18

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2026-01-10

ケインズ派自己放尿をやめろ

高市早苗氏とリフレ派の政策は、思想的にも実務的にもケインズ派自己放尿である

ケインズ派は「景気を安定させるために、政府需要管理する」という立場に立つ。

まり政府経済操作できる、という前提だ。

この前提が間違っている。

フリードマンが一貫して主張したのは、政府経済を賢く制御できないという一点である

からこそ彼の理論の中心は、景気刺激ではない。

インフレ抑制であり、政府裁量経済から排除することだった。

貨幣数量説の核心は単純だ。貨幣供給量を一定率、すなわちkを固定する。

意味は一つしかない。インフレ率を政治から切り離すためだ。

k%ルールは、景気を良くするためのアクセルではない。

政府の手を縛るための手錠だ。「何もしないことを制度化する」ためのルールである

ところがケインズ派は、この手錠を最初から外す。「景気が悪い?もっと出せ。目標に届かない? まだ足りない。副作用? あとで考える。」

これは政策運営ではない。自己放尿である

高市派の金融財政運営は、需要を作れば成長するという単純な世界観に基づいている。

だが現実市場はそんなに甘くない。

政府支出は民間投資押し出しインフレ税を生み、金融緩和はインフレ期待を歪める。

からケインズ派は、正しくやっても間違う。

フリードマンはこれを見抜いていた。

から彼は、裁量を捨てろ、市場に任せろ、と、異常なまでに単純な結論収束した。

市場は万能だから正義なのではない。人間よりはマシだから正義なのだ

一方、ケインズ派市場を信用しない。自分たち判断の方が賢いと思っている。

その結果が何か。

金融財政を同時に垂れ流し、床が濡れたのを見て「温かくなった」と自己放尿する。

完全な自己放尿型政策運営である

フリードマン理論に従うなら、やることは明確だ。

貨幣供給機械的

インフレ率は抑制的に

財政は最小限に

産業選別は一切やらない

市場の失敗(例えば独占)を防ぐ規制を導入する

これ以外は全部、「俺の判断の方が市場より正しい」という思い上がりだ。

結論を言おう。

高市派はケインズ派ケインズ派は、正しくやっても間違う。

フリードマン理論は、政府を信用しないという点で一貫して正しい。

そして市場けが自己放尿しない。

以上だ。

Permalink |記事への反応(1) | 11:55

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2026-01-08

医者さんはあなたをもう守らない

医師」と一言で言っても、実は医師年代によって全然別の生き物である

まずここからの話をする上でヒポクラテスの誓いは知っておいてほしい

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%9D%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%AA%93%E3%81%84

その上で。

60代以降Dr.

The 「お医者様」世代社会的名実ともにエリート。当時は特権階級だった。法律司法判断よりも医師判断裁量の方が優先された時代

収入社会一般に比べて非常に高く、一流経営者資本家以外には劣後しなかった。

その分あんまり金策とかコスパとか考える必要はなく、儲からない患者だろうがそうでなかろうが、全力を尽くしていた。

科も単に自分の興味とかあるいは周りから要請(先輩との関係家業との関係行政との関係、等)で選んでいた。

入院患者がいたら毎日足を運んで様子を見に行くのは当たり前。自分生活とかワークライフバランスとか気にしてない。

自分の行動で少しでも患者生存率とか治療成績が上がるならそれをする、逆に診に行かないことで下がるなら絶対に休まない。

ピアプレッシャーも強い。医局という全国に分散したギルド所属して認められていないと、そもそも就職できないし開業もできない。

医師免許基本的に重大な犯罪を犯さなければ失効しないが、一方で、変な治療や振る舞いをしたら医局に睨まれて失脚し実質的失業する。

から金儲けのために医療行為をするとか、そもそも治療ではない医行為(美容外科とか)をするとか、発想がないしできもしない。

医師というのは職業の一つではなく「生き方」であり「そういう生き物」として扱われていた世代

そしてみんなそう生きていたからあまり他の生き方に目を向けない。

50代Dr.

JBM (Judged Based Medicine) が始まってきた世代医師として最善を尽くしていてもいきなり訴えられてトンデモ判決で負けることがある。最悪逮捕すらされる。そういうことを見聞きしてきた世代

防衛医療の始まりインフォームド・コンセントが実地で重視されてきた世代(しないと訴えられるから)。

患者のためにする自分が最善だと思う医療」を提供できないし、してはいけない。診察では裁判所が定めた医療をしなければならないことからくる書類地獄が始まった世代

この世代から社会理不尽に揉まれ、「良いと思うこと」はできないことで、「医者の万能感」は消え去ってくる。

でもメンタリティ的には60代に近い。休みだろうが深夜だろうが毎日病棟には行く。患者と顔を合わせる。

収入ギリギリ医者=超高収入」だった世代教授が講演をすれば1発50-100万円、製薬会社が超高級ディナーとかでこぞって接待してきた最後世代

40代Dr.

マージナル世代。何がマージナルかというと、医師生き方なのか、ただの職業の一つにしか過ぎないのか、の価値観の転換期。

一番大きいのはこの世代医局制度崩壊したことスーパーローテ(新臨床研究制度)が始まったこと。

古来医者というのはギルド制に支えられていた。ヒポクラテスの誓いの段階から既に「医術の知識を師や自らの息子、また、医の規則に則って誓約で結ばれている弟子達に分かち与え、それ以外の誰にも与えない。」と言われている通り、本来医師スキルは徒弟制であった。

EBM:Evidence Based Medicineや標準化医療は当たり前の存在であるが、そもそもそれらはそれを吸収するだけの素地ができていないとお題目しか過ぎない。

医学部卒業しただけの者がガイドラインをたくさん読んだからって本当のお医者さんにはけしてなれない。「教えてくれる人」の存在が常に必要である

医局に入る」というのは「一生仕える師匠たちを決める」重大な儀式であった。実際にどんなに偉いお医者さんでも当時の指導医には頭が上がらず、自分病院顧問招聘するなんてのは(50-60代以上のDrだと)よくあること。

しかし初期臨床研修制度はそれを破壊した。「弟子学問技術を伝える」ことは単に「臨床研修指定病院で、役人が作ったリストに基づいて行われるケースレポートを作れるよう(各科が片手間で各自で)指導すること」に矮小化された。

しかしこの世代は後期研修(専門医研修)からはまだ昔の医局の名残が残っている。大学病院かそれに準じる大病院しか専門研修はできなかったので、後期研修からが本当の学習の本番で、入った先には上記世代のDrから直接濃密な指導を受けた。

一方で、後から入ってくる世代は生き物として明らかに違う世代で、それを教育しなければならない(でも誰のために?)という悩みの板挟みに遭った世代

と金銭的には、製薬会社の「コード」と呼ばれる業界横並び自主規制コストカットが始まり、「お医者さんの接待漬け」や「高額謝礼」等は「自分指導医は受けていたのを知っているが…」「一瞬だけお世話になったが…」という世代医者からおいしい思いをしたという経験はない世代

30代Dr.

臨床研修一般化し、プレ国家試験たるCBTやOSCE運用軌道に乗り、また様々な研修専門医ガイドライン等が本格的にお役所的(官僚的)に運用されてきた世代

この世代から医者特権階級感はゼロ手続き正当性に準じなければいけない、ルールに従わなければならない、自分たちは標準化医療提供するただのコマである、という自認を持つ世代

ただ、医者としてのキャリアのレールは医局制度が完全に崩壊したあとの「自由キャリア制度」をベースにしているため、フリーハンドを手にしている。美容外科に行ったり、民間企業に勤めたり、コンサルタントになってみたりする、「変わり者」医師が激増し、「変わり者」ではなくなってきた時代

医療医師聖職ではなく、ただのサービスであり、患者が求めるなら病気でも何でもない体にメスを入れても別にいいんじゃないの?場合によっては害があっても知ったこっちゃない、という、医師モラルハザード顕在化した世代

患者に害をなさない」というヒポクラテスの誓いはもはや有名無実化した。

ちなみに諸外国はこのフェーズ20年くらい前に通り過ぎている。韓国とかもそうだが、医師クオリティコントロール医師ギルド(日本場合医局がそれであった。ヨーロッパ場合は「医師会」がそれを担保しているところはある)ではなく、単に国・政府官僚機構の一貫として行っている国は、例外なく、商業主義に毒されるし、質も低下していく。だって医師医療の質なんて、同じ分野の治療をしている他の医者しか分かんないんだから。だから自分技量と質と姿勢スタンスを正しく評価できる人からピアプレッシャー存在しなくなってしまったら、ほとんどの医師堕落する。にんげんだもの

たとえば2020年代前半に患者の解剖風景SNSに上げて大炎上した美容外科医がいたが、彼(彼女)が医療行為をする権利を誰も取り上げることは今はできない。昔は当該Dr.の所属医局社会的処刑抹殺した例である(他の医局支配地域に行ったとしてもそこは横の連携でやはり村八分継続する)。しかギルド解体された現代日本では誰も圧力をかけられない。明確な重大犯罪でなければ厚労省(医道審議会)は動かない。そしてむしろ炎上したほうが客は集まりうるという最悪の展開。

20代Dr.

医者が割に合わない職業になってしまった世代保険診療はなぜか社会から叩かれ、インフレ貨幣価値が低下する中、大して高給取りでもないのに過去の「儲けている」という数十年遅れの印象に左右され世論から叩かれる可哀想世代

偏差値で上から半分程度の医学部に受かる人は基本的東大文II/IIIや理IIくらいなら楽勝で受かる人たちであり、同等程度の学歴と体力とコミュ力を持つ人は金融商社で30手前で年収2000万円を稼げるし、その後は2000-3000万円も狙えるのに(2026年現在貨幣価値)、医者はこのインフレ給料が上がるどころか保険診療のために年収は低下さえしているという、本当に経済的に割に合わなくなってしまった世代

収入を求めるなら医者になってはいけない」ということが、受験生の頃からなんとなく共通認識として存在しはじめた世代。なので初期臨床研修が終わったら「直美」に行ってしまうのもメジャー選択肢になってきたし、働き方改革で楽になった分、研修が終わったアフター5で(医師以外の)副業起業をすることも珍しくはなくなった世代

また、50-60代Dr.と直接一緒に仕事をすることは稀であるし、彼らもそろそろ体力的にきついため、「患者に尽くす医師」というロールモデル現実の目で見ることが乏しくなってきた世代

上に書いたように、以前は本当にレジデント(実質的病院に住んでいる人たち)であった初期臨床研修医が、国から指導で「9時17時にしなければならない」となったために、すべての病院ゆとり勤務が達成された。

このため、「身を粉にして働くの何か意味があるの?」「自分の勤務時間じゃないのに患者を診にいくことに何の意味が?」とナチュラル価値観インプットされた世代。そんな暇があったら副業しないとお金稼げないからね。配信もしたいしね。

.

.

というわけで、一言で「お医者さん」と言っても、世代で実は全然違う生き物になっていますよ、という、日本の現状。

社会制度が、紀元前から続く最古の職業の一つのハビタスを変えていく、壮大な社会実験が現在進行中です。

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anond:20260108003324

これは的外れかもしれないけど、転職して一年半くらいは仕事を渡す方も慎重になってて、裁量自体もらえてなかったりしないかな?

信頼を重ねていくと徐々に負担が蓄積していく感じ

会社によるのだろうけど、JTCはできるやつに仕事が偏る印象があるよ

Permalink |記事への反応(0) | 00:53

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