
はてなキーワード:血液とは
【はじめに】
※本稿は、先に公開した同名論考に対して寄せられた批评と、それを通じて得られた理論的再検討を踏まえ、特に現代貨幣理論(MMT)に対する理解を、主流的な財政論の枠組みから切り離し、より構造論的・環境依存的な視点へと修正したものである。
基本的な問題意識は変わらないが、いくつかの記述は、より精密な形へと再構成されている。
なお、本稿の結論──
「金利上昇によって、政治の裁量空間が急速に失われていく」という構造認識自体は維持されている。
今回の改稿は、その結論に至る理論的経路を、より正確な貨幣制度理解に基づいて再構成したものである。
本稿は、完成された主張というよりも、
構造モデルが批評によってどのように精緻化されうるかを含めた思考過程の記録として読まれたい。
本稿は、硬直化した日本政治システム(リヴァイアサン)がいかにして「変化」するのか、あるいは「変化しない」のかを、構造的制約(Structure)と主体的能動性(Agency)の緊張関係から分析する。
結論から述べれば、閉鎖された均衡システムにおいて、内部の主体的行動はシステムの延命(メンテナンス)に寄与するのみであり、構造転換をもたらす真の変数は、常にシステムの「外部」から到来する。
なぜ内部からは変われないのか。なぜ外部ショックのみが有効なのか。本稿はその力学的メカニズムを解明する。
システム内の能動性:なぜ「本気の改革者」は例外なく窒息するのか?
システム内には、現状維持を望む者ばかりではない。稀に、私利私欲を度外視し、本気で構造転換を志す「確信犯的改革者」が出現する。
彼らは「空気を読まない」強さを持ち、世論の熱狂を背に、既得権益という岩盤に突撃する。
しかし、なぜ彼らは例外なく敗北し、システムに吸収されるか、あるいは排出されるのか。
その敗因は、個人の資質ではなく、リヴァイアサンが備える高度な「免疫システム」にある。
日本の意思決定プロセスは、無数の承認ハンコと全会一致の慣行によって設計されている。
改革者の持つ「政治的熱量」は、膨大な会議、部会、審議会というプロセスを経ることで、「摩擦熱」へと変換され、散逸する。
鋭利な刃物も、泥沼を切り続ければ摩耗して切れなくなる。システムは「反対」するのではなく、「手続き」によって改革者を疲弊死させる。
河野太郎氏は「異端児」として知られ、行革担当相やデジタル相として、日本の非効率なアナログ行政(ハンコ、FAX)を打破しようと試みた。彼は「岩盤規制をドリルで砕く」という強い意志を持っていた。
システム(各省庁)は、彼の命令を拒否はしなかった。その代わりに、「法解釈の整理」「セキュリティ上の懸念」「関係各所との調整」という名の「手続きの迷宮」を展開した。
結果として、「ハンコをなくす」ために「デジタルハンコを押すシステムを作る」といった、本末転倒な解決策(システムの自己保存)へと誘導された。
結果:
彼の膨大な熱量は、岩盤を砕くことではなく、岩盤の表面を磨くこと(UIの微修正)に浪費された。彼はシステムを変えたのではなく、システムによって「改革ごっこ」というガス抜きの役回りを演じさせられたのである。
システムに逆らう異物に対しては、派閥や官僚機構が連携し、この血液の供給を遮断する。
協力者がいなくなり、情報が入らなくなり、部下が動かなくなる。
どれほど高潔な意志を持っていても、手足となる組織を兵糧攻めにされれば、改革者は「裸の王様」として孤立し、機能不全に陥る。
事例2:民主党政権(2009-2012)—— 「臓器移植」への急性拒絶反応
鳩山由紀夫および民主党は、「政治主導(脱官僚)」と「対等な日米関係(脱対米従属)」を掲げ、システムの中枢OSを書き換えようとした、極めて純粋な理想主義者たちであった。
明治層(官僚機構)は、新参者である民主党大臣に対し、重要情報を上げない、あるいは意図的にリークするという「兵糧攻め」を行った。
同時に、米国層(将軍)は、普天間基地問題を巡って「トラスト・ミー」と叫ぶ鳩山氏を「システムのエラー」と認定し、徹底的に冷遇した。
結果:
官僚と米国という二大免疫細胞に攻撃された政権は、内部から機能不全(多臓器不全)に陥り、わずか3年で壊死した。これは、適合しない臓器を無理やり移植した際に起きる「急性拒絶反応」そのものであった。
なぜ最も危険な敵ほど「中枢」に招き入れられるのか?
これは罠である。要職に就けば、その省庁の官僚を守る義務(答弁義務)が生じる。
改革者は、自らが破壊しようとしていた組織の「顔」として振る舞うことを強制され、既存の論理に取り込まれる(ミイラ取りがミイラになる)。
システムは、敵対者を「内部に取り込み、腐敗を共有させる」ことで、その牙を無力化する。
かつての日本社会党は、自民党の金権政治と軍拡に対抗する、強力な「システム外の対抗馬」であった。
1994年、自民党は驚くべき奇策に出た。長年の宿敵である社会党のトップ(村山富市)を、あえて「総理大臣」に指名したのである。
権力の中枢に座らされた村山氏は、システムの論理に従わざるを得なくなった。彼は就任直後、社会党の党是であった「自衛隊違憲論」や「日米安保反対」を撤回させられた。
結果:
「総理大臣」という最高のポストを与えられた瞬間、社会党の魂(イデオロギー)は死んだ。自民党は、敵を王座に座らせることで、敵の存在意義を消滅させたのである。これは、システムが実行した最も残酷で鮮やかな「安楽死」であった。
なぜ政治システムは「イデオロギー」ではなく「会計」で死ぬのか?
政治とは、究極的には「誰からリソース(税金)を徴収し、誰に配分するか」という資源配分の技術である。
戦後日本政治の安定性は、経済成長という「宿主」がもたらす無限の果実を前提にしていた。しかし、宿主の生命力が限界に達した現在、システムは「イデオロギーの敗北」ではなく「会計学的な死」に直面している。
なぜ自民党は「配れなくなった瞬間」に崩れ始めるのか?
前述の通り、自民党には核となるイデオロギー(魂)がない。多様な派閥や、農協、医師会、経団連といった利害が相反する集団を一つに束ねていた「接着剤」は、ただ一つ。「国からの補助金と公共事業」である。
崩壊の論理:高度成長期やバブル期は、パイ(財源)が拡大し続けたため、「全員に配る(Positive-sum)」ことが可能だった。しかし、ゼロ成長とインフレが常態化した現在、パイは縮小している。
一人のプレイヤーに利益を誘導すれば、別のプレイヤーから奪わねばならない(Zero-sum)。利益分配マシンとしての自民党は、その存在意義(配る機能)を物理的に喪失しつつある。カネの切れ目が縁の切れ目となり、システムをつなぎ止める引力が消滅する。
――そして露呈する、制度という名の「檻」
なぜ「国債を刷ればいい」は突然使えなくなったのか?
支配的な政策言説において、「税収が足りないなら国債を刷ればいい」という現代貨幣理論(MMT)的アプローチは、ゼロ金利・低金利という特殊な金融環境でのみ作動する例外的措置(チート)として理解されている。
この見方に立てば、MMTは恒常的な財政運営理論ではなく、長期停滞と金融緩和に覆われた日本においてのみ一時的に許容された「裏技」に過ぎない。
2024年の日銀による利上げ、すなわち「金利のある世界」への回帰は、このチート機能の強制終了を意味する。
金利が上昇すれば、国債残高に比例して利払い費は自動的に増大する。国債利払いは予算編成上、優先的に処理される「固定費」であり、政治的裁量によって削減することはできない。
これら不可避的支出だけで国家予算の限界値に達する以上、政治家が「自由意志」で配分できる裁量予算は消滅する。
結果として、政治家は「利益の分配者」から、膨張する固定費の帳尻を合わせるだけの「赤字の管理人」へと降格させられる――
これが、金利上昇後の世界において語られる、MMT「失敗」の物語である。
しかし、この物語そのものが、より深い構造的真実を逆説的に暴露している。
現代貨幣理論(MMT)の本質は、低金利下のチートを正当化するための方便ではない。
それは、貨幣主権を持つ政府は「支出のために徴税や借入を必要としない」という、現代通貨システムの物理的実態を可視化した理論である。
MMTの視点では、国債は資金調達手段ではなく、民間部門に供給された余剰通貨を吸収し、金利を調整するための政策ツールに過ぎない。
本来、政府支出を制約するのは「財政赤字」ではなく、供給能力の限界が引き起こすインフレのみである。
現代の金融システムは、中央銀行の独立性という「防波堤」によって、政治権力が通貨発行を直接統制することを禁じている。
これは、インフレを制御できない政治に対する制度的不信を前提とした安全装置である。
さらに、国債は国際金融市場において「安全資産」として機能しており、これをMMT的論理で無効化することは、現行のグローバル金融秩序そのものを動揺させかねない。
むしろ、「貨幣主権国家は理論上できること」と、「市場・制度・国際秩序が許容すること」との乖離である。
しかし、それを実行すれば「財政規律の崩壊」と見なされ、円安やインフレ、資本流出を招くという政治的・市場的制約が即座に作動する。
それは、我々自身が作り上げた「財政規律」という名の制度的な檻の中に、最初から閉じ込められていたのである。
日本の金融政策は、国内で完結した閉鎖系ではない。円という通貨は、ドルを基軸とするグローバル金融システムの一部として循環する開放系に組み込まれている。ゆえに、「ゼロ金利を維持するか否か」という選択は、国内の意思だけで決定できるものではない。
2022年以降、米国はインフレ抑制のため急激な利上げを実施した。金利とは通貨の「魅力度」であり、高金利通貨へ資本が流れるのは、重力や水位差と同じ物理法則である。
米国が高金利、日本がゼロ金利であれば、資本は必然的に円を売り、ドルへと移動する。この圧力は政策論争によって回避できる性質のものではない。
資本流出の帰結として発生した急激な円安は、輸出企業には利益をもたらす一方、エネルギー・食料を輸入に依存する国内経済に対して、強烈な輸入インフレとして作用した。
生活必需品価格の上昇は、国民の生存コストを直接押し上げ、システムにとって最も危険な閾値――社会的耐性限界――へと接近させる。これは単なる経済指標の悪化ではなく、治安不安や政権不安定化という「システム破壊リスク」の増大を意味する。
一つは、利上げを拒否し続け、通貨価値の下落と制御不能なインフレによって通貨の信認そのものを失う道。
もう一つは、利上げを受け入れ、国債利払い費の増大によって財政運営が硬直化する道である。
国家にとって「通貨の死」は即死を意味するが、「財政の死」は延命可能である。
外部環境によって銃口を突きつけられたシステムが、自動的に「より生存確率の高い地獄」を選ばされた結果に過ぎない。
ここにもまた、個別の意思決定主体の「自由意志」は存在しない。
あるのは、開放系における外部変数によって強制的に狭められた、選択肢なき選択だけである。
なぜ国民は反乱せず、「産まなくなる」のか?
配るカネがなくなったシステムは、最終手段として、声の小さい層(非正規雇用者、若者、そして未来の世代)から搾取し、コア支持層(高齢者、既得権益)へ移転するという「略奪的再分配」に移行する。
崩壊の論理:しかし、搾取される側の実質賃金(生存エネルギー)が限界を割った時、宿主は死ぬ。少子化や労働意欲の低下は、国民の道徳的退廃ではない。「これ以上搾取されることへの、Permalink |記事への反応(1) | 12:38
献血と売血の違いは、倫理的、社会的、そして経済的な観点から非常に重要な議論の対象です。以下の点をもとに、売血が道徳的に有害である理由を論証します。
献血は基本的に無償で行われるものであり、血液提供者の動機は他者の命を助けたいという純粋な志から来ることが多いです。これは人間の尊厳や無償の協力精神に基づいています。しかし、売血が一般化すると、血液が「商品化」され、人間の身体が物質的な価値で取引されることになります。これは、人間の尊厳や命の尊重を損なう恐れがあり、社会的な倫理観を壊す危険があります。
売血が行われると、貧困層の人々が経済的な理由から血液提供を強いられる状況が生まれる可能性があります。この場合、貧困層は金銭的な利益を求めて血液を提供することになり、自己の健康や命を危険にさらしてまで収入を得ることになるかもしれません。これは経済的な格差を利用して人々を搾取する形になり、道徳的に問題があると言えます。
売血が商業化されると、血液提供者は金銭的な利益を目的に血液を提供するため、提供頻度を過剰に高めたり、健康状態に無理をしたりする可能性が出てきます。これは提供者の健康に深刻なリスクをもたらし、売血制度が健康リスクと利益相反を引き起こすことになります。これにより、血液の品質や安全性も懸念され、結果的に血液を受け取る患者の健康にも悪影響を与える可能性があります。
4.社会的な信頼の損失
無償の献血は、社会的な連帯感や助け合いの精神を基盤にしています。しかし、売血が一般化すると、血液提供者が金銭的な報酬を求めるため、血液の提供に対する信頼性が低下する可能性があります。病気の予防や安全性に対する意識が薄れ、血液の品質や提供者の健康状態に関する監視体制が十分に整わないことが懸念されます。これにより、社会全体の健康や福祉に対する信頼感が損なわれ、結果的に医療システムの信頼性も低下する可能性があります。
売血は、命を救うという純粋な目的と、商業的な利益追求の間で倫理的な矛盾を生むことがあります。命を救うために血液が必要である一方で、その血液が金銭的な取引の対象になることは、命の価値が金銭に換算されることを意味します。これは、「命は金で買えるものではない」という倫理的な観点から見ると、大きな問題となります。
売血が行われる社会では、血液が必要な人々が金銭的な対価を支払うことで、血液の提供を受けることができるようになるかもしれません。しかし、このような商業化された血液供給システムは、貧困層や経済的に困難な状況にある人々が適切な医療サービスを受ける機会を奪う結果となるかもしれません。また、血液の商業化により、献血の精神や社会的な連帯感が薄れ、医療機関や社会全体の倫理観が損なわれる恐れがあります。
売血は、個人の尊厳を侵害し、社会的な倫理観を揺るがす可能性があるため、道徳的に有害であると言えます。命を救うための血液提供が商業化されると、貧困層の搾取や健康リスク、信頼性の低下など、さまざまな問題が生じる可能性があります。したがって、血液の提供は無償で行われるべきであり、売血制度は倫理的に認められるべきではないと考えます。
その根幹となる体組織は哺乳類よりさらに前の時代から存在していました。
具体的な歴史は以下の通りです。
現在知られている最も古い「ペニス」の化石は、約4億年前の甲殻類(貝虫)に見られます。
哺乳類への進化過程で、海綿体(血液が流入して膨張する組織)を発達させた陰茎が確立されました。
ペニスは陸上への適応と、受精率を高めるための進化によって、単なる排出器官から生殖に特化した機能を持つ器官へと発展しました。
【はじめに】
本稿で描写した力学は、日本固有ではなく、「長期一党優位 × 外部安全保障依存 ×人口逆転」を満たす政治体制に一般化可能である。
本稿は、硬直化した日本政治システム(リヴァイアサン)がいかにして「変化」するのか、あるいは「変化しない」のかを、構造的制約(Structure)と主体的能動性(Agency)の緊張関係から分析する。
結論から述べれば、閉鎖された均衡システムにおいて、内部の主体的行動はシステムの延命(メンテナンス)に寄与するのみであり、構造転換をもたらす真の変数は、常にシステムの「外部」から到来する。
なぜ内部からは変われないのか。なぜ外部ショックのみが有効なのか。本稿はその力学的メカニズムを解明する。
1.システム内の能動性:「異物」に対する免疫反応と、改革者の窒息
システム内には、現状維持を望む者ばかりではない。稀に、私利私欲を度外視し、本気で構造転換を志す「確信犯的改革者」が出現する。
彼らは「空気を読まない」強さを持ち、世論の熱狂を背に、既得権益という岩盤に突撃する。
しかし、なぜ彼らは例外なく敗北し、システムに吸収されるか、あるいは排出されるのか。
その敗因は、個人の資質ではなく、リヴァイアサンが備える高度な「免疫システム」にある。
現象:改革者が「AをBに変えろ」と命令した瞬間、官僚機構と族議員は「徹底的な検討」と「根回し」を開始する。
日本の意思決定プロセスは、無数の承認ハンコと全会一致の慣行によって設計されている。
改革者の持つ「政治的熱量」は、膨大な会議、部会、審議会というプロセスを経ることで、「摩擦熱」へと変換され、散逸する。
鋭利な刃物も、泥沼を切り続ければ摩耗して切れなくなる。システムは「反対」するのではなく、「手続き」によって改革者を疲弊死させる。
能動性:
河野太郎氏は「異端児」として知られ、行革担当相やデジタル相として、日本の非効率なアナログ行政(ハンコ、FAX)を打破しようと試みた。彼は「岩盤規制をドリルで砕く」という強い意志を持っていた。
システム(各省庁)は、彼の命令を拒否はしなかった。その代わりに、「法解釈の整理」「セキュリティ上の懸念」「関係各所との調整」という名の「手続きの迷宮」を展開した。
結果として、「ハンコをなくす」ために「デジタルハンコを押すシステムを作る」といった、本末転倒な解決策(システムの自己保存)へと誘導された。
結果:
彼の膨大な熱量は、岩盤を砕くことではなく、岩盤の表面を磨くこと(UIの微修正)に浪費された。彼はシステムを変えたのではなく、システムによって「改革ごっこ」というガス抜きの役回りを演じさせられたのである。
現象:既得権益を攻撃する改革者は、システム内部で「調整能力がない」「独善的だ」というレッテルを貼られる。
システムに逆らう異物に対しては、派閥や官僚機構が連携し、この血液の供給を遮断する。
協力者がいなくなり、情報が入らなくなり、部下が動かなくなる。
どれほど高潔な意志を持っていても、手足となる組織を兵糧攻めにされれば、改革者は「裸の王様」として孤立し、機能不全に陥る。
事例2:民主党政権(2009-2012)—— 「臓器移植」への急性拒絶反応
能動性:
鳩山由紀夫および民主党は、「政治主導(脱官僚)」と「対等な日米関係(脱対米従属)」を掲げ、システムの中枢OSを書き換えようとした、極めて純粋な理想主義者たちであった。
明治層(官僚機構)は、新参者である民主党大臣に対し、重要情報を上げない、あるいは意図的にリークするという「兵糧攻め」を行った。
同時に、米国層(将軍)は、普天間基地問題を巡って「トラスト・ミー」と叫ぶ鳩山氏を「システムのエラー」と認定し、徹底的に冷遇した。
結果:
官僚と米国という二大免疫細胞に攻撃された政権は、内部から機能不全(多臓器不全)に陥り、わずか3年で壊死した。これは、適合しない臓器を無理やり移植した際に起きる「急性拒絶反応」そのものであった。
現象:システムにとって最も危険な改革者に対しては、あえて「大臣」などの要職を与える。
これは罠である。要職に就けば、その省庁の官僚を守る義務(答弁義務)が生じる。
改革者は、自らが破壊しようとしていた組織の「顔」として振る舞うことを強制され、既存の論理に取り込まれる(ミイラ取りがミイラになる)。
システムは、敵対者を「内部に取り込み、腐敗を共有させる」ことで、その牙を無力化する。
能動性:
かつての日本社会党は、自民党の金権政治と軍拡に対抗する、強力な「システム外の対抗馬」であった。
1994年、自民党は驚くべき奇策に出た。長年の宿敵である社会党のトップ(村山富市)を、あえて「総理大臣」に指名したのである。
権力の中枢に座らされた村山氏は、システムの論理に従わざるを得なくなった。彼は就任直後、社会党の党是であった「自衛隊違憲論」や「日米安保反対」を撤回させられた。
結果:
「総理大臣」という最高のポストを与えられた瞬間、社会党の魂(イデオロギー)は死んだ。自民党は、敵を王座に座らせることで、敵の存在意義を消滅させたのである。これは、システムが実行した最も残酷で鮮やかな「安楽死」であった。
2.外部変数A:宿主の衰弱 —— 「分配原資」の物理的枯渇とシステムの栄養失調
政治とは、究極的には「誰からリソース(税金)を徴収し、誰に配分するか」という資源配分の技術である。
戦後日本政治の安定性は、経済成長という「宿主」がもたらす無限の果実を前提にしていた。しかし、宿主の生命力が限界に達した現在、システムは「イデオロギーの敗北」ではなく「会計学的な死」に直面している。
構造的現実: 前述の通り、自民党には核となるイデオロギー(魂)がない。多様な派閥や、農協、医師会、経団連といった利害が相反する集団を一つに束ねていた「接着剤」は、ただ一つ。「国からの補助金と公共事業」である。
崩壊の論理:高度成長期やバブル期は、パイ(財源)が拡大し続けたため、「全員に配る(Positive-sum)」ことが可能だった。しかし、ゼロ成長とインフレが常態化した現在、パイは縮小している。
一人のプレイヤーに利益を誘導すれば、別のプレイヤーから奪わねばならない(Zero-sum)。利益分配マシンとしての自民党は、その存在意義(配る機能)を物理的に喪失しつつある。カネの切れ目が縁の切れ目となり、システムをつなぎ止める引力が消滅する。
構造的現実: 「税収が足りないなら国債を刷ればいい」という現代貨幣理論(MMT)的アプローチは、低金利という特殊な温室環境でのみ作動する「バグ技(チート)」であった。
崩壊の論理:2024年の日銀の利上げ(金融正常化)以降、このチート機能は強制終了された。金利のある世界では、国債の利払い費が爆発的に増大する。
防衛費、社会保障費、そして利払い費。これら「固定費」だけで国家予算の限界値(Cap)に達する。政治家が「自由意志」で配れる裁量予算はゼロになる。政治家は「利益の分配者」から、単なる「赤字の管理人」へと降格させられるのである。
構造的現実: 配るカネがなくなったシステムは、最終手段として、声の小さい層(非正規雇用者、若者、そして未来の世代)から搾取し、コア支持層(高齢者、既得権益)へ移転するという「略奪的再分配」に移行する。
崩壊の論理:しかし、搾取される側の実質賃金(生存エネルギー)が限界を割った時、宿主は死ぬ。少子化や労働意欲の低下は、国民の道徳的退廃ではない。「これ以上搾取されることへの、生物学的防衛反応」である。
働く人間がいなくなり、税収が途絶えれば、いかなる強固な政治権力も物理的に餓死する。
読者は疑問に思うかもしれない。「借金をチャラにできるゼロ金利がそれほど便利なら、なぜシステムはそれを永遠に続けなかったのか?」と。
答えはシンプルだ。外部環境(米国金利と為替市場)が、そのチートの使用を物理的に許さなくなったからである。
外部変数:2022年以降、米国(将軍)はインフレ退治のために急激な利上げを行った。
システムの反応:金利とは「通貨の魅力」である。米国が高金利で、日本がゼロ金利であれば、世界中のマネーは日本(円)を売って米国(ドル)へ流出する。これは水が高いところから低いところへ流れるのと同じ物理法則である。
「円安」は輸出企業(経団連)にはプラスだが、エネルギーと食料を輸入に頼る日本国民(宿主)にとっては、猛烈な「輸入インフレ」として襲いかかる。
ガソリン代、電気代、スーパーの食材価格が高騰した。これは、政治システムが最も恐れる「国民の生存コストの限界突破」を意味する。もしこれ以上放置すれば、暴動や政権転覆のリスク(システムの物理的破壊)が生じるレベルに達した。
システムは、以下の二つの地獄から一つを選ばなければならなくなった。
地獄A(利上げしない): 円が紙屑になり、ハイパーインフレで国民生活が崩壊する(通貨の死)。
地獄B(利上げする): 国の借金利払いが増え、予算が組めなくなる(財政の死)。
国家にとって「通貨の死」は即死を意味するが、「財政の死」はまだ延命の余地がある。
ゆえに、植田総裁(日銀)が利上げを決断したのではない。「通貨崩壊」という外部からの銃口を突きつけられ、システムが自動的に「地獄B」へのスイッチを入れさせられたのである。
ここにも「自由意志」は存在しない。あるのは、外部環境によって狭められた「強制された選択」のみである。
3.外部変数B:将軍の変心 —— 「吉田ドクトリン」の強制廃棄
日本の戦後構造(軽武装・経済優先)は、日本人の平和愛好精神が生んだものではない。冷戦構造下でアメリカがそれを「許容」し、安全保障コストを肩代わりしていたという「外部環境の特異点」に過ぎない。
なぜこれが決定的なのか:
米国の国力相対低下と中国の台頭により、アメリカはもはや単独でパックス・アメリカーナを維持できなくなった。トランプ現象に代表される米国の孤立主義は、日本に対して「安保のタダ乗り」を許さない段階に入った。
「将軍(米国)」からの圧力は、日本の国内政治力学(護憲派 vs改憲派の議論)を無効化する。
米国が「守ってほしければ、自分で槍を持て(防衛費増額・敵基地攻撃能力)」と命じた瞬間、日本国内の憲法論議は吹き飛ぶ。
システムは生存のために、憲法解釈をねじ曲げ、増税を行い、強制的に軍事国家へと再編される。これは主権的な選択ではなく、「属国としての構造的適応」である。
4.外部変数C:生物学的強制 —— 「消極的選択」としての保守と情報環境の閉鎖系
人口動態の変化は、単なる数の減少ではない。それは、異なる情報環境と経済的絶望を生きる世代間の断絶を意味する。
若者の自民党支持を、かつての学生運動のような「熱狂的な政治参加」と誤解してはならない。それは、メディア環境と経済的不安によって構造的に誘導された、極めて「受動的な合理的選択」である。
メカニズムA:生存本能としての「現状維持(Status Quo)」
現象:
20代の多くは、高市早苗氏のようなタカ派や自民党を支持するが、それは積極的な変革への意志というよりは、「リスク回避」の色合いが濃い。
深層分析:
デフレと停滞しか知らない世代にとって、リベラル野党が掲げる「分配」や「負担増」は、高齢者への富の移転を固定化する「緊縮の悪夢」として映る。
対して、自民党が掲げる「積極財政」や「強い国」というナラティブは、たとえそれが幻想であったとしても、窒息しそうな現状に風穴を開けてくれそうな「唯一の生存ルート」に見える。
彼らはイデオロギーで選んでいるのではない。「野党に任せて混乱するリスク(ダウンサイド)」を極限まで嫌い、「腐敗していても、今の生活が崩壊しない程度の安定を提供してくれる自民党」に、消去法的にしがみついているのである。
構造的要因:
この「消極的選択」を強化しているのが、ソーシャルメディアのアルゴリズムである。
TikTokやYouTube Shortsといった短尺動画プラットフォームにおいて、野党の複雑な政策論争は「退屈なノイズ」として淘汰される。
一方で、「論破」や「強い言葉(国を守る、敵を倒す)」といった保守派のシンプルなメッセージは、「消費しやすいエンタメ・コンテンツ」として拡散されやすい。
YouTubeで筋トレをやっている男性の減量エピソードを見たんだけど、まず女ではこんな追い込み方不可能では、と思えるような極限ダイエットをしててガチでびっくりした
その人が特別とかじゃなくて、だいたい筋トレの大会に挑戦するような男性はみんなそんな感じみたいだ
女性トレーニーの方も見てみたんだけど、男性トレーニーほど無理できない、追い込めない
美容外科の症例で脂肪吸引した女性アスリートとか見たこよあって、今まで「いや普通に減量しろしw」とか思ってたけど、通常の減量に限界を感じてのことだったんだなあと……
まあ、元の筋肉量や循環血液量が多いほど体の無理が効きやすいというのは納得いく話で、男のほうが減量で無理できる、追い込めるというのはそのとおりなんだけど
改めて男女のポテンシャルの違いを見せつけられたというかね
身体が丈夫っていいな羨ましい
自分は大量に摂ってはないと思ってても案外無自覚にカフェイン中毒になってることはあり、頭痛が出た時にカフェイン摂るとおさまるタイプはこれだったりする
自分もコーヒー緑茶ココア烏龍茶紅茶を避けてノンカフェインのお茶だけ飲み、チョコもごく少量までの生活をしばらく続けていたら片頭痛が劇的に起こらなくなった
短期間でも影響が現れやすいので、試しにしばらくやってみる価値はあると思う
大抵の頭痛持ちは自分で調べて知ってるだろうけど、頭痛には血管が拡張するタイプと筋肉が凝り固まって緊張するタイプがあり、拡張タイプは冬以外なら冷水シャワーを頭から浴び続けるという荒療治で和らいだりする
カフェインも血管を収縮させる効果があるので、このタイプの頭痛には一時的には効くが、結局のところマッチポンプみたいなもんでしかない(カフェインの離脱症状として血管が拡張し、その際に頭痛が出たりする)
また、血糖値が下がると血糖値を上げさせるノルアドレナリンやアドレナリンが分泌されるが、それが血管の拡張・収縮を促して頭痛を引き起こすことがある
片頭痛はしばしば吐き気を伴うので食欲もなくなると思うが、何か食べてみると和らぐかもしれない
私はなぜか頭痛時にグミとマイクポップコーン(醤油バター)だけは食べられるんだが、食べるとしばらくして頭痛が直ることがある
運動後や脳が酸欠状態の時にも血管が拡張する(酸素供給のために血流を良くしようとする)ため頭痛が起こることはあるそうだ
これはなんか自分で言ってて偽科学っぽいのだが、昔酸素入りミネラルウォーターというのがコンビニで売っていて、それを飲むと頭痛が治ることがあった
酸素欠乏を疑ってみて換気とかするのは悪くないかもしれないと思う
ガンガンするような頭痛でなく、気圧からくる頭痛は三半規管由来なので、ロキソニンやイブプロフェンが効かない場合はトラベルミンが効く場合がある
冬場は夏場よりも水分の摂取量に意識が向かなくなると思うが、水分不足による頭痛というのもある
メカニズムは不明らしいが、水分を多めに摂ると頭痛の痛み、頻度が緩和されたというエビデンスはあるらしい
水分は血液量に直結するので、血管の拡張なり収縮なりにも関わってるのかもしれない
というか、先に書いた酸素入りミネラルウォーターを飲むと治るタイプの頭痛も、実は水分不足だったのかもしれない
こめかみや首、肩を揉むと和らぐような緊張型頭痛(頭の輪を締め上げられてる孫悟空の気持ちになるような頭痛)の場合は、むしろ冷水シャワーのようなものとは真逆の、暖めたりして血管を拡張するアプローチをしないといけない
(※この見極めを誤ると悪化するだけなので注意)
その点において、血行を改善するサリチル酸メチルが配合された湿布が個人的には一番よい(ロキソニンテープなども血行を改善する成分が入っているので理屈上良いとは思う)
小林製薬から出ている緊張型頭痛の塗り薬、ズッキノンも確かサリチル酸メチルだったと思うが、ドラストで安く売ってるパテックス(湿布)などは、サリチル酸メチルに加えてアルニカチンキが入っている
アルニカ由来の成分はバンテリンコーワなどにも配合されている他、やたらバズったCBDバームにもアルニカエキスとして配合されており、植物由来成分ながら抗炎症作用に結構期待できる
緊張型頭痛が出たらパテックスを肩〜首にかけて貼り、ひたすら目元〜こめかみ〜頭〜首筋を揉んだり拳でぐりぐりやってほぐしてみてくれ
拍動を感じるほどひどい緊張形頭痛の時にはもう身動きするのも辛いと思うが、やらないより少しましになる
痛みが和らぐ体位を取り、目を閉じてめぐリズムのアイマスクでもしながらセルフマッサージをし、時間の経過で筋肉が弛むのを待つしかない
首や肩のストレッチも良い、それができる程度に痛みが弱い時であればだが
低カリウムじゃなくて低ナトリウムのはずだよね……塩抜きダイエットしてる人ってやっぱりリテラシーやばいんだね……
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医療機関が公開している、塩分不足の場合に何が起こるかを説明してるスライド(P.17)を見つけた。https://www.hospital-kawasaki.city.kawasaki.jp/img/about/shitoku-R04-2-2.pdf
汗や尿などと一緒に塩分(ナトリウム)が排出されて、水分と塩分が適切に補給されないと、体内のバランスが崩れて、脱水症状が起こります。
長期間自宅を開ける準備をして、何度も戸締りを確認し、家を出る。万が一のための連絡先、パスワードを机の上に残す。
指定された10時に病院に行き、使い方も慣れてきた自動受付機に診察券を入れると予約なしとカードが戻されてしまった。戸惑っていると、初めて来たときに案内してくれた初老の男性が入院はこちらですと案内してくれ順番カードをとってくれた。荷物を見れば入院患者であることは一目瞭然なのだ。
マイナンバーカードの登録、レンタル着のサイズ、各種書類の確認後、病棟に向かう。
病棟で身長体重測定後、部屋に案内される。他の患者もいる大部屋だが妙に広い。希望タイプが今日は満室なので今日はここで、明日空き次第移動するという。希望していないタイプの部屋であるため、差額ベッド代はかからないとのこと。良かったと安堵するが、明日手術だよね、どうやって移動するんだと不安になる。
入院患者識別用の氏名年齢血液タイプバーコード付き耐水コーティング紙が手首にまかれる。退院まで取らないようにと注意される。手術の開始時間は11時。2件目の手術となるため、前の手術終了時間により前後するとのこと。足首、ふくらはぎの太さを測り、手術着と弾性ストッキングを渡される。10時までに着替えるようにと指示。LINEで母に手術開始予定時間を伝える。
主治医がベッドまで挨拶に来てくれる。手の甲に「左」とマジックペンで書かれる。エコー、CT画像の左右について確認をする。気管と甲状腺腫瘍の位置関係についてきくと、「そうです! 足元から写すので左右逆になります」
画像を思い出すと、気管が円となっていた。体の正面から撮れば、気管は上下に伸びる直方体となるわけで、円になっている時点で喉を垂直にスライスした画像だと気づくべきだった。
午後には、薬剤師がやってきて手術後から毎食後に服用する痛み止めと胃薬を渡される。看護師から首の手術跡を保護するためのテープを売店で買ってくるように指示を受け、病棟から売店に向かう。外来患者もゆきかう売店のあるエリアから入院病棟に戻るエレベータが満員でなかなか乗れない。車いすの入院患者が先に待っていたので、空いていたエレベータに乗るように促すが、後でいいと首を振られた。後日実感したが、入院中はあまりにも暇なので、急いでいる人がいればお先にどうぞどうぞ、という気持ちになる。早く病室にもどったところでやることはないのだ。外にいるほうが気がまぎれる。
何も他にすることがなく、持参した文庫本を三分の一まで読み進む。早々に読み切ってしまうのではと心配したが、その後しばらく本を読むような余裕はなかったので問題なかった。
昼食の量が多いな、と思っていたのだが夕食はさらに量が多かった。白米が茶碗ではなくどんぶりサイズで出てくる。食事トレイは可能であれば自分で返却してください、と言われていたので、半分を残し、自分でトレイをワゴンに下げにいくと、トレイにセロハンテープで留められている小さなメニュー票(氏名付き)は取らないように、と看護師に注意される。
すぐにわかったのだが、どれだけ食べたかはすべてチェックされ、完食できていない場合栄養士がやってきてどのような味、形状、硬さなら食べられるかを確認するのだ。これにはうかつな回答ができない。白米の炊き具合が自分にとって硬すぎると回答した老人が、その後おかゆと麺類のみとなり、退院したらもうしばらく麺は食べたくない、と嘆いているのが耳に入った。
翌日からしばらくシャワー禁止となるので、シャワーを浴び、念入りに頭を洗う。シャワー室は2つ、予約制で時間は20分。要介護の患者にも対応しているためか、シャワールームがかなり広い。
21時から手術前の絶食が開始となった。ベッドの上に氏名、絶食開始時間、絶飲開始時間を記載された紙がでかでかと掲示されている。
4人部屋は満室で、耳栓をして健やかに寝た。入院するまでの間、何か忘れていないか、準備に手落ちはないかと、落ち着かない緊張状態が長く続いていた。もはや自分にできることは何もない、まな板の上のコイとなり、墜落するように寝た。
早めに寝たため、朝5時に目覚める。起床時間は6時。同室者を起こさないようにトイレに行き、給茶機で水を飲む。6時半から絶飲となるので、最後の水だ。
7時の朝食時間経過後、看護師が各ベッドを巡回し、体温・血圧・血中酸素飽和度を記録する。手術前に移動する、というので荷物をまとめる。
9時半、落ち着かないので早めに手術着に着替え、弾性ストッキングをはく。すぐに看護師がやってきて点滴用の針を腕に刺し、チューブを固定する。更に他の看護師もやってきて、もうすぐ部屋が空きますから!という。前の患者の退院を待っている状態。
10時40分、空きました!と声がかかり、荷物をキャスター付き机にのせ、点滴スタンドとともに、机ごと部屋を移動する。移動先の部屋で、荷物を開け、手術直後に必要となりそうなもの(コップ、水筒、ティッシュ、マスク、タオル等々)を取りやすそうな位置に置く。
10時50分、手術室へ案内するという若い人懐こそうな看護師がやってきて、自分で歩いて移動を開始する。通常のエレベータを使おうとすると、大混雑中だったので、関係者専用のベッドが3台ほど乗りそうな広いエレベータにぽつんと二人だけ乗って手術フロアに移動する。
11時前、手術室の前で待機。緊張状態の患者に何くれとなく同伴の看護師が話しかけてくれる。誰かといる、ということが必要なケアであることが感じられる。手術フロアは、廊下があり得ないほど広い。ベッドに乗せられた患者が廊下のあちらからこちらからと行き交っても全く問題ない広さである。他の手術室から、朝一の手術が終わったと思われる患者が移動式ベッドでガラガラと運ばれていった。
ほとんど時間通りに手術室に招き入れられる。想像していたより3倍は広い。患者は一人なのに不釣り合いに感じる。医療漫画でみるように、ガラス窓の向こうには見学室のようなものもある。ここでベッドに乗る。小柄な私でも幅が狭いと思うベッドなので、体格の良い男性であれば大きくはみ出るだろう。麻酔をする前に、仰向けに寝て少し膝を曲げた態勢で手足が固定される。
手術を担当してくれる看護師や主治医が横たわった私に挨拶をしてくれる。よろしくお願いします。としか言えない。名前は右から左でとても覚えられない。全身が白く覆われ、目の部分しか露出していない看護師たちはやたら目力が強く、いつか見た中東のマッチングアプリの女性がならんだ画像が頭に浮かんだ。
麻酔のマスクが口に当てられると、その次の瞬間には手術が終わっていた。
名前を呼ばれ、終わりましたよ!と声を掛けられ目を開ける。周りを取り囲んだ3、4名の看護師たちに、手を動して、足を動かして、と立て続けに指示される。何か聞きたいかと言われ、今何時かと聞く。13時XX分ですよ(もはや記憶にない)。輸血はしたか、と聞くとしていませんと回答。その後も足を動かしてみたりと確認が続く。とりわけ目力の強い看護師が笑顔で大丈夫ですか、何かききたいことはありますかと聞いてくれる。気管は切りましたか、と尋ねると、笑顔が固まってそれは先生に聞かないとわからないという。え?そうなの?
冷静に考えると、術後の意識レベルの確認をされている患者が聞くことではなかった。しかし、意識が飛ぶようなつまらない会議でも意見を求められたら瞬時に適切な意見を述べる反射神経が鍛えられているので、何かありますか、と聞かれたら、ついつい意味のある質問をしなくては!と反応してしまうのだ。
そこで記憶は途絶え、気が付くと病室にいた。
鼻から酸素チューブが伸び、点滴スタンドから手首に点滴が行われ、首からは透明の管(以下、ドレーン)が出ている。
おそらくは手術から30分経過。意識の確認、体温、血圧、血中酸素飽和度が測られる。
その後、1時間置きにバイタル、痛み、しびれ、麻痺を確認される。痛みは感じないが、口がカラカラだと訴えてもそれは仕方ないとスルーされる。起き上がってはいけない。絶対安静。断続的に睡眠と覚醒を繰り返す。自分で体を動かすことができない。
15時ごろ主治医がベッドサイドにやってきて、気管は切らなかったと教えてくれた。
16時半、看護師がやってきてベッドから起き上がるようにと指示をする。鼻から酸素チューブを抜く。水を口に含んで飲むと、大きくむせる。「むせてますね」すかさずパソコンに記録される。生理食塩水に加え、抗生物質が点滴される。首のドレーンの先はシャンプーを入れるような透明なプラスチック容器で、赤い液体が少したまっていた。点滴スタンドを押して、歩行可能であることを確認する。トイレは自力で行くということだなと理解する。母親と友人にLINEで手術終了、意識回復を連絡する。倒れるように横になるが、自分で体をずらして体位を動かせるようになった。
17時頃、主治医がやってくる。傷口、ドレーンをチェックして「順調ですね」と満足げに帰る。
手術後少しそれこそ10歩ほど歩いただけなのに力尽きて横になっていると、18時すぎに流動食が運ばれてきた。まったくお腹が空いていない。しかし、食べるべきだろうと体を起こす。体に力がない。全くない。エネルギーが完全に切れているのだ。トレイのメニュー票には、重湯、スープ、栄養ジュースの他、手書きで「牛乳」が追加されていた。これは「君なら飲めるよね?」という挑戦なのだろうか。おお、飲んでやろうじゃないか。と気合を入れる。しかし、少し重湯を数口入れるだけで胃が重い。少し食べては横になって休憩をし、時間をかけて食べ続ける。水分ばかりでお腹がちゃぽちゃぽ限界を感じたので、カロリーのありそうなものを優先し、無色透明のスープを半分残し、あとは完食した。食後の痛み止めの服薬を開始する。
19時ごろ、主治医が見慣れない若い女性を伴ってやってきた。研修医だという。退院まで回診などに来るという。いかにも生真面目で肩に力が入っている。よろしくお願いしますと挨拶をする。
しばらくのち、トイレに立ち、ふと病室の入り口にある洗面台の鏡を見て、愕然とする。首の左に手術の傷口があるのかと思えば、首のど真ん中に真っ赤な一文字がひかれていた。やや左が長い。切開痕から更に左へ三センチほどずれたところから透明な管、ドレーンが出ている。透明なボンドで留めてあるので傷口が丸見えなのだ。まるでフランケンシュタインだ。ただ、高さは想定よりかなり低く鎖骨の直上ぐらいであり、襟足の短いハイネックでも十分隠せるだろうというのが慰めだった。
初めて目にする赤い傷跡は、衝撃だった。
夜間、点滴、ドレーンの確認見回りにくる看護師の懐中電灯に何度か起こされるも、十分に眠れた感覚をもって起床時間前に目覚める。明らかに前日の夕方より体力が回復している。
起床時間後、看護師が巡回し入院患者のバイタルチェック、お通じ確認などが行われる。前日濃い紅だったドレーンの液体が、透明なオレンジ色になっている。質問をすると「おー、順調ですね!」と言われる。出血が止まってきたサインだという。プラスティック容器に、本日の日付の印がマジックペンで記載される。メモリがあり何mlたまっているかわかる仕組みになっている。
7時過ぎに朝食がくる。おかゆ、牛乳、バナナ。量が多くないですか? とにかく回復のために気合を入れて食べる。気持ちは完全にフードファイター。
トイレ、給水で廊下を歩くたびにすれ違う人を傷あとでビビらせている気がする。傷口をこれだけさらしている患者が他に見当たらない。しかしドレーンの管が皮膚に張り付けられており、隠すことも難しい状況だ。そもそも見た目を取り繕い、整えようとする気力がない。
9時すぎから、入院患者の診察が始まる。入院フロアにある診察用の部屋に順番に呼ばれる。呼びに来たのが昨日の手術室で会った目力つよつよ看護師だった。診察は初顔の中年男性の医師だった。手術をした三人のうちの一人だろうか、年齢的に主治医の上司だろうと推測する。傷口、ドレーンを念入りに確認し、鼻から内視鏡を入れる。声帯を動かしてチェックをする。「水でむせていたらしいですが、左の声帯が動いていないですね」という。手術で声帯のまわりをひっぱったので、一時的な麻痺で戻る可能性は高いという。
そうか、手術の影響がでているか、と少し落ち込む。声帯機能の低下により、声がかすれる、割れる、嚥下がしづらくなるという事前のリスク説明は確かにあった。
12時すぎに昼食。おかゆ、魚、カボチャ、サラダ、お吸い物とやはり完食するにはかなり気合が必要な量がやってくる。とにかくおかゆの量が多い。
食後、抗生物質の点滴が始まる。これが終われば、生理食塩水の点滴が残っていても点滴は終わりになるという。これだけ食べていれば点滴でエネルギーを補給する必要はないだろう。
大部屋の病室内でトラブルが発生する。80を軽く超えている老女の大切な持ち物が紛失したという。入院期間が長く、別のフロアからの移動もあった。不機嫌で怒りが爆発している老女を4、5人の看護師がなだめながらあらゆる引き出し、荷物を開けてゆく。更に老女の怒りの声が響き渡る。クレームの内容は持ち物から、病院、看護師、訪問看護師、息子、嫁と際限なく広がっていく。
通常であれば、トラブルの現場から遠ざかればよいのだが、ほとんど動く力がない。他の同室者はとっくに出ていった。あきらめの極致で聞くとはなしに聞いていたが、だんだんとこの老女は寂しいのだな、と理解した。一人暮らしで人工肛門で訪問看護を受けていて、普通の会話では相手にしてもらえない。クレームであれば、立場の弱いものが応対せざるを得ない。
15時すぎ、母が見舞いにくる。携帯を指定したのに、手術後病院から携帯ではない家電話に連絡があり、父親が対応したらしい。私が受けるつもりだったのにとぷりぷり怒っている。さらに、数日前家族がけがをして救急車で運ばれていたのだと、新事実を知る。何か色々話したいことが溜まりすぎているようで話が止まらない。座った姿勢で話を聞き、うん、うん、と相槌を打ちながらドレーンを見ると、赤い液体が出てきている。やばいのでは。
更に追い打ちをかけるように診察の案内がやってくる。母を待たせて診察室に行く。またもや初顔の中年女性の医師。手術対応の3人目だろうか。年齢的にこの人も主治医の上司に見える。傷口を確認し、腫れていないですね、と頷く。ドレーンの先のボトルを見て、明日抜くのは無理かな、ちょっと多いなとコメント。ええ、さっきからいけてない気がしていました。
この日手術結果のチェックに来たような中年医師2名と手術室の看護師は、その後会うことはなかった。
とにかく退院するには、ドレーンを抜く必要がある。起き上がると体液が出やすくなる、と理解する。可能な限り横になって過ごすこととする。ベッドに横たわったままドレーンと、声帯についてスマートフォンで調べ続けた。ドレーンがあるためシャワー禁止で、おしぼりで体をふき、ドライシャンプーをする。
今まで頭を占拠していた手術の結果が良好だったため、仕事の心配が始まる。
定例会議の日程、今月の予定、必要な連絡などが頭をぐるぐるする。早く退院しなくてはと焦りだす。
16時過ぎ、主治医が病室にやってくる。再度内視鏡を入れて声帯を見たいという。一時的に麻痺していても三か月ぐらいで大抵は戻るのだが、手術で神経には触らなかったので、状況を確認したいという。おそらく、手術については自信があったのだろう。手術の結果一時的にしろ麻痺が発生した、という判定は不服なのだと思われた。
頻繁に確認されるのだが、不思議なほどに首の手術のあとは痛まない。私は8時間以上寝ると頭の重みで頭痛になる。この24時間で21時間ぐらい横になっているのにまったく頭痛がしない。鎮痛剤ってすごいな、と感心する。
新たに同じ病室入ってきたアラサー女性は、救急車で病院に担ぎ込まれたらしく、平静を装っているが自分の重大な病気をまだ受容できていない。時折上ずる声が痛々しくアラフィフおばさんの胸が痛む。
病室内の空気が重すぎる。看護師がバイタルチェックや食事を運んできたときに、意識して明るく大きな声で「ありがとうございまーす」と返事をする。よどみすぎている空気を軽くしたい。
首都圏ではない政令指定都市在住、独身アラフィフ独居女性の甲状腺がんの治療体験記。
長年のはてなユーザーであるため、がん治療はRTAと知っていました。
恐ろしいほどの長文となってしまったので、お急ぎの方は概要と最後のまとめのみどうぞ。
https://anond.hatelabo.jp/20251226195323 (3/2)
https://anond.hatelabo.jp/20251226195436 (3/3)
| 日数 | 概要 | 説明 |
|---|---|---|
| 0日目 | しこりの発見 | 内科診療所において、超音波検査でしこりが見つかる。 |
| 2日目 | 紹介状受け取り | 内科診療所にて、がん拠点病院の予約票、紹介状を受け取る。 |
| 3日目 | 生検 | がん拠点病院にて、細胞診検査を受ける。 |
| 17日目 | がん告知 | 生検の結果としてがんの告知を受け、治療方針を決定する。 |
| 19日目 | 手術日決定 | 手術日程を決め、入院の事務手続きを行う。 |
| 24日目 | 手術説明 | キーパーソンとともに、手術内容の説明を受ける。 |
| 32日目 | 手術 | がんを取り除く手術を受ける。<治療開始日> |
| 37日目 | 退院 | 病院から自宅に戻る。 |
| グッズ名 | 概要 | 説明 |
|---|---|---|
| ドライシャンプー | 頭皮と髪に液体をかけふき取る | シャワー禁止期間の頭のかゆみ、フケ対策に。 |
| 耳栓 | 遮音性が高いもの | 大部屋で寝る際に。睡眠の深さで回復力が変わる。 |
| パンツ型ナプキン | 夜用紙パンツ型生理用ナプキン | 使い捨てパンツの代わりに。ドラッグストアで買える。 |
| 貼るカイロ | 使い捨てのカイロ | 冷え性対策。室温は変更不可のため。 |
| 洗濯ばさみ | ベッド柵に挟む大サイズ | 濡れたタオルを干す。ごみ袋をかけるなど。 |
| 魔法瓶水筒 | 400ml入るもの | 給茶機からお湯、冷水を入れてベッドサイドへ持ち込む。 |
| ウォークマン | ノイズキャンセリング機能付き | 気力ゼロで横たわって時間を過ごす際に。 |
内科診療所にて、一か月前に予約した頸動脈の超音波検査(以下、エコー)を受ける。
健康診断の結果、高コレステロールであった。BMI、生活習慣(食事、運動、睡眠)に問題がないため、内科医からは投薬をすすめられたが、ネットの記事で高齢女性の高コレステロールは薬を飲む必要が少ない、心配なら頸動脈エコーで確認をという記事を読んだことがあり、薬を飲みたくないがために動脈硬化が進んでいないことを確認するために頸動脈エコーを希望した。
エコーを行う医師(診療所に定期的に来る)が検査を行っている最中に「甲状腺の検査を受けたことはありますか」と尋ねる。「ありません」と回答。検査を受けながら横目で見る頸動脈は、素人目には狭窄もプラークもなく、そら見たことか、と思っていた。
その後、内科医が診察で「甲状腺にしこり(腫瘍)があるので、大きい病院で検査をしてください。どこが良いですか」と近隣の病院を3、4候補に挙げる。近年、重大な病気疑いが発生し、精密検査で問題なしとなることを繰り返していたので、正直またか、と思った。そのうちの一つに乳がん定期検査に通っていたためそこを希望すると、内科医がその場でネット検索し、耳鼻咽喉科が休診になっているという。そのため、他の候補で自宅から最も近い病院を希望する。まったく知らなかったが、そこは厚生労働省指定の地域がん診療連携拠点病院だった。コレステロールの話はどこかに行った。
内科診療所からがん拠点病院に予約を入れるので、どの日程がよいか悪いかを書いてその日は帰宅する。
内科診療所から予約票と、紹介状の受け取りにくるようにと連絡がある。
紹介状がA3用紙を三つ折りにしたサイズなので怪しいと思いエコーの結果は入っているのかと受付に確認するが、入っていますと頸動脈の薄いプラークの位置が記載された紙を示される。それではないと思うが、面倒なのでそのまま出る。この時点であまり深刻に考えていなかったのだ。
大きな病院の入口で戸惑っていると、還暦を軽く通り越している案内係の男性が「初診ですか」と声をかけてくれて、必要なカウンターに連れて行ってくれた。番号札をとるのもやってくれた。
病棟を長く歩いて耳鼻咽喉科の前で1時間ほど待つ。予約をしていても待つ。診察室に入ると、30代と見える女性の医者から話を聞かれ、やはり紹介状に問題があり、エコーをやり直す必要がある、血液検査も必要と言われた。今日、時間はありますか。あるなら生検までやりましょう、とちゃきちゃき話が進む。この医師が主治医となり最後まで対応をしてくれた。病院中のあらゆる科の患者が集まる検査エリアに送られる。エコーの長い順番待ちと血液検査の結果待ちでさらに2時間経過。ようやく呼ばれた診察室で、画像と血液検査結果を見た医師から今から細胞診検査(生検)を行う旨を告げられる。医師のほか、細胞診検査のためにやってきた担当者二名がエコーをしてモニターを見ながら、二回ほど首に針を刺し、問題のしこりから細胞を取り出した。針の太さのせいか、注射よりはやや痛い。
事前にネットで甲状腺のしこりの大部分は良性である、という知識を仕入れていた私は気軽に医師に尋ねた。「悪性である可能性はどれぐらいなんでしょうか」医師はあっさりと答えた。「うーん、形が悪性らしい感じなんですよね。良性だとつるっとしているんですが、そうじゃないので」確かに画像ではしこりの境界線がぼやけていた。境界のはっきりしたつるっとした形ではない。足がでたキャンサーか。
ここで初めてがんかもしれない、という実感がわく。良性のしこりだと大丈夫だと自分では思っていたのだが、楽観的に過ぎた。いきなり世界が反転する。
細胞診検査の結果は一週間後にわかるが、来週医師が休みなので、二週間後の予約となる。ワークライフバランスは大切だ。がんだとしても、急ぎのものではないのだな、と理解する。病院のあちこちに掲示されている「緩和ケア」「がん支援センター」「がん患者、家族の相談に乗ります」のお知らせがやたらと目についた。
二週間の間に、がんなのだろう、という受容が進んでいた。友人に会うたびに、「なんかさー、がんかもしれないんだよねー」と自分で話をすることで、自分自身が受け入れやすくなっていた。人と話す、ということの大切さを感じた。
会社で孤立無援で追い込まれメンタルをやられていたときに比べると、守秘義務もなく何でも話してしまえるので、心の負荷はましだった。重い抑うつ状態に苦しみ世界から孤立した経験が、今の自分を助けてくれているということに不思議を感じた。あのときに比べれば地獄レベルがまだ浅い。だから平気を装える。「神と和解せよ」とは現実をそのままに受け入れろ、ということだ。
長い待ち時間後に、診察室で医師に細胞診検査の結果「甲状腺の乳頭がん」であることを告げられる。転移していないかを調べるためにCTを、甲状腺機能を確認するための追加の血液検査、尿検査を行うこととなる。
CTの前に説明担当職員からCTについて説明され、同意書にサインを求められる。拒否をする選択肢はないと思う。検査前には、造影剤でおしっこに行きたい気がするかもしれませんが大丈夫ですから、と何回か複数の検査技師に念を押される。確かに造影剤を投与されるとすぐに膀胱が熱くなり、漏らしたか、と焦った。どういう仕組みなのかよくわからない。
2時間ほど経過後、診察室で医師と向き合う。CTの画像からはリンパへの転移は見当たらないため、甲状腺ががんの原発、ステージ1と判定された。甲状腺ホルモン値は正常、他の血液、尿検査値も問題なし。1cm以下であれば経過観察もありうるが、腫瘍の最大径が1.3cmなので、手術で甲状腺を半分切除し、目に見えないがん細胞があるかも知れないのでそれにつながるリンパをとる、という治療方針になる。どこまで切るかはチームで確認する、という。また腫瘍の場所が気管に近いため、浸潤していたら気管もスライスする必要があるかもしれない。これは開けてみないとわからないという。
事前に「国立がん研究センター」の甲状腺がん情報を読み込んでおり、その方針が乳頭がんの標準医療であることを理解していたため、他に方法はとかは特に質問もしなかった。甲状腺がんの種別では乳頭がんが一番おとなしく予後がよいものなので最悪のパターンでなくてよかった、という気持ちだった。
手術で甲状腺を半分切除しがんを取り除く、という治療方針に同意し、次回、手術・入院日程を決めることとする。次回は一週間後にするかと聞かれたが、できるだけ早くと依頼する。
割合に人生の重大事のはずなのだが、あっさり淡々と進んでいく。
血液検査の結果の紙を見ると、コレステロールは基準値内だった。
耳鼻咽喉科で主治医と面談。チームで画像を確認した。左甲状腺につながるリンパはすべてとるのではなく、半分ぐらいとれば良いとなったとのこと。
手術の日程の相談をする。入院期間は約1週間。医師から今月が良いか、来月が良いかと聞かれる。最短で依頼する。まず手術説明をして、その後に入院となる。分厚い手術台帳というものを医師が持ってきてパラパラとめくる。患者に渡す紙以外徹底して電子化している病院なのだが、これは紙の台帳なのか、と不思議に思う。「じゃあ、X/X(二週間後)はどうでしょうか」「ではそれでお願いします」。手術説明を次週に行い、手術はその次の週となった。
薬の説明部署で、服用している薬がないか、アレルギー、お薬手帳などの確認、問診、入院中に持参する薬など厳しいチェックが行われる。
入院説明部署で、入院生活の心得のビデオ視聴、レンタル品申込書や同意書、キーパーソン・親族・連絡先の記入。日頃の生活状況のアンケート、退院後の生活支援の要否、がん患者向けの就労支援の要否など確認、書類への署名が続く。特養や老人ホーム、介護事業者のパンフレットが地域別にずらりと用意されている。自覚症状のないステージ1、5年生存率95%である種別のがん患者には特に支援の必要はなかった。
入院部屋タイプは第二希望まで記載するようにとされていたが、最も安い大部屋のみの希望とする。差額ベッド代の問題をうっすらと知っていたのだ。これが後で効いてくる。
心電図、レントゲン検査を行い、耳鼻咽喉科の診察室で順番を待つ。キーパーソンとなる家族、近隣に住んでいる後期高齢者の母親に同伴してもらった。これまでの診察は午前だった。この日は午後。診察室の前で待っている人は格段に少ない。みんな手術説明対象者だろうか。
一人で来ている老人、老夫婦、そして私と母親と年齢層が高い中、一組だけ若い家族がいた。30ほどの女性と小学生低学年の子供、幼稚園児らしき子供、そして会社から直行したようなスーツ姿の30代らしき男性。小さな子は退屈しきっている。子供の病気はつらいな、とアラフィフの胸が痛む。
1時間ほど待機したあと、診察室に呼ばれる。母を紹介し、主治医の説明が始まる。
これで手術に必要な検査はすべて実施済みとなったとのこと。結果は特に問題ないという。前回の血液・尿検査結果もすべて基準値内だった。がんがあることのぞけばまったくの健康体である。
机の上のモニタにエコー画像を表示しながら、これが気管で、これが甲状腺でここに腫瘍が、と主治医が私と母に説明をする。
「……左ですよね」
お互いに左の首に手を置いて、うなづきあう。
手術でまれに起こる危険性の説明がある。首の反回神経が近いため、声帯麻痺の可能性、副甲状腺が損傷してしびれ、麻痺の可能性の説明がある。同意書を渡され、入院時に持参を依頼される。
手術は2時間から3時間かかり全身麻酔となる。終わったらキーパーソンに電話をする、自宅の電話番号でよいかと聞かれ、携帯電話の番号でと依頼する。可能性は低いが出血が多かったら輸血をするので、同意書に署名をしておいてほしいと言われる。手術の開始時間はまだ未定だという。
先生が執刀してくれるのですかと主治医に確認すると、他の先生もいて3人でやるとのこと。よろしくお願いしますと目を見て気持ちを込めてお願いし、頭を下げる。頼むよ、先生。うまくやってね!と祈る。医者にとっては毎週のように行う手術だろうが、患者には一生に一度かもしれない重大事なのだ。患者としてはお願いするしかない。
麻酔科に回される。全身麻酔をした際に、まれに起こる危険性についての大変に事務的な説明があり、同意書を渡される。入院時に持参するようにと言われ、「先生が麻酔をしてくれるのですか」と聞く。「んー、まだ担当は決まってはいませんねー」「……そうですか」ファンシーなタンブラーが机に置かれ、ペンも軸がカラフルで、なかなかにふてぶてしいねーちゃん先生だった。
入院病棟で手術の流れの説明ビデオの視聴後、看護師と面談をする。入院生活上の注意、服用している薬やアレルギーの確認、心配事がないか、と聞かれる。とにかく全身保湿をして肌のコンディションを整えてくるようにと注意を受ける。売店にヒルドイドも売ってる、なんなら買って帰れという。病棟、乾燥しすぎだろう。風邪をひいたり、インフルエンザ、コロナウィルスに感染したら入院・手術は延期、手続きはすべてやり直しになる、と警告を受ける。それは避けたいので、万全の体調管理に努めると誓う。
しばらくは行けなくなるであろう美容院で髪を切り、入院グッズなどを用意する日々の中、夜、ベッドで横になったとき、突然エコー画像を思い出し「がんがあるのは右甲状腺では?! 医療事故になるのでは?!」と飛び起きる。画像中の気管と甲状腺の位置から右甲状腺に腫瘍があるように思えた。とにかく寝なくてはと横になりつつ、病院に電話して確認するべきかなど考える。不安で胸がドキドキする。
しばらくしてふと、細胞診検査で左の首に針を刺したことを思い出した。
あ、左だった。左だったよね?!
朝起きてから、Geminiに聞く。エコー画像は左右が逆に見えるので左甲状腺でしょう。と回答を得て安堵する。画像の端に「L」か「R」の文字はありませんでしたかと聞かれ、見ていなかったなと反省する。
マスク外してる人で会議中でも鼻すすりまくったり、つば飛ばしまくってるの、ほぼおっさんだよな。たまらない。
自分から汚いもの(鼻水・唾液・息)が発散されてるって自覚ゼロ、気遣いゼロ。魂の格がtの公遺症染みつきすぎて、周囲への汚染に無頓着。セルフネグレクトの外向き版。エッジ持てずカイカンチュア止まり確定。
もし男性にも生理あったら、絶対ナプキンちゃんと付けないおっさん出てきて、電車のシートとかオフィスの会議室の椅子とか血液のシミだらけになってただろな。想像しただけで神経衰弱理論発動。
おっさんに生理がなくてマジでよかったわ。なかったら街中がアンティーク理論の極みで、幻資痛どころか実害痛で眺めることになってた。
ピエロンナが生理で苦しんでる横で、おっさんどもはつば飛ばしながら「生理とか大したことないだろ」って言ってそう。チャージスポット理論で理解不能。