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はてなキーワード:落合とは

次の25件>

2026-02-09

当選した元立憲の中道議員一覧

神谷北海道10区

階 猛岩手1区

野田 佳彦千葉14区

健太京都3区

小川 淳也香川1区

渡辺宮崎1区

野間鹿児島3区


山岡 達丸北海道

有田 芳生東北

金子 恵美東北

大島北関東

長妻 昭東京

落合 貴之東京

笠 浩史南関東

後藤祐一南関東

早稲田 夕季南関東

田嶋 要南関東

近藤和也北陸信越

西村 智奈美北陸信越

菊田真紀子北陸信越

重徳 和彦東海

21名/49名

(2月9日に書き漏らした比例代表2名を追記)

Permalink |記事への反応(1) | 07:54

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2026-02-07

anond:20260207194729

落合

Permalink |記事への反応(0) | 19:48

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2026-02-04

落合陽一は七光りなのか?

いや、ビールアルミ缶の反射であれだけ汗かいてるのならそれはもう七光りっつーか懐中電灯地図と探索グッズ使ってちゃん洞窟から抜け出したって感じだろ。

Permalink |記事への反応(0) | 12:47

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2026-02-02

落合陽一って最初にバズってた動画で見たときはわけわからんこと言って煙に巻く変人だと思ってたけど

万博の流れでアートな人なんだなと気がついて

父親が死んでめちゃくちゃ普通大人が改まった時に使う言葉メッセージを出していて

やっぱり世の中で認知される著名人有名人はそのくらい当たり前に普通にできて当然なんだなと思った

芸能人でもおバカキャラはしょせんはキャラであってリアルではない

ファッション狂人はおると思うけどリアル狂人は表には出てこないね

Permalink |記事への反応(0) | 10:41

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2026-01-17

anond:20260117184737

落合

Permalink |記事への反応(0) | 18:49

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2025-12-29

たぶん、今年最後の驚き

落合陽一の父親落合信彦」

Permalink |記事への反応(0) | 01:25

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2025-12-15

anond:20251215102034

飯田橋あたりって、神楽坂繁華街で色街だし、坂下りると低地だし、

あん新宿区民の中でも誇れる土地柄ではないよね

出版社とか多い土地柄で工場多いし

落ち着いた落合目白手前あたりが良いか

すこし煩くなるけど高田馬場あたりが良いか

もっと都心なら曙橋あたりかね

Permalink |記事への反応(1) | 10:28

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2025-12-13

anond:20251204013606

場末業界人が同じ話していたな

とても保守的業界なので落合やべーって話してたけど

落合視点から見たらそらそうなるやろと思いましたまる

Permalink |記事への反応(0) | 17:37

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2025-12-04

anond:20251204013606

落合って建築設計できるの?

Permalink |記事への反応(0) | 16:10

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落合陽一とNullNullと新建築のこと

ここ数時間落合陽一はんがNullNullっちゅう大阪万博パビリオンの件で、新建築いう建築専門誌をめっちゃ突っついとるんや。

こないだ出た12月号が万博特集でな、見た感じほぼ全パビリオン網羅しとる思うわ。

これが何でインパクトあるかいうたら、新建築はこれまで万博についてほぼ黙っとったからや。

開幕時も、会期中も、閉幕時も、ほぼ一切触れてこんかったから「新建築万博に反対しとるんか?」いう声も出とったくらいや。

業界で一番権威ある雑誌が、建築の集まりみたいなイベントを完全スルーしとったわけやからな。

それがこの年末になって、ほぼ一冊丸ごと万博特集から、そらみんなビックリするやろ。

ほんで落合陽一はんや。

落合はんはNullNullのプロデューサーやった。設計したんはNoizっちゅう豊田啓介はんの事務所や。

NullNullは日経アーキテクチュアの表紙にもなっとったし、万博の目玉のひとつやったな。

ところが落合はん曰く、

新建築にNullNull載っとるの、雑誌出て初めて知ったぞ?ワイに何の話も来とらんやんけ!」

しかも載っとる図版、ワイが知っとるのと全然ちゃうやないか編集部どないなっとんねん!」

いうて怒っとるわけや。

新建築落合はんに連絡してへんのか?」いう反応になるんは当然や。

けど、現段階で落合はんが新建築をボロクソに攻めとるんは、大丈夫なんやろかとワイは思う。

ワイも設計仕事にしてるから分かるんやけど、新建築いう雑誌は基本「設計した人」に掲載依頼してくるんや。

まり建築家とかゼネコン設計部とか設計事務所とかやな。

掲載するにはオーナーとか利害関係者の許可も要るけど、そのやり取りも設計側がやるんや。

ワイも掲載決まったとき「お施主さんに承諾もろてください」言われてお願いしたことあるしな。

せやから今回も、新建築設計したNoizに掲載を依頼したと思うわ。プロデューサーである落合はんには直接連絡せんかったやろね。

刊行前の誌面チェックもNoizがやっとるはずやで。

そのとき利害関係である落合はんには情報が行かんかった。それが誰の問題になるんかは正直微妙なところやな。

あと、落合はんが言う「載ってる図版が間違っとる」いう件やけど、新建築本来図面なんか1枚も持っとらん。

雑誌に載る図面ダイアグラムは全部、設計側が出すもんや。

せやから「Noizが出した図版と、落合はんが出したかった図版が違う」いう話やろな。

現状、落合はんはまだNoizと連絡取れてへんのかもしれん。明日あたり進展あるんちゃうか。

NullNullに関して言うと、他のシグネイチャーパビリオンと違って、落合はんいう特異な才能を持った人がプロデューサーやったやろ。

せやから、会期中から落合はんと豊田はんで「この建物を『設計した』んは誰か」いう主張が微妙にズレとった感じもあったと思うわ。

河瀨直美はんとか福岡伸一はんは、パビリオンのコンセプトは立てれても、実際の建築設計はできへんやろ。

せやけど落合はんと豊田はんの場合、「どっちがどこまでやったんか」が正直かなり分かりにくかったように思うわ。

逆に言えば、落合はんと豊田はんという2人の「どっちがどこまでやったんか」分からんくらいのコラボやったからNullNullはできたんやと思うけどな。

これは「建築設計者とは何をした人のことなのか」、「誰が主体的にその建築を語ってええのか」いう、いろんな問題を孕んどると思う。

ある意味、これまでいろんな媒体で、落合はんも「ワイのパビリオンです」いう感じで露出してきた感もあったやろ。

せやから今度は、Noiz的には建築雑誌っちゅうホーム自分らが主導で語りたかったり、新建築的には語らせたかったりしたのかもしれんな。

あくま憶測やけどな。

せやけど、まあ後々のこと考えたら、何事も利害関係者には一言連絡しとくに越したことはないと思うで。

しか文字欠けとかページ記載ミスとか、新建築どないなっとんねんw

Permalink |記事への反応(7) | 01:36

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2025-11-13

PCモニターどんなふうに使ってる?

自分デザイン系の仕事してるんだけど職場だと3枚使ってる。全部27インチ。このサイズだと4KバランスいからWQHD。

一般的にはモニターなんて一枚、あとはサイズどうするかくらいだと思うけど、業種がデザイン系だと少なくともデュアルモニター多数派だと思う。

3枚使うのはやややり過ぎ感もあるけど、それほど珍しいわけでもないと思う。

作業アプリが全画面化してる一枚、ブラウザやらチャットなど置いておく感じので一枚、もう一枚は写真資料とかを置いておく場所

さらに今は液タブも卓上にあるのでマジで画面に囲まれてる感はすごい。

それなりに疲労感も増すので家ではノーパソくらいしか開くたくなくなるが、家で作業することもあるので自宅はデュアルにしてる。

自分が見てきた中でまあまあインパクトあったのはプログラマーの人が縦置きして2枚で使ってた。

プログラマーから縦で使うのはまあいいのかな?くらいは思うけどそれ2枚にするなら割と正方形に近い形になってそういや正方形モニターってないなって思ったり。

あと音楽制作系の仕事の人は手元に鍵盤とかコントローラーとか置いてるからでっかいモニターを正面奥にどーんと置くタイプの人が多いなって印象。

もしくはノーパソ完結型か。

IT系仕事の人もノーパソ完結できそうで羨ましい。

営業の人は支給されたノーパソ消耗品みたいに雑に扱ってたりして、それはそれでなんかカッコいいなって思う。

そういや落合陽一の万博関連のドキュメントみたいなの見たら、いつでもVRゴーグル持ち歩いて仮想空間で大量のモニター表示させていつでも同じ環境でできるからとか言ってた。

Appleのやつだと解像感とか実用的なとこまでいってるのかな。まあそれでもシビアに色とか見ないといけない作業はできないだろうけど。

Permalink |記事への反応(0) | 19:50

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2025-10-14

anond:20251014000712

落合氏も言ってたけどこういうのは未来の人がレガシーなんだよな。

オリンピックとか万博とかで刺激を受けた人がそれまでとは違う選択肢を得て活躍するということ。

もしこの先国が滅びることがあったとしても、人は最後まで残るからなぁ。

Permalink |記事への反応(0) | 20:02

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anond:20251013191445

リアタイで見てたけど落合成功するとまでは予言してなかったぞ。

日ハム二刀流やって良いって言ってるんだからそれでいいじゃないか。外部がどうこう言うことじゃない」

「ただし自分だったらバッターに専念させる」

というのが当時の発言趣旨

Permalink |記事への反応(0) | 16:46

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2025-10-13

anond:20251013135959

落合大谷のことチュキチュキ大好きだもんな

Permalink |記事への反応(0) | 17:48

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2025-09-22

落合陽一と成田悠輔がごっちゃになる

髪長い人と丸と四角のメガネの人って情報はあるんだけどあれどっちがどっちだっけ…?ってよくなる

geminiに聞いたら丸と四角のメガネかけてる方が落合陽一って教えて貰った

Permalink |記事への反応(0) | 18:18

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2025-09-19

anond:20250919142854

ファセッタズムの落合宏理とツルんでやってるアパレルはかなりいいと思うよ

俺にはサイズが小さくて着れないけど

Permalink |記事への反応(0) | 19:09

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2025-09-10

落合陽一って絶望した禁欲トランスジェンダーのような外見しているが

実はきちんと夫婦生活して妻を妊娠させて高貴な純日本人を増やす努力をしているね

Permalink |記事への反応(0) | 03:05

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2025-09-04

落合陽一の話になると「メディアアーティストとしては凄い」とかいう奴が必ず出てくるけど

そもそもメディアアーティストってなんだよ。

そんなわけのわからん業界の内輪で凄いとか褒めてても

ただの駄サイクルじゃん

Permalink |記事への反応(0) | 16:42

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2025-08-26

ネットの人の顔が分からない

落合陽一と箕輪厚介と津田大介茂木健一郎がいつも全部ごっちゃになる

この中だと明らかに茂木健一郎が浮いてるんだけど、どうしても一瞬だけ混ざる 落合陽一の展示が〜みたいな記事が目に入ったとき茂木先生のあのヘアスタイルが思い浮かんでしま

どちらかというと、茂木健一郎の顔のイメージが強すぎて他の有名人を覚えられなくなってるのかもしれない

似たような奴だと、メガネが変な人とウクライナ専門家の人は最近やっと顔を覚えて区別がつくようになった

ところが、変な政治系のライター?で嫁がえらい年下の奴の存在最近知って

アレ?これ小泉悠?違う?成田雄輔?ってなって、また三人の顔が分からなくなった

もうおしまい

Permalink |記事への反応(0) | 06:01

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2025-08-15

万博で36人搬送された程度の話で騒いでるの左翼だけ

この手の大型イベントで倒れて緊急搬送される人間が出るなんてのは普通

いちいち騒ぐ必要がない

しか左翼は36人もぶっ倒れてくれたので、鬼の首でも取ったように騒いでいる

こいつらは元々万博の失敗を願っており

パビリオンが完成しなくて日本が恥を晒すことを期待していた

しかしなんとか開催に間に合ってしまったので

続いては客が入らずガラガラになることを期待していた

しかし評判は上々で客入りも悪くなかったので

いよいよ万博成功を認めざるを得なくなった

悔しい、なんとかして万博は失敗だったことにしたい

そうやって一生懸命あら探しをしていたところに今回のニュース

もう左翼連中は嬉々として責任追及してるね

ちょっと肯定的なこと書いた落合陽一もXで言論リンチされておる

ほんまこいつらの万博失敗して欲しい、日本は恥を晒して欲しいという暗い情熱なんなの

ほんましょーもねーな

緊急搬送された?それがどうした

Permalink |記事への反応(1) | 14:35

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2025-07-26

anond:20250725181216

なんか聞いたことあるのだが、国立科学博物館日本科学未来館って同じ科学でありながらかなりベクトルが違うらしく、硬派なタイプ国立科学博物館、それに対してアート寄りなのが日本科学未来館って聞いたことある

ここだといけ好かない人も多いかもだが、後者には落合陽一も関わってるって言えばイメージがわかるかも

話聞く感じその科学館、国立科学博物館タイプなように思えるので、日本科学未来館タイプに行ったらまた違うかも

Permalink |記事への反応(0) | 16:47

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2025-07-23

ドリームス・テイク・フライト』と東京ディズニーリゾートエンタメ終焉

最初に、あくまでこの記事はどなたも貶める目的ではない。

今の東京ディズニーリゾート(以下TDR)を楽しんでいる方に対して水を差す意図もない。

  

さて、7月中旬よりディズニーシーの新ショー『ドリームス・テイク・フライト』が上演開始したとのことで早速鑑賞した。

率直に良いショーであるとは全く言えず、今後のディズニーエンタメについてこれまでで最も危機感を覚え、筆を執ることにした。

  

※『ドリームス・テイク・フライト』ショー本編のネタバレを含みますので未鑑賞の方はお気をつけください※

  

前提として、筆者は幼少期からディズニーアニメーションに触れ続けてきた筋金入りのいちファンであり、

TDRで新しいパレードやショーエンタメの上演が始まると聞きつければ自分の足で観に行くくらいには応援している。

  

しかし、コロナ禍を境に昨今の円安物価上昇などの情勢の影響を受けて大きくエンタメ制作やパーク運営方針が変わった。

大人の事情は鑑みたいところだが、運営会社オリエンタルランド株価の下落が続いていることやファン離れに強く憂いを感じてはいるが、

大好きな場所には変わりないので贔屓目で楽しんでいる。

  

■『ドリームス・テイク・フライト』所感

  

ストーリーシンプルで、飛行機の格納庫の中で飛行機づくりをしているキャラクターたちが飛行機を完成させ、お祝いして、ミニー扮するパイロットが空へ飛び立つというもの

  

タイトルストーリービジュアルテーマソング、出演キャラクター、いずれもメッセージ性があるショーであることを予感させる。

ミュージカル調で始まるので、こちらはストーリーを受け取る構えをとる。

  

終始軽快な雰囲気で、パフォーマンス楽しい特に整備場の道具を使ったパーカッション演奏は派手で良かったしライブ感があった。

  

しかし、起承転結存在せず、トラブル登場人物葛藤も描かれない。

舞台の切り替わりとともにミッキー達以外にも名作ディズニー映画主人公4人が次々登場するが、まったく脈絡がない。

映画テーマをちょろっと流し、すぐに去る。

  

おそらく場面の説明としてキャラクターごとのイメージを重ねろ、ということだと思うし解釈はできなくもない。

ただ、映画を観ていない観客には確実に理解が難しい構成である。というか観ていても厳しい。

  

作品を楽しみたいので、頭の中で文脈を探し続けるが、

心情描写特にないまま進行し、気持ちが盛り上がっていないのとは裏腹に飛行機が完成する。

  

テーマソングと共に盛大なフィナーレが勝手に始まってしまい、

ほら!!!!感動するとこだよ~~!!!と言わんばかりの雰囲気ミニーが飛び立って終わる。

(映像で空を飛んでいる風の演出あり、機体は少しだけ前に動く)

  

でも我々はミニーがなぜ飛ぶのか?どこに向かうのか?何を叶えたいのか?この結末のために誰のどんな苦労があったのか?を知らないし、わからない。

どこにも描かれていない。わかることができたら、きっと感動するはずの画が、音楽がそこにあるのに。

そのギャップがあまりに苦しい。

テーマがありそうで無いというのは非常にストレスだ。

電波の届かない山奥で圏外じゃない場所を求めてさまよっている気分で心のバッテリーゴリゴリ削れる。

  

終演してからやっとミュージカルではなくてレビューストーリーや芝居がないパフォーマンス重視の舞台芸術ジャンル)であったと納得した。

  

ストーリーを描かないのなら、もっとレビューとして受け止められる設定を提示してほしかった。

TDLの常設ショー『クラブマウスビート』もストーリーのほぼないレビュー構成で、コロナ禍真っただ中にリリースされた低予算コンパクトなショーではあるが、

あくまで観客はクラブでの出来事ダンスを観るというスタンスなのでまだ振り切って楽しめる。

 

また、全編通してほぼセリフが無く、劇中の曲はすべて英語歌詞のため、英語理解できる人以外が言葉で拾うことのできる情報が極端に少ない。

インバウンドへのアプローチというのは理解したいが、せめて歌詞日本語と混合なら響くものもあったろう。

  

既にディズニー好きな人キャラクターを観て喜ぶのは当たり前だ。

一番重要視してほしいのはまだ作品に触れたことのない人たちだ。

  

キャラクター演出新規顧客への訴求力

  

あの場にいたどれだけの人がそのキャラクターを知っているのだろう?

  

ポカホンタス』 『モアナと伝説の海』 『メリダとおそろしの森』 『リメンバー・ミー

の4作品から主人公の登場があったが、すべてを観ている人は数少ないだろう。

  

どのキャラクターにも魅力的な個性、強さと弱さ、乗り越えてきたもの存在する。

整備士たちは飛行機を作る過程トラブルや苦悩を乗り越え、パイロットは訓練で努力し恐怖を乗り越える。

脚本と歌でいくらでもクロスさせてキャラクターの魅力を伝えることができたはずだ。

  

ディズニーに初めて触れた家族連れにもショーきっかけで映画を観る動機を与えるものになっただろうと思うと、

友人に連れられて来園しショーには興味なかった大人が素敵なストーリー明日の活力をもらってディズニーのことをちょっと好きになってくれた機会を逃したと思うと、惜しくてならない。

  

ハンガーステージ復活のため、上記4人のキャラクターを出すことが先行で企画を出し、時間予算もなかったと思うしかない。そうすれば、あきらめられる。

  

期待に包まれ楽しむためにシアターに入ったはずが、考え込むストレスに晒され、キョトンとしたまま会場をあとにすることになったのは初めてだ。

  

情報発表の時から大好きなキャラクターたちが活躍してくれる姿や、作品が有名になることを期待していた筆者にとって、

そのキャラクター性が一切生かされないまま”出てきただけ”になり、初めて触れる人に興味を持ってもらえそうにもないことが残念だ。

  

最近施策的にキャラを前面に出してどんどんIPを売りたいんじゃないんかい。売りたくないんかい。どっちなんだい。

新しいファンやす気あるんかい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

  

何のための、誰のためのショーなのだろう。  

一体誰がこのショーをきっかけに新たにそれぞれの主人公映画を観てみようと思うんだろう?どうやって魅力を見出だせっていうんだろう?

どんなに音楽のものが良くても、舞台にする以上伴った文脈説得力のある画で表現しなければ人の心は動かない。

  

逆に言えばそれらがうまくかみ合うとき魔法生まれる。

以前のショーエンタメにはその魔法存在していたはずで、老若男女を虜にし、

たくさんの人々へディズニーの枠なんか飛び越えて創造芸術への新しい興味を持つきっかけを与えたんじゃないだろうか。

   

悲しいけれど、普段ディズニーコンテンツに触れていない友人を案内するなら、このショーを観せたいとは思わない。

  

■すべてが完璧じゃなくてもいい

  

ストーリー理解できなくても未知の画、迫力のある画があるならばすごいものを観たと圧倒され数字を呼ぶことは、

現在大阪万博で上演中のメディアア-ティスト落合陽一氏の手がける「null2(ヌルヌル)」が好評であることからわかるだろう。

ハイコンテクストメディアアート特有ハードルの高さを解消できていてすごい。

  

逆に、舞台美術演出の規模が小さく洗練されていなくとも、ストーリーメッセージ性が伴っていれば心に残る感動を得られる。

  

サンリオピューロランドで上演しているショーは、規模の大きなレギュラーショーに力を入れている分質素なショーも多いが、

サンリオスピリット『みんななかよく』を伝えることをぶれずに一貫しており、歌やセリフストーリーで強いメッセージ性を受け取ることができる。

  

実際、筆者はサンリオに詳しくないうえに、規模の大きいショーやリッチ演出が好みだが、

そんなことを考える隙がないほどいたく感動してしまう内容のものばかりでコンテンツを作る姿勢ブランドについてのイメージがとても上がったという体験をしている。

コストを抑えたって感激するものを作ることはできる。  

■“本物”がくれる冒険心──ウォルト・ディズニーの目指した理想と原点

  

そもそもウォルト・ディズニーの構想したディズニーパークとは、本物志向であることに本質がある。

  

様々な活動の中、彼は一貫して、”積極的に未知の世界をたずね、自発的に学ぶことの楽しさを若い世代に伝える”ことを大切にしていた。(TDR公式HPより引用

  

いきなり世界中一周旅行に行くことが難しくても、パークがその第一歩を叶えてくれる。

氏はとにかく本物を再現することにこだわった。

  

コスト度外視変態的なまでに作り込まれ空間には本物にしかないはずの”重み”が生まれる。

足を踏み入れさえすれば時代場所を飛び込えて我々を没入させ、その美しさを五感をフルに使って味わわずはいられない。

(ちなみに東京ディズニーランドビッグサンダーマウンテン前にあるスチームトラクター世界に数台しかない1898年製の本物で、ウォルト本人が持ち主と長年交渉日本に持ち込まれた経緯があるくらいには本物志向である。)

  

自らも親であったウォルトは、遊具で遊ぶ子供をみながらベンチでピーナッツを食べるだけである自分気づき子ども大人が一緒に垣根無く楽しめる場所を作りたいという動機がパーク計画原動力になったという。

  

大人も驚く本物への狂気的なこだわりが生む圧倒的な没入感と説得力は、子どもの心にはどこかにある本当の”未知の世界をたずね”る冒険心や探求心がの種を蒔き、

酸いも甘いも経験してきている大人ですら子供と同じ目線で目を輝かせ、忘れていた新鮮な感動や挑戦への活力を取り戻すことができるのだ。

  

■失われつつある“本物”だった時代、そして現在

  

2000~2010年代前半くらいまでのショーエンタメは、IP大事にしながら演出面も、美術も、ウォルト・ディズニーの築き上げてきた本物志向の拘りを受け継いだものと言えた。

  

例えばディズニーシー過去に上演されていた生歌・生演奏バージョン時代ビッグバンドビートがいい例だ。

アンテナの高い人でなければたどり着けないような本場ブロードウェイ舞台芸術でさえも、本格的であるのにもかかわらずディズニーキャラクターによって噛み砕かれることでハードルが下がり、誰にも触れやすものとなっていた。

あの舞台で初めてジャズビッグバンドに触れ、その大音量の生音の迫力に心震わせ、ディズニーという枠を超えて舞台芸術に興味を持った方も多いだろう。

コンパクトに本物のすばらしさを伝えるという教育的側面があった。

コロナ禍の影響で生歌と生演奏は無くなり、復活しないまま秋には終演ということらしい。

  

音源をバックにダンサーが踊るだけで生歌も生演奏もないのでは、

ディズニーではあってもブロードウェイの本物のエンタメが何たるかを伝えることはできないというのが個人的感想である

ダンサーキャラクターの迫力は素晴らしいと思うので誤解なきように)

  

現在TDLレギュラーショーとなっている『ミッキーマジカミュージックワールド』と『クラブマウスビート』は、コロナ禍の真っただ中に延期の末なんとか上演開始され、

パークの収入が激減する中、おそらくコロナ禍でも上演維持できるように根本的に変更をしたことと思うので、よく頑張られたと思う。

  

しかし、昨今の情勢を鑑みたとしても、日本以外のディズニーパーク事業ではずいぶん前からコロナ禍前と同じようなクオリティラインのものが復活している。

当時はエンタメ存在するだけでありがたいという姿勢でいられたが、

予算スケジュールが足りなかったのだろうと製作サイドの都合を鑑賞者に想起させるようなものいつまでも続くのは体験として不十分であり、

感動しきれないストレスが続いている状況にはそろそろ目をつぶれなくなってくる。

  

世代を超えて愛され続けるために

  

”この場所が、皆さんの創造性や人間性へとつながることを願って、きめ細かなおもてなしこころがけています。”(TDR公式HPより引用)

ならば、まだディズニー作品について興味を持っていない子どもたちに、大人たちに、どういうエンタメを見せたらディズニーの伝えたかったスピリットが伝わるだろうか。

  

いつからか、食器統一された柄の紙皿ばかりになった。

価格帯のレストランでさえ、コンセプトと時代設定に合った凝ったデザインがあしらわれたメニューで注文する体験が無くなり、公式HPシンプルメニューに直接繋がるだけのQRコードから注文する方式に変わってしまった。

  

エリアならではの商品が置かれていたはずのショップが、売れているキャラクターで埋め尽くされるようになってしまった。

ウォルトが残したかったはずの”本物”の体験がどんどんディズニーパークから失われている。

  

もちろん、商業成功なくしてはいものを作るベースさえ整わないわけだから、今の方針にせざるを得なかった背景に理解は示したいとは思っているし、収益過去最高になったこ自体は喜ばしいことだと思っている。

  

しかし、過去に感銘を受け、パークに行く度に新しいイマジネーションを与えてくれたはずのものが、私の人生に”好き”を増やしてくれたはずのものたちが、確実に変容してしまっているように感じてならない。

これからディズニーを愛してくれるかもしれなかった人たちを手放すかもしれないような中途半端なショーを公演し続けることはあまりにも損失だ。

  

昨今インターネットの普及にコロナ禍がブーストをかけ、映像作品ゲームキャラクタービジネスなどのインドアコンテンツ絶対数品質も上がり、競合は多い。

  

だって鬼滅の刃めっちゃ面白いよ。よく練られた脚本に、大切なメッセージが込められている。大人子供も虜にしているのがよくわかる。

映像コンテンツ制作とパーク運営を比べるのも酷かもしれないが、目先の売り上げよりも、子供さら自分の子供にも見せたいと思えるようなコンテンツ空間を作ることを重視し、ファンを増やし、世代を超えて愛されていかなければ、しりすぼみになってしまう。

  

■終わりに

頼むから子供だましのキャラクタービジネス(言いたくない)に成り下がらないでほしい。

築いたものを自ら汚すようなことはしないでほしい。このままでは少しずつ静かに、でも確実に終焉に向かっていくだろう。

  

クリエイティブの一つの集大成として存在している素晴らしいパークにはこれからも燦燦と輝いていて頂きたい。

来年東京ディズニーシー25周年を祝う新しいショーが予定されている。

丁寧に作られた素晴らしいショーエンタメサービスを少しづつ取り戻してくれる未来を切に願う。

  

  

日本においてウォルト・ディズニー精神を伝え続けることのできる最大の拠点として、創造性あふれる世界にしていくために…頑張ってください!応援しています!!!

Permalink |記事への反応(2) | 18:52

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2025-07-15

https://anond.hatelabo.jp/20250714213954

でも俺くらいの歳だと外国人と言えばファーストなんだよね。

たまにセカンドでみると、おっ、てなったもんだよ。

バナザードとかローズとか、おっ、てなったもんだよ。

落合セカンドも、おっ、てなったなあ。

脱線しちゃったけど、やっぱ外国人ファーストだなあ、足遅いけど。

Permalink |記事への反応(1) | 09:47

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2025-06-26

anond:20250626125317

Perplexity Proのリサーチに同じプロンプトを入力たらこんな感じ

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##フランクキャンパーのマーセナリースクール日本人参加者

###フランクキャンパーとマーセナリースクール概要

フランクキャンパー(Frank Camper)は元ベトナム戦争退役軍人で、1980年アメリカアラバマ州に「ザ・マーセナリースクール」(The Mercenary School)を設立しました[1][2]。キャンパーベトナム戦争時代にLRRP(Long Range Reconnaissance Patrol:長距離偵察部隊)に所属し、その後傭兵として活動した経歴を持っていました[1]。

この学校は、アラバマ州ウォリアー川沿いの77エーカー土地に設置され、コンバット技術サバイバル訓練、銃器訓練、白兵戦、体力訓練などを内容とする2週間のコースを350ドル(後に500ドル)で提供していました[2][3]。訓練は軍隊の制約を受けない過酷もので、「食事睡眠自分で機会を作らなければならない」という方針のもと実施されていました[4]。

###学校の特徴と運営

マーセナリースクールは『ソルジャー・オブ・フォーチュン』誌などの軍事専門誌に広告掲載し、学生募集していました[2][3]。学校には国際的学生が集まりアメリカカナダドイツ日本スペインイスラエルノルウェーフランスなど多くの国から参加者がありました[5]。

キャンパー学校設立目的として「アメリカ政府が多くの情報を得て、犯罪者テロリストを阻止する成功的な作戦を開始できるようにすること」と「将来的にアメリカ政府のために働く可能性のある外国人を見つけ出し、証明すること」を挙げていました[2]。実際に、1981年から1986年まで、キャンパー学校アメリカ政府から約25,000ドルを受け取り、学生情報政府提供していました[2]。

###日本人の参加状況と関連書籍

####落合信彦体験取材

最も著名な日本人参加者は、ジャーナリスト落合信彦でした。落合1982年頃にキャンパー出会い傭兵に関する書籍執筆のために取材を行いました[6]。この取材をもとに、1982年に『傭兵部隊 その栄光孤独』が集英社から出版されました[7]。この本は1985年集英社文庫として再版され、フランクキャンパーのマーセナリースクールでの体験が詳細に記述されています[8][9]。

####高橋和弘による体験

より詳細な日本人参加者の記録として、高橋和弘氏による著作があります高橋氏は実際にマーセナリースクール入学し、その体験を『USサバイバルスクール 極限の野外生存術』として著しました[10][11]。同氏は、落合信彦の『傭兵部隊』の内容について実際の体験に基づく検証を行い、本に記述された内容と実際の状況との相違点を指摘しています[10][6]。

高橋和弘氏は他にも以下の関連書籍翻訳著述しています[11]:

###学校の閉鎖と影響

マーセナリースクール1986年キャンパー逮捕されたことで閉校となりました[2]。キャンパーテロリストの訓練を行ったという疑いや、1985年カリフォルニア州での車両爆破事件に関与したとして14年の刑を受けました[12]。

###日本でのサバイバルブームへの影響

1980年代の日本では、これらのアメリカ傭兵学校の影響を受けてサバイバルブームが起こりました[1]。アメリカで訓練を受けた日本人たちが帰国後、千葉県などに独自サバイバルスクール設立し、ラペリングランドナビゲーション、E&E(Escape and Evasion)などの訓練を提供していました[1]。これらの学校には自衛官も参加し、当時の軍事サバイバル関連の文化に大きな影響を与えました[1]。

###並木書房との関連

並木書房軍事戦争関連の専門出版社として知られており、元傭兵高部正樹氏の著作戦争ボランティア』(1995年)や『戦友 名もなき勇者たち』などを出版しています[13][14]。しかし、フランクキャンパーのマーセナリースクールに関する日本人参加者体験記が並木書房から出版されたという直接的な記録は、調査範囲では確認できませんでした。

高部正樹氏は1980年代後半にアフガニスタン傭兵活動を開始しており[15]、時期的にはマーセナリースクールの存続期間と重なりますが、同氏の著作では主にミャンマーボスニア・ヘルツェゴビナでの体験が中心となっており、アメリカ傭兵学校での訓練については言及されていません[16][17]。

フランクキャンパーのマーセナリースクールは、1980年代のアメリカにおける民間軍事訓練の先駆けとして、また冷戦期の特殊社会情勢を反映した施設として、軍事史上重要位置を占めています日本人参加者による記録は、当時の国際的軍事訓練の実態と、それが日本軍事サバイバル文化に与えた影響を示す貴重な資料となっています

Permalink |記事への反応(0) | 19:28

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anond:20250626125317

はいデマ普通にでたぞ

フランクキャンパーという元ベトナム退役兵が1980年代傭兵学校設立しました、並木書房から日本人の参加ルポが出ていたと思いますがその詳細を教えてください

エコー・イン・ジャパンフランクキャンパー並木書房、そして傭兵の呼び声に応えた日本人

序論:「傭兵ブーム」と一読者の記憶

質問の内容は、単なる書籍の問い合わせにとどまらず、1980年代日本における特異な文化的モーメントを映し出す歴史的アーティファクトである。この時代日本では軍事特に傭兵特殊部隊といったロマンチックかつ危険世界への大衆的関心が急激に高まった 1。この熱狂は、落合信彦氏のような作家が手がけた「スーパードキュメント」と呼ばれるノンフィクションによって大きく煽られた。特に、氏の著作傭兵部隊』はフランクキャンパーを大きく取り上げ、後の日本人参加者を含む当時の若者たちに強烈なインスピレーションを与えたのである 1。

報告書は、ご質問者が記憶されている「日本人の参加ルポ」と完全に一致する一冊の本存在しないものの、その記憶フランクキャンパー高橋和弘、毛利元貞といった人物並木書房による出版物、そしてキャンパー学校とその「後継」組織という、相互に関連し合う魅力的なネットワークを指し示していることを明らかにする。その全貌は、一個人の参加報告よりもはるかに複雑で、示唆に富むものである

この現象を解き明かす上で、並木書房役割は極めて重要である。同社は単に受動的な出版社ではなく、日本市場に向けて「傭兵」や「サバイバル」といった特定サブジャンルを積極的開拓形成した「キュレーター」であった。まず、1990年高橋和弘訳によるフランクキャンパー自身の著書『ザ・マーセナリー』と『ザ・ラープ』を出版し、日本におけるキャンパーブランド確立した 9。同年、その翻訳者である高橋自身体験記『USサバイバルスクール』を刊行 14。これは、確立されたキャンパーブランド翻訳者信頼性を利用して、新たな日本オリジナル作品市場に投入する戦略であった。翌年には、キャンパー象徴する世界に直接繋がるもう一人の日本人毛利元貞の『傭兵修行』を出版した 15。この一連の流れは、海外の著名な人物を輸入してブランド化し、次にそのブランドに連なる国内物語を発掘・出版することで、ニッチ市場全体を掌握するという、並木書房意図的戦略を示している。

第1章:スクール創設者フランクキャンパー解体

1.1. 論争の的となった経歴:兵士情報提供者、そして神話創造

フランクキャンパー公的ペルソナと、彼が設立した傭兵学校信頼性の核となっていたのは、その軍歴であった。彼は自身ベトナム戦争従軍した第4歩兵師団の長距離偵察パトロール(LRRP)隊員であると主張し、そのエリートとしての経歴を喧伝した17。この物語は、後に日本で『ザ・ラープ 長距離偵察部隊』として翻訳出版される自著『LRRP: The Professional』によって、さらに補強された10

しかし、1985年に公開された公式の軍記録は、彼が歩兵およびトラック運転手として訓練を受けたと記しており、その経歴に疑問を投げかけた17。この矛盾は、1988年キャンパー自身上院委員会公聴会証言したことにより、ある種の解決を見る。彼は、軍事情報部、CIA、ATF(アルコールタバコ火器及び爆発物取締局)、FBIとの「高度な機密指定を受けた経歴」を明らかにし、矛盾する記録は情報機関によるカバーストーリーであったと説明した 19。彼によれば、1970年から秘密情報提供者として活動し、アメリカ共産党(CPUSA)やアラバマ黒人解放戦線(Alabama Black Liberation Front)のような組織に潜入していたという17。この兵士情報提供者という二重のアイデンティティこそが、彼の行動を理解する上での鍵となる。

1.2. マーセナリースクール1980年-1986年):準軍事事業実態

1980年キャンパーアラバマドロマイト近郊で「マーセナリースクール」を開校した。当初、実地訓練はフロリダで行われていたが、原子力発電所付近での不法侵入容疑による逮捕後、拠点アラバマジェファーソン郡のウォリアー川沿いにある77エーカー森林地帯に移した17

学校は『ソルジャー・オブ・フォーチュン』のような軍事雑誌宣伝され、2週間のコース料金は350ドルから500ドルに設定されていた17。訓練内容は、体力トレーニング銃器の取り扱い、白兵戦ナイフ格闘術、サバイバル技術ランドナビゲーション(地図判読)、E&E(脱出回避)、爆発物、ブービートラップの設置など、多岐にわたった 1。機密解除されたCIA文書には、司令部であった「バンカー」の様子や、実弾が飛び交う中で行われた「ライブ・ファイア」演習の生々しい記述が残されている 22。

キャンパー学校設立理念として、米国政府のための情報収集と、将来的な協力者となりうる外国人資質を見極めることの2点を挙げていた 21。これは彼が担っていた情報提供者としての役割と一致する。しかし、批評家たちからは、この学校は単なる「大規模なペインボールゲーム」に過ぎないと揶揄されてもいた17

1.3.無頼漢学び舎テロ犯罪の温床

キャンパー学校は、単に軍事技術を教える場にとどまらず、国際的テロリズムや犯罪と深く結びついていた。

1984年から85年にかけて、4人のシーク教過激派がこの学校で訓練を受けた17キャンパーは彼らに武器や爆発物の使用法、暗殺技術指導した 21。彼は、当時インドラジブ・ガンジー首相の訪米に合わせた暗殺計画を阻止するため、FBIと協力しておとり捜査を進めていたと主張している17しかし、このおとり捜査の網をすり抜けた2人の訓練生が、キャンパー学校からまれたとされる爆発物を使用し、1985年に329名の命を奪ったエア・インディア182便爆破事件を実行した 21。キャンパーは後に、容疑者全員を逮捕できなかったのは、自身提供した情報関係機関によって不適切に扱われたためだと非難した 21。

学校終焉を決定づけたのは、1985年キャンパーと3人の教官カリフォルニア州学校経営者から依頼を受け、元従業員の車に爆弾を仕掛けた事件であった 21。彼らは1986年5月逮捕され、この逮捕アラバマ司法長官に、州の私立学校免許なしで運営されていた同校を閉鎖する法的根拠を与えた17キャンパー有罪判決を受け、14年の懲役刑を宣告されたが、実際には5年半服役し、1991年12月に釈放された17

この一連の出来事は、マーセナリースクールが単に犯罪者が集う場であったという以上に、より複雑な本質を持っていたことを示唆している。キャンパー公言していたように、この学校米国政府のための情報収集目的とした「ハニーポット(蜜の壺)」として構想され、運営されていた。その設計思想自体が、過激派犯罪者を引き寄せるものであった。彼は実際に、ナイジェリアへの武器密輸計画KKK関連のクーデター計画など、訓練生の違法行為当局通報し、逮捕に貢献している17シーク教徒の事件に関するFBIの宣誓供述書にも、アラバマ州の「信頼できる情報源」から通報があったことが記されている 22。

しかし、このモデルは致命的な欠陥を抱えていた。エア・インディア機爆破事件は、この「ハニーポット戦略破綻した最悪の事例であるキャンパーが教えた技術は、彼が仕掛けたおとり捜査の網をすり抜けたテロリストによって、悲劇的な形で実行されてしまった。したがって、この学校遺産は単なる犯罪歴史ではなく、国家による情報収集活動民間委託され、危険個人を「育てる」ことと「罠にかける」ことの境界線曖昧になった結果、大惨事引き起こし高リスク秘密工作の失敗例として記憶されるべきである学校存在のものが、ある種の秘密工作の一環であり、その破綻は、その機能から直接的にもたらされた必然的帰結であった。

第2章日本との接点-並木書房から出版された参加報告

2.1. 直接的な回答:高橋和弘の『U.S. Survival School』

質問者が記憶されている「日本人の参加ルポ」に最も直接的に該当するのが、高橋和弘氏による著作である高橋氏はアウトドアサバイバル技術に造詣の深い日本ライター翻訳家であり、並木書房から出版されたキャンパーの著書の日本語訳も担当していた 9。

1990年並木書房は彼のオリジナル著作『USサバイバルスクール―極限の野外生存術』を出版した 14。この本こそが、ご質問の核心に触れる一次資料である。本書は、高橋自身アメリカ渡り、8つの異なるサバイバルおよび軍事スクールに参加した際の体験を綴った一人称ルポルタージュであり、その第3章が「傭兵学校マークスクール(MS)」と題され、ユーザー記憶する詳細な参加報告が記されている 14。

2.2. 決定的な繋がり:「マークスクール」と教官ピート

重要なのは高橋氏が参加した「マークスクールMS)」が、1986年に閉鎖されたキャンパーアラバマ学校のものではないという点である調査によれば、この学校は、フランクキャンパーの元アシスタント教官であった「ピート」という人物が新たに設立した「後継」の学校であったことが特定されている 2。この事実は、毛利元貞氏のWikipediaページの脚注において、高橋自身の著書『USサバイバルスクール』を典拠として明記されている。「スペシャルアサルトスクール」とも呼ばれたこの後継学校は、ミシシッピ州拠点を置いていた 2。

この事実関係を整理することで、ご質問者の記憶の謎が解ける。記憶機能的には正しく、しかキャンパーという著名な名前と、実際に日本人が報告した学校とを混同していたのである。その報告は、キャンパー弟子運営し、キャンパーを中心としたカタログを構築していた並木書房から出版された、「キャンパースタイル」の傭兵学校に関するものであった。つまり、ご質問者の記憶の核心は正しく、その背景には直接的な血脈存在していた。1990年当時の読者にとって、キャンパー本人の学校と、その直系の後継者運営する学校との区別些細なものであり、体験の「精神」はキャンパー遺産のものの延長線上にあったのである

2.3. 並行する物語日本人教官毛利元貞

この物語には、もう一人の重要日本人が登場する。1964年まれ毛利元貞氏である 2。彼もまた落合信彦の『傭兵部隊』に触発され、より実践的な経験を求めて自衛隊、そしてフランス外人部隊へと進んだが、いずれも脱走している 2。

彼の探求は、アメリカピート運営するミシシッピ州の「スペシャルアサルトスクール」へとたどり着く。しかし、彼は参加者としてではなく、その卓越した技能を認められ、同校の「教官」となった 2。1991年並木書房は彼の体験をまとめた『傭兵修行世界冒険を求めて』を出版した 15。この本は、ジャーナリスト的な参加者として訪れた高橋氏の視点とは対照的に、組織スタッフとして完全に内部に溶け込んだ日本人視点から描かれた、ユニークで並行する報告となっている。

高橋氏と毛利氏の物語は、このアメリカサブカルチャーに対する日本人の二つの異なる関与の形を象徴している。高橋氏は、体験し、記録することを目的とした「観察者・記録者」であり、その役割本質的にジャーナリスティックであった 14。一方、毛利氏は、その世界を報告するだけでなく、自ら生きることを目指した「実践者・求道者」であり、その目標プロフェッショナルになることであった 2。並木書房がほぼ同時期に両者の著作出版したことは、同社が、体験談を読んで楽しみたい「 armchair enthusiast(安楽椅子探偵)」層(高橋の読者)と、自らもそうなりたいと夢見る層(毛利の読者)の両方を読者層として認識していたことを示唆している。二人の本は、日本の「傭兵ブーム」が内包するファンタジーの全スペクトラムに応えるものであった。

表1:フランクキャンパー周辺の主要な日本出版物

書籍タイトル(日本語)

英語翻訳原題

著者/翻訳者

出版社

関連性

ザ・マーセナリー傭兵たちの世界

Merc: The Professional

フランクキャンパー (著),高橋和弘 (訳)

並木書房

1990

キャンパー自身傭兵としてのキャリアを語り、日本での彼のペルソナ確立した 9。

ザ・ラープ 長距離偵察部隊

LRRP: The Professional

フランクキャンパー (著),高橋和弘 (訳)

並木書房

1990

キャンパーベトナム戦争回顧録日本の読者に対して彼の軍事的<

Permalink |記事への反応(6) | 14:52

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