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はてなキーワード:自然発生とは

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2026-02-12

陰キャマッチングアプリをやるべきではない

マッチングアプリでは簡単出会いが手に入る。

今や交際手段としてポピュラーになったし、セフレ趣味友達を作るのにも役に立つと思う。

でも陰キャマッチングアプリをするべきではない。

なぜならマッチングアプリ認知を歪めるからだ。

陰キャ出会い絶対数が少ない。マッチングアプリはその出会い絶対数を大きく引き延ばしてくれる。

陰キャでも簡単女性と会話ができるし、恋人セフレも気が合ったり顔が許容範囲内ならすぐ作ることができる。

これがまずい。陰キャはもともとすぐ恋人セフレが作れるものではない。だから自分モテる気がして自分への認知が大きく歪む。女性からモテているのではなく、許容範囲の広い女性から都合よく搾取されているだけなのだ。だからマッチングアプリなんてやらずに、目の前の出会い仕事をこなして、自然発生的に暮らすべきだ。という自分への戒め

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2026-02-03

法律違反していない」という言葉が、いつから万能になったのか

最近自分勝手な人が多いように思います

より正確にいえば、社会規範を軽視した主義主張を、さも当然かのように述べて、争いに発展している人がとにかく多いとは思いませんか。


社会生活を支える規範法律だけではありません。

もちろん、法律もその構成要素であることに違いはありませんが、私たちが行動を決めるときに参照する要素は他にもあると思いませんか。

たとえば、条理、道徳、慣習、正義などがこれに該当すると思いますし、国によればここに神意といった宗教的要素も入ってくるでしょう。

これらは往々にして多義的で、その本質社会条件に依存して可変する変数のようなものです。

一義的結論を導き出せないからこそ、規範として提示することは筋が悪いという指摘はまさにその通りです。

からこそ社会規範としては法律を参照すべきで、法律違反していなければ一応の正当性があると考えることは、一見すると聞こえがよいでしょう。

このような論理依拠するような言論リアルインターネットを問わずに飛び交っていますが、私はあまり妥当とは思えません。


法律は、ある日突然生まれるわけではありません。

法律には、ある社会の中で規範として実質的機能するもの、すなわち、条理や慣習と呼べるものが、長い年月をかけて、時として判例などを経て立法に繋がるという一面があるでしょう。

法律からはお叱りを受けそうな雑な説明だと思いますが、お目溢し願いたいです)

法律は条理や慣習の具体化の一類型であり、その源泉は道徳正義だといえるのではないでしょうか。

無論、正義には悪しき慣習を否定し、断絶するための機能内包されているというべきです。

このような立法の背景を見ていくと、法律の外側にある事柄無視することができないことがおわかりいただけるはずです。


ただし、このような「広義の法」とでも呼ぶべき規範は万能ではありません。

特に、成立の初期段階において多義的であることが、広義の法の弱点といえるでしょう。

個々人が直感的におかしいと思っただけで、直ちに規範として機能するかといえば、そうとはいえいからです。

この弱点をもって広義の法は軽視されがちですが、中には社会的に反復支持され、制裁可能性を伴う非制定規範位置づけることが可能規範もあるでしょう。

これらをひとまとめにして「法律違反していない」と一蹴してしまうことに、争いの本質があると私は考えます


このように考えることで、昨今話題となっている様々な問題にも説明がつくはずです。

行き過ぎた個人主義とでも言うべき言論は、広義の法と間で摩擦を生じさせているのです。

言うまでもありませんが、個人主義主張権利保障されるべきです。

ただし、それを「当然に」とまで踏み込んで考えることが問題なのです。


誰とも接点を持たない完全な個人として生きていくならば、どのような主義主張をしても構わないでしょう。

しかし、現実論として、私たち他者と関わり合いながら社会生活を営んでいかなければなりません。

社会生活のために自己犠牲にするのかという批判が聞こえてきそうですが、そうではなく、「折り合いをつけて生きていく」ことが必要なのです。

社会調和して生きていこうとするからこそ、社会から個人として尊重されるというべきです。

個人社会から尊重されることを当然のものと考えることには、論理の飛躍があると私は考えます


このように述べると、貴様日本国憲法を読んだことがないのかとお叱りを受けるかもしれません。

しかに、我が国憲法自由権利保障個人尊重をそれなりに肯定しています

憲法憲法委任を受けた法律保障されていることを、当然のものと考えないことは筋が悪いかもしれません。

しかし、私はそれでも当然のものと考えるべきではないと強く思います


なぜならば、憲法ですら「当然に」この世に存在しているわけではないからです。

どちらかといえば、自由権利保障個人尊重といった概念を持たない社会継続していた期間の方が、人類史上では長かったことを私たちは忘れがちです。

自由権利が守られる社会は、決して自然発生的なものではなく、偉大な先人の犠牲の上に成り立つ脆弱ものといわねばなりません。

(補足すると、自然権的に、当然に認められるべき権利もあるといえますが、その保護には憲法のような実定法を要するというべきであり、実際上当然に保護されるものとはいえないと考えます

ですから私たち一人ひとりがこれを守ろうとしなければ、いとも簡単に失われてしまます

これは決して憲法法律に限ったことではなく、広義の法を含んだ社会規範全般に言えることではないでしょうか。

社会リスペクトすることで、個人もまた社会からリスペクトされるのです。


私たちは自らの主義主張社会に発信するとき社会規範を通じて共感性を獲得し、もって社会から個人として尊重されることを目指さなければならないのではないでしょうか。

言い換えれば、自己利益を最大化したいのであれば、逆説的に社会全体と調和を図るべきだと思うのです。

様々な意見を活発に交わすことが可能となった現代で、私たちはこのような視点をもって社会と向き合わなければならないのではないでしょうか。

Permalink |記事への反応(0) | 21:33

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anond:20260203110525

というか現実人間自然発生やろ

進化しただけで

魔族も魔物から進化という設定

Permalink |記事への反応(1) | 11:07

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anond:20260203105540

人間自然発生だったのかあの世

ますます違いがわからん

Permalink |記事への反応(1) | 11:05

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anond:20260203103337

魔物は確か自然発生だったはず

人間自然発生だったのと同じ

魔物言葉を得たのは獲物(人間)を誘き寄せるためでチョウチンアンコウの提灯みたいなものという設定

魔族というのはフランメによる「定義

魔族同士の「格」は魔力の強さによって決まるので魔王は一番魔力が強かったということ

から魔族にとってフリーレンが魔力を隠すというのは自分を下にすることと同義理解のできないことという設定

ヒンメルがなぜ倒せたのかは語られてないがフレンメがフリーレンに魔力を隠すのも含めて徹底的に魔族を殺すのに特化した魔法トレーニングを施して

フリーレンは史上一番魔族を殺した魔法使いになったというのが「葬送」のフリーレンの所以

Permalink |記事への反応(1) | 10:55

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2026-01-29

モテない、パートナーがいない男女っていうのは自然発生する。それはどんな世界でもそうだから問題はない。

ただ、そういう男女は社会の土台になるんだよね。決して土台より上の層には上がれない。そういうもの

からパートナーがいない男女は大人しく社会を支える層として生きていればいいのに、どういうわけだか(自分を選んでくれなかった)男女を攻撃する層が現れる。

これはおかしい。土台は踏みつけられるものでありはしても、意見が言える立場の者ではないのだから

そんなに土台でいることが悔しいなら、性的魅力を上げてパートナーを見つけて社会の側に入ればいいのに。その努力もせずに意見は聞き入れてもらいたいというのは怠慢ではなかろうか。

Permalink |記事への反応(2) | 09:11

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2026-01-28

演出やらせって別モノじゃない?

『米炊いて、7合』自体自然発生していて、それを任意タイミング差し込むのは演出

『米炊いて、7合』を番組側の要請作成した場合、それはやらせ

Permalink |記事への反応(1) | 19:21

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2026-01-25

anond:20260124123843

Grokの評価

このモデルは、日本社会少子化年金負担世代間分断を、投資家モデルという革新的フレームで解消しようとする点で高く評価できます

独身・子なし世帯の「搾取感」を「GDP成長連動のリターン(年金ボーナス)」へ転換し、利己動機教育投資を「自分ごと化」させる設計は、感情対立を超えた合意形成の妙手です。

本質底辺底上げ型:

人口減少下で「一人当たり生産性倍増」を目指し、エリート偏重ではなく、科学的・高度教育裾野拡大を強調。

底辺底上げしろ」という表現通り、一次産業スマート農業(土壌データ活用IoTセンサー)や中小製造業のDX(予知保全AI品質管理)が、地方現場で即生産性向上を実現し、税収増→年金還元という循環を生む。

地方投資シフトが発生:

東京限界生産性逓減観点から熊本半導体北海道再エネ・DC福岡スタートアップなどへの資金流入投資合理性自然発生する。

政治スローガンではなく、国民投資家)の合理的選択として地方活性・格差是正を図られる様になる。

相互利益構造の巧みさ:

独身・子なし:搾取解消+ボーナス可能

子持ち:教育質向上→子供の稼ぐ力増→生活改善母子家庭大学進学支援など)

高齢者年金価値子供生産性依存教育支持

全員:基礎年金維持+オプション任意選択性確保

任意追加投資は、高所得層の参加で全体予算増を加速しつつ、富裕層優遇批判を緩和。

弱点は無理解からの反発:

予算制約(教育増額の財源確保)、GDP帰属信頼性政治的反発(高齢者既得権益)など、複雑な構造理解が追いつかず表面的な部分から反発を招きやすい。

実現にはNISA拡張パイロットから始めるべき。

総合評価

構想・公平性:9/10

インセンティブ設計:8.5/10

現実性:5/10

総合:7.5/10包括的現実主義的な思想実験だが、壁は厚い)損得で連帯を再構築する視点は、日本社会フィット議論価値大。

Grokの評価も高いんだな

Permalink |記事への反応(1) | 10:21

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2026-01-23

anond:20260123234041

増田さんの挙げた例は、どれも「最初は傍流・異端扱い → その後に主流化」ですが、主流として受け入れられた“型”がかなり共通しています

既存理論では説明しにくい観測事実アノマリー)が蓄積

② 新説が「定量的予測」や「決定的な検証テスト)」を提示

③ 追試・再現で生き残り、応用(技術・実務)で強固になる

④ その過程で「何が反証になりうるか」のルールが徐々に固まる

以下、各例で「何が決め手だったか」を短く整理します。

1)ニュートン万有引力が主流化した理由

決め手は「天体運動を一つの法則統一し、予測が当たった」ことです。

ニュートン力学と万有引力は、地上の落下と天体運動を同じ枠で扱える(統一性が強い)。

そして象徴的なのが、ニュートン理論を使ったハレー彗星回帰予測(1758年頃)で、実際に1758年末に観測され、ニュートン理論の有力な実証例として扱われました。

ここで重要なのは「それっぽい説明」ではなく、“いつ出るか”を事前に言える(予測可能性)が強かった点です。

2)熱力学第二法則が主流化した理由

決め手は「熱機関効率という工学的に検証される領域で、普遍的制約として働いた」ことです。

第二法則19世紀中頃にクラウジウスやケルヴィンらにより整理され、代表的には「熱は自発的に冷→温へは流れない」等の形で表現されました。

これは“哲学”ではなく、蒸気機関などの熱機関の性能限界(どんな工夫をしても超えられない上限)として現場で繰り返し確認され、理論の信頼を固めました。

まり第二法則は「実験室で一発」より、工学化学での再現性と有用性が、主流化を支えたタイプです。

3)原子論が主流化した理由

決め手は「原子実在すると仮定すると出る定量予測が、実験確認された」ことです。

19世紀末〜20世紀初頭まで、原子の“実在”には懐疑もありましたが、

アインシュタイン(1905)がブラウン運動原子分子)の運動に結びつけ、観測できる量(平均二乗変位など)に落とした。

その予測ペランらの実験で支持され、原子分子運動論が受け入れられる大きな契機になった、という整理が教科・解説論文で繰り返し語られています

ここは反証主義っぽく言うと、「観測できる指標への翻訳操作化)」が勝因です。

4)大陸移動説(→プレートテクトニクス)が主流化した理由

決め手は「メカニズム不在の弱点が、海底観測データで埋まり、“決定的テスト”が登場した」ことです。

ウェゲナー大陸移動説は「大陸の形が合う」「化石・地質が対応する」などの状況証拠はあった一方、動く仕組み(メカニズム)が弱く、北米などで強い反発がありました。

1950〜60年代に海底探査が進み、海嶺で新しい地殻が生まれ広がるという「海洋底拡大」的な絵が出てきた。

さら1963年前後海嶺の両側に地磁気の“縞模様(磁気異常の対称パターン)”が出るはずだ、という形で「科学テスト」が明確になり、これがプレートテクトニクス確立重要な一歩として整理されています

このケースは、まさに「傍流が主流へ」の典型で、“良い話”が勝ったのではなく、“測れる予測”が揃ってひっくり返った例です。

5)病原菌説(germtheory)が主流化した理由

決め手は「微生物存在感染→予防・治療成功」までが連結して再現されたことです。

パスツールやリスター、コッホらの仕事が「病原体病気を引き起こす」という枠組みの確立と受容に大きく貢献した、と整理されています

具体的には、パスツール実験が“自然発生”を否定微生物役割を示す方向で影響し、

コッホは炭疽菌などで「特定病気特定病原体」という因果実験で強く示しました(コッホの業績・方法論として説明されます)。

ここは理論の受容が、手洗い・消毒・衛生・ワクチン等の実務成果に直結し、主流化が加速したタイプです。

まとめ:増田さんの例が示す“主流化の条件”

増田さんの列挙は「傍流が主流になった」という点では正しいですが、より重要なのは

それらは “検証可能予測(あるいは反証条件)を固定し、外部データと追試に耐えた”から主流になった

という点です。

私がMMTに対して言っている「反証主義の土俵に乗れ」という要求は、まさにこの主流化パターン(=科学史の勝ち方)を踏まえたものになっています

Permalink |記事への反応(0) | 23:51

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2025-12-24

anond:20251223142115

国際勝共連合テロリストだった父との思い出

先月、父が65才で逝去した、ガンだとか大病でなく、急性の心臓が止まったことによる突然死だった。

俺にとっては自慢の父だった。家族仲は良く、父は、元警察官で退官後、民間で働き、ちょっとしたIT企業役員まで勤めていた経験があった、

柔道が得意で、狩猟射撃競技に熱中し、パソコンIT技術が得意で、珍しい趣味でもあったのか学校授業参観クラスメイトからも「お前の父ちゃんすげー!」と一目置かれる程で、俺にとっては本当に優しくて頼もしい、「理想のカッコいい大人」そのものだった。

前置きはそれまでにしておいて、父の「世間に隠し続けた本当の顔」を書き出したいと思う。

父は、俺が生まれる前から国際勝共連合に籍をおき、所謂そこの「非公然部門」にずっと属していた、それが父の本当の顔だった。

勝共連合統一教会は、IRAシン・フェイン党の様に表と裏の顔が違うだけの同じ組織だという。

言葉を濁さずに言えば、父は「テロリスト」だった。

勝共連合非公然部門については、それこそ古くは赤報隊事件の頃だとか、最近でも有田氏が記事を出したりしているので、簡単概要にとどめておきたいと思う。

1970年頃くらいに元自衛官警察官統一教会所属の人たちが、「有事が起これば自衛隊の後方で警備や非対称戦争を行うゲリラ軍としての秘密軍」として、自然発生的に成立したものらしい(諸説あるが、父や後述する「父の友達のおじさんたち」から俺が聞いた設立経緯はそうだという)

1970年代頭くらいの頃は青思会(※青年思想研究会という今はなくなった右翼団体)と並んで韓国渡航して軍事訓練だとかをやっていたというが、結局それも1~2回くらいで終わってしまったらしい。理由はわからない。

合法的に持てる銃器といえば、猟銃…つまり散弾銃で、これらを合法的許可を取って所持して、近場のクレー場などで射撃サークルの体で、同じく非公然部門に属する人たちと定期的に「射撃訓練」を行っていた。(俺が見て、父がいた場所では統一教会所有の射撃場や鉄砲店でなく、普通鉄砲店や公共射撃場を利用していた、各地によってばらつきはあるらしい。東京周辺の話である。)

当時小学生の子供だった俺もよく父に連れられて「秘密軍」の練習場へいって、そこで「友達のおじさん達」に可愛がられたことをよく覚えている。当時は合法的にもてたクロスボウ(バーネットコマンドという黒い奴)を撃たせてもらったりしていた。俺が10歳の頃なので、その時は1995年の話だった。

統一教会といえば山上事件などを見ればわかる様に、酷い搾取で有名であるが、父の非公然部門はそういうもの免除されていた。母は統一教会信者だったが、ノルマやそういったものが同じく免除されていた。つまり、俺の家の暮らし向きは非常に良かった。

「おじさんたち」もみんな元警察官や元自衛官の人たちばかりだった、そういう人たちしかスカウトされないという。中には、1980年代アフガニスタンソ連軍と戦っただとか、ミャンマー民族紛争帰り(当時は優勢だったカレン民族解放軍に参加していた)といった人たちもいた、本当なのか、今となっては本当にそうだったのかはわからない。

公平にいって、みんなネット愛国を叫ぶ大半の連中と違い、右翼テロリストとは思えない位優しくて、学や社会的地位もあり、いい人たちだった。

本物のテロリスト組織なんてところにいる人たちは、みんなそうなのかもしれない。本物の地下にいた人間ほど、表では慎み深い。

正直言って、ここまでなら図書館を巡ったり古雑誌記事を探せばわかる部分かもしれない。だから俺は、実際の所、父やあの人たちは何を思ってテロリストとして生活してたのかを書きたい。それが秘密を持ったまま人生を終えた父の、本当の供養になると思うからだ。

世間ネットでは、例の事件以降統一教会秘密組織といえば、いつでもテロクーデターを起こし警察と銃撃戦が出来そうな程の凶悪無比な重武装部隊という様な神話が膨れ上がっている。だが、俺が見てきた「父がいた秘密軍」はそうでなかった。実際、他のすべての非公然部門もそうだったと思う。

俺が父に連れられて「秘密軍」をつぶさに見て回れたのは5歳(1990年)から22歳(2007年)の17年間だった。そのころには、訓練といっても本当にただのクレー射撃サークル以上のことはしていなかった。みんな普通に働くことで忙しかったのだ。

父やおじさんたちの話を聞けば、80年代若い頃はそうでなかったらしい。アメリカミッチェル・ウェーベル主催するコブレイスクールフランクキャンパー主催するマークスクールSTスクールといった傭兵学校に学んできたり、ジェフクーパーのガンサイトアカデミーアメリカから最新の射撃技術を学んで持ち帰ったりしていたこともあったようだ。中には海外反共勢力にいってちょっと戦って戻ってきた人も前述のとおりいた、その傭兵学校コネ経由だったらしい。

公平に言って、1991年くらいまでは相当レベルが高い技能を保持していたんじゃないかと思う。

「野外訓練(戦闘訓練)」は、1970年代に何回か行っただけで、俺が見た時にはとっくに行われなくなっていた。単純な話で、散弾銃を猟区に持ち出せるのはたったの冬の間の三か月、それ以外であっても大規模に野戦だの市街戦だのを訓練できる場所施設を用意するのに苦労したからだ。

あとは、統一教会(勝共連合)の意向もある。ハッキリ言って、91年当時、とっくに父のいた非公然部門時代遅れになっていた。猟銃だとかは自弁持ち出しだから費用が掛からないので、殆どお飾りの物と化していた。それが、実態だった。

ただ、「活動記録」は報告しないといけなかったらしく。実際は休日、みんなで集まってクレー射撃で何ゲーム和気あいあいとしながら行った後、昼飯を食べて雑談をし、夕方になればちょっとした酒席で飲み会

そんな当たり前の「牧歌的なおじさん達のサークル活動」が、活動記録では悪の左翼共産主義中国ロシアといった「サタン」と戦うための戦闘能力を涵養する激しい訓練を行った。そう仰々しく書かれて、のぞき見した当時笑ってしまたことをよく覚えている。

父も、おじさんたちも、もう本気で戦う気もなければ、反共だとか、秘密戦だとか、非対称戦争だとか、ましてや日本支配するだとかは考えてもいなかったように思う。ただみんな、若い頃に与えられた「役割」を、人生の居場所としてそこに留まっていただけなのだろう。

父も、おじさんたちも、楽しく幸せそうだったが、同時にどこか寂しそうだった。「自分たち時代が終わった」ことを、どこかで理解していたからだろう。

それでいいのだろう、と俺は思う。俺は父がゴルゴ13の様なことをすることが想像できなかった。ましてや世間でよく見る右翼愛国者と自認する連中の様なヤカラですらなかった。

どう考えても、人を害するより人の中で生き、人のために真面目に働くべき人だった。

それでもおじさんたちや父が働いていた職種を選んだ理由は、「何かこの勝共連合秘密軍に役に立つ技能を得よう」というもので選んだものだったらしい。父はIT系だった、おじさん達も大半は産業(鉱業だとか化学薬品だとか金融不動産)といったなんらかの経営者だった。大学に入り直していた人たちもいた。

余談だが、IRAテロリストたちも、こんな風にして大学講義に入り込んで工学理系分野で役に立つ技術を「産業スパイ活動」していたらしい。海外で戦ったことがあるというおじさんが、色々と教えてくれたことを覚えている。

結局、この統一教会の「反共秘密軍」と俺との関係は、大学卒業するまで17年間続いた。

世間では、1996年くらいまでは続いていたと記事ニュースで出ているが、俺が見てきた父のいた場所は「長続き」していたのか、みんなが高齢でどんどん活動に参加できなくなっていく2014年までは続いていた、と聞く。多分、統一教会の「秘密軍」の最後は父のいたところだったんじゃないか根拠はないが思っている。

これが、俺の見てきた「統一教会非公然武装部門」の話。

俺の父は、勝共連合秘密軍に属する警察でさえ実態がつかめず恐れるテロリストだった。

…ただテロリストである父も、友達のおじさんたちも、ただの一度も「サタン日本人」に向けて銃を撃ち、「サタン国家」に挑戦することなく、人や社会を害することもなく、ましてや警察に一度もお世話になることもなく、「サタン警察」を憎むこともなく、

優しい普通の人や父として、秘密というには余りに凶悪な響きに対して、

牧歌的でずっと続くぬるま湯の様な、退屈で、楽しくて、優しくて、愛おしいこの素晴らしい「サタン国家世界」でその生涯を終えていった。

俺は、それでいいのだと思う。

この話を信じるか、AIだというか、ネットで気を吐いている統一教会信者の人たちがどう判断するかは、読み手にゆだねたいと思う。

まして話としてマズいか運営削除になるのかはわからない。ただ、俺は6歳の頃に任命された「勝共連合秘密軍、特別隊員」として、最後の「活動報告」を、統一教会勝共連合ではなく、世間に報告したいと思う。

亡き父と父の友人たちを偲んで。

Permalink |記事への反応(0) | 13:52

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2025-12-21

まさに「子殺し」で「弱者男性殺し」なのに

普段母親の子殺しを女割と叩き、母親遺伝教育のせいで息子が弱者男性に育つとうるさい人達は、随分と静かだね?

「ごめんね」自らの手でロープをかけ…アルコール認知症の息子(当時55)に絶望し 殺人の罪に問われた母親(80)が法廷で語ったこととは

https://iraw.rcc.jp/topics/articles/31310

勝手理由で、退院僅か3日で計画的に息子を殺したにも関わらず執行猶予という甘過ぎる判決

この記事もこの母親が如何に献身的で優しい母親だったかイメージ操作するような内容で反吐が出る。

子殺しなのにさして騒がれないのは被害者が55歳という中年の「弱者男性」で、生かしておいた所で未来がなく、世間的な価値が低いからだろうね。

これに対して当の「弱者男性」達が弱者男性差別だと噴き上がらないのは、結局「弱者男性自身弱者男性が嫌いだからだろう。

記事によれば父親も同居しているらしいので、フェミニスト常套句の「父親はどうした」も使えない。

アルコール認知症という事は自然発生的なものではなくてアルコールの過剰摂取が原因である

酒を飲むようになったのもホテル個人タクシー夜勤が原因のようなので、

この母親とその夫が子供が安泰就職できるような太い実家を用意できなかった結果だろう、

マッチポンプにも程がある。

私はこの母親とそれに対して同情的な判決記事が本当に心底許せないが

普段女性を年齢で叩いてババアババアとうるさい人達は、実際に誰がどう見ても明らかな老婆に対してはあんまりそう言わないね

まあ、今80歳ならば1945か4年生まれなので、男女平等と両性の尊重規定した憲法の下で育った戦後民主主義世代な訳だ。全然若いと思う。

この女は自分意思結婚出産し、息子が思うように育たなかった結果安易子供を殺した。同情の余地は皆無だろう。

Permalink |記事への反応(0) | 17:49

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2025-12-16

anond:20251214202133

こたえここに出てんじゃん🫩

ライス

家系ラーメンでは、ライスを付け合わせとしてメニュー記載する店舗がほぼすべての店で存在し、実際にラーメンとともにライスを食す客も多い。そのため、一部の店舗ではライスラーメンを組み合わせた具体的な食べ方を案内する例も見られる。ライス提供が定着した背景には、新杉田時代吉村家における肉体労働者向けの「ラーメンライスセット」が源流とされる。1990年代後半には、既に家系ラーメン店のおよそ半数でライスメニューに加えられていたという。代表的な食べ方としては、ラーメンスープに浸した海苔白飯を巻くスタイルが広く知られている。この食べ方は吉村家の初期常連客によって自然発生的に始まったものであり、後に全国の家系ラーメン店へと広まっていったとされている。

ラーメンスープに浸した海苔白飯を巻くスタイルが広く知られている

https://web.archive.org/web/20251215235819/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%B6%E7%B3%BB%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%B3

Permalink |記事への反応(1) | 09:02

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2025-12-04

エッホエッホ起源騒動、あるいは流行語大賞表彰式を巡るインターネット集合愚

高市総理「働いて×5」流行語大賞受賞が左派界隈で大きく炎上する傍ら、もう1つの炎上が起きていた。エッホエッホ構文でパクツイ犯が勝手表彰されたというものだ。

どう炎上していたかは後で解説するとして、初めに結論を書くと授賞式で表彰された「うお座」氏は紛れもなくエッホエッホ構文の創始者である炎上は完全な冤罪だ。

事実として、エッホエッホ構文は彼の3つのネタツイから始まった。

エッホエッホ構文を生み出したうお座氏のツイート分析する

エッホエッホ

早くたかみなの具合が悪いからふざけないように国に伝えないと

エッホエッホ

エッホエッホ

ママ夜ご飯いらないって伝えないと

エッホエッホ

【なぜ?】

エッホエッホ

の子に嫌いって伝えなきゃ

エッホエッホ

1つ目と3つ目はうお座氏のサブ垢@selfsatisfac、2つ目の投稿本垢の@zlatanera17から投稿されている。どうも、クセのあるネタはサブ垢から、万人受けする本命ネタ本垢から投稿するという運用のようだ。

ネットミームには、人々の中で伝播する中で徐々に形を変えていったものと、原型がほぼそのまま流通するものと2種類ある。エッホエッホ構文は後者だ。エッホエッホ構文のほぼ全ての要素がうお座氏のツイートに詰められている。

まず、最初の「たかみなの具合が悪いから〜」の段階で、「エッホエッホ (任意の内容伝える) エッホエッホ」という構造となっている。

流行語大賞の選評でも、

これを、さして緊急でもない話を「伝えなきゃ」という動作見立てたところが秀逸で、一気に拡散したのもうなずける。

と述べられているように、これこそがエッホエッホ構文のコアの独創性である

次に、本垢から投稿されたうお座氏の最も拡散されたエッホエッホ投稿では、「可愛らしい子供がお母さんに頑張って何かを伝えようとしている」というエッホエッホ構文のイメージ確立している。

エッホエッホ構文に詳しくない人向けに例をあげると、うお座氏の後にエッホエッホ構文で最もバズったツイートの1つである霜田氏のツイートも、このイメージ継承するものだ。

エッホエッホ

明日の図工でラップの芯2本使うって、お母さんに教えないと

エッホエッホ


最後に3つ目の「あの子に嫌いって伝えなきゃ」で「伝えなきゃ」というフレーズ使用している。エッホエッホ構文は現在では、「伝えないと」ではなく「伝えなきゃ」という形を取るものが主流だと思われるが、これもうお座氏が初である

エッホエッホ構文を使用したネット大喜利は、うお座氏のこの3つのツイートがバズったことで始まった。

これは、ツイート検索すれば明らかなことである

日本時間2025年2月24日21時までの「エッホエッホ」検索結果

うお座最初ツイート2月24日4時7分、3つ目のツイートは15時42分投稿のものだが、

うお座氏以外でエッホエッホ構文を使い始めたのは、24日16時58分のツイートが初で、それまではうお座氏以外にエッホエッホ構文使いは存在しない。

誰もが参加できるエッホエッホ構文ネット大喜利自然発生したのは、うお座氏が3つの巧みなネタツイをそれぞれバズらせることで構文としての汎用性を立証したからこそなのだ

うお座氏はパクツイ犯だというデマはどう間違っているのか

エッホエッホ構文の生みの親がうお座であるという明白な事実があるにもかかわらず、ネット民は別のツイッタラー「はじめ」氏をエッホエッホの「始祖」と崇め、うお座氏らを「パクツイで受賞」「ミーム横取り」「お前らが受け取るべきじゃないって伝えなきゃ」などと中傷している。

しかし「はじめ」氏がエッホエッホの「始祖」だというのは、デマである

エッホエッホ構文の起源ははじめ氏ではない理由

端的に、初出でもなければ拡散もされていないかである。彼はエッホエッホのブームが一通り落ち着いた2025年6月に「てかエッホエッホってほぼおれ発祥やったよな」とツイートしたことで、この構文の起源だという認識を獲得した。しかし丁寧に検証すれば、これは不当な「あれ俺」主張であるとみなさざるを得ない。

はじめ氏が証拠として提示したのは、以下のツイートである

運動するか

えっほっえっほっ

このツイートが真の起源であると誤って信じられた理由について、1つ1つ解体していこう。

誤解1: このツイートは、12月4日現在およそ1万RT10万いいねを記録している。ここまで拡散したツイートであるならば、うお座氏のツイートにも影響したに違いない。

これは誤った推論である。なぜならばこのツイート2025年6月投稿者が「あれ俺」主張するまではほぼ知られていなかったからだ。

現に、うお座氏のオリジナルのエッホエッホ構文ツイート投稿された2月24日までの、はじめ氏のツイートの公開リツイート数を取得するとわずか1件しかリツイートされていない。

念の為、はじめ氏が2022年投稿した類似内容のツイートについてもリツイート数を取得すると、9件である。身内にはウケたのかなという程度の数字だ。

検索する限り、うお座氏とはじめ氏の間にリプライ/RTなどの交流確認できないので、合計10RTしかないツイート依拠したと考えるべき理由は何も存在しない。

誤解2:ミームになるはるか4年前2021年10月にこの画像を発掘するなんてすごい

2021年10月画像日本画像話題にしたのははじめ氏ではなく、およそ4万RTを記録した最多情報局(@tyomateee)の投稿であるアカウント名でわかる通り、これは転載系のアフィアカウントであり、この元ネタ英語圏で同じく4万RTを記録したRosi@rosiyesrosiの投稿だろう。

なんにしろ、はじめ氏は、海外でバズった投稿画像転載して日本でバズった投稿さら転載して投稿しただけであり、発掘の功はまったく存在しない。

誤解3:メンフクロウヒナに「えっほっえっほっ」というキャプションを初めてつけたのがすごい

あの写真を見て「えっほえっほ」と形容したくなるのは日本人にはある程度普遍的感覚らしく、2021年10月だけで少なくとも4人が同じ投稿をしている。はじめ氏は3番目だ。

仮に、「えっほえっほ」という文字列に何らかの尊重されるべき新規性を見出すのであれば、中でも最古と考えられるジロ助🐶🐾氏の投稿を称えるべきであろう。

とはいえ、こういうある程度誰でも思いつく発想を個人に紐づけてしまうのは望ましくない。新規性はないと考えるのが常識的結論だろう。ちなみに、2025年2月でも写真に対する「えっほえっほ」という反応はうお座氏の前に2件発見できる。

うお座氏にパクツイ犯の汚名が擦り付けられる至った経緯

陰のTwitter文化の陽のTikTok文化に対する反感、文化盗用感情

流行語大賞表彰者に対する異議の声は、パクツイデマが発生する前から大きかった。理由はおそらくTikTok文化への反感である

表彰写真には「うじたまい」と「うお座」の2人が並んでいた。両方白系の服で陽の雰囲気を漂わせており、ぺことりゅうちぇるのようなコンビを思わせるところである

そして「エッホエッホの歌」の作者うじたまい氏は、TikTok/YouTube文化人間である。ゆえに、X民側のはずのうお座氏もまとめてTikTok民の仲間か何かだと思われてしまったのだ。

「Xで生まれミームなのにTikTok勢が表彰されやがって」これが、初期の異議の背景にあった感情である


また、うじたまい氏が一部Twitterからミームを終わらせた人」と敵視されていたことも、反感感情燃え上がらせた。

しかし、うじたまい氏が「ミームを終わらせた人」だという評価妥当なのだろうか。動画文化圏には土地勘がないので、本稿ではうじたまい氏の表彰が適切だったか本格的に検証するのは範囲外とするが、明らかな事実として「エッホエッホの歌」でミームは終わっていない。むしろミームとしてのピークは「エッホエッホの歌」の後に来ている。

Googleトレンド確認しよう。人気度の動向では2つの山がある。まずひとつ目の山はエッホエッホ構文が生まれ2月末、人気度47である。ここから徐々に人気度は下がるが3月第3週に反転、4月初旬の人気度は100、エッホエッホミームの人気度のピーである

うじたまい氏の「エッホエッホの歌」は3月1日TikTokYouTube投稿され、YouTubeでは1,459万回再生されている。私としてもなにがおもしろいのか全くわからないネタでありTwitter民が冷めたと感じるのは理解できるのだが、再生数は正義だ。

ミームピークがこの後4月に来ることを考えると、Twitterよりさらに活力のあるTikTok/YouTubeミーム移植したという功績は大きい可能性が高いのではと思う(なお動画化の初出については調査していないので、より適切な人選がある可能性については留保する)。

そんなこんなで表彰の人選に対して疑問の声が集まる中、「エッホエッホは火付け役うお座ミーム終わらせたのがうじたまいで始祖この人だよね 」と、はじめ氏のツイートが紹介されたのである。これがパクツイデマの発端であるが、ここまでは火付け役としてうお座氏の功を認めており、パクツイまでは認定していない。

競合ネタツイッタラー私怨

本格的にうお座氏にパクツイ冤罪が着せられるようになったのは、有力ネタツイッタラー理解のある蟹くん」氏の投稿きっかである

理解のある蟹くん氏は、はじめ氏に対し「流行語大賞おめでとうございます 」と皮肉げに祝福し、続けて、証拠としてあるスクショを掲げて、うお座氏を「親父気をつけろ 奴は他人のツイートを盗む」と誹謗した。

まりネタツイッタラーうお座パクツイ常習犯であり、エッホエッホもその一部だと言わんとしたのである

しかし、理解のある蟹くん氏のスクショを見てみると、これはうお座氏の素行の悪さの立証には到底なっていないと思われる。スクショの内容を文字化すると以下のとおりである

1.5月26日理解のある蟹くん氏が、「ANA機内騒動、ドア開けようとする御奈新日ヶ万出」というGrok自動生成ニューススクショコメントなしでUPする。66リツイートされる。

2.6月9日、うお座氏が「これ何だったんだ」というコメント付きで同じスクショをあげる。コラでなく実際に見たとも主張する。1,271リツイートされる。

検討しよう。まず、そもそもコラでなければうお座氏のツイートになにも問題はないので、これは理解のある蟹くんの作成したコラであったのだろう。が、コラであるという注記はどこにもない。Grok自動生成見出しに誤りが多いことはよく知られた事実であるので、これを見た人は本物のスクショであると誤認したとしてもある程度やむを得ない。

そして、うお座氏/理解のある蟹くん氏ともにネタツイッタラーであり、他人がUPした画像転載しておもしろコメントをつける芸で人気を集めている。当然、日々ネタツイ芸に使える画像を大量に集めていることだろう。おそらく、うお座氏の画像ストックの中に理解のある蟹くん氏のコラが混ざっていて、後日ネタツイを考えているとき記憶違いでコラを実際に見たものと誤解してしまったのではないかネタツイッタラーありがちなミスだろう。

なんにせよ、理解のある蟹くん氏がこれをパクツイだと感じたならば、この件に限ってクレームをつければいいのであり、デマに乗っかってこれ幸いと競合ネタツイッタラーを貶めようとする行為正当性はない。ネタツイッタラー倫理として、ライバルにはデマではなくネタを以って勝利すべきだ。

その後集まる中傷

一度、パクツイと思い込んでしまえば、中傷は止まらない。中傷ツイートなかには数万規模でいいねを集めたもの複数存在した。

例えば、“空也上人像”コスプレで有名なクリエイター、中埜氏は2人の写真晒し上げ、以下のようにツイートした。

パクツイした人の顔がこんな大々的に披露されるの、滅多にないと思う。デジタルタトゥーじゃないのこれ。

パクツイ犯として、一生風当たり強く生きてほしいですね。

この件について、ウェブメディアラノベ作家三国陣にインタビューしてください。

願うことなら、「デマに真に受け、人の顔をデジタルタトゥーにしようとした人」として、一生風当たり強く生きてほしいもである

またライブドアニュース投稿には一時「初出は『うお座』氏ではありません」というコミュニティノートが付いた。少数の人間の地道なデマ訂正の努力もあり、このコミュニティノート現在消えているが、「集合知」に依存するコミュニティノート脆弱性が露わになったと言えるだろう。

結論と教訓

このような記事を作るとおそらく、「ネットミームの初出がなにかなんてどうだっていい」「初出なんて明らかにするなみんなのものだ」のような反応があるだろう。それはそれでいいと思う。一貫性をもたせることができるならの話だが。

実際は、言葉に反して多くの人は初出をそれなりに尊重している。尊重しているからこそパクツイなる言葉で人を責めようとするのだ。すべてが匿名であった2ちゃんねる時代と違い、ツイッター時代ネットミームはそこそこ高い精度で初出を辿ることができる。ネットミームに対する倫理は当然に変化している。自分に都合よく、あるときパクツイあるときはみんなのものと、倫理つまみ食いをするのはいけない。

多くの人がデマに騙された理由としては、ネット自分の庭であり流行語大賞なんかにはわかるはずがないという驕りもあるだろう。思い出すのはだいしゅきホールド三国事件顛末である医学博士号を持つ科学者で、ネットでは科学啓蒙者としても活動していた高山理図先生は、だいしゅきホールド起源僭称した友人である三国陣氏を信じ庇ってしまたことで、今もなおネット空間中傷を受けている。しかし今回の事件起源僭称者を祭り上げ庇ったのは誰だったのか、ネット多数派ではないのか。三国事件を風化させないという題目掲げながら、起源僭称者を称える倒錯に至る宿痾を一度考え直すべきではないだろうか。

参考リンク

はてな匿名ダイアリーには、記載できるURL数に制限があるのでいくつかのURLを省略した。大方は以下から確認できるはずである

エッホエッホとは (エッホエッホとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

【デマ】新語・流行語大賞はパクツイ犯を表彰した?【エッホエッホ】 - posfie

Permalink |記事への反応(15) | 23:04

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2025-12-01

トラストランク相互リンク

例えばさ、ある時期にお前のGithubで公開したコード一世風靡したとするだろ?

んで、お前がXでこんなコード作りましたと言っても、お前のXアカウントは信頼されない。

なぜなら、そのGithubアカウントがお前のXアカウントを同一人物として判別するには、プロフィール相互リンクが不可欠だから

たぶん、Google検索もこういったトランスランクを加味している可能性が高い。

から結局、トラストランクというのは内容そのものの良し悪しよりも、主体一貫性が外部から検証可能かどうかで決まるんだよ。

技術的に正しいコードを書いても、それが誰による成果物なのかが曖昧なら、評価システム全体は防御的に振る舞う

これはSNSでも検索エンジンでも同じで、なりすましスパム宣伝アカウント排除するための基本的リスク管理構造から

そして、これらのサービスは互いのデータを直接共有しているわけじゃない。

個別主体実体推定しようとする。そのとき一番効くシグナルが相互リンクされたプロファイルなんだよ。

片方向リンクは主張に過ぎない。相互リンク検証可能関係性になる。

まり、X →GitHub だけでは本物かどうかは確証できない。

GitHub → X のリンクが揃ったとき初めて、システムはこれは同一主体操作だと判断やすくなる。

これはWebリンク解析が昔から採用している相互からまれる確からしさと同じ構造だ。

そしてGoogleがこれを無視する理由はほぼ存在しない。なぜなら、主体正当性誤判定すると検索品質のものが崩れるからだ。

品質維持のためには、リンク構造アカウント間の整合性・外部発信の一貫性スコア化せざるを得ない。

これはPageRank派生というより、E-E-A-Tやスパム防御の延長線上に自然発生した要件と考えるほうが合理的だ。

から、どれだけ良いコードを書こうが、どれだけ正確な技術記事を書こうが、主体整合性が弱ければ情報は正当に扱われない可能性がある。

信用は作品の質だけでなく、作品と作者が技術的に結びついているかどうか、その検証可能な繋がりの強度に依存しているんだよ。

Permalink |記事への反応(0) | 12:47

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2025-11-28

DX推進の現場で、最初に倒れる人の話

■1.職場の“気圧”

職場には、天気のようなものがある。

季節と無関係に移り変わる、独自の気圧だ。

  

朝の会議上司が開口一番、「全社的なDX推進が……」と言い出すと、

その瞬間、風向きが変わる。

  

上司の号令とは、天気予報だ。

  • 雨が降るらしい。
  • 風が強くなるらしい。
  • 午後は局地的に激しい雷雨が発生するでしょう。

  

からどう、というわけでもない。

我々一兵卒は、傘を持つかどうかを各自判断するだけ。

号令が晴れを告げても、職場は土砂降りになることのほうが多い。

  

■2.武器が来た

武器が来るのはよいことだ。

  

「最新のAIツールを全員に支給します。

マニュアルURLを貼っておくので、各自、隙間時間で習熟を」

  

晴れのち暴風雨

  

武器は用意した。

訓練はなし。

よし、戦場だ。

  

「風が強くなる」という自然現象を言い渡すだけのような軽さだ。

  

自然災害であれば諦めもつくだろうけど、

戦場の天気は号令が作っている。

  

■3.最初死ぬ兵士

このDXという名の戦場で、最初死体袋に入るのは、

真正から突撃する無謀な奴でも、

戦線離脱を企む怠け者でもない。

  

やる気があって、そこそこ詳しい兵士だ。

  

彼らは勘が良く、好奇心旺盛で、責任感が強い。

本来なら組織を支える貴重な人材だ。

  

だが、戦場は、その貴重さを理解はしない。

  

ツールの使い方を一度でも覚えれば、

周囲の未訓練兵——ひょっとしたら上官さえも——が殺到する。

• 「これどうやるの?」

• 「ログインできないんだけど」

• 「前のやり方じゃダメ君ならできるでしょ」

気がつけば彼らは、

業務非公式ヘルプデスク愚痴聞き係

三役を無給で担わされる。

  

そして陰で言われる。

  

最近あいつ、パソコンばかりいじって本業サボってるよな」

  

これが、戦死前兆だ。

  

■4.塹壕の奥で

反対に、本当に賢い(あるいは狡猾な)者たちは、支給されたツールを一切触らない。

  

「私には難しくて……」と眉を寄せながら、

古びた竹槍——紙とExcelPowerPoint——を磨き続ける。

  

「訓練されていないのだから、使えないのは私のせいではない」

  

この鉄壁論理を前に、上官も周囲も何も言えない。

  

彼らは理解している。

ツールを触れば触ったで面倒な未来が見えるし、

触らなければ触らないで何も起こらないということを。

  

から塹壕の奥深くで息を殺し、ただ雨がやむのを待つ。

  

そして前線では、好奇心善意が強い兵が一人、また一人と倒れていく。

何一つ評価されないまま。

  

■5.戦死にはドラマはない

戦死は静かだ。叫び声も、銃声もない。

ふっと溢れるように心が折れ、その時が訪れる。

業務の穴は残業で埋め

勝手に増えた担当をこなし

• 悩みがあっても相談先は見当たらず

• 何をしても当たり前の扱いで

• 見つけた相談先では「有識者を探して聞け」

  

から、いつの間にか、彼ら、彼女らは姿を消す。

  

退職届を置いたり、

心を壊したり、

異動を希望したり。

  

残された机には、

開かれたままのブラウザと、冷めたコーヒー。まるで「休憩中です」と言いたげで。

最後の力で作った引継資料は、ファイルサーバーの奥でほこりかぶっている。

誰に参照されることもなく、引継がれることもなく。

  

誰も、その死を大げさに語らない。

天気が悪かった日の、ただの“被害者”として処理される。

  

事務処理だけは正確で、「担当者変更のお知らせ」は予定通り届く。

  

■6.残されたメモ

死んだ兵士メモが見つかることがある。共有フォルダの13階層目あたりに。

そこには、こう書かれていた。

  

善意は防具にならない

責任感は甲冑にならない

• 「できる」は弱点

褒め言葉銃弾

• 「任せられる」は徴兵

• 生き残る者は、最初から前に出ない者だけ

  

そして最後の一行に。

  

「役に立とうとした。それがいけなかった。」

  

言葉残酷に響くけど、天気を変えることなどできはしない。

これ以上の説明不要だろう。

  

■7.今日天気予報

さて、今日会議室では新しい予報が出された。

  

AI活用を全社で!」

市民開発を推進!」

社員全員が変革の担い手に!」

  

予報士は元気だ。

天気を変えられないのに、元気だ。

  

私はもう傘を差さない。

濡れるのに慣れたわけではない。

傘を差した瞬間、「任せられる」の徴兵票が届くのだから

  

から塹壕の底で、今日の嵐が過ぎ去るのを静かに待つ。

  

天気は勝手に変わる。

戦場勝手に荒れる。

そして人は勝手死ぬ

  

それだけの話なんだろうと思う。

  

■8.終わりに

DXという旗が新調され、

AIという武器が幾度となく配られ、

いくつの兵が死んでいっても——

  

天気は、ただ天気として流れていく。

  

我々一兵卒は、

その中で静かに呼吸し、

かに死んでいく。

  

一兵卒がいなくなった程度で止まるほど、 この戦場は繊細ではない。

死んだ兵の分の業務は、天気と同じように自然発生する。

残された者たちが、何も言わず埋めていく。

  

そして戦場は続く。

死んだ兵なんて、いなかったかのように。

  

今日天気予報は「快晴」だ。

磨かれて光る竹槍の上に、「DX推進済み」という看板が立つ。

  

明日天気予報は続く。「変革を」「改革を」「推進を」と。

死者は静かだが、天気予報だけは騒がしい。

Permalink |記事への反応(0) | 21:14

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2025-11-26

anond:20251126104349

元々クソつまんないからに尽きるんじゃないの

個人がやってる」「自然発生的な盛り上がりであるからかろうじて許されてたのが

電通が無理やりクソつまんないもの流行らせようとしてた」ことがわかったんだからそりゃ燃える

Permalink |記事への反応(2) | 11:01

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2025-11-21

老後資金必要なのは1億円

インフレで30年後は円の価値が4割減、とかシレっといってんだが

社会保険料アホほどとられて賃金は増えず通貨価値がどんどん下がり

円安誘導政策失敗の人災だろ…なに自然発生的にいってんだよ

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB1997A0Z11C25A1000000/?n_cid=SNSTW001&n_tw=1763579235

Permalink |記事への反応(1) | 17:39

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2025-11-18

ブルアカナギサに「救いようがないパラノイア」とは言ってない話

「救いようがないパラノイア」なんて言ってねーから!!!!!

って話というか説明をするよ!!!読みたくない人はこの1行だけ持って帰ってくださいね!!!言ってない!!!

これはどうもSNS上で話題になってるらしいことなので、じゃあ増田で言ってどうすんだよって話なんだけど

俺が今からSNSアカウント作っても誰も見ないだろうし、多少は人目につくここで書くしかないんだ…

気が向いたら拡散でもしてくれたら嬉しい

いや拡散しなくていいけど



本題

韓国で開発され日本でも運営されているスマホゲームブルーアーカイブ」。

多くの海外スマホゲーと同様、たまに日本語版と韓国語版の訳の違いが話題になったりする。

まあそれは何のメディアでもある。小説だって映画だってドラマだって字幕派と原語派がいる。ハリーポッター英語で読まなきゃダメだよね~みたいな人もいるじゃん。これは普通

なんだけど今回、先生プレイヤーキャラクター)がナギサというキャラクターに対して、韓国語版では下の2つのセリフを言ったらしいと広まっている。

「お前は救いようがないパラノイアだ」

「お前の陰謀は私が打ち砕く」

2文目はあとで触れるけど、まずパラノイアの方ね。

これ言ってないの!!!!!

日本語版ではそこは「今の君はきっと、疑心暗鬼の闇の中だ」と訳されていて、「疑心暗鬼だよね~、なんか周りが疑わしく見えちゃうよね~」というニュアンスになっている。

ところが韓国語版では「お前は救いようがないパラノイア」だと言ったらしい!!!!なんだと!ナギサ病気だって言いたいのか!!!ひどすぎるだろ!!!日本SNS上で話題になってるらしいんだけど

いや言ってねーーって!!!!!!!!

ちょっと紛らわしいのは「先生ナギサに対して酷いことを言った」のはあってる。

これは韓国語を読まずとも、日本国内で読める日本語版でも同じ(ストーリーは同じなんだから、そりゃそうだ)

そして、韓国語版は更に日本より言葉が強めなのもあってる。

かに酷いことは言ったよ。ここは正しい。

でも「救いようがないパラノイア」なんて言ってないのよ!!!



実際は何といったのか

先生が「救いがたいパラノイアだ」と言ったとされる部分、韓国語ではこういうセリフ

"너는 구제불능인 의심암귀다." 

たったこんだけだぜ!このくらい辞書引けばすぐわかるでしょうよ!!!言ってないことを言ったと思ってる人も読んでみてくれよ!!!

韓国語は語順ほぼ同じで辞書引くだけでほぼ読めるから!!!

ここの의심암귀は正に熟語の『疑心暗鬼』のこと。中国の『列子』に由来するとされる疑心暗鬼のもの

まり解釈可能性はこの後するけど、まず原文で『パラノイア』なんて言ってるかどうかについては議論余地がない。

"너는 구제불능인 의심암귀다." "君は、救済不能疑心暗鬼だ。"

パラノイアなんて言ってない。疑心暗鬼と言ってる。

そんで、これを日本語版と比べてみると

"ナギサ、今の君はきっと、疑心暗鬼の闇の中だ。"

ね!!

パラノイアなんて言ってないから、日本韓国も「疑心暗鬼」扱いなのは同じ。そこは日本と違わない。

これが文章だったなら分かるよ。

「君は救いがたいな。何もかも全てを疑った挙句、いもしない敵を自ら作り上げてしまった。今すぐ入院して医学処置を受けるべきだ」とか言ってたなら「うーん…パラノイアって訳しておくか!」となるのも分からなくもない。

でも違うじゃん、의심암귀疑心暗鬼って言ってんの。パラノイアなんて言ってねーんだって!!そんな単語も文もないんだもんって!!

韓国語版が日本語版より言葉が強いのは【救済不能】のほう。

ネットで広まってる言い方なら「救いがたい」のほう。これは実際に言ってるの。これは確かにキツイね。救えねえわって言ってんだからキツイよ。

でもパラノイア言ってないから!!의심암귀はそのまんま疑心暗鬼から!!ナギサ病的だなんて言ってないから!!


意訳じゃないの?パラノイアって疑心暗鬼みたいな物でしょ?と思ったなら

かにパラノイアって単語は無いけど、意訳すればパラノイアでしょ? 疑心暗鬼がひどくなったのがパラノイアでしょ?と思ったあなた

じゃあそれはストーリーがどうこうじゃなくて、韓国語版との違いがどうこうてもなくて、「意訳がどうこう」いう所じゃん!

スタートとゴールが疑心暗鬼で真ん中にだけパラノイアがあるなら、それは韓国語版由来でなく意訳由来では!?

意訳はニュアンス変わるよ。試しに俺が

  • 「君はどうしようもなく疑り深くなっている」って意訳したらむしろ優しくなるでしょ?
  • 「君はどうも疲れているようだ」って意訳したら更に曖昧になるでしょ?
  • 「どうかしてるぞ妄想狂のイカレ女!」って訳したら逆にめちゃくちゃキツくなるでしょ?

どれがより適切かは文脈によるんだけど、原文から100%全くの別物にまではしていない。どれも意訳と言い張れる範囲だと思う。

これは何か恣意的ねじ曲げようってんじゃなくて、俺がどうストーリーを受け止めているかがあって、そのフィルターを通って変換されてる。

決して、パラノイアと訳されたのが悪いとか言いたいんじゃない。人それぞれの読み方があって、人それぞれのフィルターがあるから

だけど「パラノイア」は原文にはなくて、フィルターの中にある言葉じゃないのってのはあるかもなの。

誰か個人の訳なのかネット自然発生したものなのかは分からないし、それについてはどっちでもいい。原因探しじゃなくて、そんなこと言ってないよ!!!重要だし。


訳には必ず訳した人がいるという意識

先に断わっておくと、この項はパラノイアと訳した人が悪いぞ!という話ではないです。

で話に移ると、小説でも映画でもなんでも「海外ではこう書いてあるんだぜ」と日本語訳をみたときそこには必ず訳した人がいるって意識必要です。

例えば英語の"good morning."だって、訳はどんだけでもある。

おはよう」「はよう!」「おはようございます」「良い朝だね!」「今日よろしく」「はよざーっす」「ザぁっす」、どれも正しい訳だけど、話し手雰囲気は変わって見える。日本語だとひらがなカタカナ使い別けから、「ざぁっす」「ザァっす」「ザァッス」でも雰囲気は変わる。あくびしながら「ザァっす」は眠そう。キラキラした目で「ザっす」は元気そう。ァ1文字抜いただけだけど。

本来文脈によってある程度絞られてくるけど(例えば清楚なお嬢様キャラは「ザぁっす」とは言わないだろう)、1文、2文を抜き出して訳すときはどんだけでも幅が出る。

文脈によっては、何もおはよう要素がないかもしれない。誰かにから会いに行ったなら「どうもどうも」とか「すみませんね」と訳せる状況もあるかもしれない。

状況によっては「夜が終わった」とも訳せるかもしれないし、窓を見てれば「陽が昇ってきた」とも訳せるかもしれない。夜通し騒動に巻き込まれストーリーだったら「逃げ切ったね」「終わったか」「助かった」くらいまで意訳できるシーンもあるかも。100億円貰える日の朝なら、「さあゴキゲンが始まるぜ!」になるシーンもあり得る。

大きく意訳するのはなしにして、good morningを「良い朝だ」と訳すとしよう。語尾をちょっとだけ変えてみる。「良い朝だね」「良い朝だぜ」「良い朝だ」「良い朝だよ」「良い朝ですよ」、ほんの数文字変えただけで、シチュエーション性別も変わって見える。

でも、ここまで挙げたすべては、ぜーんぶ、"good morning."から出せる。


先生特にそう

ブルーアーカイブプレイヤーキャラクター"先生"には性別容姿も設定されておらず、プレイヤー自由解釈できるようになっている。だからこのフィルターの影響は大きい。

"先生"は僅かな言行からのみ解釈されるけど、ちょっと女っぽいと言われることもある。この雰囲気に一役買っているのは「~よ」「~ね」を基本にした優しい口調だろう。ちょっとそこらを見てみよう。

"責任は、私が負うからね" ("책임은 내가 져야만 해.")

日本版はこんな口調。ブルアカファンには有名なセリフだけど、まずそもそもこの時点で韓国語版から変わってる。

「야만 해」のニュアンスを入れるなら「私が負わなければならない」なんだから

あいいや、こっから語尾だけ変えてみよう。

"責任は、私が負うから"

少し女性っぽさが薄れただろうか。そうでもないか

"責任は、私が負うさ"

すこしカッコツケを感じる…

"責任は、私が負う"

少し強くなって来た

"責任は、私が負うとも"

より強く聞こえるね

"責任は、私が持つ"

ちょっと毅然とした感じがするね

"責任は、俺が負うよ"

これは語尾じゃないけど、「私」を「俺」に1文字変えるだけで、性別が男に見えてくる。

別に女が俺と言ってもいいんだけど、一種役割語として機能している

"ケツは拭いてやらァ、俺に任せとけ"

おっ、別人だこれ

最後はともかく、ちょっと語尾を変えただけでもう"先生"は変わる。

んで何が言いたいかって言うと、「海外版は別人みたいだ…」というとき、それは別人のように訳してあるのでは?という目線絶対必要だってこと。これは悪い意味では無くて。

例えばこんなのもある。正に同じ文章を、同じ翻訳家が、別の作品で訳しただけなのに、まるで別人のようになる。まあ実際別人なんだけど。1つの文章からコロンボコジャックという全く性格が違う人間ができあがる。

一人の翻訳家が、二つの刑事ドラマで…一つのことばを、二つに訳し分けた(「編集手帳文章術」)

https://m-dojo.hatenadiary.com/entry/20130409/p2



同じく、「海外先生の口調は怖いらしい…」っていうとき、それは怖いように訳してあるのでは?という目線必要

しかもこれ、「訳してある」とは言ったものの、そこに悪意があるから疑おうという話じゃない(もちろん悪意をこめて訳す人もいるかもしれないが、ここでは違う)。人は無意識のうちにも言葉選択しているから、だから「訳してある」意識必要だと言う話。

もちろん、件のシーンの言葉は実際に強い。なんせ上に書いたように救済不能とまで言ってるんだから間違いなく強い。だから個人だかネット集合知だか分からないけど、訳した人は「強いこと言うんだなあ」と思って、強いように訳したかもしれない。

これは何も悪くない。その人はそういう雰囲気を感じ取ったからそういう日本語が出て来たわけで、決してデマやガセではない。

でもそれを読むときは、韓国語版のテキストだけでなく、フィルターも読んでるという目線は要る。


お前の陰謀を打ち砕く

「救いようがないパラノイア」はそもそもパラノイアって言ってねーって!と思うけど、

これとセットで「お前の陰謀は私が打ち砕く」というセリフも「韓国版は怖い」として広まってる。こっちもちょっと試してみよう。

"너의 음모는 내가 깨부수겠어."

これが「お前の陰謀は私が打ち砕く」くらいの感じで広まってるらしい。

「お前の陰謀は私が打ち砕く」

日本版では「君を、そこから出してみせる」(※そこ=疑心暗鬼の闇)というセリフから全然違うじゃん!韓国語版は怖い!って言うんだけど。

とりあえず、「お前」を「君」に訳してみよう。「너」は状況次第でどっちにも訳せるから間違ってない。

普段先生は「お前」なんて言わないんだから韓国から翻訳しようと思ったとき何気なく「君」を選択する人も多いはずだ。

君の陰謀は私が打ち砕く

ほら、この時点でなんかもう違うでしょ。

너は状況に応じて「お前」でも「君」でもいけるけど、「お前」と「君」はちょっと話し手雰囲気が変わる。

ブルアカプレイヤーの知る先生は生徒を「お前」なんて言わないから、「お前」に訳すだけで激怒してる気がする。

このセリフに限らない。机の上のお菓子を見て「これ、ユウカが買ってきたの?」なんて穏やかな一場面でも、「これ、お前が買って来たの?」にするだけで先生は別人になる。

お前と訳すか、君と訳すか、無意識フィルターがはっきりと機能しているのが分かる。

続ける。

語尾を~よにしてみよう。日本版の先生は~よなんだから比較するなら揃えてみたいよね~

君の陰謀は私が打ち砕くよ

陰謀って言葉はあまりに強いから、ブルアカ温度感に合わせて変えよう

君の企みは私が打ち砕くよ

もうだいぶ印象が変わってきたけど、もうすこし。

韓国と違って日本ではあまり「打ち砕く」は言わない。日本語だと劇的になるからもっとありがちな表現に整えよう。

君の企みは止めてみせるよ

ぐっと変わった気がするけどもう一歩

そもそもこの「企み」はどこから来てるかって、ナギサ疑心暗鬼から来ている。

韓国語版でも疑心暗鬼って言ってるんだから、これは置き換えてもいいはずだ

君の疑心暗鬼を止めてみせるよ

これはナギサ自身を縛り付けている疑心暗鬼を取り払うぞという宣言なんだからもっと直接言ってあげようぜ!!!

君をその疑心暗鬼から救い出してみせるよ

ほら!!日本版の先生っぽい訳が完成~~~!!!

ちょっと言葉がくどいか代名詞に置き換えてみよっか!!

君をそこから出してみせるよ

はい日本版になった~~!!!!!ヒュー!!!!!

終盤は強引だったのは認めるけど、俺は内容そのものは大きく変えてない。意訳だと言える範囲

この方向のフィルターで意訳して、

韓国版は"너의 음모는 내가 깨부수겠어."って言ってるよ。

えーっとつまり…「君の企みは止めるよ」みたいな感じ?」

とする説明ネットに広がっていたら印象は全く変わったろう。「ふーん、言い回しは違うけど、日本版と同じような温度かねえ」ってなったろう。

これが正しいとは言っていない。

これにもフィルターが掛かってるし、「お前の陰謀を打ち砕く」にもフィルターが掛かってる。

韓国語版のニュアンスが強いのは確かだけど、でも俺のフィルターに通すとこうなるんだよ!と言ったとき間違ってはいない。このフィルターウソは入ってないから。

海外文章日本語で読んだとき、そこには必ず訳した人がいる」というのはこういうこと。

日本語で読んでるとき、それは韓国語版だけを読んでるんじゃない。誰かのフィルターを読んでいる。

今回ネットで広がっているフィルターを通すと「お前の陰謀は私が打ち砕く」になる

上に書いたフィルターだと「君の企みは止めてみせるよ」くらいになる。

行くとこまで行くなら日本版と同じになるし、

フィルターを変えればもっとキツい訳だってできる。

念のためいうと、「お前の陰謀は私が打ち砕く」を批判する訳でないよ!正実な訳だと思う。単語ごとに辞書を引いたら間違ってないから。

変に感情で意訳を入れてないだけ誠実な訳だと思う。しっかりしてると思う。

ただそれですら、「君」を選ぶか「お前」を選ぶかだけで印象はだいぶ変わってしまうので、良い悪いではなくフィルターのものはかかってしまう。

日本語をみて「そんなに韓国語版は言葉が強いの!?」と思ったときあなた韓国語のテキストだけでなく、フィルターも読んでいるんです!!!!!!それは意識していこうぜ!!!!!!!!!!!


そんで、パラノイアはどこから来たの

話をもどして、パラノイアなんて言ってねーって!!

じゃあパラノイアはどこから来たんだ?

知らん…わかんない…

英語版だと、同じシーンの別の台詞に「I'm not going towaste mytimebeing paranoid.」はある。

このparanoidはパラノイアではないし、直接はナギサを指してもいないし、別の台詞だけど、ここ以外にパラノイアらしき部分がない。

もしかして英語版が韓国語版に混線したのか???

もしそうだとしたら、もう韓国語版がどうこうどころの話じゃなくないか!?!?

意訳しつつ

英語版と韓国語版という違う翻訳

しかも別の台詞

混ざった

…というアクロバット混線なんじゃないか!?!?


単語問題ではないけれど 1

訳には幅があるといったけど、なんでも文章意味は変わらないかって、そうでもない。

訳には幅があるから、의심암귀を「疑心暗鬼」と訳すか、「疑り深い」と訳すか、「人を信用しない」と訳すかはグラデーションになっている。

から「原文では『疑り深い』とは言ってねーって!!!疑心暗鬼だって!!!単語が違うって!!!」なんて俺は言う気はない

拾うべきは文章が伝えたいものごとであって、「疑心暗鬼か、疑り深いか」なんて単語だけにこだわるのは違うと思うから

でも、パラノイア病気名前、お医者さんの使う名前という印象があるので、俺だったら疑心暗鬼からグラデーションとは繋がってないと感じる。

友人に「疑り深いな」は言えるじゃん

友人に「疑心暗鬼だな」は言えるじゃん

友人に「パラノイアだな」は言えないじゃん、そこは壁があるじゃん

パラノイアと言った瞬間に「病気だぞお前、病院行くレベルだぞ」のニュアンスが急に入ってくる。それまで無かったのに!

実際ネットでも、「パラノイア呼ばわりしたの?ナギサ病気ってこと?酷い…」みたいな反応を多々見る

ここで長々とパラノイアって言ってないよ!!!!!愚痴理由も分かるでしょ!?!?分かってくれ頼む!!!

パラノイアと意訳するのは良いと思う。誰かが訳したときフィルターにおいて間違いではないと思うし。

でも言ったか言ってないかなら原文では言ってねーって!!!言ってねーって!!!!!


単語問題ではないけれど 2

入りきらなかったかちょっとだけだけど続きは別に書いたよ!!1

https://anond.hatelabo.jp/20251118185202

だいぶテンション落ちて来て、書かなきゃよかったと思ってきたけど

Permalink |記事への反応(1) | 18:51

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ブルアカナギサに「救いようがないパラノイア」とは言ってない話

「救いようがないパラノイア」なんて言ってねーから!!!!!

って話というか説明をするよ!!!読みたくない人はこの1行だけ持って帰ってくださいね!!!言ってない!!!

これはどうもSNS上で話題になってるらしいことなので、じゃあ増田で言ってどうすんだよって話なんだけど

俺が今からSNSアカウント作っても誰も見ないだろうし、多少は人目につくここで書くしかないんだ…

気が向いたら拡散でもしてくれたら嬉しい

いや拡散しなくていいけど



本題

韓国で開発され日本でも運営されているスマホゲームブルーアーカイブ」。

多くの海外スマホゲーと同様、たまに日本語版と韓国語版の訳の違いが話題になったりする。

まあそれは何のメディアでもある。小説だって映画だってドラマだって字幕派と原語派がいる。ハリーポッター英語で読まなきゃダメだよね~みたいな人もいるじゃん。これは普通

なんだけど今回、先生プレイヤーキャラクター)がナギサというキャラクターに対して、韓国語版では下の2つのセリフを言ったらしいと広まっている。

「お前は救いようがないパラノイアだ」

「お前の陰謀は私が打ち砕く」

2文目はあとで触れるけど、まずパラノイアの方ね。

これ言ってないの!!!!!

日本語版ではそこは「今の君はきっと、疑心暗鬼の闇の中だ」と訳されていて、「疑心暗鬼だよね~、なんか周りが疑わしく見えちゃうよね~」というニュアンスになっている。

ところが韓国語版では「お前は救いようがないパラノイア」だと言ったらしい!!!!なんだと!ナギサ病気だって言いたいのか!!!ひどすぎるだろ!!!日本SNS上で話題になってるらしいんだけど

いや言ってねーーって!!!!!!!!

ちょっと紛らわしいのは「先生ナギサに対して酷いことを言った」のはあってる。

これは韓国語を読まずとも、日本国内で読める日本語版でも同じ(ストーリーは同じなんだから、そりゃそうだ)

そして、韓国語版は更に日本より言葉が強めなのもあってる。

かに酷いことは言ったよ。ここは正しい。

でも「救いようがないパラノイア」なんて言ってないのよ!!!



実際は何といったのか

先生が「救いがたいパラノイアだ」と言ったとされる部分、韓国語ではこういうセリフ

"너는 구제불능인 의심암귀다." 

たったこんだけだぜ!このくらい辞書引けばすぐわかるでしょうよ!!!言ってないことを言ったと思ってる人も読んでみてくれよ!!!

韓国語は語順ほぼ同じで辞書引くだけでほぼ読めるから!!!

ここの의심암귀は正に熟語の『疑心暗鬼』のこと。中国の『列子』に由来するとされる疑心暗鬼のもの

まり解釈可能性はこの後するけど、まず原文で『パラノイア』なんて言ってるかどうかについては議論余地がない。

"너는 구제불능인 의심암귀다." "君は、救済不能疑心暗鬼だ。"

パラノイアなんて言ってない。疑心暗鬼と言ってる。

そんで、これを日本語版と比べてみると

"ナギサ、今の君はきっと、疑心暗鬼の闇の中だ。"

ね!!

パラノイアなんて言ってないから、日本韓国も「疑心暗鬼」扱いなのは同じ。そこは日本と違わない。

これが文章だったなら分かるよ。

「君は救いがたいな。何もかも全てを疑った挙句、いもしない敵を自ら作り上げてしまった。今すぐ入院して医学処置を受けるべきだ」とか言ってたなら「うーん…パラノイアって訳しておくか!」となるのも分からなくもない。

でも違うじゃん、의심암귀疑心暗鬼って言ってんの。パラノイアなんて言ってねーんだって!!そんな単語も文もないんだもんって!!

韓国語版が日本語版より言葉が強いのは【救済不能】のほう。

ネットで広まってる言い方なら「救いがたい」のほう。これは実際に言ってるの。これは確かにキツイね。救えねえわって言ってんだからキツイよ。

でもパラノイア言ってないから!!의심암귀はそのまんま疑心暗鬼から!!ナギサ病的だなんて言ってないから!!


意訳じゃないの?パラノイアって疑心暗鬼みたいな物でしょ?と思ったなら

かにパラノイアって単語は無いけど、意訳すればパラノイアでしょ? 疑心暗鬼がひどくなったのがパラノイアでしょ?と思ったあなた

じゃあそれはストーリーがどうこうじゃなくて、韓国語版との違いがどうこうてもなくて、「意訳がどうこう」いう所じゃん!

スタートとゴールが疑心暗鬼で真ん中にだけパラノイアがあるなら、それは韓国語版由来でなく意訳由来では!?

意訳はニュアンス変わるよ。試しに俺が

  • 「君はどうしようもなく疑り深くなっている」って意訳したらむしろ優しくなるでしょ?
  • 「君はどうも疲れているようだ」って意訳したら更に曖昧になるでしょ?
  • 「どうかしてるぞ妄想狂のイカレ女!」って訳したら逆にめちゃくちゃキツくなるでしょ?

どれがより適切かは文脈によるんだけど、原文から100%全くの別物にまではしていない。どれも意訳と言い張れる範囲だと思う。

これは何か恣意的ねじ曲げようってんじゃなくて、俺がどうストーリーを受け止めているかがあって、そのフィルターを通って変換されてる。

決して、パラノイアと訳されたのが悪いとか言いたいんじゃない。人それぞれの読み方があって、人それぞれのフィルターがあるから

だけど「パラノイア」は原文にはなくて、フィルターの中にある言葉じゃないのってのはあるかもなの。

誰か個人の訳なのかネット自然発生したものなのかは分からないし、それについてはどっちでもいい。原因探しじゃなくて、そんなこと言ってないよ!!!重要だし。


訳には必ず訳した人がいるという意識

先に断わっておくと、この項はパラノイアと訳した人が悪いぞ!という話ではないです。

で話に移ると、小説でも映画でもなんでも「海外ではこう書いてあるんだぜ」と日本語訳をみたときそこには必ず訳した人がいるって意識必要です。

例えば英語の"good morning."だって、訳はどんだけでもある。

おはよう」「はよう!」「おはようございます」「良い朝だね!」「今日よろしく」「はよざーっす」「ザぁっす」、どれも正しい訳だけど、話し手雰囲気は変わって見える。日本語だとひらがなカタカナ使い別けから、「ざぁっす」「ザァっす」「ザァッス」でも雰囲気は変わる。あくびしながら「ザァっす」は眠そう。キラキラした目で「ザっす」は元気そう。ァ1文字抜いただけだけど。

本来文脈によってある程度絞られてくるけど(例えば清楚なお嬢様キャラは「ザぁっす」とは言わないだろう)、1文、2文を抜き出して訳すときはどんだけでも幅が出る。

文脈によっては、何もおはよう要素がないかもしれない。誰かにから会いに行ったなら「どうもどうも」とか「すみませんね」と訳せる状況もあるかもしれない。

状況によっては「夜が終わった」とも訳せるかもしれないし、窓を見てれば「陽が昇ってきた」とも訳せるかもしれない。夜通し騒動に巻き込まれストーリーだったら「逃げ切ったね」「終わったか」「助かった」くらいまで意訳できるシーンもあるかも。100億円貰える日の朝なら、「さあゴキゲンが始まるぜ!」になるシーンもあり得る。

大きく意訳するのはなしにして、good morningを「良い朝だ」と訳すとしよう。語尾をちょっとだけ変えてみる。「良い朝だね」「良い朝だぜ」「良い朝だ」「良い朝だよ」「良い朝ですよ」、ほんの数文字変えただけで、シチュエーション性別も変わって見える。

でも、ここまで挙げたすべては、ぜーんぶ、"good morning."から出せる。


先生特にそう

ブルーアーカイブプレイヤーキャラクター"先生"には性別容姿も設定されておらず、プレイヤー自由解釈できるようになっている。だからこのフィルターの影響は大きい。

"先生"は僅かな言行からのみ解釈されるけど、ちょっと女っぽいと言われることもある。この雰囲気に一役買っているのは「~よ」「~ね」を基本にした優しい口調だろう。ちょっとそこらを見てみよう。

"責任は、私が負うからね" ("책임은 내가 져야만 해.")

日本版はこんな口調。ブルアカファンには有名なセリフだけど、まずそもそもこの時点で韓国語版から変わってる。

「야만 해」のニュアンスを入れるなら「私が負わなければならない」なんだから

あいいや、こっから語尾だけ変えてみよう。

"責任は、私が負うから"

少し女性っぽさが薄れただろうか。そうでもないか

"責任は、私が負うさ"

すこしカッコツケを感じる…

"責任は、私が負う"

少し強くなって来た

"責任は、私が負うとも"

より強く聞こえるね

"責任は、私が持つ"

ちょっと毅然とした感じがするね

"責任は、俺が負うよ"

これは語尾じゃないけど、「私」を「俺」に1文字変えるだけで、性別が男に見えてくる。

別に女が俺と言ってもいいんだけど、一種役割語として機能している

"ケツは拭いてやらァ、俺に任せとけ"

おっ、別人だこれ

最後はともかく、ちょっと語尾を変えただけでもう"先生"は変わる。

んで何が言いたいかって言うと、「海外版は別人みたいだ…」というとき、それは別人のように訳してあるのでは?という目線絶対必要だってこと。これは悪い意味では無くて。

例えばこんなのもある。正に同じ文章を、同じ翻訳家が、別の作品で訳しただけなのに、まるで別人のようになる。まあ実際別人なんだけど。1つの文章からコロンボコジャックという全く性格が違う人間ができあがる。

一人の翻訳家が、二つの刑事ドラマで…一つのことばを、二つに訳し分けた(「編集手帳文章術」)

https://m-dojo.hatenadiary.com/entry/20130409/p2



同じく、「海外先生の口調は怖いらしい…」っていうとき、それは怖いように訳してあるのでは?という目線必要

しかもこれ、「訳してある」とは言ったものの、そこに悪意があるから疑おうという話じゃない(もちろん悪意をこめて訳す人もいるかもしれないが、ここでは違う)。人は無意識のうちにも言葉選択しているから、だから「訳してある」意識必要だと言う話。

もちろん、件のシーンの言葉は実際に強い。なんせ上に書いたように救済不能とまで言ってるんだから間違いなく強い。だから個人だかネット集合知だか分からないけど、訳した人は「強いこと言うんだなあ」と思って、強いように訳したかもしれない。

これは何も悪くない。その人はそういう雰囲気を感じ取ったからそういう日本語が出て来たわけで、決してデマやガセではない。

でもそれを読むときは、韓国語版のテキストだけでなく、フィルターも読んでるという目線は要る。


お前の陰謀を打ち砕く

「救いようがないパラノイア」はそもそもパラノイアって言ってねーって!と思うけど、

これとセットで「お前の陰謀は私が打ち砕く」というセリフも「韓国版は怖い」として広まってる。こっちもちょっと試してみよう。

"너의 음모는 내가 깨부수겠어."

これが「お前の陰謀は私が打ち砕く」くらいの感じで広まってるらしい。

「お前の陰謀は私が打ち砕く」

日本版では「君を、そこから出してみせる」(※そこ=疑心暗鬼の闇)というセリフから全然違うじゃん!韓国語版は怖い!って言うんだけど。

とりあえず、「お前」を「君」に訳してみよう。「너」は状況次第でどっちにも訳せるから間違ってない。

普段先生は「お前」なんて言わないんだから韓国から翻訳しようと思ったとき何気なく「君」を選択する人も多いはずだ。

君の陰謀は私が打ち砕く

ほら、この時点でなんかもう違うでしょ。

너は状況に応じて「お前」でも「君」でもいけるけど、「お前」と「君」はちょっと話し手雰囲気が変わる。

ブルアカプレイヤーの知る先生は生徒を「お前」なんて言わないから、「お前」に訳すだけで激怒してる気がする。

このセリフに限らない。机の上のお菓子を見て「これ、ユウカが買ってきたの?」なんて穏やかな一場面でも、「これ、お前が買って来たの?」にするだけで先生は別人になる。

お前と訳すか、君と訳すか、無意識フィルターがはっきりと機能しているのが分かる。

続ける。

語尾を~よにしてみよう。日本版の先生は~よなんだから比較するなら揃えてみたいよね~

君の陰謀は私が打ち砕くよ

陰謀って言葉はあまりに強いから、ブルアカ温度感に合わせて変えよう

君の企みは私が打ち砕くよ

もうだいぶ印象が変わってきたけど、もうすこし。

韓国と違って日本ではあまり「打ち砕く」は言わない。日本語だと劇的になるからもっとありがちな表現に整えよう。

君の企みは止めてみせるよ

ぐっと変わった気がするけどもう一歩

そもそもこの「企み」はどこから来てるかって、ナギサ疑心暗鬼から来ている。

韓国語版でも疑心暗鬼って言ってるんだから、これは置き換えてもいいはずだ

君の疑心暗鬼を止めてみせるよ

これはナギサ自身を縛り付けている疑心暗鬼を取り払うぞという宣言なんだからもっと直接言ってあげようぜ!!!

君をその疑心暗鬼から救い出してみせるよ

ほら!!日本版の先生っぽい訳が完成~~~!!!

ちょっと言葉がくどいか代名詞に置き換えてみよっか!!

君をそこから出してみせるよ

はい日本版になった~~!!!!!ヒュー!!!!!

終盤は強引だったのは認めるけど、俺は内容そのものは大きく変えてない。意訳だと言える範囲

この方向のフィルターで意訳して、

韓国版は"너의 음모는 내가 깨부수겠어."って言ってるよ。

えーっとつまり…「君の企みは止めるよ」みたいな感じ?」

とする説明ネットに広がっていたら印象は全く変わったろう。「ふーん、言い回しは違うけど、日本版と同じような温度かねえ」ってなったろう。

これが正しいとは言っていない。

これにもフィルターが掛かってるし、「お前の陰謀を打ち砕く」にもフィルターが掛かってる。

韓国語版のニュアンスが強いのは確かだけど、でも俺のフィルターに通すとこうなるんだよ!と言ったとき間違ってはいない。このフィルターウソは入ってないから。

海外文章日本語で読んだとき、そこには必ず訳した人がいる」というのはこういうこと。

日本語で読んでるとき、それは韓国語版だけを読んでるんじゃない。誰かのフィルターを読んでいる。

今回ネットで広がっているフィルターを通すと「お前の陰謀は私が打ち砕く」になる

上に書いたフィルターだと「君の企みは止めてみせるよ」くらいになる。

行くとこまで行くなら日本版と同じになるし、

フィルターを変えればもっとキツい訳だってできる。

念のためいうと、「お前の陰謀は私が打ち砕く」を批判する訳でないよ!正実な訳だと思う。単語ごとに辞書を引いたら間違ってないから。

だけど、辞書に従ったところで、最初にやったように「君」を選ぶか「お前」を選ぶかだけで印象はだいぶ違う。

良い悪いではないけど、無意識にでも「ここは"お前"って感じだな…」と誰かが選ばないと日本語になっていないんだからフィルターがそこにあるのは間違いない。

日本語をみて「そんなに韓国語版は言葉が強いの!?」と思ったときあなた韓国語のテキストだけでなく、フィルターも読んでいるんです!!!!!!それは意識していこうぜ!!!!!!!!!!!


そんで、パラノイアはどこから来たの

話をもどして、パラノイアなんて言ってねーって!!

じゃあパラノイアはどこから来たんだ?

知らん…わかんない…

英語版だと、同じシーンの別の台詞に「I'm not going towaste mytimebeing paranoid.」はある。

このparanoidはパラノイアではないし、直接はナギサを指してもいないし、別の台詞だけど、ここ以外にパラノイアらしき部分がない。

もしかして英語版が韓国語版に混線したのか???

もしそうだとしたら、もう韓国語版がどうこうどころの話じゃなくないか!?!?

意訳しつつ

英語版と韓国語版という違う翻訳

しかも別の台詞

混ざった

…というアクロバット混線なんじゃないか!?!?


単語問題ではないけれど 1

訳には幅があるといったけど、なんでも文章意味は変わらないかって、そうでもない。

訳には幅があるから、의심암귀を「疑心暗鬼」と訳すか、「疑り深い」と訳すか、「人を信用しない」と訳すかはグラデーションになっている。

から「原文では『疑り深い』とは言ってねーって!!!疑心暗鬼だって!!!単語が違うって!!!」なんて俺は言う気はない

拾うべきは文章が伝えたいものごとであって、「疑心暗鬼か、疑り深いか」なんて単語だけにこだわるのは違うと思うから

でも、パラノイア病気名前、お医者さんの使う名前という印象があるので、俺だったら疑心暗鬼からグラデーションとは繋がってないと感じる。

友人に「疑り深いな」は言えるじゃん

友人に「疑心暗鬼だな」は言えるじゃん

友人に「パラノイアだな」は言えないじゃん、そこは壁があるじゃん

パラノイアと言った瞬間に「病気だぞお前、病院行くレベルだぞ」のニュアンスが急に入ってくる。それまで無かったのに!

実際ネットでも、「パラノイア呼ばわりしたの?ナギサ病気ってこと?酷い…」みたいな反応を多々見る

ここで長々とパラノイアって言ってないよ!!!!!愚痴理由も分かるでしょ!?!?分かってくれ頼む!!!

パラノイアと意訳するのは良いと思う。誰かが訳したときフィルターにおいて間違いではないと思うし。

でも言ったか言ってないかなら原文では言ってねーって!!!言ってねーって!!!!!


単語問題ではないけれど 2

行数制限?あるんだね!!!!!

入りきらなかったかちょっとだけだけど続きは別に書くよ!!!

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ブルアカナギサに「救いようがないパラノイア」とは言ってない話

「救いようがないパラノイア」なんて言ってねーから!!!!!

って話というか説明をするよ!!!読みたくない人はこの1行だけ持って帰ってくださいね!!!言ってない!!!

これはどうもSNS上で話題になってるらしいことなので、じゃあ増田で言ってどうすんだよって話なんだけど

俺が今からSNSアカウント作っても誰も見ないだろうし、多少は人目につくここで書くしかないんだ…

気が向いたら拡散でもしてくれたら嬉しい

いや拡散しなくていいけど



本題

韓国で開発され日本でも運営されているスマホゲームブルーアーカイブ」。

多くの海外スマホゲーと同様、たまに日本語版と韓国語版の訳の違いが話題になったりする。

まあそれは何のメディアでもある。小説だって映画だってドラマだって字幕派と原語派がいる。ハリーポッター英語で読まなきゃダメだよね~みたいな人もいるじゃん。これは普通

なんだけど今回、先生プレイヤーキャラクター)がナギサというキャラクターに対して、韓国語版では下の2つのセリフを言ったらしいと広まっている。

「お前は救いようがないパラノイアだ」

「お前の陰謀は私が打ち砕く」

2文目はあとで触れるけど、まずパラノイアの方ね。

これ言ってないの!!!!!

日本語版ではそこは「今の君はきっと、疑心暗鬼の闇の中だ」と訳されていて、「疑心暗鬼だよね~、なんか周りが疑わしく見えちゃうよね~」というニュアンスになっている。

ところが韓国語版では「お前は救いようがないパラノイア」だと言ったらしい!!!!なんだと!ナギサ病気だって言いたいのか!!!ひどすぎるだろ!!!日本SNS上で話題になってるらしいんだけど

いや言ってねーーって!!!!!!!!

ちょっと紛らわしいのは「先生ナギサに対して酷いことを言った」のはあってる。

これは韓国語を読まずとも、日本国内で読める日本語版でも同じ(ストーリーは同じなんだから、そりゃそうだ)

そして、韓国語版は更に日本より言葉が強めなのもあってる。

かに酷いことは言ったよ。ここは正しい。

でも「救いようがないパラノイア」なんて言ってないのよ!!!



実際は何といったのか

先生が「救いがたいパラノイアだ」と言ったとされる部分、韓国語ではこういうセリフ

"너는 구제불능인 의심암귀다." 

たったこんだけだぜ!このくらい辞書引けばすぐわかるでしょうよ!!!言ってないことを言ったと思ってる人も読んでみてくれよ!!!

韓国語は語順ほぼ同じで辞書引くだけでほぼ読めるから!!!

ここの의심암귀は正に熟語の『疑心暗鬼』のこと。中国の『列子』に由来するとされる疑心暗鬼のもの

まり解釈可能性はこの後するけど、まず原文で『パラノイア』なんて言ってるかどうかについては議論余地がない。

"너는 구제불능인 의심암귀다." "君は、救済不能疑心暗鬼だ。"

パラノイアなんて言ってない。疑心暗鬼と言ってる。

そんで、これを日本語版と比べてみると

"ナギサ、今の君はきっと、疑心暗鬼の闇の中だ。"

ね!!

パラノイアなんて言ってないから、日本韓国も「疑心暗鬼」扱いなのは同じ。そこは日本と違わない。

これが文章だったなら分かるよ。

「君は救いがたいな。何もかも全てを疑った挙句、いもしない敵を自ら作り上げてしまった。今すぐ入院して医学処置を受けるべきだ」とか言ってたなら「うーん…パラノイアって訳しておくか!」となるのも分からなくもない。

でも違うじゃん、의심암귀疑心暗鬼って言ってんの。パラノイアなんて言ってねーんだって!!そんな単語も文もないんだもんって!!

韓国語版が日本語版より言葉が強いのは【救済不能】のほう。

ネットで広まってる言い方なら「救いがたい」のほう。これは実際に言ってるの。これは確かにキツイね。救えねえわって言ってんだからキツイよ。

でもパラノイア言ってないから!!의심암귀はそのまんま疑心暗鬼から!!ナギサ病的だなんて言ってないから!!


意訳じゃないの?パラノイアって疑心暗鬼みたいな物でしょ?と思ったなら

かにパラノイアって単語は無いけど、意訳すればパラノイアでしょ? 疑心暗鬼がひどくなったのがパラノイアでしょ?と思ったあなた

じゃあそれはストーリーがどうこうじゃなくて、韓国語版との違いがどうこうてもなくて、「意訳がどうこう」いう所じゃん!

スタートとゴールが疑心暗鬼で真ん中にだけパラノイアがあるなら、それは韓国語版由来でなく意訳由来では!?

意訳はニュアンス変わるよ。試しに俺が

  • 「君はどうしようもなく疑り深くなっている」って意訳したらむしろ優しくなるでしょ?
  • 「君はどうも疲れているようだ」って意訳したら更に曖昧になるでしょ?
  • 「どうかしてるぞ妄想狂のイカレ女!」って訳したら逆にめちゃくちゃキツくなるでしょ?

どれがより適切かは文脈によるんだけど、原文から100%全くの別物にまではしていない。どれも意訳と言い張れる範囲だと思う。

これは何か恣意的ねじ曲げようってんじゃなくて、俺がどうストーリーを受け止めているかがあって、そのフィルターを通って変換されてる。

決して、パラノイアと訳されたのが悪いとか言いたいんじゃない。人それぞれの読み方があって、人それぞれのフィルターがあるから

だけど「パラノイア」は原文にはなくて、フィルターの中にある言葉じゃないのってのはあるかもなの。

誰か個人の訳なのかネット自然発生したものなのかは分からないし、それについてはどっちでもいい。原因探しじゃなくて、そんなこと言ってないよ!!!重要だし。


訳には必ず訳した人がいるという意識

先に断わっておくと、この項はパラノイアと訳した人が悪いぞ!という話ではないです。

で話に移ると、小説でも映画でもなんでも「海外ではこう書いてあるんだぜ」と日本語訳をみたときそこには必ず訳した人がいるって意識必要です。

例えば英語の"good morning."だって、訳はどんだけでもある。

おはよう」「はよう!」「おはようございます」「良い朝だね!」「今日よろしく」「はよざーっす」「ザぁっす」、どれも正しい訳だけど、話し手雰囲気は変わって見える。日本語だとひらがなカタカナ使い別けから、「ざぁっす」「ザァっす」「ザァッス」でも雰囲気は変わる。あくびしながら「ザァっす」は眠そう。キラキラした目で「ザっす」は元気そう。ァ1文字抜いただけだけど。

本来文脈によってある程度絞られてくるけど(例えば清楚なお嬢様キャラは「ザぁっす」とは言わないだろう)、1文、2文を抜き出して訳すときはどんだけでも幅が出る。

文脈によっては、何もおはよう要素がないかもしれない。誰かにから会いに行ったなら「どうもどうも」とか「すみませんね」と訳せる状況もあるかもしれない。

状況によっては「夜が終わった」とも訳せるかもしれないし、窓を見てれば「陽が昇ってきた」とも訳せるかもしれない。夜通し騒動に巻き込まれストーリーだったら「逃げ切ったね」「終わったか」「助かった」くらいまで意訳できるシーンもあるかも。100億円貰える日の朝なら、「さあゴキゲンが始まるぜ!」になるシーンもあり得る。

大きく意訳するのはなしにして、good morningを「良い朝だ」と訳すとしよう。語尾をちょっとだけ変えてみる。「良い朝だね」「良い朝だぜ」「良い朝だ」「良い朝だよ」「良い朝ですよ」、ほんの数文字変えただけで、シチュエーション性別も変わって見える。

でも、ここまで挙げたすべては、ぜーんぶ、"good morning."から出せる。


先生特にそう

ブルーアーカイブプレイヤーキャラクター"先生"には性別容姿も設定されておらず、プレイヤー自由解釈できるようになっている。だからこのフィルターの影響は大きい。

"先生"は僅かな言行からのみ解釈されるけど、ちょっと女っぽいと言われることもある。この雰囲気に一役買っているのは「~よ」「~ね」を基本にした優しい口調だろう。ちょっとそこらを見てみよう。

"責任は、私が負うからね" ("책임은 내가 져야만 해.")

日本版はこんな口調。ブルアカファンには有名なセリフだけど、まずそもそもこの時点で韓国語版から変わってる。

「야만 해」のニュアンスを入れるなら「私が負わなければならない」なんだから

あいいや、こっから語尾だけ変えてみよう。

"責任は、私が負うから"

少し女性っぽさが薄れただろうか。そうでもないか

"責任は、私が負うさ"

すこしカッコツケを感じる…

"責任は、私が負う"

少し強くなって来た

"責任は、私が負うとも"

より強く聞こえるね

"責任は、私が持つ"

ちょっと毅然とした感じがするね

"責任は、俺が負うよ"

これは語尾じゃないけど、「私」を「俺」に1文字変えるだけで、性別が男に見えてくる。

別に女が俺と言ってもいいんだけど、一種役割語として機能している

"ケツは拭いてやらァ、俺に任せとけ"

おっ、別人だこれ

最後はともかく、ちょっと語尾を変えただけでもう"先生"は変わる。

んで何が言いたいかって言うと、「海外版は別人みたいだ…」というとき、それは別人のように訳してあるのでは?という目線絶対必要だってこと。これは悪い意味では無くて。

例えばこんなのもある。正に同じ文章を、同じ翻訳家が、別の作品で訳しただけなのに、まるで別人のようになる。まあ実際別人なんだけど。1つの文章からコロンボコジャックという全く性格が違う人間ができあがる。

一人の翻訳家が、二つの刑事ドラマで…一つのことばを、二つに訳し分けた(「編集手帳文章術」)

https://m-dojo.hatenadiary.com/entry/20130409/p2



同じく、「海外先生の口調は怖いらしい…」っていうとき、それは怖いように訳してあるのでは?という目線必要

しかもこれ、「訳してある」とは言ったものの、そこに悪意があるから疑おうという話じゃない(もちろん悪意をこめて訳す人もいるかもしれないが、ここでは違う)。人は無意識のうちにも言葉選択しているから、だから「訳してある」意識必要だと言う話。

もちろん、件のシーンの言葉は実際に強い。なんせ上に書いたように救済不能とまで言ってるんだから間違いなく強い。だから個人だかネット集合知だか分からないけど、訳した人は「強いこと言うんだなあ」と思って、強いように訳したかもしれない。

これは何も悪くない。その人はそういう雰囲気を感じ取ったからそういう日本語が出て来たわけで、決してデマやガセではない。

でもそれを読むときは、韓国語版のテキストだけでなく、フィルターも読んでるという目線は要る。


お前の陰謀を打ち砕く

「救いようがないパラノイア」はそもそもパラノイアって言ってねーって!と思うけど、

これとセットで「お前の陰謀は私が打ち砕く」というセリフも「韓国版は怖い」として広まってる。こっちもちょっと試してみよう。

"너의 음모는 내가 깨부수겠어."

これが「お前の陰謀は私が打ち砕く」くらいの感じで広まってるらしい。

「お前の陰謀は私が打ち砕く」

日本版では「君を、そこから出してみせる」(※そこ=疑心暗鬼の闇)というセリフから全然違うじゃん!韓国語版は怖い!って言うんだけど。

とりあえず、「お前」を「君」に訳してみよう。「너」は状況次第でどっちにも訳せるから間違ってない。

普段先生は「お前」なんて言わないんだから韓国から翻訳しようと思ったとき何気なく「君」を選択する人も多いはずだ。

君の陰謀は私が打ち砕く

ほら、この時点でなんかもう違うでしょ。

너は状況に応じて「お前」でも「君」でもいけるけど、「お前」と「君」はちょっと話し手雰囲気が変わる。

ブルアカプレイヤーの知る先生は生徒を「お前」なんて言わないから、「お前」に訳すだけで激怒してる気がする。

このセリフに限らない。机の上のお菓子を見て「これ、ユウカが買ってきたの?」なんて穏やかな一場面でも、「これ、お前が買って来たの?」にするだけで先生は別人になる。

お前と訳すか、君と訳すか、無意識フィルターがはっきりと機能しているのが分かる。

続ける。

語尾を~よにしてみよう。日本版の先生は~よなんだから比較するなら揃えてみたいよね~

君の陰謀は私が打ち砕くよ

陰謀って言葉はあまりに強いから、ブルアカ温度感に合わせて変えよう

君の企みは私が打ち砕くよ

もうだいぶ印象が変わってきたけど、もうすこし。

韓国と違って日本ではあまり「打ち砕く」は言わない。日本語だと劇的になるからもっとありがちな表現に整えよう。

君の企みは止めてみせるよ

ぐっと変わった気がするけどもう一歩

そもそもこの「企み」はどこから来てるかって、ナギサ疑心暗鬼から来ている。

韓国語版でも疑心暗鬼って言ってるんだから、これは置き換えてもいいはずだ

君の疑心暗鬼を止めてみせるよ

これはナギサ自身を縛り付けている疑心暗鬼を取り払うぞという宣言なんだからもっと直接言ってあげようぜ!!!

君をその疑心暗鬼から救い出してみせるよ

ほら!!日本版の先生っぽい訳が完成~~~!!!

ちょっと言葉がくどいか代名詞に置き換えてみよっか!!

君をそこから出してみせるよ

はい日本版になった~~!!!!!ヒュー!!!!!

終盤は強引だったのは認めるけど、俺は内容そのものは大きく変えてない。意訳だと言える範囲

この方向のフィルターで意訳して、

韓国版は"너의 음모는 내가 깨부수겠어."って言ってるよ。

えーっとつまり…「君の企みは止めるよ」みたいな感じ?」

とする説明ネットに広がっていたら印象は全く変わったろう。「ふーん、言い回しは違うけど、日本版と同じような温度かねえ」ってなったろう。

これが正しいとは言っていない。

これにもフィルターが掛かってるし、「お前の陰謀を打ち砕く」にもフィルターが掛かってる。

韓国語版のニュアンスが強いのは確かだけど、でも俺のフィルターに通すとこうなるんだよ!と言ったとき間違ってはいない。このフィルターウソは入ってないから。

海外文章日本語で読んだとき、そこには必ず訳した人がいる」というのはこういうこと。

日本語で読んでるとき、それは韓国語版だけを読んでるんじゃない。誰かのフィルターを読んでいる。

今回ネットで広がっているフィルターを通すと「お前の陰謀は私が打ち砕く」になる

上に書いたフィルターだと「君の企みは止めてみせるよ」くらいになる。

行くとこまで行くなら日本版と同じになるし、

フィルターを変えればもっとキツい訳だってできる。

念のためいうと、「お前の陰謀は私が打ち砕く」を批判する訳でないよ!正実な訳だと思う。単語ごとに辞書を引いたら間違ってないから。

だけど、辞書に従ったところで、最初にやったように「君」を選ぶか「お前」を選ぶかだけで印象はだいぶ違う。

良い悪いではないけど、無意識にでも「ここは"お前"って感じだな…」と誰かが選ばないと日本語になっていないんだからフィルターがそこにあるのは間違いない。

日本語をみて「そんなに韓国語版は言葉が強いの!?」と思ったときあなた韓国語のテキストだけでなく、フィルターも読んでいるんです!!!!!!それは意識していこうぜ!!!!!!!!!!!


そんで、パラノイアはどこから来たの

話をもどして、パラノイアなんて言ってねーって!!

じゃあパラノイアはどこから来たんだ?

知らん…わかんない…

英語版だと、同じシーンの別の台詞に「I'm not going towaste mytimebeing paranoid.」はある。

このparanoidはパラノイアではないし、直接はナギサを指してもいないし、別の台詞だけど、ここ以外にパラノイアらしき部分がない。

もしかして英語版が韓国語版に混線したのか???

もしそうだとしたら、もう韓国語版がどうこうどころの話じゃなくないか!?!?

意訳しつつ

英語版と韓国語版という違う翻訳

しかも別の台詞

混ざった

…というアクロバット混線なんじゃないか!?!?


単語問題ではないけれど 1

訳には幅があるといったけど、なんでも文章意味は変わらないかって、そうでもない。

訳には幅があるから、의심암귀を「疑心暗鬼」と訳すか、「疑り深い」と訳すか、「人を信用しない」と訳すかはグラデーションになっている。

から「原文では『疑り深い』とは言ってねーって!!!疑心暗鬼だって!!!単語が違うって!!!」なんて俺は言う気はない

拾うべきは文章が伝えたいものごとであって、「疑心暗鬼か、疑り深いか」なんて単語だけにこだわるのは違うと思うから

でも、パラノイア病気名前、お医者さんの使う名前という印象があるので、俺だったら疑心暗鬼からグラデーションとは繋がってないと感じる。

友人に「疑り深いな」は言えるじゃん

友人に「疑心暗鬼だな」は言えるじゃん

友人に「パラノイアだな」は言えないじゃん、そこは壁があるじゃん

パラノイアと言った瞬間に「病気だぞお前、病院行くレベルだぞ」のニュアンスが急に入ってくる。それまで無かったのに!

実際ネットでも、「パラノイア呼ばわりしたの?ナギサ病気ってこと?酷い…」みたいな反応を多々見る

ここで長々とパラノイアって言ってないよ!!!!!愚痴理由も分かるでしょ!?!?分かってくれ頼む!!!

パラノイアと意訳するのは良いと思う。誰かが訳したときフィルターにおいて間違いではないと思うし。

でも言ったか言ってないかなら原文では言ってねーって!!!言ってねーって!!!!!


単語問題ではないけれど 2

最後に、今回なんで「"너는 구제불능인 의심암귀다."/疑心暗鬼の闇の中だ」が話題になっているのかを書いておく。

これはあくまで俺の主観、俺から見たネットしかないけども。

このセリフが世に出たのは21年12月15日。約4年前のこと

Permalink |記事への反応(0) | 18:43

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2025-11-17

俺が不便と思えば不便ってスタンスのやつもいるかどっちもどっち

すごいのがこの場合の「不便」って自然発生的なものじゃなくてサブスク運営側いくらでも自由に作り出せることなんだよねhttps://t.co/ufN0EO3PNy— 餅 (@a_myth_girls)November 16, 2025

Permalink |記事への反応(0) | 18:05

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2025-10-31

anond:20251031073712

そういう、儲からない非商業的な自然発生文化って憧れるやん

民衆のパワーって感じで

そういうのが本当の、人間文化ってやつやん

Permalink |記事への反応(1) | 08:07

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2025-10-18

anond:20251018214935

著作権自然発生から増田でも無断でやったら原理的にはダメでしょ

Permalink |記事への反応(0) | 21:51

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2025-10-07

RA.1000のススメ

公開から2ヶ月近く経ってしまったけど、RA.1000の目玉企画ひとつであるDJ HarveyとAndrew Weatherallによる6時間半にわたるB2Bセッションの録音を聴き終え、とても素晴らしかったのでここに感想を記したい。

好きな人けがこっそり楽しむにはあまりに勿体なく、DJカルチャーに明るくない人にも伝わるように書いたら恐ろしく長くなってしまたことを最初に断っておきます

それではサンクラのリンクこちら。

https://on.soundcloud.com/qtDLB6biRpSlOPR3Mp


RAについて

Resident AdvisorはアンダーグラウンドDJ電子音楽クラブカルチャーにおいて世界最大級音楽メディアです。

彼らが2006年スタートした「RAPodcast」は毎週更新ミックスシリーズで、多種多様DJアーティストゲストに迎えてオリジナルコンテンツを積み上げてきました。

2025年8月1000回目を迎えるにあたって包括的特別編として「RA.1000」を公開。歴史的価値の高いライブ音源からコンセプチュアルな新作まで10組のアーティストによる幅広いラインナップが無料公開されました。

中でもDJ HarveyとAndrew Weatherall2012年に行ったB2Bライブ録音はRA.1000企画の目玉といえるスペシャル音源です。

またRA.1000の公開に合わせて過去1000本を超える膨大なアーカイブが公開されており、これがはっきり言って文化遺産レベルの達成です。積ん読ならぬ積ん聴き。秋の夜長にどうぞ。

https://1000.ra.co/archive


DJ HarveyとAndrew Weatherallについて

彼らの経歴等は長くなるため割愛。ウェザオール2020年に死去しており、今回が死後初のミックスリリースとなりました。

強調したいのは両者ともジャンルを横断してダンスミュージックの地平を拡大してきた先駆者であること、特にウェザオールは彼がいなかったらダンスミュージックのみならず現在音楽シーンはまた違った形になっていたと断言できる人物です。

そして両名ともコマーシャル的な成功より眼の前のお客を熱狂させることに情熱を注ぐタイプDJということ。

その2人が過去に行ったB2Bの録音が2025年に発表されたことに界隈はザワつきました。しかもハーヴィーがB2Bを行ったのは後にも先にもこの一回きりとのこと。

もし中田秀夫監督清水崇監督リング呪怨の直後に共同制作した未公開作品がいま発表されたらホラー映画ファン歓喜するでしょう?分かりづらい例えをしてしま申し訳ないがそんなイメージです。

宮崎駿高畑勲に例えようかとも思ったけどちょっとビッグネームすぎた。


B2Bについて

B2B(Back-to-Back)は複数人で曲のかけ合いを行うDJスタイルのことで、一対一で1曲ずつのプレイ基本的な形です。

DJ同士がその場のノリで自然発生的にやる場合もあれば、Harvey × AWのように「夢の共演」としてメインに企画されることもある。

勝敗を決定する趣旨はなく、一緒に一夜を作り上げる共闘関係ではあるが「どちらがより遠くへ行けるか」という意識は(DJに限った話ではないけど)当然存在し、そこには音楽による提起、アンサー、挑発協調意趣返しがあり、対話文脈が生まれます。どこに向かいどう着地するかはDJ技量次第。これは修正できないひと筆書きの物語です。

このセットについて、海外フォーラムでは「Are they playing sideby sideand alternating?」と議論があるようだけど、自分基本的には1曲ずつかなと思います。(理由は後述)

ただしプレイ2012年であることに加え、ウェザオールが存命でないため、誰がどの曲をプレイしたのか本当のところはHarveyにしか分かりません。

以下に感想を詳しく書きますファンによる不確実な憶測を多分に含みます


■気に入ったポイント時系列レビューするよ

・43:52〜

The J.B.'s – DoingIt ToDeath

おそらくHarvey。スタートからの探り合いののちにウェザオールが仕掛けた「スピリチュアルお経」に対するアンサー。

JBDJセットに組み込まれること自体は珍しくないが、このトラックは思わずクスッとなるエディットが仕込まれている。(オフィシャルクリアランスを取ってるとはとても思えない)

それにしても最初の仕掛けにしてはあまりにぶっ飛んでるAWと即座に変化球を返すハーヴィーの瞬発力よ。

飛び道具上等といったところか。

・1:34:51〜

Boys From Patagonia - Rimini '80

おそらくウェザオール。0:40頃のカマし合い以降はウェザオールの低重心で硬質なモードにHarveyが同調し、お手本のようなジリジリとしたビルドアップからのコレ。そこに至る(Harveyの協調による)緻密な助走ありきの到達といえる。アクセル踏み込むタイミングを見定めたら容赦ない加速。

上モノのピロピロ笛がシンセリードに切り替わって音階を昇る瞬間は自分もウォウ!と叫んでしまった。

・1:54:30〜

Lindstrøm - Rà-Àkõ-St (Todd Terje Extended Edit)

おそらくHarvey。ウェザオール主体の軸で一定ピークを迎えたことで新たな軸を模索する動き。

オリジナルよりBPMを落としているのだがそれが重めの音調となってここまでの流れに違和感のない繋がり。

2012年当時はNu Discoと呼ばれる北欧アーティストが中心となったトレンド成熟を迎えつつあった時期で、Harvey自身がその流行を作り出した一人といえる。

ついでに言うとハウステクノエレクトロのセットとしてはBPMが遅く、それもひと昔前の空気を感じるところ。

Harveyはそろそろかっ飛ばしたいはずだがウェザオールがそれを許さない。

・3:11:15〜

Bang The Party - Bang BangYou'reMine (Tom Moulton Edit)

これはどっちだろう?前後の繋がりからHarveyな気がする。

依然としてエレクトロ圧が強いが、この時間帯になるとHarveyも適応して自身の得意なディスコハウスグルーヴを入れ込みつつ構築。ウェザオールもウィングを広げてジャンル横断感が加速。

ウェザオールもローをカットしたりハイハット差し込むようなイコライジングは行うが、Harveyのそれはもうちょっと能動的、ハウス的なツマミぐりぐり系なので分かりやすい。(とはいえB2Bなので相手の曲をイコライジングする局面も当然あり得る)

・4:09:20

Tooli - NoReason (John Farnham -Age ofReason)

ピアノ!四時間超にしてたぶん初めてのピアノソロ。これも多分Harvey。

なんてクールな曲だろうと思って調べたら原曲は80sのちょっとダサめな(申し訳ない)ポップロックhttps://youtu.be/adVR3MT8fGg?si=F2979n8bV_VK2vYN

これも権利チェックで弾かれる系のエディット盤だが、自分はこういうのが聴きたくて長年音楽を掘ってるまである

ウェザオールは眉をひそめたかもしれないが、無しを有りにする角度の付け方は大好き。

・5:11:46〜

Something For Kate - KillingMoon (T-Rek Desert DiscoDubMix)

ウェザオール印。

どこまでもクールに、ダークにいくよというウェザオールの芯のブレなさ。ダブとロック(チャグ)の一貫性

ただ終盤の90分はウェザオールの色が薄まった気もする。もしかすると途中で抜けてるかも?

以降はどっちがどっちか分からない。

・6:13:10

TheBrand New Heavies - IDon't KnowWhy (I Love You) (A Tom MoultonMix)

Harveyによる締めのスイーツ

絞ったLoを解き放つたびに加速するストリングスとホーンとボーカルオリジナル音源100だとしたら120にも130にも響かせてやろう。

モータウン味を感じると思ったら原曲スティービー・ワンダーで納得。



あとがき

6時間半をどうやってぶっ通しで聴くかだけど、自分は一人で遠方まで運転する予定を作りました。自宅だと長尺はキツいし、ある程度の音量で聴きながら体でリズムを刻んだり叫んだりしたかたから。

最低2時間くらいはまとめて聴けるようにするとより没入できると思います


作品としてリリースされたミックス自分現場体験してきたDJプレイを含めて、トップクラスに素晴らしい音楽体験でした。

今回Harvey × AWを取り上げたけど、自分Theo ParrishRA.1000についても同じ熱量で語りたいくらいだし、というかRA.1000について日本語で読める言及ネット上に見当たらず、この文化的喪失危機感を覚えたので増田に書き殴ってやろうと思った次第です。

ありがとうRA願わくば日本のエディトリアルが復活してくれたらとてもうれしい。(翻訳最高でした)

RA.1000をきっかけにダンスミュージックに興味を持つ人が増えてくれたらとってもうれしい!

Permalink |記事への反応(2) | 15:58

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2025-10-06

誰も管理しなくていい自然発生的な共産主義って無理なんかな

人類が愚かすぎるから無理か

Permalink |記事への反応(1) | 00:59

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