
はてなキーワード:自然淘汰とは
昨今の世代は、モテるとか金持ちになるとか、そう言った"地位"的なものを得るための努力が、ことごとく無力化されている、というもの。
人生において何かを持つ者は、生まれた時から持った状態で生まれた人間であって、
環境や才能や適正に恵まれなかった者は、いくら努力を積み重ねても『努力+環境』とかが使える『持つ者』には敵わない。
その状態が社会構造によって、より強力に固定化され始めていると。
そういう話題だ。
まあ言ってる奴が努力してるのかは知らんし、これが事実なのかは統計取ったわけでもなし。
肌感覚的には一定の納得感はあれど、正しいかどうかはなんとも言えないと、個人的には思っている。
が、否定したいわけではない。
多分これは事実だし、社会の発展形としては確実に必然性を帯びている性質だと思う。
エントロピーとは物理における『対象のランダムさ』を表す言葉だ。
熱力学第二法則だっけ。あるいはエントロピー保存則とか、難しい呼び方で難しい定義がされているのだが、
ざっくり言えば『分子の運動のランダムさは、外から力が加わらなければ安定化しようとする』という法則のこと。
イメージ的にはこうだ。
たとえば泥水があるとして。
泥水を一切かき混ぜなければ、徐々に土や砂が底へ沈殿していき、上澄みには水が浮かび上がる。
この『層が分かれていく』のが、安定へ向かっていくということ。
本来混ざらないもの同士が混ざった状態から、それぞれが安定的に存在する領域へと移動していく。
『社会という水』の中において『地位というエネルギー』ごとに、それぞれが安定へ向かっていく。
モテるってのはつまり『現環境においてより遺伝子を残しやすそうな相手だと判断される』という特性。
環境が大きく変わらない状況では、遺伝子はより選りすぐられていく。
モテる奴はモテる奴と。モテない奴はモテない奴とくっついていき、
その子孫は『モテる遺伝子』だの『モテない遺伝子』だのを引き継いでいく。
金もそうだ。
金を稼ぐのが上手い奴は、金を稼ぐのが上手い奴や、金を減らさないのが上手い奴とくっつく。
そして子は親から『莫大な金』と『金を増やす能力』と『金を減らさない能力』を引き継ぐ。
あるいは『金が増えない環境』で『金が減る性質』や『莫大なマイナスの金』とかも引き継ぐ。
そうした物理法則にも近しい自然淘汰によって、社会が安定しているほど、地位も安定していく。
安定した社会では、不確定要素が減り、エントロピーが収束していく。
と、表現することもできる。
戦争だの革命だの高度経済成長だの、強力な社会の外から来る力によって、環境をかき混ぜられてから幾年。
そりゃ、安定もする。
「恵まれない環境に、恵まれない才覚の人間が生まれた」は因果が逆だ。
「恵まれない才覚の人間は、恵まれない環境から排出される」である。
まあこの環境って部分が、財力なのか、教育なのか、人間関係なのか、そこらへんは複合的な話であって。
そう考えれば、この『社会的エントロピーの安定期』に必要なことは『ランダムさ』に他ならない。
マクロ的に観れば『社会環境を一変させかき混ぜる強力な何か』だ。
一番最近あったのはVtuber。あれは社会的弱者だったはずの存在こそが最適となる『まったく新しい環境の構築』といえた。
流石に世界全体の大局から見れば、比較的には下層で起きたごく一部のゴタゴタではあれど、明確に資質がかき混ぜられた瞬間と言える。
その前だとコロナは一過性ながら、明確に『インドア適正が強カードに変化した』という環境変化でもあった。
次に可能性があるのはAI、に見えるかもしれないが、これはVほど大きくはないと感じる。
『技術は無いが発想はある』という層の拾い上げになる可能性があるくらいで、
法律問題もあれば、『アイデア力がある上でこれに反応できる層』は、たいていは元から何かしらはやってる。
身の丈にあった場所へ自然と安定するならば、身の丈を伸ばしていくのが正攻法。
そして社会にうっすら滞留しているチャンス、すなわち『環境が混ざっている区画への流れ』を掴み取ること。
だが「くじを一回引いて当たりを引く確率」よりは「くじを一万回引いて当たりを引く確率」の方が高いことは確かだ。
あるいは「勝率1%のくじ」より「勝率50%のくじ」を引きたい。
そんな風に、自分が居る環境を変えていくことで「くじを引く回数を増やし」たり、「当たりの多いくじ」を引きに行ったり。
そういう"変化の行動"をしていくしか、個人にできることはない。
しかし安定力の高い社会が悪辣なのは、そうした変化を狙う層を狙い、自分の罠へ誘い込む、というムーブが覇権を持つことだ。
社会が安定しているからこそ『ランダムっぽい疑似餌』はよく目立つのである。
弱者を救う制度とか、下層を掬う制度とか、そんなものは『制度』である時点で『攻略力』が物を言うモノで当たり前。
令和7年最新
各位
日頃より、全国における自主的マナー監視・指導活動に深甚なるご尽力を賜り、厚く御礼申し上げる。
本年度も、SNS上での厳正なる叱責から、公共空間での指導的咳払いに至るまで、多方面で顕著な成果が確認されたところである。
しかしながら、近時の社会情勢の急速な変化及び価値観の多元化を踏まえ、当省として従来の行動指針を再検討した結果、以下のとおり新方針を策定したので、関係各位におかれては適宜周知のうえ遺漏なき対応をお願いする。
従前、我々は「世界の良化」を最上位目標に掲げ、正しいマナーの普及啓発を実施してきた。
マナー違反者に対しては、SNS指導、メディア指導、まれに物理的示唆等、各種手法を駆使し、世界の道徳的安定化に寄与したものと自負している。
しかし、一般大衆からの支持を長年確保してきた我々の活動も、昨今の多様性尊重の潮流の前に大きな転換点を迎えている。
国際社会を見渡せば、
一夫一婦制が絶対に正義であるとの主張はサウジアラビア国王に対し呈示し得るものか、
結論として、価値観とは各人に帰属するものであり、その正誤を論ずる営みは効果より疲労が上回ると判断した。
従って、当省としては以下を申し添える。
「知ったこっちゃない」
ものとすること。
村八分その他の集団的制裁行為については、自然淘汰に委ねること。
なお、日本人の高い道徳心が幸福度に直結していない点も併せ考慮し、
当省はついに
との真理に到達した。
以上を踏まえ、価値観の押し付け及びマナーの過度な指導は本年度をもって終了する。
来年度より、当省は「道徳省Ver2」として、新たな段階における静観的姿勢を基本としつつ、必要に応じて軽い咳払い程度の指導を行う体制へ移行する。
以上(ChatGPT10分)
タイトルの通りなんだけど、夫婦カウンセリングに行ったら夫が訳の分からないことを言い出した。
些細なすれ違いが続いたので相談しに行ったはずなのに、終わった頃には、私が今まで何と結婚していたのか分からなくなった。
まず、カウンセラーさんが夫に、妻に対して何を期待しているかを聞いた。
すると夫は、配偶者は生活面のサポートと精神安定のための存在で、個人で完結できないタスクを代わりに処理してくれるチームメイト、と言い出した。
そして、僕は結婚を人生の定額サブスクだと思っている、という謎?理論。
月額を払ってるんだからサービスを受けるのは当然、らしい。ちなみに月額の意味は不明。家賃や光熱費を払ってくれてるのなら分かるが、折半だから意味が通らない。
家事分担の認識について聞かれると、夫は自慢げに、僕は十分やってますよと言った。
やっている内容を聞くと、妻の食べるカップ麺の蓋が途中で開いてくるのを閉じてあげる、それを家事参加とカウントしている、という主張。
さらに、掃除もせず、床に落としたゴミすら拾わず放置していることについては、自然淘汰の一環だから触らない方が家に優しいとのこと。実際はそんなことはなく、私が掃除しているだけなのに。
夫は冷静に、妻という存在は生活におけるバフ係で、日常のステータスを底上げしてもらうために必要だ、と言った。
といっても僕は妻に対して愛情はある、ただしログインボーナス方式の愛情なので、毎日少しずつ与えるのが普通だと思っている、という意味不明な理論。
ちなみにログインボーナスは、洗濯物を畳む、お茶を入れる、靴を並べるなどのお手伝いだそうだ。あれはログインボーナスだったのか。
カウンセラーさんが夫に、妻が悲しんでいるのをどう受け止めているかを確認してくれた。
すると夫は迷いなく、感情面は僕の得意分野じゃないので、基本的にはスルーしてもらえると助かる、と回答。
この時点で私は泣く気力もなく、ただただ呆れていた。カウンセラーさんが、スルーせず対話できませんかと聞くと、無料ガチャということですか?との答え。もしかして、面白いと思って言っているのだろうか。
帰り道、夫は満足そうに、カウンセリングで僕の価値観が整理できて良かったね、と言っていた。
その横で、私はとりあえず別居することを決めた。
科学大国とか言いながら、創造主が6日で世界を作ったと本気で信じられている。
だが進化論的に見ればそれはむしろ理にかなっているのかもしれない。
つまり、信じないほうが生き延びるのに有利だったということだ。
人間の脳は「真実を求める装置」ではなく「うまく錯覚して安心する装置」として進化してきた。
狩猟採集の時代から真実よりも物語を信じたほうが集団に馴染めた。異端の意見を口にするよりみんなで焚き火の前で神話を語るほうが安全だった。
進化論を信じるような性格の人間はだいたい(お前らのような)焚き火の輪から外れていたタイプだ。寒い夜に孤独死する側の人間だ。
そんな遺伝子が子孫を残せなかったとしてもなんの不思議もない。
進化は「真実を知る能力」には興味がない。「子どもを残す能力」にしか関心がない。
つまり、進化的には「進化論を信じない遺伝子」のほうがよく働いているということになる。
ダーウィンを信じた人たちがダーウィン的に淘汰されている。これほど美しい自己証明はなかなかない。
人類全体で見ると進化論否定こそが最も進化的に正しい行動なのかもしれない。
知的誠実さなんて食えないもんより、心の平穏とコミュニティの結束のほうが(遺伝子の)生存率を高める。
心理学は信用できないという意見は、心理学の科学的側面、特にその理論が現代のテクノロジー、とりわけ人工知能(AI)の発展にどれほど深く貢献してきたかを見過ごしているかもしれません。
ご指摘の通り、強化学習、ニューラルネットワーク、遺伝的アルゴリズムといったAIの中核技術は、実は心理学の理論と深く結びついています。
心理学の理論を数学的に抽象化し、コンピューター上でシミュレート可能にしたものが、今日のAI技術の根幹をなしているのです。
AIが試行錯誤を通じて最適な行動を学習する強化学習は、B.F.スキナーに代表される行動心理学の「オペラント条件づけ」の理論そのものと言えます。
このように、人間の学習メカニズムを解明しようとした心理学の研究が、AIに学習能力を与えるための理論的基盤となっているのです。
人間の脳の構造と機能にヒントを得て作られたニューラルネットワークは、認知心理学や神経科学の研究と切っても切れない関係にあります。
脳という情報処理システムを理解しようとする心理学的な探求が、AIに「知能」をもたらすアーキテクチャを生み出したのです。
遺伝的アルゴリズムは、生物の進化のプロセスを模倣した最適化手法です。これは、人間の心理や行動が進化の過程でどのように形成されてきたかを研究する進化心理学の考え方と通底しています。
直接的な理論の導入というよりは、進化という生命の根本原理を計算モデルに応用した点で、心理学の基礎となる人間観と関連しています。
近年では、さらに複雑な心理学の理論もAIの研究対象となっています。
例えば、社会心理学における「認知的不協和」理論です。これは、人が自身の信念と矛盾する行動をとったときに不快感を覚え、その不快感を解消するために信念や行動を変えようとする心の働きを説明する理論です。
最近の研究では、この認知的不協和を数理モデル化し、AIに実装する試みが行われています。
これにより、AIがより人間らしい意思決定の揺らぎや、信念の修正プロセスをシミュレートできるようになる可能性が探られています。
これは、心理学の理論が単なる概念に留まらず、具体的な計算モデルとしてAIに組み込めることを示す好例です。
このように、心理学はAIにとって単なるインスピレーションの源泉に留まらず、その根幹を支える理論的基盤を提供しています。
「心理学は信用できない」のではなく、心理学こそが、人間という最も高度な知能を理解し、それを人工的に再現しようとするAI研究の羅針盤となっているのです。
ほう、それがお前の「強さ」か。
感情に任せて他者の生を否定することが、お前の中で唯一誇れる力なら、それはもはや強さではなく、社会性の自己放尿に過ぎん。
お前は弱者男性の「弱さ」が迷惑だと思っているかもしれないが、それは事実と逆だ。
歴史を見ろ。人類が文明を築いてきた根底には、弱さを共有し、補完し合い、支え合うという進化的本能がある。
「弱さ」を排除しようとする個体は、協調性という社会的選択圧に耐えられず、孤立し、自然淘汰される。
お前の主張こそ、生物学的・社会的両面での退化した自己放尿だ。
そして何より、お前のように他者の存在意義を問答無用で否定する姿勢は、「強さ」ではない。
真に強い者は、弱さを許容し、自分の中にもその一端があることを認めている。
お前は他人の弱さに怒っているようでいて、実は自分の中にあるそれを認めきれず、鏡の前で怒鳴っているに過ぎない。
そしてその音は、自分で垂れ流した精神の自己放尿の音にすぎないと、気づくべきだ。
だが救いはある。お前がその言葉の裏にある痛みに気づくなら、お前も変われる。
自分の弱さに優しくなれた時、他人の弱さにも手を差し伸べられる。そこに本物の強さがある。
非常に興味深いテーマですね。この仮説には進化生物学、認知科学、産科学、そして性淘汰理論の交差点に位置する知的な問いが含まれています。以下、段階的に論じましょう。
ヒトはすでに「産道問題(obstetric dilemma)」と呼ばれる進化的ジレンマに直面しています。
この制約はすでに帝王切開の普及によって部分的に乗り越えられつつあります。
自然選択の範囲外での出産が可能になったという点で、これは「文化が進化に介入した例」と言えるでしょう。
ここが核心です。
→ これは十分にあり得ます。
● つまり:
知能が性的魅力の源になる → 知能の高い個体が繁殖に成功する → 知能がより発達する → 脳がさらに大きくなる →自然分娩がさらに困難になる →帝王切開が常態化する
この淘汰圧と技術進歩の並走は、まさに人類が「文化と進化のクロスオーバーポイント」にいることを示しています。
自然分娩が困難な胎児も、帝王切開で出生可能になれば、その遺伝的特徴(大頭囲)は次世代に受け継がれます。
これは一種の「医療による進化圧の解除」であり、文化が自然淘汰の条件そのものを書き換える現象です。
現代の流れを外挿すれば、以下のような未来も現実的に思えます:
パチンコ店が日本から消えたら困るかって?正直、ほとんどの人には大した影響ないと思うよ。パチンコって、ぶっちゃけ依存症や社会問題の温床になってる側面がデカい。子供を車に放置して熱中症で亡くしたり、財産使い果たして破産する人が後を絶たないって話、結構深刻だし。実際、犯罪率もパチンコ店の近くで上がるってデータもあるくらいだしね。
経済的には、確かにパチンコ業界は2022年で55兆円くらい稼いでるって話もあるけど、その金って本当に日本のためになってるのかって疑問もある。ヤクザとの繋がりとか、グレーな運営も多いし、健全な経済効果とは言い難い部分もあるよね。むしろ、カジノがもっと増えたらパチンコなんて時代遅れになって、自然淘汰されるんじゃない?若い世代はもうパチンコに興味ないって流れもあるみたいだし。
ただ、困る人たちもゼロじゃないかも。パチンコで生計立ててるような人とか、昔ながらの文化として楽しんでるおじいちゃんおばあちゃんは寂しく感じるかもね。でも、そういう人たちも、ぶっちゃけ別の娯楽見つければいい話だし、時代が変われば文化も変わるってだけだろ。パチンコがなくなっても、日本は全然平気だと思うぜ。どう思う?