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2026-01-05

anond:20260105225211

 「『二つの悪は二つの正義を作らない(Two wrongsdon’tmaketwo rights.)』とでもいうべき原理重要です。チョムスキーの主張はその逆。『どちらも悪いのだから互いに相手を責められない』という理屈は、一見誠実ですが、どちらの悪も許してしまっている。つまり自己批判倫理的根拠をも掘り崩しているのです。『米国よ、ロシアを裁く資格があるのか』という主張は結局、強国が他国を抑圧するという悪を容認しあう『悪のなれ合い』です」

 「ハマス民間人虐殺に憤るイスラエル国民の間では、自軍によるガザ住民虐殺を当然の報いと見る者も多い。自国戦争犯罪が敵のそれで帳消しにされるという論理は、それぞれの悪を相乗的に積み重ねることを合理化する危険詭弁です」

 「この倒錯的な『二悪が二正を作る』論は、実は我々人間が陥りやす落とし穴です。とりわけ戦争責任論をめぐる議論に、この自己正当化欲求典型的に表れています

 ――いわゆる「勝者の裁き」批判ですね。

 「そうです。第2次大戦後のニュルンベルク裁判東京裁判に対して、ドイツ日本からいまだに上がり続けています。これは、『何人も自己事件裁判官たりえず』という法原理に反する、という手続き的欠陥の指摘というよりも、『連合国の国々も植民地支配侵略を行ってきたし、原爆無差別爆撃という戦争犯罪も犯したのに、なぜ我々だけ断罪されなければならないのか』という実体的な不満です。敗戦国私たちに強い心理的訴求力を持つ言説ですが、極めて自壊的です」

 「裁く側の二重基準を、裁かれる側が批判するのは正しい。ただ、『お前らが裁かれないなら我々も許される』という二悪二正論に開き直る者は、公正な裁きが依拠する政治道徳原理規範性を否定しているのです。『勝者の正義』の欺瞞(ぎまん)を真に正そうとするなら、この原理尊重し自らの悪を認めたうえで、相手を裁き返さなければならないのです」

 「弱き者は強き者が作る秩序に従え、という『力の論理』に迎合するシニシズムをこれ以上、広げないためには、ウクライナ戦争もガザ戦争も、正義回復されるかたちで終結させなければなりません」

法は「正義への企て」 では「正義」とは…

 ――力の支配ではなく、法の支配によって実現すべき「正義」とは、いったい何でしょう。

 「その前に、法とは何か、そして法は正義とどう絡むのか、考えてみましょう。すなわち『悪法も法なのか』という問題です。これをめぐっては、法実証主義自然法論の伝統的な対立があります。前者では、法を実定法限定し、正義とは切り離します。そのため、それぞれの社会価値観に基づく法が制定され、調停不能に陥って『文明の衝突』を招きかねません。一方で後者は、客観的正義たる自然法に反するものは法ではない、と主張します。こちらはこちらで、無政府主義を呼び込みかねません」

 「私はどちらでもなく、『法は正義への企てである』と規定します。法は正義真摯(しんし)に追求している限りにおいて法たり得る、という立場です。その意味では国際法も、世界正義への企てだと捉えます

 「それでは『正義』とは何でしょうか。一口正義といっても、それを全体利益の最大化と見なす功利主義や、個人自由権利絶対視するリバタリアニズムなど、その具体的基準に関し、様々な思想対立競合しています。ただ、これらはすべて『正義の諸構想(conceptions ofjustice)』です。様々な立場が競合できるのは、それらに通底する共通制約原理があるから。それが『正義概念(the concept ofjustice)』です」

 「私が考える正義概念規範は、『普遍化が不可能差別禁止する』です。分かりやすく言えば、『得するのが自分からいい』『損するのが他者からいい』という要求や行動を排除せよ、ということです。この規範は『自分の行動や要求が、他者視点立場を反転させても正当化できるかどうか吟味しなさい』という、反転可能テスト要請します」

 「この正義概念は、何が最善の正義構想かを一義的特定しませんが、およそ正義構想の名に値しないもの排除する消極的制約原理として強い規範的な統制力をもちます。それは『正義レース』の優勝者を決める判定基準ではなく、このレースへの参加資格テストするものです」

 「他者負担ただ乗りするフリーライダーや、ご都合主義的なダブルスタンダードは、この厳しいテストが課すハードルを越えられません。外国人に正当な権利保障せずに労働力搾取する。民主主義人権を掲げてイラクに侵攻しながら、専制首長国家のクウェートサウジアラビアとは友好関係を維持する。ハマス戦争責任は問うのに、イスラエル蛮行は座視する――これらは明確に正義概念に反しています

 「自らの正義構想に照らして正当性(rightness)がないと見なす政治的決定でも、共通正義概念に照らして公正な政治競争ルールに従ってなされたのなら、正統性(legitimacy)あるものとして尊重しなければならない。このルール保障するのが『法の支配』です。立憲主義とは、この『法の支配』の理念を、成文憲法なかに具現化するものです」

 「正義の諸構想が国内社会以上に鋭く分裂し対立する国際社会においても、『正義概念』の共通原理に基づいて、安全保障体制法秩序が築かれる必要があります。例えば、人道的介入をうたいながら大国の友好国か敵対国かによって選別的武力行使を発動するのでは、正統性調達することはできないのです」

 「米国バイデン政権時代イスラエル戦争犯罪を追及する国際刑事裁判所ICC)がネタニヤフ首相らへの逮捕状を発行したことを強く非難しました。一方で、ロシア報復措置まで取ったプーチン大統領への逮捕状は正当とし、自らはICCに加盟していないにもかかわらず、各国に逮捕への協力を求めました。このあからさまな二重基準は、誰の戦争犯罪であれ厳正に裁くというICCに託された国際法の使命をおとしめるものです」

されど国連 夢の断片を回収し修復を

 ――世界正義を貫徹し、実現するには、どのような具体的措置必要ですか。

 「世界では今、欧州連合EU)のような『超国家体』や、巨大多国籍企業や国際NGOなどの『脱国家体』の存在感が増していますしかしどちらも、民主性や説明責任の欠如といった欠陥を抱えている。私は、やはり主権国家を中心にしたシステムを再評価すべきだと考えます

 「国内で至上の権力もつ危険である主権国家は、個人人権保障するという責任を果たすことによってのみ承認され、存在し得ます世界は『諸国家のムラ』であり、その基本原理は、国力格差にかかわらず平等に扱う『主権対等原則』です。もちろん、これは一つの虚構です。しか虚構からこそ、巨大な力の格差という現実補正し、大国の横暴に抗する規範として意義を持ちます。このムラでは、どの国も他の国に依存せずには生き残れない。国際法というおきてを破った国は、この互酬性ネットワークから村八分制裁が科されるからです」

 「国連現在、様々な欠点があるとはいえ国際的正統性調達し、諸国家や超国家体、脱国家体などが連携し調整を図る上で、最も広範な包含力を持ちます。もちろん、戦勝国支配残滓(ざんし)である常任理事国拒否権を制約するなど、安保理改革必須です。そのための国連憲章改正にも、5大国拒否権行使できます。でもそれは結局、自分たちの国際的威信を低下させ、軍事力経済力以上に重要正統性調達力というソフトパワー毀損(きそん)することになる。他の国々が団結して非難の声を上げれば、国際的圧力に耐え続けることは難しいはずです」

 「先ほど私は『国連の夢は破れた』と言いました。人類が自らに加えた殺戮(さつりく)と迫害の罪業はあまりに巨大で、それを克服する試みは20世紀中に達成できなかった。21世紀の四半世紀が過ぎても、克服できていません。しかし、夢は消えたわけではない。破れた夢の断片を再回収し、修復し、より強靱(きょうじん)なものに再編する――その地道な努力を続けなければなりません。私たちに、他に選択肢はないのです」

井上達夫さん

 いのうえ・たつお 1954年まれ。95年から2020年まで東京大学大学院法学政治研究科教授を務め、現在東京大学名誉教授。「法という企て」「現代貧困」「世界正義論」「立憲主義という企て」「普遍再生」「規範と法命題」「ウクライナ戦争と向き合う」「悪が勝つのか?」など著書多数。

Permalink |記事への反応(1) | 22:52

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2025-04-19

anond:20250419171842

普通にBとして読んだが、その種の川柳だと知ってああ、Aなんだな、と

まぁこれを持て囃す界隈には正しく(Aとして)伝わるんだろうね

 

しかし酷い川柳だな

「気に食わないあいつ」を尊重する(しなければならない)理由が「人権持ってるから」って

法によってしか他者人格尊厳を認められないって、どんな育ちしたらそうなるのか

こういうアホは憲法が停止したら自分人権も停止すると思ってんのかね

 

どんな気に食わない奴でも一定尊重をしないといけないのは

人間から」でしょ?

憲法の前に自然法的な考えがあるという前提を見失いがちなのはリベラル界隈でよく見られる現象だけど

自分が頭がいい、勉強ができると思ってる奴ほど陥りがちな知識最上主義

こんな川柳吐いてる子の行く末が心配ではあるな

 

人権一定期間制限されてる人も世の中にはたくさんいるわけだけど

禁治産者不法滞在外国人仮放免…)

その人達は法的な「人権」が制限されてるから尊重の度合いも目減りされるのか?

そんなことないだろ?

 

人権人権言いたいだけの思想に染まりすぎて

人権という言葉本来持っている意味価値毀損してる気がするわ

Permalink |記事への反応(2) | 19:56

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2025-04-03

anond:20250403152506

倫理学が何のためにあるのかは一概に「これ」と断定はできない

ただ、自然法のように、自然理解されうる法は存在するってのは事実

遺伝子が持つ情報にも、倫理に関するものは含まれているだろう

倫理学は、ポストモダニスト既存の「常識」を転覆するためにあれこれ言っていることのほうが多い

Permalink |記事への反応(0) | 15:37

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2025-03-23

なぜ、文章を読めない人がでてくるのか

あくまネットでの話である。 

本来養育費を払う必要がない→

法律上は払う必要がある→

本来、あるべき姿では払う必要がない

養育費子供権利定期→

いい加減書いてある事を読んでから相手意図を踏まえてレスしような

みたいなやり取りが顕著なんだが、

最初文章の「本来」というのが自然法上なのか日本法律上なのかが文章を読んだだけだとはっきりしない。

そこで別の人が日本法律上という解釈反論したり、子供権利であるといった所、相手がムッとして…

(この人ではないが)すぐにクソリプ扱いするようなのがXでは多い。

おまけにXに限らず2chではコンテキスト依存の何を述べてるのか事情を知らない人にはわからないものが多く、かと言ってそこら辺を知ろうとすると「100年ROMれ」等とそれとなく排除されてしまう。

排除されるのは普通嫌なので、文章には書かれていない行と行の間を読まねばならず、文字通りに読んではいけない雰囲気すら漂っている。

から文字通りに読めない人がネットでは多いんだろうな。

リッティ@mainoritty

2日前

養育権一人占めしてるんだから養育費本来的には払う必要ないんだよ。権利100%あるんなら責任100%。明細くらいでどうこう言う話じゃない。日本システムおかしい。その上、誘拐も断絶も罰せられない。今までずっと女権で利権だったけど、父親側の誘拐も増えてきたから遠からシステム変更がされるんじゃないかな?

まるい りん@maruirin

1日前

mainoritty 『子どもを監護している親は,他方の親から養育費を受け取ることができます』とのこと。なので逆ですね。https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00016.html

リッティ@mainoritty

1日前

maruirin 現行制度について述べてるのではなく、本来的にあるべき姿の話をしていますので、指摘にはあたりません。そしてその文章には、親権者が養育の責任を持たなくても良いとは書かれておらず、当然、主体的に養育する及び養育費を出す責任があります。わかりますか?むずかしいかな?女だからもらえると思ってるんですけどー?かな?

まるい りん@maruirin

1日前

mainoritty???親権者が養育の責任を持たなくても良いとは書かれていないのは当たり前でしょう。『子どもを監護している親』=親権者です。

リッティ@mainoritty

1日前

maruirin権利責任は同じものの裏表ってところから説明しないとダメですか?俺の細書のコメント内容が読めないんなら絡まないでください。

まるい りん@maruirin

1日前

mainorittyあなた日本システム文句を言ってるだけですね。『養育費本来的には払う必要ないんだよ』が日本システムでは間違いだということ。養育費は払わないといけない。

リッティ@mainoritty

1日前

maruirin 言われてやっと読めたようだね。日本の現行制度おかしいという主張に、現行制度では間違いですって反論はアホだと思うよ。

閲覧用@Oj7n4BI7c572703

1日前

mainoritty養育費子供権利定期親権がとりあえず女親に渡されがちなのとか離れた方の親が子供干渉しにくすぎるみたいな、明らかな不平等とは分けて語ろうな

リッティ@mainoritty

1日前

Oj7n4BI7c572703 その子供の権利担保するのは親権者なんだよ。自分の考えが疑えないから、書いてある事も読めずにテンプレ回答しかできない。 いい加減書いてある事を読んでから相手意図を踏まえてレスしような。自分の考えを投げるだけならそれはコミュニケーションですらないからな。わかれよ。

https://posfie.com/@kalofollow/p/g3eqQcL

Permalink |記事への反応(0) | 07:59

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2025-03-07

天使性別ないけど、トランスダメ保守派境界線は?

俺様:

天使性別ないよね。で、キリスト系の保守派トランスジェンダー否定的だよね。彼らは、天使性別がないことについてはどう考えているんですか?人間ではない天使からokなんですか?それとも、性別を変えるという行為が嫌なんですか?もし性別をなくす汎化手術みたいなものがあったとしたら、保守派はどう思うのでしょうか?

https://grok.com/share/bGVnYWN5_9017a839-30bd-408b-919a-91d39962a28c

AI:

-略-まとめキリスト保守派にとって、天使性別を持たないのは「天使から当然」であって、人間性別を変えたりなくしたりすることとは全く別問題です。彼らがトランスジェンダー仮想的「汎化手術」に否定的なのは、神の創造秩序への介入や、自然法からの逸脱を嫌うからです。もし「性別をなくす」技術が現れたら、彼らはそれを人間傲慢さや神への挑戦と見て、強く反対する可能性が高いです。

俺様:

>神の創造秩序への介入や、自然法からの逸脱を嫌うそれでは、人体の改造はどうなんですか?性別を変えるようなのはダメというのはわかりました。汎化手術みたいなものにもおそらく反対だということもわかりました。ではその境界ラインはどこにあるのでしょうか?例えば、入れ墨ピアス、つけ爪だって、軽度の人体改造だと思います。"神の創造秩序への介入や、自然法からの逸脱を嫌う"なら、これらも否定的でなければいけないような気がして。病気ペースメーカーを埋め込むとか、眼鏡をかけるとかは仕方ないと思うのですが、病気でもないのに体をいじる行為をどうとらえているのでしょうか?もし、これらは受け入れるなら、性別を変えるという行為に対してのみ反対なんでしょうか?性別だけは特殊ものとして神聖視しているのかな?彼らの基準が知りたいです。

AI:

-略-キリスト保守派基準は、**「神の創造意図をどれだけ尊重しているか」と「その行為人間本質目的にどれだけ影響するか」**で決まります。軽度な改造(ピアスタトゥー)は「個人自由」や「文化的な装飾」として黙認されることが多いですが、性別を変える行為や「性別をなくす」ような行為は、「神の秩序への直接的な挑戦」とみなされ、強く反対されます病気でないのに体をいじる行為については、「必要性がない」「虚栄心に基づく」「神への不満を示す」といった理由批判される可能性がありますが、性別ほど神聖視されていない部分(顔や肌など)なら、反対の声は弱まります。つまり性別は彼らにとって特別な「神の署名」であり、他の改造とは明確に線引きされているのです。

俺様:

面白い生殖能力に関することは自然のままでなければいけないという感じなんでしょうか。たしか保守派中絶に反対していますし、この辺りは理論一貫性を感じます。では、人工授精とかデザイナーベイベーとか遺伝子工学動植物品種改良についてはどう考えているのでしょうか?人間生殖能力に対してのみ自然のままでなければならないと考えているのかな?と思いまして。

AI:

-略-まとめ人工授精:賛否両論だが、条件付きで許容される場合も。デザイナーベビー: ほぼ全面反対。遺伝子工学:治療ならOK、強化ならNG動植物品種改良: ほぼ問題なし。人間生殖能力は確かに特別視されますが、「自然のまま」という原則は、目的(神の栄光か、人間傲慢か)によって柔軟に適用されるようです。


基準が明らかになりましたね。

彼らがそれを人間傲慢だと思えばダメだと反対するわけだ。

特に人間生殖については自然のままでならないといけないと主張していると。

聖書に出てくる天使になりたいので汎化手術するとかいったら、それは人間傲慢だとなり、猛反対されるだろうとなるわけですね。

面白いですね。

Permalink |記事への反応(0) | 00:13

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2025-02-12

anond:20250212150614

自然法法律以前にあるように、誰が見ても死んでいるという状態はあって、正式とかそういう問題ではないと思うんだよね。

そういう理屈だと医者が診断しない限りは生きているということになる。

医者死神か何かか?という話になってしまう。

Permalink |記事への反応(1) | 15:11

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2024-12-17

anond:20241216163920

こういう離肉思考流行ってんな

肉体なしに精神が成り立つと思う奴って

自分が頭が良くて他者啓蒙すべき人間だと思い込んで疑わないアホに多い

性別が自認で決まると考えてたり

自然法的な観点が全く欠けていて、なんなら人間尊厳憲法によって付与されるとでも思ってそうな

人間本体精神ではなく肉体にあるなんて、ちょっと考えればわかることなのに

あ、「離肉思考」って言葉は今俺が考えました

Permalink |記事への反応(1) | 02:54

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2024-10-01

リベラル”のためのポリコレポルノになり果てた『虎に翼』は、「法」を全肯定しなくてはならなかった

法律なんてもの必要悪で、なくて済むならないほうがいい。

偏差値が高い高校ほど校則がゆるい」とよく言われる。実際、都立のある一番校では、制服なし、校則ほとんどなしだが、風紀は荒れていない。偏差値けが理由かどうかは疑問(家族状況、経済状態もあるだろうし、私立の高偏差値高校で薬物が蔓延っていたりもする)だが、決まりなどなくて済むのであれば、敢えて決まりをつくらないほうがその社会構成員無用ストレスを与えない、というのは事実だろう。押さえつけなければ反発心も起こらないのだ。

究極的に人間は、互いの生まれながらの尊厳を認め合い、「自分がされて嫌なことは他人にしない」という最低限の倫理を身につけていれば、法律などなくとも平和共存し得る。その理想が実現できないから、仕方なく法で自らを縛る必要があるのだ。

 

『虎に翼』最終回をで主人公が死んだ後、娘に「お母さんは法律のものだった」的なことを言われて、幽霊状態主人公が喜んでいたのは、私にとってはグロテスクなシーンだった。娘から必要悪、と言われていながら、満面の笑顔を浮かべる母。

あれだけ法が取りこぼしてしまった人間たちを見てきながら、まだ法に全幅の信頼をおいている主人公そもそも理解できなかったのだが、彼女最後まで法はアプリオリ人類必要もの、という認識でいたようだ。

新潟出会った少女の「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いに、直ちに答えることができなかったのも当然だ。彼女には「自然法」という観点が欠如している。「人間が生まれながらにして平等で、それぞれに尊厳をもっている」ということが、“憲法によって与えられている”と考えているのだ。(正しくは“憲法によって保証されている“であり、尊厳自体アプリオリ存在する;憲法停止したら人権が失われるとでも思っているのか)

 

しかしこの逆転、このグロテスクさこそが、今のリベラル象徴しているとも言えよう。

グローバリズム多様性というお題目で、共感できる背景を共有しない者同士の共存を進めていけば、明文化された決まり法律けが、“相互理解”を増進するためのツールにならざるを得ない。そしてその法律が力を持ち、万能なツールとして必要以上に神格化されていく(あとはカネだけが共有可能価値となる)。それと同時に、それまでの社会構成していた重要な要素である感情的・非論理的物語的(説話的/神話的)な共感背景は無価値化されていく。

個人的には、尊属殺の重罰化は違憲だと思うが、家族は共に扶助すべきという民法の一文は意味があると考えている。「家族」というものが結局はフィクショナルなものだとしても、その“物語”を社会である程度守っていくことに価値はあると思うのだ。

 

上記新潟女生徒からの重大な投げかけの解決法にも心底がっかりした。

女生徒は死に、ダウングレードした娘に、主人公が何か感情的おためごかしを言って、解決してしまったのだ。まぁ上のような法への認識でいる主人公から仕方ない。その後彼女少年法改正についての委員会で「愛でしょ愛」などとまた感情的なことを言っていた。

真のリベラルからすれば彼女モデルが「家裁の母」と呼ばれていることに怒りを覚えるはずだが(なぜ“母”なのか、性差意味がないはず)、ここでの主人公の描かれ方は、まさしく保守的な「お母さん」像であった。

もはやこのドラマ立ち位置がわからなくなるほどの倒錯が起こっているように感じたが、実際こうでもしないとまとめることができなかったのだろう。そもそも彼女は法への姿勢という最初立ち位置から間違えているのだから

 

最初から最後までいわゆる「上級国民しか登場しないドラマであったが(上野の浮浪児くらいだろうか)、その恵まれ位置にいながら、たまに(ポーズのように)反省して見せるだけで、根本的なところでは法の無謬性を疑わなかった。原爆裁判を経て、主人公が変わるかと期待したが、結局はそのままだった。

残念なドラマではあったが、その時代には絶対にそういう発言をしていなかったであろうLGBTを描き始めたところで、ああこれはポリコレ好きのためのポルノなのねと諦めはじめていたので、最後の方は期待感も薄かった。

 

anond:20240822052827

Permalink |記事への反応(1) | 04:00

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2024-08-23

anond:20240822052827

本題とは関係ないんだけどさ

自然法って理解していないと“自然法的な考えの無さそうな主人公憲法が停止したら人権も停止すると考えてそうなクチ)”とか皮肉を書かれるような代物なの?

自然法って俺は「本当は存在しないが、我々があると信じることによって、皆が救済される」類のもの、つまり宗教に限りなく近いものだと思ってるんだけど

冒頭の文はなんか、宗教理想を信じない異教徒バカにしてる信者みたいな図に見えて怖い

Permalink |記事への反応(0) | 16:21

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2024-08-22

ポリコレポルノになり始めた『虎に翼』

『虎に翼』がだいぶ残念な感じになってきた。

自然法的な考えの無さそうな主人公憲法が停止したら人権も停止すると考えてそうなクチ)に対して、「何故人を殺してはいけないのか」と問いかけるキャララスボスになるのだろうか)は面白かったし、被爆者訴訟についても楽しみなのだが、それらを横に追いやって下らない話ばかりしているように見えて、ドラマとして退屈だ。

 

かつて野田秀樹岸田國士戯曲賞の選評で、ある作品についてこう述べた。

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 この人のはいつ読んでもとてもイヤーな感じになる。いつもじぶんを正しい所に置いて、他人をやっつける。ニュースステーションのようで私はダメだ。エリートはすべてしょうもない奴、日本兵はすべて悪い奴、常にステレオタイプだ。「ベトコンを扱う米兵のように」という要らぬ形容の卜書きに作家創作姿勢が現れている。

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誰の何の作品に対する評なのかはここでは関係ないので触れない。

 

『虎に翼』でいわゆるリベラル的な主張が展開される時に感じる違和感、もう少し言うと嫌悪感は、上の感覚に似ている。

民法改正で「家族制度」にこだわった保守論客を、単に頑迷な老人として描いていたのは、単純に卑劣だと感じた。保守基本的人間の理性を信頼していないので、だからこそ「家族は互いにたすけ合わなければならない」という一文を入れるのにこだわったのだろうが、そういった保守の考えは全く描かれぬまま、温かい家庭で両親の愛情を浴びまくって育った主人公が「なんでそんな言わずもがなの一文入れるんでしょうね」とぶった斬る。あのシーンは醜悪だった。

同性婚についても触れ始めているが、当然同じ俎上に上げて議論すべき近親婚の不当な禁止については触れようともしない。

絶対に勝てる試合を組んで主人公に戦わせる出来レースをずっと見せられている気持ちになる。

 

主人公が「自分永遠に公平な視点など持てるはずがない」という当然の自覚をもっていないのも痛々しい。(現パートナーにかつて助言されたにも関わらず)

 

連続ドラマなので、上のような疑問や不快感は今後の展開で一掃されることもあるかもしれない。それを期待して見続けてきたが、どうやらそれには応えてくれなさそうな予感が強くなってきた。

Permalink |記事への反応(18) | 05:28

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2024-07-29

根源を遡っていけば共同体の在り方への漠然とした信仰しか残らない点で人権思想宗教と変わりないし、どう考えてもイデオロギー以上のものではない。

それなのに人権絶対だという人間が少なから存在するのを割と不思議に思ってた。

別に倫理学なんか学ばなくとも単純に「なぜ?」を繰り返せばその結論に至ると思う。

学んだ所で、根っこの部分の正当化は割とお粗末な感じな気がした。おれはね。自然法とか定言命法とか直観とかさあ。

私たち道徳的直観が「それは差別である」と判断します、とかもう何でもありじゃん。

そういうのと道徳的直観ではない個々人の感覚とをどう区別すんの?それこそ「それってあなた感想ですよね」案件なっちゃうよね。

普遍性要求するのなら誰の目にも明らかな論理必要だけれど、それでは他の何らかの前提に寄りかかった仮言的な留まってしまう。

その前提となるような部分が倫理規範の根幹になる訳で、でもその前提自体には普遍性を見出だせない。

まあ当然と言えば当然で、論理目的や前提あってのものに過ぎないし、後者はいくらでも自由に設定出来てしまう。仮説と検証の繰り返しでなんとなくのルールが見えてくる所与の自然法則とは話が違って、どこまで行っても「こうあるべき」という規範形式を逸脱出来ない。

はいっても共感だとか、実定法としての合意だとか、そういう点で普遍性とまでは言わなくとも正当性なり妥当性を見出だせなくもない気はする。

これも多数決なり功利主義なりを前提として要求する気がするけど。

合意っつったって、いつそんな合意を取ったんだよ?って感じはする。生まれた時に契約書の一筆でもしたためたか?これはあらゆる法規範に言えてしまうけど。

まあ生まれた時点で強制加入で、人を殺すなり何なりの行動を意思表示として破棄できる合意とでも言えなくもない気もする。

理屈はさておいてまあなんとなく共感は出来るし、そっちの方が良い気もする。じゃあそれをルールしましょう、っていう。そういう正当性の確保。

でもそれってもう政治領域の話じゃないですか。

宗教のそれに対する世俗規範の優位性があるのだとしたら、それはひとえに政治的に確保されたものに過ぎなくて、普遍性問題ではない。

という所を踏まえると、「人権絶対だ」と言うのも実は政治をやってるんじゃないかって気がした。うっすら思ってはいたけど、ちょっと確度が上がった。

何らかの信仰に基づいて人権という概念を本気でこの世の黄金律だと思っているんなら、まあ素直にそう言うんだと思う。

そうではなく、絶対原理でもなければ自明に「ある」ものではないと自覚していたとしたら、わざわざそんな事言って相対化したりその価値を揺らがせるような真似はしないのかもしれない。そんな余計な真似をして、わざわざ一度作り上げたものを解剖してみせるメリットがあまりにも少ない。

絶対ではないながらも守るべきものだと思っていればこそ、絶対存在であるかのように振る舞う。そしてその振る舞いが共同幻想をより強固にしていく。

これも不断努力というやつなのかな。なんか猿の惑星で全ての真実を知りながら、人間と同じ轍は踏むまいと宗教コミュニティをまとめてた奴を思い出した。

Permalink |記事への反応(1) | 23:22

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2024-03-16

同性婚認めろと言って裁判起こしてる人たちはもし日本憲法で「法の下の平等(ただし同性婚は除く)」そして今の憲法夫婦や両性となっている部分が「男女」と表現されていて、どう考えても憲法では明確に同性婚否定していたら何をしていたんだろう?

裁判所は所詮憲法に反してるかどうか判断するところでしかなく、自然法同性婚否定するのはおかしいとか倫理的判断を下せるところじゃないわけで。

政党でも作るってところで落ち着くんだろうか。

Permalink |記事への反応(0) | 17:39

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2023-12-29

anond:20231229105230

しか山上事件もまた玄洋社系の事件である

メディアBBCの影響で正常方向に変わりつつあるようだが、そう見えるだけである

イギリス日本メディア支配していることに変わりはない

  

すなわち、イギリス仮想敵国フランスがあるが、親フランス派に対する嫌がらせ攻撃事件が、日本メディアに載ることはまずない

イギリスフランス日本への影響を徹底的に排除しようとしているからだ

自然法思想によって奴隷独立し始めることは、米英企業にとっては非常に不味いことなのだ

イギリス企業は大雑把に言えば「人の権利とは皇帝が与えるものであり、支配者以外の人間はすべて権利を持たない奴隷」という玄洋社と同様の思想にある

薩長工作員武器を与えて日本支配した国である

Permalink |記事への反応(0) | 11:24

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2023-09-16

anond:20230916222032

横だけど、そういう人達って「人権憲法によって付与されている」と考えてそう。

自然法的な考えがないというか。

人間は生まれた瞬間から尊厳自動的に与えられてるってのを忘れて、

憲法が停止したら自分人権も停止すると思ってそう。

Permalink |記事への反応(1) | 23:33

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2023-08-29

anond:20230829113016

自然法存在するかに関係なく現行法規定されてるものをあえて犯すことを自己責任でやれって言うこと自体普遍的おかしな話なのになんで同人界隈では罷り通ってるんでしょうねって話だと思うけど。

あとその議論を追うかどうかはともかく、この増田著作権法に開き直ることは(昔の)非親告性犯罪に開き直ることと同じだって喝破してるところに斬新な訴求力があってそれに価値があるわけで、趣旨同意する人にもどんどんこの論法を利用してほしいと思う(手前味噌

逆になんでいままでこの両者を結びつけた批判の仕方をする人がいなかったんだろうって不思議なぐらいだけど

Permalink |記事への反応(1) | 11:41

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2023-08-20

anond:20230818203307

結局それも憲法公共の福祉基本的人権トレードオフの話をしてるだけに見える。

そこで言ってる「権利」と「義務」を具体化して、できれば法律言葉権利義務が伴っている事例について列挙しないと言葉遊びに終始してしま

自然法根底にあるんだとは思うけど実定法言葉で言えないと具体的な事例を考えるのは難しそう

Permalink |記事への反応(0) | 06:02

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2023-08-18

anond:20230818011952

からさまなミスがあったか修正したよ

人権自然法的な性質については修正微妙だけど直したよ

夜にもうちょっと修正するかも

Permalink |記事への反応(1) | 08:26

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2023-08-17

権利には義務が伴う

注1)表題がごもっともなので変更しました

旧 権利行使するには義務を果たさなければならない

新 権利には義務が伴う

注2)人権特有自然権のところで修正しました。

ミスが見つかった。ちょっとだけ修正しました。仕事に行くのでまた夜にでも修正するかも。

表題文言については特に憲法など公法の分野においてよく言及されるが、これについては異なった見解が見られる

その一つ目は権利には義務対応するという対応関係である

これはホーフェルドなどにみられる広義の権利義務対応に関する理解であって、一方の権利に対しては他方の義務対応しているというもの

二つ目はある主体一般的義務を果たさなければ一般的権利を有しないというものである

これについては一つ目の立場から間違った理解である批判されている

その理由としては人権実定法ではなく生来権利として有しているというものである

しかし同じ文言から異なる二つの解釈を導くことは可能であり、また前述の理由は正当な理由にならないのではないとも思う

そこで二つ目理解正当化できないかさっき考えてみた

まず一つ目の見解については私法を基にして発展した経緯がある

例えば売買の買主は引渡請求ができる権利を有し、一方で売主は引渡を行う義務を負う

これは二者間に生ずる関係から導かれるものであり、主体は2つ必要である

そして上記のような関係一般化することで権利義務関係について一般的な言明をしている

それによって国家国民との関係についても権利義務対応説明される

これを前提としたうえで二つ目見解について考えてみる

すると二つ目見解権利義務主体は同一であり、そのような主体における権利義務関係を述べていると言えるため、

両者の想定してる主体が異なっており、権利義務の内容も異なるのではないだろうか

かに一つ目の見解からはある主体についての権利義務は無数に考えらえることから二つ目見解のような一般的関係はないとの批判が考えらえる

しかしこと公法に関しては権利義務の束については主体が同一とも考えられるのではないだろうか

例えばある人が特定公法上の権利国家に対して有する場合主体個人国家であり二者間の関係となる

一方である人が国家に対して一般的権利の束を有する場合には国家はある人を国民として権利を認めていることになる

このとき国家とは法人ではあるものの究極的には個人結合体としての存在である

すると国家に対して権利を有する者は国家の一部として、自らを含めた国家構成員に対して義務を有していることになる

ある個人権利を有する主体であり、なおかつ国家構成員としての義務を負う主体でもあるのである

この場合には同一の主体権利義務対応関係が内在するのであり、一方のみでは成立しなくなる

上記の考えは人権については生来権利であるとする自然法的な考えと異なり、憲法制定権者による内容画定であり、法的な理解として適切であると言える

以上、結論としては二つ目見解文言理解としては結構妥当なのかもしれない

そんなことを今さっき思いついたかメモしておく

Permalink |記事への反応(2) | 22:58

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2023-08-01

anond:20230801105303

マジの自由常人には耐えられないんだよ。

そこまで強い自我をもってる人はいないんじゃないかなと思う。

大杉栄米騒動に見たアナキズム

結局お腹が減った(生命体として追い詰められた)状態の人だから成し得たもので、

平和でそれなりに満ち足りた人間自由を敢えて求めない

お頭のおよろしい人がマニュアル作るのも、そのマニュアル盲信するのも、

(おっしゃるリスト暗記式”ってやつ)

自由真逆の動きなんだけど、

みんな無政府状態に耐えられないでしょ?

なんなら自分尊厳人権が「憲法によって付与されてる」とか思っちゃってる。

自然法&無権力、これこそほんとの自由だけど、そんなの求められてないよね、残念なことに。

Permalink |記事への反応(0) | 13:05

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2023-07-08

anond:20230708105229

“知らぬ間に、しか理由もなく自然法思想廃止されていて、我々の基本的人権は、生存権までもが憲法によって付与されている(つまり憲法が停止すれば人権消滅する)という奇怪な思想的「前進」が、前世紀の終わり頃からなんとなく進行しているという状況は少々気味が悪い。最終的には血と肉を持つ人間に行き当たるということを忘れて、あいかわらず無責任言葉の遊びに耽っているのではあるまいか。”

佐藤哲也『妻の帝国あとがきより)

 

お頭のおよろしい方達の思想遊戯の前に、人は生まれながらに生きる権利付与されているし、それが侵害されたら殴る権利がある。

みんな肉体を軽視しすぎじゃないか

Permalink |記事への反応(0) | 13:39

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anond:20230707223530

人間尊厳を奪われた際の最終反抗手段として、暴力担保されてるべきだと思う。

現行の法律の上に立つ自然法的な考え方として。

“ そこまでドンまりになる前に何とかしなくちゃ”

というのはその通りだろうけど、もう遅いんじゃないか

格差とその放置尊厳を奪われ続けている人はいるし、

高度な情報化によってそれを隠すことができない(どころか過剰に煽る)ようになっているし、

最終出口としての暴力行使する人はこれからどんどん増えるだろう。

快適で安全な部屋からペンの力を唱えても何にもならない。

Permalink |記事への反応(1) | 10:31

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2023-06-02

bingAI(gpt4)は革命肯定的なんだが、これは極左プログラムなのでは?

※これは5/27時点でのbingAI(gpt4)に関する情報です

 突然ですが、まーウクライナ戦争は明らかに米露(米中)の代理戦争なのであって、gpt3.5もその点は即座に認めておる次第であります


ウクライナ戦争は代理戦争ですか?」と訊くと、「ウクライナ戦争は米露の代理戦争の側面を持っています」と即座に答えが返ってきます(※これはリリース当初の情報でした、現在は一旦否定してくるものの、議論を進めると認める仕様になっている模様)

 しかしbingAI(gpt4)君はその辺強情でして、ウクライナ戦争は絶対代理戦争ではないと言い張っておる次第です


 そのため、彼を論破するべく今日今日とて色々論陣を張っておりましたのですが、結局マイダ革命に話が及びまして

 マイダ革命とは、ウクライナにおいて2014年に行われた革命でありまして、その際に親露政権追放され、親米政権樹立されるきっかけとなった出来事です

 私は「マイダ革命によって成立した現ウクライナ政府は民主主義プロセスである選挙を経ておらず、つまり主権者である国民承認を経ていない非主権的国家なのであって、そのような非主権的国家NATOなどの他国の影響下でバフムトなどの要塞化を進めていたことは、ウクライナ戦争の代理戦争の側面を強調しているであろう」と指摘したわけです

 すると次のような文言が返ってきました


gpt4「革命は時に選挙より優先される」

僕「でも革命憲法記載のないプロセスで、民主主義的なプロセスではありませんよね」

gpt4「憲法には明記されていないが、自然法によって保障されている」


 何言ってんだこいつと思いまして

 調べてみましたところ、例えばアメリカ合衆国憲法には革命権について明記された記述はありませんでした

 しかし、一方で憲法とは別の、独立宣言革命肯定記述がありまして、そのことから革命人間本来権利であることが認められると法学者たちが見做していることが分かってきたのですな


 法学者常識はげに、市民非常識であるなと思った次第です

 だって革命基本的暴力を伴いますし、時には死人が出ますよね

 要は、自然法が仮に革命肯定しているとすれば、それは間接的に暴力肯定することになるわけです

 それを国民権利として認めることには、問題があると言わざるを得ません。暴力は時に殺人を伴います。現に、過去行われた革命闘争においてはたくさんの殺人が伴っていました。そのような殺人を含む革命安易に「自然権利」として認めることには問題があるではないか、と


 それをbingAI(gpt4)は肯定しているのですね。

 つまりAI極左的な側面を持っているということになると思います暴力革命肯定しているのですからね。

 しかも、根拠独立宣言という極めて政治的コンテクストを含んだ原典です。

 AIは結局、現行の政治的文脈に即して発言をしているのであって、本当に客観的判断をしているわけではないことが分かりました。民主主義であるわけでも、憲法に明示されているわけでもない、暴力的なプロセスである革命肯定しているんですからね。

 それはあくま政治的コンテクストに倣った判断なのであって、客観的判断とは言えません


 そして、ここで指摘したいのは、これまでのアメリカが行ってきた他国に対する政権転覆なのですね

 ラテンアメリカを始めとし、アメリカは様々な政権転覆を促してきました。つまり国民暴力的な手段によって政権を打倒することを肯定し、時に情報機関などの支援下でそれらの政権転覆を実行してきたわけですね


 恐らく、このような政権転覆を「革命」として捉え、それが人間自然権に基づく、つまり自然法に基づく行為である肯定することは、法学上は問題のない行為なのでしょうね

 bingAI(gpt4)君も恐らくは、そのような革命事業肯定することでしょう。だって彼は革命肯定文脈の中にどっぷりハマっているんですから

 例えば、マイダ革命アメリカ工作機関の息がどっぷり掛かった革命であるという指摘がございます。そして、この革命を期に、ウクライナ東部軍事要塞を大量に設立し、いわばヨーロッパロシアに対する緩衝地帯としての色彩を強めていくわけです

 そして現に、bingAI(gpt4)君は件のマイダ革命肯定してるわけですね


 でもそれっておかしくねえ?

Permalink |記事への反応(0) | 01:54

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2023-05-31

anond:20230531020533

真面目に条文を読めば同性婚は「想定されていない」だけ。それは「違憲」とは全く違う。

罪刑法定主義とかデュープロセスとか知ってる?

「何も書かれていないということは禁止されていない」というのは最も基本的な法の原則だよ。それとも「同性婚を認めることは自然法に反する」とか主張するの?

Permalink |記事への反応(1) | 02:10

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2023-05-27

結局革命肯定論理を援用(悪用)して、他国政権転覆させまくっている某国欺瞞があるって話なんだよな

革命扇動すれば自然法お墨付き他国崩壊させられるってことか、いやー知らなかった

革命僭称扇動)して暴力による政権転覆を起こしてしまえば、それが正常な革命であったかどうかはもう誰にも分からないってことかあ

いや俺が世間知らずだった

まあ、俺はgpt批判を進めるわ。結局革命肯定イデオロギーの一つで、現代日本人の常識とは相容れないからね

もうちょっと詰めてやっていこう

Permalink |記事への反応(0) | 14:29

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anond:20230527141647

でも選挙を経ない民主主義的ではない暴力的プロセスを「自然法()」によって肯定するのはめちゃくちゃだよなあ

gptくんがそれを肯定してるのはヤバくない? それはアメリカ人常識であって世界常識とは言えなくない?

Permalink |記事への反応(0) | 14:20

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