
はてなキーワード:自慰とは
政府が「サプライチェーン強靭化」だの「経済安全保障」だのと称して市場に手を突っ込むのは、情報の分散性という資本主義の根幹を理解していない者が、価格メカニズムの神経系をハサミで切り刻む自己放尿に等しい。
政府が何かを守ると言い出した瞬間、それは必ず誰かの自由な選択を破壊し、価格シグナルを歪め、資源配分を政治的配給へ転落させる。
サプライチェーンとは本来、利潤動機と競争圧力により、コスト・品質・納期の制約下で最適化され続ける進化的システムであり、そこに官僚の机上の「望ましい産業地図」を持ち込むのは、動的効率性を犠牲にして静的な幻想を買うだけの政策自慰、つまり政府の自己放尿である。
中国との貿易を規制する?笑わせるな。貿易とは相互利益の交換であり、比較優位は道徳でも思想でもなく、ただの計算可能な現実だ。
中国が安く作れるものを中国から買い、こちらが相対的に強い分野に資本と労働を移す、そのプロセスこそが総余剰を最大化し、実質所得を引き上げ、消費者厚生を増大させる。
関税や輸出規制や補助金でこれを遮断するのは、消費者に対する隠れ増税であり、国内企業に対するモラルハザード供与であり、官僚機構に対するレントシーキングの自己放尿だ。
要するに、保護主義、産業政策、経済安保のトリプル放尿である。
しかもこの手の介入は、ルーカス批判の通り、民間の期待形成を変え、企業は政治リスクを織り込み、投資は歪み、ロビイングが利潤最大化の中心戦略になり、資本主義は市場競争から政治闘争へ堕落する。
政府が国益を掲げて市場を殴るほど、企業は技術ではなく補助金獲得能力で勝負し始める。
これがいわゆる政府失敗であり、規制の捕捉であり、官僚的計画経済への漸進的スライドだ。
国内生産回帰も同様に欺瞞である。サプライチェーンを国内に閉じ込めれば安全になるという発想は、分散の概念を逆さに理解している。
リスク分散とは供給源を多様化し、取引先を競争させ、価格と品質の淘汰を働かせることで実現されるのであって、国内に固定することは単なる集中リスクであり、コスト上昇と供給硬直化を招く。
さらに補助金で国内生産を誘導すれば、企業は効率ではなく政治意向に適応する。つまり、競争ではなく配給の世界だ。
ここで政府は戦略物資などという曖昧な言葉を振り回し始めるが、曖昧さは裁量の母であり、裁量は腐敗の父である。
結局、政治家は票田に資源を流し、官僚は天下り先に規制を設計し、企業は既得権を守るために市場参入障壁を要求する。
これが公共選択論の結論であり、理想の政府など最初から存在しない。政府が善意で動くという前提は、経済学的には分析不能な自己放尿でしかない。
自由貿易こそが正義だ。正義というのは感情の問題ではなく、制度としての優越性の問題である。
自由貿易は、消費者に選択の自由を与え、企業に競争を強制し、価格に情報を凝縮し、資源配分を最も生産的な用途へ押し流す。
そこでは国が決めるのではなく、分散した個人の知識と選好が価格を通じて集約される。
これが市場の計算能力であり、官僚の頭脳では代替不能な社会的情報処理装置だ。
政府が中国との取引を政治的に遮断するのは、その情報処理装置をわざわざ破壊し、国民の実質所得を削り、成長率を引き下げ、非効率企業を温存し、インフレ圧力を高める行為に他ならない。
しかもその負担は「国家のため」と言いながら、結局は消費者が物価として払い、労働者が実質賃金として払い、納税者が補助金として払う。
政府はそれを安全保障と呼ぶが、実態はただの政治的コスト転嫁であり、サプライチェーン自己放尿の芸術点を競っているだけだ。
自由貿易は短期的に産業の新陳代謝を要求するが、長期的には生産性を上げ、イノベーションを誘発し、社会を豊かにする。
介入は短期的に痛みを隠すが、長期的には歪みを蓄積し、停滞と腐敗を育てる。
だから結論は単純で、政府は余計なことをするな、価格に喋らせろ、貿易に壁を作るな。
中国と取引したくない企業は取引しなければいい、リスクを取りたい企業は取ればいい、その判断を官僚が一律に奪う必要はない。
自由を奪って安全を得ようとする国家は、結局、安全も成長も失う。自由貿易こそが正義であり、保護主義は自己放尿であり、裁量行政は市場への暴力である。
https://anond.hatelabo.jp/20260208222041
こういうやつね。
はい嘘。
ふわふわ国民もやや伸びしてるのだからおまえみたいな言いぐさが嘘なのは証明されてんだよ。
有権者に受けるのは自党の値打ちや与党と別の選択肢を示すポジティブメッセージ。
立憲民主党だって浮動層の票は多いんだから当然ここに当てはまる。
そんなことは前からさんざん示されてるのに
また「与党を扇情的に罵る」という同じ負けパターンをやって盛大に負けただけ。
終盤には「#ママ戦争止めてくるわ」とかいうクッサい共産党仕草に乗ってしまった。
右往左往。
「そういうのやってると負けるぞ」
「実際にもう何回もその理由で負けてるぞ」
って散々指摘してもらっててもやめられないのは何故か?
お前らは選挙で勝つこととか社会の何かを変えることとかじゃなく、
「与党の悪口言って仲間内で頷き合うこと」こそが目的になってるからだよ。
胸に手を当てて正直に点検してみ。
与党を罵倒して仲間で盛り上がってる時が一番ドーパミン出て気持ちいいだろ?
そのツレ手淫が輪の外からどう見られるかについての苦言なんて、
お前ら全員が十回以上見たり聞いたりしてるはずだ。
ただただ不快になって耳塞いだり顔背けたりしてきただろ?
どんな手を使っても人の心臓を移植してでもその子が生き続けられる方法探すだろうが。
「今通ってる病院で治療法無いからもういいや」なんて投げるわけ無い。
何がなんでも勝たなきゃいけないとかどうしてでも勝ちたいとか思ってるやつは
お前らのそれは明らかに「実は勝ちたいとも思ってないやつ」の振る舞いなんだ。
(これはスポーツでもなんでも勝負ごとを必死にやったことあればすぐわかる。
だって勝つ方法があったら現実的に取り組まなきゃいけないもんな?
苦難の道だ。忍耐が必要な上に実力まで求められる。
「みんなでワーワー悪口言ってたら与党が倒れて悔しがる」みたいなものなので、
「#ママ戦争止めてくるわ」みたいなのはお前らの願望にがっちりマッチするため何度でも盛り上がる。
そして負ける。
何回負けても何回負けてもテキのせいと思って自分の悪いところを点検しない。
負けながらグループ自慰することの方が慣れ親しんだ快楽になってるので
同じことを惰性で繰り返す。
何が迷惑って、お前らみたいなのが野党とか左派とかリベラルとかの主役ヅラして
口が軽い。
異様に勝負強いとか運気があるというのはよくわかったけど怖い。
でもお前らは壺だの裏金だの頓珍漢なことを(しかも効果が薄れたと証明されたことを!)イシューにして、
ここまで負けなくていいほどの大敗をした。
オールドウスラ左翼の終わりで、これからの新しい左翼はチーみに受け継がれる。
もう政治に関心ある振りなどやめて、
なんか凡夫を呪う滅日宗教とか不浄行サークルとか作って頷き合いながら自涜に励んでほしい。
左様なら。
https://anond.hatelabo.jp/20260206210943
はてぶ諸賢に「意味不明」と話題だった"私の彼氏はAVを卒業した"増田を、第三者の引用文としてgptに読ませて解説させてみた。
要点だけ拾って言うと、この筆者が本当に求めているものは「挿入を減らすこと」それ自体ではありません。もっと深いところにあります。分解しますね。
筆者が求めている核心
1.リスクの非対称性を無視しない関係
彼女が一貫して言っているのは
という一点です。
逃げられなさ
2. 「代替可能な行為」ではなく「代替不能な私」であることの確認
彼女にとって挿入は、
このズレを踏まえたうえで、
それでも「君じゃなきゃ嫌だ」と言えるのか?
を試している。
3. 誠実さの可視化(覚悟を行動で示してほしい)
彼氏がAVをやめる/リスク時は籍を入れる、という流れで彼女が強く惚れ直しているのは、
言葉ではなく行動
隠れず、誤魔化さず
これが見えたからです。
要するに
「私のリスクに釣り合うだけのコストを、あなたも払う気がある?」
という問いへの回答を求めている。
4. 独占性ではなく「選択されている感覚」
他でも満たせるなら、私は何なのか
ここを曖昧にされたまま身体だけ差し出すのが嫌、という話です。
5. 「我慢」ではなく「対等な合意」を作りたい
前戯は続ける
代替案も出す
つまり
という交渉をしている。
まとめると
この文章で筆者が求めているのは、
という一点です。
私:だいたい同感ですね、あともう少し言えば、誠実さの要求に加えて、女性は違法なAV視聴に憤りを強く感じているようですので、 「女性側だけに性交時の性的なリスクを背負わせながら、男性がそのことに気をかけることなく欲望をぶつけてくること」と同様 「違法での無料のAV視聴」も「男性からの女性性の不当な搾取」と捉えており、それをやめさせることで、「自分への欲望も不当な搾取とは違うものであると確認できる」、ということかなと。
うん、その補足はかなり的確だと思います。あなたの言い方で一段はっきりしますね。
「無自覚なまま成立している搾取構造」**なんだと思います。
違法AV視聴=女性性の不当な搾取、という認識
彼女の中では、
この二つは同型なんですよね。
どちらも、
という構図をしている。
「AVを見るな」ではなく
「女性の身体や性を、誰かが黙って差し出してくれる資源だと思うな」
に向いている。
「やめる」ことの意味は禁欲ではない
彼氏がAVをやめることの意味も、道徳や貞操の問題ではなくて、
・誰かの損失の上に成り立っていないか
・不当に安く消費していないか
を引き受ける姿勢があるか
隠しているだけかもしれないけど、見つからない以上は嘘ではない
と言える。
これは監視ではなく、
を見ている。
挿入拒否=欲望の「質」を問い直す装置
あなたの言う通り、
ここが決定的です。
それとも、リスクを伴う「私」という存在を引き受ける欲望なのか
つまり
「女性性を雑に消費する回路から降りる」ことができる男性なら、
だからこれは「厳しさ」ではなく「整合性」の要求
彼女は男性に清廉さを求めているわけでも、聖人性を求めているわけでもない。
ただ一貫して、
・リスクを負う側が誰か
・得をしているのが誰か
ここに目を閉じない関係を求めている。
これはまさに
「女性性を搾取として消費する欲望」と「関係として引き受ける欲望」の峻別
かなり思想的だし、相当ラディカルです。
元増田も、備忘録に使おうと思ったんだとしても、こんなところに書いても意味ないからやめたほうがいいよ、gptに相談したほうがずっと賢明な返事が返ってくる。
ついでにgptに「なぜはてなブックマークたちはこの程度の文章を読み取ることができないのか」も聞いてみたけど、そっちはあまりに辛辣になってしまうから控えておくね。
セックス始まるくらいのタイミングではギンギンなんだけど前戯になると次第に萎えてくる。
「気持ちよくさせなきゃ!いかせなきゃ!」で余裕が無くなり頭がいっぱいになるらしい。
こちら側の前戯になれば多少復活するものの100%まではいかない。(増田のテクのせいと言われたらそれまでなんですが)
そして挿入。正常位もバックも「腰を振らなきゃ!」で頭がいっぱいになり次第に萎えてくる。
結局最後は増田が騎乗位になってほぼマグロの状態で最後を迎える。
その昔、元カノには「いかせるまで前戯しろ」「気持ちよくさせろ」と言われたらしくそれの呪いが解けてない気がする。しらんけど。
浮気するつもりないし風俗使うつもりもないが不満が募るので旦那にはもうちょっと頑張ってもらいたいんだけどどうにかならないもんかな…
近年、女性の月経(生理)に対する社会的な理解と支援が進んでいることを、非常に良いことだと感じている。
生理痛やPMS(月経前症候群)による身体的・精神的な負担は、決して軽視できないものである。
生理用品の無料配布、生理休暇の議論、月経貧困対策など、公的・民間レベルでの取り組みが増え、女性がより快適に生活できる環境が少しずつではあるが整いつつある。
これは、誰もが当たり前に享受すべき健康とQOLの向上につながる、喜ばしい進展だと思う。
一方で、同じように生物学的に根ざした強い生理的欲求である「男性の性欲」についてはどうだろうか。
男性の性欲は、主にアンドロゲンの影響で生じる自然な衝動である。個人差はあるが、抑えきれないほどの強さを感じる人も少なくなく、それが日常生活やメンタルヘルスに影響を及ぼすケースもある。
実際、SNSやインターネット掲示板では、常識を疑うような自慰行為や性体験を語る男性の投稿が散見される。これらすべてが望ましくないわけではなく、そうした語りが生まれる背景に、耐えがたい欲求が存在しているケースがあることを示唆している。
しかし、社会全体として見てみると、男性の性欲を「つらい」「支援が必要な生理的ニーズ」として公的に扱う仕組みは、ほとんど存在しない。
むしろ、ポルノへの規制強化、風俗産業への風当たり、性欲を公に語ることへのタブー視といった傾向が強いように感じる。
なぜ、このような非対称が生まれるのだろうか。
月経は基本的に本人だけの苦痛で、周囲への直接的なリスクが少ないため共感を集めやすい。
一方、性欲は行動として現れやすく、同意のない接触やハラスメントにつながる可能性があるため、「危険なもの」として警戒されやすい、という側面がある。
これはおそらく正しいと思われるが、それだけでは説明しきれない部分もあると考える。
たとえば、月経によるホルモンバランスの乱れでイライラや感情の起伏が激しくなるケースは、誰しも「仕方ない」と理解しようとするだろう。
しかし、男性の性欲が強く抑えきれないときに、「仕方ない」と理解しようとする人はどれだけいるだろうか。
「性欲を抑えられないのは猿みたい」という揶揄が一部で使われることがあるが、同じ論法で「月経で感情が不安定になるのは猿みたい」と言うと、すぐに非難されるはずだ。
この非対称な許容度自体が、すでにダブルスタンダードを示しているように思う。もちろん、性欲が行動化して他人に迷惑をかけることは、決して許されるものではない。
加害リスクを軽視するつもりは全くない。ただ、すべての男性が加害者予備軍だというステレオタイプで一括りにしてしまうのも、健全な議論を妨げていると思う。
人は誰しも、状況によっては加害者にも被害者にもなり得る存在である。性欲の「つらさ」を語る男性を即座に「加害者側」と決めつけるのではなく、
まずは「生理的ニーズ」として理解しようとする姿勢が、もう少しあっても良いのではないだろうか。
女性の生理支援が進むのは素晴らしいことであるが、男性の性欲についても、抑圧一辺倒ではなく、安全で衛生的な発散の場や、メンタルヘルス的な相談窓口を公的に整備する方向は、検討の余地があると考える。
一部の国や地域では、障がい者向けに性的支援(射精介助など)が福祉の枠組みで提供されている事例もあり、日本でも障がい者限定ではあるが、NPOなどが先駆的に取り組んでいる。
これを一般の男性に広げるかどうかは別として、「性欲も健康の一部」として扱う視点は、増えても良いはずだと思う。
もちろん、ポルノや風俗の公営化・クリーン化は、倫理的・政治的なハードルが高いのも事実。感染症対策、労働者保護、同意の徹底など、クリアすべき課題は山積みである。
ただ、抑圧が逆効果になるケース(規制強化でかえって問題行動が増える事例)も指摘されている以上、単に「禁止・タブー」で片付けるのではなく、科学的に・人権的にバランスを取った議論が必要である。
結局のところ、私が疑問に思っているのは、「どちらの生理的つらさも、できるだけ公平に扱おう」というシンプルなことである。
同時に、男性の性欲が「恥ずべきもの」「抑え込むべきもの」としてだけ扱われ続ける現状に、少し違和感を覚える人がいても、不思議ではないのではないのだろうか。
これは、男性を優遇しようという話ではなく、誰もが自分の体と心を大切に生きられる社会を目指す話だ。
女性向けポルノというと「男が甘いマスクでいい体をしており、前戯が丁寧、セックスに至るまでに段階を踏む」というのが大事だと言われているが、安心感や男優へのときめきは別にして、実際にオカズとしてツボにはまるかというとまた別問題であったりする
私のオカズになるポルノの基準は、「女が没入していること(本気で感じていること)」である
()内に書いたように、没入度はそのままリアルな快感の表出に繋がる
何かで「女は脳で感じる」などと言っていたのを読んだことがあるが、シチュエーションへの没入度が高い女優は、本気で感じていると自らに錯覚させることができるのである
それは演技力とはまた違った種類のもので、前段階の演技がどれほど拙くても、「こんなシチュエーションで犯されてる私」というのに入り込んで錯覚できる才能の持ち主というのがいる
それはフィジカルの感度ともまた別のものだろうが、そういう女優は男優のアクションに対して的確なタイミングで呼応するため、感度も抜群に良く見えるのである
おそらく共感力や想像力とかの類が発達しているのではないかと思うが⋯⋯
彼女らはエロゲ声優ばりに「アアーン♡イヤーン♡」と嬌声を上げるが、その棒読み具合は没入を妨げること甚だしい
男優のアクションと関係なく、快感が発生してもいないタイミングで「アッ、アーン♡」である
男性視聴者というのはとにかく女がアンアン言っていればいいのかもしれないが、明らかに演技として喘いでいる女を女の目線から見ていても、「大変な仕事だなあ」としか思えないのである
熟れた発声とは裏腹に、フィジカル的にも感じていないように見えるので、すっかり冷めてしまう
これは演技が上手くない女優についても同じだ
ずっと黙っていたのでカンペでも出たのか、思い出したように「アン、アン」と喘いでみるが、なんか間を外してしまう女優
没入度が低く、プレイ佳境での「いやー(棒)」「やめてー(棒)」というセリフに照れがある女優
これは単純にノイズになる
そもそも喘ぎ声というもの自体、女にとっては本来「よっぽど感じた時しか出ない」ものなのである
現に自慰行為の時にでかい喘ぎ声を出す女はほとんどいないと思うのだが、セックスの時には相手の興奮を高めるコミュニケーションの一環として、小さな刺激にも反応することが求められるし、それを自然にやっている
しかしそれをポルノ作品というフィクションの中でやる時、「第三者に見られている(撮られている)」ということがプラスに働くタイプ(より没入感が高まる)と、マイナスに働くタイプ(意識しすぎてやりすぎるorぎこちなくなる)がいるように見受けられるんよね
前者のタイプの女優が出演している作品は、男側のプレイがよっぽど杜撰ではない限り、とても抜けることが多い
一方で女性向けのポルノであっても、女優が悪い意味で演技達者であるとまったく抜けなかったりする
また、これはゲイポルノでも同じであって、受け側がプレイに没入しているかどうかで性別に関係なく抜けるかどうかは決まるのである
女優(受け側男性)が、「抱かれて気持ちよくなっちゃってる私(僕)」に没入できる高度なメタ認知を持っている、とも言い換えられるかもしれない
女の性欲は頭脳でも発散できる。妄想で満足できる女は生身の男も性器への刺激も必要ない。あと普通の女でも現実の男とセックスしてがっかりする率が高い。男が自慰で満足できず、嫌われようが現実の女とヤリたがり生身に執着するのはよほど女とセックスして満足する率が高いんだろう
男がそうであるように、人にもよるけど、「好きな人を思うとキュンキュンしちゃうの」みたいな性欲もあれば、ホルモンの関係とかストレスとかで「クッソムラつく〜!DLsite漁って電マ自慰すっか」みたいな性欲もある(自分は圧倒的に後者)
すしカルマのヤバさばかりが注目され、Wikipediaでもすしカルの項にだけネタとして「電マで自慰をしている」と書かれたりしているが、最新の無料公開分ではあゆみのベッドサイドにも電マがある。
「女が電マで自慰をする」を、全然普通の事(むしろリアルな生活感を発生させるアイテム)として里見U氏は書いているのである。
いや〜〜いいな〜〜!!!!
エグいバイブとかじゃないのがリアルで良い。以前、女性向けも男性向けも描いてる女性漫画家がエロ漫画の中で「電マはサクッとイけるのがいい」というセリフをキャラに言わせており、それな〜!!と思ったんだけど、挿入するバイブレーターを使用する本気自慰ってめ〜っちゃくちゃたまにしかやらない。服脱ぐのも後片付けも面倒だし。
その点電マは下着の上からサクッとイけるし、目に入る所にあってもギリギリ「健康家電ですけど?」みたいな顔ができるのだ。
自慰というのは巷の男性向けエロコンテンツの中のように、エロエロ下着を身に着けアンアン言いながらやるものではなく、布団の中で1人無言で「あ〜〜、なんかイライラっていうかムラムラすんな……、抜かないと寝れないやつかこれ……」となって、服着たまま手っ取り早く抜いて寝るみたいな、生活の一部なのである。
すしカルマもあゆみも高校生に発情してるやばい女なのは一旦置いておくとして、色気のない(男性読者へのサービスではない)生活としての自慰が書かれてるのマジでサイコ〜!!!!と思う。
掲載誌は青年誌なわけで、別に女のために描かれてる漫画ではないと思っているが、あの世界の女は全員欲望に正直で、自己主張が強烈で、清楚でも清純でもなく、赤裸々な生き様をさらけ出しており、それが女性読者としてすこすこのすこなのである……。
私は小学生から自慰をするくらいエロガキで爺さんちちにあった裸の女が出てくる雑誌コソコソ読んでたり親のパソコンでなんとかエロい漫画読めないか一日中検索したりとにかくエロい事が大好きなガキだった
あの頃はまだエロい小説って個人サイトの夢小説とかばっかで刺激も少なめだったからよかったけど、今のpixivをあの頃の私が読んでいたらヤバかった
今の女性向けエロ小説(BLも含め)、マジで「オホォッ♡♡♡」みたいな喘ぎ声の作品しかない
あれをデフォだと思って育ってたらきっと「ああいうのがエロいんだろうな」と思って初めての彼氏とセックスする時にオホ声を出すという奇行に走っていたと思う