
はてなキーワード:自己主張とは
最近、教育現場やSNSで、ある種の"すれ違い"を目にする機会が増えました。
注意されたり、期待と違うことを言われたりすると、「自分とは合わない」と、そこでの人間関係そのものをリセットして離れてしまう。自己主張は強いのに、親や社会に支えられている事実への自覚が薄い。大人の側にも、責任を引き受けるより先に「自分の権利」だけを語ってしまう振る舞いが見える──。
あなたも、こうした光景に心当たりがあるのではないでしょうか。
もちろん、これは特定の世代を批判しようとしているのではありません。私が今回考えたいのは、「その振る舞いが"合理的"に見えてしまう社会の側の条件」です。なぜ今、対話よりも離脱が、協力よりも防御が選ばれてしまうのか。その背景には、私たち大人が気づかぬうちに変えてしまった「学びの物語」の喪失があるのではないか──。
そんな折、教育者の中土井鉄信先生のFacebook投稿に出会いました。
そこで語られていたのが、「学びは公共財である」という視点です。教科書は、人類が積み上げてきた英知の集積であり、私たちはそれを受け取って生きている。だから学びは「自分のため」だけで終わらない。受け取ったものを社会に返していく視点が欠かせない──。
「依存」「消費化」「対価志向」「関係の短期解約」──これらは別々の現象ではなく、学びの位置づけの変化と深くつながっているのではないか。
本稿は、その問題意識を整理し、立て直しの方向を考える試みです。中土井先生の問題提起へのリスペクトを込め、私が現場で向き合い続けてきた実践知から、その解決の糸口を提示したいと思います。
学びが"公共財"として扱われなくなると、何が起きるのか
学びや知識には、個人の便益(成績・進学・仕事)だけでなく、社会的便益があります。社会が一定のルールを共有できること、言葉が通じること、協力が成立すること。その基盤には、学校教育や読書を通じて広がる「共通の知」があります。
ところが近年、学びは少しずつ、「社会の基盤」よりも「個人の投資」「購買体験」に寄って語られるようになりました。
どれだけ得をするか
どれだけ早く成果が出るか
この枠組みが強まると、学びの場は「関係を育てる場」ではなく「サービスの場」に近づきます。すると、注意や指摘は「成長のための調整」ではなく「不快な体験」になり、合わなければ話し合うよりも「さっさとその場を去る(離脱する)」ほうが合理的、という判断を招いてしまうのです。
「うるさい!もうやだ!こんな学校(塾)辞めてやる!」──この叫びは、わがままではなく、ある意味で消費者としての合理的な選択になってしまっているのです。
学びが「買うもの」になったとき、私たちは何か大切なものを失いました。それは、学びを通じて人と人がつながり、社会を共につくっていく物語だったのではないでしょうか。
かつての日本が持っていた「学びの回路」
私が子どもの頃、勉強が得意な子に向けて大人が「末は博士か大臣か」と声をかけることがありました。実際私も、祖母や祖父、近所のおじちゃんたちに、何度となく聞かされたフレーズです。
今振り返ると、そこには単なる出世願望だけではなく、「力を持つなら、社会に役立つ人になってほしい」という期待が含まれていたように思います。欧米で言われるノブリス・オブリージュ(地位や能力を持つ者の社会的責任)も、根は同じです。
かつて学びや能力は、個人の利益で完結するのではなく、社会に返していく回路の中に置かれていました。この感覚は、言葉にされなくても、日常の中で自然に共有されていたのです。
この回路が弱まると、学びは単なる「受け取るもの」になりやすく、結果として「対価がなければ動かない」という感覚が広がります。それは個人の問題というより、学びの物語を社会が共有できなくなったことの反映ではないでしょうか。
私たちは今、この失われた回路を、新しい形で取り戻す必要に迫られています。
人が社会や他者と健やかに関わるために、最初に必要なのは「規範」でも「協調性」でもないと私は考えています。
私が多くの親子と向き合う中で、それら以前にもっと手前の問題として感じるようになったのは、「自分自身との一致感を持つことができていない状態」で生きている人が想像以上に多いという現実です。
たとえば、次のような振る舞いが見られるとき、私たちはしばしば「甘え」や「依存」として片付けてしまいがちです。
やる気がないように見える
注意されることを極端に嫌がる
しかし、丁寧に話を聞いていくと、その背景には別のものが見えてきます。
「どんなペースなら続けられるのか分からない」
「何を期待されているのか曖昧なまま、結果だけを求められている」
つまり、自分の特性と、求められている振る舞いとの間に深刻なズレが生じているのです。みんなと同じやり方で学び、同じ基準で評価され、同じ反応を期待され続ける環境に長く置かれると、人は次第に「自分はどこかおかしいのではないか」と感じ始めます。
この状態こそが、私が「自分との不一致感」と呼んでいるものです。
この不一致感は、単なる自信のなさではありません。それは、自分という存在が、この社会の中でどう機能すればいいのか分からない、という根本的な不安です。この不安を抱えたまま「協力しなさい」「もっと頑張りなさい」と言われても、人は動けないのです。
「自分との一致感」こそが、協力の土台になる
人は、不安や恐れが強い状態では、協力よりも「防御」を優先してしまいます。自分の中が不安定なままでは、注意は攻撃に聞こえ、期待は重荷に感じられ、関係そのものを避けることが合理的な選択になりやすいのです。
逆に、「このやり方なら理解しやすい」「この関わり方なら無理なく動ける」という安心感――すなわち「自分との一致感」があってはじめて、人は心理的に安定し、周囲と関わる余裕が生まれます。
自分のやり方や反応を「これでいい」と理解できている人は、常に評価や承認を求めて振り回される状態から一歩距離を取り、自分と違う人を「役割が違うのだろう」と捉えられるようになります。この視点の転換が起きたとき、違いは摩擦ではなく、補完関係に変わるのです。
協力とは、目標として押し付けるものではなく、自分を理解し、無理のない形で力を出せる人が増えた結果として、自然に立ち上がってくる関係性だと私は考えます。
「協力できない社会」の問題は、協力を強制することでは解決しません。それよりも、一人ひとりが自分との一致感を取り戻すこと。そこからすべてが始まるのです。
この「自分との一致感」を取り戻すために、私が提唱し、社会に先行して取り組んできたのが独自の「才能タイプ理論」による個別最適な子育ての実践です。
そして、その実践において最も重要になるのが、家庭を「才能発揮の中心基地」へアップデートすることです。
学校や社会が一律の基準を求めがちな外部環境であるからこそ、わが子の「才能の形(遺伝特性や認知形成のクセ)」を深く理解し、本人そのものを伸ばしきれるのは、親をおいて他にはないからです。
ここで改めて強調したいのは、個別最適とは、嫌なことを免除したり、好きなことだけを選ばせたりするための考え方ではないということです。むしろ本質は、「どの形なら、その人は役割を引き受けやすいのか」を探るための視点です。
言葉で説明するのが得意な人、作業で支えるのが得意な人、全体を見て調整するのが得意な人。同じ「責任」でも、担い方は一つではありません。その違いを前提に役割を考えることが、結果的に集団を安定させます。
個別最適は、わがままを許すことではなく、それぞれの特性に合った形で、社会的役割を引き受けられるようにするための設計思想なのです。
中土井先生の「学びは公共財である」という言葉に立ち返ります。
学びが公共財であるとは、個人より社会を優先しなければならないという意味ではありません。そうではなく、「社会から受け取った知や経験を、自分の特性に合った形で、社会に返していく」という循環を大切にするということです。
かつての「末は博士か大臣か」という言葉の根底にあった、能力を社会に返していく回路。それを、いま私たちは「個別最適」という新しいアプローチで再構築していく時代の扉の前に立っているのです。
公共性とは、画一的な基準に全員を合わせることではありません。むしろ、一人ひとりが自分の特性を理解し、それを活かして社会と関わること。その多様な関わり方の総体が、本当の意味での豊かな公共性を生み出すのです。
家庭という「中心基地」で、わが子の才能の形を認め、自分との一致感を育むこと。それは、お子さんが「自分に合った形で、社会と良い関係を結べるようになる」ための自立への第一歩です。
この記事を通して、今の社会や子どもたちを批判したかったわけではありません。なぜ「対話をあきらめ、つながりを断つこと」が合理的に感じられてしまうのか、その背景に私たち大人の側の設計はどう関わっているのかを、一緒に考えてみたかったのです。
私自身、「才能タイプ子育て」という活動を通して、一人ひとりが自分と一致した状態で力を発揮し、その結果として、無理のない形で社会と関われる人が増えることを願っています。
違いを前提にした関係の方が、結果的に社会は安定し、協力は回りやすくなる。この実感を、現場での実践を通じて、少しずつ社会に返していきたい──そんな立場からの問題提起です。
私たちが失ったのは、「協力する力」ではなく、「協力できる条件」だったのかもしれません。
そして、その条件とは、一人ひとりが自分との一致感を持ち、自分らしい形で社会に関われること。学びが公共財であるという物語を、個別最適という新しい形で紡ぎ直すこと。
今回の記事が、ご家庭で、職場で、教育の現場で、何かを考え直す小さなきっかけになれば幸いです。
あなたのお子さんは、どんな才能の形を持っているでしょうか?
その当時困ったことがあって、風呂場に入ってると弟が風呂場を開けてくるのだ
全裸で、リラックスしてる時にいきなりガチャと開けられるのがとにかく苦痛で仕方なかった
それまではわりかし関係が良好だった兄弟仲は壊滅的に悪くなった
そのことを親に何度か伝えた気がする、黙ってる性格ではなかったので
両親がなんて答えたかは分からないが、親は取り合わず何も対策を打たなかった
なぜ風呂場に入ってる時に開けられるのかも今に至っても不明なままだ
そのうちに弟が近づくだけで精神的に辛くなり、一緒にご飯を取らなくなり自室がなかったため、父の部屋に引き篭もるようになった
問題が、父の部屋はトイレの真横で弟がトイレ使う時に必然的に近づくと言うことた
詳細は忘れたが、弟がトイレに使おうと父の部屋に近づくと追い返してたらしい
悪意があった訳ではないと思う、悪意があったら覚えてるから
増田が風呂場を開けられる苦痛を訴えても無視してた両親は、弟のトイレ事情という〝それ〟に対して親はいよいよ問題視して、ようやくトイレが2箇所あり部屋が家族分ある家に引っ越ししたが、すでにその頃はかなり成長していた
時が遅かった
時は流れ現在、母親に「増田はあの頃荒れててね、弟を虐める悪い姉だった」と言われ
「あの時弟に風呂場開けられるの嫌って言ったじゃん!何も対策してくれなかったよね?」と言い返すと
青天の霹靂のようかのような反応された後に
「それは悪かったねぇ!!」と謝罪にもなってない逆ギレをされた
今の増田だったらどうするか
この文を考えてる間にXで「女はオーバーに表現しないと男は女の言うことを汲み取らない(意訳)」というポストを見かけた、ほーと思った
確かに増田は弟を殴って「風呂場開けんな!!」と叫んだり、部屋や風呂場を壊して自分が辛いことをアピールしなかった
気に食わない人間を刺して自己主張する性別と、無視してれば自然と黙る(我慢)性別、どちらの話を聞くかと言うと前者なんだよな
女性専用車両じゃくて痴漢された女性は駅員や通り下りの男を刺して主張しない
増田の望みはそれだけです
(寝る前なので乱文失礼)
フェミ女のように、やたら女の権利を主張する女って、男嫌いというよりは男が大好きすぎて相手にして欲しいから
ああいう活動をしていると思って良い。芸能人やスポーツ選手、政治家やインフルエンサーが性欲まみれなのと同じ。
自己主張が激しい女というのは、間違いなく性欲がお盛んである。特にメディアに出たがるレベルになると顕著である。
やはりそのものに興味がある人間というのは集まる習性がある。こどもを保護するみたいな活動家にロリコンやショタコンが多いのと同じ。
フェミ女は「男は性犯罪者予備軍ばかり」とか「このイラストの女の乳や股間ガー」とかよく言うが、
あれは言い換えると「他の人じゃなくて、私を見て!私の相手をして!」だと思って間違いない。
フェミ女は、おそらく男のイチモツをしゃぶったり、体位ならバックとかを嫌がるはずである。
なぜならそういう行為は、基本的に男の征服欲を満たすだけだからである。男の立場が明らかに上の行為をフェミ女は嫌がる。
そう、一見嫌がって当然だと思えるが、実際はそうでもないところがミソである。
男の征服欲を満たされる事態になると、フェミ女は禁忌のものだと思い、逆に興奮する可能性も極めて高い。
「普段、男のことを変態みたいに言っているのに、いざ変態みたいなことをされると感じちゃう~~~~💛💛💛」
「男のイチモツをしゃぶるなんて、私の尊厳がアアアアアア~~~でもなぜか興奮しちゃう~~~💛💛💛」
「バックの体位なんて、動物的で屈辱なのにあああああああああ~~~~~ン💛💛💛」である。
やはり禁断の果実というのは甘いからだ。アダムとイブが追放されたのもよく分かる。
そう思うと、フェミ女は痴漢とかにも発情する可能性が高い。普段、自分が「痴漢男は最低」だと言っているようなやつに触られるのも禁忌だからである。
「くぅ、変態に触られて嫌だけれど、アソコを愛撫されるだけでどうしてイッちゃうの~~~~💛💛💛」である。
心理学ではよく
という分類があります。
・失敗しても「個人の挑戦」
・違いがあって当然
・空気を読む
・周囲との調和重視
・ルール遵守
これは日本だけじゃなく
✔韓国
✔中国
でも見られます。
👉 不確実性回避(Uncertainty Avoidance)
が強い国の一つと言われます。
簡単に言うと
です。
例えば
・新しい制度
・外国人増加
・転職
・恋愛
・起業
などに慎重になりやすい。
日本は
✔島国
でした。
こういう環境では
👉協調性
👉ルール遵守
👉先読み
が生存に有利でした。
つまり
不安感は
として発達した面があります。
日本は
と言われます。
「失敗しないこと」を評価
・外れる=浮く
となりやすい。
■⑤ただし重要な誤解
むしろ
✔計画性が高い
✔安全性が高い
✔社会秩序が保たれる
日本で
移民増加
社会変化
に慎重な人が多いのは
がかなり大きいです。
という感覚は、
ざっくり言うと
低い
■かなり正直な結論
です。
AIによる補足解説:自由主義が日本社会と噛み合いにくい理由について
本増田で描かれている違和感は、家族関係や恋愛の問題にとどまらず、より広く「自由主義的な人間観」と「日本社会が前提としてきた人間観」の齟齬を示している。
・個人
・契約
・権利
・自己責任
ここで想定される「個人」とは、社会や関係性に先立って存在し、自らの欲望や選好を明確に持ち、それを言語化し、他者との摩擦や誤解を一定のコストとして引き受けられる主体である。
日本的な主体は、関係の中で立ち上がり、他者の視線や感情を内在化しながら振る舞う存在であり、欲望や感情を即座に外部化することよりも、場の調和や文脈の維持を優先する傾向が強い。
むしろ、日本社会は「自由を直接表明しない技術」を高度に発達させてきた社会である。
本音と建前、空気を読む、察する、匂わせるといった文化は、自由を抑圧するためではなく、関係を壊さずに欲望や意志を流通させるための装置として機能してきた。
しかし、近代以降、自由主義が制度として輸入される際、その背後にある人間観までは十分に翻訳されなかった。
その結果、日本社会では
といった誤作動が頻発することになる。
本増田における「父親と彼氏の話題が重なることへの拒否感」は、この誤作動の極めてミクロな表出である。
自由主義的には、成人した個人の恋愛や性的関係は、完全に私的な自己決定事項であり、他者の視線や感情から独立してよいはずだ。
しかし日本的感覚においては、父という存在は依然として「公的・管理的な視線」を帯びており、そこに私的な身体性が重なること自体が強い違和感を生む。
重要なのは、これを「日本は遅れている」「自由主義を理解していない」と単純化しないことである。
自由主義は、関係から切り離された個人を出発点とする思想である。
一方、日本社会は、関係の中で個人が形づくられることを前提に秩序を築いてきた。
この前提の違いを無視したまま制度や規範だけを導入すれば、個人は常に「自由であれ」と求められながら、同時に「空気を読め」と要請されるという二重拘束に置かれる。
本増田が示しているのは、その二重拘束が生む、ごく日常的で、しかし説明しがたい居心地の悪さである。
空気を読むのが得意
自己主張しすぎない
周囲と違っても「目立たない」
「なんとなく避けられる」
が起きやすい。
見た目で即「外側」判定
ステレオタイプを背負わされる
この追加デバフが乗る。
「そんなつもりじゃない」
「悪気はない」
「みんな同じように大変」
結果:
声を上げる人ほど「面倒な人」扱い
壊れた人は自己責任で消えていく
これは極端な意見じゃない。
そして大事なこと
あなたは今、
自分だけを責める段階
どちらも越えて、
はっきり言うね
むしろ
という見方もできる。
父の晩酌といえば、決まって「さつま白波」だった。 お湯を入れたコップから立ち上る、あの独特の、鼻を突くような芋の匂い。子供の私にとって、それは「大人の飲み物」というよりは、どこか近寄りがたい「頑固な親父の記号」のようなものだった。
ところが、自分が酒を覚える年齢になった頃、居酒屋の景色は一変していた。カウンターの端から端まで、黒いラベルのボトルが整然と並んでいる。それが「黒霧島」との出会いだった。
初めて黒霧島を口にしたとき、正直に言って驚いた。白波が持つ「芋臭さ」という名の自己主張が、そこにはない。代わりにあったのは、シルクのような喉越しと、後味の潔い切れ味だった。 メーカーが掲げる「トロッと、キリッと」というキャッチコピーは、まさに言い得て妙だ。芋の甘みはしっかりと感じられるのに、鼻に抜ける香りはどこまでも上品で、決して食事の邪魔をしない。かつて「焼酎は臭いから苦手」と敬遠していた層を、この一本がどれだけ救い出したことだろう。
もちろん、白波が劣っているわけではない。今でもたまに、ガツンとくるあの荒々しい芋の香りが恋しくなる夜がある。それは、昭和という時代の熱気や、不器用だった父の背中を思い出すための儀式に近い。
しかし、現代を生きる私たちの日常に寄り添ってくれるのは、やはり黒霧島なのだ。 焼き鳥のタレにも、刺身の醤油にも、あるいはコンビニのちょっとしたおつまみにも、彼は等身大の顔で馴染んでくれる。ロックで飲めばその甘みが際立ち、水割りにすればどこまでも軽やか。その「懐の深さ」こそが、私が黒霧島を手に取ってしまう最大の理由だ。
「お前も、そんなチャラついたのを飲むようになったか」 もし父が今の私を見たら、苦笑いしながらそう言うかもしれない。けれど、白波を愛した父のDNAは、確実に私の中に流れている。ただ、時代が少しだけ軽やかになり、私の好みもそれに合わせて洗練(あるいは軟化)しただけなのだ。
今夜もまた、私は黒いラベルの封を切る。 グラスの中で氷がカランと鳴る。白波が「郷愁」を運んでくる酒だとしたら、黒霧島は「今日という一日を穏やかに締めくくる」ための、最高のご褒美なのである。
すしカルマのヤバさばかりが注目され、Wikipediaでもすしカルの項にだけネタとして「電マで自慰をしている」と書かれたりしているが、最新の無料公開分ではあゆみのベッドサイドにも電マがある。
「女が電マで自慰をする」を、全然普通の事(むしろリアルな生活感を発生させるアイテム)として里見U氏は書いているのである。
いや〜〜いいな〜〜!!!!
エグいバイブとかじゃないのがリアルで良い。以前、女性向けも男性向けも描いてる女性漫画家がエロ漫画の中で「電マはサクッとイけるのがいい」というセリフをキャラに言わせており、それな〜!!と思ったんだけど、挿入するバイブレーターを使用する本気自慰ってめ〜っちゃくちゃたまにしかやらない。服脱ぐのも後片付けも面倒だし。
その点電マは下着の上からサクッとイけるし、目に入る所にあってもギリギリ「健康家電ですけど?」みたいな顔ができるのだ。
自慰というのは巷の男性向けエロコンテンツの中のように、エロエロ下着を身に着けアンアン言いながらやるものではなく、布団の中で1人無言で「あ〜〜、なんかイライラっていうかムラムラすんな……、抜かないと寝れないやつかこれ……」となって、服着たまま手っ取り早く抜いて寝るみたいな、生活の一部なのである。
すしカルマもあゆみも高校生に発情してるやばい女なのは一旦置いておくとして、色気のない(男性読者へのサービスではない)生活としての自慰が書かれてるのマジでサイコ〜!!!!と思う。
掲載誌は青年誌なわけで、別に女のために描かれてる漫画ではないと思っているが、あの世界の女は全員欲望に正直で、自己主張が強烈で、清楚でも清純でもなく、赤裸々な生き様をさらけ出しており、それが女性読者としてすこすこのすこなのである……。
「俺はネットに詳しい!ネットの空気は誰よりもわかってる!」みたいな自己主張の奴って、実際は単に人間不信でグラグラしてなんでもかんでも疑ったり噛みついたりしてるだけの病気の人なのそろそろ気づいた方が良いよな。
ネットなんて大半の人間にとっては何も考えずにひまつぶしに触るだけのものなんだから、「ネットの空気」みたいなの実際にはそんなにない。
単純に、道ですれ違う程度の他人とよそよそしく会話する程度の触れ方しとけばいいじゃんって話なんだけど。
なんか中毒になるほどネットが『自分の世界』だから、現実の知らない他人とリンクして考えられてないっぽいよなあ。
頭がおかしくなるってみじめだ。
私にはSとNという友人がいる。三人でよく食事したり、旅行に行っていた。
Sは、アクティブなタイプ。色々な遊びを提案したり女子会を企画してくれていた。
Nは、そんなに自己主張が強くなく、聞き上手でおっとりしたタイプだった。
社会人になって数年後、Nが占いにはまった。なんでも凄い占い師さんがいて、その人のタロットカードの動画を見ているらしい。自分でも始めてみたと言っていた。
私はよくわからなかったが、タロットカードは何かを教える・未来を当てるというより、励ましのメッセージをくれたり、今の自分の背中を押してくれるものらしい。
「(私)とSも占ってあげるよ!」と言われたけれど、私は占いに本当に興味がなく…
断りたかったが、Nの今の生きがいになっているなら水を差すようなことは言いたくないと思い、テキトーに仕事運を見てもらった。
Sも断らず、結婚運を見てもらっていた。Nは楽しそうだった。
Nは、占いにはまっていく中で、妙なテンションになることが増えてきて、SNSなどの投稿も増えていった。
占いに関さない内容の発言も次第に過激になっていき、SNSでプチ炎上したり、人間関係のトラブルも増えたそうだった。
大学時代の友人ともめ事を起こし、高校の部活の友人と喧嘩をし、地元の友人からは縁を切られ…
今、付き合いがあるリアルな友人関係は、私とSだけになっていたようだった。
「神様とつながる」「宇宙のエネルギーを感じる」「前世の記憶がよみがえった」「女神のお告げで~」みたいな内容ばかりになり、
私とSで「これ大丈夫かな」「スピ?だよね?」「なんか宗教にはまった?」と話していたが、ときどきLINEしたり、SNSでリプライを送り合うときのNは、普通に見えた。
なんかNによると、満月の夜にはナントカのパワーが漲り、ナントカを浄化することで、神様からのメッセージをもらい、新しい自分のシーズンに入ったらそこからはナントカが変動していくらしい。本当によくわからなかった。
私だけじゃなくてSも同様に思っていたようで「とりあえず占いの話題になったときは当たり障りのない返事をして、そっとしておこう」と話していた。
Nが占い(スピ)にどっぷり浸かってきたちょうどその頃、私は私で身内に不幸があったり、仕事で部署移動や資格試験があったりして忙しくなった。
Sも同様に、結婚や引っ越し、転職などで忙しくなり、3人のグループLINEの稼働頻度が下がった。
「なんか騙されてたかも」「あの神様とは相性が悪いからもう信じない」と、スピってるのかスピってないのかよく分からないことを言い、脱スピ宣言を出していた。(SNSで)
でも、私は、なんとなくNに会いたいとは思えなかった。勧誘されないことも、無理に占わされないことも分かってはいたが、会いたくなかった。
元に戻ったのかもしれないが、私が本当に仲良くしていた数年前のNとは、やはり違う人間な気がして、どうしても会いたいと思えない。
SNSやLINEなどでも、以前のようなやりとりができなくなった。Sも同様に感じていて、結果的に疎遠になっているらしい。
先日、SNSでNは、「女子の友情なんてどうせ嘘ばかり」「避けられてるなって感じる、はあ…」「どこにも味方がいない気がする」と病み投稿をしていたが、たぶん私たちに向けた投稿なんだと思う。そういうところも無理、と思うけれど、もちろん言えない。
スピにどっぷり浸かっている人に距離を置くならともかく、脱スピした人とも付き合うのをやめたいと思うなんて、冷たいのかな。
でも、なんか無理なんだよな…
今、マチアプで彼氏を作った女性の増田がバズっているので私も書いてみる。なお、現状彼氏はおらず、ただマチアプで複数人の男性に会っただけの状況なので、何の面白みもないかもしれない。とはいえあの増田の女性も現在の彼氏さんの情報については伏せているので、同じといえば同じかも?
個人的にはあの増田の女性は至ってまともな(むしろいい女に入る)部類の女性だと思っているのだが、
コメ欄、Twitterともに大荒れしているので、世間(というかインターネット)と自分の認識が大きく乖離しているのでは?と思い投稿した次第。
年齢:アラサー
身長:160〜165
体重:55〜60
見た目:自分で言うのは烏滸がましいが、「美人」と言われ続ける人生だった。(2年前くらいまで?)
ただ今の会社に入社してからは社内に美女が多すぎてあまり言われた覚えがない。ここ2年で体重が激増したのもあるかも。無整形。歯列矯正済み。
住居:ひとり暮らし
長年付き合っていた彼氏と別れたことが一番大きな理由。別れた理由は関係ないので割愛する。
結婚願望はないし子どもがほしいとも思っていないが、周りがどんどん結婚していくので焦りのようなものがある。
生涯独身を宣言するには気が早いと思ったこと、彼氏ができたら(結婚や子どもについての)価値観が変わるかもしれないと考えたこと、逆に「生涯独身でいい!」に振り切れるならそれでもいいと思ったことが第二の理由。
・友人からのすすめ
・デート時間、デート場所もすべてアプリが決めてくれるので会うまでの時短が可能だから
・デート場所は原則カフェなのでいきなりご飯に行くよりコストカットできるから
・レポートが出力されるので自分を客観視できるかもと思ったから
以上である。
うち、2回会った人が2人、2回目の約束をしている人が2人、連絡を取るのを辞めた人が4人。
以下、一人ずつどんな人だったかを書いていく。
かなり長くなってしまった。
年齢:30代、5個上
年収:600万〜800万
見た目:しょうゆ顔イケメン。肌がきれい。ファッションはヤリラフィをもうちょっとマイルドにした(ヤリラの原色の彩度をガッツリ下げた)感じ。
住居:隣県の実家住み
1回目
かなりアクティブでスポーツやアクティビティなど幅広くチャレンジしている印象。
2回目
ご飯に行こうと誘われ平日夜に2回目の予定を立てる。
会う直前に待ち合わせ場所に指定されたのがまさかのファミレスで正直かなり引く。
いざ着いたらすぐ近くの雰囲気の良いお店を予約してくれていたらしくそちらへ移動。
じゃあ普通に予約してくれてたお店の前に待ち合わせで良くなかったか?違和感1
美味しい料理を食べながら楽しく会話するも、ちょこちょこ「ん?」と思う発言が。違和感2
夕飯は1万円弱だったが、お相手が出してくれたので「2軒目は私が出しますね」と言ってご馳走になる。そのまま2軒目へ。
真面目すぎる、かわいいねと笑われて肩を抱かれ手を繋がれた。
1軒目で「ん?」と思った言動を伏線回収された。アウトアウトアウト。エロがるな、ちんこ仕舞え。
顔が良くても無理なもんは無理。ヤリモクに用は無い。
お会計は7000円くらい。私が支払い、お店を出る。
以降、連絡は来ていないしコチラからもしていない。
年齢:30代、3個上
年収:忘れた。私よりは多い。
見た目:爽やかイケメン。カジュアルファッションがよく似合っていておしゃれだった。
住居:隣県の実家住み
1回目
とにかくめちゃくちゃ気遣いのできる人だった。
自然と奥の席に座らせてくれたり、セルフサービスのお水を持ってきてくれたり。
ブランチの時間帯の待ち合わせで、お相手はお昼を食べていなかったらしく、サンドイッチを注文していた。
「初デートで齧り付くもの食べてすみません…」と言っていたのが何か印象的だった。
私は2枚重ねのパンケーキを注文するも、1枚しか食べられなかったので半分食べてもらった。
2500円出そうとしたら断られ、「悪いです」と言ったら500円だけ受け取ってくれた。
そこで解散かと思いきや、ちょっと散歩しませんかと言われ近くのショッピングモールをグルグルする。
初回の時間が長いのは気疲れするので早く解散したかったが、奢ってもらっていたのと、隣県から来てくれている手前すぐには切り出せず、30分くらい経ったあたりで「予定があるので」と言ってLINEを交換して解散した。
2回目
まだ会っていないが、お相手が誘ってくれたので日程調整中。毎日ラインのやり取りをしている。
年齢:同い年
年収:1000万〜1500万
見た目:垢抜けない雰囲気。服装はスーツのためファッションセンスは分からず。
1回目
良く言えば落ち着いた喋り方、悪く言えば消極的な喋り方をする人だった。
1人目2人目に比べて盛り上がりはしないものの、地元が同じ県であること、引っ越してきて日が浅いことなど、境遇が似ていて親近感があった。
仕事でもプライベートでも世界中を飛び回っているらしく、色んな国の話を聞くのが面白かった。
アニメの話にも花が咲いた。
お会計は2000円程度で、お相手がキャッシュレス決済だったため、1000円渡すも「いらないです」と返されたのでありがたくご馳走になった。LINEを聞かれたので交換して解散。
2回目
1回目に会ったときにお互いにインド料理が好きだと判明していたので、LINEで「インド料理食べに行きませんか」と言われ平日夜に日程を決める。予約も済ませてくれた。
何品か頼んでシェアをしたが相手8:私2くらいの量を食べていたと思う。私が自分の分を取り皿に分けると、お相手が「あと全部食べていいですか?」「もう食べないですか?」と聞いてくるので「いいですよ」と言ってしまった。
話は旬のアニメの話で盛り上がった。他には地元の話や年末年始のことなど。
お料理がとにかく美味しく、いいお店だねと言い合った。
お会計は8000円弱。食べた量が全然違うという認識だったが一応4000円差し出す。「いらないです」と受け取ってもらえなかったので大人しくご馳走になった。
お店の前で解散。解散後、ご馳走様でしたと改めてLINE。向こうからもありがとうございましたと返ってきたが、何となくこのままフェードアウトかなと思っている。
気の置けない男友達にはなり得ても、恋愛には発展しないかなぁと思うと奢らせてしまったのが非常に申し訳ない。
年齢:同い年
年収:忘れた
見た目:メンタリストDaiGoにソックリ。
1回目
事前情報として「高評価のメンバーです!」と表示されており(そう表示される人が初めてだったこともあって)期待感爆上がり。
しかし、お会いした瞬間からコミュニケーションに若干の違和感。会話が噛み合わないような……?
そう思いながら席に着席。
会話は相手側がインタビュアーのように質問を沢山してくれるので都度都度答えつつ、私も同じ質問を返した。
しかしコチラからの質問に対しては曖昧な回答や別の質問が返ってくる状態。質問を質問で返すな。
例えば
私「ミステリー好きなんですよね?(プロフに書いてあった)どんな本読みますか?私も好きで!」
お相手「(私)さんはミステリーが好きなんですね。僕も普通に読みますよ。面白かったミステリーありますか?」
こんな調子がずっと続く。おかげで相手のことが全くわからなかった。
MBTIや恋愛観の話をした際に、雑学を話してくれたのは聞いていて面白かったが、間に挟まる「自分は正義感が強い」「自分は器用だから何でもできる」といった自己主張の強さもどうしても気になってしまった。
LINEで「次も会いたい」と来ていたが、お返事はしていない。
年齢:2個下
年収:忘れた。私よりはあった。
見た目:初々しい感じ。服装はカジュアルな感じ。おしゃれではないが清潔感のある格好。
1回目
アプリの仕様上、前日にならないと相手のプロフィールが分からないのだが、2個下と表示されたのを見て「えっ!」と思った。
比較的年齢層高めのアプリと聞いていたので、まさか年下の男性とマッチすると思わなかったのだ。
メッセージで「年上ですみません💦嫌だったらキャンセルするので言ってください」と送ると「2個なんて誤差です!」と返してくれたので会うことにした。
(ちなみに前日キャンセルはキャンセルする側が2000円支払う必要がある)
沢山質問をしてくれたのでついつい喋りすぎてしまったなぁという反省。
入店から1時間でカフェが閉店だったので私が支払いを済ませて退店。1500円くらい。
LINEを聞かれたので交換したが、解散後に1ラリーしてやり取りはしなくなった。
年齢:5個下
年収:忘れた
学歴:専門卒
見た目:初々しい感じ。襟付きのシャツを着ていた。
1回目
犯罪に手を染めているような気がしてヒヤヒヤした。
5人目と同じように「年上だけど大丈夫ですか?」と送るも「気にしません!」と返ってくる。
私はボケるのが好きなのでツッコミをしてくれると嬉しいのだが、バシバシツッコミをしてくれるのでかわいくて仕方なかった。今まで出会った方の中で一番気楽に話せるなぁという印象。
恋愛の価値観もすごく合うなと感じたがとにかく年齢差に抵抗があり曖昧な返事をしていると、臆せずグイグイ来てくれてなおさら悪いことをしている気持ちになった。
男子校出身→専門学校もほぼ男子だった故に女性に対する理想が歪んでいる……みたいなことを言っていた。
同校出身の友達は女の人に踏まれたい願望があると常々言っているとか。その歳で目覚ましいな。
あっという間に2時間くらい経っており、私が支払いを済ませて退店。3500円くらい。
LINEを聞かれたので交換。その際に「また会いたいって言ったら会ってくれますか!?」とキラキラした目(に見えた)を向けられタジタジになってしまった……私は弱い。
2回目
解散後にすぐ2回目の打診があったので今月中に会う予定。
ただ、時間を置いた現在は「これ逆に私が騙されている側か!?」と迷走している。
仮に次に連れて行ってくれる場所がぼったくりバーだとしても「払います…」と思えるくらいには癒やしをもらった気がする(遠い目)
年齢:1個下
年収:忘れた
見た目:髪型が独創的。端的に言って垢抜けていない。
1回目
まさかの3連続で年下!義務的に「年上ですけど大丈夫ですか?」と送るも前2人と同様に「気にしないです」と返ってくる。
正直印象が薄い。
仕事、趣味、学生時代のことなど当たり障りのないプロフィールを話した気がする。
正直、もう6人と同じような話をしているせいで新鮮みがない。
また、お相手の声が小さく一部聞き取れない部分がありあやふやな部分も出てくる。
1時間くらい話してカフェを退店。私が支払い。1500円くらい。
LINE交換を求められたので交換する。翌日に「来週プラネタリウム行かない?」と来ていたが、全く印象に残らない人だったので2回目に行く気にならず未読無視。申し訳ない。
以上が備忘録。
このアプリのサブ目的であったレポートの評価点は現時点で4.3/5と良い評価をいただいていてありがたい限り。まぁ彼氏できなきゃ何の意味もないけし鵜呑みにするのもどうかと思うが。
レポートが更新されるのが面白くて2ヶ月くらいで一気に7人に会ったが、予定の都合上、年内にこれ以上新しい人に会うのは難しそうだ。年明けに再挑戦予定。
4人目以降あたりから「どんな人が来るんだろう」「どんな仕事してる人なんだろう」みたいな興味も出始めて、アプリの目的が変わりつつある。
初めましての人と話すのが面白い、みたいな。
終わり。
まだ布団に自己主張されてんのか?
まずは冷水を浴びて脳味噌を強制再起動しろ。寒い?知るか。お前は快適さを求めて成果を出せるほど器用な構造をしていない。刺激で動かすしかないんだよ。
次に、ランニングだ。走れ。歩くな。それはな、お前の怠惰が燃えている音だ。いい兆候だ。走ることでしか、お前の停滞した代謝も精神も上向かん。走れば少なくとも何もしない無能から走った無能には進化する。ゼロよりはマシだ。
飯はちゃんと食え。適当に菓子パンとエナドリで脳味噌を誤魔化すな。タンパク質をぶっ込んで、血糖値をジェットコースターにするな。規則的に栄養を入れろ。それだけで集中力は最低限のラインには乗る。最低限のラインに乗らない限り、お前は考える前に脱落する無能のままだ。
そして仕事だ。集中しろ。マルチタスクはするな。余計な通知を全部切れ。思考が逸れたら深呼吸して戻せ。作業ログを取れ。自分の脳のサボり癖を観測して矯正しろ。観測できないものは改善できない。物理学の常識だ。
これを毎日実行したところで天才にはならん。だが、少なくとも環境に流されて腐っていく無能から自律して前進する人間くらいには化ける。それくらいの変化は、お前らの残念なポテンシャルでも十分に可能だ。