
はてなキーワード:箱推しとは
その「石を貯める」って行動をほとんどのプレーヤーが取るのが、旧来のソシャゲスキームなんよね。
性能のためであれ、愛のためであれ、特定の強い/好きなキャラに集中投資する、偏愛型プレイヤーの習性を褒めるゲームデザイン。
最近のゲームはそうとは限らなくて、作り込んだどのキャラも愛してほしいから、どのキャラにも凝った動画や楽曲を作るし、プレイヤーも全キャラ取ってもらって箱推しというか、作品推しになってもらえるようにシナリオもバトル設計もすべて妥協なしに、博愛型プレイヤーが有利になるように作られてる。
俺はWFSのゲームは以前、ららマジってのをやってた。これもヘブバンと同じで、WFSお得意の著名シナリオライターを起用したソシャゲ製作パターン。
器楽部員たちの心の深層を調律してわだかまりとなっていた繊細な感情を明らかにしていくシナリオ形式が好きで、ほとんどのキャラも好きになって、浅く広く集めてたからタイムアタックとかは苦労することもあったが、ゲーム面はちゃちでもシナリオと音楽だけでお気に入りだった。
でもVtuberブームが来てWFSもたぶんそっちの事業に注力しだしたんだろう、ららマジの開発が滞り、仕様も悪化していやらしくなり、大事に描いてた器楽部員たちも水着を乱発するようになり、ついにはサ終してしまったから、俺はもうゲームメーカーとしてのWFSの誠実さや責任感にまったく期待してない。
ゲームとしては、やっぱり作品性とゲーム性は不可分であって、片方だけ魅力的だからって邪悪なゲーム部分をおしつけるようなやり方をするのは結局尊敬できないソシャゲ屋のやり口だと思えてしまう。グラブルとかの鬼周回を求められるソシャゲをやってたときにも思ったけど、愛着を人質に取られて望まぬことさせられてる感がある限り、そういう作りのガチャゲームは健全じゃないし進化できないと思う。
まあヘブバンはそれらよりも新しい世代のゲームなんで、そのへんももうちょっとうまいことやってて称賛できるゲームなのかもしれないが、いろいろと裏切られ続けた結果、自分はもう日本のソシャゲメーカーには期待してないしやる気になれない。
キャラが揃わないからメインストーリー進められないくらい難度が高いって話してたのかもしれないが、一方でAAA級の中華ソシャゲはシナリオ進行はかなり易しい作りで、エンドコンテンツもキャラ揃ってさえいれば無凸で楽勝なくらいの設計なことが多いので、そのへんでも開発思想が異なると思う。とにかくストレスや時間拘束を強いることなく、文化的にIPを育てていこうって感じがするんだよね。
別に生身に性欲向けたって良いだろ!
あえて推しとファンを区別するなら、推しには義務推しも含まれるって点かな
例えば箱推しって言葉あるけど、これって別に箱の所属全員推してるってわけじゃない。ただ箱推しを名乗る手前は余計なことを言わないことにしてるだけでね
そうなると義務の推し活が発生する訳で、推しとは行動に伴う定義とするのが自然
ファンは気の持ちようだけで成立するもの(そうではないこともある)だけど、
そうするとお前は性欲99%で駆動しているのならその感情を表に出す言動は(社会一般としては)不適切な訳で、推し(活動の意義)が分からないのはある種自然である。
ここにたどり着くのに一週間もかかった。
ま、はてなじゃ俺が最速だろうけどね。
つうか俺も箱推し的な所あるんだよね。
まあ俺の場合はアニメやツイッターとかじゃなくて「ゲーム業界の箱推し」なんだけどさ。
技術が進歩して新しい遊びが作られていく光景そのものが好きでね。
そして、それらは業界全体の功績だと信じている。
たとえば、デトロイトみたいなゲームっていきなりあれだけが世界に生まれたりはしないだろ?
なんつうか、似たような要素が既にいろんなゲームにあった中で「もうこれだけでゲーム作れるじゃん!」的に生まれた感じだろ?
俺は、そういうのが好きなんだ。
天才が流星のごとく現れたときだって、その才能を受け止めかたちにする環境がなければ、結果にはならないんだよ、多分。
もしもパソコンの進化がエニアックで止まっていたら、どんな天才もパンチカードのうえでしか表現は許されなかっただろ?
俺はね、本当に箱推しなんだと思う。
何か特別に好きな会社があったこともあるが、振り返ればそれはゲーム業界がそういう会社の生き残れる下地を作った上にあったことが好きだったんだと思う。
ニッチなことをしてる奴らが「こういう会社もいいよね」と生き残れる世界。
日本が世界トップになったり、割れの多さで韓国のネトゲが発達したり、一部の会社のおかげで「この国はこういうゲームが得意」みたいな扱いになったり、そういう界隈全体の事情が楽しいんだな。
現実逃避のバーチャル空間から現実の都合と技術の進歩が無限ににじみ出てくる光景が好きなんだよ。
お前らがなんて名前で呼ぶかは俺の自認に何の影響も与えないんだ。
タイトルでほぼ自己紹介をしたようなものだが、私はADHDで、うつ病で、オタクだ。
この文章だけで、私の生活がどうなることか、手に取るようにわかることだろう。
メンヘラなので些細なことですぐに落ち込むくせに、そうしてストレスが溜まると衝動で買い物に走るのである。
そして、どうでもいい失敗は情景がありありと浮かぶほど思い出せるのに、銀行の預金残高と買ったもののことは寝れば忘却する。
しかも結構有名な版権のオタクをしている。200人ほどいるキャラクターが全員箱推しである。『詰み』である。
ポストの中身と同様の理論で、見なければないと同じなのに、SNS中毒なので暇があれば新グッズが出ていないか検索してしまう。
度々の炎上を重ねて学習した運営はほとんどのグッズを受注生産か予約にし、アニメイトだのとらのあなだので特典を変えて売りつけてくるのである。
加えて、ひとたび誰かと話してしまえば、エンジンが120%稼働し、1日のエネルギーをほとんど消費してしまう。
よって、ランダムグッズは1個だけ買って誰かと交換すればいいやとも思えず、自引きするために購入制限めいっぱい買い込むのだ。
結果、私の家には、買ったような買っていないような記憶の定かではない、版権のグッズが散乱することとなった。
掃除機はかけられても、目先のToDoから逃れる時に急にやりたくなる現象を除いて断捨離もできない。
度々親族に「誰かが欲しいなら、まあ持っていなくてもいいかな……」と思えるグッズを手渡して、メルカリに出してもらう日々を繰り返していた。
ガチで申し訳ない、本当に申し訳ない、私がやるべきだよな。4年目にして、メルカリのアプリをインストールした。
とりあえず、ガチャガチャで推しが出るまで引き続けてダブった3cmほどのフィギュアや、一番くじで上位賞が出るまで「ここからここまで全部」したようなものなどを出した。
急にメルカリをしたくなったのは深夜の3時のことだったが、寝て起きたら買い手がついていたので、親族に教えてもらいながらゆうパケットポストminiに詰める。
ちょっと散歩するのもいいかと思って、最寄りのポストまでパジャマのまま出かけた。ポストに投函すると、カコンと小気味良い音が鳴った。
たかだかポストに入るサイズ、厚さ3cm以下のものを1つ手放しただけなのに、なんだかすごくいいことをした気がして、スキップして帰った。
「こんな歳で子どもじみたキャラクターが好きなんて、変かもしれませんけど、欲しくて買ったんです。ありがとうございました。」みたいな内容。
「全然そんなことないです!私もその版権のキャラクターが好きで、絵柄を間違えて買ってしまったんです。気に入ってくれる人がいてよかったです。ありがとうございました。」と送った。かわいい購入者だった。嬉しい。
この成功体験を経て、私は次々とメルカリに出品して、次々と買われ、次々と袋に詰めるようになった。楽しい!楽しい!楽しい!
友達のLINEに既読をつけたまま返信し忘れて1年が経過した女の行動とは思えなかった。購入直後にすぐ返事をして、1日以内に発送できた。
私は意外とまともだったのかもしれないな。真人間にようやくなれたんだ。と思いながら、おさいふボタンを押してみる。
ほとんど原価+送料+梱包代のような設定だったが、周りの人たちの価格を真似していたせいか、数千円の利益が出ていた。
もしかして、これ、受注期間を忘れてて買えなかったあのグッズとか、駆けずり回ってもなかった一番くじとか、あるんじゃないのか。
18歳だった。子どもの頃から筋金入りのおたくで少年ジャンプがなによりも楽しみで二次元の男の子たちのかっこよさに安心して興奮してた。
受験頑張ってそれなりの大学に入ったから大学デビューしてみるかと思って色々頑張ったけれど、学籍番号が近くて最初にできた友達は自分同様一皮剥けようと頑張ってるオタクで、やっぱりどうしてもオタクといるのが楽しくて楽しくて上京してきたその子が暮らす西武新宿線の家に入り浸っていた。
無限の時間を生きていた私たちにとってのいちばんの問題は某スポーツ漫画で激推ししていたキャラの登場頻度が激減したことで、あまりにさびしいさびしすぎると嘆きながら毎朝五時までジャンプを模写していた。楽しくて楽しくて仕方がないのに某スポーツ漫画で味わったような衝撃をもう一度、人生であと一度だけでいいから味わいたいという若さ特有の飢餓感の中にいた。もうあんな衝撃はないんじゃないかと若さ特有の悲観に囚われ始めた、そんなときにその子が見つけたのが彼らだった。
ごくせん2っていうドラマに出てる子達、二人ともホストみたいだけどなんか気になる。見てみてほしい。
えー人間じゃんと思った。ずっと二次元に向けてきたものを人間に向けるという発想がなかったし、高校にいた癖の強いジャニオタが頭に浮かんであんまり気が進まなかったが、友達と一緒になにかにはまれたら良いなと思ってテレビをつけてみた。
ふんふん、面白いじゃん、へえ、かっこいい。なんか顔が似てるなこの二人。ヤンキーものは漫画っぽくて嫌いじゃない。なんかアングラ感ある店でバイトする高校生か、悪くない。
デゴイチのノーモアクライが流れる中、仏頂面の小田切が投稿してくる。集団を引き連れそれを迎える矢吹「久しぶり、今更なに? 俺まだお前のこと許してないんだけど」見開かれる目、暴力の気配、小田切の頬を打つ矢吹の拳。
自分が殴られたような気分だった。
「なにあれ、なにあれ、なにあれ!!」
当時はガラケーだった。友達に速攻メールした。即返信あり。言語化できない興奮。無限に連なっていくRe:Re:Re:Re:Re:Re:
次の夜には西武柳沢にいた。なにもわからずYouTubeの荒い動画をあさり、離さないで愛に行きつき、ハルカナ約束に行きつき、ボニーバタフライに行きつき、バイト代ぜんぶ注ぎ込んで横アリのチケット買った。予習はした。お客様神サマーも見た。こんなに人気なのにCDがまだなくて「デビュー前」なのがどういうことなのか意味がわかってなかった。ほんとうになにもわかってなかった。ヤフオクで競り落としたよからぬチケットを握りしめて会場に行った。嫌われ者のごく出新規だったが、それでも生まれて初めての横浜アリーナの階段を、自分たちの席を探しておりていったときの光景を一生忘れられない。
私たちは順調に転がり落ちていった。ファンクラブに入った。バイトの鬼になった。たくさん申し込んで金欠になって外れて返金で首の皮一枚繋がるサイクル。
いつのまにか箱推しになっていた。神サマーのベストフレンドでうえぷのこと大好きになって横アリで中丸夢になって田中聖のラップすごくない?ってなって教習所で再会した同小の子の布教により田口のこと大好きになった。ニューヨーク写真集で6人が踏んだ土踏んでみたくてバイト代貯めてニューヨークに行った。写真集を見たお母さんが言ってくれた言葉が忘れられない。例えばこんな子たちが飛行機にいたら、綺麗だなってびっくりするわよ。
自分の手柄でもなんでもない誇らしかった。推しが素晴らしいと誇らしいんだという最初の気づきだった。これまで想像してきたジャニーズから逸脱しているように見える規格外のグループに出会えたこと、そのファンであることが、自分にとっての新しいアイデンティティだった。私たちジャニオタなんだ、って友達と定期的に言い合っておどろいていたけれど振り返ると私はKAT-TUNのオタクだった。他のグループのコンサートにもだんだん行くようになったし遠征もしたけどKAT-TUNほどに心を揺さぶってくる人たちはいなかった。
この無敵のように浮かれた期間は短かったはずだ。赤西の留学によりブレーキがかかったから、ほんとうに短い。それからもいろんなことがありすぎた。アイドルってこんなふうになるもんなの? これがジャニーズなの?って思ったけれど、アイドルらしくなくジャニーズらしくない人たちにハマる手数料みたいなものなのだとしたら案外釣り合いがとれるのかもしれない。
でもけっきょく、KAT-TUNを好きでどんな日々だったか振り返ろうとするといつだって同じ景色が見える。あの横アリの階段をもうすぐあえると思いながら降りていったときのことをいちばん覚えている。
あれから20年経って大人すぎるくらい大人になり、良くも悪くも人生にはいろんな衝撃があると知ったけれど、18歳の自分を襲ったあの衝撃がうすれることはない。
あのころのように新しい衝撃を渇望するだけの元気はもうないけれど、生きていたら同じくらいの衝撃が襲ってくるかもと期待する気持ちがどこかにある。
殴打音と共に、舌打ちと共に、あのとき過分な衝撃を与えてもらったからだ。彼らのおかげで私は18歳のころから、期待しながら生きられている。
ありがとうKAT-TUN。次の衝撃があなたたちによるものであればよいと願わずにはいられないけれど、どっちにしたってあなたたちを追いかけた青春がこの先の道を照らしている。
18歳だった。子どもの頃から筋金入りのおたくで少年ジャンプがなによりも楽しみで二次元の男の子たちのかっこよさに安心して興奮してた。
受験頑張ってそれなりの大学に入ったから大学デビューしてみるかと思って色々頑張ったけれど、学籍番号が近くて最初にできた友達は自分同様一皮剥けようと頑張ってるオタクで、やっぱりどうしてもオタクといるのが楽しくて楽しくて上京してきたその子が暮らす西武新宿線の家に入り浸っていた。
無限の時間を生きていた私たちにとってのいちばんの問題は某スポーツ漫画で激推ししていたキャラの登場頻度が激減したことで、あまりにさびしいさびしすぎると嘆きながら毎朝五時までジャンプを模写していた。楽しくて楽しくて仕方がないのに某スポーツ漫画で味わったような衝撃をもう一度、人生であと一度だけでいいから味わいたいという若さ特有の飢餓感の中にいた。もうあんな衝撃はないんじゃないかと若さ特有の悲観に囚われ始めた、そんなときにその子が見つけたのが彼らだった。
ごくせん2っていうドラマに出てる子達、二人ともホストみたいだけどなんか気になる。見てみてほしい。
えー人間じゃんと思った。ずっと二次元に向けてきたものを人間に向けるという発想がなかったし、高校にいた癖の強いジャニオタが頭に浮かんであんまり気が進まなかったが、友達と一緒になにかにはまれたら良いなと思ってテレビをつけてみた。
ふんふん、面白いじゃん、へえ、かっこいい。なんか顔が似てるなこの二人。ヤンキーものは漫画っぽくて嫌いじゃない。なんかアングラ感ある店でバイトする高校生か、悪くない。
デゴイチのノーモアクライが流れる中、仏頂面の小田切が投稿してくる。集団を引き連れそれを迎える矢吹「久しぶり、今更なに? 俺まだお前のこと許してないんだけど」見開かれる目、暴力の気配、小田切の頬を打つ矢吹の拳。
自分が殴られたような気分だった。
「なにあれ、なにあれ、なにあれ!!」
当時はガラケーだった。友達に速攻メールした。即返信あり。言語化できない興奮。無限に連なっていくRe:Re:Re:Re:Re:Re:
次の夜には西武柳沢にいた。なにもわからずYouTubeの荒い動画をあさり、離さないで愛に行きつき、ハルカナ約束に行きつき、ボニーバタフライに行きつき、バイト代ぜんぶ注ぎ込んで横アリのチケット買った。予習はした。お客様神サマーも見た。こんなに人気なのにCDがまだなくて「デビュー前」なのがどういうことなのか意味がわかってなかった。ほんとうになにもわかってなかった。ヤフオクで競り落としたよからぬチケットを握りしめて会場に行った。嫌われ者のごく出新規だったが、それでも生まれて初めての横浜アリーナの階段を、自分たちの席を探しておりていったときの光景を一生忘れられない。
私たちは順調に転がり落ちていった。ファンクラブに入った。バイトの鬼になった。たくさん申し込んで金欠になって外れて返金で首の皮一枚繋がるサイクル。
いつのまにか箱推しになっていた。神サマーのベストフレンドでうえぷのこと大好きになって横アリで中丸夢になって田中聖のラップすごくない?ってなって教習所で再会した同小の子の布教により田口のこと大好きになった。ニューヨーク写真集で6人が踏んだ土踏んでみたくてバイト代貯めてニューヨークに行った。写真集を見たお母さんが言ってくれた言葉が忘れられない。例えばこんな子たちが飛行機にいたら、綺麗だなってびっくりするわよ。
自分の手柄でもなんでもない誇らしかった。推しが素晴らしいと誇らしいんだという最初の気づきだった。これまで想像してきたジャニーズから逸脱しているように見える規格外のグループに出会えたこと、そのファンであることが、自分にとっての新しいアイデンティティだった。私たちジャニオタなんだ、って友達と定期的に言い合っておどろいていたけれど振り返ると私はKAT-TUNのオタクだった。他のグループのコンサートにもだんだん行くようになったし遠征もしたけどKAT-TUNほどに心を揺さぶってくる人たちはいなかった。
この無敵のように浮かれた期間は短かったはずだ。赤西の留学によりブレーキがかかったから、ほんとうに短い。それからもいろんなことがありすぎた。アイドルってこんなふうになるもんなの? これがジャニーズなの?って思ったけれど、アイドルらしくなくジャニーズらしくない人たちにハマる手数料みたいなものなのだとしたら案外釣り合いがとれるのかもしれない。
でもけっきょく、KAT-TUNを好きでどんな日々だったか振り返ろうとするといつだって同じ景色が見える。あの横アリの階段をもうすぐあえると思いながら降りていったときのことをいちばん覚えている。
あれから20年経って大人すぎるくらい大人になり、良くも悪くも人生にはいろんな衝撃があると知ったけれど、18歳の自分を襲ったあの衝撃がうすれることはない。
あのころのように新しい衝撃を渇望するだけの元気はもうないけれど、生きていたら同じくらいの衝撃が襲ってくるかもと期待する気持ちがどこかにある。
殴打音と共に、舌打ちと共に、あのとき過分な衝撃を与えてもらったからだ。彼らのおかげで私は18歳のころから、期待しながら生きられている。
ありがとうKAT-TUN。次の衝撃があなたたちによるものであればよいと願わずにはいられないけれど、どっちにしたってあなたたちを追いかけた青春がこの先の道を照らしている。
が象徴してるんだが、いわゆる「箱推し」が無効な時代に入ったっぽい。
これが一過性で終わる(すぐにまた大きな塊ができる)可能性もあるがたぶんしばらく続く。
でも「人」単位や政策単位で解像度高く政治シーンをフォローしていくなんてふつうの生活してたらまあ無理だから。やってるつもりで切り抜き動画とかの安いプロパガンダ鵜呑みにするのがオチだ。
すると衆愚化は進行する一方。「アメリカは日本の数年先」のセオリーをそのままトレースしていくことになる。
MAGAと糞リベのせめぎ合いというのはあれは左右のイデオロギー対立ではない。もっとソリッドな分断そのものだ。
「箱」が細分化するのは個々の主権者の一票がその意志を裏切ってわけわからんやつのためにカウントされないということであり、表面的にはよいことのように見える。だが結果は期待を裏切るだろう。
99年生まれだからテニプリ全盛期の世代ではないんだけど、家に兄が集めた単行本全巻があるからたまに読んでた
それで、当時アニメとか好きなオタクだったから中学では美術部に入ったんだけど
美術部には漫画の回し読み文化があって、私は友達にテニプリとスラムダンクを貸してた
そのときの流行りは黒バスとかでテニプリの絵柄や作風はちょっと古かったんだけど、
やっぱ名作なだけあって皆かじりついて読んでた
なんなら同級生の男子も読んでた というかあまりにメジャー作品過ぎて元々読んだことあるって子もいた
推しという言葉は当時なかったけど、各自好きなキャラとか言い合って、わかる!とか、えー格好良くないじゃん、とか好き勝手言ってたな
テニプリで人気なのってだいたい跡部不二幸村リョーマあたりだと思う
でもうちの美術部は何故か乾と海堂と菊丸が大人気だった 中学生が青学箱推しって今考えても渋いセンスだと思う
私は初めて読んだとき跡部が好きだったんだけど、感化されて気付いたら乾推しになってた
そのへんのキャラってそこまで人気ないから日本橋の中古グッズ屋に行ってもグッズが少なくて、カピカピのよく分からんキーホルダーとかを頑張って皆で集めてたな
それで、兄にびっくりされてた
乾が人気キャラじゃないことは認識してたんだけどそれでも好きなキャラ馬鹿にされるのが許せなくて、「乾先輩めっちゃ人気だよ!!私の友達みんな乾先輩好きだもん!!」って言い張ってた
私はそのまま乾推しで、この年(26)になってもテニプリ追ってるしオタク続けてるんだけど
当時の友達はみんな漫画に興味がなくなってしまって 流行ってるやつは皆読んでるけどオタクって程ののめり込み方じゃないみたい
それで、この間久々に地元に帰って皆で集まったとき、テニプリの話になったんだけど
電子書籍で読んだらやっぱおもろいわー、とか新テニは長すぎて読んでないわwとか話してて
当時乾と海堂好きって言ってた子が、「やっぱ何回読んでも跡部推しだわ!」とか言っててさ
え??って思って
そしたら他の子も、「わかるわ、跡部様ねー」「アニメで見たときめっちゃ幸村格好良かった」とか言ってて
え、菊丸好きって言ってなかった?桃ちゃん好きとか言ってたじゃん 一緒に青学のクリアファイル集めてたじゃん
それで、私は乾先輩めっちゃ好きだったよwって言ったらさ
「渋www」「焼肉かなんかでケツ出してた話あったよね」「幸村の学校に乾のパチモンみたいな奴いたよな」とか言われてさ
ネタキャラだけど格好いいじゃん〜って一緒に笑ってたんだけど、内心残念な気持ちでいっぱいだった
別に乾のことネタキャラ扱いされるのは全然いいんだけど、一緒にテニプリの話で盛り上がってたあの思い出が全部粉々になったような感じがしてさ
そりゃただのオタク中学生の日常だったけどさ、結構あのとき楽しかったじゃん?一緒に日本橋とかブラブラしてたじゃん?何それ、青学好きって言ってたあの日々って何だったの?
最近のホームタウン騒動を見てなんかモヤモヤが溜まって、参政党に投票する人たちの気持ちがちょっと分かった、という話
最初はなんだかネットで燃えてるなぁーって感じで、遠巻きに見てた。まあ、いつものSNSの炎上だろくらいに思ってスルーしてたけど、昨日になってNHKとかが否定したニュースを見てようやく詳しく知ったという経緯
報道見てると「またSNSによる悪質なデマで移民推進という誤解が広がってる」みたいな感じでまとめられてる。政府側が「そんな計画はない」って否定してるんだからデマだって流れ
でも、それおかしくね? って疑問が湧いた。だって、ナイジェリア政府の公式発表や現地メディア、BBCなんかが「移住用の特別ビザが発行される」とか言ってるんでしょ?(これはNHKの記事の中でも一応触れられてる)
誤解してるなら自国民じゃなくて向こうの政府側では?トランプ関税みたいに合意文書作らずに解釈食い違っちゃったんじゃないの? って、不信感がジワジワ出てきた
で、さらに追い打ちをかけたのが、いわゆる「良識派」の人たちの言動。
「こんなデマに躍らされる情弱が〜」って揶揄して「ゆる自民」とかいう非公式応援アカウント(なんだそれ)が、丁寧に画像まで作って「あなたたちは不安ビジネスに踊らされてるんです!」って張り出してる
「石破さんや外務大臣が頑張ってるのに、デマのせいで外交が台無しに〜」「ただの姉妹都市みたいなものなのに、国益損ねてるのはお前らだぞ!」みたいなさ
いや待て待て、デマならそれを公式に発表してたナイジェリア政府のほうがよっぽど外交問題だろ? なに内弁慶でキレてんねんって思っちゃう
要するに、いつもの「SNSの悪質なデマ」っていう構図に持っていこうとしてるんだろうな。これも、悪意があるわけじゃなくて、ただの熱心な自民党支持の推し活が行き過ぎただけなんだと思う。(推しを擁護をしようと、ついこういう言動しちゃう全肯定ファンを腐るほど見てきた。それの政治版か)
アカウント見ると、自民箱推しみたいな界隈で、今の「良識的」自民を応援してる人たちみたいだし。
決定打になったのは、「ホームタウンで騒いでたのは外国勢力の介入だー」って言い出したこと。根拠が「あんなマイナーな国や自治体の話で騒ぎになるのは不自然」「日本政府の外交を邪魔して得するのは中露だから」みたいなさ
え、それこそ陰謀論じゃねーの? 点と点を無理やり線でつなげてるだけじゃん。一応、向こうの政府の公式発表っていうソースをもとに懸念してた人たちより、根拠ゼロのそっちのほうがデマだろ
あぁ、これは政治不信になるわな、って実感したよ。こういう経緯でマスコミや政府の言うこと、「ファクトチェック」が恣意的だって思った人が、参政党支持に流れるんだろうな
共産党みたいに万年野党で支持率2%くらいなら、俺も抗議の意思表示として参政党に一票入れてたかもしれない。今はもう支持率的には野党第一党だし、抗議票にならない可能性が高いからやめとくけど
良識派さんたちは本当に「デマを信じる愚かな人」を減らしたいならもう少し振る舞い考え直したほうがいいよ、というのが俺の感想です
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とりとめのない話を聞いてほしいのだが。
ここ一年くらいのことだ。夜に女性従業員が接待するお店に通っている。月に2~3回くらい。
道路を作る仕事をしてて、たまに現場がハードな日がある。帰りに飲み屋街に寄って、焼肉を食べて帰る習慣があった。
疲労した肉体と空きっ腹に、お酒とロース肉と石焼ビビンバと冷麺がマッチする体験。ベスト快楽である。仕事帰りにうまいメシを食べるのが好きだった。
いつからあの店(二行目のお店)に通うようになっただろうか。数えてみたけど、やはり一年以上は経つ。
きっかけはなんとなくである。これまで個人的に夜のお店に行ったことはなかった。会社の経費とか、先輩や上司の付き添いでキャバやラウンジに行ったことはあるが、自分には合わなかった。
ただ、スナックだったら自分でも行けるかもしれないと思った。それだけだ。スナックって、どっちかと言うと居酒屋の仲間なんだろう、確か。秘密戦隊ゴレンジャーの第1話にも料理店みたいなスナックが出ている。
過去、いわゆる増田の日記でスナックに行ってみたいというのを読んだことがある。一度は行ってみたいと思っていた。
そこは実際、いい店だった。初めて行った時は「はぐれ刑事純情派で見たかもしれぬ」と思った。
店内は明るい内装だった。暗闇なんてことはなかった。「どの席に座ったらいいですか?」と聞いたら、ママさんと若い子(kanaさん。以下敬称略)が案内してくれた。突き出しが出た。廉価な食材なのは明らかなのに、不思議とおいしい。
その店なんだが、(疲れた日の)仕事帰りにふらりと立ち寄るには、程よい賑やかさと、肩肘張らない雰囲気が今でも気に入ってる。ママさんの人柄が移ってるんだろうか、女の子たちもみんな愛想が良い。後で聞いたが、求人誌じゃなくてスタッフは全員紹介制らしい。なるほど……と思った。
お店に入ってカウンター席に座ると、大抵誰かが声をかけてくれる。
最初に話しかけてくれるのは、kanaが多いかもしれない。「いらっしゃいませ」の声が、少し落ち着いたトーンで安心する。
kanaは話しやすいし、何より聞き上手だ。ついつい、仕事の愚痴とか、どうでもいいような話をしてしまう。話し過ぎるとウザいんで、彼女のネイルの話もするようにしてる。
と言ってしまった。こんなこと、会社で気になってる子にも言ったことない。一番とか言ったら、二番と三番が居そうな気がする。あの発言は、湿原だったと感じている。
でも、決して嘘ではない。その時の正直な気持ちだ。彼女の、どこか控えめな笑顔が好きだなって。
ナニカを好き、という感情があるなら言えばいいと思う。恋愛に限らず。自分の気持ちを正直に言えない人は、弱い人間だと思う。私はこのお店が好きなのだと思った。
ここまで書いていて、未成年の頃に読んだ『はてしない物語』という小説を思い出した。今しがた序盤を読んでみると、懐かしの文章を見つけることができた。
何かに心をとらえられ、たちまち熱中してしまうのは、謎にみちた不思議なことだが、それは子どももおとなと変わらない。そういう情熱のとりこになってしまった者にはどうしてなのか説明することができないし、そういう経験をしたことのない者には理解することができない。山の頂を征服することに命を賭ける者がいるが、なぜそんなことをするのか、だれ一人、その当人さえもほんとうに説明することはできないものだ。 P.17
だが意外なことに、私が其処で見つけた感情は明るい春の森ではなく、低草の海原だった。日光が高々と茂る樹木の若葉をすかして降り注ぐはずが、光が届くことはなくて、影ばかりがあった。
春の里山を歩く時の、土の匂い、きのこの香り、暖かい空気、桜の木に停まったメバルのさえずり。私が立っている場所にはそういう森林の風情はなくて、ただ開けた草原に立っていて、満ち足りない自分が何かを探しているような感覚があった。
ここは、いいところなのだ。それは間違いない。
※ほかの客は「ガールズバー」だと言ってた。でも看板にはSnackとある
kana以外に他の子たちも、それぞれに良いところがある。yukiは大変明るくてよく笑うし、minamiは一生懸命話を聞いてくれる。傾聴力がスゴイ。
ほかにもいい子がいる。19才~50代まで幅広い年齢の従業員がいる。はてみ民はおおよそ支持するであろう、多様性がある。
彼女たちを見ていると、それぞれ全員頑張っていると思う。自分も社会人約20年なので、わかる。
彼女らは、この場所でそれぞれの持ち味を発揮しようとしている。みんなスゴイと感じる。自分が若い頃とは、てんで違う。若者言葉でいうと「レベチ」だろうか。
だから、誰に対しても分け隔てなく接したいと思うし、特定の子だけ贔屓しないようにしてる。まあ、指名制度はないし、どの子が付くかは運しだいなのだが。
実家に帰った日などは、有名店で買ったお菓子を持参することがある。皆にもお裾分けしたくなる。
できるだけ、ほかのお客さんの分も買うようにしてるが、数が足りない時は、自分のところに付いた子と2人で食べる。
このお店は開店して何十年も経つらしいが、いつ無くなるかだってわからない。貴重な時間を、その瞬間をお菓子に閉じ込めて共有しておきたい。人生の残り時間は、見えない導火線のようなものだから。
ママさんには、「この店が一番居心地いい。女の子たちがガツガツしてなくて、和気あいあいとしてるのがいい」と伝えたことがある。
これも本心だ。客同士で競い合うような雰囲気や、店員同士が張り合っているような空気は疲れてしまう。若い頃、年配の上司の奢りで行ったことのあるクラブで、目の前の女の子が確か……
「ねえ、私。昨日が誕生日だったんです」
と言ってきた。
当時21才だった私が「?」となっていると、上司は「おめでとう。いいお客さんにシャンパンおごってもらえた?」と返していた。そういうことか、と思った。
さらにまた別の子が「じつは、私~あと十か月後に誕生日なんだけど~」と言ってきた。冗談だと信じたかった。
ほかの店の話はやめよう。とにかく自分は、ここが好きだ。ここの、どこか家庭的な雰囲気が好きなのだ。
ほかに好きなところは……『余裕』だろうか。半年ほど前、私一人がお店にいた時、あまりにお客が少ないものだから、「シャンパンを注文します。ワインでもいいです。何かありますか?」とkanaさんとminamiさんに尋ねた。お店のスタッフはそのふたりだけだった。
すると、ふたりはキッチンの方まで行って、それから帰ってくると、「ごめんなさい。ひとつもないんです」と返答した。その時は、『残念……』としか思わなかったが、帰宅途中におかしいと気が付いた。
夜に女性がドレスを着て接客するお店に、ボトルをひとつも置いてないということはないだろう。何が言いたいかというと、あのふたりは私のことを気遣ってくれたのだ。主に財布のことを。
その時、心の中に温かい感情が芽生えた。ここまで気遣ってくれなくていいのに、と心の底から感じた。
これまで2回だけ、kanaと同伴出勤したことがある。お好み焼きとか、焼き鳥のお店に行った。高い焼肉を奢ろうとした時もあったけど、好きではないようだった。
それ以前、kanaの同伴依頼を断ったことがあった。ある日、お店の営業が終わる頃だった。そこで私は同伴のお誘いを断った。するとkanaは、同伴ができないなら、お店が終わった後に深夜営業のレストランで夕食を奢ってほしいという。自分と仲間に。それも結局断ったのだった。明日の朝が早かったので……
後日、なんだか悪いと思って同伴出勤をしてみたのだが、新鮮な感覚だった。一瞬だけど、若い頃に戻れたような気がした。お洒落な私服の女性と、一緒に往来を歩くのは久しぶりだった。
それからの私は、お店で自分が○回以上付いた~という基準を満たす子を全員同伴に誘っている。kanaだけと行くのは公平ではない気がしたから。自分にとっての矜持だった。
いつからだろうか。kanaが時折、こちらをじっと見ている。本当にそうだ。男の自分が気付くのだから、間違いないと思う。
ほかの席にkanaがいて、喋ってなくて蚊帳の外みたいになってる時に、私がいる方を見て、何か言いたそうな表情をしている時がある。
もしかしたら、自分の行動は悪かったのだろうか。あの子にはどう映っているのだろうか。自分には夜のお店のマナーはわからない。やはり、多くの子と同伴をするのは悪いことなのだろうか。
あの時、kanaに「一番」と言ったのは、その時の気持ちだった。
でも、それは彼女に対してではないのかもしれない。私はこの店の雰囲気全体が好きで、そこにいる一人ひとりの女の子たちに感謝している。
それはまるで、応援しているアイドルグループ全体を好きになる感覚に近いのかもしれない。特定の誰か一人というより、箱推しというやつだと思う。箱推しという単語は、先日YouTubeチャンネルで配信されていた『推しが武道館いってくれたら死ぬ』という作品で学んだ。
一人ひとりの個性はちゃんと見ているつもりだ。例えば、kanaの落ち着いた雰囲気、yukiの明るさ、minamiの真面目さひたむきさ。それぞれいいなって、その良さを感じている。
でも、特定の誰か一人を気に入ってるという感覚がない。みんな人柄がいい子だから、みんなに好意があって、それは、応援しているチームのメンバー全員を応援するような感覚だ。そう、本当に「箱推し」なのだ。
ただ、彼女たちはアイドルではない。だから、自分のこの感覚は彼女たちには伝わらないだろうし、むしろ言えば……誤解を招く。
この日記を書いたのは、ちょっと前に、kanaに「増田さんはいい人だけど、たまに、なんか嘘ついている気がする」と言われたからだ。「増田さん。夜の店では、一人を選ぶのが普通かもしれませんよ」とも。
kanaは、私を「気持ち悪い」と感じているかもという考えが頭をよぎった。もし、そうだったら少し寂しい。kanaの、あの控えめな笑顔が好きなのである。
結局、どうすれば良いのだろうか。
誰か一人だけを特別扱いすれば、それはそれで他の子たちに申し訳ない気がする。そのうち職場の人間関係が悪くなるかもしれない。かといって今のままでは、kanaが寂しい表情のままなのかも。
先月、店を出る時、kanaが話しかけてきた。「あの……いつも、ありがとうございます」と。
その言葉に、私はただ「こちらこそ、ありがとう」と返すのが精一杯だった。本当は、もう少し何か言いたかったけど、言葉が見つからない。
彼女も、何か言いたいことがあったのかもしれない。
夏に入ってからは一度も店に行ってない。今週は少しだけ顔を出してみようか。もし機会があれば、少しだけ、自分の気持ちを正直に伝えてみようか。『箱推し』であるという。
ただ、ほかの従業員もお客さんもいるし、それとない言い方しかできないと思う。ストレートに伝えるために同伴するにしても、kanaとはもう4回以上している。ちょっと多すぎる。
一度だけ、お店が終わった後で、kanaにかなり遅い夕食を奢ったことがある。また誘ってみようかな。
最後に、私がこの店を好きだということ。そして、そこで頑張っている、夢や目標を追っている彼女達の人格や人柄を尊敬していること。
これが、自分の正直な気持ちなのだ。ここで書いても何も解決しないけど、気持ちの整理のために書いてみようと思った。それだけだ。
VTuberは兄弟が見てて、色々勧めてくれたんだけど、正直エモいだのなんだの言われても、いや所詮いつか消える人たちだし……と思って、否定はしないけど話を聞いているだけだった
でもまあ、切り抜きとか目に入るし、short動画でも面白いなーって笑う瞬間があって、そこからボチボチ箱推しというか、特に誰とも決めないけど、なんとなく好きそうなゲームやってたら見てみるかあ、歌ってみた聴いてみるか…と、少しずつ自分もVTuberを見始めた。
でも、グッズが欲しいとかコンサートに行きたいとか、そういうのはやっぱり分からなかった。元々別のオタクやってたときは普通に色々買ってたから、まあグッズ全般を嫌っている・否定しているわけではない。
しかし、なぜかその箱からデビューした新人にグッと引き込まれてしまった。色々新人お披露目とか見ていたんだけど、その新人たちは何故かハマったんだよね。
で、とうとうスパチャ投げる予定はないけど、メンバーシップに入ってしまった。
これ書いた増田なんだけど
https://anond.hatelabo.jp/20250709170039
メンバーシップギフトっていう、既にメンバーになってる人から「入ってみてくださいよ」って配られるやつにたまたま当たって、見始めた。結局その後も気に入ったので継続してる。なんなら他の人のにも入った。
なので、もう単に「VTuber見てる人」ではなく「好きな人」かなと思い始めた。
正直未だにあまあまボイス♡みたいなやつの楽しみ方は分かってないんだけど、ボイスとかも買えるうちに買っておいたほうがいいのかなーと思ってきている。みんなちゃんとボイスとか聞いていますか?照れくさいと言うか、もっというと聞いてる自分が恥ずかしいみたいな気持ちにならない?誰も見てない、一人暮らしのベッドの上で音声聞いているだけだが、正直AV見るより恥ずかしい気持ちになる。
(ファンとして最悪な発言をすると、ガワは美しいけど、その中身は……ってこともあるわけじゃん?それでなんかうっとりしてるの、すごく滑稽じゃないか?まあ声が良ければ(ハマれば)人としての見た目も好みな経験もないわけではないが。結局Vの見た目ではなく、中の人間の造形にこだわってる自分が愚かではある)
しっかりと異常中年独身になった自分を恥じているのか…?と一瞬思ったが、もっと若い時からボイスドラマとかにハマらなかったから、単なるそういう性質なのかもしれないが…。
周りはしっかり社会人やってる(増田も働いている)上に、2次元3次元関係なく、オタク趣味な人間がいないからこっそりここで吐き出させてもらった。
たぶんだけど、今「推し」という言葉を使う人は、ゲームやグッズ課金に常軌を逸した散財することをセルフ肯定するために使ってるんだと思う。自己暗示の一種。
俺は、スマホゲームしてて好きなキャラが出来たとしても、好きは好きで、金払いと好きを直結させるのはなんか違うと思うから、別に凸とかしたりしない。
まあ昔のソシャゲなら好きなキャラにだけ投資してればTUEEEできたかもしれないが、最近のスマホゲーは特定キャラだけ課金して強くするのは普通に罠なんだよね。
むしろキャラが持つ戦略ストラテジーを活かすために幅広くキャラを迎えていった方がよく、どのキャラもそれなりに好きになれる人のほうがゲームを長く楽しめる。
「推し」活動をしている人たちは、身を削ってお金を注ぎ込むという愛情表現だけじゃなく、たとえばゲームなら装備厳選とかに時間をかけたり、頭を使って好きなキャラを輝かせる色んな発想を見出すような表現をすることの配分を増やしていったほうが、健全にファン活動できると思う。
一昔前は「推し」というと、一途な偏愛の象徴だったが、今ドキのオタクになるほど、「推し」は軽率にどんどん増やしていくものになりつつあると思う。「推し変」ではなく「推し増し」。博愛、箱推し、とまではいかずとも、「推し」は多ければ多いほど人生充実するよね、という価値観になりつつあると思う。