
はてなキーワード:等身大とは
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
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## 1週間分の総括
この1週間は、選挙を中心とした政治・社会への高い関心が全体を貫きつつ、AIや投資など未来志向の話題と、食・旅行・趣味といった身近な雑談がバランスよく共存していた。
仕事や教育、医療といった現実的な課題への悩みが多く語られる一方で、新技術や文化を楽しむ姿勢も見られ、不確実な時代の中で生活を最適化しようとする等身大の大人たちの対話が印象的なログだった。
https://anond.hatelabo.jp/20240722084249
対物レンズ越しに合った目
一生の丈合わせ
生きてるスケール違うので
これで逢いに行けます
ざわつく教室抜け出して
旧校舎の理科室へ
泳いで 捉えて
こっちみて
対物レンズ越しに合った目
等身大 目の前に揃っちゃって
君の名前も知らない
おちかづきになりたい
好きな水質とか聞いてみたい
素っ頓狂 信じるわけないんだって
おっしゃらないで頂戴
同じ目線に立ちたいの
観測続行 諦めちゃ、め
▼それで馴染めるのは才能ね
▼でも、申し訳ないけど覚えておいて
▼いつかは解けるのが魔法なの
理想郷 特等席
旧校舎の掛け時計は
狂って 止まって
おっこちて
取り壊されるんだって
百年目の春休み
君に会いたい
うまく走れない
対物レンズ越しに合った目
おうちみたいな涙を溜めて
かける言葉も知らない
嘘で騙したくない
ほんの少しだけを聞いてほしい
その光に惹かれたんだって
対物レンズ越しに合った目
等身大 目の前に揃っちゃって
君の心は透けない
かみさまごめんなさい
素っ頓狂 信じるわけないんだって
終わらないで、恋
体も全部透けちゃうの
聞いて
父の晩酌といえば、決まって「さつま白波」だった。 お湯を入れたコップから立ち上る、あの独特の、鼻を突くような芋の匂い。子供の私にとって、それは「大人の飲み物」というよりは、どこか近寄りがたい「頑固な親父の記号」のようなものだった。
ところが、自分が酒を覚える年齢になった頃、居酒屋の景色は一変していた。カウンターの端から端まで、黒いラベルのボトルが整然と並んでいる。それが「黒霧島」との出会いだった。
初めて黒霧島を口にしたとき、正直に言って驚いた。白波が持つ「芋臭さ」という名の自己主張が、そこにはない。代わりにあったのは、シルクのような喉越しと、後味の潔い切れ味だった。 メーカーが掲げる「トロッと、キリッと」というキャッチコピーは、まさに言い得て妙だ。芋の甘みはしっかりと感じられるのに、鼻に抜ける香りはどこまでも上品で、決して食事の邪魔をしない。かつて「焼酎は臭いから苦手」と敬遠していた層を、この一本がどれだけ救い出したことだろう。
もちろん、白波が劣っているわけではない。今でもたまに、ガツンとくるあの荒々しい芋の香りが恋しくなる夜がある。それは、昭和という時代の熱気や、不器用だった父の背中を思い出すための儀式に近い。
しかし、現代を生きる私たちの日常に寄り添ってくれるのは、やはり黒霧島なのだ。 焼き鳥のタレにも、刺身の醤油にも、あるいはコンビニのちょっとしたおつまみにも、彼は等身大の顔で馴染んでくれる。ロックで飲めばその甘みが際立ち、水割りにすればどこまでも軽やか。その「懐の深さ」こそが、私が黒霧島を手に取ってしまう最大の理由だ。
「お前も、そんなチャラついたのを飲むようになったか」 もし父が今の私を見たら、苦笑いしながらそう言うかもしれない。けれど、白波を愛した父のDNAは、確実に私の中に流れている。ただ、時代が少しだけ軽やかになり、私の好みもそれに合わせて洗練(あるいは軟化)しただけなのだ。
今夜もまた、私は黒いラベルの封を切る。 グラスの中で氷がカランと鳴る。白波が「郷愁」を運んでくる酒だとしたら、黒霧島は「今日という一日を穏やかに締めくくる」ための、最高のご褒美なのである。
気まぐれで視聴し始めたが、回が進むにつれオーディション参加者たちの苦悩や葛藤や成長、候補生にかける審査員の熱意と寄り添いの言葉に胸を熱くし、審査員へも参加者へも感情移入し涙した。
最新話が更新されるまでの間は何度も繰り返し1話から見直した。努力し成長する美しい男たちの姿は何度でも泣けた。
オーディション終了後は約半年間楽しませてくれたお礼とご祝儀としてファンクラブにも入った。
雑誌CMバラエティー歌番組そして冠番組と、今ではテレビで見ない日はないほどの人気グループとなった。
今回の話は、惜しくも選考から漏れた1人が私の地元のイベントに来ると知り、興味本位で覗いてみたものだ。
顔が美しい。
ダンスの良し悪しについては判断することができないが、歌は上手い。彼自身もダンスより歌に自信があったのだろうと思う。
オーディション中も音程の合わない参加者の練習に付き合いピッチを合わせ、歌う必要のないダンスの練習中でも彼の歌が響いていた。チームのダンスカウントを合わせたのは間違いなく彼の歌声だった。
しかし自らそれを知らしめるようなことはせず、彼の人柄の素晴らしさはオーディション後に他の参加者から特に多く語られた。
彼のオーディション結果が公開なった後すぐにソロでアイドル活動を行うと発表があり、直後に開設したインスタはフォローしていた。
桜色の薄い唇をふわりと引き上げとろけるように微笑む笑顔の写真も、添えられる言葉も気高く美しかった。
そんな彼が地元で行われるイベントのゲストとしてやって来るらしいと知ったのは当日の朝で、出不精な私は数時間の逡巡の末、現場入りを決意した。
貴重な休日、寒いし外に出るのは面倒だけど、家にいるよりは楽しいことありそう。
欲しいものは特にないが、何かを期待して新装開店セールに行くような、そんな気持ちである。
駅前の超好立地でありながらタピオカやらフルーツサンドやらフルーツ飴やら、学生向けの流行りのテナントが瞬間的に出店しすぐに撤退を繰り返すような、常に今何が入ってるのかわからないようなビルだ。そんな中に特設ステージと言われても正直ピンと来ない。
SNSを見ても会場の様子が何もわからないので、予定より少し早めに着いた。
迷うような広さの建物ではない。
エスカレーターの真裏の特設ステージを視界に捉えた私はまず一度通り過ぎ、足早にトイレに直行した。
便座に腰を下ろしながら、思う。
きつい。
これはきついかもしれん。
特設ステージという名の、空きテナントと空きテナントの間のスペースが衝立で区切られ、舞台が組まれ、“何か”やっている。
この“何か”は明らかに私が目的としていたイベントなのだが、なんというか、思った以上にアットホームでハンドメイドでDIYだ。
意を決して会場入りする。
と言っても衝立の向こう側に入るだけなのだが。
上下の照明。
2〜30人ほどの女性の群れ。
既視感の正体は、今より景気が良かった子供の頃によく見た福引会場だ。あれによく似ている。
壇上には若い男が3人。
後で知ったがご当地アイドルらしい。この地に長く住んでるのに存在すら知らなかった。
演者と観客が軽快な音楽にあわせてコール&レスポンスしている。
きつい。
知らない曲、知らない男、ノリがわからない。
きつい。
何がきついのかわからないが、とにかく辛い。
何かから逃げ出したい気持ちのまま、ご当地アイドルの出番は終了した。
観客の1/3くらいが入れ替わる。
前方へ身を詰めた女性達がお揃いのペンライトを取り出し点灯する。
ペンライトも持っておらず立ち振舞いがわからない私はとりあえず会場の最後尾の端に立ち、防衛本能からか自然と体の前で腕を組む。そんなつもりは全く無かったが、偶然にも後方腕組み彼女面の参戦スタイルが完成してしまった。
前の方の女性たちがにわかに色めき立ち、歓声とともに、彼は登壇した。
画面越しで見るよりも色白で首が長くて顔が小さい。手足が長くて華奢だ。美しい。
喋り慣れているのだろう、臆することなく爽やかに軽快に二言三言挨拶をする。臆しているのは恐らくこの会場で私だけだ。
彼が笑顔で何かを言う度に、観客たちは笑顔で歓声をあげる。私以外の全てが笑顔だ。
爽やかな曲調。軽やかなステップ。歌が上手い。
だがきつい。
ずっときつい。
なんだこの感情は。
なんだかずっといたたまれない。
彼が歌い出す前から、いや登壇する前からずっといたたまれない。
なんだこれは。
なんだこの近さは。
つらい。
何がつらいのかわからない。
共感性羞恥とも違う。
つらい。
ずっと心のなかで何かを嘆き、よくわからない痛手を負いながら、イベントを最後まで見届け、ぼんやりとしたまま帰宅した。
冷静に今日のことを振り返る。
つらかった。
きつかった。
何がそんなにきつかったのか?
2週間ほど前。巨大な会場で、偉大な先輩たちとともに煌びやかな衣装でたくさんの照明と数万人の歓声を浴びて歌って踊る彼らを見た。
スタンド前方席で視力1.5の私でも肉眼では豆粒くらいにしか見えなかったが、それでも夢のような時間だった。
オーディション中は横並びで、彼もそうなり得た人であったはずが、結果によって片や数万人規模、片や田舎の特設ステージで無料イベントである。
この現場がどちらも映像で見たものであったなら、私と彼らの距離は全て「画面越し」で同等であったはずだ。
もちろん実際に触れ合える距離感を楽しみ、だからこそ応援したくなるというファンもいるだろう。そういう楽しみもあるだろう。
勝手にこんな気持ちになっている私の方に問題があり、本当に失礼極まりない感情である。
彼が悪いわけではないし、ファンやイベントを非難する気もない。彼は美しかった。
私自身が「選ばれない側」「持っていない側」の人間であるため、勝手に投影して勝手に落差に傷ついてしまった。
成功とは何か、幸せとは何か、人の数だけ答えはあり、個人のそれらは他人から推し量ることはできないしするものでもない。
ならば私が願うことは、美しい微笑みが崩れることなく、いつまでも幸福であって欲しいということだけだ。
食わず嫌いしていたGotGみた。
口の悪いアライグマにろくに喋れない木、純粋なマッチョに虫、ワールドワイドな毒親の子1に子2、それらと取りまとめるさえない普通のおっさん(とアベンジャーズだけ見てたときは思ってたけどものすごい出自だった)の主人公が織りなすお話で、意外とほっこりエピソードもあって面白かった。
個人的にはヨンドゥが一番好き。あのスパイラルナイフは主人公に継いでほしかった気持ちはちょっとある。
スパイダーマンのアニメ大量にあってよくわからんかったけどフレンドリーネイバーフッドってやつを見た。
見た目は昔ながらのアメコミ風で内容はしっかり現代風のCGアニメでMCU要素やちょくちょく他のヒーローもでてきたり、手を組むのがオズボーンだったりで面白かった。
スパイダーマンとしての活躍としての他に、もう一本の軸で陽キャでイケメンアメフト選手だったロニーが堕ちていく様を丹念に描いていて、これがまたヒーローものらしさのない嫌な堕ち方で見ていて辛かった。
地に足がついた話というか、主人公からして離婚歴のある養育費払ってない元こそ泥っていう経歴で、他のヒーローだと捕まっても己の正義のためにやったことだから後悔してないって感じだけど、職につけないと悩んだりで等身大のヒーローって感じではあった。
お話の規模自体も割合小規模な戦いばかりで、三作目では大きさそのものはものすごく小さいお話だった。ヴィランはマルチバースにまたがるタイプの強大な敵だったけれど。
旅行一緒に行った人がいまだに私のことを二次元美少女好きかのように思っていてそういうプリントしてる車があったらお前が好きそうなのあるよと親切なのか茶化してるのか知らないが言ってくるんだけど、道の駅に等身大?ってぐらいの大きさのナナチのフィギュアが飾ってあった時も撮ろうかと言ってきた。
いやあれ男なんだけどと言いかけたがそもそもあれをいわゆる美少女系と見做してのことか単に今治造船のスクリューみたいなランドマークやゆるキャラの撮影スポットと同じ認識で言ってるのか判断がつかないためかえって墓穴を掘る可能性を感じ黙って従った
dorawiiより
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鬼滅の等身大が30万、40万台
以前として熱い
https://x.com/brcshzqoom7764/status/1997541208022028367
わたなれのぬいぐるみが2万
たぬかなさんが結婚を隠して配信活動をしていたことで炎上している。
けれど、少なくとも私はもう以前のような気持ちで彼女を見ることは出来ないなと思った。
それは、たぬかなさんも「結婚という自身に都合のいいことを隠して、配信活動する程度の配信者だった」ということだからだ。
私にとってのたぬかなさんは、チャンネル登録をしているわけでもなく、毎日Twitchを追っているわけでもない、たまにXで流れてくるスナックたぬかなをフォローしてチラチラ見てはなんとなく「面白いな」と思っていた程度。
でもそんな私みたいな人は少なくないのではないだろうか。
人権騒動から跳ねるようにして、彼女が突き抜けて人気になっていった“気持ちよさ”は、ある意味で彼女が「無敵の人」になったからだと思っていた。
誰に対しても忖度なく、等身大の意見で、誰かの代弁をするスタンスは、テレビでいうとマツコや有吉、カズレーザーみたいな、現代では拾われにくい意見をすくい上げて言葉にするタイプ。
目新しい意見ではなくても、サイレントマジョリティを肯定するような言葉を、彼女はきちんと口にできる人だと思っていた。
そしてそれは多くの人を救っていたと思うし、私もそこに魅力を感じて彼女を見ていた。
彼女が何かをするとXで流れてきた時には、彼女のやる事ならなんとなく肯定的にこの行為を見てやろう、というような状態だった。
「何を偉そうに」「そんなことみんなやってる」「プライベートを隠すのは当たり前」
けれど、少なくとも彼女自身が否定してきたはずの「嘘をついてカネをせしめる配信者」と同じことをしてしまったという点だけは事実で、だから私はもう以前とは同じ目線で彼女を見ることはできない。
喪失感があった。
割と、というか割と好きだったんだと今これを書いていてわかった。
結婚を発表した彼女が変わる訳もない、当然今後の配信内容が変わるわけでもない。
変わったのは、私側の見え方だけだ。
発表するまで怖かったと思う。
どんな反応が来るのか、あーでもないこーでもないと夫婦で何度も話し合ったのかもしれない。
罵詈雑言か、どんな非難の言葉か、許されるかもしれないし、また再び"失う事"を想像したかもしれない。
その辛さや不安は計り知れない。
それでも彼女の周りから強くリークされる事はなく、発表に対して温かい言葉が多かった事は彼女の今日までの行いや健やかさが生んだ強さだと思う。
でももうおそらくもう、嘘をついた彼女を以前と同じようには見られない。
結局のところ、彼女もまた、自分にとって都合のいい嘘をついてしまう「普通の配信者」だった。
それだけの事実。
お疲れ様でした、たぬかなさん。
今後も、その時点で多くの人の気持ちを救ってください。
やってみた
〜〜〜
Queen の楽曲の中で「You're MyBest Friend」は、しばしば異色の存在として語られる。
劇的な構成や重厚なハーモニーを特徴とする彼らの代表曲群とは異なり、この曲は実にシンプルで、親密さと温もりに満ちている。
だが、まさにその“シンプルさ”こそが、Queen というバンドの多面性を明確に示していると言える。
作曲者ジョン・ディーコンが、当時の妻に捧げて書いたという背景も相まって、この曲はバンド全体のイメージを一段柔らかくし、新たな側面を広く世に知らしめた。
曲のアイデンティティを決定づけているのは、エレクトリック・ピアノ——Wurlitzer の独特の音色である。柔らかく丸いアタックと、わずかにざらついた残響が、曲全体に温かみを付与している。Queen の鍵盤サウンドといえばアコースティック・ピアノを想像しがちだが、この曲ではあえて電気的なエレピを主役に据えることで、他のロック曲とは異なる質感を生み出した。
実はフレディ・マーキュリーはWurlitzer の音があまり好きではなかったと言われるが、ライブでは彼がアコースティック・ピアノで代役を務めており、スタジオ版との音色の違いもまたファンの興味を引き続けている。
構造は極めてオーソドックスで、古典的な Verse–Chorus形式に沿って展開する。にもかかわらず魅力が損なわれないのは、ディーコンの旋律感覚とコード運びの巧みさによるものだ。
主要キーは Cメジャーで、I–IV–V を中心とした実に素直な進行だが、ブリッジにはIVmaj7 のような柔らかい和音が配置され、気持ちの動きを自然に高めている。
Queen が得意とする大胆な転調は見られないものの、曲が求める感情のレンジにはこのシンプルな和声が最もふさわしかったのだろう。
リズム面でも、派手なアクションはほとんどない。ストレートな8ビートが淡々と続き、ドラマ性よりも安定と親しみやすさを重視している。
ブライアン・メイのギターも装飾的で、主役を奪うことなく全体をそっと支えている。
そのバランスの良さは、Queen が単なる“テクニカルなロックバンド”にとどまらない、アンサンブルの巧みなグループであることを再確認させる。
歌詞は比喩の少ない直球の表現で、「あなたは恋人であると同時に、私の親友でもある」というメッセージが真っすぐに込められている。
Queen の楽曲はしばしば壮大なテーマや幻想的な物語を扱うが、この曲では日常の愛情をそのまま掬い取るようなリアリティがある。
華美な装飾を避けた歌詞の選択は、ディーコンの人柄と楽曲の素朴さにぴたりと合致している。
1975年といえば、「Bohemian Rhapsody」の成功によって、Queen が世界的な注目の中心にあった時期である。そんな中でこの曲が発表されたことは、バンドにとって大きな意味を持った。
派手なイメージが強烈に広がる中で、「Queen はこんなに身近で温かい曲も書くのか」という驚きが、彼らの表現の幅を一気に広げたのである。
この曲の成功があったからこそ、のちに「AnotherOne Bites the Dust」や「I Want to Break Free」のようなポップ寄りの楽曲がより自由に生み出される環境が整ったとも考えられる。
音楽的文脈で言えば、Paul McCartney 的なポップ感やThe Beach Boys のハーモニー・センスとの共通点がしばしば指摘される。
エレピを中心とした滑らかなポップロックという点では、後年のBen Folds Five や多くのAOR 系ポップロックにも影響を与えたと考えられる。
こうして見てみると、「You're MyBest Friend」は“地味な名曲”と言われがちな一方で、Queen の音楽性の豊かさとメンバー個々の個性を改めて浮かび上がらせる、実に重要なポジションにある。
劇的な曲を書けるバンドが、等身大の愛情もまた美しい形で描けるという事実。それこそが、この曲が半世紀近く愛され続けている理由にほかならない。
外交安全保障とかの苦手分野には下手に口出しせずに、「福祉」「反差別」「セーフティネット」「弱者の権利」「再分配」「減税」といった等身大の分野に注力する穏健左派の代表っていうのがいないんだよね。
共産党の底堅さは地域レベルでそういうところを頑張ってるからだとされる。実情はどうかわからないけど。
でも福祉政策に期待して共産党支持したら余計なイデオロギイが山盛りついてくる。
れいわなんかは口だけだ。
立憲がそういう穏健左派の受け皿だというのは単なるイメージでしかなくてあいつらは一番頼りにならない。世にも奇妙な「緊縮・増税野党」だからな。
要は国民民主みたいに「ウリ」のはっきりした中規模政党があといくつかあってもいいという話。もちろん糞の役にも立たない立憲を切り崩して建てるんだよ。あと自民支持層でも案外「そういうのがあるんなら、そっちでもいい」って人は居ると思うよ。
Suicaのペンギンが2026年度末で引退するというニュース。
昨日ネットで見た。
そしたら、ふと思い出した。
Suicaのペンギンの中身の人とか、関係者とかじゃなくて、本当にペンギンが飲みに誘ってきた。
どういうことかっていうと、説明が難しいんだけど。
新宿駅の銀行ATMの近くに、Suicaのペンギンの銅像がある。
俺は毎日その銅像を見かけるんだけど、その日は何か様子がおかしかった。
銅像がこっち見てる。
でも、何か目が動いた気がした。
気のせいかもしれないけど。
本当だ。
「ねえ、君」
って。
いや、ぬいぐるみじゃなくて、本当のペンギンなのかもしれない。
「飲みませんか?」
って、ペンギンが言った。
正直、怖かった。
でも、拒否できなかった。
何か、逆らえない雰囲気があった。
だから、一緒に歩いた。
どこに行ったかは、覚えていない。
気づいたら、小汚い居酒屋にいた。
ペンギンと俺。
ペンギンが座ってた。
いや、座ってなくて、立ってた。
店員は何も言わなかった。
ペンギンが喋った。
「僕、もうすぐ引退することになった」
えっ?
「2026年度末で、Suicaのイメージキャラを辞めることになった」
「え、本当ですか?」
俺は思わず聞いた。
「本当だよ。25年やってきたけど、もう終わりだ」
「理由は?」
「理由?」
長い沈黙があった。
「Suicaが『生活のデバイス』に進化するんだそうだ。だから、イメージキャラクターも新しくする必要があるらしい」
「あ、そっか。新しい世代の新しいキャラクターが必要だということですね」
いや、ペンギンがどうやってビール飲むのかは、聞かない方がいい。
「でも」
ペンギンは続けた。
「複雑な理由?」
ペンギンは困ったような顔をした。
「言えないんだ」
「えっ、言えないんですか?」
「そう。25年も使われると、いろいろとね...」
「著作権とか、版権とか、そういった『商業的な』問題があってだな...」
「本来は、公開できない理由がある。でも、公式には『生活のデバイスへの進化』という理由にしておく」
「あ...」
ペンギンは続けた。
「言いたいんだ。本当に、何もかも説明したいんだ。でも、契約上、それはできない」
「そうなんですか」
「言えばいいのに、と思われるかもしれない。でも、そういうわけにはいかないんだ」
「わかります」
「25年間、Suicaのキャラクターをやってきたから、ね。最後くらいは、プロフェッショナルでいたい」
ペンギンは、遠くを見つめた。
「でも、心の中では...いや、これ以上は言えない」
ペンギンは、25年のSuica人生について、いろいろ話してくれた。
Pensta(ペンスタ)っていう専門ショップができた時の喜び。
グッズが売れすぎて、もう作る側も疲れてる話。
でも、なぜ引退することになったのかについては、それ以上は語らなかった。
「本当は、世代を超えて、ずっといたかった。サンリオのキャラクターみたいに。でも、ビジネスの都合で、そうはいかなかった」
ペンギンは言った。
「25年というのは、人間でいうと、子どもから大人になるくらいの時間だ。でも、キャラクターの場合は、そこが終わり」
「辛いですね」
「そうだね。言いたいことは山ほどあるけど、言えないんだ」
その後、ペンギンは、俺に言った。
「最後のお願いがあるんだ。できれば、これからの1年間で、他の人より多く、俺を使ってくれ。Suicaで電車に乗ってくれ。グッズを買ってくれ。そしたら、俺も報われた気がする」
「わかりました」
俺は言った。
「本当ですか?」
新宿駅の方へ。
銅像に戻るんだと思った。
あれから2週間。
ニュースを見た。
「Suicaのペンギン、2026年度末で引退」
やっぱり本当だったんだ。
でも、ペンギンが言ったように、理由なんて詳しく発表されてない。
その奥に何があるのか、ペンギンは言えなかった。
でも、その言えない苦しさが、全部を物語ってるような気がする。
俺だけが知ってる。
ペンギンが報われるように。
ある日、一人の母親がキッチンに立ちました。彼女の名前は辻希美。アイドルとして輝き、家庭を持ち、賑やかな四人の子供たちの母となった彼女が、新たな情熱を見出したのが「パン作り」でした。
「子供たちに安心で焼きたてのおいしいパンを食べさせたい」という純粋な願いから、辻さんのパン作りは幕を開けます。最初の頃は、生地が膨らまない、焦げ付く、思うような形にならない…失敗は数知れず。
そんな「なぜ?」を抱えながらも、彼女は持ち前の明るさと粘り強さで、独学での挑戦を続けました。YouTubeやブログでその奮闘を公開し始めると、多くの主婦やファンが彼女の等身大の姿に共感し、応援のメッセージを送りました。
試行錯誤を繰り返すうち、彼女の腕はメキメキと上達します。シンプルな食パンから、メロンパン、クロワッサン、そしてキャラクターパンへと、レパートリーは無限に広がっていきました。
単なる「お母さんの手作り」を超え、その見た目の可愛らしさと、焼き上がりのプロ顔負れのクオリティが、SNSで大きな話題を呼びます。特に、子供たちの笑顔のためにと工夫されたデコレーションパンは、見る人に驚きと喜びを与えました。
それは、彼女が「感覚」だけでなく、「理論」も学び始めた証でした。温度や湿度、発酵のタイミング…パン作りの奥深さに魅了され、ひとつひとつの工程に真摯に向き合うことで、失敗は確かな経験値へと変わっていったのです。
そして、10年の月日が流れる頃、辻希美は誰もが認める「パン作り名人」となっていました。
彼女のパン作りは、単なる趣味ではなく、家族への深い愛情を形にした「辻家の日常」そのものとなりました。その技術と情熱は、長女をはじめとする子供たちにも受け継がれ、今度は親子でキッチンに立つ光景が見られるようになりました。
彼女の物語は、完璧なスタートではなく、失敗から立ち上がり続けた「努力の軌跡」です。
辻希美さんが焼いたパンは、今日も家族の食卓を優しく照らし、食べる人の心まで温かく満たし続けているのです。彼女の10年の挑戦は、まさに愛と希望に満ちた焼きたての物語です。
https://president.jp/articles/-/103837
日本アニメにはまず濃密な人間関係がベースとしてあり、そこにファンタジーやSFや学園モノといった趣向が被さる二重構造になってるということでいいのだろうか。
いわば等身大の人間たちがお芝居をしている感じ。だからガッツリ自己投影・感情移入しやすいと。(かつ、それが欧米では新鮮に受け取られている。日本ではむしろ食傷だが)
翻ってハリウッド作劇術によるような一枚岩のよく整理された物語においては全てのキャラクターが特定の機能を帯びており、観客は完全に蚊帳の外、スクリーンの外である(まあ本来あたりまえだが)。
藤田和日郎作品にもこの“欧米”っぽさを感じる。おとぎ話として自己完結しており、キャラクターは話を進めることにそれぞれ真っ直ぐ奉仕してるので全体にしらんがなと思ってしまう。
巨大ロボットに乗って敵と闘いつつ中学生みたいな恋愛もする、そしてその恋愛が主たる任務の遂行にも絡んでくるというとっちらかった二重構造は日本のマンガ・アニメ独自のものなのだろうか。
ハリウッドヒーローも恋愛はするが、それはわちゃわちゃ近づいたり離れたりというものではなくて「さらわれた恋人を助ける」的な大目標であったり、あくまでオフの息抜きだったりする。
なんかさ、弱者男性が「Coblaとか女性支援とかうさんくさい!」ってSNSで叫んでてマジ笑った。
お前だけ徒然と文句垂れて、幽玄な茫洋の世界と全く噛み合ってない。
石長比売が梢の上から「まあまあ落ち着け」と閑雅に目を光らせてるのに、
ぎーくんやのらくろはチョコパイ片手に「お前マジで現実見ろ」とツッコミ。
クロノアもポケモン持って「冒険しようぜ」と誘ってるのに無視。
ポーチドエッグ作りながら薫風に当たるドクターマーチンが羨ましいだろ?
ヤフオク、メルカリ、楽天、AmazonでPCX探すほうがまだ建設的。
金塊・ゴールドラッシュ・プラチナをアメックスで豪遊する方がよっぽど現実的。
ドクダミ摘んでハーブティー作り、エアダスターで掃除して、盗賊対策もバッチリ。
Coblaじゃなくて、お前の曖昧な怒りと被害妄想が一番やばいんだよ。
永遠の命でも持ってるわけじゃないんだから、幽玄な絶海に漂うより現実見ろ。
暁の光に飛沫が光る頃、石長比売が梢で微笑むのを思い出せ。
アウトドアで薫風を浴びつつ、サーフィンしてチョコパイ食べて、ぎーくんとのらくろを眺めれば、
https://anond.hatelabo.jp/20231118174822
前回集まった情報が最高すぎたのでまたおすすめ教えて欲しい。今度は岩手、2泊でうち1泊は盛岡を拠点にして旅行する予定
地理、歴史、サブカル的なの好き。魚介グルメやデートスポット的なのにはあまり興味ないのは変わらず。ローカルチェーン店や地元ソウルフードみたいな生活が想像できるのは好き。また少しディープなところをおすすめしてくれると嬉しい
——
嗜好紹介とお礼兼ねて青森の感想思い出したままに走り書きする。2年分2回行ったので盛りだくさんになった。充実したのはみんなの情報のおかげなので大感謝…!行けなかった所もルートや時間の都合上なので機会作って行きたい。
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