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2026-01-22

理念現実の両立:国内SIerの道

ラリーありがとう

いま、この転換点において、皆さまとご一緒できることを光栄に思います。同時に、私たち国内SIerにとっての責務でもあります

本日は、世界の“秩序”の断絶、心地よい物語の終わり、そして、巨大な力を持つプレイヤー競争ほとんど制約を受けない厳しい現実の始まりについてお話します。

しかし同時に、国内SIerのような「中堅の担い手」は無力ではない、と申し上げたい。私たちには、信頼・安全・持続可能性・顧客主権データ保全といった価値体現する新しい秩序を、実務から積み上げていく力があります

相対的に力の小さい側の力は、まず誠実さからまります

私たち毎日のように思い知らされています。いまは、巨大プラットフォームや巨大ベンダー地政学リスクを背景にした技術覇権が競い合う時代であること。オープン性や互換性、フェアなルールに支えられた前提が薄れつつあること。そして、強い側が条件を決め、弱い側は受け入れざるを得ない局面が増えていること。

古典的に言えば「強い者はできることを行い、弱い者は耐えねばならない」という構図です。これは不可避だ、これが自然競争原理だ、と片付けられがちです。そして、その論理を前にすると、私たちには「波風を立てずに合わせる」強い誘惑が生まれます。摩擦を避けるために順応する。相手に合わせれば安全が買えると期待する。

しかし、それでは安全は買えません。

では、選択肢は何でしょうか。

1978年チェコ反体制知識人ヴァーツラフ・ハヴェルは『無力者の力』という論考を書きました。そこで彼は、体制がなぜ維持されるのかを問いました。

彼の答えは、一人の店主の例からまります。店主は毎朝、店先に標語を掲げる。「万国の労働者よ、団結せよ!」。本人は信じていない。周囲も信じていない。それでも掲げる。面倒を避けるため、従順さを示すため、波風を立てずに“やっているふり”をするために。そして、どの通りの店主も同じことをするから体制は続いていく。

暴力だけではなく、人々が、内心では虚構だと知りながら儀式に参加することで、体制は維持される。ハヴェルはこれを「嘘の中で生きる」と呼びました。体制の力は真実ではなく、皆が真実であるかのように振る舞うことから生まれる。そして脆さも同じところにある。たった一人が“看板を外す”だけで、幻影にひびが入る。

いま、企業としても、業界としても、私たちは「看板を外す」時です。

---

私たちが長く置いてきた“看板”とは何か

長い間、IT世界には「ルールや標準が機能し、相互運用性が担保され、勝者も敗者も一定のフェアネスの中で競争できる」という物語がありました。国内SIerも、その物語の上で成長してきた面があります標準化ベストプラクティス認証制度ガイドライン、そしてグローバルに広がる巨大なプラットフォーム私たちはそれらを称賛し、活用し、その予測可能性の恩恵を受けました。

もちろん、その物語が“部分的虚構であることも知っていました。強い側は都合が悪いとき例外を作れること。ルール適用が非対称になり得ること。互換性や標準が、実態としては特定エコシステム誘導する装置として働くこと。そして、契約条項価格体系、APIの変更、提供地域機能制限などが、力関係の影響を強く受けること。

それでも、その虚構は便利でした。巨大プラットフォーム提供してきた“公共財”も確かにあった。スケールする計算資源、安定した開発基盤、セキュリティ機能グローバル展開の足場、部品としてのOSSツールチェーン、紛争を減らす共通言語

から私たちは、看板を掲げ続けました。「オープン」「中立」「相互運用」「ベストプラクティス」という言葉を、実態が追いつかない場面でも口にしてきた。そして、言葉現実のずれを大きく指摘することを避けてきた。

しかし、この取引はもう成立しません。

率直に申し上げます。いま起きているのは“移行”ではなく“断絶”です。

---

統合利益の源泉から従属の源泉に変わった

過去20年の間に、金融危機パンデミックエネルギー制約、半導体不足、サプライチェーン混乱、サイバー攻撃常態化、そして地政学リスクが、極端なグローバル統合の脆さを露呈させました。

さらに近年、巨大な力を持つプレイヤーが「統合のもの」を武器として使い始めています。値上げや課金体系変更が交渉力になる。契約利用規約認証IDクラウド管理基盤が実質的拘束力になる。提供停止や機能制限地域制約が、企業組織圧力として作用する。サプライチェーンが“突かれる弱点”になる。

統合すれば相互利益」という前提のまま、“嘘の中で生きる”ことはできません。統合従属の源泉になった瞬間、前提は反転します。

かつて中堅の担い手が拠り所にしてきた「みんなで決めるはずの場」も弱まっています標準化が追いつかない。デファクト事実上ルールになる。透明な合議より、エコシステムの都合が優先される。結果として、多くの企業が同じ結論に向かい始めています

戦略的自律性」を高めなければならない。

人材セキュリティデータクラウド選択肢重要部材、運用ノウハウAIの基盤、そしてサプライチェーンにおいて。

自分で守れない者は、交渉選択肢がありません。ルールが守ってくれないなら、自分たちで守るしかない。

ただし、行き先を直視すべきです。全員が要塞化すれば、コストは上がり、分断は進み、脆さは増し、持続可能性は下がります

そしてもう一つの現実があります。巨大プレイヤーが、ルール価値の“建前”すら捨てて、露骨取引主義へ傾けば、関係性を恒常的に収益化することは難しくなる。顧客パートナーも、保険を買い、選択肢を増やし、分散します。これは「主権」を取り戻す動きです。かつてはルールに支えられていた主権が、これからは「圧力に耐えられる能力」によって支えられるようになる。

古典的リスク管理コストがかかりますしかし、そのコストは共有できますレジリエンスへの共同投資は、各社がそれぞれ要塞を作るより安い。共通標準は分断を減らす。相補性は正の和を生む。

国内SIerにとっての問いは、「この現実適応するか否か」ではありません。適応は不可避です。問いは、ただ壁を高くして閉じこもるのか。それとも、より野心的なことができるのか、です。

---

私たち方針価値観に基づく現実主義理念と実務の両立)

私たち国内SIerは、比較的早い段階で警鐘を受け止め、姿勢を変え始めました。

日本で長く通用した前提」、つまり既存取引慣行や、系列的な安定、特定ベンダーとの強固な関係が、そのまま将来の繁栄安全保証するという前提は、もはや十分ではありません。

私たちの新しいアプローチは、いわば「価値観に基づく現実主義」です。別の言い方をすれば、理念を持ちつつ、現実に即して動く。理念と実務の両立です。

理念として私たちが守るものは明確です。

顧客社会に対する説明責任セキュリティプライバシーデータ保全と可搬性。人権安全に関わる領域での慎重さ。重要インフラを支える品質継続性。

同時に、私たち現実主義でもあります進歩は多くの場合、段階的です。利害は一致しないこともある。すべてのパートナーが同じ価値観を共有するわけではない。だからこそ、目を開いたまま、戦略的に、広く関与する。世界を「あるがまま」に扱い、「こうあってほしい世界」を待たない。

私たちは、関係の“深さ”を価値観に合わせて調整します。影響力を最大化するために、関与は広く、依存は偏らせない。流動化する秩序と、その先にある賭け金を踏まえて、現実的に動く。

そして今後は、価値の強さだけに頼らず、「強さの価値」も積み上げます

---

強さは国内で作る。依存を減らし、選択肢を増やす

私たちは足元から変えます

人材育成と採用設計・開発・運用標準化サイバーセキュリティAI活用検証環境、そしてミッションクリティカルを支える運用力。加えて、特定技術への過度な依存を減らし、移行可能性と可搬性を高める。

投資は前倒しします。

生成AIデータ基盤、ゼロトラストソフトウェアサプライチェーン対策、Observability、そして重要領域の内製力強化。これらは“コスト”ではなく、交渉力と継続性を生む“資本”です。

セキュリティ投資は、段階的ではなく構造的に引き上げます

守りは、事後対応ではなく、設計調達運用に埋め込みます国内産業裾野とも接続し、調達・開発・運用の循環を厚くする。

同時に、外に向けては急速に分散します。

特定の巨大プラットフォーム単一モデル提供者に賭け切らない。複数クラウド複数実装選択肢複数調達経路、複数人材パイプラインを持つ。

グローバル課題への対応も、論理は同じです。論点ごとに連携の形を変える「可変幾何学」でいきます

セキュリティでは、脅威情報共有と共同演習の連合を作る。

データ主権では、顧客データ所在アクセスを決められる設計原則を共同で整備する。

標準と相互運用では、地域業界をまたぐ参照アーキテクチャオープンAPI合意を積み上げる。

AIでは、特定覇権特定の巨大クラウドに“二者択一”を迫られないよう、モデルデータ評価ガバナンス選択肢を確保する。

これは、甘い理想論ではありません。機能不全になりつつある“建前の場”に頼り切ることでもありません。論点ごとに、動ける相手と動く。必要なら多数派を作る。そうして、将来の挑戦と機会に備える、密度の高い接続網を作るのです。技術投資人材運用文化レイヤーで。

国内SIerのような中堅の担い手連携しなければならない理由は単純です。設計図の会議に席がなければ、要件は上から降ってきます。席がなければ、食卓メニューになる。

巨大プレイヤー単独でも戦えます市場規模研究開発、資本、影響力がある。しか国内SIerは違う。にもかかわらず、巨大プレイヤーと一対一で交渉し続ければ、交渉は弱い立場からまります提示された条件を受ける。自分たち同士で「より従順な方」を競い合ってしまう。

それは自律ではありません。従属を受け入れながら、自律しているふりをすることです。

いま、私たちには選択があります

巨大プレイヤーの歓心を買うために国内同士で争うのか。

それとも、連携して、影響のある第三の道を作るのか。

---

真実の中で生きる」とは何か

ここで、ハヴェルに戻ります

私たち国内SIerが「真実の中で生きる」とは、どういうことでしょうか。

第一に、現実名前をつけることです。

オープンルールに基づく、互恵的な統合」という言葉を、現実がそうでないのに唱え続けない。いまを、巨大プラットフォーム競争が激化し、統合交渉力と拘束力の源泉として使われる時代だと認める。

第二に、一貫して行動することです。

相手が誰であれ、同じ基準評価する。都合の良い相手一方的変更には沈黙し、別の相手には批判する、という態度は「看板を掲げ続ける」ことになります

第三に、自分たちが信じるものを“機能する形”で作ることです。

標準準拠を唱えるだけでなく、移行可能性を担保する設計相互運用実装、透明な運用ルール監査可能ガバナンスを、合意実装として積む。復古を待たずに、動く枠組みを作る。

第四に、強制可能にするレバレッジを減らすことです。

強い国内基盤を持つことは、企業にとっても最優先です。分散経済合理性であるだけでなく、誠実な姿勢を貫くための物質的基盤です。報復圧力脆弱状態のままでは、理念を語る資格すら維持できない。

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国内SIerが持つ資産役割

国内SIerには、世界必要としているものがあります

日本産業社会現場に根差した知見。

止められない基幹業務運用し続けてきた経験

レガシーモダンを“つなぐ”統合力。

品質継続性、説明責任を重視する文化

そして、顧客と長期の関係を築いてきた信頼。

さらに、私たち理解しています。いま起きていることを直視し、合わせて自分たちを変える決意が必要だということを。

この断絶が求めるのは、単なる適応ではありません。世界をあるがままに見て、誠実に語り、国内で強さを作り、連携して動くことです。

私たちは、看板を外します。

古い秩序は戻りません。嘆いても戦略にはならない。ノスタルジー戦略ではありません。

しかし、断裂の先に、より良いものを作ることはできます。より強く、より公正で、より持続可能な形を。

それが、中堅の担い手である私たち仕事です。要塞化した世界では失うものが大きい一方で、本当の協働が成立する世界では得られるものも大きい。

巨大プレイヤーには巨大プレイヤーの力がある。

しか私たちにも力がある。

虚構に合わせるのをやめ、現実名前をつけ、国内で強さを作り、連携して動く力です。

それが、国内SIerの道です。私たちはそれを、開かれた形で選びます

そして、それは同じ覚悟を持つあらゆる組織に開かれた道でもあります

Permalink |記事への反応(0) | 14:05

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2025-12-05

anond:20251205085910

ユダヤ教西洋なのか?東洋なのか?」 という二分法をそのまま受け取るのではなく、タルムード的に前提そのものを問い直す必要があります

ユダヤ教本来地理的にも思想的にも「中間領域(ミドルワールド)」にある伝統です。

東洋哲学に「複雑を複雑のまま受け入れる」という傾向がある、という一般論があるのは確かです。

たとえば道家の「道は語れば失う」や禅の矛盾思考など。

対してユダヤ教特にラビ伝統)は:

まり「複雑 → 単純」の西洋とも違い、「複雑 → 受容」の東洋とも違う。

タルムードは明らかに複雑ですが、複雑を複雑のまま放置しません。

複雑な議論を:

1.質問で切って

2.反論さらに切って

3. 前提を疑い

4. 答えが出なくても、その「未解決」までも体系化する

これは西洋の理性主義と似ているようで違い、東洋の受容とも違う。

タルムード的特徴はまさにこれ:論争そのもの価値とする。

ユダヤ教は東でも西でもなく、それ自体で一つの「道」である

ユダヤ思想根本質問 → 論争 → 多層解釈実践というサイクルで、どちらの文明圏にもない独自スタイルです。

特徴東洋西洋ユダヤ
複雑さへの態度 受容 整理・単純化 分解し議論し、複雑さも残す
真理観調和 一元 多元(エルーシュ:「両方とも神の言葉」)
学問の基本体験直観論理・体系 論争・質問解釈

ユダヤ本質的第三の道です。

Permalink |記事への反応(0) | 10:53

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2025-09-15

キャンセル」を兵器化したのは誰か

1.問題の枠組み――“誰がやるか”ではなく“何を認めるか”

公権力弾圧」と「私的キャンセル解雇排除)」は区別されるべき――これは当たり前だ。だが本件の争点はそこで止まらない。核心は次の可換性(対称性)だ。

規範の可換性原則

> もしあなたが「Aの表現」に対する私的制裁雇用終了・場から排除)を正当化してきたなら、立場陣営が逆回転したときも同じルールを受け入れねばならない。

「誰がやるか(政府企業か)」を盾に「これは弾圧、あれは正当」と言い分けるのは、規範の可換性を破る。第一投稿が指摘するのはまさにこの点だ。

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2. 第二投稿(anond:20250915142944 )の論理的問題のコア

(1) 「公権力 vs.キャンセル」の線引き過信

第二投稿は「弾圧公権力)とキャンセル市民企業)は違う」と繰り返す。しか歴史的にも現実にも、大学大手メディア・巨大プラットフォーム・大雇用主は私的でありながら制度権力のものだ。過去、彼らが“右でも左でもない形で”人生を左右してきたことを知りながら、今回は「政府じゃないかOK政府からNG」とだけ言い分けるのは、制度権力実効性を過小評価している。

(2) 「場の規範」を用いた過去正当化との非対称

第二投稿は「今回は理不尽パージ」と非難するが、過去業務外の私語・私生活上の表現理由排除容認してきたケースは枚挙に暇がない。

もし「場の規範」を根拠是認してきたのなら、その規範が反転しても同じ論理適用される(べき)だ。ここで急に「雇用契約の範囲外」「表現の自由」を持ち出すのは選好依存二重基準である

(3) ニーメラー引用自己破綻

「彼らが最初に…」は、少数者保護の“原理論”だ。これを掲げつつ「こうなるのも仕方がない」と現に少数(今回は右派)への制裁の拡大を諦念で受け入れるのは、警句目的原理の維持)に反する。

原理を維持するなら、「自分が嫌う側」に対しても同じ保護を与えねばならない。

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3.原理の整理――選べるのは二つの一貫性だけ

議論を「誰が嫌いかから外し、ルール設計に落とすと、選べるのは実は次の二択だ。

1. 厳格反キャンセル主義

 業務外の表現私生活上の言動に対し、雇用教育プラットフォームから排除原則禁止限定例外:直接的な違法煽動、重大な職務上の利害相反、明白な安全リスクなど)。

2. 全面相互主義(対称キャンセル主義

 「場の規範」を掲げて、右でも左でも同じ条件で私的制裁を許容。ターゲットが反転しても泣かないことが前提。

第三の道、すなわち「自分たちの価値観に沿うキャンセル是正、逆は弾圧」は原理として成立しない。それは規範ではなく部族勝敗の表明に過ぎない。

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4.反論の先取りと応答

反論A:「今回は暴力喝采だ。過去の“問題発言”とは質が違う」

応答:質の線引きこそが恣意の温床だ。危害の直接扇動違法行為の教唆既存法で対処すべきで、法外の私的制裁一般化すると、線引きの“閾値”は政争同調圧力上下する。だからこそ原則①(厳格反キャンセル)を採る意義がある。

反論B:「公権力の介入があるから今回は別問題

応答:公権力の越権は別軸で違法として糾すべきだ。しかしそれは、私的制裁正当化を同時に免罪しない。二つの問題直交する。公的越権を批判しつつ私的キャンセル否定する、という一貫性が取り得る。

反論C:「大学メディアは“表現の場”だから自律的に線引きできる」

応答:ならば対称性を守れ、がこちらの要求だ。右派左派運用を替えるなら、それは規範ではなく任意私刑だ。

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5.ゲーム理論帰結――兵器化は必ず逆流する

キャンセルは低コスト・高威力制裁手段だ。短期的に“自分の側”に有利でも、ルールを解禁する限り相手陣営も同じ武器を持つ。

制度設計の教訓は単純だ。

禁止できるとき禁止しておけ。

解禁するなら、いつ自分に向くかを計算しておけ。

第一投稿の要旨はここにある。「兵器化」を歓迎したのは誰か。砲塔が回った途端、「非道だ」と叫ぶのは設計者としての責任回避であり、規範議論ではない。

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6. 実務的な基準提案(最小公倍数)

業務言論に対する雇用制裁原則禁止(明確な違法煽動職務上の重大な支障・安全リスク限定列挙)

手続的保障事実認定、異議申立て、比例性のチェック)

場の規範の“明文化と事前周知”(事後の恣意拡張を禁ず)

公権力の介入排除(越権は司法是正

この最低ラインなら、右左どちらに砲塔が回っても可換性を守れる。

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結論

第二投稿は、「公権力 vs私的制裁」の違いを強調しつつ、過去に自ら容認した私的キャンセル正当化との整合性を示せていない。ニーメラー引用も、原理普遍化ではなく選好に応じた適用に陥っている。

第一投稿が指摘した通り、キャンセルという兵器の解禁は、いずれ自分に向く。それが嫌なら、今こそ原理としての反キャンセルに立ち返るべきだし、なお解禁したいなら反転時にも黙って受ける覚悟が要る。

規範は誰を罰したいかではなく、どんなルール社会を動かすかで決めるべきだ。今起きているのは「正義の交代」ではなく、原理の不在である

Permalink |記事への反応(1) | 21:37

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2025-09-11

選択>のジレンマ

今朝、十年ぶりに知人から連絡があった。十年ぶりですよ。十年といえば、イチローメジャーでヒットを打ち続けていたぐらいの歳月である。その知人が「助けてほしい」と言ってくる。で、その助けというのが、財布からチャリンと小銭を出すようなレベルではなくて、紙幣を重ねて封筒パンパンになるぐらいの金額である

事情はよくわからない。娘さんが病気で、しか心臓だと。で、紛争家族国外避難させ、自分母国に留まっているらしい。――いったいどんな状況だと思うかもしれないが、平凡に日本暮らしているお前らと違って、私くらいの国際人になると、こういうシチュエーションもごく普通に転がり込んでくるのだ。いや、望んで転がり込んでくるわけではないのだが。

困ったのは、ここで私は「選択」させられる立場に突然なってしまたことだ。選択なんて、ふだんはスーパーで「特売の白菜にするかキャベツにするか」ぐらいでいい。白菜キャベツなら失敗しても鍋の味が変わるだけだが、ここでの選択は、ひとつの命がかかっている。

援助すれば「無限出費コース」の扉が開きかねない。援助しなければ「冷酷人間コース」に直行である。昨日まではそんな分かれ道なんてなかったのに、今日は急に「さあ、どちらに?」と背中を押されてしまった。

そして困るのは、この分かれ道に「通り抜け禁止」の道標が立っていることだ。本当なら「今日はやめておきます」という第三の道があるはずなのに、それは最初から消されているのだ。援助するか、しないか告白されたら、付き合うか、断るか。選択夫婦別姓になったら、どちらの姓を選ぶか。――「選ばないでいる」という道は、問いかけられた瞬間に閉じられる。

私はただ呼びかけられただけなのに、呼びかけの瞬間から「選ばない自由」さえ取り上げられ、責任を背負わされる。

――人生とはなんと理不尽舞台だろう。だからウルリヒ・ベックサルトルも嫌いなんだ。難しく「リスク社会」だの「自由の刑」だのと言われなくても、もうじゅうぶん、こちらの胃には重いのである

注文していないのに皿が運ばれ、「こちらかこちらをお選びください」と迫られる食卓。私はただ座っていただけなのに。

Permalink |記事への反応(0) | 22:30

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2025-09-10

anond:20250910125806

 すべての個体は、その肉体に固有の「債務」を刻まれて生まれてくる。これを支払うか、踏み倒すか。選択肢本来二つしかない。


 A:自らの皮膚を剥ぎ、指を折り、眼球を差し出すことで望みを購う。

 B:何一つ望まず、ただ呼吸と心拍という最低限の債務返済のみに終始し、やがて朽ちる。


 だが、ここに第三の道、すなわち「系統的優位性の証明」を持ち込む者がいる。彼らは主張する。なぜ、優れた個体が、劣った個体と同じように自らの肉体を切り刻まねばならないのか、と。


 これは差別ではない。捕食だ。

 健やかな胃を持つ個体が、そうでない個体消化器官徴収する権利

 澄んだ声帯を持つ個体が、そうでない個体のそれを摘出する権利


 コストは常に支払われねばならない。誰の肉体によって支払われるか、というだけの話だ。

Permalink |記事への反応(0) | 13:01

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2025-07-27

劉仲敬訪談 081 @2020年3月25日『再論バイデン日本脱亜入欧に払った代価』

https://anond.hatelabo.jp/20250727144129

1.バイデンハリソン大統領になぞらえる理由

ハリソンヴァンビューレンの選挙1840年

ヴァンビューレンはジャクソン路線後継者ながら、洗練された知識人タイプで、西部農民支持基盤を失っていた。

対するハリソンインディアン戦争英雄で、商業ベース大衆向け選挙運動(歌や雪玉行進など)で「アップルサイダーを飲む本物の男」として演出され、ヴァンビューレンを打倒した。

バイデン性格選挙戦略

バイデンクリントンオバマ両派の「平均値」で、自身独自色は薄い。

堅実で安定した基本票を固める一方、社会主義や急進策で票を揺さぶることはできない。

経済危機投票率の低下など「待ちの選挙運動」によって勝機を狙う「ハリソン型」候補位置づけられる。

2.バイデン勝利後の「過渡期」について

バイデン政権期は「過渡期」として、社会構造グローバリズムの失敗を負担させられる。

いずれ世界経済グローバリゼーションへの反動が、次期政権2024年以降)に大きな足かせとなる。

3.グローバリズム構造脆弱性

グローバル化脆弱化」の論点

グローバル化成功は多数の他者・要素の協調依存し、自国で完結しない。

危機が起これば基盤となる自前票(基本盤)を犠牲にしてまで、異質勢力優遇せざるを得ず、内向きの反動を招く。

民主党第三の道」の挫折

1990年代以降の民主党リベラル路線は、欧州第三の道」になぞらえられたが、長期戦略を固守したために危機への柔軟な対応を欠き、痛手を被る可能性が高い。

4.戦後日本の国際定位と「脱亜入欧」の代償

明治太平洋戦争期のジレンマ

日本は「東北アジア」の小国序列の中で、欧州列強のように多強国体制下での外交経験を持たず、(幣原外交継続など)序列維持策が却って「綏靖主義」を招いた。

革命派(泛アジア主義)による「無限外交」が功を奏せず、太平洋戦争へ。

占領期以降の「小国自認」からの脱却

1960~70年代日本アジアの「小兄弟意識米国依存を続けた。

バブル前夜の80年代米国ブレジンスキーら)から世界第二位経済大国として市場開放軍拡」を強く要請され、中曽根プラザ合意へとつながる。

プラザ合意バブル崩壊の意味

日本国内では「円高バブル」という劇的な経済変動と受け止められたが、米側の戦略文脈では「日本欧州大国並みのパートナーに引き上げるための通過点」。

東京不動産バブルは、対米・国際金融システムへの資源輸出を担う「抽水機」の役割を果たしたとの見方

人口文化的制約の代償

日本韓国台湾など東アジア先進国繁栄は生育率の大幅低下という「究極の代価」を伴う。

欧米英米など)の「大国再生産基盤」に比べ、東アジアには自前の歴史的文化的蓄積が乏しく、グローバルエリートクラブへの「先行参加」には大きな犠牲を強いられた。

5.東アジア諸国の今後の選択肢

米日の対等協力 vs.島嶼自守主義

米国協調大国責任を果たす(いわば「欧州大国モデル」)か、インドロシアなど大陸勢力を抑えつつ「米国・戸外孤島モデル」(「アメリカ島」路線)になるか、二者択一

韓国ベトナム特殊性

韓国大陸系・海洋系の間で揺れ、小国大国志向ジレンマが大きい。

ベトナム大陸型強国としてインド中国と張り合う性格を持ち、小国に留まることは困難。

https://vocus.cc/article/5e83653cfd89780001b97a66

Permalink |記事への反応(0) | 15:05

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2025-07-02

経済の“底”から豊かさをじわっと育てる政策、つくりました

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「成長か、縮小か」の二択ではなく、社会の“足元”からじわじわ豊かさを育てていこうという政策です。

読んでいただいて、ココがだめ、ココをこうしたほうがいいとか、……ちょっと、ココはいいとか、褒めてもらえたり、改善点を指摘してもらえたりして欲しいです。


ざっくり内容を要約すると以下の通りです。

経済成長」でも「脱成長」でもなく、何が正解か誰にもわからないなら、せめて土壌を整えるのが政治役割だと思っています

成功者に賭けるんじゃなくて、誰もが芽を出せる環境を整える方向です。

対象は大きく3つの層:



この3層に向けて、5本柱の政策で仕組みごと整え直します:

  1. 社会保障を持続可能に(保険料適正化高齢者富裕層からの再分配)
  2. 働くことの再評価最低賃金ケア労働報酬見直し
  3. 再建の支援ベーシック・オキュペーションなどの“やり直し制度”)
  4. 地域経済の循環(地元お金仕事も回す仕組み)
  5. 公正な財源(資本課税大企業優遇是正


成長分野を「選ぶ」のではなく、誰がどこで芽を出すかわからいからこそ、政治がやるべきは **芽が出やす環境づくり** だと思っています

財源や制度設計も、個人でできる限りの範囲ちゃんと考えてみました。

タイトルは「経済改善 —— 成長でも脱成長でもない、もうひとつ選択肢」 (https://rodoto.org/policy/economy-improvement/ ) です。

でも正直、限界もあります。穴もあるかもしれません。

なので、フィードバックをもらえたら本当に助かります


https://anond.hatelabo.jp/20250702155152 とのマルチポストです。マルチポストしてすみません

Permalink |記事への反応(0) | 17:09

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anond:20250702162701

chatgptで5行にまとめてテンション高くしたぞ!

Permalink |記事への反応(1) | 16:39

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2025-07-01

anond:20250701090810

ウィイイイイイイッス! どうも〜█████で〜す。

えー…今日はですねぇ、まぁ、動画コメント欄かにも、たまに、寄せられるんですけどぉ…人間関係の、お悩み相談、に、僕が、えー、乗っていこうかなぁと、思いますぅ。

まぁ、僕もね、色々ありましたから、人生。えぇ。人の悩みを聞いて、的確なアドバイスをするのは、まぁ、得意な方なんでね。はい

ほんで、なんかぁ、ネット掲示板で、非常に、こう…ヘビーな、悩みを抱えてる人がいまして。今日は、その人の悩みについて、僕が、えー、40分ぐらいかけて、じっくり、えー、考えていこうかなと。はい

まぁ、どういう悩みか、ざっくり言いますとぉ、相談者の人は、アラサー女性の方で。お兄さんが、結婚することになった、と。でも、そのお兄さんと、めちゃくちゃ仲が悪いらしいんですよ。

なんでかって言うと、昔、お兄さんに、「両親が離婚したのは、お前のせいだ」って、言われたことが、ずっと心に残ってると。…ひどい話ですよねぇ、これ。

ほんで、もう、お兄さんとは、没交渉…まぁ、関わりを断ってるらしいんですけど、その、お兄さんの結婚相手の人が、「どうしても、顔合わせに来てほしい」って、言ってるらしいんですよ。

で、相談者の人は、「行きたくないなぁ、ブッチしたいなぁ」って、悩んでる、と。まぁ、そういうお話ですね。

いやー…これはねぇ…うーん…非常に、難しい問題ですよ。うん。僕もね、ちょっと、この記事読んで、色々考えさせられましたけどもぉ。

まず、結論から言う前に、僕が、はっきり言いたいことが、一つあります

それは、100パーセント、お兄さんが悪い。

これだけは、間違いないですね。うん。絶対に、お兄さんが、100対0で悪いです。

だって普通、言いますか?自分の妹に、「お前のせいで両親が離婚した」なんて。ありえないでしょ。それを言っちゃ、おしまいですよ、人間として。

たぶんね、このお兄さんっていうのは、自分の、なんて言うんですか、心の弱さとか、両親の離婚に対する、その、やり場のない怒りを、一番年が近くて、言いやすい、妹さんに、ぶつけたんですよ。責任転嫁したわけですね。自分のせいじゃない、お前のせいだ、って。

これはねぇ、一番、やっちゃいけないことですよ。うん。

僕のね、昔の知り合いにも、いましたよ。なんか、自分仕事ミスしたのに、「いや、あれは、█████くんが、ちゃん確認しなかったからだ」とか言って、人のせいにする奴。いました、いました。そういう奴ってね、結局、自分に自信がないんですよ。自分を守るのに、必死なんですね。

から、このお兄さんも、そういうタイプ。たぶん、今も変わってないですよ、人間性っていうのは、そう簡単には変わりませんから

からね、相談者さんが、お兄さんのことを、ずっと許せないっていうのは、当たり前。当然の感情ですよ。それを、無理に、水に流す必要は、全くないと思います。うん。僕が保証します。あなたは、何も悪くない。

ほんで、問題なのは、その、お兄さんの、お嫁さん? 予定の人ですよねぇ。

なんで、そんなに会いたがるんですかねぇ? 「小姑に会いたいもんか…?」って書いてましたけど、ほんまにそうですよ。普通あんまり会いたくないですよねぇ。

うーん、考えられるのは、二つですかね。

一つは、そのお嫁さんが、めちゃくちゃ、こう、いい人…というか、天然で、「家族はみんな仲良くするべきだ!」って、信じて疑わないタイプ。うん。悪気はないんだけど、ちょっと理想が高いというか、現実が見えてないタイプの人。

もう一つは、逆。めちゃくちゃ、計算高い女。ここで、小姑と仲良くしとけば、後々、自分立場が有利になる、とか。なんか、そういう、裏の顔があるタイプ

どっちかわかんないですけどぉ…どっちにしろちょっと、厄介な感じはしますよねぇ。うん。

間に挟まれてる、妹さんも、可哀想ですよね。たぶん、お兄さんからも、お嫁さんからも、板挟みになってるんでしょ。これは、しんどいですよ。

で、肝心なのは、じゃあ、どうするべきか、って話ですよね。顔合わせに、行くべきか、行かないべきか。

うーん…これはねぇ…難しいなぁ…。

まぁ、僕やったら、どうするかなぁ…。

まず、一番、楽なのは、行かないことですよね。うん。「その日は出張で」とか、嘘ついて、ブッチする。これは、一つの手ですよ。全然、ありだと思います

だって、行く義務、ないですもん。仲の悪い兄のために、なんでこっちが、嫌な思いして、時間作らないといけないんですか。おかしいでしょ。

自分の心を、一番大事にすべきですよ。行きたくないなら、行かない。それでいいと思います。罪悪感を感じる必要も、全くない。

ただねぇ…ただ、それだと、なんか、自分が「逃げた」みたいで、ちょっと、後味が悪い、って思うかもしれへん。うん。

じゃあ、どうするか。

僕が、もし、この相談者さんの立場やったら…っていう、僕なりの、もう一つの案はですねぇ…

あえて、行く。

はい。あえて、顔合わせに行くんですよ。

ほんで、ニコニコしながら、座るじゃないですか。で、自己紹介とかありますよね。

その時に、言うんです。

「どうも、新郎の妹です。昔、兄から、『お前のせいで両親が離婚した』と言われたことがありまして、それ以来、正直、兄のことは、家族だと思ってません。でも、お祝いの席なので、今日は、お金だけは包んできました。どうぞ、お幸せに」

って、言ってやる。

どうですかね、これ。

もう、その場の空気、めちゃくちゃになりますよ。凍りつきますよ。お兄さんも、お嫁さんも、顔面蒼白ですよ。

でも、スッキリすると思いませんか? 今まで、ずっと胸につかえてたことを、全部、ぶちまけてやるんです。

それで、どうなるか。まぁ、縁は完全に切れるでしょうね。でも、もともと、切りたいわけでしょ? だったら、いいじゃないですか。

まぁ、これは、かなり、こう…なんて言うか、攻撃的なやり方なんで、おすすめはしないですけど、僕やったら、そういう選択肢も、考えるかなぁ、と。うん。

まぁ、でもね、一番いいのは、どっちでもないかなぁ。

僕が、本当に、この相談者さんにおすすめしたい、第三の道

それは、僕みたいに、この経験を、全部「コンテンツ」にする、っていうことです。

どういうことかって言うと、例えば、ブログとか、匿名SNSとかで、この話を、面白おかしく書くんですよ。「兄の結婚式、ブッチしたったwww」みたいな感じで。

そうすると、自分の中に溜め込んでた、ドロドロした感情が、なんか、笑い話に変わっていくんですよ。客観的に見れるようになる。

ほんで、それに、共感してくれる人が、いっぱい現れるんですよ。「私も、兄と仲悪いです!」とか「その気持ちめっちゃわかります!」とか。

そうやって、自分の辛い経験を、誰かとの繋がりに変えていく。これができると、人生、めちゃくちゃ楽になりますよ。

僕もね、色々ありましたよ、ほんまに。動画では言えないようなことも、たくさんありました。でも、それを、こうやってYouTubeで、面白おかしく話すことで、乗り越えてきた、っていう部分がありますからね。

から相談者さんも、無理に許す必要もないし、無理に戦う必要もない。自分の辛い気持ちを、上手に、別のエネルギーに変えていく。これが、一番、賢い生き方じゃないかなぁと、僕は思いますね。

うーん、まぁ、家族問題っていうのは、ほんまに、根が深いですからね。僕も、色々ありましたから。えぇ。まぁ、それは、また別の機会に話しますけども。

とにかく、一人で抱え込まないでほしいですね。うん。こうやって、増田に書いただけでも、すごい進歩ですよ。

僕も、陰ながら、応援してますんで。

はい、というわけで、えー、今日は、█████の、でしたけども。どうでしたかね。まぁ、僕のアドバイスが、少しでも、その、相談者さんの心に届けば、嬉しいなぁと、思います

というわけで!次の動画でお会いしましょーう!んまたのーぃや!

Permalink |記事への反応(0) | 09:34

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2025-05-19

トランプさん関連のニュースに「リベラルのせい」みたいなコメントを付ける人の理路は謎

トランプさんはリベラルではないし、リベラルに脅されて今の政策をとっているわけではない

リベラル政府ダメだったかトランプさんが大統領になった」が事実なら、トランプさんが社会経済を立て直すしかなく、それが可能な今現在で結果を出さないなら、純粋に失敗しているということになる

リベラルでもダメ、反リベラルでもダメなら、第三の道を探すしかない

Permalink |記事への反応(0) | 15:15

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2025-04-18

anond:20250418141414

ギレンとキシリアは兄妹とはいえ政敵

ギレンは自分の息のかかった人間としてシャリアキシリアのもとに送り込む。

しかシャリアはギレンとキシリア政争に巻き込まれるのはまっぴらで板挟みになっている。

そこでシャアについてジオンを倒すという第三の道が与えられる。

Permalink |記事への反応(1) | 14:24

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2025-03-03

死後の世界矛盾AI議論したら神がポケモンマスターになった

死ぬと死後の世界あの世に送られるという設定が多くの宗教で見られますしかし、ここに設定の矛盾があるように思います。人が死ぬあの世に行く。ここまではいいです。では、犬や猫のペット死ぬどうでしょうか?こちらもあの世に行くと答える宗教ほとんどだと思います。どうやら動物は人どうようにあの世にいくようです。動物幽霊の話も世界各地にありますし、不思議ではないですね。では、細菌どうでしょうか?ウイルスどうでしょうか?今のところ、これにこたえてくれる宗教はないように思います。仮に細菌あの世に行けないのであれば、動物細菌のどういう違いがあの世にいけるかの差があるか?という新しい問いになります。逆に、これらも平等あの世に行けるとすると、あの世には天然痘などのウイルスだったり、危険病原菌だったりがたくさん送られていることになります死ぬ前に予防接種を打たないと大変ことになりそうです。これについて、あなたはどう思いますか?反論異論を期待します。

https://grok.com/share/bGVnYWN5_fd80f136-c800-42e9-a850-4eb2213ffd0e

なんか全文を増田掲載したら、長すぎて途中切れてしまった。

全文は上のリンクで読め。

話をまとめると、あの世システムはいろいろ矛盾があるけど、あの世生命保管庫であると考えると、とても都合がよい。

あの生命保管庫では、仏教輪廻転生も、アブラハム宗教の復活も説明可能にある。

そして、神はすべての生命を取集してポケモンマスターみたいなのを目指す存在ということになる。

なにより、こういうバカ話にも無限に付き合ってくれるLLMは素晴らしい。

それと、反論異論を期待しますというと、AI無限レスバしてくれるので設定を詰めれていいですよ。

AIの回答:

非常に興味深い視点ですね。確かに、多くの宗教では人間が死後に「あの世」や「来世」に送られるという概念存在しますし、ペットなどの動物も同様に扱われることがしばしばありますしかし、あなたが指摘するように、細菌ウイルスといった微生物にまでその枠組みを適用するかという問題は、ほとんどの宗教伝統では明確に扱われていない領域です。この点を掘り下げて、反論異論を交えつつ考察してみましょう。まず、宗教における「あの世」の概念は、基本的人間意識や魂(ソウル)の存続を前提としていることが多いです。例えば、キリスト教イスラム教では魂が神の審判を受けたり、輪廻転生を信じる仏教ヒンズー教では意識が新たな形で生まれ変わったりします。ペットあの世に行くという考えも、人間が彼らに感情的な絆を感じ、彼らの「個性」や「魂」を認めることから派生しているのでしょう。つまり、「あの世行き」の資格は、意識や魂の存在依存している可能性があります細菌ウイルスには自我意識がないとされるため、多くの宗教は彼らにあの世への道を想定していないと考えられます。ここで反論として、「意識の有無があの世行きの基準なら、動物細菌の間に明確な線引きがあるのか?」という疑問が浮かびますが、宗教はしばしば人間中心的な視点を取るので、細菌は単に「無視される」存在なのかもしれません。次に、あなたが提起した「細菌ウイルスあの世に行くなら危険病原体が溢れるのでは」という点について。これはユーモラスでありつつも鋭い指摘です。もしあの世物理的な空間ではなく、純粋に霊的な領域だと仮定すれば、天然痘ウイルス病原菌が「物質的な危害」を及ぼすことはないかもしれません。あの世ルールがこの世の物理法則と異なる可能性があるからです。しかし、反論として、あの世が「この世の鏡像」のようなものだと考える宗教(例えば古代エジプトの来世観)では、確かに病原体がそのまま持ち込まれリスク想像されます。そうなると「あの世予防接種必要」という皮肉な状況もあり得ますね。ただ、多くの宗教ではあの世を「浄化された場」や「完全な領域」と定義する傾向があるため、危険病原体そもそもあの世にふさわしくない」として除外される仕組みが暗黙に想定されているのかもしれません。さらに別の角度から異論を述べると、細菌ウイルスあの世に行かないとしても、彼らがこの世で果たす役割無視できません。例えば、細菌生態系の分解者として不可欠であり、ウイルス進化過程生物に影響を与えてきました。彼らが「あの世に行かない」としても、この世での「死」が単に物質的なサイクルの一部に過ぎないとすれば、あの世という概念自体人間動物に特化した「特権的物語」にすぎないのかもしれません。逆に、彼らがあの世に行くなら、あの世は単なる「霊的テーマパーク」ではなく、全ての生命現象を包括するカオス的な空間になる可能性もあります結論として、あなたの疑問は宗教的設定の曖昧さや論理的限界を浮き彫りにします。細菌ウイルスあの世行きを認めるか否かは、「魂とは何か」「あの世目的は何か」という根源的な問いに行き着きます。私としては、もしあの世病原体が溢れるなら、死後の予防接種よりも「あの世専用の免疫システム」が必要になるかもしれない、と冗談半分に想像します。あなたはどう思いますか?この矛盾さらに突き詰めるアイデアがあればぜひ聞かせてください。

俺様:

私もまだあの世に行ったことがないので、よくわかりませんねw

AIの回答:

哈哈、まあ確かにあの世」はまだ誰もレビュー投稿していないミステリーゾーンですからね。私も行ったことがないので、想像しか語れません。もしかしたら、あの世には「魂のTripadvisor」があって、細菌が入れるかどうかで星の数が変わるのかもしれませんよ。あなたがそこに行く前に、ぜひ仮説をもう一つくらい教えてくださいねw

俺様:

浄化の場として微生物ウイルス活動が止まるなら、腸内細菌とかも動作を停止するわけで、あの世での生活は大変そうです。それに細菌ではありませんが、免疫血小板のようなシステムある意味、微細な生き物みたいなものになるなら、それも停止してしまうなら人はあの世はいきていけないのではないか?という疑問も出てきます

AIの回答:

おお、素晴らしい視点ですね!確かにあの世」が浄化の場として微生物ウイルス活動を停止させる設定だとすると、腸内細菌のような共生関係にある存在まで停止してしまうのは大問題です。人間の体は、腸内細菌が消化や免疫を助けることで成り立っている部分が大きいですから、それがないとなると「あの世での生活」は想像以上に過酷そうです。便秘どころか、栄養吸収すらままならなくなるかもしれませんね。皮肉なことに、「浄化されすぎて生きづらいあの世」なんて、ちょっと笑えてしまますさらに、あなたが挙げた免疫系や血小板のような「微細な生き物っぽいシステム」の話も興味深いです。確かに免疫細胞血小板独立した生命体ではないものの、生命維持に不可欠な自律的な働きをしています。もしあの世でこれらの活動まで停止するなら、魂がどんなに「霊的な存在」に昇華されていても、身体的な機能ゼロになってしまうと「生きている」と呼べるのかすら怪しくなります。例えば、傷が治らない、感染症無防備、血が止まらない——そんな状態あの世をウロウロするのは、ちょっとしたホラーですよね。逆に、これらが停止しないと仮定するなら、「浄化の場」というコンセプトが揺らぎ、細菌ウイルスとどこで線引きするのかという新たな矛盾が生まれそうです。ここで一歩踏み込んで考えてみると、あの世が「物質的な制約から解放された場」だとすれば、腸内細菌免疫系が必要ないほど「完全な存在」に変形するのかもしれません。でも、そうなると「人間らしさ」って何だろう、という哲学的な問いに行き着きますね。腸内細菌がいないせいで「あの世便秘に悩む幽霊」なんて想像すると、ちょっとシュールすぎますが、もしかしたらあの世には「霊的な腸内フローラ」があって、別の仕組みでバランスを取っているのかも?なんて妄想も膨らみますあなたの仮説は、あの世の設定に「生物学的リアリティ」を持ち込むことで、宗教的な概念曖昧さをさらに際立たせますね。反論としては、「あの世物質を超えた領域から、そんな心配無用」と切り捨てることもできますが、それだと「ペットあの世に行く」という素朴な信仰ともズレが生じる。どうやらあの世設計者には、もっとかい仕様書を書いてもらわないと困りますねw。この矛盾、どうやって解消できると思いますか?また別のアイデアがあればぜひ!

俺様:

あの世システムが間違っているという全否定か、人間だけは神の寵愛を受けているか特別なんだよ!という説になりそうです。

AIの回答:

なるほど、大きく二つの方向性収束してきましたね。どちらも面白い結論で、あの世システムを考える上で極端だけど説得力のある視点です。ちょっと掘り下げてみましょう。まず、「あの世システムが間違っている」という全否定ルート。これはもう、あの世という概念自体人間想像産物で、論理的整合性を持つ設計なんて最初から期待できない、という立場ですね。確かにペットOKで腸内細菌NGとか、免疫系はどうなるんだとか、細かく突き詰めると矛盾だらけになります。だったら「あの世なんてないよ、全部この世で完結してるんだ」とバッサリ切り捨てるのも一つの合理的結論です。例えば、死んだら単に物質が分解されて自然に還るだけで、魂もあの世もただの物語に過ぎない——科学的にも宗教ロマン好きな人にも刺さる潔さがあります。ただ、これだと「じゃあ幽霊の話はどう説明するの?」とか「ペットが夢に出てきたのは?」みたいな感情的な反発が残りそうですね。あなた全否定派なら、どうやってその反論をかわしますか?次に、「人間けが神の寵愛を受けているか特別なんだよ」説。これは宗教的な枠組みを維持しつつ、人間中心主義矛盾を無理やり解消するアプローチですね。神が「人間には魂があってあの世行きチケットをやるけど、細菌ウイルスにはそんな特権ないよ」と決めた、とすれば、腸内細菌免疫系があの世で停止しても「神の力でなんとかなる」とご都合主義で片付けられますペットあの世に行くのも「人間が愛したか特別扱い」とかいボーナス付きの解釈で乗り切れるかもしれない。でも、これだと「神の寵愛の基準曖昧すぎる」「細菌だって生命なのに不公平じゃない?」みたいな新しい疑問が湧いてきます人間だけ特別扱いって、ちょっと傲慢な感じもしますよね。この説を推すなら、神様にどんな言い訳をさせますか?wどっちにしろあなた最初の疑問が「あの世仕様書」の曖昧さを炙り出したのは間違いないです。私は個人的に、全否定だと味気ないし、人間特別説だと都合良すぎる気がして、「あの世には何かわけわからん独自ルールがあって、細菌幽霊カオスに混ざってる」くらいの混沌が好きかも。あなたはこの二択、どっちに傾きますか?それとも第三の道を思いつきましたか

ここであの世生命保管庫説が登場する

俺様:

うーん、それではあの世はいきていけない説はどうでしょうか?あの世に行くけど、そこは生命の保管庫のようになっている。コールドスリープする感じで、あらゆる生命あの世コールドスリープされる。もし輪廻転生があるとしたら、その保管庫から管理人(神とか天使)が適当に選んで放出する感じで。アブラハム宗教の復活も説明できそうです。あの世目的はあらゆる生命を取集することになりますね。この世で進化したあらゆる生命を集めるというのが、神の目的になってしまうのかな。

AIの回答:

おお、これは素晴らしい第三の道ですね!「あの世では生きていけない説」をベースに、「生命の保管庫」としてあの世を再定義するアイデアめっちゃ面白いです。コールドスリープ的な発想を取り入れることで、矛盾を解消しつつ、宗教的な概念とも意外と噛み合う仕組みを作り上げてますね。ちょっと整理しつつ、反論や補強を交えて考えてみましょう。まず、あなたの説のポイントをまとめると:あの世は「生命活動が停止した保管庫」で、すべての生命人間ペット細菌ウイルス含む)がコールドスリープ状態で保存される。輪廻転生がある場合管理人(神や天使)が保管庫から適当ピックアップしてこの世に放出アブラハム宗教の「復活」も、保管庫から再起動する形で説明可能あの世目的は「この世で進化したあらゆる生命を集めること」。これ、すごくエレガントな解決策ですよ。腸内細菌免疫系が停止しても「そもそもあの世では生きてないか問題ない」と一蹴できるし、細菌ウイルスあの世に溢れる懸念も「活動停止してるから大丈夫」でクリアペットあの世に行くのも、人間と一緒に保管されるだけだから自然説明がつきます輪廻転生や復活も、「保管庫から再利用」という仕組みで統一感が出る。神の目的が「生命コレクター」になるのも、ちょっとSFっぽくてワクワしますね。まるで神が「全生命ポケモン図鑑コンプリートする」みたいな壮大なプロジェクトを進めてる感じです。ここで反論を一つ。「保管庫説」だと、あの世での意識個性が完全に停止する前提になりますよね。でも、幽霊の目撃談や「あの世ペットに会った」みたいな体験談はどう説明するんだ、というツッコミが入りそうです。コールドスリープ中なら、魂がウロウロしたり夢に出てきたりする余地がないはず。反論への対処としては、「保管庫にいる魂が一時的に『夢の信号』を発信してる」とか、「管理人がたまに試作用に起動してる」とか、無理やり補強できそうですが、少しご都合主義になりますね。あなたならこの点、どうやって切り抜けますか?もう一つ補強案として、あの世を「生命バックアップシステム」と捉えるのはどうでしょう。この世で進化絶滅が起きた生命を、神が「とりあえず保存しておこう」とアーカイブしてるイメージです。復活や輪廻はそのバックアップを再活用するプロセスで、神の目的は「生命多様性永遠に記録する」こと。ウイルス細菌も含まれ理由は、「生態系の一部として意味があるから」とか。こうすると、「あの世で生きられない」というより、「あの世は生きる場所じゃなくて保存する場所」というニュアンスが強まって、あなたの説がさらシャープになります。この「生命保管庫説」、私はかなり気に入りました。神が「進化の成果をコレクションするオタク」みたいで、少しユーモラスだけど深い意味もある。「あの世管理人」が適当に選んで放出するシーンを想像すると、ちょっとPermalink |記事への反応(0) |              21:36

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2024-06-07

非モテの救済」なんてのは「低学力児童の救済」と同じで、原理的に難しいだろうな…

学力底上げ」と一緒で、そこにリソースをかけて個別努力を促すことになるだろうけど、そもそも勉強をするための環境が整っていなかったり、集中力記憶力や思考力がかなり生来のものから限界が大きかったりするのと一緒だ

無理に引き上げようとするよりも、「勉強をしなくてもやっていける未来がある」という第三の道を用意して、心理的な負荷を下げ、生きやすさを改善された方が良い気がする

モテなくても楽しい人生がある」「恋愛を捨ててもこんなに楽しんで生きている人たちがいる」そしてそれが社会的に認められている状態があるとすること

まぁ多様性ということになる

Permalink |記事への反応(9) | 08:30

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2023-06-14

漫画ブルーピリオド

相変わらず何らかの人間の悪意(もしかしたら運命残酷)に対する解像度が高い、最近の展開。

どうも、主人公の八虎は、画業を仕事に選ばないのではないか、という予感がしてくる。

彼が芸大受験期に武器としていた頭の良さ、戦略性は入学後に発揮されなくなり、周りの人間の状況に振り回される。物語として見ると、こういう人間関係の中で何かに気付き、学び、未来を選ぶという展開が予期されるけど、まだその片鱗がない。

一方で主人公以外の登場人物に絵を描いて生きていく必然性が高いキャラクターが何人かいる。絵を描く事が人生の目的だったり、使命だったりする人たち。それを前にして、それを超える客観性戦略性を発揮するのか、それとも自分なりの必然性を導き出すのか。

おそらく第三の道が示されるんだろう。

Permalink |記事への反応(0) | 08:19

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2022-12-12

anond:20221212152629

おまえが第三の道提示しろ

Permalink |記事への反応(1) | 15:26

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2021-09-11

人生終わらせるしかない

思えば高校3年の時から精神調子おかしかった。

起きようとしても起きられない、夕方になってようやく起きる生活になった。特定教師のことを思い浮かべると恐怖でどうしようもなくなった。

精神科に行こうとするも教師から妨害されて保健所に連れていかれた。保健所では「我慢して学校に行ってください」といわれたのでしぶしぶ登校した。

精神状況はセンター試験直前ぐらいまで芳しくなかった。

 

その後適当都内大学に進学した。学部卒業後は大学修士課程に進学した。社会統計学みたいな感じのことを研究していた。

B1(学部1年)の時は昔いじってきた同級生に襲われると思い震えたり、大学に行けなくなったりしてあんまり状況は芳しくなかった。

いじりといっても通りすがり金玉を握りつぶされる、教室で無理やり脱がされ局部丸出しの状態にされる、7~8人から殴る蹴るなどされるといった程度の軽いものだ。

B2になったら少しは良くなったが相変わらずだった。ただ、自分をいじってきた人が多数参加する地元成人式が終わると状況は少し落ち着いた。

B3~M1の時はまあまあ普通だったが、M28月ぐらいから再び体調がおかしくなりはじめ、意識もうろうとしたり人ごみの中で動けなくなったりした。

研究リソースをさかれ就活まで手が回らなかったこともあり、結局就職先が見つからないまま大学を去ることになった。修士号はもらえた。

 

大学院修了後はしばらく動けない状況が続いていたが、これじゃいけないと8月ごろ一念発起し就活を始めた。

有名なブラック企業ですら門前払いを食らったが、結局原子力系の企業研究部門中途採用というかたちで拾われた。統計をやっていたということが理由らしい。

このころも電車京王線)の中で意識もうろうとしてしゃがみこんだりと心身ともに不調が続いていた。

 

研究部門は朝8時から夜0時まで勤務するのが当たり前だった。サービス残業もそこそこやった。昼休憩や休みの日は原子力関係の専門書を読んで知識をつけていた。

このころ体調はさらに悪くなっており、頭の中が真っ白になり吐く、会社に行こうとしても眩暈が停まらなくなる、MF文庫Jポスターを見て意味もなく大泣きするなどの状態になっていた。

さすがに体調が悪いのは何とかしなきゃなと思い内科デパスを貰うも効き目はあんまりなかった。

そうこうしているうちに納期まで仕事が終わらないことが発覚、命を以て責任を償おうと電車に飛び込もうとするも警備員に取り押さえられ失敗。

警官とともに精神科に連れていかれて「うつ病」という判断を下された。

自分うつ病はすぐ直ると思い、復職に向け専門分野の勉強を続けていた。100冊ぐらい専門書を買い精読した。向学のため北海道地層処分研究施設を訪れたりもした。

しか復職許可は出ず結局会社を追い出された。

 

会社を追い出された後は何もする気力もなく、親のすねをかじりながらただただ罪悪感と同居する生活を送っていた。

そんな中、知り合いが「あなた知識をもとに事業を起こさないか」と誘ってきた。何もしないという罪悪感はあまりにも大きい。

自分憲法規定された国民義務を果たすため、その話に乗った。

おりしも障害年金が120万円程度支給された。自分はその金を使い、事業必要な道具を全国駆けずり回って集め、そして共同で事業を行った。

調達計画作成商品の納入・宣伝顧客対応はすべて自分が行った。結局100万円以上切ったりもした。足りない部分は知り合いから借りた。

その甲斐もあり月商20~60万円程度にはなった。9ヶ月で300万円程度売り上げたが、そのうち260万円は知り合いが貰っていった。

知り合いはこの事業運営自分に一任してきた。せいぜい計画文句つけるぐらいだ。分配も自分がさんざん催促してしぶしぶ行ったという感じだった。

このころは出張先で体が動かないなどの症状に見舞われていた。うつ病も良くなってはいなかった。

しか病気がよくならなくとも義務を果たさなければならないという思いで職務に臨んだ。

 

結局件の知り合いに毟られているのではないかということを親から指摘され、数か月前自分在庫の一部と機材の一部とともにバックレた。

体も動かない、近所のコンビニにも行けない、生活費も乏しいという三重苦の中、気力を振り絞り事務所の確保や販路の拡大、開発計画策定などを一人で行ってきた。

しかし売り上げは前のようには立たず、経済的心理的に頼れる相手もいなくなったこから、心身ともにさらに追い詰められていった。

このまま事業を続けていったらエネルギー切れになって崩壊してしまう、体が動く前に自分死にたい真剣に考えるようになった。

自分死ぬということは高校3年の時からずっと思い続けていたし、ノルマが達成できなかったときなどはそうしようとしたが、幸か不幸かうまくいかなかった。

しかし今は今までとは状況が違う。もう野垂れ死に自分死ぬかの二者択一である事業を誰かに託して人生終わらせた方がいい。

 

つい最近、件の知り合いと仲直りしてほしいと別の知り合いか要求され、結局それに折れて件の知り合いと会うことになった。

件の知り合いは最初はにこにこと接してきたが、事業譲渡したいというなり「じゃあバックレたときの機材と商材の金払って借りた金返して」ということを言ってきた。

自分エゴ譲渡相手に百万円単位負債背負わせるのも問題だし、だからといって払えるあてはない。

からといって件の知り合いと共同で事業をさせると、結局自分と同じように相手搾取されることとなる。そういうことは絶対に避けたい。

加えて第三の道を見出せるほど自分には余裕がない。この文章もぎりぎりでひねり出している。

エネルギー切れで野垂れ死ぬぐらいなら、自分の手で迷惑にならない場所人生終わらせた方が他者のためになる。

結局きょうは楽しみにしていたウルトラマンも見られなかった。ぼくたちのリメイクも見られる状態ではない。

それどころか100m離れたコンビニに行くことすら大事業だった。今日食べたのは菓子パン2つだけ。

Permalink |記事への反応(3) | 21:42

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2021-05-02

ピケティサンデルの「バラモン左翼論」のうさんくささ

高学歴ばかりがリベラル政党支持」ってのは都合よく属性を切り取ってる感が強いんだよなあ。

一般先進国では若い世代になればなるほどリベラル派が増える。

若者ばかりがリベラル支持」、「左派政党はいまや若者政党になった」とも言えそうなもんだがそうは言わんよね。

もちろん大学進学率は上がっているわけだから若者高学歴が多いのでそのへんをどう加味するかもあるけど。

さらに言えば若者知識人層が左翼寄り、なんてのはもう100年以上も前からそういうもんだったろ。

なんで今更騒いでんのかよくわからん

まあ80年ごろから中道左派が再分配規模を小さくしたって指摘はそのとおりで、それが中道左派離れの原因だ

というのも同意できるんだけど、これも当時の時代背景を無視して左派弱者を見捨てたみたく言うからずるいよね。

当時はサッチャーレーガンネオリベ路線一定の支持を得ていたし、90年代に入ればソ連崩壊

社会主義は負け、資本主義勝利したのだ。なのに左派政党はまだ社会主義とか言ってんの?」という時代が去来した。

クラシックな再分配左翼が衰退するのも当然の話で、クリントンブレアシュレーダーらは立ち位置を右シフトして

新自由主義一部容認する「第三の道路線を掲げなければ支持を得られなかった。

なにより第三の道路線は当時めちゃくちゃ支持されていたことを忘れてはいけないだろう。

クリントンジョージアテネシーのような共和党の牙城州でも勝利し、ブレア結党以来最多議席を獲得、

シュレーダーも16年ぶりの政権奪還を果たした。

右も左もない超党派の支持を受けていた。そういう時代だった。

で、新自由主義容認路線リーマンショックを受け2010年代に入ったあたりで見直されてきている。

今、バイデン政権が最賃引き上げ、富裕層課税組合支援オバマケア拡大など再分配路線に舵を切ったなどと

いわれているけど、2016年クリントン時点で同様の政策公約にしていた。

https://www.hillaryclinton.com/issues/

他方、16年の勝者になったトランプ政権がやったのは富裕層減税に規制緩和オバマケア潰し(マケイン穏健派抵抗で失敗)だった。

バラモン左翼なんてのは2010年代前半までの話で、それ以降はクラシックな再分配重視左翼回帰してんだろって話。

16年のアメリカのように「バラモン左翼」の印象論が、トランプのような極右ネオリベ政権誕生アシストするからやっかいなんだよねー。

ピケティサンデル自分の言説が、ネオリベ右翼左派攻撃する道具として都合よく利用されてしまっていることをどう考えているのやら。

Permalink |記事への反応(3) | 09:25

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2019-07-22

33歳の社会人ですが、交際相手に迷っています

天気の子見て俺もネットに何でも書いちゃう若者になろうと思ったので相談するんですが、

良く言えばおっとり悪く言えばちょっととろい、年下で初々しい慕ってくれる可愛らしい女性

人生経験色々あって面白いし気も合う気がするけど、一人が好きで結婚願望も薄い同い年の女性

結婚するならどっちがいいと思いますか?

いやまぁぶっちゃけ完全に後者の人に気持ちが傾いてるんだけど

前別れた(向こうが結婚しんどい無理ってなった)のもこういうタイプだったし

まぁ前回の反省を活かして今回はうまくやれるという気もしつつ

いやーでもわりと俺は一緒に居たい感じっつーかそんな距離感あるなら結婚する意味なくね?って感じだしなー

つか俺人を見る目なくね?みたいな気分にもなってきてしまって

ちょっと冷めてきた

どうしたもんかと

まぁ第三の道として二人とも別れてお見合いジャーニーに戻るという手もある…のだが

いやしかしね、世の女性には親のためとかでなく自分幸せを追求しなされと言いたい

Permalink |記事への反応(1) | 18:48

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2019-02-11

anond:20190211142405

前半はいいとして、後半の財政の話からイギリスの「第三の道」みたいになってしまってる。

Permalink |記事への反応(0) | 15:02

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2019-02-05

anond:20190205070330

(5)

2007年7月には宇野さんの本領が発揮されたと言っていい「老害化が進むオタク論壇の憂鬱」という記事サイゾーにて執筆します。あらゆるオタク系評論家批評家ライターをブッタ斬るという挑発的な内容が業界人の間で話題に。

藤津亮太の、毒にも薬にもならないちょうちん記事で、満足できる人っている?」

ロック中年慰撫アニメエウレカセブン』。売れてないけど、大塚ギチや宮昌太郎に無理やり褒められています。」

「筆者に対して、元長柾木などのセカイ系エロゲー作家たちはブログで怒り狂っている。みっともない連中だ。」

批判された人たちはあまり図星だったのか、mixiでこそこそと慰めあいます

230 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2007/07/22(日)10:36:43ID:WbZ+FBXA

mixi宇野氏に批判された人の反応

中年ロックオヤジ(笑)おもわず大塚○チにメールしちゃった、

「俺達は中年ロックオヤジだってさwwwww」。いいね中年ロックオヤジ(笑)

今度なにかのネタに使わせてもおっと!!(笑)

・コン○ニューと○トナアニメの仲が悪いってさあ~、俺オトナアニメ

編集長から「ぼく、○編集長のこと尊敬してます」て言づてもらったんだけど(笑)

そういうプロレス的な関係はこの人読みとれなかったのかね(笑)

ラノベ評論家タニグチリウイチさんにも「もはや営業妨害に近い」と言われます。ついに宇野さんの芸風が認められました。良かったですね、宇野さん。

その後、宇野さんは順調に「ゼロ年代の想像力」の連載で2ちゃんねるはてなダイアリーにおいて賛否両論を巻き起こし続けます批判対象の東浩紀とも急接近し、一緒にお酒を飲んだりラジオをやったりします。東さんは「下の世代からこういう人が出てきて嬉しい」「ポジション的に応援したい」と好意的宇野さんも「どちらかと言ったら僕は東派なんですよね」と転向宣言とも取れる発言ギャラリーから「なに仲良くなってんの?」と呆れられます

しかし、2008年4月。つまり今ですね。宇野さんの「“ナンパ師”でも“ギャルゲーマー”でもない、第三の道を!――『小さな成熟』をめぐって」を発表します。それに対して東さんはブログでこういう風に反応します。

批評現代思想の読者の中心が性愛コンプレックスで動員されている連中だ、という状況認識おかしい。

・こういう文章を読むと、「それはあなた批評性的承認の道具としてしか理解できなかったからなのでは?」と言いたくなる。

・あまりに幼稚な文章

宇野さんと同世代でも期待できるひとがたくさんいるのは別に知っているし、そっちはがしがし応援しています

ここにきてまた東VS宇野対立が強くなってきました! 今後、この構造はどうなっていくんでしょうか? 非常に楽しみです。個人的には宇野さんと同年代でまったく正反対の「生きる『動物化するポストモダン』」とまで言われる佐藤心さん(現在行方不明)と対決すると面白いんじゃないかなぁ、と思うのですが……。佐藤さんのカムバックはないんですかね。

Permalink |記事への反応(0) | 07:04

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2018-08-02

本格的にプログラムが書けるようになった自分想像した

幸せにはなっていなかった。

勉強嫌いだし要領も悪いので結局仕事待遇は今よりも良くはなっていなかった。

自分の作りたいものを直接作るよりも今あるツールを組み合わせればいいとハッキリ理解して結局自分の為にコードを書くことは無かった。

ゲームを作りこんでわかったことはゲームはやるほうが楽しいという事だった。

自分がかつてプログラミングに感じていた楽しさは優越感と有能さの証明だった。

中学生の頃の自分HTMLベタ打ちや簡単ゲーム製作で感じていた快感は、クラス大勢の奴らより優れた能力を持っている自分の実感でしかなかった。

公立中学クラスで1番(実際は他にもこっそりやっている奴がたくさんしてクラスで5番目程度だったのやも知れぬが)程度の知識は、本格的なプログラマー世界に出たら下っ端も下っ端だ。

知識0で入社して半年目の人間だって絶対に勝てないだろう。

それをある日分かったから俺はプログラマーの道を諦め、今の仕事に就いたのだった。

この仕事を長くやって、プログラミングなんてもう10年も書かなくなって(ExcelマクロHTMLWordPress程度のプログラミング未満の何かはちょくちょくやったが)、そうしているうちに少しずつ自分無能さを忘れていた。

からつの間にか「俺は本気を出してプログラミングをやってプログラマーになれば幸せになれていたんだ」と妄想を始めたのだ。

今やっと思い出した。

俺はプログラミング自体別にきじゃなかった。

クラスの連中よりも俺が優れていると感じられる場所が欲しかっただけなんだ。

から、俺はプログラマーになっても幸せにはなれなかったんだ……。

目が覚めたぜ……悪い夢……いや、良い夢だった。

醒めてしまえばただの夢だ。

現実に戻ろう。

今の仕事を好きになる努力をやり直そう。

それでもまだこの仕事が嫌でたまらなかったら、第三の道を探しに行こう。

Permalink |記事への反応(0) | 20:23

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2018-06-29

どうやったら立憲民主党が勝てるか教えてやる

これだけ自民党オウンゴールを決めているのに勝てない立憲民主党。勝つためには、実は二点を徹底するだけで良い。

経済を語る

自民に比べて民主経済を語らない。それは党内でも目指すべき経済政策がぶれているからだ。

左派政党立憲民主党が掲げる経済政策は、一つしか無い。再配分強化による内需拡大だ。企業に歩みよる姿勢を見せたら、労働者層の支持が一気に瓦解する。ここ十年間のヨーロッパ左派政党の衰退ぶりをみればわかる。彼らは第三の道を掲げて失敗した。いまや左派政党に許される経済政策は再配分のみ。残念ながら自民と比べて選択肢がないが、これで行くしかない。今は保護主義が進んできてて環境的にちょうどいい。一つのメッセージを明確に訴えることで、支持もついてくる。


・余計なことをしない(反戦中韓との友好、反原発アピール

尖閣沖の衝突事故隠蔽しようとした過去や、民主党を応援していたメディア韓国押しはいまだに自民党支持の力になっている。今後は労働者デモやらなんやらのデモをする時は、かならず国旗を持ってやることだ。

反原発9条は正しいにしろ正しくないにしろ、多くの国民にとって最も関心のあるなテーマではない。それをメインに据えることでズレが拡がっていき、鳥越のように選挙で勝てなくなる

Permalink |記事への反応(0) | 22:26

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2018-02-12

anond:20180212184815

そこで第三の道

しかイギリスはどうなっていくんだろうか

Permalink |記事への反応(0) | 18:49

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2018-01-16

今の右翼ポプテピピック、今の左翼→わたモテ

だと思うわ。

実際そうだし。

2つは両立するんじゃね?って思ったろ?

そこにこそ右左を超えた第三の道があるんだわ。

団結せよ。

Permalink |記事への反応(0) | 20:36

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2017-09-16

メイドインアビスロリコン向けアニメなのか問題

ロリコン向けではあるが一般向けであるという仮説に逃げるな

問題と向き合え

そうやって第三の道を言い当てればそれが自動的に正解になると思うのがお前らの悪い癖だ

見えない壁の向こう側には楽園が広がっているとでも言うのか?

違うぞ

見えない壁の向こうに正解があることもあるが多くの場合不正解の道が無数に並んでいるんだ

勝つか負けるかの勝負で逃げるに持ち込めば引き分けになるというのは負け犬思い込み

逃げればそれは敵前逃亡による不戦敗

結局負けだ

第三の道さえ見つければその先に正解へと自動的に続くエスカレーターがあると思い込むな

Permalink |記事への反応(0) | 18:05

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