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2025-08-05

公立中学校先生を今でも許せない

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※この物語フィクションです

登場人物団体名は(一部を除いて)架空のものです

実在人物団体とは一切関係ありません

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社会人として働いて年数が浅い。

ほかの増田投稿者みたいにシャープ文章は書けないが、大学生だった頃のことを振り返りたい。

その時は都内大学に通っていた。二年生の春で、家庭教師に挑戦してみた。それまでは塾で教えていて、正直下働きに近かった。教師と言うよりはアシスタント的な。裁量などもちろんなく。正規雇用塾講師ロボットと言って差し支えない。

自分教育学部をめざしていたので、是非とも自分指導力というやつで、子どもに教える経験を積んでみたかった。

家庭教師の職は、大学を通じて探すことにした。とにかく安全重視で。人生で初めて受け持つ子は、意外にもすぐ決まった。

私は文京区にある大学に通っていて、謎の信頼があったんだろうか……男の子しか受け持てないと思ったら、普通に女の子を教えることになった。

当時は、中三受験生高校の本試験はずっと先だが、この業界に遅いとかはない。

おとなしい子だった。親御さんの話によると、学校では喋らない子らしい。

実際、最初面接?の時にお家のダイニングで三者で話してみたけど、そういう雰囲気だった。自分に心を開いてくれる気配はあったので、受け持つことに決めた。

実際、すごく真面目で、いろんなことをきちんとやる子だった。ただいかんせん、要領が悪くて、先生コミュニケーションが取れなくて成績が悪かった。

自宅の近くにある都立の名門公立校をめざしていたが、偏差値でいうと50を切るくらい。絶望である

の子志望校は、かくいう私の出身校と同じだった。だから、親御さんが履歴書を読んだうえで、男である自分でも、大事な娘さんの面倒を見させることにしたんじゃないかと。



から夏にかけて、彼女は持ち前の真面目さで成績がメキメキ上がった。

中間テストだったかな。中学校三年の一学期の。やる気が漲りつつあった彼女は、自分で野心的な目標を立てた。中間テストで【数学100点】取るんだってさ。

私が思う限り、普段のその子からしたら意外なことだった。本当に自信がなさげに過ごす子だったので。まさかそんな、100点をめざすだなんて……

私は当時、その子公立校志望ということで、五教科を総合的に上げることを目標指導していた。

100点を目標にするのは非効率だと考えた。冷静に考えてみて、100点を取る努力というのは、80点を取る努力の軽く2倍以上はかかる。それなら、5教科で80点を揃えるところから始めるべきだろうって。

それに内申点もある。都内の一流公立校だと、入試では大体みんな満点近く(※業界的には平均90オーバーらしい)を取ってくる。となると、内申点で引き離されると手も足も出ない。

都立高の評価比率は7:3で、特殊事情があると±加点の裁量が加わる方式

の子に、そういう話はした。「100点を取りに行く必要はない」って。竹早高等学校に入りたいなら……と何度も説得したが、彼女意思は硬かった。どうしても大好きな数学で満点を取りたいらしい。

でも私は、この子が初めて会った頃と比べてやる気になってるのを見て、できるんじゃないかなと思った。それで見守ることにした。【数学100点】、それいいじゃん!って。

私自身の都合もあった。私の大学には進学選択という制度があって、その時期にはラストスパートをかけて希望学科に行くために学力を上げないといけなかった。数学主体の方が楽だった。いや、ほかの教科も当然がんばって教えたけどさ……。

実際あの子は、テスト前の一ヶ月間は、ものすごく勉強していた。こっちがもたないくらいに。圧倒的な質問量だったな。特に数学は。

私が出した宿題と、学校課題と、さら過去課題の解き直し。徹底していた。素晴らしい努力量だった。



そして彼女は……数学で100点を取った。他の教科の点数も伸ばしつつ。偏差値は60台前半であり、その後半も視野に入っていた。

自信が付いたその子は、期末テストでも【数学100点】を取ると言って張り切ってた。結果は確か、期末の数学テストでは1問だけ間違えたんだっけ? 答案は今でも思い出せる。たったひとつ計算ミスだった。

素晴らしい成績だった。彼女の点数もさることながら、きちんと目標を掲げて、現実的にできる最大限の努力をしていた。私も、保護者のお母さんも、そして本人すらも!? 数学では一学期通知表で「5」が付くものだと思っていた。

でも、1学期の通知表は「4」だった。

怒りに震えた。これはどういうことだって。あまり理不尽であり、「学校に抗議した方がいい」って、お母さんに訴えたほどだ。

お母さんが学校に聞いたところだと、減点の理由というのが、数学への「興味・関心・意欲」の項目だった。授業中の発言量が少なかったらしい。

の子は真面目な子で、提出物も完璧に出していた。「5」をつけることだって出来たはずだ。でも、その数学教師は……「4」を付けた。100点と98点を取ったのに。

彼女は内気だった。自分努力をひけらかすことはしない子だ。先生への意欲アピールは少なかっただろう。

でも。それは努力をしてないということじゃない。100点を取れる子が数学に関心がない、なんてことがあるか?



彼女の中の数学への自信が、努力への信仰みたいなものが崩れていく音が聞こえた。いや、本当に聞こえたんだ。その子と、お母さんと一緒にダイニングに居て、その子が残念そうに話をしている時に。

本当に無念そうだった。いつも自信がなさそうだったけど、この日の彼女特に辛そうだった。

数学での自信が、彼女の殻を破るきっかけになると踏んでいた。叶わなかった。

の子は結局、高校の進学先を決める時……自分の実力の遥か下の学校を選んで進学していった。

がいいってずっと言ってたのに。偏差値60超えても入学できるかって言ったら怪しいけどさ。でも、彼女なら可能性はあったよ。

竹早高校がいい学校かと言われたら、卒業生の一人としては礼賛できない点もあるよ。

伝統校だから制服検査とか生活指導が厳しいし、生徒同士が成績とか家柄でマウントを取り合ってることもある。ハブられたりとか、いじめられて鬱とか、登校拒否になるヤツだっていた。途中で辞めた友達だって何人もいる。

でも、いい学校だと思ってる。伝統校としての地力があるのだ。生徒の可能性を花開かせる環境シッカリ整っている。

彼女には、そういう学問教養・学びの楽しさを味わえる学校に進んでほしかった。

その思いは、ずっと悔恨として残っている。もし、あの時……まんべんなく80点を取る作戦で説得できていたらなぁ……と、学校教師じゃなくて、不動産会社に進んだ今では思う。※一応、教育学部には進みました

今の会社では、ビルマネジメントという専門職種の道を歩んでいる。

ありていに言うと、施設総合管理仕事である。その業務では、顧客を説得しないといけない場面がたくさんある。契約業務が多いし、ビル建替計画の進捗も管理しないといけない。大卒がやるとは思えないほどの雑多な業務がある。泥臭いのだ。人間関係の構築について学ぶことが多かった。特に自分とは属性全然違う人達との関係構築方法を。

大学生のうちからもっとそういう人間関係を作る力を鍛えておけばよかった。そうすれば、組織内部の力関係の把握とか、キーマンの説得とか、外部折衝とかもっとこなせたんじゃないかと。

そして、何より……あの子を、もっとスマートに説得できたんじゃないか大学卒業して五年近くは経ったけど、私は今でもあの子のことが心配だ。



あの学校先生にとっては、成績は単なる数字だったのかもしれない。「4」でも「5」でも大差ないって。

でもな、違うんだよ。ああいう子にとっては。

「頑張っても正当に評価されない」って、彼女はその「4」の数字から学んでしまった。

から勉強を頑張る学校に行こうとしなかった。はるか下のランク学校を選んだ。

あの事件があってからも、何度も竹早高校を勧めたよ。いい学校だよって。

でも、あの子はさ。進学校を勧める私に対して拒否反応が凄かった。普段は、その子は素直に何でも言うことを聞いてくれた。教科の学習はもちろんのこと、私がわかりにくい冗談を言ったり、たまに無茶振りすることがあっても聞いてくれた。

お母さんが家に居ない時は、たまに料理を作ってくれたし、時間が余ったら一緒に犬の散歩に行ったし、2回だけだけど、一緒にゲームをした。「ちょっとだけだよ」って。ちなみにグノーシアをプレイした。

案の定論理的思考が好きなあの子はドハマりしていた。好きなキャラはラキオのようだった。必然といえる。あの子しかった。

でも、あの子はさ。進学先、そこだけは絶対に譲らなかった。あの数学評価のことがトラウマになっていた。もう頑張りたくないって。深く傷ついたに違いない。私だって、あの時は傷ついた。

当時の、文京区内にある公立中学校に勤めていた、あの数学先生に言いたいんだけどさ。

この罪は、重いよ。あなたは、一人の生徒から自信を奪ったうえで、社会に対しての不信を植え付けたんだ。

その後の彼女人生には影響があったよ。絶対に。あの教師責任が取れるんだろうか。取れるはずがないよな。そもそも取らなくていいんだから

私はあの後、教育学部に進んで教員免許は一応取った。けど、このことが脳裏に何度も去来して、結局学校先生にはならなかった。なりたいとは思えなかった。あんな連中と一緒に働くのは嫌だ。

教育を志した一人の人間として、私はあの数学教師は許すことはできない。

ちょっと語りすぎたかな。嫌な記憶になったらごめんよ。

でも、これだけは忘れないでほしい。子どもって、大人にとってはちょっとしたことで傷つくんだよって、一生の傷になるんだよってさ。

じゃないと、私みたいに、嫌な記憶を引きずる大人なっちゃうので。

Permalink |記事への反応(1) | 22:17

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