
はてなキーワード:立憲民主党とは
2026年2月8日に投開票された衆議院選挙で、立憲民主党と公明党が電撃的に合流して結成した新党「中道改革連合」は、公示前の167議席から49議席へと118議席を失う歴史的惨敗を喫した。この数字は、同じ数だけ議席を伸ばした自民党の圧勝と表裏をなす。なぜこれほどまでに中道改革連合は有権者から拒絶されたのか。批判の核心は党名、政策転換、党内構造、そして支持基盤の崩壊という多層的な問題に根ざしている。
中道改革連合という党名そのものが、結成直後から激しい批判にさらされた。まず指摘されたのは「民主」という言葉の消失である。自由民主党、立憲民主党、国民民主党、社会民主党と、日本の主要政党の多くが「民主」を冠してきたのは、国民主権と対話による政治という理念を示すためだった。ところが「中道改革連合」にはその文字がない。評論家や市民からは「国民を見下す驕りを感じる」「上から目線の改革姿勢が透けて見える」といった批判が相次いだ。
さらに深刻だったのは略称の問題である。「中道改革連合」を略すと「中革」あるいは「中革連」となり、過激派組織「中核派と革マル派」を連想させる響きを持つ。ネット上では「中革派」「中核連」といった揶揄が飛び交い、穏健な中道路線を標榜する新党にとって致命的なイメージダウンとなった。保守系論者からは「中国への道」を略して「中道」だという皮肉も投げかけられている。党名は政治において最も基本的なブランドであり、その段階で既に有権者の信頼を獲得できなかったと見られている。
より本質的な批判は、立憲民主党が長年掲げてきた基本政策を、公明党との合流のために大幅に転換した点に向けられた。立憲民主党は安全保障関連法について「違憲部分の廃止」を主張し、党綱領で「原発ゼロ社会を一日も早く実現」と明記してきた。これらは同党のアイデンティティを支える「背骨」とも言える政策だった。
ところが中道改革連合は、安保関連法を合憲と位置づけ、原発再稼働も条件付きで認めた。この転換に対して、れいわ新選組の山本太郎代表は「日本をダメにしてきた者たちが看板を付け替えて、もう一回詐欺をやろうとしている」と痛烈に批判した。社民党の福島瑞穂党首も「安保関連法を『合憲』といい、原発再稼働を『認める』という。自民党とどこが違うのか」と疑問を呈し、国民民主党の玉木雄一郎代表も「背骨となる政策がこんなに簡単に変わるのか」と述べている。
こうした政策転換は、立憲民主党のコア支持層を直撃した。脱原発や安保法制違憲といった左派的価値観を大事にしてきた支持者は、公明党とくっついて中道に移行したことに強い違和感を覚えたとされる。また、反自民的な無党派層も、野党第一党として自民党と異なる価値観で対峙していた立憲民主党が、与党だった公明党と合流したことで「野党第一党としてのあるべき姿を失った」と感じたという分析がある。元NHK解説委員の増田剛氏は、立憲民主党を支持してきた土台が崩れたと指摘している。
選挙戦略の内部配分も大きな不満を生んだ。中道改革連合は比例代表の名簿で公明党出身者を全ブロックで上位に配置し、立憲民主党出身者は小選挙区で戦うという構造を採用した。公明党の支持母体である創価学会は、全国に約800万世帯とされる強固な組織票を持ち、比例代表での集票力は極めて高い。この組織力を最大限活用する戦略が採られた結果、公明党出身候補28人は全員が当選を果たし、前回衆院選の24議席から4議席増やす「勝利」を収めた。
一方、立憲民主党出身者は公示前の144議席から21議席へと7分の1にまで激減した。近畿、中国、四国、九州の各ブロックでは、公明党系候補だけで当選枠が埋まり、立憲民主党出身の候補者は小選挙区で惜敗しても比例復活できないケースが続出した。立憲民主党の創設者である枝野幸男氏、元幹事長の安住淳氏、重鎮の岡田克也氏ら、民主党政権時代に幹部や閣僚を務めたベテランが次々と落選した。
落選した兵庫7区の岡田悟氏は「比例ブロックの名簿はほぼ、公明のかたで埋められた。これをどうやって、誰がどうやって話し合って決めたのか、民主的なプロセスははっきりと経てないんですよ」と不満を露わにした。党内からは「公明に比例を譲りすぎた」という批判が噴出し、立憲民主党出身候補や支援してきた労働組合幹部の間に深い亀裂が生まれた。
創価学会員の中にも困惑があったとされる。取材によれば、長年「仏敵」とまで呼んでいた立憲民主党の候補者を応援するよう要請され、学会員の間にパニックが広がったという。組織の高齢化も課題となり、小選挙区での全面撤退により「推し」がいなくなったことで熱量を保つのが難しかったという声も報じられている。
実業家の岸谷蘭丸氏は、中道改革連合を「嫌われの元気玉」と表現した。立憲民主党も嫌われ、公明党も嫌われていた。その二つが合流したことで「1足す1ではなく、−1足す−1で−2になった」というのである。この指摘は、単なる揶揄を超えた構造的洞察を含んでいる。
日本の政治は2016年頃から「物語を失い、推し活化」してきたと評論家の與那覇潤氏は分析する。かつては「小異を捨てて大同につく」「野党結集」という物語が一定の説得力を持っていたが、2017年の希望の党の失敗以降、有権者は巨大な塊よりも「100%自分にフィットする特定の政党や政治家」を求めるようになったという見方がある。中道改革連合はこの潮流に逆行し、立憲民主党の独自性と公明党の組織力を両方とも十分に活かせなかった可能性が指摘されている。
さらに評論家の宇野常寛氏は「今回の中道改革連合の『壊滅』の原因は野田佳彦の中道路線の失敗でもなければ、国民民主党の大量擁立でもない。端的に『リベラル』な人たちの『キャラ』が嫌われているからだ」と指摘している。政策や戦略以前に、リベラル勢力全体に対する有権者の拒否反応が背景にあったという見方である。
野田佳彦共同代表は敗北後、「準備期間が足りなかった」ことを敗因に挙げた。高市早苗首相による「抜き打ち解散」で選挙が短期決戦となり、新党の理念・政策どころか党名すらも有権者に浸透させることができなかったのは事実である。結党わずか1か月での選挙戦は、政治的実験としてあまりにも性急だった。
しかし準備期間の不足は、より根本的な問題を覆い隠すものでもあると分析されている。立憲民主党の野田執行部は「野党結集」「非自民勢力の結集」という2009年の民主党政権時代の成功体験に縛られ、立憲民主党独自の社会像を打ち出せなかったとジャーナリストの尾中香尚里氏は指摘する。他の野党との連携を意識するあまり、単独で政権を奪いに行く明確なビジョンを失っていたという見方である。
2024年9月の立憲民主党代表選で野田氏は「野党の議席を最大化するのが現実的な戦略」と述べ、「非自民勢力の結集」を強調して代表に選出された。しかしこの戦略は、立憲民主党が独自に積み上げてきた支持基盤を軽視する結果を招いたと批判されている。
選挙後、野田佳彦共同代表と斉藤鉄夫共同代表の記者会見での態度には明らかな温度差があったと報じられている。野田氏が「終始うつむき加減」で敗北の責任を認めつつも曖昧な継続意欲を示したのに対し、斉藤氏は「前を向いた明るい表情」で「失敗ではないと思います」と言い切った。
この対照は、選挙結果の内実を反映している。公明党は議席を増やし、創価学会の組織票を比例で効率的に議席化することに成功した。斉藤氏は「1000万を超える比例票が短期間で集まった。議席は自民の6分の1だが票は半分で、野党第一党だった」と強調した。公明党にとって、中道改革連合は「失敗」どころか戦術的勝利だったとも言える。
中道改革連合の49議席は野党第一党としては戦後最小規模であり、立憲民主党出身者の当選は21議席と公明党出身者の28議席を下回った。主要政党の中で立憲民主党系だけが「独り負け」の状況となり、自民党はもちろん、日本維新の会、国民民主党、参政党なども議席を増やした。
中道改革連合が嫌われた理由は、一言で言えば信頼と一貫性の喪失にあると総括できる。党名は有権者の共感を得られず、政策転換は支持基盤を裏切り、党内配分は不公平感を生み、準備不足は未熟さを露呈した。そして何より、立憲民主党が長年培ってきた「反自民」「リベラル」というアイデンティティを、選挙のために安易に捨て去ったことが致命的だったと指摘されている。
政治において、有権者が最も嫌うのは日和見主義と機会主義である。中道改革連合は、公明党の組織票と立憲民主党の支持層を合算すれば勝てるという計算に基づいていたが、実際には両者の支持基盤を同時に失った。「嫌われの元気玉」という言葉が示すように、負の感情は足し算ではなく掛け算で作用したと見られている。
この歴史的大敗は、日本の野党政治にとって重要な教訓を残した。有権者は、明確なビジョンと一貫した価値観を持つ政党を求めている。選挙のための便宜的な合従連衡は、もはや通用しない時代になったことを、この結果は示唆している。
2026年1月16日、立憲民主党と公明党が合流して新党「中道改革連合」を結成した。高市早苗首相による突然の衆院解散に対抗するため、野田佳彦立憲民主党代表と斉藤鉄夫公明党代表が共同代表に就任し、中道路線を掲げる政治勢力の結集を目指した。綱領では「生活者ファースト」を打ち出し、分断から協調へという理念を掲げた。
しかし現実は厳しかった。1月27日公示、2月8日投開票の衆院選で、公示前172議席から49議席へと壊滅的惨敗を喫し、両共同代表は辞任に追い込まれた。この結果は、母体となった立憲民主党が長年抱えてきた問題を白日のもとにさらすこととなった。
「与党批判にしか力を入れてこなかった」という批判は、中道改革連合の敗因分析においてしばしば言及される論点である。この批判の実態と背景を多角的に検証したい。
立憲民主党に対しては、結党以来「批判ばかりで対案がない」という批判が繰り返されてきた。まずこの認識の事実関係を確認する必要がある。
note記事による集計では、立憲民主党の政府提出法案への賛成率は2023年の第212回臨時国会で73.3パーセント、2024年の第213回通常国会で83.3パーセント、2025年の第217回通常国会では89.7パーセントに達したとされる。この数値が正確であれば、法案の大半には賛成しており、単純な反対勢力という評価は当たらないことになる。
また議員立法による政策提案も行われてきた。2022年の旧統一教会問題では野党が提出した被害者救済法案が議論の土台となり、与党案にも影響を与えたとされる。ガソリン税減税関連法案では、2025年に立憲民主党が主導して成立させた事例もある。
しかしこうした実績があるにもかかわらず、国民やメディアからは一貫して「批判ばかり」と認識されてきた。なぜこのギャップが生まれるのか。
野党の建設的な政策提案や賛成した法案は報道価値が低いとされ、与党との対決場面や激しい批判の場面が優先的に取り上げられる。国会でのヤジや追及場面は視覚的にインパクトがあり、特にSNS時代においては拡散されやすい。
2026年1月24日の高市首相所信表明演説では、立憲民主党系議員によるヤジで演説が一時中断する事態となった。NHK中継を見ていた視聴者の多くが不快感を表明し、これが選挙戦序盤のイメージ形成に影響したとみられる。与党側は「国民の聴取を妨害する不作法」と批判し、野党側は「議会政治の監視監督」と擁護したが、視聴者の印象は前者に傾いた。
立憲民主党は「存在感がない」「目立たない」という批判を長年受けてきた。野田代表自身が党の動画で「なかなかバズらないけれど」と自嘲したことは、この苦悩を象徴している。
地道な政策立案と国会審議を重視する姿勢は、専門家からは評価されても一般国民には伝わりにくい。他方で、目立つパフォーマンスに走れば「中身がない」「批判ばかり」と攻撃される。このジレンマをどう乗り越えるかが、野党第一党の課題であり続けた。
2009年に誕生した民主党政権は、鳩山・菅・野田と三代の首相を経て2012年に崩壊した。普天間基地移設問題、東日本大震災対応、消費増税などを巡る混乱の記憶は、有権者の間で根強く残っている。立憲民主党は民主党の流れを汲む政党であり、「批判はできても統治はできない」というイメージが払拭されていない。
この文脈では、「批判ばかり」という言葉は単なる行動様式の指摘ではなく、「政権担当能力がない」という評価の婉曲表現として機能している。
中道改革連合の惨敗により、立憲民主党への批判は新たな局面を迎えた。
新党結成に際し、立憲民主党は従来の政策を大幅に転換した。安全保障法制については「違憲部分の廃止」から合憲容認へ、原発政策も再稼働を条件付きで容認するなど、公明党との政策すり合わせのために基本路線を変更した。
野党各党からは「看板の付け替え」「野合」という批判が相次いだ。れいわ新選組の山本太郎代表は「日本をダメにしてきた者たちが看板を付け替えて、もう一回詐欺をやろうとしている」と痛烈に批判した。また立憲民主党内部からも原口一博議員が新党結成に反対し、離党した。
これは「批判ばかり」という批判とは別の次元の問題である。選挙協力のために理念を曲げれば、もともとの支持者からは「信念がない」と見なされる。公明党の組織票を得る代わりに、都市部の無党派層や理念を重視する支持者を失った可能性が高い。
選挙戦では、高市政権の右傾化や積極財政による円安・物価高を批判したが、有権者には「では中道改革連合は何をするのか」が明確に伝わらなかった。党名や理念すら浸透しない短期決戦の中で、政策の具体性を訴える時間が決定的に不足していた。
朝日新聞の報道によれば、立憲民主党側からは「バラバラだ」という不満の声が上がり、比例名簿の作成を巡っても内部対立が生じていた。公明党出身者を優遇した結果、公明出身28人全員が当選した一方で、立憲民主党の玄葉光一郎元外相、枝野幸男元官房長官、岡田克也元外相といった政権担当経験者が軒並み落選した。人材基盤の喪失は、今後の党運営に深刻な影響を及ぼす。
選挙期間中、X(旧Twitter)では「#立民いらない」「#嫌立民ムード」などのハッシュタグが急上昇し、検索窓に「立憲」と打つだけで「立憲民主党 いらない」が候補に表示される事態となった。議員が日常的な発言をしただけで誹謗中傷が集中し、党公式アカウントの年頭挨拶にも罵詈雑言が浴びせられた。
この現象は、立憲民主党への関心の高さの裏返しでもある。本当に「存在感がない」政党であれば、これほど粘着的な批判は集まらない。しかしネット上の批判の多くは感情的で、政策の是非よりも人格攻撃に終始する傾向があった。
ここで重要なのは、「野党は批判ばかり」という言説そのものが、政治的な意図を持って用いられている側面があることだ。
ジャーナリストの尾中香尚里氏は、この批判が対立軸の明確な二大政党制を阻害し、「万年与党と万年野党」という55年体制への回帰を正当化する言説として機能していると指摘する。自民党が野党を「批判ばかり」と攻撃することで、政権交代可能な政治という理念そのものを否定しようとしているというのである。
実際、野党が対案を出しても報道されず、与党が野党案を取り込んでも「与党の成果」として報じられる構造がある。この見方に立てば、立憲民主党の問題は「批判ばかり」ではなく、むしろ「批判も対案も国民に伝わらない」という情報発信力の欠如にある。
ただしこの分析にも限界がある。尾中氏は立憲民主党寄りの論者であり、野党の戦略的失敗や組織的問題を過小評価している可能性がある。メディアや与党の責任を強調しすぎれば、野党自身の改善努力を阻害する危険もある。
「与党批判にしか力を入れてこなかった」という批判を整理すると、以下の三層に分けられる。
法案賛成率や議員立法の実績を無視し、対決場面だけを見て「批判ばかり」と断じる認識。メディア報道の偏りとSNSでの情報拡散によって増幅される。
第二層:正当な批判
対案を出していても国民に伝わっていない、政権担当能力を実証できていない、理念と政策に一貫性がない、という指摘。これは立憲民主党が真摯に受け止めるべき課題である。
野党の存在意義そのものを否定し、政権交代可能な政治を阻害する目的で用いられる言説。与党や与党寄りの論者が戦略的に使用する場合がある。
中道改革連合の惨敗は、これら三層すべてが複合的に作用した結果と見ることができる。メディアとSNSの構造問題、野党自身の戦略的失敗、そして与党側の攻撃が重なり合い、壊滅的な結果を招いた。
中道改革連合は2月13日に小川淳也氏を新代表に選出し、再建を図る方針である。しかし49議席という規模では、野党第一党としての影響力は大きく低下した。
まず理念と政策の一貫性を回復することである。選挙協力のために政策を曲げれば、支持者の信頼を失う。中道という立ち位置を明確にしつつ、立憲民主党のルーツである立憲主義や生活者重視の理念を再構築しなければならない。
次に情報発信力の強化である。建設的な政策提案をしても伝わらないのであれば、伝え方を変える必要がある。SNS時代に適応した情報戦略、メディアとの関係構築、分かりやすい言葉での政策説明が求められる。
そして政権担当能力の実証である。最終的に有権者が求めるのは、与党に代わりうる現実的な選択肢である。地方自治体での実績積み上げ、政策集団としての専門性向上、危機管理能力の訓練など、地道な努力が不可欠である。
中道改革連合の惨敗は、単なる一選挙の結果ではなく、日本の野党政治が抱える構造的課題を浮き彫りにした。「批判ばかり」という言説の背後にある複雑な要因を理解せずに、表層的な批判を繰り返すだけでは何も変わらない。健全な民主主義のためには、批判する野党と同時に、その批判を適切に評価する有権者とメディアの成熟が求められている。
立憲民主党が旧立憲民主党と旧国民民主党(希望の党)と合併してるんだから
そこも分けてみたらどうなると思って調べたら
前は岡田小沢とか自民出身が何人かいたけどとうとう一人しか残ってない
日本新党・新進党・さきがけ・自由党・新党日本・国民新党・みんなの党とか懐かしの政党が一人づつ残ってて感慨深い
公明B「ん?」
公明A「国政、そろそろ潮時だとおもうんだよ。なんでおれらが政治なんかやってんの、ていう」
公明B「まあ、そうだね。国立戒壇の実現とかそういうのはオワコンだな」
公明A「そそ。地方自治に注力したいんだよ。国政は縮小の方針で」
公明A「そうだなー。でも少しは国政に影響力残したい」
公明B「そうだね。」
公明B「そうだね。でも、そんな都合よくいくかな」
公明A「連絡しとくね」
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〇〇「いけいけ!よしひこ!どんといけ!」
〇〇「クリームパン食べてなにが悪い!!」
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野田と安住を叩いて枝野や泉を持ち上げてるが、立民から抜けて中道へ合流したからなコイツら分かってるか?
立民の理念を投げ出した枝野は問題外だし、泉は立憲民主党の常任顧問で中道改革連合立ち上げを野田と安住と共に画策した側だからな?
https://www.jiji.com/jc/tokushu?id=shuinsen_simulation_2025
↑の理屈に間違いがあったってことを未だに理解できてない人もいるんだな
頭の中だけで考えたら正しそうに思えてしまうもんな
立憲民主党支持者 ∪公明党支持者 だけ支持してもらえるんだって言われたらそうなんだろうなと思うけれど現実は
立憲民主党支持者 ∩公明党支持者 になるということが分かった。これに国民民主党が加わったら
炎上マーケティングでわざと火をつけてるんだと思うよ
立憲民主党とかはキチガイ同士の怪獣対戦やってるから支持率落ちたけど
チームみらいは賢いんだよ、
火消ししないで空気入れてる奴がいるね
しかし、第二党である中道改革連合(立憲民主党)が著しく落としている。
公明党は比例代表で10%程度の票を獲得していたので、それも含めれば半減レベルで落ち込んでいる。
一方、自民党は、苦戦した前回よりは上昇しているものの、「普通に勝利」した2021年・岸田政権時と比較して大差はない。
すでにたくさん言われているが、自民が異常に勝ったのではなく、中道が自滅した、という結論で間違いないだろう。
中道の政党支持率そのものは立憲+公明の値からそこまで落ち込んでいないので、無党派層の浮動票が著しく離反したと考えられる。
多くの選挙区で立候補していたのに、小選挙区と比例代表の得票率に差がないのも、固定支持層以外の流入に乏しかった証左だろう。
いまだに自民のパワーを過大視したり、逆に中道が原因ではないと見なしたりするような声が散見されるので、改めて数字を確認したいところ。
| 自民党 | 立憲民主党/ 中道改革連合 | ||||
| 小選挙区 | 比例 | 小選挙区 | 比例 | ||
| 2021年 | 48.08% | 34.66% | 29.96% | 20.00% | 岸田政権、自民党261議席 |
| 2024年 | 38.46% | 26.73% | 29.01% | 21.20% | 石破政権、自民党191議席 |
| 2026年 | 49.09% | 36.72% | 21.63% | 18.23% | 高市政権、自民党316議席 |
※小選挙区の得票率は立候補者数や立候補選挙区に依存するが、過去3回で上記の結論に影響するほど大きな変動はない。
(追記)「公明党の10%が抜けたのに得票率を維持できているのは実質的に増えている」という指摘があるが、連立与党の効果を考えるのであれば維新の持っている10%も考慮すべきだろう。
総選挙で、自民党に惨敗し壊滅した「中道」の結成メンバーが、「5G(爺)」と揶揄されている。
5G(爺)は、創価学会の支持があったにせよ、よくチャレンジングに清水の舞台から飛び降りて「中道」を結成したと評価する。
立憲民主党は、代表・野田氏によるいわば「宮廷革命」によって、公明党の政策を丸呑みする形で現実路線を選択し、真に自民党に対抗しうる政党へと生まれ変わる――はずだった。
その政党には、日本最大の労働団体と、日本最強の宗教団体が支援に回っていた。
しかし、おそらくその動きを察知した高市首相が、奇襲的に総選挙を仕掛けた。
新党の理念も組織も、立憲民主の既存支持者にすら十分に理解されないまま、選挙に持ち込まれてしまった。
個人的に言えば、野田氏も斉藤代表も、支持してきた政治家ではない。
それでも、敗戦後の記者会見で、野田氏が淡々と敗因を語る姿は印象に残った。
また、斉藤代表が70歳を超えてなお、世間をあっと言わせる勝負に出て、敗れ、責任を取って辞職する意思を示しつつ、次の世代に夢を託すと語る姿には、正直、感じるものがあった。
・自民党:417
・日本維新の会:55
・国民民主党:53
・立憲民主党:40
・参政党:30
・公明党:21
・チームみらい:13
・社会民主党:2
衆院では創価学会と合併、参院では合併せず、という変なことをしたせいで繰り上がるように国民民主が野党第一党になった
自民から「中道の自滅により大勝した」という声が出るように、国民民主も中道の自滅による繰り上がり
アホの極み
私は立憲→中道と違って「生活者」ではなく「働いている人」をもっと大事にする社会であってほしいと思っているので(海外と比べても労働者に高水準を求められ買い叩かれ過ぎ・「お客様は神様」が行き過ぎの国だと思っているので)、
カスハラ防止法・ヤングケアラー保護法・賃労働者の手取りアップといった主張をしている国民民主党に割と前から投票し続けているのだけど、
同じ民主党から分かれた政党である立憲民主党に対して、敵対的な感覚までは持っていなかった。
ただ、創価学会の集票力を得るためなら国民民主と分離した理由となっている国防・エネルギー問題系の考え方をすべて捨てるんだ!という点に信じられない思いでいたし、
しかも元公明にすべてうまいことやられて元立憲が壊滅している様子を見ると、本当に野田さんを支持していなくてよかったと思った。
なんと表現していいか分からないけど野田さんには致命的に勝負のセンスがなく、今後も賭けに負け続けていくと思う。必要な賭けに負けてしまうし、変わらないと思う。
連合の、露骨な立憲優遇と国民冷遇にも引いていた。国民民主の連合依存度が減るくらい勝てれば良かったけど、今回は正直、野田さんほどではないにしろ玉木さんも賭けに負けたよね。
選挙のタイミングという意味で高市さんに負けたとも言えるのかもしれない。
高市自民と連立を組まなかった点で玉木さんは「維新よりやる気がない」と受け取られ、防御的な姿勢が不評だった。私は静観してたけど、国民民主に票を入れた層のテンションが下がったのは感じていた。
責任を取る側につくつもりがある維新に対して所詮は外野から文句を言うだけの「野党あるある」という認識をされた。
政策面でも高市自民と被ってる要素が多く、「石破路線が嫌だから」で国民民主に入れた人たちは丸ごと高市自民に移動していった。高所得者を中心にチームみらいに票が流れたのも感じた。
個人的には、国民民主が反ワク候補を擁立しようとした点に信頼が揺らいでいて、このまま国民民主に入れ続けて良いものかなと思っている。
「生活者」ではなく「働いている人」を大事にという基本スタンスも、高市自民も似たようなことを言っていたりする。
創価政党になった中道は論外。科学アンチ政党の参政・れいわも論外。チームみらいは現在の実力に対して期待票が集まりすぎている気がする。本当に、次の選挙どこに入れよう。
そんなの極一部
そういう話を聞かされても、反論はしないだろうが、聞いちゃいない
今まではそれでも支持してきたが、国民民主が弱小からそれなりの勢力になってきて
こっちの方が良いかなと立憲離れが進んでる
今まで当然のように立憲支持してたけど、立憲離れが常態化すれば
これまでずっと立憲民主党を支持してきました、でも今回は自民党に入れました
って24歳
若者の声を取り上げたいんだろうけど、浅くない?
24歳のこれまでずっと、ってのはさ。
宗教二世で親の代から立憲民主党支持者とかならちゃんとそう言って欲しいし、
そうじゃないなら…
せいぜい1期2期…ずっと!と誇るような年数かねぇ?なんか立憲民主党ダメだったんで自民党に入れましたくらいの軽さにしか思えないんだが
なんか政治の潮目が変わった気がする。旧来の日本型リベラリズムが完全に息切れして、代わりに新しい形のリベラリズムがポコッと顔を出してきた感じ。チームみらいみたいな新興政党が11議席取ったのが象徴的だけど、これって欧米型のリベラリズムの日本版じゃない? って思ったので、ちょっと書いてみる。間違ってたらごめん。
日本型リベラリズムって、立憲民主党とか共産党、れいわ新選組みたいな勢力が典型だよね。護憲・反原発・再分配重視で、生活苦を叫んで消費税減税を掲げて、弱者救済をアピールするスタイル。まあ、理想はわかるけど、今回の選挙で票がガクッと減った(または「消えた」って言われてる)のは、なぜか?
要するに、旧来型は「今を我慢せずに分配せよ」みたいな福祉優先で、長期視点が欠けてた。選挙結果見ると、これが崩壊したのは明らか。
ここでチームみらいが出てくる。平均年齢30台、IT・AI・コンサル出身者だらけで、「テクノロジーで政治を変える」ってスローガン。比例で11議席取ったの、すごい躍進だよ。政策見てると、欧米型のリベラリズム(特にシリコンバレーや欧州中道リベラル政党っぽい)を感じる。
チームみらいはイデオロギー色薄めて、「テクノロジーで誰も取り残さない日本」を掲げてる。左右超えた実務的アプローチで、若年層に刺さったみたい。欧米型リベラリズムって、個人中心・効率化・イノベーション重視で、日本型みたいに再分配偏重じゃないんだよね。シリコンバレー的なリバタリアン寄りや、欧州のALDE系政党(自由民主同盟)と重なる部分が多い。
今回の選挙で新型リベラリズムの芽が出たのは確か。旧来型が崩壊した隙間に、成長・技術・効率を軸にした新しいリベラル像が浮上してきた。でも、チームみらいはまだ組織基盤弱いし、地方浸透も課題。11議席はスタートラインで、政策実行力次第で本物になるか決まる。
日本政治、ようやく21世紀型にアップデートされそう?欧米みたいに、リベラリズムが「前向きで未来志向」になるなら、面白いかも。
立憲民主党の小沢一郎衆院議員は9日、衆院選挙制度改革を巡り、中選挙区制の導入を求める声が野党から上がっている状況に苦言を呈した。多党化が進む中、中選挙区制で野党が候補を多く立てた場合、票が割れて自民党を利すると指摘、「滅亡の道を歩む」と述べた。
https://www.sankei.com/article/20251209-SVHNB77CBJLHPLRVQP2MBBCAMI/
今回の中道の惨敗は自滅であるが、しかし自分も当初は中道結成に賛成しており、判断を誤ったと思うので反省がてらに書く。
第一に立憲と公明の連携それ自体は適切な戦略だったと思う。特に、公明については斎藤代表の誠実そうなしゃべり方や、夫の横暴に付き合いきれなくなった妻という熟年離婚の雰囲気から有権者は同情的だったのではないか。立憲についても反高市票をある程度集めることができたはずだ。高市首相は強烈な人気を誇っているが、強烈な人気には強烈な反発が必ずついてる。問題は新党を作ったことだと思う。連携はよかったが新党はまずかった。何よりも野合とみられた。ずるいことをしようとしている集団だとみられたわけである。
この世で最も嫌われるのは知識人と政党であり、政党は特に嫌われる。なぜなら怪しいことをしている集団だからだ。素直に考えれば間接民主制(特に比例代表以外の政治制度)においては一人一人の政治家がそれぞれの信条を訴えて当選し、そして国会で個人として議論すればよいと思われる。政党は票集めのための集団であり、立派な理念を掲げれていたとしても、怪しい目で見られる。なぜでは個人で訴えずに集団を作るのかと怪しまれる。昨今のNPOをめぐる疑惑も同じであり、集団で何かをやっているというのは怪しいのだ。これは健全な感覚だ。
(なお、営利企業もまた集団であり怪しいことがあるが、しかし営利企業は利益のために合理的に動くと考えられているため、怪しさが減じられる。つまり、活動の目的が明確であり、合理性の有無はCGコードや市場によって監査されることになる。不明確な動きをしていれば株主が離れていく)。
怪しい集団とみられたならばどんなに立派な理念を言っていても無意味である。必ず裏の目的があるとみなされるからだ。そもそも政策論争のフィールドに立てない。あらゆる政策は裏があると思われその主張は無効化される。
自公政権だってそうではないかという反論があり得るだろうが、3つの再反論がある。①自公は連立政権であり、自民党に公明党は決して吸収されなかった。自民党と公明党がそれぞれに牽制しあいつつ、協力していることが有権者から見て明確であった。②自民党内の派閥の存在。自民党内においても派閥が存在し、互いにけん制しあっていることが見えていた。したがって、自民党という怪しい巨大な集団ではなく、派閥同士の牽制というガバナンスが効いている組織とみられていた。これに対して中道においてはそのような牽制が見られず、票目当ての怪しいなれ合いのみが見られた。③同じ土俵に降りたのであれば、挑戦者が負けるに決まっている。同じ怪しい集団ならば、とりあえず現状を変えないであろう自民党を選ぶに決まっている。
結局、中道はガバナンスが効いていなかったし、それを有権者に見透かされ、失格判定を受けた。自民党もガバナンスが効いているとは言い難いが、派閥による牽制の残滓が残っていること、そして、少なくとも石破⇒高市という政権交代を果たしたことを評価する有権者がいたのだろうと思う。
政党のガバナンスは高い透明性が必要である。公明党は創価学会という支持母体を抱え、組織力は非常に高いものの、透明性に疑義を抱えている。その点が公明党を嫌う人々が存在するゆえんでもあろう。立憲は結党以来は枝野を中心として開かれた存在であったが、その透明性が昨年秋の政局以降、大きく減じられた。個人的には安住政局は非常に興奮するものであったが、政局で興奮するのは異常者である。私は異常者であったがゆえに、新党結成についても公明票と立憲票の足し算しか考えられなかったのであり、党の透明性を省みていなかった。反省と後悔しかない。
第二に、政策論争としても失敗していた。ただ前述のとおり、そもそも怪しい野合であるとみられた時点で政策論争のフィールドに上がれずに失格となるのであり、政策のまずさは補助的な理由に過ぎないだろう。
この点よく食料品の消費税減税が指摘される。この点は伝え方がまずかったが、一連の政策の一部としては必ずしも完全な悪手ではなかった。というのも岡本政調会長が主張していたように、食料品減税は他の消費税を12%に上げることとセットであることが予定されていた。食料品中心のインフレが続くのであれば、食料品限定の消費減税はわからなくもない(低所得者世帯への給付がより望ましいとは思うが)。ジャパンファンドについては残念ながら擁護のしようがない。ただこれについては自公連立政権の時には自民党も好意的に受け止めており、おそらくその場合にはここまで広範な反発を招くことはなかったのではないかとは負け惜しみを言っておく。
安保法制については、立憲時代(野田代表時代)の伝え方がまずかった。そもそも違憲部分という説明を野田自身が理解していなかったのではないか。代表が理解も納得もしていないことを積極的に謳うのはどうかと思う。勉強していないことがばれていた。
なお個人的には安保法制は制定当時はやはり違憲であったと思う。しかし現実において防衛力強化が必要なことは周知の事実である以上、違憲であるならば憲法を変えるしかない。憲法改正手続を踏まずに安保法制を制定したということが安保法制の違憲性の問題なのであり、9条2項違反はそれに比べれば大きな違反ではない。立憲を謳うのであれば、安保法制の違憲を前提に、憲法改正を主張してほしかったところである。安保法制において緻密な議論が行われ、法的基礎が固められたのだとの議論があるが、緻密な議論は議論の正統性を担保しない。いかに見事な砂上の楼閣を作ったとしても砂上のものにすぎない。立憲民主党はしたがって、憲法改正による正統な基礎固めを主張すべきであったと思っている。この点を枝野は理解していたと思われるが、違憲というワードに惹かれてわらわらと集まってきた左派は何も理解しようとしなかった。
現在においては、安保法制はもはや事実として定着してしまった以上、憲法の改正手続きに拠らない憲法改正が行われたとみなす他はない。
とはいえいずれも、中道は政策論争をするフィールドにも上がれていなかったのだから直接の敗因ではない。そもそも自民党も政策を主張していなかった。やはり野合とみなされたことによる敗北であろう。
自民党に投票した有権者の偏差値を嘆く声もあるし(後述するように有権者はとても賢い)、(都合のいいときだけ)市場の審判を求める声、さらには(驚きべきことに!)トランプ政権による高市政権への圧力に期待する向きもあるが、党派的な思考をしている限りにおいて野合の批判は免れない。左派が低調であるのも、組織における透明性の低さと党派性を見抜かれているからだと思われる。
有権者は賢く選択をした。仮に日本において確固たる野党が成立するとすれば、それはおそらく現実的な政策ではなく、まずは(相対的に自民党が野合集団と見えるような)高い透明性のあるガバナンスが何よりも必要になる。そのガバナンスは単に意思決定過程を透明にすればよいというものではなく、党内で各種のアクターが牽制しあい、しかし十分な議論と調整を経て政党としての意思決定をし、それに所属議員が異議なく従うという姿を見せなければならない。
(おそらくチームみらい及び参政党の躍進はいずれも自民党の派閥システムに代わる新たな政党ガバナンスの可能性が評価されているように思われる。もっとも、チームみらいについて以下の指摘がある。
https://okadaasa.theletter.jp/posts/5c5f5c60-9c33-4311-832b-c78cc34efcd8
また参政党については一見して透明なガバナンスを謳うように見せて、非常に不透明な、カルト宗教的な集団であるところが一部の支持者以外の多くの有権者に強烈な拒否感を与えるゆえんだろう)