
はてなキーワード:積雪とは
はてなに書いてみたいと思った。
その子とは長年連絡を取り合ってなかったが、実は先日、親戚付き合いの時に出会った。祖父方にあたる親戚の家のダイニングで。
その時に思う事があって、増田をしたためることにした。増田はたまに短文を書くくらいである。
その子と初めて会ったのは、私が21才の時だった。当時は茨城県にある大学で電気工学を学んでいた。夏休みの帰省先である実家は、(秒速5センチメートルの聖地)隣の栃木県にあった。
ある夏の帰省時に……その実家から、ほどなくの距離にある親戚の家に行ったのだが、玄関に入った時に、はとこに当たる子がいた。
当時は「はとこ」という単語は知らなかった。誰がどの親戚筋にあたるとか、そういうことにも興味なかった。ただ「女の子がいるな」としか思わなかった。
その、はとこに当たる子なのだが、『野乃花』ということにする。プリキュアの方ではない。野乃花(ののか)は玄関口で私と目が合って、「こんにちは」と言ったのかな。それは覚えている。
帰省時に親戚の家に行っても、一応成人である私は暇を持て余していた。子どもの頃から何度も行ってるが、その時みたいに居間でくつろぐことが多かった。周りは子どもばかりである。
親戚の子どもたちは皆ゲームをしていた。スマブラというゲームだった。大乱闘スマッシュブラザーズ。
私は任天堂のキャラをほぼ知らなかった。ピンク色のあれがカービイって言うのはわかったけど、あとは知らないキャラだった。ピカチュウも辛うじてわかったくらい。
ゲームを一切しない子どもだった。家にスーファミもPS2もなかった。家の近くにある里山に出かけて、危険であろう山奥まで踏み込んで、昆虫やトカゲを捕まえて飼育するのが好きだった。日本にいるはずもないチンチラがいないか探そうとしていた。
親戚の子ども達は居間でゲームするだけじゃなくて、子どもらしい身体を動かす遊びもしていた。外での運動だった。まさにスマブラ。
居間でも、廊下でも、玄関でも、これでもかというほど広い庭でもそうだった。私は成人男性だったけど、元気のいい彼ら小学生の相手をすることもあった。
野乃花は、大人しい子……でもなかった。わーきゃー言って水鉄砲を打ったり、私に体当たりをしてゴロンとひっくり返っていた。溌剌な子だった。
野乃花はその時、7才だったはず。14才差なので。小学校に上がった年である。いい頃合いの年齢ということで、(私から見て)遠い親戚の人も、野乃花を本家筋の実家に連れてきたのだろうか。
それはそれとして、大学生であるというのに私は、毎年夏や大晦日になると……その親戚(本家筋)の家に行っていた。小学校~中学校の頃は、それこそ年に何度も。
うちの母親が私や兄弟を連れて行くと、祖母が漏れなく一万円をくれるのだった。うちの母親は、ことあるごとに其処に行っていた。子どもを連れて。ある種の集金システムである。
私は子どもながらに察して、祖父母にあざとくした。可愛い子だと見られようとした。今思えば浅ましい考えかもしれないが、毎回寄るだけで一万円をくれるのだから、それくらいは当然と思っていた。
中学生や高校生になると、親戚の家に行くことはなくなっていた。
しかし大学に進学すると、また急に行く頻度が増えた。私と祖父が同じ大学出身で、学群も同じ(祖父の時代は学部)だった。お気に入り度が上がったのだと思う。
20才になる年に入ると、祖父のとっておきの日本酒や焼酎を飲ませてもらった。あの頃はおいしい酒の味がわからなかった。モンテローザ系列の味に慣らされた舌には、明らかに上の味だったけど。
え、野乃花?あの子は、、、私が22才、23才、24才になる年も、毎年ずっと会い続けた。親戚の家に行く度に必ずいた。ほかの子はいないこともあったし、来なくなる子もいたのだが。
今思えば、懐いていたと思う。よく会話をしたし、ごっこ遊びにも付き合った。
夏休みや冬休みの宿題を私が教えることもあった。「増田くん。あたまいー!」とよく言ってくれた。私は漢字に弱かった。今でも書き誤りをすることがよくある。
野乃花に、「こないだの発表会でね、その旨(うま)をまとめて発表します」と読み間違えた話をしたが、さすがに理解してくれなかった。
ある日、曇天で雷が鳴っている時に、雷を素早く動いて躱せるのかという話になった。私が「雷はね。上から落ちてくるんじゃなくて、下から上に昇ってるんだよ」と伝えると、「うそ。ほんとー。今度試してみる」と言った。「絶対に試したらダメだよ」と釘を刺した。
野乃花について、はっちゃけた雰囲気の子を想像するかもしれないが、実際は年齢に見合わない利発な子だった。理屈っぽい私の話を、「へえ」と面白がってくれる唯一の人間だった。
夕食の時は席が大体隣だった。誕生日プレゼントをあげた時は抱き着いてきた。年齢差はあったけど、会話が弾んだ。
親戚の大人達が家にいない時だと、2人きりになることがあった。かくれんぼとか、鬼ごっことか、ノートPCでヤフーのポータル画面を開いて、いろんなことをググったりした。(ほかの親戚と一緒に)花火大会にも行った。水族館にも。遊園地にも。
彼女は明るくて溌剌としていて、私みたいな陰キャラとは違った。いわゆる"いい子"だった。はてなブックマークでいうと、女性ブクマカでトップコメに入りがちな、快活な方々がおられると思う。あんな感じの、知性やユーモアを伴った明るさである。
25才の頃は、新卒で入った茨城県にある電機メーカーに勤めていた。
親戚の家に行くのは、年に2回ほど。祖父は、私が社会人になっても毎年お小遣いをくれた。「早く技術士になれよ、期待してるぞ」って、行く度に祖父が言ってた。それから十年もかかったが、祖父と同じ電気分野で技術士の試験を通った。
それくらいの年齢になっても親戚の家に行ってたのは、野乃花のことが頭にあった。私に懐いてくれる女性というのは、それまでの人生で彼女しかいなかった。私はモテなかった。はてな語で言う弱者男性。
ある年の夏だった。自家用車で一人でその家に行くと、玄関口の廊下に野乃花がいた。靴を脱いで、家の廊下に上がったところに古い掛け時計があった。ずっと昔からあって、玄関に上がる時は時刻を見るクセがあった。
廊下に立っていた野乃花に近づいていって、野乃花の両肩に手を置くと、野乃花が唇を突き出した。キスをした。口にする方だった。
私は別に、ロリータの同人誌やアンソロジーを持ってたわけじゃない。そういうR18コンテンツに触れたこともない。当時の私は、社会人としての勤めや、理工学の勉強の日々の傍らに、読書をしたり映画鑑賞をする男だった。年少への性癖はない。ただ、孤独への性癖があっただけだ。
野乃花とのキスというのは、その時が初めてじゃない。鮮明でない記憶だけど、初めての時は、私が22~23才くらいの時だった。野乃花が8~9才くらい。
親戚の家の中ほどにある居間で、2人だけになってる時に、身体が不意にくっついて……その流れで、人生で初めてキスをした。少し大人になれた気がした。
それからは、2人になる度に、親戚の目がない時にキスをしていた。唇を合わせるだけの簡単なやつを。一日に何度も。別に理由はなかった。私も野乃花も、ただしたかっただけだと思う。
野乃花が小学校を卒業する年の2月だった。初めて2人だけで外に出かけた。それまでは、親戚付き合いの中で、花火大会とか水族館とか、飲食店などに一緒に行っていた。それが、野乃花が親に携帯電話を買ってもらい(青っぽいガラケー。私はスマホ)、LINEでやり取りするようになった。
デート場所は茨木駅周辺だった。茨城ってぶっちゃけ、鳥取~島根クラスに何もないところだけど、大きい駅の周辺では、ショッピング、グルメ、自然、文化体験など色々楽しめる。野乃花のいる栃木でもよかったけど、『秒速5センチメートル』ごっこになってしまうのでやめた。積雪で電車が止まるかもしれない笑
その日は、夕方まで一緒に何時間も過ごした。最後は美術館に行って解散した。帰りの電車賃は社会人だった私が出した。それ以外の、食事代とか入館料は割り勘だった。出そうとすると、野乃花が嫌だと言った。
電車が出る時間になってホームで別れる時、「楽しかったね」と私が言ったら、野乃花が「今日、一緒にいられない?」と聞いてきた。潤んだ瞳だった。吸い込まれる瞳ってどこかの小説に地の文があったけど、あれは作者の実体験だったんだと感じた。
「仕事あるからね。また今度ね」と言うと、野乃花は俯いて電車に乗った。最後に手で肩に触れて、「バイバイ」ってお互いに言った。野乃花は泣いていた。
あの頃は、年齢差のことを考えることがあった。私と野乃花の年齢差は、年度でいうと14年分。一番最初に会話した時は、小1と大3だった。
(以下閑話)※当時のメモを参考
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年齢差についての関数
年数をxとして、お互いの年齢の比をf(x)とすると、f(x) = (a+x) /(b+x)となる。年数xを経る毎に0<f(x)<1で単調増加で1に近づく(極限操作)。
お互いの年齢比が0.5になるときの経過年数は、式変形によりx=2a-bで表現できる。この比率をもっと一般的に表現すると……。上記のf(x) = (a+x) /(b+x)を微分すると、商の微分でf`(x) =(a-b) /(a+x) ^2
f`(x) =0になる極値は……?と考えると、残念ながら存在しない。
元の関数f(x) = (a+x) /(b+x)というのは、式変形すると、f(x)=1+((a−b)/(b+x))となる。これは、f(x)=a/(b+x)という直角双曲線をグラフ平面において平行移動させたのみである。
直角双曲線は微分可能であるが、極値がない。正負の値を関数に入れると、グラフ上で左右に分かれて存在することから、右極限と左極限が一致しない。
方程式 f`(x) =(a-b)/(a+x) ^2において、a−b=0が成り立つのは、a=bの場合のみ。導関数はゼロ。定数関数であり、傾きはない(定数関数が微分可能かどうかは流派による)。a≠bだと、導関数がゼロになるxの値が存在しない。
年齢算という算数を扱っている以上は、関数の形状はシンプルである。一番知りたい特定の値に向かって方程式に数値を入れるのみ。私は複雑な答えを求めたが、その行為自体が適切でなかった。つまり、二人の年齢差というギャップは、数学的には永遠に埋まらないという無慈悲な証明だけが残った。
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(閑話終わり)
野乃花が中学生になった年だ。私は茨城県にあった電機メーカーを辞めて、他業界のIT企業に転職した。広島市に営業所があるメガベンチャーだった。
仕事に忙しい日々だった。距離があるので関東に帰ることも無くなって、それで……野乃花とはそれっきりになった。LINEのメッセージも、いつの間にか途絶えた。既読無視をしたのは私の方だ。
今は独立して、都内でIT関係の下請けをしている。フリーランスだ。ハイクラスエンジニアでは決してない。うだつが上がらない日々だけど、いつかは1人社員の株式会社にしたいと思ってる。今の自営業の屋号は、結構厨二が入っている。実年齢よりも幼い人間なのだと感じる。
なぜ、この日記を書こうと思ったか。正月に野乃花と会ったのである。もちろんあの親戚の家で。あそこに行くのは久しぶりだった。
其処に行く途中の車内で、母に聞いた。あの家は祖父も祖母も亡くなっていて、今は叔父夫婦が住んでいるだけ。跡継ぎはいない。子どもはいたが、みんな自立したらしい。大きい家なのに勿体ないって、そんなことを思いながら親戚の家に着いた。
玄関を上がって、あの時の古い掛け時計が別のに変わっているのを見て、それから台所(兼ダイニング)に行くと、親戚が何人か座っていた。その真ん中あたりに……野乃花がいた。
野乃花と会うのは約15年ぶりだった。
私と目が合うと笑顔になった。ダイニングの隣にある小さい居間では、親戚の子達が皆で一緒にタブレットでアニメを観ていた(私はここ数年アニメを見てない)。少年の時、ボードゲームをしていたのが懐かしい。あの頃より人数が減っている。
話は変わるけど、もし『グノーシア』のボードゲームや、人狼ゲームがあったらやってみたい。一生叶うことはないだろうけど――もしアニメ化もされたら観てみたいと思う。
野乃花を見た後で考えた。
まだ夕方ですらなかった。これから何をしようか、どうやって暇を潰そうか。スマホを操作するだけでは勿体ないし、懐かしいその辺りを散歩しようと思った。
本当は野乃花と話したかったけど、連れていくわけにはいかないし、話せるだけの心の余裕もなかった。それに、野乃花は夕食の準備を手伝っていた。
近所の散歩が終わって、台所兼ダイニングで豪華な夕食を食べて、ビール瓶を何本も空けて、親戚連中の大人(あの頃の子ども達)とたくさん話をして、トイレに行ったり、親戚の子の遊びに付き合ったり、お年玉(※宿泊費)を払ったり、十数年ぶりの親戚の家は懐かしい。野乃花はずっと飲み会を手伝っていた。
飲み会の後、ダイニングでスマホをいじっていると、深夜が近づくにつれて親戚の数が減っていった。「そろそろ寝ようか」と思ったところ、廊下から野乃花が入ってきて、こちらに歩いてきた。私の隣の席に座った。結婚指輪はしてなかった。
「久しぶりだね」
と私が声をかけると、
「増田くん元気そうだね」
と返ってきた。
面影がすごく残っていて、懐かしい感じがした。
子どもの頃の就寝時間は午後十時だった。今は大人だから、あと一時間は起きていられる。野乃花と喋ってから寝ることにした。
思ったより多くの会話をした。卒業した学校とか、就職先とか、今の趣味とか、好きな本とか、最近観た映画とか。私はサブカルが好きだけど、野乃花もそうだった。アニメだと『ブルーロック』の話をした。エゴの塊みたいなキャラの話で盛り上がった。漫画・小説の話もした。吾峠呼世晴の初期短編集は2人とも読んでいた。
でも、野乃花が不意に言ったのだ。
心臓がドンって叩かれた。この時まで、悪いことしたという思いはなかった。
でも、この時になって、私があの頃、どういうことをしていたのかって、そういう思いが一瞬で頭の中を駆け巡って、後悔が襲ってきた。
「迎えにきてくれると思ってた。連絡がほしかった。私は増田くんに会いに行けないのに」
野乃花を見ると、涙を拭っていた。鼻もすすっていた。
それから沈黙が続いて、「ごめんね」と言った。そしたら確か、「増田君は結婚したの?」と聞いてきた。
結婚どころか、離婚まで経験していることを話すと、野乃花は爆笑していた。机に突っ伏して、本気で笑いを堪えている様子だった。話を続けると、野乃花も一度離婚を経験していた。
なんだか変な雰囲気になって、それからまた、さらに笑える話を(お互いに)続けて、そうこうしてると午後11時になった。LINEの連絡先を交換して寝室に入った。
読者の方は察してるとは思うが、私はいわゆる発達障害である。診断済みだ。
メガベンチャーに転職をして地方都市に引っ越した後、仕事の人間関係で苦労することがあった。明らかにおかしいと思い、精神科医に診てもらったところ、様々なテストの後に、そういう診断が出た。子どもの頃からの行動傾向を見てると明らかだった。
ある情報によると、発達障害の精神年齢というのは……実年齢×0.60~0.70らしい。青春期の、精神が最も発達する年代に脳が発達をしてくれない(脳発達のピークが30代にくる)。
一方で、一般的な女の子は、男の子よりも数才精神年齢が高い。ということは、最後に野乃花と会った時の精神年齢は……私だと26才×0.60~0.70≒15~18才ということ。野乃花が実年齢12才+2~3才とすると、14~15才ということだ。
あれ、なんだこれと思った。そういう視点で考えると、野乃花との年齢差があっても話が通じたことの合点がいった。
話は以上である。
我ながら恥ずかしい執筆体験だった。私の言葉で思い出を表現できてよかった。理屈っぽくて読みにくかったとは思う。
でも、言葉にしたかった。あの時、親戚の家のダイニングで、20代後半になった野乃花と再会した時の衝撃とか、それよりずっと前の、野乃花との楽しい日々の思い出とか。ここで、こうして吐き出すことができてよかった。
明日からは、また一人のはてなユーザーである。みんなの面白い日記を、また読ませてほしいです。ここまで読んでくれた人、ありがとうございました。
あるEASSで日本列島自体を東南へ移動させるという架空のCMが存在しているが、もし移動したらどうなるかを検討する
移動方法については架空であることを前提にしたネタでしかないのでここでは省く
また動画コメントには「日本列島がミッドウェー近海に移動した場合の総合的影響」という1つの見解もあるため、
まずはこれを見るのが良いと思われる
太平洋プレートやフォッサマグナなど、いわゆる地震大国ニッポンではなくなると動画では説明されている
しかしそれらのプレートで発生した地震による津波の被害は軽減されない可能性がある
実際311で反対側のアメリカなどにも津波は発生しているため、どこからの津波なのかがわからなくなる可能性がある
(移動したことによって中国・韓国の海域にデータを提供してもらえるか極めて怪しい)
また近年の気象変化もあって台風の主要ルートから外れるかどうかも怪しい状況にはあり、前述したコメントでもハリケーンのリスクについて言及されている
大雪による被害こそは減るとは説明されているが、その代わりとして
特にこの動画では水産・農業などの内容が全く無いため、そのあたりについての検討は絶対とはなる
この動画を作るきっかけにもなったと思われる、北方領土や現在問題となっている尖閣諸島などの問題は解決するとはされている
確かに領土問題は消えることになるが、中国やアメリカが使っている「列島線」の考え方が大きく変化するため、
中国にしろアメリカにしろ防波堤的な使われ方をするのは変わらないかもしれない
動画でもそのデメリットとして中国軍による西太平洋への出没を懸念しており、それ以外にもロシアや北朝鮮も存在しているのであんまり効果は出ないと思われる
寒いギャグとも思える朝鮮半島の超拡張で物理的に回避するというネタも、北朝鮮には無効だし、韓国が裏切ったらどうなるのかの検討もされていない
また、動画ではネタである証明として、中国・ロシア・北朝鮮・韓国がそれぞれ反応したコメントも追記されているが、
全て日露戦争・日中戦争・旧満州・朝鮮など、いわゆる反日には一応の理由がある地域ばかりである
上記の領土問題に関係することにもなるが、中国やロシアから物理的に遠いので米軍が居なくても自衛できるという意味では撤退できることにはなる
しかしアメリカは様々なところに基地を置いて世界の警察みたいなことをするような国なので、これについては実現すらしないと思われる
前述のロシア・北朝鮮の対策がない指摘も考慮すると、米軍基地が撤廃されるどころか、むしろアメリカが日本を完全占領するというシナリオも出てくるかもしれない
日本列島は元々が小さいのにも関わらずこの人口密度であるため、海上都市計画がアニメ以上に加速する可能性がある
この時にアメリカや中国、ロシアなどが海上都市による領土増加に待ったをかける可能性は極めて高いといえる
職人とか言われてる人は土方・親方(建築だと大工・棟梁など)になるんだけど、この人たちはそこそこに人がいる(それでも満足ではないが)
足りてないのは施工管理で30代で年収1000万円行く会社はそこそこあるね
それでも足りてないんだからまあ推して知るべしなのはそのとおり
施工管理は先に書いたように、16時までに写真を撮るわけだ(16時30分~17時引き上げるために16時から片付けする)
その写真をどうするのっていうと、現場管理写真といって写真帳に整理する
他には役所や元請に出す書類もあって、それも現場にいるうちは基本的に作れないからいつ作るかっていうと17時以降だよね(または8時前)
現場が動かない日中に内業(室内でやる事務作業ね)やれよって話あるけど、工期の問題からよっぽどの悪天候じゃないと現場は動かすんだよね
そりゃあ時間外増えるの当たり前ですやんって話
こっから改善の話で、こんな糞みたいな環境の職種で誰が働くねんってなるわな
だから、アイパッドとかで写真撮って、内業できる奴に送信して、そいつが時間内に処理して、施工管理は確認だけとか
施工管理を複数人で対応して作業を分担するってことをやってるんだわ
主に内業するやつを補助員とかオペレーターとか読んでることが多いんだけど、施工管理やるならオペを狙うか、オペがいる会社に行くのがおススメやな
土木系土方にも罠はある
積雪寒冷地だと建設業者が道路などの除雪することがほとんどになるんだけど、除雪機械を運転するのは土方になる。(施工管理がすることもある)
当然手当などでお金は稼げるけど、除雪1年で寿命が1年縮むと揶揄されるぐらいには過酷だから、除雪がないか、断れるか、除雪した日は日中の
日経「大成建設、時速60キロ走行中のEVに無線給電成功 30年代の実装想定」を受け、実証条件とコスト論の真偽を一次ソースで検証する。
記事:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC052QT0V00C25A8000000/
なお、この記事に「道路上に鉄板を敷き詰めれば非常に安く整備できる」とのコメントがありるため、これについても検証する
https://www.taisei.co.jp/about_us/wn/2025/250718_10570.html
報告書:https://www.mlit.go.jp/road/tech/jigo/r06/pdf/houkokusyo2020-6.pdf
上掲報告書は送電電極を「SUS304(ステンレス)」と明記し、特殊アスファルト層、瀝青シート、排水・透水層、グランド(アルミ系パンチングメタル)など多層構造を前提にしている。単に鉄板を敷くだけでは成立しない。
電界結合はコイルやフェライトを大量に要する磁界結合(IPT)より導体量削減の余地はあるが、高周波電源、整合回路、EMC対策、排水・絶縁構造など別のコスト要因が立つ。一次資料に「鉄板で激安」と読める記述は無い。
MDOT/デトロイト:https://detroitmi.gov/news/mdot-city-detroit-and-electreon-unveil-nations-first-public-ev-charging-roadway-michigan-central
代表例(Electreon):https://electreon.com/projects/michigan-central-station
日経が「デンソーが走行中ワイヤレス給電で約50時間かけ500km達成」と報道した。
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO90879320V20C25A8TJK000/
https://finance.yahoo.co.jp/news/detail/26160791d5b00e5619bf133ca6878fb817032097
デンソー公式の距離・時間の一次リリースは未確認だが、真偽は「距離数値は準公式、技術実証自体は整合」扱いが妥当だ。
この技術の優位は「停車充電の削減」「電池小型化」「フリート用途の稼働率向上」にある。
一方で課題は、「インフラ初期費用」「標準・相互運用」「保守耐久」「ビジネスモデル設計」で、とてつもなく大きい。
世界での実証は加速中で、米デトロイトの公道パイロット、伊A35の“Arena delFuturo”、ENRXの高出力実証などがある。
まずはバス、配送、シャトルなど限定ルートでの面展開が現実解だ。
日経のスクープを金融メディア等が伝聞形式で要約。デンソー広報コメントは「実用化に向けた水準引き上げ」程度で、距離の一次公表は見当たらず。よって「走行中給電による長時間連続走行の実証」は整合性が高いが、「500km」の数値は準公式扱いが適切。
世界のパイロット(米・伊・他)やENRXの実測レンジから、長時間連続運転・高効率・高出力は技術的に十分射程内にある。
広域展開の主役。停車は必要だが既存インフラ・標準・課金が整備済み。ピーク電力対策と系統強化がカギ。
ガレージやバス停、信号待ちの「セミダイナミック」に相性が良い。位置合わせ精度が実効効率の鍵。
停車時間は短いが規格統一や在庫・資本コストが重い。限定地域や限定車種に向く。
配車が固定的なフリート(バス・シャトル・配送)で稼働率を最大化。限定ルートへ段階的に敷設し、静止型と組み合わせて面を拡大する戦略が合理的。
都市シャトル、空港・港湾、工場内搬送、BRTや路線バス、定期配送の幹線ルートであろう。これらは「ルート固定・滞在時間制約・回送削減メリット」が大きく、職業ドライバーの稼働を最大化できる。公道パイロットの設計思想は、まず短区間からの段階導入である。
テスラジャパンがXで、日本の一般道上での走行テスト動画を公開した。
https://x.com/teslajapan/status/1957986432926249405
走行主体や提供形態の詳細は未明示だが、少なくともメーカー主導の公道テストである事実は動画で確認できる。
一次情報を基に観察事実を整理し、日本特有の道路事情に照らした技術的論点と今後の展開を検討する。
これらは北米や中国で見られるFSD(Supervised)相当の挙動と整合し、従来のAutopilotの日本向け提供機能では未実装とみなせる領域を含む。
本動画の範囲は、運転者監視を前提とするレベル2相当と解するのが妥当である。
ステアリング介入や監視義務は継続し、責任はドライバーに帰属する。
公式動画により、日本の一般道でのテスト走行の事実は確認できた。挙動の多くはFSD(Supervised)相当の能力と整合する。
一方で、日本特有の長大トンネル、複雑な信号体系、生活道路の幅員減少、気象条件などは難所であり、ローカライズと運用要件の設計が鍵となる。
モンベルにメリノウールタイツを買いに行ったら違うものを勧められて、半年くらいどうしてだったんだろうって思いながら勧められたタイツを履いてる。
冬に東北の積雪地帯に旅行に行く予定があって、でもスカートを履きたいので、スカートで寒いところで観光しても耐えられるようなタイツが欲しかった。
どうやらメリノウールというものが温かく、モンベルに行けば安くてしっかりとしたメリノウールが手に入ると聞いてひょこひょこと店舗に行った。
余談だが、上のインナーはひだまり本舗のエベレストというものを買った。
厚手なのでコルセットを使うファッションの日は厳しいが、暖かくて冬のおしゃれに大変役立っている。
買いに行ったのはこれ(スーパーメリノウール M.W.タイツ Women's)
https://webshop.montbell.jp/goods/disp.php?product_id=1107660
勧められて買ったのはこれ(トレールタイツ Women's)
https://webshop.montbell.jp/goods/disp.php?product_id=1107788
メリノウールではない気がするな、と思いながらも店員さんにコミュ障陰キャなので(まあ店員さんってお客さんが欲しいものより高いものを勧めて売り上げ上げたいもんね、まあ暖かければいいか)と思って言われるがままに買った。
家に帰ってみたら、なんかメリノウールより安くて、「お客さんが求めたものよりわざわざ安いの勧めてきたのか???」と余計によくわからない気持ちになったまま履いてる。結局暖かかったから別にいいんだけど、わざわざ安いほう勧める店員さんもいるのかと驚いた。
子供はまだ小さいのでリフト券は買わず、キッズパークみたいな所で雪ゾリや雪だるまでも作って遊ぼうという算段だ。都心から比較的近いスキー場で、こぢんまりとした所なのでたいして人もいないだろう…と思っていたが甘かった。
楽しかったのはスキー場に着くまで。子供は初めての雪遊びに興奮しており、妻とも「スキー場なんて何年振りだろうね」と皆ワクワクしていた。
片側1車線の山道をのぼり、だんだんスキー場が見えてくると同時に不穏な気配が漂い始める。対向車線が完全に渋滞しているのだ。みな駐車場の入庫待ちだ。えんえん1kmは続いている。この列に並ぶのか…。ここまで来て引き返す訳にもいかず、車列に加わる。何時間かかるか分からないから先に遊んで来ていいよと妻と子に荷物を待たせて下ろす。遅遅として進まぬ牛歩の歩み。やる事もないしフェルミ推定でもするか。車列が1kmで車1台が5mとする。1台駐車できるのに1分かかるとすれば、200分…。その後は無心に耐え、1時間半ほどしてようやく駐車する。
妻子はもう遊んでいるかな、と思ったが己の認識の甘さを痛感する。入庫にこれだけ時間がかかるという事は、入場券を買うのもまた同様なのだ。ほぼ同タイミングで入場する。この時点で子供はかなり飽きており、妻もだっこ疲れで疲弊していた。
さあ遊ぶぞ!と思ったのも束の間、今度はレンタルの列が待ち受ける。妻にはその列に並んでもらい先に子供達を連れて遊びに向かう。しかし手袋がないとまともに雪が触れないのは自明の理だ。結局レンタル品を入手するまではその辺をうろうろする他無かった。
ようやくウェアや雪ゾリを確保して妻に一言「俺の荷物は?」「ロッカーに預けた」「えっ…どこのロッカー?とってくるよ」「女子更衣室の中だから私が行かないといけない」なんだそりゃ。
要領の悪い妻に辟易しつつも遂に雪遊びに辿り着く。しかしこれもまた当たり前なのだが場内は芋洗い状態だ。ちょろちょろと動き回る子供をなんとか宥めすかし、雪ゾリの列に並びながら気を取り直して遊ぶ。とにかく疲れる。
そして朝早くに出たもののあっという間に昼ご飯の時間だ。大人だけなら空腹を我慢してレストランが混む時間を避ける事ができるが子供はそうは行かない。お腹が減ると露骨に不機嫌になるのだ。もちんレストランは長蛇の列で、再び地獄の列に加わる。妻子には先に席を確保してもらい、おやつにと買ったチョコレートとジュースを渡して耐えしのいでもらう。1時間ほど並び、ようやく腹を満たす。もう2時過ぎだ。
雪ゾリの列に再び加わりながら、ふとムービングベルトはどこかな?と思う。キッズパークにある、斜面を登るためのエスカレーターのようなものだ。子供は大層喜ぶだろう。あたりも見回しても見つからず、近くにいたスタッフに尋ねると「今日は混んでいるので運行を停止しています」そんなの聞いてないぞ!
子供もソリに飽きたので雪だるまを作りに行く。ここも地獄の様相を呈しており、とにかく遊ぶ場所が無い。場所をなんとか確保しても今度は雪がない。人工雪なのでさして積雪していないのだ。必死に周囲から雪をかき集め、所用の目的を達成する。
また、ここまで記述していなかったがもちろんトイレも死ぬほど混んでいる。女子トイレに至ってはGWのサービスエリアを思い出すほどの列だ。男子トイレはまだマシだったためよかったが妻はかなり辛かっただろう。
さて、ろくに遊んでないがもう4時だ。帰り支度を始めるがもちろんレンタル品の返却にも長蛇の列が待ち受ける。ただ返すだけなのになぜここまで混む…
心を無にして並び、ようやく車に乗り込む。帰り道は意外にも空いていた。
ここで最悪の選択をしてしまう。せっかくだから帰りにスーパー銭湯に寄って疲れを癒そうと考えてしまった。郊外の人の少なそうな所を選んだつもりだったが、地獄が再び待ち受ける。鬼混みなのだ。駐車場への列に並び、意識をようやっと保ちながら入場。あっ、ごはんは?もちろんスーパー銭湯内のレストランも長蛇の列。その辺の牛丼屋などで済ましてくれば良かった…かなしいかな精神を削り取られた我々にはそんな事も思いつかなかったのだ。
腹を満たし、風呂に入る。さして遊べず体力の有り余っている子供を御しながら帰路に着く。なお子供はすぐに寝た。
家に着き、妻は後片付けも早々に寝る。私は?もちろんまだ寝れない。せまいガレージに車を押し込み、濡れてしまったものはベランダに干し、洗濯物をカゴに入れ、ようやく晩酌にありつく。妻は運転ができないので家に帰るまで酒は飲めないのだ。
とにかく疲れた……。精神的に。妻とはストレスによりかなりギスギスしてしまった。遊びに行ったはずがただただストレスを感じるだけだった。
・有給を取って平日に行く事。
————
誤字脱字を訂正しました。
Permalink |記事への反応(14) | 22:44
もう20年ほど前の年末、12月の29や30あたりだったろうか。
その時自分はまだ中学生かそのあたりで、妹も小学生くらいだったと思う。
父は普段から気分のムラが大きく、その日もそういう日で、冷蔵庫の残り物を床に叩きつけて怒鳴りつけていた。
個人的には面白かったのだが、笑ったら殴られるので家から逃げることにした(こんな感じで家にいられなくなって逃げることがたまにあったが、今は離れて暮らしている)。
私たちは寒い地方の田舎に住んでいた。山と田畑と住宅しかないような小さな市町村である。
徒歩で行ける距離にあるコンビニは1件しかない。年末の最高気温は0度を下回るし、積雪もかなりある地域だ。
ゆえに吹雪の中歩き回るのは得策では無いのだが、友達の家には自分の家族の問題で何度も避難させてもらっており、年末まで団欒をお邪魔する勇気は、どうしても自分には無かった。
祖父母の家は両親の職場より遠く、年末ゆえか吹雪ゆえかは忘れたが唯一の公共交通機関のバスは運行していなかった。誰も頼れないと思った。
今思うと、近所の小学校なんかに職員が居たなら路頭に迷った子供くらいなら受け入れてくれるだろうし、なんなら隣家だって頭を下げれば入れてくれるはずだと感じるのだが。
親父に殴られやしまいかとそればかり考えるガキ風情にそんな機転は無かった。
少し考えて、隣町のショッピングモールまで歩くことにした。小さいながら暖かく、フードコートで水も飲めて好きだったし、自転車で行ったこともある。
母の職場も近く、当時の自分には、もうそれしか方法がなかった。
通学バッグを持って、何を着たかは忘れたがとりあえず防寒して、自分と妹は歩いた。
今googlemapで調べたが、およそ7kmの道のりである。途中に山があって、たかが7kmといっても子供には過酷だ。
前が見えないながらも携帯なしで目的地までたどり着くことが出来たのは、ひとえに田畑というのが周りが開けていて迷いにくい道だからだと思う。
風を遮るものも無いけど。
吹雪というものを体験したことがない人のために解説するが、まずかなりの勢いでクソデカい雪が目の中に入ってくる。スキー用のゴーグルでもしなければ目を開けていられない。
そして雪の1粒1粒がとても大きい。成人男性の中指の第1関節くらい大きな雪が、とめどなく顔や襟に侵入してくる。冷たいし不快だ。
ただでさえ視界が悪いのに、さらに雪が目にダイレクトアタックしてくる。
そこまで強くない風にも、雪という氷の粒が乗るだけで破壊力が増す。
積雪があるということは、道が悪いということでもある。
常に脛くらいまで積もった雪の中を足で掘ったり蹴散らして進むので、体力の消費が早い。
柔らかい雪を蹴散らしたとて、硬い地面も雪で覆われてゴツゴツ・ギュムギュムしており、大人になった今でも体力を持っていかれる。
その日は雪ばかり降って気温があまり低くなく、凍っていなかったのは幸いだった。
10代の体力があったのも助かった。
家から持ってきたか買ったかは忘れたが、途中でお菓子を食べた記憶があるのもよかったと思う。
積雪があるということは、道路脇に大きな雪の山が築かれる、ということでもある。
道路の除雪で溜まった大量の雪が、歩道と道路の間に大きな壁となる。
高さはおよそ2~3メートル。歩行者側に崩れてくることはほぼないが、沢山ある歩行者用信号のない道路を渡る時、致命的に邪魔であり、事故になりかねない。
視界が悪いなら当然だ。今思うと危なすぎる。
雪がマフラーにびっしりこびりつき、吐く息で水滴になって、外気温で凍ってパリパリになるのが気持ち悪くて嫌いだった。
歩いて汗をかいて全身蒸れているのに、休憩のために座り込んだらたちまち冷えた汗が体の末端からキンキンに冷えて、つま先や指の先から感覚が無くなってゆくのも嫌だった。
子供の頃からの吹雪への慣れや体力もあって当時は耐えることが出来たが、これが妹がもっと幼ければ死んでいたかもしれないな、と今は思う。「年末に子供が2人、吹雪の中行方不明になる」なんて、大人になった今は洒落にもならない話だ。子供ながらなんてことをしたのかと今になって反省しているが、当時を考えるとどうにもできなかったな、とも思う。
昼から歩き始め、猛吹雪を身体中に受けて、なんとか山を超えて、ショッピングモールに着く頃にはもう夕方だった。
入口端の公衆電話で、室内に入り体についた雪が解けてビシャビシャになりながら母の番号に電話をかけ、仕事終わりに拾ってもらい、家に帰る頃には真っ暗だった。
自分たちが家を出て吹雪の中歩いて避難したことについて両親から言及された記憶は無い。怒られた覚えも、謝られた覚えもない。
なんなら自分たちが何も言ったのかも覚えていない。
2013年に起きた、北海道・湧別町の暴風雪により遭難し命を落とした岡田さんと助かった娘さんのニュースを、この時期になると思い出す。
1月2月だったとしても酷い暴風雪に、きっともう大丈夫だろうと思った春先に襲われて、2人ともとても怖い思いをしただろう。
お父さんの冷たくなってゆく体を見ているしかなかった娘さんの気持ちを考えると、心が固く締め付けられる。
自分の命を捨ててまで娘を守ろうとするお父さんの決死の勇気に、今の自分は果たして新しい家族に同じことが出来るだろうか、と襟を正される思いだ(もちろん、自分だってできるだけ家族も両方生き残れるよう努力するが)。
そして、もしもっと自分が出来た子供なら、こんな風に命をかけて自分を守ってくれる存在がいたのかな、とも思う。
以上、あまり参考にならない体験談と自分語りだが、少なくとも幼い自分自身の頑張りを成仏させるため、ここに記しておく。
ついでに、子供の頃の自分と妹は運良く生き残ったが、これを読んでいる諸兄らも決して甘く見てはいけないと警告しておく。
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
以下は、1週間(1/27~2/2)にわたるオープンチャットの全体的な流れや主な話題をまとめた要約です。
年々ゴージャスになっている、二極化しているなどの話題が活発。
半額セールや賞味期限、文化的背景といった実用的な話から、「通年販売してほしい」という意見など幅広く語られた。
恵方ロールなどの“恵方”を冠した新商品やアレンジについての話が登場。節分シーズン特有の“恵方巻き祭り”のような盛り上がり。
サラダバー(ブロンコビリー、あさくま)、北の富士カレー、ベトナム料理、ヨルダン料理など、多彩な飲食店や海外料理の話題が頻出。辛い料理(麻辣ピーナッツ、担々麺など)好きを中心としたやり取りも。
季節柄の話題
大雪予報や寒さの話題の流れから、鍋や温かい食事の提案はあまりなかったものの、寒さをしのぐための会話(サウナ、温かい飲み物など)も少し見られた。
胃がんやスキルス性胃がんの早期発見、健康診断や人間ドックの重要性、バリウムより胃カメラを推奨する声など、健康管理にまつわる話題が度々挙がった。
新作が出ることに対する期待や、前作をまだクリアしていないまま新作へ行ってしまう戸惑いなど、ゲーマー同士の盛り上がり。
おすすめ映画の共有や、映画館での観賞を推奨する意見。ネタバレには注意喚起があり、特に原作ファンと映画の評価の差についての言及があった。
アニメ・グッズ関連
特定のアニメキャラクターやイベント、意外なグッズの評判などを情報交換。往年のアイドルに似た料理名の話など、雑談レベルの軽い話が多かった。
関西地方や埼玉北部での積雪予報が出るも、予想ほど雪が降らなかった地域もあり「拍子抜けだった」という意見が見られた。
しかし一部地域ではしっかり降ったらしく、交通機関への影響を懸念する声も。
地盤の問題で陥没が話題となり、他の地域にも同様の危険があるのではと心配される。
裁量労働制下で実質的に残業が増えることへの不満が表明されるなど、働き方に関する議論があった。
出張や棚卸作業などでリモートワークができないケース、昇格試験や評価制度の違いなども熱心に語られた。
ClaudeやChatGPTなど生成AIを活用したタスク管理や、関西弁で返答してほしいといったコミュニケーション面での工夫が紹介された。
Layer Xや人事労務SaaSなどのテクノロジー分野にも言及があり、今後の労働環境への期待や懸念が語られた。
どちらが有能か、出力の品質、コード生成の精度などが比較・検討される。
ディープシークを使ったコード生成が思ったよりGPTと似通っているといった話も。
数学データセットが強化学習に向いているという仮説や、リソースの制約がクリエイティビティを生むといった研究的話題も散見された。
変わった時間帯に放送されていることへの驚き、視聴者の注目度について言及。
8時間にわたる会見の視聴率や、視聴者が寝ずに見ていることへの驚き。記者の態度、日枝氏などへの批判。
職場の静かすぎる環境に対する改善策として、ブライアン・イーノの音楽やラジオ・ライブカメラを流すアイデアが提示される。
ペットの保険や医療費、オカメインコの話、タバコの路上喫煙問題など。
老後への不安や定年の概念が変わるかもしれないという社会的な話題も。
1週間を通して、「恵方巻・節分」「季節(雪)」「健康管理」「仕事・評価制度」「AI・生成技術」という軸が大きなトピックとなった。加えて、映画やゲーム、テレビの会見などのエンタメ情報が、日常的な雑談(料理や飲食店、ペットや寒さ、個人の体調など)と混ざる形で多岐にわたって展開された。
とりわけ恵方巻や映画・ゲームなど、時期や発売時期にあわせた話題で大いに盛り上がった一方、働き方や健康診断・人間ドックの重要性、AI技術の進化など、実生活に直結する情報交換も活発に行われているのが特徴的である。
https://anond.hatelabo.jp/20240722084249
それが今日
雪の厚みが20センチってわけじゃなくて、雪は自重で圧縮されていくから実際は10センチくらい
重い雪が20センチ積もって、10センチまで圧縮されたから邪魔くさいのは確かだけど車は普通に走れるし、歩けるもする
けれど、除雪車が来た
除雪車が雪をどかしたあとの道路はきれいなんだけど、道の両脇にはどうしても雪が残る
ただの雪じゃなくて、自重だけでなく重機でさらに圧縮された塊となって残る
これが邪魔くさい
邪魔くさいだけでなく、道の両脇に残る雪の塊はあっち側ととこっち側とで量が違う
どういうことかというと、電柱がある側は除雪しにくいから沢山残るし、ない側はかなりきれいに除雪してくれる
そして私が住む家は電柱がある側だ
しかも敷地の端に電柱が立っていて、そのすぐ脇に車庫があるから、車庫の前には大量の雪の塊が残される
向かい側にはそれがない
文句も言いたくなる
50センチとか積もると除雪してもらわないと車も進めないから車庫の前に雪の塊が残ろうがありがたいのだけど、車も進めるし歩けるくらいの積雪量で除雪車が来ると、このくらいなら来なくていいのにって思ってしまう
地域全体が私のように来なくていいのにと思うわけじゃなくて、助かっている人もいるのは間違いないのはわかるけど、私のように割りを食う家があるのもまた間違いなく、ある程度は苦情が出るのはしょうがないのかなと思う
ブコメの賢者は実情も知らないのにって思うし、そんなIDも「役人(もしくは経営者)は現場を知らない!」と気炎をあげていそうだなって思う
https://trafficnews.jp/post/135894
JR東日本東北本部は2024年10月31日(木)、奥羽本線の大沢駅(山形県米沢市)について、12月1日(日)から全列車を通過させると発表しました。理由を「列車のご利用が極めて少ないため」としています。
同駅はこれまでも、積雪などにより駅へのアクセスが困難になるという理由で、冬季のみ列車を通過させる措置が取られてきました。10月現在の時刻表を見ると、列車は上下合わせて12本。4時間以上、間隔が空く時間帯もあります。
な?
ふだん鉄道の廃止や移行で文句言ってるはてなーもド田舎の山奥にはだんまり。
一本筋が通ってないカスばかり。
もっと怒れよ!
CMのイメージ的におじいちゃんが多くて、ガチムチな人はいないイメージだから平均60キロとして、
https://www.police.pref.hyogo.lg.jp/zattou/tebi_data/s3.pdf
この資料を参考にすると密集しても1平米あたり6人から7人くらいだろう
建築基準法上の積雪密度の最低値が1立米あたり200キロ(多雪地域は圧縮を想定してもっと高くしても良い)
https://www.mlit.go.jp/common/001030519.pdf
札幌で、徒歩圏に駅と日々の買い物をできる場所があるなら、自家用車が無くても生活は可能だとは思う。
ただ、3点、補足したい気がした。
「ある方が便利」なのは当たり前だけど、その差は東京・大阪等よりも大きい。
良い町医者、うまい食べ物屋、会社帰りや週末に行きたくなるような場所などが、鉄道ではアクセスできない場所に普通にある。
あと、道外から友人が来たら乗せたいこともあるだろうし、地元の友人と遊ぶときは普通に車で移動する前提になる。
冬、積雪なり凍結なりした路面は歩きづらく、自転車もお勧めはできない。
そうでない土地なら歩いていく距離でも、北海道では車に乗りたくなる。
小学校でも授業をしている程度の雪なのに、西日本出身の自分の上司が「今日は休み」と判断したことが何度かあった。
移動の感覚が周りの人とずれていると、公私ともに支障が生じる可能性はあると思う。
なお、関係あるか無いか分からないけど、以上は道外から20代で移住した元ペーパードライバーの意見。
また、蛇足かもしれないけど、自分は北海道から道外に引っ越したとき、引っ越す時点で車を処分したことを後悔した。
「引っ越して、しばらく使ってから、処分するべきだった」という後悔。
元増田も、引っ越してしばらくは(現状で自家用車があっても無くても)今のままで暮らしてみても良いのでは。
■追記
この文章は、元増田の内容から判断して、北海道に住んだ経験の無い人が札幌駅の徒歩圏に住む、ということを前提に書いている。