
はてなキーワード:確証バイアスとは
それはそう
フェミニストや痴漢・盗撮なんかがまさにそれで、自分と同じ世界にどっぷり浸かるあまり自分が異常者であるという感覚が麻痺してくる。
様々な価値観に触れようという目的を持ったり自分は偏見を持っているんだという疑いを常に持ってSNSをやる人には良いツールだけど、
そう思わされた男オタたちの扱いの悲惨さを見ればいい。
一度、マスゴミのネット工作員にリンチされて、「大手マスコミの方がネットより信じられる」 「ネット民は屑ばっか」だとキレたら最後だ。
もうそう思った瞬間に、信念の一貫性の法則(いわゆる確証バイアスに意味が近く、人は一度自分が正しいと思った考えを改められない )が起こったと見做され、後はどんな雑な扱い、中傷めいた報道をしても平気だと思われる。
一方で、「こいつらはネット工作員に叩かせれば叩かせるほど良いぞ」と学習させてしまったら最後、ネット工作員は更に叩きまくる。
そして、マスゴミは、平気でネット工作員の味方をして、「男オタは叩かれて当然の存在!」という報道を繰り返す。
差別も捏造も、全て連中が煽ったし、連中の方が遥かに悪質で酷いことを行い続けたことなど全て棚に上げてだ。
男オタはもうマスゴミ叩きさえしなくなったから、後は体の良いパシリのサンドバック扱いしかない。
DVやイジメと同じ、一度ストックホルム症候群を発動させたら、後は恐怖で支配されるだけ。
現代のように海外旅行も盛んではなく、ましてやインターネットなどない時代。
世界各国の工業技術や文化を持ち寄り展示しあう博覧会(=展示会)であった。
各国の文化や産業について紹介し、開催国とのつながりについても扱っている。
海外旅行に行き慣れるとふと現地の博物館に立ちよることもあるだろう。
コモンズ(複数の国が出展する大展示室)は企業の展示会そのもの。
どれもインターネットや書籍で触れられる情報の100分の1以下である。
後述するが、同じ大阪にある国立民族学博物館のほうが実物もよく見られるし、文化に触れられると思う。
これもひどい。10分、20分の行列でも炎天下なのでさらにきつい。
日本でもお役所(公共機関)のカスタマーサポートがひどいのは皆が共感できるだろう。
それが外国ならなおさら、さらに自国民からは文句を言われない遠い東方の国でならなおのことである。
・実際にあった例①:インド館
突然入館が止まったり再開したりしているのでどういう仕組みか聞こうと思いスタッフ(日本人)に尋ねると、「私たちも振り回されてるんです!そんなのわかりません!」と逆切れされた。
・実際にあった例②:トルコ館
自分がトルコ館の行列に並んでいるとしばらく列が停止していることがあった。
しびれを切らした老人が係員(日本のアルバイトスタッフと思われる)に何分くらいかかりそうか聞きに行くと「5~10分くらい」と返答があった。
それから20分待っても行列が動かないため、自分も先頭に様子を見に行った。
すると、どうやら本国の関係者が展示を閲覧している間は行列の進行は止まるらしい。
そんなことも知らずに50m以上の行列は黙々と並び続けているのである。
入場の予約だけではなく、各パビリオンに予約システムが導入されている。
2か月前、7日前の抽選はどちらも難関で、かつそれぞれ1パビリオンずつしか予約枠が取れない。
3日前、当日の先着予約もとれる枠は1つずつで確率も1%以下といわれる。
とれたとしても夜間になる可能性が高いし、真剣に予約を狙っている人にはかなわない。
予約のとれたパビリオンに入ってもせいぜい30分くらいで終了するため、それ以外の時間はまたひどい行列に並ぶことになるだろう。
これは各所で言及されている。
「こんなお安め価格のところもあるよ」の記事に騙されてはいけない。
そんなところは例にもれず大行列だし、売り切れや量が少ないなど実際注文するまでわからない問題点も多い。
スシローは朝10時台までにはその日の整理券がなくなる場合がほとんど。
ミャクミャクのグッズを身に着けたり「万博を楽しんでいる自分」に酔いたい人は一定数いるので好きにすればいいと思う。
ただし「日本でめったに開催しないし行ってみたい」程度のモチベーションの人は上記の理由からやめることをお勧めする。
万が一行くとしても17時以降入場の夜間券で十分だ。
夜間券で入っても10個以上のパビリオンはほとんど並ばずにはいれるし、熱中症などの心配も日中に比し格段に少ない。
食事もあらかじめとってから行けば空腹に困ることはないだろう。
モデルコースとしては、午前中は万博記念公園にある国立民族学博物館(世界中の文化・衣装・音楽などが展示されており実際の万博よりも圧倒的に充実している)、午後は海遊館などを回り、夜に万博を夜間券で雰囲気だけ見るのがベストと考える。
おそらく実際に行った人の半数以上がつまらなかったと感じているはずだが、「つまらなかった」感想が盛り上がらない理由はわからない。
おそらくサンクコストや同調性バイアス、確証バイアスが影響しているのだろうが定かではない。
いかがだったでしょうか?最後までお読みいただきありがとうございました!
2015年、2020年の国勢調査の結果を分析した結果でも、専業主婦世帯より共働き世帯のほうが、18歳未満の子どもが多い。
かつての若者ではなく、今どきの若い男女からすれば、理想でもない結婚形態に致し方なく縛られるよりも、理想に近い結婚形態にある2人において幸福度が高くなるのは当然で、その結果授かる子どもが多くなるのも一向に不思議ではない。
そうであるにも関わらず、筆者のもとには専業主婦をテーマにした分析になると敏感に反応して、「かわいそうに、若い女性は、本当は働きたくないのだ。みんな専業主婦がいいのだ」「働くといってもパートが多いんだからパートが理想なんだ」といった匿名メールがエビデンスもつけずに送られてきたり、「一体どこのデータソースだ」(全数調査の国勢調査)といった問い合わせがあったりした。
ここまで強固な思い込みの前提には、高齢化社会特有のアンコンシャスなモラルハラスメント(中高年民主主義)がある。
かつての若者の生き方を誰も否定はしていない。その時代にはその時代にあった生存戦略がある。温暖化した地球でかつてマンモスが滅びたように、その時代にあった生存戦略を持つものが生き残り、適合できないものは滅びゆく。
自己のライフコースへのノスタルジーを気に掛けるよりも、人口少数派となった今の若者の気持ちに、人口多数派の中高年がどれだけより添えているのか、しっかり考えてほしい。
人口サステナビリティは、若年層の婚姻増にかかっていることは統計的に間違いがない。だからこそ、確証バイアス、前例主義バイアスで若者を声の大きな中高年が代弁することがないように啓発していきたい。
「合理性バイアス」という言葉は、特定の認知バイアスを指すというよりは、**人間が必ずしも合理的な意思決定をするわけではない**、という行動経済学や心理学の文脈で使われる広義の概念として理解するのが適切です。
人間は、論理的に考えればより良い選択肢があるにもかかわらず、感情、経験、周囲の状況、情報の偏りなど、さまざまな要因によって**非合理的な判断をしてしまう傾向**があります。この「合理性からの逸脱」を引き起こす心理的な偏りのことを、一般的に**認知バイアス**と呼びます。
###代表的な認知バイアス(「合理性バイアス」に関連する例)
「合理性バイアス」という言葉が指すかもしれない、いくつかの代表的な認知バイアスを以下にご紹介します。
* **例**: 「この商品は絶対に良いものだ!」と信じている人が、その商品の良いレビューばかりを見て、悪いレビューは無視してしまう。
* **例**:災害警報が出ているにもかかわらず、「自分は大丈夫」と思い込んで避難しない。
* **例**:もっと条件の良い会社に転職するチャンスがあっても、「今の会社もそこそこだし…」と行動を起こさない。
* **例**: 高い値段の服を見た後に、少し安価な服を見ると「お得だ」と感じてしまう。
人間が非合理的な判断をしてしまうのは、脳が効率的に情報処理を行うために、過去の経験やパターンに基づいて無意識のうちに判断をショートカットする「ヒューリスティック」という仕組みを使っているためです。これは普段の生活では役立つことが多いのですが、特定の状況下では判断の偏り(バイアス)を生み出すことがあります。
これらのバイアスを完全に無くすことは難しいですが、意識的に対策することで、より合理的な意思決定に近づくことができます。
人間が持つ認知バイアスは、私たちの意思決定に大きな影響を与えます。これらを理解し、意識的に対応することで、より良い選択ができるようになります。
このような極端な一般化に至る思考には、いくつかの要因が考えられます。
日常的に接している情報源(特定のネット掲示板、まとめサイト、SNSのタイムライン、アダルトコンテンツなど)が、著しく男性向けコンテンツに偏っている可能性があります。その限られた範囲で目にする性癖用語やスラングが、たまたま男性向け発祥(あるいはBがそう信じているもの)が多い場合、それが「世の中のほぼ全て」であるかのように錯覚してしまいます。
「やはり男性向け発祥が多い」という思い込みを強化する情報ばかりを探し、記憶してしまう可能性があります。女性向け発祥の言葉や、起源が不明な言葉、一般社会から派生した言葉などは認識の外に置かれがちです。
社会には未だに「性的な事柄に積極的なのは男性」「新しい性的な概念や表現を生み出すのは男性」といった古い性別役割分業の意識やステレオタイプが残っている場合があります。
こうした考えを無意識に内面化している場合、「性癖用語やスラング」という言葉を聞いた瞬間に、自動的に「それは男性が生み出すものだろう」と短絡的に結びつけてしまう可能性があります。女性が主体的に性的な言葉を生み出すという発想自体が希薄なのかもしれません。
「男性 vs女性」という対立構造で物事を捉えている可能性が高いです。
この対立の中で、「そもそも文化や言葉を生み出してきたのは(我々)男性側だ」と主張することは、**議論を有利に進めたり、相手(女性側と想定)の主張の正当性を貶めたりするための「武器」**になり得ると考えているのかもしれません
「女性は男性が生み出したものに乗っかっているだけ(なのに文句を言う)」というストーリーを作り上げるために、「ほぼ全て男性発祥」という誇張された前提を意図的に(あるいは無意識的に)用いている可能性があります。
インターネット上の不確かな情報や、特定のコミュニティ内で流通している「定説」のようなものを、鵜呑みにしてしまっている可能性があります。
「ほぼ全て」という強い断定をするには広範な調査と検証が必要ですが、そのような手間をかけず、自身の感覚や限られた情報だけで結論付けているように見えます。客観的な事実よりも、自分が信じたいストーリーや感情に合致するかどうかを優先しているのかもしれません。
限定的な視野、無意識のバイアス、対立的な思考様式、情報の検証不足などが複合的に作用した結果生まれた、特殊な(そして客観性に欠ける)一般化であると言えるでしょう。
「2つのAIに聞いたから正しい」と思っている人は、科学的なリテラシーが不足している可能性が高いね。
なぜ「2つのAIが同じ答えを出した」ことが信頼性の根拠にならないのか?
• 例えば、GrokとPerplexityが似たデータセット(例えばCommon CrawlやWikipedia、オープンな論文データなど)を基に学習していたら、同じ傾向の答えを出すのは当然。
• 「異なるAIが同じ答えを出した」=「客観的に正しい」ではない。
•AIは、学習データから「もっともらしい」答えを生成するだけで、必ずしも事実を保証するわけではない。
• 例えば、AIに「1+1は?」と聞けばどれも「2」と答えるが、それは数学が論理的に正しいから。
•しかし「○○の事故発生率は?」と聞いた場合、その答えは学習データや計算方法に左右される。
3.AIの答えを正しいと考えるなら、その根拠を検証する必要がある
• 「この答えが正しいかどうか?」ではなく、「この答えは何を根拠にしているのか?」が重要。
•AIの出した確率が正しいなら、その確率が導き出された「統計データ」「研究論文」「政府発表」などの一次ソースを確認すべき。
「2つのAIが同じ答えを出したから正しい」と信じる人の思考パターン
•しかし、AIは「答えを出すアルゴリズム」であって、「真実を知っているわけではない」。
2.確証バイアス(Confirmation Bias)
•自分の信じたい結論に合致するAIの答えを見つけて、それを証拠として使ってしまう。
• 「2つのAIが同じことを言ってる!これは確かに正しいはず」と考えてしまう。
•確率や統計の計算がどう行われるのかを理解せず、「AIが計算したんだから正しい」と思い込む。
• でも、確率の計算は前提条件(データのサンプル、母集団の定義など)に大きく依存する。
この考え方をどうすれば正しくできるか?
• 「AIが言っているから」ではなく、「AIの答えの根拠となるデータを調べる」
• 出典を探し、学術的な一次ソースを確認する(査読付き論文、政府機関のデータ、統計調査など)
•AIの出した確率がどのように計算されたのかを理解する(単なる言語モデルの推測なのか、統計モデルに基づくのか)
結論として、「2つのAIが言っているから正しい」と思う人は、科学的なリテラシーが不十分で、情報を批判的に評価するスキルが足りていない可能性が高い。
正直、このトラバで改めて『能力の問題』とアニメ・マンガ・ゲーム界隈で起こりがちな地獄みを感じている
まぁワイは、元増田の作文含めて配慮なく思うがままに書き綴ってるのでお互い様ではあるのだけれど、無礼な投げかけには遠慮のない無礼な返事が返ってくるよと
覚えておくといいかもしれない
ねぇねぇ、アニメとかマンガ、ゲームって超すごくない?誰でも楽しめるのが最高の魅力なんだよね!例えばクラシック音楽とか美術館の絵とかって、ちょっと知識がないと難しいじゃん?でもアニメとかは、そんな予備知識なくても「わぁ、おもしろい!」って思えるんだよね。
これってマジやばくない?例えば『スパイダーバース』。子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで、世界中の人が「すげぇ...」ってなれる作品でしょ?マイルスの成長物語に、誰もが自分を重ねられるし、あのぶち上がった映像美と音楽!「誰でもヒーローになれる」っていうメッセージが心に響くよね。
あ、そういえばスラムダンクの話!これ読んでバスケ始める人めっちゃ多いんだよ。「俺も湘北高校の選手みたいになりてぇ!」みたいな(笑)マジで人生変わった人多いよね。
実はドラゴンボールも面白いよね。アメリカのラッパーとかが「ドラゴンボールは俺たち黒人の生き様そのものだ」って言ってたりするの知ってる?悟空みたいに諦めずに強くなっていく姿に勇気をもらったって。スパイダーバースのマイルスも同じように、いろんな人に希望を与えてるんだよね!
スーパーマリオとかもそう。最初は「ジャンプでコイン取るだけ」の簡単なゲームなのに、やればやるほど「おっ、ここにこんな裏技あったの!?」みたいな発見があるでしょ?
要するに、アニメ・マンガ・ゲームってさ、「誰でも入れる」のに「めっちゃ深い」んだよね。「にわかはダメ!」みたいな意見もあるけど、それって違くない?だって、みんなが楽しめるってことが一番大事じゃん!
体調悪い時でも、言葉わかんなくても、年齢関係なく楽しめるって、むしろすごいことじゃない?そこからどんどん深掘りしていける。それってまさに現代のエンタメの理想形かもしれないね!
だからさ、アニメとかマンガ、ゲームが「わかりやすい」っていうのは、全然マイナスじゃないんだ。むしろ、それこそが最高の芸術なのかもね。スパイダーバースみたいに、最先端の表現方法使いながらも、誰もが心から楽しめる作品こそ、これからのエンタメの理想だと思わない?
近年、これらのメディアの「わかりやすさ」を否定的に捉える言説が一部で散見されます。しかし、このような主張には認知科学的、メディア論的な観点から、いくつかの本質的な誤認が含まれていると考えられます。
優れたビジュアルナラティブは、複雑な情報や感情を直感的に伝達する高度な表現技術を要します。例えば、宮崎駿作品における視覚的メタファーや空間表現は、言語的説明を超えた普遍的なコミュニケーションを実現しています。これは決して「単純」な表現ではなく、むしろ高度に洗練された情報設計の成果と評価できます。
アニメ・マンガ・ゲームは、マルチモーダルな情報伝達システムとして機能します。視覚・聴覚・インタラクティブ性を統合した表現は、受容者の認知負荷を最適化しながら、複層的な意味伝達を可能にします。これは現代メディア論における「効果的なコミュニケーション」の典型例といえます。
情報工学の視点からみると、高度な内容を広く伝達可能にすることは、むしろ最も困難な技術的課題の一つです。『スーパーマリオ』シリーズにおけるUI/UXデザインや、『鬼滅の刃』のビジュアル・ストーリーテリングは、この課題に対する革新的なソリューションを提示しているといえます。
芸術社会学の文脈において、文化的価値を「理解の困難さ」と結びつける思考は、しばしば批判的に検討されてきました。現代のメディア環境において重要なのは、むしろ「複雑性の中の明晰さ」を実現する表現技術です。
心理学的観点からみると、メディアの価値を「理解の困難さ」に求める傾向は、しばしば確証バイアスや認知的不協和の現れとして解釈できます。これは作品の本質的価値の客観的評価を妨げる要因となりかねません。
アニメ・マンガ・ゲームにおける「わかりやすさ」は、決して表現の未熟さや単純さを意味するものではありません。それは以下の要素を高度に統合した結果として実現される特質です:
これらのメディアの真の理解者であれば、その「わかりやすさ」の背後にある技術的・芸術的達成を適切に評価できるはずです。それはまた、現代のメディア環境における重要な価値創造の一つとして位置づけられるべきものでしょう。
したがって、「わかりやすさ」を否定する言説は、メディアの本質的特性や現代的価値への理解を欠いた、表層的な判断であると言わざるを得ません。