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2025-12-19

映画グランド・マスターを見た

圧倒的映像美と圧巻のアクションシーンと散漫な物語三位一体となった映画だった。67点。

 

冒頭に「中国武術中国大陸がそうなように南派と北派に分かれていて、でもいろいろあって中国統一たか武術統一する必要があるよね。だもんで南派と北派の代表が戦って統一継承者を決めることになったんよ」みたいなナレーションが入るので、そういう達人たちが戦って最強を決めるハチャメチャアクションなのかと思ったら、実際には武術大河群像劇だった。

・南派の代表詠春拳の宗師イップ・マンいや、イップ・パーソンもしくはイップ・ファイター(ポリコレ配慮)の興隆

・北派の代表の娘、八卦掌チャン・ツィイー復讐譚。

・なんか本筋には絡まない八極拳の一線天の暴力シーン

の3つの流派の戦いを軸に、それぞれの武術流派がどのように時代サバイブしてきたかを描く。

 

まぁ、とにかく映像が圧倒的だったね。確か当時は「LOVERS」とか「英雄-HERO-」とか香港アートアクション大作ブームだったと思うんだけどその中でも相当金かけてしっかり作られてる。小道具大道具役者全部にしっかり金かけてその上撮り方もしっかりしてる。1秒も気を抜いたショットがない。雨のシーンも雪のシーンも室内も室外も全部きっちりデザインされている。もろちんそれを以てリアリティがないと批判することもできるとは思うけど、映像作品としての映画として非常に正しく誠実なアプローチだと思った。

これは次のアクションのところにもかかってくるんだけど、香港映画人がなぜか大好きな雨の中のカンフーシークエンスが3回くらい出てくるんだけど「俺は雨の中のカンフーシーンを撮るスペシャリストだ」っていう気概が感じられる、KIAIが入った出来でよかった。まぁ香港アクション特有のなんか急にふわっとするワイヤーアクションは俺はあんま好きじゃないけど。スローモーションの多用も「ここが見せ場なんや!」という強い意志を感じる。まぁ、どんだけやるねんとは思うけどさ。

 

で、アクションだけど今作が武術大河だなぁと思うくらいにはとにかく気合が入ってる。LOVERS英雄が「武侠ファンタジー」だったのに比べるとこちらはかなり地に足がついた表現になっている。まぁワイヤーアクション使ってるし、スローも多用してるから全然ファンタジーなんだけども、それでもしっかり武術してるのが印象的。

特にめっちゃ気になったのがすげー足のポジションを映すのね。普通アクション映画でも吹き飛ばされた後の踏ん張りのシーンとかで足を映すとかはあるけど、構えを変える、出す技を思案する、敵が動く、いろんなシーンで足のポジションを変更しているのを映す。もし向こうの観客がこれ見てニヤリとしてるんだとしたら武術リテラシー高すぎるだろ。

また武術を通じて人を映そうとしているのも印象的で、イップは実直な線の動き、チャンは柔らかい円の動き、チャンの仇は激しくパワフル、八極拳は極めて暴力的とそれぞれの使う人間人格を使う武術に反映させている。

人体破壊描写も実は少なくて特にイップはいろんな人と戦うんだけど蹴ったり突いたりはするけど大怪我をさせるようなシーンはほとんどなく、逆に特攻出の八極拳の一線天はめちゃくちゃ相手破壊する。そして八卦掌のチャンも女性らしい柔らかな戦い方をするんだけど仇を取る際に始めて相手の関節を決めて腕をへし折るという破壊行為に出る。どういう戦い方をしてどういう結果を得るかということがその人物の情景描写になっているのは、さすが武術ドラマだなと感じた。

 

ただ、この圧倒的に気合が入った映像パートに比べるとストーリーパートはどうにも厳しい。

ある程度、史実に基づいた大河設定だからしょうがないんだろうと思うんだけど、それぞれの流派ストーリーの接着が弱い。イップとチャンは南派と北派の戦いの際に戦って心を通じ合わせ、その後、次代の激動にもまれ離れ離れになり最後には再会するんだけど、八極拳の一線天に関しては幕間幕間で「一方その頃」みたいな感じで出てくるだけでイップとは一切絡まない。まぁ実際歴史的にも一方その頃八極拳はこんな感じでやってましたって感じだったんだろうけども。

また、イップは南派と北派の継承争いに向けて南派内での指導戦や実際の継承戦、その後のチャンとの戦いを序盤で消化すると後は時代が変わってめちゃくちゃ困窮して辛くて子供死ぬわ、香港に渡ったらイギリス併合されたか本国に帰れなくなるわ散々だよ~って感じで武術的な見せ場が急に減り、北派の内部抗争として北派の宗師をうっかり殺した一番弟子VS宗師の娘のチャンの戦いがメインバトルになっていくがそこにイップは一切関わらない。

この一番弟子ってのが最初からイップにも食って掛かるし、日中戦争がはじまると日本軍に取り入ってリッチなっちゃうしでメインヴィランっぽい感じなんだけどイップとは戦わないんだ、そういう感じなんだっていうのは見てるこっちからするとけっこう肩透かし感があったかな。

気合の入った映像部分に比べるとこっちは「そういう話だったんだからしょうがないじゃん」みたいな、エンタメとして過度に盛り上げようとはしてない感じには見えた。もろちんそれが誠実な態度と言えばそうなんだろうけど、なんかもっとしませてくれてもいいじゃん。僕は不満です。

 

あとは、時代的に途中から日中戦争がはじまってそのせいで裕福だったイップはめっちゃ苦労する展開になるんだけど、過度な抗日展開になってなかったのはよかった。ないとは言わんけど、まぁこれくらいなら実際の時代の流れ的にこう言うこともあったんやろなってレベル抗日戦争が始まってってなったときに、ここからイップ達が力を合わせて日本兵と戦う展開になったら嫌だなぁと思ったけどそんな展開はなかった。

最後に出てくる幼少期ブルース・リーめっちゃブルース・リーの子時代クソガキ感があってよかった。こいつが後のブルース・リーですよみたいには紹介はされないけど見ててわかるようになってるのもニクい。

 

今は亡き香港大作映画映像面に関しては一種の到達点の一つだと思うしアクションも非常に良い。もろちん、現在主流の実務的なアクションとは程遠いが、アクション作品内での登場人物同士の対話として成立させる腕は歴史の長さを感じる。

昔の香港映画好きだったなぁって人にオススメ

Permalink |記事への反応(0) | 09:39

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2025-12-12

初日の出集団暴走について

来年も恒例の暴走族フリーダムオブチョイス(Freedom of Choice)による、初日の出集団暴走行為が予想されます。内外の治安情勢の悪化呼応して、来年は例年よりエスカレート行為が高い確率で起きると警戒されます年末年始当局人的資源に限りがありますので、市民の皆様は、FoCによる暴走行為の目撃時には、直ちにはてなに書き込むようにして下さい。

年末年始にFoCが「当局の隙をついた」暴走行為を起こすことは確実視されており、その日時および集団破壊行為内容については慎重に計画を練っているものと思われます

市民の皆様のご協力をお願いいたします。

Permalink |記事への反応(0) | 13:31

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2025-12-08

anond:20251208151221

いやいやバカ言うなよ

そうだなぁ、例えばインドモスクジャーマー・マスジド」を名指しして、破壊行為を行うゲームを作って

それにインドが抗議を行ったり、議会で質疑する事態になったら、「ひょーげんのじゆーーー」って嗤うのか

観光客が真似するかもしれない」と一文あったら、そこの一点突破で何でもかんでもを跳ね返すのか?

そういうの、世間では、バカって言うんだぞ

Permalink |記事への反応(0) | 15:17

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2025-11-25

久しぶりにリアル脱出ゲームに参加してちゃんと落胆した話

タイトルの通り。主にスタッフ対応について。

リアル脱出ゲームについてはだいぶ市民権を得ていると思うし

検索すれば公式非公式わず山程情報が入手できるのでここでは深く言及しない。

今回プレイした作品:忘れ雪の君を探して

『忘れられた実験から脱出』『君は明日と消えていった』『さよなら、僕らのマジックアワー

などを手掛けるきださおりディレクター(この人Pじゃなかったっけ?)が手掛ける最新作で

いわゆるSCRAPという会社リアル脱出ゲーム群におけるエモシナリオレーベルみたいな位置づけ。

ちな上記3作では今回のようなクソスタッフ対応はなく物語のドップリ浸かって心からエモを楽しめました。

3作とも現在常設店でのプレイはできないようなので

もしリバイバル公演を見かけたら是非プレイしてみてください。ステマ終わり。

公演形式:4人以下貸し切りルーム型(プロローグエピローグのみ全体)

公式HP説明野良マッチングありそうだがおそらく繁忙期用の布石

今回3連休初日の昼前の回で3組しかおらずキャパが溢れることは少なそう

=4人未満で参加しても野良マッチングなさそう)

※後述するホール型,ルーム型などの形式SCRAP公式で設定しているものではない

同席者:1人(自分含め2人で参加)

趣味の知り合いで謎解き経験薄め(一つの謎が解けたり段階が進むたびに手が止まる程度にはセオリーに染まってない)

何が起こったか

とあるギミックエラーを起こしてしま本来解かなければ行けない謎が解けていないのに先に進んでしまう。

 スタッフを呼んだところ「巻き戻すか」などの確認もないまま「この段階で解くべき謎とその解法の解説」が始まる。

ゲーム進行中にスタッフが部屋に侵入してきて聞いてもいないヒント(ほぼ解答への誘導)をずっと後ろから囁き続ける。

 クリア出来まいがどんな中途半端な進度で終わろうが一言も口出すなクソが

一旦感情の発露

こっちは金払って謎を解きに行っているのであってお前らのエモ押し付け欲を満たすための道具ではない。

何が不満だったのか

謎解きコンテンツに個々人が求めるものやどういうコンテンツだと捉えるかは人それぞれですが

議論を行うにあたり私が認識している謎解きコンテンツ言語化すると

映画館ゲーセン複合施設である金額を払えば映画一本とそれに関連するゲーム一定時間遊べる」

ゲーム部分=謎解き。あえて映画を分けて記載したのは各チームのクリア状況に寄らず

エピローグクリアした場合正史)は必ず提供される=料金にコミコミから

物語鑑賞と実体験は分割されている認識

体験として重視する=金を払っている謎解き部分を不本意に取り上げられた事例なんすよコレ。

ここうまく例示出来ている気がしないので誰かもっとうまい例出してくれ。

業界裏側的事情

①について,終わった後に同行者の意思確認したが,欲しかった対応は当然「巻き戻し」。

※謎解きの段階を巻き戻して解けていない段階に復元して欲しい。時間はそのまま進めてもらって構わない。

商業的には本来数十~数百分の1も起こり得ないエラー対応を想定していないだろうし

映像プログラムを使ったギミック関係上巻き戻しが難しいだろうなとは納得済み。

単純にアテンド側として一番やっちゃダメなヤツ引いちゃったというしこりけが残った。同行者には飯奢った。

②について,クソオブクソ。

大前提として弊チームは進行が遅かった(結果から判断しただけでプレイ中の判別手段はない)。

リアル脱出ゲームをやったことがある人なら「ヒントブック」なるお助けアイテムが手の届く範囲にあったり

遅いチームに近づいてきてスタッフがさり気なくヒントを出したりする場面を見たことがある人もいるでしょう。

コナンコラボなんて露骨ですよね。10分ごとに大スクリーンに「○段階が解けてない人は××と入力して△△しろ

なんて答えそのまま書かれたりしまからね。

上記の例って「ホール型」なら普通なんですよ。ホール型っていうのはでかい会議室みたいな会場に

テーブル10数個と並べられて1チーム4~6人でガリガリ机に向かって謎を解くタイプの公演。

大体1日に4公演とかあってケツの時間ビッチリ決まってるとか

人員配置の都合上で序盤のチェックポイントを早々に片付けて後半のチェックポイントに回したいとか

大人数を捌くための必要犠牲があったりする。

話を戻して今回の公演形式ルーム型なんすわ。

部屋の中を好き放題に荒らして※破壊行為禁止や触れてはいけない場所ルールは当然ある

情報物理アイテムを見つけ出してなんとかして脱出条件を満たすってコンセプト。

チェックポイントギミックとしてスタッフが部屋内にいることはあっても基本的ノータッチというのが不文律

不文律だと思ってたんだけどなぁ・・・

顧客満足を考えたとき

「A序盤のお使いクエスト中に時間切れ」

「B最終回答次第でアナタNPCのどちらが生き残れるか!!?時間内に決断しろ!!!!?

みたいな状況でどっちが満足度いかっていうとBの方が高いのは当然で

全員をそこまで引っ張り上げるボトムアップ思想そもそもあるんですよね。

んでコラボ物やエモ系シナリオって謎解き段階が進む毎にストーリーも進行していくんですよ。

からがんばって書いたエモエンディング見せるために途中の謎解きなんて全スキップでいいって思想もある。

残念ながらこの思想ガチ勢と呼ばれる客側にも蔓延しているし,本公演のスタッフもそちら側だったようだ。

それらを踏まえて

客はお前らのエモ押し付け欲を満たすための道具じゃない。

その後行った「上海型」のNAZO HAUSEさんはめちゃくちゃ楽しかったです。

上海型ってのはWEB脱出ゲームをそのまま現実に落とし込んだイメージが近い。

なんかハマりそうな溝にアイテムをカチッとか光に手をかざしたらロック開いてとか

感覚・非言語寄り。スタッフ勝手に謎のヒントを演説してくることはない。



追記

絶望的に読みづらかったので急いで見出しと改行だけ直しました

※何が言いたいか分かりづらかったので主張と上海はいいぞを追記しました

Permalink |記事への反応(1) | 11:31

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2025-11-23

アンサイクロペディア侵食

anond:20200804010656

アンサイクロペディアの鉄槌」と呼ばれた事件から早5年。

このサイトもひっそりと好事家たちによって支えられるかと思いきや、またも重大な事態に直面していた。

それは「AIによる侵食である

台頭

2025年初頭、まだUCPではAI記事をぽつぽつ見かける程度であった。AI記事を採点してもらうツール自己顕示欲を満たしたり、そんな程度のふわりとした雰囲気で触れていたのだが、AI進化は早いもので夏頃にはもう人間と見分けるのが難しいほどの精度にまで発展していた。

そんな中、ひとりのユーザーによって「実際これどうするよ?」という議論が起こり、「面白ければOK」という結論のもと、生成AI活用のためのPortalページが開設された。ちなみに議論の提起者およびPortalの開設者は、先の事件に「鉄槌」という名前を与えたその人である痴愚神信者氏、現・ノイマン氏だ。

いろいろと賛否は分かれるところだが、AIで書いたにせよ人力にせよ面白くなければ消せばいいだけの話なので、執筆中に詰まった時のアイデア出しだとか要改善テンプレートを貼られた時の対処法だとか、この時点では「みんなで有意義AIを使っていこうね!」といった感じで前向きにAI活用を考えていたのではないかと思う。

移民

受け入れた人もいれば、受け入れられなかった人もいる。

AI技術をどんどん導入していくのは勝手だけど、UCPみたいな場末サイトでそこまでやる必要があるの?」と思った人達は、UCPで活動することをやめ、他のウィキプロジェクトへと移っていった。その代表的な例が「知木ペディアである

元々AIが台頭する前からUCPユーザーのごく一部で運用していたwikiなのだが、「今のUCP、なんかちげーよな」と個人的に思ったユーザーたちがフェードアウトして自然と居着くようになった。AI記事自己言及だとかユーモアのためにぽつぽつ作られる程度で、棲み分けとしてはうまいこと行ってたのではないかと思う。

対立

AIがUCPで市民権を徐々に得ていくたびに、ノイマン氏の言動だんだんと棘が見えていった。

当初は純粋に「AIがどれだけ通用するのか見てみたい」という技術者としての意欲が見えていたのだが、次第にマウントを取るようになったり、トークページで何度も何度も反論を繰り返し相手が納得するまで説き伏せることをやめなかったり、自分とは異なる意見を徹底的に嫌うような性分に変化していった。

そんな中、ある会話のなかで「ノイマンさんは知木ペを敵視してるの?」という質問が飛んできたのをきっかけに彼は突拍子もない行動を起こしてしまった。

あろうことか知木ペで、30分間そこらで十数件もの記事濫造してしまったのだ。

知木ペは百科事典としての記事ユーモア記事も載せていい自由ウィキプロジェクトであったが、前代未聞の事態管理者もこれを問題視し「AI記事原則禁止しませんか?」と議論を提起。ここでもノイマン氏は自らの持論を曲げずすべての規制意見に対して反論規制派の神経を逆撫でして議論の立て直しにまで発展する事態となった。

暴走

ノイマン氏はそれでも満足できなかった。

明らかに知木ペの住民揶揄している「反AI」という記事作成したうえで、その記事内の表現引用して持論を続けざまに展開した。

AIとしてどれだけ「理論武装」しようと、ユーモア至上主義のUCPでは、究極的にはAIに勝てる/AIにはない面白さのある記事を書けない方の問題

書けないならここで反AIなんてことはせず、妄想でなければ消されることのない「やさしいウィキ」や、AI生成記事を大幅に制限する方向の「保護区」にでも行けばいい

私はその保護区には「その純粋で傷つきやす精神世界がこれ以上損なわれることのないよう」振舞うつもりです

知木ペに併設されていた掲示板でもボヤキを繰り返したり、もはや指摘通り知木ペを敵視しているとしか言いようがないレベルにまで達していた。知木ペ住人側も彼を揶揄してか「クリストファー・コロンブス」という項目を立て、コミュニティ破壊行為への批判を行うなど泥沼化。

彼の腹の虫が収まることなど当然なく、AIを使っているとはいえ執念ともいえる速度で知木ペへの陰湿皮肉を込めた記事を何度も何度も執筆。最早知木ペの住人は執筆意欲の殆どを削がれることになり、疲れ果てた管理者の嘆きが残されているのみである

現状

今やアンサイクロペディアは、1か月間に作成された記事の3割がAIである。要改善テンプレートの貼られた記事AIによって加筆され、評価基準さえAI採点に頼るユーザーまでいる始末だ。そして今日、実に4度目となるUCPでのAI規制議論が提起されることとなった。

現状がこのサイトにとって良いものなのか悪いものなのかは読者の判断に任せるが、ユーザー暴走によって「本国」どころか「保護区」まで荒廃させられるというのは、ある意味鉄槌以上の災厄かもしれない。

鉄槌の名を付けたユーザーによってそれが引き起こされるというのは、いかにも皮肉ものである

Permalink |記事への反応(4) | 12:42

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2025-11-07

国旗毀損罪への反対意見を、法解釈の側面から論破する

日本という共同体」そのものは目に見えない。触れないし、握れないし、形もない。でも私たちは、その「形のないもの」を前提にして、同じ道路を使い、同じルールで生きている。その目に見えない共同体をどうやって「そこにある」と確認してるのか?答えは単純で、象徴シンボル)だ。国旗は、政治的な押しつけアイテムじゃなくて、私たちは同じ場所に立っているという共通認識のマーカーなのだ

国旗を破って燃やして踏みつける行為は「私はこの国が嫌いです」という話ではなく、「この共同体を支える合意を破っていい」という宣言になりやすい。これは思想じゃなくて秩序の話。好き嫌いの話ではないし、心の中を強制しようとしているわけでもない。

共同体をつなぎ止めてる目印に対して、どこまで攻撃を許すか」という、いたって地味で現実的な議題なのだ

ここからが本題。代表的な反対意見(岩屋・橋下・日弁連)を見ると、どれもロジックがお粗末極まりなく、目も当てられなかった。法律専門家(笑)が言うことかよ、というレベルだったので、あえて向こうの土俵論破する。

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岩屋毅引用元https://www.iza.ne.jp/article/20251104-KATPZGUBWFGNLBZXMVYLNT4XMA/

>「当時、反対しました。なぜなら『立法事実』がないからです。立法事実とは、実際にそうした事例が社会問題になっているかということです。日本で誰かが日章旗を焼いた? そんなニュースを見たことがない。立法事実がないのに法律を作ることは、国民を過度に規制することにつながるので、それは必要ないのではないかと言いました」

一見もっともらしいが、この論法立法事実という概念のものを誤解している。立法事実というのは「すでに大量に事件が起きているかどうか」だけではない。とくに象徴治安社会秩序に関する立法では、「問題顕在化してからでは遅い」という前提そのものが、法律必要性を支えている。実際、現代法律の多くは「予防的」に整備されている。

テロ対策は、テロが起きてから作るわけではない

ストーカー規制は、被害が拡大する前に作られた

不正アクセス法は、大規模事件が起きる前に準備された

では、岩屋の論法をそのまま適用してみよう。

大地震はまだ起きていない→防災整備は不要

火事はまだ起きていない→消火器必要ない」

・・・本当に早大を出て閣僚経験していてた人の理屈なのだろうか。国旗損壊罪が問題にするのは、「布が燃える現象」そのものではない。象徴公然と破られることで、社会の緊張が増幅される・対立敵対意識活性化する・集団統合が崩れる という作用のほうだ。この「象徴毀損社会不安の増幅」という因果関係は、国際的にはとっくに前提として認識されている。

イギリスでは国旗侮辱暴徒化の初動トリガー韓国では対立デモ象徴破壊が衝突に直結、フランスでは国旗侮辱は「共和国に対する攻撃」、ドイツでは象徴毀損は「民主秩序破壊行為」と解釈されている。

まり、「日章旗を燃やした事件日本で多いかどうか?」は論点の中心ではない。本当の論点はこうだ。象徴破壊は、共同体統合を揺るがす高い蓋然性があるかどうか。そしてそれは「ある」。岩屋の議論は、「国旗共同体をつなぐ象徴である」という視点最初から抜けている。だから彼の目には「問題がない」ように見えるだけだ。

言い換えるなら、日の丸を「自分共同体象徴」として認識していない人は、国旗損壊に「実害がない」ように感じる。ただ、それは「法的判断の結果」ではなく、立ち位置感覚問題だ。「国旗燃えてないか法律はいらない」は、「家が燃えてないか消火器はいらない」と言っているのと同じ構造である。そして、そう言えるのは結局、自分にとってその家が「帰る家」でも「守りたい家」でもないからだ。

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橋下徹引用元https://x.com/hashimoto_lo/status/1985500133828805077

そもそも出だしか政治家不正糾弾する論点ずらしを使用しているところが小賢しいストローマン論調だが、論点も穴だらけである。本当にこの人は元弁護士なのだろうか。

>①国旗損壊罪の保護法益は?

法益は、「共同体象徴秩序」である。橋下はこれを「愛国心強制」だと見ているのかもしれないが、法益はそうではない。

象徴破壊されると、共同体のつながりの感覚が損なわれ、対立敵対意識が増幅する。これは国際比較すると常識に近い。

>②外国国旗損壊罪の保護法益は?

外国国旗外交関係の安定を守るために保護されている。つまり、すでに日本刑法は「象徴は秩序に作用する」という前提で立法されている。今回の議論は、その射程を「対外」→「国内共同体」へ拡張するだけ。理屈は同じ。

>③対象となる国旗範囲

ここは技術的な話に見えるが、実際は簡単。「公然性」「侮辱目的」を要件にすればいいだけ。すでに名誉毀損器物損壊侮辱罪で使っている手法。「プラカードとしての国旗」や「スポーツ応援の旗」が誤処罰される、というのは法技術ではなく「雑な想定」による不安構成要件回避できる話。

>④私的空間損壊まで処罰されるのか?

されない。すでに外国国旗損壊罪ですら公然性が要件私人の家で破ってる旗まで取り締まる制度設計そもそも立法技術的に想定されていない。「家の中でポスターを破ったら逮捕」はフィクションしかない。

>⑤国旗政治家に利用されてしまうのでは?

それは国旗損壊罪とは無関係国旗利用のガイドライン運用行政プロトコル問題。仮に「政治家国旗を利用したくなる」というのが懸念なら、それは政治倫理規定のほうで制御する話。つまりスプーンに毒を盛るかもしれない」からスプーン廃止しよう」と言っているようなもの

>⑥そもそも国家とは?

ここまで来ると、さすがに苦笑いである。「国家とは何か」論は、象徴理解していないからこそ無限抽象化する。けれど現実共同体抽象ではなく合意で維持されている。その合意可視化するのが象徴象徴理解しないまま国家論を語るのは、地図を見ずに登山ルート議論しているようなもの。まず「どこに立っているか」がわからなければ、そこから先は全部空中戦。橋下の6論点はどれも一見まともに見えるが、すべて「国旗は、共同体統合可視化する象徴である」という前提が抜けている。

この前提を共有しない限り、国旗損壊罪は「不要規制」に見え続ける。つまり、結局この話はこういうことだ。

国旗を「自分の属する共同体象徴」と思っているかどうか。

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日弁連引用元https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2012/120601_2.html

>同法案は、損壊対象国旗官公署に掲げられたもの限定していないため、国旗商業広告スポーツ応援に利用する行為、あるいは政府に抗議する表現方法として国旗を用いる行為なども処罰対象に含まれかねず、表現自由侵害するおそれがある。

この「おそれ」という言葉に全てを預けて議論を閉じてしまうところに、まず問題がある。刑法は「おそれ」で動くわけではない。刑法構成要件を満たしたときにのみ成立する。ここは法学部の1年生でも最初に叩き込まれる部分だ。それにもかかわらず、その最も基本的な前提をまるごと無視して話を進めているあたり、本当にこの文書日弁連が出したものなのだろうかと不安になる。

国旗損壊罪が成立するのは、ただ「国旗に触れた」からではない。国旗侮辱する意図をもって、公然破壊した時だ。「わざとであること」と「侮辱という意思」が明確に必要になる。そのため、スポーツ応援で旗を振ることも、商業デザインに用いることも、抗議運動シンボルとして掲げることも、そもそも構成要件に当たらない。日弁連は「使うこと」と「破壊して侮辱すること」を意図的に混同している。その混同を前提にしている限り、彼らの議論最初から成り立っていない。

加えて、日弁連は「表現自由制限される」と言うが、表現自由憲法上、絶対無制限保障されているわけではない。人格権を守るために名誉毀損があり、社会尊厳を守るために侮辱罪があり、財産権を守るために器物損壊罪がある。どれも「表現」が関わる可能性があるが、社会を成立させるために必要領域では当然に制限がかけられている。国旗損壊罪が保護しようとする「共同体象徴秩序」も、それらと同じく社会をまとまりとして維持する機能を守るためのものだ。

では、「濫用されるおそれがある」という主張はどうか。これも、法制度の議論としてはあまりに雑だ。「濫用されるおそれがある」だけで法律否定できるなら、名誉毀損侮辱罪も、スパイ防止法も成立しないことになる。極端な話、殺人罪だって捜査側が恣意的に使える「おそれ」があると言えてしまう。法治国家は「おそれ」があるかどうかではなく、その「おそれ」が実際にどの場面で生じうるのか、そしてどのように構成要件運用基準で防ぐかを議論する。「おそれがある」とだけ言って反対した時点で、日弁連法律論を放棄している。

まり日弁連声明は、法律家として最もしてはならない論理の進め方をしている。構成要件には触れず、使用損壊混同し、法益概念を押さえないまま、「自由が脅かされる」とだけ言って議論を止める。これは法的主張ではなく、立場ありきのスローガンだ。

国旗損壊罪は、国旗を使う人を処罰するものではない。共同体侮辱する目的で、象徴破壊する者のみを対象とする。日弁連が「表現自由」を盾にして反対するのは、その前提を理解していないか理解した上で意図的にぼかしているかのどちらかだ。

どれほど上品言葉で包んだとしても、これはもはや法律家による議論ではない。法概念を手放したまま「自由」を振り回しているだけの、大声の政治声明にすぎない。弁護士バッジを捨てて、もう一度法学部からやり直してください。

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日本社会には、法や監視に頼らずに秩序が保たれる場面が多い。繁華街に防犯ゲートが少なくても、万引きは多発しない。大都市でも夜に一人で歩ける安全がある。災害時には略奪ではなく、長い列を作って順番を守る。落とした財布は高い確率で手元に戻る。公園や駅の公衆トイレでさえ、世界基準で見れば極めて清潔だ。

これらは偶然ではない。日本には、古くから「和を乱さないことを尊ぶ」という共通意識がある。相手尊重し、自分けが突出しないように場を調整し、争いを避けて合意をつくる生き方が長く受け継がれてきた。重要なのは、この意識が誰かが教えたからあるのではなく、自然に共有されていることである。目に見えない合意は、形がなければ確認しにくい。そこで必要となるのが、象徴である

国旗は、国民が同じ共同体に属し、同じ空気の中で生き、同じ基盤を分かち合っていることを簡潔に示す印だ。日本人の精神性は、派手でも声高でもない。主張ではなく、ふるまいと習慣の中に現れる。その「共有されているもの」を一瞥で思い出させるのが日の丸である

国旗威圧のための道具ではなく「この社会は、この形で、ここにある」という確認の標だ。その確認があるからこそ、人々は互いを信頼し、余計な力を使わずに秩序が保たれる。日本治安や清潔さは、「日本人は良い人だから」という単純な話ではない。共同体を保つための共有されたふるまいが、長く維持されてきた結果である

日の丸は、日本人が無言で共有してきた社会秩序象徴である

Permalink |記事への反応(2) | 11:38

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2025-10-21

国旗損壊表現の自由

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.nikkei.com/article/DGXZQOUA209Z90Q5A021C2000000/

日本国旗を対象にした損壊行為刑事罰対象とする国旗損壊罪を制定する方針が、自民党維新の会との連立合意書に明記された。高市自民党総裁としては従前から何度も法案を出してきた悲願の一つでもあり、今の日本において最も早期に行うべき施策の一つと考えているということだろう。その認識自体まりにばかばかしいが、普段創作表現の自由を声高に叫ぶ一部ブクマカ達に安易賛同されている様子で、その変わらぬ権威主義にほっとしたので少し反対意見を書いておきたい。なお、増田確認した時点で人気コメント趨勢違憲可能性を指摘するもの多数派であり、その意味でははてな全体ではまだ正気は保たれているようなので、別にこんなものを書く必要もないが、まあ、必要ものを書くなどという意義のある行為匿名ダイアリーなすべき仕事ではないだろう。

まず、高市氏が従前からしつこく主張を続ける、自国旗と他国旗との扱いの差だが、他国国章への損壊行為犯罪として定められているのは、他国への侮辱を防止することによる外交の円滑や国際的安全性保護などが目的とされており、自国旗にはこのような目的が成り立たないことが当然である以上、むしろ差を設けない方が不自然であると言えるだろう。なお、外国国章損壊罪適用については、条文上、訴追に当該国の請求を要するとされているだけでなく、「国章」の解釈について公的に掲げられたもの限定され、私的な所有物等は対象外とする等、慎重な運用を行うべきと解するのが学説の通説的見解とさており、実務上も事件化には慎重な姿勢が取られているようである

国旗国民統合象徴であるとともに、国家権力象徴ともみなされており、往々にして政治的デモ活動において、破壊行為対象となりがちであることは言を俟たないだろう。その視覚効果はあまりに雄弁であるデモ行為を野蛮なものや、「左翼」がやるようなものとして、自分と切り離している人間であっても、自国政府が例えば全体主義的な政治弾圧活動を行動を行いだし、自身も立ち上がらないといけないときが来た時に、抗議の意思国旗を燃やすという形でやるという考え自体がおよそ理解できないということはないのではないだろうか。この点で、国旗への損壊行為への処罰が、「表現」への規制ではない、国家への批判行為の委縮効果を持たない、というのはおためごかしに過ぎないことは理解できるだろうと思われる(まあ、とは書いたが、「国旗を傷つける必要はない」「むしろ国民のために立ちがるのであれば国旗を掲げるべき」というような反論をして満足する人も実際には多いだろう。する必要がない表現であれば刑事罰による規制をしていいのかは考えてほしいものではあるが。)。

これに対し、欧州各国等、先進国も含めた多くの国で自国旗の損壊処罰されていることを根拠に、問題がないという理解をしていると思われるコメントがいくつか見られるが、それぞれの国において当該行為処罰対象とすることにはそれぞれの国の歴史、経緯があるものと思われ、日本に当てはめる根拠とするのであれば、その必要性を別に議論するべきだろう。性的表現について規制をするのであれば科学エビデンスを出せという言論がよくもてはやされるが、その理屈を借りれば、日本において自国旗の損壊行為処罰すべき立法事実存在するのであれば、その「科学エビデンス」を上げるべきである日本人の名誉感情が当然害されるのだからそれでいいというのであれば、非実在児童ポルノ一般人性的羞恥心を著しく害し、性道徳を乱すのは当然であるので刑事罰対象としてもいいという暴論と変わらないだろう。まして、「外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試み」た日本歴史を振り返れば、他国比較しても、国粋主義的な高まり批判するための自由が確保されることに、やり過ぎということはあり得ないのではないだろうか。なお、他国国章損壊罪に該当する規制明治時代から存在していたようであるが、これに対応する自国旗への損壊刑事罰は当時から存在していなかったようである

言論多様性はそれが保障されなければ消えてしまうかもしれない少数派、反体制派に対してこそ与えられるべきものであり、体制象徴である日本国旗を損壊する行為への規制は、そのような行為に出たくなる気持ち理解できない人であればこそより慎重に必要性を検討するべきものである。それを犠牲にして、一時的な国粋的な感情や、あるいは、「左派」を懲らしめてやったという感情を満足させておきながら、表現の自由重要性を恥ずかしげもなく掲げ続けるというのは私には理解できないところではある。

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2025-09-09

フランス発アサクリシャドウズで黒人侍が神社仏閣を破壊して回ってたのを

最近アフリカ人移民世界各地のコンビニとか美術館とかを巡って破棄行為に勤しんでて文化の違いをまざまざと知ったけど

結論からいえば皮肉を込めて作ってたんだな

アフリカ出身黒人侍が今のアフリカ移民のように日本に来て破壊行為をやってるって動画つべでよく見ててやってる事アサクリと同じやん!ってなった

なるほどUBIソフトはこれを見越した上で日本もっと移民政策を考えろと警告してくれてたんだな

ありがとうUBIソフト。これからもアサクリ応援してるよ!

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2025-07-30

香港民主派の誠実にしてモラルある行動の数々

晒し行為・犬笛行為

政府職員警察官新政府デモ隊顔写真とともに氏名・住所・家族構成など専門まとめサイトに公開、誹謗中傷扇動する。

民主派の求める自由とは嫌いな人間迫害し、誹謗中傷する自由ですか?

 

破壊活動暴力行為

親中派とみなした商店政府機関を襲撃し、建物破壊

アプリ親中派商店情報可視化するなどシステマティック扇動し、組織的集団的破壊行為を行う。

もちろん暴力行為も彼らにはなんのためらいもない。

コレへの言い訳として最初に手を出したのは警察、という論を展開するが、明白なデマ

血気にはやった勇武派がデモ当初から破壊活動暴力行為を行っていた。

というか、警察が先に手を出したからと言って、商店政府建物破壊していい理由にはならんだろうに。

民主派には、この手の幼稚な言い訳が目立つ。所詮お気持ち民主主義である

破壊暴力自由を守れ!」

 

外国への支援要請

アメリカ国旗を振りながら、アメリカ大使館に向かいデモ行進。

そしてシュプレヒコールの内容は我々を支援してほしいと訴えかける内容。

民主派外国勢力の関与を否定するが、この言葉がどうして信じられる?

ここまでバカだと海千山千政府にいいようにボコボコにされるのも当然である

ちなみに香港を出ると、民主派の主張を鵜呑みにするメディアの多いこと。底なしマヌケである

安法施行直後に解散した団体外国との関与がバレるのがいやだったのかも。

 

警察官殺害未遂

民主派弱者男性と思しき、中年警察官を刺傷させ、その直後自ら自殺した事件

警察官殺害する一歩手前まで扇動した民主派の罪は重い。

しかも、この殺人未遂犯のために献花する連中が次々出る始末。まるで安倍元総理暗殺を喜ぶ限界左翼X民。

すさまじい反社会的行動で、さすがの海外メディアからも戸惑いが行間からにじみ出る始末。

何が民主自由だよ。殺人自由まで認めるつもりか。

ここで出てくる言い訳政府が・警察最初に〜というもの

もういいて(笑)

 

デマ吹聴

デモ最中参加者の死をなんの根拠もなく不審死と疑い、さらには政府の関与を主張する陰謀論を吹聴。

自分たちに都合の悪いことは全部政府がやった、という程度の粗雑な論理

いまだったら普通にコミュニティノートがつくレベルだと思うが、エコーチェンバーに囚われた民主派には何も届きません・・・

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2025-04-15

anond:20250414112430

表現の自由歴史的背景は、国によって異なる。

そんな視点で以下、自分用のメモとして長文を残す。あえて言論自由の優位性といった憲法理論をガン無視するが、どんな規制が適切かといった考えから離れることで、表現の自由の失われた状況の風景みえることもある。

++

とくに「表現の自由による暴力(不法行為性)」をどこまで許容するかが重要視点だ。欧米日本では大きく違う。

フランスでは、あらゆる権利が「尊厳ある生」を守るための抵抗に原点を持つ。

その意味で、社会運動ストライキ争議権)と、表現の自由は同じ線上にある。たとえば、名画にペンキをかける環境団体抗議活動日本では即座に「環境テロ」として報道されるが、英仏では「レジスタンス抵抗運動)」という言葉がより広く使われていた様子だ。これは体制に対して暴力的に抗う行為意識しているからだ。

環境問題に限らず、農家などの過激な抗議行動(輸入品増加に抗議した放火破壊行為など)や、労働争議においても同様だ。フランスでは、国家や大組織による構造暴力に対するカウンターとしての「市民による尊厳を守るための抵抗」に心情的な理解が寄せられる。犯罪としての側面を否定しないまでも「レジスタンス」は革命以来の伝統という認識フランス社会は共有する。

その背景には、18世紀カトリック教会が「真理の解釈権限」を独占していた時代に、啓蒙思想が登場し、科学合理性武器公共空間を構築し、新たな政治制度模索した原体験がある。「神を冒涜する権利」は、黎明期政教分離文脈から分化した表現の自由の形であった。

一方、アメリカ表現の自由の出発点は、事情が少し違う。

制度の根幹に「科学合理性」や「絶対的真理」は置かれていない。むしろ、人それぞれ真理と信じる”信念”があり、誰も完全な真理に到達していない、という前提がある。この考えは巡礼始祖たちの宗教的多様性の中で育まれ、やがてプラグマティズムに吸収され、「思想の自由市場」(O.W.Holmes)という発想へとつながってゆく。

もっとアメリカでも、20世紀半ばまでは「有害言論の内容規制」が志向されたが、判事たちはそのたびに建国思想巡礼始祖の理念に立ち返り、「有害表現定義できない」という議論に収まった。1970年代には「社会不協和音こそが強さの証」とまで言い切る判決(1971)もあった。司法ヘイト規制消極的かつゾーニング規制シフトしてゆく歴史がそこにある。

トランプの出現などリベラル保守のあまりの違い、それでも国家として成り立つ社会。それを支えるのは、「一致しないままでも共存できる」という、個人主義を基盤とした社会の強さだ。

一方で日本は、「価値観の不一致」に不安を感じる社会だ。

会社でも地域や家庭でも、できるだけ摩擦を避けたい。コロナ禍での自粛違反者への度を越した非難などに表れているように、「他人迷惑をかけるのは不徳だ」という感情が深く根付いている。

この「迷惑感情」は、表現の自由制限する根拠として働きうる。憲法学では人権制限原理は「公共の福祉」として整理されるが、実態としてはその時々の「社会空気」に左右されがちだ。たとえば、受忍限度論という法理をとってみても、それ自体迷惑感情社会的「耐性」の程度を空気から測るものにすぎない。日本人の考える公共フランス人の考える公共とかなり異なる。

電車CM強制音声に対する訴訟「囚われの聴衆」事件1987年最高裁)では、そうした「空気」に抗う個人の主張が結局退けられた。受忍限度という大義名分の下で、「それくらい我慢しろ」と結論づけられたわけだ。迷惑感情による秩序そのもの否定するわけではないが、空気として内面化されすぎると、異論や異質さの排除へとつながりやすく、かつ世代間、階層間の認識ギャップという課題に直面する。

フランスとの比較でもう少し考えてみよう。

日本には、フランスのように「尊厳のための抵抗」を肯定する文化がない。絵画ペンキを投げれば即「テロ」として断罪される。暴力抵抗が「歴史ある社会の声」として認識されることはない。

水俣病初期の漁民暴動、60〜70年代国鉄病院のストを見ても、「迷惑感情」が前面に出て、GHQが持ち込んだ争議権は本当の意味では社会根付かなかった。正規雇用では労使協調路線非正規雇用は分断が続いているのが現状だ。ストライキがなお社会的に力をもつフランスとは対照的だ。

全農警職法事件国家公務員の争議権全否定1973年最高裁)、75年の国労スト権ストは、日本社会が「暴力的な表現や行動」との距離感を決定づけた分岐点となった。

暴れる新左翼へのストレスが頂点に達し、迷惑を嫌った大衆心理が、最終的に「暴力容認しがたいもの」と司法行政に決着を迫った形だ。

こうした着地は、人権市民一人一人の体験として自ら闘って獲得してこなかったという、日本社会構造限界を示しているのだろう。

日本社会における「市民による暴力抵抗」が断罪されやすい背景には、市民の行動が過激ものに映じるの対して、しばしば国家行政の抑圧や不作為は、暴力として認識されず、社会の中で可視化されにくい構造がある。水俣病における行政不作為反原発運動に対する過剰な監視、あるいは災害被害者の声の届きにくさなど、国家による制度暴力不作為の積み重ねに対して、市民が抗いの言葉を発するとき、その言葉とき過激さを帯びるのは当然の帰結でもある。だからこそ、表現暴力性だけを批判的に切り出すことは、構造非対称性再生産になりかねない。

構造的な非対称に加えて、もうひとつ重要なことがある。それは市民一人ひとりが権利意識再生産するための「思い出」や過去の教訓を忘却やす社会ということだ。

欧米でいう「人権」とは、突き詰めれば「こういう社会には戻りたくない」という歴史体験からまれる(米仏だけの例で暴論は承知の上)。その教訓を社会を生きる一人ひとりが繰り返し思い出すこと、それが人権ボトムアップ的な再生力だ。

しかし、日本では「権利」は「国家が授けるもの」として明治以来、教育されてきた。敗戦までその構図は変わらず、戦後アメリカが新しい憲法人権を与える側に回った。この付与される構造が、今日日本においてもなお、自由をめぐる議論憲法制度論に終始してしまう要因になっている。

だとすれば、今あらためて必要なのは自由の意義を自分たちの歴史体験として取り戻すことだ。

特に敗戦前後記憶――若者人間爆弾にし、それを大人が見送っていた時代。そして敗戦後、手のひらを返すように価値観を変えた、あの社会の激変こそ戦後日本原体験であり、空気に逆らう力を考える出発点であるべきだ。

++

ここからは、戦後日本映像表現の潮流に視点を移す。

戦後社会」と呼ばれる時期―おそらく平成初期まで―に見られた日本映像表現には、大きく三つの傾向があったように思う。

1. 既成の価値観への反抗

戦中派から戦後世代はかつての「正しさ」に対して疑いを抱き、積極的破壊しようとした。

映像作品での典型例として、岡本喜八を挙げたい。軍や国家権力風刺し、戦時空気を相対化する『肉弾』(1968年)は象徴的だ。

表現体制批判自己解放手段だった時代道徳国家価値観への反抗心がそれを後押ししていた。

「反抗」というテーマは、家族内の世代対立ないし嫁姑問題80年代の校内暴力管理教育という軸での「反抗」など形を変えて表現された。

2. 新しいアイデンティティ模索

高度経済成長のもと、戦後社会は猛烈な速度で変化し、かつて「当たり前」だった家族のあり方、地域風景は急速に姿を消した。

そのような変化の中で、新しい「自分らしさ」を探すような表現が生まれた。家族崩壊再生を描いた「岸辺のアルバム, 1977」は社会に衝撃を与えた。

3. 失われゆく価値観への郷愁

こうした変化に対する不安喪失感は、郷愁としても現れる。

山田洋次の『男はつらいよ』では、理想の家庭像を夢見るも決してそこには迎え入れられない寅さんという存在を描き続けた。

倉本聰の『北の国から』では、泥付きの一万円札をめぐる暴力沙汰などを通して、「義理人情」や「恩を忘れぬ人間関係」が描かれた。

スクール☆ウォーズ」に代表される大映ドラマにおいては、努力根性家族の絆といった「倫理」が過剰なまでに押し付けられる一方で、それは裏を返せば、かつては当然のように共有されていた義理人情倫理が、社会の中で揺らぎ始め、もはや社会がその正しさを自信をもって教えられなくなっていた時代の反映ともいえる。任侠映画の「落とし前をつけさせてもらいます」というカタルシスもまた、現代社会ではとうに失われた暴力的「自力救済」への郷愁でもあった。

この三つ――反抗、自分探し、郷愁――が、戦後日本表現の中心テーマであった。いずれの表現にもどこかに心情的共感を呼ぶやむにやまれぬ加害内包していた。そこに着目すべきだ。

「反抗」の終焉表現行為暴力性をめぐる葛藤

この三つのうち、「戦前価値観への反抗」は、戦前世代が退場するにつれ次第に衰えていった。最後の強烈な反抗例として、敗戦後に上官が行った部下の処刑告発した『ゆきゆきて、神軍』(原一男1987年)を挙げることができる。

奥崎謙三狂気。上官を告発し、天皇パチンコ玉を撃ち込むなど、常軌を逸したようにも見えるが、そこには彼なりの倫理がある。表現行為が、敗戦前後記憶を呼び覚まし、組織における人間関係―「上官と部下」「国家個人」―に対して強烈な問いを投げかけていた。

しかし今、このような強烈な表現は久しく見かけなくなった。反抗への共感はある特定世代記憶に留まり引き継がれない傾向が見て取れる。あたか社会全体にノイズ耐性が失われたかのようだ。

かにつけ「コンプラ違反」として簡単に切り捨ててしま社会。「こんなの今の時代にはムリ」と。例えば、中井貴一がある制作現場で呈した疑問は示唆的で、全体にバイオレンスドラマなくせに、コンプラ配慮たばこポイ捨てシーンだけがNGになったことがあった。それは思考停止ではないか

奥崎のような過激手法であっても、そこに社会権力構造に対する本質的な問いが込められているならば、無視できない重みがある。原一男ドキュメンタリーは、まさにそうした問いを突きつけるものだ。

ドキュメンタリーという暴力からみえもの

ドキュメンタリー手法に内在す加害性も多くの示唆を与える。

ゆきゆきて、神軍』のようなドキュメンタリーなどの手法には、つねに「出演者の許諾は取ったのか?」という問いがつきまとう。

伊藤詩織氏の『BlackBox Diaries』に対する映像や音声の使用をめぐる批判が良い例だ。「フェアユース正当化可能」とする声(中根若恵)もあれば、「権力犯罪を暴く表現であればOK」という立場原一男)もある。しかし、原自身も認めるように、たとえ告発目的であってもセルフドキュメンタリーには「現実自分に都合よく再構成する」危うさがある。無条件の承認はありえない。その語りが私的物語にとどまらず、社会的な意味を持つためには、他者に開かれた語りに昇華される必要がある。

では、表現行為に内在する「やむにやまれぬ加害」を評価するのは誰か?

最終的には司法だとしても、まず問われるべきは、共感を持って応える観客であり市民である

コンプラ違反を恐れて、表現物が公開前に修正されてしま社会――それが望ましいのか?

私は、暴力性を含んでいても、その中に真摯倫理があり共感可能性のある表現ならば、それは世間に問うてよいと思う。それを受け止める権利もまた市民にある。内部告発/公益通報もまた、不法行為公益性のはざまにあるという意味奥崎謙三の反抗と地続きだ。兵庫県職員告発とその後の県知事対応は耳目を集めたばかりだ。

空気にあらがえるかが試金石

今の日本社会において、「表現内包する暴力に対する寛容さ」はきわめて低い。

敗戦体験した世代がいなくなり、記憶として残っているのは「国鉄ストの迷惑」「新左翼暴力」「オウム事件の恐怖」など、暴力に対するアレルギーばかりだ。

一宿一飯の恩義といった価値観は薄れ、市民暴力的な自力救済抵抗運動共感しなくなっている。

コンプライアンスに敏感な時代からこそ、私たちはもう一度、「表現の自由とは何か」を原点に立ち返って考える必要がある。

かつてトクヴィルは、革命後のフランスに、公共の名のもとに行われる言論統制など専制洞察した。一方、アメリカ民主社会には、世論専制という別の危険をみた。制度的な保障はあっても、多数派少数意見排斥するような雰囲気社会が醸成すると実質的自由は奪われる、との黎明期アメリカ社会への洞察は、現代キャンセルカルチャーなどの課題を予見している。

――暴力性を含み得る表現に対して、我々はどのような態度を取るのか。その暴力倫理的な共感はあるのか。どんな社会私たちは避けたいと思っているのか――

憲法理論制度保障を語る上では有効であるしかし、表現規制論だけでは上記のより根源的で実存的な問いには答えられない。「制度いか自由を守るか」ではない議論必要だ。自由擁護する倫理共感の土壌がなければ、制度簡単形骸化する。「抵抗」とか「不協和音の強さ」とまでいわないまでも何か核が必要だ。

社会同調圧力空気に抗ってその問いを突きつける力、受け止める力が社会から失われたとすれば、それは表現の自由が失われた社会だと思う。

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2025-03-19

アサクリの神社仏閣破壊国会で論じられて思うこと。

3月20日の発売を予定している『アサシン クリードシャドウズ』神社の祭壇などを破壊する動画が公開された件。国会でも取り扱われました。

 

それはそうですね。宗教施設破壊する行為は野蛮で慎むべき行為です。法的にどうかはさておき。

 

ただ。ひとつわすれてはいけないことがあります。かつて日本にも祭壇の破壊組織的に行っていた組織がありました。

 

共産党

はい。それはそうですね。共産主義は「宗教アヘンだ」という教義もつ宗教なので、宗教施設公然破壊しかねない暴力的集団です。共産党人類共通の敵ですがそれはいったん置いておきましょう。

 

ここで取り上げたいのはいまの与党破壊行為公然と行っていたということです。そうです。創価学会です。

かつて創価学会は他宗の仏壇破壊する行為組織的に行っていました。これは、主に1950年代折伏大行進と呼ばれる大規模な布教活動過程で見られました。

 

謗法払い(ほうぼうばらい):

当時、創価学会日蓮正宗の教えに基づき、他の宗教やその対象を「謗法(仏教の正しい教えに背くもの)」と捉えていました。そのため、新しく入会しようとする家庭に他宗の仏壇神棚があると、それらを撤去・焼却する行為が「謗法払い」として行われたのです。これは、誤った信仰を断ち切り、正しい信仰に専念させるためだとされていました。

絶対的信仰: 第二代会長戸田城聖氏の指導のもと、日蓮正宗の教えが絶対であるという強い信仰が求められました。そのため、他の宗教的なもの排除することが、正しい信仰を守る上で重要だと考えられていた背景があります

勢力拡大の過程: 急速な勢力拡大を目指す中で、他宗から改宗を促すために、既存信仰対象否定するような強引な手法が用いられた側面も否定できません。

現在創価学会:

現在では、創価学会は他宗の仏壇破壊するような行為公式には行っていないとされています。すくなくとも組織的破壊行為はありません。しか暴力性が完全になくなったとは証明できません。今後も厳しく監視する必要があるでしょう。

卑怯なことに、過去の「謗法払い」については、創価学会内部でも様々な見解があるなどと方便を語る方がいるようです。歴史的な経緯として正当化する卑怯者も多いようです。被害者の方々にとっては、決して忘れることのできない出来事ですが、加害者創価学会にとっては忘れ去られたこととされているようです。

 

アサクリを論じるとき神社仏閣破壊は野蛮だ」などと語る創価学会信者のひとに言いたい。あなた達にはそんなことを言う資格があるのですか。全く反省してないとしか思えません。過去遡及して被害者謝罪すべきでしょう。

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2025-02-24

玉木 ≒ トランプ

 

 玉木とトランプは同じようなものだ。そのことを解説する。

 

 (1) 分断主義

 トランプ移民排斥し、有色人種排斥する。そのことで白人から支持を集める。こうして社会を分断する。

 これはいかに馬鹿げた悪質なことだと思えるが、玉木の方針よりはまともだろう。玉木の方針高齢者冷遇する。だが、高齢者というのは要するに若者たちにとっては、親や祖父母世代のことだ。移民排斥するのは、まだわけがわかるが、自分たちの親や祖父冷遇というのは、わけがからない。狂気の沙汰だ。たとえば、年金ゼロにして、その分、若者に減税したとしよう。高齢者は月に10万円の減収となり、若者は月に10万円の増収となる。これで若者は「得をした」と大喜びする。しかしその分、自分たちの親や祖父母は貧しくなるから若者は親や祖父母仕送りする必要がある。その金が月に10万円だ。

 結局、高齢者の金を削って若者に配分しても、若者が親に仕送りする金が増えるだけだから、何も変わらない。要するに、年金というのは、社会的な仕送り制度なのだから年金が増えれば増えるほど、若者仕送り額が減るのだ。損得はない。

 高齢者優遇というのは、つまりは、他人が得することではなく、自分の親や祖父が得することだ。それは若者にとってちっとも損ではない。ただの親孝行である。それで別に損はしないし、むしろ最後には遺産になって戻ってくるかもしれない。

 

 トランプはやたらと移民排斥を唱えて、白人利己主義に訴える。あまりにもさもしい。それと同様なのが、国民民主所得税減税だ。

 ちなみに、はてブコメントを見るといい。高齢者冷遇せよという趣旨コメントがいくつも並んでいる。

  → https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.sankei.com/article/20250224-EX2SAFB77FJVXONVV4GWKUYMZE/

 ひたすら高齢者冷遇して、自分の金を増やそうとする。自分の親を虐待して、自分の取り分を増やそうとする。あまりにもさもしいね。トランプよりももっとひどい分断主義だ。

 

 (2) トランプ関税

 トランプはひたすら関税を上げようとする。関税 25% に。「関税を上げれば自国産業繁栄する」と思い込んでいる。

 しかしこの発想は二重に間違っている。

 

 第1に、それで貿易収支黒字になれば、その分、ドル高になる。すると、ドル高の分、輸出競争力が低化する。鉄や自動車が高関税で守られれば、他の産業が輸出不振となる。(牛肉小麦など。)結果的に、輸出増進効果は帳消しになる。

 第2に、関税によって物価上昇が起こる。鉄や自動車が高関税で守られれば、鉄や自動車価格が上昇する。それによる消費者の損失の額は、鉄や自動車産業が得をする額よりも、大きい。損失の方が利得よりも大きい。差し引きして、損をする。

 

 後者のことは、経済学説明されている。「比較生産費説」というやつだ。各国はそれぞれ最適の競争力を持つ物を生産すればいい。そのあとで得意な生産物をたがいに交換すればいい。そうすれば双方が得をして、win-win になる。一方、自国内での(非効率生産による)自給にこだわると、効率悪化し、損をして、貧しくなる。

 かくて、関税を高めれば高めるほど、得をするように見えながら、かえって損をするのである

 こういうふうに経済学理解しないで勘違いするのが、トランプだ。

 

 (3) 所得税減税

 同様に、経済学理解しないで勘違いするのが、玉木だ。

 所得税減税をすると、減税してもらった国民は得をするように見える。しかし実際には、減税して金をもらえばもらうほど、国民はかえって損をするのである。なぜか? 金をもらっても、それ以上に物価上昇が起こるからだ。

 

 このことは経済学で「貨幣数量説」として知られている。たとえば、貨幣量が10%増えると、国民の富が10% 増えるのではなく、物価10%上昇するだけだ。

 国民が平均的に10% の所得増になると、手に入る自動車や電器製品食事の量が10% 増えるのではなく、自動車や電器製品食事の値段が10% 上がるだけだ。貨幣の量が増えると、生産される商品の量が増えるのではなく、商品価格が上がるだけなのだ。(当り前だ。紙幣輪転機は、紙幣印刷することはできるが、自動車や電器製品を生み出す「打ち出の小槌」ではないからだ。)

 

 国民民主の唱える「所得税減税」というのは、財源がないので、結局は赤字国債で財源をまかなうしかない。赤字国債というのは、要するに、紙幣輪転機印刷することだ。(実際には電子的にやるだけだが。)

 こんなことをしても、物価が上昇するだけで、国民の富は少しも増えないのである

 

 「そんな馬鹿な」と思うかもしれないが、このことは先年、英国実証済みである英国のトラス首相が実行した。

 

 首相に選任されたばかりのトラス氏は、財源の裏付けがないまま、歳出拡大や減税などの政策を打ち出した。金利が急騰して英ポンドも急落。混乱の責任を取って、首相退陣に追い込まれた。

 

 → https://digital.asahi.com/articles/AST2P3PQFT2PULFA017M.html

 

 玉木の政策は、英国のトラス首相がすでに実行済みなのである。その結果、英国経済破滅的になることが予想されたので、金利が急騰して英ポンドも急落し、経済は混迷状態になった。だから首相退陣した。

 玉木の政策を取れば、日本もこうなる。円安と金利上昇で、物価上昇と失業増加となり、国内スタグフレーション状態になる。経済自殺に相当する。そこをめざそうとしているのが、国民民主であり、国民民主の支持者なのだ

 彼らは皆、「紙幣印刷すれば金儲けができる」と錯覚しているのである経済学原理貨幣数量説)を理解できないからだ。

 

 ちなみに、所得税減税は、ただの減税よりもタチが悪い。「金持ちほど多額の金をもらって、一般大衆は小額の金しかもらえない」からだ。平均的には10%の減税になるとしても、金持ち20% ぐらいの減税を受けて、一般大衆は 5% ぐらいの減税を受ける。減税の主体金持ちであり、一般大衆は少額しかもらえない。それが、所得税減税という政策なのである

 

 「所得税減税をすれば、高齢者が損をして、現役世代が得をする」と若者たちは思う。しか現実には、自分の親が損をして、自分も損をして、金持ちけが多額の金をもらってウハウハになるのだ。100人の庶民が少しずつ損をして、2~5人の大金持ちが巨額の金を得るのだ。そういう形で格差を拡大する。それが国民民主政策だ。

 そんな方針に引っかかるから、玉木という「和製トランプ」にだまされるのである

 

 (4)

 国民民主の「所得税減税」を実施すれば、日本経済破綻する。では、現実にそうなるか? ならない。なぜなら、財務省自民党が阻止するからだ。8兆円もの財源を必要とする愚策など、実現させるはずがない。かくて財務省自民党のおかげで、日本経済破綻を免れる。

 その意味で、自民党政権担当能力がある。少なくとも現状維持をする能力がある。

 一方、国民民主には、政権担当能力がない。現状維持をする能力がない。かわりに国家経済破壊する。トラス首相と同じことを、はるかに大規模で実行して、日本経済に致命的な打撃を与える。……このような国家破壊行為は、トランプそっくりだ。「自分は正しいことをしている」という信念で、愚か者自己陶酔しながら、間違ったことをやる。かくて、イーロン・マスクツイッター社を破壊したように、玉木は日本経済破壊しようとする。

 

 日本首相が玉木でなく石破であることは、日本にとって実に幸いなことだった。おかげで日本経済破滅を免れた。

 

 


 

 ※ 国民民主ダメだとして、では、かわりにどうすればいいか? まともな頭があれば、「所得税減税」なんかよりは、「社会保障料の引き下げ」をめざすべきだ、とわかるはずだが。解説は下記。

   →  https://x.gd/2eeZ4

 

 ※ 勤労世代が貧しくなっているのは、高齢者が過剰に富を取っているからではなく、富裕層が過剰に富を取っているかである。その証拠統計で判明している。「労働分配率の低下」だ。

    → https://x.gd/O6aMM

 

 ※ だから労働者金持ちの富を奪えばいいのだ。なのに、貧しい高齢者自分の親)から金を奪おうとする。こうして社会の分断を招こうとする。そう唱えるのが、国民民主だ。社会の分断を招くことで、結局は富裕層ばかりが得をするように仕向ける。玉木は富裕層の手先なのである和製トランプ

 

Permalink |記事への反応(0) | 23:04

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2025-01-29

論点整理:柚子湯が男湯で握り潰されてしま問題

1.問題の背景・状況について

2. 主な論点対立構造

(1) なぜ男湯だけで潰されるのか
(2)イベント継続か中止か
(3)監視規制の困難さ
(4) ハッテン行為(浴槽で性的行為をする人)との類似問題

3.提示されている主な解決策と課題

(1)イベントの中止

もっとも手っ取り早い解決策として、「柚子湯リンゴ湯など物を浮かべるイベントのもの廃止する」案が多く見られる。

しかし、「本来の楽しみを奪うのは残念」という人も多く、完全中止には抵抗がある。

(2)イベント内容の変更

ただし、「男性差別だ」と炎上するリスクがある。

(3)ネット・籠などの物理保護

果物を壊されないようネットや鉄籠に入れて鍵をかけて浮かべる。

しかし「壊される可能性が残る」「そもそもそこまでコストかけるほどの価値があるのか」という疑問が多い。

(4)監視罰則

監視カメラプライバシー上設置できない」「一度潰した人間出禁にできればいいが特定が難しい」という指摘。

張り紙スタッフ巡回注意喚起を強化する方法提案する声もあるが、行為のものを未然に防ぐのは難しい。

(5)柚子を潰す行為を“暗黙の了解”にしてしま

そもそもイベントとして果汁抽出を前提にしてしまい、最初から潰した柚子入浴剤香り演出する形にする。

ただし、皮や繊維が散らばる問題解決できないため、掃除の大変さは残る。

4.総合的な見解

掲示板書き込みを見る限り、店側には「マナー違反者を見つけて罰する手段がなく、防犯カメラも設置できない」という無力感があり、利用者も「潰すのは非常識」という意見と「果汁を出してあげる善意」という認識が混在し、対立が生じている印象です。そのため、根本的に解決するには次のような点が議論され続けています

いずれの方法にもデメリットがあるため、「事実上解決策がほとんどない」という投稿者の嘆きが目立ちます。一部の迷惑行為が原因で、すべての人が快適に過ごせなくなるという点が、本問題の最大のジレンマといえるでしょう。

Permalink |記事への反応(0) | 17:23

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2025-01-19

サヨク韓国民主主義機能してる」←ワロス

韓国・尹支持者が暴徒化裁判所破壊行為 警察が45人逮捕

https://mainichi.jp/articles/20250119/k00/00m/030/014000c

Permalink |記事への反応(1) | 09:51

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2024-11-22

中国船による海底ケーブル切断は破壊工作


どっちやねん

Permalink |記事への反応(2) | 11:33

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2024-11-16

【!ばらさよ民X】じゃあなぽまえら【ワイ将堂々ログアウトす】

おすすめで流れてくるツイートが6割カスになった。1割がオモロ、2割が木っ端、残りがPR。

生成AIユーザも反生成AIも、玉木肯定派も参政肯定派も、ツイフェミミソジニーも、ゴミツイートばかり流れてくる。

ワイはXのヘビーユーザである。表のアカウントと裏アカ、リア垢とえちちArt鑑賞垢がある。

どういう使い方をしていればそうなるのかわからないが、表のアカウントでは生成AI肯定派で国民民主党支持者でミソジニーツイートが、裏では反生成AI参政党支持者でツイフェミツイートが流れてくる。

全員が全員自分はまともと思ってツイートするし、実際相手側のカスレスする形で正しかったりするので価値観が狂う。

でも伸びるツイートおすすめツイートが極端なものになってきたのでもうダメだ。

いや、もちろん、世論自分価値観完全に一致するとは思わないが、暴言嘲笑が中心の、自分価値観が異なる意見で溢れた環境なんかゴメンである

ゴメンと言った手前、吐き捨てる気持ちで全部書く。全部の意見が正確ではないだろうし、日本語が怪しい部分があるのだろうが許してほしい。

Xの極論ばかり読んで極論に染まったカスフランケンシュタイン怪物が、荒んだ心を収めるために綴ってるだけだ。

まず玉木、大事局面不倫なんかしてんじゃねえよ、何やってんだよ。ちっちぇ~~話題スタート申し訳ないが普通にダメだろ。不倫

その上で党をあげて所得税の壁引き上げの政策は進めろよ。

これは彼らの政策が正しいからではなく、民意を通した選挙議席を獲得した責任として協議しろという意味だ。別に「わーい手取りが多くなるよ~万歳」で賛成していない。

かに最低賃金が上昇しているのに103万円の壁がそのままというのはおかしな話という意見は確かである(「国民民主党 2024年重点政策」、20241115アクセスhttps://new-kokumin.jp/wp-content/uploads/2024/09/283a7e4db6b502517dcc0ec460e51304.pdf)。

一方で7.6兆円の減収という試算も無視できない。減税する場合何らかの支出を削らなければいけないが、令和6年度一般会計歳出の防衛関係費7.9兆円(「財政に関する資料」、20241115アクセスhttps://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/a02.htm)に迫る額を、消費の拡大による回収だったり、やりくりだったり、国債だったりで補填するのは厳しいものがある気がする。貴殿(Xユーザ1億人)がどちら側だろうと、このあたりは政治スタンスの違いで自由国民間で意見を言ってもいいんじゃないかと思うし、進めるならそのあたりの課題を、譲歩するでも調整するでも何でもいいか政府内で解決しろと思う。俺は政治プロに任せる。

んで、Xだ。不倫どうでもいいって玉木の支持者のツイートが流れてくる。

いいわけないだろ。てめえ。ゆくゆく支持を伸ばしたとして、信用はできなくなっただろ。自分股間のファスナー10cmを制御できないやつに予算100兆と機密を任せられねえって。

あと財務省真偽不明要素で攻撃すんなって。

いや、俺だって「そろそろ財務省から玉木近辺のスキャンダルを出せって指示が出るぞ」ってツイートが流れてきたときは「ははは、確かに」って笑ったよ、このタイミング過去の何らかをほじくり返すようなのが出てきたらオモロいと思ったし、「お~い財務省~ww」ってなってただろうからな。

そしたら選挙前後不倫してやんの、馬鹿でい。こうなりゃリスク管理面でもモラルでも悪いのは玉木だろ、財務省陰謀扱いすんな。

村上総務大臣から知事会に、てのは玉木が萌やした芽、たてた煙なのでここで言及はしずらい。村上が種を蒔き火をつけたかは断定できねえが、この場合知事会を叩いていても「憶測で」の要件を満たしづらいので)

国民民主党支持者のことをカルトとかなんだと言ってる奴らもいる。確かに今の支持ツイート熱狂している面はあるし危なっかしい。匿名投稿しているのも国民民主党に比例で投票しました!って表で言いづらいからってのもある。玉木のダブスタも、ソース提示されると納得せざるを得ない。

でもな、そういう発言をしているのがれい新選組参政党支持表明者だと、おいおいとなる。あちゃーと思う。

参政党のキャッチコピー投票したい政党がないから、自分たちでゼロからつくる」には共感するし、れい新選組Web広告は巧みだったが、あそこは最悪だ。現代科学に基づいた思考の結果、明らかな嘘をベース政策や主張を進めているからだ。

食の安全に関する政策や処理水放出反対などを通して、私は全く信頼できない。

現代科学真実をしていることは、1000年後には笑い話になるかもしれない。それくらい事実収集するのは難しい。しか事実でないと現代科学では考えられている主張を行っているなら、最悪だ。それは政治方針の違いの一言で許容できるものではなく、単なる国の破壊行為である

そんな科学価値観政党なんて危険まりないと考える。そしてそこを支持してるツイートが流れてくるのは最悪だ。

あ?立憲民主党共産党?書いてねえだけで普通に嫌いだが、カルトというより自民イヤイヤ党なだけだろ。カルト党ってより馬鹿党。いや、ディープステート云々言ってるし汚染水っつってたし除外しちゃダメか。でもあそこらへんの支持ツイートあんまり流れてこねえから今日はいいや。

とにかく政治発言の質が下がったから終わりだ。昔からそうだったのかもしれないが、俺の目線アカウントの質がそこまで下がったのだから俺がタヒぬしかない。

あと身内をアベガーキシダガーにしやがって。実家帰ったとき空気凍ってたぞ。やっぱりインターネットは最悪だ。

次、生成AIユーザと反生成AI。あれ、俺のタイムラインで最も最悪(トートロジー)だ。何故ならゴミバカの戦いだからだ。見てられない。

バカの方、反生成AI

あー、声優の方はある程度わかる。声優Aの声を学習したAIを用いて何等か言わせたり歌わせたりすることで、声優Aが被害者になるからだ。言ってないことを言ったことにされたり、そもそも声優Aがやるべきだった仕事声優Aから奪うことを目的に利用される可能性があるから享受目的の追加学習解釈することで(文化審議会著作権分科会法制度小委員会 「AI著作権に関する考え方について」、20241115アクセスhttps://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/workingteam/r06_01/pdf/94080501_10.pdf)訴えや裁判を通して主張が通ると思う。

最も、NO MORE無断生成AIWebサイト(20241115アクセスhttps://nomore-mudan.com/#statement)に具体的に何を求めているのか書かれておらず、司法判断を仰いでいないのは問題なのだが。

問題画像の方だ。主張がダメだ。

なぜか無断でインターネット上の画像学習使用していることに対して批判をしている。また、Xが画像学習使用するという規約を盛り込むからとかなんとかで対策やら画像削除やらウォーターマークやら、そもそもXから離れるとかいアクションを起こしている。

もうね、バカかと。上資料でも、「学習目的では有償データ」「海賊版データ」を利用する学習著作権者の利益を不当に害すると判断されるそうだが、インターネットの海に無料放出したデータを非享受目的学習に使うことは問題になると解釈できないのが見解だ。にも拘わらず、AI開発・学習段階の土俵で、無断学習とかなんとか言いやがる。土俵が違う。なんで生成AI推進派のテリトリータップダンスしてるんですか。バカなんですか。こういうときに法に触れるだろうといわれる追加学習や、明らかに「生成・利用段階」に発生する問題で戦う方が有利だというのに。なりすまし著作権侵害、脱ぎコラ、このあたりは「生成・利用段階」に起こる問題であり、現行の法律対応できるというのが生成AIに関する国の解釈のはずだ。

文化庁ガイドラインを出し、弁護士が首を横に振り、日本漫画家協会理事が利用の際の問題点をまとめている。貴殿は絵のプロかもしれないしその場合尊敬はしているが、法律プロ解釈につけ入る隙はどこにあるんだ。「法が整備されていないだけでゆくゆくは犯罪でぇ」って言ってる奴いたけど、じゃあ今は無罪人間をお前は殴ってんじゃねえか。もっと悪ぃ。

あと、Xの規約のやつ、画像削除は自分が先に投稿したものであるという証拠を消すことになるのでおすすめしないかもしれないというのは小耳にはさんだ。すまない、これに関しては本当かどうか真偽不明だが......一応その可能性もあると思うから注意喚起?で、Xから離れてもどこにも学習されない安寧の地はない。鳥籠の中さながら、蜘蛛の巣の上でしかないので、逃げ場はない。Xの規約同意したと解釈されるのが嫌だって考えは尊重するが......インターネットの公開領域に絵を上げた時点で......と思う。

じゃあ今の画像生成AIの利用に問題はないのか?

ないわけねーだろゴミが。

特定人間の絵柄を模倣するために追加学習をし、特定人間から仕事を奪うのなら、文化庁言葉を借りると「特定クリエイターを狙い撃ちしたAI学習」として享受目的に該当するだろう。裏方さん(X:@urct)の画風LoRAをCivitAIにて投稿した黒兎フラワークさんの問題はこれに該当する。なお、黒兎フラワークさんの主張を記事(「裏方のLoRA検証記事感想11月12日追記)」、20241115アクセスhttps://note.com/felelihasima/n/na30c61e715e1から引用する。

↓-------

>> 裏方さんは「気持ちを切り替えて本業に専念していく所存です。」で、どうにかこの話題を切り上げようとしていますが、もう貴方AI学習からすれば永遠にただの養分です。他者から永遠に搾取されるだけの存在しかありません。「適応出来ないイラストレーターにもう未来などない」現実直視してください。 <<

↑-------

とのことらしい。取り上げるのも癪だが一番わかりやすく身近な例だったので取り上げる。

著作権侵害は今やYoutubeShortなんかでも見るようになった。これに関しては権利者が黙認するなら我々はとやかく言えないが、著作権もつ人間著作権侵害をもとに訴えることができるはずだ。

③脱ぎコラ、カス。公開した時点で問題になる。

上みたいなことをしている生成AIユーザのことを、ゴミだなと思って見ている。

あと、「生成AIを敵と見做してる」と反生成AI発言しているのを散見するが、そりゃ敵だろ、商売敵。自分の絵を学習した商売敵、法律はともかく感情としては最悪だろ、そこは許してやれよ。

実は、2行くらい上の文章、本当は、「訴訟を起こさな権利者反AIバカだし、上みたいなことをしている生成AIユーザゴミなのである」といいたかった。

しかし、留まった。下のニュースを知っているかである

潤羽るしあのママであるやすゆき(X:@yasu00kamiki)さんが、裁判を起こすためにクラウドファンディングを行う報である。②の「権利者の許諾なく著作物使用されていた場合」に該当するのではという訴えである

ここで、「生成AI被害への訴訟費用クラウドファンディング」(20241115アクセスhttps://ci-en.net/creator/24768/crowdfunding/761)から引用する。

↓-------

>> これを公開したのは私個人では経済的負担が大きすぎるため、ご支援のお願いをするためです。これまでに200万円以上の費用と1年以上の時間を費やしており、今後さら費用がかかる見込みです。生成AIに詳しい弁護士ほとんどいないため、何人もの弁護士相談し、何度か担当も変えました。経済的負担だけでなく精神的にも大きな負担となっており、これ以上の自己負担は困難です。 <<

↑-------

ダメじゃねえか。

ダメじゃねえかってのは、反AIイラストレーターに向けた言葉ではない。むしろ現行法と、現行法対応可能であるというAI推進派の中で散見される主張、あとさっきの自分に向けてである

解釈では対応できるそうだが実際は、現行の法で対応できていない OR 訴えを起こす方のノウハウの不足と負担が大きく、被害を訴える段階まで上がれていない。

「今の法律を守ってはいるが無断で学習をしているのが気に入らないから叩く」はバカだが、「今の法律運用問題がない」もダメで、「イラストレーターを軽視してもいい」はゴミで、「今の法律を守った範囲AIを利用することに問題はないが、法律運用問題がないとは言えない」が私の考えである

また、AIの開発は日本だけで解決できる問題ではないのだろう。日本けが大々的に規制たからといって諸外国行為Aが許されているならば、世界AI開発の遅れを取ることや、開発拠点などを外国に移されるだけなのかもしれない。このあたりは完全に門外漢なので言及差し控えたい。

このトピックについては何度も引用している文化庁スライドp13から引用し〆させていただく。

↓-------

「考え方」は、あくま公表の時点における、AI著作権に関する審議会としての考え方をまとめたものであり、今後も、 「AI著作権に関する具体的な判例裁判例の蓄積」、「AIと関連技術の発展」、「諸外国検討状況の進展」などについて、引き続き把握・収集に努め、「引き続き情報の把

考え方」の見直し等の必要検討を行っていきます

↑-------

悪意への罰則がなされるいい落としどころを探っていただきたい。

tttttttって考えをしてるから、極端な生成AIユーザも反生成AIゴミバカに見えるんだよな~~~!!

俺の主張に間違いは多いはずだがここは匿名インターネットなんで好き勝手言わせてもらったぞ!あと結構マイルドじゃねえ?

んで最後のツイフェミvsミソジニー

飽きた!! これはもう飽和した!! 両方のTOPゴミが殴り合ってる。もう引用も返信もしっちゃかめっちゃかゴミとまともが入り乱れてるし、どっち陣営でもヒス嘲笑とキチが飛び交ってる。

ヒス日本語ちゃんと読んで考えて喋れ、突飛な受け答えを期待し、それを模範解答とするな。嘲笑マジで本当に容姿イジリをやめろよ。「フェミはおばさんばっか」とか「綺麗な人間フェミにならなくてもいい」とか「チー牛」とか「小太りのおっさん」とか言うなよマジでさ、それを言った時点で負けだよお前の。キチは俺、キエエエエエエエ!!!

カウンター野原ひろしはちょっと面白いけど著作権守れ。あとはお互いを尊重して対決より解決しろ男女差別はやめろ、衝突があるなら落としどころを探れ。キチは俺。キエエエエエエエ!!!

あと痴漢痴漢冤罪のやつ、男vs女にするなよ、犯罪者vsその他だろうが。あと冤罪だった場合、責めるのは女全体じゃなくて痴漢を訴えた人間(もし冤罪の上で有罪になったとしたら)と警察検察司法だろ。あと性犯罪ゴミカス、その上で法に基づいた罰則がなされるべき。

行き過ぎた発言が多すぎてもう興味なくなっちゃったよ、性別間の戦いさ。せめていい男になるつもりでいる、だけ、以上。

てか話変わるんだけど、インターネット人間テレビのこと悪く言いすぎだと、ワイカトリポカ思うワケ。

情報の正確さはインターネットが言えたことじゃねえしモラルインターネットの方がカステレビコンテンツ無断転載して小銭を稼ぐカスインターネットでは無数にいる。今やテレビ新聞インターネット週刊誌も皆違って皆カスだぜ。Edgeトップ何とかなんねえかな、変な記事ばっかりピックアップしやがって。

共同通信歴史あるメディアってのが一番信じられねえ。てっきりShareNewsJapanとかツイ速とかの情報価値だと思ってたから。それでも、それでもどこもかしこ公式否定されてるデマ根拠が「関係者」かネットPermalink |記事への反応(2) | 01:53

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2024-08-26

完璧エビデンス提示されて、自説が否定されても、間違った自説を押し通しながら、バカ言論界から反科学主義者」のレッテルを張られないようにする言論

 まず、自説については、さも客観的な言い方で、「全く無根拠なことではない」とか言っておく。

 もちろん、そこにエビデンスは何一つなくても。

 ただの主観的世界観提示すれば良い。

 それから相手提示してきた客観的に正しいエビデンスに対しては、さも偏った研究結果からばかり引用してきたかのような言い方をして、「それに関しては、より広範な研究結果が求められるだろう」とか言っておく。

 最後には、相手提示したエビデンスも、「ちょっとは認めてやる」みたいな言い方をして、「自分は、反対論者のエビデンスを無根拠否定する反科学主義者ではない」というスタンスを取りながら、結局、全否定された自説を変えることは頑迷抵抗することだ。

 以下、このテクニックを使った好例を引用する。

なぜ言論の自由前進と後退を繰り返すのか──『ソクラテスからSNS: 「言論の自由」全史』

https://huyukiitoichi.hatenadiary.jp/entry/2024/04/12/080000#fn-3a907ef9

フェイスブックツイッターアルゴリズムによるコンテンツモデレーションを行っているし、それはグローバルサービスが避けては通れない国家権力圧力を受けてのものだ。

当然、そうした規制も無根拠ものではない。人種差別扇動プロパガンダ、あらゆる表現が世に溢れる。2018年MIT調査によると、虚偽のニュースは正しいニュースよりも70%もリツイートされやすいという。ソーシャルメディアにおいては、虚偽やネガティブ、誇張され、感情をかきたてられる特徴を持つコンテンツは速く、広く拡散されるが、事実に即した話、理路整然とした話は拡散されない。

では、どうすべきなのか? 著者は、SNS上でのヘイトスピーチ想像以上に少なく(全体の0.1%から0.3%)、言論抑制ヘイトスピーチを減らすよりもむしろ増幅する効果をもたらし得るとフェイクニュースも含めいくつかの研究を引きながら書いているが、ヘイトスピーチフェイクニュースの反乱にたいしてどのように対抗していくべきかについては、より広範な研究が求められる部分だろう。

言論の自由に負の側面があることは間違いないが、同時にそれがどれほどの発展を促し、言論以外の自由の防塁として機能してしてきたのかを思えば、言論の自由を死守する意義が、本書を読めばよくわかるはずだ。

 この文章の素晴らしい点は、言論の自由に負の側面があるどころか、ヘイトスピーチを減らすなど、好の影響しかなく、逆に規制逆効果しかならないことしかエビデンス証明されてないにも関わらず、「規制も無根拠ものではない」だの「言論の自由に負の側面があることは間違いない」だのと、のうのうと言ってのけている点だ。

 自分たちが出している根拠は、MITの「虚偽のニュースは正しいニュースよりも70%もリツイートされやすい」という研究たった一つだけだが、これは、「言論規制逆効果で、ヘイトスピーチを増やす」という不都合な真実否定していない。

 むしろ言論規制すればするほど、MIT研究通りに、虚偽のニュースがより拡散されやすくなるということが、この二つの研究結果から見えてくる。

 これが、言論の自由ではなく、例えば自然保護などで、あらゆる結果から逆効果しかならないとわかっている政策などだったら、それが逆効果しかないとエビデンス証明されているにも関わらず、「広範な研究が待たれる。」だの「環境破壊は深刻で、このような措置も無根拠ではない。」だとか喚いて、逆効果自然破壊行為を続けていたら、「環境破壊してる元凶はテメーなんじゃボケ」と、真っ当な突込みが飛んでくるだろう。

 なお、こうした言論テクニックは、実際に林野庁などが、スギ植林自己正当化して、日本人花粉症で苦しめながら、日本景観破壊し続けていることに利用している。

 ほかにも、同じ言論テクニックは、官僚たちの怪しい政策が、真っ当な科学的根拠によって否定されても、おそらく別の思惑によって、その逆効果政策を続けようとする場合に、いくらでも見ることができるだろう。

 そうした官僚の拙い杓子定規な使い方は、真っ当な人間官僚不信を呼び起こすだけだが、昨今のネット叩きと、表現言論の自由が憎くて憎くて仕方ない勢力の影響下にあるネットでは、同じ噴飯ものの反知性的言論テクニックが、拍手喝采で迎えられはしなくとも、されるべき突っ込みが起こらないというところに、最悪のポピュリズムが極まった感がある。

 規制するほどヘイトスピーチが広まるのは、規制の網を掻い潜ることに長けたマスコミが、規制によって、有効反論がされ難くなったことを良いことに暴走しているからとしか思えないが、そのマスコミ扇動すれば、こないだのイギリスのように、関東大震災朝鮮人虐殺事件彷彿とさせるような暴動が、簡単に惹き起こされかねない状態になっているように思える。

  「朝鮮人井戸に毒を!」デマも、全ての火付け役は、マスコミだったことを忘れてはならない。

 まとめブログ全盛期の頃の、悪質な大手サイトも、実際は、個人ではなく広告代理店運営していたのだ。

 マスコミの作った日本ファクトチェックセンターは、まさに「我々マスコミ事実報道しようと努力しているので対象しませーん」と平気でのたまって活動している連中だが、規制によってネット一般人ファクトチェック機能が弱体化し、そうしたマスコミファクトチェック機関しか残らなくなれば、また「朝鮮人飲料水に毒を!」というデママスコミ拡散しても、それをファクトチェックする者はどこにも残ってはいないだろう。

 マスコミが、まず在日外国人などを味方に付けるように、逆差別的な報道を繰り返すのも、明らかにこの思惑があるからだ。

  「将来的には、衆愚を煽ってお前らを自由虐殺できるように整えるけど、それまでは味方だと思わせて協力させたるわw馬鹿ネトウヨは、ただ扇動して殺し合いしてもらうだけのブタだけど、最終的には朝鮮人憎しで俺らの味方になるしなwww」

 というわけだ。

 実際にネトウヨが憎むべきは、逆差別報道を繰り返したマスゴミで、朝鮮人ではないのだが、未だにマスゴミ工作員扇動にまんまと乗せられている嫌韓ネトウヨを見ていると、彼らの工作はまんまと成功しているように見える。

Permalink |記事への反応(1) | 15:53

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2024-07-14

anond:20240713224148

選挙ポスターとか演説かめちゃくちゃ厳密にルールが決められているのに、

候補者が直接関与していなければ宣伝行為やり放題、というのなら選挙制度も壊れる。

そういう民主主義破壊行為を、ピンクチラシやドスケベバンクシーと同一レベルで語ってはならない。

Permalink |記事への反応(0) | 13:13

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2024-05-13

環境活動家って意味わからんバカだと思ってたけど

環境活動家文化財美術品を傷つけるパフォーマンスをするの「人間普段生活する中でも地球汚染され、それは将来人間文化破壊することになる。お前達も我々と変わりは無い。お前たちがやってる破壊行為はどうなんだ。我々を批判するならまず自分たちの行動を省みろ」みたいなことなのかな。

Permalink |記事への反応(1) | 21:18

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2024-04-10

anond:20240410002739

自民党信者っていろんな属性があるわけで結構日本人率低いよ

Permalink |記事への反応(0) | 00:37

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2024-04-06

anond:20240406201637

自民党信者っていろんな属性があるわけで

Permalink |記事への反応(0) | 20:21

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2024-01-26

ハッカーとは何か

リチャードストルマンハッカー哲学は以下のようにまとめられます

1. Playfulness and Cleverness:ハッカー哲学は遊び心と巧妙さに根ざしています。何か難しいことを遊び心をもって行うことがハッキングとされています

2. Exploration and Limits:ハッカー可能性の限界を探求することを重視しています。新しいアイディア方法を見つけ出すこと、あるいは既存のものを別の視点から探求することが含まれます

3. DiverseActivities:ハッキング単一活動限定されず、ソフトウェアの開発から実用的な冗談まで幅広い活動を含みますMITなどでの活動コンピュータに限らず、音楽芸術の分野でもハッカーアイディア適用されることが強調されています

4.Resistance to Silly Rules:ハッカーはしばしば制約や不必要規則に対して抵抗し、その規則を巧妙に回避する方法を見つけることがあります。これは、自由な発想と巧妙なアプローチを重視する姿勢の一部です。

5. Misunderstanding and Security Breaking:1980年頃のメディア報道により、ハッキングは主にセキュリティ破壊行為として捉えられるようになりました。しかし、これはハッカーの多様な活動無視したものであり、実際のハッカー本質を誤解させるものです。記者一般の人々に対して、セキュリティ破壊行為ハッキング区別するために、"cracking"という用語を使い、それを行う人々を"crackers"と呼ぶことが提案されています

参考:https://stallman.org/articles/on-hacking.html

Permalink |記事への反応(0) | 14:39

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2024-01-20

自販機破壊の件をまとめる

追記自分用だからあんまいいまとめではないよ、誰かやってくれ

 

あらまし:地震の時に高校自販機破壊され、中の飲み物が抜き去られる事件があった

 

1月6日 読売新聞 https://archive.is/PZ28g

飲料と金銭が盗まれた(目撃者証言

・発生日は1月1日100人ほどがいた

学校は施錠されていたがガラス割れていて出入り自由だった

・午後8時ころ、金沢ナンバーの車から40〜50代の男女4,5人が入って、緊急だからチェーンソーとみられる道後で自販機破壊した

目撃者男性は「避難所パニックになり、誰も止められなかった」と怯えた表所で語った

校長は「避難者も不安に感じている、許せない」と憤った

 

1月6日 北國新聞 https://news.yahoo.co.jp/articles/9454efce176aaa524403ad8869b53c6436ce2664

・男女数人が自動販売機を壊し、同校の避難者用に飲料水を置いていった

・同校などへの取材でわかった

・壊した人は「自分避難者で、飲み物を確保するために自販機を壊していいか管理者に)確認した」と言った

石川県警事件性はないとの見方を示している

・同高校によると、車で訪れた数人が自販機器具でこじ開け飲料水を取り出し、避難所においていったという

 

1月20日 読売新聞 https://www.yomiuri.co.jp/national/20240120-OYT1T50051/

自販機破壊され、飲料が持ち出される問題があった

自販機管理する北陸コカ・コーラボトリングは、石川県警被害届を提出した

飲料は、同校に避難していた人たちに配られたとみられるが、同社や同校には無断で壊されたという

・県警は器物損壊事件に当たる可能性もあるとみて、関係者から話を聞いている

・目撃した男性ら「緊急だからと工具でこじ開け、飲料を取り出して避難者らに配った」

校長「校舎には当時、経論や事務員はおらず、自販機破壊する許可は出していなかった。校舎は施錠されていた」

校長「高価な自販機を無断で壊されていたことを、後から知らされた」

担当者自販機を壊してもいいという許可は出していない。緊急時からといって、壊して飲料を取り出すことを認めることはできない」

 

読売新聞で変わったところ

・「金銭が盗まれた」が無くなった

・「飲料を取り出して避難者らに配った」が追加

・「盗まれた」ではなく「問題があった」になった

 

読売新聞北國新聞矛盾するところ

石川県警コメント

・壊した人「管理者確認した」 校長担当者許可は出していない」

 

気になるところ

北國新聞は本人に取材しているのに読売はしていない

読売はなぜ本人に取材しないのか

読売はなぜ「飲料を置いていった」を最初漏らしたのか

災害時のこういう行動は良いのか悪いのか

避難者は飲んだのか

 

___

 

1月21日 読売新聞 https://www.yomiuri.co.jp/national/20240120-OYT1T50254/

自販機は3台破壊されていた

破壊行為があったのは地震発生の約4時間

自動販売機は、災害時には鍵で扉を開け、無料商品を取り出せる「災害支援型」だった

Permalink |記事への反応(19) | 16:46

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2024-01-03

ハマスがやったこ

結果的アメリカ内のユダヤ系支配構造可視化してしまったよな

これ当分収まらないぞ?

80年間の共通認識だった「ユダヤ人被害者」の仮面が剥がれてしまった

残るのは彼らが富裕層支配層と言う事実だけ

 

人種差別監視する名誉毀損防止同盟(ADL)によると、昨年は殺人暴行嫌がらせ破壊行為などの反ユダヤ主義的な事件が40年前の統計開始以来最多となった。

らしい

Permalink |記事への反応(0) | 23:58

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2023-12-19

anond:20231219161459

裏金作りという民主主義破壊行為に望みを賭けた自民党支持者ってテロリストなのかな

Permalink |記事への反応(0) | 16:18

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