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はてなキーワード:眩暈とは

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2025-11-23

教会行こうと思ったけど、動機息切れ眩暈がしたので撤退してきた

なんか呼ばれた気もしたんで…😟

ただ、その教会ちょっとから遠いんだよね

でも、ヨハネの黙示録のとこ読んでるっていうから、みんな大好きヨハネの黙示録ですよ、中二病ですよ、

いや、そういう解釈するとこじゃ決してないんですけど、他人解釈とか聞きたいじゃないですか…😟

結局、途中でベンチに座って、撤退することにして、そういえば、昨日生AIに、痩せたい、と言ったら、

こんなことしたらいいですよ、みたいに返って来たのが、言われてみればそうか、というか、

根本的に見落としていたように思えたし、そのための投資は数百円、多くて千円強ぐらいなので、

それを買って、結局家に戻って来た…😟

家で賛美歌聴くかなあ…😟

俺が信じる神さまは心が広いから、多分デスメタルでも許してくれるはず…😟

Permalink |記事への反応(1) | 10:42

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2025-10-30

彼氏のせいで鬱病になった

彼氏東京に出たいって言うから私も一緒に東京の方に引っ越し転職したけど馴染めないし仕事もできないしで鬱病になった。

彼とは前の職場出会った。彼は特に仕事文句はなかったらしいが、東京に行きたいという思いが前からあったようだ。

私は前の仕事がとても好きだった。評価されていたし、自分でもやりがいを感じていた。ストレスなく毎日を過ごしていた。

東京に行きたい人と付き合った私の自業自得ではあるけど、こんなはずじゃなかったのになという思いが強い。

前の職場に未練がありすぎてか、今の仕事に身が入らない。それどころか今の仕事をしてると眩暈、動悸がする。一度気を失って倒れてしまった。今の仕事の方が待遇は少し良いけど、私がやりたかったのは、続けたかったのは前の仕事だ。大切なものを全部彼氏に壊されたような気さえしてしまう。

彼は友達東京にたくさんいるし、仕事も楽しそうにしている。

私は東京に知り合いがいない。頼れる人がいない。

地元に残っていたら、もし子どもができたとしても実家の助けが得られただろうに。彼はそのあたりをおそらく考えてくれていない。

鬱病になって、休職して、復帰できるかどうかすらわからない。こんなはずじゃなかった。

自業自得から気持ちのやり場がなくてここに書きました。

彼氏のせいとタイトルで書いて責任転嫁たかったけど、全部私のせいです。

それでも彼が東京に行くなんて言わなかったら今頃どうなっていたかな、と考えずにはいられません。

Permalink |記事への反応(0) | 17:18

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2025-10-23

同性婚選択夫婦別姓を、長年「そんなことをしてる暇があるなら」とバカにされてきたのに、この物価高に内外問題山積の最中にまず国旗をどうこうしたいとかいカスの主張を押し通されようとしてるの眩暈がする。これぞ完全なる不要不急だろ。まともに仕事しろ立法事実とかどうなってんだよ。

Permalink |記事への反応(0) | 14:54

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2025-10-17

何もしてないのに壊れた

職場若いのが3人入ってきた。

当面ドキュメントを読んでもらうしかないのだが、今の職場では仮想PCでの作業オンリーになっており、新規参入者の仮想PCの払い出しに数日かかるため、それまではサーバ監視用に置いてある数少ない物理端末で作業してもらうことになった。

…らしい。というのは私がその辺を調整したり面倒見たりという担当ではないから。ただ、その日は担当者がリモートワークで出社しておらず、チーム内で出社してきてるのは私だけだった。

休みも近くなって、3人が揃って何か言いに来た。

すみません、何もしてないのにパソコンが消えたんですけど、見てもらえませんか?」

パソコン職場パソコンて久々に聞いた。みんな端末って言うから。いや、外見も機能パソコンと差はないから、そこは別にいい。それより「何もしてない」って。一応3人ともPGSEで来てもらってるんだけど。あと「消えた」って、何が?

とりあえず「何もしてないなら、こちらとしては何が起こったのか解らない。あと『消えた』って何が?」と訊いたところ

「画面が消えました。本当に何もしてません」

何だか馬鹿馬鹿しい気配がしたので関わりたくなかったが、担当者は今ここに居ないのだし、代わりに様子を見に行くことにした。なるほど、画面は消えている。原因を探らないといけないので少し問答することにした。

──端末の電源は?

「わかりません」

──…?電源が入ってるかどうかなんだけど?

「わかりません」

──端末のLEDはどうなってる?

「(ここでやっと端末の前に行って確認して)チカチカしてます

この遣り取りだけでどっと疲れが来た。一応3人ともPGSEで来てもらってるんだけど。「チカチカ」と言ってるのはHDDアクセスランプだろう。スタンバイ状態のふんわりした電源ランプ明滅ではなさそう。傍目に見てディスプレイの電源ランプも消えてる。入力信号無しなら待機中の赤やオレンジくらい点きそうなものだが…

──ディスプレイの電源は自分で落としたの?

「何もしてません」

──じゃあ何でディスプレイの電源が落ちてんの?

「わかりません」

──ディスプレイの電源入れてくれる?

すみません、電源の入れ方がわかりません」

すごいな、おい!ディスプレイの電源を入れられないのがPGSEで来ちゃったよ!軽く眩暈を憶えたが、ディスプレイの裏のスイッチを手繰るとスイッチは入っているぽい。正面のスイッチを押しても反応なし、となると…コンセント。省スペースタイプの端末本体の電源BOXに差さっていたコンセントが2/3ほど抜けていた。コンセントを差すと普通に画面が表示される。

ありがとうございます!」

──君ら馬鹿か?

もう、口から出てしまった。若いの3人は解かりやすくムカついた顔になったが、ムカついてんのはこっちだ。何でPGSEを呼んでんのに「なにもしてないのにパソコンが消えました」「ディスプレイのつけかたわかりません」なんて連中が来るんだ。

大体、何もしてないのにディスプレイコンセントが抜けるはずもない。端末は床置きで、コンセント位置椅子に座って脚を組んだら当たるかなという位置だ。脚を引っ掛けたか端末を蹴飛ばしたか道理で「何もしてない」と強調するわけだ。大方端末を蹴っ飛ばして壊してしまったのだと思ったんだろう。

Permalink |記事への反応(6) | 20:40

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2025-09-26

みんな「良性発作性頭位めまい症」という病気を知っておけ!

頭に入れておけ!

時限爆弾ロシアンルーレットかのように誰にでも突然起こり得る病気の一つだ。

内耳耳石が剥がれてその破片が三半規管内に流れ込んで眩暈を起こす病気だ。

世の中眩暈にもいろいろあるが、この病気の特徴を挙げると。

難聴耳鳴りはあまり関係ない」

脳梗塞脳出血ともあまり関係ない」

「ある日突然眩暈が発生する」

運動不足の人が急に運動したときに起こりやすいが、そうとは限らない」

「頭を動かしたとき三半規管内の破片が暴れて平衡感覚が大きく乱れて眩暈がして、そのつど数秒や数十分でおさまる」

こんな感じだ。

覚えておけ!

初めて発生した時は、立ってられないほどの眩暈ものすごい吐き気にそうとう苦しむだろう。

当人にとっては普通に救急車案件だ。

発生したら呼ぶのもいい。

しかしこの病気は薬や手術や休養でどうにかなるものではないらしい。

三半規管の中に耳石存在する限りどうにもならなくて、リハビリしかない。

まりわざと頭を積極的に動かして、わざと眩暈を起こして、耳石の破片を砕いたり排出されるのを促すことだ。

俺はこの病気無知で発生してパニックになって、救急車を呼んで救急外来に行っても回復はしなかった。

ただそこでCTMRIを受けて脳に異常がないことが確認できたのは収穫だった。

後日耳鼻科へ行って聴力検査を受けてメニエール病とかの可能性が低いことを確認した。

今日で発生して一週間でまだまだ完治してない。

初日ほどのひどい眩暈ではなくなったが。

今は毎日横になって大げさに寝返りを打ってわざと眩暈を起こす日々だ。

初日眩暈が軽かったなら自力検索して良性発作性頭位めまい症を知ることはできるかもしれないが、俺にはその余裕はなかった。

みんなは事前に知っておけ!

Permalink |記事への反応(1) | 23:10

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2025-09-21

メンヘラ部下の攻略法

7回目の当欠を行ったメンヘラ部下に注意を行ったら

「今更その注意を行うのはおかしい!言わされてんだろう!」と深夜に鬼ラインが来たでござる。

部下のスペックと今まで行ってきた対応策とこれから行う対応策を書くので

誰か攻略法を教えてくれ~~~~!こっちがヘラちゃうよ!

【部下スペック

・50代 ・女性 ・既婚・正社員  

入社10ヶ月で当欠7回(風邪だったり眩暈だったり動悸だったり)

殆ど休みの次の日であり、他スタッフからも疑問の声が出始める。

・深夜に上司である私に悩み事ライン(あの人が厳しい、この人と組みたくないなど)

休日に鬼電

ミスを隠ぺいする。嘘をつく。。注意すると翌日当欠する(本人曰くミスの事を考えると寝れなくて眩暈が…)

上記の事が続き、他スタッフから遠巻きにされ始める

・注意したお局(パワハラ気質)を訴える!知り合いの弁護士相談する!と私に鬼ライン(既読スルーした)

入社前の面絶で「過去病気をしてないか?」との質問に「健康です」と答えてたが

過去メンタルブレイクして1年頬休職してた

メンタルに不調が出やすいなら、病院受診した方が良いと言ったが行って無い。

【今まで行った事】

上記の件を私の上司に包み隠さず伝えた。

・苦手なスタッフと組ませない様に配慮を行った。

・苦手な仕事配慮した。

指導する時は細心の注意を払い言葉を選んで行った。

・私の上司がお局への指導を行った(パワハラ駄目絶対)

【今後どうするべきか】

メンヘラ部下がどうしたいのか、これからも働く意思があるのか、働けるのかヒアリング(上司にお願いする)

メンヘラ部下にいつも通り接する(特別扱いしない、邪険にしない)

・他のスタッフヘイトコントロール(どうすりゃ良いんだ…)

・私もパワハラ言動パワハラと疑われない行動をする。

結論

50代のメンヘラを変えるのは無理なんじゃ…?

早く新しい新人来てくれ~~!

Permalink |記事への反応(4) | 16:10

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2025-09-12

anond:20250910233513

お疲れさま。書いてくれてサンクスはてブにも仲間がいて心強い

私もちょい前に突発性難聴になって「あらかじめRTA知識が無いと詰む病気だな」と思ったんだった。元増田や私の治療には間に合わんが、後続のために私も書いとくわ。私の結論増田とだいたい同じだけど、ちょっと補足したいこともある

まず結論から言うと、日本在住で最速の突発性難聴RTAはたぶんこんな感じ

1. 事前の備えとして、元増田も貼ってる「高圧酸素療法ができる医療機関一覧」をブックマークしておく。また、第一候補病院名前と連絡先をメモしておく

2.発症したら即日最寄りの耳鼻科に行く。かかりつけがあればそこへ。そこで、上記第一候補病院紹介状を書いてもらう

3.紹介状をもらったら、帰宅せずにその場で紹介先の予約を取る。即日〜翌日の予約を取れなかったら、とにかく高圧酸素療法ができて翌日までに予約がとれる病院を探す(帰宅せずに予約を取るのは、この場合紹介状の宛先を書き換えてもらう必要があるため)

4. 紹介先の病院へ行ったら、全身ステロイドと鼓膜内投与と高圧酸素治療を同時に処方してもらう。これは希望すればやってもらえるはず(少なくとも私の担当医は「言ってくれれば同時にやったのに」というようなことを言っていた。先に言ってよ…)

以下、1〜4の理由や補足


さらに雑多な補足

Permalink |記事への反応(0) | 01:09

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2025-09-10

ある日起きたら、片耳の聴力を失った話

朝起きたら、突然片方の耳が聞こえなくなった。

突発性難聴だ。

昔に急性感音性難聴になったことがあり、その瞬間に悟った。

これは2週間以内に治療しないと治らないヤバい病気だ。1か月たつと完全に手遅れだ。

すべての予定をキャンセルして、かかりつけの大学病院に行った。


聴力検査の結果、片耳は完全に失聴していた。

どんな音も完全に聞こえていない。

聴力検査スピーカーがでかい音で振動しているのはわかるんだけど、音として全く聞こえないのだ。(100dbでも聞こえない。通常は10-30dbぐらいで聞こえるはず)

医者から、大量にステロイドを入れる全身ステロイド療法を提案され、受け入れる。

ステロイド剤のプレドニゾロン5mgを 朝30mg(6錠) 昼30mgで合計60mgを3日飲むことになった。

その後、量を減らしていくというのを合計1週間やることになった。

//全身ステロイドステロイドパルスとは厳密には違うという指摘を受けたので、全身ステロイド療法と変更します。

2日目に、強い眩暈に襲われる。

麻痺して聞こえなくなった耳から飛行機の中のようなゴーという轟音の耳鳴りが響き、歩き始めに強烈な眩暈に襲われるようになった。

病院電話すると、眩暈に対する薬としてアデホスコーワ顆粒とメチコバールは出しているか大丈夫ですと返された。

ひと事だと思いやがって・・・

ただ、信じるしかないので、全身ステロイド療法をつづけた。

だがしかし、これでは改善しなかった。

以前、突発性難聴(急性感音難聴)を発症した時は全身ステロイド療法で治ったのに、今回は無理だった。

治療甲斐なく、片耳は失聴して何も聞こえていない。

よほどの重症らしい。

ステロイドの鼓膜内投与という選択肢があるということで、これを1週間毎日注射をうちに通うことになった。

細い注射針で鼓膜からステロイドを耳の中に投与するという療法だ。

注射後は横になり、会話とつばを飲み込むのを15分禁止。耳管を開くと入れたステロイドが流れ出てしまうから

これでなんとかなればと・・・

だが、それでも無理だった。

相変わらず片耳は失聴して何も聞こえていない。

この大学病院ではもうお手上げということで、残された手段である高圧酸素療法ができる病院にいくことにした。

高圧酸素療法(HBOT)に1週間通うことになった。

1回1万円かかる治療である

先生に、高圧酸素で治りますかね?と聞いたら、可能性は低いです。と返されて、かなり落ち込んだけど、

カネはかかっても、とりあえず1週間はやってみようということになった。

(途中で、大学病院あるあるの予約が取れるのは数週間後ですというクソな対応を受けたが、こっちはタイムリミットがある病気なんです、そんなに待てませんとごねて、無理やり枠を入れさせた。)

この途中で、SNS検索していたら、2025年8月1日付で、高圧酸素療法とステロイド薬物療法の併用が、2.6倍ぐらい効果的というデータが、耳鼻科学術誌のLaryngoscopeに2025/8/1付けで公開されていることを知る。

突発性難聴に対する高圧酸素療法と薬物療法の併用は,薬物療法単独に比して,聴力回復において利益をもたらす可能性が高い.10研究1687例メタ解析 Laryngoscope 2025 Aug.1pic.x.com/dJpCyflRNyhttps://x.com/EARL_med_tw/status/1952656171552444503


当初は、高圧酸素は1回1万円と結構カネがかかって、効果はいまいちという説明医者からされていたので、高圧酸素に入らなかったのが今回の失敗につながった可能性がある気がする。

効果が薄い? 高圧酸素ステロイドを併用したら、「2.6倍高い」というデータがありますがな・・・

ただ、突発性難聴にたいしては、いろいろなエビデンスが出ては消えている状態らしい。

ある日突然起きる、原因不明難病から・・・

それでも、少しでも回復可能性を上げることが大切だと思うんよね。

なんとか医者を説得するため、このエビデンスを出して、今やっている高圧酸素療法(HBOT)とステロイドを組み合わせてくれとお願いする。

ただ、全身ステロイドをもう一回するのは、他の持病もありリスクが高いので難しいということになった。

でも、鼓膜内ステロイドだったらできるということになり、鼓膜内ステロイドを受けながら高圧酸素療法を行った。

1週間後。

なんと、高音域がごくわずかではあるが聞こえるようになった。(とはいえ100dbの音でやっと聞こえるレベル。通常は20dbぐらいで聞こえるはず。)

これは、高圧酸素療法が効いたのか、ステロイドとの併用が効いたのかは、よくわからない。

また、めまいをかなり改善された。

あれだけやってダメだったのが改善されたということは、高圧酸素療法とステロイドの併用は、Laryngoscopeにあるように効果があるんでね?と思ってる。

既にここまでで3週間経過。

タイムリミットの1か月まであと1週間果たしてどうなることやら。

治療につかれて、辞めたくなったけど、あと1週間だけ頑張りたいと思う。

もう完全な聴力の回復は諦めていて、少しでも聞こえる音を増やし、耳鳴りめまいを減らしたい。

私の負けは確定した。私の片耳はもう使い物にはならないだろう。

あとはいかに負けるかだ。




医者の指示に従ったつもりだけど、ここまで病気が治らないのは不思議である

突発性難聴は発病原因からして不明難病なので、仕方がない点もあるだろうけど、技術者として、どうすればもっと良い結果になったのかを考察したい。

私は医者ではないので、これは個人の感想だ。

起きたことはもう仕方ないので、どうすればよりよかったのかを考えたい。

考えられる最適なルート

高圧酸素療法(HBOT)+全身ステロイド+ステロイドの鼓膜内投与をやるべきだったと思ってる。

どれか一つではなく、全部を、なるべき早く実施するべきだったと思う。

その理由

今回のように、全身ステロイドだけでは効かないことがあるため。

また高圧酸素療法は、発症後1か月は保険適応。計50回は健康保険で入れる。

ただし、1回1万円近くかかり、一部の大病院しかない。

でも限度額認定があるので、途中から医療費は0円になる。(後述)

と、いうことは、なるべく早くやる方が得である

高圧酸素療法ができる医療機関一覧

https://www.juhms.net/anzenkyoukai/shisetsu/kantou/

https://www.juhms.net/hbo/ninteishisetsu/

限度額認定

1回1万円と治療費が高額だけど心配しなくていいのは限度額認定があるためだ。

国民健康には限度額認定証があるので、その月の医療費が同一医療機関一定額を超えると、その月はそれ以降は0円になるという神制度がある。

我々には憲法保障された、健康で文化的な最低限度の生活を送れる権利があるのだ。

素晴らしきかな国民保険生存権

マイナンバー保険証だと、限度額認定証がディフォルトでセットで付与されているで何もしなくても一定回数で無料になる。

紙の保険証の人は役所に行って発行してもらうか、後日、高額医療費申請して払い戻しを受けるかだ。

また、年の医療費交通費込みで10万円(所得200万円以下は5%を)超えたら、確定申告税金が減る医療費控除も利用できる。

https://www.kyoukaikenpo.or.jp/shibu/ehime/cat080/2397-35324/#koujo

          月額の医療費の上限

 (省略)

所得月額51万円以下 80,100円が上限

所得月額26万円以下 57,600円が上限

低所得者(住民税課税世帯) 35,400円が上限

https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/sb3020/r151/

もし、あなた低所得者なら、高圧酸素療法は4回目から0円になるし、安月給の26万円以下だったら6回目から0円になる。

したがって、初手からステロイドの大量投与の全身ステロイドをやって、且つ、高圧酸素療法をするべきだ。

また、海外でやられているのようなステロイドの鼓膜内投与も最初からやるのも大切だと思う。

これはChatGPTから教えてもらったんだけど、アメリカドイツでは、全身ステロイドと同時に鼓膜内ステロイド投与もするらしい。

この場合、鼓膜内ステロイド意味がないかもしれないけど、やったところで損はないでしょ?というのが彼らの理屈で、とても合理的だと思う。

残念ながら、日本耳鼻科学会の手順では、全身ステロイドをやったあとで、それでも効果がないなら鼓膜内ステロイド投与をするという流れになっているそうで・・・

ただ、それだと貴重な急性期(治る可能性が高いのは発病から2週間以内。1か月たつともーむり)を無駄にしてしまう。

できるだけ、一度にやった方が効果的だと思う。

兵力逐次投入の愚をやらないためにも。すべてを一手に集めて決戦をするべきだ。

日本も、アメリカドイツ基準に代わってほしいよ・・・

また、鼓膜内ステロイド注入も、日本はデキサートかデカドロンの水みたいなステロイド剤を入れるけど、

海外では、ヒアルロン酸などを混ぜて粘性を高めて「滞留時間を延ばす」工夫をした研究報告もあるらしいので、

そこら辺も今後改善されることを願いたい。(薬事法の壁があるのでそう簡単にはできないだろうと、AIは言ってた。)

水みたいに流れ落ちないように、鼓膜内に注射してもらったら、注射された耳を上にして横になり、15分はしゃべってはいけないし、唾をのんでもいけない。なぜなら耳管が開いて流れでてしまうので。

これが結構厳しくて、最初の2回は失敗して流してしまった。

一度目は、注射後の横になる処置部屋が遠くて、流してしまった。

2度目は、処置室の診療台に用意されたティッシュを落としてしまって、あっていってしまって、そのまま流してしまった。

実にもったいない・・・

これに対して、AI相談したところ、「できるだけ薬の滞在時間を長くしたいので、すぐにベッドに行きたいので、注射後は椅子を戻してください、そしたらすぐにベッドにいって姿勢を取ります」と事前に医者に言うという方法を取ることでうまくいった。

なお、もう一つの方の大学病院は、そもそも処置室で注入してくれるので、移動時間がなくてとても楽。

ただ、設備整った処置室が1つしかないので、空いていないとまたされるのが辛いところ。その後、こちらも15分はベッドを占有してしまうのが申し訳ない所。

さて、ここまでいろいろと考察してきたが、RTAみたいな最適ルートをまとめたいと思う。

突発性難聴に対しての最適と思えるルート:

即日、高圧酸素療法ができる大学病院に行く。

おそらく、突発性難聴だと気が付いた瞬間に119して、高圧酸素療法ができる大学病院に運んでもらうのが、最良なのかな。

タイムリミットがある病気なので、時間無駄にしてはいけない。カネを惜しんでもいけない。

そして、全身ステロイドと高圧酸素療法を即日開始する。

可能なら、鼓膜内ステロイド投入もやってくれと主張してみる。(無駄かもしれないけど、いうだけはタダだしね。鼓膜内ステロイドは3割負担で1回300円ぐらいなので、こちらはカネは気にしなくていい。)

これを急性期の2週間、毎日やる。

発病から4週間(一か月)でもう無理になるまでは諦めるな。

毎日の通院は辛いかもしれないが、頑張れとしかいえない。

まりに遠いなら入院ホテルを取るとかもありだと思う。

今回、交通費だけで数万円使っているけど、もうしゃーないと思ってる。

時間との戦いなのでカネを惜しむな。

今やらずして一生後悔するか、今後悔するかなら、今後悔したいでしょう。

突発性難聴の頻度は、人口10万人あたり30人程度と報告されており、年間では3~4万人程度の人が発症していると推計されているそうで、誰でもランダムに起こりうる恐ろしい病気だ。

このある日、突然やってくる難病に、一人でも多く方が回復されることを願う。

タイムリミット1か月を迎えての結論

https://anond.hatelabo.jp/20250913101752

高圧酸素療法+ステロイドの併用により、1000Hz以上が100dBぐらいではあるが、聞こえるようになった。やはり、高圧酸素ステロイドの併用は意味があると思う。これを最初の2週間の急性期にやっていればなあ・・・

初期: すべての周波数が聞こえない

全身ステロイド療法1週間: やはり、すべての周波数が聞こえない

ステロイドの鼓膜内投与を毎日1週間: やはり、すべての周波数が聞こえない

高圧酸素療法+ステロイド毎日1週間: 3000Hz(100dBで聞こえる) 4000Hz(110dBで聞こえる) 8000Hz(95dBで聞こえる) 一方、他の低音は聞こえない

高圧酸素療法+ステロイド毎日2週間:1000Hz(105dBで聞こえる) 2000Hz(110dBで聞こえる) 3000Hz(95dBで聞こえる) 4000Hz(110dBで聞こえる) 8000Hz(95dBで聞こえる)

Permalink |記事への反応(18) | 23:35

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2025-09-05

『なっくり』考察感想 第2話

これは何ですか?

 

 カクヨムにて7月8日から公開・連載されている『成り上がり炎上配信者だった俺が、最強の女神たちと世界をひっくり返す話~』についての感想考察を書いています

 通称『なっくり』。

 こちらは第2話 天神姉妹 についてです。

 第1話こちら↓

『なっくり』考察感想 第1話

https://anond.hatelabo.jp/20250904223228

第2話 天神姉妹 について

第2話天神姉妹

https://kakuyomu.jp/works/16818792436194059031/episodes/16818792436315513393

 前回の『転落』では主人公の圭祐が専門学校中退きっかけにレールを外れ、転落していく様が描かれていました。

 これ自体は展開の無理や矛盾は少なく、完璧と言えないまでも、カクヨムの平均からすればまずまずの完成度と言えます。言いたいことはわかるし、これからの展開に期待を持てます

 とはいえ、第1話は作者が何度も修正をかけている部分でもあります。それでも所々に破綻が見えかけているのは、不安が募るところでもあります

 

 というわけで第2話。天神姉妹です。

【取調室】

 今回から各話の中に小見出しがつくようになっています

 カクヨムの連載作品においては、各話の文字数はおおよそ2000字~4000字程度に収める事が多いのですが、第2話に関しては既に6000字を超えています

 正直こういう小見出しをつけるなら話数を分けてしまった方が読みやすいと思うのですが、そこはともかく……

蛍光灯の白い光が、古びた金属製の机と椅子、そして彼の顔を無機質に照らし出していた。徹夜尋問で、彼の思考はすでに霧散寸前だった。乾いた唇はひび割れ、数日髭も剃っていない顔は、まるで廃人のようだった。

 いきなり疲弊している圭祐。

 警察署で長時間わたり取り調べを受けているようです。

 しかし前回のどこを読んでも、圭祐がこんな扱いをされる理由はわかりません。

 というか、前回は圭祐の一人称で書かれていましたが、今回は『圭祐は』とか『彼の』とかで三人称で書かれていますね。

やっていない。だが、証拠はすべて彼が犯人だと示していた。どうして。誰が。思考霧散し、泥のように重い絶望けが、彼の腹の底に澱のように溜まっていく。

 圭祐の自認では『やってない』ことは確実のようです。

 ……修正前のバージョンの話では、圭祐の自宅のPCアンチによるハッキングを受けていました。そしてPC踏み台にされ、市役所爆破予告したことで圭祐が疑われることになってます

 が、これらはもう削除された部分なので、作者にとっては不要な話だったのでしょう。

 じゃあなんで捕まってるのか? どんな証拠があるのか? 読者はずっと置いてけぼりです。

 ともかく圭祐は『やってない』認識なので、ここはじっと耐えるしかありません。そうするべきなのですが……

「…あなたネクタイ、少し曲がってますよ。昨日、家に帰れていないんじゃないですか? 大変ですね、刑事さんも」

 追い詰められた圭祐は、刑事おちょくるような発言をしてしまます

 どうも圭祐は、極度のストレス状態になると自暴自棄になって、言わなくていい事ややらなくていいことをやってしま特性があるようです。

 圭祐のこの特性は、この後の物語でも度々現れます描写的にはここは圭祐の知性や洞察力をアピールしているようですが、それ以上に『空気読めない』感が出てしまっています

 物語的には、状況を動かしやすいので便利な『特性』とも言えるのですが……

 重い鉄の扉が、控えめに、しかし二度、規則的にノックされた。許可を待たず、扉は静かに開かれる。

 そこに立っていたのは、黒縁メガネをかけたスーツ姿の若い男と、その背後に現れた、息を呑むほど美しい少女だった。

 圭祐の態度に激昂しかける刑事

 そこへ突然、二人の人物乱入してきます。一応ノックしましたが、勝手に入ってきてしまっています

年の頃は二十一歳くらいだろうか。シンプルデザインでありながら、上質な仕立てのお嬢様ワンピースプラチナブロンドの髪が、蛍光灯の光を吸い込んで、銀糸のように輝いている。その佇まいだけで、澱んだ取調室の空気が、まるで聖域のように浄化される錯覚を覚えた。その凛とした存在感は、この閉塞した空間に、一筋の清冽な風を吹き込んだようだった。

 先に入ってきたスーツ姿の男より、その後ろの少女に注目し始める圭祐。

 見た目だけでなんで21歳だと一桁目までわかるんだよという突っ込みは野暮でしょう。20歳以上を少女と呼んでいいかも、ちょっと意見が別れる所かも知れませんがここも置いておきます

 

 刑事が色めき立つ。だが、その声は、彼女たちの存在感に弾かれるように、空虚に響いた。別の刑事少女の顔を見て、椅子から転げ落ちんばかりに目を見開く。

「て、天神財閥の……玲奈!? なぜこのような場所に……」

 天神財閥を聞いて『GHQによる財閥解体がなされなかった架空歴史か?』と解釈する人が出てきた問題の部分です。

 とはいえこの『財閥』はほぼ『大企業』と読み替えても差支えないとは思います天神玲奈の顔を見ただけで、ただの刑事すら怯んでしまっていますが。本当に財閥だったとしてもそんなことできないと思うので……

 美少女天神玲奈というそうです。天神が『てんじん』なのか『あまがみ』なのかはルビが無いのであいまいです。

天神玲奈と呼ばれた少女は、刑事たちの動揺など存在しないかのように、ただ冷たい視線で室内を見渡すと、まっすぐに圭佑を見据えた。その琥珀色の瞳は、感情を一切映さず、まるでガラス玉のようだった。

 「この男、私が引き取ります

 琥珀色の瞳。プラチナブロンドの髪と合わせると、日本人離れした容姿のようです。こういうのはファンタジーでありますから、非現実的なモノも悪くは無いでしょう。

 玲奈はいきなり現れて、いきなり圭祐を連れて行こうとします。

隣の弁護士が黒縁メガネをくいと上げ、冷静に告げる。

「不当な取り調べは即刻中止してください。証拠不十分なままの拘束は人権侵害にあたります。これ以上の異議は、我々天神法律事務所正式申し立てます

 黒縁メガネの男は弁護士だったようです。

 そして名前からして天神財閥法律事務所にも関わっている様子。暗黒メガコーポ。

 刑事の口ぶりと圭祐の認識では『証拠は圭祐が犯人であることを示している』とのことでしたが、実際には証拠は不十分であり、圭祐の自白を無理矢理待っていた話であるようです。

 そうなってるってんだからそうなんでしょう。知らんけど。

【偽りの日常

 ここから二つ目パートになります

 圭祐は天神玲奈によって救い出されましたが、そのまま家に帰れるわけでもないようで。

 目の前には、一台の黒塗りのセダン。その傍らに、石像のように佇む初老の男。完璧に仕立てられた燕尾服を身につけたその姿は、まるで絵画のようだった。

 圭佑たちの姿を認めると、男は滑らかな動作完璧お辞儀をし、後部座席のドアを音もなく開けた。

 「執事柏木と申します。圭佑様、どうぞ」

 弁護士の桐島とは別れ、玲奈と共に車に乗り込む圭祐。

 状況の変化に頭が追いついておらず、今だ混乱状態です。

 

彼女は慣れた手つきでロックを解除すると、圭佑に何も言わずに、その画面をこちらに向けた。画面に表示されていたのは、美しい彼女アイコンと、その横に並ぶ、信じられない数字だった。

 『天神玲奈 フォロワー 1.2M』

 そして唐突玲奈自身SNSを圭祐に見せます

 まあ。大企業セレブというのなら、単にSNSアカウントがあるだけでもフォロワーは相当になるでしょう。そういう人なら普段の買い物や着てる服を投稿するだけで数千はバズるでしょうし。

 圭祐では太刀打ちできない人気の差に、彼はすっかり委縮してしまます

 「どうぞ。その汚れた服で、容疑者のまま、あの地獄へお帰りなさい」

 車を降りようとする圭祐に玲奈はそう告げます

 弁護士が来てくれたんだから面倒を見てくれるんじゃ……とも思いかますが、ここはまあパフォーマンスだと考えましょう。

 実際圭祐の服は相当にボロボロでみじめな有様です。玲奈によれば、圭祐の実家殺害予告をするアンチもいるようです。当然元の製氷工場でも噂は届いていて、居場所はありません。

 ……圭祐は何をしたのでしょうか? そんな大事になるほどの動画をどうして投稿してしまったのでしょうか? 結果だけが描写されていて、理由とか経緯は一切明かされていません。

 会計前のパック寿司をその場で食べるくらいの迷惑行為をしていたのでしょうか? さっぱりわかりません。わかりませんが炎上しているし、炎上しても本物の人気者には遠く及ばないことは確かなようです。

「私はあなたガチ恋リスナーよ。あなたには才能がある。私にあなたの夢を見させて」

 問題のシーンです。

 お嬢様で、明らかに人気者のセレブが。零細のゲーム実況動画投稿者でしかない圭祐に興味を抱き、あまつさ『ガチ恋』という俗っぽい言葉を使っています

 本来ガチ恋とは『芸能人二次元キャラクターに対し本当に恋をしてしまっている状態、またはそのような人を指すスラング』とされており、あまりにも熱心過ぎて他のファン関係者迷惑がかかりそうな人というネガティブ意味も含まれます

 ですか『なっくり』世界観においては、このガチ恋は『真実の愛』と同義です。移行ガチ恋という単語が出ても、戸惑わず真実の愛』と読み替えていきましょう。

 車が向かったのは、高級レストランではなく、どこにでもあるファミリーレストランだった。店内は、昼時を過ぎた時間帯で、家族連れの楽しそうな声が響いていた。その、あまりにも日常的な喧騒が、圭佑には酷く場違いに感じられた。

ステーキです。一番大きいの」

 メニューを渡された圭佑は、何かに憑かれたように注文した。一番大きいものを。

 圭祐に無用な緊張をさせないためか、玲奈は圭祐をファミレスに連れてきます

 そして圭祐が注文したのが『一番大きいステーキ』。

 注文するにしてももう少し言い方あるだろとか、イマドキならタブレットで注文だろとか少々のツッコミがありますが、落ち着きましょう。取り調べを受けていたし、お腹が空いていたのでしょう。

「……あの弁護士、腕いいのか?」

「桐島のこと? 彼は天神が抱える中でも最高の駒よ。負けを知らない」

 数時間前まで爆破予告犯として詰問されていた男が、財閥令嬢とファミレスにいる。あまりの非現実眩暈がした。

 ここでようやく。ようやく。圭祐が『爆破予告犯』として取り調べを受けていたことが明かされます。おっそーい!

 でも圭祐は『やってない』認識なので、自分から爆破予告動画投稿したとかそういう話ではないでしょう。じゃあなんなんだよお前マジで。というかシンプルにこれは修正前の部分の残骸にも見えます

その時、店の入り口から金髪ツインテール制服少女が、弾けるような笑顔で駆け寄ってきた。天神莉愛。その明るさは、部屋の澱んだ空気を一瞬で吹き飛ばす。

 そして現れるさらなる美少女。今度は制服姿であり、学生であるようです。

 姉はプラチナブロンド銀髪)ですが妹の方は金髪な様子。

 この莉愛に関しては作者のお気に入りらしく、XでもAI生成のイラスト掲載しています

https://x.com/KyakerobyaSyamu/status/1951467840772653519

 

 彼女も席に着くなり、姉と同じパフェを注文する。そして、圭佑の隣に座ると、キラキラした目でスマホの画面を見せてきた。

「Kくんのガチ恋リスナー天神莉愛だよ!」

 彼女もまた、百万フォロワーを超えるアカウントを圭佑に見せつけた。「Kくん大変だったね! でもも大丈夫私たちがKくんの女神だもん!」

 妹もまたパフェを注文し、そして自身の百万アカウントを圭祐に見せてきます

 ところでそのアカウントってYouTubeでしょうか? どっちかというとInstagramとかTikTokとかやってそうなものですが。

 曲がりなりにも年上の圭祐に対し『Kくん』呼びで懐いてきます

 そして気になるのが『女神』という単語

車が向かったのは、都心にあるシネマコンプレックスだった。エントランスに足を踏み入れるなり、女性スタッフが駆け寄り、深々と頭を下げた。

 ファミレスを出て、天神姉妹と圭祐が次に向かったのは映画館でした。

 そういう予定だったのか、スクリーンは貸し切りにしてあって、上映作品天神姉妹がしていしたアクション映画

 圭祐は状況が飲み込めないまま、二人に挟まれ映画館デートします。

 巨大なスクリーンに派手な爆発シーンが映し出される。その轟音に、莉愛が大げさに肩をすくめ、圭佑の腕にぎゅっと抱きついてきた。

「きゃーっ! こ、怖くなんてないんだからねっ!」

そのあからさまなアピールに、反対隣に座っていた玲奈の眉がピクリと動く。その表情は、僅かながら嫉妬の色を帯びていた。

 彼女は何でもない素振りを装いながら、そっと圭佑の手に自分の指を絡ませてきた。その指は、映画の迫力に偽装された、圭佑への牽制、あるいは甘えのようにも感じられた。

 この辺りは天神姉妹の甘え上手な妹と、嫉妬深くもちょっぴり不器用な姉の対比ができていて良い感じの描写と思いました。

 タイプの違う美少女に同時に好かれて両手に花。まさしくラノベ的なロマンです。

 ただそれでも圭祐はどこか上の空で、後に誘われたゲームセンターでも調子が出ません。

 ゲーム実況動画投稿者ではありますが、やり込み系の動画ではないようです。リアクションも薄いようですが。まあ零細動画投稿者なんでそういうものかもしれません。

 

 車は、夜景の美しい高台にあるモダン邸宅に着いた。ガラス張りの壁が特徴的な、まるで建築雑誌から抜け出してきたような、非現実的な家だった。

「ここが、あなた物語舞台よ」

 ついに圭祐は天神姉妹の自宅にまで招待されます

 そしてようやく明かされる姉妹が圭祐の前に現れた理由

「正直に言うと、妹に布教されるまで、あなたことなど全く興味がなかったわ。でも…見なければ分からないこともあるものね」

 その言葉は、圭佑の心を深く抉った。彼の存在価値は、彼女にとって、たかが「コンテンツ」に過ぎなかったのか。

あなたの才能は音楽だけではないわ。あなたの『自宅紹介』の切り抜き動画、見たわよ」

 音楽の話なんて出てたか? と首をかしげる人は正しい人です。

 修正前のバージョンでは圭祐はオリジナル楽曲を作ってゲーム実況動画のオープニングに使っていたという話があります。でも現在修正バージョンにはそんな文言はありません。

 とはいえ工場で圭祐の『耳』が良いことは描写されてますし、それ故に彼に作曲の才能があることは示唆されています玲奈が言ってるのはそう言うことだと思われますが……

動画の中で、妹さんにお給料ゲーム機を買ってあげたと話していたでしょう? ふふっ、優しいのね」

 彼女は圭佑の全てを知っていた。彼の才能も、惨めな過去も、そして誰にも気づかれていないと思っていた不器用な優しさも。その事実に、圭佑の背筋に冷たいものが走った。まるで、魂の奥底まで見透かされているかのようだった。

あなたの作る音楽、書く言葉、そしてその不器用な優しさ。そのすべてを最初享受するのは私たちあなた時間も、音楽も、未来も、全て私たちのもの

 しゃらくさい言い方してますね。

 要するに玲奈は圭祐の才能のみならず、人間性も含めて、それら全部を所有し支配したいと考えたようです。圭祐自体は平凡な、どこにでもいるような『ただの男』であるように見えますが、本人にもわからない魅力や才能が、天神姉妹琴線に触れたのでしょう。

 いいんじゃないでしょうか。ヒトの趣味はそれぞれなので。

 助けられたのではない。捕らえられたのだ。その言葉は、圭佑の心を完全に支配する、絶対的な宣告だった。

 これが成り上がり炎上配信者だった俺が、最強の女神たちと世界をひっくり返す話~ 第2話 天神姉妹 でした。

 無実の罪によって社会的な死を迎えた圭祐は、今度は天神姉妹によるミザリー的な軟禁生活を強いられることになりました。

 鳥籠の中で彼は『成り上がり』できるのか? というところで次回へ続きます

『なっくり』考察感想 第3話https://anond.hatelabo.jp/20250905141623

Permalink |記事への反応(2) | 10:36

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2025-09-01

好きっていうのは気持ちいいし、嬉しい

この時間になってもまだポカポカしてしまって何だか火照ってるみたいな感じなので、お酒飲んでこれを書いている。

から先に行っておくけど誤字脱字だってあるだろうし、文法だっておかしくなるかもしれない。

それでも書かずにはいられないからここに書く。

学生の頃にさ、女子が笑いながら話してた会話をいまだに覚えていた。

「好きでもない相手から好きって言われるの、あれ恐怖でしかないよね」みたいなことを言っていたんだよ。

彼女たちからすれば何気ない会話だったんだろうけど、それを聞いてしまった俺の中では、そのことがずっと頭の片隅に残り続けていた。

から俺は「好き」って言葉を口にしたことがなかった。

大人になっても、その会話のことは忘れることが出来なかった。

誰かと付き合うことがあっても、どこかで引っかかって言えなかった。

「好き」って言葉ハードルがやたら高くて、言った瞬間に全部壊れるんじゃないか、嫌われるんじゃないか、そんな恐怖の方が先に立った。

今年に入って婚活を始めたんだ。もう若くもないし、悠長に構えてる場合でもないと思ったから。

そこで一人の女性出会った。話してて楽しくて、何度か会ううちに自然と付き合うことになって。

一緒に過ごす時間が増えて、距離が近づいていくのをちゃんと感じられる。その感覚が、すごく幸せだった。

相手もきっとそう思ってくれてる。何より一緒にいて気疲れしないし、無言も楽しめるような相手

俺にはこの人しかいないんじゃないか?って本気で思えるような女性だ。でも、やっぱり「好き」とは言えなかった。

今日デートしてきたんだ。いつものように映画観に行ったりして、その帰りには手をつないで歩いて「あー、今日でもう八月も終わりなんだね」なんて会話をして、ベンチでちょっと休憩することになった。

俺が自販機で買ってきたジュースを渡して、彼女がそれを飲んでるのを横で見てたら、すっげぇ可愛かったんだよ。なんだこれ?って思うくらい。

から気づいたら、口が勝手に動いてた。

「好き」

マジで無意識

言った瞬間、二人して「えっ?」ってなったもん。

彼女、顔真っ赤。でも俺も絶対真っ赤だったと思う。

そして彼女が、小さな声で「うん」って頷いた。

彼女の反応、ただそれだけ。

でもその瞬間だった。眩暈みたいな感覚。本当に目の前が白くなって、貧血に似た感じ。マジでそんな感じになったんだよ。

そのとき「ああ、俺は救われたんだな」って思えた。長年の呪いが解けたんだなって。はっきり分かった。

こういうこと現実でもあるんだなって思いもしたけど、心が動いた瞬間って分かるものなんだ。

そのあと彼女を家まで送る間に、何回か「好き」って言った。

そのたびに彼女は「うん」って小さく頷く。それが本当に可愛くて、嬉しくて。

好きって言うのは、こんなに気持ちいいんだ。

好きって言えるのは、こんなに嬉しいんだ。

32年生きてきて、ようやく初めて知ったこと。

今はまだなんだか今が非現実のような感覚が完全には抜け切っていないような気分で、妙に浮かれている自分が居る。

から見ればバカップルに見えたんだろうなw

でも今が一番、人生幸せなのかもしれない。

Permalink |記事への反応(12) | 00:14

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2025-08-30

栄養ドリンクカフェインコーヒーカフェインちゃんぽんすると数時間調子いいけどそのあと眩暈がする…(´・ω・`)

Permalink |記事への反応(0) | 11:40

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2025-08-08

ブクマカ海外小説ベストテンコメントの集計

https://anond.hatelabo.jp/20250804171112

コメント欄に挙げられていた小説カウントした。

ブクマカコメントだけを集計している。増田トラバは集計していない。ただし、元増田の挙げた10作だけは特別に集計に入れている。

・手作業なので多分、抜けや集計ミスがある。なお、この作業を行うにあたり、ChatGPT君がクソほどの役にも立たなかったという事実は、いくら強調してもしすぎるということはない。

作品名が書かれていないもの作者名だけのもの)はカウントしていない。国産小説カウントしてしない。自分おすすめを紹介しているわけではないと思われるコメントカウントしていない。

・これ同じ小説だろ、と思われるもの( 「長いお別れ」と「ロング・グッバイ」みたいなもの)は勝手統合して集計した。他にもこれとこれ同じ小説だよ、というものが混じっているかもしれないが、知らん。

7票

三体

5票

1984年  カラマーゾフの兄弟  百年の孤独

4票

大聖堂  動物農場  フラニーとゾーイー  プロジェクト・ヘイル・メアリー  星を継ぐもの  マーダーボットダイアリー  モモ

3票

IT アメリカの鱒釣り  アルジャーノンに花束を  火星の人  存在の耐えられない軽さ  タタール人砂漠  地下室の手記  長いお別れ  ニューロマンサー  羊たちの沈黙  日の名残り  指輪物語  幼年期の終わり

2票

異邦人  ウォーターシップダウンのうさぎたち  鏡の中の鏡  悲しみよこんにちは  華麗なるギャツビー  高慢と偏見  氷と炎の歌  シャドー81  城  水源  スローターハウス5  タイムマシン  チャンピオンたちの朝食  月と六ペンス  伝奇集  夏への扉  二年間の休暇十五少年漂流記ハイ・フィデリティ  ハリーポッター賢者の石  緋色研究  ファイト・クラブ  不思議の国のアリス  ペスト  ホワイトジャズ  見えない都市  モンテ・クリスト伯  リプレイ  わたしを離さないで

1票

24人のビリーミリガン  2666  82年生まれキム・ジヨン  HHhH  V   Xの悲劇  Yの悲劇  愛を語るときに我々の語ること  青い湖水に黄色い筏  青い鳥  青犬の目  青白い炎  赤毛のアン  悪童日記  悪霊  あなたの人生の物語  アブサロム、アブサロム!  アルケミスト  アンドロイドは電気羊の夢を見るか?  アンナ・カレーニナ  暗殺者グレイマン  石蹴り遊び  犬の力  荊の城  息吹  イワン・デニーソヴィチの一日  イングリッシュ・ペイシェント  インビジブルモンスターズ  ウィトゲンシュタイン愛人  ウォーターランド  ウォッチャーズ  失われた時を求めて  歌の翼に  ウは宇宙船のウ  海を飛ぶ夢  エーミール探偵たち  越境  エミール  エルマーと16匹の竜  エルマーのぼうけん  エレンディラ  エンジンサマー  嘔吐  大鴉  オーエン詩集 おとなしい凶器  怪奇クラブ  外套  カエアンの聖衣  カササギ殺人事件  火星タイムスリップ  風と共に去りぬ  カチアートを追跡して  カッコウコンピュータに卵を産む  かつては岸  カモメジョナサン  狩りのとき  完全な真空  期待忘却  君のためなら千回でも  キャッチ=22  吸血鬼カーミラ  吸血鬼ドラキュラ  巨匠とマルガリータ  供述によるとペレイラは…  恐怖の谷  キリンヤガ  クライムマシン  クラッシュ  暗闇にひと突き  黒い時計の旅  黒の過程  刑務所のリタ・ヘイワース  ゲイルバーグの春を愛す  穢れしものに祝福を   ケルベロス第五の首  拳闘士の休息  航路  荒野へ  香水ある人殺し物語  コーラン  黒檀  ここではないどこかへ  古書の来歴  コンダクト・オブ・ザ・ゲーム   さあ、気ちがいになりなさい  最後にして最初人類  さかしま  サバイバー  砂漠惑星  寒いから帰ってきたスパイ  シークレット・ヒストリー  シークレット・レース  ジーヴズの事件簿  ジェイン・エア 地獄  死体  シッダールタ  死にゆものへの祈り  死の鳥  死父  シャドウ・ダイバー  初秋  書写人バートルビー  少年が来る  少年時代  女王陛下のユリシーズ号  シルトの岸辺  審判  真紅の帆  聖書(新訳・旧約)  スターピット  スタンド・バイ・ミー  ずっとお城で暮らしてる  ストーン・シティ  砂の惑星DUNE  すばらしい新世界  素晴らしいアメリカ野球  スラップスティック  清潔で明るい場所  西部戦線異状なし  千夜一夜物語  戦慄のシャドウファイア  前日島  善人はなかなかいない  禅とオートバイ修理技術  喪失  捜神記  族長の秋

そして誰もいなくなった  ソラリス  ダ・ヴィンチ・コード   タイタンの妖女  タイムシップ  大泥棒ホッツェンプロッツ  第二の銃声  ダウンビロウステーション  脱出航路  頼むからかにしてくれ  卵をめぐる祖父戦争  ダレンシャン  タンナー兄弟姉妹  血と暴力の国  チョーク

長距離走者の孤独  罪と罰  ティファニーで朝食を デス博士の島その他の物語  鉄の時代  転落  闘争領域の拡大  遠い声、遠い部屋  特性のない男  賭博師  飛ぶ教室  虎よ、虎よ  トリフィドの日  ドルジェル伯の舞踏会  どろぼう熊の惑星  『ドン・キホーテ』の著者ピエール・メナール  ドン・キホーテ  ナイトホークス  ナイン・ストーリーズ  渚にて  ナルニア国物語  人間土地  人間の絆  ハイペリオン  ハイペリオンの没落  パイド・パイパー  裸のランチ  果てしない物語  バベル図書館  薔薇の名前  パリは燃えているか  パルプ  ハワーズエンド  ビームしておくれ、ふるさとへ  ビギナーズ  日々の泡  秘密の花園  日向が丘の少女  ヒルビリーエレジー  ビロード悪魔  ファウスト  不安の書  フィーヴァードリーム  フーコーの振り子  武器よさらば  ふくろうの叫び  二つの心臓の大きな川  二人の世界  舞踏会へ向かう三人の農夫  フライデーあるいは太平洋の冥界  ブライヅヘッドふたたび  ブラックアウト  ブリキの太鼓  ベルガリアード物語  ボーンコレクター  ぼくのプレミアライフ  ボトムズ  本当の戦争の話をしよう  マイクロチップ魔術師   マガーク少年探偵団  マザーレスブルックリン  マッカンドルー航宙記  マネーボール  ミゲルストリート  ミサゴの森  ミスビアンカ冒険  三つ編み  緑の家  ムーンパレス  夢幻会社  無限の境界  名探偵カッレくん  目隠し運転  眩暈  盲人の国  森の小道  やぎ少年ジャイルズ  やし酒飲み  幽霊狩人カーナッキ  ユービック  夢の終わりに…  夢みる宝石  ユリシーズ  予告された殺人の記録  夜の果てへの旅  夜の樹  夜の声  楽園への道  ララバイ  リヤ王  リリス  リンゴ畑のマーティンピピン  レ・ミゼラブル  冷血  レッドオクトーバーを追え  レディ・プレイヤー1  朗読者  ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを  路上  ロビンソンクルーソー  若草物語  鷲は舞い降りた  わたしの名は赤  われら闇より天を見る  我はロボット

感想

・国別だとアメリカ文学が多い……ように見える。

アジア出身作家作品では「三体」が人気。

SFが人気。

ミステリは人気だが、ハードボイルドを挙げる人は少ない。複数票入っているのは「長いお別れ」と「ホワイトジャズ」くらいか

短編だとカーヴァーの「大聖堂」が人気。

・超メジャー文学作品を挙げている人が少なかった。世界の十大小説とかサマセット・モームが選んだ世界十大小説なんかに挙げられている作品ほとんど名前が挙がらず。そんな中5票入ってる「カラマーゾフの兄弟」は改めてすごい小説なんだなと思える。

作者名の照応はしていないし、やる気もないが、ぱっと見だとヴォネガットガルシアマルケスオーウェルカズオ・イシグロ、アンディ・ウィアーあたりが多いような気がする。

Permalink |記事への反応(1) | 19:24

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2025-07-26

更年期がきつい。ほぼ貧血だ。気ぃ失う。

更年期は人によって症状の強弱が違うらしい。自分貧血によく似ていた。

45か46のとき更年期になったようだった

 

覚えてるのは買い物帰りに自転車で走ってて眩暈で目の前がまっくらになったことだった

自転車ごと倒れる前に歩道に降りて休憩していたが10分もしたら良くなった

症状が貧血によく似ている

睡眠不足や水分不足だろうか

まだ生理も止まってないしPMSだろうとタカをくくっていたがそれ以降、頻繁に症状が出るようになった

生理前に連動するのと年齢からして、「これが更年期だな?」とピンとき

生理が終わった後はほぼ出ない

 

更年期障害を具体的に知らなかったが、それ以前との体調とで雲泥の差で気持ちが悪くなっていった

これまでの貧血症状の中でもトップクラス気持ち悪い

頭ががくっといきそうになる(耐える。安全圏になんとか這いつくばれるぐらいには体は動かせる)

それでも症状が出るのは月のうち数日あるかないかだった

富士山に登ったり、一日10㎞歩いたりしても大丈夫だった

更年期、いけるんじゃね?と勘違いした

 

 

更年期は約10年も続く。はよ終われ。初潮の比ではない気持ち悪さ

 

49歳になって劇的に症状が悪くなった

更年期本番とはこれか

猛暑2025年、あまりの高気温に自律神経が大狂いしたのが原因だろう

暑さに劇的に弱くなった

その場で貧血症状を出してへにゃへにゃに崩れる

 

困ったことに台所料理中に立ってられない

ある日はフライドポテトを揚げる途中で眩暈が起こった

半端な量のポテトを揚げてたまるか、ガスがもったいない、まだ野菜炒めナス天ぷらも作ってないだろ?!

自分を激励したが駄目だった

目の前が真っ暗

頭ぐらぐら

やべっ、と判断して即ガスコンロの火を消したがポテトを掬うまでは出来なかった

さらポテト

低温で揚げていたのであとで揚げなおしたが、あんまり美味しくなかった 

 

30度の気温が涼しく感じる夜の散歩

帰り道に更年期は突然やってきた

足元が狂う

目が回る

涼しいと思ったのは勘違いで体は悲鳴を上げていた

なんとか家にたどりついて玄関に入ったが、もう目の前が真っ暗になっててその場で崩れた

目を閉じて力を抜くと苦しくない

呼吸を整えようとしてるうちに気を失ったのだった

 

目が覚めたのは二時間後だった

玄関周辺の景色が見えた

しかし、まだ自律神経は貧血症状の余韻があるようで体がずっしり重い

 

こんな症状が今後5年間も続くなんて我慢ならない

残5年間のうちに生理出血がなくなり、尿失禁骨粗鬆症、心血管疾患を起こすらしい

せめて牛乳だけは取り続けて骨だけは守ろうと誓った

 

 

小林製薬 命の母Aがいちばん売れてるようだ

 

楽になりたい

そこで更年期障害のクスリを買うことにした

婦人薬のトップランキングによると一番人気は命の母である

アマゾンでとりあえるポチった

薬事法による規制レビューつかない

一か八か

効いても効かなくても経過は書いていこうと思う

ふらふらしないで生きていけるようになりたい

もうお金ないよ

Permalink |記事への反応(0) | 02:12

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2025-07-20

また同じ過ちを繰り返すのか、B層

毎度おなじみ、選挙が近づくと湧いて出てくるポピュリストと、それに熱狂する人々。NHKしかり、石丸伸二界隈しかり、そして何よりたちが悪いのが参政党だ。いったい何度同じようなアジテーターに騙されたら、彼らは学習するのだろうか。

最初は威勢のいいことを言う。既存政党メディアを「オールドメディア」「既得権益」と断じ、自分たちけが真実を知っているかのように振る舞う。耳障りの良い言葉、分かりやすい敵、そして「自分たちは目覚めた存在だ」という心地よい万能感。これらにB層面白いように飛びついていく。

早々に「めくれる」アジテーターたち

NHK党なんて、その最たる例だろう。ワンイシューで注目を集めたが、やがて内紛とスキャンダルで自壊していった。目的は本当にNHK問題解決だったのか、それとも単なる目立ちたがり屋のパフォーマンスだったのか。今となっては明らかだが、未だに「立花さんはすごい」と信じている人々がいるのには、もはや眩暈すら覚える。

石丸伸二氏もそうだ。地方首長としてメディア露出を増やし、正論風の物言いで人気を博したが、結局は中央政界へのステップしかなかったように見える。彼が本当に地方未来を考えていたのか、それとも自身承認欲求を満たしたかっただけなのか。これもまた、時間が経てば「めくれて」いくだろう。

最も厄介な参政党という「意識高い系」の皮

だが、これらと比べても参政党の厄介さは群を抜いている。彼らは一見すると「意識高い系」の衣をまとっているからだ。食の安全健康環境日本の伝統。どれも多くの人が関心を持つテーマであり、一概に否定しづらい。

しかし、その実態は何か。科学的根拠の乏しいオーガニック信仰や反ワクチン的主張、特定の国への敵意を煽るような歴史観不安煽り、複雑な問題を「〇〇のせいだ」と単純化する。これはまさに、かつて人々を熱狂させ、そして破滅へと導いた扇動の手口そのものではないか

彼らは支持者を「目覚めた市民」と持ち上げるが、その実態は、自分たちに心地よい情報だけを摂取し、異論を一切受け付けない思考停止集団に過ぎない。自分たちは他の愚かな大衆B層)とは違う、選ばれた存在なのだと信じたい。参政党は、その自尊心を巧みにくすぐる。だからこそ、一度ハマると抜け出しにくい。

彼らの主張を一つ一つ吟味すれば、その矛盾ご都合主義は明らかだ。だが、信者たちはそれを「アンチデマ」「工作員妨害」と一蹴する。もはや宗教だ。教祖様の言うことは絶対であり、疑うことすら許されない。

いつまで養分であり続けるのか

NHK党にしろ石丸党にしろ、そして参政党にしろ構造は全く同じだ。カリスマ的なリーダーアジテーター)が現れ、分かりやすい敵を作り、心地よい言葉信者B層)を集める。そして、彼らから金と票を吸い上げていく。

なぜ、こうも簡単に騙されるのか。なぜ、自分の頭で考えることを放棄してしまうのか。おそらく彼らにとっては、複雑な現実と向き合うよりも、誰かが示してくれる「分かりやすい答え」に飛びつく方が楽なのだろう。だが、その安易選択が、社会をどれだけ分断し、後退させているかに気づくべきだ。

もう、いい加減に目を覚ましてほしい。あなた方は養分じゃない。アジテーターたちの承認欲求と金儲けのために、これ以上利用されるのはやめにしないか。そう言っても、彼らの耳には届かないのだろうな、と暗澹たる気分になる。

Permalink |記事への反応(2) | 07:49

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2025-07-18

参政党って、国会で何を成し遂げてきたわけ?

参政党って、国会で何を成し遂げてきたわけ?

やってることは「国会ごっこ」と「支持者向けアピール」だけ。

「まだ議員の数が少ないか法案を通せないんだ」

信者の皆さんはそう言って擁護するんだろうけど、問題はそこじゃない。数が足りないか法案が通らないなんて、小学生でもわかる理屈だ。

本当に国民のために働く気があるなら、少数政党でもやれることはいくらでもある。他の野党と協力して法案を共同提出するとか、政府案に対して建設的な修正協議をするとか、そういう地道な議会活動こそが議員仕事だ。

でも参政党はそういう努力を一切しない。ただ国会というステージの上で、自分たちトンデモ理論を叫んでるだけ。彼らにとって国会は、政策を実現する場所じゃなく、自分たちYouTubeチャンネル再生数を稼ぐための公開収録スタジオしかないんだよ。

質疑の中身がヤバすぎる

彼らの質疑の中身を見てみると、もう眩暈がしてくる。トンデモトンチンカン質問ばかりだ。

夫婦別姓日本破壊する!

法務委員会にいる吉川りな議員なんて、ずーっと選択夫婦別姓に反対してる。その理由がすごい。「家族の一体感が失われる」から始まって、しまいには「背景にはマルクス主義を源流とする過激ジェンダー運動がある」「皇室伝統破壊される」とまで言い出す始末。

個人選択の自由の話が、いつの間にか国家存亡の危機にまで飛躍する。典型的陰謀論手法で、不安を煽って支持を得ようとしてるのが見え見え。

炭素国民イジメだ!

環境委員会にいる北野ゆうこ議員は、脱炭素政策を徹底的に叩く。「電気代が上がって国民が苦しんでる!」って庶民の味方みたいな顔するけど、その論拠が「日本CO2排出ゼロにしても、気温は僅か0.006度しか下がらない」みたいな極論。複雑な問題単純化して「政府が悪い」って言うだけなら、誰でもできる。

WHO主権が奪われる!

党代表神谷宗幣議員は、「WHO主権が奪われる!」「外国資本日本が乗っ取られる!」と、これまた壮大な話ばっかり。なんか難しそうなこと言ってるようで、要は「見えない敵」を作って「グロバリストが悪い」っていう、いつものポピュリスト的な主張の繰り返し。

質問主意書の中身もトンデモオンパレード

参政党がやたらと自慢するのが「質問主意書」の数。たった数人でアホみたいに連発してるけど、その中身がまたトンデモトンチンカンものばかり。

中国海外警察拠点はどうなってるんだ!」

エボラウイルスを扱う施設安全性は!」

NHK軍艦島歴史を歪めてる!」

川口クルド人問題!」

とか、ネット陰謀論みたいなテーマを延々と政府に投げつけてる。

まともな政策提言じゃなくて、支持者が喜びそうな不安を煽るネタ国会の場でやってるだけ。これを「政府監視」だなんて、聞いて呆れる。

結局、成果はゼロ。あるのは「自己満足」だけ

結局のところ、参政党が国会で成し遂げたことなんて何もない。

法案成立ゼロ政策実現ゼロ

「数が足りないから」じゃない。「数が少なくてもできること」を何もせず、ただトンデモ論を叫んでいただけ。つまり、やる気がないんだよ、国民のために働く気なんて。

彼らが目指しているのは、法案を通すことじゃない。自分たち存在感アピールして、信者からお布施寄付)を増やすことだけだ。

最近維新を離党した梅村みずほ議員を入党させて、やっとこさ政党要件の5人になったけど、これもイデオロギーがどうこうより、政党助成金とか国会での質問時間確保のための「数合わせ」にしか見えない。

彼らが国会でやっているのは、税金を使った壮大な「国会ごっこ」。

国民全体の利益なんてこれっぽっちも考えてなくて、ただ自分たち存在感アピールしたいだけ。

そんな政党に、私たち未来を託せるわけがない。

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洋画

この前Xで「洋画は人が集まらない」という嘆きを見かけて、ふと確かに最近全然見てないと気付いた。

昔はインディージョーンズとかハリポタとかロードオブザリングとかすごい人気があったけど、ここ数年であそこまで知名度のある作品ってなくないか

洋画マニア向けというか、普段からタイトル知名度わず洋画ばっか見てる人向けになって、いつもは洋画を見ない人がふらっと見る機会が激減した気がする。

自分は元々映画館へ頻繁に足を運ぶ性質じゃないのもあるけど、個人的に印象に残った最後作品ホビットっていう。あれがもう十年近く前の作品なのが驚き。

この流れってマジでなんでなんだろうね。

動画すら1.5倍とかで見ている人を引き合いに出して、長時間じっとしてられない人が増えたからとか言っている人もいたけど、それをいうなら鬼滅の刃流行った理由説明つかないしな。あれも一般的映画と大差ない長さあるでしょ。

サブスクで見ればいいやって人が増えたのは実際ある。自分もそのタイプだな。わざわざ映画館に行くより、ちょっと待ってサブスクで見る方が圧倒的に楽。昔は映画館に行ってたわけだし、映画館で見る体験特別なのは分かるんだけどね。でも、そもそも見る映画がなければその体験も味わえないんだよ。

まあでも、ぶっちゃけ洋画好きがお高くとまってるように見えてしまうのも嫌がられる……というかバズらない要因なんじゃないかなと思ってしまう。

上述した嘆きの引用やリプでも「アニメ映画なんて大した作品存在しない」とか「洋画を見慣れていない人には外人の顔を見分ける力がないから楽しめない」とか……いやいや、馬鹿じゃないのか?と言いたくなるような賛同コメントが多くて眩暈がした。

大した作品じゃなきゃあんだけ売れないし、今じゃ海外でもアニメ映画はすごい数のファンがいるんだよ。それに、中には実際見分けられない人もいるかもしれないけど、今は洋画見てなくても昔は見てた人は結構いるんだから見分けられないわけないでしょ。

アニメ映画アニメ好きがバズらせるから作品知らない人にも「ちょっと見てみようかな?」と思わせやすい一方で、洋画は中々バズらないかそもそも作品を知らないまま終わる人は圧倒的に多そう。知らない人の方が圧倒的に多いなら、そりゃ儲からないよね。

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2025-07-16

日本は開かれた国でなければならない

日本ファースト

外国人を大切にする

不法外国人排除すべし

すべて同時になりたつのでは?

日本ファースト排外主義ということにしたい奴が多すぎて眩暈するわ

Permalink |記事への反応(0) | 16:21

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2025-07-08

anond:20250708044816

 辺鄙な、村はずれの丘には、いつの間にか、華やかな幕を沢山吊るした急拵ごしらえの小屋掛が出来て、極東曲馬団の名がかけられ、狂燥なジンタと、ヒョロヒョロと空気を伝わるフリュートの音に、村人は、老おいも若きも、しばし、強烈な色彩と音楽スリル享楽し、又、いつの間にか曲馬団が他へ流れて行っても、しばらくは、フト白い流れ雲の中に、少年少女の縊くびれた肢体を思い出すのである

 トテモ華やかな、その空気の中にも、やっぱり、小さな「悩める虫」がいるのだ。

一ノ二

莫迦ッ、そんな事が出来ねエのか、間抜けめ!」

 親方は、野卑な言葉で、そう呶鳴どなると、手に持った革の鞭で、床をビシビシ撲りつけながら、黒吉くろきちを、グッと睨みつけるのだった。

 まだいたいけな少年の黒吉は、恐ろしさにオドオドして、

「済みません、済みません」

 そんな事を、呟くようにいうと、ぼろぼろに裂けた肉襦袢じゅばんの、肩の辺を擦さすりながら、氷のように冷めたい床の上に、又無器用な体つきで、ゴロンゴロンと幾度も「逆立ち」を遣り直していた。

 饑ひもじさと、恐ろしさと、苦痛と、寒気と、そして他の座員の嘲笑とが、もう毎度の事だったが、黒吉の身の周りに、犇々ひしひしと迫って、思わずホロホロと滾こぼした血のような涙が、荒削りの床に、黒い斑点を残して、音もなく滲しみ込んで行った。

 ――ここは、極東曲馬団の楽屋裏だった。

 逆立ちの下手な、無器用な黒吉は、ここの少年座員なのだ

 鴉からす黒吉。というのが彼の名前だった。しかしこれは舞台だけの芸名か、それとも本当の名前か、恐らくこれは字面じづらから見て、親方が、勝手につけた名前に違いないが、本名となると彼自身は勿論の事、親方だってハッキリ知っているかどうかは疑わしいものだった。

 黒吉自身記憶といっては、極めてぼんやりしたものだったけれど、いたましい事には、それは何時も、この曲馬団の片隅の、衣裳戸棚から始まっていた。

 それで、彼がもの心のついた時からは、――彼の記憶が始まった時からは、いつも周囲には、悲壮ジンタと、くしゃくしゃになったあくどい色の衣裳と、そして、それらを罩こめた安白粉おしろいの匂いや、汗のしみた肉襦袢の、ムッとした嗅気が、重なり合って、色彩っていた。

 こうした頽廃的な雰囲気の中に、いつも絶えない、座員間の軋轢あつれきと、華やかな底に澱む、ひがんだ蒼黒い空気とは、幼い黒吉の心から、跡形もなく「朗らかさ」を毟むしり取って仕舞った。そして、あとに残った陰欝な、日陰の虫のような少年の心に、世の中というものを、一風変った方向からのみ、見詰めさせていた。

 彼は用のない時には、何時も、太い丸太が荒縄で、蜘蛛の巣のように、縦横無尽に張りまわされている薄暗い楽屋の隅で、何かぼんやりえこんでいた。それは少年らしくもない憂欝な、女々しい姿だった。

 黒吉は明かに、他の同輩の少年から

「オイ、こっちへこいよ」

 と声をかけられるのを恐れているように見えた。

 しかし、それは、単に彼の危惧に過ぎなかった。

 他の少年座員達は、誰も、この憂欝な顔をした、芸の不器用な、そして親方におぼえのよくない黒吉と、進んで遊ぼうというものはなかった。(それは恐ろしい団長への、気兼ねもあったろうが)寧ろ彼等は、黒吉の方からしかけても、決して色よい返事は、しないように思われた。

 結局、黒吉はそれをいい事にして、独りぽつねんと、小屋の隅に忘れられた儘、たった一つ、彼に残されたオアシスである他愛もない「空想」に耽っていた。

一ノ三

 憂欝な少年黒吉が、何を考えているのか。

 ――その前に、彼が、なぜ親方のおぼえが悪いのだろうかという事をいわなければならない。

 (それは、彼の憂欝性にも、重大な影響のある事だから

 黒吉は、どう見ても、親方の「お気に入り」とは思えなかった。それは、勿論彼が、芸の未熟な不器用だった事も、確かにその原因の、一つだったけれど、他の大きな原因は、彼が醜い容貌だ、という先天的な不運に、禍わざわいされていたのだった。

 男の子容貌が、そんなにも、幼い心を虐しいたげるものだろうか――。

 如何にも、舞台の上で生活するものにとって、顔の美醜は非常に大きなハンデキャップなのだ。彼の同輩の愛くるしい少年が、舞台で、どうしたはずみか、ストンと尻もちをついたとしたら、観客は

「まあ、可哀そうに……あら、赤くなって、こっちを見てるわ、まるで正美さんみたいね

 そういって可愛い美少年は、失敗をした為に、却って、観客の人気を得るのだ。けれど、それに引きかえて、醜い顔だちを持った黒吉が、舞台でそれと同じような失敗をしても、観客は、何の遠慮もなく、このぎこちない少年の未熟さを嘲笑うのだった。

 この観客にさえ嗤わらわれる黒吉は、勿論親方にとって、どんなに間抜けな、穀潰ごくつぶしに見えたかは充分想像が、出来るのだった。従って、黒吉に対する、親方仕打ちがどんなものだったかも――

(俺は芸が下手なんだ)

(俺は醜い男なんだ)

 薄暗い小屋の片隅で、独りぽつんと、考えこんでいる黒吉は、楽しい空想どころか、彼の幼い心には、この二つの子供らしくもない懊悩が、いつも吹き荒すさんでいるのだった。

 そして、それは彼の心の底へ、少年らしい甘えた気持を、ひた押しに内攻して仕舞って、彼を尚一層、陰気にする外、何んの役にもたたなかった。冷たい冷たい胸の中に、熱いものは、ただ一つ涙だけだった。

 こうした雰囲気の中に、閉じこめられた鴉黒吉が、真直に伸びる筈はなかった。

 ――そして、蒼白い「歪んだ心」を持った少年が、ここに一人生成されて行った。

 世の中の少年少女達が、喜々として、小学校に通い始めた頃だろうか。勿論黒吉には、そんな恵まれ生活は、遠く想像の外だった。

 しかし、この頃から黒吉は、同輩の幼い座員の中でも、少年少女とを、異った眼で見るようになって来た。

「何」という、ハッキリした相違はないのだが、女の子莫迦にされた時には、不思議男の子に罵られたような、憤りは感じなかったのだった。寧ろ、

(いっそ、あの手で打ぶたれたら……)

 と思うと、何かゾクゾクとした、喜びに似た気持を感じるのだ。

 これが何んであるか、黒吉は、次第に、その姿を、ハッキリ見るようになって来た。

一ノ四

 安白粉の匂いと、汗ばんだ体臭と、そして、ぺらぺらなあくどい色の衣裳が、雑巾のように、投げ散らかされた、この頽廃的な曲馬団の楽屋で、侮蔑の中に育てられた、陰気な少年の「歪んだ心」には、もうませた女の子への、不思議な執着が、ジクジクと燃えて来たのだ。

 ――そして、それを尚一層、駆立てるような、出来事が起った。

 それは、やっと敷地小屋掛けも済んで、いよいよ明日から公開、という前の日だった。

 団長は、例の通り、小六ヶ敷こむずかしい顔をして、小屋掛けの監督をしていたが、それが終って仕舞うと、さも「大仕事をした」というような顔をして、他のお気に入り幹部達と一緒に、何処か、遊びに出て行った。

 団長の遊びに行くのを、見送って仕舞うと、他の年かさな座員や、楽隊ジンタの係りの者なども、ようやくのびのびとして、思い思いの雑談に高笑いを立てていたが、剽軽者ひょうきんものの仙次が、自分の役であるピエロ舞台着を調べながら

「オイ、親父おやじが行ったぜ、俺の方も行こうか」

 恰度それが、合図でもあったかのように、急に話声が高くなった。

「ウン、たまには一杯やらなくちゃ……」

「ちえッ、たまには、とはよくもいいやがった。明日があるんだ、大丈夫か」

「ナーニ、少しはやらなくちゃ続かねエよ、いやなら止せよ」

「いやじゃねエよ」

ハハハ、五月蠅うるせえなア」

 と、如何にも嬉しそうに、がやがや喋りながら、それでも大急ぎで支度をして、町の中に開放されて行った。

 そして、何時か、このガランとした小屋の中には、蒲団ふとん係りの源二郎爺さんと、子供の座員だけが、ぽつんつんと取り残されていた。子供の座員は、外出を禁じられていた。それは勿論「脱走」に備えたものだった。その見張りの役が、今は老耄おいぼれて仕舞ったが、昔はこの一座を背負って立った源二郎爺じじいなのだ

 結局、幼い彼等は、小屋の中で、てんでに遊ぶより仕方がなかった。

 男の子男同志で、舞台を駈廻り、女の子は女らしく、固かたまって縄飛びをしていた。――そして、黒吉は、相変らず小屋の隅に、ぽつんと独りだった。

 しかし、何時になく、黒吉の眼は、何か一心に見詰めているようだ。

(この憂欝な、オドオドした少年が、一生懸命に見ているものは、何んだろう)

 誰でも、彼の平生を知っているものが、この様子に気付いたならば、一寸ちょっとをかしげたに相違ない。そして、何気なくこの少年視線を追って見たならば、或はハッと眼を伏せたかも知れないのだ。

 黒吉の恰度眼の前では、少女の座員たちが、簡単アッパッパを着て、縄飛びをしていた――。しかし彼の見ているのは、それではなかった。この少女達が、急いきおいよく自分の背丈せい位もある縄を飛んで、トンと下りると、その瞬間、簡単アッパッパスカートは、風を受けて乱れ、そこから覗くのは、ふっくりとした白い腿だった――。

(十やそこらの少年が、こんなものを、息を殺して見詰めているのだろうか――)

 そう考えると、極めて不快な感じの前に何か、寒む寒むとした、恐ろしさを覚えるのだ。

 しかし、尚そればかりではなかった。

 この憂欝な少年の心を、根柢から、グスグスとゆり動かした、あの「ふっくりとした白い腿」がたえまなく、彼の頭の中に、大きく渦を捲いて、押流れていた。

 やがて、その心の渦が、ようやく鎮まって来ると、その渦の中から、浮び上って来たのは、この一座の花形少女貴志田葉子きしだようこ」の顔だった。

 だが、それと同時に、黒吉は、いきなり打ち前倒のめされたような、劇しい不快な気持を、感じた。

(ちえッ、俺がいくらちゃんと遊ぼうったって、駄目だい。俺は芸が、下手くそなんだ。それに、あんな綺麗な葉ちゃんが、俺みたいな汚い子と遊んでくれるもんか……)

 だが、この少年の心の底へ、しっかり焼付られた、葉ちゃんへの、不思議な執着は、そんな事ぐらいでは、びくともしなかった。寧ろ

(駄目だ)

 と思えば思う程、余計に、いきなり大声で呶鳴ってみたいような焦燥を、いやが上にも煽立あおりたてているのだ。

 ――この頃から、彼のそぶりは、少しずつ変って来たようだった。それはよく気をつけて見たならば、相変らず小屋の片隅に、独りぽっちでいる黒吉の眼が、妙な光を持って来たのに、気がついたろう。そして、その時は彼の視線の先きに必ず幼い花形の、葉子が、愛くるしい姿をして飛廻っていたのだ。

 葉子は、まだ黒吉と同じように、十とう位だったが、顔は綺麗だし、芸は上手いし、自由小鳥のように朗らかで、あの気六ヶ敷い団長にすら、この上もなく可愛がられていたから、この陰惨な曲馬団の中でも、彼女だけは、充分幸福なように見えた。

 そして、勿論、この陰気な、醜い黒吉が、自分一挙一動を、舐めるように、見詰めているとは気づかなかったろう。

 黒吉自身は、彼女が、自分の事など、気にもかけていない、という事が「痛しかゆし」の気持だった。無論彼女

「こっちへいらっしゃいよ」

 とでも、声を掛けられたら、どんなに嬉しい事だろう。――しかし、その半面

「だらしがないのねエ、あんたなんか、大嫌いよ」

 といわれはしまいか、と思うと、彼女に話かけるどころか葉子が、何気なくこっちを見てさえ、

(俺を嗤うんじゃないか

 こうした感じが、脈管の中を、火のように逆流するのだ。それで、つと眼を伏せて仕舞う彼だった。

 黒吉は、自分でさえ、このひねくれた気持を知りながら、尚葉子への愛慕と伴に、どうしても、脱ぎ去る事が、出来なかった。

       ×

 思い出したように、賑やかなジンタが、「敷島マーチ」を一通り済ますと、続いて「カチウシャ」を始めた。フリュートの音が、ひょろひょろと蒼穹あおぞらに消えると、その合間合間に、乾からびた木戸番の「呼び込み」が、座員の心をも、何かそわそわさせるように、響いて来た。

「さあ、葉ちゃんの出番だよ」

「あら、もうあたしなの、いそがしいわ」

「いそいで、いそいで」

 葉子は周章あわててお煎餅せんべい一口齧かじると、衣裳部屋を飛出して行った。

 恰度、通り合せた黒吉は、ちらりとそれを見ると、何を思ったのか、その喰たべかけの煎餅を、そっと、いかにも大事そうに持って行った。

二ノ二

 葉子が、喰いかけて、抛り出して行った煎餅を、そっと、拾って来た黒吉は、座員達が、こってりと白粉を塗った顔を上気させながら、忙しそうに話し合っている所を、知らん顔して通り抜けると小屋の片隅の、座蒲団が山のように積上げられてある陰へ来た。

 黒吉は、経験で、舞台が始まると、こんなところには、滅多に人が来ない事を知っていた。

 それでも、注意深く、あたりに人気のないのを見澄ますと、こそこそと体を跼かがめながら、いまにも崩れそうに積上げられた座蒲団の隙間へ、潜り込んで行った。

 その隙間は、如何にも窮屈だったが、妙にぬくぬくとした弾力があって、何かなつかしいもののようであった。黒吉はやっと※ほっ[#「口+息」、16-9]とした落着きを味わいながら、あの煎餅のかけらを持ち迭かえると、それがさも大切な宝石でもあるかのように、そーっと手の掌ひらに載せて見た。

(これが、葉ちゃんの喰いかけだな)

 そう思うと、つい頬のゆるむ、嬉しさを感じた。……大事大事にとって置きたいような、……ぎゅっと抱締めたいような――。

 黒吉は、充分幸福を味わって、もう一遍沁々と、薄い光の中で、それを見詰めた。こうしてよくよく見ると、気の所為いか、その一かけの煎餅は、幾らか湿っているように思えた。

気をつけて、触ってみると、確かに、喰いかけのところが一寸湿っていた。

(葉ちゃんの唾つばきかな)

 黒吉の、小さい心臓は、この思わぬ、めっけものにガクガクと顫えた。

 彼は、いくら少年とはいえ、無論こんな一っかけの煎餅を、喰べたいばかりに、拾って来たのではなかった。黒吉には「葉子の喰べかけ」というところに、この煎餅が、幾カラットもあるダイヤモンドにも見えたのだ。

 しかし、触って見ると、このかけらは湿っている……

(葉ちゃんの唾だな)

 その瞬間、黒吉の頭には、衣裳部屋で、葉子が忙しそうにこの煎餅を咥くわえていた光景と、それにつづいてクロオズアップされた、彼女の、あの可愛い紅唇くちとが、アリアリと浮んだ。

 それと一緒に、彼は、思わずゴクンと、固い唾を飲んだ。

 黒吉は、妖しく眼を光らせながら、あたりを偸ぬすみ見ると、やがて、意を決したように、その葉子の唾液つばきで湿ったに違いない煎餅のかけらを、そっと唇に近づけた……。

(鹹しょっぱい――な)

 これは、勿論塩煎餅の味だったろう。だが、黒吉の手は、何故かぶるぶると顫えた。

 彼の少年らしくもない、深い陰影かげを持った顔は、何時か熱っぽく上気し、激しく心臓から投出される、血潮は、顳※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみをひくひくと波打たせていた。

 そして、もう手の掌に、べとべとと溶けて仕舞った、煎餅のかけらから、尚も「葉子の匂い」を嗅ぎ出そうと、総てを忘れて、ペロペロと舐め続けていた……。

「こらっ。何をしてるんだ、黒公」

 ハッと気がつくと、蒲団の山の向うから、源二郎爺の、怒りを含んだ怪訝な顔が、覗いていた。

「出番じゃねエか。愚図愚図してると、又ひどいぞ」

「ウン」

 黒吉は、瞬間、親方の顔を思い出して、ピョコンと飛起きた。そして、ベタベタと粘る手の掌を肉襦袢にこすりこすり、周章あわてて楽屋の方へ駈けて行った。

二ノ三

 黒吉は、命ぜられた、色々の曲芸をしながらも、頭の中は、いつも葉子の事で一杯だった。

(一度でいいから葉ちゃんと、沁々話したい)

 これが、彼の歪められた心に発生わいて来た、たった一つの望みだった。

 彼がもっと朗らかな、普通の子供であったならば、いつも同じ小屋にいる葉子だもの、そんな事は、造作なく実現したに違いない。

 しかし、それにしては、黒吉は、余りに陰気な、ひねくれた少年だった。――というのも、彼の暗い周囲がそうさせたのだが――。

 そして、早熟ませた葉子への執着が、堰せき切れなくなった時に彼が見つけたのは、あの煎餅のかけらが産んだ、恐ろしい恍惚エクスタシーだった。

 一度こうした排はけ口を見つけた、彼の心が、その儘止まる筈はなかった――寧ろ、津浪のようにその排け口に向って殺到して行ったのだ。

 彼は、そっと、人のいないのを見すまして、衣裳部屋に潜り込み、葉子の小ちっちゃい肉襦袢に、醜悪な顔を、埋うずめていた事もあった。

 その白粉の匂いと、体臭のむんむんする臭いが、彼自身眩暈めまいをさえ伴った、陶酔感を与えるのだ。

 そして、ふと、その肉襦袢に、葉子のオカッパの髪が、二三本ついていたのを見つけると、その大発見に狂喜しながら、注意ぶかく抓つまみ上げて、白い紙につつむと、あり合せの鉛筆で、

「葉子チャンノカミノケ」

 そんな文句を、下手糞な字で、たどたどしく書きつけ、もう一度、上から擦さすって見てから、それを、肌身深く蔵しまいこんで仕舞った……。

 こうした彼の悪癖が、益々慕って行った事は、その後、葉子の持ち物が、ちょいちょい失なくなるようになった事でも、充分想像が出来た。

 失くなるといっても、勿論たいした品物を、曲馬団の少女が、持っている訳はなかったから、もうすり減った、真黒く脂肪あぶら足の跡が附いた、下駄の一方だとか、毛の抜けて仕舞った竹の歯楊子ようじだとか、そういった、極く下らないものだった。それで、

(盗られた)

 という気持を、葉子自身ですら感じなかったのは、彼にとっては、もっけの幸いだった。しかしこれらの「下らない紛失物」が、黒吉にとって、どんなに貴重なものだったかは、また容易に想像出来るのだ。

 ――ここまでは、黒吉少年の心に醗酵した、侘わびしい(しか執拗な)彼一人だけの、胸の中の恋だった。

 だが、ここに葉子が、暴風雨あらしを伴奏にして、颯爽と、現実舞台へ、登場しようとしている。

       ×

 極東曲馬団は、町から町、盛り場から盛り場を、人々の眼を楽しませながら、流れ移っていた。

 そして、ある田舎町に敷地を借り、ようやく小屋掛けも終ったと殆んど同時に、朝から頸を傾かしげさせていた空模様が、一時に頽くずれて、大粒の雨が、無気味な風を含んで、ぽたりぽたり落ちて来たかと思うと、もう篠つくような豪雨に変っていた。

 団長等は、早々に、宿屋に引上げて仕舞ったが、子供の座員や、下っぱの座員などは、経費の関係で、いつも、この小屋に泊る事を言渡されていた。子供等の方では、これは当然だと思っていたし、又団長がいないという事で、却って喜んでいたようでもあった。

 しかし、この急拵えの小屋が、この沛然はいぜんと降る豪雨に、無事な筈はなく、雨漏りをさけて遁げ廻った末、やっと楽屋の隅で、ひと凝固かたまりになって、横になる事が出来たのは、もう大分夜が更けてからだった。

 黒吉は、眼をつぶって、ようやく小降りになって来たらしい、雨の音を聴いていると、もう肩を並べた隣りからは、幽かな寝息さえ聴えて来た。

 それと同時に、黒吉は、何かドキンとしたものを感じた。

(隣りに寝ているのは、葉ちゃんじゃないか――)

二ノ四

 瞬間、黒吉は自分の頭が、シーンと澄み透って行くのを感じた。

(果して、隣りで寝ているのは、葉ちゃんだろうか)

 それは勿論、第六感とでもいうのか、極く曖昧ものだった。が、あの騒ぎで、皆んな、ごたごたに寝て仕舞ったのだから全然あり得ない事でもないのだ。

 そう思うと、隣りと接した、肩の辺が、熱っぽく、暑苦しいようにさえ感じた。そして、心臓はその鼓動と伴に、胸の中、一杯に拡がって行った。

 黒吉は、思い切って、起上り、顔を覗き見たい衝動を感じた。あたりは真暗だが、よく気をつけて覗きこめば、顔の判別がつかぬ、という程でもないように思われた。

 彼は、そーっと、薄い蒲団の縁へりへ、手をかけた。だが――

(まてまて。葉ちゃんならば、こんなに素晴らしい事はない。けれども、こんなにぎっしり寝ている処で、ごそごそ起きたら、どうかすると、彼女は眼を覚ますかも知れない。

 それだけならいいが、眼を覚まして、俺が覗きこんでいた事を知ったら、きっと葉ちゃんは、真赤になって、この醜い俺を罵り、どこか遠くへ寝床をかえて仕舞うに違いないんだ。

 ――そんな莫迦な事をするより、例え短かくとも、夜が明けるまで、こうして葉ちゃんの、ふくよかな肩の感触を恣ほしいままにした方が、どれ程気が利いていることか……)

 黒吉の心の中の、内気な半面が、こう囁いた。

 彼は、蒲団にかけた手を、又静かに戻して仕舞うと、今度は、全身の注意を、細かに砕いて、彼女の方へぴったり、摺り寄って行った。そして、温もりに混った、彼女の穏やかな心臓の響きを、肩の辺に聴いていた……。

 フト、冷めたい風を感じて、何時の間にかつぶっていた眼を明けて見ると、あたりには極くうっすらと、光が射しているのに、気がついた。

(もう夜明けかな――いつの間に寝て仕舞ったんだろう)

 それと一緒に、思わずガクンと体の顫えるような、口惜くやしさに似た後悔を感じた。

(葉ちゃんは……)

 黒吉は、先ずそれが心懸りだったので、ぐっと頸を廻して隣りを確めようとした。

(おや……)

 彼の眼に這入ったのは、葉子より先きに、キンと澄み切った、尖った月の半分だった。

 急拵えの小屋天幕は、夕方の大暴風雨あらしに吹きまくられてぽっかり夜空に口を開け、恰度そこから、のり出すように月が覗き込み、地底のようにシンと澱んだ小屋の中に白々とした、絹糸のような、光を撒いているのだ。暴風雨あらしの後の月は物凄いまでに、冴え冴えとしていた。

(まだ夜中だ)

 黒吉は※ほ[#「口+息」、22-9]っと心配を排はき棄てた。

 彼の隣りには、葉子が、いかにも寝苦しそうに寝ていた。先刻さっきは、確かに葉子だ、とは断言出来なかったが、いまでは極く淡い光ではあったが、その中でも、段々眼の馴れるに従って、黒吉には、ハッキリ葉子の姿が、写って来た。

 黒吉は、意を決したように、半身を蒲団から抜出し、月の光を遮らないように――、音のしないように、そっと彼女の顔を覗きこんだ。

 眼の下には、月の光を受けて、いつもより蒼白く見える葉子の、幼い顔が、少しばかり口さえ開け、寝入っていた。もう少し月の光が強かったら、この房々としたオカッパの頭髪かみのけが黄金のように光るだろう――と思えた。

 又、襟足の洗いおとした白粉が、この幼い葉子の寝姿を少年の心にも、一入ひとしお可憐いじらしく見せていた。

 暫く、ぼんやりと、その夢のように霞んだ、葉子の顔を、見詰めていた黒吉は、ゴクンと固い唾を咽喉へ通すと、その薄く開かれた唇から、寝息でも聴こうとするのか、顔を次第次第に近附けて行った。

 何故か、彼の唇は、ガザガザに乾いていた。

 やがて、この弱々しい月光の下で、二つのさな頭の影が、一つになって仕舞うと、彼は、葉子の頬についている、小さい愛嬌黒子ぼくろが、自分の頬をも、凹へこますのを感じた。

二ノ五

 黒吉の、唇に感じた、葉子の唇の感触は、ぬくぬくとして弾力に富んだはんぺんのようだった。妙な連想だけれど、事実彼の経験では、これが一番よく似ていたのだ。

 唯、違った所――それは非常に違ったところがあるのだが――残念ながら、それをいい表わす言葉を知らなかった。

 彼は、そーっと腕の力を抜こうとした。途端に、肘の下の羽目板が、鈍い音を立てた。造作の悪い掛小屋なので、一寸した重みの加減でも、板が軋むのだ。シンとした周囲あたりと、針のように尖った、彼の神経に、それが幾層倍にも、拡大されて響き渡った。

 黒吉の心臓は、瞬間、ドキンと音がして止ったようだった。

「ク……」

 周章あわてて顔を上げた彼の眼の下で、葉子は、悪い夢でも見たのか、咽喉を鳴らすと、寝返りを打って、向うを向いて仕舞った。

(眼を覚ましたかな)

 黒吉は、思いきり息を深くしながら、葉子の墨のような、後向きの寝姿を、見守った。(いや、大丈夫だ)

 寝返りをした葉子は、幸い、眼を覚まさなかったと見えて、直ぐ又かすかな、寝息が、聴えて来た。

 彼は、ようやく※ほ[#「口+息」、24-4]っと、熱

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anond:20250708044816

 辺鄙な、村はずれの丘には、いつの間にか、華やかな幕を沢山吊るした急拵ごしらえの小屋掛が出来て、極東曲馬団の名がかけられ、狂燥なジンタと、ヒョロヒョロと空気を伝わるフリュートの音に、村人は、老おいも若きも、しばし、強烈な色彩と音楽スリル享楽し、又、いつの間にか曲馬団が他へ流れて行っても、しばらくは、フト白い流れ雲の中に、少年少女の縊くびれた肢体を思い出すのである

 トテモ華やかな、その空気の中にも、やっぱり、小さな「悩める虫」がいるのだ。

一ノ二

莫迦ッ、そんな事が出来ねエのか、間抜けめ!」

 親方は、野卑な言葉で、そう呶鳴どなると、手に持った革の鞭で、床をビシビシ撲りつけながら、黒吉くろきちを、グッと睨みつけるのだった。

 まだいたいけな少年の黒吉は、恐ろしさにオドオドして、

「済みません、済みません」

 そんな事を、呟くようにいうと、ぼろぼろに裂けた肉襦袢じゅばんの、肩の辺を擦さすりながら、氷のように冷めたい床の上に、又無器用な体つきで、ゴロンゴロンと幾度も「逆立ち」を遣り直していた。

 饑ひもじさと、恐ろしさと、苦痛と、寒気と、そして他の座員の嘲笑とが、もう毎度の事だったが、黒吉の身の周りに、犇々ひしひしと迫って、思わずホロホロと滾こぼした血のような涙が、荒削りの床に、黒い斑点を残して、音もなく滲しみ込んで行った。

 ――ここは、極東曲馬団の楽屋裏だった。

 逆立ちの下手な、無器用な黒吉は、ここの少年座員なのだ

 鴉からす黒吉。というのが彼の名前だった。しかしこれは舞台だけの芸名か、それとも本当の名前か、恐らくこれは字面じづらから見て、親方が、勝手につけた名前に違いないが、本名となると彼自身は勿論の事、親方だってハッキリ知っているかどうかは疑わしいものだった。

 黒吉自身記憶といっては、極めてぼんやりしたものだったけれど、いたましい事には、それは何時も、この曲馬団の片隅の、衣裳戸棚から始まっていた。

 それで、彼がもの心のついた時からは、――彼の記憶が始まった時からは、いつも周囲には、悲壮ジンタと、くしゃくしゃになったあくどい色の衣裳と、そして、それらを罩こめた安白粉おしろいの匂いや、汗のしみた肉襦袢の、ムッとした嗅気が、重なり合って、色彩っていた。

 こうした頽廃的な雰囲気の中に、いつも絶えない、座員間の軋轢あつれきと、華やかな底に澱む、ひがんだ蒼黒い空気とは、幼い黒吉の心から、跡形もなく「朗らかさ」を毟むしり取って仕舞った。そして、あとに残った陰欝な、日陰の虫のような少年の心に、世の中というものを、一風変った方向からのみ、見詰めさせていた。

 彼は用のない時には、何時も、太い丸太が荒縄で、蜘蛛の巣のように、縦横無尽に張りまわされている薄暗い楽屋の隅で、何かぼんやりえこんでいた。それは少年らしくもない憂欝な、女々しい姿だった。

 黒吉は明かに、他の同輩の少年から

「オイ、こっちへこいよ」

 と声をかけられるのを恐れているように見えた。

 しかし、それは、単に彼の危惧に過ぎなかった。

 他の少年座員達は、誰も、この憂欝な顔をした、芸の不器用な、そして親方におぼえのよくない黒吉と、進んで遊ぼうというものはなかった。(それは恐ろしい団長への、気兼ねもあったろうが)寧ろ彼等は、黒吉の方からしかけても、決して色よい返事は、しないように思われた。

 結局、黒吉はそれをいい事にして、独りぽつねんと、小屋の隅に忘れられた儘、たった一つ、彼に残されたオアシスである他愛もない「空想」に耽っていた。

一ノ三

 憂欝な少年黒吉が、何を考えているのか。

 ――その前に、彼が、なぜ親方のおぼえが悪いのだろうかという事をいわなければならない。

 (それは、彼の憂欝性にも、重大な影響のある事だから

 黒吉は、どう見ても、親方の「お気に入り」とは思えなかった。それは、勿論彼が、芸の未熟な不器用だった事も、確かにその原因の、一つだったけれど、他の大きな原因は、彼が醜い容貌だ、という先天的な不運に、禍わざわいされていたのだった。

 男の子容貌が、そんなにも、幼い心を虐しいたげるものだろうか――。

 如何にも、舞台の上で生活するものにとって、顔の美醜は非常に大きなハンデキャップなのだ。彼の同輩の愛くるしい少年が、舞台で、どうしたはずみか、ストンと尻もちをついたとしたら、観客は

「まあ、可哀そうに……あら、赤くなって、こっちを見てるわ、まるで正美さんみたいね

 そういって可愛い美少年は、失敗をした為に、却って、観客の人気を得るのだ。けれど、それに引きかえて、醜い顔だちを持った黒吉が、舞台でそれと同じような失敗をしても、観客は、何の遠慮もなく、このぎこちない少年の未熟さを嘲笑うのだった。

 この観客にさえ嗤わらわれる黒吉は、勿論親方にとって、どんなに間抜けな、穀潰ごくつぶしに見えたかは充分想像が、出来るのだった。従って、黒吉に対する、親方仕打ちがどんなものだったかも――

(俺は芸が下手なんだ)

(俺は醜い男なんだ)

 薄暗い小屋の片隅で、独りぽつんと、考えこんでいる黒吉は、楽しい空想どころか、彼の幼い心には、この二つの子供らしくもない懊悩が、いつも吹き荒すさんでいるのだった。

 そして、それは彼の心の底へ、少年らしい甘えた気持を、ひた押しに内攻して仕舞って、彼を尚一層、陰気にする外、何んの役にもたたなかった。冷たい冷たい胸の中に、熱いものは、ただ一つ涙だけだった。

 こうした雰囲気の中に、閉じこめられた鴉黒吉が、真直に伸びる筈はなかった。

 ――そして、蒼白い「歪んだ心」を持った少年が、ここに一人生成されて行った。

 世の中の少年少女達が、喜々として、小学校に通い始めた頃だろうか。勿論黒吉には、そんな恵まれ生活は、遠く想像の外だった。

 しかし、この頃から黒吉は、同輩の幼い座員の中でも、少年少女とを、異った眼で見るようになって来た。

「何」という、ハッキリした相違はないのだが、女の子莫迦にされた時には、不思議男の子に罵られたような、憤りは感じなかったのだった。寧ろ、

(いっそ、あの手で打ぶたれたら……)

 と思うと、何かゾクゾクとした、喜びに似た気持を感じるのだ。

 これが何んであるか、黒吉は、次第に、その姿を、ハッキリ見るようになって来た。

一ノ四

 安白粉の匂いと、汗ばんだ体臭と、そして、ぺらぺらなあくどい色の衣裳が、雑巾のように、投げ散らかされた、この頽廃的な曲馬団の楽屋で、侮蔑の中に育てられた、陰気な少年の「歪んだ心」には、もうませた女の子への、不思議な執着が、ジクジクと燃えて来たのだ。

 ――そして、それを尚一層、駆立てるような、出来事が起った。

 それは、やっと敷地小屋掛けも済んで、いよいよ明日から公開、という前の日だった。

 団長は、例の通り、小六ヶ敷こむずかしい顔をして、小屋掛けの監督をしていたが、それが終って仕舞うと、さも「大仕事をした」というような顔をして、他のお気に入り幹部達と一緒に、何処か、遊びに出て行った。

 団長の遊びに行くのを、見送って仕舞うと、他の年かさな座員や、楽隊ジンタの係りの者なども、ようやくのびのびとして、思い思いの雑談に高笑いを立てていたが、剽軽者ひょうきんものの仙次が、自分の役であるピエロ舞台着を調べながら

「オイ、親父おやじが行ったぜ、俺の方も行こうか」

 恰度それが、合図でもあったかのように、急に話声が高くなった。

「ウン、たまには一杯やらなくちゃ……」

「ちえッ、たまには、とはよくもいいやがった。明日があるんだ、大丈夫か」

「ナーニ、少しはやらなくちゃ続かねエよ、いやなら止せよ」

「いやじゃねエよ」

ハハハ、五月蠅うるせえなア」

 と、如何にも嬉しそうに、がやがや喋りながら、それでも大急ぎで支度をして、町の中に開放されて行った。

 そして、何時か、このガランとした小屋の中には、蒲団ふとん係りの源二郎爺さんと、子供の座員だけが、ぽつんつんと取り残されていた。子供の座員は、外出を禁じられていた。それは勿論「脱走」に備えたものだった。その見張りの役が、今は老耄おいぼれて仕舞ったが、昔はこの一座を背負って立った源二郎爺じじいなのだ

 結局、幼い彼等は、小屋の中で、てんでに遊ぶより仕方がなかった。

 男の子男同志で、舞台を駈廻り、女の子は女らしく、固かたまって縄飛びをしていた。――そして、黒吉は、相変らず小屋の隅に、ぽつんと独りだった。

 しかし、何時になく、黒吉の眼は、何か一心に見詰めているようだ。

(この憂欝な、オドオドした少年が、一生懸命に見ているものは、何んだろう)

 誰でも、彼の平生を知っているものが、この様子に気付いたならば、一寸ちょっとをかしげたに相違ない。そして、何気なくこの少年視線を追って見たならば、或はハッと眼を伏せたかも知れないのだ。

 黒吉の恰度眼の前では、少女の座員たちが、簡単アッパッパを着て、縄飛びをしていた――。しかし彼の見ているのは、それではなかった。この少女達が、急いきおいよく自分の背丈せい位もある縄を飛んで、トンと下りると、その瞬間、簡単アッパッパスカートは、風を受けて乱れ、そこから覗くのは、ふっくりとした白い腿だった――。

(十やそこらの少年が、こんなものを、息を殺して見詰めているのだろうか――)

 そう考えると、極めて不快な感じの前に何か、寒む寒むとした、恐ろしさを覚えるのだ。

 しかし、尚そればかりではなかった。

 この憂欝な少年の心を、根柢から、グスグスとゆり動かした、あの「ふっくりとした白い腿」がたえまなく、彼の頭の中に、大きく渦を捲いて、押流れていた。

 やがて、その心の渦が、ようやく鎮まって来ると、その渦の中から、浮び上って来たのは、この一座の花形少女貴志田葉子きしだようこ」の顔だった。

 だが、それと同時に、黒吉は、いきなり打ち前倒のめされたような、劇しい不快な気持を、感じた。

(ちえッ、俺がいくらちゃんと遊ぼうったって、駄目だい。俺は芸が、下手くそなんだ。それに、あんな綺麗な葉ちゃんが、俺みたいな汚い子と遊んでくれるもんか……)

 だが、この少年の心の底へ、しっかり焼付られた、葉ちゃんへの、不思議な執着は、そんな事ぐらいでは、びくともしなかった。寧ろ

(駄目だ)

 と思えば思う程、余計に、いきなり大声で呶鳴ってみたいような焦燥を、いやが上にも煽立あおりたてているのだ。

 ――この頃から、彼のそぶりは、少しずつ変って来たようだった。それはよく気をつけて見たならば、相変らず小屋の片隅に、独りぽっちでいる黒吉の眼が、妙な光を持って来たのに、気がついたろう。そして、その時は彼の視線の先きに必ず幼い花形の、葉子が、愛くるしい姿をして飛廻っていたのだ。

 葉子は、まだ黒吉と同じように、十とう位だったが、顔は綺麗だし、芸は上手いし、自由小鳥のように朗らかで、あの気六ヶ敷い団長にすら、この上もなく可愛がられていたから、この陰惨な曲馬団の中でも、彼女だけは、充分幸福なように見えた。

 そして、勿論、この陰気な、醜い黒吉が、自分一挙一動を、舐めるように、見詰めているとは気づかなかったろう。

 黒吉自身は、彼女が、自分の事など、気にもかけていない、という事が「痛しかゆし」の気持だった。無論彼女

「こっちへいらっしゃいよ」

 とでも、声を掛けられたら、どんなに嬉しい事だろう。――しかし、その半面

「だらしがないのねエ、あんたなんか、大嫌いよ」

 といわれはしまいか、と思うと、彼女に話かけるどころか葉子が、何気なくこっちを見てさえ、

(俺を嗤うんじゃないか

 こうした感じが、脈管の中を、火のように逆流するのだ。それで、つと眼を伏せて仕舞う彼だった。

 黒吉は、自分でさえ、このひねくれた気持を知りながら、尚葉子への愛慕と伴に、どうしても、脱ぎ去る事が、出来なかった。

       ×

 思い出したように、賑やかなジンタが、「敷島マーチ」を一通り済ますと、続いて「カチウシャ」を始めた。フリュートの音が、ひょろひょろと蒼穹あおぞらに消えると、その合間合間に、乾からびた木戸番の「呼び込み」が、座員の心をも、何かそわそわさせるように、響いて来た。

「さあ、葉ちゃんの出番だよ」

「あら、もうあたしなの、いそがしいわ」

「いそいで、いそいで」

 葉子は周章あわててお煎餅せんべい一口齧かじると、衣裳部屋を飛出して行った。

 恰度、通り合せた黒吉は、ちらりとそれを見ると、何を思ったのか、その喰たべかけの煎餅を、そっと、いかにも大事そうに持って行った。

二ノ二

 葉子が、喰いかけて、抛り出して行った煎餅を、そっと、拾って来た黒吉は、座員達が、こってりと白粉を塗った顔を上気させながら、忙しそうに話し合っている所を、知らん顔して通り抜けると小屋の片隅の、座蒲団が山のように積上げられてある陰へ来た。

 黒吉は、経験で、舞台が始まると、こんなところには、滅多に人が来ない事を知っていた。

 それでも、注意深く、あたりに人気のないのを見澄ますと、こそこそと体を跼かがめながら、いまにも崩れそうに積上げられた座蒲団の隙間へ、潜り込んで行った。

 その隙間は、如何にも窮屈だったが、妙にぬくぬくとした弾力があって、何かなつかしいもののようであった。黒吉はやっと※ほっ[#「口+息」、16-9]とした落着きを味わいながら、あの煎餅のかけらを持ち迭かえると、それがさも大切な宝石でもあるかのように、そーっと手の掌ひらに載せて見た。

(これが、葉ちゃんの喰いかけだな)

 そう思うと、つい頬のゆるむ、嬉しさを感じた。……大事大事にとって置きたいような、……ぎゅっと抱締めたいような――。

 黒吉は、充分幸福を味わって、もう一遍沁々と、薄い光の中で、それを見詰めた。こうしてよくよく見ると、気の所為いか、その一かけの煎餅は、幾らか湿っているように思えた。

気をつけて、触ってみると、確かに、喰いかけのところが一寸湿っていた。

(葉ちゃんの唾つばきかな)

 黒吉の、小さい心臓は、この思わぬ、めっけものにガクガクと顫えた。

 彼は、いくら少年とはいえ、無論こんな一っかけの煎餅を、喰べたいばかりに、拾って来たのではなかった。黒吉には「葉子の喰べかけ」というところに、この煎餅が、幾カラットもあるダイヤモンドにも見えたのだ。

 しかし、触って見ると、このかけらは湿っている……

(葉ちゃんの唾だな)

 その瞬間、黒吉の頭には、衣裳部屋で、葉子が忙しそうにこの煎餅を咥くわえていた光景と、それにつづいてクロオズアップされた、彼女の、あの可愛い紅唇くちとが、アリアリと浮んだ。

 それと一緒に、彼は、思わずゴクンと、固い唾を飲んだ。

 黒吉は、妖しく眼を光らせながら、あたりを偸ぬすみ見ると、やがて、意を決したように、その葉子の唾液つばきで湿ったに違いない煎餅のかけらを、そっと唇に近づけた……。

(鹹しょっぱい――な)

 これは、勿論塩煎餅の味だったろう。だが、黒吉の手は、何故かぶるぶると顫えた。

 彼の少年らしくもない、深い陰影かげを持った顔は、何時か熱っぽく上気し、激しく心臓から投出される、血潮は、顳※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみをひくひくと波打たせていた。

 そして、もう手の掌に、べとべとと溶けて仕舞った、煎餅のかけらから、尚も「葉子の匂い」を嗅ぎ出そうと、総てを忘れて、ペロペロと舐め続けていた……。

「こらっ。何をしてるんだ、黒公」

 ハッと気がつくと、蒲団の山の向うから、源二郎爺の、怒りを含んだ怪訝な顔が、覗いていた。

「出番じゃねエか。愚図愚図してると、又ひどいぞ」

「ウン」

 黒吉は、瞬間、親方の顔を思い出して、ピョコンと飛起きた。そして、ベタベタと粘る手の掌を肉襦袢にこすりこすり、周章あわてて楽屋の方へ駈けて行った。

二ノ三

 黒吉は、命ぜられた、色々の曲芸をしながらも、頭の中は、いつも葉子の事で一杯だった。

(一度でいいから葉ちゃんと、沁々話したい)

 これが、彼の歪められた心に発生わいて来た、たった一つの望みだった。

 彼がもっと朗らかな、普通の子供であったならば、いつも同じ小屋にいる葉子だもの、そんな事は、造作なく実現したに違いない。

 しかし、それにしては、黒吉は、余りに陰気な、ひねくれた少年だった。――というのも、彼の暗い周囲がそうさせたのだが――。

 そして、早熟ませた葉子への執着が、堰せき切れなくなった時に彼が見つけたのは、あの煎餅のかけらが産んだ、恐ろしい恍惚エクスタシーだった。

 一度こうした排はけ口を見つけた、彼の心が、その儘止まる筈はなかった――寧ろ、津浪のようにその排け口に向って殺到して行ったのだ。

 彼は、そっと、人のいないのを見すまして、衣裳部屋に潜り込み、葉子の小ちっちゃい肉襦袢に、醜悪な顔を、埋うずめていた事もあった。

 その白粉の匂いと、体臭のむんむんする臭いが、彼自身眩暈めまいをさえ伴った、陶酔感を与えるのだ。

 そして、ふと、その肉襦袢に、葉子のオカッパの髪が、二三本ついていたのを見つけると、その大発見に狂喜しながら、注意ぶかく抓つまみ上げて、白い紙につつむと、あり合せの鉛筆で、

「葉子チャンノカミノケ」

 そんな文句を、下手糞な字で、たどたどしく書きつけ、もう一度、上から擦さすって見てから、それを、肌身深く蔵しまいこんで仕舞った……。

 こうした彼の悪癖が、益々慕って行った事は、その後、葉子の持ち物が、ちょいちょい失なくなるようになった事でも、充分想像が出来た。

 失くなるといっても、勿論たいした品物を、曲馬団の少女が、持っている訳はなかったから、もうすり減った、真黒く脂肪あぶら足の跡が附いた、下駄の一方だとか、毛の抜けて仕舞った竹の歯楊子ようじだとか、そういった、極く下らないものだった。それで、

(盗られた)

 という気持を、葉子自身ですら感じなかったのは、彼にとっては、もっけの幸いだった。しかしこれらの「下らない紛失物」が、黒吉にとって、どんなに貴重なものだったかは、また容易に想像出来るのだ。

 ――ここまでは、黒吉少年の心に醗酵した、侘わびしい(しか執拗な)彼一人だけの、胸の中の恋だった。

 だが、ここに葉子が、暴風雨あらしを伴奏にして、颯爽と、現実舞台へ、登場しようとしている。

       ×

 極東曲馬団は、町から町、盛り場から盛り場を、人々の眼を楽しませながら、流れ移っていた。

 そして、ある田舎町に敷地を借り、ようやく小屋掛けも終ったと殆んど同時に、朝から頸を傾かしげさせていた空模様が、一時に頽くずれて、大粒の雨が、無気味な風を含んで、ぽたりぽたり落ちて来たかと思うと、もう篠つくような豪雨に変っていた。

 団長等は、早々に、宿屋に引上げて仕舞ったが、子供の座員や、下っぱの座員などは、経費の関係で、いつも、この小屋に泊る事を言渡されていた。子供等の方では、これは当然だと思っていたし、又団長がいないという事で、却って喜んでいたようでもあった。

 しかし、この急拵えの小屋が、この沛然はいぜんと降る豪雨に、無事な筈はなく、雨漏りをさけて遁げ廻った末、やっと楽屋の隅で、ひと凝固かたまりになって、横になる事が出来たのは、もう大分夜が更けてからだった。

 黒吉は、眼をつぶって、ようやく小降りになって来たらしい、雨の音を聴いていると、もう肩を並べた隣りからは、幽かな寝息さえ聴えて来た。

 それと同時に、黒吉は、何かドキンとしたものを感じた。

(隣りに寝ているのは、葉ちゃんじゃないか――)

二ノ四

 瞬間、黒吉は自分の頭が、シーンと澄み透って行くのを感じた。

(果して、隣りで寝ているのは、葉ちゃんだろうか)

 それは勿論、第六感とでもいうのか、極く曖昧ものだった。が、あの騒ぎで、皆んな、ごたごたに寝て仕舞ったのだから全然あり得ない事でもないのだ。

 そう思うと、隣りと接した、肩の辺が、熱っぽく、暑苦しいようにさえ感じた。そして、心臓はその鼓動と伴に、胸の中、一杯に拡がって行った。

 黒吉は、思い切って、起上り、顔を覗き見たい衝動を感じた。あたりは真暗だが、よく気をつけて覗きこめば、顔の判別がつかぬ、という程でもないように思われた。

 彼は、そーっと、薄い蒲団の縁へりへ、手をかけた。だが――

(まてまて。葉ちゃんならば、こんなに素晴らしい事はない。けれども、こんなにぎっしり寝ている処で、ごそごそ起きたら、どうかすると、彼女は眼を覚ますかも知れない。

 それだけならいいが、眼を覚まして、俺が覗きこんでいた事を知ったら、きっと葉ちゃんは、真赤になって、この醜い俺を罵り、どこか遠くへ寝床をかえて仕舞うに違いないんだ。

 ――そんな莫迦な事をするより、例え短かくとも、夜が明けるまで、こうして葉ちゃんの、ふくよかな肩の感触を恣ほしいままにした方が、どれ程気が利いていることか……)

 黒吉の心の中の、内気な半面が、こう囁いた。

 彼は、蒲団にかけた手を、又静かに戻して仕舞うと、今度は、全身の注意を、細かに砕いて、彼女の方へぴったり、摺り寄って行った。そして、温もりに混った、彼女の穏やかな心臓の響きを、肩の辺に聴いていた……。

 フト、冷めたい風を感じて、何時の間にかつぶっていた眼を明けて見ると、あたりには極くうっすらと、光が射しているのに、気がついた。

(もう夜明けかな――いつの間に寝て仕舞ったんだろう)

 それと一緒に、思わずガクンと体の顫えるような、口惜くやしさに似た後悔を感じた。

(葉ちゃんは……)

 黒吉は、先ずそれが心懸りだったので、ぐっと頸を廻して隣りを確めようとした。

(おや……)

 彼の眼に這入ったのは、葉子より先きに、キンと澄み切った、尖った月の半分だった。

 急拵えの小屋天幕は、夕方の大暴風雨あらしに吹きまくられてぽっかり夜空に口を開け、恰度そこから、のり出すように月が覗き込み、地底のようにシンと澱んだ小屋の中に白々とした、絹糸のような、光を撒いているのだ。暴風雨あらしの後の月は物凄いまでに、冴え冴えとしていた。

(まだ夜中だ)

 黒吉は※ほ[#「口+息」、22-9]っと心配を排はき棄てた。

 彼の隣りには、葉子が、いかにも寝苦しそうに寝ていた。先刻さっきは、確かに葉子だ、とは断言出来なかったが、いまでは極く淡い光ではあったが、その中でも、段々眼の馴れるに従って、黒吉には、ハッキリ葉子の姿が、写って来た。

 黒吉は、意を決したように、半身を蒲団から抜出し、月の光を遮らないように――、音のしないように、そっと彼女の顔を覗きこんだ。

 眼の下には、月の光を受けて、いつもより蒼白く見える葉子の、幼い顔が、少しばかり口さえ開け、寝入っていた。もう少し月の光が強かったら、この房々としたオカッパの頭髪かみのけが黄金のように光るだろう――と思えた。

 又、襟足の洗いおとした白粉が、この幼い葉子の寝姿を少年の心にも、一入ひとしお可憐いじらしく見せていた。

 暫く、ぼんやりと、その夢のように霞んだ、葉子の顔を、見詰めていた黒吉は、ゴクンと固い唾を咽喉へ通すと、その薄く開かれた唇から、寝息でも聴こうとするのか、顔を次第次第に近附けて行った。

 何故か、彼の唇は、ガザガザに乾いていた。

 やがて、この弱々しい月光の下で、二つのさな頭の影が、一つになって仕舞うと、彼は、葉子の頬についている、小さい愛嬌黒子ぼくろが、自分の頬をも、凹へこますのを感じた。

二ノ五

 黒吉の、唇に感じた、葉子の唇の感触は、ぬくぬくとして弾力に富んだはんぺんのようだった。妙な連想だけれど、事実彼の経験では、これが一番よく似ていたのだ。

 唯、違った所――それは非常に違ったところがあるのだが――残念ながら、それをいい表わす言葉を知らなかった。

 彼は、そーっと腕の力を抜こうとした。途端に、肘の下の羽目板が、鈍い音を立てた。造作の悪い掛小屋なので、一寸した重みの加減でも、板が軋むのだ。シンとした周囲あたりと、針のように尖った、彼の神経に、それが幾層倍にも、拡大されて響き渡った。

 黒吉の心臓は、瞬間、ドキンと音がして止ったようだった。

「ク……」

 周章あわてて顔を上げた彼の眼の下で、葉子は、悪い夢でも見たのか、咽喉を鳴らすと、寝返りを打って、向うを向いて仕舞った。

(眼を覚ましたかな)

 黒吉は、思いきり息を深くしながら、葉子の墨のような、後向きの寝姿を、見守った。(いや、大丈夫だ)

 寝返りをした葉子は、幸い、眼を覚まさなかったと見えて、直ぐ又かすかな、寝息が、聴えて来た。

 彼は、ようやく※ほ[#「口+息」、24-4]っと、熱

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anond:20250708044816

 辺鄙な、村はずれの丘には、いつの間にか、華やかな幕を沢山吊るした急拵ごしらえの小屋掛が出来て、極東曲馬団の名がかけられ、狂燥なジンタと、ヒョロヒョロと空気を伝わるフリュートの音に、村人は、老おいも若きも、しばし、強烈な色彩と音楽スリル享楽し、又、いつの間にか曲馬団が他へ流れて行っても、しばらくは、フト白い流れ雲の中に、少年少女の縊くびれた肢体を思い出すのである

 トテモ華やかな、その空気の中にも、やっぱり、小さな「悩める虫」がいるのだ。

一ノ二

莫迦ッ、そんな事が出来ねエのか、間抜けめ!」

 親方は、野卑な言葉で、そう呶鳴どなると、手に持った革の鞭で、床をビシビシ撲りつけながら、黒吉くろきちを、グッと睨みつけるのだった。

 まだいたいけな少年の黒吉は、恐ろしさにオドオドして、

「済みません、済みません」

 そんな事を、呟くようにいうと、ぼろぼろに裂けた肉襦袢じゅばんの、肩の辺を擦さすりながら、氷のように冷めたい床の上に、又無器用な体つきで、ゴロンゴロンと幾度も「逆立ち」を遣り直していた。

 饑ひもじさと、恐ろしさと、苦痛と、寒気と、そして他の座員の嘲笑とが、もう毎度の事だったが、黒吉の身の周りに、犇々ひしひしと迫って、思わずホロホロと滾こぼした血のような涙が、荒削りの床に、黒い斑点を残して、音もなく滲しみ込んで行った。

 ――ここは、極東曲馬団の楽屋裏だった。

 逆立ちの下手な、無器用な黒吉は、ここの少年座員なのだ

 鴉からす黒吉。というのが彼の名前だった。しかしこれは舞台だけの芸名か、それとも本当の名前か、恐らくこれは字面じづらから見て、親方が、勝手につけた名前に違いないが、本名となると彼自身は勿論の事、親方だってハッキリ知っているかどうかは疑わしいものだった。

 黒吉自身記憶といっては、極めてぼんやりしたものだったけれど、いたましい事には、それは何時も、この曲馬団の片隅の、衣裳戸棚から始まっていた。

 それで、彼がもの心のついた時からは、――彼の記憶が始まった時からは、いつも周囲には、悲壮ジンタと、くしゃくしゃになったあくどい色の衣裳と、そして、それらを罩こめた安白粉おしろいの匂いや、汗のしみた肉襦袢の、ムッとした嗅気が、重なり合って、色彩っていた。

 こうした頽廃的な雰囲気の中に、いつも絶えない、座員間の軋轢あつれきと、華やかな底に澱む、ひがんだ蒼黒い空気とは、幼い黒吉の心から、跡形もなく「朗らかさ」を毟むしり取って仕舞った。そして、あとに残った陰欝な、日陰の虫のような少年の心に、世の中というものを、一風変った方向からのみ、見詰めさせていた。

 彼は用のない時には、何時も、太い丸太が荒縄で、蜘蛛の巣のように、縦横無尽に張りまわされている薄暗い楽屋の隅で、何かぼんやりえこんでいた。それは少年らしくもない憂欝な、女々しい姿だった。

 黒吉は明かに、他の同輩の少年から

「オイ、こっちへこいよ」

 と声をかけられるのを恐れているように見えた。

 しかし、それは、単に彼の危惧に過ぎなかった。

 他の少年座員達は、誰も、この憂欝な顔をした、芸の不器用な、そして親方におぼえのよくない黒吉と、進んで遊ぼうというものはなかった。(それは恐ろしい団長への、気兼ねもあったろうが)寧ろ彼等は、黒吉の方からしかけても、決して色よい返事は、しないように思われた。

 結局、黒吉はそれをいい事にして、独りぽつねんと、小屋の隅に忘れられた儘、たった一つ、彼に残されたオアシスである他愛もない「空想」に耽っていた。

一ノ三

 憂欝な少年黒吉が、何を考えているのか。

 ――その前に、彼が、なぜ親方のおぼえが悪いのだろうかという事をいわなければならない。

 (それは、彼の憂欝性にも、重大な影響のある事だから

 黒吉は、どう見ても、親方の「お気に入り」とは思えなかった。それは、勿論彼が、芸の未熟な不器用だった事も、確かにその原因の、一つだったけれど、他の大きな原因は、彼が醜い容貌だ、という先天的な不運に、禍わざわいされていたのだった。

 男の子容貌が、そんなにも、幼い心を虐しいたげるものだろうか――。

 如何にも、舞台の上で生活するものにとって、顔の美醜は非常に大きなハンデキャップなのだ。彼の同輩の愛くるしい少年が、舞台で、どうしたはずみか、ストンと尻もちをついたとしたら、観客は

「まあ、可哀そうに……あら、赤くなって、こっちを見てるわ、まるで正美さんみたいね

 そういって可愛い美少年は、失敗をした為に、却って、観客の人気を得るのだ。けれど、それに引きかえて、醜い顔だちを持った黒吉が、舞台でそれと同じような失敗をしても、観客は、何の遠慮もなく、このぎこちない少年の未熟さを嘲笑うのだった。

 この観客にさえ嗤わらわれる黒吉は、勿論親方にとって、どんなに間抜けな、穀潰ごくつぶしに見えたかは充分想像が、出来るのだった。従って、黒吉に対する、親方仕打ちがどんなものだったかも――

(俺は芸が下手なんだ)

(俺は醜い男なんだ)

 薄暗い小屋の片隅で、独りぽつんと、考えこんでいる黒吉は、楽しい空想どころか、彼の幼い心には、この二つの子供らしくもない懊悩が、いつも吹き荒すさんでいるのだった。

 そして、それは彼の心の底へ、少年らしい甘えた気持を、ひた押しに内攻して仕舞って、彼を尚一層、陰気にする外、何んの役にもたたなかった。冷たい冷たい胸の中に、熱いものは、ただ一つ涙だけだった。

 こうした雰囲気の中に、閉じこめられた鴉黒吉が、真直に伸びる筈はなかった。

 ――そして、蒼白い「歪んだ心」を持った少年が、ここに一人生成されて行った。

 世の中の少年少女達が、喜々として、小学校に通い始めた頃だろうか。勿論黒吉には、そんな恵まれ生活は、遠く想像の外だった。

 しかし、この頃から黒吉は、同輩の幼い座員の中でも、少年少女とを、異った眼で見るようになって来た。

「何」という、ハッキリした相違はないのだが、女の子莫迦にされた時には、不思議男の子に罵られたような、憤りは感じなかったのだった。寧ろ、

(いっそ、あの手で打ぶたれたら……)

 と思うと、何かゾクゾクとした、喜びに似た気持を感じるのだ。

 これが何んであるか、黒吉は、次第に、その姿を、ハッキリ見るようになって来た。

一ノ四

 安白粉の匂いと、汗ばんだ体臭と、そして、ぺらぺらなあくどい色の衣裳が、雑巾のように、投げ散らかされた、この頽廃的な曲馬団の楽屋で、侮蔑の中に育てられた、陰気な少年の「歪んだ心」には、もうませた女の子への、不思議な執着が、ジクジクと燃えて来たのだ。

 ――そして、それを尚一層、駆立てるような、出来事が起った。

 それは、やっと敷地小屋掛けも済んで、いよいよ明日から公開、という前の日だった。

 団長は、例の通り、小六ヶ敷こむずかしい顔をして、小屋掛けの監督をしていたが、それが終って仕舞うと、さも「大仕事をした」というような顔をして、他のお気に入り幹部達と一緒に、何処か、遊びに出て行った。

 団長の遊びに行くのを、見送って仕舞うと、他の年かさな座員や、楽隊ジンタの係りの者なども、ようやくのびのびとして、思い思いの雑談に高笑いを立てていたが、剽軽者ひょうきんものの仙次が、自分の役であるピエロ舞台着を調べながら

「オイ、親父おやじが行ったぜ、俺の方も行こうか」

 恰度それが、合図でもあったかのように、急に話声が高くなった。

「ウン、たまには一杯やらなくちゃ……」

「ちえッ、たまには、とはよくもいいやがった。明日があるんだ、大丈夫か」

「ナーニ、少しはやらなくちゃ続かねエよ、いやなら止せよ」

「いやじゃねエよ」

ハハハ、五月蠅うるせえなア」

 と、如何にも嬉しそうに、がやがや喋りながら、それでも大急ぎで支度をして、町の中に開放されて行った。

 そして、何時か、このガランとした小屋の中には、蒲団ふとん係りの源二郎爺さんと、子供の座員だけが、ぽつんつんと取り残されていた。子供の座員は、外出を禁じられていた。それは勿論「脱走」に備えたものだった。その見張りの役が、今は老耄おいぼれて仕舞ったが、昔はこの一座を背負って立った源二郎爺じじいなのだ

 結局、幼い彼等は、小屋の中で、てんでに遊ぶより仕方がなかった。

 男の子男同志で、舞台を駈廻り、女の子は女らしく、固かたまって縄飛びをしていた。――そして、黒吉は、相変らず小屋の隅に、ぽつんと独りだった。

 しかし、何時になく、黒吉の眼は、何か一心に見詰めているようだ。

(この憂欝な、オドオドした少年が、一生懸命に見ているものは、何んだろう)

 誰でも、彼の平生を知っているものが、この様子に気付いたならば、一寸ちょっとをかしげたに相違ない。そして、何気なくこの少年視線を追って見たならば、或はハッと眼を伏せたかも知れないのだ。

 黒吉の恰度眼の前では、少女の座員たちが、簡単アッパッパを着て、縄飛びをしていた――。しかし彼の見ているのは、それではなかった。この少女達が、急いきおいよく自分の背丈せい位もある縄を飛んで、トンと下りると、その瞬間、簡単アッパッパスカートは、風を受けて乱れ、そこから覗くのは、ふっくりとした白い腿だった――。

(十やそこらの少年が、こんなものを、息を殺して見詰めているのだろうか――)

 そう考えると、極めて不快な感じの前に何か、寒む寒むとした、恐ろしさを覚えるのだ。

 しかし、尚そればかりではなかった。

 この憂欝な少年の心を、根柢から、グスグスとゆり動かした、あの「ふっくりとした白い腿」がたえまなく、彼の頭の中に、大きく渦を捲いて、押流れていた。

 やがて、その心の渦が、ようやく鎮まって来ると、その渦の中から、浮び上って来たのは、この一座の花形少女貴志田葉子きしだようこ」の顔だった。

 だが、それと同時に、黒吉は、いきなり打ち前倒のめされたような、劇しい不快な気持を、感じた。

(ちえッ、俺がいくらちゃんと遊ぼうったって、駄目だい。俺は芸が、下手くそなんだ。それに、あんな綺麗な葉ちゃんが、俺みたいな汚い子と遊んでくれるもんか……)

 だが、この少年の心の底へ、しっかり焼付られた、葉ちゃんへの、不思議な執着は、そんな事ぐらいでは、びくともしなかった。寧ろ

(駄目だ)

 と思えば思う程、余計に、いきなり大声で呶鳴ってみたいような焦燥を、いやが上にも煽立あおりたてているのだ。

 ――この頃から、彼のそぶりは、少しずつ変って来たようだった。それはよく気をつけて見たならば、相変らず小屋の片隅に、独りぽっちでいる黒吉の眼が、妙な光を持って来たのに、気がついたろう。そして、その時は彼の視線の先きに必ず幼い花形の、葉子が、愛くるしい姿をして飛廻っていたのだ。

 葉子は、まだ黒吉と同じように、十とう位だったが、顔は綺麗だし、芸は上手いし、自由小鳥のように朗らかで、あの気六ヶ敷い団長にすら、この上もなく可愛がられていたから、この陰惨な曲馬団の中でも、彼女だけは、充分幸福なように見えた。

 そして、勿論、この陰気な、醜い黒吉が、自分一挙一動を、舐めるように、見詰めているとは気づかなかったろう。

 黒吉自身は、彼女が、自分の事など、気にもかけていない、という事が「痛しかゆし」の気持だった。無論彼女

「こっちへいらっしゃいよ」

 とでも、声を掛けられたら、どんなに嬉しい事だろう。――しかし、その半面

「だらしがないのねエ、あんたなんか、大嫌いよ」

 といわれはしまいか、と思うと、彼女に話かけるどころか葉子が、何気なくこっちを見てさえ、

(俺を嗤うんじゃないか

 こうした感じが、脈管の中を、火のように逆流するのだ。それで、つと眼を伏せて仕舞う彼だった。

 黒吉は、自分でさえ、このひねくれた気持を知りながら、尚葉子への愛慕と伴に、どうしても、脱ぎ去る事が、出来なかった。

       ×

 思い出したように、賑やかなジンタが、「敷島マーチ」を一通り済ますと、続いて「カチウシャ」を始めた。フリュートの音が、ひょろひょろと蒼穹あおぞらに消えると、その合間合間に、乾からびた木戸番の「呼び込み」が、座員の心をも、何かそわそわさせるように、響いて来た。

「さあ、葉ちゃんの出番だよ」

「あら、もうあたしなの、いそがしいわ」

「いそいで、いそいで」

 葉子は周章あわててお煎餅せんべい一口齧かじると、衣裳部屋を飛出して行った。

 恰度、通り合せた黒吉は、ちらりとそれを見ると、何を思ったのか、その喰たべかけの煎餅を、そっと、いかにも大事そうに持って行った。

二ノ二

 葉子が、喰いかけて、抛り出して行った煎餅を、そっと、拾って来た黒吉は、座員達が、こってりと白粉を塗った顔を上気させながら、忙しそうに話し合っている所を、知らん顔して通り抜けると小屋の片隅の、座蒲団が山のように積上げられてある陰へ来た。

 黒吉は、経験で、舞台が始まると、こんなところには、滅多に人が来ない事を知っていた。

 それでも、注意深く、あたりに人気のないのを見澄ますと、こそこそと体を跼かがめながら、いまにも崩れそうに積上げられた座蒲団の隙間へ、潜り込んで行った。

 その隙間は、如何にも窮屈だったが、妙にぬくぬくとした弾力があって、何かなつかしいもののようであった。黒吉はやっと※ほっ[#「口+息」、16-9]とした落着きを味わいながら、あの煎餅のかけらを持ち迭かえると、それがさも大切な宝石でもあるかのように、そーっと手の掌ひらに載せて見た。

(これが、葉ちゃんの喰いかけだな)

 そう思うと、つい頬のゆるむ、嬉しさを感じた。……大事大事にとって置きたいような、……ぎゅっと抱締めたいような――。

 黒吉は、充分幸福を味わって、もう一遍沁々と、薄い光の中で、それを見詰めた。こうしてよくよく見ると、気の所為いか、その一かけの煎餅は、幾らか湿っているように思えた。

気をつけて、触ってみると、確かに、喰いかけのところが一寸湿っていた。

(葉ちゃんの唾つばきかな)

 黒吉の、小さい心臓は、この思わぬ、めっけものにガクガクと顫えた。

 彼は、いくら少年とはいえ、無論こんな一っかけの煎餅を、喰べたいばかりに、拾って来たのではなかった。黒吉には「葉子の喰べかけ」というところに、この煎餅が、幾カラットもあるダイヤモンドにも見えたのだ。

 しかし、触って見ると、このかけらは湿っている……

(葉ちゃんの唾だな)

 その瞬間、黒吉の頭には、衣裳部屋で、葉子が忙しそうにこの煎餅を咥くわえていた光景と、それにつづいてクロオズアップされた、彼女の、あの可愛い紅唇くちとが、アリアリと浮んだ。

 それと一緒に、彼は、思わずゴクンと、固い唾を飲んだ。

 黒吉は、妖しく眼を光らせながら、あたりを偸ぬすみ見ると、やがて、意を決したように、その葉子の唾液つばきで湿ったに違いない煎餅のかけらを、そっと唇に近づけた……。

(鹹しょっぱい――な)

 これは、勿論塩煎餅の味だったろう。だが、黒吉の手は、何故かぶるぶると顫えた。

 彼の少年らしくもない、深い陰影かげを持った顔は、何時か熱っぽく上気し、激しく心臓から投出される、血潮は、顳※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみをひくひくと波打たせていた。

 そして、もう手の掌に、べとべとと溶けて仕舞った、煎餅のかけらから、尚も「葉子の匂い」を嗅ぎ出そうと、総てを忘れて、ペロペロと舐め続けていた……。

「こらっ。何をしてるんだ、黒公」

 ハッと気がつくと、蒲団の山の向うから、源二郎爺の、怒りを含んだ怪訝な顔が、覗いていた。

「出番じゃねエか。愚図愚図してると、又ひどいぞ」

「ウン」

 黒吉は、瞬間、親方の顔を思い出して、ピョコンと飛起きた。そして、ベタベタと粘る手の掌を肉襦袢にこすりこすり、周章あわてて楽屋の方へ駈けて行った。

二ノ三

 黒吉は、命ぜられた、色々の曲芸をしながらも、頭の中は、いつも葉子の事で一杯だった。

(一度でいいから葉ちゃんと、沁々話したい)

 これが、彼の歪められた心に発生わいて来た、たった一つの望みだった。

 彼がもっと朗らかな、普通の子供であったならば、いつも同じ小屋にいる葉子だもの、そんな事は、造作なく実現したに違いない。

 しかし、それにしては、黒吉は、余りに陰気な、ひねくれた少年だった。――というのも、彼の暗い周囲がそうさせたのだが――。

 そして、早熟ませた葉子への執着が、堰せき切れなくなった時に彼が見つけたのは、あの煎餅のかけらが産んだ、恐ろしい恍惚エクスタシーだった。

 一度こうした排はけ口を見つけた、彼の心が、その儘止まる筈はなかった――寧ろ、津浪のようにその排け口に向って殺到して行ったのだ。

 彼は、そっと、人のいないのを見すまして、衣裳部屋に潜り込み、葉子の小ちっちゃい肉襦袢に、醜悪な顔を、埋うずめていた事もあった。

 その白粉の匂いと、体臭のむんむんする臭いが、彼自身眩暈めまいをさえ伴った、陶酔感を与えるのだ。

 そして、ふと、その肉襦袢に、葉子のオカッパの髪が、二三本ついていたのを見つけると、その大発見に狂喜しながら、注意ぶかく抓つまみ上げて、白い紙につつむと、あり合せの鉛筆で、

「葉子チャンノカミノケ」

 そんな文句を、下手糞な字で、たどたどしく書きつけ、もう一度、上から擦さすって見てから、それを、肌身深く蔵しまいこんで仕舞った……。

 こうした彼の悪癖が、益々慕って行った事は、その後、葉子の持ち物が、ちょいちょい失なくなるようになった事でも、充分想像が出来た。

 失くなるといっても、勿論たいした品物を、曲馬団の少女が、持っている訳はなかったから、もうすり減った、真黒く脂肪あぶら足の跡が附いた、下駄の一方だとか、毛の抜けて仕舞った竹の歯楊子ようじだとか、そういった、極く下らないものだった。それで、

(盗られた)

 という気持を、葉子自身ですら感じなかったのは、彼にとっては、もっけの幸いだった。しかしこれらの「下らない紛失物」が、黒吉にとって、どんなに貴重なものだったかは、また容易に想像出来るのだ。

 ――ここまでは、黒吉少年の心に醗酵した、侘わびしい(しか執拗な)彼一人だけの、胸の中の恋だった。

 だが、ここに葉子が、暴風雨あらしを伴奏にして、颯爽と、現実舞台へ、登場しようとしている。

       ×

 極東曲馬団は、町から町、盛り場から盛り場を、人々の眼を楽しませながら、流れ移っていた。

 そして、ある田舎町に敷地を借り、ようやく小屋掛けも終ったと殆んど同時に、朝から頸を傾かしげさせていた空模様が、一時に頽くずれて、大粒の雨が、無気味な風を含んで、ぽたりぽたり落ちて来たかと思うと、もう篠つくような豪雨に変っていた。

 団長等は、早々に、宿屋に引上げて仕舞ったが、子供の座員や、下っぱの座員などは、経費の関係で、いつも、この小屋に泊る事を言渡されていた。子供等の方では、これは当然だと思っていたし、又団長がいないという事で、却って喜んでいたようでもあった。

 しかし、この急拵えの小屋が、この沛然はいぜんと降る豪雨に、無事な筈はなく、雨漏りをさけて遁げ廻った末、やっと楽屋の隅で、ひと凝固かたまりになって、横になる事が出来たのは、もう大分夜が更けてからだった。

 黒吉は、眼をつぶって、ようやく小降りになって来たらしい、雨の音を聴いていると、もう肩を並べた隣りからは、幽かな寝息さえ聴えて来た。

 それと同時に、黒吉は、何かドキンとしたものを感じた。

(隣りに寝ているのは、葉ちゃんじゃないか――)

二ノ四

 瞬間、黒吉は自分の頭が、シーンと澄み透って行くのを感じた。

(果して、隣りで寝ているのは、葉ちゃんだろうか)

 それは勿論、第六感とでもいうのか、極く曖昧ものだった。が、あの騒ぎで、皆んな、ごたごたに寝て仕舞ったのだから全然あり得ない事でもないのだ。

 そう思うと、隣りと接した、肩の辺が、熱っぽく、暑苦しいようにさえ感じた。そして、心臓はその鼓動と伴に、胸の中、一杯に拡がって行った。

 黒吉は、思い切って、起上り、顔を覗き見たい衝動を感じた。あたりは真暗だが、よく気をつけて覗きこめば、顔の判別がつかぬ、という程でもないように思われた。

 彼は、そーっと、薄い蒲団の縁へりへ、手をかけた。だが――

(まてまて。葉ちゃんならば、こんなに素晴らしい事はない。けれども、こんなにぎっしり寝ている処で、ごそごそ起きたら、どうかすると、彼女は眼を覚ますかも知れない。

 それだけならいいが、眼を覚まして、俺が覗きこんでいた事を知ったら、きっと葉ちゃんは、真赤になって、この醜い俺を罵り、どこか遠くへ寝床をかえて仕舞うに違いないんだ。

 ――そんな莫迦な事をするより、例え短かくとも、夜が明けるまで、こうして葉ちゃんの、ふくよかな肩の感触を恣ほしいままにした方が、どれ程気が利いていることか……)

 黒吉の心の中の、内気な半面が、こう囁いた。

 彼は、蒲団にかけた手を、又静かに戻して仕舞うと、今度は、全身の注意を、細かに砕いて、彼女の方へぴったり、摺り寄って行った。そして、温もりに混った、彼女の穏やかな心臓の響きを、肩の辺に聴いていた……。

 フト、冷めたい風を感じて、何時の間にかつぶっていた眼を明けて見ると、あたりには極くうっすらと、光が射しているのに、気がついた。

(もう夜明けかな――いつの間に寝て仕舞ったんだろう)

 それと一緒に、思わずガクンと体の顫えるような、口惜くやしさに似た後悔を感じた。

(葉ちゃんは……)

 黒吉は、先ずそれが心懸りだったので、ぐっと頸を廻して隣りを確めようとした。

(おや……)

 彼の眼に這入ったのは、葉子より先きに、キンと澄み切った、尖った月の半分だった。

 急拵えの小屋天幕は、夕方の大暴風雨あらしに吹きまくられてぽっかり夜空に口を開け、恰度そこから、のり出すように月が覗き込み、地底のようにシンと澱んだ小屋の中に白々とした、絹糸のような、光を撒いているのだ。暴風雨あらしの後の月は物凄いまでに、冴え冴えとしていた。

(まだ夜中だ)

 黒吉は※ほ[#「口+息」、22-9]っと心配を排はき棄てた。

 彼の隣りには、葉子が、いかにも寝苦しそうに寝ていた。先刻さっきは、確かに葉子だ、とは断言出来なかったが、いまでは極く淡い光ではあったが、その中でも、段々眼の馴れるに従って、黒吉には、ハッキリ葉子の姿が、写って来た。

 黒吉は、意を決したように、半身を蒲団から抜出し、月の光を遮らないように――、音のしないように、そっと彼女の顔を覗きこんだ。

 眼の下には、月の光を受けて、いつもより蒼白く見える葉子の、幼い顔が、少しばかり口さえ開け、寝入っていた。もう少し月の光が強かったら、この房々としたオカッパの頭髪かみのけが黄金のように光るだろう――と思えた。

 又、襟足の洗いおとした白粉が、この幼い葉子の寝姿を少年の心にも、一入ひとしお可憐いじらしく見せていた。

 暫く、ぼんやりと、その夢のように霞んだ、葉子の顔を、見詰めていた黒吉は、ゴクンと固い唾を咽喉へ通すと、その薄く開かれた唇から、寝息でも聴こうとするのか、顔を次第次第に近附けて行った。

 何故か、彼の唇は、ガザガザに乾いていた。

 やがて、この弱々しい月光の下で、二つのさな頭の影が、一つになって仕舞うと、彼は、葉子の頬についている、小さい愛嬌黒子ぼくろが、自分の頬をも、凹へこますのを感じた。

二ノ五

 黒吉の、唇に感じた、葉子の唇の感触は、ぬくぬくとして弾力に富んだはんぺんのようだった。妙な連想だけれど、事実彼の経験では、これが一番よく似ていたのだ。

 唯、違った所――それは非常に違ったところがあるのだが――残念ながら、それをいい表わす言葉を知らなかった。

 彼は、そーっと腕の力を抜こうとした。途端に、肘の下の羽目板が、鈍い音を立てた。造作の悪い掛小屋なので、一寸した重みの加減でも、板が軋むのだ。シンとした周囲あたりと、針のように尖った、彼の神経に、それが幾層倍にも、拡大されて響き渡った。

 黒吉の心臓は、瞬間、ドキンと音がして止ったようだった。

「ク……」

 周章あわてて顔を上げた彼の眼の下で、葉子は、悪い夢でも見たのか、咽喉を鳴らすと、寝返りを打って、向うを向いて仕舞った。

(眼を覚ましたかな)

 黒吉は、思いきり息を深くしながら、葉子の墨のような、後向きの寝姿を、見守った。(いや、大丈夫だ)

 寝返りをした葉子は、幸い、眼を覚まさなかったと見えて、直ぐ又かすかな、寝息が、聴えて来た。

 彼は、ようやく※ほ[#「口+息」、24-4]っと、熱

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anond:20250708044816

 辺鄙な、村はずれの丘には、いつの間にか、華やかな幕を沢山吊るした急拵ごしらえの小屋掛が出来て、極東曲馬団の名がかけられ、狂燥なジンタと、ヒョロヒョロと空気を伝わるフリュートの音に、村人は、老おいも若きも、しばし、強烈な色彩と音楽スリル享楽し、又、いつの間にか曲馬団が他へ流れて行っても、しばらくは、フト白い流れ雲の中に、少年少女の縊くびれた肢体を思い出すのである

 トテモ華やかな、その空気の中にも、やっぱり、小さな「悩める虫」がいるのだ。

一ノ二

莫迦ッ、そんな事が出来ねエのか、間抜けめ!」

 親方は、野卑な言葉で、そう呶鳴どなると、手に持った革の鞭で、床をビシビシ撲りつけながら、黒吉くろきちを、グッと睨みつけるのだった。

 まだいたいけな少年の黒吉は、恐ろしさにオドオドして、

「済みません、済みません」

 そんな事を、呟くようにいうと、ぼろぼろに裂けた肉襦袢じゅばんの、肩の辺を擦さすりながら、氷のように冷めたい床の上に、又無器用な体つきで、ゴロンゴロンと幾度も「逆立ち」を遣り直していた。

 饑ひもじさと、恐ろしさと、苦痛と、寒気と、そして他の座員の嘲笑とが、もう毎度の事だったが、黒吉の身の周りに、犇々ひしひしと迫って、思わずホロホロと滾こぼした血のような涙が、荒削りの床に、黒い斑点を残して、音もなく滲しみ込んで行った。

 ――ここは、極東曲馬団の楽屋裏だった。

 逆立ちの下手な、無器用な黒吉は、ここの少年座員なのだ

 鴉からす黒吉。というのが彼の名前だった。しかしこれは舞台だけの芸名か、それとも本当の名前か、恐らくこれは字面じづらから見て、親方が、勝手につけた名前に違いないが、本名となると彼自身は勿論の事、親方だってハッキリ知っているかどうかは疑わしいものだった。

 黒吉自身記憶といっては、極めてぼんやりしたものだったけれど、いたましい事には、それは何時も、この曲馬団の片隅の、衣裳戸棚から始まっていた。

 それで、彼がもの心のついた時からは、――彼の記憶が始まった時からは、いつも周囲には、悲壮ジンタと、くしゃくしゃになったあくどい色の衣裳と、そして、それらを罩こめた安白粉おしろいの匂いや、汗のしみた肉襦袢の、ムッとした嗅気が、重なり合って、色彩っていた。

 こうした頽廃的な雰囲気の中に、いつも絶えない、座員間の軋轢あつれきと、華やかな底に澱む、ひがんだ蒼黒い空気とは、幼い黒吉の心から、跡形もなく「朗らかさ」を毟むしり取って仕舞った。そして、あとに残った陰欝な、日陰の虫のような少年の心に、世の中というものを、一風変った方向からのみ、見詰めさせていた。

 彼は用のない時には、何時も、太い丸太が荒縄で、蜘蛛の巣のように、縦横無尽に張りまわされている薄暗い楽屋の隅で、何かぼんやりえこんでいた。それは少年らしくもない憂欝な、女々しい姿だった。

 黒吉は明かに、他の同輩の少年から

「オイ、こっちへこいよ」

 と声をかけられるのを恐れているように見えた。

 しかし、それは、単に彼の危惧に過ぎなかった。

 他の少年座員達は、誰も、この憂欝な顔をした、芸の不器用な、そして親方におぼえのよくない黒吉と、進んで遊ぼうというものはなかった。(それは恐ろしい団長への、気兼ねもあったろうが)寧ろ彼等は、黒吉の方からしかけても、決して色よい返事は、しないように思われた。

 結局、黒吉はそれをいい事にして、独りぽつねんと、小屋の隅に忘れられた儘、たった一つ、彼に残されたオアシスである他愛もない「空想」に耽っていた。

一ノ三

 憂欝な少年黒吉が、何を考えているのか。

 ――その前に、彼が、なぜ親方のおぼえが悪いのだろうかという事をいわなければならない。

 (それは、彼の憂欝性にも、重大な影響のある事だから

 黒吉は、どう見ても、親方の「お気に入り」とは思えなかった。それは、勿論彼が、芸の未熟な不器用だった事も、確かにその原因の、一つだったけれど、他の大きな原因は、彼が醜い容貌だ、という先天的な不運に、禍わざわいされていたのだった。

 男の子容貌が、そんなにも、幼い心を虐しいたげるものだろうか――。

 如何にも、舞台の上で生活するものにとって、顔の美醜は非常に大きなハンデキャップなのだ。彼の同輩の愛くるしい少年が、舞台で、どうしたはずみか、ストンと尻もちをついたとしたら、観客は

「まあ、可哀そうに……あら、赤くなって、こっちを見てるわ、まるで正美さんみたいね

 そういって可愛い美少年は、失敗をした為に、却って、観客の人気を得るのだ。けれど、それに引きかえて、醜い顔だちを持った黒吉が、舞台でそれと同じような失敗をしても、観客は、何の遠慮もなく、このぎこちない少年の未熟さを嘲笑うのだった。

 この観客にさえ嗤わらわれる黒吉は、勿論親方にとって、どんなに間抜けな、穀潰ごくつぶしに見えたかは充分想像が、出来るのだった。従って、黒吉に対する、親方仕打ちがどんなものだったかも――

(俺は芸が下手なんだ)

(俺は醜い男なんだ)

 薄暗い小屋の片隅で、独りぽつんと、考えこんでいる黒吉は、楽しい空想どころか、彼の幼い心には、この二つの子供らしくもない懊悩が、いつも吹き荒すさんでいるのだった。

 そして、それは彼の心の底へ、少年らしい甘えた気持を、ひた押しに内攻して仕舞って、彼を尚一層、陰気にする外、何んの役にもたたなかった。冷たい冷たい胸の中に、熱いものは、ただ一つ涙だけだった。

 こうした雰囲気の中に、閉じこめられた鴉黒吉が、真直に伸びる筈はなかった。

 ――そして、蒼白い「歪んだ心」を持った少年が、ここに一人生成されて行った。

 世の中の少年少女達が、喜々として、小学校に通い始めた頃だろうか。勿論黒吉には、そんな恵まれ生活は、遠く想像の外だった。

 しかし、この頃から黒吉は、同輩の幼い座員の中でも、少年少女とを、異った眼で見るようになって来た。

「何」という、ハッキリした相違はないのだが、女の子莫迦にされた時には、不思議男の子に罵られたような、憤りは感じなかったのだった。寧ろ、

(いっそ、あの手で打ぶたれたら……)

 と思うと、何かゾクゾクとした、喜びに似た気持を感じるのだ。

 これが何んであるか、黒吉は、次第に、その姿を、ハッキリ見るようになって来た。

一ノ四

 安白粉の匂いと、汗ばんだ体臭と、そして、ぺらぺらなあくどい色の衣裳が、雑巾のように、投げ散らかされた、この頽廃的な曲馬団の楽屋で、侮蔑の中に育てられた、陰気な少年の「歪んだ心」には、もうませた女の子への、不思議な執着が、ジクジクと燃えて来たのだ。

 ――そして、それを尚一層、駆立てるような、出来事が起った。

 それは、やっと敷地小屋掛けも済んで、いよいよ明日から公開、という前の日だった。

 団長は、例の通り、小六ヶ敷こむずかしい顔をして、小屋掛けの監督をしていたが、それが終って仕舞うと、さも「大仕事をした」というような顔をして、他のお気に入り幹部達と一緒に、何処か、遊びに出て行った。

 団長の遊びに行くのを、見送って仕舞うと、他の年かさな座員や、楽隊ジンタの係りの者なども、ようやくのびのびとして、思い思いの雑談に高笑いを立てていたが、剽軽者ひょうきんものの仙次が、自分の役であるピエロ舞台着を調べながら

「オイ、親父おやじが行ったぜ、俺の方も行こうか」

 恰度それが、合図でもあったかのように、急に話声が高くなった。

「ウン、たまには一杯やらなくちゃ……」

「ちえッ、たまには、とはよくもいいやがった。明日があるんだ、大丈夫か」

「ナーニ、少しはやらなくちゃ続かねエよ、いやなら止せよ」

「いやじゃねエよ」

ハハハ、五月蠅うるせえなア」

 と、如何にも嬉しそうに、がやがや喋りながら、それでも大急ぎで支度をして、町の中に開放されて行った。

 そして、何時か、このガランとした小屋の中には、蒲団ふとん係りの源二郎爺さんと、子供の座員だけが、ぽつんつんと取り残されていた。子供の座員は、外出を禁じられていた。それは勿論「脱走」に備えたものだった。その見張りの役が、今は老耄おいぼれて仕舞ったが、昔はこの一座を背負って立った源二郎爺じじいなのだ

 結局、幼い彼等は、小屋の中で、てんでに遊ぶより仕方がなかった。

 男の子男同志で、舞台を駈廻り、女の子は女らしく、固かたまって縄飛びをしていた。――そして、黒吉は、相変らず小屋の隅に、ぽつんと独りだった。

 しかし、何時になく、黒吉の眼は、何か一心に見詰めているようだ。

(この憂欝な、オドオドした少年が、一生懸命に見ているものは、何んだろう)

 誰でも、彼の平生を知っているものが、この様子に気付いたならば、一寸ちょっとをかしげたに相違ない。そして、何気なくこの少年視線を追って見たならば、或はハッと眼を伏せたかも知れないのだ。

 黒吉の恰度眼の前では、少女の座員たちが、簡単アッパッパを着て、縄飛びをしていた――。しかし彼の見ているのは、それではなかった。この少女達が、急いきおいよく自分の背丈せい位もある縄を飛んで、トンと下りると、その瞬間、簡単アッパッパスカートは、風を受けて乱れ、そこから覗くのは、ふっくりとした白い腿だった――。

(十やそこらの少年が、こんなものを、息を殺して見詰めているのだろうか――)

 そう考えると、極めて不快な感じの前に何か、寒む寒むとした、恐ろしさを覚えるのだ。

 しかし、尚そればかりではなかった。

 この憂欝な少年の心を、根柢から、グスグスとゆり動かした、あの「ふっくりとした白い腿」がたえまなく、彼の頭の中に、大きく渦を捲いて、押流れていた。

 やがて、その心の渦が、ようやく鎮まって来ると、その渦の中から、浮び上って来たのは、この一座の花形少女貴志田葉子きしだようこ」の顔だった。

 だが、それと同時に、黒吉は、いきなり打ち前倒のめされたような、劇しい不快な気持を、感じた。

(ちえッ、俺がいくらちゃんと遊ぼうったって、駄目だい。俺は芸が、下手くそなんだ。それに、あんな綺麗な葉ちゃんが、俺みたいな汚い子と遊んでくれるもんか……)

 だが、この少年の心の底へ、しっかり焼付られた、葉ちゃんへの、不思議な執着は、そんな事ぐらいでは、びくともしなかった。寧ろ

(駄目だ)

 と思えば思う程、余計に、いきなり大声で呶鳴ってみたいような焦燥を、いやが上にも煽立あおりたてているのだ。

 ――この頃から、彼のそぶりは、少しずつ変って来たようだった。それはよく気をつけて見たならば、相変らず小屋の片隅に、独りぽっちでいる黒吉の眼が、妙な光を持って来たのに、気がついたろう。そして、その時は彼の視線の先きに必ず幼い花形の、葉子が、愛くるしい姿をして飛廻っていたのだ。

 葉子は、まだ黒吉と同じように、十とう位だったが、顔は綺麗だし、芸は上手いし、自由小鳥のように朗らかで、あの気六ヶ敷い団長にすら、この上もなく可愛がられていたから、この陰惨な曲馬団の中でも、彼女だけは、充分幸福なように見えた。

 そして、勿論、この陰気な、醜い黒吉が、自分一挙一動を、舐めるように、見詰めているとは気づかなかったろう。

 黒吉自身は、彼女が、自分の事など、気にもかけていない、という事が「痛しかゆし」の気持だった。無論彼女

「こっちへいらっしゃいよ」

 とでも、声を掛けられたら、どんなに嬉しい事だろう。――しかし、その半面

「だらしがないのねエ、あんたなんか、大嫌いよ」

 といわれはしまいか、と思うと、彼女に話かけるどころか葉子が、何気なくこっちを見てさえ、

(俺を嗤うんじゃないか

 こうした感じが、脈管の中を、火のように逆流するのだ。それで、つと眼を伏せて仕舞う彼だった。

 黒吉は、自分でさえ、このひねくれた気持を知りながら、尚葉子への愛慕と伴に、どうしても、脱ぎ去る事が、出来なかった。

       ×

 思い出したように、賑やかなジンタが、「敷島マーチ」を一通り済ますと、続いて「カチウシャ」を始めた。フリュートの音が、ひょろひょろと蒼穹あおぞらに消えると、その合間合間に、乾からびた木戸番の「呼び込み」が、座員の心をも、何かそわそわさせるように、響いて来た。

「さあ、葉ちゃんの出番だよ」

「あら、もうあたしなの、いそがしいわ」

「いそいで、いそいで」

 葉子は周章あわててお煎餅せんべい一口齧かじると、衣裳部屋を飛出して行った。

 恰度、通り合せた黒吉は、ちらりとそれを見ると、何を思ったのか、その喰たべかけの煎餅を、そっと、いかにも大事そうに持って行った。

二ノ二

 葉子が、喰いかけて、抛り出して行った煎餅を、そっと、拾って来た黒吉は、座員達が、こってりと白粉を塗った顔を上気させながら、忙しそうに話し合っている所を、知らん顔して通り抜けると小屋の片隅の、座蒲団が山のように積上げられてある陰へ来た。

 黒吉は、経験で、舞台が始まると、こんなところには、滅多に人が来ない事を知っていた。

 それでも、注意深く、あたりに人気のないのを見澄ますと、こそこそと体を跼かがめながら、いまにも崩れそうに積上げられた座蒲団の隙間へ、潜り込んで行った。

 その隙間は、如何にも窮屈だったが、妙にぬくぬくとした弾力があって、何かなつかしいもののようであった。黒吉はやっと※ほっ[#「口+息」、16-9]とした落着きを味わいながら、あの煎餅のかけらを持ち迭かえると、それがさも大切な宝石でもあるかのように、そーっと手の掌ひらに載せて見た。

(これが、葉ちゃんの喰いかけだな)

 そう思うと、つい頬のゆるむ、嬉しさを感じた。……大事大事にとって置きたいような、……ぎゅっと抱締めたいような――。

 黒吉は、充分幸福を味わって、もう一遍沁々と、薄い光の中で、それを見詰めた。こうしてよくよく見ると、気の所為いか、その一かけの煎餅は、幾らか湿っているように思えた。

気をつけて、触ってみると、確かに、喰いかけのところが一寸湿っていた。

(葉ちゃんの唾つばきかな)

 黒吉の、小さい心臓は、この思わぬ、めっけものにガクガクと顫えた。

 彼は、いくら少年とはいえ、無論こんな一っかけの煎餅を、喰べたいばかりに、拾って来たのではなかった。黒吉には「葉子の喰べかけ」というところに、この煎餅が、幾カラットもあるダイヤモンドにも見えたのだ。

 しかし、触って見ると、このかけらは湿っている……

(葉ちゃんの唾だな)

 その瞬間、黒吉の頭には、衣裳部屋で、葉子が忙しそうにこの煎餅を咥くわえていた光景と、それにつづいてクロオズアップされた、彼女の、あの可愛い紅唇くちとが、アリアリと浮んだ。

 それと一緒に、彼は、思わずゴクンと、固い唾を飲んだ。

 黒吉は、妖しく眼を光らせながら、あたりを偸ぬすみ見ると、やがて、意を決したように、その葉子の唾液つばきで湿ったに違いない煎餅のかけらを、そっと唇に近づけた……。

(鹹しょっぱい――な)

 これは、勿論塩煎餅の味だったろう。だが、黒吉の手は、何故かぶるぶると顫えた。

 彼の少年らしくもない、深い陰影かげを持った顔は、何時か熱っぽく上気し、激しく心臓から投出される、血潮は、顳※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみをひくひくと波打たせていた。

 そして、もう手の掌に、べとべとと溶けて仕舞った、煎餅のかけらから、尚も「葉子の匂い」を嗅ぎ出そうと、総てを忘れて、ペロペロと舐め続けていた……。

「こらっ。何をしてるんだ、黒公」

 ハッと気がつくと、蒲団の山の向うから、源二郎爺の、怒りを含んだ怪訝な顔が、覗いていた。

「出番じゃねエか。愚図愚図してると、又ひどいぞ」

「ウン」

 黒吉は、瞬間、親方の顔を思い出して、ピョコンと飛起きた。そして、ベタベタと粘る手の掌を肉襦袢にこすりこすり、周章あわてて楽屋の方へ駈けて行った。

二ノ三

 黒吉は、命ぜられた、色々の曲芸をしながらも、頭の中は、いつも葉子の事で一杯だった。

(一度でいいから葉ちゃんと、沁々話したい)

 これが、彼の歪められた心に発生わいて来た、たった一つの望みだった。

 彼がもっと朗らかな、普通の子供であったならば、いつも同じ小屋にいる葉子だもの、そんな事は、造作なく実現したに違いない。

 しかし、それにしては、黒吉は、余りに陰気な、ひねくれた少年だった。――というのも、彼の暗い周囲がそうさせたのだが――。

 そして、早熟ませた葉子への執着が、堰せき切れなくなった時に彼が見つけたのは、あの煎餅のかけらが産んだ、恐ろしい恍惚エクスタシーだった。

 一度こうした排はけ口を見つけた、彼の心が、その儘止まる筈はなかった――寧ろ、津浪のようにその排け口に向って殺到して行ったのだ。

 彼は、そっと、人のいないのを見すまして、衣裳部屋に潜り込み、葉子の小ちっちゃい肉襦袢に、醜悪な顔を、埋うずめていた事もあった。

 その白粉の匂いと、体臭のむんむんする臭いが、彼自身眩暈めまいをさえ伴った、陶酔感を与えるのだ。

 そして、ふと、その肉襦袢に、葉子のオカッパの髪が、二三本ついていたのを見つけると、その大発見に狂喜しながら、注意ぶかく抓つまみ上げて、白い紙につつむと、あり合せの鉛筆で、

「葉子チャンノカミノケ」

 そんな文句を、下手糞な字で、たどたどしく書きつけ、もう一度、上から擦さすって見てから、それを、肌身深く蔵しまいこんで仕舞った……。

 こうした彼の悪癖が、益々慕って行った事は、その後、葉子の持ち物が、ちょいちょい失なくなるようになった事でも、充分想像が出来た。

 失くなるといっても、勿論たいした品物を、曲馬団の少女が、持っている訳はなかったから、もうすり減った、真黒く脂肪あぶら足の跡が附いた、下駄の一方だとか、毛の抜けて仕舞った竹の歯楊子ようじだとか、そういった、極く下らないものだった。それで、

(盗られた)

 という気持を、葉子自身ですら感じなかったのは、彼にとっては、もっけの幸いだった。しかしこれらの「下らない紛失物」が、黒吉にとって、どんなに貴重なものだったかは、また容易に想像出来るのだ。

 ――ここまでは、黒吉少年の心に醗酵した、侘わびしい(しか執拗な)彼一人だけの、胸の中の恋だった。

 だが、ここに葉子が、暴風雨あらしを伴奏にして、颯爽と、現実舞台へ、登場しようとしている。

       ×

 極東曲馬団は、町から町、盛り場から盛り場を、人々の眼を楽しませながら、流れ移っていた。

 そして、ある田舎町に敷地を借り、ようやく小屋掛けも終ったと殆んど同時に、朝から頸を傾かしげさせていた空模様が、一時に頽くずれて、大粒の雨が、無気味な風を含んで、ぽたりぽたり落ちて来たかと思うと、もう篠つくような豪雨に変っていた。

 団長等は、早々に、宿屋に引上げて仕舞ったが、子供の座員や、下っぱの座員などは、経費の関係で、いつも、この小屋に泊る事を言渡されていた。子供等の方では、これは当然だと思っていたし、又団長がいないという事で、却って喜んでいたようでもあった。

 しかし、この急拵えの小屋が、この沛然はいぜんと降る豪雨に、無事な筈はなく、雨漏りをさけて遁げ廻った末、やっと楽屋の隅で、ひと凝固かたまりになって、横になる事が出来たのは、もう大分夜が更けてからだった。

 黒吉は、眼をつぶって、ようやく小降りになって来たらしい、雨の音を聴いていると、もう肩を並べた隣りからは、幽かな寝息さえ聴えて来た。

 それと同時に、黒吉は、何かドキンとしたものを感じた。

(隣りに寝ているのは、葉ちゃんじゃないか――)

二ノ四

 瞬間、黒吉は自分の頭が、シーンと澄み透って行くのを感じた。

(果して、隣りで寝ているのは、葉ちゃんだろうか)

 それは勿論、第六感とでもいうのか、極く曖昧ものだった。が、あの騒ぎで、皆んな、ごたごたに寝て仕舞ったのだから全然あり得ない事でもないのだ。

 そう思うと、隣りと接した、肩の辺が、熱っぽく、暑苦しいようにさえ感じた。そして、心臓はその鼓動と伴に、胸の中、一杯に拡がって行った。

 黒吉は、思い切って、起上り、顔を覗き見たい衝動を感じた。あたりは真暗だが、よく気をつけて覗きこめば、顔の判別がつかぬ、という程でもないように思われた。

 彼は、そーっと、薄い蒲団の縁へりへ、手をかけた。だが――

(まてまて。葉ちゃんならば、こんなに素晴らしい事はない。けれども、こんなにぎっしり寝ている処で、ごそごそ起きたら、どうかすると、彼女は眼を覚ますかも知れない。

 それだけならいいが、眼を覚まして、俺が覗きこんでいた事を知ったら、きっと葉ちゃんは、真赤になって、この醜い俺を罵り、どこか遠くへ寝床をかえて仕舞うに違いないんだ。

 ――そんな莫迦な事をするより、例え短かくとも、夜が明けるまで、こうして葉ちゃんの、ふくよかな肩の感触を恣ほしいままにした方が、どれ程気が利いていることか……)

 黒吉の心の中の、内気な半面が、こう囁いた。

 彼は、蒲団にかけた手を、又静かに戻して仕舞うと、今度は、全身の注意を、細かに砕いて、彼女の方へぴったり、摺り寄って行った。そして、温もりに混った、彼女の穏やかな心臓の響きを、肩の辺に聴いていた……。

 フト、冷めたい風を感じて、何時の間にかつぶっていた眼を明けて見ると、あたりには極くうっすらと、光が射しているのに、気がついた。

(もう夜明けかな――いつの間に寝て仕舞ったんだろう)

 それと一緒に、思わずガクンと体の顫えるような、口惜くやしさに似た後悔を感じた。

(葉ちゃんは……)

 黒吉は、先ずそれが心懸りだったので、ぐっと頸を廻して隣りを確めようとした。

(おや……)

 彼の眼に這入ったのは、葉子より先きに、キンと澄み切った、尖った月の半分だった。

 急拵えの小屋天幕は、夕方の大暴風雨あらしに吹きまくられてぽっかり夜空に口を開け、恰度そこから、のり出すように月が覗き込み、地底のようにシンと澱んだ小屋の中に白々とした、絹糸のような、光を撒いているのだ。暴風雨あらしの後の月は物凄いまでに、冴え冴えとしていた。

(まだ夜中だ)

 黒吉は※ほ[#「口+息」、22-9]っと心配を排はき棄てた。

 彼の隣りには、葉子が、いかにも寝苦しそうに寝ていた。先刻さっきは、確かに葉子だ、とは断言出来なかったが、いまでは極く淡い光ではあったが、その中でも、段々眼の馴れるに従って、黒吉には、ハッキリ葉子の姿が、写って来た。

 黒吉は、意を決したように、半身を蒲団から抜出し、月の光を遮らないように――、音のしないように、そっと彼女の顔を覗きこんだ。

 眼の下には、月の光を受けて、いつもより蒼白く見える葉子の、幼い顔が、少しばかり口さえ開け、寝入っていた。もう少し月の光が強かったら、この房々としたオカッパの頭髪かみのけが黄金のように光るだろう――と思えた。

 又、襟足の洗いおとした白粉が、この幼い葉子の寝姿を少年の心にも、一入ひとしお可憐いじらしく見せていた。

 暫く、ぼんやりと、その夢のように霞んだ、葉子の顔を、見詰めていた黒吉は、ゴクンと固い唾を咽喉へ通すと、その薄く開かれた唇から、寝息でも聴こうとするのか、顔を次第次第に近附けて行った。

 何故か、彼の唇は、ガザガザに乾いていた。

 やがて、この弱々しい月光の下で、二つのさな頭の影が、一つになって仕舞うと、彼は、葉子の頬についている、小さい愛嬌黒子ぼくろが、自分の頬をも、凹へこますのを感じた。

二ノ五

 黒吉の、唇に感じた、葉子の唇の感触は、ぬくぬくとして弾力に富んだはんぺんのようだった。妙な連想だけれど、事実彼の経験では、これが一番よく似ていたのだ。

 唯、違った所――それは非常に違ったところがあるのだが――残念ながら、それをいい表わす言葉を知らなかった。

 彼は、そーっと腕の力を抜こうとした。途端に、肘の下の羽目板が、鈍い音を立てた。造作の悪い掛小屋なので、一寸した重みの加減でも、板が軋むのだ。シンとした周囲あたりと、針のように尖った、彼の神経に、それが幾層倍にも、拡大されて響き渡った。

 黒吉の心臓は、瞬間、ドキンと音がして止ったようだった。

「ク……」

 周章あわてて顔を上げた彼の眼の下で、葉子は、悪い夢でも見たのか、咽喉を鳴らすと、寝返りを打って、向うを向いて仕舞った。

(眼を覚ましたかな)

 黒吉は、思いきり息を深くしながら、葉子の墨のような、後向きの寝姿を、見守った。(いや、大丈夫だ)

 寝返りをした葉子は、幸い、眼を覚まさなかったと見えて、直ぐ又かすかな、寝息が、聴えて来た。

 彼は、ようやく※ほ[#「口+息」、24-4]っと、熱

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anond:20250708044816

 辺鄙な、村はずれの丘には、いつの間にか、華やかな幕を沢山吊るした急拵ごしらえの小屋掛が出来て、極東曲馬団の名がかけられ、狂燥なジンタと、ヒョロヒョロと空気を伝わるフリュートの音に、村人は、老おいも若きも、しばし、強烈な色彩と音楽スリル享楽し、又、いつの間にか曲馬団が他へ流れて行っても、しばらくは、フト白い流れ雲の中に、少年少女の縊くびれた肢体を思い出すのである

 トテモ華やかな、その空気の中にも、やっぱり、小さな「悩める虫」がいるのだ。

一ノ二

莫迦ッ、そんな事が出来ねエのか、間抜けめ!」

 親方は、野卑な言葉で、そう呶鳴どなると、手に持った革の鞭で、床をビシビシ撲りつけながら、黒吉くろきちを、グッと睨みつけるのだった。

 まだいたいけな少年の黒吉は、恐ろしさにオドオドして、

「済みません、済みません」

 そんな事を、呟くようにいうと、ぼろぼろに裂けた肉襦袢じゅばんの、肩の辺を擦さすりながら、氷のように冷めたい床の上に、又無器用な体つきで、ゴロンゴロンと幾度も「逆立ち」を遣り直していた。

 饑ひもじさと、恐ろしさと、苦痛と、寒気と、そして他の座員の嘲笑とが、もう毎度の事だったが、黒吉の身の周りに、犇々ひしひしと迫って、思わずホロホロと滾こぼした血のような涙が、荒削りの床に、黒い斑点を残して、音もなく滲しみ込んで行った。

 ――ここは、極東曲馬団の楽屋裏だった。

 逆立ちの下手な、無器用な黒吉は、ここの少年座員なのだ

 鴉からす黒吉。というのが彼の名前だった。しかしこれは舞台だけの芸名か、それとも本当の名前か、恐らくこれは字面じづらから見て、親方が、勝手につけた名前に違いないが、本名となると彼自身は勿論の事、親方だってハッキリ知っているかどうかは疑わしいものだった。

 黒吉自身記憶といっては、極めてぼんやりしたものだったけれど、いたましい事には、それは何時も、この曲馬団の片隅の、衣裳戸棚から始まっていた。

 それで、彼がもの心のついた時からは、――彼の記憶が始まった時からは、いつも周囲には、悲壮ジンタと、くしゃくしゃになったあくどい色の衣裳と、そして、それらを罩こめた安白粉おしろいの匂いや、汗のしみた肉襦袢の、ムッとした嗅気が、重なり合って、色彩っていた。

 こうした頽廃的な雰囲気の中に、いつも絶えない、座員間の軋轢あつれきと、華やかな底に澱む、ひがんだ蒼黒い空気とは、幼い黒吉の心から、跡形もなく「朗らかさ」を毟むしり取って仕舞った。そして、あとに残った陰欝な、日陰の虫のような少年の心に、世の中というものを、一風変った方向からのみ、見詰めさせていた。

 彼は用のない時には、何時も、太い丸太が荒縄で、蜘蛛の巣のように、縦横無尽に張りまわされている薄暗い楽屋の隅で、何かぼんやりえこんでいた。それは少年らしくもない憂欝な、女々しい姿だった。

 黒吉は明かに、他の同輩の少年から

「オイ、こっちへこいよ」

 と声をかけられるのを恐れているように見えた。

 しかし、それは、単に彼の危惧に過ぎなかった。

 他の少年座員達は、誰も、この憂欝な顔をした、芸の不器用な、そして親方におぼえのよくない黒吉と、進んで遊ぼうというものはなかった。(それは恐ろしい団長への、気兼ねもあったろうが)寧ろ彼等は、黒吉の方からしかけても、決して色よい返事は、しないように思われた。

 結局、黒吉はそれをいい事にして、独りぽつねんと、小屋の隅に忘れられた儘、たった一つ、彼に残されたオアシスである他愛もない「空想」に耽っていた。

一ノ三

 憂欝な少年黒吉が、何を考えているのか。

 ――その前に、彼が、なぜ親方のおぼえが悪いのだろうかという事をいわなければならない。

 (それは、彼の憂欝性にも、重大な影響のある事だから

 黒吉は、どう見ても、親方の「お気に入り」とは思えなかった。それは、勿論彼が、芸の未熟な不器用だった事も、確かにその原因の、一つだったけれど、他の大きな原因は、彼が醜い容貌だ、という先天的な不運に、禍わざわいされていたのだった。

 男の子容貌が、そんなにも、幼い心を虐しいたげるものだろうか――。

 如何にも、舞台の上で生活するものにとって、顔の美醜は非常に大きなハンデキャップなのだ。彼の同輩の愛くるしい少年が、舞台で、どうしたはずみか、ストンと尻もちをついたとしたら、観客は

「まあ、可哀そうに……あら、赤くなって、こっちを見てるわ、まるで正美さんみたいね

 そういって可愛い美少年は、失敗をした為に、却って、観客の人気を得るのだ。けれど、それに引きかえて、醜い顔だちを持った黒吉が、舞台でそれと同じような失敗をしても、観客は、何の遠慮もなく、このぎこちない少年の未熟さを嘲笑うのだった。

 この観客にさえ嗤わらわれる黒吉は、勿論親方にとって、どんなに間抜けな、穀潰ごくつぶしに見えたかは充分想像が、出来るのだった。従って、黒吉に対する、親方仕打ちがどんなものだったかも――

(俺は芸が下手なんだ)

(俺は醜い男なんだ)

 薄暗い小屋の片隅で、独りぽつんと、考えこんでいる黒吉は、楽しい空想どころか、彼の幼い心には、この二つの子供らしくもない懊悩が、いつも吹き荒すさんでいるのだった。

 そして、それは彼の心の底へ、少年らしい甘えた気持を、ひた押しに内攻して仕舞って、彼を尚一層、陰気にする外、何んの役にもたたなかった。冷たい冷たい胸の中に、熱いものは、ただ一つ涙だけだった。

 こうした雰囲気の中に、閉じこめられた鴉黒吉が、真直に伸びる筈はなかった。

 ――そして、蒼白い「歪んだ心」を持った少年が、ここに一人生成されて行った。

 世の中の少年少女達が、喜々として、小学校に通い始めた頃だろうか。勿論黒吉には、そんな恵まれ生活は、遠く想像の外だった。

 しかし、この頃から黒吉は、同輩の幼い座員の中でも、少年少女とを、異った眼で見るようになって来た。

「何」という、ハッキリした相違はないのだが、女の子莫迦にされた時には、不思議男の子に罵られたような、憤りは感じなかったのだった。寧ろ、

(いっそ、あの手で打ぶたれたら……)

 と思うと、何かゾクゾクとした、喜びに似た気持を感じるのだ。

 これが何んであるか、黒吉は、次第に、その姿を、ハッキリ見るようになって来た。

一ノ四

 安白粉の匂いと、汗ばんだ体臭と、そして、ぺらぺらなあくどい色の衣裳が、雑巾のように、投げ散らかされた、この頽廃的な曲馬団の楽屋で、侮蔑の中に育てられた、陰気な少年の「歪んだ心」には、もうませた女の子への、不思議な執着が、ジクジクと燃えて来たのだ。

 ――そして、それを尚一層、駆立てるような、出来事が起った。

 それは、やっと敷地小屋掛けも済んで、いよいよ明日から公開、という前の日だった。

 団長は、例の通り、小六ヶ敷こむずかしい顔をして、小屋掛けの監督をしていたが、それが終って仕舞うと、さも「大仕事をした」というような顔をして、他のお気に入り幹部達と一緒に、何処か、遊びに出て行った。

 団長の遊びに行くのを、見送って仕舞うと、他の年かさな座員や、楽隊ジンタの係りの者なども、ようやくのびのびとして、思い思いの雑談に高笑いを立てていたが、剽軽者ひょうきんものの仙次が、自分の役であるピエロ舞台着を調べながら

「オイ、親父おやじが行ったぜ、俺の方も行こうか」

 恰度それが、合図でもあったかのように、急に話声が高くなった。

「ウン、たまには一杯やらなくちゃ……」

「ちえッ、たまには、とはよくもいいやがった。明日があるんだ、大丈夫か」

「ナーニ、少しはやらなくちゃ続かねエよ、いやなら止せよ」

「いやじゃねエよ」

ハハハ、五月蠅うるせえなア」

 と、如何にも嬉しそうに、がやがや喋りながら、それでも大急ぎで支度をして、町の中に開放されて行った。

 そして、何時か、このガランとした小屋の中には、蒲団ふとん係りの源二郎爺さんと、子供の座員だけが、ぽつんつんと取り残されていた。子供の座員は、外出を禁じられていた。それは勿論「脱走」に備えたものだった。その見張りの役が、今は老耄おいぼれて仕舞ったが、昔はこの一座を背負って立った源二郎爺じじいなのだ

 結局、幼い彼等は、小屋の中で、てんでに遊ぶより仕方がなかった。

 男の子男同志で、舞台を駈廻り、女の子は女らしく、固かたまって縄飛びをしていた。――そして、黒吉は、相変らず小屋の隅に、ぽつんと独りだった。

 しかし、何時になく、黒吉の眼は、何か一心に見詰めているようだ。

(この憂欝な、オドオドした少年が、一生懸命に見ているものは、何んだろう)

 誰でも、彼の平生を知っているものが、この様子に気付いたならば、一寸ちょっとをかしげたに相違ない。そして、何気なくこの少年視線を追って見たならば、或はハッと眼を伏せたかも知れないのだ。

 黒吉の恰度眼の前では、少女の座員たちが、簡単アッパッパを着て、縄飛びをしていた――。しかし彼の見ているのは、それではなかった。この少女達が、急いきおいよく自分の背丈せい位もある縄を飛んで、トンと下りると、その瞬間、簡単アッパッパスカートは、風を受けて乱れ、そこから覗くのは、ふっくりとした白い腿だった――。

(十やそこらの少年が、こんなものを、息を殺して見詰めているのだろうか――)

 そう考えると、極めて不快な感じの前に何か、寒む寒むとした、恐ろしさを覚えるのだ。

 しかし、尚そればかりではなかった。

 この憂欝な少年の心を、根柢から、グスグスとゆり動かした、あの「ふっくりとした白い腿」がたえまなく、彼の頭の中に、大きく渦を捲いて、押流れていた。

 やがて、その心の渦が、ようやく鎮まって来ると、その渦の中から、浮び上って来たのは、この一座の花形少女貴志田葉子きしだようこ」の顔だった。

 だが、それと同時に、黒吉は、いきなり打ち前倒のめされたような、劇しい不快な気持を、感じた。

(ちえッ、俺がいくらちゃんと遊ぼうったって、駄目だい。俺は芸が、下手くそなんだ。それに、あんな綺麗な葉ちゃんが、俺みたいな汚い子と遊んでくれるもんか……)

 だが、この少年の心の底へ、しっかり焼付られた、葉ちゃんへの、不思議な執着は、そんな事ぐらいでは、びくともしなかった。寧ろ

(駄目だ)

 と思えば思う程、余計に、いきなり大声で呶鳴ってみたいような焦燥を、いやが上にも煽立あおりたてているのだ。

 ――この頃から、彼のそぶりは、少しずつ変って来たようだった。それはよく気をつけて見たならば、相変らず小屋の片隅に、独りぽっちでいる黒吉の眼が、妙な光を持って来たのに、気がついたろう。そして、その時は彼の視線の先きに必ず幼い花形の、葉子が、愛くるしい姿をして飛廻っていたのだ。

 葉子は、まだ黒吉と同じように、十とう位だったが、顔は綺麗だし、芸は上手いし、自由小鳥のように朗らかで、あの気六ヶ敷い団長にすら、この上もなく可愛がられていたから、この陰惨な曲馬団の中でも、彼女だけは、充分幸福なように見えた。

 そして、勿論、この陰気な、醜い黒吉が、自分一挙一動を、舐めるように、見詰めているとは気づかなかったろう。

 黒吉自身は、彼女が、自分の事など、気にもかけていない、という事が「痛しかゆし」の気持だった。無論彼女

「こっちへいらっしゃいよ」

 とでも、声を掛けられたら、どんなに嬉しい事だろう。――しかし、その半面

「だらしがないのねエ、あんたなんか、大嫌いよ」

 といわれはしまいか、と思うと、彼女に話かけるどころか葉子が、何気なくこっちを見てさえ、

(俺を嗤うんじゃないか

 こうした感じが、脈管の中を、火のように逆流するのだ。それで、つと眼を伏せて仕舞う彼だった。

 黒吉は、自分でさえ、このひねくれた気持を知りながら、尚葉子への愛慕と伴に、どうしても、脱ぎ去る事が、出来なかった。

       ×

 思い出したように、賑やかなジンタが、「敷島マーチ」を一通り済ますと、続いて「カチウシャ」を始めた。フリュートの音が、ひょろひょろと蒼穹あおぞらに消えると、その合間合間に、乾からびた木戸番の「呼び込み」が、座員の心をも、何かそわそわさせるように、響いて来た。

「さあ、葉ちゃんの出番だよ」

「あら、もうあたしなの、いそがしいわ」

「いそいで、いそいで」

 葉子は周章あわててお煎餅せんべい一口齧かじると、衣裳部屋を飛出して行った。

 恰度、通り合せた黒吉は、ちらりとそれを見ると、何を思ったのか、その喰たべかけの煎餅を、そっと、いかにも大事そうに持って行った。

二ノ二

 葉子が、喰いかけて、抛り出して行った煎餅を、そっと、拾って来た黒吉は、座員達が、こってりと白粉を塗った顔を上気させながら、忙しそうに話し合っている所を、知らん顔して通り抜けると小屋の片隅の、座蒲団が山のように積上げられてある陰へ来た。

 黒吉は、経験で、舞台が始まると、こんなところには、滅多に人が来ない事を知っていた。

 それでも、注意深く、あたりに人気のないのを見澄ますと、こそこそと体を跼かがめながら、いまにも崩れそうに積上げられた座蒲団の隙間へ、潜り込んで行った。

 その隙間は、如何にも窮屈だったが、妙にぬくぬくとした弾力があって、何かなつかしいもののようであった。黒吉はやっと※ほっ[#「口+息」、16-9]とした落着きを味わいながら、あの煎餅のかけらを持ち迭かえると、それがさも大切な宝石でもあるかのように、そーっと手の掌ひらに載せて見た。

(これが、葉ちゃんの喰いかけだな)

 そう思うと、つい頬のゆるむ、嬉しさを感じた。……大事大事にとって置きたいような、……ぎゅっと抱締めたいような――。

 黒吉は、充分幸福を味わって、もう一遍沁々と、薄い光の中で、それを見詰めた。こうしてよくよく見ると、気の所為いか、その一かけの煎餅は、幾らか湿っているように思えた。

気をつけて、触ってみると、確かに、喰いかけのところが一寸湿っていた。

(葉ちゃんの唾つばきかな)

 黒吉の、小さい心臓は、この思わぬ、めっけものにガクガクと顫えた。

 彼は、いくら少年とはいえ、無論こんな一っかけの煎餅を、喰べたいばかりに、拾って来たのではなかった。黒吉には「葉子の喰べかけ」というところに、この煎餅が、幾カラットもあるダイヤモンドにも見えたのだ。

 しかし、触って見ると、このかけらは湿っている……

(葉ちゃんの唾だな)

 その瞬間、黒吉の頭には、衣裳部屋で、葉子が忙しそうにこの煎餅を咥くわえていた光景と、それにつづいてクロオズアップされた、彼女の、あの可愛い紅唇くちとが、アリアリと浮んだ。

 それと一緒に、彼は、思わずゴクンと、固い唾を飲んだ。

 黒吉は、妖しく眼を光らせながら、あたりを偸ぬすみ見ると、やがて、意を決したように、その葉子の唾液つばきで湿ったに違いない煎餅のかけらを、そっと唇に近づけた……。

(鹹しょっぱい――な)

 これは、勿論塩煎餅の味だったろう。だが、黒吉の手は、何故かぶるぶると顫えた。

 彼の少年らしくもない、深い陰影かげを持った顔は、何時か熱っぽく上気し、激しく心臓から投出される、血潮は、顳※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみをひくひくと波打たせていた。

 そして、もう手の掌に、べとべとと溶けて仕舞った、煎餅のかけらから、尚も「葉子の匂い」を嗅ぎ出そうと、総てを忘れて、ペロペロと舐め続けていた……。

「こらっ。何をしてるんだ、黒公」

 ハッと気がつくと、蒲団の山の向うから、源二郎爺の、怒りを含んだ怪訝な顔が、覗いていた。

「出番じゃねエか。愚図愚図してると、又ひどいぞ」

「ウン」

 黒吉は、瞬間、親方の顔を思い出して、ピョコンと飛起きた。そして、ベタベタと粘る手の掌を肉襦袢にこすりこすり、周章あわてて楽屋の方へ駈けて行った。

二ノ三

 黒吉は、命ぜられた、色々の曲芸をしながらも、頭の中は、いつも葉子の事で一杯だった。

(一度でいいから葉ちゃんと、沁々話したい)

 これが、彼の歪められた心に発生わいて来た、たった一つの望みだった。

 彼がもっと朗らかな、普通の子供であったならば、いつも同じ小屋にいる葉子だもの、そんな事は、造作なく実現したに違いない。

 しかし、それにしては、黒吉は、余りに陰気な、ひねくれた少年だった。――というのも、彼の暗い周囲がそうさせたのだが――。

 そして、早熟ませた葉子への執着が、堰せき切れなくなった時に彼が見つけたのは、あの煎餅のかけらが産んだ、恐ろしい恍惚エクスタシーだった。

 一度こうした排はけ口を見つけた、彼の心が、その儘止まる筈はなかった――寧ろ、津浪のようにその排け口に向って殺到して行ったのだ。

 彼は、そっと、人のいないのを見すまして、衣裳部屋に潜り込み、葉子の小ちっちゃい肉襦袢に、醜悪な顔を、埋うずめていた事もあった。

 その白粉の匂いと、体臭のむんむんする臭いが、彼自身眩暈めまいをさえ伴った、陶酔感を与えるのだ。

 そして、ふと、その肉襦袢に、葉子のオカッパの髪が、二三本ついていたのを見つけると、その大発見に狂喜しながら、注意ぶかく抓つまみ上げて、白い紙につつむと、あり合せの鉛筆で、

「葉子チャンノカミノケ」

 そんな文句を、下手糞な字で、たどたどしく書きつけ、もう一度、上から擦さすって見てから、それを、肌身深く蔵しまいこんで仕舞った……。

 こうした彼の悪癖が、益々慕って行った事は、その後、葉子の持ち物が、ちょいちょい失なくなるようになった事でも、充分想像が出来た。

 失くなるといっても、勿論たいした品物を、曲馬団の少女が、持っている訳はなかったから、もうすり減った、真黒く脂肪あぶら足の跡が附いた、下駄の一方だとか、毛の抜けて仕舞った竹の歯楊子ようじだとか、そういった、極く下らないものだった。それで、

(盗られた)

 という気持を、葉子自身ですら感じなかったのは、彼にとっては、もっけの幸いだった。しかしこれらの「下らない紛失物」が、黒吉にとって、どんなに貴重なものだったかは、また容易に想像出来るのだ。

 ――ここまでは、黒吉少年の心に醗酵した、侘わびしい(しか執拗な)彼一人だけの、胸の中の恋だった。

 だが、ここに葉子が、暴風雨あらしを伴奏にして、颯爽と、現実舞台へ、登場しようとしている。

       ×

 極東曲馬団は、町から町、盛り場から盛り場を、人々の眼を楽しませながら、流れ移っていた。

 そして、ある田舎町に敷地を借り、ようやく小屋掛けも終ったと殆んど同時に、朝から頸を傾かしげさせていた空模様が、一時に頽くずれて、大粒の雨が、無気味な風を含んで、ぽたりぽたり落ちて来たかと思うと、もう篠つくような豪雨に変っていた。

 団長等は、早々に、宿屋に引上げて仕舞ったが、子供の座員や、下っぱの座員などは、経費の関係で、いつも、この小屋に泊る事を言渡されていた。子供等の方では、これは当然だと思っていたし、又団長がいないという事で、却って喜んでいたようでもあった。

 しかし、この急拵えの小屋が、この沛然はいぜんと降る豪雨に、無事な筈はなく、雨漏りをさけて遁げ廻った末、やっと楽屋の隅で、ひと凝固かたまりになって、横になる事が出来たのは、もう大分夜が更けてからだった。

 黒吉は、眼をつぶって、ようやく小降りになって来たらしい、雨の音を聴いていると、もう肩を並べた隣りからは、幽かな寝息さえ聴えて来た。

 それと同時に、黒吉は、何かドキンとしたものを感じた。

(隣りに寝ているのは、葉ちゃんじゃないか――)

二ノ四

 瞬間、黒吉は自分の頭が、シーンと澄み透って行くのを感じた。

(果して、隣りで寝ているのは、葉ちゃんだろうか)

 それは勿論、第六感とでもいうのか、極く曖昧ものだった。が、あの騒ぎで、皆んな、ごたごたに寝て仕舞ったのだから全然あり得ない事でもないのだ。

 そう思うと、隣りと接した、肩の辺が、熱っぽく、暑苦しいようにさえ感じた。そして、心臓はその鼓動と伴に、胸の中、一杯に拡がって行った。

 黒吉は、思い切って、起上り、顔を覗き見たい衝動を感じた。あたりは真暗だが、よく気をつけて覗きこめば、顔の判別がつかぬ、という程でもないように思われた。

 彼は、そーっと、薄い蒲団の縁へりへ、手をかけた。だが――

(まてまて。葉ちゃんならば、こんなに素晴らしい事はない。けれども、こんなにぎっしり寝ている処で、ごそごそ起きたら、どうかすると、彼女は眼を覚ますかも知れない。

 それだけならいいが、眼を覚まして、俺が覗きこんでいた事を知ったら、きっと葉ちゃんは、真赤になって、この醜い俺を罵り、どこか遠くへ寝床をかえて仕舞うに違いないんだ。

 ――そんな莫迦な事をするより、例え短かくとも、夜が明けるまで、こうして葉ちゃんの、ふくよかな肩の感触を恣ほしいままにした方が、どれ程気が利いていることか……)

 黒吉の心の中の、内気な半面が、こう囁いた。

 彼は、蒲団にかけた手を、又静かに戻して仕舞うと、今度は、全身の注意を、細かに砕いて、彼女の方へぴったり、摺り寄って行った。そして、温もりに混った、彼女の穏やかな心臓の響きを、肩の辺に聴いていた……。

 フト、冷めたい風を感じて、何時の間にかつぶっていた眼を明けて見ると、あたりには極くうっすらと、光が射しているのに、気がついた。

(もう夜明けかな――いつの間に寝て仕舞ったんだろう)

 それと一緒に、思わずガクンと体の顫えるような、口惜くやしさに似た後悔を感じた。

(葉ちゃんは……)

 黒吉は、先ずそれが心懸りだったので、ぐっと頸を廻して隣りを確めようとした。

(おや……)

 彼の眼に這入ったのは、葉子より先きに、キンと澄み切った、尖った月の半分だった。

 急拵えの小屋天幕は、夕方の大暴風雨あらしに吹きまくられてぽっかり夜空に口を開け、恰度そこから、のり出すように月が覗き込み、地底のようにシンと澱んだ小屋の中に白々とした、絹糸のような、光を撒いているのだ。暴風雨あらしの後の月は物凄いまでに、冴え冴えとしていた。

(まだ夜中だ)

 黒吉は※ほ[#「口+息」、22-9]っと心配を排はき棄てた。

 彼の隣りには、葉子が、いかにも寝苦しそうに寝ていた。先刻さっきは、確かに葉子だ、とは断言出来なかったが、いまでは極く淡い光ではあったが、その中でも、段々眼の馴れるに従って、黒吉には、ハッキリ葉子の姿が、写って来た。

 黒吉は、意を決したように、半身を蒲団から抜出し、月の光を遮らないように――、音のしないように、そっと彼女の顔を覗きこんだ。

 眼の下には、月の光を受けて、いつもより蒼白く見える葉子の、幼い顔が、少しばかり口さえ開け、寝入っていた。もう少し月の光が強かったら、この房々としたオカッパの頭髪かみのけが黄金のように光るだろう――と思えた。

 又、襟足の洗いおとした白粉が、この幼い葉子の寝姿を少年の心にも、一入ひとしお可憐いじらしく見せていた。

 暫く、ぼんやりと、その夢のように霞んだ、葉子の顔を、見詰めていた黒吉は、ゴクンと固い唾を咽喉へ通すと、その薄く開かれた唇から、寝息でも聴こうとするのか、顔を次第次第に近附けて行った。

 何故か、彼の唇は、ガザガザに乾いていた。

 やがて、この弱々しい月光の下で、二つのさな頭の影が、一つになって仕舞うと、彼は、葉子の頬についている、小さい愛嬌黒子ぼくろが、自分の頬をも、凹へこますのを感じた。

二ノ五

 黒吉の、唇に感じた、葉子の唇の感触は、ぬくぬくとして弾力に富んだはんぺんのようだった。妙な連想だけれど、事実彼の経験では、これが一番よく似ていたのだ。

 唯、違った所――それは非常に違ったところがあるのだが――残念ながら、それをいい表わす言葉を知らなかった。

 彼は、そーっと腕の力を抜こうとした。途端に、肘の下の羽目板が、鈍い音を立てた。造作の悪い掛小屋なので、一寸した重みの加減でも、板が軋むのだ。シンとした周囲あたりと、針のように尖った、彼の神経に、それが幾層倍にも、拡大されて響き渡った。

 黒吉の心臓は、瞬間、ドキンと音がして止ったようだった。

「ク……」

 周章あわてて顔を上げた彼の眼の下で、葉子は、悪い夢でも見たのか、咽喉を鳴らすと、寝返りを打って、向うを向いて仕舞った。

(眼を覚ましたかな)

 黒吉は、思いきり息を深くしながら、葉子の墨のような、後向きの寝姿を、見守った。(いや、大丈夫だ)

 寝返りをした葉子は、幸い、眼を覚まさなかったと見えて、直ぐ又かすかな、寝息が、聴えて来た。

 彼は、ようやく※ほ[#「口+息」、24-4]っと、熱

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anond:20250708044816

 辺鄙な、村はずれの丘には、いつの間にか、華やかな幕を沢山吊るした急拵ごしらえの小屋掛が出来て、極東曲馬団の名がかけられ、狂燥なジンタと、ヒョロヒョロと空気を伝わるフリュートの音に、村人は、老おいも若きも、しばし、強烈な色彩と音楽スリル享楽し、又、いつの間にか曲馬団が他へ流れて行っても、しばらくは、フト白い流れ雲の中に、少年少女の縊くびれた肢体を思い出すのである

 トテモ華やかな、その空気の中にも、やっぱり、小さな「悩める虫」がいるのだ。

一ノ二

莫迦ッ、そんな事が出来ねエのか、間抜けめ!」

 親方は、野卑な言葉で、そう呶鳴どなると、手に持った革の鞭で、床をビシビシ撲りつけながら、黒吉くろきちを、グッと睨みつけるのだった。

 まだいたいけな少年の黒吉は、恐ろしさにオドオドして、

「済みません、済みません」

 そんな事を、呟くようにいうと、ぼろぼろに裂けた肉襦袢じゅばんの、肩の辺を擦さすりながら、氷のように冷めたい床の上に、又無器用な体つきで、ゴロンゴロンと幾度も「逆立ち」を遣り直していた。

 饑ひもじさと、恐ろしさと、苦痛と、寒気と、そして他の座員の嘲笑とが、もう毎度の事だったが、黒吉の身の周りに、犇々ひしひしと迫って、思わずホロホロと滾こぼした血のような涙が、荒削りの床に、黒い斑点を残して、音もなく滲しみ込んで行った。

 ――ここは、極東曲馬団の楽屋裏だった。

 逆立ちの下手な、無器用な黒吉は、ここの少年座員なのだ

 鴉からす黒吉。というのが彼の名前だった。しかしこれは舞台だけの芸名か、それとも本当の名前か、恐らくこれは字面じづらから見て、親方が、勝手につけた名前に違いないが、本名となると彼自身は勿論の事、親方だってハッキリ知っているかどうかは疑わしいものだった。

 黒吉自身記憶といっては、極めてぼんやりしたものだったけれど、いたましい事には、それは何時も、この曲馬団の片隅の、衣裳戸棚から始まっていた。

 それで、彼がもの心のついた時からは、――彼の記憶が始まった時からは、いつも周囲には、悲壮ジンタと、くしゃくしゃになったあくどい色の衣裳と、そして、それらを罩こめた安白粉おしろいの匂いや、汗のしみた肉襦袢の、ムッとした嗅気が、重なり合って、色彩っていた。

 こうした頽廃的な雰囲気の中に、いつも絶えない、座員間の軋轢あつれきと、華やかな底に澱む、ひがんだ蒼黒い空気とは、幼い黒吉の心から、跡形もなく「朗らかさ」を毟むしり取って仕舞った。そして、あとに残った陰欝な、日陰の虫のような少年の心に、世の中というものを、一風変った方向からのみ、見詰めさせていた。

 彼は用のない時には、何時も、太い丸太が荒縄で、蜘蛛の巣のように、縦横無尽に張りまわされている薄暗い楽屋の隅で、何かぼんやりえこんでいた。それは少年らしくもない憂欝な、女々しい姿だった。

 黒吉は明かに、他の同輩の少年から

「オイ、こっちへこいよ」

 と声をかけられるのを恐れているように見えた。

 しかし、それは、単に彼の危惧に過ぎなかった。

 他の少年座員達は、誰も、この憂欝な顔をした、芸の不器用な、そして親方におぼえのよくない黒吉と、進んで遊ぼうというものはなかった。(それは恐ろしい団長への、気兼ねもあったろうが)寧ろ彼等は、黒吉の方からしかけても、決して色よい返事は、しないように思われた。

 結局、黒吉はそれをいい事にして、独りぽつねんと、小屋の隅に忘れられた儘、たった一つ、彼に残されたオアシスである他愛もない「空想」に耽っていた。

一ノ三

 憂欝な少年黒吉が、何を考えているのか。

 ――その前に、彼が、なぜ親方のおぼえが悪いのだろうかという事をいわなければならない。

 (それは、彼の憂欝性にも、重大な影響のある事だから

 黒吉は、どう見ても、親方の「お気に入り」とは思えなかった。それは、勿論彼が、芸の未熟な不器用だった事も、確かにその原因の、一つだったけれど、他の大きな原因は、彼が醜い容貌だ、という先天的な不運に、禍わざわいされていたのだった。

 男の子容貌が、そんなにも、幼い心を虐しいたげるものだろうか――。

 如何にも、舞台の上で生活するものにとって、顔の美醜は非常に大きなハンデキャップなのだ。彼の同輩の愛くるしい少年が、舞台で、どうしたはずみか、ストンと尻もちをついたとしたら、観客は

「まあ、可哀そうに……あら、赤くなって、こっちを見てるわ、まるで正美さんみたいね

 そういって可愛い美少年は、失敗をした為に、却って、観客の人気を得るのだ。けれど、それに引きかえて、醜い顔だちを持った黒吉が、舞台でそれと同じような失敗をしても、観客は、何の遠慮もなく、このぎこちない少年の未熟さを嘲笑うのだった。

 この観客にさえ嗤わらわれる黒吉は、勿論親方にとって、どんなに間抜けな、穀潰ごくつぶしに見えたかは充分想像が、出来るのだった。従って、黒吉に対する、親方仕打ちがどんなものだったかも――

(俺は芸が下手なんだ)

(俺は醜い男なんだ)

 薄暗い小屋の片隅で、独りぽつんと、考えこんでいる黒吉は、楽しい空想どころか、彼の幼い心には、この二つの子供らしくもない懊悩が、いつも吹き荒すさんでいるのだった。

 そして、それは彼の心の底へ、少年らしい甘えた気持を、ひた押しに内攻して仕舞って、彼を尚一層、陰気にする外、何んの役にもたたなかった。冷たい冷たい胸の中に、熱いものは、ただ一つ涙だけだった。

 こうした雰囲気の中に、閉じこめられた鴉黒吉が、真直に伸びる筈はなかった。

 ――そして、蒼白い「歪んだ心」を持った少年が、ここに一人生成されて行った。

 世の中の少年少女達が、喜々として、小学校に通い始めた頃だろうか。勿論黒吉には、そんな恵まれ生活は、遠く想像の外だった。

 しかし、この頃から黒吉は、同輩の幼い座員の中でも、少年少女とを、異った眼で見るようになって来た。

「何」という、ハッキリした相違はないのだが、女の子莫迦にされた時には、不思議男の子に罵られたような、憤りは感じなかったのだった。寧ろ、

(いっそ、あの手で打ぶたれたら……)

 と思うと、何かゾクゾクとした、喜びに似た気持を感じるのだ。

 これが何んであるか、黒吉は、次第に、その姿を、ハッキリ見るようになって来た。

一ノ四

 安白粉の匂いと、汗ばんだ体臭と、そして、ぺらぺらなあくどい色の衣裳が、雑巾のように、投げ散らかされた、この頽廃的な曲馬団の楽屋で、侮蔑の中に育てられた、陰気な少年の「歪んだ心」には、もうませた女の子への、不思議な執着が、ジクジクと燃えて来たのだ。

 ――そして、それを尚一層、駆立てるような、出来事が起った。

 それは、やっと敷地小屋掛けも済んで、いよいよ明日から公開、という前の日だった。

 団長は、例の通り、小六ヶ敷こむずかしい顔をして、小屋掛けの監督をしていたが、それが終って仕舞うと、さも「大仕事をした」というような顔をして、他のお気に入り幹部達と一緒に、何処か、遊びに出て行った。

 団長の遊びに行くのを、見送って仕舞うと、他の年かさな座員や、楽隊ジンタの係りの者なども、ようやくのびのびとして、思い思いの雑談に高笑いを立てていたが、剽軽者ひょうきんものの仙次が、自分の役であるピエロ舞台着を調べながら

「オイ、親父おやじが行ったぜ、俺の方も行こうか」

 恰度それが、合図でもあったかのように、急に話声が高くなった。

「ウン、たまには一杯やらなくちゃ……」

「ちえッ、たまには、とはよくもいいやがった。明日があるんだ、大丈夫か」

「ナーニ、少しはやらなくちゃ続かねエよ、いやなら止せよ」

「いやじゃねエよ」

ハハハ、五月蠅うるせえなア」

 と、如何にも嬉しそうに、がやがや喋りながら、それでも大急ぎで支度をして、町の中に開放されて行った。

 そして、何時か、このガランとした小屋の中には、蒲団ふとん係りの源二郎爺さんと、子供の座員だけが、ぽつんつんと取り残されていた。子供の座員は、外出を禁じられていた。それは勿論「脱走」に備えたものだった。その見張りの役が、今は老耄おいぼれて仕舞ったが、昔はこの一座を背負って立った源二郎爺じじいなのだ

 結局、幼い彼等は、小屋の中で、てんでに遊ぶより仕方がなかった。

 男の子男同志で、舞台を駈廻り、女の子は女らしく、固かたまって縄飛びをしていた。――そして、黒吉は、相変らず小屋の隅に、ぽつんと独りだった。

 しかし、何時になく、黒吉の眼は、何か一心に見詰めているようだ。

(この憂欝な、オドオドした少年が、一生懸命に見ているものは、何んだろう)

 誰でも、彼の平生を知っているものが、この様子に気付いたならば、一寸ちょっとをかしげたに相違ない。そして、何気なくこの少年視線を追って見たならば、或はハッと眼を伏せたかも知れないのだ。

 黒吉の恰度眼の前では、少女の座員たちが、簡単アッパッパを着て、縄飛びをしていた――。しかし彼の見ているのは、それではなかった。この少女達が、急いきおいよく自分の背丈せい位もある縄を飛んで、トンと下りると、その瞬間、簡単アッパッパスカートは、風を受けて乱れ、そこから覗くのは、ふっくりとした白い腿だった――。

(十やそこらの少年が、こんなものを、息を殺して見詰めているのだろうか――)

 そう考えると、極めて不快な感じの前に何か、寒む寒むとした、恐ろしさを覚えるのだ。

 しかし、尚そればかりではなかった。

 この憂欝な少年の心を、根柢から、グスグスとゆり動かした、あの「ふっくりとした白い腿」がたえまなく、彼の頭の中に、大きく渦を捲いて、押流れていた。

 やがて、その心の渦が、ようやく鎮まって来ると、その渦の中から、浮び上って来たのは、この一座の花形少女貴志田葉子きしだようこ」の顔だった。

 だが、それと同時に、黒吉は、いきなり打ち前倒のめされたような、劇しい不快な気持を、感じた。

(ちえッ、俺がいくらちゃんと遊ぼうったって、駄目だい。俺は芸が、下手くそなんだ。それに、あんな綺麗な葉ちゃんが、俺みたいな汚い子と遊んでくれるもんか……)

 だが、この少年の心の底へ、しっかり焼付られた、葉ちゃんへの、不思議な執着は、そんな事ぐらいでは、びくともしなかった。寧ろ

(駄目だ)

 と思えば思う程、余計に、いきなり大声で呶鳴ってみたいような焦燥を、いやが上にも煽立あおりたてているのだ。

 ――この頃から、彼のそぶりは、少しずつ変って来たようだった。それはよく気をつけて見たならば、相変らず小屋の片隅に、独りぽっちでいる黒吉の眼が、妙な光を持って来たのに、気がついたろう。そして、その時は彼の視線の先きに必ず幼い花形の、葉子が、愛くるしい姿をして飛廻っていたのだ。

 葉子は、まだ黒吉と同じように、十とう位だったが、顔は綺麗だし、芸は上手いし、自由小鳥のように朗らかで、あの気六ヶ敷い団長にすら、この上もなく可愛がられていたから、この陰惨な曲馬団の中でも、彼女だけは、充分幸福なように見えた。

 そして、勿論、この陰気な、醜い黒吉が、自分一挙一動を、舐めるように、見詰めているとは気づかなかったろう。

 黒吉自身は、彼女が、自分の事など、気にもかけていない、という事が「痛しかゆし」の気持だった。無論彼女

「こっちへいらっしゃいよ」

 とでも、声を掛けられたら、どんなに嬉しい事だろう。――しかし、その半面

「だらしがないのねエ、あんたなんか、大嫌いよ」

 といわれはしまいか、と思うと、彼女に話かけるどころか葉子が、何気なくこっちを見てさえ、

(俺を嗤うんじゃないか

 こうした感じが、脈管の中を、火のように逆流するのだ。それで、つと眼を伏せて仕舞う彼だった。

 黒吉は、自分でさえ、このひねくれた気持を知りながら、尚葉子への愛慕と伴に、どうしても、脱ぎ去る事が、出来なかった。

       ×

 思い出したように、賑やかなジンタが、「敷島マーチ」を一通り済ますと、続いて「カチウシャ」を始めた。フリュートの音が、ひょろひょろと蒼穹あおぞらに消えると、その合間合間に、乾からびた木戸番の「呼び込み」が、座員の心をも、何かそわそわさせるように、響いて来た。

「さあ、葉ちゃんの出番だよ」

「あら、もうあたしなの、いそがしいわ」

「いそいで、いそいで」

 葉子は周章あわててお煎餅せんべい一口齧かじると、衣裳部屋を飛出して行った。

 恰度、通り合せた黒吉は、ちらりとそれを見ると、何を思ったのか、その喰たべかけの煎餅を、そっと、いかにも大事そうに持って行った。

二ノ二

 葉子が、喰いかけて、抛り出して行った煎餅を、そっと、拾って来た黒吉は、座員達が、こってりと白粉を塗った顔を上気させながら、忙しそうに話し合っている所を、知らん顔して通り抜けると小屋の片隅の、座蒲団が山のように積上げられてある陰へ来た。

 黒吉は、経験で、舞台が始まると、こんなところには、滅多に人が来ない事を知っていた。

 それでも、注意深く、あたりに人気のないのを見澄ますと、こそこそと体を跼かがめながら、いまにも崩れそうに積上げられた座蒲団の隙間へ、潜り込んで行った。

 その隙間は、如何にも窮屈だったが、妙にぬくぬくとした弾力があって、何かなつかしいもののようであった。黒吉はやっと※ほっ[#「口+息」、16-9]とした落着きを味わいながら、あの煎餅のかけらを持ち迭かえると、それがさも大切な宝石でもあるかのように、そーっと手の掌ひらに載せて見た。

(これが、葉ちゃんの喰いかけだな)

 そう思うと、つい頬のゆるむ、嬉しさを感じた。……大事大事にとって置きたいような、……ぎゅっと抱締めたいような――。

 黒吉は、充分幸福を味わって、もう一遍沁々と、薄い光の中で、それを見詰めた。こうしてよくよく見ると、気の所為いか、その一かけの煎餅は、幾らか湿っているように思えた。

気をつけて、触ってみると、確かに、喰いかけのところが一寸湿っていた。

(葉ちゃんの唾つばきかな)

 黒吉の、小さい心臓は、この思わぬ、めっけものにガクガクと顫えた。

 彼は、いくら少年とはいえ、無論こんな一っかけの煎餅を、喰べたいばかりに、拾って来たのではなかった。黒吉には「葉子の喰べかけ」というところに、この煎餅が、幾カラットもあるダイヤモンドにも見えたのだ。

 しかし、触って見ると、このかけらは湿っている……

(葉ちゃんの唾だな)

 その瞬間、黒吉の頭には、衣裳部屋で、葉子が忙しそうにこの煎餅を咥くわえていた光景と、それにつづいてクロオズアップされた、彼女の、あの可愛い紅唇くちとが、アリアリと浮んだ。

 それと一緒に、彼は、思わずゴクンと、固い唾を飲んだ。

 黒吉は、妖しく眼を光らせながら、あたりを偸ぬすみ見ると、やがて、意を決したように、その葉子の唾液つばきで湿ったに違いない煎餅のかけらを、そっと唇に近づけた……。

(鹹しょっぱい――な)

 これは、勿論塩煎餅の味だったろう。だが、黒吉の手は、何故かぶるぶると顫えた。

 彼の少年らしくもない、深い陰影かげを持った顔は、何時か熱っぽく上気し、激しく心臓から投出される、血潮は、顳※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみをひくひくと波打たせていた。

 そして、もう手の掌に、べとべとと溶けて仕舞った、煎餅のかけらから、尚も「葉子の匂い」を嗅ぎ出そうと、総てを忘れて、ペロペロと舐め続けていた……。

「こらっ。何をしてるんだ、黒公」

 ハッと気がつくと、蒲団の山の向うから、源二郎爺の、怒りを含んだ怪訝な顔が、覗いていた。

「出番じゃねエか。愚図愚図してると、又ひどいぞ」

「ウン」

 黒吉は、瞬間、親方の顔を思い出して、ピョコンと飛起きた。そして、ベタベタと粘る手の掌を肉襦袢にこすりこすり、周章あわてて楽屋の方へ駈けて行った。

二ノ三

 黒吉は、命ぜられた、色々の曲芸をしながらも、頭の中は、いつも葉子の事で一杯だった。

(一度でいいから葉ちゃんと、沁々話したい)

 これが、彼の歪められた心に発生わいて来た、たった一つの望みだった。

 彼がもっと朗らかな、普通の子供であったならば、いつも同じ小屋にいる葉子だもの、そんな事は、造作なく実現したに違いない。

 しかし、それにしては、黒吉は、余りに陰気な、ひねくれた少年だった。――というのも、彼の暗い周囲がそうさせたのだが――。

 そして、早熟ませた葉子への執着が、堰せき切れなくなった時に彼が見つけたのは、あの煎餅のかけらが産んだ、恐ろしい恍惚エクスタシーだった。

 一度こうした排はけ口を見つけた、彼の心が、その儘止まる筈はなかった――寧ろ、津浪のようにその排け口に向って殺到して行ったのだ。

 彼は、そっと、人のいないのを見すまして、衣裳部屋に潜り込み、葉子の小ちっちゃい肉襦袢に、醜悪な顔を、埋うずめていた事もあった。

 その白粉の匂いと、体臭のむんむんする臭いが、彼自身眩暈めまいをさえ伴った、陶酔感を与えるのだ。

 そして、ふと、その肉襦袢に、葉子のオカッパの髪が、二三本ついていたのを見つけると、その大発見に狂喜しながら、注意ぶかく抓つまみ上げて、白い紙につつむと、あり合せの鉛筆で、

「葉子チャンノカミノケ」

 そんな文句を、下手糞な字で、たどたどしく書きつけ、もう一度、上から擦さすって見てから、それを、肌身深く蔵しまいこんで仕舞った……。

 こうした彼の悪癖が、益々慕って行った事は、その後、葉子の持ち物が、ちょいちょい失なくなるようになった事でも、充分想像が出来た。

 失くなるといっても、勿論たいした品物を、曲馬団の少女が、持っている訳はなかったから、もうすり減った、真黒く脂肪あぶら足の跡が附いた、下駄の一方だとか、毛の抜けて仕舞った竹の歯楊子ようじだとか、そういった、極く下らないものだった。それで、

(盗られた)

 という気持を、葉子自身ですら感じなかったのは、彼にとっては、もっけの幸いだった。しかしこれらの「下らない紛失物」が、黒吉にとって、どんなに貴重なものだったかは、また容易に想像出来るのだ。

 ――ここまでは、黒吉少年の心に醗酵した、侘わびしい(しか執拗な)彼一人だけの、胸の中の恋だった。

 だが、ここに葉子が、暴風雨あらしを伴奏にして、颯爽と、現実舞台へ、登場しようとしている。

       ×

 極東曲馬団は、町から町、盛り場から盛り場を、人々の眼を楽しませながら、流れ移っていた。

 そして、ある田舎町に敷地を借り、ようやく小屋掛けも終ったと殆んど同時に、朝から頸を傾かしげさせていた空模様が、一時に頽くずれて、大粒の雨が、無気味な風を含んで、ぽたりぽたり落ちて来たかと思うと、もう篠つくような豪雨に変っていた。

 団長等は、早々に、宿屋に引上げて仕舞ったが、子供の座員や、下っぱの座員などは、経費の関係で、いつも、この小屋に泊る事を言渡されていた。子供等の方では、これは当然だと思っていたし、又団長がいないという事で、却って喜んでいたようでもあった。

 しかし、この急拵えの小屋が、この沛然はいぜんと降る豪雨に、無事な筈はなく、雨漏りをさけて遁げ廻った末、やっと楽屋の隅で、ひと凝固かたまりになって、横になる事が出来たのは、もう大分夜が更けてからだった。

 黒吉は、眼をつぶって、ようやく小降りになって来たらしい、雨の音を聴いていると、もう肩を並べた隣りからは、幽かな寝息さえ聴えて来た。

 それと同時に、黒吉は、何かドキンとしたものを感じた。

(隣りに寝ているのは、葉ちゃんじゃないか――)

二ノ四

 瞬間、黒吉は自分の頭が、シーンと澄み透って行くのを感じた。

(果して、隣りで寝ているのは、葉ちゃんだろうか)

 それは勿論、第六感とでもいうのか、極く曖昧ものだった。が、あの騒ぎで、皆んな、ごたごたに寝て仕舞ったのだから全然あり得ない事でもないのだ。

 そう思うと、隣りと接した、肩の辺が、熱っぽく、暑苦しいようにさえ感じた。そして、心臓はその鼓動と伴に、胸の中、一杯に拡がって行った。

 黒吉は、思い切って、起上り、顔を覗き見たい衝動を感じた。あたりは真暗だが、よく気をつけて覗きこめば、顔の判別がつかぬ、という程でもないように思われた。

 彼は、そーっと、薄い蒲団の縁へりへ、手をかけた。だが――

(まてまて。葉ちゃんならば、こんなに素晴らしい事はない。けれども、こんなにぎっしり寝ている処で、ごそごそ起きたら、どうかすると、彼女は眼を覚ますかも知れない。

 それだけならいいが、眼を覚まして、俺が覗きこんでいた事を知ったら、きっと葉ちゃんは、真赤になって、この醜い俺を罵り、どこか遠くへ寝床をかえて仕舞うに違いないんだ。

 ――そんな莫迦な事をするより、例え短かくとも、夜が明けるまで、こうして葉ちゃんの、ふくよかな肩の感触を恣ほしいままにした方が、どれ程気が利いていることか……)

 黒吉の心の中の、内気な半面が、こう囁いた。

 彼は、蒲団にかけた手を、又静かに戻して仕舞うと、今度は、全身の注意を、細かに砕いて、彼女の方へぴったり、摺り寄って行った。そして、温もりに混った、彼女の穏やかな心臓の響きを、肩の辺に聴いていた……。

 フト、冷めたい風を感じて、何時の間にかつぶっていた眼を明けて見ると、あたりには極くうっすらと、光が射しているのに、気がついた。

(もう夜明けかな――いつの間に寝て仕舞ったんだろう)

 それと一緒に、思わずガクンと体の顫えるような、口惜くやしさに似た後悔を感じた。

(葉ちゃんは……)

 黒吉は、先ずそれが心懸りだったので、ぐっと頸を廻して隣りを確めようとした。

(おや……)

 彼の眼に這入ったのは、葉子より先きに、キンと澄み切った、尖った月の半分だった。

 急拵えの小屋天幕は、夕方の大暴風雨あらしに吹きまくられてぽっかり夜空に口を開け、恰度そこから、のり出すように月が覗き込み、地底のようにシンと澱んだ小屋の中に白々とした、絹糸のような、光を撒いているのだ。暴風雨あらしの後の月は物凄いまでに、冴え冴えとしていた。

(まだ夜中だ)

 黒吉は※ほ[#「口+息」、22-9]っと心配を排はき棄てた。

 彼の隣りには、葉子が、いかにも寝苦しそうに寝ていた。先刻さっきは、確かに葉子だ、とは断言出来なかったが、いまでは極く淡い光ではあったが、その中でも、段々眼の馴れるに従って、黒吉には、ハッキリ葉子の姿が、写って来た。

 黒吉は、意を決したように、半身を蒲団から抜出し、月の光を遮らないように――、音のしないように、そっと彼女の顔を覗きこんだ。

 眼の下には、月の光を受けて、いつもより蒼白く見える葉子の、幼い顔が、少しばかり口さえ開け、寝入っていた。もう少し月の光が強かったら、この房々としたオカッパの頭髪かみのけが黄金のように光るだろう――と思えた。

 又、襟足の洗いおとした白粉が、この幼い葉子の寝姿を少年の心にも、一入ひとしお可憐いじらしく見せていた。

 暫く、ぼんやりと、その夢のように霞んだ、葉子の顔を、見詰めていた黒吉は、ゴクンと固い唾を咽喉へ通すと、その薄く開かれた唇から、寝息でも聴こうとするのか、顔を次第次第に近附けて行った。

 何故か、彼の唇は、ガザガザに乾いていた。

 やがて、この弱々しい月光の下で、二つのさな頭の影が、一つになって仕舞うと、彼は、葉子の頬についている、小さい愛嬌黒子ぼくろが、自分の頬をも、凹へこますのを感じた。

二ノ五

 黒吉の、唇に感じた、葉子の唇の感触は、ぬくぬくとして弾力に富んだはんぺんのようだった。妙な連想だけれど、事実彼の経験では、これが一番よく似ていたのだ。

 唯、違った所――それは非常に違ったところがあるのだが――残念ながら、それをいい表わす言葉を知らなかった。

 彼は、そーっと腕の力を抜こうとした。途端に、肘の下の羽目板が、鈍い音を立てた。造作の悪い掛小屋なので、一寸した重みの加減でも、板が軋むのだ。シンとした周囲あたりと、針のように尖った、彼の神経に、それが幾層倍にも、拡大されて響き渡った。

 黒吉の心臓は、瞬間、ドキンと音がして止ったようだった。

「ク……」

 周章あわてて顔を上げた彼の眼の下で、葉子は、悪い夢でも見たのか、咽喉を鳴らすと、寝返りを打って、向うを向いて仕舞った。

(眼を覚ましたかな)

 黒吉は、思いきり息を深くしながら、葉子の墨のような、後向きの寝姿を、見守った。(いや、大丈夫だ)

 寝返りをした葉子は、幸い、眼を覚まさなかったと見えて、直ぐ又かすかな、寝息が、聴えて来た。

 彼は、ようやく※ほ[#「口+息」、24-4]っと、熱

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anond:20250708044816

 辺鄙な、村はずれの丘には、いつの間にか、華やかな幕を沢山吊るした急拵ごしらえの小屋掛が出来て、極東曲馬団の名がかけられ、狂燥なジンタと、ヒョロヒョロと空気を伝わるフリュートの音に、村人は、老おいも若きも、しばし、強烈な色彩と音楽スリル享楽し、又、いつの間にか曲馬団が他へ流れて行っても、しばらくは、フト白い流れ雲の中に、少年少女の縊くびれた肢体を思い出すのである

 トテモ華やかな、その空気の中にも、やっぱり、小さな「悩める虫」がいるのだ。

一ノ二

莫迦ッ、そんな事が出来ねエのか、間抜けめ!」

 親方は、野卑な言葉で、そう呶鳴どなると、手に持った革の鞭で、床をビシビシ撲りつけながら、黒吉くろきちを、グッと睨みつけるのだった。

 まだいたいけな少年の黒吉は、恐ろしさにオドオドして、

「済みません、済みません」

 そんな事を、呟くようにいうと、ぼろぼろに裂けた肉襦袢じゅばんの、肩の辺を擦さすりながら、氷のように冷めたい床の上に、又無器用な体つきで、ゴロンゴロンと幾度も「逆立ち」を遣り直していた。

 饑ひもじさと、恐ろしさと、苦痛と、寒気と、そして他の座員の嘲笑とが、もう毎度の事だったが、黒吉の身の周りに、犇々ひしひしと迫って、思わずホロホロと滾こぼした血のような涙が、荒削りの床に、黒い斑点を残して、音もなく滲しみ込んで行った。

 ――ここは、極東曲馬団の楽屋裏だった。

 逆立ちの下手な、無器用な黒吉は、ここの少年座員なのだ

 鴉からす黒吉。というのが彼の名前だった。しかしこれは舞台だけの芸名か、それとも本当の名前か、恐らくこれは字面じづらから見て、親方が、勝手につけた名前に違いないが、本名となると彼自身は勿論の事、親方だってハッキリ知っているかどうかは疑わしいものだった。

 黒吉自身記憶といっては、極めてぼんやりしたものだったけれど、いたましい事には、それは何時も、この曲馬団の片隅の、衣裳戸棚から始まっていた。

 それで、彼がもの心のついた時からは、――彼の記憶が始まった時からは、いつも周囲には、悲壮ジンタと、くしゃくしゃになったあくどい色の衣裳と、そして、それらを罩こめた安白粉おしろいの匂いや、汗のしみた肉襦袢の、ムッとした嗅気が、重なり合って、色彩っていた。

 こうした頽廃的な雰囲気の中に、いつも絶えない、座員間の軋轢あつれきと、華やかな底に澱む、ひがんだ蒼黒い空気とは、幼い黒吉の心から、跡形もなく「朗らかさ」を毟むしり取って仕舞った。そして、あとに残った陰欝な、日陰の虫のような少年の心に、世の中というものを、一風変った方向からのみ、見詰めさせていた。

 彼は用のない時には、何時も、太い丸太が荒縄で、蜘蛛の巣のように、縦横無尽に張りまわされている薄暗い楽屋の隅で、何かぼんやりえこんでいた。それは少年らしくもない憂欝な、女々しい姿だった。

 黒吉は明かに、他の同輩の少年から

「オイ、こっちへこいよ」

 と声をかけられるのを恐れているように見えた。

 しかし、それは、単に彼の危惧に過ぎなかった。

 他の少年座員達は、誰も、この憂欝な顔をした、芸の不器用な、そして親方におぼえのよくない黒吉と、進んで遊ぼうというものはなかった。(それは恐ろしい団長への、気兼ねもあったろうが)寧ろ彼等は、黒吉の方からしかけても、決して色よい返事は、しないように思われた。

 結局、黒吉はそれをいい事にして、独りぽつねんと、小屋の隅に忘れられた儘、たった一つ、彼に残されたオアシスである他愛もない「空想」に耽っていた。

一ノ三

 憂欝な少年黒吉が、何を考えているのか。

 ――その前に、彼が、なぜ親方のおぼえが悪いのだろうかという事をいわなければならない。

 (それは、彼の憂欝性にも、重大な影響のある事だから

 黒吉は、どう見ても、親方の「お気に入り」とは思えなかった。それは、勿論彼が、芸の未熟な不器用だった事も、確かにその原因の、一つだったけれど、他の大きな原因は、彼が醜い容貌だ、という先天的な不運に、禍わざわいされていたのだった。

 男の子容貌が、そんなにも、幼い心を虐しいたげるものだろうか――。

 如何にも、舞台の上で生活するものにとって、顔の美醜は非常に大きなハンデキャップなのだ。彼の同輩の愛くるしい少年が、舞台で、どうしたはずみか、ストンと尻もちをついたとしたら、観客は

「まあ、可哀そうに……あら、赤くなって、こっちを見てるわ、まるで正美さんみたいね

 そういって可愛い美少年は、失敗をした為に、却って、観客の人気を得るのだ。けれど、それに引きかえて、醜い顔だちを持った黒吉が、舞台でそれと同じような失敗をしても、観客は、何の遠慮もなく、このぎこちない少年の未熟さを嘲笑うのだった。

 この観客にさえ嗤わらわれる黒吉は、勿論親方にとって、どんなに間抜けな、穀潰ごくつぶしに見えたかは充分想像が、出来るのだった。従って、黒吉に対する、親方仕打ちがどんなものだったかも――

(俺は芸が下手なんだ)

(俺は醜い男なんだ)

 薄暗い小屋の片隅で、独りぽつんと、考えこんでいる黒吉は、楽しい空想どころか、彼の幼い心には、この二つの子供らしくもない懊悩が、いつも吹き荒すさんでいるのだった。

 そして、それは彼の心の底へ、少年らしい甘えた気持を、ひた押しに内攻して仕舞って、彼を尚一層、陰気にする外、何んの役にもたたなかった。冷たい冷たい胸の中に、熱いものは、ただ一つ涙だけだった。

 こうした雰囲気の中に、閉じこめられた鴉黒吉が、真直に伸びる筈はなかった。

 ――そして、蒼白い「歪んだ心」を持った少年が、ここに一人生成されて行った。

 世の中の少年少女達が、喜々として、小学校に通い始めた頃だろうか。勿論黒吉には、そんな恵まれ生活は、遠く想像の外だった。

 しかし、この頃から黒吉は、同輩の幼い座員の中でも、少年少女とを、異った眼で見るようになって来た。

「何」という、ハッキリした相違はないのだが、女の子莫迦にされた時には、不思議男の子に罵られたような、憤りは感じなかったのだった。寧ろ、

(いっそ、あの手で打ぶたれたら……)

 と思うと、何かゾクゾクとした、喜びに似た気持を感じるのだ。

 これが何んであるか、黒吉は、次第に、その姿を、ハッキリ見るようになって来た。

一ノ四

 安白粉の匂いと、汗ばんだ体臭と、そして、ぺらぺらなあくどい色の衣裳が、雑巾のように、投げ散らかされた、この頽廃的な曲馬団の楽屋で、侮蔑の中に育てられた、陰気な少年の「歪んだ心」には、もうませた女の子への、不思議な執着が、ジクジクと燃えて来たのだ。

 ――そして、それを尚一層、駆立てるような、出来事が起った。

 それは、やっと敷地小屋掛けも済んで、いよいよ明日から公開、という前の日だった。

 団長は、例の通り、小六ヶ敷こむずかしい顔をして、小屋掛けの監督をしていたが、それが終って仕舞うと、さも「大仕事をした」というような顔をして、他のお気に入り幹部達と一緒に、何処か、遊びに出て行った。

 団長の遊びに行くのを、見送って仕舞うと、他の年かさな座員や、楽隊ジンタの係りの者なども、ようやくのびのびとして、思い思いの雑談に高笑いを立てていたが、剽軽者ひょうきんものの仙次が、自分の役であるピエロ舞台着を調べながら

「オイ、親父おやじが行ったぜ、俺の方も行こうか」

 恰度それが、合図でもあったかのように、急に話声が高くなった。

「ウン、たまには一杯やらなくちゃ……」

「ちえッ、たまには、とはよくもいいやがった。明日があるんだ、大丈夫か」

「ナーニ、少しはやらなくちゃ続かねエよ、いやなら止せよ」

「いやじゃねエよ」

ハハハ、五月蠅うるせえなア」

 と、如何にも嬉しそうに、がやがや喋りながら、それでも大急ぎで支度をして、町の中に開放されて行った。

 そして、何時か、このガランとした小屋の中には、蒲団ふとん係りの源二郎爺さんと、子供の座員だけが、ぽつんつんと取り残されていた。子供の座員は、外出を禁じられていた。それは勿論「脱走」に備えたものだった。その見張りの役が、今は老耄おいぼれて仕舞ったが、昔はこの一座を背負って立った源二郎爺じじいなのだ

 結局、幼い彼等は、小屋の中で、てんでに遊ぶより仕方がなかった。

 男の子男同志で、舞台を駈廻り、女の子は女らしく、固かたまって縄飛びをしていた。――そして、黒吉は、相変らず小屋の隅に、ぽつんと独りだった。

 しかし、何時になく、黒吉の眼は、何か一心に見詰めているようだ。

(この憂欝な、オドオドした少年が、一生懸命に見ているものは、何んだろう)

 誰でも、彼の平生を知っているものが、この様子に気付いたならば、一寸ちょっとをかしげたに相違ない。そして、何気なくこの少年視線を追って見たならば、或はハッと眼を伏せたかも知れないのだ。

 黒吉の恰度眼の前では、少女の座員たちが、簡単アッパッパを着て、縄飛びをしていた――。しかし彼の見ているのは、それではなかった。この少女達が、急いきおいよく自分の背丈せい位もある縄を飛んで、トンと下りると、その瞬間、簡単アッパッパスカートは、風を受けて乱れ、そこから覗くのは、ふっくりとした白い腿だった――。

(十やそこらの少年が、こんなものを、息を殺して見詰めているのだろうか――)

 そう考えると、極めて不快な感じの前に何か、寒む寒むとした、恐ろしさを覚えるのだ。

 しかし、尚そればかりではなかった。

 この憂欝な少年の心を、根柢から、グスグスとゆり動かした、あの「ふっくりとした白い腿」がたえまなく、彼の頭の中に、大きく渦を捲いて、押流れていた。

 やがて、その心の渦が、ようやく鎮まって来ると、その渦の中から、浮び上って来たのは、この一座の花形少女貴志田葉子きしだようこ」の顔だった。

 だが、それと同時に、黒吉は、いきなり打ち前倒のめされたような、劇しい不快な気持を、感じた。

(ちえッ、俺がいくらちゃんと遊ぼうったって、駄目だい。俺は芸が、下手くそなんだ。それに、あんな綺麗な葉ちゃんが、俺みたいな汚い子と遊んでくれるもんか……)

 だが、この少年の心の底へ、しっかり焼付られた、葉ちゃんへの、不思議な執着は、そんな事ぐらいでは、びくともしなかった。寧ろ

(駄目だ)

 と思えば思う程、余計に、いきなり大声で呶鳴ってみたいような焦燥を、いやが上にも煽立あおりたてているのだ。

 ――この頃から、彼のそぶりは、少しずつ変って来たようだった。それはよく気をつけて見たならば、相変らず小屋の片隅に、独りぽっちでいる黒吉の眼が、妙な光を持って来たのに、気がついたろう。そして、その時は彼の視線の先きに必ず幼い花形の、葉子が、愛くるしい姿をして飛廻っていたのだ。

 葉子は、まだ黒吉と同じように、十とう位だったが、顔は綺麗だし、芸は上手いし、自由小鳥のように朗らかで、あの気六ヶ敷い団長にすら、この上もなく可愛がられていたから、この陰惨な曲馬団の中でも、彼女だけは、充分幸福なように見えた。

 そして、勿論、この陰気な、醜い黒吉が、自分一挙一動を、舐めるように、見詰めているとは気づかなかったろう。

 黒吉自身は、彼女が、自分の事など、気にもかけていない、という事が「痛しかゆし」の気持だった。無論彼女

「こっちへいらっしゃいよ」

 とでも、声を掛けられたら、どんなに嬉しい事だろう。――しかし、その半面

「だらしがないのねエ、あんたなんか、大嫌いよ」

 といわれはしまいか、と思うと、彼女に話かけるどころか葉子が、何気なくこっちを見てさえ、

(俺を嗤うんじゃないか

 こうした感じが、脈管の中を、火のように逆流するのだ。それで、つと眼を伏せて仕舞う彼だった。

 黒吉は、自分でさえ、このひねくれた気持を知りながら、尚葉子への愛慕と伴に、どうしても、脱ぎ去る事が、出来なかった。

       ×

 思い出したように、賑やかなジンタが、「敷島マーチ」を一通り済ますと、続いて「カチウシャ」を始めた。フリュートの音が、ひょろひょろと蒼穹あおぞらに消えると、その合間合間に、乾からびた木戸番の「呼び込み」が、座員の心をも、何かそわそわさせるように、響いて来た。

「さあ、葉ちゃんの出番だよ」

「あら、もうあたしなの、いそがしいわ」

「いそいで、いそいで」

 葉子は周章あわててお煎餅せんべい一口齧かじると、衣裳部屋を飛出して行った。

 恰度、通り合せた黒吉は、ちらりとそれを見ると、何を思ったのか、その喰たべかけの煎餅を、そっと、いかにも大事そうに持って行った。

二ノ二

 葉子が、喰いかけて、抛り出して行った煎餅を、そっと、拾って来た黒吉は、座員達が、こってりと白粉を塗った顔を上気させながら、忙しそうに話し合っている所を、知らん顔して通り抜けると小屋の片隅の、座蒲団が山のように積上げられてある陰へ来た。

 黒吉は、経験で、舞台が始まると、こんなところには、滅多に人が来ない事を知っていた。

 それでも、注意深く、あたりに人気のないのを見澄ますと、こそこそと体を跼かがめながら、いまにも崩れそうに積上げられた座蒲団の隙間へ、潜り込んで行った。

 その隙間は、如何にも窮屈だったが、妙にぬくぬくとした弾力があって、何かなつかしいもののようであった。黒吉はやっと※ほっ[#「口+息」、16-9]とした落着きを味わいながら、あの煎餅のかけらを持ち迭かえると、それがさも大切な宝石でもあるかのように、そーっと手の掌ひらに載せて見た。

(これが、葉ちゃんの喰いかけだな)

 そう思うと、つい頬のゆるむ、嬉しさを感じた。……大事大事にとって置きたいような、……ぎゅっと抱締めたいような――。

 黒吉は、充分幸福を味わって、もう一遍沁々と、薄い光の中で、それを見詰めた。こうしてよくよく見ると、気の所為いか、その一かけの煎餅は、幾らか湿っているように思えた。

気をつけて、触ってみると、確かに、喰いかけのところが一寸湿っていた。

(葉ちゃんの唾つばきかな)

 黒吉の、小さい心臓は、この思わぬ、めっけものにガクガクと顫えた。

 彼は、いくら少年とはいえ、無論こんな一っかけの煎餅を、喰べたいばかりに、拾って来たのではなかった。黒吉には「葉子の喰べかけ」というところに、この煎餅が、幾カラットもあるダイヤモンドにも見えたのだ。

 しかし、触って見ると、このかけらは湿っている……

(葉ちゃんの唾だな)

 その瞬間、黒吉の頭には、衣裳部屋で、葉子が忙しそうにこの煎餅を咥くわえていた光景と、それにつづいてクロオズアップされた、彼女の、あの可愛い紅唇くちとが、アリアリと浮んだ。

 それと一緒に、彼は、思わずゴクンと、固い唾を飲んだ。

 黒吉は、妖しく眼を光らせながら、あたりを偸ぬすみ見ると、やがて、意を決したように、その葉子の唾液つばきで湿ったに違いない煎餅のかけらを、そっと唇に近づけた……。

(鹹しょっぱい――な)

 これは、勿論塩煎餅の味だったろう。だが、黒吉の手は、何故かぶるぶると顫えた。

 彼の少年らしくもない、深い陰影かげを持った顔は、何時か熱っぽく上気し、激しく心臓から投出される、血潮は、顳※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみをひくひくと波打たせていた。

 そして、もう手の掌に、べとべとと溶けて仕舞った、煎餅のかけらから、尚も「葉子の匂い」を嗅ぎ出そうと、総てを忘れて、ペロペロと舐め続けていた……。

「こらっ。何をしてるんだ、黒公」

 ハッと気がつくと、蒲団の山の向うから、源二郎爺の、怒りを含んだ怪訝な顔が、覗いていた。

「出番じゃねエか。愚図愚図してると、又ひどいぞ」

「ウン」

 黒吉は、瞬間、親方の顔を思い出して、ピョコンと飛起きた。そして、ベタベタと粘る手の掌を肉襦袢にこすりこすり、周章あわてて楽屋の方へ駈けて行った。

二ノ三

 黒吉は、命ぜられた、色々の曲芸をしながらも、頭の中は、いつも葉子の事で一杯だった。

(一度でいいから葉ちゃんと、沁々話したい)

 これが、彼の歪められた心に発生わいて来た、たった一つの望みだった。

 彼がもっと朗らかな、普通の子供であったならば、いつも同じ小屋にいる葉子だもの、そんな事は、造作なく実現したに違いない。

 しかし、それにしては、黒吉は、余りに陰気な、ひねくれた少年だった。――というのも、彼の暗い周囲がそうさせたのだが――。

 そして、早熟ませた葉子への執着が、堰せき切れなくなった時に彼が見つけたのは、あの煎餅のかけらが産んだ、恐ろしい恍惚エクスタシーだった。

 一度こうした排はけ口を見つけた、彼の心が、その儘止まる筈はなかった――寧ろ、津浪のようにその排け口に向って殺到して行ったのだ。

 彼は、そっと、人のいないのを見すまして、衣裳部屋に潜り込み、葉子の小ちっちゃい肉襦袢に、醜悪な顔を、埋うずめていた事もあった。

 その白粉の匂いと、体臭のむんむんする臭いが、彼自身眩暈めまいをさえ伴った、陶酔感を与えるのだ。

 そして、ふと、その肉襦袢に、葉子のオカッパの髪が、二三本ついていたのを見つけると、その大発見に狂喜しながら、注意ぶかく抓つまみ上げて、白い紙につつむと、あり合せの鉛筆で、

「葉子チャンノカミノケ」

 そんな文句を、下手糞な字で、たどたどしく書きつけ、もう一度、上から擦さすって見てから、それを、肌身深く蔵しまいこんで仕舞った……。

 こうした彼の悪癖が、益々慕って行った事は、その後、葉子の持ち物が、ちょいちょい失なくなるようになった事でも、充分想像が出来た。

 失くなるといっても、勿論たいした品物を、曲馬団の少女が、持っている訳はなかったから、もうすり減った、真黒く脂肪あぶら足の跡が附いた、下駄の一方だとか、毛の抜けて仕舞った竹の歯楊子ようじだとか、そういった、極く下らないものだった。それで、

(盗られた)

 という気持を、葉子自身ですら感じなかったのは、彼にとっては、もっけの幸いだった。しかしこれらの「下らない紛失物」が、黒吉にとって、どんなに貴重なものだったかは、また容易に想像出来るのだ。

 ――ここまでは、黒吉少年の心に醗酵した、侘わびしい(しか執拗な)彼一人だけの、胸の中の恋だった。

 だが、ここに葉子が、暴風雨あらしを伴奏にして、颯爽と、現実舞台へ、登場しようとしている。

       ×

 極東曲馬団は、町から町、盛り場から盛り場を、人々の眼を楽しませながら、流れ移っていた。

 そして、ある田舎町に敷地を借り、ようやく小屋掛けも終ったと殆んど同時に、朝から頸を傾かしげさせていた空模様が、一時に頽くずれて、大粒の雨が、無気味な風を含んで、ぽたりぽたり落ちて来たかと思うと、もう篠つくような豪雨に変っていた。

 団長等は、早々に、宿屋に引上げて仕舞ったが、子供の座員や、下っぱの座員などは、経費の関係で、いつも、この小屋に泊る事を言渡されていた。子供等の方では、これは当然だと思っていたし、又団長がいないという事で、却って喜んでいたようでもあった。

 しかし、この急拵えの小屋が、この沛然はいぜんと降る豪雨に、無事な筈はなく、雨漏りをさけて遁げ廻った末、やっと楽屋の隅で、ひと凝固かたまりになって、横になる事が出来たのは、もう大分夜が更けてからだった。

 黒吉は、眼をつぶって、ようやく小降りになって来たらしい、雨の音を聴いていると、もう肩を並べた隣りからは、幽かな寝息さえ聴えて来た。

 それと同時に、黒吉は、何かドキンとしたものを感じた。

(隣りに寝ているのは、葉ちゃんじゃないか――)

二ノ四

 瞬間、黒吉は自分の頭が、シーンと澄み透って行くのを感じた。

(果して、隣りで寝ているのは、葉ちゃんだろうか)

 それは勿論、第六感とでもいうのか、極く曖昧ものだった。が、あの騒ぎで、皆んな、ごたごたに寝て仕舞ったのだから全然あり得ない事でもないのだ。

 そう思うと、隣りと接した、肩の辺が、熱っぽく、暑苦しいようにさえ感じた。そして、心臓はその鼓動と伴に、胸の中、一杯に拡がって行った。

 黒吉は、思い切って、起上り、顔を覗き見たい衝動を感じた。あたりは真暗だが、よく気をつけて覗きこめば、顔の判別がつかぬ、という程でもないように思われた。

 彼は、そーっと、薄い蒲団の縁へりへ、手をかけた。だが――

(まてまて。葉ちゃんならば、こんなに素晴らしい事はない。けれども、こんなにぎっしり寝ている処で、ごそごそ起きたら、どうかすると、彼女は眼を覚ますかも知れない。

 それだけならいいが、眼を覚まして、俺が覗きこんでいた事を知ったら、きっと葉ちゃんは、真赤になって、この醜い俺を罵り、どこか遠くへ寝床をかえて仕舞うに違いないんだ。

 ――そんな莫迦な事をするより、例え短かくとも、夜が明けるまで、こうして葉ちゃんの、ふくよかな肩の感触を恣ほしいままにした方が、どれ程気が利いていることか……)

 黒吉の心の中の、内気な半面が、こう囁いた。

 彼は、蒲団にかけた手を、又静かに戻して仕舞うと、今度は、全身の注意を、細かに砕いて、彼女の方へぴったり、摺り寄って行った。そして、温もりに混った、彼女の穏やかな心臓の響きを、肩の辺に聴いていた……。

 フト、冷めたい風を感じて、何時の間にかつぶっていた眼を明けて見ると、あたりには極くうっすらと、光が射しているのに、気がついた。

(もう夜明けかな――いつの間に寝て仕舞ったんだろう)

 それと一緒に、思わずガクンと体の顫えるような、口惜くやしさに似た後悔を感じた。

(葉ちゃんは……)

 黒吉は、先ずそれが心懸りだったので、ぐっと頸を廻して隣りを確めようとした。

(おや……)

 彼の眼に這入ったのは、葉子より先きに、キンと澄み切った、尖った月の半分だった。

 急拵えの小屋天幕は、夕方の大暴風雨あらしに吹きまくられてぽっかり夜空に口を開け、恰度そこから、のり出すように月が覗き込み、地底のようにシンと澱んだ小屋の中に白々とした、絹糸のような、光を撒いているのだ。暴風雨あらしの後の月は物凄いまでに、冴え冴えとしていた。

(まだ夜中だ)

 黒吉は※ほ[#「口+息」、22-9]っと心配を排はき棄てた。

 彼の隣りには、葉子が、いかにも寝苦しそうに寝ていた。先刻さっきは、確かに葉子だ、とは断言出来なかったが、いまでは極く淡い光ではあったが、その中でも、段々眼の馴れるに従って、黒吉には、ハッキリ葉子の姿が、写って来た。

 黒吉は、意を決したように、半身を蒲団から抜出し、月の光を遮らないように――、音のしないように、そっと彼女の顔を覗きこんだ。

 眼の下には、月の光を受けて、いつもより蒼白く見える葉子の、幼い顔が、少しばかり口さえ開け、寝入っていた。もう少し月の光が強かったら、この房々としたオカッパの頭髪かみのけが黄金のように光るだろう――と思えた。

 又、襟足の洗いおとした白粉が、この幼い葉子の寝姿を少年の心にも、一入ひとしお可憐いじらしく見せていた。

 暫く、ぼんやりと、その夢のように霞んだ、葉子の顔を、見詰めていた黒吉は、ゴクンと固い唾を咽喉へ通すと、その薄く開かれた唇から、寝息でも聴こうとするのか、顔を次第次第に近附けて行った。

 何故か、彼の唇は、ガザガザに乾いていた。

 やがて、この弱々しい月光の下で、二つのさな頭の影が、一つになって仕舞うと、彼は、葉子の頬についている、小さい愛嬌黒子ぼくろが、自分の頬をも、凹へこますのを感じた。

二ノ五

 黒吉の、唇に感じた、葉子の唇の感触は、ぬくぬくとして弾力に富んだはんぺんのようだった。妙な連想だけれど、事実彼の経験では、これが一番よく似ていたのだ。

 唯、違った所――それは非常に違ったところがあるのだが――残念ながら、それをいい表わす言葉を知らなかった。

 彼は、そーっと腕の力を抜こうとした。途端に、肘の下の羽目板が、鈍い音を立てた。造作の悪い掛小屋なので、一寸した重みの加減でも、板が軋むのだ。シンとした周囲あたりと、針のように尖った、彼の神経に、それが幾層倍にも、拡大されて響き渡った。

 黒吉の心臓は、瞬間、ドキンと音がして止ったようだった。

「ク……」

 周章あわてて顔を上げた彼の眼の下で、葉子は、悪い夢でも見たのか、咽喉を鳴らすと、寝返りを打って、向うを向いて仕舞った。

(眼を覚ましたかな)

 黒吉は、思いきり息を深くしながら、葉子の墨のような、後向きの寝姿を、見守った。(いや、大丈夫だ)

 寝返りをした葉子は、幸い、眼を覚まさなかったと見えて、直ぐ又かすかな、寝息が、聴えて来た。

 彼は、ようやく※ほ[#「口+息」、24-4]っと、熱

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anond:20250708044816

 辺鄙な、村はずれの丘には、いつの間にか、華やかな幕を沢山吊るした急拵ごしらえの小屋掛が出来て、極東曲馬団の名がかけられ、狂燥なジンタと、ヒョロヒョロと空気を伝わるフリュートの音に、村人は、老おいも若きも、しばし、強烈な色彩と音楽スリル享楽し、又、いつの間にか曲馬団が他へ流れて行っても、しばらくは、フト白い流れ雲の中に、少年少女の縊くびれた肢体を思い出すのである

 トテモ華やかな、その空気の中にも、やっぱり、小さな「悩める虫」がいるのだ。

一ノ二

莫迦ッ、そんな事が出来ねエのか、間抜けめ!」

 親方は、野卑な言葉で、そう呶鳴どなると、手に持った革の鞭で、床をビシビシ撲りつけながら、黒吉くろきちを、グッと睨みつけるのだった。

 まだいたいけな少年の黒吉は、恐ろしさにオドオドして、

「済みません、済みません」

 そんな事を、呟くようにいうと、ぼろぼろに裂けた肉襦袢じゅばんの、肩の辺を擦さすりながら、氷のように冷めたい床の上に、又無器用な体つきで、ゴロンゴロンと幾度も「逆立ち」を遣り直していた。

 饑ひもじさと、恐ろしさと、苦痛と、寒気と、そして他の座員の嘲笑とが、もう毎度の事だったが、黒吉の身の周りに、犇々ひしひしと迫って、思わずホロホロと滾こぼした血のような涙が、荒削りの床に、黒い斑点を残して、音もなく滲しみ込んで行った。

 ――ここは、極東曲馬団の楽屋裏だった。

 逆立ちの下手な、無器用な黒吉は、ここの少年座員なのだ

 鴉からす黒吉。というのが彼の名前だった。しかしこれは舞台だけの芸名か、それとも本当の名前か、恐らくこれは字面じづらから見て、親方が、勝手につけた名前に違いないが、本名となると彼自身は勿論の事、親方だってハッキリ知っているかどうかは疑わしいものだった。

 黒吉自身記憶といっては、極めてぼんやりしたものだったけれど、いたましい事には、それは何時も、この曲馬団の片隅の、衣裳戸棚から始まっていた。

 それで、彼がもの心のついた時からは、――彼の記憶が始まった時からは、いつも周囲には、悲壮ジンタと、くしゃくしゃになったあくどい色の衣裳と、そして、それらを罩こめた安白粉おしろいの匂いや、汗のしみた肉襦袢の、ムッとした嗅気が、重なり合って、色彩っていた。

 こうした頽廃的な雰囲気の中に、いつも絶えない、座員間の軋轢あつれきと、華やかな底に澱む、ひがんだ蒼黒い空気とは、幼い黒吉の心から、跡形もなく「朗らかさ」を毟むしり取って仕舞った。そして、あとに残った陰欝な、日陰の虫のような少年の心に、世の中というものを、一風変った方向からのみ、見詰めさせていた。

 彼は用のない時には、何時も、太い丸太が荒縄で、蜘蛛の巣のように、縦横無尽に張りまわされている薄暗い楽屋の隅で、何かぼんやりえこんでいた。それは少年らしくもない憂欝な、女々しい姿だった。

 黒吉は明かに、他の同輩の少年から

「オイ、こっちへこいよ」

 と声をかけられるのを恐れているように見えた。

 しかし、それは、単に彼の危惧に過ぎなかった。

 他の少年座員達は、誰も、この憂欝な顔をした、芸の不器用な、そして親方におぼえのよくない黒吉と、進んで遊ぼうというものはなかった。(それは恐ろしい団長への、気兼ねもあったろうが)寧ろ彼等は、黒吉の方からしかけても、決して色よい返事は、しないように思われた。

 結局、黒吉はそれをいい事にして、独りぽつねんと、小屋の隅に忘れられた儘、たった一つ、彼に残されたオアシスである他愛もない「空想」に耽っていた。

一ノ三

 憂欝な少年黒吉が、何を考えているのか。

 ――その前に、彼が、なぜ親方のおぼえが悪いのだろうかという事をいわなければならない。

 (それは、彼の憂欝性にも、重大な影響のある事だから

 黒吉は、どう見ても、親方の「お気に入り」とは思えなかった。それは、勿論彼が、芸の未熟な不器用だった事も、確かにその原因の、一つだったけれど、他の大きな原因は、彼が醜い容貌だ、という先天的な不運に、禍わざわいされていたのだった。

 男の子容貌が、そんなにも、幼い心を虐しいたげるものだろうか――。

 如何にも、舞台の上で生活するものにとって、顔の美醜は非常に大きなハンデキャップなのだ。彼の同輩の愛くるしい少年が、舞台で、どうしたはずみか、ストンと尻もちをついたとしたら、観客は

「まあ、可哀そうに……あら、赤くなって、こっちを見てるわ、まるで正美さんみたいね

 そういって可愛い美少年は、失敗をした為に、却って、観客の人気を得るのだ。けれど、それに引きかえて、醜い顔だちを持った黒吉が、舞台でそれと同じような失敗をしても、観客は、何の遠慮もなく、このぎこちない少年の未熟さを嘲笑うのだった。

 この観客にさえ嗤わらわれる黒吉は、勿論親方にとって、どんなに間抜けな、穀潰ごくつぶしに見えたかは充分想像が、出来るのだった。従って、黒吉に対する、親方仕打ちがどんなものだったかも――

(俺は芸が下手なんだ)

(俺は醜い男なんだ)

 薄暗い小屋の片隅で、独りぽつんと、考えこんでいる黒吉は、楽しい空想どころか、彼の幼い心には、この二つの子供らしくもない懊悩が、いつも吹き荒すさんでいるのだった。

 そして、それは彼の心の底へ、少年らしい甘えた気持を、ひた押しに内攻して仕舞って、彼を尚一層、陰気にする外、何んの役にもたたなかった。冷たい冷たい胸の中に、熱いものは、ただ一つ涙だけだった。

 こうした雰囲気の中に、閉じこめられた鴉黒吉が、真直に伸びる筈はなかった。

 ――そして、蒼白い「歪んだ心」を持った少年が、ここに一人生成されて行った。

 世の中の少年少女達が、喜々として、小学校に通い始めた頃だろうか。勿論黒吉には、そんな恵まれ生活は、遠く想像の外だった。

 しかし、この頃から黒吉は、同輩の幼い座員の中でも、少年少女とを、異った眼で見るようになって来た。

「何」という、ハッキリした相違はないのだが、女の子莫迦にされた時には、不思議男の子に罵られたような、憤りは感じなかったのだった。寧ろ、

(いっそ、あの手で打ぶたれたら……)

 と思うと、何かゾクゾクとした、喜びに似た気持を感じるのだ。

 これが何んであるか、黒吉は、次第に、その姿を、ハッキリ見るようになって来た。

一ノ四

 安白粉の匂いと、汗ばんだ体臭と、そして、ぺらぺらなあくどい色の衣裳が、雑巾のように、投げ散らかされた、この頽廃的な曲馬団の楽屋で、侮蔑の中に育てられた、陰気な少年の「歪んだ心」には、もうませた女の子への、不思議な執着が、ジクジクと燃えて来たのだ。

 ――そして、それを尚一層、駆立てるような、出来事が起った。

 それは、やっと敷地小屋掛けも済んで、いよいよ明日から公開、という前の日だった。

 団長は、例の通り、小六ヶ敷こむずかしい顔をして、小屋掛けの監督をしていたが、それが終って仕舞うと、さも「大仕事をした」というような顔をして、他のお気に入り幹部達と一緒に、何処か、遊びに出て行った。

 団長の遊びに行くのを、見送って仕舞うと、他の年かさな座員や、楽隊ジンタの係りの者なども、ようやくのびのびとして、思い思いの雑談に高笑いを立てていたが、剽軽者ひょうきんものの仙次が、自分の役であるピエロ舞台着を調べながら

「オイ、親父おやじが行ったぜ、俺の方も行こうか」

 恰度それが、合図でもあったかのように、急に話声が高くなった。

「ウン、たまには一杯やらなくちゃ……」

「ちえッ、たまには、とはよくもいいやがった。明日があるんだ、大丈夫か」

「ナーニ、少しはやらなくちゃ続かねエよ、いやなら止せよ」

「いやじゃねエよ」

ハハハ、五月蠅うるせえなア」

 と、如何にも嬉しそうに、がやがや喋りながら、それでも大急ぎで支度をして、町の中に開放されて行った。

 そして、何時か、このガランとした小屋の中には、蒲団ふとん係りの源二郎爺さんと、子供の座員だけが、ぽつんつんと取り残されていた。子供の座員は、外出を禁じられていた。それは勿論「脱走」に備えたものだった。その見張りの役が、今は老耄おいぼれて仕舞ったが、昔はこの一座を背負って立った源二郎爺じじいなのだ

 結局、幼い彼等は、小屋の中で、てんでに遊ぶより仕方がなかった。

 男の子男同志で、舞台を駈廻り、女の子は女らしく、固かたまって縄飛びをしていた。――そして、黒吉は、相変らず小屋の隅に、ぽつんと独りだった。

 しかし、何時になく、黒吉の眼は、何か一心に見詰めているようだ。

(この憂欝な、オドオドした少年が、一生懸命に見ているものは、何んだろう)

 誰でも、彼の平生を知っているものが、この様子に気付いたならば、一寸ちょっとをかしげたに相違ない。そして、何気なくこの少年視線を追って見たならば、或はハッと眼を伏せたかも知れないのだ。

 黒吉の恰度眼の前では、少女の座員たちが、簡単アッパッパを着て、縄飛びをしていた――。しかし彼の見ているのは、それではなかった。この少女達が、急いきおいよく自分の背丈せい位もある縄を飛んで、トンと下りると、その瞬間、簡単アッパッパスカートは、風を受けて乱れ、そこから覗くのは、ふっくりとした白い腿だった――。

(十やそこらの少年が、こんなものを、息を殺して見詰めているのだろうか――)

 そう考えると、極めて不快な感じの前に何か、寒む寒むとした、恐ろしさを覚えるのだ。

 しかし、尚そればかりではなかった。

 この憂欝な少年の心を、根柢から、グスグスとゆり動かした、あの「ふっくりとした白い腿」がたえまなく、彼の頭の中に、大きく渦を捲いて、押流れていた。

 やがて、その心の渦が、ようやく鎮まって来ると、その渦の中から、浮び上って来たのは、この一座の花形少女貴志田葉子きしだようこ」の顔だった。

 だが、それと同時に、黒吉は、いきなり打ち前倒のめされたような、劇しい不快な気持を、感じた。

(ちえッ、俺がいくらちゃんと遊ぼうったって、駄目だい。俺は芸が、下手くそなんだ。それに、あんな綺麗な葉ちゃんが、俺みたいな汚い子と遊んでくれるもんか……)

 だが、この少年の心の底へ、しっかり焼付られた、葉ちゃんへの、不思議な執着は、そんな事ぐらいでは、びくともしなかった。寧ろ

(駄目だ)

 と思えば思う程、余計に、いきなり大声で呶鳴ってみたいような焦燥を、いやが上にも煽立あおりたてているのだ。

 ――この頃から、彼のそぶりは、少しずつ変って来たようだった。それはよく気をつけて見たならば、相変らず小屋の片隅に、独りぽっちでいる黒吉の眼が、妙な光を持って来たのに、気がついたろう。そして、その時は彼の視線の先きに必ず幼い花形の、葉子が、愛くるしい姿をして飛廻っていたのだ。

 葉子は、まだ黒吉と同じように、十とう位だったが、顔は綺麗だし、芸は上手いし、自由小鳥のように朗らかで、あの気六ヶ敷い団長にすら、この上もなく可愛がられていたから、この陰惨な曲馬団の中でも、彼女だけは、充分幸福なように見えた。

 そして、勿論、この陰気な、醜い黒吉が、自分一挙一動を、舐めるように、見詰めているとは気づかなかったろう。

 黒吉自身は、彼女が、自分の事など、気にもかけていない、という事が「痛しかゆし」の気持だった。無論彼女

「こっちへいらっしゃいよ」

 とでも、声を掛けられたら、どんなに嬉しい事だろう。――しかし、その半面

「だらしがないのねエ、あんたなんか、大嫌いよ」

 といわれはしまいか、と思うと、彼女に話かけるどころか葉子が、何気なくこっちを見てさえ、

(俺を嗤うんじゃないか

 こうした感じが、脈管の中を、火のように逆流するのだ。それで、つと眼を伏せて仕舞う彼だった。

 黒吉は、自分でさえ、このひねくれた気持を知りながら、尚葉子への愛慕と伴に、どうしても、脱ぎ去る事が、出来なかった。

       ×

 思い出したように、賑やかなジンタが、「敷島マーチ」を一通り済ますと、続いて「カチウシャ」を始めた。フリュートの音が、ひょろひょろと蒼穹あおぞらに消えると、その合間合間に、乾からびた木戸番の「呼び込み」が、座員の心をも、何かそわそわさせるように、響いて来た。

「さあ、葉ちゃんの出番だよ」

「あら、もうあたしなの、いそがしいわ」

「いそいで、いそいで」

 葉子は周章あわててお煎餅せんべい一口齧かじると、衣裳部屋を飛出して行った。

 恰度、通り合せた黒吉は、ちらりとそれを見ると、何を思ったのか、その喰たべかけの煎餅を、そっと、いかにも大事そうに持って行った。

二ノ二

 葉子が、喰いかけて、抛り出して行った煎餅を、そっと、拾って来た黒吉は、座員達が、こってりと白粉を塗った顔を上気させながら、忙しそうに話し合っている所を、知らん顔して通り抜けると小屋の片隅の、座蒲団が山のように積上げられてある陰へ来た。

 黒吉は、経験で、舞台が始まると、こんなところには、滅多に人が来ない事を知っていた。

 それでも、注意深く、あたりに人気のないのを見澄ますと、こそこそと体を跼かがめながら、いまにも崩れそうに積上げられた座蒲団の隙間へ、潜り込んで行った。

 その隙間は、如何にも窮屈だったが、妙にぬくぬくとした弾力があって、何かなつかしいもののようであった。黒吉はやっと※ほっ[#「口+息」、16-9]とした落着きを味わいながら、あの煎餅のかけらを持ち迭かえると、それがさも大切な宝石でもあるかのように、そーっと手の掌ひらに載せて見た。

(これが、葉ちゃんの喰いかけだな)

 そう思うと、つい頬のゆるむ、嬉しさを感じた。……大事大事にとって置きたいような、……ぎゅっと抱締めたいような――。

 黒吉は、充分幸福を味わって、もう一遍沁々と、薄い光の中で、それを見詰めた。こうしてよくよく見ると、気の所為いか、その一かけの煎餅は、幾らか湿っているように思えた。

気をつけて、触ってみると、確かに、喰いかけのところが一寸湿っていた。

(葉ちゃんの唾つばきかな)

 黒吉の、小さい心臓は、この思わぬ、めっけものにガクガクと顫えた。

 彼は、いくら少年とはいえ、無論こんな一っかけの煎餅を、喰べたいばかりに、拾って来たのではなかった。黒吉には「葉子の喰べかけ」というところに、この煎餅が、幾カラットもあるダイヤモンドにも見えたのだ。

 しかし、触って見ると、このかけらは湿っている……

(葉ちゃんの唾だな)

 その瞬間、黒吉の頭には、衣裳部屋で、葉子が忙しそうにこの煎餅を咥くわえていた光景と、それにつづいてクロオズアップされた、彼女の、あの可愛い紅唇くちとが、アリアリと浮んだ。

 それと一緒に、彼は、思わずゴクンと、固い唾を飲んだ。

 黒吉は、妖しく眼を光らせながら、あたりを偸ぬすみ見ると、やがて、意を決したように、その葉子の唾液つばきで湿ったに違いない煎餅のかけらを、そっと唇に近づけた……。

(鹹しょっぱい――な)

 これは、勿論塩煎餅の味だったろう。だが、黒吉の手は、何故かぶるぶると顫えた。

 彼の少年らしくもない、深い陰影かげを持った顔は、何時か熱っぽく上気し、激しく心臓から投出される、血潮は、顳※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみをひくひくと波打たせていた。

 そして、もう手の掌に、べとべとと溶けて仕舞った、煎餅のかけらから、尚も「葉子の匂い」を嗅ぎ出そうと、総てを忘れて、ペロペロと舐め続けていた……。

「こらっ。何をしてるんだ、黒公」

 ハッと気がつくと、蒲団の山の向うから、源二郎爺の、怒りを含んだ怪訝な顔が、覗いていた。

「出番じゃねエか。愚図愚図してると、又ひどいぞ」

「ウン」

 黒吉は、瞬間、親方の顔を思い出して、ピョコンと飛起きた。そして、ベタベタと粘る手の掌を肉襦袢にこすりこすり、周章あわてて楽屋の方へ駈けて行った。

二ノ三

 黒吉は、命ぜられた、色々の曲芸をしながらも、頭の中は、いつも葉子の事で一杯だった。

(一度でいいから葉ちゃんと、沁々話したい)

 これが、彼の歪められた心に発生わいて来た、たった一つの望みだった。

 彼がもっと朗らかな、普通の子供であったならば、いつも同じ小屋にいる葉子だもの、そんな事は、造作なく実現したに違いない。

 しかし、それにしては、黒吉は、余りに陰気な、ひねくれた少年だった。――というのも、彼の暗い周囲がそうさせたのだが――。

 そして、早熟ませた葉子への執着が、堰せき切れなくなった時に彼が見つけたのは、あの煎餅のかけらが産んだ、恐ろしい恍惚エクスタシーだった。

 一度こうした排はけ口を見つけた、彼の心が、その儘止まる筈はなかった――寧ろ、津浪のようにその排け口に向って殺到して行ったのだ。

 彼は、そっと、人のいないのを見すまして、衣裳部屋に潜り込み、葉子の小ちっちゃい肉襦袢に、醜悪な顔を、埋うずめていた事もあった。

 その白粉の匂いと、体臭のむんむんする臭いが、彼自身眩暈めまいをさえ伴った、陶酔感を与えるのだ。

 そして、ふと、その肉襦袢に、葉子のオカッパの髪が、二三本ついていたのを見つけると、その大発見に狂喜しながら、注意ぶかく抓つまみ上げて、白い紙につつむと、あり合せの鉛筆で、

「葉子チャンノカミノケ」

 そんな文句を、下手糞な字で、たどたどしく書きつけ、もう一度、上から擦さすって見てから、それを、肌身深く蔵しまいこんで仕舞った……。

 こうした彼の悪癖が、益々慕って行った事は、その後、葉子の持ち物が、ちょいちょい失なくなるようになった事でも、充分想像が出来た。

 失くなるといっても、勿論たいした品物を、曲馬団の少女が、持っている訳はなかったから、もうすり減った、真黒く脂肪あぶら足の跡が附いた、下駄の一方だとか、毛の抜けて仕舞った竹の歯楊子ようじだとか、そういった、極く下らないものだった。それで、

(盗られた)

 という気持を、葉子自身ですら感じなかったのは、彼にとっては、もっけの幸いだった。しかしこれらの「下らない紛失物」が、黒吉にとって、どんなに貴重なものだったかは、また容易に想像出来るのだ。

 ――ここまでは、黒吉少年の心に醗酵した、侘わびしい(しか執拗な)彼一人だけの、胸の中の恋だった。

 だが、ここに葉子が、暴風雨あらしを伴奏にして、颯爽と、現実舞台へ、登場しようとしている。

       ×

 極東曲馬団は、町から町、盛り場から盛り場を、人々の眼を楽しませながら、流れ移っていた。

 そして、ある田舎町に敷地を借り、ようやく小屋掛けも終ったと殆んど同時に、朝から頸を傾かしげさせていた空模様が、一時に頽くずれて、大粒の雨が、無気味な風を含んで、ぽたりぽたり落ちて来たかと思うと、もう篠つくような豪雨に変っていた。

 団長等は、早々に、宿屋に引上げて仕舞ったが、子供の座員や、下っぱの座員などは、経費の関係で、いつも、この小屋に泊る事を言渡されていた。子供等の方では、これは当然だと思っていたし、又団長がいないという事で、却って喜んでいたようでもあった。

 しかし、この急拵えの小屋が、この沛然はいぜんと降る豪雨に、無事な筈はなく、雨漏りをさけて遁げ廻った末、やっと楽屋の隅で、ひと凝固かたまりになって、横になる事が出来たのは、もう大分夜が更けてからだった。

 黒吉は、眼をつぶって、ようやく小降りになって来たらしい、雨の音を聴いていると、もう肩を並べた隣りからは、幽かな寝息さえ聴えて来た。

 それと同時に、黒吉は、何かドキンとしたものを感じた。

(隣りに寝ているのは、葉ちゃんじゃないか――)

二ノ四

 瞬間、黒吉は自分の頭が、シーンと澄み透って行くのを感じた。

(果して、隣りで寝ているのは、葉ちゃんだろうか)

 それは勿論、第六感とでもいうのか、極く曖昧ものだった。が、あの騒ぎで、皆んな、ごたごたに寝て仕舞ったのだから全然あり得ない事でもないのだ。

 そう思うと、隣りと接した、肩の辺が、熱っぽく、暑苦しいようにさえ感じた。そして、心臓はその鼓動と伴に、胸の中、一杯に拡がって行った。

 黒吉は、思い切って、起上り、顔を覗き見たい衝動を感じた。あたりは真暗だが、よく気をつけて覗きこめば、顔の判別がつかぬ、という程でもないように思われた。

 彼は、そーっと、薄い蒲団の縁へりへ、手をかけた。だが――

(まてまて。葉ちゃんならば、こんなに素晴らしい事はない。けれども、こんなにぎっしり寝ている処で、ごそごそ起きたら、どうかすると、彼女は眼を覚ますかも知れない。

 それだけならいいが、眼を覚まして、俺が覗きこんでいた事を知ったら、きっと葉ちゃんは、真赤になって、この醜い俺を罵り、どこか遠くへ寝床をかえて仕舞うに違いないんだ。

 ――そんな莫迦な事をするより、例え短かくとも、夜が明けるまで、こうして葉ちゃんの、ふくよかな肩の感触を恣ほしいままにした方が、どれ程気が利いていることか……)

 黒吉の心の中の、内気な半面が、こう囁いた。

 彼は、蒲団にかけた手を、又静かに戻して仕舞うと、今度は、全身の注意を、細かに砕いて、彼女の方へぴったり、摺り寄って行った。そして、温もりに混った、彼女の穏やかな心臓の響きを、肩の辺に聴いていた……。

 フト、冷めたい風を感じて、何時の間にかつぶっていた眼を明けて見ると、あたりには極くうっすらと、光が射しているのに、気がついた。

(もう夜明けかな――いつの間に寝て仕舞ったんだろう)

 それと一緒に、思わずガクンと体の顫えるような、口惜くやしさに似た後悔を感じた。

(葉ちゃんは……)

 黒吉は、先ずそれが心懸りだったので、ぐっと頸を廻して隣りを確めようとした。

(おや……)

 彼の眼に這入ったのは、葉子より先きに、キンと澄み切った、尖った月の半分だった。

 急拵えの小屋天幕は、夕方の大暴風雨あらしに吹きまくられてぽっかり夜空に口を開け、恰度そこから、のり出すように月が覗き込み、地底のようにシンと澱んだ小屋の中に白々とした、絹糸のような、光を撒いているのだ。暴風雨あらしの後の月は物凄いまでに、冴え冴えとしていた。

(まだ夜中だ)

 黒吉は※ほ[#「口+息」、22-9]っと心配を排はき棄てた。

 彼の隣りには、葉子が、いかにも寝苦しそうに寝ていた。先刻さっきは、確かに葉子だ、とは断言出来なかったが、いまでは極く淡い光ではあったが、その中でも、段々眼の馴れるに従って、黒吉には、ハッキリ葉子の姿が、写って来た。

 黒吉は、意を決したように、半身を蒲団から抜出し、月の光を遮らないように――、音のしないように、そっと彼女の顔を覗きこんだ。

 眼の下には、月の光を受けて、いつもより蒼白く見える葉子の、幼い顔が、少しばかり口さえ開け、寝入っていた。もう少し月の光が強かったら、この房々としたオカッパの頭髪かみのけが黄金のように光るだろう――と思えた。

 又、襟足の洗いおとした白粉が、この幼い葉子の寝姿を少年の心にも、一入ひとしお可憐いじらしく見せていた。

 暫く、ぼんやりと、その夢のように霞んだ、葉子の顔を、見詰めていた黒吉は、ゴクンと固い唾を咽喉へ通すと、その薄く開かれた唇から、寝息でも聴こうとするのか、顔を次第次第に近附けて行った。

 何故か、彼の唇は、ガザガザに乾いていた。

 やがて、この弱々しい月光の下で、二つのさな頭の影が、一つになって仕舞うと、彼は、葉子の頬についている、小さい愛嬌黒子ぼくろが、自分の頬をも、凹へこますのを感じた。

二ノ五

 黒吉の、唇に感じた、葉子の唇の感触は、ぬくぬくとして弾力に富んだはんぺんのようだった。妙な連想だけれど、事実彼の経験では、これが一番よく似ていたのだ。

 唯、違った所――それは非常に違ったところがあるのだが――残念ながら、それをいい表わす言葉を知らなかった。

 彼は、そーっと腕の力を抜こうとした。途端に、肘の下の羽目板が、鈍い音を立てた。造作の悪い掛小屋なので、一寸した重みの加減でも、板が軋むのだ。シンとした周囲あたりと、針のように尖った、彼の神経に、それが幾層倍にも、拡大されて響き渡った。

 黒吉の心臓は、瞬間、ドキンと音がして止ったようだった。

「ク……」

 周章あわてて顔を上げた彼の眼の下で、葉子は、悪い夢でも見たのか、咽喉を鳴らすと、寝返りを打って、向うを向いて仕舞った。

(眼を覚ましたかな)

 黒吉は、思いきり息を深くしながら、葉子の墨のような、後向きの寝姿を、見守った。(いや、大丈夫だ)

 寝返りをした葉子は、幸い、眼を覚まさなかったと見えて、直ぐ又かすかな、寝息が、聴えて来た。

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