
はてなキーワード:眠るとは
1人目の子の時は何もかもが初めて行うことだから新鮮だった。それが2人目になると同じ作業を繰り返してる気持ちになる。
多分病気なんだと思う。
泣いてるのを見たら前回のお世話内容を確認して授乳/オムツ/抱っこを繰り返す。
上の子は3歳。
やれることが増え、出かけられる場所も増えた。
ポニーや馬車に乗ったり、遊具のある公園スペースあったり、ウルトラマンショーのようなショーがあったり、屋内で子供向けのおもちゃがたくさんあるスペースがあったり、暖かい時期は噴水で水遊びもできたり…
余談だけど保育園で「馬さんに乗ったの」って自慢しているらしい。親目線まだと可愛いけど保育園のお友達目線だとちょっとウザいなって思う。
でも新生児がいると行動範囲に限りが出てきてなかなか行けない。
泣き声がうるさすぎてイライラする。
そしてわずかばかりの下の子が寝た時間は起こさないようにと物音を立てることが許されない。家事が進まない。
妻は産後2ヶ月でまだ重いものを持てないからゴミ捨てできないって言う。
でも4kgの下の子を抱っこできるからゴミくらい持てるんじゃないかなって思うのは言い過ぎ?
朝ごはん作って、食べさせて、保育園に送って、洗濯して、夕飯の買い出し行って、夕飯の仕込みして、保育園のお迎えして、夕飯作って、食べさせて、お風呂に入れて、寝かしつけして
そこにずっと泣く2番目の子。
やりたいことをやりたいタイミングで出来ない。
これは職場でもよくある。だから事前にできるだけ準備をしておく。仕事は大体それで解決できる。
でも子どもは予測不可能。うんちして泣く、おしっこで泣く、眠いのに上手く眠れなくて泣く、自分のゲップ音に驚いて泣く、ママが良いのにママが上の子の相手していて泣く、授乳して欲しいのにママのうんちタイムでお預けくらって泣く…。
時々こいつさえいなければ…と思う自分がいて何もかも嫌になる。
でも世間から見たら自分が異常者なんだよね。それが余計に辛い。
この時間に起きてお世話してると気分が沈む。
「当面、治療法はありません。麻酔もできません」と言って軍医はさっさと次の患者に向かった
もはや定期検診ではないので、よそよそしさを前面に
一兵卒は、折れた背骨に圧力をかけない状態で眠ること、さらに患部を固定することが必要だった
呻きながらゴミ捨て場まで移動しガラクタの中から勝手に材料を探しだす
(スリットのある仮寝台を作るんだ…)
横になるだけで激痛が走ったが、何日も目覚めていられるわけがないから
許可をとって夜戦病院のベッドから抜け出し、仮寝台でどうやら横にはなれたが、毎晩意識を失うことが恐ろしかった
眠りに落ちれば筋肉の力が抜け、背骨に負荷がかかり痛みは徐々に増して目を覚ますことになるのだ
拷問に腹が立ってきた
取材記者もハズレ者の負傷者には寄り付かなかった
この国の記者たちは人権国家を装う為に情報を支配しなければならないのかもな
内情を知る者は死ねってか?
俺は毎日働いているんだから、せめて土曜くらいはたっぷり休まなきゃなとか頭の中で言い訳。
朝から(あるいは昼から)ネットで動画視聴(海外ドラマ、スポーツ、Youtubeなど)をソファに寝転んで見続けて夕方くらいにようやくメシどうしようかなと考え始める。
ご飯だけ炊いて近所のスーパーに買い出し。だいたいリュウジのレシピとかで気になってたのをやってみたり、それすらダルい日は近所でなんか食ったりする。
料理は一人用の電気鍋とかホットプレートを使ってテーブルの上で調理することが多い。
以前はキッチンでしっかりめに作るのにハマったこともあるが、だいたい量が多すぎて持て余すのでしなくなっていった。
食器類などもキャンプで使うような道具が多くてなぜかテーブル上で完結させるようなセッティングになりつつある。
包丁使えばいいのにわざわざフォールディングナイフとかでちまちまやったりして、そのほうが楽しいから。
最近はスーパーとかでもカット野菜や一人分での材料が書いやすくなったので、そういうのでちょっとだけ料理してる気分になってる。
みりんとか料理酒みたいなものはない。砂糖と塩コショウ、ガーリックパウダー、あとはソースにケチャップマヨネース、そんくらいあればなんかそれっぽくはなる。
最近はひき肉ダイレクトに焼いたなんちゃってハンバーグみたいなのにハマってる。
このなんてことない料理と食事の時間が休みの日で一番充実してる時間だと思う。
外食で一人でメシ食うほうが寂しい気持ちになるので家で食べたほうがいい。
食べる時はできるだけどうでもいいテレビやABEMAのエンタメ番組とか見ながら食べてる。
steamの安くて面白いゲームやったり、エロ動画漁ったりしつつ夜を過ごす。
たまに急に思い立ってPCのソフトについて調べてあれこれやったりしだして、異様な集中力を発揮するときもある。
朝方近くようやく寝ないとなとベッドに潜り込む。昔の色んな思い出が勝手に蘇ってきて浸ったりする。
ここで仕事の事とか親兄弟のことが頭をよぎってしまうと寝れなくなる。この場合は寝るのを諦めてPCに向かって他事で気を紛らわせ、そのまま寝落ちする。
いい時は幸せだった思い出に浸ったり、違う世界線を妄想しながらそのまま眠る。
日曜は泥のように起きて最低限やるべきことだけなんとかこなして、あとはあーもう明日仕事かあ働きたくないなあと憂鬱に過ごす。
たまに思い立って街に出てみたりもするけど、大して使えるお金もないしなんにもすることないなと思って喫茶店だけ寄ってなにもせず帰ったりする。
それでも普段よりは歩き回ったということで満足感はあったりする。
街の中の人々を見ながら、連れ合いがいる人は色んなところに行けていいなあと思う。
海外の映画やドラマで、家の前の庭やウッドデッキに椅子出して座ってビール飲みながらだらだらしてるおっさんのシーンとかよく見るけど、
ああいうのやれたらいいんだけどなと思ったりする。
昔の元カノで一人だけ今でもたまに連絡を取る人がいて、いったいどんな暮らしをしてるのと聞かれたことがある。
元カノは結婚して子供もできて色々ありながらも充実した人生を送っている。
その彼女からしたら俺が休日一人でなにをしてるのか不思議になってしまうらしい。
これはマウントを取られてるのか?と被害妄想にかられつつ、「いやあのんびり過ごしてるよ気楽なもんだよ」と答えている。
昔アパートの一階に住んでる時にベランダに現れた野良猫に餌を上げたら、しょっちゅう顔を出すようになったことがある。
そのうち半野良みたいになって家の中にも入れるようになっていった。
ある時からぱったり来なくなった。毎日ベランダに来てないか外を見ていたがまったく現れなくなった。
どこかで事故にでもあって死んじゃったのか、それとも自分が死ぬことを感じて寄り付かなくなったのか。
最後に一回だけでも顔を出してくれよ、そんなことを思いながら二度とは会えなかった。
人間も、野良猫みたいに死ぬ時は誰にも知られず死ぬのが当たり前、みたいになってたら良かったのになと思う。
昨日録画してたFNS歌謡祭を見た。ほとんど飛ばしながらみたけどASKAが歌ってるとこだけじっくり見た。
この人は色々やばい感じになってたんじゃなかったっけと思いながら、歌声が心に響いて聞き入ってしまった。
歌詞は意味がよくわからない。でもメロディと歌声が素晴らしくてなんていい曲なんだと思った。
晴天を褒めるなら夕暮れにしろとかなんとかそんな歌。
夕焼けを眺めてきれいだねーなんつって笑い合う相手がいたらいいのになあと、
そんな事を思い出しながら日曜の夕方を過ごしている。
発達障害、自律神経ゴミ、こう生まれたくてこう産まれた訳じゃないんだけどな。
毎日自殺したいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいなって言い続ける理性を別の理性で押さえつけて、動かない本能の代わりに薬で睡眠して、これ美味しいな、好きだなって言って何とか楽しみを見いだしてるフリして、そのフリがたまにほんとにそう感じられて、それでやっと良かった生きてて、って思おうとしてる感じ。
仕事もろくにできない、体力も着いてかない、いくら気をつけてても急に気絶する自律神経のざこ。でも別に大病ではないからこれに病名がついて労働できなくても仕方ないね、って言われる訳でもない。
発達障害もそう、いやしくも年金を頂いているけれどその年金だけで飯を食える額ではない。家賃すら払えないよ。月5万くらい。
いや、5万は安くは無いよ。5万なんて大金だよ。でも生存するには少なすぎる。
けれど働くには無能すぎる。
死にたい気持ちを押さえつけて、忘れっぽくてきがそれまくる頭でなんとかスケジュールを管理して、でも忘れ物や無くし物を多発してしまうからどうしても山ほどミスが発生して呆れられたり怒られたりを繰り返し、でも悪いのはミスした私なのでそうとしか言えず。
鬱病発症しても死ぬのは迷惑だし治さなくてはならないから治そうとするけど、鬱病は治る病ではないとか、発達障害起因だからどうしようもないとかいわれ。
私が悪いんだけどなー、死にたいな、死にたいな、勇気が足りないのが悪いんだろうな。
死んでも迷惑なの面白いな。なるべく迷惑をかけずに死ぬ方法を探す人達の気持ちがよくわかるようになった。
子供部屋おじさんおばさんとして生きていくしかないのに、その親に迷惑しかかけられない。
かけないように頑張っても、その頑張の成果は普通の人にとって「できて当たり前」ラインのその以下で。
なのに一人暮らしできるほどのお金は手に入らない。仕事がまともに出来ないから。
親に迷惑かけたくない。親の正しさがつらい、親の正しさはなんも言い返せないから、毎日それで辛くなるし。でも正しさが辛いんだから悪いのは私で。
強いて親をせめるなら、言うなら、障害持ちの子供を産んだのがわるい。産んでなんて頼んでない。
でもこれってただのわがままで。わがままだけど、精一杯やってきたことは平均以下のけっかしかうまないせかいで、生かされ続けてることが辛い。
生きてる以上、痛いのは嫌だし、苦しいのも嫌だし、怒られるのだって嫌だし、楽しく、美味しく、幸せに、笑える日が欲しいけど、実際はうつ病になる程度には幸福が感じににくい。
アンパンマンの歌がにくいよ、なんのために生まれて、何をして生きるのか、に答えられないよー。
そんなのは嫌なんだけど、何して生きるの?何してというか、何ならできるの?簡単なバイトですら突然貧血起こして倒れてシフトに穴を開ける人間なんだけど。
何もしてなくても、スケジュールのことを考えてるだけですごく、疲れる、テスト勉強してるみたい。むしろテスト勉強の方が楽まである。
ADHDもASDも望んでなった訳じゃないのに、それを言い訳にするなと言われる。
でもじゃあどうしたらいいんだ、毎日生きてるだけで疲れるのに、普通の人になれないのに、この疲れてフラフラするからだと頭抱えて普通になれないで生きるくらいなら、眠るように死ぬくらいの選択肢は欲しかった。もしくは産まないで欲しかった、産んだやつが悪いと憎むのはダメなのか。それもダメか?
こんな体に産まれたことが憎い気持ちをどこに向けたらいいんだ?毎日誰かを害さなきゃいきてけない人間に生まれたくて生まれたい人なんかいないだろうに、
発達障害、自律神経ゴミ、こう生まれたくてこう産まれた訳じゃないんだけどな。
毎日自殺したいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいな、死にたいなって言い続ける理性を別の理性で押さえつけて、動かない本能の代わりに薬で睡眠して、これ美味しいな、好きだなって言って何とか楽しみを見いだしてるフリして、そのフリがたまにほんとにそう感じられて、それでやっと良かった生きてて、って思おうとしてる感じ。
仕事もろくにできない、体力も着いてかない、いくら気をつけてても急に気絶する自律神経のざこ。でも別に大病ではないからこれに病名がついて労働できなくても仕方ないね、って言われる訳でもない。
発達障害もそう、いやしくも年金を頂いているけれどその年金だけで飯を食える額ではない。家賃すら払えないよ。月5万くらい。
いや、5万は安くは無いよ。5万なんて大金だよ。でも生存するには少なすぎる。
けれど働くには無能すぎる。
死にたい気持ちを押さえつけて、忘れっぽくてきがそれまくる頭でなんとかスケジュールを管理して、でも忘れ物や無くし物を多発してしまうからどうしても山ほどミスが発生して呆れられたり怒られたりを繰り返し、でも悪いのはミスした私なのでそうとしか言えず。
鬱病発症しても死ぬのは迷惑だし治さなくてはならないから治そうとするけど、鬱病は治る病ではないとか、発達障害起因だからどうしようもないとかいわれ。
私が悪いんだけどなー、死にたいな、死にたいな、勇気が足りないのが悪いんだろうな。
死んでも迷惑なの面白いな。なるべく迷惑をかけずに死ぬ方法を探す人達の気持ちがよくわかるようになった。
子供部屋おじさんおばさんとして生きていくしかないのに、その親に迷惑しかかけられない。
かけないように頑張っても、その頑張の成果は普通の人にとって「できて当たり前」ラインのその以下で。
なのに一人暮らしできるほどのお金は手に入らない。仕事がまともに出来ないから。
親に迷惑かけたくない。親の正しさがつらい、親の正しさはなんも言い返せないから、毎日それで辛くなるし。でも正しさが辛いんだから悪いのは私で。
強いて親をせめるなら、言うなら、障害持ちの子供を産んだのがわるい。産んでなんて頼んでない。
でもこれってただのわがままで。わがままだけど、精一杯やってきたことは平均以下のけっかしかうまないせかいで、生かされ続けてることが辛い。
生きてる以上、痛いのは嫌だし、苦しいのも嫌だし、怒られるのだって嫌だし、楽しく、美味しく、幸せに、笑える日が欲しいけど、実際はうつ病になる程度には幸福が感じににくい。
アンパンマンの歌がにくいよ、なんのために生まれて、何をして生きるのか、に答えられないよー。
そんなのは嫌なんだけど、何して生きるの?何してというか、何ならできるの?簡単なバイトですら突然貧血起こして倒れてシフトに穴を開ける人間なんだけど。
何もしてなくても、スケジュールのことを考えてるだけですごく、疲れる、テスト勉強してるみたい。むしろテスト勉強の方が楽まである。
ADHDもASDも望んでなった訳じゃないのに、それを言い訳にするなと言われる。
でもじゃあどうしたらいいんだ、毎日生きてるだけで疲れるのに、普通の人になれないのに、この疲れてフラフラするからだと頭抱えて普通になれないで生きるくらいなら、眠るように死ぬくらいの選択肢は欲しかった。もしくは産まないで欲しかった、産んだやつが悪いと憎むのはダメなのか。それもダメか?
こんな体に産まれたことが憎い気持ちをどこに向けたらいいんだ?毎日誰かを害さなきゃいきてけない人間に生まれたくて生まれたい人なんかいないだろうに、
「虚弱に生きる」とはまた少し違う話になるのかもしれないが、書きたいと思ったので書く。
精神障害者になってから、思うように体が動かなくなった、という話なだけなので、「虚弱に生きる」とは少しズレているかもしれない。
『虚弱に生きる』の筆者は、診断ももらえず、手帳もなく、内科的な病気も見つからない、という立場だと聞いている。そういう意味では私とは違う。でも、どこか近いところがある気がして、思うことを書いてみる。
外出は多くても月に1回程度。電車で30分以上かかる場所へ行くことは、それ以上の頻度では難しい。
それ以外の予定は、すべて「最悪ドタキャンになっても大丈夫なもの」だけ。家族と近所で食事をするとか、本屋に行くとか。徒歩圏内か、乗り換えなしで15分前後の場所なら、なんとかなる。
一番頑張っている外出は、月に1〜2回の精神科通院で、電車で1時間ほどかかる。とても信頼している先生なので、ここは変えるつもりがない。これ以外で、片道1時間以上かかる場所へ遊びに行くことは、現実的ではない。
遊んだ次の日もまた外出する、というのは極力避けている。できれば翌日は一日中横になっていたい。
夜遅くまで外で飲む、というのも気が進まない。オンライン飲みは少し好きで、たまに(本当に数年に一度くらい)夜更かしすることはあるが、翌日何も予定がないときだけだ。それもジュースかお茶のみ。
飲み会も苦手。精神科の薬の関係もあるし、もともとアルコールにとても弱い。飲み放題プランでは必ず損をする。
コース料理も、おつまみ中心でお腹に溜まらず、一品一品は一口二口しか食べられない。お酒も飲めず、ずっとお茶を飲んでいる。人と話すこと自体は好きだけれど、あのにぎやかな空気の中にいると、帰宅後は一歩も動けなくなる。お腹をすかせたまま帰ってきて、数千円を払う。ときにはそれ以上の金額になることもある。身の回りの人と金銭感覚が合わないことを自覚している。
コミュニケーションのためだということは理解しているが、「飲み会」自体に良い印象はあまりない。人との潤滑油のためだと割り切って、時折参加している。
オフ会にもよく誘われる。ありがたいことだと思っているし、仲良くしてくれる人も多い。
ただ、オフ会の頻度があまりに高く、断ること自体に疲れてしまい、最近は「行きたいときに行くから、もう誘わないでほしい」と、少しきつい言い方をしてしまった。限界だった。
観劇、テーマパーク、イベント、旅行。SNSには楽しいことだけを載せている。
その裏では、何か月も前から段取りをして、体調を逆算して、やっと年に数回参加できるだけだ。SNS上では「アクティブな人」に見えているかもしれないが、旅行にいけば部屋は泥棒が入ったかのように散らかり、片付けるまで1ヶ月はかかる。
働くこともあまりできていない。
「虚弱」を名乗る人の中には親の扶養に入っている人も多いようだが、私はそうではなく、一人暮らしをしている。
正直に書くと、生活保護を受給している。精神障害の診断があり、働くことが難しく、診断書を経て受給が決まった。ありがたい制度だと思っている。
週に1回、小さなアルバイトをして、少しだけ社会とつながっている。週1回以上働くと、調子を大きく崩してしまう。周囲がすべて自分を攻撃しているように感じ、普通に生活すること自体が困難になる。
生活費の中から少しずつ積み立てて、「楽しみ用」のお金を作り、たまに外出やイベントに使っている。
生活保護や障害のことは、身の回りの多くの人には話していない。話すようなことではないと思っている。
何度も飲み会や旅行に誘われるのはしんどい。行けば体力もお金も削られ、断っても気力が削られる。
(生活保護で生きていけていることには本当に深く感謝しております。無駄遣いをしないよう、業務スーパーと激安スーパーの激安切り落とし肉とブラジル産鶏肉で生活を回している。本当にありがたいことです。)
精神障害者3級は美術館・博物館のためのクーポン券であるなんて意見もあったが、わたしはこの3級手帳のおかげでなんとか健康的で文化的な最低限度の世界を送れている。
「ギリ健」なので、周囲からは健常者として扱ってもらえる。しかし、「みんなとおなじ」ように振る舞ったあとには、大きな揺り戻しが来る。
これまで読んできた、いわゆる「本当の虚弱」(長時間眠る、ほとんど起き上がれない、退学や留年など)と比べると、私は動けている方だと思う。一人暮らしもできているし、診断も出ている。
だから「虚弱を名乗るな」と思われるかもしれない。でも、それでも「ギリ健の生活」については、書いておきたかった。
※精神障害に至った経緯や詳しい事情については、身バレ防止のため伏せます。診断名は統合失調症です。
SNSを使って集客をしたり、お小遣い稼ぎをしたいと思いますよね!身近なSNSをスマホで手軽に使って副業を始めたい方も多いです。仕事終わりや仕事の合間、隙間時間など様々な時間に行えるSNSを上手に使って集客&稼ぐ方法をご紹介致します。ノウハウをチェックしてみてください。
“描く”ことは、きっと“生きる”ことと少し似ています。
noteの使い方&稼ぎ方
noteを利用する事で上手に稼ぐ方法や初心者でも稼ぐ為に必要な事を発信しています!noteで稼ぎたい人におすすめの情報をお伝えします!コツコツと取り組む事で稼ぐ事は初心者でも可能です!
ずっと家にいて過ごしたいと思う人も多いですよね。仕事はしたくないし家で好きに過ごしながら稼げたら最高なのにと思う人も結構います。そんな引きこもりの人でも稼げるノウハウなどがあればパソコンやスマホで稼ぐ事も可能です。そんな役立つ記事をご紹介。
アホらし
どいつもこいつも
何が楽しくてnoteやっとるんや
理解に苦しむ
近頃、とにかく死にたい。
毎年10月から11月はこういう感じになるので、季節のせいであることは分かっている。12月になる頃にはだいたいなんかなんとかなってるから大丈夫。
でも年々ひどくなっている気もする。それに、毎年ウワーッとはなるにせよ、そもそもなんでこういう死にたい感情に襲われるかがよく分からなかったので、何か直接的な原因がないものか、人生についてちょっと考えてみた。
元々社会福祉とか一次産業とかインフラとか配送業とかに憧れがあった。誰かの生活を支える、縁の下の力持ちってかっこいい。でも増田は危機管理能力がない。忘れ物は多いし、ケアレスミスも死ぬほどするし、どんなに我慢しようとしたって余計な改善をしようとして結局改悪してしまう。保守運転とか一番苦手な分野だ。トラックどころか自分の体一つだって乗りこなせない。事故を起こさないため、誰かを殺さないため、そういう職業にはつかないほうがいいと思って生きている。
だから人から金を搾取することだけを考えているカスみたいなサービスの下請けで、自分一人を養えるだけの端金をもらって、犯罪を起こしてないからそれでいいのだと必死に言い聞かせている。上手く出来なくてもカスの弊社が困るだけだから、いくらミスしても罪悪感はない。
だがこれは直接死にたい原因ではない。やっとることはカスのサービス形態ではあるが、ある程度転職にも使えそうな汎用的な職能の成長は出来るし、上司や同僚は増田の手助けや活躍を褒めてくれるし、そういった点でやりがい的なものがないわけでもない。業務自体はそこそこ向いてると思えるし、人間関係は良好と言って良いだろう。金額面も、自分一人を養えるくらいの金額は稼げているし、それによって欲しいものを我慢したり、望んだ生活を手放さなければならないほどではない。元々欲は薄い方だ。少ないながら貯金もしているし、いざとなれば親や友人を頼れば金がなくても多少の間はなんとかなる。労働自体は憎むほど忌み嫌ってるわけではないから、生涯現役でも全然構わない。
金銭や将来の不安、職場の人間関係の悪化などがあって死にたいわけではない。
友人関係も悪いわけではない。
確かにたびたび「人間じゃない」とか「常識的な気遣いが足りない」とか「普通考えれば分かることがどうして出来ないのか」とか言われたりもするが、それでも根気強く付き合いを続けてくれる友人ばかりだ。何も言わずに去られるより全然マシなので、そういう耳に痛い言葉も言ってくれるだけでありがたい。一度も傷つけたことのない、あるいは傷つけられたことのない友人は確かにいないのだが、それでもみんな大事な友人だ。
そういう大事な友人にご迷惑をおかけすることで罪悪感で潰れそうになることはあるが、例えば無茶な振り回し方をしてきたり、金銭を貸せとやたらたかって返さなかったり、そういうガチのトラブルに発展するような友人諸兄ではないし、増田もそういうことをしないよう、礼節を忘れないように重々気をつけている。それでもたまにうっかり日々の会話で地雷を踏んで怒らせることはあるものの、友人同士が「それは言い過ぎ」とか「お互い様」とか仲裁してくれるので、増田自身の尊厳も守ってもらえていると思う。友人とボロカスの喧嘩をして死にたい夜もないことはないが、それは大抵一時的なものだし、直近はそういう感じで険悪になってる相手はいない。
父も母も理屈で話せば分かる人であるし、親戚一同もなんだかんだ元気に暮らしている。不謹慎なニュースを見て爆笑する叔父や、身の回りの世話を全部してあげないと心配で夜も眠れない叔母、とにかくプライドが高く他人を見下したり注目を集めたりしないと気がすまない従兄弟、信仰の押し付けはないものの新興宗教にどっぷり献金している祖父母など、アクが強くはあるが、こちらに実害はないので可愛い範囲で収まるものだ。肉親に怒鳴ったり、暴力を振るったり、金銭トラブルを持ち込んだり、結婚を強要したりする人はいない。
まあ、両親に恨みがないと言えば嘘になる。幼稚園の頃に甘えようとすり寄ったら「は?鬱陶しい、ひっつくな」と引き剥がされたり、小学生の頃いじめられていた時に増田の言い分を一切聞かず「あなたにも悪いところがなかったかよく考えてみよう?」と3時間近く諭してきたり、愛着の面では問題があったのは確かだ。しかしそれは増田に対して愛情がなかったというよりは、それが彼らの愛着の限界なのだ。飼っているウサギすら、部屋の中で凍死しかけていることに気づかなかった両親である。それを思えば、衣食住を保障してくれたのは事実だし、危険なことは叱ってくれた。大学まで学費も出してくれたし、両親の行きたいところにではあるが旅行にもそこそこ連れて行ってもらっていた。彼らにしてはだいぶ努力していたのだろうと今なら分かる。
だから半年に一度程度は顔を見せに帰省しているし、それがめちゃくちゃ苦痛というわけでもない。全ては過去のことであり、無、凪、平熱、そういった単語がふさわしい関係性だ。これもまた、直接の原因ではない。
増田はXジェンダー、リスロマンティック、アセクシャルと三拍子揃った人間だ。その上、それでもどうしても起こる性欲の発散方法は「対象年齢・性別を問わないリョナ創作」と来た。絶対に世に出してはいけない、リアルの人間に向けるなんて以ての外という嗜好をしている。
幸いなことに、告白されたことも、したいと思うほど惹かれた人も人生にいない。誰かを傷つけてしまうくらいならそれでいいと思っている。「恋愛を理解できないのは正常ではない」と思って恋愛小説や恋愛漫画を読んでは、イーッ!分からん!と一人で暴れていたこともあるが、それは「普通の人生を送ること」に固執していたからであって、もう普通じゃなくていいやと開き直った今は、一人で生きていく覚悟がとっくに出来ている。
だから恋愛ができなくて人生つまんなくて死にたいというわけでもない。
趣味はある。
増田は創作が好きだ。物語を書くのが好きだ。随筆も、批判も、絵も、彫刻も、歌も、踊りも、とにかく何かを表現することが好きだ。それは自分の中にある感情や思考を(作品に限らずこういった文章などでも)表し、発散することで一時的な沈静が見込めるからだ。だから誰かのために書いてるわけじゃなく、褒められるために書いているわけでもなく、ただひたすら自分の衝動を、犯罪ではない範囲で発散できることに喜びを感じている。
また、他人のそういう一面を見るのも好きだ。孤独ではない、と、他のどんな娯楽よりも、どんな脳内物質の分泌よりも、最も確かに感じられるし、癒されるからだ。みんな苦しくて孤独なのだと実感できるからだ。そしてそれらを十全に納得のいくまで突き詰めようと、他人の創作物をしゃぶりつくしたり、自分の表現を究めたりしようと思うと、百年に満たない短い人生を食いつぶすには、十分すぎるくらい時間がかかる。
これも死にたい原因ではない。むしろ趣味のことを考えれば、死んでいる場合ではないのだ。
これと言ったトラウマもない。
いや、ないことはない。小学校の頃は確かに治安が悪かったし、その中で最も低いカースト層にいたのは確かだ。靴箱に砂を詰め込まれたこともあったし、掃除の時はちりとりに集めたゴミを引き出しにそのまま流し込まれたこともあった。濡れた雑巾を頭に投げつけられたこともあった。ドッジボールで執拗にボールをぶつけられることもあった。体育の二人一組ではいつもハブられていたし、仕方なしに増田を組まざるを得なかったやつは、増田の触れたところを校庭の土でこすって払った。まるで土のほうが汚くないとでも言いたげに。
クラスメイト全員敵だからいるわけがないのに、脅迫的に好きな人を聞き出され、最もいじめてきた回数が少ない人の名前をあげたら、翌日からそいつがいじめられ始めて、他人を好いてはいけないと思い知ったこともあった。給食着やテーブルクロスを、本当は持ち回り当番なのに毎週持ち帰らされて、親に「じゃんけんで負けた」「牛乳こぼした責任で」と嘘をついた。もちろんああいう感じの親なので「あんたはどうしてそうなんだろうね」と気づかれもしなかった。
「視界に入るな」「半径2メートルに近づくな」「菌が伝染るから(学級文庫・机・プリント・日誌・配膳皿などに)触るな」あるいはもっと直球に「死ね」も全部日常的に言われていた。学級崩壊でまともに授業が受けられなくて教育機会を損失して、その頃に本来学ぶべきだった分野は今でもちょっと苦手意識がある。毎年劇をやるはずの発表会では制御不能と判断されて、ペットボトルでお米を育ててみましたといううっすい内容を、誰がどこを喋るかまで一言一句ガッチガチに固められて発表させられた。自主性なんて言葉は死んでいた。若い新卒の教師は毎日授業で泣いていて、その頃にはとっくに泣き疲れて感情に蓋をしていた増田は、その涙を「煽るだけなのに」と冷ややかな目で見ていた。
カースト中の下だった傍観者クラスメイトと大学で再会して、一緒に「小学校の思い出」とかいうクソみたいなグループワークの授業を受けざるを得なかった時、給食の班机で菌が伝染るからとやられていたみたいに1cmあけて机を組まれた瞬間、増田の心にヒビが入り、割れ目が出来て人格が四つに分かれしまい、今も元に戻らなかったりしている。そういう意味では、たしかにトラウマと呼んでもいいのかもしれない。
それでも直接的な殴る蹴るという暴力は振るわれなかったからマシな方だったと信じている。記憶があり、はっきりと思い出せて、これだけの内容を泣かずに書けるようになっただけかなり寛解してきている。それに、当時の自分だって箒で殴り返すなどそこそこやり返したり、いじめっ子と同質になって増田よりもっとカーストの低い支援学級の子に対して、自分にされたことをそのままやり返すみたいにしていじめたりだってしていた。当時飼っていたハムスターも憂さ晴らしに虐待していた。弱いものがさらに弱いものを叩き、ブルースは加速していた。そういう感じでなんだかんだ適応して元気にやっていた。
それらへの後悔に苦しみながら、同時にその延長で今も友人にライン超えの発言をしたり、逆に踏み越えてはいけないラインを踏み越えられてもその場では分からなかったり、自覚がないままキレ返してしまい制御不能に陥ったり、暴力や脅迫や支配を伴わない合意の上での性行為では興奮できなかったり、記憶は共有しているものの人格が割れてしまい解離性同一性障害まで秒読み状態だったりと、後遺症は色濃く残っている。
けれど、でも犯罪をしないで済むくらいの範囲で誤魔化しきれているし、それ以上を望んだりもしない。だからこれもまた、今の増田をむしばんでいる死にたさの原因ではない。その時期はとっくに乗り越えてあり、過去は過去、今は今として整理がついていて、そういう自分のあり方を受け入れている。
人生を構成するだいたい全部に、人並みの不満や後悔はあれど、満足していないわけでもない。人間関係にも金銭にも将来にも不安はない。上を見ればきりはないが、下を見てもきりがない。自分の人生は自分のものであり、それ以上でもそれ以下でもない。
私は私だ。
なのに何故こんなにも死にたいのか。
胸を打つこの衝動は何か。
線路に飛び込め、七階から落ちろ、溺れて死ね、とにかく死ね、そう囁き続ける声が内側に蔓延るのか。
思春期という言葉を藁のように握りしめて、この衝動的な嵐が、年齢を経れば終わってくれると、ただ若さ故なのだと、そう信じてしがみついてきたのに、どうしてアラサーになってもまだ衰える気配がないのか。
この衝動こそが死にたさの原因であり、結果だ。
この自己こそが死にたさの真の原因ではないのか。
本当はやりたい仕事を諦めて現状に甘んじている?
友人と上手く付き合うことが出来ない?
両親の愛着が足りなかった?
趣味が実質逃避になっている?
過去に嫌なことがあって未だに引きずっている?
全ては結果に過ぎない。
最初に存在しているこの「自己」こそが引き起こした、必然の結果に過ぎない。
死にたいのは、嫌なことがあったのが原因じゃない。
嫌なことを引き起こすような自分に全ての原因があるということから、いよいよ目を逸らせなくなってしまったからだ。
増田はずっと、衝動、癇癪、叫びのような化け物を心に飼って、共に生きてきた。
こいつを野放しにしたら、とてもじゃないが人間社会では生きていけない、というかまず肉体が耐えきれなくて崩壊するような、触れるもの全てを敵と認識する、爆発的なエネルギーだけがひたすら渦巻いている、自壊を厭わない衝動の化け物。
その化け物を飼い慣らすことだけが、増田の今の全てを形作っている。
仕事や友人の選び方、楽しめる趣味、思考、行動、言葉、その全部全部が、この化け物を静かに眠らせておくことだけに全力を注ぐように構成されている。
そしてそれが漏れ出てしまった瞬間、必ずトラブルが起こる。嫌なことは全てそうやって起きている。
そう、気がついてしまった。
両親、友人、そして過去の思い出は、一般的な社会に溶け込める人間たちが、その化け物を目の前にした時の、ごくありふれた正常な反応に過ぎない。
全ては結果なのだ。
思えば最初から、物心ついた時にはもう、そいつと一緒に生きていた。
その場の思いつきで突拍子もないことをして、危険を危険だと分かっていながら飛び込まずにはいられない、じっとしてはいられないという性質を、持て余していた。
両親が増田のことを「あんたのことはよく分からない」と困惑して言った日のことをよく覚えている。
友人が「増田は人間じゃなくて増田という生き物なんだね」としみじみ言った日のことも。
増田をいじめて泣かせたクラスメイトが「だってあの子が最初に嫌なことをしてきたんだもん」と言ったことも。
先生が「どうしてそんなことしたの?」と泣いている増田を問い詰めたことも。
「泣いていたら分かんないよ。先生悪くないよね?なんで先生のこと怒るの?」と寄り添いのかけらもない態度をとったことも。
そして増田はただ、嫌がらせをしようとすら思ってもいなくて、そうすることしか出来なかった、それ以外のやりようがあるなんて考えつきもしなかっただけなのだと、説明出来なかったことも。
よく覚えている。
それらは全部、増田がおかしかっただけで、みんなはただ、当たり前に困っていただけだ。
ただ、それだけだった。
よく分からないものは愛せない、未知は排斥する、ああ、そうだろうとも。それにしたって、みんなの方にだってもう少し上手くやりようがあるようにも感じるけれど、でも、人間は完璧じゃない。上手く出来ないことだってあるし、それを責めたってどうにもならなくて、仕方がない。
だからみんな、距離を取る。うん、まったくもって正しい。あなたが自分を守るために、増田に人生を破壊されないために、必要な距離だろうとも。
でも、増田だって、こんなのと一緒に生きていくのはもううんざりなんだ。
私は私と一緒に生きていくのが疲れた。
みんなみたいに、そっと距離を取ることができない。
ずっと近くにいる。
ずっと隣にいる。
剥がしようもなく側にいる。
趣味だって、ただそうすれば抱えた癇癪がマシになるからやっているに過ぎない。こいつから逃れられないから、仕方なく好きにさせてやってもいい場所を作っているに過ぎない。
本当は絵や文章なんか書かなくても気分が晴れるならそれが一番楽なはずだ。誰も傷つけずに、安心して一人で好きなだけ打ち込めるというだけの、苦しみから逃れるために必要なだけの、ただの麻酔だ。
「文章を書いたり、絵を描いたりで努力できるのはすごいね」と褒めてもらえることもあるけれど、違うんだよ。それをやらないとあなたに危害を加えてしまいそうだから仕方なくやっているだけなんだ。全然立派でも何ともない。犯罪者予備軍が犯罪をしないためにギャンブルや酒に溺れているのと一緒なんだ、これは。
厄介な人をあしらう術に長けた者たちだけが、周りに残っているのがその証左だ。
衝動性を逃がす以外のモチベーションはないから、創作で食っていこうとしてもクオリティにムラがあって仕事にならないのがその証左だ。
自分は化け物だ。
人間じゃない。
人間になんかなれっこない。
必死に身につけた人間性の全てが、衝動の化け物が眠る上に構築してあるというただ一点を理由に、崩れていく。
その眠る化け物が少し身じろぎするだけで、目覚めるまでもなく、増田の積み上げた全てを崩壊させる。
増田は自らの意思で人生を選択したのではなく、選択できる範囲の中で選ばされるしか出来なかった。
好きなもの一つ、「自分」の意志では決められない。化け物を起こさないようにごくごく慎重に、刺激しないものだけを選んでいる。
全部全部こいつのせいなんだよ。
化け物を一番殺したいのは増田なんだよ。
私の人生を全部めちゃくちゃにしてきて我慢ばっかりさせるような化け物を、一番憎んでいるのは私自身なんだよ。
両親を困らせたくなかった。
いじめられたくなかった。
恋愛が怖いと思いたくなかった。
友達を傷つけるようなことなんて、今だって一個も言いたくない。
なのに全部できない。
全部全部、壊すのは増田だ。
私なんだよ。
死にたい。
もう、こいつと一緒に生きていくことに疲れてしまった。
何もかも破壊して、めちゃくちゃにして終わらせたいという衝動が、朝も昼も夜もずっとずっと苛む。
増田にできるのは、この化け物を思い通りにさせず、誰をも傷つけることなく、自らの死以外の罪をこの肉体に起こさせないことだけなのではないか、という気分になってくる。
それよりも、慰めてくれた誰かに牙を剥きたくない。
恩を仇で返したくない。
そんな気持ちのほうが、ずっとずっと大きく膨らんでいってしまう。
それは誰かを不幸にするから。
愛されないまま死んで忘れられることだけが、増田にできる唯一の社会貢献だ。
せめてそれだけはさせてほしい。
許してほしい。
ごめんなさい。
生まれてごめんなさい。
最近、「人生どう楽しむか」とかQOLがどうとか、そういうのを考えるのをやめた。
結局のところ、幸福感なんてものは脳内の神経伝達物質の量で決まる物理現象に過ぎない。
焼肉のホルモンじゃない。アドレナリン、ドーパミン、エンドルフィン。こいつらを意図的にドバドバ出せるシステムを構築した奴が勝つ。それだけの話だ。
俺は転勤族で、東京と大阪を行ったり来たりしてるんだが、どこに住もうがやることは変わらない。
悪いことは言わないから、リッターSS(スーパースポーツ)か、最低でも750ccクラスを買え。
東京にいるなら奥多摩周遊道路、大阪なら龍神スカイラインか月ヶ瀬。このあたりの峠を、タイヤの端まで使って走れるスペックが必要だ。中古で100万出せば、四輪のスーパーカー並みの加速装置が手に入る。コスパが良すぎる。
バイクで登山口まで行って、そこからさらに自分の足で標高を稼ぐ。
関東なら両神山の鎖場、関西なら大峰の大普賢岳あたりが最高だ。
おすすめは、早朝の高速ですり抜けして神経を極限まで研ぎ澄ませてから、そのまま山に取り付くルート。心拍数を限界まで上げて、滑落のリスクを脳の片隅で処理しながら岩を掴む。
安全マージンはもちろん確保するけど、感覚的には「死」を隣に置く。この緊張感が重要。
極限の緊張状態(交感神経優位)から、サウナと水風呂の温度差攻撃で、強制的に副交感神経優位へとスイッチさせる。
そうすると、脳内でβ-エンドルフィンやらセロトニンやらオキシトシンやら、快楽と安らぎを司る脳内麻薬のカクテルが生成される。理屈で言えば、これで幸福にならないわけがない。
体は疲労困憊、でも脳は覚醒状態。この矛盾した状態で1xxキロ出しながら暗闇を切り裂いてると、ドーパミンが致死量ギリギリまで分泌される感覚がある。
ここだけは譲れないんだが、行くなら絶対「高級ソープ」一択。10万握りしめて行け。
最近流行りのタチンボとかマッチングアプリ、パパ活みたいな素人崩れには絶対手を出さない。病気のリスク管理ができてない案件でロシアンルーレットするほど俺は馬鹿じゃない。プロの接客と衛生管理に金を払うんだよ。
そこで性欲中枢をバグらせて、仕上げに鰻か高い肉を胃に詰め込む。
「そんなことして何になるんだ」って言われるかもしれないけど、これには実利がある。
週末にこのルーティンで「死のリスク」を脳に叩き込んでおくと、平日の仕事での「リスク許容度」がバグるんだよ。
月曜日に上司から鬼詰めされたり、プロジェクトが炎上したりしても、
「まあ、昨日の首都高のすり抜けに比べれば死ぬわけじゃないしな」
「大普賢のあの崖で足滑らせた時の方がよっぽどヤバかったわ」
って感じで、心拍数が全く上がらなくなる。
どうせ死なねえから余裕余裕、という謎の全能感で切り抜けられる。これこそが最大のメリット。
あと不思議なもんで、こうやって極限まで身体を痛めつけて賢者タイムに入ると、家にある法華経とかヴィトゲンシュタインが妙にスッと入ってくるんだよな。
以前、会社でやらされた「マインドフルネス研修」とか当時は「宗教かよ、クソが」と思ってたけど、今の状態ならその意味が痛いほど分かる。「今、ここ」に集中する感覚って、結局は脳のバグを利用したハックなんだよ。
「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」とか、下山後の脳味噌だと「ああ、それな」って感覚的に理解できる。
まあ、ブコメで「ただの危険運転」「薬物依存乙」って叩かれるのは分かってる。
でも、現代社会の閉塞感を突破するには、これくらい生物としての生存本能をハックしないと無理なんだよな。
そういえば先週、迷い込んだ山奥の店で食った天ぷらが死ぬほど美味かった。
コシアブラとかタラノメみたいな山菜も凄かったんだが、太白胡麻油で揚げたハモの天ぷらが異常に旨くて、そこだけ記憶が鮮明に残ってる。
そういう予期せぬ「バグ」みたいな幸福を見つけると、「まあ、このクソみたいな世界も悪くないか」と思える。
いつまで続けられるか分からないけど、止まったら死ぬ回遊魚みたいなもんだから、しばらくはこのまま走り続けるしかない。
ここまで読んだ人、ありがとう。
絶版になった80~90年代のロリ系成人漫画を国会図書館で閲覧している者です。もし利用履歴まで流出していたなら、私の人生は終わりです。あの地底に眠る大書庫は、森羅万象の知が静かに積もる場所だと思っていました。それが、こんなにもあっけなく破られるとは失望しかありません。日本はデジタルを「理解」せずに「利用」だけしようとする。その結果が、件の防犯カメラ映像の流出やアサヒの生産ストップなどです。知識と技術の差を埋めないまま触れてはならない領域に手を出している。デジタルへの理解が深まらないのなら、いっそアナログに戻るべきです。ハンコに戻り、利用規約は紙で保管し、責任の所在を明確にする。それが、情報と人間の尊厳を守る最後の手段なのかもしれません。
これだけでは自慢話に聞こえるだろうから、俺の話をしようと思う。
俺は連れ子を伴った父と、初婚の母の間に生まれた。
連れ子と俺の目の前で母を殴りつけて、父は浮気相手の元に向かったのだ。
母はその件で心が壊れてしまったのだと思う。父から受け取った俺の養育費と離婚の慰謝料を、ギャンブルに注ぎ込んだ。
母は頭が良くない。当時のギャンブル、主にパチンコパチスロであるが、本気で攻略したら十分に稼げる状態であった。
俺が大人になってから調べたので後知恵ではあるが、ゾーン中の台を拾う、子役をカウントして設定を読む、クギを見て大当り中の止め打ちを行うなど、やり方はいくらでもあったらしい。
しかし、それらを一切せずに、ただ台の前に座るだけのシングルマザーに、パチンコ屋は容赦が無かった。
結果として、我が家はシングルマザーの貧困家庭へと転落、生活保護を受給する事になる。
生活保護で最低限の生活が出来るとの触れ込みではあるが、保護費からパチンコパチスロを行う事は想定されておらず、
学生服の下に着る服は穴が空き、靴下は破れている。風呂は2~3日に1回しか入らない。
小学生で水道が止まるのは一番最後という無駄な知識を得てしまった。
最も惨めだったのは、ガス屋に滞納した支払いをした時だ。
児童扶養手当が入った日に、まだ小学生低学年であった俺に「親が病気で払えなかったですごめんなさい」と謝って払いに行けと母に言われたのだ。
俺には抗する術は無かった。
必死に言われた言葉を繰り返す小学生。ガス屋のおやじは半笑いで「そうか」と言った。
誰も勉強を見てくれない。
塾や習い事もできない。
卒業まで登校せず、無理やり受験させれらた定時制高校も受からず、家に引きこもる事になった。
今思えば、これが反抗期だったのかもしれない。
俺はゲームをしたり、親のパチンコを代わりに打ったり、図書館に入り浸ったりした。
精神科に通いながら生活保護を受け、その金をパチンコに注ぎ込み、怪しい闇金に借金まで作った母が、働かないなら◯すと包丁を持って暴れ出したのだ。
とはいえ社会性皆無の引きこもりであった俺に出来る事といえば、時給750円で皿洗いをする事くらいである。
フルタイムで皿洗いをして稼いだ金は、1万を残して全て召し上げられた。なおフルタイムで働いても、健康保険も年金もかけられていなかった。
母に寄生していた俺は、母とバイト先に寄生される身分となったわけだ。
悪いことばかりでもなかった。俺も若かったのでバイト先の同僚である女子大生と付き合い、色々怒られながら学んでいった。
女性と気後れせずに話せるようになったのは、この娘のおかげである。
今では別の男性と結婚して子供をもうけているが、いくらかの親交はある。恩は生涯忘れないであろう。
バイト先を半年ほどで退職し、清掃の会社に正社員で入社する事になった。
しかし、その会社は反社の社長が仕切る手配屋のようなところだった。
朝6時から夜の12時まで現場を3つはしごして月給15万。休みは月に1~2日である。
ミスをすると殴られ、仕事が終わると開かれる賭場に参加を強制され、給料を巻き上げられる。
お前が店長をやれ、ランチと居酒屋を一人でやれと言われ体を壊す手前まで働く。
仕込みは朝7時から。片付けが終わるのは1時を回る。店の倉庫の米袋の上で寝る事もよくあった。
それでも思うように収益が上がらず、事業不振で融資を受ける事に。ついてはお前が数百万の連帯保証人になれと言われて、その職場を逃げ出した。
数ヶ月ほど印刷工場に派遣されたのち、長期の工場仕事が決まる。
俺は物覚えが悪く叱られがちではあったが、派遣先は一部上場企業の子会社である。
労働基準法違反の飲食店や反社の手配屋しか知らない俺にとって、職場環境やそこにいる社員の質は天国かと見間違うほどであった。
フライヤーの油を菜箸で跳ねてかけられたり、違法改造したガスガンで撃たれたりしない。
イカサマ麻雀で給料を召し上げられる事も無い。社長に逆らった従業員が行方不明になる事も無い。
俺は一度叱られた事をすぐ直せるほど賢くはないが、2度3度と言われたら馬鹿なりに覚えはする。
2年ほど勤めた頃には、職場で頼りにされるようになった。
職長や課長も「よう◯◯、この工程どうなってる?」と聞いてくるくらいになった。
課長と職長が推薦してくれたらしい。
真面目に勤めたなら、俺のような中卒の引きこもりでも年収400万はあるとの事だ。
嬉しかった。
30手前でこんな話が来るのか、世の中捨てたものではないと感じた。
派遣先との契約で3年満了後にはなるが、正社員として働いてくれ。
そう言われて日々仕事をしていた。
同期の派遣仲間も、かなりの割合で正社員転換されるらしく、皆がウキウキしていた。
「俺、今度結婚するんだ。彼女の腹に子供もいる」と言い出した派遣の同僚に、皆でベビーカーを贈ったりもした。
2005年11月に職探し、そこから数ヶ月で工場が決まるという話で察した人も居ると思うが、リーマン・ショックとサブプライムショックが直撃した。
2009年3月末、数万円の手当を渡されて派遣契約が満了となった。
世の中は不景気一色で、四大を出たような優秀な人がコンビニやスーパーで最低賃金付近で働いていた。
いきなり話は変わるが、俺はMMORPG内ではちょっと知られたトレーダーだった。
様々なプレイヤーから買取、換金を行う。クラメンの狩りのアイテムを全て換金する。
物を右から左に流すだけではなく、抗争中のクラン双方にPOTやスクロールを大量に流す。
イベント時に必要になると思われるアイテムを、イベント遥か前から大量に買い占め、イベントの時に高値で売りさばく。
サーバー内の友人知人から聞いた話を元に、匿名掲示板や全体チャットの雰囲気を見て先回りをする。
俺から見れば当たり前と思う事をしていただけだが、競争相手は居なかった。
BOTを使ったり複数名のパイロットが居るプレイヤーを除けば、サーバー内でも有数の金持ちだったと思う。
派遣切りされた時、もしかして現実でもトレードが出来るのではないかと考えて、手元にあった100万円ほどの貯金を使い、失業保険を貰いながら貿易と国内転売に手を出す。
あらかじめ言っておくが劇的な増え方をしたわけではない。
この商売をやってつくづく感じるのは、資本こそ力であり正義という事だ。
元手100万のトレードはほぼ肉体労働となる。手配も、折衝も、梱包や発送も、全て自分で行って事務所を借りる余裕はない。
1Kの部屋の押入れは商品で埋め尽くされ、布団は万年床と化す。
毎日の食事、光熱費や家賃、服や消耗品など、生活の全てに足を引っ張られる。
もう100万200万あれば。そう感じながら亀のような歩みで進んでいくしかない。
10年ほどかけて元手が1000万を超えた頃、ようやく小さな倉庫がついた事務所を借り、パートさんを雇用する。
自分が理不尽をされたトラウマから、1分単位で時給を払い、盆や正月には寸志も渡す。
そうしないと、明日にも居なくなってしまうかもしれない。もしくは倉庫の商品を盗まれるかもしれないという恐怖に駆られながら。
パートさんたちの名誉のために言うが、そんな事は一度もなかった。
来てくれるパートさんは結婚をして子供を持ち、家計を助けるために扶養内で働く善良な人たちだ。
元手5000万を超える頃、目をかけていた男性アルバイトが逮捕される。
2年ほどトリプルワークで働いてくれていたのだが、そろそろ1箇所に落ち着かないかと声を掛ける直前だった。
見た目は陰キャそのもの、大卒ながら30を過ぎてアルバイトを転々としている子だった。
どうも若い子が居る職場が好きらしく、そのような職場を複数掛け持ちしていた。
しかし金は必要なので、ウチのようなちょっと時給が良く好きな時間に働ける職場を探していたらしい。
手が早いわけでも、頭が良いわけでもない。ただ言われた事を黙々とこなしてくれていたので、ウチの商売とはマッチした。
別に速度はそこまで必要ではない。言われた事を言われた通りに横領せずやってくれたらそれでいい。ウチはそんな仕事だ。
このくらい有れば生活はできるだろう。
もしも事務所をまるっと任せられるくらい伸びるのなら、1000万くらい払っても構わない。
そう思っていた矢先だった。
どうやら、若い子好きが仇となった様子。バイト先の16歳の子に手を出し、親にバレて不同意性交で逮捕された。
酒を飲ませて前後不覚にした上でホテルに連れ込んだらしく、相手の16歳女性はまんざらでもない様子だが親が本気で怒って通報した。
そして事件化こそしていないものの、同様の案件を示唆するSNSやLINEの投稿も発見されているらしい。
未成年者に手を出す人物を、女性パートさんと一緒に働かせる事は不可能だ。残念だが退職してもらった。
注文処理や備品の手配は任せているが、面倒な所は全て自分でやらなくてはならない。
肉体労働は純資産1億になった今でもさほど変わらない。金にモノを言わせたければ5億10億の資金が必要だ。
元手1億程度の俺は、金に働かせて自分は遊ぶという事ができない。稼いだ金から税金を払い、経費や給料を払い、前期手元に残った金は2500万円ほど。
もうワンステップ上に行くためには5億10億の元手が必要になる。信用できるチームも必要だ。
残念ながら、俺にはどちらも無い。
気がつけば47歳。家賃3万のボロアパートで上階からギターの音と、隣からカップルのセックスの音が聞こえる環境からは脱した。
管理人が居て、共用部を週2回清掃してくれて、住人はレクサスやベンツに乗っているような高層マンションに住む事はできている。
ただ、彼女も子供も居ない。家に帰ってきては冷凍食品を食べ、風呂や歯磨きも忘れて泥のように眠る事も多い。
最近は寝ても疲れが取れない。
そもそも早ければ朝5時から海外のメール対応、夜も12時を超える事が多い。
その時57歳。そこまで生きていられるだろうか?
俺は何のためにカネを稼いでいるのだろうか。
就職した飲食店の大将や、清掃会社の社長がメンターになり得る人格者なら
俺の人生は良くなっていたのだろうか。
それとも悪くなっていたのだろうか。
よくわからない。
それでも、泥の底に沈んだままよりは、少しだけマシな人生なのだろうか。
Permalink |記事への反応(10) | 22:24
【修正指示8】変化の無い日々の虚脱を強調
出勤電車。
満員の車内で吊り革を握る。肩が押され、息が詰まる。
車両の揺れも、アナウンスの声も、すでに身体の一部みたいになっている。
あの笑顔は誰に向けられているんだろう。私じゃないことだけは分かる。
昨夜は、机で寝落ちした。
ノートパソコンの光を浴びたまま、気づけば朝。
コーヒーを淹れても、味がしない。
洗面所の鏡の前で、寝ぐせを直しながら「また今日が始まる」と思う。
一日が始まるというより、昨日の続きが再生されるだけのような感覚だ。
昼休み。
噛んでも味がなく、口の中でパンのように膨らむ虚しさ。
午後になると眠気が襲ってくる。眠ることだけが、生きている実感だ。
夜。
風がビルの谷を吹き抜け、誰の顔も見えない。
でも次の瞬間にはまたいつもの顔。
何も変わらない。変わることを望むことすら、もうなくなった。
翌朝、また電車。
吊り革を握る手が少し震える。
その音を聞いていたら、涙が出た。
誰も気づかない。気づいたとしても、見ない。
壊れたいと思った。
でも、それは救いじゃない。
壊れたところで、また元に戻されるだけだ。
そうして、また同じ朝が始まる。
世界は何も変わらない。
昭和には今考えるとあり得ないようなクレイジーな教師が居たんだよ、ということを備忘録として記しておく。
生徒に「便所」「うんち」といったあだ名を付けて自分だけでなく生徒間でも呼ばせていた。
あだ名を付けられたのがひょうきん男子たちだったから事なきを得ていたけれど、あれはどう考えてもイジメだった。
体育は2クラス合同で、更衣室がない代わりに男女別の教室で着替えるんだけど、Hは堂々と女子生徒が着替え中の教室に入ってじっくりと女子生徒の着替えを観賞。
女子生徒に苦情を言われても「ここは俺が担任の教室だ!」と開き直り居座った。
男子生徒がつけたあだ名はジャイアン。もしくはバーコードハゲ。容赦ないよね…
今思うとそれほど悪い先生ではなかったとは思うんだけど、
女子体育教師がいる中で、女子生徒の体育担当になったのは悲鳴が上がるのも仕方ないとは思った。
今考えると気持ち悪い。
でも当時は他にも何人かそういった教師は居た。
熱血漢ではあるのだが、できない生徒に約束という名の押し付けを迫り、それが破られるとキレるというマッチポンプ熱血漢でうざかった。
予習をしてきた生徒が次々と課題をこなすのを叱ってたのは意味がわからなかった。
生徒を完全に自分のコントロール下に置くのが至上命題だったっぽい?
自分が務めてる高校ではなく、母校であるもう一つの進学校を賞賛し、勤務先の高校をけなしてばかりの人だった。
予習をしっかりして、授業中に眠るべきという、訳のわからない主張をしていた。
英文を読んで即座に和訳して問題を解け、という当時でも前時代的としか言い様がないやり方を押し付けてうざかった。
ちなみに生徒間で呼ばれていたあだ名はアイババ。
本名もじり+ババア+サイババみたいな髪型だったからそう呼ばれていた。
「赤ちゃんが安らかに眠る」本当に字義通りのことが起こってるのにそう書いたら死者だと勘違いするとか慣用句がわかってないとか言われるの言語の欠陥だろ。
無言の帰宅も若者がわからないとバズってたそうだが問題は若者が慣用句としてそれを知ってるかどうかじゃなくて、字義通りのことが起こってても慣用句に同じ表現あったら避けなきゃ書き手が悪いとみなしてくる受け手側なんだよな。
いちいち別の表現捻り直さなきゃいけなくしてるっていうこと、つまり慣用句に対して予約語並みの特別待遇をしてるのが問題。
dorawiiより
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