
はてなキーワード:産めよ増やせよとは
軍隊のように「序列(階層、階級)」を重んじるから。産めよ増やせよ。「数(多数派)は力」。
「完全な平等(対等)」を信じている(つもりの)左派は、人間に区別や優先順位(序列)をつけることに
建て前では「否定的」なので集団が不安定になりやすく、絶えず内向きな「内ゲバ(粛清)」や、
外向きの「キャンセルカルチャー」等の排他性(選別)の発動によって「集団の結束(規律)」を維持しているから。
左派は、「なだらかに格差がある優先順位(序列)」を否定するので、次は「ゼロ=無価値」か「100=満点」かの
極端な二択しか選べなくなる。左派の宿痾である「ボクが考えた最強の理想主義=完璧主義=潔癖症」。
つまり、「味方(仲間)は100」で「敵(裏切り者を含む)はゼロ」なので、「敵の人権」は存在しなくなる(=攻撃に歯止めがかかからない)。
未婚の女性は誰となく男を紹介した
ローンを組めないとかが本当に発生した
決して「出会いを奪われた」人らではないのよ
それをさせるのに、子育て支援とか、出会いフォローとか言い出すと
「自分たちの価値」を高めるために、相手はより婚姻と出産から遠ざかる
金をくれなきゃ子供産まないよ
となってしまうわけ(つか、既になってる)
私はそんなこと思ってないとかいってるクソもな
子供が大学に行くのが普通で【それを国が支援して当然】って顔してるだろ?
だから国は金くれってのは【そういうこと】なんだよ
ほらほら金出せ
私たちが何の負担もなく不自由もなく子育てを幸せに謳歌できるほど充実させないと日本終わるよってわけ
そっち方向は
何やってもダメだよ
増長してどんどん贅沢になっていくだけ
一番の特効薬は、昔に戻すことだよ
家族計画なんて捨て去って
そうでないと無理
これは女性差別でも何でもない。
男で働いてない奴、仕事がちゃんとしてない奴は一人前として扱われない。
一方で女はなんか派遣とかパートでだらだらやってても男のようには咎められない。
なんでかって女はなまじの労働より出産育児の方が価値ある仕事だからだよ。
そこをキャンセルするならよほど別のことに打ち込んで意義を示さない限り
男の場合の「仕事もちゃんとしてないカス」程度の白眼視はされる。
こういうのもまあ幻想だよね
男にしろ女にしろ社会を維持して周りの人に役立つ活動してる人間が一番偉い
殆どの人間はそういう幻想を逃避先にして結局幻想も空中分解してる
でも人によって大切にしてることも違えばキャパも違う。
こんなのって
って言ってるだけで
って話だよね。
「勉強したくても出来ない知的障碍者がいるから私も勉強しなくていい」
「労働したくても出来ない身体障碍者がいるから俺も働かなくていいんだ」
これはおかしいだろ。
お前は出来るんだからやろうね?お前と別の条件の人の話をしてどうする?
で終わりだろ。
社会の継続性や回り持ちを前提にした社会福祉を受ける資格は道義的にはないだろ
社会のための基本的な道徳を戦時中「にも」守っていたからといって
産まず増えなければ社会はこわれゆく。
他の人間は同じように甘えないという前提によってのみ成立するので
貰いは全部受け取り支払は拒絶するというだらしない人生を歩みがち
子どもを産まないことに対して免罪符が必要なの?個人の選択の自由なのに??
そうではなくて、人生の目的があれば周りの生き方に振り回されなくて済むということが言いたいだけ。
子育てしながら自己実現している人もいる、それはそう。でも人によって大切にしてることも違えばキャパも違う。不妊治療をしても授かれない人もいれば、まともな親の元に生まれず世代間連鎖を止めたいと思っている人もいる。そもそも産みたくないから産まないという理由だとしても責められるいわれはない。国のために産めよ増やせよという考え方なら戦争中と同じ。個人1人が産まない選択をしたところで政治が変わらなければ少子化は変わらない。だったら自分が不幸にならない生き方を責任持って全うしていくべき。その代わり子育て世代への支援に繋がることは積極的にしていくし、末代として自分のケツは自分で拭いて生きる。誰かに石を投げられる筋合いは無い。
単一政策で効果がないと言ってパッケージを推してるけどパッケージなら効果出るって言うエビデンスはあるん?
エビデンス、少なくとも俺はしらんです。というか推してるつもりはあんまりない。こう言う話を突き詰めていくと結論は「つまらない、実効性に乏しい玉虫色の結論になる」ということを書いただけな感じです。
結局ほとんど変わらんなら何もせず放置でええんちゃう?
俺は元の対談の現状追認やっても無駄みたいな論調にはあんまり賛成してなくて、もっとやばめの出生率急降下している国(韓国とか)に対してやることやってるからこれで住んでるって思ってる。
まあ、もう抵抗しても無駄だよ、もうどうにでもなあれ~☆ って意味なら否定はしないけど。
諸外国の例でアメリカだけ挙げてないけどアメリカって育休もないしろくに支援してないけど出生率高い方よな
逆に何も支援しない方が上がる可能性すらありそう
と言う事になるので、なかなか真似はしづらいかな…。これをやっても比較的高い程度で解決になるような数字ではないし。。。
あと、自説の話に結びつけて言うと、アメリカでは雇用の流動性が段違いに高いので、出産育児によるキャリア中断が全体のキャリアに影響しづらいってのはまあ言われるよな。だからここまで極端に雇用規制を解除すればいけるかもしれないとは言える。
トイレは男女共通が当たり前!女性徴兵義務化取材で見えてきたデンマークでの「ジェンダー平等」と「権利と義務の平等」FNNロンドン支局長・田中雄気|FNNプライムオンライン
worris兵士が男性に偏るのは出産を女性が担うからでしょ。まずは子宮移植を実現しないとアンフェ連中の主張する「真の男女平等」は成立しない。
リベラルが女性の利得を最大化したいのは分かる。でも、さすがに子宮が出てくるのはビビった
産めよ増やせよって保守派だけだと思ったのにリベラルも保守派と同じ価値観を言うんだね
worris留学生も追い出そう!
※本文はChatGPTで調整しました
近年、女性の貧困や搾取、性犯罪のリスクといった問題が可視化される機会が増えてきた。とはいえ「男性よりも女性のほうが弱者である」という前提は、昔から強く根づいているように思う。たとえば「女子どもを守れ」という言葉があるように、大人の男性が守られるべき存在として語られることは少ない。
ただ、SNSなどで個人の声を見ていると、男性にもそれと同じ、あるいはそれ以上の“弱さ”を抱えながら生きている人たちがいるのではないかと感じるようになった。あえて大きく括るが、たとえば体力的には女性の方が男性より弱い傾向にある。それはスポーツの世界などでも明らかだ。しかし裏を返せば、それは「女性が身体的に強さを求められていない」ことの表れでもある。
重い荷物を無理に持たせるのは女性にはよくない、とされ、疲れていればまず「大丈夫?」と心配されるのも女性だ。もちろんルッキズム(外見への偏見)は大きく関与しているが、それでも「女性だから」というだけで優しさを向けられた経験は、私自身何度もある。
とはいえ、女性が結婚・出産を当然とされ、自由やキャリアを制限されてきた過去があるのも事実だ。その制限と闘ってくれた先人たちのおかげで、私たちは選挙にも行け、学び、働くことができている。この恩恵を軽視するつもりはないし、女性を所有物のように扱う男性が今も一定数存在することにも目を背けるわけにはいかない。
けれども、女性がすべての面において常に「弱者」であるかというと、そうは思わない。
たとえば、ある女性が「恋人がほしい」と思ったとき、選ばなければ比較的簡単に誰かと関係を築くことができる。性的なニーズも満たしやすく、経済的に困ればパパ活や援助交際といった手段にもアクセス可能だ(倫理性はさておき)。年齢を重ねて孤立するリスクはあるが、社会や行政は女性の孤立には比較的寛容だ。
一方で、ある男性が「恋愛したい」と思ったとき、まずマッチングアプリに課金しなければならず、出会いにおいても年収・容姿・コミュニケーション力など、厳しく値踏みされる。男性という性そのものに対する需要は薄く、年齢を重ねるほど恋愛や性体験の機会が閉ざされがちだ。孤立しても「男なら耐えろ」とされ、支援も乏しい。
もちろん「努力すればいい」という意見もあるが、努力が報われない人は確実に存在する。そのとき社会は、男性に対してずいぶんと冷たい態度をとる傾向にある。結果として、男性の自殺率は女性よりも倍以上、高くなっている。
私自身、「男性の孤立=性欲が満たされないこと」と読むと、正直呆れる気持ちにもなる。だが、それは女性が比較的「求めれば得られる」立場にあることから来るバイアスでもあるのかもしれない。もし自分に強烈な欲求があって、それがまったく満たされず、一生を終えるしかないとしたら、社会や幸福そうな他人を恨まずにはいられないだろう。
では、弱者的立場にある男性の孤立を、どう解消していけばよいのか?
現状、男性向けの相談窓口は女性に比べて圧倒的に少ない。理由として「男性が相談に来ないから」とされるが、実際には“来にくい”だけなのではないか。来たとしても、支援制度の整備も事例も足りていないのが実情だ。だからといって、昔のように「女性を男性にあてがう」ような制度は、明らかに誤っている。
必要なのは、まず男性の生きづらさがあるという事実を、社会が認識することだと思う。たとえばメディアが男性の孤立に焦点を当て、情報を広める。あるいは、女性への支援内容のうち“過剰”な部分を見直す議論もあっていい。
女性がより生きやすくなれば、相対的に男性の立場が弱くなることもある。たとえば、女性の自由が高まれば少子化は進む。ここにジレンマがある。「産めよ増やせよ」は人権問題に直結するが、放置すれば社会の持続性が危ういのも確かだ。
世界がこのままゆっくりと終わっていくのだとしたら、男女論など些細なことかもしれない。でも、それでもなお私たちは社会的な生き物だ。正しさとは何か、どこにバランス点があるのか、そうした問いを対話の中で探していく必要があると私は思っている。
俺、コンテンツの食いつぶし現象っていうのを10年前くらいから言ってるんだけど
例えばラノベが特徴的だった
ある環境・媒体・表現方法(例えば漫画・アニメ・文字・社会)においてできるネタって有限なんだけど
生産がしやすい場合、どんどん生み出されて盛り上がるんだけど、ある時食いつぶしが起きて一気に尻すぼみなるっていうやつ
小説はよく起こる、音楽もちょいちょい起こる、ゲームでも起きてる
そもそも人間関係っていうのはさ、富国強兵の前までは村だったわけよ
よく未開の部族がやってるアレだったわけ
その中で人間関係って、恋愛だけじゃないじゃん?むしろ恋愛って大事な関係の中でTOP10に入ればいいかなみたいな存在じゃん
そこから核家族化していって、どんどん一族・家族との人間関係が薄くなっていって
さらに会社も、コンプラなんかがあってどんどん他人化していって
そしたら残るのって「恋愛」「親兄弟」「学校内の関係」「部活」「趣味」くらいなんだよね
ってのが戦後どばーっとやられて、世はまさに恋愛至上主義時代なわけじゃん
そこに乗っかったコンテンツ全盛期
そりゃ食いつぶすよね
ヒーロー・ヒロインがいたとしても、恋愛以外の関係性を重視してると思う
作り手がそうするってことは、世の中がそうなってるんじゃって
ここ10年か、ともすれば5年くらいそうなってるような気がしてる
ただ憧れてもないからどうなるんだろう