
はてなキーワード:無礼とは
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相手(健常者)がやんわり怒ったり不機嫌になる
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相手(健常者)の我慢の限界が突破され、アスペルガーはめちゃくちゃ叱られる
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アスペルガー、怒られてるのは理解するが何が原因か分からず(なんなら自分に原因があったとすら思わない)「相手が急に怒り出した!」と認知する
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相手(健常者)の怒りを買い、ありとあらゆるお仕置きを受ける(共通の知人に暴露するなど)
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アスペルガー、訳もわからずコテンパンにされ「理由が分からないが急に怒られ急に嫌われ徹底的に排除された」という認知だけが残る
Xのアスペルガーアカウント(ほぼ男)はほぼこの認知を持っている
アスペルガーだから仕方ないと思われそうだが、最初から無礼な行動をしないように気をつけてるアスペルガーは色んな人から好かれるのでやはり無礼なアスペルガーは悪い
ここで本人が自分が他者に無礼な発言をして不快な思いをさせてることを自覚し、カウンセリングに通えばいいのだが
ほとんどのアスペルガーが本人は自分が悪い自覚はないので自分の行いを改めることはほぼない
この病気詰みすぎてるだろ
増田は診断済みASDだが常に反省してるため「怒られが発生した!」とかほざかないんだが、他人の顰蹙を買いまくってASD全体の評判をガタ落ちさせてる同族を見ると本当にゾッとする…
https://anond.hatelabo.jp/20260126104710
https://anond.hatelabo.jp/20260127114308
「だが、生きている今この瞬間において、思考し、選択し、行為することは現実であり、そこにのみ倫理が成立する。」
→上記の文章は、死んだら、倫理は成立しないと言ってますよね?
→だったら、魂をみとめているよね。だったら、
「死後の存続を前提に生の意味を置く事」以外に立場は存在しないでしょ?
てか、普通に考えて、「死んだら終、虚無だ」みたいに考えてる人間ではないでしょwソクラテスをなめてるのか!
その他
443d–444a←このページ数のような謎の表記はなんですか?一行しか引用してないのに、なんで2部分から引用してるのですか?
②ソクラテスとプラトンを分割する意味はあるのですか?プラトンは、うれしくないと思う。
③私には、AIの意見をそのまま張り付けて、承認欲求が得られるのか不明ですが、
元の増田は深刻な悩みのようですし、あなたの回答は目立っています。
AIの虚無回答であるのならば、無礼であると同時に、あなたが虚無の化身となってしまいます。
世の中には色々な言説があるが、私はマナーとは「こうすればスマートでかっこいい」という教えだと思っている。
「長い間」と言ったが、別に江戸時代以前とかまでさかのぼる必要は無い。何なら平成の間を生き延びたマナーはすでに立派に「常識」という所まで上り詰めていると思う。
そういうものは、得てして「サラッとできるとスマートに見える」というものだと思っている。言い方を変えれば、それが出来ると「お、気が利いてるね」という印象を与えられるものだ。
冠婚葬祭のマナー、ビジネスマナー、飲み会におけるマナー・・・まぁそういう類のもので昭和以前から続いているようなもの。それは個人的にはやって損が無いと思っている。
私も一応は理系院卒の端くれとしては、そういう行為そのものは非合理的だと思うことも少なくは無い。本質的な情報伝達やコミュニケーションには何の役にも立たないどころかむしろ損失にさえなることも多い。
でも、それでもそういう事を当たり前のようにできる人はやっぱりスマートでかっこよく見えるのだ。
もちろん、どう見えるかは人によっての部分はあるだろう。だが少なくともそういうマナーを修めている人から「こいつは無礼だ」と思われなくて済むというメリットはある。別に他人の顔色をうかがうことが絶対だとは思わないが、それでもやっておいて損は無いのだ。
だから逆に、別にスマートにも見えないし気が利いているとも思えないような謎マナーを私は嫌悪している。
マナー講師が自分の食い扶持を確保するために生み出したとしか思えないような謎マナーは限りなく馬鹿馬鹿しいと思う。
そういうアホがいるからマナーというものの価値が下がるのだ。その結果として正当なマナーさえ忌避するような人が出てくるとしたら大変な迷惑だ。
こういうことを言うと「マナー警察だ」みたいに言われることもあるかもしれない。
だが別に他人がマナーを間違えていたとしても、それだけで私は怒ったり一々指摘したりすることは無い。
例えば敬語を上手く使えない若い人は多い。尊敬語と謙譲語が混ざっていて、私の行為に対して謙譲語を使われることだってある。
確かにそれは字面だけを見ればまるで私に謙れと言われているように思えるかもしれない。お前は帝か何かか、と言う事だってできる。
だけど明らかにこっちを立てようとしてくれていて、その結果として言葉遣いを間違えてしまったということに対して目くじらを立てることは無い。精々、何かのタイミングでそっと「こういう時はこうした方が良いよ」という助言はするにとどめる。
結局のところ、マナーはお互いに紳士淑女として振舞おうぜ、その方がかっこよくね?というものであって、別に全て肯定するものでも否定するものでもないと思うんだ。
どういう振る舞いがスマートに見えるかというのは時代によっても場所によっても変わるわけで、それを自分のものにして使い分けられてこそ真にスマートなのではないかと私は思う。
有名な維新の志士渡辺昇子爵と海江田信義子爵との、4尺5寸の長竹刀に薙刀の対戦でありました。
渡辺子爵は大上段に振りかぶり、薙刀を持った海江田子爵の籠手に、物の見事に打ちを入れて、立派に極まりました。
そこで、当時の流行であった興行剣術の名残りとでも申しますか、片手を離して左手に竹刀を高くかかげ「籠手ー」と云って引き上げと云うのを行いました。
ところが一方の海江田子爵はと見ると、満面朱をそそぎ、後を向いて引き上げて行く渡辺子爵の後を追うて行きます。
そして、近付くや、矢庭に薙刀を振って、「ビンター」と叫ぶと同時に、渡辺子爵の横面をいやと云うほどたたきました。
海江田子爵は、「何が無礼か。無礼はおはんじゃ。敵を斬って後を向くと云う法があるか。この海江田は腕の一本位では決して死にはせぬぞ」といいました。
「書いたらその社は終わりだから」、いったい何を書いたら終わりなのか?
松本大臣が部屋に入った後に知事が入ってきた、それは本当はマナー違反でもなんでもないのに大臣が怒った、
「客を待たせるとは何事だ!」だっけか「客より後に来るとは何事だ!」だっけか、そんな感じで。
で知事はびっくりして謝ったんだけど、そのやりとりを見ていた記者たちに
「知事は俺に無礼を働いた、俺は叱った、知事は謝った、だからこの件はこれで終わり、こんなことを書いて知事に恥をかかすなよ」
それで
「書いたらその社は終わりだから」
となる。
そら記者たちだって(は?そんなマナー、ないだろう)と驚いただろうけど、その程度のことだし知事も大人の対応として丸く収めるために謝ったんだから(書くことじゃないよな)と思ったわけだ。
結論から言うと映画は観なかった。チケットも買わずそのまま劇場を後にした。
理由はシンプルで、店員の態度があまりにも... だったから。
最近こうした接客が終わっている人に出くわすことが多い。もちろん事情は想像できる。物価は上がり実質賃金は下がり、彼らもまた安い給料で酷使されている労働者の一人なのだから。
不機嫌さの裏にはやっていられるかという絶望があるのかもしれない。
ただそれでもその不機嫌さは本当にどうしようもないものなのか?
不機嫌を撒き散らしていられるのは周囲がそれを許してくれる環境だからだ。相手が穏やかで波風を立てず、多少の無礼には目をつぶってくれると分かっているからこそ、ああいう態度が成立している。もし周囲がもっと厳しい人間ばかりで少しでも失礼な態度を取れば即座に強く咎められるような場所だったら、彼らは同じ振る舞いをするだろうか。おそらくしない。
つまりああいった態度は追い詰められた末の必然というより、「許されていることを分かっていて選んでいる態度」に近い。
ミニシアターという場所には、特有の勘違いをしている人間が多すぎる。
彼らはまるでその映画を自分が作ったかのように、あるいはその芸術性を自分だけが理解しているかのような、妙に高慢なオーラを纏っている人がいる。
セレクトショップの店員にも似たタイプがいるが商品を「売らせてもらっている」という自覚が抜け落ち、作品の権威を自分のものだと錯覚している姿は正直言って滑稽だ。
今や映画を観る手段はいくらでもある。Netflixを開けば不愉快な思いをすることなく自宅のソファで最新作から名作まで楽しめる。わざわざ劇場まで足を運ぶ必然性は昔に比べて格段に薄れている。
そんな言葉を口にする前に自分たちの態度が客足を遠のかせている一因であることにそろそろ気づくべきではないか。
高いチケット代を払い時間を使って劇場まで行った末得られるのがこんな体験なのだとしたらミニシアターに未来などあるはずがない。
「俺の中で嫁は美人だ。」と本当に確信しているなら他者からの評価は気にならない。
灘から現役で東大理IIIに受かった人間が他者から「バーカバーカ落ちこぼれ」と言われて動揺するか?
東京都中央区銀座で生まれ育った人が「田舎っぺ、おのぼりさん、山猿」呼ばわりされて怒るか?
鼻で嗤うか、「ん? なに言ってんだこいつ」と怪訝に思うだけだ。
8歳の少女が「ばばあ」呼ばわりされてもその発言は無意味なノイズにしかならないが、
50歳の女性が「ばばあ」呼ばわりされたら当人が気にしている部分に命中して怒りはじめる可能性が高い。
どちらの「ばばあ」呼ばわりも無礼ではあるが、前者はそもそも無礼という以前に意味不明だ。
一方、黒人に向かって「クロンボ、ニガー」と言えば大変な騒ぎになる。
同様に、ガリガリに痩せている人の心に「デブ」呼ばわりは刺さらない。
いわゆる「問題発言」は多かれ少なかれ図星を指していることが多い。
ものまねや似顔絵もそうだ。大抵の場合、相手の欠点を巧みに表現していればいるほど、当人を怒らせる。
すなわち、嫁のことをブスと言われてそこまで怒るのは、お前の確信が揺らいでいるからだ。
特にこだわっているわけではないが投資でもあるまいし分散させる必要を感じていない。
だがたまに無礼な痴れ者が「三角食べとかできないの?w」とか言ってきて本当に腹が立つ。
指摘されることに怒っているわけではない。
遅刻した時に「事前に交通機関を調べてもっと早く家を出なよ」と言われたとしても腹は立たないし自分から反省すべきことだと思う。
だが三角食べは別だ。
「できないの?」という言い方から判断するに、其奴は三角食べすることを疑う余地のない善なる行動であることを前提している。
否。幼少期かいつか知らないが三角食べをするよう誰かに言われ、それが正しいと疑うことすらせず無思慮に人生を送ってきただけだ。
百歩譲ってくだらない謬見を内面化してしまうことは許そう。だがそれを無批判に当然視するのは知的怠慢であり精神の敗北である。
自他の区別もついていない未成熟な自己中心性の謗りを免れないであろう。
あなたたちは三角食べしない他人を見下したことはないだろうか?
一度自らの思い做しを見つめ直してみることを推奨する。
日本人はマナーがいいのではなく、コミュニケーション能力が低くコミュニケーションコストを払う能力が低い
だから、これをしたら怒られる、といった脅しでの行動抑圧に従っているだけで、マナーがいい以前の自分で礼儀を考えるレベルに達していない
東洋でも西洋でも日本ほどやたらの注意アナウンス、注意書きがある国はなかった
常識で考えれば、電車のドアが閉まる時に挟まれるほど不注意な人間は電車に乗るべきではない
挟まれるのも自業自得の恥なので、普通の国ではそんなことを注意しない
大きな声を出すな、といいながら日本人は居酒屋や集団では異常なほど大声をだす
日本人はマナーがいいのではなく、自分でものごとのいい悪いを考えるレベルの教育を受けておらず、ただ怯えているだけの群れて吠える弱虫だ
無礼な表現や論点をすり替えるような不誠実な態度により、多大なご不快な思いをさせてしまったことを深くお詫び申し上げます。ご指摘いただいた通り、知能が低いせいで謝罪できませんでした。 私の能力不足によるものです。申し訳ございませんでした。
「毎度ありがとうございます」の「ありがとうございます」部分を、「あり〜」に短縮するのは、許されない行為だと思う。
あまりにも人を舐め腐っている。
それなら、「ありがとうございました」を「あーしたーっ」に略す方がマシだ。
「ありがとうございます」が「あり〜」で許されるなら、
周知の通り、
「おはようございます」は「おは〜」、
「お待たせいたしました」は「おまた〜」、
と言われることはある。
「まいどあり〜」は違う。
「毎度、あり…?ありって何?毎度『ある』ってこと?何があるの?怖い。あの人怖い。震える。もう行かない!」
となってしまう。
「毎度ありがとうございました!」と丁寧に言うべきだし、もっというなら「毎度毎度ほんまおおきにやで、あんさんのおかげでわしらの生活が成り立っておりやす。ほんま嬉しい限りやわ。ありがとうございます!ええ人やわやっぱり!よっ男前!」と言うべきだ。
女性なら「ぺっぴんさん!」だ。
同時に、「優しい男が好き」「女には優しくしないとだめ」
とも言われる。
こういうことを言われると、男は混乱する。
振られたヤリチンは
「俺は優しくないのに……浮気もめちゃくちゃしてるし、彼女のことは穴としか見てないし、ウソツキまくってるし、ゴム付けないし」
と思う。
逆に優しい非モテは、
「俺は優しいのに……エスコートはするしおごってるし、怒らないし」
となる人もいる。
前者は女遊びをしまくり、女性への期待値が極限まで下がった結果、女体にしか興味が無くなっている。
女は裏切るが、女体は裏切らない価値だからだ。こういうやつのセックスはゴムは付けないが基本的に優しい。
セックスが生活の一部なので、刺激ではなく安定を求めてしまう。
後者は逆に、女性への期待値が高すぎるのと経験が低いため、相手が見えていない。
またヤリチンや非モテは基本的に家族が、特に母親がメンヘラである場合が多い。
すぐ怒鳴る、ヒステリーになる、女のメンヘラにアレルギーがついてしまっている。
女の不安定さに価値を感じられない、そして刺激を求める女の価値観を理解できない。
女は試し行動をする。児童と一緒だ。
あえて失礼な行動をする。そこで男がキレることができるかテストしてくる。
ここでキレるかどうかで、「自分を見てくれているか」を判断する。そうでない場合は「優しい男」とジャッジする。
キレ方が重要だ。
まずはLINEでキレてはいけない。女はキレられるのを好むが、自分が加害者になるのは好まない。
LINEで無礼な文章を送られた、そこでは怒らない。笑って過ごす。
で、実際にあった後に最初はにこやかに会話する。ちょっとお酒とかを飲んで話題が無くなってきたらへんで持ち出す。
「○○みたいなこと言ってたよな」と。そこからキレだす。
「お前マジで最悪だよな」「ほかの人にも同じことしてるの?」
ここで相手が逆ギレしても取り合わない。相手が帰ったりしたら、その女はあきらめた方がいい。
大体は帰らない。「私を見ているんだな」って価値を認めているから。試し行動に付き合ってくれているから。
大体のひとは男はここで相手のことを嫌いになってるので、逆に男の方が帰るだろうが、ここで帰ってはいけない。
性欲で堪える。「強く言ってごめんな、でも……」とここでフォローをする。
「お前はひどいことをしたな、でもおれはお前の仲間だよ」と意思表示する。
これで「優しくない男」が完成する。
でもこの一連の流れ、ヒスママ経験者は反吐が出るほどアレルギー反応が出る。
強く言えて、それでも一緒に居たいと思える人間は基本的にヤリチンや非モテにはいない。そこまで「女性」欲が強くない。
しかもこれを月1程度でやらなきゃいけない。メンタルにも来る。過去の自分がフラッシュバックする。
恋愛はめんどくさい。
こういう「DVサービス」に付き合ってあげないとそれは「恋愛」にならない。