
はてなキーワード:氷点下とは
そろそろ語るとするか。
俺は今30代半ばになるが、これまでリアル・ネット含め誰にも話していないトラウマがある。タイトルの通りだ。
冗長気味でも、記憶にあることは全て漏らさず書くつもりだ。もしよければ読んでほしい。
雨の日だった。給食後の、5時間目の授業だったと思う。45分ある授業だが、序盤でもう腹が痛くなってきた。その日食ったもので、腹がゆるくなるものがあったのだろう。
今の、あるいはかつての思春期少年少女なら身に覚えがあると思うが、先生の話を遮って手を挙げ「トイレに行きたいです」というのは、なかなか勇気がいる。
普段からそういうあけっぴろげなキャラで認知されていたり、クラスの中心的な地位を確立していたり、もしくは単に合理的思考と想像力、
せめて一歩踏み出す勇気があったら別かもしれないが、俺はそうではなかった。
ネガティブな注目はとことん忌避回避して縮こまる。そんな気弱な陰キャである。
大人になって振り返れば、何をためらうことがあるのかと思う。リスクがでかすぎる。その一瞬クラスの注目を集め恥ずかしい思いをしたとて、忘れられるのも一瞬だろう。
とはいえ、できれば残りの40分弱耐え抜いて、チャイムとともにダッシュして事が済むならそれに越したことはないのもたしか。
俺はなんとかなるだろうと思い、耐える方を選んだ。甘かった。
授業が半分くらい過ぎたところで、かなり絶望的な気分だったのを覚えている。これは最後まで耐えきれないだろうと、どこかで理解していた。
ここまでくると、手を挙げるのも先ほどよりハードルが高い。耐えるのに精いっぱいで、言葉を発するのもやっとの状態だったからだ。
いかにも腹が痛そうなかんじで「トイレに行っていいですか」と皆の前で乞えば、事が済んだ後ウンコキャラとして数日、長ければ数週間過ごすことを余儀なくされよう。
いや、それでも手を挙げるべきなのだが、もはや正常な思考を巡らせることすら難しかったのではと思う。
急激な腹と尾てい骨あたりの痛み、そして少しの緩衝タイム。その繰り返しが5,6回は続いたんじゃなかろうか。波の間隔はどんどん短くなってくる。
当然授業の内容など入ってこない。そっちに集中して気を逸らそうとしたが無理だった。当時人生で間違いなくダントツトップで辛い時間だった。
そしてついに耐え切れず、決壊した。
頭が真っ白になった。信じられなかった。これは本当に現実なのか?軽いパニック状態だ。
藁にもすがる思いで、まだ大丈夫と言い聞かせたと思う。漏れても少しなら、周りにバレることはないだろうと。
だがそれは終わりの始まりにすぎなかった。
一度決壊してしまったせいか、歯止めがきかないのだ。一度、二度、三度。我慢しようとしても、出てしまう。
もはや出ていないのでは?漏らしている気はするが気のせいかもしれない。そんな現実逃避をしていた記憶がある。
しかし非情にもケツに広がる不快感。泣きたい気分だった。ほとんど泣いていたかもしれない。
臭いで周りにバレないか心配になった。後ろの席の人は臭かったかも。ごめん。でも、特に何も言わないでくれてありがとう。
早く終われとぐったりしながら、うんこを垂れ流しながら、残り時間をただただ耐えた。すでに俺の自尊心は粉々に砕け散っていた。
人生終わった。本気でそう思った。
座っている間にズボンの隙間から垂れてくることはなかったものの、液体が足を伝う感触はあった。
教室を出て、トイレに向かった。できればクラスから遠いところがよかったがそんな余裕はない。
一番近いトイレに早足で向かった。走ればうんこが垂れ落ちてくるかもしれないから。
個室に入りズボンとパンツを脱ぐ。酷いものだった。パンツは勿論、ズボンも膝裏あたりまで下痢でベトベトだ。
しかし不幸中の幸いは、まだ冬服で生地が分厚いため、表面的にはそこまで目立つシミになっていなかったこと。それでも、少なくとも臭いは隠しきれるはずもない。
よくあの時、泣かなかったなと今でも思う。心はボロボロだったが、目元を伝う液体としての涙は流していなかった。後処理でそれどころではなかったのもあるが・・・
ペーパーでできるだけふき取った後、パンツは脱いだと思う。脱いだパンツをどうしたかは記憶がない。覚えているのは、パンツを履かなかったことで下半身のデリケートな部位全体で感じる、
ここでひとつ、今でも強烈に残っている記憶がある。なんと廊下に、ズボンの隙間から垂らした下痢が数滴落ちていたのである。
周りに女子3,4人の人だかりができていた。
「なにこれ、カレー?」「こんなところに!?」「今日カレーじゃなくない?」みたいな会話をしていた。
今でも覚えている。小学校でも一緒だったI本さん、たぶん気づいていたよね、その茶色いものの正体に。
その横を、当然素知らぬふりして通り過ぎる俺。
誰かに助けを乞うか。下痢まみれの制服を着替えるかどうか。次の授業に出るのか、理由をつけて(あるいは黙って)帰宅するのか。
俺はもっとも消極的な選択をした。つまり、少し下痢をふき取っただけの臭い下半身のまま、助けを乞う勇気も帰る勇気もなく、次の授業に臨んだのである。
我ながら馬鹿だなと思う反面、当時の心境と自分の性格を思えば仕方ない気もする。一種のショック状態で、冷静な思考はできなかったのだろう。
もし次が英語や社会の授業なら、45分の間に、おそらく臭いで周りにバレていたと思う。そうなれば俺の青春は暗黒時代に突入したであろう。
またも不幸中の幸いか、次の授業は「総合的な学習の時間」というやつで、秋に予定している野外学習についての説明会に充てられていた。
普段は木工技術の授業が行われる、外にある作業室のような広めの別棟に生徒は集められた。
外は雨が降っていた。おかげで多少周囲に放つ臭いを誤魔化してくれたかもしれない。というか、そうであれと願った。
鍵が開くまでの間、生徒が作業室の周りでたむろしていた。
得てしてこういう時に限って、起きてほしくないことというのは起きるものだ。できるだけ周りと離れていようとしていた俺だが、普段そこまで話さないクラスメイトが何人か寄ってきて、
暇つぶしに雑談を振ってくる。マジでマジでどっか行ってくれ頼むと願いながら、うわの空で適当に返事していたのを覚えている。
説明会が始まった。ウン良く席は窓際で、部屋の中央付近ではない。なんとかバレずに過ごせるか?
そうはいかなかった。隣にいた女子が、なんか臭くない?と言い出した。氷点下まで肝が冷えたが、俺は黙ってしらこい顔をしていた。
俺の周り数名に臭いを感知した人としていない人がいたようで、ひそひそと話していたが、俺が(少なくとも表立っては)特定されることはなかった。
覚えているのは、雨の中、意気消沈して家までの帰り道を歩いたこと。
小学校からずっと仲の良い友人と帰りが一緒になった。俺は一人になりたかったが、振り切る気力もない。
外だし雨だし、余程近づかなければ臭いはわからないと思うが、帰宅中、いつもより饒舌に、そいつは俺に話しかけてきた。
気づいていたのだろうか?優しさだったのだろうか?
そいつとは大学生になるまでたまにつるんでいたが、ついぞ訊ねることはなかった。
家に到着して、トイレに直行した。しかし、さすがに母には隠しようもない。全てうんこまみれなのだから。
最初は驚いていたが、いろいろ察してくれたのかあまり追及されることはなかったし、その後その件について話した記憶もない。
次の日は学校に行くのが怖かった記憶がある。大っぴらにバレてはいないと認識していたが、知らないところで学校中の噂になっていたらどうしよう?
俺が漏らしたと特定されていたら?結果的に、その恐れが現実になることはなかった。少なくとも俺が認識している範囲では。
思い返しても、完全に周りにバレて騒ぎにならなかったのは本当にウンがよかっただけとしか思えない。
そうでなくても当時俺が受けた精神的ダメージはかなりのものだった。
ちなみに後日談ではないが、その後高校に入学してすぐの時期にもまた、古典の授業中に腹痛に襲われたことがある。
知り合いが一人もいない環境だったし、周りの変化やストレスに弱いのは今も昔も変わらない。
だがその時は、これ以上は無理だと思い、手を挙げて「トイレに行ってもいいですか」と言えた。
紛れもなく、中二のあの事件の二の舞だけは避けなければという思いである。
いやね、本当に、トイレくらいいつでも行けばいいんだよと今では思うけれど、当時はそんなことにも勇気が必要だったのだ。
中学や高校の授業中って先生が淀みなく話していると、いつ遮ればいいか迷ってしまうんだよな。いつ遮ってもいいんだけれども。
こんな話も今となってはトラウマでもなんでもないし、別に誰かに話したっていいが、なんとなく話したり書いたりすることなくここまで来た。
オレオレFCの今月13日から23日の旭川キャンプに不満の声が上がっている。本来なら温暖な地域でやるのが恒例の中1月の旭川市は1日を通して氷点下を下回る日がある。
そんな中でまともにキャンプができるかと言っても到底難しい。選手や首脳陣も怒り心頭。ある日本人選手からは「外国人はフルネームで名鑑入れてもらえて日本人は苗字だけ。このチームは外国人ファーストなのか?」さらに別の選手からは「チャントも作ってもらえない」と不満を口にする選手も多い。
さらに関西出身のある選手からは阪神淡路大震災があった1月17日に神戸でチャリティマッチをやって欲しいとの声も。
中には「脳内で自分の妄想でやってるから気温なんか関係ないんやろ。」と辛辣な声も。
お前の読解力が氷点下なだけだ。論理はすべて文中に書いてある。
これを叫んでるだけとしか認識できないなら、経済以前に算数のリテラシーを疑う。
論理がないと言う前に、最低限の前提条件を読む脳を持て。
MMTの前提は自国通貨建て国債なら破綻しないだが、それは信用が持続する限りというただし書き付きだ。
信用が揺らげば通貨が売られ、為替が崩れ、物価が暴騰する。それを破綻と呼ばずに何と呼ぶ?論理とはこの因果連鎖のことを言う。
お前が論理的思考を放棄した耳で、現実の悲鳴をノイズとしてしか聞けていないだけだ。
そして最後に言っておく。論理がないと言う奴の9割は、自分が理解できない現実を前にして思考停止している。
お前のコメントは、理解不能を正当化するための自己放尿に過ぎない。
温もりがあるうちは気持ちいいだろうが、すぐに冷えて臭う。
名古屋はとにかく派手、それに尽きる。
街灯からして派手すぎて初手で笑ったし(みたことない人はググって欲しい)
で、これが派手さのルーツかもしれないが名古屋城の金の鯱も派手。
さらに、その脇に2025年10月に開業する「ナゴヤキャッスル」も派手。目に入った瞬間にすげーーーーってなった笑。
今の時代に石垣を一から作り、その上にお城に見立てたホテルを建てるという、一歩間違えればダサくなりそうなんだけど、名古屋全体の雰囲気が派手だからこそ馴染んでいて、面白くてかっこいい。
庁舎も意味がわからないくらい派手。普通、庁舎は「質素で無駄な税金を使っていませんよ」みたいな感じ市民にアピールするものが多いと思うが、名古屋市庁舎、愛知県庁舎はとにかく派手。
時計塔ついてる庁舎なんてみたこと無いし、帝冠様式っていう独自様式までぶち上げるのも凄い。
歩いている人も派手。
女はもこもこのダウンジャケットにタイトなミニスカート。髪の毛も結構明るめ。
ふんわりした服装の人はあまりいない。大阪にはそういう人が多いイメージだけど、名古屋では見かけない。東京の下北沢っぽい雰囲気の人もいなかったような…。
普通満喫って、快活クラブのようなシンプルなデザインが主流(余計なお金かからないからだろうな)なのに、名古屋ではポリネシア風になる。
特徴的な設備として、
・水風呂がある。冷た目かつ立ったまま肩までつかれる水風呂と、水風呂の中に椅子がおいてあるデカサイズの水風呂
・氷点下25度の冷凍室。足元には0℃近い水があり、「誰が入るんだ?」というレベル。せっかくだから足をつけてみたが、1秒も耐えられずに外へ飛び出した。普通に考えたら不要な施設だけど、名古屋の気質を考えると「ああいうのが好きなんだろうな」と納得した。
・あとサウナシアターってなにwww尖りすぎて意味わかんないwwwプペルアウフグースってなに笑
モード学園の校舎もとにかく派手。あれが実現するのは「名古屋らしさ」かもしれない。ただ、新宿のコクーンタワーも派手なので、モード学園自体が派手なのかもしれない。
スガキヤ:スプーンなのかフォークなのかわからない独特なカトラリー
コメダ珈琲:シロノワールデカすぎたり、カツパンもデカすぎたり、独特よね。
豊臣秀吉が金箔でピカピカの茶室を作ったことや、織田信長が傾奇者と呼ばれるほど派手な格好をしていたことと関係あるのだろうか?
名古屋には「やりすぎが良しとされる文化」があるのかもしれない。それによって他の地域と差別化されていて、とても面白いと思う。
恋愛経験ほぼゼロ、職場でも全然モテない俺が、なんとか人生変えたくて勇気出してマッチングサービスに登録してみたわけ。
担当者が勧めてくれた女性、プロフィール写真からしてめっちゃ綺麗だったんだよね。名前はMさん。もうその名前からして美人確定って感じでさ。
当日、俺は気合いを入れたオシャレ姿で待ち合わせ場所のレストラン行ったんだ。Mさん、写真以上にマジでヤバいくらい綺麗だった。清楚な服装に整った顔立ち。女優かよって思った。
緊張しまくりだったけど、予約した席までエスコートして、テーブルに向かい合って座ると何とか笑顔を作って話し始められた。
そうしたら意外と話が弾んで、お互いの趣味とか仕事の話で盛り上がったんだよね。Mさん、めっちゃ気さくで笑顔が素敵で、まさに夢のような時間だった。
そうはいっても気取ったところはなく、俺はMさんと談笑しながら楽しく食事を勧めることが出来た。
でも、ここで悲劇が起こった。美咲さんの冗談に大笑いした瞬間、俺、思いっきり舌噛んじゃったんだよ。痛みと共に口の中に広がる血の味。でも、ここで慌てたら終わりだと思って、何とか平静を装ったんだ。
口の中で血がどんどん溜まってるのに、食事続けたんだよね。Mさんは全然気づかないで、俺も何とか笑顔を保ちながら会話続けた。でも次の一口食べた瞬間、咽ちゃってさ、口の中に溜まってた血を一気に吐き出しちゃったんだ。テーブルの上に血が広がって、Mさん「ひっ…」って声出してドン引きしてた。
もうその瞬間、俺の心がバラバラに砕けたよ。必死に「ただ舌噛んだだけで…」って説明しようとしたけど、血まみれの口で話す俺、完全にホラー映画のワンシーンだった。美咲さんの目には明らかな恐怖と引きつりが浮かんでてさ。
その後の食事、もう氷点下みたいに寒い雰囲気だった。何話しても何しても、美咲さんの顔にはあの驚きと引きつりが消えなかった。デザートも頼んだけど、二人ともほとんど手をつけないで、会計済ませて店出た。
Mさん「今日はこれで…」って言い残して、そそくさと去って行った。
家に帰って、ベッドに倒れ込んでいると涙が流れ、静かに泣いた。こんな惨めな思いするために婚活始めたわけじゃないのに、あの出血のせいで俺の初デートは大失敗に終わった。これからどうすればいいのか全く分からないまま、俺は枕を抱えて泣き続けた。
てか、もう次はないだろうな。やっぱ婚活なんて無理ゲーだったかもしれない。あんな失態今更どうしたって取り消せないもんな。
思い出すと身体が震えてきた。目に涙が溜まり始め、それでもどうすることもできない。ただ自分に対する苛立ちと舌を切ってしまったたことへの後悔ばかりが積り、その憤りをすべて宿したかのように俺は激しく泣いた。
夏が苦手なので現実逃避したい。ジャンルは問わず、小説でも漫画でも写真集でもゲームでも。
今までに触れたものは
・さよ(ゲーム)
・北欧貴族と猛禽嫁の雪国狩り暮らし(漫画で読んだ。完結してしまい寂しい)
・氷(小説)
とか。
【追記と返信】
予想以上の量で来年の夏も越せる気がしてきました。
いただいた返信を読んでいるうちに「寒いシーンというより、寒い環境下にある生物の話」を求めていることに気づきました。また、映像作品は普段まったく触れないので宝の山でした。ありがとうございます。
読み始めました。
検索したところ、オマケで「氷点下で生きるということ」というドキュメンタリーも釣れました。ありがとうございます。
積んでしまいそうで躊躇していましたが買いました! やるぞ!
最高だ〜!!! Steamセール中だったので買いました。嬉しい。
はい!
エロゲはノータッチでした。虚の少女がタイトル名で気になったので探して見ます。
北條民雄好きです。作品集を積んでしまっていたので読みます。きっかけをいただきありがとうございます。
Permalink |記事への反応(44) | 17:11
特にフェミニストが弱者男性に対する解像度が低過ぎるまま弱者男性を叩いてる人が多いので、どんな人間なのかサンプルの一例として自己紹介するわ
最近ハマってるのは学園アイドルマスターとブルアカ(どっちも弱者男性御用達コンテンツ)
スニーカーも好き
オタク趣味は飽きっぽく長く続かないが、身体を鍛える趣味は緩く長く続いてる
理由は無駄に攻撃的で俺のような人間をよく差別して罵倒してくるから
虐待の内容は言葉による物は日常として、虐待内容は風呂や洗面台等に力付くで溺れさせる、高いところから落とす、刃物を含めた様々な物を投げつける、どこかで車から降ろされて迷いながら歩いて5時間かけて家に帰る、氷点下20度以下の気温なのにジャージ姿に裸足で地面凍ってるのに四時間外に締め出す等あげたら多すぎる
もらったお年玉などの大半を勝手に使い法律相談所とかいう番組て得た知識を披露し「親は子どもの金なら勝手に使ってもいい」とよく言っていた
些細なトラブルが起きた程度で部活も辞めさせられた(顧問や友人からもそんな事でと言われた)
俺が何をしても母は殴るか罵倒するが妹には一切行わない等扱いの差が露骨
小2〜小3の頃からストレスで白髪だらけになったが、中学の途中からは白髪染めをずっと使ってる
母は自分の都合が悪いと無かったことにしたり周りを言いくるめた上で自分の記憶を都合よく改変する悪癖がある
俺のような周りを囲い込むのが苦手な子供にはどうしようもなかった
今の母親はスピリチュアルに傾倒しているし昔のことを無かったかのように振る舞い良い母親ぶっている
当時の事は未だにフラッシュバックする事もあるが他人事のようにも思ってる
学生時代は中学時代にほとんど話したこともない女から何故か教科書に死ね等と落書きされたり靴を隠されたりしたが、母からの仕打ちに比べたらカスみたいなものなので何も思わなかった
女友達というのは今まで存在しなく友達の彼女という程度の知人との人付き合いはあるが、女には苦手意識が強く関わることを避けてきた
医者から彼女を作ることで俺の症状は緩和すると言われたが、なかなか難しい
仕事では女が多いと上手く関わることが難しいので職場で不利になるから転職した
正直に言えば女に良い思い出は全くない
男友達は昔は不良じみた連中で小学生にして万引きシンナーやってた奴だったけど、年齢が上がるごとに学年上位の優等生タイプたちに何故か層が切り替わり良く遊んでいた
このタイミングでオタク趣味を覚えるが、露骨にオタク感ある人は一人を除いて友達にいなかった
ヤンキーはあまり好きではないし仲良くないが、チー牛(あの外見に似てる人かつオタク趣味の人)からは接点薄いにも関わらず謎に嫌われる事が度々あった
ヤンキーにイジメられたことはないが、チー牛系からの謎の陰口の方が多かった。友達にチー牛が一人いたので、チー牛という属性に対する悪感情はなかった
通じやすいからチー牛って言葉使ってるけど、この言葉も本当は好きではない
チー牛オタクというよりは社会ドロップアウト組の方が俺の存在を適切に現していると思うが、ネットではなぜかチー牛眼鏡オタク扱い度々されるのは謎
俺の外見はあまりそっち系ではないと思うトリプルカラーで明るく髪染めてるウルフヘアの筋トレ好きってチー牛オタク男のイメージではないでしょ?弱者男性だけど
俺のイメージって君らが想像してる物とどれだけ合致してるか知らんけど、一体弱者男性ってどんな奴だと思ってるのさ適当に喋ってない?
この前行きつけのバーで知り合った10歳近く上の男性と2人で食事に行った。
お互い独身。
行きつけのバーで何回か会ってて、わたし的には好きと言う感情はまだないが2人でご飯を食べるのは別にいいかなくらい。
場所は近所の行きつけのビストロを指定されたのでそこに向かったら彼は先に一杯やってた。
2人きりで飲みにきたのは初めてで、若干オラついた話し方なのが気になった。
そして会計。
2人で13000円くらい。
そしたら彼が俺がカードで払うわ。と
まあそこでさらっとごちそうさま!と言えばそれで済んだことかもしれないけど
とりあえず聞くじゃないですか、わたしどうしましょうか?的なごにょごにょ。
うーん、PayPayとか?
と言われて、うん?となりつつ
QRを交換した。
そこまではまだいいとしてw
向こうが〇〇円でいいよとかそういう類のことも言ってくれなかったのでこっちからいくら払えばいいですか?とも聞けず
じゃ、じゃあ半分で6500円送ります…
6500円で!とか4000円でいいよ!とかはっきり言ってくれた方がまだ氷点下まで冷めなかったかも。3℃くらいにはなるが
てか先に一杯飲んでなかったか?笑
次の日
〇〇うまかったね〜次は〇〇行きたいね〜
と連絡来てびっくりした。
次があると思ってるのか笑
会話もそこまで面白くなかったし冷めているのでもう2人きりになりたくなかった笑
それから毎週、飲みに行かない?〇〇行かない?って連絡きてたけど理由つけて断った。
さっきも今週末あいてるか聞かれたけど断ったら素っ気ない返事が来たからさすがに諦めたと思う笑
行きつけのバーで会うかもしれないけど