
はてなキーワード:毒キノコとは
ツキノワグマの平均寿命は15年程度なのでざっくり毎年3000頭弱が死んでることになる、森の中で。
森にはその他にも鹿、たぬき、狐、イタチ、無数の鳥が生息している
土の上で異臭を撒き散らしながら一部は食われ、腐り、時間をかけて分解される
クソには菌が付き、クソを栄養に成長し、あるいは猛毒のきのこを育てるだろう
抗生物質まみれの動物園の鹿は15年程度は生きるが、野生の鹿の平均寿命は4年
森の死骸やウンコはドロドロに溶けながら年月をかけて消える
毒キノコが生成する毒成分は早いものは数日で自然分解するが、年単位で毒性を保つものもある
これらすべて雨が降ると少しずつ流される、
ところが、イスラムが土葬したいと言うたら、「環境汚染」だというて嫌がる。
そこに理性はあるのか?合理性はあるのか?
ただの情緒じゃねぇか
しかも奴らは水源地近く、あるいは水源地よりも上だ、全部流れ込んでる
死骸の希釈液を時に「清流」などと呼ぶ、川上で無数の死骸を濾しているのに?清いとはこれいかに
死骸の液で米を作る、我々は平気で食っている。キモいなど考えない
年間数十人、数百人のヒトの土葬がどれほど影響があるというのだ?
アイドルだとか、可愛い声だとか、そういうのが標準なのではなくて、デジタル女装おじさんでも、ドブ声でも、やっていいのがYouTuberなんだよな。
そこにいろんなものを乗っけすぎなんだよ。
見てる奴らがおもろいおもろいと思いながら見てる有り様が黒山の人集りなだけで、黒山の人集りにするのが標準ではないの。
あとで分析したらたまたまそういう現象を作れてる人が稼げてることがあるだけで、根がYouTuberなのだから毒キノコ食うだけでもいつかはバズるのがYouTuberなの。
ただYouTuber本人が「あーハキハキ喋ってた方が情報が伝わりやすいか〜」とか「あー流行りの歌とか歌えばご新規さん来やすいか」とか考えるからそういう方向性でやってるだけで、そういうのはそれを表沙汰にしてない限りはチクチク言わなくていいことなの。
しかもチクチクにもセンスが必要で、センスが無かったら非難されるし、やりすぎてる奴は普通に訴えられるからチクチクするのなんかない方がいいのよ。
だから、そんな風に思い悩まないでよ。
でも金出して映画館に劇場版見に行くほどじゃねぇよな、という熱量のファンだ。
一番気に入らなかったことは1話30分のドラマを1時間40分くらい(ED含めて110分)の映画にする場合、
当然あるだろうと考えていた「作品としての一本の筋」がない。あるにはあるけどユルユルのガバガバ。
もちろん話としては元恋人の娘の金持ち爺に「いっちゃん汁(意味深)」という謎の汁物を死ぬ前に食べたいと言われ
主人公の松重豊がそれ(の材料)を探しに奔走する話が全編通して描かれるんだけど、これがガヴァガーイなの。
故郷である長崎県に行く→そこの郷土料理を聞く→その中でもより古い料理を聞く→ジジイの母が韓国で暮らしてたことがあったと聞く→これやな!→合ってました。えっ、それでいいんだ。
爺も金を尽くして探したけど見つからなかったって言ってたけど、故郷の古典郷土料理の出汁を韓国料理でよく使われる食材でアレンジした汁ってそんな見つからんか?ほんまにか?爺、もしかして詐欺師に金むしられてたんちゃうか?
重要な食材が島の店にしかない(元々その島にいた気がするんだが……)→その店が18時に閉店して次店が開くのが3日後→その島への今日のフェリーがもうない→海辺の貸しボート店から無断でボートを拝借し海に漕ぎ出す→嵐にあって転覆→遭難した島で貝とキノコの汁を作って食う→毒キノコで泡ふいて倒れる→島の住民に助けられる→そこは韓国でした。
狂人じゃん。しかもこの貝とキノコの汁はその後何にも活かされない。せめてこの汁がいっちゃん汁解決へのヒントになってるとかだったら「これは運命的にもこの経験をした松重豊にしか解決できない話だったな」ってなるし、凶行の必然性にもなるけど、それが一切ない。ただ、松重豊がクソイカレてましたってだけにしかなってない。
その後、様々な事情を持った人と触れ合ってそれぞれに食材や調理法のヒントを得て最終的にいっちゃん汁が再現できるという話にはなるのだが、この作品が一貫したテーマというものを持っていないため、全てのエピソードが散逸的で結果的に「いっちゃん汁を作るため」のものにしかなっていない。いっちゃん汁を作るのに松重豊がそこまで思い入れなければならない理由がないため、よりエピソードのつながりが弱くなっている。
表現の仕方が難しいんだが映画であれば「いっちゃん汁を作る」ってことが単に「いっちゃん汁を作る」ことを飛び越えて別のテーマに通じている、様な作りであってほしいという願望があったがそれが満たされなかった。「いっちゃん汁を作ること」に対する真摯さも特にないのでよりそう感じた。
なぜこの話を映画にしなければならなかったのかがよくわからない。そこが一番気に入らない。
そもそも孤独のグルメにそんなもん求めてないって意見はよくわかるし、
松重豊がいろんな場所でうまいもん食うってアイデンティティは保たれてるしそのシーンは実際にいい。
これが3話分割されたドラマであれば「ふーん」って感じにいつも通り楽しめたかもしれない。
でもさ、せっかく映画で見るんならたぶんコレじゃないんだよ。
ただテンポはめちゃくちゃよかったので110分間サクサク見られたのはよかった。
なんかテーマ性が欲しかったとは言ったが、とってつけたようなお説教がなかったのもよかった。
韓国編ではDV被害、東京編ではコロナ、インフレといった社会問題がさりげなく提示されていたが、
そういう部分は非常に孤独のグルメ的だと思ったし、誠意的な態度だと感じた。
結果的に「俺はなぜ映画を見るのか」、1時間半とか2時間とか3時間とかかけて。
加工肉は発がん性があることが確定してるらしいのでやめたい
パンにとろけるチーズと共に挟んで食べれるお気軽に美味しいお肉か代替品を募集
加筆:
シーチキンとかアボカドとか有用なものを挙げてくれた人たちはありがたい
何食べても発がん性はあるとか何も食うなとか極端なゼロリスク論に走って得意がってるブクマカは相変わらず頭が悪くて辟易する
交通事故率の低い色の車を選ぼうとしたら、車に乗る時点で危険だ、一切出歩くなみたいに、少しでも統計的に確率を低めようとする次善策の工夫をいつも全否定してるのかな
健康のための話をしてるのに呼吸すらするなみたいにすぐ死に直結する真逆の策を勧めて得意がってんのこれで賢いつもりなのやばいっしょzkqとそれに星つけてる人たち。皮肉にもなってない
こいつは毒キノコを避けようとする自然菜食者に対して酸素も有毒だからとか言うのか?
消費量についてだけど、これは毎朝の食事だから避けようというものでイレギュラーで食べる時まで一切ゼロにしようというわけではない
Permalink |記事への反応(33) | 16:20
ハロー!きのこ増田だよ!久しぶりだね!みんな元気にしてたかな?
いま話題のオオワライタケさんについて、増田なりに調べてみました!
ヒメノガステル科チャツムタケ属(Gymnopilus)のキノコです!と言われてもなんのこっちゃって感じですね。
増田的には、散歩しているとめちゃくちゃよく見る(朽木とか、朽ちた木のベンチとか切り株とかでよく見ます。公園とかにも普通にある)割には、分類がよくわかっていない(未記載種がいろいろある)マニアックなグループという印象です。
大概は苦くて食用に適さないとされているのでスルーしてますが、中でもオオワライタケは湿気さえあれば冬以外は年中生えてるし、デカくて立派に株立するので栄えます。嘘かまことか幻覚物質を含むとされていたり、名前もキャッチーなので、Gymnopilus界のアイドル的存在ですね。
https://www.hokto-kinoko.co.jp/kinokolabo/album/41991/
国内においては、同グループ内で明確に毒成分が明らかになったものはないと認識してますが、wikipediaによれば、世界中でおおよそ200種以上が記載されている内14種類でマジックマッシュルーム同様の幻覚成分(Psilocybin)を含むことがわかっているらしいです。
https://en.wikipedia.org/wiki/Gymnopilus
話題のまとめでも言及されていましたが、そもそも「お前のオオワライタケ、本当にそれオオワライタケか?」状態でして。少し解説すると、海外の標本をもとにこれまでオオワライタケとされていた種類が、実は日本に存在しないきのこである可能性が高く、それとよく似た種類が少なくとも5種類は存在すると。まあ、業界的にはあるあるなわけですが。この辺りの事情については詳しい方が分かりやすくまとめていらっしゃるので以下を参照してください。
https://kinokobito.com/archives/8643
というわけで増田的には、よくわからないし不味いし毒ありそうだし食べることはないかなーという感じです。ちなみに増田は過去にGymnopilusの一種をエノキタケと勘違いして佃煮にして食ったことがありますが、美味しくも特別不味くもなくあまり印象に残っておりません。いやあ食欲って恐ろしい。
いろいろ調べてみましたがわかりませんでした!
毒成分は判明していないものの、どうやら毒性はあるらしいとの報告が各所であがっておりまして、この辺りはネットでは詳しい症例までは出てこないので、増田秘蔵のきのこ文庫からかいつまんで引用します。(参照元:毒きのこ今昔中毒症例を中心にして -思文閣出版)
昭和32年9月16日、新潟県の1家族5人がきのこを夕食に摂食。摂食約5分後に、長男が発病。視力、色覚異常を発症し、全てが赤く見えた。障子の骨、その他直立するもの全て動き、蛇のようなものが多数上昇するように見えた。また女子は耳に異様な音楽を聞き胸騒ぎがした。夫は意識不明となり、精神の異常興奮を認めたが、笑い興ずる様子はなく医師の注射により回復。
その他図鑑によれば、
食後5〜10分で、ふるえ、寒気、めまいなどの表情が出る。多量に食べると、幻覚、幻聴とともなう精神の異常興奮、狂騒状態になる。
とあったりします。怖いですね。
とはいえ、よく見るきのこの割にはオオワライタケとされるきのこと断定できる症例自体がごくごく少数で、記述も断片的なところから、あまり毒性は強く、少なくとも致命的なものでは無いんじゃないかと思ったりもします。こんなことを書くといろんな人から怒られそうですが。
実態として、めちゃくちゃ見かけるし立派でいかにも食えそうな体をしている上、一部地域では食用とされてきた(※後述)割には、症例が極めて少ないことがその証左ではなかろうかと。
無論、推奨はされません。ただ、多くの図鑑などに記載されている通り、一部地域では食べられてきた歴史があるようです。『新潟県のキノコ松田一郎著 -新潟日報事業者』(絶版)によれば、
食用法としては、苦味が強いので、一度茹でて黄色の汁を捨て、塩漬けにするか流水で2〜3回さらすと良い。肉はしまって美味である。
増田のきのこ仲間にもオオワライタケとされるきのこを食ったという変人がおり、曰く「苦味は感じるが、流水にさらせば食えないということは無い。すこぶる歯切れがよく、旨味も感じた。」とのことです。
どうか参考にしないでください。
様々な批判を拝見しましたが、自分は「食いたい者は勝手に食えばいい。願わくば正しい知識と手順をふまえ、詳細に記録をつけてほしい。」というスタンスです。注目浴びたさにたいして知識もなく安易に食レポを公にすることについては批判されて然るべきと感じますが、それでもなお食ってみたいという人の興味を止めることはできないんじゃないかなあと。
正しい知識があれば公にしていいのかというと、それも正直分かりません。線引きが難しいですね。オオワライタケよりはるかに危険性が高いとされるベニテングタケの食レポはyoutubeにたくさんあがっていますが、増田は楽しく視聴しています。もし仮にそういったコンテンツの影響で、医療機関にお世話になる人が増えたら迷惑かかるだろという意見もありますが、個人的には新たな事例が蓄積されて検証が進むのなら、喜んで健康保険料を払いたいという気持ちです。さすがにカエンタケ食いたいとかいう人が現れたら止めると思いますが。
ぶっちゃけオオワライタケ程度でたいしたことにはならないだろうし、それを食レポしたいバカもいるだろうし、特に止めません。それが批判されるのも当然だし、よくわからないきのこを食べることに関してはやめた方がいいんじゃない?とも思うけど、毒きのこは危険だしよくわからないから絶対に食べないようにしましょう!とか安易に毒きのこを食べる検証を公開するのはやめましょう!と正論一辺倒なのもどうかなあと思ってモヤっとしたのが執筆のモチベーションになっていたりもします。増田自身はほとんどチャレンジしませんが、界隈には積極的に自らの肉体で人体実験を企む変人もそれなりにいます。
本稿にはオオワライタケとされるキノコやその他毒キノコを食べて検証することを推奨する意図はありません。あたりまえですね。
南キャン山ちゃんの「女性に求める料理能力が冷蔵庫の残り物でレバニラ炒めやキノコの味噌汁を作れる」という釣り餌に今更ながら食いついてみる。別に女に求めなくていいけどレベル3くらいが妥当なところじゃないかしらん。レベル4あればすごい感じ。
怒るかどうかって結局自分が損するかどうかなんだよね
損って言うのは元増田みたいに過去の嫌な記憶が呼び覚まされる以外にも
単純に不快になるとか、直接的な被害があるとか、自分の好きな物を否定されるとか色々ある
更に言うと怒ると自分の得になる「怒ったふり」をする人も居たりする
じゃあ例えば食べると死ぬ毒キノコや、戦争を起こしてきそうな中国や、連日熱波が激しかった環境問題など確実に損する物に対しても怒っているのかって言うと割とそうじゃない
毒キノコはそれこそ嫌なら見るなじゃないけど近づかなければ済むから誰も怒らない
なんらかのピタゴラスイッチでうっかり食すなど自分が損した時だけ急に行政に怒ったりする
中国や環境問題に関してはどこに文句言えば良いかわからないから怒れない
要するに自分が損をしている、かつその損をさせている対象がはっきりしている物にだけ怒り始めるんですね
だからスポンサーがついていたり有名人だと炎上しやすいし、一般人であっても組織に属していたりすると炎が大きくなりやすい
一番良いのは忌避感を持たれているコンテンツをLGBTみたいに盛り上げて怒れない状況を作ることだけど難しいよね
次点は元増田が言っているように怒ったり怒ったふりをする人に届かないようにする事なんだけどこの大インターネット時代にまず無理な話だし
コンテンツの安全性を説こうとしても「よくわかんねえけどとにかくこのコンテンツを消せばグダグダ言ってるその理屈も理解する必要ねえよなぁ?」って勢いで押されておしまいだし
一番厄介な怒ったふりをしている人を排除したくても怒ったふりをしなれているからまず無理
なので最善策は残念ながら目をつけられないように祈りながら日々を過ごしつつ
目をつけられて怒られている人がいたらそっと手を差し伸べる事だと思います
怒っている人は「ああこのコンテンツで損しているんだなまあそう言う人もいるよね」と言う気持ちでスルーしつつ
こっちの損になるまで怒っていたら今度はこっちが怒る番ですね
9時半に始まる映画を観るため、休みだというのに7時半に起きる。真っ先にカーテンを開けて、日光を浴びる。そして洗面台にさえ行けば、あれだけ重たかった瞼は案外あっさりと開く。わかってはいるが、休みの日はどうしても朝と昼が同じになるまで寝てしまい、軽く後悔するのがほとんどだ。
無事、時間内に映画館に到着し、ミツバチのささやきを観る。帰ってから聞いた町山智和の映画むだ話から、政治色がかなり強い映画らしいけれど、スペイン内戦=ゲルニカぐらいしか知らない私にはほとんどわからなかった。大人達は戦争に疲労して、街全体が退廃した空気に覆われていたが、子供はそんな空気感をうっすら察しつつも、これから起こっていく様々な出来事に先入観のない純粋な瞳で見つめて、たくましく成長していくんだろうな。ラストからなんとなくそんなことを思った。また、父親が毒キノコを悪魔だと言って踏み潰すシーンをアップにしたのは(主人公アナの眼差しを表している)子供の見方をうまく捉えていた。両親といった大人の何気ない行為が子供にとってはひどく残酷で恐ろしく見えるもんね。それにアナの姉が、怪我した自分の指から出てくる血を口紅代わりにして、唇につけるシーンは、そういえば私も昔、同じことをしてたなぁ、なんて思い出した。この映画を観ていると、今ではもう変わってしまった、幼少期の自分が見ていたであろう世界が、ふっとよみがえってくるが多かった。先に出した例からもそうだが、映画全体をみるに、髑髏、血、火、黒猫、銃声といった暗ーい要素が多く、当たり前だが、単純な子供の映画ではない事は伝わった。だからこそ、心に残るのだろうな。だって、この映画の感想を書き終わっても、時間が経つとまた付け足したくなり、魅力もその都度増してくる。
とは言っても、いかんせん、会話が少なくてスローな映画だからか覚えていたシーンも、どんどん無くなりつつある。スペインの歴史を知った後、もう一度観賞したい。
観終わった後、以前彼氏に「ぼくは、彼女が同じ服を何回も着ていても、文句を言わないから偉いでしょ。」と言われたことを思い出し、ユニクロで服を買う。最後に辛めのラーメンを食べて、家に着く。明日は、朝からバイトなのでお腹を壊さないことを願う。