
はてなキーワード:毎日が夏休みとは
この手の内容を見るたびに、じゃあキャリアを積み上げたいという志を持つ前に母親になる方が幸せなんちゃうとか思わなくもないが、それは流石に乱暴なので、以下。
近代化と伴い核家族化が進んではいるけど、日本では基本的に専業主婦だから核家族化が進んでいった背景もあるわけで。
仮に、やっている人がいるからといって自分にもできるというのは、
やはり生存者バイアスなだけであって、
なので、前提を変えなくちゃいけない。
・子どもを諦める
・核家族を諦める
の、いずれかになる。他にもあるかもしれないが。
何をどれだけ諦める必要があるのかは各ご家庭によるので、各自判断すればいいと思うが、
諦めるだけじゃなく、諦めることで得られるものもちゃんと認識しながら判断すればいいと思う。
仕事のために、近所に住む親に子どもを預けている家庭とか別に珍しくないし、悪い判断でもないと思うしな。
私は男性の大島弓子ファンです。最近、福田里香・藤本由香里・やまだないと著の『大島弓子にあこがれて』(ブックマン社)という本を読んだのですが、収録されているやまだないとと福田里香の対談にあった以下の内容を目にしてとても悲しい気持ちになりました:
(略)
やまだ「まあ、その言葉のあとに、『少女にうまれなかったんだからあきらめな』ってのが続くんだけど(笑)。」
(略)
やまだ「私は、男の人が大島弓子をわかりたがるのはね、大島先生に対抗意識をもっているからだと常々思っているのです。」
福田「なんか、男の人の逆鱗じゃないけど、何かに触れちゃってるってこと?」
やまだ「あれだよ。「君が夢中な大島弓子より、僕は君のことをわかってる」みたいな、「ほら、君って、こういうことを考えているだろう?」「僕が本当のことを教えてあげよう」って。ああ、大きなお世話(笑)」
なんというか・・・とても悲しい気持ちになります・・・。ポリティカル・コレクトネス的にどうかという問題は措くとしても、そもそも「大島作品についての語り」としてこれはとても悲しい気持ちになるんですよね。。
まず思うのは、特にキャリア後半の大島作品(『綿の国星』後の『ロングロングケーキ』あたり以降)は、もう作品の内容自体として読者の性別がどうのという類の物語ではないように思うんですよね。これは真摯にやまだないとと福田里香に問いただしてみたいのですけど、例えば、『夏の夜の獏』『つるばらつるばら』『毎日が夏休み』『ロストハウス』『グーグーだって猫である』等々の素晴らしい作品に心を打たれることにおいて、読者の性別とかが何か関係あるんですかね?
また、もう少し以前の例えば『バナナブレッドのプディング』だって、自分のセクシャリティをうまく受け入れることができていないような読者(私もそうでした)にとっては、性別に関係なく、この物語にひどく心を打たれるところがあるでしょう。(まさかやまだないとと福田里香は全ての男性が自分のセクシャリティを素直に受け入れることができているとおもってるんじゃなかろうな)
それにさ。
私が大島弓子作品を愛しているのはその世界に「自由」があるからなんですよね。本当は「年齢」なんて関係ない(『夏の夜の獏』)、本当は「性別」なんて関係ないし「時間」さえも関係ない(『つるばらつるばら』)、本当は「学校」なんて関係ない(『毎日が夏休み』)、本当は「家」なんて関係ない(『ロストハウス』)、本当は「人間」か「猫」かなんて関係ないし「飼う/飼われる」の非対称性も関係ない(『グーグーだって猫である』)、といったように、この世界の通念を「本当は〇〇なんて関係ない」と突き崩した先の「自由の輝き」が大島作品にはあるんですよ。
そして、大島作品を大島作品たらしめているのは、その「本当は〇〇なんて関係ない」という「自由」の輝きと、その「本当は〇〇なんて関係ない」と突き抜けた先で(のみ)生じる「ひとつの生きもの」対「ひとつの生きもの」の関係性におけるある種の「フェアネス」の美しさなんですよね。
で。その大島作品に存在する「自由」の輝きと「フェアネス」の美しさに照らし合わせるとですね、やまだないとと福田里香の「男の人は大島弓子をわかりたがる」という一連の揶揄に含まれる「自由」と「フェアネス」さの欠如には、本当に、とても、悲しい気持ちなってしまうのです。
なんか本当に悲しいんですよ私(ちな来月昇給)
大学生だった2007年頃から趣味で他愛もないホームページをつくっていた。
ワードプレスやライブドアブログのようなCMSには頼らず、1から10まで自分で作ることにこだわった。
すぐにのめり込んでいき、大学の図書館にこもりWEB関係の本を借りまくった。
しかしWEB関係といってもPHPやSQLは理解できなかったので、まずはHTMLとCSSだけ勉強して静的なページをべた書きで量産していった。
HTML,CSSですら最初はつまづいていたけれども、自分の意図した通りにデザインできるようになってからは面白かった。
アクセスは全く増えず、一日100PVにも満たなかったが、僕はめげなかった。
講義には出ず、学園祭にもサークルにもいかなくなり、周囲からは「まだやってたの」「何がしたいの」と呆れた目で見られるようになった。
付き合う人も限定されて社交性は衰えていった。
半年が経っても動的なページをつくれる技術はなかったので、未だに力押しでページを量産していた。
しかしデザインにはこだわっていたので、単純なHTMLでも、見た目にはそれなりのサイトに仕上がっていた。
内容はくだらなくても、いっちょまえなレイアウトで書けば、それだけで見栄えのする物になった。
PVはすぐには伸びないとわかっていたので、平均滞在時間、平均PV、直帰率を目標にしていた。
ユーザビリティには独自性は無用で、正解があると思っていたので、ヤコブニールセンのWEBユーザビリティの本を買って、素直に勉強した。
PVが少なかったので、平均をとっても余り意味がないのだけれども、平均PVは8はあったと思う。
ビジネスの基本は選択と集中だと考えいたので、PVが伸びなくてもサイトのテーマは広げず、なるべく狭く深くを追求していった。
サイト制作をはじめてから8ヶ月ごろではじめてグーグルアドセンスが振り込まれた。
ヤフーニュースの関連する記事にリンクが貼られたことも大きかった。
アフィ収入は年間400万を超えて、僕は大学3年で親の扶養を外れた。
稼げるようになってから、周囲の目が変わった。
いまどきアフィリエイトかよと呆れていた人が僕にジャンルや手法を訊いてくるようになった。
この頃から僕は自分にはプログラマの適正があると勘違いし始めた。
HTMLやCSSは狭義のプログラミングではないにもかかわらずだ。
調子に乗った僕はプロの話を聞きたいと思って、広告で見た翔泳社のデベロッパーズサミットに参加した。
年に一度開かれるITエンジニアの割と大きなカンファレンスだが、仕事で来てる人がほとんどだと思う。
名刺がないので受付で恥ずかしい思いをした。
javaのカリスマエンジニアやオラクル、NTTデータ、MSの偉い人、はてなの人などが講演していた。
当時HTMLとCSSしかわからず、PHPとMYSQLをかじったばかりの僕には話の内容は1割も理解できなかった。
引きこもってプログラマごっこを続けているうちに大学4年になった。
一生アフィで食っていけるわけもないので、就職活動をはじめた。
WEB系はブラックが多いとそれとなく聞きかじっていたので、大手IT企業や大手SIerを中心に受けた。
(新卒でWEB屋の門を叩かなかったことを、今でも本当に後悔している。)
結論から言うとMSもデータもオラクルもグーグルもユニシスも全部落ちた。
営業職も応募したけれど、いずれにせよPHPとSQLをかじっただけでは戦力にならないし、そもそも、WEBとSIでは言語の畑が違うのだろうが、たぶんそういう技術的な事はどうでもよかった。
技術的な事は入社後に教育する体制ができてるので、学生には何よりもまず社交性を求めていたのだろう。
~でも、私には在学中に専攻外の事を勉強していった自主性があります、
~これに関しては誰にも負けません。
とアピールしたのだけれども、ダメだった。ただの独り善がりの変なヤツに見えたのかもしれない。疑わしきは落とす。
結局僕は社交性、人間性、社畜適正、その他、大企業が学生に求める普遍的な魅力を欠いていたから内定がでなかったのだろう。
文系の学生が独学で中途半端にプログラミングの勉強を始めたばかりに、それはIT業界から内定を得る上での強みになるどころか、致命傷になったのだ。
友人は立派な会社に就職していったので、当時リーマン不況のまっただ中で就職難だったというのは理由にならない。
facebookで大学の友人をみると勤務先がNTTデータとかアクセンチュアになっていた。僕よりも人間的な魅力があったのだろう。
サイト制作は趣味と割り切り、日本を支える製造業を仕事に選んだ。
内定をもらってから卒業するまでの間に、僕よりもずっとITに明るい友人に、アフィで成功していたことを買われて起業を持ちかけられたが、何度も衝突し、結局2ヶ月で僕の方から音を上げてやめた。
起業するなら一人でスタートして人を雇うなり外注するなりすべきで、チームで始めるにしても誰が一番偉いのか最初に明確にすべきだと、このときに確信した。
就職したが、毎日のような飲み会と、週末のゴルフ、一発芸の強要など体育会系の慣習に嫌気が差した。
僕は仕事の傍らの片手間の作業でも収入が増えていくアフィに目をくらませて、半年で退職し、専業アフィリエイターになった。
今は無き海外ニートブログの労働観と、後述するコピペが僕を後押しした。
専業になってから収入は伸び続け、一番多いときで月80万を超えたが、その代わり孤独になったので、以前のような精神的な余裕がなくなった。
技術的には大学在学中からほとんど成長しておらず、未だにhtmlのべた書きで、サイトの一部でphpとsqlを使用してる程度だったからだ。
僕のサイトはWEBサービスといえるような代物ではなく、ただの一方通行のサイトで、コメント欄をつくる技術もないので、放置していもユーザーが勝手にコンテンツの価値を高めてくれるということはなかった。
ページを増やすのは社員を増やすようなものだと考えていたけれども、僕の身体は一つなのでべた書きで増やせる量には限界がある。
一人で安定してコンテンツを生み出すには、今後は趣味のサイトからは卒業し、より商業的なユーザー参加型のCGMを作らなくてはならない。このままではまずいと感じていた。
しかし僕はcakephpのようなフレームワークを使用せず、というかMVCを理解できず、。
ワードプレスのようなCMSもつかわず、力押しでべた書きで作っていたので、できることには限界があった。
僕と同じ個人事業主がつくっているW3Qのような立派なサイトをみるのが怖かった。
僕のサイトはブログやニュースサイトではなく、テーマが普遍的なサイトだったので、放置していもPVは減るどころか増えていった。
あぐらをかいた僕はサイト制作を完全に放置して、不安を紛らわすために現実逃避で遊びはじめた。
目的地も決めず、平日に思いつきで一人旅やサイクリングにいった。
仕事を辞める引き金をひいたのが、2chの独身男性板でみたこのコピペだった。
もし仕事に行きたくなくなったら、そのまま反対の電車に乗って、
海を見に行くといいよ。
陽に当たりながら飲むといいよ。
ビールが無くなったら、そのまま仰向けに寝ころんで、
流れる雲をずっと眺めるといいよ。
そんな穏やかな時間がキミを待ってるのに、何も無理して
毎朝ネクタイを締めるときにストレスで吐いていた僕の背中を押してくれた。
なんて罪なコピペだろう。
気晴らしのはずの一人旅なのに、旅館の人に今日はお仕事お休みですか?と聞かれたのが辛かった。
他にも一人で野球観戦に行ったり、映画を借りまくったり、早朝深夜のメジャーリーグの試合を見まくったり、夜更かししてロンドンオリンピックを見まくったりした。
野球中継に関してはスカパーのプロ野球セットを契約していたので、144試合中130試合は1回から9回まで見ていたと思う。
僕はサラリーマン時代に味わえなかった自由をほとんどすべて享受した。
サイトの方はなんだかんだで半年以上更新してなかっただろうか。
そして昨年の11月に事件が起こった。
グーグルのアルゴリズムが変わり検索順位が大きく下がったのだ。
打開するための次のサイトのアイデアはあるのだけれども、技術がない。
フロー理論でいう挑戦と技能の間の大きなギャップがあり、不安に駆られ現実逃避しか出来なくなった。
収入は落ち込んでいくのに、サイト制作をする気にもなれず、この一ヶ月前に自営業を断念した。
僕は公務員を目指すことを考え始めた。
一ヶ月後の6月が試験であるが参考書だけ買って全く勉強は進んでいない。
今年は無理だろう。
しかし今年で27歳だ。公務員になるにはそろそろ年齢制限にひっかかる。
来年筆記試験にうかったとしても、年増が面接に受かるだろうか。
27歳にもなるのに職歴がなく、独学でphpとSQLを囓った程度ではWEB制作会社は雇ってはくれないだろう。
詰んだかな、これ。
もっと外に出て、みんなと同じ大学生活を送って、みんなと同じ就職活動をして、みんなと同じように働いていれば。
初めての増田。
気持の整理ができたのでよかった。
13/5/18 15:00
はてな、ツイッターでの様々なご意見、ご指摘ありがとうございます。
27歳で実務経験のない僕が現時点でのスキルでWEB制作の仕事にありつけるとは思えず、納期がある請負も性にあっていないので、やはり公務員試験の勉強をがんばります。
僕のサイトははてぶ400userもありませんが、最後にホッテントリ入りしてWEBに小さな足跡を残せたので、悔いはありません。
Permalink |記事への反応(17) | 21:30
それが何か重要なのかわからないのだけど、いつものプライベートモードブックマークする人かと。
合間にhttp://anond.hatelabo.jp/20110816115749を書いていたと。
そういえばhttp://anond.hatelabo.jp/20110814203942もじゃないか。
http://anond.hatelabo.jp/20110813072151はどうだろう。
http://anond.hatelabo.jp/20110815201433は間違い無いだろう。
http://anond.hatelabo.jp/20110813184706ある程度見えてくる
夏休みだから特別モードに入るわけではなくて、いつもこのモードである、と。
某スレより
夜中に帰って来た旦那に入浴させて
夜中に寝ない寝ないって、夜中に入浴させてりゃ目が覚めちゃうっての。
元々生まれもった赤子の性質もあるけど、
ある程度は、親の持って行き方で子供の生活サイクルは出来始めるのに。
本当に頭悪いんだね。
平日暇なんだから簡単な掃除くらいできるだろ。
>この人子供産んじゃだめな部類だよね
本当にそう思う。
全て自分にあるとは微塵も考えてないよね。
来週はワクチンだっけ、ちゃんと行くのか見もの。
息子ラブな割には、自分の欲望優先だし
予防接種どころの騒ぎじゃないよ。
「どっちがしんどいとか偉いとかない。誰かのためとか思うなら最初からそうしなければいい。
全部自分が望んで今の現状なんだから。私は誰のためでもなく自分がそうしたいから子を産み専業主婦をやっています。」
「家族をもとうと覚悟をきめて自分が望んで結婚したなら、配偶者や子のためではなく、
自分のために働いてるんだと私は思います。自分のための家族なのだから、育児や家事に
積極的に関わりをもつのはごく自然なことだと思うのはおかしいかな。」
おかしいおかしくない以前の問題だよね。。
子を作るのも専業やるのも、旦那の協力あってこそじゃん。
どこにでも子連れで入り込んでくる人って正直迷惑です。
「周囲の人への配慮はもちろん必要だけど、それはベビーカーであってもなくても一緒だしね。
ただヨドバシのエレベーターはベビーカー連れがいても誰も譲ってはくれなかった。」
この人、周囲の人の思いやりと自分の権利を履き違えているような・・・
ベビカ様は譲られて当然ってか。
「( ゚д゚)ハッ!そっか。もし息子が結婚式やったら、花束贈呈とかあって、留袖とか着て、
そしていちばんすみのテーブルで見守るのね。ウワァァ-----。゚(゚´Д`゚)゚。-----ン!!!!
いまはまだ想像したくないよーー 」
たった5つのツイなのに突っ込みどころが多すぎてもうwwwwww
「いつもより早く帰宅した夫、シャワってご飯食べて息子の相手もそこそこに寝た。
覚醒した息子をやっと寝かしつけたイマココ
夫にみてもらえるあてが外れたので何にも出来なかった。
「ご飯のあいだ夫の話に付き合うのだが、全く要領をえない話し方なのでイライラする。
前はこんな訳わからん話もいくらでも付き合えたが、今は余裕がないんだ。
付き合ってあげられない自分の許容のなさに凹む。」
「それにしてもあの要領をえないグダグダな話し方で仕事できてるんだろうか。
ほんとは定時で終わらせられる仕事を毎日残業してるんじゃないかと心配になる。」
「あたまはたぶん悪くないはずだが、対人スキル低すぎるので会社で苦労してるだろうな。
精一杯がんばってるからもっとやさしくしてあげたいけど、最近私のイライラっぷりが止められない。」
「夫はがんばってるのに、私のせいで気持ちよく家でやすめてないかもしれない。
私自身やすめてないから、余裕ないんだろうな。」
Togetter - 「蜷川実花さんのツイートからわかった日本をまとめてみました」http://togetter.com/li/52331
手伝ってもらえるのが当然ってのがダメなんだと思うよ。
麻痺ってきてるんだね。
子供を産んだ私たちってみんなお友達~
子供がいる私たちってみんな仲間~
東京、神奈川、千葉、埼玉と方々からベビカーで電車移動して集合するんだって。
うわー、家族とか近所の友達と近場に行けよ・・・。
食べ放題のホテルランチにベビカ集団なんて居たらジャマでしょうがないよね。
ビュッフェなんて人が歩き回るのに、ベビカどうするつもりなんだろう?
一度、3~4人のベビカ集団が来てたところに出くわしたことがあるけど
母親はその子供を放置して疲れた顔で食べてるし・・・雰囲気悪かった。
気晴らししたいのはわかるけど、個室を取るか集団で来るのは遠慮して欲しい。
こういうことするからベビーカーに優しくする人があまりいないんだよ。
産まれて数カ月の赤子を遠出させて、しかもビュッフェって選択が花畑ワロス。
ただでさえ混雑&他人が料理持ってウロウロする空間にベビカ何台も持ち込むって、
他人に迷惑だけじゃなく、ベビカに乗ってる赤子も危ないだろーが。
カフェやレストランで乳児にギャン泣きされると一人でも気になる自分には
ベビカ集団でランチなんて嫌がらせ以外の何者でもないわー・・・・
「授乳はとても腹が減るので食べ放題で思い切り腹を満たしたい!!という企画!!!」
この動機自体がキモい。
「子育てで専業主婦=毎日が夏休みっていってる旦那さん、一度全部やってみたらいいのに。
うちの夫に一度全部やってもらったら、会社いって仕事のほうがよっぽど楽って言ってた。」
…それは嫁が偉そうにこき使うだけで一切労わないからですよ!
【調査】パパの得意を教えてください。に対する答
「育児全般(オムツ替え、お風呂、遊び、寝かしつけ)、家事は家電メカPC全般、DIY、
本人「すごい夫でしょー」と鼻高々のつもりで書いてるんだろうけど、これなら母親いらないじゃん!
「子育てにおいて未熟な親としての私が社会に助けてほしかったこと」
http://anond.hatelabo.jp/20100803195049
助けてもらって当然と思っている人が社会に助けてもらうのは難しそうですね。
今夜の夜食はドギーバッグでお持ち帰り。
http://d.hatena.ne.jp/mimisemi/20071110
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カウンターたぶん壊れてるんだな。ありゃ。明らかにおかしい。ところで例のアニメオタクのペルー人にさ、また「マクドナルドいかない?」って誘われたんだけど、さすがにまた奢ってもらうのもあれだし、一応、建前として「お金セーブしなきゃいけないから・・・」っつって遠まわしに断ったんだけど、「いや、行こう行こう」なんつってさ、すげーノリノリで「俺が誘ってるわけだからさ」なんていうんだけど、こうやって日本語にするとホモが誘ってるような感じだけど、まぁニュアンスとしては「また奢るよ」みたいな感じでさ、どんだけいいやつなんだとか思いつつ、まぁ学校終わりに行ったらさ、ペルーでは誰かが腹を空かせてたらご馳走するのが当たり前らしく、ようは恐らく俺の勝手な予想だとみゅ〜ちゅあるな関係性があるんだろうなって思ったわけね。腹を空かせてたらって、まるで俺が一文無しみたいだけど、まぁ実際そうだけどね。前も書いたけど無理に眼鏡買ったから生活費無いのね。そういえば前の英語学校のコロンビア人も基本的に飯を奢るだとかシェアするだとか、コロンビアンはみんなそうなんだみたいなことを言ってたことがあってさ、これまたみゅ〜ちゅあるだなとか思いつつ、基本的に南米ってのは気のいいヤツが多いってーのと文化的にこういう背景があるんだろうなってのは、こないだ書いた社会が人間を作り出すってところで、まぁ社会にそういう習慣とか人とのやりとりが残ってるんで、そういうのがヘリテージされていくっていうような感じなんだろうなとは思ったけど、まぁーそれにしても南米から来たやつって女の子でも男でもそれこそラテン系じゃないけど、陽気なやつが多いんだよね。凄くフレンドリーで笑顔を絶やさないっつーか。あれは血というよりは文化というか社会なんだろうなって思ったわけだけど、そう思うとやっぱ日本人に限らず韓国人はホント暗いなって思うんだけど、まぁ中国人になるとちょっと違うんだけどね。これは対比で見ると暗く感じるだけで、ようは俺はこっちの環境に慣れてしまったから暗く感じるんだと思うんだけど、そう思うとさ、ようはいろんな陽気なやつから話しかけられたり、こうやって飯奢ってもらったりしてるのを見るとっつーかまぁ自分のことだけどさ、俺もかなり明るくなったんだろうなとは思うんだよね。まぁ元々明るいんだけどね、考え方は暗いけど性格的には陰気ではない。ただそういう明るい部分を前面にこっちでは出していけるってのもあってようはなんつーかいろんな国のやつらと波長が合うのかなって気はするんだよね。逆を言えばアジア系の連中とつるもうって絶対思わないんだけど。飯っつってもマックなんだけどでもなんだかこういうことがあると心が温まるっつーかさ、ホント、こっちに来てよかったなぁーとかって思う瞬間でもあるんだよね。こういうやつらと友達になれてなんて幸せなんだろうって思うわけよ。あ、なんだかまたウォール伝っぽくなくなってきた。まぁいいや。簡単に書くとね、で、マック行った後、タイムズスクエアの駅でさ、まぁ別のクイーンズのほうに行く電車に乗り換えるんだけど、このペルー人っつーかホセが「ゲーセン行かない?」とか言い出してさ、なんかね、タイムズスクエアにあるゲームセンターのポイントカードみたいなの持ってて、今日使わないとポイントが無くなっちゃうとかでさ、まぁどの道行こうかってことになったんだけど、このゲーセンってのがなんだかバーとかさ、なんかラスベガスっぽい水商売臭いカジノっぽいような入り口のゲーセンでっつーかゲーセンっつーか、所謂、セガとかさ、ナムコランドみたいな、ああいうゲーセンじゃなくて、割とアダルトな感じなのよね。入り口では黒服の黒人がIDチェックしてたりして、まぁ別にフォーマルな場でもないんだけど、割と若干高級感があるっつーかまぁ日本のゲーセンと比べるとだけどね。で、これまた感心したのが、全てのゲームがようはこのゲーセンのポイントカード制になってて、マツキヨカードみたいなカードでポイントっつーかお金を買って、ゲームやるときはそのカードをゲーム機にスライドさせて使うっていう、なんつーかこないだ書いたカルチャーラグが無いなってことなんだけどさ、まぁ今の日本がどうか分からないし、まぁタイムズスクエアとかああいう感じのところにあるゲーセンだからってのはあるかもしれないけど、ようはアメリカってこういうところはホント、早いんだよね。まぁあと単純にセキュリティの面っていうか、直接金を入れないっていう防犯的なところもあるのかもしれないけど、それにしてもカードスライドさせてゲームやるなんて21世紀だなーとか思ったんだけど、ただまぁ感心できることばっかりじゃなくて、なんつーかさ、このゲーム機がある階っつーかここがメインフロアなんだろうけど嫌にガン系のゲームが多いんだよね。タイムクライシスとかエイリアンとかハウスオブデッドとか、他にもなんだかヘリの操縦席みたいになってるコントローラーに乗って空から爆撃するゲームとかボクシンググラブをはめてボクシングするやつとかっていうか、これはウィーって言ってもハンセンじゃなくてゲームのことなんだけど、まぁウィー的なインターフェースなんだろうけどさ、他にも競馬のゲームとかスロットとか、なんだかすげー悪趣味なのね。日本ってなんだかさ、まぁ俺の感覚が古いのかもしれないけど、太鼓の達人だか名人だとかさ、ビートマニアとか、あとやっぱ格ゲーみたいなのが多いじゃない?場所にもよるんだろうけど、でもなんつーか必ずマージャンとかさ、もちろん脱衣系のも含めてね、そういうのが多いってイメージがあったんだけど、このタイムズスクエアのゲーセンはそれこそアメリカ人の内面が顕在化してるようなゲームのセレクションで、所謂、格ゲーみたいな、あのジョイスティックとボタンがあるようなゲームが一台も無いのね。で、もうひたすらガン系のゲームばっかで、もう夜の11時回ってるっつーのに子供がガン系のゲームやりまくってたりっつーかやりまくるってのは大げさだけど、それこそ幼稚園児ぐらいの子がガン系のゲームをやっててさ、しかも母親とだよ?かなり唖然としたね。なんつーかようはさ、ああいうガン系のゲームってミリタリー系多いじゃん?「Let's Go! Over there!」みたいな、あのミリタリー系の映画でよく出てくるような決まり文句あるじゃない?アーミー系のセリフ。ようは自分もアーミーの一人になってエイリアンとか倒すわけだけど、ああいうのってすげー無意識なすり込みに成功してるよなーって思ったわけね。基本的に武力で異物を排除するのは当然だみたいな、それが正義だみたいなのが当たり前にあって、まぁエイリアンだったら俺はかまわないけど、ようはアメリカのメディアなんて過去には共産国とか今ではテロリストとか、まぁいつでもアイコン的な敵を作ろうとするわけだけど、そういう敵に対しての認識はエイリアンと変わらないんだよね。だから基本的に相手は同じ人間なんだっていう認識が無かったりするわけ。それこそゾンビとかエイリアンっていう絶対的な敵なわけよ。アメリカの戦争映画って大半がプロパガンダ的な部分が多かったりするし、妙に愛国心を鼓舞するものとか、ヒロイズムを前面に出してるものとかさ、俺は銃云々、暴力云々っていうことより、こういうプロパガンダを無批判に無意識に受け取っちゃってるっていうオーディエンスに凄く危機感を感じるね。もちろん暴力描写も鑑賞者に影響を与えるかもしれないけど、あんま報道されないっつーか、まぁ誰か書いてるとは思うけど、こういうアメリカ的ヒロイズムとか愛国心みたいなさ、こういうすり込みによる影響の危険性ってのにもっと意識的にならないとダメだよね。俺は個人的にはこっちのほうがよっぽど危険だと思うんだよね。「ゲーセン行ってまで社会分析ですか・・・」って感じだけど、ホント、こっち来てからようは日本にいたときみたいな無駄な不安とか労力を注がなきゃいけないような部分がなくなったから、脳をフルに使えてるんだよね。だから街に出ると色々なものがもう何かのシンボルに見えたり、何かを考える材料になったりするわけ。あとまぁあんま関係ないけどポイントカードをスライドして金を使うってのも、ようは伊東カードとかクレジットカードと一緒で、キャッシュを直接見ないから、あんま支払ったっていうリアリティが無いんだよね。例えば1万円何かに使うときにさ、キャッシュで一万円出したら、うわー諭吉いっちゃったよーって気になるけどクレジットとか伊東だったらさ、基本的にスライドしてPinナンバー入れるだけだから、あんま払った気がしないんだよね。ただ当然、銀行残高見ると残高は減ってるっていう。ただこれってようは消費者によりお金を使わせる便利なシステムだよなぁーって思うんだよね。財布の紐を緩めるだっけ?財布の紐をきつく締めるでもいいんだけど、電子マネーみたいな感覚だと財布って感覚すらなくなってくると思うんだよね。現にこっちなんてカード社会だからなんでもカードよ。こないだも学校の購買っつーとなんか日本っぽいけどまぁ購買みたいなところでさ、女の子がスニッカーズみたいなのと小さいノートを買っててさ、その小計が8ドルちょいだったんだけど、伊東で払ってたからね。8ドルちょいだったらキャッシュで払いそうな気がするけど、あんなのすらも伊東なんだから。スタバの一杯のコーヒーでもクレジットとか伊東で払ってる人珍しく無いからね。ああいうのって現金っていう感覚を失わせる危ないツールでもあるなって思うんだよねー。ホント。だってカード破産なんてさ、良い例でしょ。アメリカでもアホみたいにカード使って払えないっつってさ、破産したり家売ったりとかさ、そんなこと平気でしてる家庭があるけど、ああいうのってのもようはクレジットで払ってるから、現金っていう感覚がなくなってるんだよね。で、これまた来月の給料から払えばいいみたいな、実在化してないお金を頼りにしてお金を払おうとしてたりさ、完全にヴァーチャル化しちゃってるんだよね。金のやりとりが。ただそれとは対照的に買ったものってのは家に届いたりさ、ようは現物としてあるからマテリアル的な満足度ってあるじゃない?もうその繰り返しよ。何か買うってのが楽しくなっちゃって浪費が止まらないわけ。それをキャッシュでやってるならまだしも、カードでやってるもんだから、負債がガンガン増えていくんだよね。まいこーなんかもさ、完全にあの浪費はカードっつーかチェックで払ってるからだよね。なんか前に日本でやってたさ、あのゴリとぐっさんが真似してたあのバシールとまいこーのコンビの元ネタあったじゃない?あの制作がアメリカだかのやつでさ、まいこーの浪費凄かったもんね。なんか美術品がズラーッっとある店で「これとあれとこれとあれ」みたいな感じで、ミロのヴィーナスみたいな石像とか高そうなヴィンテージのソファーとか時計とかガンガン買ってたでしょ。一個が何千万単位の。あれって明らかに金銭感覚を失ってるというよりは、もうすでにお金というのがまいこーの頭の中でバーチャル化しちゃってるんだよね。あれを買うために銀行からお金を下ろしてきて払わなきゃいけないだとかさ、そういうプロセスが一切無いから、お金っていうリアリティが無くなっちゃう。ましてややつの印税もそれこそバーチャルな量でガンガン入ってくるわけだから、ホント、リアルなマネーっていう感覚と乖離してくるのは必然だよね。ただね、何が言いたいのかっていうと、こういうことはまいこーだけじゃなくて、自分たちにも起こりうるんだよねってことなんだよね。それはさっきのアメリカのクレジット負債家族とかも、すけーるは小さくてもやってることはまいこーと変わらないし、小さい買い物でもリアルなお金っていう感覚から乖離した中でただそのマテリアルを求めたいがために伊東とかクレジットで払うってのはさ、まいこーの始まりだよねっていうか、もうアメリカは慢性的にまいこー状態なんじゃないかと思う。それこそあのアホな大統領がスピーチで「ガンガン働いて消費してください。買い物万歳!」みたいなこと言ってるわけだからさ、もうある意味で末期的なのかなって気もするけど、まぁでもアメリカの社会なんて半分以上がコンシューマーによる消費によって経済が支えられてるわけでしょ?そう思うとその中でカードってものが支払いのメジャーな方法というのも、なんだか良く出来た話だよなって思っちゃったんだよね。ゲーセンで。これ別に今、思いついたんじゃなくて、ずーっとゲーセンでホセと銃撃ちながら考えてたんだけど、ゲームですらさ、コインを入れてコンテニューするのと、カードスワイプしてコンテニューするのとではお金のリアリティが違うわけでさ、こんな小さい支払いからもまいこー症候群の入り口が見えてくるわけよ。ようはアメリカ社会ってのが消費しろって国民に言ってるわけよ。それはアホ大統領がダイレクトに言うこともあれば、町中に溢れる広告やらメディアやら間接的にって言っていいのか分からないけど、まぁ消費してくださいってどれもこれも言ってるわけじゃない?俺にとってはどれもこれも露骨に直接的に金使えって言ってるようににしか見えないんだけど、メディアリテラシーの無い人だったら、それはインダイレクトにすり込みされてるってことだよね。そんなんがゲームにも映画にもテレビにもネットにも溢れてるんだからさ、ホント、師匠2のインテレクチュアル・セルフディフェンスじゃないけどさ、自分たちが自分たちで身を守らないと個々がアホなコンシューマーになっちゃってダメになっちゃうよね。社会全体が国民をそういう風に巻き込もうとしているというよりかは、もう大半が巻き込まれていて、常に巻き込む側はもっと巻き込むように仕向けているわけだけど、そういうのが見えないと自分の人生がいつのまにか外的なものでコントロールされつくしちゃってるなんてことにもなりかねないからね。そういう人多いと思うけど、前の話と繋げると、そういう人が外的なものに幸せを求めようとするんだよね。だからいつまでたっても幸せになれない。消費しても恋愛しても残るのは疲労感だけ。そりゃ当然だよね。だって幸せが無いところに幸せを求めていて労力使っちゃってるんだから、そりゃ疲れるに決まってるよ。ただね、ちょっと話を脱線させるけどってすでに脱線しまくってるけど、オタクの話をすると、ようは古くはギャルゲーとか萌え系のキャラクターとかもそうなんだけど、あれってオタク男の女の子への幻想とか恋愛への幻想の塊みたいなもんでしょ?まぁそういったオタクたちの幻想が実体化した存在っていうか。だからギャルゲーでもデートの状況とかがありえないぐらいベタというか、まず無いようなシチュエーションばっかで、リアリズムゼロだし、それは萌え系のキャラも当然、あんな女の子は現実にはどこに行っても存在しないわけだけど、ここで面白いのが、顕在化してしまったっていうところなんだよね。ようはそういった幻想がある形、まぁそれがゲームなのかもしれないし、キャラクターなのかもしれないけど、オタクたちにとってはそれがリアルで、分からない人達にとっては実体の無いものに夢を抱いているから、ちゃんとした女の子と付き合えとかっていう風に言うけど、大抵のオタク側の意見としては「大きなお世話だ」ってことなわけだよね。自分は萌えているんだから、それでいいんだっていう。でもそれってそれでいいんだよね。というのは買い物とかオタク系ではない、ようは常に理想の恋愛みたいなのを求めているような馬鹿な連中ってのがいつまでたっても幸せを得られないのは、まさしく実体が無いものを追い続けているからなんだけど、オタク系の場合、その幻想がキャラだとかゲームっていう形で実体化しているので、彼らにとってのリアリティをそこに見出すことができるんだよね。それは彼らにとってはリアルなものだから。だからオタク系ってなんだかんだで幸せそうな人が多いわけでしょ?これが良いか悪いかは別としても、他人に人の幸せのあり方を批判する権利なんてないから、そういった意味だと彼らの中ではそれはもう幸せの形として存在しているんだから、今みたいな何も無い社会を生き抜いていける人達の種類の一つとしてオタクってのがあるんじゃないかなって思ったわけね。そんな意味だとオタクたちってのは、無駄に色々な消費をしたり無駄な恋愛をしてお金と時間と労力を使っている馬鹿達よりは、よっぽど処世術に長けているんじゃないかな?って思うわけ。まぁ処世術っつっても極めて21世紀的な処世術ね。で、自分の話をすると、俺はこっちに来てから特に色々なこともあって、ようは以前にも増して内面的なものに幸せというか安らぎみたいなのを感じることが出来るようになったわけだけど、でもそれを支えている一つとして、まぁ学校があるかもしれないしニューヨークっていう場所もあるかもしれないんだけど、その他ってのはやっぱ考える材料を提供してくれるような出来事とか本とか映画とか音楽だったりするわけでさ、俺の内面的な幸せを司っているものの大半がまぁ俺のオタク趣味なんだよね。だから俺は哲学オタクかもしれないし、社会学・政治学オタクかもしれないし、映画オタクなのは明らかで、音楽オタクっつーか音楽に関してはもうオタクっていう次元じゃないんだけどってーことを言うと、全てがオタク程度の次元ではないんだけど、でもまぁ一般的な社会の定義で言うとまぁこれはオタクの一種ですよ。これは前にも書いたとおり、秋葉系のオタクが美少女オタクだったりするんであれば俺はまた別の類のオタクなわけで、基本的にオタクということでは共通しているんだけど、もう一つ重要な共通点というのが、そういったオタク趣味的なものから幸せを感じられているってことなんだよね。俺はまぁありえないぐらい多趣味だと思うけど、まぁ俺の幸せが全て趣味に依存しているわけではないんだけど、でも趣味は相当大きな要素なわけってことで、基本的にオタク系と変わらないじゃんってことになるわけね。だからオタクの種類が違おうが、俺に他のオタクを批判できる筋合いなんて全く無いんだよなって最近凄く思ったわけね。前は秋葉系のオタクのことをぼろ糞書いてたけど、今はそうは思わないな。絶対関わりたくないし、ああいうのは大嫌いだけど、でもだからといって批判はできないわけ。彼らがそれを主体性を持って全身全霊で取り組んでいるのなら、それはリスペクトしなきゃいけないよね。で、俺がディスりたいやつらっつーのは流動的に色々なことに流されまくっている主体性の無いスッカラカンな消費者ね。流行ってるからとかみんな聞いてるからとか有名だからとか、そういう理由で何かを消費したりする類の連中ね。こういうやつらはホント、どうしようもないんだけど、経済の大半がこういうスッカラカンな消費者によって支えられているとなるとさ、こういう人達すらディスれなくなってきちゃうっつーか、それこそ経済にとっての必要悪みたいな存在になっちゃうわけだよね。あーアイロニカルだわぁー。腹減ってきたからバナナを食べよう。っつーか恥知らずの痛みはだいぶマシになってきたんだけど、今日はセリマに念願の眼鏡をピックアップしにいってさ、まぁ相変わらず俺が選んだだけあって生活苦もなんのそのってぐらい素晴らしいめがねなんだけど、まぁこれならまず誰ともかぶらないなってぐらい特徴のあるめがねでね、あのクーロンズゲートのゲームキッズがしてるハイテクメガネみたいな形してるやつなのね。枠がデカイロイドメガネみたいな。まぁーでもセリマ最高ですよ。もう。アランミクリは値上げもあって完全にブルジョワブランドになっちゃったから今後はセリマだな。というかアヴァンギャル度、ヒップ度ではセリマのほうが上のような気がする。今回はアランミクリが買えなかったからセリマで買ったみたいな妥協感一切無しだったからね。もう「これだぁー!!」っていう。でもさ、めがねってのも話せば長くなるんだけど、これも止揚の歴史ですよ。別に俺、止揚って言葉を正しく使ってるわけじゃないからね。まぁいいや。昔はさ、眼鏡が大嫌いで、一時期コンタクトしてたこともあるんだけど、眼鏡にしてもなるべく眼鏡の存在感が無いようなやつしてたんだよね。ただあるときふと気がついてね、んだったらディスアドバンテージである眼鏡ってのを逆に活かしちゃえばいいんじゃん!って思ったわけ。で、その数年後ぐらいに日本で眼鏡ブームみたいなのがあって、まぁちょうど時代の風潮と同化しちゃった感じだけど、でもいいと思うんだよね。眼鏡ってのがファッションアイテムの一つっていう考えは凄くいいと思う。あえて眼鏡を前面に出すってのもね、いいと思うのね。眼鏡って歴史的にはなんだかハゲ・デブ・眼鏡みたいなネガティブ要素として捉えられてたけど、そうじゃ無くてね、まぁハゲとデブはいつまでたってもネガティブだろうけど、眼鏡ってのはネガティブでもなんでもないわけですよ。かといって伊達とかやってるやつ見ると殺したくなるけど、まぁまぁそれはいいか。あ、書くことが違うぞ。こんなことを書きたかったんじゃないんだよ。あ、んでピックアップして帰ってきたわけだけどっつーかホセは昨日の話でね、眼鏡は今日の話なんだけど、なんかさー疲れてるのよね。睡眠時間は十分なんだけど、いつも週末はもうクタクタになってる。んで恥知らずも痛むと。で、まぁ帰ってきて溜まってたから激しめのオナニーをした後、あんま飯食う気がしなかったんで、うどん食べて吸い込みやったのね。あ、KOFね。どうやら俺は吸い込むとストレスが発散されるらしくて、大門とかクラークでもうとにかく吸い込みまくったらさ、なんか疲れてた気分がだんだん良くなってきてね、で、結局他のゲームも色々始めちゃって、んでなにやったかな。あ、SNKとカプコンのキャラが戦うやつとか、まぁこれはそんなでもないんだけど、久々にヴァンパイアセイバーとかね、ヴァンパイアセイバーってキャラいいよね。あの世界観は好きだな。ファンタジックなんだけど、かなりダークでしょ。俺の格ゲー趣味の一つとして各キャラのエンディングを見るってのがあってね、んだからエンディングが無い格ゲーってやる気がしないのね。あとエンディングが手抜きのやつとか。んでまぁー夜の7時ぐらいから吸い込み始めて、んで、終わったのが3時ぐらいで、んで今、これ書いてるんだけど、ようはさ、ゲームやった後ね、「あ、そういえば恥知らず痛くなくなってるな」とか思ってさ、気分的なものなのかもしれないけど、ようはあれなんだよね、疲れってようはストレスなんだよね。恐らく。ストレスっていっても苦痛から来るストレスじゃなくて、疲れから来るストレス。で、免疫系がちょっと弱くなっちゃって、んで口内炎が出来ちゃったり歯茎が腫れてきたりするわけ。ゲームやって口内炎とか恥知らずの痛むが引くなんて凄いことだよね。吸い込みさまさまですな。ってことでやっぱあれだね、ストレス解消って重要だよね。ニート時代は毎日が夏休みだったけど、今は違うから、なんつーか体調管理というか、精神状態の管理と時間の管理の重要さが身にしみて分かりますね。ってことでまぁエクスキューズするわけではないんだが、週末ぐらいグダグダしてもいいんじゃねー?とか思ったわけね。一日中寝ながらゲームやったりオナニーしたり動画サイトで日本のお笑い番組みたり。で、こういう時間の過ごし方をしていてさ「あー今日はグダグダだったなー・・・」なんつって落ち込むのがダメなのよね。ようはダラダラする自堕落な時間というのは、ちゃんと仕事に行くとか学校に行くとかと同じぐらい重要なことなわけよ。だからグダグダでもそれは体がグダグダを求めてるならそれは肯定しなきゃいけないよね。で、すっきりしてまた週明けから学校に通うと。そう思うとあれだね、俺は将来はっつーかもういい歳だけど、なんかあれだよね、自分のグダグダできる時間を確保できるような仕事に就かないと体持たないよね。ってことでやっぱジジェクみたいになるしかないな。最後に職場に行ったのが3年前みたいな、そんな生活ね。まぁ半分ぐらい真面目に言ってるけどね。ってことでゲーセンのことだけ書こうと思ってたんだけど、またいつもの感じで長くなっちゃって、疲れてるから早く寝ようと思ってたのに、もう朝になっちゃったけど、脳の膿を出せたからプラマイゼロだね。ってことで俺の2007年流行語大賞は鳥居みゆきの「プラマイゼロだぁー」です。でもあれだよね、吸い込みによって気分が良くなるんだったらさ、それこそ左手だけにグローブはめて、「デスバレーボム」ってプリントしてあるシャツを自分で作って着ようかなって真剣に思ったんだよね。でもいつもあれ、まぁ2003ではデスバレー!って言うだけになっちゃったけど、2002とかさ「デスバレー一本!」って聞こえるんだよね。すごくいいよね。デスバレー一筋って意味でしょ?ってことであれだなデスバレー一本Tシャツを作ろうかな。まぁ作れないけどね。作った気分でいるのもいいかなって。でさ、同級生の中国人の女の子さ、廊下ですれ違ったときに「ハーイ」とか声かけたんだけど、なんか凄い恥ずかしそうにしてるんだよね。まぁあんま親しくないからってのもあるんだけど、なんかあの声をかけた後のリアクションとか、眼を逸らす感じとかがさ、すげー生娘っぽくて可愛いなって思ったんだよね。まぁこの子、可愛らしい顔はしてるけど、まぁ特別可愛いわけではないんだけど、何が言いたいのかっつーと、ようはああいったリアクションというのは日本人女性にはもう失われたものだなという風に思ったわけ。特に日本のあの無駄に着飾った娼婦みたいな格好をした淫売女達さ、少しは内面を磨くということにフォーカスを置いたらどうなのかね?男が女の子を「可愛いなぁー」って思うときの感じって、例えばこの女の子みたいな生娘っぽいピュアな仕草だったりするわけじゃない?娼婦みたいに着飾ることがどれだけ自分の品格を下げているのか?っていうのにどうして気がつかないのかね?だってああいう格好してるのって男から注目されたいからっつーかファックしたいからでしょ?ってことでまぁ本質的にはそれが商売かそうじゃないかの差ってだけで同じ娼婦なんだけども、なんかあれですよ、中国人に限らず韓国人の女の子も貞操ちゃんとしてそうな子多いわけだけど。少しは見習ったほうがいいね。KOFで言うとアンヘルみたいなビッチでしょ。日本の娼婦みたいな女って。そういう女がいてもいいけど、そういう女が多いのは問題だよね。貞操繋がりで行くとでも俺はあれだね、キングオブ