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はてなキーワード:毀誉褒貶とは

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2025-08-09

死者に関する名誉棄損やプライバシー侵害刑事罰とすべきだ

例えばヒトラー氏とか、東条英機氏など、歴史的に負の評価を下された故人に対しては何を言っても良いと思っている賊が多すぎる。

政治家になら何でも言って良いと思って、竹内英明氏や安倍晋三氏をボロカスに罵る者も後を絶たない。

死んだ人間を即座に名誉棄損の対象外だと捉え、生前毀誉褒貶を超えてむちゃくちゃをやらかす人間には刑事罰を加えたい。

本人に反論の術がないことをいいことに、故人の裸体をこれ見よがしに晒す写真集の類も規制すべきだ。

Permalink |記事への反応(0) | 22:24

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2025-08-02

AV女優が着たドレスが「嫌だ」と言ったら叩かれた。それ差別なの?

SNSで「このドレス、元AV女優が着てたかちょっと嫌」と言った投稿が、「職業差別だ」と激しい批判さらされている件。

 

もちろん、SNSという場で発言すれば、反応があるのは当然です。

思慮が足りなかったかもしれないですし、感情的だったかもしれない。それでも、それが本当に「差別」だったのでしょうか?

 

投稿内容を見ると、実際は次のようなものでした

 

国内の後撮りで着ようと思ってたドレスAV女優イベントで着てて最悪。このドレスとあるスタジオオリジナル衣装からここでしか着られないし、本当に楽しみにしてたから靴とか小物自分で揃えてコンセプトも練ってたのに。AV女優に貸すって知ってたら契約しなかったんだけど〜どうしよ。 」

この投稿がここまで強い批判さらされるほど、問題のある内容だったのでしょうか?

私は、そこまで強い批判を受けるような内容には思えないと考えています

 

この違和感から、いくつかの論点を考えてみたく以下に列記します。

 

 

■「嫌」と感じることすら許されないのか?

消費者が、ある商品に対して嫌悪感を抱くこと、それ自体はごく自然なことではないでしょうか。たとえば、ある芸能人インフルエンサーが着用しているブランド商品を「嫌だ」と思う人は少なくありません。むしろ広告プロモーションというのは、その“誰が着ているか”を含めてブランドイメージ形成しているわけです。

 

それを「元AV女優が着ていたから嫌だ」と感じた途端、「職業差別だ」と糾弾するという構図は、少し違和感があります。なぜAV女優けが感情的忌避を表明された瞬間に「差別」という言葉封殺されなければならないのでしょうか。

 

■「AV売春」とは言えない。でも構造無視しすぎていないか

根本的な論点として、「AV売春ではないのか?」という論点があります

AV出演そのものは建前上は合法労働です。売春防止法に違反しているとは言えません。

芸能」や「演技」の名の下で、売春ではないと形式的には整理されています

ただし、形式上は「撮影」であっても、AVの多くが実際の性行為を含む撮影であり、実際には金銭を受け取りながら性行為をしており、「買春構造」に近いし、実質的には売春に類する営みと見なされても仕方がない部分があります

 

もちろん法的には、売春防止法の抜け道を通して成立している業界ですが、その建前と実態乖離違和感を持つ人がいるのは自然なことではないでしょうか。

 

AV売春だ」と断定するものではなくとも、あくま倫理的構造的に“買春に似た側面がある”と感じる消費者がいたとして、それは法的な誤解ではなく、価値観感受性問題として理解されるべきではないでしょうか。

そこに忌避感を持つのは「職業差別」ではなく「違法行為に対する嫌悪」とも言えるかと思います

 

パチンコ三店方式自由恋愛スキームと同じ構図

合法とされているが実態はグレー」という構図は他にもあります

 

たとえば、パチンコ三店方式は、景品を第三者が買い取るという建前でギャンブル性を隠しています

また、風俗業界では「入浴介助」「自由恋愛」などと称して実質的売春に近い行為が行われるケースがある。

 

形式を整えさえすれば実態は問われない――というロジックが成立している分野において、その実態に着目して拒否感を示す人々の感覚を「差別」と決めつけてよいのでしょうか。

 

純粋まっすぐな純情君かよ、世の中そんな綺麗事で成り立ってないよ~」という向きもあるだろうが、だったらなおのことグレーを忌避する毀誉褒貶

殊更に「職業差別女」とあげつらうのは何なんだよとなると思うが、いかがかなと。

 

 

職業差別日本で法的に「反社会的勢力」として存在する

そもそも職業差別は許されない」は、正論に見えて実際には例外があることを失念してないか

 

暴力団排除条例では、反社会的勢力関係のある職業個人契約から除外される。これは法的に正当な「職業差別」だといえる。

この暴力団排除条例は、暴力団関係であることを理由に、銀行口座の開設、保険契約不動産賃貸結婚式場の利用まで制限できる。これはれっきとした「職業属性による差別的取扱い」だが、社会的には正当化されている。

 

そして現実には、風俗AV業界も、過去には反社との結びつきが問題視された歴史がある。

業界の大多数の人がそうではないとしても、かつ、現時点では業界健全に努めようとしているとしても、かつて「関係があるかもしれない業界だった」と思って忌避することを、一律に「差別」と決めつけるのは、あまり乱暴ではないか

まだ払拭しきれていないそれらの背景をもったイメージによって反社と同様に警戒や忌避されるのは、他のブランドイメージ嫌悪とは一線を画す部分もある。

 

まあ、何にしろ現在日本基本的人権すら制限反社に対して架す職業差別合法という犠牲の上に築かれている安寧があるという状況をみんな忘れて議論するなよ、と。

 

AV出演者の子どもが差別はされてはならないとおもうけど、現状だと反社はその子もも差別的な扱いの犠牲に巻き込まれているのだから

今回「職業差別」だと言う言葉批判する側の発言した人は、忌避感表明程度で強い言葉を使うなよ、とも思う。

現在日本には法的に規定されたガチ職業差別憲法第14条「法の下の平等」との関係問題視している考えだってあるんだぞって。

職業差別ゆるさんと吐いた人は、暴対法暴力団排除条例どうおもってるのかな。

 

売春する側を忌避ことは職業差別にあたるのか?

近年、「売春する側を責めるのは職業差別」という意見も出てきている。

しか経済的理由選択せざるを得なかった人もいるだろう。

しかし、違法行為である売春を、“職業として肯定すべき”とまで主張することには疑問が残る。現在日本には公娼制度はないのだから

 

私は男性で、買春行為に手を染めたこともないし、それは避けてきた。

その立場から見ると、法的には売春行為は明確に禁止されているにもかかわらず形式を整えて実態正当化する人などが、忌避されてるので「職業差別だ」と反論しているのだとすると、その構図には違和感がある。

違法性のある行為に対する批判すら封じようとする」主張になってないか

 

ある特定信条からすると蔑まれ行為を行った人への社会的批判忌避感情は、差別とは別次元倫理的・法的なフィードバックだと考える。AV出演者の子が「親の因果が子に報い」的な蔑視を受けるなら差別だけど、本人の責任ある行為の結果で第3者に好悪の感情をもたれるのは

一定社会人としたのこれまで歩んだ道の評価でしょ、と。

 

とはいえ建前であれ適法運用されており、かつ、法的な反社組織と何ら関係のない人が職業門地によって、銀行口座の開設、保険契約不動産賃貸結婚式場利用制限とかが起きそうになっているならそれは明確に阻止する側でありたい。

 

 

職業としてのAV出演を隠して一般社会人として活動している状況で、過去を暴かれて叩かれるのは問題があると思う。

AV出演歴を隠さず、同一名義でキャリア継続するのは勇気のあることだと思う。

隠してないのはある意味ではとても誠実かもしれない。

 

例えば、声優エロアニメに出るときに別名義を使ったり、漫画家エロ同人を別ペンネームで出すことも、「見られたくない、でも仕事としてやった」ことを社会がある程度容認してきた例だと思う。

 

一方で、同一名義で堂々とAV出演歴を公開し続けるなら、過去仕事によって起用された商品作品に対して生まれたその人物の“イメージ”で忌避されるのも、ひとつ社会的反応であり、それをただちに差別だ」と糾弾するのは、やはり無理があると思うよ。

AV女優が同一名義で芸能モデル業に進出し、過去仕事を隠していない場合なのだから、それを理由消費者側が忌避することは「職業差別」ではなく、パブリックイメージの受け止め方の違いとして普通にありうる。

 

抱かれたくない芸人とかで、ある意味お笑い要素に本人達がしているから許されているかのような印象をもっているかもしれないが、芸人特定ブランドを愛用しているとかに対して心ない発言はこれまでよく見たはず。それを「芸人に対する職業差別だ」とか批判したことないでしょ。

 

芸能表現者として過去活動現在活動が地続きである以上、「ブランド全体」として評価されるのは避けられない。

からといってその人の人格まで否定するのは行き過ぎだが、関連した商品が「選ばれないこと」まで否定するのは、やや一方的に思える。

 

消費者忌避感を持つのは当然の自由だし「(元)AV女優モデルに使われた」という情報を知って、その商品距離を置く。

それは“職業”を理由差別しているというより、過去の出演歴が与えるイメージによって「自分が身につけるには合わない」と判断しているだけだとおもう。

 

たとえば「ジャニーズ(旧ジャニタレントCMに出ていたから不買する」という行動や、「インフルエンサーが紹介してると逆に買いたくなくなる」といった反応だってある。

これを「職業差別だ」と言う人はいない。

 

では、なぜAV女優の起用だけが“聖域化”されているのか?

 

■「それは職業差別だ」と言えば、どんな違和感も封じ込められる――

そんな風潮が広がっているように見えてならない。

 

でも本当にそうだろうか?

 

ジャニー喜多川の件で、忌避されるのは事務所のものだった。広告タレントを起用すること自体批判対象にもなった。

芸人が出ているだけで「買いたくない」と思われることもある。タレントインフルエンサーが身に着けている商品に「ステマだ」「信用できない」と不信感を持たれることもある。

 

それでも誰も「芸人差別だ」「インフルエンサー差別だ」とは言われていない。

 

実際、最近オープンしたテーマパーク「ジャングリア」でも、インフルエンサーによるPRや発信が議論を呼んでいる。

彼らの投稿嫌悪感を抱いた人は批判的なコメントしている。しかし、その際「インフルエンサー批判するのは職業差別だ」といった声はほとんど見なかった。

 

感情に基づく忌避や好感は、どの職業にも付きまとう。特に芸能表現者として舞台でやっていく場合は、消費者への好悪の感情ブランディング資するBtoB商品でもあるのを理解して表にでているのだから

それらを“ブランディング”としてどう受け止めるかは企業消費者自由であり、「嫌」という感情のものまで規制しようとする空気は、むしろ自由社会”とは言えないのではないか

 

それなのに、AV女優だけを「特別扱い」して、少しでも違和感を示しただけで「差別だ」と決めつけるのは、公正な姿勢と言えるのだろうか?

それは“平等”ではなく、“過剰な規制”ではないのかな、と。

 

 

■「表現の自由」と「批判されない自由」は別の話

最近では、表現規制についてもクレジットカード決済会社が「性的」「暴力的」「フェティッシュ」なコンテンツへの決済を一律に禁止しようとする動きが問題になっていて、多くの人が反対していると思う。

 

私は、表現の場は確保されるべきだと考えています

 

ただし、その表現内容が社会からどう見られるか、という評価毀誉褒貶)まで「規制だ!差別だ!」と主張するのは違う。

表現した以上は、批評批判されることは避けられない。批判が来たら再反論すればいい話で、それは健全言論空間のあり方の一部だと思う。

 

批判された=規制された」「不快に思われた=差別された」という論法は、言論空間をかえって狭めてしまうのではないでしょうか。

 

嫌悪感情はAVに限らないし、なぜこのケースだけ「差別」なのか?は明確に批判者側が自省して向き合うべきだと思う。

この「嫌だ」投稿差別だと断じる人たちは、AVというカテゴリにだけ特別保護を与えようとしていないでしょうか。

 

結局、芸人でも、インフルエンサーでも、タレントでも、商品ブランドを「誰が着たか」「誰が使ったか」で好悪を判断するのは消費者自由です。AV女優という存在に限ってその“好悪”の表明を封じようとするのは、むしろ自然ではないでしょうか。

 

発言を「差別」のレッテルで封じる風潮こそ危ういと思います

ジャニー喜多川問題のように、過去問題のある人物と結びついた企業ブランドを避けるという行為は、フジテレビを例に出さずとも、今や一般的になっています広告に誰を使うか、商品に誰を起用するか、広告媒体側の評価、というのは消費者の印象形成に大きく関わるものです。

 

それに対して「嫌だ」と感じた人が、それを素直に言葉にしたとき職業差別という重いレッテルを貼って糾弾するやり方は、本当に健全議論なのでしょうか。

 

表現者には表現の自由があるように、消費者にも感情価値観を持つ自由があります感情違和感があったとき、それを表明することが即座に「差別だ」と決めつけられる空気は、言論空間の萎縮に繋がると感じます

 

表現規制を過剰に求めたフェミおかしいとか言っていた人が、今回の件では同じような行動をとってトレースしてないか

ジャニー喜多川問題の時に暴れたジャニオタを嗤っていた人が、「職業差別だ~」で同じような行動に陥ってないか

 

 

差別という強い言葉を乱用しない

「嫌だ」と感じた個人感情をすぐに「差別だ」と糾弾するのは、本当に守るべき“差別されている人”への関心すら薄める危険があるとおもう。

 

個人感情には多様性があり、その中には好みも忌避もある。

それを「思ってもいいけど、言ったらアウト」と言う社会理想だろうか?

 

差別とは、もっと構造的で、もっと暴力的で、もっと絶望的なもののはずだ。

 

内心の自由とそれを発言することは分けて考えろとか、言ってる向きの人は、クレカ表現の自由規制問題になんてコメントしてるの?

職業差別女って強い言葉レッテル貼って発言者を潰せれば、表現規制が達成できれば満足なのか?

 

 

■余談

職業の貴賎はあるとおもうよ

医療介護福祉系の家族・親類が多いなか、いわゆるエンタメ系の業界で働いてるから思うけど

やっぱり、エッセンシャルワーカーの方が偉い職種だと思うよ

 

エンタメなんて別に存在しなくても人の生活は成り立つし。

 

それでもエンタメの笑いや感動が勇気希望を与えるんですって思うのは良いし、それでプライドを保つの勝手だけど、エッセンシャルワーカーの人らに劣らず偉いんですって思ってるならダサいし、恥ずかしいからってだけ思う。

面白いと思ってもらったら勝ちとか、笑わせたら勝ちとか、歌や演技で感動を起こせればそれでいいとか

ある意味そういう別ルールゲームじゃん。

社会的地位をもとめるのは基本的人権とか自分家族プライバシー必要最小限で守られてればよくない?

差別ってそういう領域まで踏み込んでくるものであって、人権確保された上での毀誉褒貶はつらいけどあるよね。社会人なんだし。

 

あと、職種自体が偉くたって、その中にはクズい人もいるし、Permalink |記事への反応(4) | 20:33

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2025-06-12

勝利のためではなく、粛清のために擁立した。(妄想

※この物語フィクションです。

元老院選挙前夜

執政官シゲリヌス・フェロクスの年。

クインティリス(7月)に元老院選挙を控えたこの年の政治状況は、一言でいえば「腐敗の極致」であった。

実態がどうであったか別にして、国民が感じた閉塞感は、まぎれもなく現実だった。

国家成立から殆どの期間において権力の座を占めていた与党への反感はピークに達し、さりとて巨大野党への失望は留まるところを知らなかった。

そんな中、ごく短い期間で爆発的に市民の支持を集めた政党があった。

タミクス・ウニウスを代表とする国家民衆党である

タミクスは明快な語り口で国民生活改善を訴え、WebメディアSNSを用いて露出を増やした。

前年(執政官キシダリウス・モデラトゥスの年)に実施された庶民院選挙国家民衆党議席は3倍となった。

今夏の元老院選挙においても党勢の拡大はもはや既定路線だと思われた。

タミクスが近い将来に執政官となることを、市民は期待していたし、そのために熱狂的に支持もした。

彼は妻への裏切りを報じられたことで、謝罪に追い込まれるなど、完璧とは程遠い人物だったが、それでも市民は彼のことが好きだった。

異変

それはユニウスのカレンダエの10日前、5月22日のことであった。

予兆と言えるものや噂がなかったわけではないが、国家民衆党から発表された元老院選挙公認候補者は市民を騒然とさせるに十分であった。

後に一部のジャーナリストから汚染の四頭立て戦車(Quadriga Pollutionis)」と称された彼らは次のようなものであった。

シラリア・ドミティ庶民院議員不貞、公金の不適切な流用、議員特権濫用等多くの疑惑に対し説明責任を果たさないまま任期満了により失職。
歴史家により死ぬまで沈黙を貫いたとする者、晩年自己弁護に満ちた釈明を行ったとする者に分かれる。)
アダキウス・ウァレリアヌス庶民院議員。議場での過激発言により度々懲罰勧告を受けたと伝わる。
様子がおかしかったとする歴史家がいる一方で、評価する声もあるなど毀誉褒貶の激しい人物であった。
ゲニキウス・ウェリディクス元老院議員根拠なき扇動者として有名であり、疫病の原因を瘴気とする陰謀論を吹聴していた。
また邪教指導者積極的支援するなど、国家民衆党の主張と整合しないと批判された
ドミティア・アクシア元老院議員議員特権が忘れられないのか公認してくれるならと次々に政党渡り歩いて選挙出馬し、
落選を繰り返していることで有名であった。

市民批判は主にシラリアとゲニキウスに集中した。

シラリアは主に過去不祥事が、ゲニキウスはその荒唐無稽しか形容しようのない主張が糾弾対象となった。

(アダキウスは巻き添え被害のようなものであり、ドミティアに至っては単に特権を求めるだけの主義なき俗物ではあったが、信義を軽んじる恥知らずは多くはないが珍しくもない程度には同時代政治家の中に存在した。)

タミクスや幹事長であるシルウァヌス・アリケルスは日夜記者会見という名の弁明行為忙殺された。

曰く「説明責任を果たさず当選できるほど元老院議員資格は軽くないと本人に伝えている」

曰く「誓約書に基づき、国家民衆党方針に従わなければ公認取り消しもありうる」

ただ、公認理由や、今後の対応について問われても、返されるのは曖昧模糊とした言葉ばかりであり、会見でかつて見られた軽妙さはどこかに消え失せていた。

カンナエ後のハンニバルや、敗戦続きのマケドニア王フィリッポスのように、精彩を欠いた采配でただただ時間を空費しているように見えた。

断罪

弁明の日々は続いた。

熱狂的な支持さえあれば、多少のスキャンダルは押し切れる、そう高を括っていたのだろうーーとある者は囁いた。

タミクスの不貞が露見した時も、民衆は彼が掲げる大義に期待し、人間性は不問とした。

あの成功体験が忘れられないのさーーと揶揄していた。

市民も、ジャーナリズムも、タミクスが口で「指摘を受け止める」と言いながら行動に移さないことに辟易していた。

期待は失望へ、支持は批判へ、熱狂は怒りへと姿を変えた。

国家民衆党地方組織すら、特に批判の中心であったシラリアの公認取り消しを求めていた。

(全ての都市属州がそのような嘆願をしていたという同時代証言もある。)

シラリアが会見を行うとの情報が流れ、タミクスは弁明の場と化した会見場でそのことに触れ、記者にこう告げた。

諸君らも参加して不明点を明らかにするとよい」

タミクスのフィデス(信義)を問題にする声もあったが、この時の人々の関心はシラリアの会見であった。

シラリアの会見はユニウスのイデスの3日前(6月10日)、首都たるインペリアーリス・トキオルムの議場内でなされた。

時間半に渡る会見をメディアはただ一言、「説明なき黙秘会見」と称した。

記者の怒号にも似た質問の後に残るのは、遺憾の意に飾られた沈黙のみであった。

ユニウスのイデスの2日前(6月11日)、二時間半に渡る逃亡劇への回答は公認の取り消しであった。

擁立候補者選定におけるタミクス、シルウァヌスの責任を問う声は収まらず、またゲニキウスについても会見を実施するよう求められていた。

少なくともこの時は、タミクスもシルウァヌスも失った支持を取り戻すという先の見えない仕事希望を見いだせていないように、人々の目には映った。

タミクスの思惑

さて、結果を知る我々とてわからないことがある。

いや、その後何が起こったのか、結果を知っている我々だからこそ、この時のタミクスの行動原理は不可解であり、わからないことだらけだ。

時代の人と同様に「時勢を読み違えた」「一時の好調に浮かれ、近視眼になっていた」とする見方現代では主流であるように思う。

なるほどそう考えると矛盾はすくないだろう。

パトロヌスであるウニオンが候補者選定に介入した可能性を指摘する歴史学者もいる。

私が思うに、タミクスはこの4人を勝利のためではなく、粛清のために擁立したのだ。

換言すれば、党勢の拡大にブレーキをかけることになってでも、この4人を議場から除かねばならないと考えたのだ。

シラリアは個人的問題は置くとして、政治倫理の面で国家民衆党の掲げる理想に反しているため、除く必要があった。

ゲニキウスはアテナイクレオンなどと比べれば遥かに矮小ではあるが、扇動者というもの危険性を理解していたタミクスは芽が小さいうちに抜くことを決意した。

ドミティアに関してはフィデスの問題である。フィデスなきドミティアはタミクスが理想とする議場に居座ることすら許されぬ第一存在であった。

アダキウスについては正直少々わからないところもあるが、第二次ポエニ戦争におけるクラウディウスネロのように、成果を上げる半面、その無謀さと予測不能な動きをタミクスが嫌った可能性はある。

少なくともアダキウスを除く3名は粛清対象であったことは間違いないだろう。

これら除去されるべき対象を自党で擁立すると発表し、あえて優柔不断な態度をとることで批判を集中させた。

折を見て会見を開かせ、疑念払拭できなかったとして庇護剥奪したのだ。

廃物置き場に鎮座してはいたが、使いようによってはまだ議員となる可能性があった者たちを擁立し、元から残っていなかった価値さらに念入りに毀損し、他の政治屋どもが再利用できないようにした。

これが事の真相であったーーと私は考える。

歴史の秘める豊かな可能性の一つとして、本説が一隅を占めることを許されたなら幸いである。


Ave fictio, salve historia.

Permalink |記事への反応(0) | 15:29

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2025-06-06

イーロン・マスクさんを日本で受け入れるチャンスじゃね?

毀誉褒貶あるけど、Space-X や Tesla とか日本に足りてない技術革新をやってきたこと&やれる能力があることは事実だ。

日本イーロン・マスクさん誘致成功すれば日本再興も夢じゃないぞ!!

多少のハレーションはあるだろうが、大事の前の小事。そもそも日本では Tesla の売上も落ちてないから受け入れの下地がある。

これこそ日本のチャンスだろ。

Permalink |記事への反応(0) | 12:46

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2025-03-22

いか声優降板論争はいい教材

ネット特性上、年齢という甘えは許されないというものがある。

成人の声優さんなら毀誉褒貶あってもまあプロだし仕方ないと思えるけど10の子にお前はもう引っ込めってそれはない

子供達へこれから動画配信をするなら、コンテンツへの感想意見はそれとして受け止め、安易人格攻撃へ変換するべきではないと教えている。

コンテンツ物事への反応に過ぎず、特に人格毀損する気がない場合ほとんどで、そういった意味をもたないくらいに軽い。思いつめるのもバカバカしい。気持ちで受け止めず、コンテンツに対し、善処に努める方が健全というものだ。

から、親御さんへは子供SNSで発信したいといったなら、親のアカウントを経由するように伝え、ネット攻撃性は子供の手に余るので制限するように勧めている。

これは未成年犯罪に巻き込まれない対策としても有効であり、親の目があれば「うまい話」というのも下手に送れなくなるのだ。

このような理由から10の子という配慮不要子供ネットを使わせるなら、そういう場所だと周知させることが私の役目だと思っている。ネット安全場所だと勘違いさせてはならない。交通ルールと同じで、横断歩道を渡るときに注意し警戒するように伝えると思う。そうしないと時に命に関わるからだ。

話を聞いてもらえれば保護者からの反発はない。「あなたはお子さんにネットを使わせているのですか。」と聞いていくと対策を取る気がなく、他人に丸投げしたいと思っていることがよくわかる。単に何も考えてないだけで、やり方を示せば素直に従ってくれている。子供たちに教える時間より長くとることも少なくない。

扱いがテレビリモコンくらい自由に持たせすぎている家庭もあるので、少し強めに注意することもある。

個人は、視聴者利用者の口をふさぐ方法は賢くはないと感じる。広まるほど、著名になるほど対策は難しい。問題視すればするほど地下化するだけで、より陰湿になっていくことすら考えられる。むしろ、目に見えている方が健全なのかもしれないと思うほどである

それにネットの素直な感想は、悪いものではないとも思ってもいる。長所であり、短所なのだ

分別のついた子たちは、中身のない表現右往左往することはない。叩かれてすぐ引っ込むようなことはなく、力強く世界へ発信していくもの確信している。そう思えば、これからが楽しみでしょうがない。

ただ、最近思うことがあり、教材で使う仮想悪口を考えるのは心に堪えるので、悪口代行を他者に丸投げしたいと考えはじめた。いきなり動画投稿しても普通コメントがなくて当たり前で、誰がコメントするのかといったら私しかいない。ちょっと割に合わない。

anond:20250322171750

Permalink |記事への反応(0) | 18:52

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ハチワレの声優さん変えろって人いるけどさ

ハチワレの声優さん男の子の子

で次第に声変わりで声が低くなってることによってイメージ崩れる!男の声なんかいやだ!って人たちが一定数いて

この度アニメが3ヶ月新作発表休止で声優交代なんじゃ?と言う声がでかくなり

ナガノ先生が「特に何も変わんないよォ」とハチワレが言ってるイラストをアップしている

 

そんでまあ好みやイメージは色々あると思うけど

まず交代しろ!って誰にでも見えるとこで言ってる人はやめな?と思う

成人の声優さんなら毀誉褒貶あってもまあプロだし仕方ないと思えるけど10の子にお前はもう引っ込めってそれはない

そんな言葉をぶつけるのあまり大人として情けない

 

ハチワレの声優は悪くない声変わりを想定してなかった制作陣が悪い!

かいうけどどんな言い方したってお前船降りろって言ってんのは変わんねーんだから

その声が届いてないわけないんだからやめろ

本当に交代が必要なら制作陣が注意を払って伝えるだろうよ

ていうか、制作陣が声変わりが来ること想定してないわけなくね

百歩譲って開始時は長期化を想定してなかったとしても番組改編期ってのは毎年あるんだから

現状も含めて想定内であの座組だと考えるほうが普通でしょ

 

というかハチワレは登場人物の中でも明らかに、「変化する・成長する」存在として描かれてるじゃん

自力カメラを手に入れて資格を取って先生について強くなって

ずーっとなんにも変わらない日常を過ごすキャラクターじゃなく、少しずつ変わっていく役割を明らかに振られてるじゃん

から個人的にはナガノ先生はその辺織り込み済みで男子声優任せたんじゃないかと思ってる

 

いかわはそもそも成長の痛みみたいなテーマ内包してるんじゃないかと思ってて

初期ちいかわの「こういう姿になって暮らしたい」って明らかに幼児じゃん

ごはんを完食したら褒められて悲しくなったら泣いて体がクリームまみれになったらていねいに洗われて

か弱くて庇護されて許される存在

 

でもいつの間にかぜんぜんそんな存在じゃなくなってる

自分で稼いだ金で外食もするし挫折もする

 

成長するってのは「ちいかわ」の姿から脱却していくってことなんじゃないのかな

でかつよは成長の先の一つの姿(でもすべてではない)……と個人的には思ってる

 

そういえばごはん無限に湧くの、でかつよは食べてる様子がないよな

モモンガごはんに執着してるが、普通に考えればでかつよの身体だろうと炊飯器ラムネ湧きどころも行けばいいと思うんだけどそうでないらしい

あのへんの食べ物がどこからか湧くかんじ、子供…というか養われてる立場から見た家の食べ物なのかなーと思ってる

いかわはあの世界に養われている存在で、成長すると養ってもらえなくなるのかもしれない

Permalink |記事への反応(5) | 17:17

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2025-02-20

anond:20250220110958

兵庫県民は今も維新支持だが。

維新議員さんは結論ありきで偏った意見だけで押し通されそうな百条委員会危機感を抱き、県民の声を無視するメディア失望してこのような強硬手段に出た。

斎藤氏が前知事時代から既得権益と戦っていたことは間違いない。

先の県知事選県民の声がメディア攻撃に勝った本当の意味民主主義勝利だった。

立花氏は毀誉褒貶の激しい人だが、言葉がきつかったり正義感のあまり暴走するところがあるものの、正直者で不正に対して黙っていられない人という印象。

少なくとも今回の県知事選においては兵庫県を救ってくれたヒーローだよ。

Permalink |記事への反応(6) | 13:14

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2025-01-29

anond:20250129180734

ごく最近に実父を献体に出して()還って来たのを荼毘に付したもんやで

ワイんとき半年後に戻って来たで

棺の中を見てホントに本人か取り違えがないか確認しよかて半分冗談じみて口にしてみたけど伯父がやめとこやと言ってくれたのでせんかった

もう何十年か前に養老孟司センセが献体処理後に本人家族より少し遠い親戚に無礼だと出会い頭に叩かれたと書いとったり毀誉褒貶けっこうある『人体の不思議展』に賛同メッセ贈っとるの知ってたから解剖に接する人らのメンタリティーもプラグマティズムあふれる()もんなんやろなぁとはおもう

いずれにせよ中の話かいてくれてありがとうやで

Permalink |記事への反応(0) | 18:29

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2024-12-22

ヨッピーと暇空なら、ヨッピーの肩を持つね、俺は

https://note.com/yoppymodel/n/n621bfa22db3c

毀誉褒貶ある二人だけれど、ヨッピーエンタテイナーで暇空はテロリストって感じ。

ヨッピー喧嘩相手を茶化したり不意に真面目な対応したり真摯なフリして茶化したりするけど、暇空はひたすら罵倒罵倒罵倒

暇空は敵認定した相手にはナニ言っても構わないと思ってるし、認知プロファイリングかいうテキトーレッテルの下に、どれだけ侮辱しても自分が正しいと思ってる。

自己防衛イメージ保守という意味も含めて己を飾る際、ヨッピー相手に最低限の敬意を払うポーズを見せるのに、暇空は自分ヒーロー相手ヴィランという姿勢を決して崩さない。

空の中では「養分になる信者」か「抹殺すべき敵」しか居ないんだろう。

さっきまで親しげに話していても、ちょっと失言した途端、その辺の突起物で目とか突いてきそうな怖さがある。

ヤクザ的な怖さというより、境界知能的な怖さ。マンガでいったら真鍋昌平じゃなく漫☆画太郎

というか自分ダイスキだよね暇空。インターネットという鏡に映った自分の姿に見惚れて水仙になるんじゃなかろうか。

幽遊白書に「天沼は強いから疎外される。御手洗は弱いから疎外される」という台詞がある。それに則るなら

ヨッピーは喋らそうとしてくるから炎上する。暇空は黙らせにくるから炎上する」って感じ。

あとまあ、素顔で勝負してるヨッピーと、他人創作物のガワをパクってる暇空じゃ、前者を贔屓してしまうのもしょうがいかな、と。

性格や知能は違ってもジャンルとしてはコロアキと同類

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2024-11-19

松本人志TV番組復帰レース予想

松ちゃん自主的メディア仕事を休んでから10カ月、文春への訴訟取り下げというターニングポイントTV復帰?という記事もちらほら、デスクの方やら、こたつの中からやら出てきて、色々好き勝手言われている。芸能人って大変☆

自主休業以前に出演していた主な番組から「復帰するとしたらどれからか」を予想してみた。しかし本当に売れっ子だったんだな。忘れてる番組もあるかもしれないがご容赦。

増田はかつてダウンタウンが好きだった、そしてどんどん好きじゃなくなっていった増田である

今回予想をつけてみた感想は「復帰できそうな番組もあるけど、それは番組自体が終わっても平気そう」 「中堅・若手で代替できそう」である

年が明けたら休業2周り目になる。そして改変キャストはまぁ半年前には大枠は決まってるだろうと思うと。この年末年始~春まででTV番組からは姿を消すことも有り得るかもね。まぁお金は山ほど持ってるし、配信とか舞台復帰とか色々やれることはあるだろうし、まぁTV復帰するにしても「どんな顔で何を話すつもりなんだろう(呆)」という顔で見ることは許してほしい。

毎週のレギュラー番組

世界の「クレイジー」を見に行く旅人フォーカスした旅番組番組サイトでは松本写真使用されているしクレジットも残っている。制作サイドは復帰させたいんだろうなという感じ。個人的には、この番組やらせで1×付いてることと、そもそもまりMCとしての松ちゃんの適性がないと思ってたので制作サイドが松ちゃんにこだわってるのが意外。

貧困犯罪商業化と自然破壊といった社会的に複雑な背景があるテーマの時のコメントがとにかく95%は的外れ、かつ面白くないと思っていたのでちょっと不思議なのだが、まぁそういう主旨(番組の尺稼ぐためにはヤラセもするし、複雑な背景も雑に無神経に松ちゃんにまとめてもらえばキャッチーに加工できるっしょ!的な?)なら、早く復帰してほしいでしょうね制作サイドは。

非人道的企画炎上したり、考えさせられるドキュメンタリーとして面白企画になったりと毀誉褒貶番組Webサイトそもそもほとんど情報がないのだがメインビジュアルタイトルダウンタウンだし、今のところ損切り気配はサイトからは伝わってこないしプロデューサー松本信者かつ割とアレなタイプの人なので復帰させたいと思ってそうではある。

番組自体ダウンタウン特に松ちゃん不在でも普通に進行できている(むしろハマタ不在の方がこの番組は成立しにくそう)。もともと炎上番組なのでスポンサーダメージも少なそう。ただし番組における松ちゃん役割は「頭おかしスタッフ企画常識人風のチャチャ入れする係」なので、色々グレーなものを背負ってしまった彼がその役割を厚顔に全うできる気はあんまりしない笑

増田はこの番組は見ていないので分からないのだが、番組自体MCハマタがいれば特に問題なく進行してそう。タレントをずらっと並べてエピソードトークハマタさんがたまに突っ込み入れるだけなので元々松ちゃんは「欠くべからざるパーツ」ではない。関西の局は「色々あった吉本芸人」に優しい気がするしシレっと復帰できるんちゃう?知らんけど。

と思って番組サイトを見たらクレジットが「ダウンタウン 浜田雅功」になってたのでちょっと笑った。

観測気球的なネット記事が一番最初にあがったのがナイトスクープだったのはすごく意外。そもそも局長増田の周囲にいるナイトスクープをこよなく愛する関西人たちからとても不評だった。増田都民なのでいまいちからないのだが、関西地方で生れ育ち東京暮らしている人にとってMXTVで見るナイトスクープは一番故郷の風が感じられる番組で、松ちゃんは何かちゃうねんということらしい。増田も「ないわー」と思っていたが、松ちゃん局長やりたがってたのを知ってたのと、まぁM-1の件があるから局長やりたいねん」って言われたらABCは断れないよな~王様キャスティング~と思っていた。

ネットの反応をこたつからお届けするFLASH記事が出てしまたことで、逆にABCは、ナイトスクープだけじゃなく年末ドル箱M-1についても『今後の松本の出演の可能性について「現時点では未定です」と回答(日刊スポーツ)』せざるを得なくなり、タイミング的にはもうとっくにM-1審査員オファーは終わってるだろうな…などと併せて想像すると、ちょっと物悲しい。

かれこれも20年ぐらい見なくなって久しいので分からないし、「まだ終わってなかったんだ」という驚きもあるが、日曜の深夜枠で続いていた。番組サイトを見たところ先週の企画が「東京23区まっちゃんの店完全制覇!現在空前のまっちゃん不足に陥っているガキの使いが「まっちゃん」と名の付く店を巡ってまっちゃん補給する!」だったので笑った。ここでも観測気球企画を当ててきてたんだろうと思うとうすら寒いけどなぁ…。

ガキの使い1980年代後半から続く老舗番組だし一時は日テレの年越しも任されていた番組なので、ここから復帰が一番順当だと思う。日曜の深夜枠なので目立たないし。逆にここ以外に出て来ないでくれると八方丸く収まる感じもある。

この番組は「タモリにおけるタモリ倶楽部のような番組を作りたい」という趣旨企画された番組らしい。本家の方(タモリ倶楽部)が終わった中で、どこまで引っ張れるかというのはあるかもね。

ワイドナショー、でまーす」とXでポストし、結局出なかったことでおなじみのワイドナショー。局にも迷惑かけただろうし、扱うテーマ芸能スキャンダルだったりなので、一番ない選択肢だろうなーと思いつつ番組サイトを見たらもう東野が一人で邪悪な表情を浮かべていた。番組説明も『東野幸治と豪華芸能人が送るワイドショー』となっている。

ちなみにフジテレビは、自主休業前のレギュラー番組「まつもtoなかい」 「人志松本酒のツマミになる話」2つをいち早く看板を掛け変えて存続させている模様。ワイドナショー東野、まつもtoなかい中居酒のツマミ千鳥かまいたち?って感じみたい。3番組ともハナから見てなかったか趨勢全然分からん

不定期のレギュラー番組

時期的には今、代わりの審査員を抑えられてなかったら難しいだろう。1席を空白にしておいて世評を見ながら、とかも有り得るかと思ったが、審査員奇数と決めているようなので、まぁ難しいよね。ナイトスクープこたつ記事の余波でなおさら難しい局面

個人的には「芸人の後輩を女衒として使役していた人」は、若手芸人の芸をうんぬん判断できる立場なのか」という批判はしておきたい、パワハラになりやすい構図だから

2024松本不在で終わった。03飯塚審査コメントのことで小さいボヤを起こしていたが(お前の好みで審査するな的な)その後特に延焼している様子がないので、このまま行けそう。上沼恵美子もお前の好み知らんわと炎上してたが、まぁM-1と比べると影響の小さい賞レースでもあるのが幸いしたか

ただ、審査員松本不在でも割と何とかなったという前例にもなってしまたか個人的には、むしろキングオブコント松ちゃんの選評はアウトオブデイト感あるなと思っていたのでこのまま無しで言ってほしいと願っている。

そもそも松ちゃん実はそんなにコント上手くないかもしれない(映画コケたのも同じ脳というか…)。発想はあっても構築ができないというか。なのでキングオブコントの選評は的外れになる時がある。

自主休業のあおりを一番受けたのがこの番組なのではないか242月特番には博多大吉が急にブッキングされたという話もあった。後輩も大変だ。松本不在のチェアマンバカリズム

次回予定は不明可能性があるとしたら来年1、2月あたりか?Wikipediaによると年2ペースだったもの2022年から年1ペースになっているので、制作コストなども大変なんだろうな感もちらほら感じられる。

個人的には、そもそもチェアマン自体不要だなと思っているのだが、大喜利得意勢は3~40代芸人に山ほどいるのでキャストを若返させるチャンスだと思う。ギャラがすごそうなチェアマン(おまけに回答も微滑りしてる)は損切りして、何かよー分からん秘密酒場みたいな金のかかるセットも辞めて、頻度を上げてほしい大喜利大好き増田です。

配信

たことないので分からん。新作は自主休業前から作られてないようなので、このまま新作無しでいくのかもしれないし、TV復帰が思うようにならないならこっちで復帰はあるかもね。

Permalink |記事への反応(3) | 11:53

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2024-11-04

日本現代小売業界における10大事

2024年現在から過去数十年を振り返った際の重要イベントトレンドに関してまとめてみた。筆者の出自(旧来側の小売企業所属)によって、記載の濃淡がどうしても出てしまうが、その点は容赦いただきたい。

1位 大店法の緩和と廃止1991年

大型店舗新規出店に対して規制をしていた「大規模小売店舗法」が1991年に緩和され

2000年廃止された。経緯としては、日米間の貿易摩擦に対する折衝の中で日本国内産業障壁の一つとして指摘されたことによるもので、大店法緩和の象徴として日本進出したのがトイザらスであるしかし、大店法の緩和と廃止によって生じたのは米国企業進出ではなく、商店街などの中小小売業の衰退とロードサイドである。我々が日本の各地で目にしている、寂れた中心市街地と画一化されたロードサイド店舗が並ぶ郊外風景は、これによってもたらされた。

2位 主要EC各社によるサービス開始 1996年

楽天市場サービス提供1996年Yahoo!ショッピングが翌年の1997年である。小売の各セグメントにおいて、Eコマース食品スーパーコンビニ等を抑えて堂々の一位にある。あまり詳しくないので記載はこの程度。

3位 ジャスコ設立 1970年

岡田卓也社長を務める岡田屋ほか3社が合併し、ジャスコ株式会社誕生

大店法緩和以降(第1位参照)の小売業郊外進出の時流に乗って積極的に出店と企業統合および業態拡張を行い、イオンへの屋号変更を経て、日本最大の小売グループと成長していく。

4位 セブンイレブン豊洲開業 1974年

米サウスランドから前年にライセンスを取得したイトーヨーカドー国内第1号店として、東京都江東区豊洲の酒屋を改装オープンした。大店法緩和以降の、中心街および市街地における店舗フォーマットとして、フランチャイズにおける小型店舗という、毀誉褒貶の伴うビジネスモデル確立した。国内初のコンビニに関しては実は諸説あるらしいが、いずれにせよ豊洲店が現在まで続く流れの中で最も重要存在であることは間違いがない。なお、豊洲店は今なお営業しており、従業員国内初のコンビニであることを尋ねると、嬉しそうな反応が返ってくる(何年か前の話)。

5位 海外大手小売業進出撤退 2000年

2000年フランス大手スーパーマーケットカルフール日本進出千葉県幕張市に店舗オープン。また2002年には経営不振に陥っていた西友を買収する形でウォルマート日本進出した。しかカルフール2005年イオンに売却され、ウォルマート2018年西友経営から手を引いた。

両社の進出当時には、EDLP(エブリデーロープライス 特売に頼らない一定の値付け)や卸などの日本的商習慣の打破に対する期待もあった。両社の撤退後、国内リアル小売業日本資本が担っていくという流れが決定的となった。一方で、川上側の流通構造の変化については、イオンユニクロ等が手をつけていくことになったのだが、そこに海外大手進出の影響があったのかもしれない。知らんけど。 

6位 ユニクロの全国進出 1998年

ユニクロフリースを目玉商品として原宿に出店した。ロードサイド型のフォーマットは、レンガを基調にしたオールユニクロファンには懐かしい店舗スタイル1985年にすでに最初店舗オープンしていた。地方発祥の一量販店に過ぎなかったユニクロが、原宿オープン時に社会現象と言われるまでのニュースになり、以後は全国的ブランドとなっていった。またフリースから始まったユニクロオリジナル商品ジーンズなどの数々のヒット商品を経て、単なるアパレルショップという業態からSPA(製造小売)という別のビジネスモデルへの転換へと繋がっていった。今では想像もできないが、昔はユニクロでもリーバイスジーンズとか売っていたのだ。

7位 スマートフォンによるECモバイル化 2010年

スマートフォン発売当初は、国内はいわゆるガラケーと呼ばれた従来型携帯電話主体であったが、2010年iPhone4あたりから潮目が変わり始めて、スマホの普及が加速した。これに伴い、EC担い手も従来のPCからモバイルへと変化していった。

今となっては想像もできないが、当時はECで買い物をするときには、PCの前に移動してブラウザを立ち上げてから買い物をすることが必要であった。

ネットリアル統合とかそういったことがこの頃から言われるようになった。リアル店舗における買い物体験については、モバイル化によって、当時期待していたほどに変化したとは言えないが、今後も続く大きな流れではある。

また、このモバイル化とほぼ同じタイミング東日本大震災(2011年)があったのは、巣篭もり含む社会情勢変化の中で間接的な影響はあったのではないか個人的に思う。

8位 ペガサスクラブ設立1962年

小売業界以外の人にはほぼ知られておらず、業界内でもペガサスクラブのことを知らない人が多い。読売新聞記者であった渥美俊一氏によって設立された、研究機関ないし互助機関である高度経済成長期以降、アメリカ小売業モデルとした、日本小売業組織化大規模化に、ペガサスクラブの「チェーンストア理論」は大きな影響を与えたとされる。

9位 ダイエー松下戦争 1964年

松下(現在パナソニック)製のテレビを、ダイエーメーカー設定を下回る価格販売したことによる対立。大きくは流通業界全体における主導権を製造側が握るか小売側が握るかという点での争いである。より消費者に近い川下側が主体となって流通全体の効率化と変革を進めていく考えが流通革命であり、1962年に同名で出版された著書がある。

10位 百貨店各社の統合 2007年

大丸松坂屋統合によるJ.フロント リテイリング阪急百貨店阪神百貨店によるエイチ・ツー・オー リテイリングの発足がともに2007年で、翌年の2008年には三越伊勢丹経営統合した。この一連のイベントは、統合のものよりも、百貨店業界全体の不振として捉えたい。

今となっては信じられないが、かつては小売業の中での業態別の首位百貨店であったが、売上高としては1991年12兆円をピークとして現在まで半減している。

ランク

スーパーマーケット紀伊国屋オープン 1953年

日本における初のPOSシステム開発 1971年

マツモトキヨシ 上野アメ横オープン 1987年

マイカル経営破綻 2001年

主婦の店運動 1949年

Permalink |記事への反応(2) | 14:39

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2024-09-11

進次郎総理

が、現実的になってきてしまった。なんだこの国。

ところで岸田首相就任当初からしばらくはアンチ自民マスコミ野党支持層から妙に好かれていた。

いわゆる蜜月期間を過ぎても、安倍政権下だったらまたデモだ何だのお祭り騒ぎになったであろう法制を無風で通していた。

何やっても批判されない空気があった。

自民支持層右派はそんな岸田首相左派スパイと見ており、結局離れていった。

なんやかんやあって結局今やこの嫌われようである

首相を数年やれば国民の多くに嫌い抜かれるのはもう仕方ないのだろう。本邦の政治風土感情駆動である限り(海外理性的と言ってない。たいがい感情プラス民族社会階層の分断駆動で最悪だ)。

しかし岸田首相はただ感情的に嫌われてるわけではない。たとえば逆ギレみたいな派閥解体ほとんど独裁者仕草であった。別に高邁な意図があったわけでないのは当初自派には手を付けなかったことで明らかだ。安倍派を削る意図しかなかった。

逆ギレしかないが結果としてそれはもちろん功績でもある。

人気者の進次郎くんは数年後、必然的に天下の嫌われ者になる。そのとき彼は岸田のように毀誉褒貶の誉・褒を残せるのだろうか。

しろ宇宙ポッポみたいに悪夢として思い出されるパターンになりそうな気がして仕方ないのだ。

「そうなったらいい気味だ」などという話ではもちろんない。その時に傷みきっているのは彼のイメージよりも日本国である

「変なやつにやらせてみる」のは当たりのない籤引きだと、みんな学習していないのか。

進次郎が怖いのは自民党のお歴々の単なる操り人形では収まるまいということだ。

そこまで恩がないからな。党子飼い若様に見えて、実はジジイの靴舐めなくても自前の顔人気でやれてたのだ。むしろジジイどもが靴舐めに走ってる状態

愚鈍野田佳彦が「七光!」と言ってたがパパ小泉は党内にプレゼンスは無い。

進次郎がいま誰に吹き込まれたことを本当に「採用」してるか、この先誰に吹き込まれることを鵜呑みにするか誰にもわかりゃしないのである

Permalink |記事への反応(3) | 19:51

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2024-08-05

追記あり最近のお手軽優生思想が鬱陶しい(スポーツ活躍は選別じゃ

anond:20240731234612

増田めいろま優生思想肯定しているわけではないのはわかるが、

May_Romaめいろま 谷本真由美 @May_Roma

日本選手が強くなったり、最近の子達が美形でダンス勉強うまいというの、あれ日本80年代以後は見合いが激減したのが原因かもな。能力がない、金がない、不細工結婚できなくなって、優秀な人間けが自然選別で結婚して子供を産むようになった。多分これ結構あたってると思うんだよ

https://x.com/May_Roma/status/1818342205909524820

ある快挙を無理やり優生学的な原因で説明しようとするのはモロに優生思想でしょ。例えば日本スポーツ選手が強くなり、オリンピックで優れた成績を残せるようになったのにお見合いの激減など効いているはずもない。はてな民からしたらめいろまなんか真に受けるなよといいそうだが、最近こういうなんでもお手軽に優生学的な理由を求めようとする人間が増えている気がするので真面目に反論しておく。

理由1:お金のおかげ(スポーツ振興予算)

これはズバリ森喜朗のおかげ…もといtotoのおかげである森喜朗Jリーグも好きではないが、今日国際大会での日本勢の活躍の一因は間違いなくこのスポーツ予算にある。

https://www.asahi.com/articles/DA3S14462004.html

totoの売上からは"毎年"200億くらいの予算スポーツ振興に安定的に投下されるようになっている。メジャースポーツからしたら大した額に見えないかもしれないが、これにより従来個人趣味の域を出ずスポンサーもつかなかったマイナースポーツへも強化予算が割り振られるようになった。パリオリンピックでの躍進目覚ましいフェンシング分析をしたものが以下のツイートである

Sato Josuke (Jose Sato)

@soccer_kozou013

つのからかは不明なのですが、味の素トレーニングセンターに作られた広い練習場で定期的に候補選手の強化合宿が開かれていたり、学生選手将来有望だとみなされた選手トレセンが頻繁に行われています太田雄貴さんの活躍によりそれにさら拍車がかかった印象です。

https://x.com/soccer_kozou013/status/1820274088906285060

一昔前なら、フェンシングのようなマイナースポーツ(失敬)の国立トレーニングセンターなど想像もできなかっただろう。ちなみにスケボー2017年からJOCに加盟しているのでそれなりの予算が出されていると思う(たぶん)。

理由2:女性活躍のおかげ

日本オリンピック金メダル数の推移をみると

https://honkawa2.sakura.ne.jp/images/3980a.gif

こんな感じになっており、言うまでもなく90年代からの増加は女性選手のおかげであることは明らか。日本男女平等は完全には程遠いが、宗教経済的理由により女性がまともにスポーツをできない国はまだまだ多く、それらの国々に比べればまだマシであるおかげと言える。

そもそも人間品種改良なんてそんな簡単ものじゃないからな

80年代からお見合いが減ったといえ、今のスポーツ選手はその世代の子供にあたり、たかだか1世代しか経過していない。そのような少ない世代での効果などたかがしれている。さらお見合いがなくなった80年代価値観で言えば、男性の魅力は経済力という時代なのでスポーツ能力とは全く関係がない。スポーツができてモテるのはせいぜい中学生までくらいのものだろう。

品種改良をしようとするのなら優れた形質を持つもの同士を交配し、さらにその子孫もその形質で選抜しつつ交配を繰り返さなければならない。たかだか世代経済力選抜したところでスポーツ能力など上がりようもないのだ。(「最近東大生選抜されているか美男美女が増えた」というのも同レベル寝言だろう)

追記

人の意見毀誉褒貶があるのは当然なので、反論したいわけではないですが、誤解は解いておきたいので追記します。

めいろまのは価値観を表明した意見であって優生思想ではないよね?

これはその通りで私の言葉足らずでした。ああいうのは優生思想のものではなく、優生信仰とか優生信者とか優生陰謀論とかそういうのが正しいですね。

遺伝環境が引き継がれる要素ってあるよね。

これもそのとおりです。増田別に遺伝要素や環境が引き継がれる要素まで否定するつもりはないです。優生学にも科学的な要素はあると思っています。ただそんなにね、1,2世代ゆるふわ身体能力と関連性の薄いセレクションしたくらいで身体能力上がるわけ無いだろ!安直優生思想説明するな!遺伝なめるな!と言いたかっただけです。

理論的には、特定集団隔離して交配と選択を繰り返せば一定の形質をもった新たな品種を生み出せる、というのは育種学的に見れば当然の話だし、あるいは大集団でゆるい選択を長いあいだ続けることによって平均値を緩やかに変えていく、みたいな可能性はあり得ます。例えば木村資生博士はこの後者可能性を提案しています

ただそれが実施可能であるかというと

という問題があって、具体的には2番めの点については木村先生はほぼ自明に賢いもの優遇しようと提案されていますが、目下の少子化消滅がほぼ確定しつつある日本を見ると賢い人間よりマイルドヤンキーみたいな方が優れた形質なのでは無いかという気もします。家畜場合「肉が多い方が良い」「産卵個数が多い」など具体的に目標を決めることができますが、人間場合望ましい形質というのはそんなに簡単には決められないでしょう。(ただ木村先生活躍された時代少子化ではなく人口爆発懸念されていた時代である、ということは背景にあります

3点目もこれに関連していて、例えば「外見が優れている」価値観の中身などはすぐに変わり得るということです。平安美人は今の美人とかけ離れている…などと持ち出さなくても、イケメン定義でも昭和と令和では全然違うという現実があります石原裕次郎高倉健は今の時代では顔の濃いおっさんフェイスだし、今風の顎が細く中性的K-POPアイドル容貌昭和時代では気持ち悪いカマホ野郎扱いでしょう。高々30年(=1.5世代)程度あれば人の価値観はあっさり変わってしまものなのです。

結局の所「優生学」にも科学的な部分はあるがその部分は「育種学」と呼ばれるものであり、このあたりの関係は「脳科学」と「脳神経学」みたいなものではないかと思っています

Permalink |記事への反応(13) | 21:13

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2024-07-09

ひまそらあかね (暇空茜) の都知事選評価する

2024年東京都知事選挙は、大方の予想通り現職小池百合子氏の圧勝に終わりました。午後8時の投票締切と同時に当確が発表される、いわゆる「ゼロ打ち」であり、他候補そもそも勝負土俵にすら上がらせてもらえなかったというのが率直な評価ではないでしょうか。

けれども、X (旧Twitter) などネット上で大きく注目され、毀誉褒貶半ばの話題を集めていたのは、東京都福祉政策に対する不明瞭な支出を追求しており、電撃的出馬宣言したひまそらあかね (暇空茜) 氏であったように思います

私自身も、ひまそら氏に対してはColaboとの争い当初から注目しており、今回の選挙戦も興味深く見守っていました。今回のひまそら氏の都知事選挙の結果評価について書き残しておきたく、初めて投稿してみます

ひまそら氏の選挙結果

ひまそら氏の最終的な得票数は、大方の下馬評を覆す11万196票でした。これは区議都議を十分に狙える得票数であり、結果だけを見れば大健闘と言って差し支えないでしょう。実際のところ、得票数10万を超えると予想していた人はごく少数であり、私自身もせいぜい5万票程度に留まるだろうと考えていました。顔出しなし、政見放送なし、街頭演説なし、ポスター貼りなしという「縛りプレイ」で、純粋ネットのみの選挙運動可能性を強く感じさせるものだったと言えます

けれども、この都知事選はひまそら氏にとって得るものが少ない割に失ったものは多く、ひまそら氏にとっては完全な「失敗」であったと私は考えています

石丸伸二氏の大躍進の阻止失敗

ひまそら氏が電撃的出馬を決意した理由は、石丸伸二氏の当選を「阻止する必要がある」と考えたからだと述べています

https://www.dailyshincho.jp/article/2024/06251240/

最初に述べた通り、今回の都知事選は序盤から終盤まで終始現職小池氏の独走状態でした。仮にひまそら氏が出馬しなかったとしても、今回石丸氏が都知事になる可能性はほぼゼロだったでしょう。歴史にイフはないので、ひまそら氏の出馬がどれだけ石丸氏の票を「喰った」のかは分かりません。

けれども、ひまそら氏の得票数 (約11万) を石丸氏の得票数 (約160万) に足しても、小池氏の得票数 (約290万) に遠く及ばないことを考慮すると、ひまそら氏が立候補しようがしまいが、いずれにせよ石丸氏は今回都知事にはなれなかっただろうし、ひまそら氏の選挙活動選挙大勢ほとんど影響を与えなかっただろうと言えます

そもそも都知事選挙告示前に公表された情勢調査では、石丸伸二氏の支持率供託金没収ライン(10%)を下回る8~9%程度だったと報道されていました。

https://president.jp/articles/-/83050

蓋を開けてみると、石丸氏はそこから15ポイント以上も上昇した24.30% の票を得ています。これは大躍進と評価できますし、石丸氏は経歴と年齢を考えれば十分に「次」へと繋がる実績を残せたと言えます

私自身は、石丸氏のパーソナリティにはかなりの不信感を抱いており、公職に就く人間としては不適格であると考えていますが、少なくともこの結果だけ見れば、ひまそら氏は石丸氏を止められなかった、ひまそら氏の批判石丸氏にほぼ何の影響も与えなかったと評価せざるを得ません。

ひまそら氏が都知事選挙から新たに得たものほとんどない

ひまそら氏が今後真剣公職を目指すのであれば、今回の都知事選得票数一定の影響力を持ちうるでしょう。そうではなくとも、たとえば内野愛里氏のように、純粋に売名のために選挙を使うこともできたはずです。けれども、ひまそら氏は今後政治家を目指す野心はないと述べており、政見放送ポスター街頭演説などを効果的に使って自身政策課題を広くアピールすることもしませんでした

私が見る限りでは、ひまそら氏のXやYouTubeでの選挙活動は、既にひまそら氏のことをある程度知っている人間 (支持者であれアンチであれ) にしか見られていなかったように思います。ひまそら氏のことを全く知らない人に、いか自分自身と(いわゆる)WBPC問題を知ってもらうかという観点での運動はありませんでした。そのため、ひまそら氏は選挙期間中にもそれほど多くの新規フォロワーYouTubeチャンネル登録者を獲得できていません。ひまそら氏の敵視する石丸氏が、XやYouTube効果的に活用して自分を知らない人 (特に若年層) に効果的に名前を売り込んでいたのとは対照的であると言えます

ひまそら氏は支持者の忠誠心と信頼を浪費した

先に述べた通り、ひまそら氏は、新しい支持者を得るためのアピールをするよりは、既存の支持者の忠誠心を高め、コアな支持者の口コミ活動に注力する選挙活動指向していたように見えます。ところが、ここでもひまそら氏は大きな失敗を犯しています。端的に言えば、支持者の期待のコントロールに失敗し、その信頼と忠誠心無駄に浪費してしまったのです。

都知事選投票日の数日前、ひまそら氏は「あ、これ俺マジで一位狙える位置だわ 一か二位の予想出てるんじゃないかな」、「「ひまそらあかね」と「小池百合子」の一騎打ちになっている」 と主張していました。

https://x.com/himasoraakane/status/1809420085226008590

この主張がどれほど本気だったのかは分かりません。戦争最中大将弱気を見せるわけにはいかないという理屈も分かります。けれども、実際のところ、全選挙期間を通してひまそら氏の情勢はせいぜいが泡沫候補中位~上位であり、これはあまりにも事実認識を欠いた発言でした。

ひまそら氏本人が書いたものではありませんが、投票日の数日前「都知事選百合子とひまそらの一騎打ちになったという情勢についての解説」というnoteがひまそら支持者の間で広く流れていました。

https://note.com/ks_kaz_game/n/n286e6f7c1ac0

少なくない支持者が、本気でひまそら氏が都知事になれる可能性があると考えて、口コミショート動画作成によるひまそら氏の周知・投票呼び掛けの活動をしていたようです。また、ひまそら氏自身も、「この国が終わる」「自分逮捕される」と支持者の危機感を強く煽るような選挙活動を行なっていました。ところが、結果的には文字通り「桁違い」の敗北であり、支持者の信頼と忠誠心を大きく裏切ったとしか言い様がありません。また、出馬判断から選挙情勢・票読みに対するひまそら氏の「カン」に対する信頼は大きく損なわれたと言えるでしょう。辛辣に言えば、大将事実認識を誤り、兵士を負け戦に突撃させ無駄死にさせた状況です。

いわゆる時事系YouTuberと呼ばれるような、動画でひまそら氏の言葉拡散する本当の中核的な「信者」は、何が起こってもひまそら氏から離反することはないでしょう。けれども、積極的発信をするわけではないもののひまそら氏を支持しているコアな支持層忠誠心と信頼は大きく削がれたように見えます

ひまそら氏の今後について

先に述べた通り、今回の都知事選におけるひまそら氏の選挙活動は、かなりの健闘だったと言えます。けれども、ひまそら氏が今後この政治的影響力を有効活用することは、以下の理由から非常に困難です。

・ひまそら氏自身名誉欲や公職への野心がない

・氏のパーソナリティ上の問題から既存政党からの推薦を得ることは非常に難しい

・ひまそら自身が、選挙への出馬は今回限りであり別の選挙に出るつもりはないと主張している

(ウソをつかない、一度口にしたことを覆さないというブランディングをしている以上、すぐに別の選挙に出ることはできない)

・電撃的出馬によるサプライズ効果や、候補者の新鮮さは選挙を繰り返す度に剥落するため、今後選挙に出るたびに得票数は減少する

(ひまそら氏のプライドの高さから考えると、今回の選挙結果すら下回るような惨敗を何度も許容できるとは思えない)

・コアな支持者の危機感を強く煽るタイプ選挙戦略は、そうそう何度も使えない

・ひまそら氏の「カン」の鋭さに対して、ひまそら氏自身も支持者も信頼を失った

結語

既存政治団体後ろ盾を持たない無名候補者の選挙活動として純粋評価すれば、ひまそら氏はかなり健闘したと言えます。一方で、ひまそら氏自身が掲げた戦略目標(石丸氏の政治的影響力排除)は達成できなかった上に、自軍リソースを徒に浪費しながらも何ら今後に繋がる利益を得られなかったという意味で、彼の都知事選挙出馬は「失敗」であったと評価せざるを得ないでしょう。

Permalink |記事への反応(1) | 22:21

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2024-06-12

anond:20240612095822

自分容姿への毀誉褒貶は甘んじて受けろ」という相互理解に合流してなによりです!😉👍

Permalink |記事への反応(1) | 10:00

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2024-05-26

[漫画]ゴールデンカムイに見る長期連載漫画の受容の変遷

あんまり多く語られてないが、初期のゴールデンカムイは明らかに山賊ダイアリー」とかのジビエブームの流れに乗っていた。

公式切り抜きがネットミームになったり、そういうところから徐々に認知度が上がっていった作品だ。

今では評価が固まり過ぎて「多様性が」とか「歴史評価が」とか、批評的にお利口な語り口でばかりその魅力が語られるが、実際に初期から連載とその人気拡大を追っていると、ゴールデンカムイにはそれだけでない多様なフックと、それをタイミングよく引っ掛けるそれこそ漁師神業がふんだんに見られた。

ゴールデンカムイの受容(需要)の変遷をまとめることによって、長期連載漫画が当たるためにどれだけ多くの仕掛とチャンスを要するのか、改めて考えてみたい。

 

【連載開始】最初は古臭い冒険譚。世間の関心は薄い?(1〜2巻)

 2014年8月、連載始まる。 増田はこの頃はまだ読んでいない。

 

 1話ははっきり言って、刺さる人には刺さるのかも知れないが、古臭い冒険もの空気しか感じられない。

 「露助」と差別語を使う戦争帰りの主人公囚人を殺して皮を剥ぐ猟奇趣味。まだ頭身の高い美少女アシリパ

 一部のネクラには受けても、一般には忌避される湿っぽいダークさが作品を包む。

 キャラクターも、薄汚い囚人たちに、死をも恐れぬ兵隊、そのトップの怪人中尉と、マイナーさは否めない。

 

 しかし、連載数話目から、この漫画にはちょっとだけ流行の要素が入ってくる。「ジビエである

 当時は「山賊ダイアリー(2011〜2016)などの猟師ものが密かにブームを迎えていた。

 あるいは、同時期(2011〜2019)のメジャー作品として荒川弘の「銀の匙」など、「命をいただく」をテーマにした漫画も人気を博していた。

 ゴールデンカムイはこの流れに乗って、「冒険をしながら猟師生活を見せる」というストーリー構成で注目を集めていくことになる。

 

ミーム化する】アザラシ猟とオソマミーム(2巻〜)

 ニコニコ静画タイムスタンプによると、ゴールデンカムイ公式切り抜き漫画「アシ(リ)パごはん第一回が掲載されたのは、2015年1月となっている。

 初回は「リス」。可愛らしいリスの皮を剥き、ミンチにしていく様子がコミカルに描かれるシーンを作中から数ページ切り抜いて公開した公式の切り抜き漫画である

 これが、受けた。

 チタタプ、オソマルイベなど、アイヌ語食べ物名前が広く知られるようになり、アシリパアザラシをしとめるシーンなど、コミカルカットネットミームにもなる。

 しかしこの頃もまだ、一般受けする漫画とは言い難かっただろう。なにせ「山賊ダイアリー」のような、「命をいただく」テーマ自体が重すぎる、マイナーメジャーのものだ。キャラクターも男臭い変態だらけで「ホモソ受け」という感じは強く、牛山も女を武器にする卑劣漢だった。(このマンガがすごい! 2016 オトコ編 2位、マンガ大賞 2016 大賞)

 増田自身、この頃作品を知り、アシリパごはん面白く読んでいたが、金塊探しというメインストリーにはまったく興味が持てず、長いこと本編は読まずじまいだった。

 

【大確変腐女子トメ心を掴んだ尾形と鯉登(10巻〜)

 10巻頃まではこの漫画はこういった男向けの要素だけで進んでいく。変態的な囚人覚悟を決めた簡単死ぬ兵隊、「命を食らう」生活感。

 しかし、ここにきて大確変要素が加わる。プリンス鯉登、心に闇を抱えた尾形などの、圧倒的に乙女受けなキャラクターエピソードが増えたのだ。

 彼らのシーンを見た瞬間に、増田は「あッ、これはジョジョみたいに腐女子アンテナにひっかかるゾ」と確信した。

 今となっては当たりも当たり。SNSで「ゴールデンカムイ」を検索すれば9割女性向け同人イラストという現状への変動がこの瞬間に確定したのである

 そして本作はこの勢いを掴んだまままさに滝を遡る鯉のごとく大作へと変貌を遂げていく。

 

【最盛期】網走監獄編、腐女子掴み、文化的描写評価が重なり、人気拡大、アニメ化、そして大英博物館の顔に。(14巻〜)

 シリーズ前半のクライマックスとも言える網走監獄編を見事なテンションで描ききった本作は、アニメ化(2018)、手塚治虫文化賞 マンガ大賞(2018)、大英博物館特別展においてキービジュアルを飾る(2019)など、大躍進を遂げる。

 アニメシリーズは海外配信も好評で、海外にもファン層を広げる。

 大英博物館の展示では、「女性を表している点。(中略)アイヌという少数民族文化を描いている点」など「ダイバーシテイの理念体現する作品になっている」を評価されキービジュアルに選ばれたとされる。

 「多様性」や「文化歴史描写」に優れた名作という評価は、この段階で確立された。

 

ホモり過ぎ】迷走の樺太編。しか腐女子は掴み続ける。

 網走監獄編で大きな波をひとつ越えたあと、人によっては中だるみと言われる樺太編に入る。

 すでに確立された名声を揺るがすような劣化も見られないが、特に新しい要素が受けたわけでもないので話題は少なくなる。

 このあたりで増えた要素と言えば谷垣を中心に多用される「ホモギャグである

 増田の受け止め方としては、「文化的な名作」扱いに対する作者の反発と言うか、何かヤケクソなものを感じる。

 宇佐美の「◯◯探偵」に至っては常軌を逸しているというか、ここだけをもってして「文化的作品」として他人に勧めることは出来ないだろうと思う。

 しかしこれもある意味時代は掴んでいるのかも知れない。一部のラディカルフミニストを中心に、この過剰な下ネタが「セクハラミラーリング」として全面肯定される現象も見られた。ほとんどの人には、ホモソーシャルの笑いの延長にしか見えないと思うが。

 

大団円】終わりよければすべて良し。炎上した内容も修正して晴れて「名作」に。

 清濁合わせのみ毀誉褒貶を越え、本作は2022年に連載終了を迎える。

 作品としては大団円だったものの「文化的」という名声を得すぎた故の重箱の隅をつつくような批判最終回のいくつかの描写につけられた。

 単行本化に際してそのうちのいくつかは修正され、うるさ方もそれで納得したのか、今では「文化的」で「多様性」を表現した、歴史に残るすばらしい名作という評価がほぼ揺るぎないものになったように思われる。

 しかしその8年にも渡る連載期間を省みれば、このようにさまざまなフックと変化で客を掴み、興味を維持し続けてきた結果のことなのであって、ただ「綺麗な作品」(と思う人もまあいないとは思うが)を描いたか評価されたというような単純な話ではないのだということは覚えておきたい。

 

感想感想

 トラバブコメもだけど、「自分趣味にあった部分」だけが評価対象じゃないと許せないって思考回路のやつ、キツいわ。

 「血なまぐさい男受けだけじゃ同人受けや海外受けまで広がらなかったよね」ってことが書いてあるのわからん? 日本語わからん

 根本的にこの文章で書いてあることが何かということが理解できてないと思うので、自分機能的非識字だと認識した方が良いよ。

 

 クライマックス付近無料公開で認知を広げたのは書いといても良かったなとは自分でも思った。

 

 増田に「資料がない」とか言っちゃうアホがいるの笑う。

 なんでそんな本気で書いたもんを増田投稿しなきゃいけないんだよ。

 いい加減自分が賢いつもりでアホ丸出しのこと言ってる自覚持てよ批評家気取りの低学歴ブクマカ

Permalink |記事への反応(5) | 19:45

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2024-04-10

anond:20240410204214

自覚があるかどうかと実際やったことの評価の間にはなんの関係もなくない?

まあ言いたかったのは①ドヤコンガ(偽)が悪口を流す→②インターネットの人々がそれを大々的に広める→③それに反論する という流れで

③が陰湿とされて叩かれてるのまじでかわいそうじゃない?ということなので、別にヤコンガ(偽)の毀誉褒貶についてはどうでもいいけども。

あとドヤコンガ(偽)が実際誰であっても、ドヤコンガ(本物)さんにはまじで謝ってあげてほしい。さすがに迷惑をかけすぎている

Permalink |記事への反応(0) | 20:52

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2024-02-09

anond:20240209162856

2ちゃんねるって毀誉褒貶あるけど、なんだかんだ人生の役に立った人は多いよな。

愚かなこともしちゃうけども、ネットの膨大な知識を前にすればなんだかんだで最終的には自分立ち位置クリアになって正しい努力ができるようになる。

オレも2ちゃんねるのおかげで夢だった今の仕事につけてる。

まあ、周りに危害があるといけないからある程度サンドボックスをしっかりして隔離しておく必要はあるけど、愚かなことを経験しておける場って大事だよな。

Permalink |記事への反応(0) | 20:09

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2024-02-05

日本代表サッカーの森保監督

敗戦責任を巡って責められてるの?ついこの間ワールドカップで素晴らしい采配をしたと持ち上げられてなかった?

毀誉褒貶は世の常とは言え監督って大変な職業だな

Permalink |記事への反応(1) | 09:17

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2023-12-11

志らくさん審査員降りるんだ

正直、毀誉褒貶あれど18年~21年の審査員布陣がバランスとしては完璧だった気がするのよね。

現代お笑い象徴

「『私が日本お茶の間代弁者やで』という顔ができる関西ワイドショースター

ダウンタウン以前の漫才側の長老正統派関西しゃべくりの守護者」

「第1回チャンピオンであり関西漫才トップスター

浅草漫才協会を背負った『非関西漫才』の代表理論派、システム漫才守護者」

「非関西かつコントとの二刀流成功したテレビ好感度スター

「初期審査員の流れをくむ、他ジャンル著名人、かつトリッキー地下漫才守護者」

東西世代王道トリッキー芸人受けと一般受け、あらゆる方向から評価軸に対応できている(少なくとも、そう見せることができる)メンバーだったと思う。

志らくさんの後任…太田さんや佐久間さんは、本人がこれだけ固辞して見せた上で「やっぱ出るわ」はサプライズより「嘘つかれた」興ざめ感が勝ちそうだからないとして。談志の流れをくむ、ってところを考えると立川流から?でもまさか志らくさんより格上年上な談春さんや志の輔さんが来るわけはないし、かといって下の世代スターはいいから「笑点メンバー」って線はどうか。他の審査員と同じくらいの世代って考えると宮治さんとか。

あるいは「他ジャンル視点で見てくれそう」って枠で考えて、かつ今年こんなに準決コント漫才の人が増えてることを加味するとコントの人って可能性もある。東の富澤さんとのバランス山内さんって思ったけどKOCからしばらく退かない(KOC審査員は今の布陣が本当理想的だと思う)だろうから、がっつりコント側でKOC退いた設楽さんとか?内村さんを「東・コント長老」扱いで出す可能性もある?シティボーイズとして大竹まことさんが出てた時代があることを考えたら、別に小林賢太郎ってサプライズ人事があってもいいんだぜ?

あ、非関西コント側だったら去年M-1も挑戦してるう大さんもABC審査員とかしてるからあってもおかしくないけど、まあ岸田賞取ってからかな。サプライズで言えば、過去因縁を乗り越えて矢作さんという説もある。ないか

M1出身漫才師の枠は引き続き埋まってるから石田さんや小沢さんスライドはないと思うんだよな……ただ石田さんはNSC講師とかしてるそうだからここ何年かで塙さんとかと交代で昇進(別に過去審査員やってるけど)はありそう。アンガ田中さんもそういうタイプじゃないし…。

というわけで個人的な予想

◎ 桂宮治

○ 内村光良、設楽統

▲ 矢作兼、岩崎う大石田

☆ 小林賢太郎

Permalink |記事への反応(0) | 21:35

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2023-11-23

死せる安倍生けるサヨクを走らす

アベノセイダーズっているじゃん?

あいつらいつまでアベのせいアベのせい言ってるのかな

安倍ちゃんには毀誉褒貶あるが、仮に安倍ちゃんが原因だとしても

首相辞めて3年、死んでから1年経ってるわけよ

死んでるやつより世の中に影響力ないとかサヨクってどんだけザコなんだよって話

Permalink |記事への反応(2) | 11:58

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2023-09-04

anond:20230902080540

氷河期世代特に就職に苦しんだ人は、政府への不満から左派野党支持になって民主党政権が生まれたんだよ。

でもその政権は景気を気にしない政治をやったせいで、むしろまともな就職先は見つからないままだった。

毀誉褒貶はあるけど、その後の安倍政権では景気が良くなって就職先もたくさんできた。実際にオレも就職できた。

その一点だけでオレはもう左派野党支持はしなくなった。

結局左派野党の奴らは自分たちが有利な立場になるために弱者に寄り添ったような事をささやくだけで、実際の行動が無いんだよ。

安倍政権は打算的だし下品な点も多かったとは思うが、彼らの利益のためにオレらに実利を渡そうと行動したし、だからこそ信頼できた。

から昔は民主党投票してたこともあるけど、今は消極的ではあるけどオレは自民党支持だ。

Permalink |記事への反応(1) | 09:13

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2023-04-09

「Wifeguy記事ブクマカ記事理解してない…

日本には「恐妻家」という言葉があるから「Wifeguy」という言葉はいらない、というブコメが多すぎる。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20230408174628

記事の「妻を利用して自分自身評価を上げようとしている男性」「女性化する前のりゅうちぇるへの毀誉褒貶」という部分を少しも読み取れてない。

グラドルや女芸人として商売してきた女性タレントが、売り物が無くなってから育児ネタを売り物にし始めるのに似たようなものが、

愛妻家アピールイクメンアピールすることでSNSでの存在感キープしようとする男性タレントにもある、それに近いものが「Wifeguy」。

彼氏マテリアルとしてジャニーズ的な人気を博していたジャスティビーバーが既婚者になってしまい、

愛妻キャラに「キャラ変」して地位キープする、そういう評判資本主義への揶揄だよ。

悪妻ネタソクラテス宮迫博之が男ウケのためにやっていた。「Wifeguy」のキラキラ感は女ウケ狙い(=男にクッッッッッッッッッソ嫌われる)だから違う。

関係ないけど、子供を利用して女性フォロワー集めている「てぃ先生」とかのほうが絶対に種類が近い。

日本語を読んでいないブクマカ多すぎるのでは?

ChatGPTは言葉理解していないか人間にかなわない説が本当に馬鹿げていることをしみじみ実感するよ。

人間他人言葉を聞いていないし、聞かない読まないんだから当然理解していないし、多分ChatGPTのほうが要約上手いよ。

https://anond.hatelabo.jp/20230408174628

Permalink |記事への反応(4) | 15:25

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2023-04-08

「incel」は秒で輸入されたのに「Wifeguy」はされなかった件

「incel」(インヴォランタリーセリバシー、自主性のない独身)は、自分自身意志とは関係なく性的恋愛的なパートナーを持てないと感じる男性を指す。

「Wifeguy」は、妻を中心に自分アイデンティティを構築し、過度に妻をアピールする男性を指す。

 

ChatGPTに聞いた、過去に「Wifeguy」として言及されたことがある有名人の例。

 

男性が妻に対して過度に依存している、または妻を利用して自分自身評価を上げようとしているという、皮肉揶揄が込められている言葉だそう。

「incel」と「Wifeguy」の比較論等は、英語圏評論家ジャーナリストポッドキャスターなどが割と取り上げているようだけど、日本語圏では「incel」しか取り上げられないように感じる。

まず日本語圏では、「Wifeguy」という概念知名度が絶無に近いだろう。「incel」も一般知名度は低いが、弱者男性界隈ではよく知られた言葉だ。「Wifeguy」については、知られている界隈が存在しない。

日本語圏がだいたい西欧文化の後追いをしていることを考えると、結婚人権義務ではなく自由人生における個人的達成へとシフトしたことにより、

個人的達成を誇示する「Wifeguy」的なパーソナリティが、今後悪目立ちする可能性は無きにしも非ずだと思う。

女性化する前のりゅうちぇるへの毀誉褒貶に「Wifeguy」への反応的なものを少し感じたりはしていた。

Permalink |記事への反応(14) | 17:46

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2022-07-28

毀誉褒貶を「きよほうぼう」と読んでいた

「貶」の右側の作りの「乏」の音読みは「ぼう」しかない。なのに「貶」の音読みは「へん」しかない。これはおかしくないか

一体どんな過程で「貶」の音読みが「へん」になったんだ?日本語学者の研究が待たれる。

みんなどこで「貶」の音読みが「へん」であると覚えるのだろう。「貶」が入って日常で使う熟語なんて「毀誉褒貶しかないし

Permalink |記事への反応(2) | 09:42

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