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2026-02-12

中道改革連合への「与党批判偏重批判——惨敗が浮き彫りにした立憲民主党構造課題

中道改革連合とは何だったのか

2026年1月16日立憲民主党公明党が合流して新党中道改革連合」を結成した。高市早苗首相による突然の衆院解散に対抗するため、野田佳彦立憲民主党代表斉藤鉄夫公明党代表が共同代表就任し、中道路線を掲げる政治勢力結集を目指した。綱領では「生活者ファースト」を打ち出し、分断から協調へという理念を掲げた。

しか現実は厳しかった。1月27日公示2月8日投開票衆院選で、公示前172議席から49議席へと壊滅的惨敗を喫し、両共同代表は辞任に追い込まれた。この結果は、母体となった立憲民主党が長年抱えてきた問題を白日のもとにさらすこととなった。

与党批判しか力を入れてこなかった」という批判は、中道改革連合の敗因分析においてしばしば言及される論点である。この批判実態と背景を多角的検証したい。

立憲民主党に対しては、結党以来「批判ばかりで対案がない」という批判が繰り返されてきた。まずこの認識事実関係確認する必要がある。

note記事による集計では、立憲民主党政府提出法案への賛成率は2023年の第212回臨時国会で73.3パーセント2024年の第213回通常国会で83.3パーセント2025年の第217回通常国会では89.7パーセントに達したとされる。この数値が正確であれば、法案の大半には賛成しており、単純な反対勢力という評価は当たらないことになる。

また議員立法による政策提案も行われてきた。2022年の旧統一教会問題では野党が提出した被害者救済法案が議論の土台となり、与党案にも影響を与えたとされる。ガソリン税税関法案では、2025年立憲民主党が主導して成立させた事例もある。

しかしこうした実績があるにもかかわらず、国民メディアからは一貫して「批判ばかり」と認識されてきた。なぜこのギャップが生まれるのか。

野党建設的な政策提案や賛成した法案報道価値が低いとされ、与党との対決場面や激しい批判の場面が優先的に取り上げられる。国会でのヤジや追及場面は視覚的にインパクトがあり、特にSNS時代においては拡散されやすい。

2026年1月24日高市首相所信表明演説では、立憲民主党議員によるヤジで演説が一時中断する事態となった。NHK中継を見ていた視聴者の多くが不快感を表明し、これが選挙戦序盤のイメージ形成に影響したとみられる。与党側は「国民聴取妨害する不作法」と批判し、野党側は「議会政治監視監督」と擁護したが、視聴者の印象は前者に傾いた。

立憲民主党は「存在感がない」「目立たない」という批判を長年受けてきた。野田代表自身が党の動画で「なかなかバズらないけれど」と自嘲したことは、この苦悩を象徴している。

地道な政策立案国会審議を重視する姿勢は、専門家から評価されても一般国民には伝わりにくい。他方で、目立つパフォーマンスに走れば「中身がない」「批判ばかり」と攻撃される。このジレンマをどう乗り越えるかが、野党第一党の課題であり続けた。

2009年誕生した民主党政権は、鳩山・菅・野田と三代の首相を経て2012年崩壊した。普天間基地移設問題東日本大震災対応消費増税などを巡る混乱の記憶は、有権者の間で根強く残っている。立憲民主党民主党の流れを汲む政党であり、「批判はできても統治はできない」というイメージ払拭されていない。

この文脈では、「批判ばかり」という言葉は単なる行動様式の指摘ではなく、「政権担当能力がない」という評価婉曲表現として機能している。

中道改革連合惨敗により、立憲民主党への批判は新たな局面を迎えた。

新党結成に際し、立憲民主党は従来の政策を大幅に転換した。安全保障法制については「違憲部分の廃止から合憲容認へ、原発政策も再稼働を条件付きで容認するなど、公明党との政策すり合わせのために基本路線を変更した。

野党各党からは「看板の付け替え」「野合」という批判が相次いだ。れい新選組山本太郎代表は「日本ダメにしてきた者たちが看板を付け替えて、もう一回詐欺をやろうとしている」と痛烈に批判した。また立憲民主党内部から原口一博議員新党結成に反対し、離党した。

これは「批判ばかり」という批判とは別の次元問題である選挙協力のために理念を曲げれば、もともとの支持者からは「信念がない」と見なされる。公明党組織票を得る代わりに、都市部無党派層理念を重視する支持者を失った可能性が高い。

選挙戦では、高市政権右傾化積極財政による円安物価高を批判したが、有権者には「では中道改革連合は何をするのか」が明確に伝わらなかった。党名や理念すら浸透しない短期決戦の中で、政策の具体性を訴える時間が決定的に不足していた。

朝日新聞報道によれば、立憲民主党からは「バラバラだ」という不満の声が上がり、比例名簿作成を巡っても内部対立が生じていた。公明党出身者を優遇した結果、公明出身28人全員が当選した一方で、立憲民主党玄葉光一郎外相枝野幸男官房長官岡田克也外相といった政権担当経験者が軒並み落選した。人材基盤の喪失は、今後の党運営に深刻な影響を及ぼす。

選挙期間中、X(旧Twitter)では「#立民いらない」「#嫌立民ムード」などのハッシュタグが急上昇し、検索窓に「立憲」と打つだけで「立憲民主党 いらない」が候補に表示される事態となった。議員日常的な発言をしただけで誹謗中傷が集中し、党公式アカウントの年頭挨拶にも罵詈雑言が浴びせられた。

この現象は、立憲民主党への関心の高さの裏返しでもある。本当に「存在感がない」政党であれば、これほど粘着的な批判は集まらない。しかネット上の批判の多くは感情的で、政策の是非よりも人格攻撃に終始する傾向があった。

ここで重要なのは、「野党批判ばかり」という言説そのものが、政治的な意図を持って用いられている側面があることだ。

ジャーナリストの尾中香尚里氏は、この批判対立軸の明確な二大政党制を阻害し、「万年与党万年野党」という55年体制への回帰正当化する言説として機能していると指摘する。自民党野党を「批判ばかり」と攻撃することで、政権交代可能政治という理念のもの否定しようとしているというのである

実際、野党が対案を出しても報道されず、与党野党案を取り込んでも「与党の成果」として報じられる構造がある。この見方に立てば、立憲民主党問題は「批判ばかり」ではなく、むしろ批判も対案も国民に伝わらない」という情報発信力の欠如にある。

ただしこの分析にも限界がある。尾中氏は立憲民主党寄りの論者であり、野党戦略的失敗や組織的問題過小評価している可能性がある。メディア与党責任を強調しすぎれば、野党自身改善努力を阻害する危険もある。

与党批判しか力を入れてこなかった」という批判を整理すると、以下の三層に分けられる。

第一層:事実誤認に基づく批判

法案賛成率や議員立法の実績を無視し、対決場面だけを見て「批判ばかり」と断じる認識メディア報道の偏りとSNSでの情報拡散によって増幅される。

第二層:正当な批判

対案を出していても国民に伝わっていない、政権担当能力実証できていない、理念政策一貫性がない、という指摘。これは立憲民主党真摯に受け止めるべき課題である

第三層:政治意図のある批判

野党存在意義のもの否定し、政権交代可能政治を阻害する目的で用いられる言説。与党与党寄りの論者が戦略的使用する場合がある。

中道改革連合惨敗は、これら三層すべてが複合的に作用した結果と見ることができる。メディアSNS構造問題野党自身戦略的失敗、そして与党側の攻撃が重なり合い、壊滅的な結果を招いた。

中道改革連合2月13日小川淳也氏を新代表に選出し、再建を図る方針であるしかし49議席という規模では、野党第一党としての影響力は大きく低下した。

再建のためには以下の課題に取り組む必要がある。

まず理念政策一貫性回復することである選挙協力のために政策を曲げれば、支持者の信頼を失う。中道という立ち位置を明確にしつつ、立憲民主党ルーツである立憲主義生活者重視の理念を再構築しなければならない。

次に情報発信力の強化である建設的な政策提案をしても伝わらないのであれば、伝え方を変える必要がある。SNS時代適応した情報戦略、メディアとの関係構築、分かりやす言葉での政策説明が求められる。

そして政権担当能力実証である。最終的に有権者が求めるのは、与党に代わりうる現実的な選択肢である地方自治体での実績積み上げ、政策集団としての専門性向上、危機管理能力の訓練など、地道な努力が不可欠である

中道改革連合惨敗は、単なる一選挙の結果ではなく、日本野党政治が抱える構造課題を浮き彫りにした。「批判ばかり」という言説の背後にある複雑な要因を理解せずに、表層的な批判を繰り返すだけでは何も変わらない。健全民主主義のためには、批判する野党と同時に、その批判を適切に評価する有権者メディア成熟が求められている。

Permalink |記事への反応(0) | 01:21

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2026-02-11

れいわの政治手法とその限界

感情先行・ルール相対化型ポピュリズム構造

手法の流れ

熟議型ではなく、動員型の政治手法

② なぜ支持が集まるのか

閉塞感が強い局面では拡張やすい。

しか通用範囲限定的
短期的には強い
中長期では弱い

支持は「熱量依存型」になりやすい。

④ 左右を問わず限定的

拡張局面では強いが、定着局面では弱い。

構造限界

民主主義

の上に成り立つ。

ルール相対化型政治は動員には向くが統治には向かない。

そのため、広範囲かつ長期的な支持基盤を築くのは難しい。

Permalink |記事への反応(0) | 17:06

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処女厨だのユニコーンだの叩いてる奴らってさぁ

要するに女やり捨てするの正当化したい屑男と、自分がアホで結婚できるわけないクソ身分高い男にヤリ捨てされまくっただけのビッチがほざいてるだけじゃん。

しょーもな。

Permalink |記事への反応(0) | 00:23

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2026-02-10

anond:20260210203939

まず前提がズレています

歴史を年表で見ることと、現在安全保障判断は別問題です。

原爆沖縄戦戦後米軍駐留――

それらが悲劇であり、重い歴史であることは否定しません。

しかし、それをもって「だから今すぐ反米独立」という結論に飛ぶのは、あまりにも短絡的です。

重要なのは感情論ではなく、今この瞬間、日本主権国民の命をどう守るかです。

現実として、日本の周辺では

領空侵犯を繰り返す国

力による現状変更正当化する国

国際法無視して海を私物化する国

存在しています

では質問します。

その現実を前に、日米同盟を解消して何で抑止するのですか?

理想論ですか。お気持ちですか。それとも精神論ですか。

反米独立こそ愛国」というのは聞こえはいい。

しかし、同盟を切る覚悟があるなら、

防衛費をどうするのか

核の傘なき抑止力をどう構築するのか

経済制裁エネルギー安全保障にどう耐えるのか

そこまで具体策を示すのが責任ある保守です。

愛国とは、過去への怒りを叫ぶことではありません。

現実直視し、国を守るために最も有効選択を積み上げることです。

反米を叫ぶ前に、

同盟を失った日本を、誰が、どうやって守るのか」

そこを語れない限り、それは独立論ではなく、ただの空論です。

Permalink |記事への反応(1) | 20:42

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anond:20260210190120

https://knockeye.hatenablog.com/entry/20040928

日曜日読んだ『自己責任とは何か』に、丸山真男の「抑圧の移譲原理」が紹介されていた。というか、じつは、あの本の「オビ」がまさにその抜粋なので、興味ある方は、本屋でみてもらいたい。引用しておくと

「抑圧移譲原理・・・タテの究極の価値につながりたいという衝動けが価値となっているから、そこに向かって組織人間が競い合いながら、牽制している。したがって独裁権力行使しているという意識は生まれにくく、大きな事件を起こしても、自分こそが責任があるという意識が生まれない。法律存在しても、統治者国民も服すべき共通原則というより、位階秩序を保つための手段に過ぎない。上級者ほど法を無視して平気である

個人倫理内面化されないから、つねに上級者の顔色をうかがって行動する。自分行為正当化するため上の権力正当化を常に求める。上から正当化されれば、それは自分責任ではない。

ところが、常に上から圧力を感じているから、精神の均衡を保つために、上から圧力を下の者へ威張り散らすことで発散しようとする。いちばん被害を被るのは、声の小さい下位の者にならざるをえない。

考えてみると、この国の若者は年長者の理不尽に寛容な気がする。先輩が「白を黒」と言ったら、それは「黒」にしておくのが礼儀でさえあるかも知れない。その裏には、やがては自分にも、「理不尽が許される番が回ってくる」という期待があるだろう。曲がりなりにも「規範」と呼ばれるものが、「位階秩序を保つための手段に過ぎない」とすれば、大人になればなるほどバカになって当然だった。

knockeye 21年前 読者になる

Permalink |記事への反応(0) | 19:02

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anond:20260210012424

正当化の口実とかでっち上げればいいだけやからなぁ。

悪いことしてなければ悪いことは起きないみたいな公正世界仮説に染まりすぎやな

Permalink |記事への反応(0) | 01:26

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2026-02-09

自分は「恐怖心を理由差別正当化できない、恐怖を理由特定属性排除しようとするのは差別主義」って言ってるだけなのにそんなに理解できないんか?

Permalink |記事への反応(1) | 19:03

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anond:20260209045607

左っていうか認知的不協和を解消するための自己正当化行動って感じはするけどな、要はすっぱいぶどう

Permalink |記事への反応(0) | 05:20

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2026-02-08

結論男が悪い】妊娠期間に喧嘩をする夫婦が多い理由言語化した

この話は順風満帆経験談ではない。限界集落で嫁がブチギレ、深夜の田舎道を脱走、警察沙汰。最悪の関係経験した男の話だ。 (「女の激情型」クソダリィと当時は思った。この表現は許してくれ)

俺の読者には男性が多いだろうから、存分に味方してやりたいところなんだが、結論を言う。

原因の90%は男性側にある。

世の中には「ダメ夫」コンテンツが溢れ返っている。妊婦たちはそれを武器に「やっぱり男が悪い」と自信満々だ。憎たらしい。 男側の視点で書かれた情報を探しても、ほとんど見つからない。

だが、10ヶ月を経験した俺の結論は「男側に問題がある」だった。

残酷な話なんだけど、世の中の問題解決しない最大の原因は、事実認識できず、自己正当化バイアスに浸かって相手の悪いところばかり探すことにある。俺自身がそうだった。

これを事前に知っていれば、どれだけ楽だったか。だから、伝えたい。

構成はこんな感じ。

価値観なんて全て合うはずがない

男は「現在評価」、女は「総合評価

全てをクリアする解決

1.価値観なんて全て合うはずがない

喧嘩の原因は、だいたい価値観の不一致にある。

冷静に考えてみてくれ。いくら愛し合っていても、生まれ育った数十年は全く違う環境だ。その過去経験が今の価値観を作っている。完全に一致するわけがない。

ここで多くの男がやる失敗がある。 「価値観をすり合わせよう」とすることだ。

違う。価値観は「すり合わせる」ものではなく「広げる」ものだ。

相手価値観否定せず、自分世界を広げる材料にする。これができないと、妊娠中どころか、一生喧嘩し続けることになる。

男側のよくある意見

「俺だって仕事で疲れてるのに、帰ったら不機嫌な顔されても困る」

「何が不満なのか言ってくれ。察しろは無理だ」

「同じことを前はスルーしてたのに、急にキレるのはなんなんだ」

女側のよくある意見

「私は24時間この体で逃げ場がないのに、あなたは外に出られていいよね」

「手伝うって何?あなたの子でもあるんだけど?」

「言わないとわからないって、ずっと一緒にいて何を見てたの?」

ここで残酷事実を言う。 男には、どんなに想像しても、体の負担絶対理解できない。

つわり腰痛、眠れない夜、胎動による内臓の圧迫。24時間、逃げ場なし。 俺たちはそれを「大変そうだね」としか言えない。想像限界がある。

からこそ、「どっちが正しいか」で争っても意味がないんよ。そもそも、同じ土俵に立っていないんだ。

問題は「正しさ」じゃない。「どう向き合うか」だ。

2. 男は「現在評価」、女は「総合評価

ここが核心だ。

男は「今」で評価する。今日ゴミを出した。今日優しくした。今日家事を手伝った。 だから「俺はちゃんとやってる」と思う。

女は「総合」で評価する。 この1週間、この1ヶ月、付き合ってからの全期間。 積み重ねた不満、言わなかった我慢、全てが蓄積されている。

男が「今日は頑張った」と思っても、女の帳簿には過去負債が山積みになっている。 この評価軸のズレを理解しないと、永遠に噛み合わない。

ここで起きる負のスパイラル

男:「俺は稼いでる。だから十分貢献してる」 女:「稼いでるのは1項目。家事は?育児は?私への気遣いは?」

男:「今日ちゃんとやったのに、なんで不機嫌なんだ」 女:「今日だけじゃない。この3ヶ月の積み重ねの話をしてる」

男:「何が不満か言ってくれ」 女:「言わなきゃわからない時点で、見てないってことでしょ」

噛み合わない。永遠に

「それでも満足して、幸せな家庭もあるじゃないか」と言いたい人もいるだろう。 残念ながら、それは精神年齢が遥かに高く、子供を守ることが第一優先の彼女らが「諦めている」だけだ。

これを言語化した投稿がこれだ。

港区社長限界集落へ。

@minatoku_genkai

·

2025年11月10日

ある程度成功してる経営者共通して大いなる勘違いしてることがひとつある。

お金持ち

=それだけで旦那(彼氏)レベル10点満点中7点くらい行けてると思ってる

これ、俺的には大いなる勘違いで、お金持ちであることは五角形の1項目に過ぎないことを忘れている。

さらに表示

経営者に多い勘違いがある。 「稼いでる=旦那レベル高い」と思ってること。

違うんよ。稼いでるのは五角形の1項目に過ぎない。家事育児家族サービス、全部が横並びの項目だ。

「俺は稼いでるから」は、女の総合評価では1項目のプラスしかない。 他の4項目がマイナスなら、トータルでマイナスだ。

家事をやらないのは、仕事借金を抱えてるのと同じ。社会がどれだけ賞賛する人間であっても、お金をたくさん稼げたとしても、部屋を散らかして家事を投げ出した場合、大きな意味では「借金のあるニート」がたくさん家事を頑張っていることと変わらない。

そう気づけるかどうかが、分かれ道になる。

3. 全てをクリアする解決

ここまで読んで、「じゃあどうすればいいんだ」と思っただろう。

まず、大前提を思い出せ。妊娠はとても幸せだという事実を忘れるな。

妊娠奇跡だ。できなくて苦しむ人も多い。 これから可愛くて仕方ない天使と暮らせる。 今はその幸せの準備期間だ。

多少、相手イライラを感じても、この状態が途轍もない幸せであり、さらなる幸せに向かうための準備だと思え。

より良い父親母親になるために価値観を広げる準備。 楽せず楽しめる人間性を獲得するための準備。 そう捉えろ。

「図に乗るから嫌だ」という感情について

一方的にやってると、バランスが崩れて、相手が図に乗るから嫌だ。 そう思うこともあるだろう。

じゃあ聞く。子供にも同じことを思うのか?

相手は同じ家族だ。図にくらい乗らせてあげろ。

そして、相手を変えることなんてできない。 ただ、どんなに図に乗る人でも、たくさんのことをやってもらったら人は変わるものだ。

自分が器を広げ、変わり続けることが大事。 (男にこれは期待できないがw男はどんどん図に乗ってあぐらをかく)

自分の器を広げること

港区社長限界集落へ。

@minatoku_genkai

·

2025年6月9日

結婚の決め手はなんだったの?って聞かれること多いけど、いつもこう答える。

自分自身が器を広げて豊かになること」

みんなが欲しいのは条件とかなんだろうけど、人を条件で選ぶ。と言うこと自体が一番器が小さい状態だと思うんよ。

人の責任にするのではなく、自分を変えていくことが大事

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結婚の決め手を聞かれたとき、俺はこう答える。 「自分自身が器を広げて豊かになること」

条件で相手を選ぶ。相手に変わってほしいと思う。 それ自体が、器が小さい状態だ。

相手責任にするのではなく、自分を変えていく。 これしかない。

自由」と「幸せ」を履き違えるな

港区社長限界集落へ。

@minatoku_genkai

·

2025年11月10日

せっかく自由手に入れたのに、なんで制限してくるような人と結婚するの?って聞かれるんやけど、自由でいることは、そもそも幸せではない、「楽しい」と「楽する」を履き違えてるだけ。

さらに表示

「せっかく自由なのに、なんで制限される結婚をするの?」 そう聞かれることがある。

答えはこうだ。自由でいることは、幸せではない。 「楽しい」と「楽する」を履き違えてるだけだ。

俺みたいな自由奔放な人間制限できるパワーがある人といるほうが、一歩後ろを歩く人より、一緒にいて面白いに決まってる。

できることはなんでもしろ

大変なことは百も承知だ。俺が自分無能さを自覚して行動した結果を見て学んでくれ。全然足りないと思うが、あまり人に感謝を伝えるタイプじゃなかった妻が毎日ニコニコ「ありがとう」と何十回も言うようになった。

港区社長限界集落へ。

@minatoku_genkai

·

2025年11月11日

俺は港区時代、今の妻と同棲中にも関わらず毎日朝まで飲みに行っていた。

当時は仕事だと正当化していたが、全て最高到達点の高い理想を実現できた方が絶対に良いと完全に気持ちを切り替えた。

さらに表示

画像

幸せも、自由も、責任も、全て自分の手の中にあることを忘れないで生きたい行きたい。

そして、家族が誇れる、自分が誇れる魅力的な人間とは、常に理想を高く持ち、そのために変化を恐れずに行動し、葛藤を抱え、悩みながらでも前に進み続けることができる人ではないだろうか。

変わることを恐れる人間社会老害と呼ぶ。

まとめ:俺が10ヶ月で学んだこと

価値観は「すり合わせる」ものではなく「広げる」もの

男の「現在評価」と女の「総合評価」のズレを理解しろ

稼いでるのは五角形の1項目。他の項目も上げろ

妊娠奇跡幸せの準備期間だと思え

相手を変えようとするな。自分の器を広げろ

自分のできることは最大限努力して行動しろ

これを実行したら、警察沙汰から、途轍もなく幸せ夫婦生活になった。

変われない自分言い訳してる時間があったら、一緒に行動しよう。

いろんな邪念がまだまだよぎるだろうが、より高い理想を目指そう。より良い父親旦那を目指そう。高い理想には大きな痛みも伴うが、それでこそ楽しい人生だし、魅力的な人生なんじゃないだろうか。

もしこの記事を読んで、少しでも参考になったという人は引用などでより多くの人に届けてほしい。そして、各々のパートナーシェアしてほしい。

まだ未婚の方はブックマークで保存を推奨する。

そして、田舎喧嘩の原因がそもそも減るし、幸せの要因がかなり増えるからおすすめだよ。

Permalink |記事への反応(1) | 15:44

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anond:20260208152418

上野千鶴子東大名誉教授なのは半分忖度みたいなもんだ。

あの人の主要業績は社会構築主義理論化だが、自分でまともに使いこなせずレッテル正当化に利用しかしてない。

Permalink |記事への反応(0) | 15:27

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俺のことを世間は一切認識していないし、俺は世間人間のことを一切認識していない

世間という語は、奇妙な擬人化をされすぎている。

まるで巨大な単一人格存在し、俺を観測し、評価し、記憶し、社会的スコア付与しているかのように扱われる。

しかストア派冷徹自然観に従えば、その前提は最初から壊れている。

世間とは主体ではない。世間ロゴスを宿した統一意志ではなく、ただの相互作用の束、無数の表象衝動欲望の乱流である

まり世間が俺を認識していないのではない。世間という仮想審判者を俺が作り出し、その審判者が俺を見ていないという物語を俺が採用しているだけだ。

 

ストア派はここで、即座に区別を導入する。エピクテトスの二分法だ。

すなわち、俺の支配下にあるもの選択能力意志判断)と、俺の支配下にないもの他者評価、偶然、噂、流行アルゴリズムの気まぐれ)を切断せよ、と。

世間認識後者だ。つまり俺がいくら歯を食いしばっても、そこに統制権はない。

ならばその領域に魂のリソースを投下するのは、倫理的にも論理的にも誤りだ。

ストア派はこれを外部財への隷属と呼ぶ。名声は外部財であり、承認は外部財であり、世間視線は外部財である

外部財に依存する生は、最初から不安定設計されている。株価人生を賭けるようなものだ。

 

しかし、ここで話は終わらない。なぜなら俺が言っているのは世間が俺を認識していないだけではなく、俺も世間認識していないからだ。

この対称性が、ただの愚痴形而上学へと押し上げる。これは単なる孤独の嘆きではなく、認識論的な断絶の宣言である

俺は世間を見ていない。世間も俺を見ていない。ここには、相互主観性の回路が形成されていない。

社会とは本来相互他者他者として認識し合うことで成立する。

しかしその回路が途切れている。これは社会的死の一形態であり、ユング的に言えば集合意識への接続不全だ。

 

ユングは言う。人間意識だけで生きているのではない。個人的無意識集合的無意識があり、さらにそこには元型が蠢いている。

世間というものは、単なる人間集団ではない。世間集合的無意識の表層に現れる社会的ペルソナの海である

ペルソナとは仮面だ。人は社会の中で、役割最適化された仮面を被る。

会社員仮面家族仮面SNS仮面善良な市民仮面世間は、無数のペルソナが互いのペルソナ認識し合って成立する、仮面の交換市場である

 

そしてここで重要なことが起きる。俺が世間は俺を認識していないと感じるとき、それは俺の本体認識されていないというより、俺のペルソナ市場上場していないという意味である可能性が高い。

世間本体を見ない。世間仮面しか見ない。世間が見ているのは、社会的タグ付け可能記号職業年収肩書フォロワー数、言語の癖、政治的立ち位置、消費行動、顔の表情、服装テンプレだ。

世間個体の魂を識別する器官を持たない。だから世間認識されるとは、実際にはペルソナとして分類されることに過ぎない。

 

まり俺が認識されないと言うとき、それは分類されないということだ。

分類されない者は、統計に載らない。統計に載らない者は、社会意思決定に影響しない。影響しない者は、存在しないものとして扱われる。

これは現代ロゴスではなく、統計的なダイモーンである世間人格を持たないが、集合としての惰性を持つ。惰性は倫理を持たない。惰性はただ、流れる。これが世間の正体だ。

 

しかユングさらに深く刺してくる。俺は世間人間を一切認識していないと言うとき、そこには投影が潜んでいる。

俺は他者を見ていないのではない。俺は他者世間という抽象概念圧縮している。

これは他者人格剥奪する心理的操作だ。世間人間は、顔も名前欲望も恐怖も持つ具体的存在なのに、俺はそれを世間という巨大なモンスターにまとめてしまう。

まり俺は他者認識しないことで、逆説的に自分を守っている。ユングはこれを影の機制として読むだろう。

 

影とは、自我が受け入れたくない側面の貯蔵庫だ。俺が世間嫌悪するとき、その嫌悪の一部は、俺自身の影が外部に投影されたものかもしれない。

世間薄っぺらい、世間は愚かだ、世間凡庸だ、世間空虚だ。そう断罪することで、俺は自分の中の薄っぺらさ、愚かさ、凡庸さ、空虚さを俺ではないもの隔離している可能性がある。

これは心理的には合理的だ。自我自己像を守るために、世界を歪める。だがそれは同時に、個性化プロセスを阻害する。

 

ストア派言葉で言えば、これは判断誤謬だ。外部の現象価値判断を貼り付け、心を乱す。ストア派問題視するのは現象ではない。

現象はただの現象だ。問題は俺の判断だ。世間が俺を認識しないこと自体中立である

善でも悪でもない。ただの事実であるしかし俺がそこに「これは耐えがたい」「これは屈辱だ」「これは人生の敗北だ」という価値付与した瞬間、俺は自分の魂を鎖につないだ。

 

そしてこの鎖の正体は、承認欲求というよりもっと原始的ものだ。

ストア派的に言えば他者評価への恐怖であり、ユング的に言えばペルソナ崩壊への恐怖だ。

世間認識されないということは、ペルソナが成立しないということだ。ペルソナが成立しないと、社会舞台における座標がない。座標がないと、自我漂流する。漂流する自我は、存在論的不安に沈む。

 

から俺は認識されないことを恐れているのではない。俺が俺であることを保証する外部の鏡がないことを恐れている。

人間他者眼差しを通して自己像を形成する。これはサルトル的だが、ユングも似た構造を持つ。自己自我を超えた中心だが、そこに到達するには、他者との摩擦が必要になる。摩擦がなければ、俺は自己輪郭を得られない。

 

だがストア派は冷酷に言う。そんなもの依存するな、と。自己輪郭は外部の鏡ではなく、内的ロゴスによって確立されるべきだ。

ストア派にとって自由とは、外界の承認から独立した精神状態である。アパテイアとは、無感情ではない。誤った価値判断から解放された状態だ。

世間認識されないことを害と見なさないこと。世間認識されることを善と見なさないこと。これが精神自律だ。

 

しかし、ここで一つの逆説がある。ストア派共同体否定しない。むしろコスモポリタニズムを唱える。

人間宇宙国家市民であり、互いに理性によって結ばれている、と。つまりストア派世間無視して独りで悟れとは言っていない。

しろ共同体奉仕せよ。ただし、共同体から評価に魂を売るなと言う。

これが厄介だ。俺の状況は、奉仕する共同体が実感として存在しないという状態だ。

世間が見えない。世間も俺を見ない。ここでストア派倫理は、真空に投げ込まれる。

 

ユングはここで、個性化観点から別の地図提示する。世間から切断された者は、集合意識の浅瀬に住めない。

浅瀬に住めない者は、深海に潜るしかない。つまり世間適応するペルソナゲームを捨てた者は、否応なく影と対峙し、アニマ/アニムス(内なる異性元型)と格闘し、自己徴候出会う。

これは苦しいが、精神錬金術でもある。ユングはこれを魂の夜と呼びたくなるだろう。孤独病理である場合もあるが、同時に、個性化必須条件でもある。

 

から世間が俺を認識しないは、災厄であると同時にチャンスでもある。

世間認識されることは、社会的安定を与える代わりに、ペルソナ牢獄を与える。認識されないことは、安定を奪う代わりに、自由と深度を与える。

これはユングの言う補償作用だ。意識が外界で満たされないなら、無意識が別の形で膨張する。世間が俺に意味を与えないなら、無意識が俺に意味を生成する。

 

しかし、意味生成には危険がある。世間が俺を認識しないとき、俺は選ばれた孤独という神話を作りたくなる。

これは元型的誘惑だ。殉教者の元型、賢者の元型、アウトサイダーの元型。俺は世間理解されない天才だ、という物語は甘い。

だがそれはしばしば、単なる自己防衛の神話化にすぎない。ユングはそれをインフレーションと呼ぶ。

自我が元型のエネルギーを吸って巨大化し、現実との接地を失う状態だ。これは精神事故だ。孤独精神を鍛えることもあるが、孤独精神神格化することもある。

 

ストア派は、この危険もっと簡単言葉で切り捨てる。思い上がりだと。

宇宙の秩序の中で、俺が特別悲劇である理由はない。俺が特別に見捨てられている理由もない。世界は俺を中心に設計されていない。

ここでストア派残酷なほど健全だ。世界が俺を見ていないのは、世界が忙しいからだ。

世界世界ロゴスで回っている。俺はその一部でしかない。これは虚無ではない。むしろ、過剰な自己重要から解放である

 

そして結局、俺が言うべきことはこうなる。

世間が俺を認識しないのは、世間が愚かだからではない。世間とはそもそも、俺を認識するための器官を持たない現象からだ。

世間意識ではなく、統計的流体であり、アルゴリズムであり、模倣連鎖であり、集合的無意識の泡である。そこに人格的な期待を置くのが誤りだ。

 

また、俺が世間認識しないのは、俺が優れているからではない。俺が他者抽象化し、投影し、影を外部化しているからだ。

俺は世間を見ているのではなく、世間という言葉に詰め込んだ自分の恐怖と嫌悪を見ている。

俺は世間を拒絶しているのではない。俺は世間を通じて、自分無意識と戦っている。

 

ストア派結論は明快だ。認識されるかどうかは外部の事象であり、俺の徳とは無関係だ。

俺が制御できるのは、判断行為だけだ。ゆえに、世間認識を求めて魂を擦り減らすのは、ロゴスに反する。

ユング結論もっと暗い。世間認識されないという傷は、影を肥大させ、投影を増やし、ペルソナを崩し、個性化を促進する。

まり俺は今、精神の錬金炉の中にいる。そこから黄金が出るか、煙だけが出るかは、俺の自我がどこまで誠実に無意識対話できるかにかかっている。

 

から、このタイトル文章は、ただの絶望ではない。これは認識構造告白だ。

世界は俺を見ない。俺も世界を見ない。その断絶は、社会的には不幸であり、哲学的には中立であり、心理学的には危険であり、同時に可能性でもある。

 

俺がすべきことは、世間認識されるために仮面を磨くことではない。仮面必要なら、それは道具として作ればいい。しかし魂を仮面に売るな。ストア派禁忌はそこにある。

世間を憎んで自分正当化することでもない。影を世間に投げつけるな。ユング禁忌はそこにある。

残るのは、静かな実務だ。俺の支配下にある行為を、今日淡々と実行すること。ロゴスに従い、自然に従い、徳に従い、同時に、自分の影を凝視し、投影を回収し、自己の中心に向かって潜ること。

世間が俺を認識するかどうかは、天候のようなものだ。雨が降るかどうかに怒るのは愚かだ。だが雨が降るなら傘を差すのは合理的だ。世間は俺を認識しない。

ならば、俺は俺の生を、俺の判断で構築する。世間が俺を認識しようがしまいが、宇宙は無関心に回り続ける。ならば俺もまた、余計なドラマを捨て、静かに回ればいい。

 

そして最も皮肉なのはここだ。

「俺は世間認識していない」と言いながら、この文章を書いている時点で、俺はすでに世間認識している。

世間は俺を認識していない」と言いながら、その不在を語ることで、俺は世間視線を前提にしている。

まりこの文章は、断絶の宣言ではない。断絶を前提にした、接続への欲望の記録だ。

人間とは、そういう矛盾でできている。

ロゴスに反し、元型に引きずられ、影を撒き散らし、それでも理性を求める生物だ。

から俺は今日も、世間認識されないまま、世間想像しながら、生きる。

Permalink |記事への反応(0) | 13:42

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相手馬鹿にするの止めようよ……

愚かな選択を諫めるにあたって相手馬鹿にするのは、実質的煽り散らかすことになり、相手に強い悪感情を抱かせて、愚かな選択正当化助長するだけではありませんか?

そもそも、己の知性を鼻に掛けてそのような行為をたびたび行なう人々は、果たして周囲から知的に見えるものでしょうか?

おそらく、内容の正しさとは無関係に、むしろ耳を傾ける人ほど、その「主張の正当性から求められるであろう使命」に反した言行から信頼をえることがなく、いっそ愚かに映るものではないでしょうか?

上記をより簡単に言えば、敵を増やして喜ぶ無能な味方が賢しらぶっている構図に見える、ということです。

それをやるのが敵であるなら、よもや願ったり叶ったりでしょうから、そんな人を打倒しようなどとは思いもしませんし、となればそんな彼は舌戦にて負け無しになることでしょう。

これやる人、そうやって遠巻きに嘲笑されてることだけは理解できたりして、結果的に売り言葉に買い言葉、侃々諤々やるうちにヒートアップしていつの間にか、なんて人も多いと思うし、どうか立ち止まって一考して欲しいんだよなぁ……

Permalink |記事への反応(0) | 12:35

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アンチ陰謀論者になる瞬間

燃やし手→アンチ陰謀論

 

1.◯◯がxxという理由炎上した、けしからん行為へのフォーカス

2.◯◯は△△ということもしていたらしい、人として最低だ【人格否定の始まり】 

3.◯◯のファンが□□みたいなことをした、□□も人として最低だ【連帯責任での攻撃の始まり】(外集団均一化バイアス

4.++ということもあったが、◯◯が原因に違いない【陰謀論者の始まり】(因果の逆転・相関の混同

5.◯◯がファンに愛されている、やはり頭がおかしいか洗脳されているか、水増しされている、なぜならこのデータを見てほしい【陰謀論者の完成】(認知の歪み・確証バイアス

6.XX界隈の者だけど、◯◯のファン攻撃されている【陰謀論者の被害妄想】(反転攻勢による自己正当化

7.◯◯の仲間や、スタッフも同罪であり、もっと叩かれなければならない【陰謀論者の聖戦化】

 

陰謀論者にならない人

1.行為安易に叩かない、炎上に与しない → まともな人に留まる

2.人格否定しない → 「詰みを憎んで人を憎まず」に留まる

3.ファンや界隈を攻撃しない → 人と集団を切り分けられる人に留まる

4.全ての陰謀に関連付けない → 因果関係は大事にできる人に留まる

5.都合のいい分析をしない → 冷静な分析はできる人に留まる

6.自分らを被害者として正当化しない

7.攻撃範囲を広げない

 

こう見ると、4・5あたりから「何いってんだこいつ」となるから、フリでやるのも厳しくなるよね

炎上させてる叩いてる人」と「陰謀論者」には大きな差があるように思える

Permalink |記事への反応(0) | 12:13

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人間は泣きながらこの世に生まれてくる。阿呆ばかりの世に生まれたことを悲しんでな。

誕生」なんて、美化しすぎなんだよ。 新しい命が誕生して「おめでとう」? 笑わせるな。赤ん坊が泣き叫んで生まれてくるのは、これから始まるクソみたいな人生を予見して、絶望してるからに決まってるだろ。

1.阿呆による、阿呆のための世界

この世を見渡してみろよ。どいつもこいつも、誰かが作ったルールに縛られて、右に倣えで生きてるだけ。

自分の頭で考えない。

多数派正義だと信じ込む。

流行に踊らされて消費する。

そんな阿呆どもに囲まれて、まともな神経で生きていけるわけがないんだよ。この世界は、賢い人間にとっての壮大な罰ゲームしかない。

2. 「感動」という名の集団催眠

SNSで「子供の成長に感動!」とか言ってる奴ら、本気か? 結局、自分コピーを作って、自分たちのエゴを満たすためのおもちゃを育ててるだけじゃん。それを「無償の愛」とかいう綺麗な言葉コーティングして、自分正当化してる。

そんな薄っぺら世界に引きずり出された赤ん坊気持ち、考えたことある阿呆たちがニヤニヤしながらカメラを向けてくる環境なんて、ホラーしかないよね。

3. 生きることは、阿呆同化すること

教育社会化? そんなの、個性を削って「使い勝手のいい阿呆」に改造するためのプロセスだろ。 みんなと同じように働き、みんなと同じように不満を言い、みんなと同じように死んでいく。その輪の中に入ることが「立派な大人」だと教え込まれる。

この世に生まれてきたことは、その「阿呆連鎖」に組み込まれたという、この上ない悲劇なんだよ。

こんな救いようのないクソゲーが延々と繰り返されている理由、薄々気づいてるだろ?

弱者男性が女をとっかえひっかえして、無理やり子供を産ませて、捨てることを繰り返しているからだ。すべて弱者男性のせい。弱者男性クズ

Permalink |記事への反応(1) | 09:25

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2026-02-07

サプライサイド経済学自己放尿している

サプライサイド経済学というのは、表向きは「成長の源泉は供給能力だ」「税を下げて労働投資インセンティブ回復させろ」という、いかにも正しそうな顔をしている。

だが現実政策運用では、これはしばしば理論の皮を被った政治的アリバイ装置に堕して自己放尿している。

まり「減税したい」「規制緩和したい」という結論が先にあり、その正当化のために供給側という言葉が貼られているだけだ。

そしてこの手の政策インフレ局面で何をするか。ここが本題だ。インフレ自分責任として引き受けず、外部ショックに責任転嫁し、金融要因を直視せずに逃げる。

これがサプライサイドの自己放尿である

 

インフレ本質はきわめて単純だ。インフレとは「貨幣購買力の低下」であり、長期的・持続的な物価上昇は、結局のところマネーサプライの過剰成長によってしか説明できない。

貨幣数量説を教科書古典として片付けるのは簡単だが、現実古典がしぶとい。

なぜなら貨幣取引潤滑油であり、供給を過剰にすれば、最終的に価格体系そのものを歪ませるからだ。

貨幣を増やして、物が増えないなら、価格が上がる。これを否定するのは、重力否定するのと同じ種類の幼稚さだ。

 

サプライサイド経済学問題なのは、「供給を増やす努力」それ自体ではない。

供給能力拡張する政策は、本来重要だ。資本蓄積技術進歩労働参加率、規制コスト税制の歪み、こういう話は全部まともだ。

だが、インフレ局面でそれを万能薬のように唱え、金融現実から逃げる瞬間に、理論自己放尿へと変質する。

供給制約があるなら、供給を増やすべきだろう。しかしそれはインフレの主原因の説明ではなく、一部の緩和策でしかない。ここを混同するのは知的怠慢であり、政治的欺瞞だ。

 

しかも、連中がやる典型的ムーブがある。マネーサプライインフレの原因であるのに、ウクライナだの、輸入物価だの、エネルギー価格だのに責任転嫁して自己放尿する。

もちろん戦争供給ショックを起こすことはある。輸入物価が上がれば短期的に物価は上がる。

だがそれは「物価水準の一回限りのジャンプ」を説明するだけだ。持続的なインフレ率、つまり上がり続ける現象は、貨幣の過剰供給がなければ維持できない。

ここを区別できないなら、経済学を語る資格はない。

 

にもかかわらず、政治はこの混同を利用する。供給ショックを口実にすれば、中央銀行政府金融財政の共同責任曖昧化できる。

まりインフレは外生的だ」「我々は被害者だ」「戦争が悪い、国際情勢が悪い」と言いながら、裏では金融緩和と財政膨張を続けてダブル放尿する。

これは政策当局典型的責任回避ゲームだ。貨幣を増やしている側が、原因を外に投げる。

見事なまでに卑怯で、見事なまでに政治的合理性がある。

国民は複雑な説明を好む。「海外要因のせい」と言われたほうが納得しやすいからだ。

こうして、通貨価値毀損は“不可抗力”として処理される。要するに、責任を取らずに済む。

 

善意だろうが悪意だろうが関係ない。貨幣を増やせば、遅れて物価が上がる。

しかも遅れて上がるから政治家は調子に乗る。短期では景気が良くなったように見える。

雇用が増えたように見える。資産価格が上がる。だから選挙に勝てる。

ここで政治学習するのは、「貨幣を増やす一時的気持ちいい」という事実だ。

麻薬と同じだ。そして副作用としてインフレが来る頃には、原因は別の誰かに押し付ける。

これが政治経済学の基本構造だ。人間合理的だが、責任を負うようには合理的ではない。

 

サプライサイドがこのゲームに加担するのは、「供給を増やせばインフレは起きない」という幼稚な物語提供できるからだ。

減税して投資が増える、労働供給が増える、生産性が上がる、だから物価は上がらない。

これ自体は条件付きで一部正しい。だが、現実には供給の反応は遅い。

政治時間軸と市場時間軸は違う。設備投資には時間がかかる。労働参加率の変化も遅い。規制改革も遅い。技術進歩などもっと遅い。

にもかかわらず、貨幣供給の拡大は今すぐできる。財政赤字の拡大も今すぐできる。金融緩和も今すぐできる。といって自己放尿する。

まり政策当局がやっているのは、遅い供給改善を口実にして、速い貨幣膨張を正当化することだ。これは構造的に詐欺的にならざるを得ない。

 

そして当然の帰結として、価格シグナルが壊れる。価格とは情報だ。価格は希少性を伝える信号であり、市場参加者分散情報統合する計算装置だ。

だがインフレが起きると、価格は「相対価格の変化」と「貨幣価値の変化」が混ざったノイズになる。

企業需要増なのか通貨安なのか判別できない。労働者は実質賃金が上がったのか下がったのか分かりにくくなる。

投資家は利益成長なのか名目の膨張なのかを誤認する。

こうして誤配分が起きる。ミスアロケーションだ。資本生産用途ではなく、インフレヘッジの投機に吸い込まれる。

住宅土地株式、あらゆるもの価値保存の器として買われる。市場本来機能を失い、ただのインフレ回転装置になる。

 

この状態で「減税すれば供給が増えて解決だ」と言うのは、火事の中でガソリンを撒きながら「いや、建物の耐火性能を上げれば大丈夫」と言っているようなものだ。

耐火性能の議論重要だが、今燃えてる火を無視してる。燃料の供給を止めろ。貨幣供給を止めろ。インフレ期待を潰せ。実質金利正常化しろ。これが先だ。

順序を間違えるな。順序を間違えるのは無能か、あるいは意図的詐欺だ。

 

ここでサプライサイド派がよく使う逃げ口上が「インフレ一時的だ」「供給制約が解消すれば下がる」だ。

これもまた、政治的に便利な麻酔薬だ。だがインフレ期待というのは、そんなに素直に消えない。

人々が「どうせまた通貨を薄める」と学習した瞬間、賃金交渉価格設定も前倒しでインフレを織り込む。

これが自己実現的にインフレ固定化する。金融当局が信頼を失った経済では、インフレは単なる物価上昇ではなく、制度への不信の表現になる。つまり通貨が信用を失う。

 

ここまで来ると、供給改革議論はむしろ逆効果になりうる。

なぜなら改革をしているフリをしながら貨幣膨張を続ければ、改革への信頼まで毀損するからだ。

減税も規制緩和も、本来市場メカニズムの復権のためにあるはずなのに、インフレを伴うと単なるポピュリズムに見える。

市場派が市場であることをやめる瞬間だ。これが思想の腐敗でなくて何だ。

 

サプライサイド経済学自己放尿する最大のポイントは、「供給能力を上げる」という正しいテーマを掲げながら、「貨幣供給の過剰」という不都合な真実直視せず、外部要因に責任転嫁し、政治短期利益奉仕することだ。

ウクライナ、輸入物価エネルギー価格トリプル放尿で責任を散らし、マネーサプライの増加という核心から逃げる。

これがサプライサイドの現代堕落だ。

 

市場は強い。だが市場が強いのは、価格情報として機能し、貨幣が安定している場合に限る。

通貨価値政治破壊すれば、市場情報処理装置として壊れる。

減税や規制緩和を語る前に、まず貨幣をまともにしろ

貨幣をまともにできない政権が、供給改革などできるわけがない。できるのはスローガンの量産だけだ。

 

インフレ天災ではない。インフレ制度の失敗であり、政策の失敗であり、何より責任逃れの帰結だ。

サプライサイド経済学がもし本当に供給能力拡張を語るなら、まず通貨の安定を前提条件として守れ。

それができないなら、連中がやっているのは経済学ではない。政治的自己放尿である

Permalink |記事への反応(0) | 16:53

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anond:20260207001814

自民党工作員乙。 「ママ」という旗印が守ってきたものを知らない、歴史への無知が現れていて笑う。

あなたは、持たざる者の悲哀を装っているけど、その本質歴史矮小化と、自らの境遇を盾にした他者への加害に過ぎないよ。

1. 「母親はいつも反戦象徴だった

あなた戦時中母親は進んで子供戦場に送った」言い切っているけどあまり一方的歴史観すぎるわ。軍国主義下での母親達が強制されて子ども戦場に送り出さざる得なかったけど、戦後はその反発と反省から日本平和運動を牽引したのは間違いなく「母親」だよ。

聞いてるか自民党の支持者?自民党母親達の敵。

具体的な例を出すよ。

1955年日本母親大会誕生して、原子爆弾を許すまじという声から水素爆弾禁止署名運動が全国に広がった。

あとなあ、「わが子を戦場に送らない」という願いは「自分たちの子供さえ良ければいい」という特権意識ではないんだよ。一人の母親がわが子を想う切実な痛みこそが、自民党という巨大な強欲な装置が振りかざす「お国のため」という似非大義名分に対抗しうる、最も根源的で強力な源泉なんだよ。聞いているか?妖怪人間庶民暮らし円安でほくほくなんてしてねーぞ。

2. 「弱者連帯」を壊す「自称反自民

あなた攻撃する「#ママ戦争止めてくるわ」という言葉の背景にある「誰も戦場に送らせない」という普遍的な願いすら読み取れていない。それを「ママになれなかった自分への攻撃」と受け取るのは、あまりに過剰な被害妄想で、自身だけを正当化するために「反戦」という崇高な目的を泥にまみれにしている。いかにも裏金を作ったり、統一教会という外国勢力と結びつく自民党議員を支持する自民党候補者らしい視野理解の狭さを感じる。

「国全体が目茶苦茶になってしまえ」という破滅願望は、結局のところ、自分よりも弱い立場ある子供たちや、今まさに声を上げている女性たちを道連れにしたいという「強権的な加害性」の裏返しだよ。これこそが、自民党政権下の自己責任論が生み出した最悪の副産物で、皮肉にもあなたは、自分批判しているはずの体制側の論理弱肉強食と分断)にはまっている。本当に滑稽だよね。貧しかったり庶民なのに自民党を支持したり、参政党や維新という強権右翼政党を支持している人って。

3. 「子供死ね」と呪うことの醜悪

「お前等のガキなんて、とっとと戦争に行ってお国のために死んで来いや」という言葉は、もはや政治批判でも何でもありません。それは、かつて軍部若者戦地に送り出した際の冷酷な視線のものです。恥じなさい。

氷河期世代放置されてきた政治不作為は、糾弾されるべき大罪で、その責任自民党けが償うべき。ただしその怒りを、未来を奪われようとしている子供たちに向けるのであれば、その瞬間にあなたは「特権階級に虐げられた被害者」ではなく、「未来を食いつぶす加害者」へと成り下がっています。もう一度言います、恥じなさい。

Permalink |記事への反応(0) | 10:57

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anond:20260207100637

典型的認知の歪みですね

男は性犯罪者予備軍として扱ってもいいと正当化できるデータ提供ありがとうございます

Permalink |記事への反応(0) | 10:08

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2026-02-06

anond:20260205155956

この問題は、高市/小泉解雇規制立場の相違から高市支持者である労働者層の絶望的な保守化が見てとれる。

規制派の立場である高市支持者は労働市場の非流動化を好み

既存産業温存、下請け構造の固定、低成長

を暗に選択している。

役割を終えた生産性の低い産業スクラップを求めてないのだ。当然そこにビルドはされない。そこで従事している労働者や小規模経営者努力蔑ろにする破壊的な資本主義ダイナミズムを求めていない。コメ農家への保護政策社会主義的ですらあり食料安全保障の名のもと正当化されている。

また、高市の極めて左翼的財政政策から本来の姿が表面化する。政府は小さくしてはいけない。

当然、カネを出すのだから好き勝手は許されない。

価値観多様化否定され、右翼コミュニティの「伝統」を参照して戸籍民法皇室典範は扱われるだろう。

Permalink |記事への反応(0) | 21:31

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2026-02-05

IT業界就職する際に気を付けて置くべきこと

・誰か一人でも自分を見下したり、憎んでいる人はいいか

 一人でもいたら要注意。IT業界面接官はユキビタス脳波盗聴装置を使って、不特定多数相手のことを好いているか嫌っているかリアルタイムスキャンしてきます

 内容に関わらず、できる限り恨みは買わないのが得策です。また恨まれていることが発覚した場合、たとえそれが逆恨みであっても「相手気持ちが正しかった可能性」を最大限尊重し、即座に寄り添い無念を晴らすべきです。

 面接直後までの間に、過去関係した全員(小学校クラスメイト、通学路の犬、インターネット上の匿名アイコン含む)と和解しておけばセーフです。

 

父親であっても殴られたことはあるか?(または殴ったことはあるか)

 IT業界面接官は殴打検出装置を使います物理暴力だけでなく、声を荒げた、舌打ちをした、空気を重くした、などの準暴力行為も検出対象です。

 誰の怒りも買わないように生きてきた人間けが通過します。感情の発生自体リスクなので、できる限り人を怒らせず、また自分も怒らないようにしましょう。怒りを感じた場合は、即座にOS再起動してください。

 

過去に「自分は正しい」と思ったことがあるか?

 要注意です。IT業界では正しさは仕様変更の一形態とみなされます

 面接官は「正義感共鳴センサ」を用いて、内心で自分正当化していないか検査します。

 常に「私が間違っている可能性は99.9%ある」という姿勢を維持し、残り0.1%も即時破棄できる柔軟性が求められます

 

他人より優れていると感じた瞬間はないか

 優越感はレイテンシとして蓄積され、最終面接で一気にスパイクします。

 IT業界では「全員が天才で、かつ全員が無能」という重ね合わせ状態のみが許容されます

 自分の成果はすべて環境・運・偶然・CPUクロックの揺らぎのおかげだと説明できるようにしておきましょう。

 

努力が報われると信じていないか

 危険です。

 IT業界評価関数は非連続・非凸・非公開です。努力と結果の相関を信じていると、想定外分岐精神例外終了します。

 「評価は気分で揺れるノイズ」と理解している人材が好まれます

 

自分キャリア一貫性があるか?

 一貫性は将来の柔軟性を阻害します。

 昨日と言っていることが今日と違っても、それは成長ではなく「仕様が変わっただけ」と説明できる能力重要です。

 3年前の発言を掘り返されても、「当時は旧バージョンでした」で通してください。

 

最後に、自分人間だと思っていないか

 面接官はそこを最も見ています

 理想的なのは社会デプロイされる途中の未完成モジュール」だと自己認識していることです。

 感情尊厳人生観オプション機能なので、必要に応じて無効化できるようにしておきましょう。

 

以上を守れば、IT業界での就職成功率理論100%です。

なお、実際に通るかどうかとは一切関係ありません。

Permalink |記事への反応(0) | 02:28

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2026-02-04

anond:20260201230537

社会保険サラリーマンからボリすぎなのは本当

しかサラリーマンの経費である給与所得控除は過大すぎるし(スーツを何回買い替える?)、

年金控除のほうは存在自体正当化不能

なので現実的処方箋は、社会保険料を下げ、年収の壁を200万とする代わりに、

給与控除、年金控除も引下げることになるのでは

Permalink |記事への反応(0) | 18:26

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SOWによる反論テストby Gemini)

anond:20260204082154

結婚指輪における「贈与価値」の再定義および「合理的依存」の実装に関する作業範囲記述書 (SOW)

プロジェクト
Project "Emotional Anchor"(情緒アンカー適正化
対象
結婚指輪の贈答を「旧来の依存モデル」として批判する言説
1. 背景と目的 (Background & Objectives)

「旧来モデル批判派」は、結婚指輪の贈答を「経済的従属象徴」「時代遅れステータス表示」「呪い」と定義し、現代の「自立した大人」の価値観と矛盾すると主張している。

プロジェクト目的は、この批判が陥っている「過度な市場原理主義解釈誤謬を指摘し、結婚指輪を「非言語コミュニケーションプロトコル」として再定義することによって、その機能有効性を論証することにある。

2.適用フレームワーク (Framework)

反論の構築にあたり、PREP法Point,Reason, Example,Point)」拡張した論理構成採用する。

3.作業範囲 (Scope of Work)
Task 1: 「自立」定義バグ修正

批判派は「自立=すべてを自分調達すること」と定義しているが、これは共同体運営において非効率である

結婚とは相互依存(Interdependence)の契約である。「欲しいもの自分で買う」という論理独身者生存戦略であり、夫婦という最小単位チームビルディングにおいては、「贈与」による関係性の強化こそが合理的である

  • 【納品物】

経済的自立」と「情緒相互依存」は両立可能であるという概念実証

Task 2: 「呪い」と「アンカー(錨)」の識別

指輪感情を仮託することを「呪い」「重い」と批判している。

人間認知不安定であり、数十年単位契約結婚)を維持するには、物理的な「アンカー(錨)」が必要である指輪を見るたびに契約当初の感情(決意)を想起させる機能は、認知心理学的に「プライミング効果」として有効であり、これを「呪い」と呼ぶのは、契約維持の難易度過小評価した楽観論に過ぎない。

  • 【納品物】

指輪は「金属片」ではなく、関係維持のための「外部記憶装置であるという再定義

Task 3: 「対等性」と「非対称な贈与」の整合性検証

対等な関係なのに、記念品だけ経済力証明を求めるのは矛盾とする。

マルセル・モースの『贈与論』が示す通り、人間関係は「等価交換市場原理)」ではなく、「あえて借りを作る/与える(贈与原理)」ことで深化する。完全に割り勘化された関係市場原理)は、損得が釣り合わなくなった瞬間に破綻する。一方的に高価なものを贈る・受け取るという「非対称性」こそが、論理を超えた「ケア意思表示」となる。

  • 【納品物】

価格表」ではなく「コミットメント質量可視化」としての指輪価値証明

4.結論の深掘り (Root Cause Analysis: 3 Whys)

プロジェクト結論として、引用文の主張は、人間関係を『市場取引』と混同しており、情緒的結合のメカニズムを見誤っている」と断定する。

なぜ、この結論に至るのか?「なぜ?」を3回繰り返して深掘りを行う。

Q1. なぜ、批判派は結婚指輪を「価格表」「トロフィー」としか見なせないのか?

A1.現代の「超・個人主義バイアスにより、すべての事象を「コスト効果コスパタイパ)」でしか計測できなくなっているから。

「愛」や「信頼」といった数値化できない資産を扱う際、彼らは不安を感じるため、目に見える「金額」や「所有権」という市場的な指標に無理やり換算して理解しようとする。その結果、「買ってもらう=従属」という短絡的な図式に陥る。

<<

Q2. なぜ、彼らはコスト効果しか人間関係を計測できないのか?

A2. 「他者への依存」を「リスク」としてしか認識できない、「脆弱性への恐怖(Fear ofVulnerability)」があるから

「誰かに高価なものを買ってもらう」ことは、相手に借りを作ること、あるいは相手愛情に身を委ねることを意味する。これは非常に無防備(Vulnerable)な状態である批判派は、この「傷つくかもしれないリスク」を回避するために、「自分で買えばいい(自己完結)」という安全地帯に逃げ込み、それを「自立」という言葉正当化している。

<<

Q3. なぜ、「脆弱性への恐怖」がこれほどまでに強まっているのか?

A3.現代社会において「共同体コミュニティ)」が崩壊し、個人生存責任が過剰に肥大化した結果、他者を信じて委ねる「贈与の作法」を喪失してしまたから。

昭和価値観への嫌悪感から、彼らは「ウェットな人間関係」を全否定した。しかし、結婚とは究極のウェットな関係である。彼らの主張は、「傷つきたくないから、心の防壁を高く積み上げ、すべての貸し借りを清算し続ける」という、孤独防衛本能叫びである。したがって、結婚指輪という「非合理な贈与」を受け入れられないのは、彼らが「完全に他者を信じ切る(委ねる)」覚悟を持てていないことの裏返しに他ならない。

<<

結論

結婚指輪の贈答は「古い依存モデル」ではなく、市場原理を超えた信頼関係構築のための高度な儀式として、現代においても推奨されるべきプラクティスである結論付ける。

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2026-02-03

思考を停止した支持が、この国を緩やかに壊していく

いつか振り返った時のために、今の自分違和感を書き残しておきたい。

現在の状況を見ていて、指導者に求められるべき知識発言の重み、バランス感覚が十分に備わっているのか、不安を覚えることがある。

安全保障経済のように、発言のもの外交市場に直結する分野において、軽率言い回し単純化された説明が繰り返されることは、政策の是非以前に、危うさを感じずにはいられない。

説明責任が十分に果たされないまま、人事や支援構造の歪みが温存されている状況も気になる。

将来、軌道修正必要になった局面で、それまでの判断関係性を否定できず、修正よりも自己正当化が優先されてしまうのではないか

政治の失敗は、一度の判断ミスよりも、誤りを認められなくなった時に深刻化する。

こうした状況は、どこか一つの場所からまれものではない。

違和感検証せず、ただ受け入れ続けるという選択の積み重ねにも、参加者としての責任が伴うように思う。

日本直ちに破綻するとは思っていない。

しかし、この流れの先に自然に良い結果がもたらされるとは思えず、何の代償も払わずに済むとも考えにくい。

この予想が外れることを、切に願っている。

Permalink |記事への反応(0) | 21:00

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anond:20260203113758

まあ、実際指輪選びなんて自己満しかないよ。

幸いオレは自分もこの指輪デザインいいじゃんと思えたからよかったけど、増田みたいに思う奴がいるのは当然だし否定されるべきじゃないと思ってるよ。

いまや女性首相になる男女平等時代なんだから、どうしても欲しい指輪があるなら女性お金出して買えばいいし、女性エゴ指輪ペアで揃えたいなら女性が二倍お金を出せばいい。

はてブの奴らはいつもリベラルっぽいことを言ってるけど実際は今回みたいに慈悲的女性差別を正当化する差別主義者ばかりなんよ。だからこいつらは無視すればいい。

Permalink |記事への反応(0) | 19:02

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anond:20260203183922

反証されたら、基本的ではない例外的事象といえば何でも正当化できる説ですか?

Permalink |記事への反応(0) | 18:42

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AI生成クソレビュー論文一般市民の態度を調べました系論文について

先日某学会誌投稿された論文査読したのだが、ひどいものだった。

レビュー論文として投稿されたものだったが、既存議論エッセンスを羅列しただけで、セクション間のつながりはおろかパラグラフ間の関係不明瞭で、論文全体として何を目的としているのか全く曖昧ドラフトであった。

著者は「バランスの取れた分析提供する」という目的を掲げていたが、議論を整理するために著者独自視点や切り口が提供されていないレビュー、そうした分析視点に対して理論正当化が与えられていないレビューというは、読んでいても論争状況が全く頭に入ってこないし、今後の研究の発展に資するような洞察提供してくれない。

レビューというのは論文をたくさん読んでいれば簡単に書けるようでいて、実は奥が深いのである

著者自身が当該分野の課題をしっかり剔出できなければ、適切な視点から先行研究を再整理することはできない。同時に、著者自身がそうした課題群の解決策について見通しをもっていなければ、個々の論点関係する先行研究を適切に評価することは難しい。

まり、当該分野で何が問題となっているのか、その問題をめぐって今まで何が示されてきたのか、現状の課題は何であり、それを解決するために今後どういった研究が望まれるのかを示すのがレビュー論文役割であり、その点に新たな学術的貢献が宿るのだ。

したがって、単に当該分野における既知の発見を羅列したものレビューと呼ぶに値しない。

しかしながら、昨今AI技術の発展によって、AIを使って書かせたクソレビュー論文が増大しているらしい。

私が査読した論文もおそらくその類であったのではないかと推察される。

そうした論文は往々にして体裁だけは中身のあるレビュー論文と同じように整っていて、一見するときちんとした学術的貢献を果たしているかのように思われるのだが、実際に中身を読んでみると、レビューに求められる適切な俯瞰的視点というものが全くもって欠如している。したがって、まるで血が通っていないかのごとく、論文を読んでもまったく中身が頭に入ってこない。そうした論文そもそも先行研究を整理する視点妥当でない、あるいは、見かけ上そうした整理が行われていても実際は全くもって論点が整理されていないのだから、当然といえば当然だ。

もっとも、そうした事象AI生成レビュー論文に限った話ではない。

昨今の公衆衛生科学技術社会論関係論文には、やたらと「○○に関する一般市民の態度を調べました」的な研究が多い。国内外を問わずである

この手の研究はいったんデータをとってしまえば確実に論文化できるのが厄介である論文が書けるのでみんなこぞってそういう研究をやりたがる。

しかし、レビュー論文同様、適切な問いを欠いた状態調査を行ったところで、出てくるのは単なる事実の羅列にすぎない。「○○について人々は××な懸念を抱いており、××の懸念は△△への態度と相関していた~」みたいな研究をよく見かけるが、いったい何を目的としているのか明らかでないことが非常に多い。そもそも何を目的として市民の態度を調査するのか、研究自身もきちんと考えずに調査をしているので、調査項目も往々にして統一感に欠けるし、当該論文によって「特定の時期における市民意識を明らかにする」ということ以上にどのような貢献が果たされたのか、広い学術コンテキストからみたときに、その点が全くもって不明なのだ

さらに悪いことに、最近ではそうした一般市民の態度調べました系論文レビュー論文というものも登場し始めている。それに生成AI使用されたらどんなことになるか…。

中身のない論文をもとに中身のないレビュー論文が生成され、その査読によって研究者の貴重な時間が奪われる、といった事態だけは勘弁願いたいものだ。

Permalink |記事への反応(1) | 12:22

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