
はてなキーワード:権力者とは
なんで今の日本人ってこんなに、権力者に対して忠実で従順な人が増えてしまったんだ?
ネットで目立つ日本人は学歴至上主義者揃いで、すぐF欄とか言って低偏差値を馬鹿にするのに
義務教育レベルの社会科の知識もないし、それを恥とも思ってなさそうなのが謎過ぎる。
それとも理数系以外は学問のうちに数えてないのかな
権力者の善意を無条件に信じ込める人達に対しては、「お花畑」のレッテルは貼られないのが謎なんだよね。
つい先月トランプがいきなりベネズエラを攻撃して、高市首相はそのトランプに恭順しているのに、何故そうも全面的に信じられるのだろうか
国民も参政も未来も自民と連立組んだことないも選挙協力したこともないけど
中道議員の半分以上を占める元公明は連立組んで大臣も出して選挙協力してたから
始めての女性首相だから「サナ活〜」とか言って自民党に投票した奴全員馬鹿である
日本の政治システム上、衆議院で3分の2を占めると、法案や予算案が基本的に党内手続きだけで成立するようになる。
国会の法案審議、予算審議は形骸化し、自民党内手続きだけが意味を持つようになる。
官僚は野党には説明しなくなるだろう。説明する意味がないのだから当然である。
これまでも与党だけで衆議院3分の2を占めることはあってもあくまで連立政権であり、政権を維持するためには一方の顔色を伺う必要があったがそれすら必要なくなる。どうやらまだそのことに気がついていないようだ。
ベトナムとかの一党独裁国家と何ら変わりのない手続きが続くのが今後の4年間である。
はっきり言う。勝たせすぎである。参議院ならまだしも衆議院ではやってはいけなかったことである。やってはいけなかったことをやってしまったのだが、責任は取らねばならない。それが民主主義である。
この状態で日本は狂わずいられるだろうか?少し楽観していたがやはり疑問である。おこめ券が信認を得たとか、委員会議長を全部要求するとか既に萌芽は見え始めている。権力者の自制や自省が国家には必要だが、「要求するのは自由」とか国民が言っているようではどうにもならないだろう
日本が戦争を仕掛ける心配をする人達に対し、お花畑お花畑って揶揄するけれど、
なんで日本は攻めないって思うんだろう?
普通は日本が攻める心配も攻められる心配も、どっちもすべきじゃない?
なんで自国の権力者をそんなに全面的に信用出来るのか。何度も国民を裏切るような事をやってきたのに。
それが分からない。
Permalink |記事への反応(45) | 16:39
ご本人も
私には声があることがわかったから
私だけの声じゃないってわかったから一人つぶやいた時より、今のほうが戦争止められる気がしてます』
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皆がどれほど切実な思いでこの言葉を呟いたか、それがどれほど多くの人の心に灯をともしたか。まともな想像力があればとうてい出てこない戯言だ。センスのない最悪の野郎はてめえだよ
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ママ戦争止めてくるがやり玉に上げられがちだけど、ぶっちゃけ票に影響はなかったと思う。権力者でなくて一般市民発のメッセージだから、弱い立場からのメッセージがバズったのがムカついてそれっぽい理由考えて叩きたくなったんじゃないですかね
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「リベラルは意識の高い賢い層に向けた発信ばかりしているが、頭が悪い底辺の民に向けてわかりやすい言葉を届けないと」ということで、工夫されたのが、「ママ戦争止めてくるわ」だったのでしょうね。
これでも通じなかったから、もっと底辺の民を見ないといけませんね。
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声を上げたのが、小さな一人だった。
最初の小さな一人がママだったから、別のママも、ママじゃない誰かもこのハッシュタグ乗った。
それで十分いいと思うんです。
これをクサする人がいるのは、ハッシュタグが強力だったからではないかしら
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この#に、「自分はそんな戦争なんて思ってない」と噛みついてる多くは、たんに#が出てきたのが、期日前で投票を済ましてしまった後だったからでないの。
自分のした選択が間違いかもと思わせられる『正論』を前に自分は間違えていないと抗いたいだけ。
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選挙を「推し活」に喩えて、選挙が推し活化したから駄目なんだと言わんばかりの記事が数多く流れてくるけれど、それもあんまり正しいとは思えないんだよな。
だって、たとえ選挙が「推し活」化しようが、その推し活で選ばれた政治家がまともに政治をやってくれれば何とかなるじゃん。
要は国民が馬鹿なのは確かだけど、それ以上に政治家が邪悪なのが悪いって話。
ファンがジャニーズを推すのをやめればジャニー喜多川は性加害してなかったのかと言えばそんな事はないし、
ファンには不祥事を受けて批判するか推すのをやめるかくらいの選択肢くらいしかないし、事前に防ぐのは無理だ。それなのにファンの責任を問うのは理不尽だ。
国民に見る目がないのも確かだと思うが、如何に国民に見る目があろうとも、邪悪度100の候補者と99の候補者しかいないんじゃ、たとえ国民が賢く99の候補者を選んで当選させたとしても先行きは暗いだろう。
https://ameblo.jp/wife0407/entry-12778995012.html
後述するとおり、日本には大戦争を起こしながら、「我こそは戦争を起こした」という責任者が見当たらず、肩書上その位置にいた者ですら責任意識を著しく欠いており、「陛下の下僕」でしかないという程度の意識しかなかった。この事態を指して、丸山は下で述べることになる論文で「無責任の体系」と名づける。このように、「自由なる主体意識が存せず、各人が行動の制約を自らの良心のうちに持たずして、より上級の者(従って究極的価値に近いもの)の存在によつて規定されていること」からして、先に定義したような「抑圧の移譲」による精神的均衡を保つという現象が生まれる。上からの圧迫感の捌け口を下に求めることで、全体のバランスを保持するのである。
ここからわかるとおり、「抑圧の移譲」を時の権力者間や軍隊内に特有の現象だと考えると、この概念の本質を見誤ってしまうことになる。むしろ、それは国家の最上部から末端へ向けて、さらには末端から外に向かって発散される心理的なメカニズムなのだ。
◆概念
□「戦後政治思想の出発を劃した論文といわれる、丸山眞男「超国家主義の論理と心理」(『世界』1946年5月号)が、近代の日本人の心理にしみこんだ病理として指摘した特色。それは、福沢諭吉が『文明論之概略』で、徳川時代の武士社会における「権力の偏重」を批判した記述を引きながら、秩序の上下関係のなかで、「上からの圧迫感を下への恣意の発揮によって順次に移譲してゆく」運動として描かれている。そこでは、自らの良心にもとづいて自由に判断し、行為の責任をとる「主体的意識」が確立せず、権力者すらもが、自分より上位にあるものの意志によって束縛されている「被規定的意識」しかもっていない。丸山によれば、こうした心理が明治の国家体制で強化されたことにより、昭和の戦争期における権力の強大化と、その反面での決定者の不在を招いたのであった」(苅部[2012:1288])
□「丸山真男の「超国家主義の論理と心理」(1946)における用語。上位者からの圧迫感を下位者への恣意の発揮によって順次に移譲していくことにより、全体の精神のバランスが維持される体系をいう。福沢諭吉はこの現象を旧幕時代に看破していた(『文明論之概略』1875)。それは天皇制ファシズム下の軍隊組織や軍事支配者、家制度下の姑の嫁いびりに見られただけでなく、近代日本の社会が封建社会から受け継いだ負の精神構造の一つであるとされる」(社会学小辞典[1997:608])
▼文献
●――――、1997「抑圧移譲」濱嶋・竹内・石川編[1997:608]
●苅部直、2012「抑圧移譲」大澤・吉見・鷲田編集委員・見田編集顧問[2012:1288]
■濱嶋朗・竹内郁郎・石川晃弘編、1997『社会学小辞典 新版』有斐閣.
■大澤真幸・吉見俊哉・鷲田清一編集委員・見田宗介編集顧問、2012『現代社会学事典』弘文堂.
https://tanemura.la.coocan.jp/re3_index/8Y/yo_transfer_of_oppression.html
太田光と高市のやりとりで盛り上がってるみたいだけど、端的に言うと、アレが今回中道が負けた原因なんだよな。
要するに、「建設的な提案もせず、責任も共有せず、ただ相手をただ批判したいだけのパワハラ」に見えてるんだよ。中道の政治家も、マスコミのコメンテーターも全部。
消費税減税に反対したチームみらいが二桁議席取ったのはなぜかわかるか?消費税減税反対の受け皿になったからじゃないぞ?
チームみらいだけじゃなく、今回議席を伸ばした高市(あえて自民とは言わない)、踏みとどまった国民も同じ。
昔は良かったよな。「反権力」を謳って、ただ権力者をバカにして批判してるだけで、一定の議席は取れた。
でも、これからはもうそういうパワハラ紛いの批判は通用しない。相手の言うことを理解した上で、建設的な反対意見を出せる政党しか残っていけないんだよ。
人に話を聞いてもらいたいなら、まずは相手の話を聞いて、理解しよう。
パワハラをやめよう。
閃光のハサウェイの映画を見た人達が主人公ハサウェイに対して「病院に行け」と言っているのを見ると、
この界隈はとことん社会問題に対して関心が薄く、自分の周辺3メートル以内の動向にしか興味の無い人が多いんだろうなーと思った。
そこは普通、デモに行けとか立候補しろとかじゃないのか。社会の在り方に端を発した個人の苦悩が、病院に行って薬をもらえば何とかなると本気で思っているのか。
何かもう、シャアの時の再来だな。
同じガンダムでも鉄血や水星だと視聴者の反応は大分マシで、鉄華団やマクギリスやシャディクの行動が正しくなかったとしても、
後ろ楯のない孤児の彼等には他に適切な手段がなく、そういう境遇に追い込んだ社会や権力者の責任を追求する声が多かったんだけど。
鉄華団は主役だからかなぁと思うけれどマクギリスやシャディクも割と共感されてたし、主人公になってもハサウェイは駄目みたいだからそれだけの問題ではないんだろうな。