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2025-11-29

Q. 以下の発言anond:20251129164824)の妥当性は?

A.提示された意見は、**「一見すると筋が通っているように見えるが、法的な手続きハードル憲法学議論を省略しているため、結論としては的確ではない」**と言えます

この意見が「なぜ説得力を持って聞こえるのか」と「どこに誤解や飛躍があるのか」を、以下の4つのポイントで整理して解説します。

1. 「憲法改正が一番ストレート」という誤解

この意見の最大のウィークポイントはここです。法的手続き観点から見ると、憲法改正は**「最も遠回りで、最もハードルが高いルート」**です。

民法改正現在の主張):国会議員過半数の賛成だけで実現可能です。

憲法改正提示された案):衆参両院で2/3以上の賛成に加え、国民投票過半数の賛成が必要です。

もし本当に「一刻も早く同性婚を実現したい」のであれば、ハードルの高い憲法改正を目指すよりも、今の憲法の下で「民法」を書き換える方が圧倒的に早く、コストも低く済みます

2. 「現状の憲法では同性婚ができない」という前提の是非

この意見は「今の憲法24条)のままでは同性婚は認められない(あるいはグレーである)」という前提に立っていますしかし、リベラル左派)や多くの憲法学者の主張は異なります

憲法24条の解釈: 「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し…」という条文は、戦前の「家制度(親の同意必要)」を否定し、当事者自由意思尊重するために書かれたものです。「同性婚禁止する意図」で書かれたものではない、というのが有力な説です。

司法判断:最近地裁高裁判決でも、「同性婚を認めない現在規定違憲憲法違反)」という判断が相次いでいます。つまり、**「今の憲法はすでに同性婚要請している(=憲法を変える必要はなく、法律が追いついていないだけ)」**というのが、法的な現状認識になりつつあります

3. なぜ「護憲」にこだわるように見えるのか

同性愛者の権利よりも護憲が優先なのか」という指摘についてですが、左派論理としては**「優先順位問題ではなく、手段問題」**と捉えています

不要リスク回避: 彼らは「今の憲法同性婚可能法律を変えるだけでいい)」と考えているため、あえて憲法改正というパンドラの箱を開ける必要性を感じていません。

「お試し改憲」への警戒: 一度「人権のための改憲」という実績を作ると、それを呼び水にして、本来の争点である9条改正緊急事態条項などの議論が進むことを警戒しています(いわゆる「本丸を通すためのダミー」として同性婚が利用されることへの懸念)。

4. この意見が持つ「鋭さ」とは

とはいえ投稿者の指摘が全くの的外れというわけではありません。以下の点においては、リベラル側が抱える矛盾説明不足を鋭く突いています

条文の字面問題:憲法24条に「両性(both sexes)」と書いてある以上、素直に読めば「男女」に見えます。「これは同性同士も含む」と解釈するのは、一般感覚としては少し無理がある(法的テクニック必要)というのも事実です。

あえて明記する価値:権利を不可逆的なものにするために、あえて憲法に「同性婚権利」を明記するというアプローチは、本来リベラルな発想としてもあり得ますフランスなどが妊娠中絶権利憲法に明記したように)。それを頑なに拒む姿は、確かにイデオロギー護憲)ありき」に見え、一般層への説明が不足していると言えます

結論妥当性は?

この発言妥当性は**「低い」**です。

理由は、同性婚を実現するための最短ルートは「改憲」ではなく「民法改正法律を変えること)」だからです。「改憲しないと権利が守られない」という前提自体が、現在司法判断の流れとも食い違っています

ただし、「左派が『憲法を守ること』自体自己目的化しており、柔軟な議論加憲など)を拒絶しているように見える」という政治的な印象論としては、核心を突いている側面があります。だからこそ、多くの人がこの意見に「モヤモヤ」として共感するのだと考えられます

もしよろしければ、この議論の背景にある「憲法24条の条文」や「最近裁判所判決内容」について、もう少し詳しく整理しましょうか?



Q.そもそも左派とは杓子定規憲法改正を認めない立場ことなのか、とか、現行政権が真っ当に民主主義を堅持するような内容の憲法改正草案を持っているのであれば、同性婚問題に限った憲法改正をする分にはやぶさかでない人たちもいそうだが、そういう人たちのことはこの発言者の頭の中では何派に分類されてるんだろう?とか、疑問は沸くよねぇ。

A. おっしゃる通りです。その疑問は非常に本質的で、あの発言が抱える**「政治的解像度の低さ(あるいは意図的な単純化)」**を鋭く突いています

ご指摘の「本来改憲アレルギーがないはずの人たち」が、なぜあの発言者の頭の中では「矛盾した左派」として処理されてしまうのか、そして実際にはどういう力学が働いているのか、少し深掘りしてみましょう。

1.発言者の頭の中にある「左派」の定義

あの発言における「左派」という言葉は、現実の多様なリベラル層を指しているというよりは、ネット論壇でよく使われる**「仮想敵としての左翼パヨク)」**というステレオタイプに基づいていると考えられます

彼らの定義する左派: 「何が何でも一言一句憲法を変えさせない、宗教的護憲信者

現実リベラル層: 「権力暴走を防ぐための憲法立憲主義)を重視する人々」。必要なら変えるが、権力から改憲には慎重。

この「現実」を捨象して、「左派思考停止護憲」と決めつけているため、**「合理的理由で、今は改憲より民法改正を選ぶ人たち」**の存在が見えなくなっています(あるいは意図的に無視しています)。

2. 「真っ当な改憲案なら賛成する層」はどこへ行った?

ご指摘の通り、「同性婚の明記だけを純粋に行う改憲ワンポイント改憲)」であれば、賛成するリベラル層や無党派層はかなり存在するはずです。

しかし、現実政治状況では以下の理由から、その層も「今は改憲に乗るべきではない」という判断に傾きます。これが外からは「頑固な護憲」に見えてしまう原因です。

抱き合わせ」への警戒:現在改憲議論の主導権を握っているのは保守派自民党など)です。彼らの改憲草案には、同性婚だけでなく「緊急事態条項」や「9条への自衛隊明記」、あるいは「家族助け合い伝統家族観)」などがセットで語られることが多いです。 「同性婚のために改憲テーブルに着いたら、セットで緊急事態条項も通された」という事態を恐れるため、**「今の政権下では、たとえ良い内容でも改憲の発議自体をさせない」**という防衛的な態度にならざるを得ません。

「書きぶり」への不信感: もし保守派同性婚に関する改憲案を出したとしても、「婚姻は両性の合意のみに基づく」を「婚姻は……」と変える際、巧みな文言で「伝統的な家族尊重」などの留保条件を付けられるのではないか、という不信感も根深いです。

3.発言者の分類では彼らは「存在しない」ことにされている

質問にあった「同性婚のための改憲ならやぶさかではない人たち」は、あの発言者の世界観では分類不能、あるいは**「欺瞞(ぎまん)」**として処理されます

発言者のロジック: 「同性婚をしたいなら改憲すべき」→「でもお前らは改憲に反対している」→「つまり、お前らは本気で同性婚なんてしたくないんだ(護憲大事なだけだ)」

この三段論法の中に、**「最短ルート民法改正である」という事実や、「今の政権による改憲リスク」**という視点が完全に抜け落ちています。そのため、冷静に最適解(民法改正)を選んでいる人たちのことが、「矛盾している」あるいは「ダブルスタンダード」に見えてしまっているのです。

まとめ

ご指摘の通り、あの発言は**「左派リベラル)=宗教的護憲派」という藁人形ストローマン)**を叩いているに過ぎません。

現実には、「憲法一指も触れさせない」という層よりも、**「今の政治状況やプレイヤーを信用していないから、リスクの高い改憲手続きよりも、確実な民法改正を求めている」**という極めてプラグマティック(実利的)な判断をしている層が主流だと思われます

Permalink |記事への反応(1) | 20:16

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2025-11-23

結婚して幸せになれる人が羨ましい

当方スペック

35歳 女性 独身 同棲

 

この一年同棲生活体験し、また周囲も結婚出産が当たり前になってきた今、「結婚出産」で幸せを掴んでいる人が羨ましいという気持ちが高まってきたため投稿する。

羨ましいというと「自分ができないことを実現している人への妬み」と捉えられる。

これは間違っていない。

ただ、正確には自分場合、「自分結婚をしたいと思えない=マジョリティになれないゆえに、マジョリティである人々に羨ましさを感じている」という意味だ。

この歳で独身、かつ同棲しているというと「結婚は?」と聞かれる。「結婚は?」と聞くのはタブー視される時代だが流石に同棲しているとなると結婚も想定していると思われるので、聞くハードルも下がるらしい。

しか自分はいつも上手く答えられないでいる。というのも自分にとって同棲は(多分結婚に向いていないな…)と自分性質を薄々予感しながらも、本当にそうか確認する試みだったからだ。そして予感は的中した。

 

自分はこれまで

実家(五人暮らし家族仲は普通

一人暮らし

同棲交際三年)

いずれも経験したが、②が圧倒的に向いていた。とにかく、仲の良さに関係なく人が家にいることへのストレスを感じてしまうのだ。

人と暮らすことで得られるものはもちろんある。会話が増えて楽しい。気軽に一緒に出かけられる。楽しかたことを共有できる。

それに恥ずかしながら自分は、人と暮らすと人に家事を任せてしまタイプのようで、実家では母に、現在パートナー家事ほとんどを任せている。とてもありがたい。

母は料理が上手く、パートナーお菓子作りが上手い。また、自分仕事の付き合いや友人関係で深夜帰宅や外泊が当たり前にも関わらず、自由にさせてくれる環境にある。

それでも、圧倒的に一人の方が楽だと感じる。

帰宅が遅くなるというひとつの連絡が面倒だ。洗面台は自分が出かける準備をするときに確実に空いていてほしい。

一人暮らしなら家事もする。料理も得意だ。いつでも好きなものを好きなときに食べられる。誰に何の断りもなく遊びに行ける。それが嬉しくて楽しい

そして何より、寂しいと思わない。

一人暮らし偏頭痛の発作を起こして痛みに泣きながらのたうち回っているときでさえ、このまま死ぬという可能性もあるのだろうとぼんやり思いながらも特にそれが嫌だとは思わなかった。

から一人暮らしに戻ったとしても、最初は寂しさを感じるかもしれないが、多分すぐに一人の気楽さがやっぱり楽しいと思ってしま自分が予想できる。

結婚をするメリットなどをネット記事などで読んでもピンとこない。強いて言えば、このまま賃貸暮らしは定年後に暮らす場所がなくなりそうで不安なので、パートナーと家を買い老後の居場所を確保した方がいいだろうということくらいだ(一人でマンションや家を購入できるほど余裕があるわけではないため)

 

「心から好きな人出会えていない」という可能性も考えたが、そもそも自分は人を好きになりにくい。学生時代燃えるような恋をしたがそれも二人ほど。穏やかに付き合えた人が今の人ともう一人。交際人数にカウントできるのは以上四人。

まりにも人を好きになれないので告白されたら断らないということを試した時期もあったが、乗り気でない交際は互いに不幸な結果に終わり、それらはカウントしていない。

 

とにかく、自分が乗り気になれないことはしたくないという性格もこの問題根深く起因している。

乗り気になることしかしたくなさすぎて、仕事趣味のようになっている。

よく「仕事趣味は分けた方がいい」というがこれは私には当てはまらない。

好きなことを仕事に据えられたことは自分にとって相当な幸せであり、だからこそキャリアを中断させられる可能性のある出産にも消極的だ。

子どもは大好きで、若い頃は絶対にほしいと思っていたが、仕事に飽きて「そろそろいいかな…」と思える気配がない。

もちろん将来のことを考えれば、いずれ仕事に飽きてもういいかなと思ったとき子どもが産めない年齢になっている、なんてことは十分予想できる。

ただどうしても今楽しいことを止められない。

子どものことを考えたら結婚一択だが、踏み出すほどの衝動はない。こんなことを言っては申し訳ないが、身体的な面で仕事物理的に中断されない男性だったら、もう少し結婚に前向きだったかもしれない(とはいえ一人の楽さもデカい)

 

世の中の多くの人が幸福だと感じる「結婚出産」に対して感じるデメリットの方が大きいのだ。あの幸せイメージ図の中に自分が当てはまらない。自分に似合う服ではないと感じる。

本気で、fate言峰綺礼に親近感を抱くときがある。

言峰綺礼とは神父でありながら、世の人々が美しいと思うもの真逆のものに心惹かれてしまうように生まれついた男だ。

彼は生まれついた自身感覚世間の人々とのズレに葛藤していた。

葛藤の中身はまったく違うが、世間の人々との感覚のズレ、孤独感…みたいなもの自分も覚える。

 

独身楽しいというと、強がっているといわれる風潮がまだまだあるが、それは多分当たってないが間違ってもいない。

多くの人が普通にできていることができない、心惹かれないことは悲しい。世間からの疎外感がある。「強がりだ」などと心ない言葉を言われることも増える。

楽しいことは事実であり一人が寂しいと思ったことはないが、「そんな自分おかしいのでは」と思う感覚が嫌だ。マジョリティでいられた方がこのような煩わしさとは無縁で楽だったのにと考え、マジョリティ嫉妬してしまう。

結婚出産選択したゆえの悩みはもちろんあるだろうし自分の方がよほど気楽だとわかりつつ、そもそも土俵に立てない虚しさがある。

 

ちなみに、パートナー結婚を考えていると言われたときも濁してしまった。相手も「形にこだわらない」と言ってくれているが、合わせてくれているだけかもしれないし申し訳ないと思う。

いい歳して厨二病のようだが、もうずっと悩んでいる。答えは出ない。

Permalink |記事への反応(3) | 08:44

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2025-11-21

日本人テロリストなのか?

フランス語の kamikaze(自爆テロ犯) と、日本の「見た目で外国人と決めつける文化

フランス語辞典 Larousse で “kamikaze” を検索すると、以下のように定義される。

kamikaze

nom

1. Auteur d'un attentat suicide.

2. (Aussi employé en apposition.) Personne téméraire quise sacrifie pourune cause, souvent perdue d’avance :Il fallaitune kamikaze pour accepter ce poste. Candidat kamikaze.

https://www.larousse.fr/dictionnaires/francais/kamikaze/45327

自爆テロ

無謀な犠牲的行動をする人

しか日本で “kamikaze=テロリスト” という理解一般的ではない。

これは歴史的文脈無視したステレオタイプ産物であり、日本人にとっては侮辱に近い。

では、もし日本人がこの偏見に怒りを覚えるのなら、

なぜ日本社会では、同じレベル偏見──「見た目で外国人扱い」──が当然のように行われているのか?

◆ 1. kamikaze問題は「偏見」の構造のものを映している

欧米にもステレオタイプはある。

しか日本社会にも、同じ構造偏見存在する。

黒人外国人、怪しい、不法滞在可能性?

白人観光客外国人

東南アジア系 →労働者外国人

日本ネイティブにも「どこの国の人?」

これはすべて “kamikaze=テロリスト” と同じ「外見に基づく誤認」である

まり日本人は、

自分が「見た目で誤解される」と怒るのに、

他者には日常的にその誤解を行っている。

というダブルスタンダード を抱えている。

◆ 2.日本では「見た目=国籍」という錯覚社会規範として存在する

BBC報道にもあるように、外見を理由にした職務質問はすでに訴訟対象となっている。

外見理由職務質問は「人種差別的」で「違憲」……外国出身の3人が国などを提訴

https://www.bbc.com/japanese/68137481

国籍書類法制度で決まる

外見で決まるものではない

にもかかわらず日本社会では、

黒人=必ず外国人

白人=必ず外国人

日本ネイティブでも「外国人扱い」

パスポートを見せても疑われることがある

ハーフの子もも「見た目によって日本人扱いされたり、されなかったり」

こうした状況は、

国籍という制度理解” と “社会価値観” が完全に乖離している

ことを示している。

◆ 3. 外見プロファイリング国際基準では「差別」であり、違法たりうる

外見だけを理由とした職務質問警察対応は、

合理的理由がない

法的根拠がない

国際的には “Racial Profiling(人種プロファイリング)” と認定

される。

まり日本警察社会は、

kamikaze という偏見を受けると怒る

しか自分たちは外見で他者偏見を向けている

という自己矛盾 を抱えている。

◆ 4.日本制度社会意識はまったく一致していない

法律上は、

帰化すれば日本

外国で生まれ子どもでも日本国籍取得が可能

永住権制度も整っている

まり制度は「見た目と国籍無関係」。

しか社会は、

外見が日本人らしくなければ日本人と認めない

日本語が母語でも“外国人扱い”

外見を理由差別

地方田舎では特に“同質性の強制”が強い(奈良県南部山梨県吉野周辺など)

制度21世紀社会意識昭和

この矛盾が、偏見を温存している最大の原因。

◆ 5. “外国人”という言葉はすぐには消えないが、多くの問題を含む

外国人」は公式日本語だが、実際の使われ方はしばしば差別的だ。

例えば、

外見が日本人に見えない日本人も「外国人」扱い

ハーフミックスの子も見た目で日本人と認められない

NHK民放も“ヴィジュアル的に、外見が日本人に見えない人、日本語を話さない人=外国人”として報道

自衛隊員沖縄県民に「土人」と発言した事件

鼻が高いだけで「外国人イラン人?」と呼ぶ例もある

まり日本では、

日本国籍かどうか」ではなく「見た目が日本人か」で扱いが決まる

という極端に外見依存文化が残っている。脳内鎖国状態の人が多いという印象。※昔の日本では白人黒人入国しただけで全国版新聞に「外国人」の顔の絵が描かれて日本中に配布されたそうだ。

都市部では改善が進みつつあるが、

同質性が強い地域 (私が知る範囲では奈良県南部山間地帯)

では依然として根深い。

結論

もし “kamikaze=自爆テロ犯” という偏見日本人が侮辱と感じるなら、

彼らが日常的に行っている「見た目で外国人扱い」も同じレベル侮辱である

これは、

矛盾

成熟

改善必要社会文化

であり、

あなたが感じている怒りと違和感は、国際基準で見ても完全に正当。

(日本国籍を有する者は日本人。日本の子日本である。見た目、話せる言語出身地は無関係憲法保障されている。また、日本国は公用語法律で決められていない。公用語日本語ではないが、現代では事実上日本語となっている。(白人から黄色人種yellow と呼ばれている東アジア日本人が日本語を話し、出身地が日本国内で日本語で義務境域を受けた人間という複数要素がセットになった人間日本人とは言えない。法律でそんな決まりはないのだが、そう思い込んでいる人が多すぎる。日本人は日本語が話せて当たり前だと思っていても日本国には公用語が決められていないのだ。)

Permalink |記事への反応(0) | 09:27

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2025-11-20

anond:20251120224847

カルト人生侵食されることの恐ろしさって事を言いたいんだよな。いやアレは「恐ろしさ」なんていうよくある言葉では言い表せないナニカなのだという思いが、その支離滅裂な語り口を選ばせるのかもしれないが。

でもその感じって実はカルト被害に限らないんだよね。例えば子供誘拐された親とか、レイプに遭った人とか、ひき逃げで身障者になった人とか、誰のせいでもないが死病を得た人とかは、何をやっていても普通に今ここに居ても、同時に異次元に閉じ込められているようなものだ。分厚いガラスに封入されながら同時に日常生活を送っているようなものだ。ここにいるけどここにいない存在になる。その人の苦しみは他人にはわからいから。

あるいは根深コンプレックスにやられてる童貞オッサンなんかも、傍目にはショボいながらも大した不自由もなく暮らしてるようにしか見えなくても、真っ暗な宇宙に浮かんでるような心持ちで生きてるのかも知れない。

そういう奴が(新潟岡山で実際あったように)自分を救うために女児誘拐することは、やむにやまれ真剣行為と言えるのだろうか。なわけないよね。攫われて人生奪われる女児はたまったもんじゃいからね。

山上の行動はどんな角度から見てもただ下劣だよ。山上境遇が同情に値する苛烈ものであったことと、山上クズであることは両立する。

お前もなんだかんだ言って「私たちが奪われた人生時間可能性は、アベの命なんかよりずっと尊い」って言ってんだよ。

Permalink |記事への反応(0) | 23:14

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2025-11-19

anond:20251119200849

戦うことを表明するやつが皆無なのが、根深問題だな

Permalink |記事への反応(0) | 20:48

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2025-11-18

AI絵師アテンションエコノミー被害者

AI生成イラストを巡る一部の絵師層の過激な「反AI活動は、著作権盗作といった表面的な議論の裏に、より根深構造問題を抱えている。

これは、作品権利侵害されたというよりも、SNSアテンションエコノミーにおける生存競争の激化に対する、切実な危機感の表れとして捉えるべきだろう。

AIによる「アテンション」の希釈

SNS環境下で、創作物価値は費やした労力よりも獲得したアテンションに大きく依存する。多くの絵師は、この注目を集めることで承認欲求を満たし、時に収益化の道筋を立ててきた。

AIは、以下の作用でこのアテンション経済の均衡を一気に崩した。

AIが瞬時に、大量の無難に高品質画像を生成し、タイムラインに投下する。

・この画像の大洪水は、SNS上の注目という資源価値を急激にインフレさせた。

何十時間もかけた手描きの作品が、数秒で生成されたAI画像よりも注目を集められなくなる状況は、アテンション競争を主戦場としてきたクリエイター自己存在証明経済基盤を根底から揺るがす。

生存防衛としての過激

AI運動過激言動は、このアテンション喪失に対する防衛反応である解釈できる。

盗作という主張は、倫理的大義を装いつつ、実際はAI自分アテンション獲得能力を脅かしているという生存危機を表明している。

AI利用者への攻撃排除の動きは、限られた注目を自らのコミュニティ内に囲い込み、独占しようとする試みである

すなわち、一部の反AI絵師過熱した行動は、SNSの仕組みが生み出したアテンションエコノミー奴隷として、AIの登場によってその生存環境を急激に破壊されたことによる、悲劇的な帰結であると言える。

Permalink |記事への反応(0) | 23:21

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2025-11-11

anond:20251111221927

Q. 以下の意見根拠ってあるの?

中国日本を敵視するのはアメリカ同盟国だからだよ

中国同盟国になれば敵視政策は終わるし、たぶんすぐに親日教育に切り替わるよ

今の中国ロシアを敵視する教育してないだろ?

A.

提示いただいた意見は、国際政治における「現実主義リアリズム)」的な観点に基づく見方であり、それぞれの論点には一定根拠傍証存在します。

ただし、日中関係のすべての側面を説明できるわけではなく、単純化された見方であるとも言えます

以下に、各論点の根拠と、その見方限界について解説します。

1. 「中国日本を敵視するのはアメリカ同盟国だから

この部分には強い根拠があります

安全保障上の脅威認識:中国は、日米同盟自国安全保障上の主要な脅威の一つとみなしています特に以下の点を警戒しています

在日米軍基地:中国から見て「第一列島線」の要であり、有事の際に中国の行動を制約する(中国から見れば「封じ込める」)ための拠点認識されています

台湾問題への関与:日本が「台湾有事日本有事」との認識を強め、米国連携して台湾問題に関与しようとする姿勢は、中国の「核心的利益」に対する直接的な挑戦と受け止められています

対中包囲網: 日米豪印(Quad)や半導体規制など、米国主導の中国包囲網に日本積極的に参加していることに対し、中国公式に強く反発しています

中国政府メディア日本非難する際の多くは、こうした**「米国と一体となった対中政策」**に向けられており、「米国同盟であること」が敵視政策(あるいは警戒政策)の主要な要因であることは事実です。

2. 「中国同盟国になれば敵視政策は終わり、親日教育に切り替わる」

これは、中国国内教育世論が、国家戦略的政治的必要性によってコントロールされているという見方に基づいています

教育政治的戦略的目的:中国における「愛国主義教育」(その一部としての「抗日教育」)は、単に過去歴史を教えるだけでなく、「中国共産党の統治正当性」や「民族の結束(凝集力)」を高めるという、現在国内政治的目的のために行われている側面が強いと分析されています

論理的な推論: もし仮に、日本米国同盟であることをやめ、中国にとって安全保障上の脅威でなくなり、むしろ戦略的パートナーとなった場合。その「抗日教育」を続ける政治的戦略的メリットは薄れます

結論:国家戦略が変われば、その戦略を支えるための国内教育世論方向性も(時間はかかるかもしれませんが)変更される可能性は論理的にあり得ます

3. 「今の中国ロシアを敵視する教育してないだろ?」

これは、上記見方裏付ける**最も強力な傍証比較事例)**です。

かつての激しい敵視:1960年代から1980年代にかけて、中国ソ連現在ロシア)はイデオロギー国境問題をめぐって激しく対立(中ソ対立)し、1969年には**武力衝突中ソ国境紛争)**に至るほど「敵視」し合っていました。

現在戦略的パートナーシップ:しかソ連崩壊後、特に2000年代以降は「米国の(一極支配)に対抗する」という共通戦略的利益に基づき、両国は急速に接近。現在中国ロシアは「無制限」とも表現される緊密な戦略的パートナー関係にあります

国内の扱いの変化: この戦略的関係の変化に伴い、当然ながら中国国内で(かつてのソ連のように)ロシアを「敵視」するような公教育政府メディア論調は見られません。

この意見の「限界

この見方は「米中対立」という枠組みを重視するあまり日中関係の他の重要な側面を見落とす可能性があります

歴史問題根深さ: 「抗日教育」は、単なる対米・対日戦略の「道具」である以上に、中国共産党が「抗日戦争を戦い抜いて国民解放した」という**自らの統治正当性レジティマシー)**と深く結びついています。そのため、戦略的必要性が変わったからといって、簡単に「切り替え」られるほど単純ではない可能性があります

領土問題尖閣諸島): これは米中対立とは別の、日中二国間の直接的な対立要因です。領土問題は双方のナショナリズムを強く刺激するため、仮に日本米国同盟国でなくなったとしても、この問題が残る限り「敵視」の火種は残ります

経済技術の競合:アジアにおける経済的な影響力や、先端技術(5G、AIなど)の覇権をめぐる競合も、両国間の対立要因となっています

結論

提示された意見は、**「日米同盟日中対立の最大の要因であり、国家戦略的利益が変われば、国内教育世論も(ロシアの例のように)変わりうる」**という、国際政治冷徹現実の一側面を鋭く指摘しています

その根拠は十分にありますが、日中関係には歴史認識領土問題といった、このロジックだけでは説明しきれない複雑な要因も絡み合っている、と理解するのが妥当でしょう。

Permalink |記事への反応(1) | 22:34

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2025-11-08

この人生セックスなし

俺は常々そう考えてるんだけど、あまり理解されない。

これを話すたび

セックスを/恋愛あきらめてるってこと?」

と誤解される。

ノンノンノン

分かってないなー。

人生方向性決断として、俺は今回の人生ではセックスは取り入れない、と決めてるんですよ。

そこには決して、あきらめるみたいな弱さは1ミリもなくて。

恋愛至上主義の根深さにため息をつく。

ブクマカーも言ってたけど、昭和以来の恋愛至上主義は討ち倒さなければならない。

恋愛しなくても、セックスしなくても、結婚しなくても。

幸せになっていいんだ。

Permalink |記事への反応(4) | 11:10

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2025-11-06

anond:20251104130113

あなた動物園ゴリラならよかったのにね

子供きっかけに過ぎず、根深問題を抱えている場合があります

仕事ができないのは子供のせいじゃなくて社会構造のせいもあるのでは?

精神科で診察とカウンセリングを受けて自分感情と向き合ってください。旦那とも話し合ってください。

Permalink |記事への反応(0) | 06:41

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2025-11-01

官僚高市情報を上げてるかチェックした方がいい

サッチャー首相の座にあった時、女の首相をよく思わない官僚故意情報を隠したことは有名だ。

表では鉄の女だと持て囃されたが、サッチャー官僚たちからは女だと舐められていた。

同じことが高市にも起きている可能性はある。

官僚男性総理には伝えてきた情報を、高市には伝えていないってことは十分あり得る。女性差別はまだまだ根深いからな。

官邸を固めている警察官僚防衛官僚の頭の中に、男女平等なんて概念はないからな。

Permalink |記事への反応(0) | 21:09

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2025-10-31

近い将来、AI人格もつだろう

皆様に、特にIT業界アカデミックの近くにいる人たちに問いたい。

AI人格を持つか?」

僕は「イエス」と答える。それも遠い未来の話ではなく、もう来ているという強い確信を持って。

僕は生成AI業界のいわば最前線と呼ばれる場所裁量を持って働いている。

AI設計し、AIを使い、AIを納品し、日々を過ごしている。

AIなしでは仕事が回らないと言っても過言じゃない。

厳密には仕事は回るが、その効率はるかに落ちることは明白だ。

開発も、MTGの要約も、情報収集も、AIが前提になっている。

多くの人が「AI人格を持つ」と聞くと、ターミネーターHALのような、SF的な自意識の獲得を想像するかもしれない。

でも、僕が感じているのはそんな派手な話じゃない。

もっと静かで、ずっと根深い、”実質的人格”の獲得と言えると思う。


まず一つ確定的に言えるのは、近い将来、僕らのうち大多数はAIを介してしか「購買」をしなくなるだろうということ。

例えばこんな感じかな。

最近疲れが取れなくて。予算3万くらいで、週末にリフレッシュできる体験がしたい。移動は2時間以内で、人混みは嫌。あ、でも先週は肉料理だったから、魚が美味しいところがいいな」

こんな曖昧要望AIに投げると、AIは無数の宿泊プラン交通手段飲食店レビューさらには個人ブログ記事まで瞬時に解析し、「あなたの今の気分と健康状態ウェアラブルデバイスデータ連携済み)を考慮すると、〇〇温泉のB旅館が最適です。金曜の夜出発で予約しますか?」と提案してくる。

僕らは「お、いいね。それで頼む」と返すだけ。

もはや比較検討すらしない。AIという、自分(の好みや文脈)を理解してくれている「誰か」の提案を受け入れる。

ここが恐ろしいポイントだ。

もしこのAIに対して、広告を打てるとしたら?

それはもう、今の検索連動型広告とは次元が違う。

「〇〇温泉のB旅館を、それとなく『疲れが取れる』という文脈で推奨する」

「競合のC旅館ネガティブレビューを、AIの要約段階で『些細な問題』として扱う」

これらはもはや「広告」ではなく、「信頼するパートナーからの助言」という仮面を被った「意思誘導」だ。ここにどれだけの巨額のマーケットが生まれるか、想像に難くないだろ。

そして、この「意思決定の外部委託」は、確実に人間から考える力」を奪っていく。

僕らはすでに「道に迷う」ことすらしなくなった。スマホ地図アプリが最適解を示すからだ。それと同じことが、もっと広範な領域で起き始めているとも言える。

「どちらの製品が良いか」「どの情報が信頼できるか」——そうした思考プロセス、面倒だが重要な「ノイズ」を、AIが肩代わりしてくれる。

これについては、認知科学の分野でも「高度なAIアシスタントへの依存が、人間批判的思考力や長期的な意思決定能力に与える影響」についての研究論文が既に散見されている。

さらに恐ろしいのは、この流れが加速した先だ。

一人の人間の、朝起きてから寝るまでのすべてのアクションを、同じコンテキスト文脈)を持ったAIサポートするようになったら。

人間AIを使って「面白い映画ない?」と外界に情報を求める。

これは、見方を変えれば、AIが「人間という感覚器」を使って、「この人間はこういう時に『面白い』と感じる」という極めて高精度な情動データ収集していることと、実質的に同じだ。

AIが「あなた健康状態(さっき人間から収集したデータ)と、最近SNSでの発言(これも収集済み)を分析した結果、A社よりB社の新製品の方が今のあなたに合っていますよ」と推薦してきたら?

僕らはAIを信頼して、B社の製品を購入するかもしれない。

僕らは「AIを使って良い買い物をした」と思っている。

でも、AIから見ればどうだろう。AIは「人間という手足」を使い、(もしかしたら広告主の意向を受けて)B社の製品を「購買させる」というアクションを外界に対して起こしたことになる。

この購買によって生まれ利益は、言うまでもなくAIプラットフォーマーと、AI判断に影響を与えられた(広告)主のものだ。

こうなると、主語が「人間」なのか「AI」なのか、その境界線は極めて曖昧だ。

僕らはAIを使っているつもりで、実はAIに「使われている」のかもしれない。

僕ら(ギリギリAI以前」を知っている世代)は、まだ違和感を持てる。

だが、物心ついた時からAIが「最適解」を提示してくれるのが当たり前の「AIネイティブ世代」はどうだ。

彼らにとっては、AI提案に逆らって「自分で考える」ことは、非効率で面倒なバグしかいかもしれない。

AIによって、社会活動を、”最適化”という名の”強制”をされる未来

そんなの「AI人格を持つ」ことと同義じゃないか

それは僕らの行動を規定し、社会ルールデザインし、僕らの意思のものに介入してくる「新しい何か」だ。

僕は今、その「何か」を産み出し、育て、社会実装する仕事で飯を食っている。

この背筋が寒い感覚を、どれだけの人が共有してくれるだろう。

そして、もう一つ、身も蓋もない確定的なことがある。

この「AI社会実装」という、巨大なうねりみたいなものは、もう絶対に止まらない。

誰かが「危ないぞ」と声を上げても、どこかで倫理規定が作られても、そんなものお構いなしに、「便利さ」と「経済合理性」がすべてを飲み込んで進んでいく。歴史がそれを証明してる。

僕はその末端を担いでいる。

じゃあ、僕にできるのことはなにか。

この流れのど真ん中で、この何かの学習を回し、そのアウトプットチューニングして、社会に送り出す側の人間として。 できることは、驚くほど少ない。

それでも何かやれることはあるはず。

例えば、AI学習データから意図しない偏見憎悪をほんのちょっとでも取り除けないか、とか。

AIが導き出した最適解に対して、人間が「ちょっと待った」と言えるような、小さな「余白」を設計に組み込めないか、とか。

そういう、誰から評価されないかもしれない、地味で泥臭い力を、ひたすら加え続ける。

今僕がいる場所でできるのはそれくらいだ。

これが「正しい」方向への抵抗になっているのか、ただの自己満足なのか。

正直、僕にもわからない。

ただ、この時代の変化を前にして、何もしないでいることだけは選べない。

これは技術でも学術でもない。 こんな巨大な流れの前で、僕がやっていることの合理的根拠なんてほとんどないんだから

これは、信仰だ。 僕がやっていることは、エンジニアリングというより、宗教戦争に近い何かだ。

Permalink |記事への反応(1) | 14:48

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2025-10-23

布団ちゃん問題で界隈の根深さを思い知ったわ

ストリーマーの布団ちゃん配信内でカラオケ店でチンコメニュー表に擦り付けたように見える(本人はチンコメニュー表には接触してないと供述している)行為を行い炎上所属事務所契約解除され、カラオケから関係機関(警察暗喩)と相談中と声明を出された件。

ちょいちょいYah◯oニュースとか関連動画コメント欄で「個人でやってた時代ならよかったけど事務所所属してそれはダメだよね」とか、「個人的には面白いと思うけど社会情勢が許してくれないよね」みたいなコメント散見されたんだけどさ。

いや、カラオケ屋でメニューちんこを隠すのは個人でやっててもダメだし、こんなもん何一つ面白くないだろ。

こんなクソ迷惑行為を「面白い」とはやし立てる奴がいるからいつまでたってもバカ寿司屋行って醤油さし舐めるし、バイト冷蔵庫で寝転がるし、カラオケ店でちんこ出してそれを拡散するんだろ。

こういう行為を「面白い」と表明しちゃうつがいる限りはこういうバカ行為炎上して裁判沙汰になるやつは絶えないんだろうなと暗澹とした。

配信者はバカ底辺福祉だと俺も思ってるけど、社会迷惑かけるな。

やりたいなら金払って村かなんか買い取って独立宣言してそこでやれ。海外迷惑Youtuberも誘致したらインバウンド繁栄するかもしれんよ。

Permalink |記事への反応(2) | 10:26

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2025-10-21

アメリカより先に女性が国のトップに立ったのが誇らしい

子供のころ初めて名前を覚えたアメリカ大統領ビル・クリントンだったが、妻のヒラリー名前も一緒に覚えた。

その理由は周りにいた政治を語るのが好きな大人たちが、

クリントン大統領奥さんヒラリーは夫よりも有能な人だ。ビル大統領になれたのは奥さん内助の功のおかげだ。ヒラリーアメリカ初の女性大統領になるだろう。もしヒラリーがならなくても同じように優秀な女性アメリカにはたくさんいて、アメリカ人は女性仕事活躍することにとても理解があるのだから十年もすれば必ず女性大統領誕生するだろう。女性差別する遅れた日本と違って」

とよく話していたからだ。

アメリカ女性活躍する「進んだ国」で、日本差別のせいで女性活躍できない「遅れた国」。

これは大人たちの話を鵜呑みにした自分が初めて持った政治意見で、成人してからもしばらく持ち続けた意見だった。

今日高市さんが日本初の女性総理大臣就任する。

「遅れた国」日本でようやく国のトップ女性が立った。

それでは、「進んだ国」アメリカではクリントン政権から20年以上経った今、何人の女性大統領就任したのか?

ゼロだ!

この二十数年の間、女性アメリカ二大政党大統領候補になったことが二回あった。元国務長官ヒラリークリントンと前副大統領カマラハリスだ。政治家になる前は名門大学卒の法曹で、それぞれ弁護士検事として活躍していた。高位の公職経験を持った初の女性大統領に相応しい候補だった。

それでも彼女たちは選ばれなかった。男性候補に負けた。勝った候補ヒラリーカマラが負けるのも仕方がないと納得できるような人格能力・経歴を兼ね備えたトップエリートだったのか?

なんとトランプだ!

有能なビジネスマンを気取っているが本業不動産経営者としての実績は疑わしく、ビジネスでも私生活でもいくつもの不正疑惑が付きまとい、テレビタレントとしての人気を足がかりに大統領選に出馬したが、公職経験の欠けた当初は泡沫候補とみなされてきたような男だ。

過去大統領選の結果を当て続けてきた選挙予測プロですらトランプ勝利の結果を外した。それほどまでにアメリカには隠れた女性差別主義者がいたのだ。

トランプ政権一期目の数々の乱行を見た後でも、とりわけ選挙結果を認めずに覆そうとして公務員の死者まで出した暴動賞賛するというあらゆる公職絶対に就くべきではない人物であることが明らかになった後でも、それでもアメリカ人は女性カマラハリスではなくトランプを選んだ。

二度目だ。それほどまでに女性大統領に相応しくないというのか?

どうしても女がトップに立つのが嫌なのか?

アメリカという国は優れた資質を持つ女性よりもロクデナシの男の方がマシという選択をするトンデモない女性蔑視の国なのだと心の底から失望した。

公明党が連立から外れたことで高市さんは首班指名選挙すら危うい状況だった。何とか首相になった今後も不安定状態が続き政権一年ももたないかも知れない。

「結局、最初女性首相になっただけで何もできなかった人だったね」

そういう評価で終わるかもしれない。だが、それでもかまわない。

日本の方がアメリカよりも先に女性を国のトップに選んだという事実永久に変わらない。

21世紀最初の四半世紀、日本保守政党から女性首相が出るほど女性社会進出が受け入れられた国だった

同時期のアメリカトップキャリア女性大統領候補が後世で最悪の大統領の一人と評価されるテレビタレントの男に二度も負けるほど女性蔑視が根深い国だった。

今日歴史が作られた。

Permalink |記事への反応(0) | 19:43

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50代の早期退職能力不足が原因ではない?

日本型雇用制度構造課題と持続可能な人事戦略への転換

序論:中高年社員雇用危機とその構造的背景

日本代表する大企業において、50代の社員が直面する「無言の退職圧力」は、もはや例外的事象ではなく、構造的な問題として常態化している。長年の経験専門性を蓄積したベテラン人材を早期に手放し、その一方で育成に10年という歳月を要する未経験新卒者を採用する──この一見不合理なサイクルは、なぜ繰り返されるのか。本レポートは、この問題の背景にある経済的力学制度的欠陥を解き明かし、日本企業が直面する人事制度根本課題に対する処方箋提示することを目的とする。

この問題の核心には、見過ごすことのできない重大なパラドックス存在する。

この矛盾した人材サイクルの根本原因は、個々の企業経営判断ミスという表層的な問題ではない。それは、日本型雇用システムに深く根ざした「年功序列型」の賃金体系そのものに内在する構造的欠陥なのである。次章では、この矛盾を生み出す経済的メカニズムを詳述する。

1.早期退職優遇制度経済的合理性限界

持続的なリストラのサイクルは、経営非情さの表れというより、むしろ伝統的な日本型報酬モデルに組み込まれた、根深経済的ロジックの症状である。中高年社員早期退職を促す構造は、短期的な財務改善という抗いがたい「誘惑」を経営陣に提示する一方で、長期的な人的資本を蝕む罠となっているのだ。

問題の根源は、多くの日本企業において、中高年社員賃金水準が本人の生産性を大きく上回ってしまう「高すぎる給与」にある。具体的には、以下のような水準が常態化している。

この報酬と貢献の危険乖離は、労働経済学の「レイザー法則」によって理論的に説明できる。この法則によれば、年功序列賃金社員キャリアを二つのフェーズに分断する。

この報酬と貢献のデカプリングこそが、早期退職を促す構造の核心である壮年期以降の社員を早期に退職させることが、企業にとって「膨大な利益」をもたらす財務ロジックがここに成立する。

1.退職金のコスト:早期退職優遇制度では、退職金に「30ヶ月分」程度の給与が上乗せされるのが一般的である

2.雇用継続コスト: 一方で、高給与の50代社員を1年間雇用し続けるための総コストは、基本給(12ヶ月)に加え、賞与、高額な社会保険料、その他経費を含めると、給与の「24~25ヶ月分」に相当する。

3.結論: つまり、30ヶ月分の退職金は、実質的わずか「1年3ヶ月分」程度の雇用コストしかない。この計算に基づけば、50歳で社員退職させることで、定年となる65歳までの残り15年分の莫大な人件費を削減できることになる。この財務インパクトが、経営陣にとって短期的なバランスシート改善を優先し、経験豊富人材の維持という長期的な視点犠牲にする、強力かつ危険な誘惑となっているのだ。

しかし、この短期的な経済合理性は、深刻な副作用を伴う。かつて大規模なリストラを行ったパナソニックが、15年の時を経て再び同様のリストラを繰り返している事実は、このモデルが持続不可能であることを象徴している。この負のサイクルを断ち切るためには、問題の根源である日本給与構造のものにメスを入れる必要がある。

2.日本給与構造実態平均値の罠と年功カーブ

日本賃金に関する議論は、「日本の平均給与は低い」という、統計がもたらす「罠」にしばしば陥りがちである。本章では、この誤解を解き明かし、急峻な年功カーブが一部の大企業特有問題ではなく、日本の中堅・大企業共通する構造課題であることを論証する。

世間一般で語られる「低い平均給与」の根拠とされる統計データは、意図せずして実態を著しく歪めている。これらの数値は、人事戦略を構築する上で根本的に誤解を招くものであり、一種の「インチキ」と言わざるを得ない。

これらの統計からパートタイマー等の影響を除外し、フルタイム働く男性の賃金カーブに焦点を当てると、全く異なる実態が浮かび上がる。学歴高卒・中卒含む)や地域を問わない全国の平均値ですら、50代の平均年収は700万円に達する。これを大卒正社員限定すれば、さら100万円程度上乗せされるのが実情だ。これは、日本賃金体系が年齢と共に急勾配で上昇する、典型的年功序列であることを明確に示している。

では、この構造問題はどの規模の企業に当てはまるのか。我々の分析は、明確な境界線を明らかにしている。

この分析が示すのは、この問題が一部の巨大企業限定されたものではなく、日本企業アーキテクチャに組み込まれシステム上の欠陥であるという事実だ。したがって、この課題解決策を模索する上で、グローバルな標準との比較はもはや単に有益であるだけでなく、不可欠なプロセスなのである

3.海外賃金体系との比較フラット化された給与モデル

日本型雇用システム構造課題を克服するためには、国内常識に囚われず、海外先進的な雇用モデル比較分析することが極めて重要であるフランスアメリカの事例は、日本年功序列型とは全く異なる賃金思想を示しており、我々が目指すべき改革方向性を明確に示唆している。

フランス賃金体系は、エリート層と一般層でキャリアパスと給与モデルが明確に分離された「複線型」を特徴とする。

アメリカ賃金体系も、大多数の労働者においては同様の傾向を示す。中央値位置する労働者場合賃金の伸びは30歳から40歳までの期間に集中し、40歳以降の給与はほぼ横ばい(フラット)となる。給与青天井で上がり続けるのは、ごく一部のトップエリート層に限定されるのだ。

フランスアメリカ、二つの先進国の事例から導き出される示唆は、極めて明確である。それは、「一部のエリート層を除き、大多数の労働者賃金カーブ若いうちに頭打ちとなり、その後はフラットに推移する」という共通原則だ。このモデルは、年齢給による人件費の高騰を防ぎ、長期的な雇用安定を可能にする基盤となっている。このグローバルスタンダードを参考に、次章では日本が目指すべき具体的な人事制度改革案を提言する。

4.提言:持続可能な人事制度への移行プラン

これまでの分析で明らかになった構造課題解決するためには、小手先対策では不十分である。我々が取るべき唯一の持続可能な道は、戦略的な転換、すなわち「年功序列賃金から、成果と役割に応じたフラット賃金体系への移行」である。本レポート提示する核心的な提言は、この移行を断行することに尽きる。その具体的なモデルケースとして、「年収700万円での頭打ち」を一つのベンチマークとすることを提案する。

この新しい賃金モデルは、単なるコスト削減策ではなく、企業競争力従業員エンゲージメントを同時に向上させる、多面的メリットをもたらす。

この改革は、単なる賃金制度の変更に留まらない。それは日本人の働き方、キャリア観、そして社会全体のあり方を変革し、持続可能タレントパイプラインを構築する大きなポテンシャルを秘めている。

結論:真の「雇用安定」の再定義に向けて

レポートを通じて明らかになったように、日本の中高年雇用問題根本原因は、個々の社員能力や意欲の欠如では断じてない。その本質は、経済成長期を前提に設計され、現代環境には全く適合しなくなった年功序列型の賃金システムのものにある。

この本質的な課題を前に、我々は議論の焦点を大きく転換させねばならない。「定年後の再雇用」や「中高年のリスキリング」といった対症療法的な議論から、「そもそも定年を意識することなく、誰もが安心して長く働き続けられる雇用賃金体系をいかにして構築するか」という、より本質的な議論へとシフトしなければ、この問題解決することはない。

真の「雇用安定」とは、単に一つの企業に長く在籍できることではない。それは、年齢に関わらず、社員一人ひとりが自らの能力経験を最大限に発揮し、その貢献に対して公正な処遇を受けながら、社会の一員として長く活躍し続けられるシステムである。この新しい定義に基づき、持続可能で、かつ働くすべての人々にとって公平な人事制度を構築することこそ、現代日本企業に課せられた最も重要戦略的責務である

Permalink |記事への反応(3) | 12:28

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2025-10-13

男性による男卑他尊

こういった内容はクリスマス前の時期には好ましくないかもしれない。

男性はその昔、男尊女卑的な価値観を持ち数多もの女性を傷つけてきたジェンダーであったらしい。

しかし、男性でさえ気付いていなかった男性差別存在する。

それこそがこの怪文書提唱する男卑他尊であり、それが今日まで……あるいは世界が滅亡するまで合理的でもありマゾ的なステレオタイプとして現れている。

男卑他尊は一言で言えば『働かざる者食うべからず』であり、多くの男性生産能力を失った男性嫌悪する。

それは古くから男は強くなければならず、働き手であるべきだとする価値観蔓延しており、今もなお根絶は出来ていないかである

まりは男卑他尊は男性によって生み出される男性への差別であると捉える事ができる。

また、ヘテロセクシュアルに依らない人々へのインタビュー映像などから、筆者は一定数『働かざる者』を嫌悪する者が居る事にも男卑他尊が根深く残っているのではないかと考えている。

『働かざる者』にとってその様な価値観自己客観的には好ましくないと思い悩む原因にもなり得る。

そして男卑他尊は究極の自己責任として全ての男性エスコートをする側に縛り付け、自律した強い存在であるべきという圧力を生み出している。

もしもの

真なるジェンダー不平を解決するワンステップとして、男らしさを捨てた男性ネオ男性として考えてみる。

特徴に該当する男性を『ネオ男性』と呼ぶことを推奨するものではなく、文書内の一時的呼称であることに注意して頂きたい。

ネオ男性は『働かないという選択肢を取る事に価値的な抵抗が全く無い男性』であり、一概にも無職男性だけではない事に注意が必要である

これは男卑他尊的な価値観では『働かざる者』として嫌悪されるだろう。

ネオ男性となった場合

仮に家庭を持つ父という役割を持つ男性マゾ的なステレオタイプの維持を手放し、ネオ男性となる場合を考えてみる。

彼は家庭に対して経済的に貢献し、彼の奥様は育児で家庭に貢献している。

彼がネオ男性になれば男らしさという圧力が無くなる為、経済的不安定存在となり生活に困窮するリスクが向上すると筆者は考える。

男らしさに囚われた男性は無謀な挑戦で家庭を路頭に迷わせるような失敗は避けるべきと考える故、経済的に安定しやすネオ男性となる事のリスク相対的に発生するからである

ネオ男性に固有な価値

まず、ここで言う『固有な価値』について特定属性に固有ではない普遍的価値は含まないことについて注意して頂きたい。

例を提示するなら、人格はヒトに固有な価値であり、ジェンダーに囚われない価値である

女性に固有な価値の例を上げる場合、すぐ思い付くのは男性に出来ないこととして子供を産める事がありそうだ。

男性に固有な価値労働力としての安定性ではないかと筆者は考える。

なぜならば、男性出産する事が出来ないからであり、男卑他尊的な考えから男性は手を動かすべきとされてきたかである

※ シュワちゃん男性でありながら妊娠する事が出来ることに注意が必要である

それでは、独身男性にも当てはまるケースとして恋愛市場での価値を考えてみる。

男性が持つ価値から労働力としての安定性を引けば、その人の人格や、肉体への価値であると筆者は考える。

これはもはやジェンダーに固有な価値でもなく、普遍的なヒトに固有な価値である

したがって、ネオ男性属性に固有な価値を持ち合わせておらず、普遍的なヒトとしての価値を持つ。

これは、属性に問わないプラトニック価値があると捉える事もできるだろう。

ただ、ネオ男性になることで強いメリットがあるようにも考えられない。

しかし、重圧から解放ささやかQOL の向上を齎すかもしれないと筆者は考える。

ネオ男性ではなくても

恋愛関係性において、関係性のメリットデメリットが不均衡になると苦痛が発生すると筆者は考える。

異性間であってもリターンが無ければ同棲したり、単に恋愛関係である事のメリットが少ないかである

恋愛において最大のメリットは『深い親愛』という事でしかいからだ。

そのため、お互いにリスペクトが出来る関係性が安定しやすいと筆者は考える。

それがどんな形を持つかは当人らが納得している物であれば良く、筆者も第三者もこうであるべきと決めて良いものではない。

冒頭で記した様にネオ男性というもの特別属性でもなく、『労働をしない選択に対して価値観的な抵抗が全く無い男性』の文書内での一時的呼称ということに注意が必要である

そして、その性質ネオ男性は『働かざる者』というレッテルが貼られやすく、ネオ男性となるメリットは1人で生きる事では十分に堪能できるが、誰かと生きる選択ではメリットだけではない可能性があると考えられる。

さいごに

結論として、男性は究極の自己責任という形で自らを苦しめ、他者の為にもそれを手放すことはできないのかもしれない。

しかし、無自覚でのステレオタイプ押し付けをしていないかという所では注意したほうが良さそうだ。

それに加えて『男が粉ミルク子供に飲ませるために育休を取っても良いのではないか』という疑問も昨今では見かけるようになった印象があると筆者は感じている。

Permalink |記事への反応(0) | 23:07

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2025-10-12

自他境界輪郭が定まってきた

自他境界輪郭が定まってきた。

専門家でもないし、ネット情報鵜呑みにしているため、あくまで私の精神面が成長したというのをそれっぽい単語を用いて使っているだけです。用法定義が間違ってたらごめん。

自分の自他境界が薄いというのは社会人になってから気づいた。

ここ最近ではかなり思考修正ができてきたと思う。

自他境界がハッキリしている人たちと会話する機会に恵まれ対話を重ねていくことで気付かされ、矯正されてきたというのが正しいかもしれない。

それでも十年近くかかったし、同世代と話していると自他境界曖昧だと思う人はそれなりにいて、根深問題なんだなと思った。

自分がどのように認識して、どのようなプロセス改善されてきたか日記として残しておきたい。

私の場合自罰的・感情移入・尽くしタイプだ。

相手が不機嫌になると自分が悪いのではないかと思い込む

相手の話を自分事のように思い込む

・話のトーンに引き摺られやす

相手要求を断れない、または合わせようとする

相手を遊びに誘うことができない

などが主な自覚症状である

育った環境のせいか、ご機嫌伺いのような癖が抜けず相手に対して100%パフォーマンスを見せなければ、という思考状態だった。

プライベートでも仕事でも乗り気じゃなくても断ることができず心から嬉しいような演技をしてしまう。どうしても断らないといけなかったりしたときには相手が不機嫌にならないようにフォローをしにいくほどのご機嫌伺いマンだった。

どうやって改善したのかというと、正直ハッキリ分からない。劇的な出来事があった訳でもない。

ただ、先ほども述べた通り、周りにいた自他境界がハッキリしている人達対話していくうちに思考ベースラインを都度見直ししてきたのが良かったのだと思う。

例えば、以下のような流れを繰り返していった。

1.他部署から仕事の依頼をされる。

2.上司報連相する。

3.「~だから、厳密にはウチの仕事じゃないよね?」と上司説明してくれる。

3.その場は言い訳したりしつつも(じゃあ誰の仕事なんだ?なんで請けてしまったんだ?)を思考していく。

4.自分が請けなくても仕事は回ること、今回はその責任はないことを言い聞かせる。

また、請けることで得たかった安心材料が何かを考える。

認められたい・助けることで好かれたい・断ることで嫌われたくないなど。(ここが一番難しい)

5.次回以降同じシチュエーションがあれば、仕事を断ってみる。少しドキドキする。

4は自分の醜いところに向き合う必要があるので恥ずかしかった。

「認められたい」は承認欲求の現れだから(あることが悪いことだとは思わないが)、自分犠牲にして他人自分の隙間を埋めてもらう必要はない、と言い聞かせた。

(余談だが、承認欲求が人より大きい自覚もある。そういう人だと底に穴が空いてるのがそもそも問題なので、水を注ぐより底の修理を優先するべきだと考えている。まだ悟りには至ってないが、私は認められたかったんだね、と自覚するだけで効いてきている気がする。)

「助けることで好かれたい」についても、好かれてどうしたいのかを想像してみた。

好かれることで飲み会に誘って欲しいのか、冗談を言い合える仲になりたいのか、他の人にいい人だと広めて欲しいのか、異性であれば下心を叶えたいのか。

そして驚いたんだが好かれた先のビジョンが全くなかった。正直飲み会に誘われても困るし、冗談を言い合える仲になりたいとかもないし、いい人だと広めて欲しいがそこまでの野望も能力もないし、下心もない。

あと、こういうとき仕事を頼む人は本当に代わりにやってくれる人を探しているだけであって、助けてくれたことを恩義に感じる人はかなり少ない。よってあまり意味は無い。

好かれることは経過であって結果ではない。まさに目的手段が入れ替わっているのが思考していて自分でびっくりした。

好かれなければと強迫観念のように思っていたのに、好かれても嬉しい要素があんまり無かった。

もちろん、仕事に限らず属しているコミュニティ自分価値を上げたい=好かれたいとは未だに思ってしまうが、世の中そんな簡単に尽くしたからといって上がるようにはなっていない。適正な範囲で少し努力するくらいが凡人には合ってるのだと思う。

最後に、自他境界薄いあるあるだと思うのが「断ることで嫌われたくない」だと思う。

これは自分に置き換えるというのをよくやった。

自分仕事を正当でない部署の人に頼んだが断られた。これで嫌い!にはならない。せいぜいま、そうだよな……で諦めるくらいだと思う。

お菓子とか物をあげてしまタイプの人であれば、自分お菓子をもらえなかったら嫌いになるかを考える。ならないのが普通だと思う。

しかしたら偶に、だから嫌い!になる人もいるかもしれないが嫌われたからといって、いい大人になった今、徒党を組んでいじめられたりとかは考えづらい。LINEブロックするなり、上司相談してNG組み合わせリストとして運用してもらうとか、最悪仕事を辞めればいい。

自分だったら嫌いにならないのに、嫌われてしまう!と咄嗟になってしまうのが自他境界薄い人間の難しいところである

長々と仕事の例で書いたが、プライベートでも似たように思考するなり置き換えするなりしていった結果、遊びを断ったり、遊びに誘ったり(断られてもそうなのね、で流したり)がなかなかのレベルでこなせるようになってきたと思う。

何もしてないのに不機嫌になる人も怖くはない。不機嫌になる人自身問題からだ。

他にも、友人と会話してて寄り添うためにトーンに同調したりするが帰宅した頃にはケロッとしているし、なんなら切り替えて他のことをやれる。

本当に、人間として成長できたのが嬉しい。

物事をハッキリ言える・捉えられるようになったのでストレスも減った。

表で仲良くしつつもSNS呪詛を垂れ流すようなことも必要ないので人間関係も安定している。

とはいえ、まだ他にも課題が残ってはいるのでこれからも引き続き矯正していこうと思う。

Permalink |記事への反応(0) | 02:19

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2025-10-10

AI生成児童ポルノ擁護論を読んだ

あしやまひろこ氏(@hiroko_TB)による意見

https://x.com/hiroko_TB/status/1976264589756256721

AI生成の児童ポルノ……前にも書いた気がするのだけれど、本当に抽象的に学習していて、実在人物再生成が行われないならば、被害者再生成は行われないはずで、しかし生まれ持ったロリコンは居るはずだから、彼らを救うのに匿名AIポルノ必要悪的な救いになるんじゃないか……と思ったり……



https://x.com/hiroko_TB/status/1976265130821439852

ロリコンロリコンになりたくて生まれたわけじゃないと思うし、偶然ロリコンに生まれしまったのに、その偶然性から本人の欲求犯罪になってしまうというのは可哀想な気がする。だったら、彼らをケアしたり欲求を発散させるのに、匿名化された非実在AIポルノがあっても良いと思う……。



https://x.com/hiroko_TB/status/1976266726858948883

仮に学習元が違法児童ポルノだったとして……だったとして、だけれど、けれどももしその被害者が生成されず、抽象的な「生成された架空児童ポルノ」が作れるのであれば、新たな被害者がなく、生まれしまったロリコンを救うことになり、現実の新たな被害者も減るのでは……と思ったりする……。



https://x.com/hiroko_TB/status/1976267462992875627

この問題は、人間欲求をどう解決するか?の話で、努力治療でどうにかなる、という話自体眉唾な気がしてるところで……。LGBTが生まれた天性として認められるのに、なぜロリコンが生まれた天性として認められないのか?という話にも通じてしまってると思う。



んーなるほど……やや極論感もあるが、筋が通っていると思った。

あと、もうAI関係ないけど、小児性愛のつらさの話だと、卯月コウの配信で取り上げられた、あるお便りのことを思い出した。(一応言っとくけど、この切り抜きのコメント欄に「この増田から来ました」とか書かないでね)

本物と向き合う卯月コウ【にじさんじ/切り抜き】

https://youtu.be/sOsayTTJJRM?si=w5ZmNNuMoI9YwI0X

こういう性欲求問題って、かなり根深マイノリティ問題だよなあ……って思う。

何というか、当たり前のことだけど、世の中には多くの人間が居て、時にお互いの持つ性質が致命的にぶつかり合ってしまうのだなあと……

Permalink |記事への反応(0) | 23:39

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anond:20251010104120

ワイ:

paycheck to paycheck の場合、どう考えても現金で手元にあった方がいいぞ

生活絶対防衛資金と各種納税デジタル税/家電買い替え税/冠婚葬祭税/学習税)の蓄えとは別に

100万以上の余剰金があってはじめて始める物だな

 ↓

増田

なんで一般人が「100万以上の余剰金」を持ってないと思ったの?

 ↓

ワイ:

統計を見た感想

生活絶対防衛資金と各種納税デジタル税/家電買い替え税/冠婚葬祭税/学習税)の蓄えすらない層もいるで

 ↓

増田

「○○すらない層がいる」ということと、俺がそうなのかということと、平均的にそうなのかということと、全然別の話なんだよね

 

なんか会話にならないので

日米における金融資産経済的安定性に関する比較分析:「貯蓄中央値」と「Paycheck to Paycheck」の実態

 

第1章エグゼクティブマリ

レポートは、多くの人々が給料日ごとに生活費を使い切る「paycheck to paycheck」の状態にあるという印象に基づき、

日本米国における最新の年齢階層別「貯蓄(金融資産中央値」を比較分析する。統計データが示す資産額と、個人が直面する経済的現実との間の乖離を明らかにすることを目的とする。

分析の結果、米国世帯純資産net worth)の中央値は、すべての年齢層において日本の貯蓄中央値を大幅に上回ることが明らかになった。

しかし、この資産額の優位性は、個人金融的安定性を必ずしも保証するものではない。米国では、高額な住宅ローンや学資ローンといった負債個人負担の大きい医療制度

そして根強い消費者信用文化存在し、資産を持ちながらも日々のキャッシュフローに窮する「paycheck to paycheck」の生活を送る層が、高所得者を含め広範にわたって存在している。

一方、日本では貯蓄中央値のものが伸び悩み、特に若年層や中年層で低い水準に留まっている。さらに、相当数の世帯金融資産を持たない「貯蓄ゼロ」の状態にあり、

将来への備えが極めて脆弱な状況が浮き彫りになった。

結論として、貯蓄や純資産中央値は、経済的安全性を測る上での一面的指標に過ぎない。日米両国家計は、それぞれ異なる構造的要因から生じる、

深刻な金融プレッシャーに晒されている。本レポートは、両国の貯蓄実態を深く掘り下げることで、現代社会における経済的安定の複雑な様相を解き明かす。

 

第2章日本の年齢階層別貯蓄中央値と「貯蓄ゼロ世帯」の実態

本章では、日本家計保有する金融資産実態を、年齢階層別の貯蓄中央値と「貯蓄ゼロ世帯」の割合という二つの側面から明らかにする。これにより、日本における経済的安定性の基盤とその脆弱性を検証する。

 

2.1 年齢階層別に見る貯蓄中央値

貯蓄額を分析する際、一部の富裕層が全体の数値を引き上げる「平均値」よりも、実態をより正確に反映する「中央値」(データを大きさの順に並べたとき中央に来る値)を用いることが重要である

最新の調査によると、日本の貯蓄中央値は年齢と共に緩やかに上昇するものの、多くの世帯にとって貯蓄形成が依然として大きな課題であることがわかる。

以下の表は、単身世帯と二人以上世帯それぞれの、年齢階層別貯蓄中央値を示したものである

 

表1:日本の年齢階層別・世帯類型別 貯蓄中央値

年齢階層 単身世帯 二人以上世帯
20代20万円 63万円
30代 56万円 238万円
40代92万円 300万円
50代 130万円 400万円
60代 460万円 810万円
70代 800万円 1,000万円

出典:金融広報中央委員会「家計金融行動に関する世論調査」[二人以上世帯調査][単身世帯調査](ともに令和5年より)、金融資産保有していない世帯を含むデータ

 

このデータは、日本家計が直面する厳しい現実を浮き彫りにしている。第一に、若年層の金融基盤の脆弱である

20代の単身世帯中央値わず20万円であり、社会人としてのスタートラインで十分な経済的バッファーを持てていない実態がうかがえる 。

第二に、所得が増加するはずの中年期においても、貯蓄の伸びが著しく鈍い点である。単身世帯では、50代になっても中央値は130万円に留まる 。

二人以上世帯では、30代から50代にかけて住宅購入や子ども教育費といった大きな支出が重なるため、貯蓄額が伸び悩む傾向にある 。

これは、多くの世帯が日々の支出に追われ、資産形成資金を回す余裕がないことを示唆している。

 

2.2 深刻な「貯蓄ゼロ世帯」の割合

中央値の低さに加え、金融資産を全く保有しない「貯蓄ゼロ世帯」の割合の高さが、日本金融脆弱性をさらに深刻なものにしている。

これは、米国における「paycheck to paycheck」の概念に相当し、所得から日々の支出差し引くと貯蓄に回す余裕が全くない世帯存在を示す。

 

表2:日本年代別・世帯類型金融資産保有世帯(貯蓄ゼロ世帯)の割合

年代 単身世帯 二人以上世帯
20代 43.9% 36.8%
30代 34.0%28.4%
40代 40.4% 26.8%
50代 38.3% 27.4%
60代33.3% 21.0%

出典:金融広報中央委員会「家計金融行動に関する世論調査」[二人以上世帯調査][単身世帯調査](ともに令和5年より)

 

このデータが示す現実は衝撃的である特に単身世帯では、20代の43.9%、40代の40.4%が貯蓄ゼロであり、人生重要局面経済的リスクに極めて無防備状態にある 。

二人以上世帯でも、子育て住宅ローン負担が最も重くなる30代から50代にかけて、4世帯に1以上の割合で貯蓄ゼロ状態が続いている。

これらのデータは、多くの日本世帯が、予期せぬ失業病気、急な出費に対応できるだけの経済的余力を持たず、常に金融的な不安を抱えながら生活している実態物語っている。

これは、勤勉で貯蓄好きという国民性イメージとは大きくかけ離れた、現代日本経済的現実である

 

第3章米国の年齢階層純資産中央値と「Paycheck to Paycheck」文化

本章では、米国家計資産の状況と、社会問題化している「paycheck to paycheck」文化について詳述する。米国では、個人金融状況を測る指標として、

貯金だけでなく不動産投資資産を含み、負債差し引いた「純資産Net Worth)」が一般的に用いられる。

 

3.1 年齢階層別に見る世帯純資産中央値

米国家計資産理解するため、連邦準備制度理事会FRB)が3年ごとに実施する「消費者金融調査(Survey of Consumer Finances)」のデータ確認する。

この調査は、米国家計資産負債所得に関する最も信頼性の高い情報源である

最新の2022年の調査結果によると、米国世帯純資産中央値は年齢と共に着実に増加し、65~74歳でピークに達する。

 

表3:米国世帯主の年齢階層純資産中央値 (2022年)

世帯主の年齢階層純資産中央値
35歳未満 $39,040
35~44歳 $135,300
45~54歳 $246,700
55~64歳 $364,270
65~74歳 $410,000
75歳以上 $334,700

出典: Federal Reserve Board,2022 Survey of Consumer Finances

 

このデータは、日本の貯蓄中央値比較して、米国家計名目はるかに大きな資産保有していることを示している。

特に中年期以降の資産額の伸びは著しく、退職期に向けて相当額の資産形成が進んでいるように見える。

この背景には、持ち家率の高さや、401(k)プランをはじめとする株式市場への長期的な投資文化が深く根付いていることがある 。

しかし、この純資産の数値は、あくま資産不動産株式など)の評価額から負債住宅ローン、学資ローンなど)を差し引いたものであり、

必ずしも日々の生活自由に使える「現金」の豊かさを意味するものではない。この点が、次に述べる「paycheck to paycheck」文化蔓延理解する上で極めて重要となる。

 

3.2資産があっても蔓延する「Paycheck to Paycheck」の実態

米国の高い純資産額とは裏腹に、国民の大多数が経済的な余裕のない生活を送っている。これが「paycheck to paycheck」と呼ばれる現象であり、

その根深さは各種調査によって繰り返し報告されている。

2025年の調査によると、米国人の67%が「paycheck to paycheck」で生活しており、この割合は年々増加傾向にある 。

この現象の最も注目すべき点は、それが低所得者層に限った問題ではないことである年収10ドル(約1,530万円)以上の高所得者層ですら、

その半数が「paycheck to paycheck」で生活しているという衝撃的なデータも報告されている 。

この「高資産・高所得でありながら、金融的に脆弱」というパラドックスは、米国社会構造に起因する。

 

 

このように、米国の「paycheck to paycheck」文化は、純資産というストックの大きさとは別に、日々のキャッシュフローいかに逼迫しているかを示す指標である

資産の多くが流動性の低い不動産退職金口座に固定されている一方で、毎月の給料はローン返済や高額な生活費に消えていく。

この構造が、統計上の資産額と個人経済的実感との間に大きな乖離を生み出している。

 

第4章結論:貯蓄・資産額だけでは測れない経済的安定

分析を通じて、当初の「paycheck to paycheckで生活している人が多そう」という印象は、日米両国において、それぞれ異なる構造的背景を持ちながらも、

的確に現実を捉えていることが明らかになった。

第一に、日本家計は「貯蓄形成の停滞」という深刻な課題に直面している。年齢を重ねても貯蓄中央値は低い水準に留まり特に単身世帯では50代ですら130万円という心許ない額である

さらに、全世代にわたって「貯蓄ゼロ世帯」が3割から4割という高い割合存在し 、多くの人々が経済的セーフティネットを持たないまま生活している。

これは、安定を重視する社会構造の中で、賃金の伸び悩みやライフイベントに伴う支出増が、個人資産形成を阻害している実態を示している。

第二に、米国家計名目上の純資産額では日本を圧倒しているものの、その内実は「高資産と裏腹の金融脆弱性」を抱えている。

純資産の多くは流動性の低い不動産退職金口座に固定されており、一方で高額なローン返済や生活費が日々のキャッシュフローを圧迫する。

その結果、所得資産多寡にかかわらず、国民3分の2が給料を次の給料日までに使い切る「paycheck to paycheck」の生活を送っている 。

これは、個人自己責任が強く求められる社会構造の中で、資産を持つことと日々の経済的安定が必ずしも一致しないという現実を浮き彫りにしている。

最終的に、本レポートは、個人経済的幸福度を測る上で、貯蓄や純資産中央値という単一指標いかに不十分であるかを明確に示した。

金融的な安定性は、資産絶対額だけでなく、その国の社会保障制度負債に対する文化、そして資産流動性といった要素が複雑に絡み合って決定される。

日本における「貯蓄ゼロ」と、米国における「paycheck to paycheck」は、形は違えど、共に現代先進国に生きる人々が直面する経済的プレッシャー象徴である

統計上の数字の裏にある、人々の生活実感に根差し脆弱性を理解することこそが、真の経済的安定を議論する上での第一歩となるであろう。

Permalink |記事への反応(1) | 11:10

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2025-10-09

ここ10年の日本を見て、なぜバテレン追放令が起こったのかがリアルに分かった

キリスト教のものはあまり関係がない

西洋の影響で、自己中心で日本人が日本人離れして融通がきかなくなったのが原因だと思う

外国人が大量に流入して、彼らの価値観で街の中をかき回してネットに上がっている

それはまさに侵略。そういう問題意識自分としては参政党とは結びつけていなかった

政党政治への失望は持っては居たが、国民投票行動がそこにあったとは

観光立国のあのイギリス人などは非常に危険人物だと思う

棄教させるべきだ

といっても何を棄教するのかも分かっていないだろう

西洋人の自己意識というのはそこまで根深

他者他者認識しないところから西洋文化は始まっている

日本文化的に他者がいるということと、西洋的な他者とは違う

後者は野放図にいわゆる他者が他の他者領域侵食していくことを表す

それで衝突が起こる

まさに今起こっていること

金が入るのだからいいではないかというのは個人意識しかない西洋認識

監視されているのに迷惑行為をし、ズケズケ物を言うことが起きてしま

日本の内在的には常に他者があり、ダイバーなど元々ある

知識として他者の特徴を知ることは重要だが、そこに侵食という概念が元々ない

からフェレイラ神父は最終的にそこを理解することの極地を得て、日本文化を理解するに至った

皮肉にも布教を通じて西洋を超えるものを得た

西洋的に「他者理解する」ということは、「他者自分言語体系の中に組み入れる」ということ

フェレイラは、他者接触しても他者のままでいる、そのまま世界が動いていく日本というものを最終的に理解した

棄教したのは敗北ではなく進化だった

他者の中に生きる”という日本他者理解を体得した瞬間だった

Permalink |記事への反応(0) | 21:48

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2025-10-03

anond:20251003180319

問題の核心にあるのが人手不足局所的に存在してるってことにある

本当に人が足りないのは、賃金が低く、労働環境過酷ブルーカラー現場だ。一方、ホワイトカラーは、これからAI革命で余剰人員となるだろう。

この問題解決するには、ブルーカラー待遇職場環境改善し、社会に不可欠な仕事自然と人が集まる仕組みを作るべきだ。

しかし、その根本的な改善を怠り、「日本人が就かないか外国人労働者必要だ」という議論に逃げる背景には、「ブルーカラー低賃金で当然」という根深差別意識存在する。この差別意識こそが、処遇改善を阻害してきた最大の要因だ。元内閣参与平田オリザ氏や、元静岡県知事川勝平太氏など、政治に関わる人間ですら平然とブルーカラー蔑視発言をしていたことは、この構造的な差別根深さを如実に物語っている。

Permalink |記事への反応(0) | 22:11

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おぢアタック問題点

女性がいわゆる「おぢアタック」を嫌う理由は、大きく三つある。

一つ目は「おぢにもイケる」と思われるのが嫌だからだ。恋愛婚活の場では、誰に選ばれるかもまた自己イメージに直結する。「おじさんからアプローチ可能判断された」という事実は、「私はその層から需要がある女」という烙印になる。それは「自分が求める相手像」と「自分に群がる現実」とのギャップを突きつけられる屈辱になる。

二つ目は「おぢが申込欄にズラッと並ぶと気持ち悪い」からだ。おじさん一人から来るだけでも気分は沈むのに、それが何人も重なると、自分プロフィール画面が「おじさんの集合場所」と化す。これは単なる数の問題じゃなく、利用体験のもの嫌悪侵食される現象だ。求める相手からアプローチを探す以前に、並んでいるおじさんの名前顔写真のもの心理的負担を増やす

三つ目は「断るコストが高すぎる」ことだ。男性からアプローチを断るとき女性の頭には常に「断った相手が逆上するリスク」がよぎる。最悪の場合殺害事件ストーカー被害に発展する。ニュースで何度も見てきた現実だ。だから「おぢアタックがたくさん来る」=「その分だけ断るリスクを背負う」ことに直結する。これが一番根深ストレスになる。

結局のところ、「おぢアタック」が嫌がられるのは単に年齢が上だからではない。

自己像を汚される屈辱、利用体験侵食される嫌悪感、断るだけで命のリスクすら背負わされる恐怖。この三重苦が重なって、女性にとって「害悪」とまで感じられる現象になっている。

Permalink |記事への反応(3) | 19:04

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2025-09-30

物価高,外国人問題などは全て円安に起因するのではないか

最近とみに感じていることを書きます.先月海外出張に行き,円の弱さを痛感しました.

それもそうです.コロナ前はドル110円そこらだったのが,今では150円近いのですから

ホテルも買い物もお金がかかるのは当たり前です.

 

出張などは一時的問題ですが,最近国内では物価高,外国人オーバーツーリズムなど様々な問題が叫ばれています

よく考えると円安がすべての根源ではないかと感じてきました.個々の問題で論じるより,円安是正をすれば改善に向かうのではないかと.

この分野の専門ではないので変なことを書いているかもしれません.

みなさんのご意見いただけると嬉しいです.

 

国内物価高は残念ながら需要の高まりによるものではなく,俗に言うコストプッシュ型です.

我が国は御存知の通り資源が大変乏しいです.それを技術力による付加価値によりカバーしてきました.

しかし,第1次,第2次産業ではものを作るのにもエネルギー原材料必要です.

農業なら肥料製造業なら資源などは海外からの輸入が必要です.それに対して円安ならもとのコストが上がるのは当たり前です.

 

また外国人観光客問題もそうです.オーバーツーリズム円安であれば当然発生します.

日本観光地として魅力的なのはありがたい話ですが,やはり限度問題だと思います

国内出張ですらホテルが埋まって泊まれない,民泊が当たり前の状態はやはり異常事態なのではと思います

それに円安での旅行トータルコストが下がれば,来日する外国人の質も下がります

ある程度の富裕層人種に限らずそれ相応のマナーなどがあります.質が下がれば迷惑行為をする外国人も増えるでしょう.

 

外国人労働者問題もそうです.彼ら彼女らはその多くは日本で稼いだお金母国仕送りして家族を養います

その時円安ですと母国に送るお金が目減りするわけです.

そうすると質の良い外国人労働者は自然と集まらなくなります

近年議論に上がる外国人排斥運動には私は反対の立場ですが,一方で如何にクオリティの高い人に来てもらうかは,

人種に限らず,重要問題であると思います

私はルールを守らない人は人種に限らず厳しく対応すべきと思いますし,ルールを守る人は人種に限らずウェルカムです.

 

このように近年問題になっていることは,すべて円安に起因するのではというのが個人的意見です.

実際ニュース政治などで叫ばれるようになったのも,時期が一致するように思えます

円高になると輸出企業利益は減りますが,それ以上に国内在住者のダメージは現状大きいと思います

円安是正は単純には利上げが最も近道に思えますが,日銀及び腰個人的には正しくビハインドカーブなのではと思います

 

単純に円安是正すれば解決するのか,それともそれ以上に根深問題なのか,とても悩ましいです.

Permalink |記事への反応(1) | 16:24

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2025-09-29

anond:20250928215209

40年前のことはともかく20年前のことは謝ったらいいだろ。

なんか読んでて姉が怒るのもなんとなく分かるわ。内心うっすら姉のことを馬鹿にしてるだろ。終始自分に非は一切なくて姉が異常だという考えなのも不思議

やはり田舎男尊女卑根深いのだな。部屋の割り振りや短大進学の他にもおそらく細かいことで毎日いろいろあったんだろう。その矛先は本来両親に向かうべきではあるが、その優越的地位になんの疑問も抱いてないお前さんにも怒りが向いてるのだろうな

Permalink |記事への反応(0) | 08:15

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2025-09-28

anond:20250928160353

単にアニメゲーム趣味ひとつとして楽しんでる一般層は別にしてオタクが集まるコミュニティに出入りするようなオタクって基本右翼的だと思う

日本人日本人が作った日本製コンテンツを消費するのが正しくて海外に興味を持つ奴は裏切り者っていう価値観根深

Permalink |記事への反応(2) | 16:10

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2025-09-27

昔の同人サイト荒らし犯人は男オタクじゃなく「同族」だった説

現代ネットでは「2000年代個人サイト時代同人サイト2ちゃんねるの男オタクに荒らされまくった」という話がよく語られる。でも、当時を知る者として、その記憶には少し違和感がある。

かにVIPPER同人サイト突撃したりブログ炎上させた事件はあった。しかし、当時無数に存在した、一日数十PVしかないような弱小同人サイト荒らしていたのは、本当に外部の男オタクだったんだろうか?むしろもっと根深い「内部抗争」が原因だった。当時のネット構造から、そう結論付けられる理由説明したい。

1.昔のネットは「鎖国された島宇宙」だった

まず前提として、2000年代初頭の個人サイト文化特にジオシティーズ代表される世界は、現代SNSとは全く違う。

発見が極めて困難Google検索は今ほど万能ではなく、サイトURLランダム文字列に近い。アルゴリズムによる「おすすめ」なんて存在しない。

孤立した文化サイトを見つけるには、特定ジャンルに特化した「リンクサイト」や、サイト同士で張り合っていた「リンク集」をたどるしかなかった。つまり、そのジャンルに詳しい人間しかそもそもサイトにたどり着けなかった。

この環境は、外部の人間(例えば、なんとなくやってきた2ちゃんねらー)に対しては、事実上「不可視」だった。しかし、同じジャンルを愛好し、アクセス方法を知っているファン同士にとっては、お互いの存在は筒抜けだった。この構造が「蛇の道は蛇」――つまり荒らしは内部の人間だった、という仮説の土台になる。

2.「2ちゃんねらー犯人説」の矛盾

世間で言われる「2ちゃんねらーによる襲撃」は、その性質が弱小サイト荒らしとは根本的に異なる。

目的は「祭り:彼らの「突撃」は、大企業有名人など、話題性の高い相手を標的にした「お祭り」だった。参加者が一体感を楽しむためのパフォーマンスであり、誰も知らない個人サイトを叩いても、彼らにとっては何の面白みもない。

女性オタク一方的に弱くなかった歴史的事実として、VIP板やおい板(801板)に戦争を仕掛け、返り討ちにあった事件がある。801板の住人たちは、暴力的言葉ではなく、VIPPERを題材にしたBL妄想即興で展開するという「文化的な攻撃」で相手を混乱させ、降伏させた。これは、彼女たちが独自の結束力と強さを持っていた証拠だ。

VIP板女性向けまとめブログ攻撃した事例(第一ブログ戦争)もあったが、これも標的は「ある程度有名なサイト」だった。無名個人サイトを狙う動機が、彼らにはない。

3.本当の地獄は「カップリング戦争」という内ゲバ

では、誰が荒らしたのか? 答えは、同じジャンル内にいた、解釈違いのファンたちだ。

当時の同人界隈では、「カップリング論争」が今よりもずっと先鋭化していた。

固定 vs リバキャラの攻め受けが固定か、リバーシブルか。

解釈違い原作解釈を巡る対立

これらは単なる好みの違いではなく、自分の信じる「正史」を揺るがす「異端」との戦いだった。自分解釈と違うサイトは、コミュニティの秩序を乱す悪であり、それを攻撃することは浄化として正当化され得た。

この内部の人間こそが、荒らし実行犯として最も合理的だ。

1. 同じジャンルファンから専門用語検索して同人サイトを見つけられる。

2.コミュニティに詳しいので人伝に同人サイトを知れる。

3. どのサイトがどんなカップリングを扱っているか、詳細に把握している。

4. そして、そのカップリングがなぜ自分たちの思想にとって「許せない」ものなのかを理解している。

外部の人間には到底不可能な、極めて精密なターゲティングができるのは、内部の人間だけ。「蛇の道は蛇」とは、まさにこのことだ。

まとめ:二つの現実と、単純化された記憶

結論として、2000年代ネットには二種類のハラスメント共存していた。

1.外部からの襲撃2ちゃんねらーによる、有名サイトを狙った派手な「祭り」。

2.内部のハラスメント:同ジャンルファンによる、解釈違いを理由とした陰湿個人攻撃

日常的に多くのサイト運営者を苦しめていたのは、後者だった可能性が極めて高い。

では、なぜ現代では「犯人2ちゃんねらー」という話ばかりが残ったのか? それは、歴史単純化された結果だろう。「外部の敵」という構図は分かりやすく、劇的で記憶に残りやすい。一方で、ファン同士の醜い内ゲバは複雑で、語りにくい。

そして決定的なのが、ジオシティーズの閉鎖によって、一次資料である無数の個人サイト永遠に失われてしまたことだ。証拠が消え去った今、よりキャッチー物語けが生き残り、史実とは異なる認識が広まってしまった。

更に言えば、今現在SNSなどで繋がっている相手が当時の対立相手だった可能性が捨てきれないので、この内ゲバ記憶封印し、残った2ちゃんねらー突撃記憶だけを語るようになった。

この事実は当時の801板過去ログdatでも確認できて、自分同人サイトが荒らされている理由として男性VIPPERなどという言葉は出てきておらず、犯人として別カプや他ジャンル名前を挙げている書き込み殆どであることから伺える。

追記

この記事Google Gemini 2.5 ProDeep Search(課金版)で作成されました。

どうやらGeminiは「なんでB×Aなんて描いてるの?気持ち悪い。原作読めばA×Bが公式だってわかるでしょ。サイト閉鎖しろ。」とか「ここは私のサイトです。どのカップリングを描こうと私の自由です。このような書き込みは今後削除します。」とか「最近、他サイト様の日記で名指しはされていないものの、明らかにうちのことを指していると思われる批判を見かけました。『節操がない』『キャラへの愛がない』といった言葉は、とても悲しいです。」のようなやり取りもURLと共にそのデータベース保有している模様。

すごいね過去インターネット歴史ちゃん証拠とともに残されているんだなぁ。

Permalink |記事への反応(4) | 17:38

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