
はてなキーワード:核武装とは
国内の原発が攻撃されないためにも先んじてミサイル基地を攻撃する能力の獲得と法整備が必要だ、というのが保守層の大まかな主張
中には相互確証破壊を成立させるために我が国も核武装するべき、なんて極端な主張すらあるが、いずれにせよ原発への攻撃に対する反論としては矛盾はしてない
核技術も研究機関も日本にないしアメリカ頼みだし、核実験場どうすんだ?の問題もある
今日明日簡単に手に入ると思ってるお花畑ネトウヨ核武装論者は威勢のいいことばかりで現実的でないんだよ。外国がのんびり待っててくれるのか?アメリカがイラン攻撃したのと同じようにやろうとしたら空爆されるぞ
開戦を躊躇するレベルの戦力は既に有しているよ。
元増田が勘違いしているのは、戦争=いずれかが滅亡するまで続けるもの、という点。
侵略側としては「勝利したけど自国軍の3割が損耗した」は割に合わなさすぎる。
割に合わない程度の軍拡を続けなければならない。
(かつて冷戦時代、米ソが「軍拡止めようね」と合意して米国が正直に軍縮してたら、その間にソ連が軍拡しててヤバいことになった)
「中道」と書いて票を入れている。
どうして、いつも私はその気もないのに選挙で負ける方に入れてしまうのか?
まるで私が疫病神みたいじゃないか、、、なんて自意識過剰なことは決して思わないが。
つまり、私はハナから相手にされていないだけなのではないだろうか?
こっちは自意識過剰に、
「どうだ俺様の一票を這いつくばって靴を舐めてでも欲しいだろう???」
「アイツラみたいなジジィはほっとけばいい、アイツラに届くようなメッセージは発信してやらん」
私は高市が大勝するのは少しおかしいと思うし、石破が政権を維持できないほど負けるのもおかしいと思う。
あと私は大阪に住んでいるが、維新が盤石で勝利することに、頭を捻るしか無い。
いったい、アイツラの何がいいのかが全く理解できない。
でもアイツラにとってはそれでいいのかもしれない。
俺はつい、お前らなんだかんだ言って俺に票を入れてもらいたいんだろ?
って上から目線で思ってるけど、
アイツラはお前みたいなやつは眼中にないから、ハナから刺そうとも思ってないと思ってるのかもしれない。
全然左翼思想とかではない(日本の核武装はコスパがいいとか思う)。
そういうのを、自分の賢さゆえだ、と思う人もいるのかもしれない。
ただ私はそうは考えない。
私は、結局、なにも決めていないだけなのだ。
私には、選択肢があって、保守にも革新にも、あるいは一つの宗教を指示することも、なんにでもなることはできる。
でも、私はどれでもない、と思いながら生きているのだ。
なぜかといえば、それを決めることが出来ないだけなのだ。
その、選択しない、選択できないという態度を、賢さの現れと捉えているのはむしろ愚かなことなのではないか?
それが私の疑問だ。
ようやく私はひとつの疑問を抱くことが出来た。
AIに聞いて上げたぞ
高市政権が「戦争に近い」と言われる主張には、事実と解釈が混ざっており、因果関係が飛躍している部分が大きい。以下の4点で整理できる。
・敵基地攻撃能力: これは先制攻撃の解禁ではなく、すでに攻撃が始まった場合の反撃手段の話。国際法上も自衛権の範囲内で、多くの国が標準装備している能力。
・国防費増額:日本の防衛費は長年GDP比で主要国より低水準。増額は「異常な軍拡」ではなく、同盟国基準への調整に近い。
・核共有の議論:議論すること自体は保有と別。NATOでは長年制度化されている現実があり、「議論=核武装」という理解は飛躍。
抑止力を強めるほど戦争が近づくという理屈なら、軍事力を持つすべての国家が常に戦争直前ということになる。
2.憲法改正=好戦化という誤解
・自衛隊の明記: 現状でも自衛隊は存在し、活動している。明記は“現実の追認”であって新戦力の創設ではない。
・フルスペック自衛権: すでに限定的に認められている集団的自衛権を、条文上整理する議論。行使するかどうかは政治判断であり、自動的に戦争参加を意味しない。
「戦える準備=戦う気」という解釈は、消防署を建てたら放火する気だと言うのに近い。
靖国参拝や歴史観と、即座に戦争リスクを結びつけるのは外交の単純化。
・靖国問題:外交摩擦の原因にはなり得るが、軍事衝突の直接要因ではない。現代の戦争は資源・地政学・安全保障構造で決まる。
・歴史教育:国内の歴史観の議論が即有事に繋がるなら、世界中の歴史論争国家は常に戦争状態になる。
・サプライチェーン再編: 米欧も進めている。特定国依存を下げるのはリスク管理であって敵対宣言ではない。
・台湾有事への言及:日本の地理的条件上、無関係ではいられない現実の共有。関心を持つこと自体が挑発になるなら、沈黙しか外交手段がなくなる。
現実の安全保障リスクを認識することと、戦争を望むことは別物。
総じて、「戦争に近い」という評価は、政策の存在を動機や結果に直結させた心理的な連想に近い。抑止力の強化や制度整理は、多くの民主国家が平時に行っている通常の政策領域であり、それ自体が戦争志向を意味するわけではない。
使い方下手だな
結論から言うと、日本が**北朝鮮を「核保有国」と認めない最大の理由は、国際秩序(NPT体制)と自国の安全保障を守るため**です。かなり意図的で、政治・外交・安全保障が絡んだ「戦略的に認めない」立場です。
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日本は**NPT(核不拡散条約)体制の最重要推進国の一つ**です。
NPTでは、
という仕組みになっています。
北朝鮮は
しかし、**国際社会は「脱退したから核兵器国になれる」などという前例を作りたくない**。
> 「NPT脱退 → 核開発 → 既成事実化 →核保有国として承認」
→イラン、サウジ、トルコ、韓国などが一斉に核開発に走る可能性が高まる
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日本は、
です。
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日本は、
になります。
これを自ら捨てるわけにはいきません。
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>日本政府も **実際に核兵器を保有している事実自体は否定していない**
という点です。
これは、
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# ⑤日本が認めたら何が起きるか?
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# まとめ(超要点)
つまり:
> **「現実は認識しているが、戦略的に認めない」**
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もし
「じゃあインド・パキスタン・イスラエルはなぜ事実上認められているの?」
という疑問があれば、そこもかなり面白い論点なので解説できます。
チャッピー曰くこれ
Gemini に問題点を整理してもらいました。
2026年現在、北朝鮮によるミサイル発射や核開発のニュースは日常化し、物理的に彼らが「核を持っている」ことは公然の事実となっています。しかし、日本の総理大臣が公の場で「北朝鮮は核保有国である」と明言することは、外交上「絶対の禁じ手」とされています。
なぜ事実に反するように見える「認めない」という立場を貫くのか?その裏側にある、国際政治の冷徹なロジックを整理しました。
国際政治の世界において「核保有国(核兵器国)」という言葉は、単に核兵器を持っている状態を指すのではありません。それは「NPT(核不拡散条約)」という国際ルールによって認められた“特権的なステータス”を指します。
もし日本の総理が「北朝鮮は核保有国だ」と認めてしまったら、明日からの外交交渉はどうなるでしょうか?
これまでの交渉のゴールは、一貫して「核を完全に捨てさせること(廃棄)」でした。しかし、相手を「核保有国」と認めた瞬間、交渉の目的は「核を管理し、これ以上増やさないようにしてもらう(軍縮)」へと格下げされてしまいます。
これは、北朝鮮が最も望んでいる「核を持ったまま国際社会に復帰する」というシナリオを、日本側からプレゼントしてしまうことを意味します。
日本が北朝鮮を正式に核保有国と認めることは、世界中に「強引に核を持てば、最後には認められる」という誤った成功体験を広めることになります。
日本政府は、防衛白書などで「北朝鮮が核を保有している事態」を前提とした防衛計画を立てています。つまり、軍事的には「事実」を直視し、政治的には「認めない」という二段構えをとっているのです。
この「認めない」という姿勢は、現実逃避ではありません。むしろ、核の脅威に屈することなく、国際的な法秩序を守り抜こうとする、極めて戦略的な「防波堤」なのです。
総理大臣が「認めない」と言い続けるのは、それが「北朝鮮に核を持たせておくコスト」を最大限に引き上げる唯一の方法だからです。認めないからこそ、経済制裁を続けられ、廃棄を迫り続ける正当性が維持されます。
本来の左派とは、公正・平等な社会を作り、格差を是正し、貧困のない社会を目指す政治思想のはずだ。
安定した電力供給や地球温暖化の抑制のために、再生可能エネルギーのみによって国内の電力が安定的に供給できるようになる将来までの間、暫定的に安全基準を満たした原発を再稼働させることは一理あると思うが、左派を自称する方々は「原発再稼働」という言葉にヒステリックに反応し、頭ごなしに反対している。これは単なる近視眼的短絡思考であって、「左派」の政治思想とはなんの関係もないように思える。
むしろ安定した電力供給によって電気料金が下がり、低所得層の生活は楽になるかもしれない。そこまで考えるのが本来の左派ではないだろうか?
また、共産党や社民党は防衛費が少しでも上がる気配があると「大軍拡反対!大軍拡反対!」と言い出すけれど、日本人民が戦争のない平和な社会で暮らすには、日本の平和を守るための適切な防衛力が必要なはずだ。現在では、日米安保条約に基づき自衛隊と米軍が連携して国防を行う、というのが一般的な考え方だろう。日本共産党は日米安保を解消した上で将来的な自衛隊の廃止を目指すとしている。いわゆる非武将中立という思想だが、それで日本の平和が守られるとは到底考えられない。社民党は日米安保と自衛隊を容認したが、相変わらず防衛費を頭ごなしに否定して「大軍拡反対」と言っている。
日米安保条約を破棄した場合、大雑把に言えば二通りの考えがある。一つは参政党のように核武装が必要とする考え方。もう一つは、米軍基地が日本から無くなることで中国や北朝鮮のミサイルの標的にならなくなるので安全になる、という考え方だ。私は核武装など全く支持しないし、後者の「米軍基地が日本から無くなることで中国や北朝鮮のミサイルの標的にならなくなるので安全になる」という考え方の方に近い。だがその場合も自衛隊の通常戦力による国防力は必要である。
無防備になって「ボクは戦争はしましぇ〜ん」といえば平和になる、という考えは宗教的妄信だろう。
海外に目を向ければ、共産党政権の中国は今やアメリカと対抗できるような強大な軍事力を持っているし、ベトナム社会主義共和国はベトコンという強力な戦闘集団が、当時世界最強とされた米軍さえも打倒粉砕し、ベトナム人民の平和を戦闘で勝ち取ったのである。
人民の平和のためには軍備も必要だと考えるのが本来の左派なのであって、「軍事力=悪」という固定観念に固執する日本の社民党や共産党は左派思想を新しい時代に向けてアップデートできていない。
もっとも、昔から左翼はベトコンの米軍に対する抵抗を「人民の帝国主義に対する闘い」として賞賛していた。つまり共産党政権の国の軍隊や、抵抗運動の軍事力は「人民による抵抗のための正しい軍事力」で、資本主義国の軍隊や日本の自衛隊は「人民を抑圧するための悪い軍事力」という考え方なのだ。
こんな考え方はもう古臭いし通用しないし支持もされないだろう。
古い左翼は憲法9条に「戦争放棄」があるから日本は戦争にならないと思い込んでいる。じゃあ憲法に「我が国に台風は来ない」と書いたら台風は来ないのか?そんな訳あるか。
9条1の「戦争放棄」は侵略戦争を否定しているんであって防衛戦争は否定していない。9条2の「戦力不保持」は妄想平和主義そのものだ。こんなものは破棄して自衛隊を明記した方が良い。日本人民の平和を守るためには9条1の「戦争放棄」は維持しつつ、9条2の「戦力不保持」は廃止して自衛隊を明記するべきなのは明らかである。
安全が確認された原発の再稼働や9条の自衛隊明記に反対するのは本来の左派思想と何の関係もない日本旧弊左翼の宗教的妄信でしかない。
日本旧弊左翼の宗教的妄信から離れ、現在の世界の状況をニュートラルに考えられる本来の左派が投票できるのは、現状では中道改革連合しかない。
自分は緩やかなリベラル(核武装論肯定で自衛隊は当然合憲だけど選択的夫婦別姓は肯定)だと思うけど、リベラル側の最大勢力だった立憲が、頭のおかしい勢力に乗っ取られていたように思う。
表現規制を推進しようとしたり過度に女性優遇策を設けようとしたり原発再稼動に反対したり。
リベラル勢力で結集しないと保守の一人勝ちになるし、何なら極右の台頭にも対応できない。
立憲が変な方向に進んでいたので素直に支持しにくかった。
こういう人も多いんじゃないかな?
消極的には立憲支持だけど絶対これの支持者は先細りだと思っていた。
でも今回の公明との合流で、公明に合わせるという大義名分の元、世間の受けが悪い集団的自衛権や原発再稼動と言った考えは変更することで、ある程度は軌道修正が出来ると思う。
立憲に核武装論まで唱えて欲しいとは思わないけど、リベラルのまともな勢力が野党第一党なら、自民党も変なことはしにくいでしょ。
台湾事変待ったなしの状況で悠長に構えてられないと思ってる。
ウクライナの惨状やアメリカの帝国主義的発想を見ると、明日は我が身だよ。