
はてなキーワード:東京出身とは
自分は選挙コンサル、と言ってもポリティカルアントレプレナー寄だけど、今衆議院議員選挙でチームみらいへの批判が集まってが炎上してるようだ
チームみらいの代表の安野さんは、35歳くらいで若い。これだけで叩かれて炎上する理由になる。特に我々の業界で言うところのキモいおっさん、つまり地方在住の底辺独身の中年男性の嫉妬対象になる。
キモいおっさんってのは地方に住んでおり、また底辺職に就いており東京に出張に行くこともなく最後に行ったのは修学旅行で行った時以来って層がザラにいる。
実際、今回の選挙でもチームみらいが勝利したのは東京近辺や東京に車で遊びに行ける地域が中心
キモいおっさんは、Fラン卒ならいい方で専門学校や高卒も普通にいて、高学歴のメンバーが多いチームみらいが気に入らないって考える傾向にある
キモいおっさんは、社会人になってもなぜか校則を守る習性があり、髪染めや眉毛の手入れなどを悪いことだと考えている節があり、特に男の髪染めを嫌う傾向にある
身長は遺伝の関係で本人の努力に関わらず手に入れられるため、キモいおっさんの中にも高身長のおっさんはいる。一方でチームみらいの代表の安野さんは、身長は170cmないくらいの小動物系のタイプ
高身長の無能な男によくあることだが、身長が自分より小さいのに活躍してる人を見ると、認知的不協和から癇癪を起こしてしまう
チームみらいのメンバーは努力してお金持ちになった人も多く、底辺や負け組の多いキモいおっさんにとっては、嫉妬の対象でしかない
キモいおっさんは大企業とかで働いてるわけでもなく、中小企業の現業職とかで働いており、コンサルを何か悪者のように考えている。だからコンサル、しかもIT系なんてマジで憎悪の対象になった
竹中平蔵とか消費税とかはこういった嫉妬を悟られないための言い訳でしかない
正直チームみらいのメンバーが選挙ではなくミラのオリンピックに出て金メダルを取ろうが、チューリング賞やノーベル賞を受賞しようが炎上してたと思われる
結婚2年目。正月帰省のあと、実家の都合で再度帰省した嫁が、一向にこっち(関西)に戻ってくる気配がない。
スペックと状況は以下の通り。
• 嫁はインドア派のオタク。対人関係は「オフでは不要」というタイプ。
•結婚前は実家から職場に通っており、一度も実家を出たことがない。
• 俺が関西に行く際、「離れるのが嫌だから」とプロポーズして結婚。嫁としては仕事を辞める良い口実になったんだと思う。
今の状況を推測するに、実家なら家事は義母と折半だし、「一時帰省」という名目だから働けとも言われない。一日中スマホをいじっていれば満足な彼女にとって、実家は最強の環境なんだろう。
翻って、こっち(関西)に戻ってくるとどうなるか。
• 俺は仕事で帰りが遅いので、平日の家事は専業主婦の嫁担当(休日は俺が全部やるが)。
• 嫁からすれば「俺が隣にいてもいなくてもスマホがあれば平気」なので、戻るメリットが皆無。
ぶっちゃけ、嫁にとって俺と暮らすのは「ただ家事が増える罰ゲーム」になってる気がする。
嫁が「家事が増えても、関西に戻って俺と暮らす方がマシ」と思えるようなインセンティブ、あるいは引っ張り出す口実はないだろうか。
それとも、実家という最強の依存先がある以上、もう何を言っても無駄なんだろうか。
Permalink |記事への反応(10) | 08:04
https://anond.hatelabo.jp/20130809115823
元のエントリより論点はズレてしまうのだが、東京で働くいち田舎者としてこんな奴・こんな考え方もあるということを書きたい。
高学歴・低学歴で人を分けた場合、私の家族や地元の人は確実に低学歴だ。私も漏れなく、一族で初めて四年制大学に進学した人間である。
だが、地元には、高学歴、低学歴だけでは括れない、東京と地方の二元論だけでは語れない価値があると私は考えている。
以下、東京や田舎という言葉が出てくるが、あくまで私の体験したn=1の東京と田舎の話です。
私の地元は日本海側のど田舎にある。集落は四方が山に囲まれて、交通量が少ないので信号すらなかった。
通っていた小学校は全校生徒が70人弱だった。今は統廃合されて、通っていた小学校はもうこの世界から名前が消えてしまった。
小学校は田舎すぎて少人数クラスになり、先生の指導が行き届いたのか比較的賢い学校だった。
田舎なのにやたら成績のいい子ども達がいると話題になり、関東の大きい大学の教育学の先生が研究しにきたほどだった。
私の小学校は同級生が14人しかいなかったのだが、そのうち3人が旧帝大に進んでいる。(私は国立大に落ちて私立に行きそのメンバーには入れていないのですが…)
定期的に周辺で熊や猪が出て、集団登下校が義務付けられていた地域の学校で、だ。
サピックスも日能研もない地域で遊んで勉強していた子たちが、田舎すぎて逆に賢くなっていた。
先生に気軽に絡めて質問もできるので、みんながゲーム感覚で勉強をしていたのもあったのかもしれない。
私が後に勉強エンジョイ勢になって大学院まで行ったのもこの時期に下地が作られたと思う。
そんな地域もあったということを知ってほしい。
そして、私の地元は田舎なのだが、田舎ゆえに一つでかいカードがある。
親が地域の伝統工芸の職人なのだ。地元ではそこまで珍しくない職業だ。
詳しく書かないが、親が歴史ある工芸の職人をしていたので田舎に住みながらとんでもなくでかい文化に接していた。
職人として知見を広めるために親が美術館や博物館に行くのにもよくついて行っていたし、色んな工芸や美術の知識を親から聞いていたので、よく言う「文化資本」的格差を東京で感じることがそんなにない。
それに、地元では小規模ではあるが車で20分くらいのところに美術館はあったし、車で1時間(田舎では普通の単位)で県庁所在地に行けたので、そこにはもっと大きな美術館がいくつもあり、そちらも大きな文化的拠点になっていた。
家族に話を戻すが、親戚がみな佐官・大工・和菓子・別の伝統工芸など職人のオンパレードだった。
そして兼業農家も多かった。
彼らは職人と言っても、アーティストではなくブルーカラーな人たちだ。
だが、彼らは大学に行っていない・行くという環境にないだけで馬鹿ではない。むしろ賢い。
賢くなければ職人業というビジネスをしっかり営むできない。農業だってそうだ。
なので私は、ブルーカラーに類される職業の人たちを学歴がないからといって話の通じない人たちと断じることができない。
それに、日本の産業を支えているのは彼らのような人たちなので、とても下に見たりとかはできない。もちろん、中には変な人もいるとは思うけど…。
このことを知れていることも、私が田舎(というより社会の下のほうなのかも)で育って良かったという一つのポイントだ。
日々山や川を見ていると、それぞれが気候に合わせて美しく形を変えていくのは、上京するまでの18年間一度も飽きの来ない風景だった。
山にはこんな動物がいて、木の実があって、山菜があって、木があって…という知識も家族に教わった。
山の保ち方、間伐の仕方、川での魚の獲り方も教わった。
地元の自然は人間の歴史と深く関わっていて、そんな中で生まれた民話もたくさんあった。
地元の地域には日本史に出てくるような人や事件が関わっていたこともあり、地域の人に話を聞いたり地域の研究本を読むと、時間の軸を深く辿ることができた。
小学校で勉強エンジョイ勢になっていたので、そういう地域の勉強はとても楽しかった。
私は多分そんな環境があったから文化そのものに興味を持って、大学・大学院でも詳しくはぼかすが文化系の研究をしていた。
ちなみに、私は案の定実家が細いので大学・大学院に行くために数百万の奨学金を借りています。機会格差って最悪だよな!
それでも、自分の熱中できる研究対象を見つけられたのは自分の育った環境があったからだ。
今はエンタメに関わる職に就いているが、それも田舎で美しい風景を見て、楽しく勉強をして、家族から文化を学んだからだと思う。
ただ、そんなにアツい文化があっても私の育った集落は本当に本当に人間が陰湿だった!
そこに関しては、東京のような人が多すぎて他人への関心を薄くせざるをえない地域が本当に楽に感じる。
かつて、私の父が重い病気に臥せった際、集落で噂になると尾鰭がついて嫌なので、絶対に口外しないよう家族で気をつけていたのだが、どこからか父の入院の話が漏れて集落中に広がってしまった。
気を遣うふりをして私たちの家にやってきて、直接父の病状を聞いてくる全然親しくない人までいた。
父親はその後死ぬのだが、その後も父の死についてヒソヒソ言われて、当時11歳の私はこの世界は本当にクソだと思った。
他にも、私が上京・進学・就職したことも色々言われているらしい。他人への興味が本当にすごい。
地元にいた頃は外の世界を知らないので、人間は陰湿ということが脳みその奥まで刻み込まれてしまった気がする。
補足すると、田舎にはもちろんいい人もいる。
だが残念だがらマジョリティは、上記のような噂好きで目立つ人や出来事に積極的に関わって言いふらす人たちだった。
人の陰湿さについては、もちろん東京でも一つの街に定住したらきっとしがらみはあるのだろうけど…
恐らく私の故郷ほど「うちらの家は江戸時代から付き合ってます! うちは昔は地主だったのに小作人の家のあんたはそんな態度でいいのかな?」レベルのしがらみはそんなにないのではないか。
それでも私は地元のことを「資本も娯楽も何もない最悪な場所」とは全く思わない。自分を形成した場所だからだ。
だけど大都市的価値観、東京を絶対とする価値観ではきっと理解されないのだろうなーとなかば諦めている。
なので東京出身の人の前では「羨ましいです〜」と言うのだが、それは半分くらい本当で半分嘘である。
なぜなら田舎の自然と文化と陰湿さの中で自分は育ったので、自分の文化的素養と反骨精神は多分都会では育たなかったと思うからだ。
東京の資本的な豊かさには憧れるものの、そもそも東京や他の大都市で生まれていたとしたら性格は全く違っていたと思うし、今の自分が好きなので、「東京に生まれたかった」とはそこまで思わない…
あと、東京の人は地方が豊かだという言説にすごく敏感な気がする…ので、ポーズでも「私は田舎者なので憧れの東京で来れて嬉しいでやんす」という態度でいたほうが楽だ。
(この前Xでバズっていた「東京の人は車がないのにシャトレーゼなどのチェーン店をどうやってハシゴするのだろう」みたいなポストに、東京の人がやたら攻撃的に言い返していたのがなんか印象に残っている…。
基本的に東京の人は、地方のほうが優れている側面がある可能性もあまり認めない傾向にある気がする)
こんなに言ってしまっているが、前提として私は東京のことが大好きだ。
好きだから働いているし、何より仕事・研究・趣味・生活などあらゆる面で圧倒的に機会が多い。出会う人も多様だ。
だから私は東京にいられて幸せだし、この場所にしがみつくし、しばらく居続けると思う。
ただ、たまに自分が芯から東京出身みたいな言動をとりかけてハッとする瞬間がある。
私のような東京で働く田舎者は東京的世界観に合わせすぎて、自分の故郷を否定するときがあると思う。
東京の感覚が間違っているのではなくて、ただ、自分を形成しているものを拒否してまで東京で生きなくてもいいんじゃないかと思ってしまう。
私は、地元は最悪な面もあるが、全然最高なところもあったと断言できる。
夕方の雄大な雲の流れ、雪の降った朝の空気、眠れない夜に聴く川の流れの音、一生懸命「ホーホケキョ」を練習するうぐいすの声、初夏の稲穂の上を通り抜ける風、祖母からぽつぽつと語られる昔話、父と山で採ったびわの味、職人である家族の美しいてさばき…これは私は自分の故郷で生まれ育ったから得られたものだ。
多分「嫌なことがあったから地元から離れたんです」という人も多いとは思うのだけど…あなたを形成した場所をすべて否定するのは苦しくはないですか。
私は地元の陰湿な人間が大嫌いだったので、そんな人たちや出来事のことは肯定しません。
よくも悪くも自分のことを形成しているのが地元だなと感じます。
私は田舎者であることを自分の中に留めておいて、東京で働く中で多様な視点をもっていたいと思う。
商品を全国で売っている自分の会社では、絶対に必要な視点だから。
仕事以外でも、東京にいる人とのコミュニケーションでこの視点があって良かったなと思うことはままある。東京は多様なバックグラウンドを持つ人の集合体だからね。
だけど、私がこんな文章を書けるのも、東京に出て、高学歴に類される大学に行き、高倍率とされる企業に入って、東京で生きていける程度の余裕があるから、ということもあるかもしれない。
そのグロテスクさについては、また考えなければいけない。
それでも、やっぱり私は田舎者である自分を否定しきれないし、できないと思う。
ここまで読んでくれた方で、地方出身の人がいたら、最初から東京にいるように振る舞い消費する過程で過去の自分や経験は全部上書きしなくてもいいと思います。
あなたを構成したものが地元のどこかにあるなら、それは抱きしめてほしい。
どのあたりの層がしてるの?
私の友人やネットの友だちも、誰一人マッチングアプリではなく結婚相談所なんだが。かく言う自分も結婚相談所で結婚したし。母の友人の子供も結婚相談所だった。
マッチングアプリをやっていた人はいたけど、そいつも「ヤリモク、詐称に高確率で当たるからすぐ辞めた」と言うくらいだし。
まず、独身証明書・本人確認証・収入証明書・卒業証明書の提出が無いマッチングアプリって怖くない?(せめてあるやつならいいと思うけど)
嘘つき放題のレベルが違うじゃん。
というインターネッツのマナーが身に染みているせいで、誰もかれもが見れるアプリ上に個人情報晒すの怖くね??
結婚相談所もアプリ検索が主流だが、金払って会員にならんと見えないし、本名はマッチングするまで伏せられる。
妹が「地方だと人がいないうえに、結婚相談所もないから、アプリなんじゃない?」って言っているのはあっているのか?
ニュースで「(全国で)4人に1人はマッチングアプリ!」って言われていたけど、少なくとも友人10人の内8人は結婚相談所なんだな。もっと詳細欲しい。
マッチングアプリなんて怖すぎってインターネッツ老人すぎるか。
東京生まれ東京育ちで東京を地元だと思ってるけど、先祖代々東京人というわけではないから胸を張って東京が故郷というのは気が引けるくらいのよくある家。
公務員とか地域密着企業とか、地域に根ざした仕事がしたいと思うけど、東京は競争が激しく、かといって縁もゆかりもない地方に行ったとて「なんでお前が?」という反応になるのが目に見えている。
「生まれ育った愛着がある土地で、家族の近くで就職したい」と地方出身者が言ってても、何も言われないどころかむしろ親孝行だねとか郷土愛があるねと言ってもらえるのに、東京出身者がそう言うと、東京に実家がある自慢かよとか、そんな甘ったれたこと言ってても東京は競争激しいからねと責められる。
東京一極集中の恩恵を享受していることは自覚しているけど、東京or地元という選択肢があり、地元以外を選んでも不思議に思われないということ自体が羨ましい。こっちは東京=地元で、東京以外を選ぼうとしたら孤立無援の上に不審がられ、かといって東京で就職しようとすると高い壁が聳えているのが辛い。
上京して大学院で学び地元の博物館に就職したという人をネットで見かけ、地元への愛や地縁があって、やりがいある働き口もあったんだなあということが羨ましくなっての愚痴。隣の芝は青い。
「高尚」という言葉については、元の投稿の表現をそのまま引用しただけです。
ASDだの何だのと想像を広げていただき、わざわざ解釈してくださったのはありがたいですが、
世田谷がどうこうという話もありましたが、
子どもはまだしも、大人で堂々と信号を無視する人はあまり見かけません。
丸の内あたりで赤信号を渡れば、どう見ても「土地勘のない人」に見えるでしょう。
その感覚の違いを説明しても伝わらなさそうなので、ここでは触れないでおきます。
地方に対する無意識な優越感のようなものが滲んでいて少し気になりました。
普通に「東京出身」で済む話なのに、あえて区名を出すあたりが象徴的です。
進学や転勤などで外の地域を知らないと、
東京の中だけでヒエラルキーを作ってしまうものなのかもしれません。
田舎の人間は、都会の人が思うほど「見下されている」とは感じていません。
むしろ、田舎を知らない都会の人ほど「田舎差別」に過敏に反応する印象です。
熊を殺さないでと役所に電話するような“善意の人”と言えば伝わるでしょうか。
相手をASDだのフェミだのとレッテルを貼っていくのは、なかなか不思議な構造です。
正義感と攻撃性が同居しているあたり、SNS的とでも言うべきでしょうか。
幸いそこまでの自覚はありません。
その点ではまだ「未熟」なのかもしれませんね。
最後に一点だけ。
将来、無意識のうちに誰かを巻き込まないよう、お気をつけください。
「私には立派な人すぎて…」ならまだ分かるけど「高尚すぎて…」と言われるのは、なんかちょっと「あの人その場のその場の空気に柔軟に合わせられないASDみたいで…」と言われてるようで引っかかるな
高尚って褒め言葉じゃなくて遠回しに貶すときに使うワードというか
素を見せない人がみんな高尚呼ばわりされるかというと、そうではないよね
たとえば、誰も聞いてないしそんな話の流れでもないのに、とつぜん超弦理論とかブルデューとか、あるいはワインの蘊蓄について語り始めちゃう人がいたとしたら「○○さんって、高尚()ですよね」って自分なら思っちゃうかな
うーん、本当に東京出身……? 小中高とずっと私立で周りにお金持ちしかいなかったとか?
自分は世田谷生まれ世田谷育ちだけど、車の往来がなかったら赤信号でも左右をよく確認して渡っちゃうし、そんな人間は東京出身にもいくらでもいるよ
私個人の話をして申し訳ないが、たしかに免許は持ってないが、推し活は一切してないし、私と同じように推し活なんてしてない「都会の女性」とやらはいくらでもおりますよ
「酒飲みの田舎娘転がってないかな」って、ナチュラルに田舎出身の人を物扱いしてる上に見下してるみたいで嫌な感じだな
東京出身の女性にもいろんな人がいるのに、自分がモテないからって「都会女には相手にされんけど田舎女なら俺にもワンチャンあんじゃね」って言ってるみたい
毎年ゴールデンウィーク、大晦日に上京した娘が帰ってきてくれる。
年々、東京色に染まっていく娘を見て行くにつれ、嬉しいような悲しいような、そんな気持ちになる。
娘は今年で25歳になり、いよいよ結婚が見えてくるころだろうと思っていた。
上京をしたのも、長期出張でたまたま田舎に来ていた東京出身の彼氏についていく形で、おおよそ2年ほどの地方都市一人暮らしを経たのち、東京に戻る彼との同棲のために上京した。20代前半で東京生まれ東京育ちの彼と同棲と聞いた時は、相当な豪運ではなかろうかと心の中で思っていた。
しかし、去年あたりから娘が東京に染まり始めたのか、やたらと意識が高くなったというか、キャリアのことについて真剣に考え始めるようになった。
前までは、漠然と何歳までに結婚して子供は2人産んで…のような話だったのだが、資金計画や必要資格、自分が働いている業界の先行きについてなどの話が近況報告になった。
正直とても心配だ。そういったことを考えなくてもいいように、言わば雑に幸せになれるように育ててきたつもりだった。いらんことは考えない、そういう風に育ててきたし娘もそれに応えてくれていた。別に上手くいかなかったら帰ってくればいい。いざとなれば田舎の畑でもいじっていれば暮らせる、そういう認識を持ってくれていると思っていた。
話を聞けば、彼氏が相当なやり手らしく、なんとしても彼氏と一緒になりたいために言われるがまま考え続けているらしい。
結婚の条件に自分の頭で考えて、決断できることを出してきていると聞いて、その男はやめておけと言いたくなった。言いたくなったが、そういう親にはなりたくないので黙って聞いている。でも、幸せになれる未来が見えないのが田舎の親心だ。
自分も若い頃は都会にいたが、あの上昇志向と自分の潜在能力を最大限に引き出させようとする空気に辟易して、田舎に帰った経緯がある。娘は自分ではないから、自由にさせてあげるべきではあるが、純朴さを失ったとき、人は簡単に幸せになれなくなることをお節介に教えてやりたくなる。
最近は帰ってきても会話が減った。暇があれば外国語の勉強に副業のための情報収集と、あまり力になってやれないことをしているから。
Permalink |記事への反応(25) | 11:40
わたしは1浪で入学した首都圏の医学部に通い、いま6年生になる。
あと半年で卒業するけど、医学部はわたしにはつくづく合わない環境だったなと思う。
医学部に入って低学年の時から、周りの人たちがみな「見えない枠を外れないように様子をうかがっている」ように見えていた。あたりさわりのない会話をして、うわべでは人のよさそうな笑顔を張り付けながら、仲良しグループではどぎつい悪口を言っていたりする。
そういう雰囲気が嫌だったので、人とあまりつるまなかったら、1年生のうちにあっという間に孤立した。そして、今もとうとう孤立したまま、医学部を卒業することになりそうだ。
わたしは哲学とか、医療や日本の社会がどうなるのかとかそういう話に興味があったけど、そんな話ができる人はほとんどいなかった。「意識高い系だね」と、鼻で笑われた。
みんな、誰が付き合ったとか別れたとか結婚秒読みだとか、だれが試験に受かったとか落ちたとかそんな話ばかり。
「医者は社会を知らない」と言われるのも、無理はないと思った。
世界が狭くなるのが嫌で、わたしは自分の居場所は学外に持とうと思った。
ボランティアやインターンに参加して医学部生以外のいろいろな人とかかわったことで、自分のいる世界が特殊なんだと分かって救われた。
その時出会った人たちは、自分の人生を自分で切り開こうとしている人たちばかりで、自分の視野も広がった。
高学年になってくると、医学知識を必死に詰め込んできた人たちの中で、能力至上主義・知識偏重主義的な雰囲気が色濃く立ち込めるようになった。
成績の良くない再試験常連の人や、口頭試問にスムーズに答えられない人を笑いものにしたり、なんなら明らかに見下していたりする人も多かった。
論理的によくわからないもの、あいまいなもの、すぐに役に立たないものは「無意味」としてそぎ落とされていった。論理的に説明できる医学知識がすべてだと言わんばかりに。
講義の時も、試験に出る話の時は必死にメモをとるのに、先生のキャリアの話や雑談になったとたんに態度が悪くなる人、「あいつ話長いんだよ、国家試験の勉強させろよ」と悪態をつく人の多いこと。名門高校出身で、成績も優秀、挫折せずに現役で医学部に入っている人のほうがこういうことを言う人が多かったような気がする。
勉強熱心なのは良いことだと思うけれど、知識や能力がすべてを測るものさしになってしまうと、人間的に大事なものがどんどん零れ落ちていくのではないだろうか。
「周りの人の動向から外れないこと」がモットーの多数派医学生たちの間では、こうした風潮に大勢の人があっという間に飲み込まれていった。
たとえば実習の最初、その科でお世話になる先生に挨拶するときに、出身高校まで発表させられること。
もう全員高校卒業して少なくとも5年は経つのに、まだ高校の話するの…?と正直違和感を隠せなかった。
首都圏の名門中高一貫校出身の人には先生たちもひとしきり絡む。もはや、「子供を中学受験させてその学校に入れたいけどどんな勉強した?」とかまで聞く。いやそれいま聞く必要ある?
わたしはそこまで知名度の高くない高校出身だったので、毎度微妙な反応をされて特につっこまれることもなく、虚無な時間をやり過ごした。
エリート選民思想が蔓延する空気の中で、どうにか息がしやすい場所を探しながら過ごした6年間は本当に息苦しかった。
医師国家試験の受験資格を得るためだけに、心を無にしてなんとか毎日学校に通った。
周りの人たちは、大学受験期と同じように、より知名度やレベルが高い病院、都会の病院を探し求めて就職が決まろうとしている。「成長という幻想」にとらわれているように見える。
わたしは東京出身だが、自分の意思で、あえてゆかりのない地域の、ほとんど誰も知らないけど、独特な取り組みをしていて面白そうな、自分の肌に合いそうな病院に就職することに決めた。
わたしは1浪で入学した首都圏の医学部に通い、いま6年生になる。
あと半年で卒業するけど、医学部はわたしにはつくづく合わない環境だったなと思う。
医学部に入って低学年の時から、周りの人たちがみな「見えない枠を外れないように様子をうかがっている」ように見えていた。あたりさわりのない会話をして、うわべでは人のよさそうな笑顔を張り付けながら、仲良しグループではどぎつい悪口を言っていたりする。
そういう雰囲気が嫌だったので、人とあまりつるまなかったら、1年生のうちにあっという間に孤立した。そして、今もとうとう孤立したまま、医学部を卒業することになりそうだ。
わたしは哲学とか、医療や日本の社会がどうなるのかとかそういう話に興味があったけど、そんな話ができる人はほとんどいなかった。「意識高い系だね」と、鼻で笑われた。
みんな、誰が付き合ったとか別れたとか結婚秒読みだとか、だれが試験に受かったとか落ちたとかそんな話ばかり。
「医者は社会を知らない」と言われるのも、無理はないと思った。
世界が狭くなるのが嫌で、わたしは自分の居場所は学外に持とうと思った。
ボランティアやインターンに参加して医学部生以外のいろいろな人とかかわったことで、自分のいる世界が特殊なんだと分かって救われた。
その時出会った人たちは、自分の人生を自分で切り開こうとしている人たちばかりで、自分の視野も広がった。
高学年になってくると、医学知識を必死に詰め込んできた人たちの中で、能力至上主義・知識偏重主義的な雰囲気が色濃く立ち込めるようになった。
成績の良くない再試験常連の人や、口頭試問にスムーズに答えられない人を笑いものにしたり、なんなら明らかに見下していたりする人も多かった。
論理的によくわからないもの、あいまいなもの、すぐに役に立たないものは「無意味」としてそぎ落とされていった。論理的に説明できる医学知識がすべてだと言わんばかりに。
講義の時も、試験に出る話の時は必死にメモをとるのに、先生のキャリアの話や雑談になったとたんに態度が悪くなる人、「あいつ話長いんだよ、国家試験の勉強させろよ」と悪態をつく人の多いこと。名門高校出身で、成績も優秀、挫折せずに現役で医学部に入っている人のほうがこういうことを言う人が多かったような気がする。
勉強熱心なのは良いことだと思うけれど、知識や能力がすべてを測るものさしになってしまうと、人間的に大事なものがどんどん零れ落ちていくのではないだろうか。
「周りの人の動向から外れないこと」がモットーの多数派医学生たちの間では、こうした風潮に大勢の人があっという間に飲み込まれていった。
たとえば実習の最初、その科でお世話になる先生に挨拶するときに、出身高校まで発表させられること。
もう全員高校卒業して少なくとも5年は経つのに、まだ高校の話するの…?と正直違和感を隠せなかった。
首都圏の名門中高一貫校出身の人には先生たちもひとしきり絡む。もはや、「子供を中学受験させてその学校に入れたいけどどんな勉強した?」とかまで聞く。いやそれいま聞く必要ある?
わたしはそこまで知名度の高くない高校出身だったので、毎度微妙な反応をされて特につっこまれることもなく、虚無な時間をやり過ごした。
エリート選民思想が蔓延する空気の中で、どうにか息がしやすい場所を探しながら過ごした6年間は本当に息苦しかった。
医師国家試験の受験資格を得るためだけに、心を無にしてなんとか毎日学校に通った。
周りの人たちは、大学受験期と同じように、より知名度やレベルが高い病院、都会の病院を探し求めて就職が決まろうとしている。「成長という幻想」にとらわれているように見える。
わたしは東京出身だが、自分の意思で、あえてゆかりのない地域の、ほとんど誰も知らないけど、独特な取り組みをしていて面白そうな、自分の肌に合いそうな病院に就職することに決めた。
最近はもっぱらApple Musicのリコメンドに頼って新曲を発掘しており、これまでは接点もなかったようなアーティストの曲も聴くようになったのだが、昔ならある程度は曲情報とアーティスト情報がワンセットで入ってきていたのが、いまはダイレクトに曲だけつまんでいる感じになっていて、アーティストのことをまったく知らないまま曲をリピートしていたりする。なのでこの機会にちょろっと調べてみようと思う。
好きな曲『なにもできない』
わりとアーティスティックで落ち着いている。
好きな曲『3号線』
しっとりした青春ロックだがけっこう歳いってるようにも見える。
好きな曲『Incarnation』
ボーカルの女性がもともとシンガーソングライターとしてメジャーデビューしている人。
それでバンドもやりたいということで結成したらしい。音楽的素養は十分という感じ。
好きな曲『魔法のように』
2007年に静岡の中学の同じクラスの女子4人でバンドを結成したらしい。
好きな曲『O.M.G』
2021年結成。京都出身だけど大阪の音楽の専門学校で集まったらしい。
好きな曲『NEU』
2019年結成。埼玉出身らしい。ヤバいタイプのロックバンド。
何も考えずに衝動的に叫んでいるようで、いろんなものをごちゃまぜにした音楽性も感じる。
なんとなく神聖かまってちゃんっぽい匂いがする。と思ったらなんか楽曲のカバーとかもやってるな。
4人組バンド。高校の友人同士で2008年に結成して2015年にいったん解散。
ソロで活動したり他のバンドをやったりしつつ、2017年に活動再開して今でもちょこちょこやってるらしい。
好きな曲『渦中ロック』
ボーカルの女性はサブカル文学好きの地味め眼鏡っ娘という感じ。
好きな曲『君がいない』
サクナクションっぽいなーと思ってたけどやっぱり影響を受けているらしい。オサレ。
好きな曲『茜』
好きな曲『dadpect』
男3人組のロックバンド。ちょっと前にベースの人が脱退したらしい。
京都出身らしいが結成年がわからんな。いちおうYouTubeチャンネルの開設は2021年。
好きな曲『コノユビトマレ』
キャピキャピはしてないけどアイドルっぽい感じの曲ではある。
好きな曲『僕のスウィーティー』
最初はGO!GO!7188っぽいなーと思ってたけど、そっから違う方向性に進んでる気がする。
好きな曲『ヘイセイトラベラー』
2021年結成。大阪出身。3人組ガールズバンド。でもドラムの人が脱退するらしい。
ちょっと暗めのロックって感じだけど、さユりに影響を受けているらしい。なるほど。
なんかYouTubeで変な企画動画みたいなんやってて面白いな。手管だ。
好きな曲『あんたのこと』
影響を受けたアーティストがスピッツ・ワンオク・YUIというのはわかりやすい。
好きな曲『ノールス』
ボーカルが広島でバンド組んで解散して上京してまたメンバー集めたって感じか。
好きな曲『SPANKYALIEN』
2019年結成。女1男1。
もともと3人だったと思ったけどいつのまにかベースが抜けていた。
いくつか仮説がある
2.東京モンが無理して下手な訛りをしている
3.東京モンが特定の何処かの地域を想像して真似ている(1と2の中間)
で、1かなと思っていろんな地域のイントネーションをYoutubeで調べるんだけど全然見つからない
架空の訛りにしても「そうはならんやろ」っていう濁点のつき方やイントネーションなんだよなあ
関西人はエセ関西弁に怒るけど、東北(+北海道)民もそうだと思うよ
___
「あ行」「い行」「ん」はよく使うんだよね、「え行」っぽくなるのはおかしい
ていうか、「この音にはならないはず」みたいなのの積み重ねがあるんだけど、誰か統一規格つくって欲しい、もう架空訛りでいいから
あとイントネーションも、でもイントネーションは「そういう地域があるかもしれない」が捨てきれないからいやなんだよね
これいにしえから言われる話題だと思うけど、名古屋の人ってなんであんなに性格独特なのだろう。前提、もちろん良い人も悪い人もどこにでもいるし名古屋の人全員じゃない。優しい人にも出会った事ある。
自分は東京出身で名古屋大阪にも短期間住んだ事があり現在はまた東京なのだけど、記憶に残るレベルの嫌な奴っているじゃないですか。
そういうので思い浮かぶのが数人全員名古屋から上京したという人だ…
正直その手の嫌な奴は女性が多め。
あと名古屋に少し住んでる間にも東京出身と言っただけで、東京の子からしたら所詮小さい場所でバカにしてるんでしょうどうせ?みたいな事言われたのが何度か。(これはオジサンに多い)
そしてまたあからさまに人によって態度を変える女性が現在身近にいるのだが(先輩以外挨拶を目の前でされても無視、まじで謎に超絶自信満々)先日何人かで話してるところでその人が出身を聞かれて名古屋と答えて内心ほ〜んなるほどな…と思ってたら、それを質問したお客様的な方があー!なるほど名古屋かぁそういうことね〜(苦笑)と言っていて、みんなにその意味を理解してる空気が一瞬で流れてみんな共通認識なんだなと思った。
そして彼女1人がおそらく良い意味と勘違いし、そうなんです〜!お嬢の名古屋女子だぎゃ〜♡みたいなちょっとおふさげお愛想みたいな返ししててつえ〜、、と思いました。
触発されて書いておく。
この前40歳になった。東京出身。1年浪人して修士終えてから就職したので今勤続14年。仕事は機械系のエンジニア。Matlabとか使う。
趣味は釣りとか将棋とかは自転車とか。子どもが中学生になったのであまり手はかからず自分の時間は多い。
額面で年収800万程度。残業が多いと+100万とかになる。奥さんも扶養の範囲内で若干働いている。ここ数年は賃上げにより毎年50万くらい上がるようになったが、その前はあまり上がっていなかった。1年目は年収300万くらいだった気がする。
仕事は前まではめちゃくちゃ忙しい時期もあったが、最近は働き方改革もありのんびり。午後4時終わりなので、会社のあと釣りにいったり、ジムで体を動かしたりできる。夜10時半には寝てる。会社まで車で片道20分程度。
日本円は特に行き先のないお金をauじぶん銀行とか住信SBIネット銀行とかにおいてある。あと、会社の財形も多少利息がもらえるので入れている。
ドルはアメリカに駐在してた時にもらった給料がおいてある。MMFなので、毎月150ドルくらい利息がもらえる(税引き前)。
5000万円くらい。2018年くらいからコツコツNISAなどで投資してる。いつの間にか大きくなったが、円安の影響が大きい。インデックス投資で基本積立しかしてないので、2018年くらいから積み立てていればみんな同じように資産増えてると思う。証券会社は楽天証券、カブコム(この前名前変わったがよくわかっていない)、松井証券など。トランプショックで一時期1000万円くらい下がったが、いつの間にか戻ってきた。
内訳
500万円程度。iDeCoはできないので会社の提供してる企業型確定拠出年金を使っている。中身は先進国株と日本株。これは2014年あたりから給料から引かれて積み立てられてる。
節税は、明治安田生命のじぶんの積立、ふるさと納税、医療費控除、外国税額控除など。
ここ数年の株高のおかげで見た目の資産はすごく増えたが、実際にはインフレと円安があるので実際はそんなに購買力が増えてるわけではないんだろうなと思う。
これから家とか車とかでお金が飛んでくんだろうな。地方在住で、今は田んぼの間にある社宅に住んでいるので月の家賃は3万円くらいで済んでいる。下水道も未整備の地域だけどここらへんだったら家安いんだろうなと思う。東京出身なので、昔は東京がいいなと思っていたが、いまは自然がたくさんあってどこも混んでいない田舎に満足している。