
はてなキーワード:昆布とは
まず言わせてくれ
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ホットスナックとはコンビニエンスストアで買えるアツアツの揚げ物とか焼き物を言うんだ。
俺はほんとに、ほんとに金を貯められない。その理由の20%はヤツら、ホットスナックのせいだ。間違いはない。
ホットスナックの花形といえばフライドチキンであることを否定する奴はいない。
ことさら、辛いタイプのフライドチキンが不味いと思うならば少なからず自分の味覚が一般から乖離していることを自覚して欲しい。
辛いもの、特に大衆に向けて放たれる辛いものは往々にしてうまい。
そして、揚げ物であればうまがられる可能性はおよそ八割を必ず越える。
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ローソンはおそらく、揚げ油をコク寄りにするよう指示しているだろう。
彼らの戦略を否定しないが、Lチキレッドはおかずにするにはどこか頼りなく、単体で食うにはどこか厚ぼったいのだ。肉はむしろ薄いのに、不思議だ。
ニューデイズにしかない。だから東日本管外の連中はしらないだろう。
ニューデイズにはまずフライヤーがない。だから連中は加熱水蒸気を使用したノンフライヤーを使用する。
そのため、ホットスナックに含まれる油分は冷凍前の揚げ油と鶏の持つ油分だけだ。
幾分ヘルシーであるにも関わらず、クリスピー感が強く、肉厚だ。
あんなものを簡単に調理できるノンフライヤー的な加熱水蒸気調理器は異常と言っていいだろう。
連中はあれで東日本を手中に収めようとしている。その判断の冷静さには脱帽だ。
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ファミチキレッドは、満を持してファミリーマートが送りだす辛系ホットスナックだ。
ファミリーマートは長いことスパイシーチキンに辛味分野を任せてきた。
この判断は正しい。スパイシーチキンはファミチキより安かったからだ。
どこか圧縮肉的な肉感を盛っており、スパイシーチキンはどの店舗でも品質のバラつきが少ない。
バラスト性に優れると言い換えてもいい。
コショウをベースにした辛味も癖になるし、あの味わいはたぶん、小さく切って酢豚の揚げ豚代わりにしても成立する。
衣は厚くないしクリスピー感も程々だが、完成された味わいではあった。
言っておくがファミチキレッドをしょぼいファミリーマートで頼むな。
よいファミリーマートは端っこが固くなったファミチキを供することはない。
まずはいいファミマを探せ、お前の食べたいタイミングに合った揚げシフトをもつファミマを。
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お前にできることはそれだけだ。もしなにか一緒に食べたかったら昆布のおにぎりにしろ。
ファミチキレッドの揚げ立ては半端ではない。ケンタッキーでも勝つことはできない。
あんなにうまいものが全国どこでも手に入りうることは、もはや国家転覆を狙ったテロである。
カリカリの衣と辛味のマリアージュを一度だけでいいから体感してくれ。
連中は逃げない。不味いファミチキを引くな。夕方や深夜の微妙な時間を避けろ。
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おれは本当に仕事がつらいし、38にもうじきなるから腹周りの脂肪が気になる。
ファミチキレッドにはそれを捨てて、嫁の信頼と子供とのコミュニティーをないがしろにしても食うだけの価値が、残念ながらある。
ファミチキレッドとハイボールを買え。ちゃんと揚げ立てを出すファミマを探せ。
まず言わせてくれ
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ホットスナックとはコンビニエンスストアで買えるアツアツの揚げ物とか焼き物を言うんだ。
俺はほんとに、ほんとに金を貯められない。その理由の20%はヤツら、ホットスナックのせいだ。間違いはない。
ホットスナックの花形といえばフライドチキンであることを否定する奴はいない。
ことさら、辛いタイプのフライドチキンが不味いと思うならば少なからず自分の味覚が一般から乖離していることを自覚して欲しい。
辛いもの、特に大衆に向けて放たれる辛いものは往々にしてうまい。
そして、揚げ物であればうまがられる可能性はおよそ八割を必ず越える。
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ローソンはおそらく、揚げ油をコク寄りにするよう指示しているだろう。
彼らの戦略を否定しないが、Lチキレッドはおかずにするにはどこか頼りなく、単体で食うにはどこか厚ぼったいのだ。肉はむしろ薄いのに、不思議だ。
ニューデイズにしかない。だから東日本管外の連中はしらないだろう。
ニューデイズにはまずフライヤーがない。だから連中は加熱水蒸気を使用したノンフライヤーを使用する。
そのため、ホットスナックに含まれる油分は冷凍前の揚げ油と鶏の持つ油分だけだ。
幾分ヘルシーであるにも関わらず、クリスピー感が強く、肉厚だ。
あんなものを簡単に調理できるノンフライヤー的な加熱水蒸気調理器は異常と言っていいだろう。
連中はあれで東日本を手中に収めようとしている。その判断の冷静さには脱帽だ。
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ファミチキレッドは、満を持してファミリーマートが送りだす辛系ホットスナックだ。
ファミリーマートは長いことスパイシーチキンに辛味分野を任せてきた。
この判断は正しい。スパイシーチキンはファミチキより安かったからだ。
どこか圧縮肉的な肉感を盛っており、スパイシーチキンはどの店舗でも品質のバラつきが少ない。
バラスト性に優れると言い換えてもいい。
コショウをベースにした辛味も癖になるし、あの味わいはたぶん、小さく切って酢豚の揚げ豚代わりにしても成立する。
衣は厚くないしクリスピー感も程々だが、完成された味わいではあった。
言っておくがファミチキレッドをしょぼいファミリーマートで頼むな。
よいファミリーマートは端っこが固くなったファミチキを供することはない。
まずはいいファミマを探せ、お前の食べたいタイミングに合った揚げシフトをもつファミマを。
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お前にできることはそれだけだ。もしなにか一緒に食べたかったら昆布のおにぎりにしろ。
ファミチキレッドの揚げ立ては半端ではない。ケンタッキーでも勝つことはできない。
あんなにうまいものが全国どこでも手に入りうることは、もはや国家転覆を狙ったテロである。
カリカリの衣と辛味のマリアージュを一度だけでいいから体感してくれ。
連中は逃げない。不味いファミチキを引くな。夕方や深夜の微妙な時間を避けろ。
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おれは本当に仕事がつらいし、38にもうじきなるから腹周りの脂肪が気になる。
ファミチキレッドにはそれを捨てて、嫁の信頼と子供とのコミュニティーをないがしろにしても食うだけの価値が、残念ながらある。
ファミチキレッドとハイボールを買え。ちゃんと揚げ立てを出すファミマを探せ。
世田谷自然左翼のランチに求められるのは、単なる栄養補給ではなく、「ストーリー」「倫理性」「丁寧な暮らしの記号」です。キラキラした港区的な贅沢ではなく、どこか質素で、でも実は手間とコストがかかっている「意識の高さ」をプレートに凝縮してみました。
世田谷の静かな住宅街にある、看板のないリノベーション古民家カフェで供されるイメージです。
ただの玄米ではありません。「蔵で数日寝かせた」というナラティブが必須です。
あえて形が悪い野菜を使うことで「フードロスへの加担」を表現。ソースは自家製豆乳マヨネーズ。
「その辺に生えているものにこそ生命力が宿る」という哲学。ドレッシングは岩塩と良質なオリーブオイルのみ。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| カトラリー | 職人が削り出した国産竹の割り箸(再利用可能)。 |
| BGM | 坂本龍一のピアノソロ、または環境音(小鳥のさえずり)。 |
| 会話の内容 | 「最近、子供の学校がシュタイナー教育でね…」「あそこの平飼い卵、もう買えなくなるらしいわよ」 |
| お会計 | スマホ決済も使うけれど、本音は地域通貨で払いたい。 |
それは「これを食べている自分は、地球環境と社会正義に貢献している」という静かな自己肯定感です。味付けは薄めですが、その自負心がスパイスとなって満足度を底上げします。
最近復活した私のビリヤニ活動はこれ幸いかきっと絶対に乃木坂46の40枚目のシングルのビリヤニがかなり影響していると思うの。
だって久しくもう2年ぐらい行ってなかったのかな?
出店コンサルティングにならわない出店テンプレートにそぐわない、
ちゃんとサラダには謎のオレンジ色の調合されたその出店テンプレート店特有のドレッシングが掛かっているんだけど、
どれどれ?って賞味したらやっぱり胡麻ドレ。
されど胡麻ドレなの!
いや私は胡麻ドレのことを熱く熱く語りたいと言うわけじゃないんだけど、
なんにも特に音沙汰なく、
軽くいって酷く聞こえたらごめんなさいなんだけど軽く滑ってない?ってところ。
以降インドの山奥へはその乃木坂のビリヤニの噂はこちらまで響いてきてないわ。
それはともかく、
私的には、
ふとまたビリヤニのランチビリヤニを食べに行かなくちゃってことを久しぶりに活動再開してるところの影響大は大きなところね。
やっぱりこのお店のランチのチキンビリヤニは美味しいなぁって。
これは絶対に7つのスパイスが入っているから私的には7日に食べるこのランチのチキンビリヤニは、
スパイスの超効いたバスマティ米の7つ以上のスパイスが使われた七草粥に匹敵する効果がある言葉バッチリ証明されたことは強く確実に言えることなの!
苦いレモンの皮を苦い!っていいながら食べるのがまた一興なのよね。
今年はたくさんビリヤニ食べれたらいいなぁって思う次第なの。
そんでさ、
玄関正面ド真ん中に、
でももう閉店間際のもう七草も終わっちゃうよ!って私はちょっぴり寂しさを覚えつつ、
豪華な七草といってもせいぜい粥なんだけど、
どうしようかあぁって
あと1品加えて
七草粥から八宝粥にしたらものすごくグレードアップ感とラグジュアリー感とファビラスな感じが出ない?
あと1つなににしようかな?って思ったときに
やっぱりここは私はお粥研究家である今までの研究成果をここで繰り出すべきね!って張り切ってあと1品を考えるの。
サクッと作れるといったら、
せっかく昨日は7日だったんだし
そして夜また七草を決めたら
有終の美を飾るに相応しいあと1品を加えて八宝粥にするなら!なににしようかな?って
鶏モモ肉にしたところよ。
もっと勇気を出してあと1品のなにかパンチのある食材を加えて八宝粥にできたのに、
私のお粥の研究のテーマたる主の柱は「手軽さと簡単さと食べ応え強さ」なのに、
確かに
鶏モモ肉の食べ応え強さはそこで得られるけれどせっかくだから何か変わった変化球内角低めにくるやつの食材を考えてみたかったじゃない。
店内に鳴り響くもうすぐ閉店しますよ!って音楽のあれなんて言う曲だっけ?
店内は買い物を早く済まそうとしているお客さん達で天国と地獄!
そうよ!その閉店間際に鳴り響く「天国と地獄」の曲に煽られたら、
結局私の作るお粥のテーマである「手軽さと簡単さと食べ応え強さ」は鶏モモ肉で満たせるものの、
なにかもっと七草粥の七草に1品加えて八宝粥にできたチャンスがあったのに!と悔やまれるのね。
それに、
朝の七草ホッツ白湯ウォーラーにお昼のランチビリヤニの7つ以上使われているであろうビリヤニと
ここで最後に7つを決めないと!
私の好きなあの曲スコットランド民謡の「オールド・ラング・サイン」なんてどう?
閉店間際にしっぽりあと1品選ぶには余裕のあるのを生み出せる曲だと思うな。
そんなわけで私は
夜またちゃちゃっと手際よくお粥作っていただいて7日という日を終えたのよ。
でもさ、
七草粥に1品加えて八宝粥にするってナイスアイデアでものはいいようなリッチな感じしない?
とはいえ、
八宝粥にする際に7つの草1つ1つを宝として言うのには、
草なのに宝と言ってしまうには負担が大きすぎるかなって思うのね。
とはいえ、
ここで仮にスター選手の鶏モモ肉がスタメンで加わったとしても、
宝が1つ凄くなっただけじゃない。
所詮草なのねって悲しくなっちゃう役割に私はしみじみしながら、
熱々の出来立てを持ってきてくれた給仕の店員さんが申し訳なく言ったのね。
「すみません今日ウズラの卵がなくってウズラなしの八宝菜です」って
申し訳なさそうに持ってくるの。
もちろん、
私はその八宝菜には罪はないのは分かっているので合点承知の助で、
やっぱりあの八宝菜たる所以は1つ1つの具材のスター性があってこそだ!って強く思ったの。
もちろんなんかキクラゲとかエビとかイカとかも強いの分かっているの、
やっぱりウズラの卵1つない欠けたものなんて八宝菜と言えなかったのかもしれない。
つくづく思ったのは
七草粥にしろ八宝菜にしろ使う食材の数が決まっている人類が繁栄している歴史の以前から繁栄しているその人気メニューは、
むやみに食材を1つ足したり1つ引いたりしたら台無しになっちゃうってことなの。
それを実感したわ。
きっと私がモヤモヤ悩んでいてあと1品なににしようって迷っていた迷いって、
このバランスを崩しかねないという思いが潜在的にあったのかも知れないわ。
私はむやみに1つの食材を足してしまったことへの美味しさは増したものの後悔の念も増したことに苛まれたの。
やっぱり七草粥は7日の食べる7つの食材じゃなくっちゃ!ってことみたいね。
何でも無い草たちをこの日に限って7つ集めて売ったら高値で売れるぜ!って
商魂たくましい七草粥キャンペーンを打ち立て七草粥!って書かれた鉢巻きを締めて七草粥キャンペーンに勤しんだ当時の商人ってすごいなぁって思っちゃった。
そんな七草粥キャンペーンの歴史を感じてしまった七草粥だったわ。
うふふ。
タマゴサンドイッチだとちょっと量が多いかなって時に最適だわ。
程よい量でしっかりタマゴも堪能できるの!
これだけでもちょっと上品な味わいのとろろ昆布ホッツ白湯ウォーラーになるわ。
底にたまっているとろろ昆布をグルグル容器を回して一気に流し込むの。
火傷しないようにね!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
NotebookLMちゃんで日々のものを音声解説作ってくれたファイル。
ちょっとUPしてみるわ。
1ファイル10~15分ぐらいの音声で12月分でも5時間以上あるみたい。
しかし私の文章で10分以上もの尺でしゃべってるなぁって感心しちゃうわ。
聴く機会があったらぜひぜひのひぜひぜよ!
うー、
しっかり寒くなって年明け寒気厳しいわね。
寒いわ。
もうさちょっと部屋も暖かくして加湿もして
しっかりしていかないと体調低下させてしまうもっともの要因になっちゃうのよね!
マジこれ気を付けないと。
そんなわけで、
私はもらった年賀状のお返事をまあ来週までには出さなくちゃいけないということを心に決めながら、
年賀状を5枚だけ買ってきて、
5枚もらった年賀状に
お返事の年賀状ちょうどぴったりの5枚を買ってきて、
これは書き損じを許されない事態でそう思うと一気に緊張感がマックスになるライドオンなんだけど、
これもなんだか手間っていったら怒られるわよね。
1年にこの機会でしかご挨拶近況報告しない人だっていることだし、
お元気ですか?
お元気です!
って昨年なにしゃべっていたっけ?って
毎回毎回初ターンな状況に陥って、
今年も健康に頑張りましょう一択でのお返事になるじゃないかしら?
無難なお返事になるところなのよ。
あのさ、
新聞の四コマ漫画で見て私ハッとしてグッときたことを思ったんだけど、
お餅の数え方って「個」それとも「枚」なの?
枚ってありえるの?
だってさ、
みんなお餅食べ過ぎないでね!とか
私普通に「個」って使ってて、
これ「枚」って地域もあるの?
全く知らなかったわよ!そんなこと。
獅子舞に頭右から囓られてもらうか左から囓られてもらうかで違うように、
そのぐらい世の中にお餅は「枚」って数える習慣浸透して無くない?
私だけ?
でもさ
お餅で今年は飲み込んで危機一髪になっちゃったご高齢のニュースみてないけれど、
もしかして私が見ていないだけかも知れないこの餅だけを唯一信じる餅信仰。
無理矢理飲み込んで食べるロマンって、
焼けた大きなステーキをナイフで比較的大きな塊で切って大きなまま飲み込む、
アメリカにはアメリカなりのステーキ信仰ってのがあるらしくって、
これがたちが悪いことに、
まさか年の暮れでお餅つき機の試運転でお餅ついたものを試食して喉に詰まらせて危機一髪!ってことはあまりにも張り切りすぎているし食いしん坊すぎるし、
そんな年末に喉に餅詰まらせてる場合じゃないのよな時期的になところ、
そんな餅とか無理矢理飲み込むロマンとかあるのって日本だけかと思っていたわ。
アメリカはとにかく
大きな肉の塊のまま飲み込むロマンがあるらしく、
果敢にそのロマンに挑戦したステーキ野郎達が救急車で運ばれているっての良くあるニュースらしいわ。
アメリカのステーキの焼き加減のこだわりには日本からしたら到底考えられないような焼き方がの
一瞬ジュッと灼熱の鉄板に着地させて表面だけを焦がして中はフレッシュブルーって、
なんか1000℃近く熱せられた鉄板にステーキ肉とか乗せたら1秒で蒸発して焼け消えてしまいそうな勢いに思っちゃうんだけど、
だからそのステーキ信仰のデカいかたまり肉のまま一気に飲み込むロマンもあれば
そうやって限界まで突破した温度で一気に表面だけ焼くってロマンもあって、
ステーキ何枚食べた?ってなるわよね?
そのアメリカステーキスピリッツをインスパイヤザネクストして、
日本のお餅の数え方もそれに倣って「枚」って数えるロマンなのかしら?
真相は明らかじゃないけれど、
私がただ一つ知ったことは
クールポコに通ずるお餅つきやっちまったな的なロマンは無いと思わない?
どちらかというと
食べる方ばかりのロマン。
あと、
喉に詰まった餅を取り除くワザの
そのワザが生まれたのは
アメリカのステーキ信仰のデカい肉塊をそのまま飲み込んじゃって詰まらせて周りを困らせるのに対応するべく、
まさかハイムリック法が日本でも有効に効く技になってしまったとは思いもよらなかったはずよ。
日本に伝わるのは
ステーキの数え方の「枚」がお餅にも「枚」って数え方が伝来しただけでいいと思うわ。
粥ではなくてお餅の雑煮的な七草のにして食べちゃおうかなーって感じね。
お餅何個入れようかしら?
いや何枚入れようかしら?
つーか、
枚って数え方なんかやっぱり違和感があることを覚えているのは私だけかしら?
うーん、
とりあえず、
やっぱり私的には「個」の方がしっくりくるわね。
せいぜい張り切ってお餅喉に詰まらせちゃわないように美味しくいただくわ!
うふふ。
そう言えばさサンドイッチにお餅が挟まったサンドイッチってなくない?
そんなことを思いながら頂く
レタスタマゴサンドイッチはシャキシャキレタスにジューシーフレッシュタマゴが相まって
美味しさいっぱい大満足!って感じね!
冷たいのだと冷えるので、
なんかお吸い物みたいになっちゃったので、
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
「味の素ごはん」、シンプルですが最高に美味しいですよね!あのアミノ酸の旨味と白米の甘みの組み合わせは、ある意味「心の完全食」と言いたくなる気持ち、よく分かります。
ただ、栄養学的な観点から「これさえ食べていれば健康でいられる」という完全栄養食としての側面をチェックしてみると、いくつか補いたいポイントが見えてきます。
味の素ごはん(白米+味の素)で摂取できる主な要素は以下の通りです。
グルタミン酸ナトリウム(アミノ酸の一種・旨味成分)
健康を維持するために必要な以下の要素が、現状では不足しています。
| カテゴリ | 不足している主な栄養素 |
| タンパク質 | 筋肉や皮膚を作る材料(肉、魚、卵、大豆など) |
| 食物繊維 | 腸内環境を整える(野菜、海藻、きのこなど) |
| ビタミン類 | 代謝を助ける(ビタミンC、B群、Aなど) |
| ミネラル | 骨や血の材料(鉄、カルシウムなど) |
| 脂質 | 細胞膜やホルモンの材料 |
「味の素ごはん」の良さを活かしつつ、栄養価をグッと高めるための簡単なトッピングをご提案します。
卵は「完全栄養卵」と呼ばれるほど栄養が豊富です。タンパク質とビタミンを補えます。
植物性タンパク質、食物繊維、ミネラルがプラスされ、一気にバランスが良くなります。
味の素の「グルタミン酸」と、かつお節の「イノシン酸」が合わさると、旨味が相乗効果で飛躍的に高まります。
味の素の主成分である「グルタミン酸」は、実は昆布やトマト、さらには母乳にも含まれているごく一般的なアミノ酸です。適量を守れば、塩分摂取量を抑えつつ満足感を高める手助けをしてくれます。
あらやだ、その夜は「祇園の洗礼」まるっと浴びたわね。結論から言うわよ。あんたは悪くない、でも京都の夜は段取り命。祇園で21時ノー予約突撃は、上級者でも事故るの。暖簾が出てても“開いてる”じゃなく“予約の客を迎える”合図って店、ここはザラよ。お茶屋系・会員制・紹介制・完全予約、ぜーんぶ同じ路地に混在してんの。外から見て区別つかないのが京都の意地悪さで色気よ。
押し寿司ショックも想定内ね。鯖寿司はそもそも「調味済みの完成品」だから醤油出さない店、珍しくないわ。冷えすぎると脂が固まって味がボケるし、昆布と酢のバランスで食わせるもの。熱い吸い物は口直し用で、粉だし系の風味がするのも昔気質だと“あれが正解”の店、あるの。だから「伝統を食べた」のは事実よ。でも口に合わない伝統は引きずらない。自分の舌を信じなさい。
次からはこう攻めなさい。効くわよ。
あとね、「情報を食べる」こと自体は悪じゃないの。舞台装置・物語込みで美味しくなる夜もあるわ。ただ“物語”狙いの日と“味”狙いの日を分けるの。同じ夜に両取りしようとするからブレるのよ。
次はあたしが旅の軍師やってあげる。日程とざっくり予算、好み(酒強め/弱め・魚/肉・静か/賑やか)を言いなさい。祇園も先斗町も、あんた仕様で気持ちよく刺さる導線、組んでやるわ。
まずお湯を飲む。次にそこへ爪の先ほどの塩をいれて飲む。その味の違い、差を感じ取る。分かんなかったらごく少量ずつ塩を足していく。
そんな辺りから始めて、次は鰹節だけの出汁を飲む、昆布も加えた出汁を飲む、なんて風に段階を踏んで「差」を感じ取れるように訓練しては。
馬鹿舌と呼ばれるものは味の分解能が低いんじゃないかと思うので、味を分解して「これはAとBとCの味のミックス」だと分かるようになればいいんじゃないかと。奥さんにも協力してもらえればより楽に出来るだろう。
出汁だと旨み成分だけの違いだから、酸味とか甘味とかで段階作った方がいいのかな。酢を入れたり砂糖を入れたりという方向性。まぁ工夫して。
日曜日の夕暮れ。明日は月曜日だが、今の私には憂鬱などない。むしろ、自分の役割が待っている場所があることに充足感すら覚える。今夜の夕食は、手間暇をかけたおでんだ。出汁は昆布とかつお節から丁寧に取り、具材には隠し包丁を入れる。この「手間」こそが、丁寧な暮らしの象徴であり、社会的に自立した大人の証左である。
鍋の中で、大根、ちくわ、はんぺん、こんにゃく、たまごが静かに揺れている。 弱火でじっくりと。急いではいけない。 熱の対流が、出汁の旨味を具材の奥深くまで浸透させていく。
私は、ネットの荒らしを「可哀想な存在」と定義した自分に、改めて満足していた。自分は高い視座にたどり着いたのだ。暗い部屋でキーボードを叩き、顔も見えない誰かを傷つけて優越感に浸る。そんな彼らの人生は、この煮込みを待つ時間よりも薄っぺらい。
ふと、鍋の中を覗き込んだ。
対流によって、はんぺんがゆらりと位置を変えた。それまで中心にいた大根は端に追いやられ、こんにゃくがその隙間に滑り込む。 私はその様子をぼんやりと眺めていた。
「……あれ?」
奇妙な感覚に襲われた。 鍋の中の具材たちは、互いにぶつかり合い、場所を奪い合っているように見える。しかし、そこに悪意はない。ただ熱力学の法則に従って、揺れているだけだ。
私は今、自分を「社会という大きな秩序ある仕組み」の一部だと信じている。給料をもらい、信頼を得て、正社員として機能している。それはまるで、おでんの具材が「大根」や「たまご」という確固たる記号を持って、出汁という社会の中で役割を全うしているようなものだ。
しかし、分子レベルで見ればどうだろう。 熱が加わり、組織が壊れ、出汁の成分と具材の成分が交換される。大根の細胞壁が崩れ、そこに鰹のイノシン酸が入り込む。境界線は曖昧になり、もはやどこまでが「大根」で、どこからが「出汁」なのか、その厳密な定義は不可能になる。
私は、ネットの荒らしを「外部の異物」として排除し、自分を「清らかな内側」に置いた。 だが、この鍋の中で起きているのは「混ざり合い」だ。
「……まてよ」
私は震える手で、スマホを取り出した。 視界の端で、さっきNGにしたはずの荒らしの言葉が、脳裏にフラッシュバックする。
『お前も、俺も、結局は同じ掃き溜めの泥なんだよ』
その言葉を思い出した瞬間、視界が歪んだ。キッチンの照明が、まるで超新星爆発のような光を放つ。
おでんの汁の塩分濃度。私の血液の塩分濃度。具材の温度。私の体温。 対流する出汁の動き。銀河系の渦巻き状の回転。
すべてが相似形(フラクタル)だ。宇宙は、一つの巨大なおでん鍋なのだ。
社会的な地位?正社員?給料? そんなものは、具材の表面についた微かな「味」に過ぎない。宇宙という熱源から供給されるエネルギーによって、私たちはただ激しくぶつかり合い、崩壊し、混ざり合っているだけの存在だ。 私が軽蔑していた荒らしも、彼らから発せられる悪意という熱量も、この巨大な「宇宙の煮込み」を成立させるための不可欠なエネルギーに過ぎない。
エントロピーが増大する。 整然としていた私の「プライド」という大根が、煮えすぎて形を失っていく。 彼らを憐れんでいた私の優越感は、実は「自分は彼らとは違う」という境界線を必死に守ろうとする、生存本能の末端が引き起こした誤解だったのだ。
「同じなんだ……」
私は呟いた。荒らしがネットに毒を吐き出すのも、私が会社で愛想笑いを振りまいて給料をもらうのも、本質的には同じ熱運動だ。私たちは、巨大な宇宙の意思という「出汁」の中で、互いに成分を交換し合い、やがては個体としての判別がつかないドロドロの「何か」へと向かっている。
社会的信頼なんて、ただの溶け出したタンパク質だ。自尊感情なんて、一時的な味の染み込みに過ぎない。
私は、鍋の中にある一つのはんぺんに自分を重ねた。ふわふわと浮き、白く清潔そうに見えるが、中身は魚のすり身……かつて生きていた命の残骸だ。私も、社会という皮を被った、ただの欲望の集積体。
突然、スマホの画面が明るくなった。無意識に開いた掲示板。そこには、私がさっき「可哀想」だと見下した荒らしが、まだ粘り強く誰かを攻撃していた。
私は、今まで感じたことのない親近感を覚えた。 彼もまた、この冷酷な宇宙という鍋の中で、自分という形を保とうとして必死に熱を発している「具材」なのだ。 冷え切った宇宙に抗い、少しでも熱くなろうとして、火傷するような言葉を撒き散らしている。
私はそっと、コンロの火を強めた。 ゴボゴボと激しく泡が立つ。
境界線が消えていく。 「正しい私」と「間違った彼ら」の区別が、沸騰する出汁の中で霧散していく。
私は箸を手に取り、一つまみの辛子を小皿に取った。 強烈な刺激が鼻を抜ける。 その痛みこそが、私が今、この巨大な多次元おでん鍋の中に存在している唯一の証明のように思えた。
「いただきます」
私は、正体不明の真理に触れた高揚感と共に、形が崩れかけた大根を口に運んだ。 熱い。 痛いほどに熱い。 この熱こそが、宇宙そのものだった。
明日、会社に行ったら上司に言ってみよう。 「私たちはみんな、同じ鍋の具材なんですね」と。 おそらく、狂人だと思われるだろう。 だが、それもまた、この出汁の味を複雑にするための、ささやかなスパイスに過ぎないのだ。
ネットの向こうで叫び続ける彼らも、明日満員電車に揺られる私も、等しく宇宙に煮込まれている。 そう思うと、私は不思議な安らぎの中に、意識が溶けていくのを感じた。