
はてなキーワード:日常系とは
https://x.com/99alstremeria/status/1997151476289098211?t=VojWJnSwaUZeBW_OdhOVoQ&s=19
白
@99alstremeria
VとAI叩きは
これ見て思ったんだが、Vアンチ層、アニメアイコン率が妙に高い気がするんよなあ。
理由を考えてみたんだが、まずAI叩きに近いところで言うと、「アニメのパイが取られたところがある」からかなあ。
これは一時期よく指摘されてたのだが、日常系アニメのパイをVTuberが食ったという話がある。(https://soysoftware.sakura.ne.jp/archives/2057)
アニメもVTuberも依然として続いてるとは言え、読書に対するゲームのように、VTuberは下の世代の文化である。
昔の大人がゲーム脳とか持ち出してゲームを否定したように、上の世代であるアニメ好きが、Vtuberを否定してるのではないか。というのも感じた。
「アニメっぽいのにアニメっぽくない振る舞いをするキャラクターに耐えられない」説である。
アニメっぽい声やアニメっぽい見た目をしてるにも関わらず、この前コンビニ行ってさ〜とか、この前仕事がホントしんどくて〜みたいな「現実」の話をしているVTuberが、日常系アニメのような、その世界内で完結した話をしているキャラクターに慣れた層からすると、なんか受け入れ難い「何か」があるのではないか。
けど推し活によってキャラクターしか見ない人が増えていった結果としてストーリーを理解しようとする人が減った
〇話の△△がかわいかった、□話の☆☆にはいらついたとか、日常系のアニメならいいけれどその行動に意味のあるストーリーを持つアニメにとってはその感想は邪魔にしかならない
具体的には☆☆がなぜ視聴者がいらつくような行動をしたのかが重要なのに、いらついただけの感想に終わりそのキャラクターにヘイトが向けられその先が繋がらなくなる
また、キャラクターのみを見る推し活をしている人は好きなアニメが批判されたときにキャラクターが批判されたと勘違いする傾向にある
しかし実際は脚本がおかしくストーリーが破綻しているといった状態もあるのだが、そういう人たちによってなぜそのアニメが批判されているのかわからなくなり、結果としてヘイトが向けられたキャラクターのせいで駄作となってしまう
この傾向はよくない
行ったら、箱庭療法の箱庭があったりして、なんかそこにいるオバチャンと適当に話して終了したんだけど…😟
俺、そんなに変な絵を描いたのかな?
時期的に攻殻機動隊の1巻の頃なので、あれも模写してましたよ、木とか草とか…😟
そういえば、あの頃は個人的に超能力バトルみたいなの描きたくて、
ロシアの科学アカデミーみたいな胡散臭いところ出身の女性超能力者が主人公で、みたいなネタを毎日考えてて、
とりあえず、超能力バトルが単に描きたかっただけなんだけど、武装ヘリ描いたり、
雪山とか草木描いてるだけでバテてた気がする意味ねーなおい…😟
そういうのはハリウッドでやれよ、みたいな身の丈に合わないものを描く前に日常系とかちいかわでも描いてろよ、
というか、ちいかわもアレはアレで難しいよね、線が少ないなら少ないで難しい…😟
そういえば、木を描くには描いたけど、リンゴも描け、みたいな指示だったから、
上から取って付けたようにリンゴ描いちゃった気がするけど、何が問題だったんだか分からん…😟
Xのポストで、絵師に敢えて木を描かせるって何かのプレイなの?みたいに書いてる人いるけど、
俺も同じこと、大昔だけどテストのとき似たようなこと考えてたんだよね、
というか、そこそこ絵が上手いレベルで、みんなでドラえもん描くみたいなの楽しいよね…😟
よく知らないのに、いっちょ噛みなんだけど、
社会的メッセージのある、よつばと!とか、あずまんが大王なんか、誰も望んでないだろ…😟
あれ、読んでるときは笑えるものの、みんな言ってるけど、よくよく考えるとおかしい…
ホラーだよね…😟
翻訳家おぢさん「とーちゃん」と「よつば」の関係もよくわからない…
全ては、とーちゃんの妄想でした、みたいな話は、確かにどんな物語でも成立しうる話ではあるんだけど、
よつばと!の凄いというか、怖いところは、
あれこそ社会的なメッセージとか、そういう現実から切り離された、バーチャル世界、無菌室、
それであるが故に、いやいや、こんなほのぼのはフィクションでもありえないだろ、みたいな、
フィクションであるのに、フィクションでもありえない、みたいなダメ出しをしてしまうぐらい、寧ろ、異様…😟
だから、よつばは存在しないイマジナリーとか、とーちゃんは誘拐犯でよつばは誘拐されてもう死んでるとか、
まあ、そうなのかもしれないけど、そういうオチこそが社会的な要素で合って、
「細田は日常系の作家性が、寓意の飛躍と噛み合ってない」って指摘は本当にその通りだと思う。
俺はこれ、細田が「わざと」武器を捨てに行った自爆テロなんじゃないかと踏んでるんだよね。
・「整合性は一切取らない」
・「宮崎さんの『君たちは~』を見て、俺もわがままやりたいと思った」
「まだ晩年じゃないけど、晩年みたいなことやっちゃおう」って無理やり暴走した感じがする。
観客から「今じゃないだろ」「早すぎる」って総ツッコミ食らって爆死気味になってる(笑)
でも俺はこれ、失敗じゃないと思ってる。
グーグルレンズ越しに未翻訳のウェブトゥーン読むのは指も手首もいやーきついっす…
きらら的な日常系女の子動物園の漫画もあったけどだったらきららでいいやってなるわなこれじゃ…
dorawiiより
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前に過労とかストーカー被害とかで病んで何年かヒキニート生活を続けてたのと、好みがとても狭いのとで、とうとう楽しめるコンテンツが見つからなくなってしまった。
「いや、コンテンツなんて山ほどあるんだから見つかるだろ」と思うかもしれないし、私もそう思って探し続けていたけれど、最近は全然見つからない。
それは私の制限がきつすぎるせいで、まず、神経が完全回復しなかったからフルタイムで働けず、お金も気力も体力もない(時間だけはある)。
普通の人が気にならないような攻撃的要素でもきついから、バトル系はほぼだめ。恋愛・性的要素があるのもしんどい。ホラーは心が耐えられない。アイドルもスポーツも日常系も謎解きも熱血もピンとこない。世界や人物が作りものっぽいと入り込めなくなる。
映像作品も消耗する。自分の意思で動けてこまめに休憩してもテンポが崩れないゲームや、漫画や小説はいいけど、そこら辺は漁り尽くした気がする。特にウェブ小説は、条件に合いそうなものをほぼ全部検討した。そして数千作読んだ頃、あらすじ&数千字を読むと、合わないものがわかるようになった。それでも時々「多分途中で挫折するんだろうな……」という予感と藁にも縋りたい気持で読んで、結局しんどくて挫折する確率100%。漫画とゲームも、最近は合うものが見つからなくなって、探してもしんどい。
お金も気力も体力もない上に、人間関係のささいな負担もきついからどうしようもない。
人生を終らせるようなガッツもないから、もうどうにもならない気がする。
こんなどうしようもないものを最後まで読んでくれた人がいたらありがとうございます。
楽しめる人はどうか、楽しめない者の分までいっぱい楽しんでください。
【追記】
まともに反応してくれてありがとうございます。
現状は
ですね……。
だからといって何も楽しみがない状態で生き続けるのは厳しすぎるから、何とかなると良いのですけど。
食事は、元々あまり興味がなかったのに、神経がおかしくなってから更にどうでも良くなってしまって……。
普段の食事より2桁お高いものを食べると流石にその場では「美味しい!」と感じるけれど、それでも「また食べたい」とは思わず、他の人が「ゴミ」とまで言うものでも平気で食べられるし、うっかりすると絶食する状態です。
ただ、健康的なものをちゃんと食べないと更に具合が悪くなるので、気をつけます。
あと他の人が楽しく食事しているのは好きです。
AIによるコンテンツ生成は10年前くらい?から期待していますが、私の求めるようなものができるのはまだ先になりそうです。
もう少しして、AIが組み込まれたゲームが、プレイヤーごとのNG要素や好みに合わせて修正を入れてくれるようになったりするといいなあ、など妄想しています。
「コロナ禍で電子書籍の漫画を読む習慣が自分に付いたから」という動機は、単なる自己正当化の言い訳に過ぎません。なぜ、その動機付けが読書リストの評価に必須なのか理解に苦しみます。
「ここに書いてないけど楽しんだ漫画も沢山ある筈だけど、一旦置いておく」という断り書きは、リストの網羅性に対する責任放棄です。大量に挙げたところで「もっとある」と言われては、提示された情報の価値が薄れます。
「とりあえず頭に浮かんだタイトルを片っ端から書いてみる」という姿勢は、構成や論理的な並びを放棄した怠惰の表れです。これだけ大量の情報を提示するなら、もう少し読者に対する配慮(整理整頓)があってもよいでしょう。
過剰な情報量による疲労: 70以上のタイトルを羅列した結果、一つ一つのコメントが短く、表面的な感想に終始しています。「面白い」「名作」「熱い」といった形容詞に頼りすぎており、読者に新しい洞察を与えるレベルに達していません。
例:「これも面白い」「面白かった」「めちゃ面白い」など、具体的な深掘りのない感想が多すぎます。
ネタバレ回避の失敗と中途半端な配慮: 導入で「ネタバレ注意」としながらも、多くの作品の感想が「〜編が面白い」というあらすじの列挙や、既に広く知られた事実の繰り返しに留まっています。特に核心に迫るような鋭い考察は見られません。
「全話無料公開してた時読んだ」「サンデーうぇぶりは〜が全話無課金で読める」といった情報は、**日記を読んだ時点では無効になっている可能性が高く、持続的な情報価値がありません。**これは作品の評価ではなく、単なる「当時の自分の行動記録」であり、読者にとってはノイズです。
『キン肉マン』『彼岸島』『タフ』などの「ネタ要素がある面白さ」を共通項とするのは、広く知られたネットスラング的な評価であり、独自の考察とは言えません。
『ボルト』を『ドラゴンボール』や『ジョジョ』の影響と見るのは、画風や台詞回しというよりも、少年漫画の表現の変遷を深く見ていない浅い感想です。
ジャンルの偏りが激しすぎる: バトル、スポーツ、ギャンブルといった「熱血」「劇画」系のジャンルに極端に偏っており、知的探求心や感性の幅が非常に狭いことを露呈しています。日常系、SF(ハードなもの)、純文学系、ミステリー(トリック重視)、本格歴史もの、アート系など、多様なジャンルへの興味が見られません。
「人を選ぶ」作品への過剰な言及: 「人を選ぶ」「クセがある」という言葉を多用していますが、これは逆に自分の好みが極めてニッチであることの告白であり、大衆的な視点や客観的な評価能力に欠けていることを示唆しています。
「一気読み」依存の危険性: 連載中の作品より完結作を好むという姿勢は、新しいトレンドや未知の才能を発掘するアンテナを持っていないことを意味します。電子書籍の「後追い」という受動的な読書に依存しており、能動的な読書家とは言えません。
全体として、この日記は「電子書籍を大量に読んだという事実の自慢」に終始しており、個々の作品に対する深い洞察や、読者に新しい発見を提供する価値に乏しい、情報過多で中身の薄い読書ログであると言わざるを得ません。
以上です。
女性向けの日常アニメってあんま無いよなーって思ってたけど、それに当たるのがコンビ芸人なのかなって、最近TLに女性漫才オタのツイートが流れるようになって思った。
そういえば、令和ロマンは女性ファンが多い印象あるけど、近年の漫才は漫才の中に2人が戯れあって仲の良さを見せるパートが増えた気がする。
それに、くるまが謹慎した際も、くるまに対する相方ケムリの心情を解釈して感情移入するツイートが多く見られた。
これって、男オタが日常系アニメを見てキャラ同士のやりとりに尊さを感じたり、カプのお互いに対する感情を解釈したりするのと似てるよね。
男性における日常萌えアニメと同じ位置にあるのがリアルのおじさんというのは少し不思議な感じがするが、まぁ納得感はある。大抵の男性が中高生美少女が好きなのと同じ感じで、女性は清潔感のあるおじさんなら好みそうなイメージがあるし。
本記事は氏の発言を擁護するものではなく、あくまで自身がくだんの記事およびそれに対する反応を観察して、思考した内容を書き留めるものである。
「ノイズ」という言葉がさすものを悪いものとして断じて、その言葉を使うことに対する批判だと言っている人たちが見受けられる。
その感覚はわからんでもないのだが、正直なところ、えー?という感じ。
ノイズとは所望の信号に対してそれ以外の信号のことであり、創作物におけるノイズとはを考えると、伝えたいメッセージに対してそれ以外のこと、伝いえたいメッセージを阻害する要因がノイズだと解釈できる。
くだんの例でいうと、「バイトに行きたくなくて風邪をひくために氷風呂に入るという、人見知り思考が極端な行動に結びつく面白さ」というメッセージに対してそれ以外の「裸えっちいな」などのメッセージを受け取ってもらいたくないという意味での変更だと。
もちろん、オンエア版の表現であっても「家の風呂に入るのに水着を着るなんておかしいぞ?」という受け取りにつながるため、それもまたノイズではある。
水着に変更したところでも「水着姿えっちいな」という受け取り方をするひとはいるだろう。
結局この辺りは、伝えたいメッセージの強度と範囲から選択的に行う内容であり、制作陣の選択の結果としてオンエア版があるというだけの話だ。
逆に、もっとノイズを減らす方向へ振れれば氷風呂のシーン自体がなくなっていたことだって考えられる。
あまりにメッセージに対して先鋭的にしても、そのことがかえって作品の敷居を高くしてしまったり、直言的すぎて面白味をなくしてしまったりする。
それこそ日常系などの、根本のテーマからは直接的な関係のない日々の描写を多分に取り入れることで、ふんわりとした雰囲気でもって作品を継続していく手法は、ノイズを取り入れることにあたるだろう。
なお、これはパブリックイメージに基づく日常系作品への言及なので、実際の作品群と乖離している可能性はある。
例の記事では「覇権を狙ううえでノイズを排除した」というが、これは作品づくりにおいてそういう手法を採用したというだけであり、「ノイズを排除しなければ覇権は狙えない」ということではない。
そして、何がノイズかは作品のメッセージによって大きく異なる。
もし作品全体としてちょいエロ表現を取り入れていこうという方針であれば、ノイズにはあたらない。むしろ、ライブシーンのほうがノイズになるケースだってある。ギャップ戦略であれば、その両方ともが必要だ。
なお、増田はそのアニメについては放送前から注目はしていたものの、キャラデザが肌に合わずに視聴継続できなかったことを末筆に記す。
この記事の続き、なぜか保存はできるのに表示はできなかった。(文字数制限がDB側とビュー側で違うのかな)
今更だけど続きを入れておく。(色々反応もらえて嬉しいのもある)
https://anond.hatelabo.jp/20250604003003 の末尾の行から続ける。(当時書いたものをそのままコピペしただけです)
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遊び初期は女の子とデートするたびにPDCAサイクルが回って学びが多かったが、だんだん得られる学びが減っていった。
それに正直やりたいだけなら遊びは風俗と比べて金銭的なコスパも極めて悪い。
遊びは1件目→2件目→ホテルを奢ることを考えると優に1回あたり3万程度は消える。飲みももちろんだが、ラブホの宿泊もかなり高い。
性行為できるまでの時間的な意味でも、風俗と比べて比較にならないくらい時間を要する。
心の限界を感じた。
最後の1ヶ月は新規で人と会ってなかったので実質5ヶ月くらいヤリモク男をやっていた。
マッチが平均日に3~4人程度だったので月100人マッチしたことになる。5ヶ月トータルでは500人マッチくらい。
その中で電話まで行けたのが週4~5人程度。これも5ヶ月トータルで100人くらい。
さらにその中で会ったのは週1,2人。5ヶ月トータルで30人くらいな気がする。
世のマッチングアプリの男性会員の7割は一人とも会えずに終わると言われている。なんなら内閣府が発表しているデータで20代独身男性の「これまでにデートした経験が一人もいない」人は全体の40%を占める。
それを踏まえると世間的に見て5ヶ月で500人マッチ、30人とデートという数値だけ見れば相当良い数値らしい。定量的に見て20代のデート経験としては上位数%にあたる。
予定のドタキャンや途中のブロックは当たり前だし、仲良くなったあとでもいきなり連絡が途切れることが当たり前のようになる。
正直「遊び」という名目だったからこそドタキャンや人間性のない対応に耐えれていたが本気で恋愛をするときにこれだと耐えられないかもしれない。
そういった意味で事前に遊びであることを伝えるのは極めて重要である。相手にこの辛さを味合わせてはいけない。
まだ過去の感覚が残っているうちは良いが、これが壊れると本当に人格が終わるリスクがあった。
人をスペックと見た目で判断し、だめだったら次に行くという行為が当たり前になると、シャバでの人付き合いや付き合ったあとの関係性を大切にできなくなるリスクが大きい。
お持ち帰り用の会話と、同性や仕事での会話は根本的に異なるものである。
標準語で喋り続けると方言を忘れるのと同じで、ずっと遊びばかりやっていると仕事能力とか、同性とのコミュニケーションができなくなる怖さがあった。
よく言われる遊んでいるやつは仕事できるは間違いである。遊びと仕事で使うコミュ力は根本的に異なるためである。
仕事できるやつが比較的遊びもやりやすいというのはありうる。そういう意味では「遊びできる→仕事できる」は必要条件だが十分条件でない可能性が高い。遊びは得意だけど仕事が下手な人を知っているという、あくまで周囲を見た個人の統計だが。
ちなみに社会人で遊ぶのはスケジュール的に相当厳しい。仕事終わりに1時間単位でGoogleカレンダーで枠を取って3人と電話する日もあれば、週5日毎日女性と飲み会を入れる日もあった。
高度なタスク管理が必要である。上長のGoogleカレンダーが1on1スケジュールを隙間なく詰めっている状態に近い。
ごめんなさい。正直これが大きいです。
まとめると主体性になりそう。仕事では主体性を発揮できていたが、人間関係は受け身人間だった。
お持ち帰りを向こうから誘われることは何十人と会って一度もない。必然的に主体性を持つことになる。我が強くないと舞台にすら立てない。
正直、明確にお持ち帰りには再現性のあるコツが存在する。それだけでお持ち帰りできるわけではないが。
お持ち帰りのためには会話の流れ、会話比率の変化、ホテルまでの道筋、想定外が発生したときの対応を状況に応じて柔軟にコントロールする必要がある。
女性にどこ行きたい?何食べたい?と聞くのは優しさだと思っていた。でも実は必ずしもそうでない。
これはお持ち帰りで絶対してはいけない常套手段である。女の子のせいにするような行動はしてはいけない。
言ってしまえば女性にとって理由作りが必要である。(一方で嫌がることは不同意性交になるので見極める力と倫理観が大変に重要である)
いかに相手に責任を押し付けずに自分に責任を押し付けるがお持ち帰りに重要であり、そういった経験を増やすことで責任感をより持てるようになった。
理系科目と違って意図しないことが常に発生するし、再現性も論理性もないことが多々起きる。
そういったことに対応できないとホテルというゴールは絶対にない。
百合展開する美少女アニメが好きなオタクだったので、正直女性に幻想を抱いていた。
大学時代に恋人が出来てからそれは減ったが、それでも世の中には美少女アニメのような女の子がいると自分では気付かない深層心理レベルで思い込んでいたように思う。
女の子に純粋さとか潔白性を求めてたし、なんなら処女厨だった。
少なくとも自分が会った範囲で純粋無垢な存在なんていなかった。
誰だって後ろめたい過去は大なり小なりあるし、完璧なんて存在しない。
服装とか見た目で判断したり、過去の経歴で判断をしてはいけない。
実際深掘ってみると見た目や雰囲気と人格が違うことは多々ある。
偏見を持った状態でお持ち帰りはできないので、偏見を持つ量が必然的に減った。
というよりある程度話すまでその人の印象判断を保留することができるようになった。
圧倒的にコミュ力が磨かれた。
複数人の第三者評価として、遊ぶ前と比べてコミュ力が上がったことを言われたので、客観的にこのことは正しい。
遊ぶ前ぶりに会った人からはもれなく「なんか変わった?」や「xxくんだと気付かなかった」と言われるような状態だった。(これは見た目の変化も大きいが)
マッチングアプリでは雑談力が磨かれた。初対面の相手と何時間も話すことができるようになった。
クラブナンパは回数こそしてないが、クラブで知らない人に話しかけて仲良くなるという経験をした、という事実が男としての自信に繋がった。(名前を呼ぶときのちゃん付けもここでできるようになった)
仕事の会議で重要な論理的構造で話すとか多分は向上していない。そこはやるうえで重要じゃないしむしろ邪魔になるから。
もともと清潔感には気を使っていたが、遊びにおいては清潔感に気を使ってもマイナスがゼロになるだけでしかない。
遊びによって
を新たにするようになった。
服装や髪型に関しては美容系インフルエンサーを参考にし、流行りを取り入れるようになった。
なお等身大の関係性を求める恋人がほしいとかであればこれらは不要である。
大人になってから友達を作ることは難しい。それなりに大きい企業で新卒同期が3桁以上居るような場所であればある程度は回避できる。
でも新卒で上京したりとか、大学卒業してフリータだったりする立場にとって友達を作るのは難しい。
例えばTinderは貞操観念がゆるい遊び歩く女性だけがやるものだと思っていたが実際そうじゃない。
女の子が女の子の友達欲しくてやってるケースとか、性行為に興味なくTinderをしている人も居る。
なんならマチアプ自体がドラッグである。恋人ほしいとか致したい関係なくハマってしまうものである。
どこかの研究でマチアプのスワイプに報酬系が働き依存性があるというのを見たことがる。
一方でヤリチンという不純な立場が、明らかに相手にとって何でも打ち明けられるオアシスの場になっていた人もいた。
それくらい都会は友達作りとかと相性が悪いし、冷淡。
ここをうまく解消できたら世界はもっと良くなると思いつつも、例えば友達作り用のマッチングアプリを作れば解決するみたいな、そんな簡単なことはない。
女の子の家にお泊りなんて恋人を除いてありえない。だけどセフレという関係はそれを裏ルート的にたどり着けてしまう。
純粋に他者の家には興味があったし、住む場所とか家賃感とかレイアウトとか、すごく純粋な面白さがあった。
ちなみに誰かの家にお邪魔するときは絶対にお土産を持っていくこと。それは同性の友達でも大事。
本当に人が信頼できなくなった。
どれだけ好きと言われても、絶対この人明日にも裏切って俺を捨てるんだろうなとか普通に思ってしまう。実際経験しているから。
これはヤリチンをやめて本気で人を好きになったときに、とんでもない足枷となった。
ずっと不安になる。ありえないくらい自分自身がメンヘラになっていた。LINEが10分帰ってこないだけで、定番のブロックパータンかなと不安になる。
ヤリチンをやっていた時期はその不安を同時に複数のセフレがいることで
性行為前提で女性を知るようになってしまったせいで、性行為無しで付き合うのが怖くなった。
一方で付き合う前にそういうことしてしまう女性は無理という価値観も残っていて、デッドロック状態になった。
今付き合っている相手には全部このことを話して受け入れてもらっている。
私は嘘を貫き通せないので、全部言うしかない。
当たり前だがヤリチンをしていた過去は、人によっては嫌悪感を極めて抱くものである。
両思いで付き合えたあとに過去ヤリチンだったことが知られるだけで破局するリスクは十分にある。
男側から見たとき、過去に風俗で働いていた女性と付き合うことに抵抗があるみたいなのに近いかもしれない。
一度水に垂らした墨汁が取り除けないように、ヤリチンをした過去は絶対に取り除けない。それまでとこれからがどんなに真面目でも。
遊んでないやつはキモいだとか、結婚するなら遊び終わった男がいいとか、そんなものはヤリチン・ヤリマンの立場を捨てられない人間のまやかしが多分に含まれる。信じてはいけない。
貞操観念が壊れた女の子をお持ち帰りできることと、しっかりした女性と付き合うことは全く訳が違う。前者を100回できたら後者が手に入るほどこの世界は単純じゃない。
(一方で遊び側の価値観を知っておくことで浮気防止になる可能性は多分にあるが、浮気をしてしまうような状況を作らないことや浮気を安易にしないタイプを見極めて付き合うことでそれは回避できるので遊ぶ必要性はない)
ホストをやられている方には大変失礼なのは承知だが、ホストはずるいなと思った。
仕事であるという理由で色恋営業が許される。ヤリチンがやったら刺される。
書きながら気付いたが、なんで変わってないんだ???
多分女の子と遊べても、自分なんかと遊べる女の子は誰とでも遊んじゃうんだという気持ちが先行していた。
一方で紛れもなくコミュ力も上がっていることが客観的評価からわかる。
この矛盾を考えたときに考える仮説は、遊びで得た自己肯定感と、遊びで得た自己否定が釣り合っているのではないかと考える。
たしかに女の子と遊べたが、関係性を切られることもそれ以上にあったためである。
また一方で自己評価は遊び程度では変容しないとも考えた。
刹那的なやりとりでなく、長期的な関係性の構築で初めて手に入るのではないだろうか。
責任感や主体性は持てるようになったが、根の真面目さとかは変わっていない。
具体、といっても細かいことは書かない。相手のプライバシーもある。
再現性のない話である。正直人生2周目したらうまく遊びで自己効力感を見いだせず死んでいた可能性が高い。
そう言えるのは、マッチングアプリ初めて最初に出会った相手とホテルに行けたことが大きい。
マッチングアプリを始めた時点でクラブナンパや相席屋を試した後だったし、マッチングアプリの各種コツは知識として持っていた。
たまたまマッチングアプリでマッチし、トントン拍子で電話まで進み、翌日会うこととなった。マッチングアプリ初日の出来事である。
当日はおやつ時間に集合しカフェで時間を過ごしたり街を一緒に散策したりした。夜になって帰るときに実は遊びでやってるんだよねという話をした。
これができたのには理由がある。元カレとレスになって別れたという話を聞いていたことが大きい。
それ以外にも色々と付き合う前にしちゃうタイプの要素が垣間見れた部分もあり、そういう話をしても良いという暗黙知が形成できていた。
ホテル打診をし、結論としては「今日するつもりなかった」と言われつつホテルに行くことに。結局向こうがヤリモクだったが……
行為自体は微妙だった。というのも向こうが挿入以外にあまり興味がないタイプだった。
彼女としていたそれと、遊びのそれは根本的に別物なのだと思った。
しかし彼女とする性行為と遊びでの性行為は抜本的に異なる。好きな人とする性行為には絶対に幸福感や満足感で勝てない。雲泥の差である。
逆に言うと以後ヤリモクタイプには一度も出会っていない。ヤリモクが嫌で避けていたというのもあるが。
この偶然的な初回の成功体験が遊びに対する自己効力感を上げた。
その後はうまくいかないことが1ヶ月ほど続いた。本当にもう限界というタイミングで、またうまくいった機会があり、なんとか持ちこたえた。
以後もそのような希望と絶望が交互に続く。後半は以上に成功率が高くセフレが複数人いる状態だったが、最後には仇となった。
「好きな人ができたからごめんね」と伝えることにはかなり辛さがあった。
好きな人がいるのにセフレと関係を切るのが辛いは矛盾しているように見えるが。
いろいろな体験を通じせっかく仲良くなれたのに、みたいな部分も正直ある。
まだ解決してあげたい相手のコンプレックスとか課題が残っていたこともわだかまりの1つだった。
でも一番は、せっかく自分に期待してくれているのにそれを裏切るのが嫌だったということである。自分は弱い。
ヤリチンになることで、得たものは紛れもなくあったし、真面目な自分という根幹をぶち壊せたのは大きい。
社会に対する課題感もほんの少し分かったつもりになれたし、いろいろな職種のいろいろな事情を知れたことも大きい。
それにヤリチンが淘汰されない事情も極めてわかった。女性が必要としているケースが結構ある。
それに遊んだ経験量と恋人や結婚での幸せに相関はないように感じた。
今見ても面白い。
でも元ネタが古すぎて思い出せない。
あの頃知らなかったネタが今になったら分かるかと思ったが、そもそもネタの鮮度が古すぎてこの時代においては消滅しているものばかりだ。
たとえば釣られクマーをZ世代が知る機会なんて今のインターネットにあるのだろうか?
俺は古いアニメを見て楽しむ老人になっているのだと実感する。
とはいえ、ぱにぽにだっしゅがセンスにおいては現代の多くのアニメを圧倒しているのも事実だと感じる。
現代の日常系やギャグアニメを49個集めてきてぱにぽにだっしゅと一緒に競わせたら、ぱにぽにがアッサリ5位や3位や下手すりゃ1位になりそうなほどだ。
PS時代のRPGに対して老人共がよくほざいた言葉で「映像は進歩しても、センスが進歩していないなら結局面白くない」というものがあるが、俺も同じことを言う時が来たようだ。
要はセンスが磨かれた人間なんて各時代ごとにそんなに数は変わらないってことなのかもな。
でもそれは、娯楽業界で飯を食える才能のある人間の数をこの20年でどこまで増やせたのかという話にも繋がってくるわけで。
停滞してるよ。
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