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はてなキーワード:方便とは

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2026-02-11

なんで暇空茜は安野たかひろに嫉妬叩きしてるの?

暇空茜が安野貴博(安野たかひろ )をかなり執拗に叩いている主な理由は、2024年東京都知事選挙での直接的な票の競合と、それによる嫉妬劣等感が一番大きいと見られています

時系列で起きていたこと(大まかな流れ)

安野貴博は約15.4万票(5位)で明確に上回った



その後も安野が



一方で暇空茜本人は

  • Colabo関連訴訟で負け続き
  • 支持者(暇アノンからも徐々に離れていっている状況


この「自分は落ちぶれてるのに、年下・東大卒ITできる・既婚・政治家として当選してる安野がどんどん上に行く」というコントラストが、嫉妬の燃料になっていると多くの人が指摘しています

周囲がよく言ってるキーワードまとめ

要するに選挙での直接対決で負けたこと+その後の安野の順調なキャリアが、暇空のプライドをズタズタに傷つけ続けているのが現状の最大の理由です。陰謀論あくまで「負けた理由自分以外に押し付けたい」ための方便に見える、というのがネット上の主流な見方ですね。

Permalink |記事への反応(2) | 16:47

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2026-02-10

敵を知らなきゃ戦に勝てないのは当たり前の話で

パヨチンのレッテル貼りってわざと雑な解像度人格を決めつけて

その人間攻撃やすくするための方便だと思ってたんだけど

今回の選挙の大惨敗でひょっとして本人たちは本気でその人間情報量のすべてを

レッテル一枚で表現し切ってると思ってるのではないかと思えてきた

Permalink |記事への反応(2) | 01:04

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2026-02-06

anond:20260206102638

そういう権力監視姿勢みたいなのが女性支援とかてめえらのシマになると急に消え失せて

しろ自ら行政の肩持ちに行っちゃったりするものから

所詮単なる方便で出したり引っ込めたりしてるだけ、って全部バレバレなんですよね

Permalink |記事への反応(0) | 10:36

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2026-01-30

【論考】リヴァイアサンの断裂力学能動性の限界システムの死 ――閉鎖系における「自由意志」の限界:内部的能動性と外部的決定要因【再考

【はじめに】

※本稿は、先に公開した同名論考に対して寄せられた批评と、それを通じて得られた理論的再検討を踏まえ、特に現代貨幣理論MMT)に対する理解を、主流的な財政論の枠組みから切り離し、より構造論的・環境依存的な視点へと修正したものである


基本的問題意識は変わらないが、いくつかの記述は、より精密な形へと再構成されている。


なお、本稿の結論──

金利上昇によって、政治裁量空間が急速に失われていく」という構造認識自体は維持されている。

今回の改稿は、その結論に至る理論的経路を、より正確な貨幣制度理解に基づいて再構成したものである


本稿は、完成された主張というよりも、

構造モデル批評によってどのように精緻化されうるかを含めた思考過程の記録として読まれたい。


本稿は、硬直化した日本政治システムリヴァイアサン)がいかにして「変化」するのか、あるいは「変化しない」のかを、構造的制約(Structure)と主体的能動性(Agency)の緊張関係から分析する。

結論から述べれば、閉鎖された均衡システムにおいて、内部の主体的行動はシステム延命メンテナンス)に寄与するのみであり、構造転換をもたらす真の変数は、常にシステムの「外部」から到来する。

なぜ内部からは変われないのか。なぜ外部ショックのみが有効なのか。本稿はその力学メカニズムを解明する。

システム内の能動性:なぜ「本気の改革者」は例外なく窒息するのか?

システム内には、現状維持を望む者ばかりではない。稀に、私利私欲度外視し、本気で構造転換を志す「確信犯改革者」が出現する。

彼らは「空気を読まない」強さを持ち、世論熱狂を背に、既得権益という岩盤突撃する。

しかし、なぜ彼らは例外なく敗北し、システムに吸収されるか、あるいは排出されるのか。

その敗因は、個人資質ではなく、リヴァイアサンが備える高度な「免疫システム」にある。


メカニズムA:時間の泥沼化

なぜ改革は「反対」されず、「手続き」で殺されるのか?

日本意思決定プロセスは、無数の承認ハンコと全会一致の慣行によって設計されている。

改革者の持つ「政治熱量」は、膨大な会議部会審議会というプロセスを経ることで、「摩擦熱」へと変換され、散逸する。

鋭利刃物も、泥沼を切り続ければ摩耗して切れなくなる。システムは「反対」するのではなく、「手続き」によって改革者疲弊死させる。

事例1:河野太郎と「ハンコ戦争」 ——手続きの泥沼化

――改革はなぜ「UI改善」で終わったのか?

河野太郎氏は「異端児」として知られ、行革担当相やデジタル相として、日本の非効率アナログ行政(ハンコ、FAX)を打破しようと試みた。彼は「岩盤規制をドリルで砕く」という強い意志を持っていた。

システム(各省庁)は、彼の命令拒否はしなかった。その代わりに、「法解釈の整理」「セキュリティ上の懸念」「関係各所との調整」という名の「手続き迷宮」を展開した。

結果として、「ハンコをなくす」ために「デジタルハンコを押すシステムを作る」といった、本末転倒解決策(システム自己保存)へと誘導された。

結果:

彼の膨大な熱量は、岩盤を砕くことではなく、岩盤の表面を磨くこと(UIの微修正)に浪費された。彼はシステムを変えたのではなく、システムによって「改革ごっこ」というガス抜き役回りを演じさせられたのである


メカニズムB:村八分による兵糧攻め

なぜシステムは「カネとポスト」で人を殺せるのか?

リヴァイアサン血液は「カネ」と「ポストである

システムに逆らう異物に対しては、派閥官僚機構連携し、この血液供給遮断する。

協力者がいなくなり、情報が入らなくなり、部下が動かなくなる。

どれほど高潔意志を持っていても、手足となる組織兵糧攻めにされれば、改革者は「裸の王様」として孤立し、機能不全に陥る。

事例2:民主党政権(2009-2012)—— 「臓器移植」への急性拒絶反応

――なぜ「政権交代」は急性拒絶反応を起こしたのか?

鳩山由紀夫および民主党は、「政治主導(脱官僚)」と「対等な日米関係(脱対米従属)」を掲げ、システムの中枢OSを書き換えようとした、極めて純粋理想主義者たちであった。

発動した免疫: 「官僚によるサボタージュ情報遮断

明治層(官僚機構)は、新参者である民主党大臣に対し、重要情報を上げない、あるいは意図的リークするという「兵糧攻め」を行った。

同時に、米国層(将軍)は、普天間基地問題を巡って「トラスト・ミー」と叫ぶ鳩山氏を「システムエラー」と認定し、徹底的に冷遇した。

結果:

官僚米国という二大免疫細胞攻撃された政権は、内部から機能不全(多臓器不全)に陥り、わずか3年で壊死した。これは、適合しない臓器を無理やり移植した際に起きる「急性拒絶反応」そのものであった。


メカニズムC:抱きつき心中

なぜ最も危険な敵ほど「中枢」に招き入れられるのか?


これは罠である要職に就けば、その省庁の官僚を守る義務(答弁義務)が生じる。

改革者は、自らが破壊しようとしていた組織の「顔」として振る舞うことを強制され、既存論理に取り込まれる(ミイラ取りがミイラになる)。

システムは、敵対者を「内部に取り込み、腐敗を共有させる」ことで、その牙を無力化する。

事例3:村山富市社会党) —— 「抱きつき」による安楽死

――なぜ「総理になった瞬間」に思想は死んだのか?

かつての日本社会党は、自民党金権政治軍拡に対抗する、強力な「システム外の対抗馬」であった。

発動した免疫:「抱きつき心中

1994年自民党は驚くべき奇策に出た。長年の宿敵である社会党トップ村山富市)を、あえて「総理大臣」に指名したのである

権力の中枢に座らされた村山氏は、システム論理に従わざるを得なくなった。彼は就任直後、社会党の党是であった「自衛隊違憲論」や「日米安保反対」を撤回させられた。

結果:

総理大臣」という最高のポストを与えられた瞬間、社会党の魂(イデオロギー)は死んだ。自民党は、敵を王座に座らせることで、敵の存在意義消滅させたのである。これは、システムが実行した最も残酷で鮮やかな「安楽死」であった。


「分配原資」の物理的枯渇とシステム栄養失調



なぜ政治システムは「イデオロギー」ではなく「会計」で死ぬのか?

政治とは、究極的には「誰からリソース税金)を徴収し、誰に配分するか」という資源配分技術である

戦後日本政治の安定性は、経済成長という「宿主」がもたらす無限果実を前提にしていた。しかし、宿主生命力限界に達した現在システムは「イデオロギーの敗北」ではなく「会計学的な死」に直面している。

メカニズムA:接着剤としての「カネ」の喪失

なぜ自民党は「配れなくなった瞬間」に崩れ始めるのか?

前述の通り、自民党には核となるイデオロギー(魂)がない。多様な派閥や、農協医師会経団連といった利害が相反する集団を一つに束ねていた「接着剤」は、ただ一つ。「国から補助金公共事業である

崩壊論理高度成長期バブル期は、パイ(財源)が拡大し続けたため、「全員に配る(Positive-sum)」ことが可能だった。しかし、ゼロ成長とインフレ常態化した現在パイは縮小している。

一人のプレイヤー利益誘導すれば、別のプレイヤーから奪わねばならない(Zero-sum)。利益分配マシンとしての自民党は、その存在意義(配る機能)を物理的に喪失しつつある。カネの切れ目が縁の切れ目となり、システムをつなぎ止める引力が消滅する。

メカニズムB:金利上昇による「チート機能」の停止

――そして露呈する、制度という名の「檻」

なぜ「国債を刷ればいい」は突然使えなくなったのか?


支配的な政策言説において、「税収が足りないなら国債を刷ればいい」という現代貨幣理論MMT)的アプローチは、ゼロ金利・低金利という特殊金融環境でのみ作動する例外措置チート)として理解されている。

この見方に立てば、MMTは恒常的な財政運営理論ではなく、長期停滞と金融緩和に覆われた日本においてのみ一時的に許容された「裏技」に過ぎない。

崩壊論理公式説明):

2024年日銀による利上げ、すなわち「金利のある世界」への回帰は、このチート機能強制終了を意味する。

金利が上昇すれば、国債残高に比例して利払い費は自動的に増大する。国債利払いは予算編成上、優先的に処理される「固定費」であり、政治裁量によって削減することはできない。

防衛費社会保障費、そして国債利払い費。

これら不可避的支出だけで国家予算限界値に達する以上、政治家が「自由意志」で配分できる裁量予算消滅する。

結果として、政治家は「利益の分配者」から、膨張する固定費帳尻を合わせるだけの「赤字管理人」へと降格させられる――

これが、金利上昇後の世界において語られる、MMT「失敗」の物語である


しかし、この物語のものが、より深い構造真実を逆説的に暴露している。


理論真意

現代貨幣理論MMT)の本質は、低金利下のチート正当化するための方便ではない。

それは、貨幣主権を持つ政府は「支出のために徴税や借入を必要としない」という、現代通貨システム物理実態可視化した理論である

MMT視点では、国債資金調達手段ではなく、民間部門供給された余剰通貨を吸収し、金利を調整するための政策ツールに過ぎない。

本来政府支出を制約するのは「財政赤字」ではなく、供給能力限界が引き起こすインフレのみである


それにもかかわらず、MMT全面的実装されることはない。

その理由経済理論の欠陥ではなく、制度設計にある。


現代金融システムは、中央銀行独立性という「防波堤」によって、政治権力通貨発行を直接統制することを禁じている。

これは、インフレ制御できない政治に対する制度的不信を前提とした安全装置である

さらに、国債は国際金融市場において「安全資産」として機能しており、これをMMT論理無効化することは、現行のグローバル金融秩序そのものを動揺させかねない。


金利上昇によって露呈したのは、MMT破綻ではない。

しろ、「貨幣主権国家理論上できること」と、「市場制度国際秩序が許容すること」との乖離である


理論上、政府は利払いのために通貨を発行できる。

しかし、それを実行すれば「財政規律崩壊」と見なされ、円安インフレ資本流出を招くという政治的・市場的制約が即座に作動する。


すなわち、MMTが示した「可能性」は否定されたのではない。

それは、我々自身が作り上げた「財政規律」という名の制度的な檻の中に、最初から閉じ込められていたのである


メカニズムC:開放系における外部強制

なぜゼロ金利という「チート」は強制終了されたのか?

日本金融政策は、国内で完結した閉鎖系ではない。円という通貨は、ドルを基軸とするグローバル金融システムの一部として循環する開放系に組み込まれている。ゆえに、「ゼロ金利を維持するか否か」という選択は、国内意思だけで決定できるものではない。


金利差という物理圧力

2022年以降、米国インフレ抑制のため急激な利上げを実施した。金利とは通貨の「魅力度」であり、高金利通貨資本流れるのは、重力や水位差と同じ物理法則である

米国が高金利日本ゼロ金利であれば、資本必然的に円を売り、ドルへと移動する。この圧力政策論争によって回避できる性質のものではない。


円安宿主耐性の限界

資本流出帰結として発生した急激な円安は、輸出企業には利益をもたらす一方、エネルギー・食料を輸入に依存する国内経済に対して、強烈な輸入インフレとして作用した。

生活必需品価格の上昇は、国民生存コストを直接押し上げ、システムにとって最も危険閾値――社会的耐性限界――へと接近させる。これは単なる経済指標の悪化ではなく、治安不安政権不安定化という「システム破壊リスク」の増大を意味する。


強制された二者択一

この時点で、システムに残された選択肢は二つしかなかった。

一つは、利上げを拒否し続け、通貨価値の下落と制御不能インフレによって通貨の信認そのものを失う道。

もう一つは、利上げを受け入れ、国債利払い費の増大によって財政運営が硬直化する道である

国家にとって「通貨の死」は即死意味するが、「財政の死」は延命可能である


したがって、日銀による利上げは主体的政策選択ではない。

外部環境によって銃口を突きつけられたシステムが、自動的に「より生存確率の高い地獄」を選ばされた結果に過ぎない。


ここにもまた、個別意思決定主体の「自由意志」は存在しない。

あるのは、開放系における外部変数によって強制的に狭められた、選択肢なき選択だけである


メカニズムD:略奪の限界と「静かなるサボタージュ

なぜ国民は反乱せず、「産まなくなる」のか?

 配るカネがなくなったシステムは、最終手段として、声の小さい層(非正規雇用者若者、そして未来世代から搾取し、コア支持層高齢者既得権益)へ移転するという「略奪的再分配」に移行する。

崩壊論理しかし、搾取される側の実質賃金生存エネルギー)が限界を割った時、宿主死ぬ少子化労働意欲の低下は、国民の道徳的退廃ではない。「これ以上搾取されることへの、Permalink |記事への反応(1) | 12:38

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2026-01-28

anond:20260128053957

ウソ方便

Permalink |記事への反応(0) | 05:57

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2026-01-22

anond:20260122103515

悪いけどイエの存続も国家主義宗教も今更流行んないのは同じなわけで

社会の存続のためにわざわざ個人が血と汗と涙を流して犠牲を払うような時代じゃないでしょ

少なくともリベラル教義ではそうなっているはず

だいたいその「社会で支える」っていうのもカネや配慮をクレクレする時だけ持ち出してる方便しかなくて、社会の側が子育てに口出ししようものなら以下略なわけでさ

Permalink |記事への反応(4) | 10:44

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2026-01-16

anond:20260116203520

しかもそれでゲイ叩きが正当化されるわけでもないのだから方便以上の何の意味もない

Permalink |記事への反応(0) | 20:45

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2026-01-15

anond:20260115192844

AVエロ本などポルノグラフィ女性蔑視の原因でも結果でもある。

男性による女体消費、女性への暴力先天的本能ではなく、後天的な条件付けにより刷り込まれた病的な依存症

人間の一部でも必要ものでもなんでもない

少女ポルノ社会女性蔑視の反映であり、同時にそれを増幅させる

架空存在で解消」されずむしろ欲望を産出し増幅させている

男性たちは女性を性の力で支配暴力を加えることをポルノから学習するのです。

AV人間支配教科書です。

「男は性欲の溜まっていく生き物で発散が必要」というフィクションすら女性支配のための洗脳方便ですよ

女性商品化した架空エロ本が世に有ってはならないものなのを証明してる

フィクションだろうがなんだろうがそれは差別の結果かつ再生産。

平成時代少コミ過激エロ表現槍玉にあげられ自主規制余儀なくされた時もダンマリで、女がイケメンレイプされる表現の自由を守らなかった奴ら流石だ

イケメンレイプされるフィクションフィクションとして楽しんでる罪もない女性に、罪悪感を植え付けて回るような

こうゆう卑劣な人にコントロールされなくていい生き方をみんなには学んで欲しい

無理やりってエロ

て思っていいよ大丈夫

Permalink |記事への反応(1) | 23:46

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2026-01-04

anond:20260104022233

方便も何も日本外交の軸じゃん

軸が方便は流石に無理だよ

Permalink |記事への反応(1) | 02:47

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anond:20260104020835

日本あるある批判文句法の支配」がアメリカに破られたじゃん

中国批判したら中国に「アメリカはどうなの?」って言われて詰むでしょ

方便すら理解出来ないのかよ

日本以外には物申さない論や中国という大国に逆らうな論をほざいてるリベラルアメリカ批判には全力だったりするのと一緒だ

党派性というのはそういうもので何を喋ってるかだけに意識を取られてる奴は一生理解出来ない

Permalink |記事への反応(1) | 02:22

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2025-12-15

anond:20251215155657

倫理とかは人間集団統治平和のための方便なので。

人間を食べる敵が出てきたらもう野生の世界に戻って生存競争よ。

Permalink |記事への反応(0) | 16:00

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2025-12-05

偉そうに批判界隈なお「ミラーテスト

https://b.hatena.ne.jp/entry/4779777895312500609/comment/worris

◎というかN国がNHK問題に真面目に取り組んでいたと

思っている時点でリテラシーが足りてない。

参政党があらゆる陰謀論に手を染めるのと同じ支持集めのための方便でしょ。

https://b.hatena.ne.jp/entry/4779777895312500609/comment/Gl17

◎暇空問題コラボの"不正"に、主張として説得力正当性も皆無だったのは

裁判で敗訴連発するまでもなく当初からずっと指摘されてた。

あとN党が只の極右反社活動免罪符として反NHK悪用してただけなのも。

https://b.hatena.ne.jp/entry/4742477410485629295/comment/worris

最近は法華狼さんがエントリを上げると即座にブコメを付けに来る

ratepuroika さんの仲間がずいぶん増えたな。

そのうちロンクハラライスがどうのこうのと書くようになるのだろう。


逆さ地の利を競オオオオ…てこと?

「部分集合」を悪し様にみなしてなんぼの「おのれら」に候じゃあないのか?

リテラシー…? 説得力…? 正当性…?

プロファイリング」の順番えっ?

たかだかナケナシのロンクハラライスにンダァオてナズェ…党派性だとしたらう~ん

Permalink |記事への反応(0) | 03:43

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2025-12-03

ネットが教えてくれたこ

漫画みたいな馬鹿」は実在する。

漫画の中の、馬鹿が考えなしなことを言って、「賢い」キャラが「お前は単純だな」なんて馬鹿にする流れは、子供にもわかるような馬鹿を描くことで説明を丁寧にするための方便だと思ってたんだけど、実際に漫画の中の馬鹿みたいな浅いことを言った上に、賢い人にたしなめられてもまだ理解せずに自分けが真実理解していると固執し続けて、十年単位で平気で他人迷惑をかけるような……あれ、これは「漫画みたいな馬鹿」じゃなくて、「漫画にも描けないような馬鹿」だ。

 

漫画にも描けないような馬鹿」は実在する。それも大量に。

Permalink |記事への反応(1) | 06:19

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2025-12-02

たそが散ってしまった

本当に卒業ラッシュが止まらいね。まぁあれだけ体調を崩していたら、もはや配信活動なんて言ってられないだろうな。

離脱者を出しつつも、特定の期生を大きく欠くようなことはなかったけど、4期生はとうとう3人だけになってしまった。会長は今どんな思いなのかな。

業務量過多というのは、他のメンバーも同様に抱えている問題なんだろうか。これまでの卒業告知とは違って背景が明確になったから、これは尾を引きそう。

かと思えばはあちゃまの件が未解決で、あちらはむしろやりたい仕事やらせてもらえていないような言い方だった。やっぱりメンバー間の格差ってのもあるのかな。

COVERの企業体質が今まで以上に問われるだろうね。出回っている材料を見る限り、なかなか健全空気とは言いにくいけど、YAGOOの話し方を見てるとそんなに悪い人だとも思えない。COVERだけの問題と言うより、業界全体の問題なんではなかろうか。

一方Xでは、にじさんじの人(悪魔?)たちが燃え燃えまくっていて、もはや正当な批判を通り越した集団リンチの域に突入している。V全体への逆風がより一層強まっている。そう遠くない未来に、コンテンツとして終わってしまうんじゃないかな。悲観的すぎ?

ともあれ、たそはまず療養してもらって、ゆっくりとこれからキャリアパスを考えればいいと思う。しか履歴書にはなんて書くんだろうか。身バレ回避するなら、そこらへんの企業においそれと応募もできないだろうし、採用されても客商売なんかは不可能に近い。

それともあの内容は方便で、今までの収入を切り崩しながらスローライフなんだろうか。でも課税やばいよね?たそのレベルになると。

V豚とか言われちゃうけど、ふつうにホロは好きだし、なんとか健全な形で経営継続してもらいたいところ。

Permalink |記事への反応(5) | 17:59

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2025-11-13

anond:20251113142200

方便ってウォンバットのうんち?

Permalink |記事への反応(0) | 14:22

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2025-10-31

漫画家協会への反論声明

生成AI時代創作権利をめぐる歪んだ主張への反論声明

2025年10月31日

1.文化全体を人質に取る業界自己防衛

本日発表された「生成AI時代創作権利のあり方に関する共同声明」は、表面上は高尚な倫理を装いながら、実際には旧来の出版映像業界が自らの利権支配を維持するために発した時代錯誤の自己防衛声明にすぎません。文化担い手を名乗りながら、彼らは文化を盾にして独占し、創作自由を自らの縄張りに囲い込もうとしていますAIという新たな知的基盤を「脅威」と決めつけ、法律科学事実を踏みにじってまで、自分たちの都合に合わせた“新しい原則”を作り出そうとする姿勢は、文化の発展を自ら人質に取る行為と言わざるを得ません。

2.法治国家を軽視する恣意的な主張

声明で繰り返される「オプトイン原則」なる主張は、法的根拠のない作り話にすぎません。日本著作権法第30条の4は、情報解析、すなわち機械学習適法行為として明確に認めています。これは国会正式に審議され、国際的にも承認された条文です。それをあたか存在しないかのように無視し、独自の“原則”をでっち上げているのは、法の支配自分たち感情で上書きしようとする行為にほかなりません。法治国家の根幹を軽んじるこうした態度こそ、社会にとって最大の脅威です。

3.国際条約の名を借りた虚偽の論法

声明では「WIPO著作権条約原則にも反する」との一文が見られますが、これは国際法理解していないか、あるいは意図的に誤解させる表現です。WIPO著作権条約10条は、各国が技術革新との調和を図るために例外を設けることを明確に認めています日本著作権法第30条の4は、その条項に基づく正当な立法です。にもかかわらず、これを「国際的に反する」と断じるのは、国際法権威を自らの商業利益のために悪用する詭弁にすぎません。法を装いながら法を捻じ曲げる態度は、文化への裏切りです。

4.科学理解せずに技術を縛る危うさ

声明要求する「学習データの透明性」は、AI技術の基本構造理解していない人々の発想です。生成AI著作物を丸ごと保存しているわけではなく、膨大な情報数学的に抽象化して学習しています。どの作品学習したのかを特定することは、理論的にも不可能です。にもかかわらず、それを“透明性”という美辞麗句で求めるのは、AI研究を停止させるための方便に見えます理解できない技術を「危険」と断じて封じ込めようとする態度は、科学否定であり、知の進歩への挑戦です。

5.文化を守るふりをして文化を殺す

著作権法第1条は、「著作物の公正な利用を通じて文化の発展に寄与する」ことを目的としています声明はこの理念を真っ向から踏みにじり、創作自由業界利権で縛りつけようとしています。もし学習をすべて許諾制にすれば、日本AI研究は立ち行かなくなり、創作自身AI支援という新しい表現手段を奪われるでしょう。つまり、彼らは「創作者を守る」と言いながら、実際には創作未来を殺そうとしているのです。

6.倫理を盾にした特権固定化

声明全体に共通するのは、「自分たちけが正義である」という思い込みです。AI学習されることを「搾取」と呼びながら、彼ら自身は長年、他人文化引用し、再構成してきました。著作物の「利用」は自分たち権利であり、AIの「利用」は侵害だという二重基準は、もはや論理ではなく自己保身のための感情論です。著作権を対価交渉武器に変え、創作自由を締めつける構図は、文化産業ではなく利権産業の姿です。

7.未来に向けて

AI人間創造性を奪うものではなく、拡張するものです。学習犯罪扱いし、技術革新を恐れ、自由な発想を封じることこそ、文化への裏切りです。私たちは、旧来の特権構造に縛られた声ではなく、法と科学自由原理を信じる社会の声を支持します。AI人間創造性は対立するものではなく、共に進むべき文明の両輪です。文化を守るとは、未来を拒むことではなく、未来に開かれることです。

【発出者】

生成AI自由文化未来を守る会

Permalink |記事への反応(0) | 23:02

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2025-10-08

果実を見て木を判断する

悪の凡庸2.0──無思慮な服従から寄生的な模倣、そして兵器化されたレトリック

本小文では、ハンナ・アーレントが提起した「悪の凡庸さ」(BE 1.0)が、現代においてより巧妙かつ陰湿なかたちへと進化していることを論じます。かつての「悪」は、思考停止と無反省服従によって成り立っていましたが、今日の「悪の凡庸2.0」(BE2.0)は、計算された行動と、美徳言葉悪用する戦略的操作によって特徴づけられます

悪の凡庸2.0構造メカニズム

BE2.0は、二重のメカニズム──すなわち、道徳的言語兵器化する巧妙な操作者と、その偽りを見抜こうとせず、あるいは恐れて沈黙する共犯的な大衆──によって機能します。

BE 1.0とBE2.0の対比

アーレント洞察は、ホロコーストの実行者アドルフ・アイヒマンが、激情による加害者ではなく、ただ命令に従うだけの「無思慮」な官僚であったという点にありました。

それに対し、現代加害者たちは「善人」を装い、美徳的な言葉を駆使しながら、実際にはアーレントが描いた「悪」構造と変わらぬ行為を実行しています

BE2.0が「凡庸であるのは、加害者意図が欠けているからではなく、加害者自身社会全体も、絶え間ない露出──特にソーシャルメディアを通じたもの──によって感覚麻痺し、悪のパフォーマンス日常化しているためです。この日常化は、「相手が悪いのだから自分は正しい」という自己免罪のロジックを生み出します。

つの悪の構成要素

1. 洗練された悪意

明確な思想や信念に基づいて行動し、動機を「正義」や「権利」といった語彙の裏に巧妙に隠す操作者たち。彼らの悪は、分散的かつ非階層的に機能し、いわば「(サルの)群れの知性」のように動きます。また、共感は狭い部族サークル限定され、普遍的倫理感覚麻痺していきます

2.凡庸共犯

観衆、同僚、制度、そして傍観者として、彼らは悪の遂行に直接加担していないように見えて、検証を怠り、言葉だけの美徳に騙され、結果的に悪の温床を支えていますリーダー言葉にうなずくだけで、その後の行動全体を黙認してしまう、この「暗黙の承認」が共犯関係形成します。

現代の悪がまとう六つのマスク

BE2.0は、「正義」に見える言葉の衣をまといながら、実際には害を与えるための操作アーキテクチャとして機能します。以下の六つは、その主要な「マスクベクトル)」です。

1.自由兵器

本来、異議申し立て保護するための「言論の自由」が、憎悪排除の言説を正当化するために使われます権力者被害者を装い、権利言葉を用いて多元主義のものを抑圧する──これが洗練された悪の典型です。

2. 擬似正義としてのスケープゴート

社会構造に根差す不正義が、象徴的な「個人」に押し付けられます

システムの生贄化:制度の失敗を覆い隠すために、ひとりの個人が「償い」の対象とされ、構造改革必要性は棚上げされます

イデオロギーによる自動攻撃:あるカテゴリの人々が「攻撃してよい存在」として事前に定義されており、指示がなくても攻撃が発生します。まさに、無思慮な脚本遂行です。

3.歴史的な恐怖の矮小化

歴史上の重大な暴力や抑圧が、軽んじられたり、相対化されたりします。これは、現実被害正当化する方便として使われがちです。

4. 永続的な不満の維持

進歩や変化を認めず、過去不正義を手放さないことで、継続的要求道徳的優位性を確保しようとします。目的は「癒し」ではなく、「不満」の永続です。

5.真実マクドナルド化

複雑な現実が、単一の枠組みや道徳コードに押し込められ、それ以外の価値観は「後進的」として排除されます

6.投影非難模倣

自らが行っている行為を、先に相手投影し、正当化材料とする。この「合わせ鏡」の構造では、真の責任追及が不可能となり、対話エスカレートする一方です。

悪が成立する三つの条件

すべての誤りや偏見「悪」となるわけではありません。「悪」が成立するのは、次の三つの条件が重なったときです。

1.人間認識否定

他者を、尊厳ある主体ではなく、単なる機能や道具として扱う「存在論的な消去」が、悪の第一条件です。暴力の前に、すでに尊厳剥奪が始まっています

2.普遍化された構造

個人の悪意を超え、イデオロギー制度に組み込まれることで、悪は再生産され続けます

3. 善の反転(寄生模倣

悪は、善を単に否定するのではなく、模倣し、利用します。たとえば、「権利」の言葉が、本来守るべき弱者ではなく、強者防衛に使われるとき、それは善の腐敗です。

解決の鍵:内なる変容と外的な防護

技術的な修正制度改革だけでは、BE2.0に対抗できません。というのも、これらは逆に「寄生模倣」に取り込まれしまうからです。根本的な解決は、私たち自身内面から始まる変容にあります

東洋智慧は、個と社会は分かれたものではなく、同じ意識運動の異なる側面であるという洞察を共有しています。内なる断絶が癒されるとき、外なる対立自然に鎮まります

解決のための「二つの道」

1. 内的な道:瞑想自己探求、倫理的明晰さを通じて、自己の中にある認識否定構造解体する。

2. 外的な道:未変容な人々が存在する現実においても害を防ぐための、法や制度規範といった堅牢な外部構造を整える。

判断基準:「三つの鏡」
1.対話の鏡:

その行為は開かれた交流を促し、複雑性を許容するか?それとも、対話遮断し、イデオロギー的な純粋性を要求するか?

2.癒しの鏡:

和解と修復を育むか?それとも、分裂と戦略的な不満を永続させるか?

3.共同体の鏡:

力、尊厳自由をより広範に分配するか?それとも、特定部族のために力を集中させ、特権を溜め込むか?

言論の自由」が一貫して沈黙を生み出すとき、「学問の自由」が一貫して排除するとき私たち戦略的操作兆候特定できます

結論

民主主義は、BE2.0の条件が蔓延するとき集団的凡庸な悪が集約され、最高位の舞台投影されるベクトルとなりえます現代指導者たちの台頭は、システム日常的な否定投影兵器化された美徳パターンを増幅し、正当化するようになった論理的な結果です。

サイクルを終わらせるには、外部の敵を探すのをやめ、内的な変容という困難な作業を始める必要があります。それまで、私たちは悪が選ぶ新たな仮面のすべてに対して脆弱なままです。

本小文は、以下の論文を参考に、オンライン講座「サルからヒトへ——進化と退化の不思議」の草案として、教育目的作成されました。

https://philarchive.org/archive/BOGTBO-3

Permalink |記事への反応(0) | 19:05

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2025-09-28

清潔感がどうとか、あれステマからな。

真面目に受け取ってる人とかいるけど、清潔感なんてワードほとんどが商品購買に誘導するための単語しかいから。

直接的に商品に対するリンクがなかったとしても、清潔感を得たい、という欲求を生み出して商品を買わせるための方便しか無いんだから

あんまり真に受けたら駄目だよ。

Permalink |記事への反応(1) | 11:17

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2025-09-26

システム開発にマジになっちゃってどうするの?

職業プログラマになって分かったことは、職業倫理なんてものは "人が死なない限り存在しない" というものだ。

僕らを取り巻くテーゼは、 "プログラムを事前に設計して考えて書くのはバカだ" というもの

これは、インターネット環境修正が用意になった結果として、「その場しのぎをすればいい」という場当たり的主義が起きた。

結局のところ、そんな対応コンシューマも許容せざる得ないのだ。そんなテーマで書いてみる。

アジャイルという名前詐欺

アジャイルだとかXPという方法論の理想は認めるし、とても共感する。顧客ソフトウェア開発のプロなら成り立つだろう。

だが、実際の運用はどうだろう。顧客未完成品を準委任で売りつけて、保守で金をせびる方便になってしまった。

XP という主張も、アジャイルという運動も、未完成品を売りつけるための手法として使われている。

いざとなったら、可能な限り修正しますよ、という触れ込みで。僕らが頑張ってこれだったんですといえば、故意ではないのだ。

だったら、自分たちレベルを低くした方が、免責される幅も広がるし、安く人を調達できるし、うれしいことだらけ。わらっちゃうぜ。

TDDという欺瞞

TDDという手法がもてはやされたりするのも、やったもん勝ちみたいな精神性があるからなのだ

そもそも問題として、本当のテスト設計をするには、プログラムがどのような動作をすべきか考えなくてはならない。

V&Vの妥当確認をするには、そもそも何をしたいかわかってなくてはならないし、そのためには、上流の設計必要だ。

そのことを考えるに、TDD設計しつつ行うことは、上流から下流までの見識を持って行わないといけないはずだ。

しかし、テストファーストといってる人たちは、このことを矮小化して、あらかじめ自分のわかってる範囲テストを書いておけば問題ないと言っている。

現場で始めるTDDなんていうのは、そんなもんで、そういう場当たり的なことをを持てはやしているわけで、知れたもんだよね。

こいつらバカじゃねーのか、テスト書いてれば、見当違いのことしてもいいって言ってんのかよ、って思うわけだわな。

でも、何やっても、やってよかったと心底思える人達ばかりで、住む世界がちがうわけで。かなりお花畑人達ばかりなのよ。残念なことに。

戦術DDDという思考停止

そもそもドメインモデリングなんて、いくらでも昔に提唱されていたのに、DDDに含めるのが間違ってるのだ。

そもそもDDDの本はドメインモデリングについて、あまり語ってないし...。

どうせ、ユースケース層というものドメインに入れて四苦八苦してるような輩には、なんもわかるまい。

ドメインドメインがどう使われるかは、そもそも関係にないし、関係あったら問題だろう。

でも、ユースケースドメイン内に表現したいとかいうのが後を立たないのは、なんもわかってないからだろうな。

わかってないならわかってないで黙っていてくれともうけど、DDDやってみましたっていうよくわからない記事ばかり出てくるし...

Permalink |記事への反応(0) | 00:38

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2025-09-22

anond:20250922020856

多くの人が萌えアニメノットフォーミーって感じで見る前から切るじゃん。

その中でも特別出来がいいと噂聞いてやっと見始めたとしても、風呂サービスシーンパンチラ乳揺れとかエロサービスが目立ったら、やっぱりノットフォーミーだなーって見るのやめるし。

オタクもそういうサービスないアニメでも出来が良ければ見るじゃん多分。

きららでやってるおれたち向けの漫画アニメで!となり、

上記で書かれてることもあり俺達向けだと思うじゃん

一般の人は見ないと思うじゃん

でも実際にはオミットされてたわけよ、売上のためという方便表現

アニメから入った人は、じゃあ原作でも読んでみようと思っって調べてみたら

https://x.com/bocchi_goods/status/1967795178120548362

これを見るわけで

アニメから入った性表現苦手な人が原作見て離れる現象起こるでしょ

公式路線考えるんだったら余計な表現って言って性表現切り取ったのって悪手じゃない?と思う

ゆるく知ってもらってアニメ自体で儲かればいいという考えも製作委員会方式なら取り分小さいだろうし

実際は漫画単行本で儲かれば、という考えなら、公式から見ればやっぱ性表現は入れたほうが良かったと思う

やっぱアニメ制作のほうが出版社より立場大きかったんじゃない?

で、「まあアニメアニメでそこそこ熱意がある人だしまあ良いか」で合意だったのでは

放送に乗る場なので表現は変更します」「はい

って感じで、まぁ仕方ないのかな〜って

放送表現規制の現状も様々変わってて、アニメ層、漫画層共に、

メインで受け取ってたファン

表現規制に敏感な人

昨今のフェミニズムの全てを焼き尽くす焼畑戦法に対する◯意を持つ層

が重なってたからこうやって炎上してるんじゃないの

論じてるの、売上立てたい人目線とか、制作側の目線で見てる人多いけど、なんで受け取る側のことを見ないのよ

2期地獄やぞこのまま行くと

Permalink |記事への反応(2) | 03:10

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2025-09-17

桃太郎チャント」に思う、都会と地方非対称性について

都会はいつも地方搾取する。

文化剽窃を行い、「喜んでるからいいだろう」と、地方を抑圧するのだ。

 

 

ファジアーノ岡山というJリーグクラブが今年、悲願のJ1リーグに初進出した。

岡山という街を知ってほしいと声高らかに歌うのが、「おーかやまですおかやまです」という、郷土の誇る桃太郎モチーフにした「桃太郎チャントである

童謡桃太郎」のメロディーに合わせ、岡山を繰り返し名乗るその歌は、自己紹介であり、地方クラブの誇りであり、17年にわたり歌い継がれてきた伝統である

 

 

このチャント全国的に注目を浴びたのは、ファジアーノが初めてJ1の舞台に立ち、多くの人々が「岡山」という名を目にするようになった2025年のことであった。

地元サポーターにとって、それは「ようやく届いた」という感慨を伴う瞬間であった。

 

 

ところが、その誇りが即座に都会の「消費」の対象となった。

2025年9月15日東京都味の素スタジアムで行われたFC東京東京ヴェルディの「東京ダービー」において、FC東京ゴール裏から響いたのは、なんと「桃太郎」のメロディーに乗せた替え歌だった。

 

 

「とーきょうです とうきょうです。

 みなさんご存知 とうきょうです。

 緑が嫌いな とうきょうです。」

 

 

岡山が「知ってほしい」という切実な願いを込め、長年歌い続けてきたチャントは、東京サッカー文化において「ダービーを盛り上げるための道具」として軽々しく消費され、他者を愚弄する言葉すり替えられた。

 

 

この出来事は、単なる応援文化話題にとどまらない。

そこにあるのは、常に地方文化を「資源」とみなし、消費し、利用し尽くす都会の姿である

地方が長年育んできたものを、「都会」が一夜にして奪い去り、自らの娯楽や競争の道具に変えてしまう。

その構造は、まさに「都会による地方搾取」と呼ぶにふさわしい。

 

 

思えば、日本近代化のものがそうした構造に支えられてきた。

地方労働力供給し、資源差し出し、人口を都会に吸い上げられてきた。

若者「チャンス」を求めて東京に流れ、残された地方には過疎と高齢化が進む。

地場産業は都会の市場に組み込まれ価格決定権を握られ、やがては消耗品のように扱われて衰退していく。

 

 

さらに深刻なのは文化」の収奪である

地方方言祭り食べ物キャラクタースポーツクラブ――これらは地元の人々にとって生活と誇りの象徴である

だが、都会はそれらを「面白い」「新しい」「地方らしい」と切り取っては消費する。

テレビ番組の一コーナーに使い捨てられ、SNSでバズらせる素材として消化される。

残るのは一時的話題性であり、文化本来意味や背景は失われていく。

 

 

岡山の「桃太郎チャント」の件は、その典型である

サポーターが積み重ねた17年の歴史は、東京ダービーにおいて「地方発の面白ネタ」として消費されるや否や、その文脈は切り捨てられた。

そこには「地方文化リスペクトする」という態度は存在せず、「都会が盛り上がればいい」という一方的価値観けがあった。

 

 

都会の人々は往々にしてこう言うだろう。

「取り上げてもらえるだけありがたい」「注目されているのだから喜ぶべきだ」と。

しかしそれは、権力を持つ側の論理にほかならない。

地方が「利用されること」と「尊重されること」の違いを無視し、都会の快楽正当化する方便である

 

 

問題は、こうした構造無自覚のうちに常態化している点にある。

文化の盗用が「悪気のないユーモア」と片付けられ、経済収奪が「効率化」と称される。

地方にとっては痛みを伴う出来事も、都会にとっては一瞬の娯楽にすぎない。

この非対称性が、地方疲弊させ続けているのだ。

 

 

本来地方文化地方に根ざし、そこに暮らす人々のアイデンティティを支えるものである

それを都会が享楽のために軽々しく扱うならば、文化空洞化し、地方の人々は誇りを失ってしまうだろう。

からこそ、地方文化尊重し、正しい文脈の中で理解し、支える態度が求められる。

 

 

「都会はいつも地方搾取する」

この言葉は決して誇張ではない。

経済的にも文化的にも、地方は常に「資源」として扱われ、消費されてきた。

岡山チャント剽窃された一件は、その構造象徴する小さな事件である

だが、そこに目を凝らせば、私たち社会のひずみがくっきりと浮かび上がる。

 

 

地方はただ搾取される存在ではない。

地方には歴史があり、文化があり、誇りがある。

その声をかき消すのではなく、耳を傾けること。

都会が「奪う」のではなく、「ともに生きる」方向へ歩みを進めること。

そうして初めて、日本全体の文化もまた、真に豊かになるのではないだろうか。

 

 

Permalink |記事への反応(0) | 07:17

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2025-09-15

戦後保守」と鎮魂と平和

ちょっと前にtwitter(現X)に、民族主義右翼団体一水会を「戦前の亡霊みたい」と揶揄する投稿が流れてきてびっくりした。この投稿によれば、一水会は、大アジア主義などの戦前思想を受け継いでいる「サヨク」と同類であり、戦後保守本流は「親米反共統一協会在日米軍とも仲が良い」のだそうだ。いまどき大アジア主義など意識しているのはこのtwitter子くらいで、この指摘はかなりトンチンカンだと思ったが、妙に心に残った。

親米反共統一協会在日米軍とも仲が良い」のは、国家主義右翼生存のための苦渋の方便だとずっと思っていたが、外面が内面侵食規定してしまったのが現在の(戦後のでは断じてない)「保守本流」なのか。

民族自決放棄した保守本流はあり得ないだろうと、その時は仰天したが、一方で、いろいろ合点もいった。

私は、ある年に靖国神社にご縁ができて以来、毎年数回参拝に行っている。すると祭以外の平日でも、たまに境内オールアメリカンスタイルマーチングバンドに遭遇する。その度に、戦中のアメリカ軍楽隊役割を思い、この人たちはなぜ英霊への敬愛のていで御霊が嫌がることをするのだろうと不可解だったが、そうではなかったのだ。

彼らが敗戦から学んだのは、国力に勝る大国と戦ってはいけないということではなく、固有名詞としてのアメリカと戦ってはいけないということだったのだ。だからアメリカン楽曲靖国神社境内で派手に演奏して御霊に聞かせるというパフォーマンスを行うのだ。それは、こんなにアメリカと仲良くなりましたよ、安心してお眠り下さいという彼らなりの鎮魂なのだ

この英霊への鎮魂は、しかしやはり冒涜ではないか。聖域で禁忌を犯し神を怒らせて雨乞いをするような平和への願いは、無事叶うのだろうか。

Permalink |記事への反応(0) | 13:50

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2025-09-12

はいつも「ゲームなんかしなきゃ、もっといい大学に入れたのに」と

追記】おい、まて、今日の、任天堂ダイレクト、おい、ありがとう子供の頃の自分が聞いたら喜ぶよ。生きていてよかった。人生バイブルでよかった。


ーーーー追記終わり

父が新しいもの好きの機械好きだったかゲームは小さいころから遊んでいた。でも母は気に入らなかった。だって勉強時間ゲームに奪われてるからテレビ漫画も嫌な顔されていたのを覚えている。

でもゲームがなければ小学生の頃、楽しく友だちと遊んだ思い出はない。いじめられていた中でも、ゲームを持ってる人が遊んでくれた。無かったらどうだったろう。きっと不登校になっていただろう。

今もゲームが好きで好きすぎて自分で作るのが楽しいって思えるのはゲームをしていたからだと思う。イベント出展して、新しい友人ができ、大事存在になったというころにようやく母は「ゲームもまぁ、するのは構わないとは思う」と歯切れの悪い事を言う。「でもゲームがなければもっと頭がよくなって、大企業に入れたのよ」と続く。


母は私(やきょうだい)がハイレベル校に入れなかったのがどうしても嫌みたいだ。

じゃあ私らは底辺学校に入ったのか?と街中の人に聞いたら2000人中1990人は「十分な学歴・良い学歴」と答えるはずの学歴である。母的には中堅未満らしいが。

会社だって大満足なのだが、母は「そんな名の知れない中小企業に入るなんて」と就活時期に言っていた。母の中ではしょぼい経歴らしい。


母は娯楽になんか興じず、難関校に入ったことをいつも自慢する。「本を読め」と言ってた。

から小学生の頃にギネスブックが欲しいと言ったら「そんな遊びの本を読むな」と返された。小6でも絵本が好きだったのだが「ぷwこれ?w幼稚園児ねw」って馬鹿にされ、本を読むのが嫌になった。じゃあゲームしまぁ~す。何を読めばいいかと聞けば「どれでもいい」「自分で選びなさい」と言う。


よく思い出す。母が行かせたい学校へ私を連れて見学に行きまくっていたこと。

それに対して私が滑り止めにしかからなかった時の「はぁ、ここしかからなかったか」という顔。合格発表の時の「当然でしょ。こんなとこ落ちたら終わりよ」という喜びの無さ。(受験が悪ではない。むしろ受験はしてよかった。それは別の話)

でもその学校は私にあっていた。今でも仲のいいマブダチはできるし、最高の青春を送った。

学生ん時は成績が悪く反抗期が長かったため「こんな学校にいれたから…」とずっと言われていたのを私は覚えている。犯罪非行もしていないのに。

父がゲームを勧めたのは「きょうだいで楽しく遊べると思って」という理由

今思えば、きょうだい仲はそこまでよくなかった。母がこれなので勉強関係は互いに馬鹿にし合って喧嘩ばっかりなので。ゲームで遊び始めたこから仲良く会話していたと思う。「一緒に遊ぼう」とか「ここ苦手だからお願い」とか。母はゲームを買ってくる父によく怒っていた。でも父は「楽しい方がいいだろ?」と父とも一緒に遊んでいた。

「~しなきゃもっと頭がよくなったのに」と母は大人になった今も何度でも続ける。いい加減しつこいので「抑圧され過ぎて事件を起こす人がいるし、学歴ばかり見るのも…」と言ってしまった。(逆も然りなので、勉強が悪とは思っていない。勉強大事だ。ただ20何年もずっと言われ続けていからもう嫌だった)

だってしつこいから。まぁまぁ仲いいから遊びに来た我が子に毎回毎回そんなことをいう母がムカつくから

「そんなのは弁護士無罪にさせたいからの方便。そんなの信じているの?騙されてるね、頭使いなさい」と返されて面倒くさくなった。

母の中でゲーム漫画はいまだに悪であり、その存在が私らの頭脳を愚かにさせたものしか思っていない。

トップ大学に入った友人が小学生のころゲームを持っていなかったと言えば「なんて教育熱心なお母さま!」と喜ぶ。「でも中学時代からゲーム三昧で徹夜、授業・受験期もゲームで一緒にゲーセンによく行っていたけど」と言えば「その人は地頭がいいだけ」。逆にゲーム禁止されてた友人は難関大学に受かってないし。それを話したら「その人がただ馬鹿なだけ」と言って友人を馬鹿にしたので喧嘩になったことはある。

地頭がいい=その両親も高学歴と言うのを信じて疑わない。でも上記地頭がいいと言われた人の両親は高卒である。そういうと「レアなケース」と認めない。


ゲーム禁止した勉強時間が延びると本当に思っている。何度かゲーム機を没収されたが、私は児童館卓球工作ばかりしていた。勉強時間は延びていない。


ずっと心に残り、いつも不思議気持ちにさせてくれるゲームがある。

人生感を一気に変え、エンディングで涙を流し、無限感覚を浴びたWiiとあるゲームが今でもバイブルだ。今見ても泣いてしまエンディング何度でも見たい。あの絵本BGMで泣いてしまう。天文学を学ぼうとしたきっかけ。これは愚かなのか?悪なのか?

大人になってやったゲームで「姫様覚悟まりすぎだろ…」ってボロボロ泣いたのは駄目か?「誉…この選択肢…」ってボロボロ泣いたのも駄目か?


母はそれでも私らをもっといい大学に入らせて、もっと上の大企業に勤めさせたかった(そもそも上って何だよ)。ゲームで感動?笑止な人。

今になって過去を責めてくる。自分が悪いのではなく、勉強しなかった我らが悪いとしたいらしい。

謝罪して「私が悪ぅございました。やっぱりゲームはクソです!今からたくさん勉強して、高難易度資格を取ります大手企業に入ります世界に羽ばたくエリートになります()」って言えば満足か?

どーせもっと要求してくるわ、目に見えている。だってすでに「~さん(私と同い年)はアメリカ博士していて(チラッ」とかぬかしている。

Permalink |記事への反応(25) | 18:18

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2025-09-04

anond:20250904095232

能力主義とか成果主義とかそれ嘘だから

だって能力があれば給料高いとか大嘘から

誰も能力とか成果とか正しく評価なんてできなくて、賃下げするための方便しかないの

経営者の嘘に騙されんなよ

Permalink |記事への反応(0) | 09:56

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2025-08-28

anond:20250827235243

ところがどっこい株式出資の払戻しを請求できないので、現実的には破産しかその企業価値の分配を受けられない。破産時なので企業価値は0、分配も0だ。

過半数を取得して経営権を握ればたしか企業価値自由に使えるようになる。そういう場合企業価値価格を結びつけても良い。しか公開会社のそれも上場会社ともなれば、一般投資家経営権なんか持たないので、一般投資家にとって値段がつく理由にはならない。

からこそ株価企業価値乖離する。

非上場企業なら純資産株式数で割ったり数年分の収支から収益力を算定したりして株価を出したりするが、それは市場価格がついてない株価に値段をつける際に当事者が納得するための方便であって、類似会社株価があればそれを使ったりもする。上場企業株価に至っては、単に色々な人が思う数字がいま折り合っているところでしかない。

株価は、破産で0になること以外は、決定的な説明はできず、いろいろな思惑がなんとなく釣り合ったものに過ぎない。株式会社制度黎明期にはそれら思惑のうち配当率が占める割合が多かったが、今日ではその割合は極めて小さくなった。

Permalink |記事への反応(0) | 11:55

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