
はてなキーワード:新宿とは
あまりに図星突かれて動揺しすぎて、予測変換の暴発でもしちゃった?w
幻覚見てるのはどっちなんだかw
で、散々「私は書いてない」「AIの説明だ」って言い訳して逃げ回った挙句、最後は我慢できずに「気持ち悪い」って自分から明記しちゃってるじゃんw
「差別発言じゃない」っていう建前すら維持できなくなって、自分から馬脚を現しにいくスタイル、嫌いじゃないよw
結局、論理で勝てないから最後に捨て台詞吐くしかなくなったってことでしょ?
支離滅裂なこと口走りながら敗走するお前の後ろ姿、最高に滑稽だわw
どうも、はじめましておじさんです。
アラフォーなのでそろそろおじさんかなと思いこの名前にしました。
〜
いろんな話し声が耳に飛び込んで来る中で
私の心?脳?を動かす声がありました。
"若者の声"です。
会話の内容は至ってよくある会話。
おそらくいままではなにも思わなかったのですが
自分にもこどもがいるということもあり(年齢性別は伏せますが)
"社会の大人"として自分がその声を聞いていることに気が付きました。
そこでなにを思ったか。
(ごめんな。)
おそらくこれまでの歴史の中でずっと、そしてこれからもずっと、大人が感じること、いや、感じて欲しいことなのですが
本当に"若者だったか"は年確でもしないとわからないしそれだと逮捕されちゃうのでしませんでしたが、実際にどうだったかはさておきここでは主語を若者とします。
とその前に。
私は、生きにくい世の中になったなと感じています。
それは、なにがどうなったから、ではなく、とてつもなく複合的だと考えているのでそれについては時々愚痴ったりするぐらいでいいのですが
その負担を若者が背負うにはあまりにも哀しい、と感じたのです。
なので言ってしまえば
こんな大人になってごめんな
ではあるのですが
じゃあ実際に社会を変えられる力のある人たちは
この、"私が感じた哀しさ"に気づけているのだろうか、と。
「お前が偉そうに喋る権利はない」もわかっている。
でも、この哀しみはあまりにも残酷で、一人で抱えるには押しつぶされてしまう気がしたのです。(妻に話したとしても)
でも、言い訳になるかもしれませんが
極論ですが、全員が政治家でもだめだし、全員が選挙に行かないのもダメ。(ダメ、というか社会が成り立たないと思っています)
それぞれがいて成り立つ社会。
そんな中で一応自分なりには後進のことを考えて日々行動しているつもりではあります。
でも結局、一人の人間が考えたところでなににもならない。無力。
仮にフォロワーが1000万人いたとして、少し力学的作用を加えられたとしても、社会全体を一気に変える、なんてことはできないんだということもこの歳になるとわかりますよね。
そんな中で感じた"哀しさ"。
我が子だけは、そんな哀しい世界で生きても極力哀しくならなくて済むように、"子ども"としてではなく、一人の人間として正面から向き合い、責任をもって育てていかねばなと感じています。
(ハラスメントだとかなんだとかうるさい世の中なので注釈しておきますが産後…いや、産前からすべての家事育児はやっております。)(仕事もしています。)(妻もちゃんとやってくれます)
Gemini
「中国以外が少ない」という印象があるかもしれませんが、最新の統計(2024年〜2025年)では、**訪日客の勢力図は劇的に変化**しています。かつての「中国一辺倒」から、多国籍化が進んでいるのが実態です。
### 1. 国別の来日者数ランキング(2024年〜2025年傾向)
| 順位 | 国・地域 | 特徴 |
| --- | --- | --- |
| **1位** | **韓国** | 円安と近さを背景に圧倒的。リピーターが非常に多い。 |
| **2位** | **中国** | 回復傾向にあるが、以前の「団体爆買い」ほどのシェアはない。 |
| **3位** | **台湾** | 日本文化への親和性が高く、地方都市への訪問も盛ん。 |
| **4位** | **アメリカ** | **過去最高を更新中。**円安の恩恵を最も受けている層の一つ。 |
> **ポイント:**アメリカや東南アジア(タイ、ベトナムなど)からの観光客は、パンデミック前を大きく上回るペースで増えています。
---
なぜ、実際には増えているのに「中国以外が少ない」と感じてしまうのでしょうか?
1. **見た目の印象(漢字圏の多さ)**
---
「日本は安い」という武器がある一方で、さらに多様な国から人を呼ぶには以下の壁があります。
---
###結論
現在、日本は**「中国以外の観光客」によって過去最高の観光収入**を叩き出しています。かつてのように特定の国に依存せず、世界中からバランスよく人が集まるフェーズに移行しつつあると言えます。
桜井稔(99)
この人のことは私もよく知らない。タイヘイマーキュリー時代のレコードはここhttps://zarigani3.web.fc2.com/tm-rp/sakurai.htmに網羅されており昭和二十年代デビューだと窺える。代表曲は「哀愁の佐渡航路」だろうか。https://youtu.be/K8LUvE1lQvM?si=-F6QvPiqEDX6SIBV作曲家としても活躍し愛知県弥富市で桜井稔歌謡研究所という歌謡教室を開いているようだ。
中島孝(99)
1946(昭和21)年に晴邦劇団に入団しムーランルージュ新宿座のレビューショーで歌手生活を始める。ちなみにこの劇団の主宰は寅さんのおばちゃんでおなじみ三崎千恵子夫妻。1950年レコードデビュー。1954年「若者よ!恋をしろ」がヒット。https://youtu.be/W2pdZrM2sYY?si=ltIoliyOo7tXF9Gu
菅原都々子(98)
第1回紅白歌合戦トップバッター。紅白の歴史はこの人から始まった。今では1955年のミリオンヒット「月がとっても青いから」の印象が強いがデビューは1937年。父は浅草オペラの歌手だった。二十代の頃の歌う姿が映画に映っている。https://youtu.be/G0q0XHIlnkA?si=lcz2pN6uCJN9tPwb
楠トシエ(98)
800曲以上を吹き込んだCMソングの女王。https://youtu.be/mHZsauDJAgA?si=OEyf3lpKXe8VyreV 1949年ムーランルージュ新宿座で歌手活動を始める。三木鶏郎の人気ラジオ番組「日曜娯楽版」に出演し全国区の人気者になりマルチタレントとして活躍。2011年のドキュメンタリー映画「ムーランルージュの青春」では三崎千恵子や中島孝と共に思い出を語った。紅白には7回出場。
吉岡妙子(97)
1947年デビュー。なんといっても1954年の津村謙とのデュエット「あなたと共に」の大ヒットに尽きる。辛いことがあってもあなたと共に乗り越えていきましょうと朗らかに歌い上げるこの歌は結婚式の定番曲になった。https://youtu.be/IxIAgkwCriY?si=YpsFeQwJiZVw3uEe 1956年「私の幸せは何処へ」で紅白出場。
1949年デビュー。1953年「毬藻の唄」がヒット。https://youtu.be/MJsFookqleY?si=SshJLJFYvHFDYP0D阿寒湖に歌碑が残る。結婚し引退していたが1982年に復帰し同時代の二葉あき子や並木路子とコンサートを開いた。
曽根史朗(95)
1954年デビュー。1956年「若いお巡りさん」が爆発的大ヒット。ピンク・レディー「ペッパー警部」はこの歌のパロディにあたる。近年なんと90歳で「若いお巡りさん」を歌い話題になった。声量も音程も若い頃と変らない驚異的な歌唱だ。https://youtu.be/_gGV_HJ7JnA?si=tr4mQmj8W5n0GDGr
二葉百合子(94)
1934年わずか3歳で浪曲師として初舞台を踏む。9歳で一座の座長となり全国を周る。1957年レコードデビュー。1972年「岸壁の母」のカバーが大ヒット。石川さゆり坂本冬美島津亜矢らの師匠でもある。92歳の時に歌った「岸壁の母」はまさに絶唱。https://youtu.be/qbNknECiUJo?si=bd3ZvX76xpqLRSysこぶしも台詞回しも堂々たるもので深い感動を呼ぶ。(続く)