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はてなキーワード:教員とは

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2026-02-12

生徒の口に殺虫剤噴射し「吸って、吐いて」と吸引強要か…元教員11回目の逮捕

“ 生徒の口内に殺虫剤を噴射して吸引させたとして、三重県警は10日、津市の元私立学校教員の男の被告(50)(不同意性交罪などで公判中)を強要容疑で逮捕した”

https://www.yomiuri.co.jp/national/20260210-GYT1T00597/

Permalink |記事への反応(0) | 07:40

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2026-02-11

anond:20260211032752

憲法15条を改正して気に食わない学校教員などの公務員簡単にやめさせられるぜと言っておけば反対されないだろ

Permalink |記事への反応(1) | 03:35

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2026-02-10

募集

科学史担当教員

時給: 1117円(授業1回あたり100分に発生)

交通費: 往復480円まで実費支給

提出物:履歴書志望動機書、主要業績3件のコピー各3点(製本のもの

選考:書類選考の後面接模擬授業を依頼する場合があります

Permalink |記事への反応(0) | 20:24

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今日は何の日?

アメリカ海軍原子力潜水艦グリーンビルが、愛媛県宇和島水産高等学校の実習船「えひめ丸」に衝突し沈没させ、教員・乗組員5人と生徒4人が死亡した事故から、今年で25年となります

当時、事故発生後もゴルフを続けていたことが批判された森喜朗首相は、最終的に辞任する事態となりました。

犠牲となられた方々のご冥福を心よりお祈りするとともに、ご遺族の皆様に深く哀悼の意を表します。

Permalink |記事への反応(0) | 14:09

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anond:20260210093711

最後に言ってる事ができるのが民主主義だと思うよ。

結果として多数決で決まったとしても、少数意見も出し合って過程クリアにして皆で受け入れて、次につなげる。

そのためにきちんとした情報や話し合いをってこと。

学校では時間教員の力量にかかっていて、1回の経験ではうまくいかいかもしれない。何度もそういう場に立ち会うことで何か得られるかもしれない。経験の機会を増やすのは重要

Permalink |記事への反応(2) | 10:20

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2026-02-09

anond:20260209025653

東京一工とF欄はさすがに極端すぎるでしょ……

地方国立レベルだと、学部卒と修士卒で組織の一員としての有用性がかなり変わるというのがワイの実感や。

学部卒論ガバガバでも卒業できちゃうせいで、地方国立学部卒は論理的思考ができないままのケースがかなり多い。ウチの会社だと「頼むから高校現代文の授業を受けなおしてきてくれ」って言いたくなるようなヤツばかり。

一方で地方国立でも修士卒の人間修論を書くための諸々のトレーニングちゃんと受けてきてるおかげで、ちゃん論理の通った会話のできる人が多い。

ウチの会社新卒採用は、学部卒は東京一工からしか取らないように最近なったよ。 それ以外の大学修士以上じゃないと書類で落としてる。それくらい学部卒と修士卒で人材としてのレベルが違いすぎた。大学教育ってすごいわ。指導教員のみなさまに感謝

Permalink |記事への反応(0) | 03:18

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2026-02-07

anond:20260207162940

私が子ども頃(1980年代)に「でもしか先生」って言葉があった

1950年代-70年代子供が爆発的に増えたか教員不足の時代があって

民間企業就職できない奴は先生でもやるしかないって意味

Permalink |記事への反応(0) | 19:33

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2026-02-05

anond:20260205114424

歌詞の魅力: 「どじょっこ(ドジョウ)」「ふなっこ(フナ)」のように秋田弁の「〜っこ」が付く親しみやす表現で、身近な生き物から見た景色描写されている。

作られた背景:1936年昭和11年)、秋田県金足西小学校を訪れた玉川学園教員が、地元教員詩吟調で歌っていたもの作曲合唱曲に仕上げて広まった。

みんなのうた:1961年4月NHKみんなのうた』で放送され、全国的に知られるようになった。

名所:秋田県にあるJR奥羽本線追分駅では、到着メロディに採用されている。

Permalink |記事への反応(0) | 11:45

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2026-02-04

教え子と結婚した。

って書くと毎回ざわつくんだけど、別に在学中にどうこうじゃないからな。

卒業して何年も経って、向こうが社会人になってから再会しただけ。

と言っても当然教員になったのはこの手のことが起こると予想してのことな

当時はただの生徒だったし、

正直言うと特別仲が良かったわけでもない。

しろ静かで目立たないタイプだった。

同窓会みたいな集まりで偶然会って、

「あの時の先生ですよね」って声かけられて、

そこから普通に連絡取るようになった。

面白いのが、

向こうは当時の授業のことめちゃくちゃ覚えてるのに、

こっちはほとんど覚えてないこと。

記憶熱量が違いすぎる。

先生のあの一言で進路決めたんですよ」とか言われても、

こっちは「そんなこと言ったっけ?」ってなる。

でもそのズレがなんか良くてさ。

人生のどこかで自分言葉が残ってた人と、

たまたままた出会って、

気づいたら一緒に住んでる。

今はもう先生でも生徒でもなくて、

ただの夫婦。

それでもたまに昔の話になると、

向こうが「先生」って呼びそうになって笑う。

人生って変な伏線回収するよな。

Permalink |記事への反応(0) | 08:33

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2026-01-31

公立高校を選びたく無い理由

校長含む教員が数年で入れ替わり。

どんなに良い先生でも異動する。

ボロくて設備が古いまま。

から金出してもらえる学校と、そうじゃない学校の差が激しい。

PTAがある。

昭和体質なPTAが未だにある。

公立ってありえないぐらい体制変えないから居心地悪い。

Permalink |記事への反応(0) | 11:41

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2026-01-30

なぜ政治家が「減税」を絶対に掲げてはいけないか

減税の大合唱に本当に怒りが抑えられないので、もう一度書く。

減税論が馬鹿みたいに大流行りだが、なぜ政治家が「減税」を絶対に掲げてはいけないか

それは、どんなに慎重な言葉遣いをしても、「そうだ!俺の税金をむしりとっている政府官僚公務員ふざんけんな!」とか、「俺の払った税金が知らない誰かに使われるとか、理不尽だろ!」とか、こういう公共のもの否定する俗情絶対に結託することになるからである。最悪の場合生保受給者バッシング外国人住民への排外主義になる(実際なっている)。だから、まともな政治家は 「減税」など絶対に口にしない。それを口にして支持が広まった途端、政治行政運営そのもがのがきわめて困難になってしまうからだ。

事実世界中で 「減税」を掲げているのは、そのほぼ全てがトランプなど政府公共のものを敵視するポピュリストであるしかしなぜか日本では、左派系の既成政党までが真面目に「減税」を掲げている。租税負担率も公務員数も明らかに小さな政府」で、それが教員の過労問題ケア労働者の深刻な不足の原因になっているにも関わらず、こうした状況を明らかに悪化させる蓋然性の高いこうした減税論に共感が広がっている。

だいたいなぜ「賃上げ」の要求ではなく「減税」なのか。減税するなら賃金も上がらなくていい、「手取り」が増えれば社会保障もいらない、というのならもはや日本先進国ではないだろう。

れいわの山本太郎がかつて消費減税が成功した(世界で唯一の!)国として、OECDに加盟している「先進国」ではないマレーシアしか挙げられなかったのが象徴である大都市部だけキラキラしているが、貧富の格差が大きく、社会保障制度もないに等しい、そんな社会にしたいのだろうか。

Permalink |記事への反応(0) | 18:25

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16歳少女にみだらな行為か 三重県立高教員逮捕愛知

https://www.sankei.com/article/20260129-4MDORE6X7ZLZHBSE6RFS5V45ZM/

Permalink |記事への反応(0) | 08:45

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2026-01-29

本学教員逮捕を受けて(総長メッセージ

https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z0508_00126.html

Permalink |記事への反応(0) | 18:36

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2026-01-28

なぜ子供が嫌いと公言すると迫害されるのか

比較モラルの低いネットですら子供嫌いを公言すると人格問題があるような言われ方をするのはなぜなのか。

本当に子供好きな人間の方が多数派ならもっと教員の数増えてるでしょ。

エログロ人種差別老害に関してはオープンに語られてるのに子供嫌いだけ禁忌のような扱い受けてるのおかしくない?

Permalink |記事への反応(0) | 18:52

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2026-01-27

anond:20260126135229

個々の先生が授業するのは無駄だと思う。

教員不足なんだから映像授業に切り替えて行くべき。

Permalink |記事への反応(0) | 18:46

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2026-01-25

教員やってるけども

疲れた。何が疲れたって、どれだけ支援アプローチをしてもうんともすんともいかない家庭が少なからずある。

話題ヤングケアラー家庭もそうだけど、親が変わらないとどうにもならないことがあまりにも多い。

本当に簡単計算すらできないし、コミュニケーションも全く取れない子。私たちの持ってる知識経験則的にこの子診断はつくだろうな…となんとなく分かっても、親が何も気付けなければ通常級で落ちこぼれのまま。そして不登校へ。教員はお医者じゃないので診断はできないし、ましてやあなたのお子さん特別支援の方がいいですよとも言えないし。そして見事なみいちゃんの出来上がり。

週に1回来れたらいい方で一日中起き上がれず寝ている子。医療と繋がりましょうと何度言っても親は病院に繋がらないし、本人も行きたがらず話が一向に進まない。教員病院には連れてってあげられない。

教員努力だけでは解決できないことが多すぎる。私も生活があるし、それについて考えすぎると病んでしまうので、自分の心を守るために必要以上のことはしなくなってしまった。何度も親に連絡もしてるし何度も本人とも面談をしているしいろんなアプローチをしている。でも親が動かない。でも私はやるべきことはやっている。だからもう仕方ない。そういう諦めがつくようになってしまった。

大学の頃、同期が講習を受けるなり子育て免許をとるなりしてからじゃないと子を作っちゃダメという制度を作った方がいいと話していたのを思い出す。その時は過激だなあなんて笑ってたけど、今なら気持ちが分かる。

頼む。世の親よ。知識をつけてくれ。そして子供もっと見てくれ。なんでこんな低い成績なんだ!と学校に成績の問い合わせをする前に、子供テストの答案や子供の字、文章を見てくれ。そして自分の子がどこでつまずいているかをまずは考えて、子供と会話をしてくれ。

ああ、疲れた。どうにもならないことをどうにかしなくてはいけないことがもう嫌だ。

Permalink |記事への反応(2) | 23:04

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anond:20260125073824

たぶん、少子化だと公立高校が持たないんだろうな。

生徒が減ると、教員が余り、教室も余ってくる。

高校教員として採用した人間を、生徒が少なくなったからって言って教員以外の仕事をさせたりが公務員だとなかなかできない。

中学高校で校舎やグラウンド共用とかも難しい。

中学は区立や市立で高校都立だったりするからね。

それが、私企業だったらある程度は融通できる。

中高で事務員教員設備も共用できるし、なんなら大学入学者も確保できる。

定員割れ時代にそれはデカい。

公立図書館とか体育館指定管理者業務委託するようになったのと同じで、教育外注するようになったって話ですよ。

私立高校学費無償化することで、事実上公立にするってこと。

根本は、もう制度として持たないってところにあるから、たぶんいくら議論しても公立回帰することはないと思う。

私立高校事実上公立高校になるのが、急激に変わるかゆっくり変わるかだけの違いしかない。

Permalink |記事への反応(2) | 15:11

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知的障害者が嫌いだ

中学修学旅行の思い出。

自分の班は健常者が自分1人だけで残りの3人は特別学級所属知的障害者教員の付き添いは無し。自分優等生なのをいいことに、本来教員が果たすべき役割自分押し付けられてしまった。

日中は生徒だけでジャンボタクシーに乗って京都市内を観光するんだけど、観光地に到着するたびに3人が即座にそれぞれ迷子になるのでタクシー運転手おっちゃんと手分けして捜索・捕獲してた。観光なんて全くできなかった。予定していたコースは半分も回れなかった。運転手おっちゃんは途中からブチギレてた。

夜は宿で暴れる3人を入浴させたり宥めたりと奮闘してなんとか就寝。漫画で「修学旅行の夜は友達とおしゃべりして夜ふかし!」みたいなシーンを見るたびに悲しくなる。自分のの修学旅行の夜は知的障害者介護しかなかったのに。

修学旅行を終えて帰宅してから自室で泣いた。親に修学旅行の代金を払ってもらったのに修学旅行を全く楽しめなかったことへの罪悪感でいっぱいだった。親に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

人生でたった一度の京都での修学旅行の思い出がこれ。

Permalink |記事への反応(1) | 13:50

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科学史という学問を、あらためて定義し直すならこうなる。

科学史とは、

科学において勝てなかった者たちが、

語りと制度武器に取り戻そうとする

「捻じ曲がった権力への意志である

これは悪意ではない。

しろ学問社会力学を正直に書いているだけだ。

具体例はいくらでもある。

たとえば、物理史をやっている知人は、

修士の途中まで理論物理をやっていた。

相対論量子力学も一通りかじり、

式も追えた。

だが、博士課程に進む段階で、

「これは才能の勝負だ」と悟ったらしい。

計算が速い同期、

一晩でアイデアを出す留学生

指導教員に「君は真面目すぎる」と言われた経験

その結果、彼は「物理史」に移った。

そして今、彼は言う。

アインシュタイン理論は、

当時の制度ネットワークがなければ

あそこまで評価されなかった」

これは事実だ。

だが同時に、

自分が立てなかった舞台を、

相対化することで無効化しようとする視線でもある。

数学史も同じだ。

数学史家の多くは、

現代数学最前線にはついていけない。

証明を“読む”ことはできるが、

“作る”ことはできない。

そこで彼らは、

ユークリッド幾何学の成立」

解析学19世紀的再編」

ブルバキ以前/以後」

を語る。

そして必ずこう言う。

数学純粋論理の積み上げではない」

共同体教育制度産物だ」

これも正しい。

だがそれは同時に、

自分が参加できなかった競技を、

ルールごと説明し直す行為でもある。

極めつけは、

科学革命論だ。

クーン以後、

科学史は「天才連続勝利」という物語否定してきた。

革命は断絶であり、

合理性は後付けであり、

勝者は偶然と政治産物だ、と。

これによって何が起きたか

科学史は、

科学者の業績を「理解」する学問から

科学者の業績を「裁く」学問へと変質した。

ここに、

権力への意志がある。

自分では理論を作れない。

実験も回せない。

だが、

「その理論いかに成立したか」を語る立場には立てる。

しかも、その語りは、

科学者本人には反論しづらい。

なぜならそれは、

「外部条件」「社会文脈」「制度史」

という、

当人コントロールできない領域からだ。

こうして科学史家は、

科学者よりも一段“高い視点”に立ったつもりになる。

だが、この権力は脆い。

大学制度の中では、

科学史は常に「補助科目」だ。

理系学部では教養

人文学部では周縁

研究費は通りにくい

ポストはほぼ非常勤

まり

語りによって得たはずの権力が、

制度によって即座に回収される。

これが、科学史の悲哀だ。

しかも内部では、

この捻じれた意志が互いに衝突する。

「あの人は科学を分かっていない」

「あの人は社会史に寄りすぎ」

「あれは科学史ではない」

要するに、

失敗の仕方の違いをめぐるマウンティングだ。

理論に敗れた者、

実験に敗れた者、

数学に敗れた者、

全員が「語り」の正統性を奪い合う。

結果、

学問は閉じ、

新しい視点危険視され、

無難注釈けが量産される。

それでも、

科学史家は科学を憎めない。

なぜなら、

本当は今でも、

科学に勝ちたかたからだ。

科学史とは、

科学に敗北した人間が、

その敗北を意味づけし、

尊厳を保とうとする

高度に知的自己正当化の体系だ。

だがその体系は、

時給1117円の求人票の前で、

まりにも無力になる。

科学史が終わりつつあるのではない。

科学史という学問が背負ってきた

この捻じれた「権力への意志」そのものが、

制度的にも社会的にも

もはや許容されなくなってきている。

から衰退する。

かに

誰にも惜しまれず、

しか当事者けが

ひどく納得した顔で。

Permalink |記事への反応(0) | 12:00

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2026-01-24

ポスドク一万人計画の結果できた失敗作の山が現在大学教員

高等教育への支援日本復興させる、と会田誠がXで書いていた。

日本戦後復興は、戦後に「偶然」起きたのではない。むしろ戦争のものが、復興のための下地を、皮肉なほど周到に準備してしまった。戦争破壊であると同時に、国家ひとつの巨大な工場に変える。資源配分計画、規格、物流品質、そして何より、人間の配置と訓練。これらが「総力戦」という名のもとに、暴力的に、しかし異様な密度で組み上げられていく。技術開発とは、研究室の机上で美しく完結する知の遊戯ではない。目的が与えられ、期限が切られ、失敗のコストが極端に高い環境で、試行錯誤を反復し、設計製造検査運用までを一気通貫で回す能力総体だ。戦争は、その能力を、恐ろしい速度で社会の中に注入した。

戦時研究開発は、単なる発明ではなく、システムの構築だった。たとえば「技術者」という語は、ひとりの天才の顔を連想させがちだが、実体は違う。設計者がいて、解析者がいて、材料供給者がいて、加工の技能者がいて、検査の手順を作る者がいて、現場に落とし込む監督者がいる。部品表があり、図面があり、仕様があり、誤差の許容範囲があり、標準化がある。つまり工学知識組織的運用が結びついて、初めて技術社会実装される。戦争は、その結び目を強制的に太くした。しかも、若者を大量に吸い上げ、時間を奪い、睡眠健康を削り、失敗に対する許容を奪うことで、訓練を「圧縮」した。倫理的には呪うべき圧縮だ。しか能力形成観点だけを冷酷に抜き出すなら、戦争は、最悪の形で最高効率の訓練装置になり得た。

そして戦後。御存知の通り日本は完膚なきまでの敗北を喫した。当然だ。しか瓦礫と飢えと混乱の中に、奇妙な資産が残った。焼けた街ではなく、焼け残った手だ。軍需のために鍛えられた設計思考現場段取り試験改善の習慣、そして「とにかく動かす」ための執念。戦争目的が剥ぎ取られたあと、その手は、民生に向けて仕事を始める。工場は鍋を作り、ラジオを作り、やがて車を作る。品質管理という名で統計が導入され、カイゼンという名で現場が賢くなる。輸出という名で世界接続され、稼ぐという名で生活が安定する。高度経済成長神話ではなく、忌まわしき制度と虐げられた技能の合成体・キメラだ。そして、その合成の触媒として、あるいは淘汰圧として、戦争という毒が、過去に撒かれていた──そう言ってしまうと、気分が悪いほどに筋が通ってしまう。敗北はしたが、敗北するためには戦わなくてはならず、戦うためには戦えなくてはいけない。奇妙なことに戦えてしまたことが呪いであると同時に祝福でもあった。真珠湾攻撃は、無条件降伏を経て、米国中を所狭しと走り回るトヨタに至った。まともな経済感覚をもっている米国人は一時期まで日本車を買うのがあたりまえだった。

からこそ、戦後日本の次なる課題は、戦争なしに繁栄継続することだった。ここが本丸だった。戦争供給するのは「目的」と「緊急性」と「資源の集中」であり、その果実として新しい「産業」が結ぶのだ。平時社会では、それらが自然に生まれない。目的分散し、緊急性は個人の都合に解体され、資源合意形成手続きに溶けていく。ゆえに、平時繁栄には、別種のエンジンが要る。暴力強制ではなく、自発性創造性によって、産業の餌を自分で狩りに行くエンジンだ。そこで登場したのが、大学院という高等教育の訓練装置だ、という物語わたしたちは信じた。研究という名の訓練。論文という名の競技専門性という名の武器産学連携という名の橋。これらを通じて、戦争の代わりに「知」が繁栄を準備するはずだ、と。

だが、いつの間にか装置は、別の生き物を量産するようになった。保身に東奔西走するばかりの大学教員だ。大学院が、主体性の発火点ではなく、依存の温床になったとしたら、それは制度設計の敗北だ。研究費、評価指標採用任期ポスト学会査読ランキング。こうした外部条件が、大学教員個人の内側に「餌は上から降ってくるものだ」という反射を植え付ける。申請書の書き方は教えるが、産業という新しい鉱脈の掘り方は教えない。論文体裁矯正するが、社会問題を嗅ぎ分ける鼻は鍛えない。安全な問いを選ぶ癖、失敗しない範囲での最適化既存の潮流に寄り添うことによる生存。そうした行動は合理的だ。合理的であるがゆえに、群れは同じ方向にしか動かなくなる。

そしてSNSだ。SNS思想市場であると同時に、承認自動給餌機になった。群れは、空腹そのものを叫ぶことで、誰かが餌を投げてくれると学習する。「分かってほしい」「評価してほしい」「誰かが何とかしてほしい」「政府は間違ってる」。鳴く。鳴くことが生存戦略になる。しかも鳴き声は可視化され、数値化され、増幅される。いいね、リポストフォロワー。これらは、栄養ではなく興奮剤だ。満腹にはならないが、空腹の感覚麻痺させる。やがて、いつまでもから餌を与えてくれるのを求めて、ぴいぴい鳴き続けるトッチャンボウヤのような元雛鳥の群れができあがる。外敵に襲われない巣の中で、口だけが上を向き、翼は畳まれたまま、眼球だけが光る。自分の脚で地面を蹴るという最初行為が、いつまでもまらない。

自分地位が脅かされるとき自分が悪いのではなくいつも政府が悪い。省庁が悪い。国民教育水準が、頭が悪い。外で何が起きているのか少し頭を働かせてみようともしない。誰かが群れから外れたことを言ったときは袋叩きにして火にくべる。その結果、誰もが同じことばかり言い続けている。

だが、はっきり言っておく。お前が新しい産業という餌を捕るんだよ。お前がやることになってたんだよ。餌を「作る」のでもいいし、「掘る」のでもいいし、「盗む」のでもない形で「奪い返す」のでもいい。つまり価値を生むという行為を、制度他人外注するなということだ。もちろん少子高齢社会は強力すぎる逆風ではあるが、それさえも誰かのせいに陰謀論めいて帰着させる前に一度よく考えてみたらどうか。産業勝手に湧かない。誰かが、失敗の責任自分で引き受け、見えない需要言語化し、未熟な技術を鍛え上げ、供給網を組み替え、法や倫理地雷を避け、顧客の怒りと無関心の中で立ち続けた結果として、ようやく姿を現す。論文引用数のように、キーボードを叩けば増えるものではない。獲物は森にいる。森に入った者だけが、血の匂い風向きを知る。

お前たちは選択と集中ではなく研究者の自発的な興味や関心が大事という。

では聞くが、お前たちはお前たちが学生だった頃の自分たちに恥じることはないだろうか。

お前たちは、お前たちが知りたいと思ったことを、お前たちが知りたいと思ったかたちで、明らかにしつつあるのか。

わたし大学の門をくぐったとき自分が畳の上で安らかに死ねるとは思わなかった。畳の上で死ぬというのは、単に死に場所の話ではない。生が、社会和解しているという感覚だ。努力が見返りに接続し、未来計算可能で、家族暮らし老い制度に回収されるという約束だ。だが、あのときわたしには、その約束が見えなかった。見えなかったというより、最初から信じる気がなかった。自分は、本と論文電線の塵芥の中で、目を開けたまま息絶えるのだと思った。研究室の片隅で、半田匂いと紙の埃にまみれて、未完成の仮説を握ったまま、呼吸だけが止まるのだと。

なぜそんな死に方を想像したのか。たぶん、それは恐怖ではなく、ある種の誓いだったのだろう。畳の上の安寧を最初から目標にしない者だけが、森に入れると。森に入るとは、制度の外側に一歩出ることだ。誰も餌をくれない場所に行き、自分の手で何かを捕まえることだ。捕まえられなければ飢える。飢える可能性を引き受ける者だけが、捕まえる可能性を持つ。そういう単純な力学を、大学に入った頃のわたしは、たぶん予感していた。戦争をする国家という本質的暴力装置大学のものを重ねて見ていた。

戦後復興戦争によって準備されたのだとしたら、戦後の次の繁栄は、戦争ではなく、わたしたち一人ひとりの「狩り」によって準備されなければならない。制度は餌箱ではなく、森へ向かうための靴であるべきだ。大学院は巣ではなく、飛び立つための筋肉を作る場所であるべきだ。SNSは鳴き声の競技場ではなく、狩りの情報を交換する地図であるべきだ。そうなっていないなら、装置を叩き壊すか、装置の使い方を変えるしかない。鳴くのをやめて、翼を伸ばして、地面を蹴るしかない。

最後に、あの想像に戻る。目を開けたまま息絶える、というのは、救いのない悲観ではない。目を閉じる暇も惜しんで見ていたかった、ということだ。世界の配線の仕方、言葉の連結の仕方、仮説の跳ね方、そして価値が生まれる瞬間の、あの微かな火花を。もし本当にそういう最期が来るなら、せめて塵芥の中に、誰かの餌になる小さな骨を残して死にたい。鳴き声ではなく、獲物の痕跡を。上から落ちてくる餌ではなく、自分で森から引きずってきた何かを。畳の上で死ねなくてもいい。だが、巣の中で口を開けたまま死ぬのだけは、御免だと。

お上を叩くのは簡単だ。叩いても腹は減らないからだ。制度を呪うのは気持ちがいい。呪っても給餌は止まらいからだ。君たちの批判刃物ではない。換気扇だ。臭いを抜いて、建物延命する装置だ。君たちは自由の名で柵を磨き、純粋の名で鎖を正当化し、公共性の名で自分の安寧を公共財すり替える。いつまで巣の縁で鳴くのか。餌は捕れ。捕れないなら黙れ。黙れないなら巣を出ろ。——平和繁栄は、配給では続かない。

Permalink |記事への反応(0) | 07:52

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2026-01-23

科学史担当教員求人に応募して、面接に行った。

時給1117円。

交通費480円まで。

主要業績3件×3部、製本済。

その時点でだいぶ覚悟はしていたが、面接想像より一段深い地獄だった。

面接官が言う。

「ところで、科学史をご専門とのことですが、高校レベル数学はどの程度お分かりですか?」

嫌な予感がした。

「ええと……数IIIまでは一応……」

歯切れが悪くなった瞬間、相手の目が光る。

「では、この程度は大丈夫ですよね?」

ホワイトボードに書かれる、

二次関数

平方完成。

頭が真っ白になる。

できない。

いや、正確には「昔はできた気がするが今は無理」だ。

沈黙

「……高校2年生レベルですが」

と言われた瞬間、何かが切れた。

「違うんです!!」

気づいたら叫んでいた。

科学史が専門の大学教員だって!!

高校2年程度の数学ができない奴は普通にいるんです!!

しろゴロゴロます!!」

面接室が静まり返る。

ニュートン微積を作った背景とか!!

ガリレオが落体をどう概念化したかとか!!

クーンパラダイム論とか!!

それと平方完成は別なんです!!」

面接官が少し困った顔で言う。

「でも、それって……

科学史って、科学ができなくてもいい学問なんですか?」

呆れた口調だった。

この瞬間、敗北を悟った。

「……はい

しか言えなかった。

本当は言いたかった。

科学史とは、

科学が「できる/できない」を生む制度歴史

外側から観察する学問だと。

でも、時給1117円の面接

そんな説明をする気力は残っていなかった。

帰り道、思う。

ニュートンは二項定理ができた。

ガリレオは比例計算ができた。

自分は平方完成ができない。

だが、

ニュートンがなぜ神学に執着したか説明できる。

ガリレオ裁判がなぜ起きたか説明できる。

それでも社会は言う。

高校数学もできないのに、科学史?」

たぶん、この学問

つの時代もこうやって笑われてきた。

帰宅後、求人票をもう一度見る。

時給1117円。

科学史とは、

科学ができない人間が、

科学の偉大さと残酷さを

同時に引き受ける学問なのだと、

今日もまた一つ、身をもって学んだ。

Permalink |記事への反応(2) | 13:43

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2026-01-22

中受沼の親がなにかを見た

子が中学受験を控える親です。ある学校説明会は中受の功罪を考えさせるものでした。

塾の紹介で、明星Institutionという中高一貫校に興味を持ちました。府中伝統校、明星学苑が、新しい校長を招き、シンガポールラッフルズインスティチュートのようなグローバルリーダーを育てる学校をつくるというのです。

なんとなく、好感を持ち、公式Webサイトにあるパンフレットを読んで色々と腑に落ちないところがありました。

たとえば、校長肩書が妙に長いのです。

渋谷教育学園幕張中学校高等学校校長補佐・進路部長」、「渋谷幕張シンガポール校 教頭」、「早稲田大学系属早稲田渋谷シンガポール校 教頭」という肩書が記されているが、どこにも「元」とか「Former」という記載がありません。明星Institutionの校長であり、かつ前述3校でも働いているように読めてしまますもしかして校長は今でも本当に渋幕の進路部長をされていて兼務なのでしょうか? 前任校はこのように言及されることを許容されているのでしょうか?

校長都心東大合格者を多く排出した学校出身であることは素晴らしいと思います。ただ、「元」と明記すべきです。保護者は渋幕というブランドではなく、明星Institutionがどのような教育をするのかに関心を持っています

パンフレット日本語の横に、英語記載されています国際的人材を集めたいという姿勢の現れでしょう。残念ながら英語がガタガタです。

校長英語プロフィールを以下に引用します。

>>

After graduating from university,Mr Inoue worked for a general company before joining

Shibuya Kyoiku Gakuen Makuhari Junior and SeniorHigh School in 1983. InApril 2025, he

will become the principal of Meisei Gakuen and Meisei Junior and SeniorHigh School. InApril

2026, he becomes the principal of Meisei Institution Secondary School.

<<

general companyで働いたとか、そういう細かい点は目をつぶって、以下2点が中学生が読んでも、おかしいなと思うはずです。

・時制が混在しています2025年のことにwill become /2026年のことをbecomes)

・前任校の「Shibuya Kyoiku Gakuen Makuhari Junior and SeniorHigh School」に何年勤務したのかわからない。

補足すると、パンフレットの後半、地図施設紹介、クラブ活動紹介はちゃんとした英語でかかれています明星Institutionという新設カリキュラムを紹介する部分だけ不完全な形で世に出てしまったのでしょう。

校長やすべての教員英語に堪能である必要はないと思いますネイティブ先生専門家にお願いして添削してもらえばいいのです。そのような確認すら怠る学校が、入学した学生にどのような教育を施すのでしょうか?

明星学苑の創設者大事にされた「実践躬行」は、理論などを自らの力で実際に実行してみること、つまり口だけではなく実際にやってみることの大切さを強調するものと聞きました。明星Institutionの関係者におかれましては、ぜひグローバルな人材を輩出するために、正確に英語で伝えることを実践いただきたいです。

Permalink |記事への反応(0) | 21:16

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anond:20260122113428

プロパガンダ大事だよな。子どもを産んだ人は偉い!子どもを持ってこそ一人前です!すごい!ってちゃん社会が認めてやらないと。声のでかい子なしに忖度して子なしも偉いよねってなった結果、子どもがいる暮らしデメリットに気がついて数産まなくなってきてる。親の学歴が上がって教員権威が失墜した結果、なり手が激減したのと同じ。金は多少少なくても権威があればなり手はいる。

Permalink |記事への反応(0) | 21:06

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科学史担当教員求人に応募した。

時給1117円。

授業1回あたり100分。

交通費は往復480円まで実費支給

この時点で、もううっすら悲しい。

提出物は

履歴書

志望動機書、

主要業績3件のコピー各3点(製本済)。

製本

科学史」なので、ニュートンガリレオクーンフーコーの間で右往左往しながら、10年以上かけて積み上げてきた業績の中から、よりによって「3件」を選び、しかもそれを3部ずつ印刷して、製本する。

時給1117円。

コンビニコピーすると、インク代と紙代で軽く千円を超える。

製本テープを買うとさらに数百円。

封筒は角2。

郵送料も地味に効く。

この時点で、すでに赤字

でも志望動機書は真面目に書く。

科学史教育の意義」

理系学生にこそ必要批判的思考

科学社会相互作用歴史的に捉える重要性」

自分でも何度も書いてきた言葉を、また書く。

時給1117円。

書類選考の後、面接

場合によっては模擬授業

模擬授業

ガリレオ裁判100分でどう切るか。

学生を眠らせない導入。

板書計画

史料引用

クーンを出すか出さないかで一晩悩む。

その準備時間はもちろん無給。

面接で聞かれる。

「他にもお仕事はされていますか?」

されています

それはもう、されまくっています

研究も、翻訳も、非常勤も、単発の講演も。

それでも生活が成立しないから、ここに応募しています

とは言わない。

はい研究を続けながら教育にも力を入れております

と微笑む。

時給1117円。

採用されたとして、1コマ100分。

移動時間を含めると半日が飛ぶ。

交通費は480円まで。

帰りの電車で思う。

ニュートンは王立造幣局長だった。

ガリレオ終身刑だった。

自分は時給1117円だった。

科学史とは、

科学栄光と、

制度残酷さと、

個人生活史を、

全部同時に教える学問なのかもしれない。

それを身をもって実演する教員が、

今日もまた、製本された業績を抱えて郵便局に向かう。

Permalink |記事への反応(1) | 19:40

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高校に30名ずつ米軍兵士を置いて授業をさせよう

教員は忙しいから授業は米軍に任せればいい

Permalink |記事への反応(1) | 11:07

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