
はてなキーワード:排ガスとは
君の主張は表面的かつ偏見に満ちている。すべてに反論してやる。
:ガンプラのランナーはリサイクル可能で、バンダイは「ガンプラリサイクルプロジェクト」を推進している。むしろ''循環型ものづくりの最先端''だ。環境負荷の高い製造業と一緒にするのは筋違い。''論破完了。''
:電気自動車やハイブリッド車の普及が進んでおり、排ガス問題は改善傾向にある。さらに、旧車やスポーツカーは文化的価値があり、「環境に悪い」だけで語るのは短絡的すぎる。
: 加えて、現代の自動車は燃費向上や排ガス規制が厳格になっており、一昔前とは比べ物にならない。環境問題は「車そのもの」ではなく、エネルギー政策全体の問題だ。
:キャッチ&リリースの概念が普及し、環境負荷を抑える努力がなされている。むしろ釣り人は自然環境を守る意識が高い層も多く、水質保全活動にも積極的に関わっている。針やルアーを撒き散らす無責任な行為はごく一部のマナー違反者であり、それを釣り全体に適用するのは暴論。
: 確かにゴルフ場の開発には森林伐採を伴うことがあるが、多くのゴルフ場は環境保全型の管理がされており、植生や生態系を考慮した運営がなされている。むしろ、使われなくなった土地を有効活用して作られるケースも多く、単純に「森林破壊」と断定するのは浅はか。
: むしろ格闘技は礼儀や規律を重んじるスポーツであり、精神鍛錬にもなる。自己制御や忍耐力を養い、攻撃衝動を抑える効果すらある。プロ選手が道徳心を持ち、社会貢献する例も多い。
: 「格闘技 = 野蛮」という発想こそが''無知な偏見''であり、論理的に破綻している。
:スポーツは人々の結束力を高め、共感や感動を生む。確かに一部の過激なファンは問題を起こすが、それは個々の人格の問題であり、スポーツ観戦そのものが野蛮になる原因ではない。むしろスポーツを通じた国際交流や文化的影響を考えれば、肯定的な側面が圧倒的に多い。
:ゲームが攻撃性を増すという主張は科学的に否定されている。むしろ、ゲームはストレス発散や認知能力の向上に寄与することが研究で明らかになっている。暴力的な人間がゲームをしているだけであって、「ゲームをするから暴力的になる」という因果関係は成り立たない。
: これも「ゲームが暴力性を増す」というデマと同じ構造。むしろアニメのジャンルは幅広く、平和的な作品や感動作が数多く存在する。「アニメを見る=攻撃的」という主張は事実無根の偏見に過ぎない。
:ラノベも立派な文学の一種であり、創造力や読解力を養うのに貢献している。むしろ読書の本質は「多様な視点を得ること」にあるため、特定のジャンルだけを排除する考え方こそ狭量である。
最後の1000円をサンドに入れる瞬間だけが、本物のギャンブルだ
市川の倉庫で、俺の指先が死にかけてる。海岸沿いの倉庫で、俺の爪元から血がにじむ。段ボールの角で裂けた手ぶくろからは、昨日のパチンコ屋でついた黒い油がにじむ。それが今の俺の勲章だ。
日払いの1万2千円は、送迎バスのバス停車する行徳駅前のパチ屋へ直行する。
メダル買う瞬間だけが、心臓が温まる。あの鋼鉄の箱がゴォォンとうなる音、液晶に映るマリンちゃんの微笑み。
沖縄の海で泳いでいた頃の彼女を、俺はまだ忘れきれてねえらしい。
最後の千円札がサンドに吸込まれる時、いつも幻覚が見える。マリンちゃんの水色のビキニが汗で透け、珊瑚の匂いが鼻腔を焼く。
「また会いに来てね」と唇が動く刹那、サムというゴミ屑が画面を覆いつくす。
現実は常に凍りつくの倉庫で、俺の背中に配送トラックの排ガスを吐付ける。珊瑚の匂いなんか知らねえ.
コンビニのストゼロ、なんの味もしねえ。バナナを齧ると歯ぐきから血が出る。
ベニヤを隔てた隣室から聞こえるパチスロ動画の音が、俺の子守唄だ.
マリンちゃんがいた沖縄の海は33度だった。市川の倉庫は永遠に5度。
47年の人生で学んだのは、熱いもんは全て冷め、冷たいもんはさらに冷たくなるという真理だけだ.
北インドは貧しい。ここでいう北インドとはパキスタン北部からバングラディシュにかけてのヒマラヤ山脈南部一帯を指す。
極めて貧しく、環境汚染も激しい。
海からの風があらゆる汚染物質を巻き上げながら北上し、ヒマラヤを超えられない粉塵が滞留するからだ。
人口の約1/4が気管支に何らかの症状が出ており、大都市では毎年10万人以上が環境汚染で死亡する。
今はまだ貧しく、公共交通機関も不十分でガソリン車すら調達できず、旧式のディーゼル車が移動のメインとなっている。
現地政府は可能なことならクリーンエネルギーを使いたいし、排ガスのない車両を使いたい。
このエリアがそうした手段を取れるほど裕福になるにはおそらく10年20年では足りないだろう。
しかし1000万台どころではない巨大市場が新車を求める時期はいずれ訪れる。
EVトラックのメリットってCO2削減とか燃料費削減とかばっかり言われてるけど、作業環境の改善って意外と見落とされがちだよね。
排ガス吸わなくていいってのは、ドライバーの健康にも直結する重要なポイントだと思う。特に閉鎖空間での作業が多い物流業界にとっては、マジで画期的なメリットだわ。
さらに言えば、排ガスがないってことは、食品とか医薬品みたいな繊細な荷物を運ぶ時にも安心だよね。荷台に排ガスが入り込む心配がないから、品質管理的にも一歩先を行ってる感じ。
あと、静音性の高さを活かせば、夜間配送とかも近隣住民の迷惑にならずにできるかもしれない。24時間稼働できるようになれば、物流業界の生産性爆上がりじゃね?
毎日凄い臭いがしてソイツを学校にこさせないための努力 と称したイジメが行われ何度も学級会が開かれていた。
結論から言えば ソイツの悪臭の根本原因は 家が貧乏なことだった
一番安い洗剤 一番安い洗濯機 乾燥機は買えない ベランダは排ガスでいつもモクモクしていてとても外干しが出来ない。
本人の努力 両親はともかくとして小学生が頑張っても解決しない経済的事情により ソイツはいつも臭い服を着て生活していた。
臭くない服を着るという当たり前のスタートライン そこに立つためには金がいる。
金がない人間の存在を社会は認めない その子供さえも金のある人間の子供が排斥しようとする。
お金がなくても幸せになれるなんて簡単に言うやつに限って 最低限の金がない人間に対して臭いから消えろと平気で言う。
本当に金が無いとどういう生活になるのか。
不動産=換金できないみたいなイメージがあるんだろうけど、問題なく売れるよ。
買うほうは大変で、住みたい街に予算どおりの家が売りに出されてることはなかなかないんだけど、売る時は相場どおりの値段をつければすぐだよ。
そりゃ、株みたいに今日売りたくなって今日ってのは無理だけど、何年も売れ残るなんて値段設定を間違えなければまずないよ。
値段が全てで、たまに相場より高く売れる場合も、安く売れることもあっても、ほとんど誤差。バラついてるようで、状態が悪いから安いとか、状態がよいから高いとか、そういうこと。市場の効率性は賃貸とかわらないよ。
急ぎたければスーモあたりで相場より100万くらい安く値付けすれば即日問合せがくるよ。
売買の諸費用と、短期譲渡所得は税額が高いとか、そっちの問題で短期売買は不利ってだけ。
それでも今は相場がいいから、短期でも利益がでる。買った人は勝ち組だよ。
俺も悔しい。
だけど、相場が悪くなっても、よっぽどなことがない限り、長期住むなら買ったほうが得だよ。
例えば、車で考えてみてよ。
毎日使わないからカーシェアやレンタカー、乗り換えたいからサブスクなわけで、そりゃ、同じ車を20年とか乗れるなら、整備費含めてもそれが1番安いよ。
行政が二酸化炭素とか排ガスの問題で買い換えを促す政策をとってるから、サブスクや買い換えても差は僅差だけど、住宅に関しちゃ行政が持ち家有利になる政策を取ってるんだから、賃貸の方が得ってのはないよ。
もちろんケースバイケースで、転勤が多いとかなら賃貸のほうが得だろうけど、長く住んで賃貸と持ち家がトントンはないわ。
俺、どっちかといえば賃貸派なんだよ。新入社員が1日でやめる時代に、一生同じ会社とかないだろうし、引越しはあるだろうし。
でも、それはそれとして、ここ10年以内に家買った人たちは勝ち組だよ。
コロナ禍に全力で株を買って含み益の人たちに、
30歳だけどめちゃ肌綺麗と褒められる男の手入れ方法を紹介するよ。
肌の手入れで大切なのは、何もしないこと。
そして何かしたら、何か起きたら、何か起きるなら対処することだよ。
ある程度知識が出来たら何かをする段階に入るよ。
●何かしたら
→メイクをした、排ガスまみれの場所に行った、料理した、ほこりついた
・基本生きてると何かしら汚れるので水で顔を洗うよ
・顔面の皮脂も消え去り水分が消えるので、そのぶん蒸発しにくい水と油を塗って皮脂の代わりを使うよ
・化粧水はただの水とか言ってる情弱は死んでいいよ。水を塗っても蒸発するだけだよ。
・化粧水を買えない貧乏人はグリセリンを買って10%の水をつくるといいよ。俺は風呂上りに体を拭かずにグリセリンの割合を20%にした化粧水を塗ってるよ。
・基本的にコンビニとかで買える化粧品は薬効がないので、○○成分配合とか結局はグリセリンの代替品か種類の違う油だよ。
●何か起きたら
・病院に池
・俺はニキビに塩とか塗ってるけど真似しないでね
●何か起きる
→日焼け
・日焼け止めを塗るよ。日焼け止めは肌にかなり悪いけど、日焼けするよりかはマシだよ。
・日焼け止めを落とすには洗顔する必要があるので、結果的に化粧水とクリームが必要になるよ。
●何かする
・レチノールは表皮を代謝させて、肌の細胞を過剰に作らせて皮膚を厚くしシミを薄くしたり皺をできにくくするよ。
あの時代の空気がいやだ。やっぱり。
そこらじゅう道端吸い殻だらけでタバコ臭かった。
切羽詰まっていても、トイレの入り口でティッシュを自販機で50円で買わないといけなかった。
トイレの落書きは個人情報にあふれ、描き殴りの絵は肉欲や憎しみ世の中への怨念に満ちていた。
洋式便座は主流ではなかった。
都心へ向かう列車のラッシュは殺人的で窓ガラスはよく割れたし、乗れないし降りれないし、学生が圧死したこともあった。
時刻表は駅の通勤区間部分だけ持っていた。定期券入れ用のポケットサイズになっているものが駅に置いてあった。
乗り換えの大きな駅でもないかぎり、エスカレーターもエレベータもないので急いでいるときの駆け上がりがきつかった。
改札前には黒板かホワイトボードがあって、待ち合わせなどに利用していたが、全然関係ない鬱になってそうなことを書いている奴もいた。
自家用車は2ドアのセダンが多かった。なんであんなに乗りにくい車が主流だったのかわからない。
カーオーディオはせいぜいラジオくらいだったので、後部座席にラジカセを乗せていた。そして誰の車に乗ってもタバコ臭がきつかった。
エアコン搭載していない車もありふれていた。ちなみに列車の車両も扇風機が多かった。
ナビはないので道路地図の予習が欠かせなかった。ETCもない。車には小銭ホルダーが必須アイテムだった。
交通事故が多発していて、毎年のように今の6倍くらい死者がでていた(1万5千人オーダー)。
86年以前は原付はノーヘルだった。加速が売りの2ストのバイクが若者に人気だった。そりゃ死ぬよな。
排ガスがひどく、日中でも薄く煙っていることもあった。喘息が社会問題だった。
そこへいくと、今はほんと空気がすがすがしいよ。
排ガスがひどい2ストは廃れ、去勢され安全な乗り物になった。そして暴走族はカッコの悪い存在になった。
諸事情で真夜中の国道沿いをファミチキを片手に歩いているとLEDライトの光が落とされ黒とも銀ともつかず輝くアスファルトには不自然なまでに脚を伸ばした大きな大きな例の虫が此方とかろうじて友好的な関係を維持できそうな速度を保ちながら闊歩していたのでその場にて即興で錬成した彼の人格と意気投合してみせ敵意を無にして極力刺激を与えないよう歩みを止め片手のファミチキを一口齧り咀嚼しつつ道を譲ってさしあげたところその歩みの先にある礫岩のそのさらに先の彼の棲家を思いつつだろうかいや彼女なのだろうかその人格は歩道脇のフェンスの下を悠々と凱旋していってしまいそこでふとその脚が不自然に長いと感じたのはひとつの錯覚であって本当は十分に自然な長さだったものをかのLEDの文明の銀の輝きが太古のある時代より漆黒の住人であるはずの彼もしくは彼女の脚を途方もなく容赦なくあられもなくくっきりと際立たせてしまったがための勘違いだったことに思い至ったがその見てはいけないものを見てしまったような感覚は宙に浮いたまま数秒を漂いファミチキとともに脳ではないような場所へと飲み込まれていった結果LEDライトに照射されたその楕円の宇宙の中で完結すべきひとつの物語だったような気がしたので心はそこに区切りを結び大して長くもない脚は再びだらしなく稼働をはじめるとその次の宇宙すなわち隣のLEDライトに照らされた銀の楕円のもっとも中央の目立つ位置には土鳩が鎮座と言う外ない堂々とした面持ちで静止していたのでそうか今日はそういう日なのだなと宇宙との共鳴を一瞬で終えるとともにその横を歩き過ぎてみるとその土鳩は微動だにしないのでさすがに全く生産性の無いことなのだがだらしのない脚は踵を返し鳩の真横に立ってみても本当に全く微動だにしないので虫の時の思慮深さを前の宇宙に完全に置いてきた心は彼の横にしゃがみ込みいや彼女なのだろうかそのふてぶてしい生命を見遣ると完全に目を最大限に開けた状態のそれと完全にアイコンタクトが成立したので平和の象徴でもあるし自転車に轢かれるとまずいのではないかいや白くなければ平和の象徴ではないのではないかいや目が合ったのだもう家族のようなものだと逡巡した結果心はぐわしとその土鳩を掴みフェンスの向こう礫岩の地へとそれを投げ飛ばしたところようやく目が覚めたのか羽音をたててどこかへ消えていったトラックが国道を過ぎ去った控えめな排ガスの匂いがした
上っ面のSDGsは単なるお題目に過ぎないことも分からんのか。
(発電所付近に住む田舎者が灰や放射能で汚染されることについては知ったこっちゃない。
(音が小さいことによって轢かれそうになる奴がいたらクラクションを鳴らせばいい。
そもそも車のエンジン音で接近を感知しようという安全意識で街を歩いているのが図々しい。
盲目の人間は危ないから家から出るな障害者は社会に迷惑をかけないように暮らせ)
いいか、EVってのは「心優しい人が地球の未来を考えて乗るような車」じゃねえんだよ!
自分さえよければそれでいいサイコな金持ちが、ソイツにとってメリットがあるから乗る車なんだ!
排ガスモクモクのスーパーカーを格好いいからブンブン振り回して大気を汚染するカーマニアとの間に大きな差なんてねえんだよ。
乗ってる人間にとってメリットがあるかどうか、結局はそこに帰結するんだ。
環境問題的に意味があるかどうかなんておべんちゃらに価値はねえよ。
単に技術競争において優位に立ちたい企業と、ソイツらに金を投入して国力を増やしたい政府の間でやってるSDGsごっこでしかねえ。
そんなの真に受けるな。
「俺が排ガスを吸いたくない(発電所の近くに住むやつが排ガスを吸うのは自己責任」
「俺が静かに暮らしたい(接近に気づかずに轢かれるクソガキは社会不適合者だから死ね」
がEVの強みだ。
二度と勘違いするなよ。
https://anond.hatelabo.jp/20240405202658
EVだからって目的地に早く到着できるわけじゃないし、なんか生活変わるの?
スマホのおかげでポータブル音楽プレーヤーもデジカメも駆逐されたみたいな生活の変化あるんかな?
5Gで世界はこう変わるみたいな話みたいに、充電インフラが整備されたらなんか生活変わるの?
ガソリン車では月に1回給油してた人が、車検の時に充電すれば2年くらいノーメンテで乗れる的なわけじゃないんでしょ?
二酸化炭素の問題はわかるんだけどさ、消費者に訴えてくるようなやつがもっとこうないわけ?
トラックバックとブックマークコメントを読むと、家で充電できればちょい乗りには便利、排ガス、蓄電池として利用、加速等の運転性能あたりが利点らしい。
目新しいネタがないな。
「もっとこうないの?」ってのはさ、スマホ的なイノベーションがないのか?って聞いてるの。4輪車をモーターで動かしたら、すごいことになんかないの?
個室浴場と接待を合体させたらソープランド爆誕みたいなやつってないわけ?
ガソリンで走る車が電気で走るようになったとかより、車にエアコンがついたとか、パワーステアリングがついたとかの方がらよっぽど画期的じゃねーかなと。
あんま興味ない人からすると、3Dテレビみたいな感じ。3D元年とかもてはやしたけど、モノクロからカラーになったのに比べればみたいな。
トラバとブコメで唯一、アリかなと思ったのは、蓄電池としての利用くらいかな。
太陽光で発電してBEVに蓄電、そんで夜は蓄電池で生活、最高じゃないっすか!
でもさあ、昼間に車で出ちゃったら蓄電できないし、夜に蓄電を使い切ったら車として乗れないじゃないと思うんだけど。
まあ、夜使った残りでも街乗りくらいできるのかもしれない。都民は車所有者でも1日に10kmも乗ってないっていうからアリなのかな?とか考えたけど、じゃあ、車所有しないで自転車で生活したほうがエコだと思うんだよね。
ガソリンスタンドに行かなくてよくなるとか言われてもね、時計マニアに「自動巻きだから電池交換不要」って言われてるような感じ。
加速が凄いとか、振動がすくないとかも、「このオメガは水深何メートルでも使えて」みたいな自慢聞いてるような感じ。
都市に住む車を必要としない生活をしてる金持ちが、無知な田舎民をバカにしてるような感じで、どうも胡散臭い。
Permalink |記事への反応(27) | 09:15
今後、どうなるんだろうか?
自動車で得られる経済性の方が遥かに大きいから損失には目をつぶる
同じように諦めと妥協で収斂するのか
現在は検索エンジンがAIで真偽有益性を判定しページランクつける技術移行の最中
とはいえこれもすぐに破られるのではないか、あまり期待していない
FacebookもYAHOOもセカンドライフもやりたかったのはこれなんだが、ダメでしょ?
ネットの広大な世界に小綺麗な町を作っても自給自足の閉社会にはならんのよ
ここでも現実社会と同じストロー現象が作用して瓦解する、毎度これの繰り返し