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2026-02-12

ママというのは生活者のこと」って、これまた酷いジェンダーバイアスだなあ

ならなんでわざわざ「ママ」に限定したタグにしたんだよ

わたし」とかでいいよね?

ていうか「ママ」ってそれこそ「勝ち組」だろ。

「勝ち負けはもういいよ」って、本気で思ってたらそもそも結婚してないし子供を産んでないだろうに。

結婚できた、子供が産めた、って時点で

それが叶わなかった人から見たら勝ち組なのに

その自覚がなくまるで弱者かのように振る舞うから性格が悪いんだよ

ルーシーグリーン

@lucy_green_AST

あの「#ママ戦争止めてくるわ」のタグ

ママというのは母親女性、じゃなくて、

生活者」のことだから、盛り上がったんだよね。

今、政治は「社会」「勝ち組のものになってる。

ももうそういう論理

飽きちゃったんだよ。

ただ毎日を大切に生きたい。

勝ち負けはもういいよ。

https://x.com/lucy_green_AST/status/2021056483858010430

Permalink |記事への反応(0) | 08:28

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2026-02-11

国家の重心が動くとき──憲法行方、そして熱狂行方を思う

変わる国の重心

2026年選挙は、一つの分水嶺」として記憶されることになるだろう。

石破政権退陣を受け、新たに発足した高市政権。その直後に断行された、いわゆる「7条解散」。1月23日解散から投開票までの短期決戦は、グローバル市場が発した「サナエショック(金利急騰・円安)」という警告音を、政治的熱狂列島を覆う大雪がかき消していくプロセスのものであった。

結果として自民維新を中心とする勢力が全議席の4分の3を掌握したという事実は、旧来の自民党支持者すら驚くものであった。それは「政治家人気投票」という側面を加速させる、選挙戦術技術的な完成を意味していただろう。

圧倒的な数の力を背景に、長らく議論テーブルに乗るだけだった「憲法改正」は、いまや現実的政治スケジュールへと組み込まれようとしている。高市政権は、地政学リスクの高まりを背景とした「中国脅威論」や、国内に醸成されつつある排外的空気を巧みに政治的駆動力へと転換した。その支持を追い風に、「9条改正現実的要請である」というロジックが、強力なキャッチフレーズとして機能し始めている。

私たち今日、騒がしい政治タイムラインから距離を置き、無限に降ってくるエコーチェンバーの雪を視界から遠ざけることができるだろうか。

今、この国の変化した「重心」が何を成そうとしているのかを、静かに見つめ直す必要がある。

天は人権を与えないのか

憲法改正について、世間ではどのようなイメージが流布しているだろうか。「古いものを令和版にアップデートする」といった、あたかスマートフォンOS更新のような、若々しく前向きなイメージが、おそらくは今後急速に普及すると予想される。

しか私たちは、実際にどのような案が議論遡上に載せられているか、その設計図確認せねばならない。

議論参照点となるのは、自民党が2012年作成した「日本国憲法改正草案である。このテキストには、単なる9条条文の修正にとどまらない、国家観の根本的な転換が示唆されている。

最も象徴なのは現行憲法第97条の全面削除であろう。

「この憲法日本国民保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久権利として信託されたものである。」

この条文は、人権国家に先立って存在する「自然権(天賦人権)」であることを宣言したものだ。しかし、草案ではこれが削除され、11条を残すことで人権国家が与える形を取ることになる。さらに第13条の「個人として尊重される」という文言が「人として尊重される」へと書き換えられた。

個人から「人」へ。97条削除に比べればわずか一文字の違いだが、ここに込められた断絶は深い。かつて草案起草に関わった片山さつき氏が「天賦人権論をとるのは止めよう」と明言した事実、そこに流れているのは当然、権利とは天から(あるいは生まれながらに)与えられるものではなく、国家という共同体帰属し、義務を果たすことによって初めて付与されるものだ、という思想である

これは良し悪しという感情論以前の、近代立憲主義というOSオペレーティングシステム)の入れ替えに近い。国家個人を守るための憲法から個人国家を支えるための憲法へ。その重心移動は2012年にすでに開始していたのである

美しい国の先へタイムスリップしてみよう

このような草案内容と、高市総理自身イメージ戦略はどのように共鳴しているだろうか。

日本列島を、強く豊かに」。これは、かつて安倍総理が「美しい国」というフレーズを用いたように、いま高市総理が繰り返し掲げているスローガンである

一見すると経済的繁栄約束に聞こえるが、彼女支持基盤である日本会議的な政治的系譜や、選択夫婦別姓への慎重姿勢家族間の相互扶助を強調する福祉観などを俯瞰するとき、そこには明治国家スローガン富国強兵」と同型的な発想が見えてくる。

明治時代、「富国」という経済的な豊かさは、個人幸福追求のためではなく、あくまで「強兵」という国家の強さを支えるための基盤として位置づけられた。

逆に言えば、それらを成し遂げなければ個人幸福保証できないような情勢なのだと言っているのかもしれない。

決して「日本国民を、強く豊かに」と言わないのは、あの時代国家観を「美しい国」として、戦後反省だけでは国を守れないとする意思を表しているのだろうか。

2026年衆院選において、高市政権市場の警告を、左派不安を、選挙勝利への多様な戦術ねじ伏せてみせた。その手腕は国家という物語を紡ぐ演出としてスケールアップし、いま有権者に受容されていく可能性を見せている。

あなた生活憲法

圧倒的な議席数と、顕在化した憲法改正への熱望。この二つが揃ったいま、私たちはどう振る舞うべきだろう。

SNS快哉を叫ぶか、あるいは嘆き悲しむか。過激批判応酬は止むことがないだろう。それでも政治的熱狂から一歩身を引き剥がし思考のための穏やかな場を確保することは可能だ。

たとえば、「憲法カフェ」のような試みがある。リラックスした空間で、コーヒーを片手に憲法について語り合う。そこでは「賛成か反対か」を叫ぶのではなく、法文がどのような意味を持つのかを学び、穏やかに思考を交わすことができる。

国家」という巨大な物語に飲み込まれないためには、私たち一人ひとりが、暮らしの根元にいつでも存在する憲法を知り、尊重されるべき「個人」として位置付けられていることを知っておくことは大事だ。

厳冬の衆院選。その唐突政治の季節は熱く、あまりに短く過ぎ去った。しか憲法という国の形を変える議論は、これからが長い正念である熱狂の宴が終わったあとだからこそ、考えて欲しい。なぜなら憲法とは、普段生活ほとんどすべてを支えている法律なのだから

自身の中に降り積もり、ゆっくりと変化する。あなたなりの言葉思想があるはずだ。

2026年2月 建国記念の日の夜記す

Permalink |記事への反応(1) | 22:47

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2026-02-10

anond:20260210185914

丸山眞男提示した「抑圧移譲(よくあついじょう)」の論理は、日本社会構造理解する上で非常に鋭い洞察です。

質問の続きを補完するように解説すると、日本社会における「抑圧者」のあり方は、ピラミッドの頂点に君臨する独裁者一人に集約されるものではありません。

「抑圧移譲」の構造とは

丸山によれば、日本的組織社会においては、ある個人は「上からの圧迫」を受けると同時に、そのストレスや不満を解消するために、自分より「下の存在」に対して同じように抑圧を加えます

連鎖する抑圧:組織トップけが加害者なのではなく、中間管理職、平社員さらには家庭内関係に至るまで、誰もが「被害者であると同時に「加害者」になる連鎖構造を指します。

心理的な均衡: 上から受けた理不尽圧力を、さらに弱い者へ転嫁移譲)することで、個々人が精神的なバランスを保とうとするメカニズムです。

日本社会における特徴

このシステムには、欧米的な「独裁」とは異なるいくつかの特徴があります

特徴 内容

無責任の体系 全員が「上の指示だから」「社会の風潮だから」と責任転嫁するため、最終的な責任所在曖昧になる。

権威への依存自分が抑圧する際、自分自身の信念ではなく「上の権威」を背景にして(虎の威を借る形で)振る舞う

無限連鎖 抑圧の対象がいない最末端の人間は、さらに弱い存在(あるいは身内や動植物SNSでの匿名攻撃など)へ矛先を向ける。

丸山眞男視点

彼はこれを、近現代日本軍隊組織官僚制の中に顕著に見て取りました。上官から殴られた兵士が、さらに初年兵を殴ることで自らのプライド回復しようとする構造が、社会全体の「空気」を作っていると批判したのです。


現代への示唆

この「抑圧移譲」の連鎖を断ち切るには、丸山福沢諭吉から学び取った「独立自尊」の精神、つまり外部の権威依存せず、自らの良心に従って判断する個人の自立が必要だと説かれています

「上が悪い」と批判するだけでは、この構造からは抜け出せません。自分自身が「下の者」や「異質な者」に対して、無意識圧力移譲していないかを自省することが、この連鎖を止める第一歩となります

Permalink |記事への反応(1) | 19:01

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2026-02-09

左派タグ芸をやめろ

左派都知事選ときに学ばなかったのか。

百合子と蓮舫一騎打ちだったはずなのに、蓋を開けてみれば蓮舫石丸かい地方から出てきた謎の人物にすら負けたじゃないか

あの時に辻元清美が「もう通用せえへんのかな」って反省してただろ。

でも結局、あれから何度もチャンスがあったのに、左派全然反省しなかったから、今回の衆院選自民党が大勝しただろ。

左派大敗の要因の一つに「タグ芸」があると思う。

#蓮舫流行ってる とか #ママ戦争止めてくるわ とかのやつね。

タグ芸をやる人達は知らないだろうけど、タグ芸ってかなり賛否両論別れる行為だよ。

アイドルファンダムがよくやるんだけど、タグ芸やりたい派とタグ芸はキモい派で常に喧嘩してる。

タグ芸は、推しコロナになって大きい仕事に穴を開けてしまったときとか、MV再生回数が何百万回いったときとか、所属事務所創業者地獄にいるのに現世でも死刑になったせいで仕事がなくなったときとか、そういう大きいトピックがあったときに発生しがちだ。

声のデカオタクが「#〜 ってハッシュタグをつけて気持ち推しに届けよう!」って言い出して拡散していく感じ。

一方でそういうタグ芸が同調圧力だったり、エモの押し付けっぽかったりとかして、タグ芸に批判的なオタク結構いる。

ただ、タグ好きな人タグ好きな人同士でつるむし、タグ芸嫌いな人はタグ芸嫌いな人同士でつるむ(というかタグ芸キショいという話題愚痴垢が盛り上がる)から、両者が分かり合うことはない。

オタクファンダムですらタグ芸ってかなり危険手段なのに選挙タグ芸なんかやったら、身内以外からどう見られるか。

一旦立ち止まって考えた方がいい。

普段タグ芸を叩いてるオタク達は左派タグ芸を見ただけで引くだろうし、非オタ無党派層だってタグ芸が響くかは怪しい。

政治推し活じゃないって言うけどさ、もう手遅れで政治は既に推し文化に取り込まれてるんだよ。

高市早苗名前うちわも、大椿ゆうこ名前うちわも見かけたからな。

とにかく、政治推し活化については右派左派関係ない。

その中で立ち回りが上手かったのが自民党とそのファンダムだったという話。

自民党支持のけーぽペンとか、共産党支持のジャニオタとか、趣味党派性が一致してないオタクもいない訳ではないが、好きな若手俳優学会員から自分学会に入ろうとするオタクが出現したりもする(大方、二世信者に止められるが)。

とにかく、人は軽率熱狂やすい。

また、自分自身もそんな熱狂の中にいることを時折省みるべきなのである

そして、熱狂している自分というものが、他者からどう見えているかも考えてみるべき。

熱狂している人は傍から見たら薄っすらキモいものだ。

その「薄っすらキモい人」が発信している情報というのが、他者からどういう風に受け取られるかを、たまには立ち止まって考える必要がある。

世の中ではお笑い流行ってなけりゃ、反自民流行ってない。

流行ってると勘違いしてるのはそのコンテンツ好きな人同士だけで、界隈の外から見たら内輪で盛り上がってる変なコンテンツしかない。

こういう点を自覚し、いか謙虚さを持って振る舞えるか。

ファンダムの拡大にはこういう視点大事なのだ

「○○気になってたけど変なファンが多いから近づくの止めた」と言われないように。

政権批判をするなとは言わないが「我々が述べているのは誹謗中傷ではなく真っ当な批判」という言い訳は、菊池風磨アンチと同じことを言っていると気づいて欲しい。

ただでさえ悪口批判区別がつかない人が多い中でこんな言い訳をするなんて、高市さんのアンチだ!とレッテルを貼られても仕方がないのだ。

まずは自分意見が違う他者を下に見ない。

そして自分熱狂しているコンテンツ流行っていないことを自覚し、謙虚振る舞う

何より、身内にしか通じない言語で喋らない。

身内にしかウケない仕草披露しない。

常に他者からどう見られるかを意識していく。

これが今の日本左派必要なことだと思う。

正しさでだけでは、人は動かないのだから

Permalink |記事への反応(2) | 18:23

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立憲の参院議員公明拒否するだろう

当たり前だよ。だって公明は全員当選、旧立憲は8割減してるんだもの

 

しかも前回小選挙区で負けて赤っ恥をかい公明党前代表石井啓一もちゃっかり当選してる。泉・野田はなかなか当確でなかったし、枝野は完全落選したと言うのに。こんな状況下で、参院側の立憲が今回の衆院選と同じように中道として共闘することを認められるはずがない。これならまだ立憲共産党と呼ばれながらも老人の左翼票を集めた方が望みがあるから議員バッジを次もつけられるかどうかは議員当人にとってみれば党派よりも大事なことで、いくら中道路線が今後の日本必要とはいえども簡単には頷けないだろう。

 

そもそも公明党を比例で完全上位においたのが野田の誤りだった。あの数枠で生き返ってこれた旧立憲のまともな論客がいた。重徳や笠は運が良かったが、枝野原口など議論をさせればそれなりに自民渡り合える人材はいなくなってしまう。参院側も流石にこれは看過しないと思う。圧倒的に数を得ている衆議院高市任期ギリギリまで解散しないだろう。これ以上ない結果なのだから、次に選挙をやれば少なから議席は減ってしまうからだ。そうなると次の国政選挙は2年後の参議院選挙高市衆議院の数の力を用いて法案を通しまくっている最中、その結実に関して異論を唱え政権批判票を集めるにはまたとない機会のはずなのだ

 

斉藤代表はこの選挙責任をとって代表を辞任するようだが、一方で次の共同代表もまた公明から適当な奴を連れてくるだろう。次もまた立憲から養分を吸い取り、比例で多数の当選者を出しながら、中道としては大敗し、責任をとって辞めるだけの2年間の任期からだ。その後どう振る舞うかは斉藤の知ったことではないが、少なくとも2年後の参院選を超えた今から4年後の衆院選ではまた元鞘に戻るのではなかろうか。それだけの時間があれば中道解散するのも、自民と仲直りするのも容易だからだ。

 

そして更に強くなった自民党と、それに縋る公明党。この構図に、一周回って戻ってくると言うシナリオなわけだ。

 

この構図を拒否するためにも、立憲の参院議員公明と手を組むのを拒否しなければならないし、党を割ってでもせざるを得ないのではないか公明自民と仲直りする隙を与えず、立憲共産党と呼ばれ多少の議席を減らし、自ら血を流してでも、参院公明党と組まず戦い壊滅させなければ、立憲民主党の本当の終わりを迎えると言うことだろう。

Permalink |記事への反応(1) | 11:47

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数学コンピュータサイエンス無料で学べる時代大学へ行くなど馬鹿げている

数学コンピュータサイエンスも、今や無料で学べる。

MIT講義Stanford資料YouTube解説arXiv論文GitHub実装例、オンラインジャッジオープンソース教科書

極端に言えば、ノートPCネット回線があれば、線形代数から圏論まで、アルゴリズムから分散システムまで、形式手法から機械学習まで掘れる。

しかも、大学講義よりわかりやすく、大学教授より説明が上手い人間が大量にいる。

まり知識それ自体はすでに市場コモディティ化しており、値段はゼロに近づいている。

にもかかわらず、大学に行くために何百万円も払い、四年間も時間を捨てるのは、どう考えても合理的ではない。

これはもはや教育ではなく、儀式である

 

そもそも大学価値を持っていた時代は、情報が希少だった。

書籍も高価で、論文アクセスするにも壁があり、専門家に会うことも難しかった。

から大学知識へのゲートとして機能していた。

しか現代では、ゲートは崩壊している。知識空気のように拡散し、検索エンジンとLLMが圧縮して配布する。

学問入り口門番はいない。にもかかわらず大学けが学びの正規ルートであるかのように振る舞うのは、情報流通革命現実無視した時代錯誤だ。

 

しか数学コンピュータサイエンスは、特に大学不要度が高い分野である

理由は単純で、学習成果が外部に可視化できるからだ。

証明を書けばよい。実装を書けばよい。競技プログラミングスコアを出せばよい。GitHubコードを積めばよい。論文を読んで再現すればよい。

個人能力を示す客観的アウトプットが作れる以上、大学単位学位本質的ではない。

学位能力証明の一形態にすぎないが、その証明が過剰に高コストで、かつノイズが多い。

四年間を耐えたというだけで、思考力や創造性が保証されるわけでもない。

 

さらに言えば、大学カリキュラムは遅い。遅すぎる。

コンピュータサイエンスの実務世界は、ライブラリ設計思想インフラも数年単位で変化する。

だが大学制度として硬直しており、講義内容は更新されにくい。

学生が学ぶのは、現代戦場で使える武器ではなく、過去博物館ツアーになりがちだ。

もちろん基礎は重要だ。しかし基礎は無料で学べる。基礎を学ぶために大学という巨大な行政機構に参加する必要はない。

 

そして最大の問題は、大学が学びたい人間のための場所ではなく、学びたくない人間を四年間拘束する場所になっていることだ。

多くの学生学問に興味がなく、就職のために在籍し、単位のために暗記し、卒業のためにレポートを書く。

その結果、講義知的探究ではなく、脱落しないための事務処理へと変質する。

優秀で意欲ある少数の学生は、その空気の中でむしろ学びを阻害される。

学問とは本来、興奮と執念の領域であるはずなのに、大学はそれを出席管理と成績管理で薄める。

 

さら残酷な話をすれば、大学に行く最大の理由は「自分大学に行った方が安全だと思い込んでいる社会構造」そのものだ。

皆が行くから行く。行かないと不安から行く。つまり大学教育機関ではなく、集団心理によって維持される保険商品に近い。

これは合理性の皮を被った同調圧力であり、個人学習とは無関係だ。

 

数学コンピュータサイエンスのような分野で、真に強い人間は、学位ではなく成果物で語る。

証明コード論文プロダクト、貢献履歴。そこには逃げ道がない。

大学単位は「できるかもしれない」という曖昧なラベルだが、GitHubコミット実装は「できた」という事実だ。学問世界では、事実けが通貨である

 

学びを目的にするなら、大学コストが高すぎる。

情報無料で、学習自己駆動で、成果は公開できる。

学位という紙切れに依存する必要はない。しかしもう半分の真実として、大学知識ではなく、社会の信用システムとして機能している。

から人々は大学へ行く。学びのためではなく、社会攻略するために。

 

だがそれは同時に、現代大学知識殿堂ではなく信号の発行所になってしまたことを意味する。

もし数学コンピュータサイエンスを学びたいなら、大学の門をくぐる必要はない。必要なのは、静かな時間と、強烈な好奇心と、圧倒的な継続だけだ。

大学が与えるのは学問ではない。学問は、自分勝手に始めるものだ。

Permalink |記事への反応(0) | 10:54

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2026-02-08

従来の自民党支持者は、「新しい自民党支持者」の奴隷となる。

自民党が手にした圧倒的な議席数は、もはや「地盤看板・鞄」という旧来の組織票だけでは説明がつかない。今回の勝敗を分けたのは、これまで党を冷笑し、距離を置いていたはずの無党派層による異質な合流である自民党圧勝に導いた、この「新しい自民党支持者」とは何者か? 

新しい自民党支持者」といえる彼らを突き動かしているのは、盲目的な忠誠心でも、安定への回帰でもない。それは、SNS時代の濁流の中で磨かれた冷徹合理性だ。本稿では、膨大な言語データから彼らの正体を浮き彫りにする。

要約すると、

  1. 自民党が手にした圧倒的な得票。その裏側にあるのは、従来の組織票凌駕する「新しい自民党支持者」の合流。
  2. SNS上の膨大な投稿テキスト(540万件)を形態素分析した結果、浮き彫りになったのは、彼らが自民党を「愛している」のではなく、冷徹に「消去法で選ぶインフラ」として利用している実態
  3. ポインツ
    1. 消去法の圧倒的シェア: 期待による支持ではなく、野党への不信とリスクヘッジ投票の主因。
    2. 価値観の断絶:都市部・現役世代を中心とした成長・合理性世代間公平を求める層が、かつての自民党支持層(分配・現状維持)を飲み込みつつある。
    3. 逆転する力関係:自民党の存立は今、デジタル空間冷徹合理性依存している。既存支持基盤は離反を恐れ、この新しい層の価値観に隷従するという、歪な構造が生まれている(若い世代への高齢世代奴隷化)。

1. 540万件のデータが示す「支持」の真意

今回の分析では、選挙公示から投開票日までの期間、X(旧Twitter)およびYouTubeコメント欄から抽出された計540万2,100件のポストコメント対象に、自然言語処理NLP)を用いた形態素分析実施した。

分析メトリクス
「支持」の動機における語彙の変化(出現頻度比)

従来の世論調査が捉える「政権への期待」とは裏腹に、SNS上の言語空間ではネガティブ合理的選択を示す語彙が圧倒的なシェアを占めている。

特徴的語彙 出現頻度(前同期間比)連語(共起ネットワーク
「消去法」 340% 増野党現実的、マシ、他がない
「公金」 210% 増 チューチュー、利権NPO、透明化
「実績」 125% 増外交株価、安定、野党の空論
「お灸を据える」 78% 減悪夢民主党政権、二の舞、リスク

特筆すべきは、「#自民党にお灸を据える」というハッシュタグの劇的な減衰だ。新しい支持者層において、自民党への投票愛着ではなく、リスクヘッジという動詞と強く結びついている。

2.感情極性分析に見る逆説的な支持構造

既存メディア自民党への逆風を報じる中、SNS分析では異なる数値が算出された。感情極性分析ポジネガ分析)の結果、新しい支持層心理は以下のように構成されている。

彼らにとって、自民党支持とはベスト選択ではなく、致命的な失敗を避けるための最低限のインフラ維持に近い。

3. 「新しい支持者」の属性価値観対立軸

従来の支持基盤と、今回流入した新しい層を比較すると、その断絶は明らかだ。

比較項目 従来の自民党支持者新しい自民党支持者
主な属性地方在住、高齢層、産業団体公務員都市部、若年〜中年層、IT系個人事業主
支持の動機地縁血縁業界への恩恵情緒的安定 「消去法」による選択野党不信、変化の期待
経済政策 「分配」重視:公共事業補助金 「成長」重視:規制緩和、減税、労働流動化
社会保障現状維持」:年金医療既得権益世代間公平」:効率化、自己責任
外交安保協調リアリズム」:伝統日米同盟戦略的リアリズム」:経済安保国益優先
社会問題保守的」:伝統家族観、秩序重視合理的リベラル」:夫婦別姓容認能力主義
夫婦別姓 「慎重・反対」:伝統的な家族観の維持容認・推進」:個人自由合理性の重視
情報の接点新聞テレビ地域会合SNS、切り抜き動画まとめサイト
価値観の核 「信頼と実績」:継続価値コスパ真実」:無駄排除メディア裏読み

4. 特徴的な語彙(トークンから見える深層心理

形態素分析によって抽出された以下のキーワードは、彼らの正義の拠り所を示している。

結論:ドライ利用者の危うさ

新しい自民党支持者」は、自民党という組織を愛しているわけではない。あくまで現状の最適解としてドライに利用しているに過ぎない。「支持者」ではなく「利用者である

彼らにとって、政治信仰ではなく投資である。そのため、自民党がひとたび古臭い利権調整や非効率な分配に終始する姿を見せれば、この540万件のデータが示す熱量は、一気に離反へと転じる危うさを孕んでいる。彼らが求めているのは、安定という名の停滞ではなく、合理的破壊再生なのだといえるだろう。

皮肉なことに、党を支えてきたはずの従来の自民党支持者たちは今、この移り気な「新しい自民党支持者」の機嫌を損ねぬよう、彼らの価値観に隷従するかのように振る舞うことが求められている。組織票というかつての主役が、デジタル空間冷徹合理性に離反の恐怖で縛られ、奴隷のように寄り添い続ける。

この歪な共生関係が崩れたとき自民党という巨大な器は、その真の存立基盤を問われることになるだろう。

Permalink |記事への反応(1) | 23:31

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2026-02-07

anond:20260207234709

改めてこじらせてんなーって感想

普通に気持ち悪い

読者には傲慢振る舞うのに、先輩にはへこへこしてるのが小物丸出しって感じで本当にキモい

Permalink |記事への反応(2) | 23:48

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ラジオ人生相談っていう偽善

俺が定義する偽善はその人の問題解決されてないのに善であるかのように振る舞うこと。

そう考えれば炊き出しなんていかに邪な目的があっても偽善ではない。飢えという問題が直接的に解決されてる。

もちろんそれは対症療法的かもしれないけど、ラジオ人生相談対症療法にもなってない。ほんとに何も解決してない。

あれって相談者が離婚したてとかの経済的困窮者なことが多くてお金渡せばだいたい解決する。

んで相談受ける人は弁護士とかで十分財力があってそれができる立場

じゃあ金渡せよ。同情するなら金をくれはまさに正論だよ。相談の一部始終聞く限り結局何も解決してないんだよあれ。

dorawiiより

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Permalink |記事への反応(0) | 18:42

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2026-02-05

繊細でいられる人が羨ましい

みんな誰しもが若い頃はナイーブだ。

傷つきやすいしちょっとしたことでくよくよと悩んだりして青春時代を過ごす。

社会に出て大人になるにつれ、なぜ人は図々しくなっていくのか。

それはナイーブでいられる余裕がなくなるからだ。

自分の心の準備なんて気にする余裕もないまま、みっともない姿を晒し必死になるしかない。

それをせずに済んで生きてこられた人は幸せだと思う。

たまにいる30~40代くらいでよくそれでここまで来れたなというくらい繊細な人。

ちょっとしたことで怒り出したり、ちょっとしたことで悩んでたり。

そういう人はそれまで自分でそれを乗り越えなくても済んできた人なんだと思う。

周りに愛され助けられてきたんだろう。

飲み会で、周りの空気を察して自分から話題を切り出したり明るく振る舞うことすらできない人。

恋愛で、自己中に嫉妬むきだしたり、モラハラっぽいことしちゃう人。そのくせ別れるときには子供みたいに泣いてすがる人。

仕事組織としての結果より承認欲求が上回っちゃって、リーダーやりたがるのにいざやったらダメダメな人。

そんな出来事が起こるたびに辛い人生だ、、なんてくよくよしてるだろう。

でも繊細さというのは、裏返せば図太さなんだと思う。

いつでも明るく振る舞う元気そうな人に、平気で「あなたは強くて羨ましい」と言ったりできる。

その元気な人の声が時々震えてることになんて気づかない。繊細な人ほど鈍くて、立ち直りも早かったりする。

そういう人と、仲良くはなれないけど見ていて羨ましいなと思ってしまう。

あなたはそうやってできる限りわがままに生きていけたらいいね、もし死ぬ瞬間までそれでいられたらそれはきっと幸せなことだ。

だってほとんどの場合、どこかでつまづいてしまう。

それが後になればなるほど、しんどい思いをすることになる。

最後まで繊細なままで生きられる人は少ない。

だけどそうやって繊細な心を持ち続けて生きていけるなら、それは間違いなく幸せなことだと思う。

Permalink |記事への反応(0) | 17:01

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2026-02-02

えっ、もしかして「自分だけは物事のグラデーションが見えている賢い側」だと思ってこれ書いちゃった感じ?w

効果がある層は絶対的にいる」って、その「効果」の定義は何? 具体的にどういう層に、どういう数値的・定性的な変化をもたらすことを指して「効果」って言葉を使ってんの?脳死でふわっとした言葉使って、自分が「正解」を知ってる風に振る舞うの、見てるこっちが恥ずかしくなるからやめてほしいなあw

 

あとさ、「メタ認知」とかい言葉意味わかって使ってる?

 

本当に存在するかも怪しい、存在したとしても極々少数であろう馬鹿存在を信じ込んで

 

これ、お前が今まさにやってることだって気づいてないのが最高にマヌケなんだよね。自分が想定した「0か100かでしか考えられない仮想馬鹿」を叩くことで、必死自分精神的優位性を保とうとしてる。それ、お前が嫌ってる「俺アピール」そのものなんだけどwブーメラン刺さってるの痛くないの?

 

とりあえず、お前がドヤ顔で持ち出した言葉の整理から始めようか。逃げずに答えなよ。

 

 

お前の頭の中にある「グラデーション(笑)」とやらを、誰にでもわかるように具体的に説明してみてよ。できないなら、お前が一番嫌ってる「メタ認知のない馬鹿」はお前自身ってことで確定だけど。返答待ってるねw

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2026-02-01

『メラニア』と『ハサウェイ』を同日に見てしまった雑感

映画『メラニア』と『ハサウェイ』を続けて見た。

怖いもの見たさで『メラニア』を見たんだが、さすがにそれ一本で帰るのもどうかと思い、ちょうど上映してた『ハサウェイ』一緒に見た。

『メラニア』は、映像としてはちゃんとしてる。ライティング音響カメラワーク演出も「映画作法」は押さえてるし、カット割りに至っては「カメラ何台あんの?」って思うくらい一つ一つのシーンで細かく刻んでくる。登場人物ある意味素人にもかかわらず、演技が下手くそで見れないというようなこともなかった。むしろ『ハサウェイ』の方が薄暗くて見づらいシーンが多かったくらい。

でも内容がびっくりするほどつまらない。

『メラニア』の映画では、2025年1月1日から就任式までの20日間を描くのだが、少なくとも映画の中では何のアクシデントも起きない。起伏がない。尺を埋めるためか、プライベートジェットで移動する、警護付きのSUVで移動する、みたいなシーンが何回も差しまれる。で、ただ移動するだけで何も起きない。『ハサウェイ』と真逆だなと思った。『ハサウェイ』の移動には全部意味があるし、大小のイベント勝手に発生して勝手に状況が変わっていく。『メラニア』はただ移動するだけで終わる。

移動中はモノローグが入るんだが、これがクソ真面目でクソつまらない。というか、移動以外の場面でも会話劇がほぼなく、ずっとモノローグ。『ハサウェイ』なら戦闘中でさえ会話劇をするし、モノローグにも幻覚が混ざって気づいたら会話している。『メラニア』は幻覚を見ないし、戦闘もしないし、仕事もほぼ一方的な指示出しなので、実質モノローグしか喋れない構造になっている。たまに挟まるスタッフインタビューシーンが癒しになるほど。

ただ、モノローグに全く見どころがないわけではない。

たとえば「今日私人としての最後フライト明日から公人として移動するので、様々な制約が課せられる」みたいなナレーションがあって、えっ今までのプライベートジェット貸し切りとか警護車列での車移動って、全部“私人”扱いだったの!?どんだけ金あん!?って、そこだけは普通に笑った。

あと、メラニアが元モデルというのが強い。

画面にいるだけで映える。普通の人のドキュメンタリーを撮ってもこうはならないだろうなっていう素材の暴力を感じた。就任式のドレスミリ単位で調整をオーダーするし、ホワイトハウスや会場のデザインにも細かく指示を出す。『ハサウェイ』でいうと、ギギの引っ越しシーンが最初から最後までずっと続く感じ。プロ意識エピソードとして必要なのはわかるが、全編それだとさすがに飽きる。あれを2時間やられるのはしんどい

ギギとの対比で言うと、メラニアは最初から最後まで徹底して大人として振る舞うモノローグでも建前しか言わない。ドキュメンタリーとしてはそういう振る舞いしか撮っていないという言い方もできるが、結果として面白くない。子供っぽい振る舞いで周囲を振り回して場をコントロールするギギとは対照的

ただ、唯一息子バロンの話だけは本音漏れていた。

トランプ一家が映る時、フォーカスされるのはまずドナルド、次にメラニア、最後バロンドナルドバロン以外の親族は、画面に映ってるのにモノローグでは完全に無視である。劇中で別々に動いてるのか、単に編集で落ちてるのかは分からないが、ドナルドとのプライベートな会話もほとんどない。家族について語るところも、ほぼバロン心配しかしていない。もう人生の目的が「バロンを無事育て上げること」しか残ってないんじゃないか、みたいな気配すらある。

一方で、ドナルドは常に面白い。

画面に存在するだけで「こいつ次に何をしでかすか分からない」緊張感がある。少ない登場シーンでも、周囲にジョークかますのを欠かさないし、平易な言葉で人を大げさに褒める。就任スピーチ練習中に、メラニアが原稿修正提案する場面があるんだが、提案を受け入れて直した後に、カメラ目線で「ここカットしろよ!」ってジェスチャーしてくる。マジなのか冗談なのか分からないところまで含めて面白い。

正直、トリックスターという意味では、ドナルドの方がよっぽどギギに近い。

ドナルド20日間を撮ってたら、いくらでも面白映画にできたと思う。トリックスター大統領にするなって話なんだけど。

Permalink |記事への反応(0) | 14:49

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2026-01-31

anond:20260131061852

AIによる補足解説自由主義日本社会と噛み合いにくい理由について

増田で描かれている違和感は、家族関係恋愛問題にとどまらず、より広く「自由主義的な人間観」と「日本社会が前提としてきた人間観」の齟齬を示している。

近代自由主義は、歴史的

個人

契約

権利

自己責任

を前提として設計された思想である

ここで想定される「個人」とは、社会関係性に先立って存在し、自らの欲望や選好を明確に持ち、それを言語化し、他者との摩擦や誤解を一定コストとして引き受けられる主体である

一方、日本社会で長く共有されてきた人間像はこれと異なる。

日本的主体は、関係の中で立ち上がり、他者視線感情を内在化しながら振る舞う存在であり、欲望感情を即座に外部化することよりも、場の調和文脈の維持を優先する傾向が強い。

この差異は、自由価値否定しているわけではない。

しろ日本社会は「自由を直接表明しない技術」を高度に発達させてきた社会である

本音と建前、空気を読む、察する、匂わせるといった文化は、自由を抑圧するためではなく、関係を壊さずに欲望意志流通させるための装置として機能してきた。

しかし、近代以降、自由主義制度として輸入される際、その背後にある人間観までは十分に翻訳されなかった。

その結果、日本社会では

自己主張わがまま

権利の主張=空気を読まない行為

性的自己決定恥知らず

といった誤作動が頻発することになる。


増田における「父親彼氏話題が重なることへの拒否感」は、この誤作動の極めてミクロな表出である

自由主義的には、成人した個人恋愛性的関係は、完全に私的自己決定事項であり、他者視線感情から独立してよいはずだ。

しか日本的感覚においては、父という存在は依然として「公的管理的な視線」を帯びており、そこに私的身体性が重なること自体が強い違和感を生む。

重要なのは、これを「日本は遅れている」「自由主義理解していない」と単純化しないことである

問題価値観の優劣ではなく、設計思想の不一致にある。

自由主義は、関係から切り離された個人を出発点とする思想である

一方、日本社会は、関係の中で個人が形づくられることを前提に秩序を築いてきた。

この前提の違いを無視したまま制度規範だけを導入すれば、個人は常に「自由であれ」と求められながら、同時に「空気を読め」と要請されるという二重拘束に置かれる。

増田が示しているのは、その二重拘束が生む、ごく日常的で、しか説明しがたい居心地の悪さである

それは個人の未熟さでも、道徳的葛藤でもなく、思想文化の接合部に生じた摩擦の感触にほかならない。

Permalink |記事への反応(1) | 06:25

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2026-01-30

結婚子育て以外で成熟した中年になるにはどうしたらいい??

来年40になるオッサン社会人

仕事はそこそこしっかりやって稼ぎもそれなり。

生活は安定して上手く回ってるが、成長というか成熟してないと痛烈に感じる。

まだ管理職責任はない。独身から誰かを養う責任もない。

未だにナイーブですぐ些細なことで傷つくし

何かを与えられることを期待してしまうし

他人ちょっとした欠点に憤ってしまうし

しんどい交流や嫌な相手に対して逃避的になってしまうし

自信を持ったり傲岸に振る舞うことができないし

誰かと争うこともとことんできないし

読書プラモと猫と筋トレしか好きなものがないし

呑みもバクチもスポーツも嫌いだし

プライベート自己完結してるし

苦しいことはなるべく避けて人と関わりすぎず生きていたいし

なんというか良い意味成熟した大人にも、悪い意味で枯れたオッサンにもなれておらず、中身がずっと未熟なままいつも青年期のような悩みを引きずってる。

大人らしい大人というか、中年らしい中年になれない。

このままでは中身20代くらいのままのグロテスク中年になってしまう。

というかもうなっている。

中年なのに中年の自認が生まれてこないのが何より恐ろしい。

ここから抜け出すために何をすればいいかからない。

必要なのは経験か知恵か諦めか、それとも心身の衰えだろうか?

良い歳のとり方というのは意識してそうなれるものなのか、それとも多くの人は自然とそうなるものなのか?

なまじこのままでもずっと暮らしていけそうなだけに恐ろしい。

どうしたら良いか教えてくれ。

なおこんな性格なので交際相手はいない。過去何人か付き合ってはきたし、結婚するための努力もしてみたが無理なものは無理だった。

その選択肢は取れないので「結婚しろ」「子育てしろ」以外で頼む。

Permalink |記事への反応(1) | 20:57

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SNSの“おすすめ機能”は現代の揉めさせ屋だ

SNSの“おすすめ機能”を見ていると、まるで揉め事を起こすのが趣味人間のように感じることがある。

人の悪口を聞くと、それを言われた本人に嬉々として伝えに行き、人間関係を壊して楽しむ──そんなタイプ人間がいる。コウモリのように立場を変えながら、火種を撒き散らす存在だ。

私たちSNSに何かを呟くということは、その揉めさせ屋に自ら悪口を届けに行くようなものだ。誰だって愚痴くらい言う。だが本人を前にしては言わないのが普通マナーだろう。

しかSNSおすすめ機能は、そのマナー無視して、相手に告げ口しに行く“ノンデリ人間”のように振る舞う

結果として、言うつもりのなかった相手にまで言葉が届き、余計な摩擦が生まれしまう。

SNSがかつてないほど人類対立をもたらしているのは、私たち言葉勝手に運ぶ“揉めさせ屋”が、そこに常駐しているからに思う。

Permalink |記事への反応(0) | 20:19

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見窄らしいデブおばちゃんやだよーー!!

デブ女でも小綺麗だったりオシャレだったり、頭良かったりおもろかったり秀でた技術なりのどれかひとつがあると頭あがんないし尊敬できるじゃん!!

でも何もなくておもろくもないし頭もちょっとハゲ始まってて体ももちもちぶよぶよで薄汚れたしまむらとか着てる人やだよーーー!!

仲良くしなって言われても無理だよーー!!訴えられない程度に振る舞うしかできないよーー!!

Permalink |記事への反応(0) | 18:21

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【論考】リヴァイアサンの断裂力学能動性の限界システムの死 ――閉鎖系における「自由意志」の限界:内部的能動性と外部的決定要因【再考

【はじめに】

※本稿は、先に公開した同名論考に対して寄せられた批评と、それを通じて得られた理論的再検討を踏まえ、特に現代貨幣理論MMT)に対する理解を、主流的な財政論の枠組みから切り離し、より構造論的・環境依存的な視点へと修正したものである


基本的問題意識は変わらないが、いくつかの記述は、より精密な形へと再構成されている。


なお、本稿の結論──

金利上昇によって、政治裁量空間が急速に失われていく」という構造認識自体は維持されている。

今回の改稿は、その結論に至る理論的経路を、より正確な貨幣制度理解に基づいて再構成したものである


本稿は、完成された主張というよりも、

構造モデル批評によってどのように精緻化されうるかを含めた思考過程の記録として読まれたい。


本稿は、硬直化した日本政治システムリヴァイアサン)がいかにして「変化」するのか、あるいは「変化しない」のかを、構造的制約(Structure)と主体的能動性(Agency)の緊張関係から分析する。

結論から述べれば、閉鎖された均衡システムにおいて、内部の主体的行動はシステム延命メンテナンス)に寄与するのみであり、構造転換をもたらす真の変数は、常にシステムの「外部」から到来する。

なぜ内部からは変われないのか。なぜ外部ショックのみが有効なのか。本稿はその力学メカニズムを解明する。

システム内の能動性:なぜ「本気の改革者」は例外なく窒息するのか?

システム内には、現状維持を望む者ばかりではない。稀に、私利私欲度外視し、本気で構造転換を志す「確信犯改革者」が出現する。

彼らは「空気を読まない」強さを持ち、世論熱狂を背に、既得権益という岩盤突撃する。

しかし、なぜ彼らは例外なく敗北し、システムに吸収されるか、あるいは排出されるのか。

その敗因は、個人資質ではなく、リヴァイアサンが備える高度な「免疫システム」にある。


メカニズムA:時間の泥沼化

なぜ改革は「反対」されず、「手続き」で殺されるのか?

日本意思決定プロセスは、無数の承認ハンコと全会一致の慣行によって設計されている。

改革者の持つ「政治熱量」は、膨大な会議部会審議会というプロセスを経ることで、「摩擦熱」へと変換され、散逸する。

鋭利刃物も、泥沼を切り続ければ摩耗して切れなくなる。システムは「反対」するのではなく、「手続き」によって改革者疲弊死させる。

事例1:河野太郎と「ハンコ戦争」 ——手続きの泥沼化

――改革はなぜ「UI改善」で終わったのか?

河野太郎氏は「異端児」として知られ、行革担当相やデジタル相として、日本の非効率アナログ行政(ハンコ、FAX)を打破しようと試みた。彼は「岩盤規制をドリルで砕く」という強い意志を持っていた。

システム(各省庁)は、彼の命令拒否はしなかった。その代わりに、「法解釈の整理」「セキュリティ上の懸念」「関係各所との調整」という名の「手続き迷宮」を展開した。

結果として、「ハンコをなくす」ために「デジタルハンコを押すシステムを作る」といった、本末転倒解決策(システム自己保存)へと誘導された。

結果:

彼の膨大な熱量は、岩盤を砕くことではなく、岩盤の表面を磨くこと(UIの微修正)に浪費された。彼はシステムを変えたのではなく、システムによって「改革ごっこ」というガス抜き役回りを演じさせられたのである


メカニズムB:村八分による兵糧攻め

なぜシステムは「カネとポスト」で人を殺せるのか?

リヴァイアサン血液は「カネ」と「ポストである

システムに逆らう異物に対しては、派閥官僚機構連携し、この血液供給遮断する。

協力者がいなくなり、情報が入らなくなり、部下が動かなくなる。

どれほど高潔意志を持っていても、手足となる組織兵糧攻めにされれば、改革者は「裸の王様」として孤立し、機能不全に陥る。

事例2:民主党政権(2009-2012)—— 「臓器移植」への急性拒絶反応

――なぜ「政権交代」は急性拒絶反応を起こしたのか?

鳩山由紀夫および民主党は、「政治主導(脱官僚)」と「対等な日米関係(脱対米従属)」を掲げ、システムの中枢OSを書き換えようとした、極めて純粋理想主義者たちであった。

発動した免疫: 「官僚によるサボタージュ情報遮断

明治層(官僚機構)は、新参者である民主党大臣に対し、重要情報を上げない、あるいは意図的リークするという「兵糧攻め」を行った。

同時に、米国層(将軍)は、普天間基地問題を巡って「トラスト・ミー」と叫ぶ鳩山氏を「システムエラー」と認定し、徹底的に冷遇した。

結果:

官僚米国という二大免疫細胞攻撃された政権は、内部から機能不全(多臓器不全)に陥り、わずか3年で壊死した。これは、適合しない臓器を無理やり移植した際に起きる「急性拒絶反応」そのものであった。


メカニズムC:抱きつき心中

なぜ最も危険な敵ほど「中枢」に招き入れられるのか?


これは罠である要職に就けば、その省庁の官僚を守る義務(答弁義務)が生じる。

改革者は、自らが破壊しようとしていた組織の「顔」として振る舞うことを強制され、既存論理に取り込まれる(ミイラ取りがミイラになる)。

システムは、敵対者を「内部に取り込み、腐敗を共有させる」ことで、その牙を無力化する。

事例3:村山富市社会党) —— 「抱きつき」による安楽死

――なぜ「総理になった瞬間」に思想は死んだのか?

かつての日本社会党は、自民党金権政治軍拡に対抗する、強力な「システム外の対抗馬」であった。

発動した免疫:「抱きつき心中

1994年自民党は驚くべき奇策に出た。長年の宿敵である社会党トップ村山富市)を、あえて「総理大臣」に指名したのである

権力の中枢に座らされた村山氏は、システム論理に従わざるを得なくなった。彼は就任直後、社会党の党是であった「自衛隊違憲論」や「日米安保反対」を撤回させられた。

結果:

総理大臣」という最高のポストを与えられた瞬間、社会党の魂(イデオロギー)は死んだ。自民党は、敵を王座に座らせることで、敵の存在意義消滅させたのである。これは、システムが実行した最も残酷で鮮やかな「安楽死」であった。


「分配原資」の物理的枯渇とシステム栄養失調



なぜ政治システムは「イデオロギー」ではなく「会計」で死ぬのか?

政治とは、究極的には「誰からリソース税金)を徴収し、誰に配分するか」という資源配分技術である

戦後日本政治の安定性は、経済成長という「宿主」がもたらす無限果実を前提にしていた。しかし、宿主生命力限界に達した現在システムは「イデオロギーの敗北」ではなく「会計学的な死」に直面している。

メカニズムA:接着剤としての「カネ」の喪失

なぜ自民党は「配れなくなった瞬間」に崩れ始めるのか?

前述の通り、自民党には核となるイデオロギー(魂)がない。多様な派閥や、農協医師会経団連といった利害が相反する集団を一つに束ねていた「接着剤」は、ただ一つ。「国から補助金公共事業である

崩壊論理高度成長期バブル期は、パイ(財源)が拡大し続けたため、「全員に配る(Positive-sum)」ことが可能だった。しかし、ゼロ成長とインフレ常態化した現在パイは縮小している。

一人のプレイヤー利益誘導すれば、別のプレイヤーから奪わねばならない(Zero-sum)。利益分配マシンとしての自民党は、その存在意義(配る機能)を物理的に喪失しつつある。カネの切れ目が縁の切れ目となり、システムをつなぎ止める引力が消滅する。

メカニズムB:金利上昇による「チート機能」の停止

――そして露呈する、制度という名の「檻」

なぜ「国債を刷ればいい」は突然使えなくなったのか?


支配的な政策言説において、「税収が足りないなら国債を刷ればいい」という現代貨幣理論MMT)的アプローチは、ゼロ金利・低金利という特殊金融環境でのみ作動する例外措置チート)として理解されている。

この見方に立てば、MMTは恒常的な財政運営理論ではなく、長期停滞と金融緩和に覆われた日本においてのみ一時的に許容された「裏技」に過ぎない。

崩壊論理公式説明):

2024年日銀による利上げ、すなわち「金利のある世界」への回帰は、このチート機能強制終了を意味する。

金利が上昇すれば、国債残高に比例して利払い費は自動的に増大する。国債利払いは予算編成上、優先的に処理される「固定費」であり、政治裁量によって削減することはできない。

防衛費社会保障費、そして国債利払い費。

これら不可避的支出だけで国家予算限界値に達する以上、政治家が「自由意志」で配分できる裁量予算消滅する。

結果として、政治家は「利益の分配者」から、膨張する固定費帳尻を合わせるだけの「赤字管理人」へと降格させられる――

これが、金利上昇後の世界において語られる、MMT「失敗」の物語である


しかし、この物語のものが、より深い構造真実を逆説的に暴露している。


理論真意

現代貨幣理論MMT)の本質は、低金利下のチート正当化するための方便ではない。

それは、貨幣主権を持つ政府は「支出のために徴税や借入を必要としない」という、現代通貨システム物理実態可視化した理論である

MMT視点では、国債資金調達手段ではなく、民間部門供給された余剰通貨を吸収し、金利を調整するための政策ツールに過ぎない。

本来政府支出を制約するのは「財政赤字」ではなく、供給能力限界が引き起こすインフレのみである


それにもかかわらず、MMT全面的実装されることはない。

その理由経済理論の欠陥ではなく、制度設計にある。


現代金融システムは、中央銀行独立性という「防波堤」によって、政治権力通貨発行を直接統制することを禁じている。

これは、インフレ制御できない政治に対する制度的不信を前提とした安全装置である

さらに、国債は国際金融市場において「安全資産」として機能しており、これをMMT論理無効化することは、現行のグローバル金融秩序そのものを動揺させかねない。


金利上昇によって露呈したのは、MMT破綻ではない。

しろ、「貨幣主権国家理論上できること」と、「市場制度国際秩序が許容すること」との乖離である


理論上、政府は利払いのために通貨を発行できる。

しかし、それを実行すれば「財政規律崩壊」と見なされ、円安インフレ資本流出を招くという政治的・市場的制約が即座に作動する。


すなわち、MMTが示した「可能性」は否定されたのではない。

それは、我々自身が作り上げた「財政規律」という名の制度的な檻の中に、最初から閉じ込められていたのである


メカニズムC:開放系における外部強制

なぜゼロ金利という「チート」は強制終了されたのか?

日本金融政策は、国内で完結した閉鎖系ではない。円という通貨は、ドルを基軸とするグローバル金融システムの一部として循環する開放系に組み込まれている。ゆえに、「ゼロ金利を維持するか否か」という選択は、国内意思だけで決定できるものではない。


金利差という物理圧力

2022年以降、米国インフレ抑制のため急激な利上げを実施した。金利とは通貨の「魅力度」であり、高金利通貨資本流れるのは、重力や水位差と同じ物理法則である

米国が高金利日本ゼロ金利であれば、資本必然的に円を売り、ドルへと移動する。この圧力政策論争によって回避できる性質のものではない。


円安宿主耐性の限界

資本流出帰結として発生した急激な円安は、輸出企業には利益をもたらす一方、エネルギー・食料を輸入に依存する国内経済に対して、強烈な輸入インフレとして作用した。

生活必需品価格の上昇は、国民生存コストを直接押し上げ、システムにとって最も危険閾値――社会的耐性限界――へと接近させる。これは単なる経済指標の悪化ではなく、治安不安政権不安定化という「システム破壊リスク」の増大を意味する。


強制された二者択一

この時点で、システムに残された選択肢は二つしかなかった。

一つは、利上げを拒否し続け、通貨価値の下落と制御不能インフレによって通貨の信認そのものを失う道。

もう一つは、利上げを受け入れ、国債利払い費の増大によって財政運営が硬直化する道である

国家にとって「通貨の死」は即死意味するが、「財政の死」は延命可能である


したがって、日銀による利上げは主体的政策選択ではない。

外部環境によって銃口を突きつけられたシステムが、自動的に「より生存確率の高い地獄」を選ばされた結果に過ぎない。


ここにもまた、個別意思決定主体の「自由意志」は存在しない。

あるのは、開放系における外部変数によって強制的に狭められた、選択肢なき選択だけである


メカニズムD:略奪の限界と「静かなるサボタージュ

なぜ国民は反乱せず、「産まなくなる」のか?

 配るカネがなくなったシステムは、最終手段として、声の小さい層(非正規雇用者若者、そして未来世代から搾取し、コア支持層高齢者既得権益)へ移転するという「略奪的再分配」に移行する。

崩壊論理しかし、搾取される側の実質賃金生存エネルギー)が限界を割った時、宿主死ぬ少子化労働意欲の低下は、国民の道徳的退廃ではない。「これ以上搾取されることへの、Permalink |記事への反応(1) | 12:38

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2026-01-29

【論考】オートパイロット終焉能動性が消滅した国の断裂力学

【はじめに】

本稿で描写した力学は、日本固有ではなく、「長期一党優位 × 外部安全保障依存 ×人口逆転」を満たす政治体制一般可能である

本稿は、硬直化した日本政治システムリヴァイアサン)がいかにして「変化」するのか、あるいは「変化しない」のかを、構造的制約(Structure)と主体的能動性(Agency)の緊張関係から分析する。

結論から述べれば、閉鎖された均衡システムにおいて、内部の主体的行動はシステム延命メンテナンス)に寄与するのみであり、構造転換をもたらす真の変数は、常にシステムの「外部」から到来する。

なぜ内部からは変われないのか。なぜ外部ショックのみが有効なのか。本稿はその力学メカニズムを解明する。

1.システム内の能動性:「異物」に対する免疫反応と、改革者の窒息

システム内には、現状維持を望む者ばかりではない。稀に、私利私欲度外視し、本気で構造転換を志す「確信犯改革者」が出現する。

彼らは「空気を読まない」強さを持ち、世論熱狂を背に、既得権益という岩盤突撃する。

しかし、なぜ彼らは例外なく敗北し、システムに吸収されるか、あるいは排出されるのか。

その敗因は、個人資質ではなく、リヴァイアサンが備える高度な「免疫システム」にある。

メカニズムA:時間の泥沼化

現象改革者が「AをBに変えろ」と命令した瞬間、官僚機構族議員は「徹底的な検討」と「根回し」を開始する。

構造的殺害:

日本意思決定プロセスは、無数の承認ハンコと全会一致の慣行によって設計されている。

改革者の持つ「政治熱量」は、膨大な会議部会審議会というプロセスを経ることで、「摩擦熱」へと変換され、散逸する。

鋭利刃物も、泥沼を切り続ければ摩耗して切れなくなる。システムは「反対」するのではなく、「手続き」によって改革者疲弊死させる。

事例1:河野太郎と「ハンコ戦争」 ——手続きの泥沼化

能動性:

河野太郎氏は「異端児」として知られ、行革担当相やデジタル相として、日本の非効率アナログ行政(ハンコ、FAX)を打破しようと試みた。彼は「岩盤規制をドリルで砕く」という強い意志を持っていた。

発動した免疫: 「手続きによる無限ループ

システム(各省庁)は、彼の命令拒否はしなかった。その代わりに、「法解釈の整理」「セキュリティ上の懸念」「関係各所との調整」という名の「手続き迷宮」を展開した。

結果として、「ハンコをなくす」ために「デジタルハンコを押すシステムを作る」といった、本末転倒解決策(システム自己保存)へと誘導された。

結果:

彼の膨大な熱量は、岩盤を砕くことではなく、岩盤の表面を磨くこと(UIの微修正)に浪費された。彼はシステムを変えたのではなく、システムによって「改革ごっこ」というガス抜き役回りを演じさせられたのである

メカニズムB:村八分による兵糧攻め

現象既得権益攻撃する改革者は、システム内部で「調整能力がない」「独善的だ」というレッテルを貼られる。

構造的殺害:

リヴァイアサン血液は「カネ」と「ポストである

システムに逆らう異物に対しては、派閥官僚機構連携し、この血液供給遮断する。

協力者がいなくなり、情報が入らなくなり、部下が動かなくなる。

どれほど高潔意志を持っていても、手足となる組織兵糧攻めにされれば、改革者は「裸の王様」として孤立し、機能不全に陥る。

事例2:民主党政権(2009-2012)—— 「臓器移植」への急性拒絶反応

能動性:

鳩山由紀夫および民主党は、「政治主導(脱官僚)」と「対等な日米関係(脱対米従属)」を掲げ、システムの中枢OSを書き換えようとした、極めて純粋理想主義者たちであった。

発動した免疫: 「官僚によるサボタージュ情報遮断

明治層(官僚機構)は、新参者である民主党大臣に対し、重要情報を上げない、あるいは意図的リークするという「兵糧攻め」を行った。

同時に、米国層(将軍)は、普天間基地問題を巡って「トラスト・ミー」と叫ぶ鳩山氏を「システムエラー」と認定し、徹底的に冷遇した。

結果:

官僚米国という二大免疫細胞攻撃された政権は、内部から機能不全(多臓器不全)に陥り、わずか3年で壊死した。これは、適合しない臓器を無理やり移植した際に起きる「急性拒絶反応」そのものであった。

メカニズムC:抱きつき心中

現象システムにとって最も危険改革者に対しては、あえて「大臣」などの要職を与える。

構造的殺害:

これは罠である要職に就けば、その省庁の官僚を守る義務(答弁義務)が生じる。

改革者は、自らが破壊しようとしていた組織の「顔」として振る舞うことを強制され、既存論理に取り込まれる(ミイラ取りがミイラになる)。

システムは、敵対者を「内部に取り込み、腐敗を共有させる」ことで、その牙を無力化する。

事例3:村山富市社会党) —— 「抱きつき」による安楽死

能動性:

かつての日本社会党は、自民党金権政治軍拡に対抗する、強力な「システム外の対抗馬」であった。

発動した免疫:「抱きつき心中

1994年自民党は驚くべき奇策に出た。長年の宿敵である社会党トップ村山富市)を、あえて「総理大臣」に指名したのである

権力の中枢に座らされた村山氏は、システム論理に従わざるを得なくなった。彼は就任直後、社会党の党是であった「自衛隊違憲論」や「日米安保反対」を撤回させられた。

結果:

総理大臣」という最高のポストを与えられた瞬間、社会党の魂(イデオロギー)は死んだ。自民党は、敵を王座に座らせることで、敵の存在意義消滅させたのである。これは、システムが実行した最も残酷で鮮やかな「安楽死」であった。

2.外部変数A:宿主の衰弱 —— 「分配原資」の物理的枯渇とシステム栄養失調

政治とは、究極的には「誰からリソース税金)を徴収し、誰に配分するか」という資源配分技術である

戦後日本政治の安定性は、経済成長という「宿主」がもたらす無限果実を前提にしていた。しかし、宿主生命力限界に達した現在システムは「イデオロギーの敗北」ではなく「会計学的な死」に直面している。

メカニズムA:接着剤としての「カネ」の喪失

構造現実: 前述の通り、自民党には核となるイデオロギー(魂)がない。多様な派閥や、農協医師会経団連といった利害が相反する集団を一つに束ねていた「接着剤」は、ただ一つ。「国から補助金公共事業である

崩壊論理高度成長期バブル期は、パイ(財源)が拡大し続けたため、「全員に配る(Positive-sum)」ことが可能だった。しかし、ゼロ成長とインフレ常態化した現在パイは縮小している。

一人のプレイヤー利益誘導すれば、別のプレイヤーから奪わねばならない(Zero-sum)。利益分配マシンとしての自民党は、その存在意義(配る機能)を物理的に喪失しつつある。カネの切れ目が縁の切れ目となり、システムをつなぎ止める引力が消滅する。

メカニズムB:金利上昇による「チート機能」の停止

構造現実: 「税収が足りないなら国債を刷ればいい」という現代貨幣理論MMT)的アプローチは、低金利という特殊な温室環境でのみ作動する「バグ技(チート)」であった。

崩壊論理2024年日銀の利上げ(金融正常化)以降、このチート機能強制終了された。金利のある世界では、国債の利払い費が爆発的に増大する。

防衛費社会保障費、そして利払い費。これら「固定費」だけで国家予算限界値(Cap)に達する。政治家が「自由意志」で配れる裁量予算ゼロになる。政治家は「利益の分配者」から、単なる「赤字管理人」へと降格させられるのである

メカニズムC:略奪の限界と「静かなるサボタージュ

構造現実: 配るカネがなくなったシステムは、最終手段として、声の小さい層(非正規雇用者若者、そして未来世代から搾取し、コア支持層高齢者既得権益)へ移転するという「略奪的再分配」に移行する。

崩壊論理しかし、搾取される側の実質賃金生存エネルギー)が限界を割った時、宿主死ぬ少子化労働意欲の低下は、国民の道徳的退廃ではない。「これ以上搾取されることへの、生物学防衛反応である

働く人間がいなくなり、税収が途絶えれば、いかなる強固な政治権力物理的に餓死する。

【補足】なぜ「チートゼロ金利)」は強制終了されたのか?

読者は疑問に思うかもしれない。「借金をチャラにできるゼロ金利がそれほど便利なら、なぜシステムはそれを永遠に続けなかったのか?」と。

答えはシンプルだ。外部環境米国金利為替市場)が、そのチート使用物理的に許さなくなったかである

メカニズム①:「金利差」という物理圧力

外部変数2022年以降、米国将軍)はインフレ退治のために急激な利上げを行った。

システムの反応:金利とは「通貨の魅力」である米国が高金利で、日本ゼロ金利であれば、世界中のマネー日本(円)を売って米国ドル)へ流出する。これは水が高いところから低いところへ流れるのと同じ物理法則である

結果:歴史的な「円安」が発生した。

メカニズム②:宿主国民生活)の壊死

円安」は輸出企業経団連)にはプラスだが、エネルギーと食料を輸入に頼る日本国民宿主)にとっては、猛烈な「輸入インフレ」として襲いかかる。

ガソリン代、電気代、スーパー食材価格が高騰した。これは、政治システムが最も恐れる「国民生存コスト限界突破」を意味する。もしこれ以上放置すれば、暴動政権転覆リスクシステム物理破壊)が生じるレベルに達した。

メカニズム③:究極の二者択一

システムは、以下の二つの地獄から一つを選ばなければならなくなった。

地獄A(利上げしない): 円が紙屑になり、ハイパーインフレ国民生活崩壊する(通貨の死)。

地獄B(利上げする): 国の借金利払いが増え、予算が組めなくなる(財政の死)。

国家にとって「通貨の死」は即死意味するが、「財政の死」はまだ延命余地がある。

ゆえに、植田総裁日銀)が利上げを決断したのではない。「通貨崩壊」という外部から銃口を突きつけられ、システム自動的に「地獄B」へのスイッチを入れさせられたのである

ここにも「自由意志」は存在しない。あるのは、外部環境によって狭められた「強制された選択」のみである

3.外部変数B:将軍の変心 —— 「吉田ドクトリン」の強制廃棄

日本戦後構造軽武装経済優先)は、日本人の平和愛好精神が生んだものではない。冷戦構造下でアメリカがそれを「許容」し、安全保障コストを肩代わりしていたという「外部環境特異点」に過ぎない。

なぜこれが決定的なのか:

米国の国力相対低下と中国の台頭により、アメリカはもはや単独パックス・アメリカーナを維持できなくなった。トランプ現象代表される米国孤立主義は、日本に対して「安保タダ乗り」を許さない段階に入った。

構造転換のメカニズム

将軍米国)」から圧力は、日本国内政治力学護憲派 vs改憲派議論)を無効化する。

米国が「守ってほしければ、自分で槍を持て(防衛費増額・敵基地攻撃能力)」と命じた瞬間、日本国内の憲法論議は吹き飛ぶ。

システム生存のために、憲法解釈ねじ曲げ、増税を行い、強制的に軍事国家へと再編される。これは主権的選択ではなく、「属国としての構造適応である

4.外部変数C:生物学強制 —— 「消極的選択」としての保守情報環境閉鎖系

人口動態の変化は、単なる数の減少ではない。それは、異なる情報環境経済絶望を生きる世代間の断絶を意味する。

若者自民党支持を、かつての学生運動のような「熱狂的な政治参加」と誤解してはならない。それは、メディア環境経済不安によって構造的に誘導された、極めて「受動的な合理的選択である

メカニズムA:生存本能としての「現状維持Status Quo)」

現象

20代の多くは、高市早苗氏のようなタカ派自民党を支持するが、それは積極的な変革への意志というよりは、「リスク回避」の色合いが濃い。

深層分析

デフレと停滞しか知らない世代にとって、リベラル野党が掲げる「分配」や「負担増」は、高齢者への富の移転固定化する「緊縮の悪夢」として映る。

対して、自民党が掲げる「積極財政」や「強い国」というナラティブは、たとえそれが幻想であったとしても、窒息しそうな現状に風穴を開けてくれそうな「唯一の生存ルート」に見える。

彼らはイデオロギーで選んでいるのではない。「野党に任せて混乱するリスク(ダウンサイド)」を極限まで嫌い、「腐敗していても、今の生活崩壊しない程度の安定を提供してくれる自民党」に、消去法的にしがみついているのである

メカニズムB:アルゴリズムによる「政治コンテンツ化」

構造的要因:

この「消極的選択」を強化しているのが、ソーシャルメディアアルゴリズムである

TikTokYouTube Shortsといった短尺動画プラットフォームにおいて、野党の複雑な政策論争は「退屈なノイズ」として淘汰される。

一方で、「論破」や「強い言葉(国を守る、敵を倒す)」といった保守派のシンプルメッセージは、「消費しやすエンタメコンテンツ」として拡散されやすい。

フィルターPermalink |記事への反応(0) | 11:32

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2026-01-25

政策スタンス比較と実行可能性の分析

Gemini+Copilot+Chatgptで20分でつくってみた。

優しくて穏やかな日本か、こわくて強い日本か、といった分析ではあんまりなので

もっぱらAI判断材料をもとめている。AIの急速な向上により、3、4年前と異なり、相当程度、事実に基づいた分析をするようになったと感じるが、所詮AIなので自分メモ

成長戦略供給側重視 vs需要・人的資本重視

政策スタンス

自民維新連立: 成長の原動力を主として「企業投資力」と「産業競争力の強化」に求める。日本経済の停滞要因を「規制の多さ」や「労働市場の硬直性」に見出し半導体AI防衛産業への重点投資や、規制改革による民間活力の引き出しを重視。近年は賃上げ税制など家計への波及も意識しているが、あくまで「企業活動活性化」が起点。

中道改革連合: 成長そのもの否定しないが、「企業利益賃金や消費に十分回らなかった」過去反省を重視。

教育医療・人的資本など「人への投資」を成長戦略の中核に据え、家計購買力需要)と労働生産性底上げすることで持続的な成長を促す「ボトムアップ型」のアプローチ

評価分析

項目
自民維新連立(供給重視)
中道改革連合需要・人への投資
課題トリクルダウン利益の波及)が起きるまでにタイムラグがあり、実感に乏しい。教育や人的投資効果経済成長として現れるには10単位時間がかかる。
リスク補助金競争による財政悪化と、利益配当内部留保に滞留し格差が拡大するリスク 財源先行で投資を行う場合、成長の果実を得る前に財政金利悪化するリスク
実現性 [高]経団連等の支持基盤があり、既存の省庁スキーム活用やすいため実行に移しやすい。 [中]予算配分の抜本的組み替えが必要であり、財務省既得権益層の抵抗が予想される。
物価対策危機対応中心 vs可処分所得の持続的改善

政策スタンス

自民維新連立:物価高を「外部要因(円安資源高)」による一時的危機と捉え、補助金や定額減税などの「激変緩和措置」で対応財政規律を重視するため、恒久的な減税には慎重姿勢

中道改革連合物価高の痛みを「賃金の伸び悩み」や「社会保険料負担」という構造問題と捉える。消費税の時限的減税、給付付き税額控除社会保険料の軽減、トリガー条項凍結解除などを通じ、制度改革によって「毎月の手取りを恒久的に増やす」ことを目指す。

評価分析

項目
自民維新連立(対症療法
中道改革連合構造改革
課題補助金の「出口戦略」が難しく、一度始めると既得権益化してやめられなくなる。消費税減税は、システム改修のコストや「一度下げると二度と上げられない」政治的ハードルが高い。
リスク財政支出が膨らむだけで根本解決にならず、円安是正賃上げが追いつかないリスク 大幅な税収減により、国債格付けの低下や長期金利の上昇(住宅ローン金利増)を招く恐れ。
実現性 [高]予算措置だけで即効性があり、政治決断として行いやすい。 [低〜中]財務省強硬抵抗に加え、社会保障財源との兼ね合いで調整が難航しやすい。
社会保障:持続可能性重視 vsベーシックサービス重視

政策スタンス

自民維新連立:少子高齢化による制度破綻を防ぐため、「持続可能性」と財政規律を最優先。

給付の重点化、医療介護自己負担見直し制度スリム化によって、現役世代負担増を抑制しつつ制度を維持する立場

中道改革連合社会保障を「生活の基盤(ベーシックサービス)」と位置づける。

医療介護教育子育て自己負担を極力減らすことは、将来不安を解消し、結果として消費や経済活動を支える「投資であると考え、公助の拡大を重視。

評価分析

項目
自民維新連立(持続性)
中道改革連合安心保障
課題高齢者層(大票田)の負担増に直結するため、選挙対策上、抜本的なカットが難しい。負担なし・フリーアクセス」の拡大は、医療需要の増大(コンビニ受診等)を招きかねない。
リスク医療難民介護難民」の発生や、低年金高齢者貧困化が進むリスク必要な財源が確保できず、結局は現役世代への増税保険料アップに跳ね返るリスク
実現性 [中] 小幅な負担増は可能だが、維新が掲げるような抜本改革(積立方式等)はハードルが高い。 [低] 巨額の財源が必要。高福祉負担北欧型)への国民合意形成が前提となるため困難。
税制財政規律・安定財源 vs家計第一応能負担

政策スタンス

自民維新連立:防衛費増額や社会保障費の自然増を見据え、プライマリーバランスを重視。恒久減税には極めて慎重で、必要な税収確保を排除しませんが、時限的な措置は柔軟に行う。

中道改革連合: まず家計負担の軽減を優先し、経済回復による自然増収を狙う。不足財源は「金融所得課税の強化」「大企業内部留保課税」「特別会計活用」などで補い、応能負担(力のある所から取る)と再分配を強化。

評価分析

項目
自民維新連立(規律重視)
中道改革連合(再分配重視)
課題国民負担率(税・社会保険料)の上昇に対し、国民の不満が限界に近づいている。富裕層大企業への課税強化は、キャピタルフライトを招く懸念
リスク負担増が消費を冷え込ませ、デフレ脱却の腰を折るリスクアベノミクス後の消費増税の二の舞)。内部留保課税は「二重課税」との批判が強く、企業投資意欲を削ぐリスク
実現性 [高]財務省方針合致しており、政策決定プロセスにおいて摩擦が少ない。 [中] 「金持ち課税」は世論の支持を得やすいが、株式市場への影響を懸念し骨抜きにされやすい。
雇用流動性重視 vs 安定と質の向上

政策スタンス

自民維新連立:成長産業への労働移動を促すため、「労働市場流動性」を重視。特に維新は、解雇規制の緩和(金銭解決制度の導入)を強く主張し、企業新陳代謝賃上げの原資確保を目指す。

中道改革連合雇用生活の安定基盤と捉え、非正規雇用の拡大による格差固定化問題視。最低賃金の引き上げ、非正規正規化支援長時間労働是正など、雇用の「量(流動性)」よりも「質と安定」を優先。

評価分析

項目
自民維新連立(流動化)
中道改革連合(安定化)
課題日本雇用慣行年功序列職能給)とのミスマッチセーフティネット再就職支援)が未成熟 急激な最低賃金引き上げは、体力のない中小企業倒産や、雇用調整(リストラ)を招く。
リスク 中高年層を中心に失業者が増え、再就職できない層が社会的不安要因となるリスク労働市場が硬直化し、生産性の低い企業が温存され、経済全体の新陳代謝が遅れるリスク
実現性 [中]経済界の要望は強いが、労働保護観点から法改正には激しい抵抗が予想される。 [中〜高]連合などの支持基盤があり、「賃上げ」の社会的要請とも合致するため進めやすい。

これらの政策群(成長戦略物価対策社会保障税制雇用)に対して、国民民主党がどのように振る舞う可能性が高いか
第一に、国民民主党は「家計重視・実務重視」の立場から中道改革連合の目指す「可処分所得の向上」に最も強く共鳴するプレイヤー

特に物価対策税制においては、「手取りを増やす」という明確なスローガンのもと、与党が得意とする一時的補助金ガソリン補助金など)を「その場しのぎ」と批判し、「基礎控除の引き上げ(103万円の壁突破)」や「トリガー条項凍結解除」といった恒久的な制度改正を強く求めている。

この点において、財政規律を重視して増税も辞さない一部の自民・立憲勢力とは一線を画し、「家計減税による経済再生」を最優先する独自アクセル役を果たす可能性が高い。

第二に、成長戦略雇用政策において、国民民主党は独自の「ハイブリッド立ち位置」にある

支持母体民間企業労働組合(自動車・電機・電力など)を持つため、産業競争力強化やエネルギー政策原発活用など)では自民維新に近い「供給側重視」の姿勢を見せる。

しかし一方で、労働者の権利保護絶対的な使命であるため、維新が掲げるような「解雇規制の緩和(金銭解決制度)」には強く反対し、賃上げや人への投資を重視。

まり、「産業には強く、雇用は守る」というスタンスであり、市場原理主義維新)と大きな政府志向(立憲)の間を取り持つ現実的な調整点となる可能性が高い。

第三に、社会保障財政運営については、「積極財政」と「現役世代への傾斜」が際立つ。

中道改革連合の一部に見られる「給付拡大(高福祉)」路線とは距離を置き、社会保険料の引き下げや医療制度改革を通じて「現役世代負担を減らす」ことに注力している。財政論においても「経済成長による税収増」を前提とした「高圧経済」を志向しており、緊縮財政的な発想には批判的。結果として、国民民主党は、与党案・野党案のどちらに対しても「現役世代のためになるか」という単一基準判断を下すため、キャスティングボートを握る「是々非々の実務的調整役」として振る舞うことが予想される。

増田感想

今回の総選挙では自民党は票を伸ばすものの、中道の目新しさが手伝い、自民圧倒的多数をとるほど票を伸ばすとは思えず、引き続き、野党との協力が必須となると想像している。その場合国民民主がどのようにふるまうかによって調整型国会にも停滞型国会にもなりうるので上記AI評価は参考になった。現状の国民民主の行動を見る限り、足を引っ張る政党

というより高い修正コスト要求する政党として定着してゆくだろうと思われる。

自民参政と票が割れるなど圧倒的多数をとれないなか、維新構造改革路線、一方で中道改革連合が伸び、国民民主一定存在、というシナリオを考えてみる。完全に停滞国会とは思わないが、決まるまでに時間がかかる国会になるだろうことが容易に想像がつく。

これは国民民主という個別政党評価にとどまらず、今回の総選挙をどう読むかという構造的な視点と感じた。

第一に、有権者がどの政策軸(減税か再分配か、成長か分配か、防衛生活か)を選ぶかと同時に、実際の政策の中身を決めるのは、選挙後の国会における調整次第ということなる。どの政策が勝つかという視点総選挙をみるだけではなく、政策がどう決まる国会になるかを見据えた投票行動が大切だと思った次第。

合意形成に対する態度】という軸で見ると、今回の高市首相による解散は「政策の是非」を問うというより、合意形成をどう扱う首相なのかを露呈させた行為として読める。高市首相解散は、少数与党のもとでの調整(野党や党内リベラル派との妥協、段階的実施)を「足かせ」と捉えた結果に見える。

本来少数与党状況は、政策現実的な形に練り直す契機にもなり得るが、今回それを選ばず、選挙による一括承認を求めたことは、「合意形成を通じて政策を作る」よりも「高支持率を背景に、選挙正当性を取って押し切る」スタイルを優先したと解釈できる。これは、解散自民党内の根回しすらもなされていなかったこから傍証される。その意味で、現時点の国会運営における限界、少なくとも調整型リーダーとしての適性の限界を示した面は否定しにくい。

そもそも高市内閣への高支持率の背景には「決断リーダー」への期待や、保守的アジェンダの分かりやすさ、安全保障国家像を前面に出した政治姿勢への評価が含まれていたはずだ。ただし、その支持は「自民圧勝する」という前提と相性が良く、逆にいえば、接戦・中途半端勝利となり、選挙後も調整が必要議員構成になった場合には、調整能力が問われ、弱点が露呈する、という構図が再び浮上する。

解散意思決定基盤を盤石にする」という狙いと裏腹に、「圧倒的多数でなければ能力を発揮しにくい首相であることを有権者に示してしまった面がある。したがって、今回の解散は、高市首相政治的賭けであると同時に、【合意形成を通じて統治する指導者か/選挙による動員で突破する指導者か】という資質選挙のものの争点にしてしまった、という見方もでき、自民圧勝以外のシナリオでは、首相統治能力のものが試される構図となっている。

Permalink |記事への反応(0) | 15:29

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2026-01-24

見ず知らずの赤ちゃんと突然2人きりになったときに泣かせない方法

視線赤ちゃんの方に向けない。

赤ちゃん存在していないかのように振る舞う

これです。

Permalink |記事への反応(0) | 10:59

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anond:20260124030140

もう日本にそんな金はないんだ

与党野党日本を過信しすぎ

現実を見て衰退国家として振る舞うべき

ソフトランディングして数十年後また復活できたらいい

そういう方向でいけばいいのに

日本がやるべきは終活

福祉に全力を向けるべき

Permalink |記事への反応(0) | 03:08

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2026-01-22

anond:20260122140943

外国人は「お客様」なんだよ。

日本人伝統的にお客様に尽くして身内を叩く。

お客様ちょっとハメを外しても寛容に振る舞う

でも身内がお客様のいるところで恥を晒すなんてもってのほか

そういうことだよ。

Permalink |記事への反応(1) | 14:21

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理念現実の両立:国内SIerの道

ラリーありがとう

いま、この転換点において、皆さまとご一緒できることを光栄に思います。同時に、私たち国内SIerにとっての責務でもあります

本日は、世界の“秩序”の断絶、心地よい物語の終わり、そして、巨大な力を持つプレイヤー競争ほとんど制約を受けない厳しい現実の始まりについてお話します。

しかし同時に、国内SIerのような「中堅の担い手」は無力ではない、と申し上げたい。私たちには、信頼・安全・持続可能性・顧客主権データ保全といった価値体現する新しい秩序を、実務から積み上げていく力があります

相対的に力の小さい側の力は、まず誠実さからまります

私たち毎日のように思い知らされています。いまは、巨大プラットフォームや巨大ベンダー地政学リスクを背景にした技術覇権が競い合う時代であること。オープン性や互換性、フェアなルールに支えられた前提が薄れつつあること。そして、強い側が条件を決め、弱い側は受け入れざるを得ない局面が増えていること。

古典的に言えば「強い者はできることを行い、弱い者は耐えねばならない」という構図です。これは不可避だ、これが自然競争原理だ、と片付けられがちです。そして、その論理を前にすると、私たちには「波風を立てずに合わせる」強い誘惑が生まれます。摩擦を避けるために順応する。相手に合わせれば安全が買えると期待する。

しかし、それでは安全は買えません。

では、選択肢は何でしょうか。

1978年チェコ反体制知識人ヴァーツラフ・ハヴェルは『無力者の力』という論考を書きました。そこで彼は、体制がなぜ維持されるのかを問いました。

彼の答えは、一人の店主の例からまります。店主は毎朝、店先に標語を掲げる。「万国の労働者よ、団結せよ!」。本人は信じていない。周囲も信じていない。それでも掲げる。面倒を避けるため、従順さを示すため、波風を立てずに“やっているふり”をするために。そして、どの通りの店主も同じことをするから体制は続いていく。

暴力だけではなく、人々が、内心では虚構だと知りながら儀式に参加することで、体制は維持される。ハヴェルはこれを「嘘の中で生きる」と呼びました。体制の力は真実ではなく、皆が真実であるかのように振る舞うことから生まれる。そして脆さも同じところにある。たった一人が“看板を外す”だけで、幻影にひびが入る。

いま、企業としても、業界としても、私たちは「看板を外す」時です。

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私たちが長く置いてきた“看板”とは何か

長い間、IT世界には「ルールや標準が機能し、相互運用性が担保され、勝者も敗者も一定のフェアネスの中で競争できる」という物語がありました。国内SIerも、その物語の上で成長してきた面があります標準化ベストプラクティス認証制度ガイドライン、そしてグローバルに広がる巨大なプラットフォーム私たちはそれらを称賛し、活用し、その予測可能性の恩恵を受けました。

もちろん、その物語が“部分的虚構であることも知っていました。強い側は都合が悪いとき例外を作れること。ルール適用が非対称になり得ること。互換性や標準が、実態としては特定エコシステム誘導する装置として働くこと。そして、契約条項価格体系、APIの変更、提供地域機能制限などが、力関係の影響を強く受けること。

それでも、その虚構は便利でした。巨大プラットフォーム提供してきた“公共財”も確かにあった。スケールする計算資源、安定した開発基盤、セキュリティ機能グローバル展開の足場、部品としてのOSSツールチェーン、紛争を減らす共通言語

から私たちは、看板を掲げ続けました。「オープン」「中立」「相互運用」「ベストプラクティス」という言葉を、実態が追いつかない場面でも口にしてきた。そして、言葉現実のずれを大きく指摘することを避けてきた。

しかし、この取引はもう成立しません。

率直に申し上げます。いま起きているのは“移行”ではなく“断絶”です。

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統合利益の源泉から従属の源泉に変わった

過去20年の間に、金融危機パンデミックエネルギー制約、半導体不足、サプライチェーン混乱、サイバー攻撃常態化、そして地政学リスクが、極端なグローバル統合の脆さを露呈させました。

さらに近年、巨大な力を持つプレイヤーが「統合のもの」を武器として使い始めています。値上げや課金体系変更が交渉力になる。契約利用規約認証IDクラウド管理基盤が実質的拘束力になる。提供停止や機能制限地域制約が、企業組織圧力として作用する。サプライチェーンが“突かれる弱点”になる。

統合すれば相互利益」という前提のまま、“嘘の中で生きる”ことはできません。統合従属の源泉になった瞬間、前提は反転します。

かつて中堅の担い手が拠り所にしてきた「みんなで決めるはずの場」も弱まっています標準化が追いつかない。デファクト事実上ルールになる。透明な合議より、エコシステムの都合が優先される。結果として、多くの企業が同じ結論に向かい始めています

戦略的自律性」を高めなければならない。

人材セキュリティデータクラウド選択肢重要部材、運用ノウハウAIの基盤、そしてサプライチェーンにおいて。

自分で守れない者は、交渉選択肢がありません。ルールが守ってくれないなら、自分たちで守るしかない。

ただし、行き先を直視すべきです。全員が要塞化すれば、コストは上がり、分断は進み、脆さは増し、持続可能性は下がります

そしてもう一つの現実があります。巨大プレイヤーが、ルール価値の“建前”すら捨てて、露骨取引主義へ傾けば、関係性を恒常的に収益化することは難しくなる。顧客パートナーも、保険を買い、選択肢を増やし、分散します。これは「主権」を取り戻す動きです。かつてはルールに支えられていた主権が、これからは「圧力に耐えられる能力」によって支えられるようになる。

古典的リスク管理コストがかかりますしかし、そのコストは共有できますレジリエンスへの共同投資は、各社がそれぞれ要塞を作るより安い。共通標準は分断を減らす。相補性は正の和を生む。

国内SIerにとっての問いは、「この現実適応するか否か」ではありません。適応は不可避です。問いは、ただ壁を高くして閉じこもるのか。それとも、より野心的なことができるのか、です。

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私たち方針価値観に基づく現実主義理念と実務の両立)

私たち国内SIerは、比較的早い段階で警鐘を受け止め、姿勢を変え始めました。

日本で長く通用した前提」、つまり既存取引慣行や、系列的な安定、特定ベンダーとの強固な関係が、そのまま将来の繁栄安全保証するという前提は、もはや十分ではありません。

私たちの新しいアプローチは、いわば「価値観に基づく現実主義」です。別の言い方をすれば、理念を持ちつつ、現実に即して動く。理念と実務の両立です。

理念として私たちが守るものは明確です。

顧客社会に対する説明責任セキュリティプライバシーデータ保全と可搬性。人権安全に関わる領域での慎重さ。重要インフラを支える品質継続性。

同時に、私たち現実主義でもあります進歩は多くの場合、段階的です。利害は一致しないこともある。すべてのパートナーが同じ価値観を共有するわけではない。だからこそ、目を開いたまま、戦略的に、広く関与する。世界を「あるがまま」に扱い、「こうあってほしい世界」を待たない。

私たちは、関係の“深さ”を価値観に合わせて調整します。影響力を最大化するために、関与は広く、依存は偏らせない。流動化する秩序と、その先にある賭け金を踏まえて、現実的に動く。

そして今後は、価値の強さだけに頼らず、「強さの価値」も積み上げます

---

強さは国内で作る。依存を減らし、選択肢を増やす

私たちは足元から変えます

人材育成と採用設計・開発・運用標準化サイバーセキュリティAI活用検証環境、そしてミッションクリティカルを支える運用力。加えて、特定技術への過度な依存を減らし、移行可能性と可搬性を高める。

投資は前倒しします。

生成AIデータ基盤、ゼロトラストソフトウェアサプライチェーン対策、Observability、そして重要領域の内製力強化。これらは“コスト”ではなく、交渉力と継続性を生む“資本”です。

セキュリティ投資は、段階的ではなく構造的に引き上げます

守りは、事後対応ではなく、設計調達運用に埋め込みます国内産業裾野とも接続し、調達・開発・運用の循環を厚くする。

同時に、外に向けては急速に分散します。

特定の巨大プラットフォーム単一モデル提供者に賭け切らない。複数クラウド複数実装選択肢複数調達経路、複数人材パイプラインを持つ。

グローバル課題への対応も、論理は同じです。論点ごとに連携の形を変える「可変幾何学」でいきます

セキュリティでは、脅威情報共有と共同演習の連合を作る。

データ主権では、顧客データ所在アクセスを決められる設計原則を共同で整備する。

標準と相互運用では、地域業界をまたぐ参照アーキテクチャオープンAPI合意を積み上げる。

AIでは、特定覇権特定の巨大クラウドに“二者択一”を迫られないよう、モデルデータ評価ガバナンス選択肢を確保する。

これは、甘い理想論ではありません。機能不全になりつつある“建前の場”に頼り切ることでもありません。論点ごとに、動ける相手と動く。必要なら多数派を作る。そうして、将来の挑戦と機会に備える、密度の高い接続網を作るのです。技術投資人材運用文化レイヤーで。

国内SIerのような中堅の担い手連携しなければならない理由は単純です。設計図の会議に席がなければ、要件は上から降ってきます。席がなければ、食卓メニューになる。

巨大プレイヤー単独でも戦えます市場規模研究開発、資本、影響力がある。しか国内SIerは違う。にもかかわらず、巨大プレイヤーと一対一で交渉し続ければ、交渉は弱い立場からまります提示された条件を受ける。自分たち同士で「より従順な方」を競い合ってしまう。

それは自律ではありません。従属を受け入れながら、自律しているふりをすることです。

いま、私たちには選択があります

巨大プレイヤーの歓心を買うために国内同士で争うのか。

それとも、連携して、影響のある第三の道を作るのか。

---

真実の中で生きる」とは何か

ここで、ハヴェルに戻ります

私たち国内SIerが「真実の中で生きる」とは、どういうことでしょうか。

第一に、現実名前をつけることです。

オープンルールに基づく、互恵的な統合」という言葉を、現実がそうでないのに唱え続けない。いまを、巨大プラットフォーム競争が激化し、統合交渉力と拘束力の源泉として使われる時代だと認める。

第二に、一貫して行動することです。

相手が誰であれ、同じ基準評価する。都合の良い相手一方的変更には沈黙し、別の相手には批判する、という態度は「看板を掲げ続ける」ことになります

第三に、自分たちが信じるものを“機能する形”で作ることです。

標準準拠を唱えるだけでなく、移行可能性を担保する設計相互運用実装、透明な運用ルール監査可能ガバナンスを、合意実装として積む。復古を待たずに、動く枠組みを作る。

第四に、強制可能にするレバレッジを減らすことです。

強い国内基盤を持つことは、企業にとっても最優先です。分散経済合理性であるだけでなく、誠実な姿勢を貫くための物質的基盤です。報復圧力脆弱状態のままでは、理念を語る資格すら維持できない。

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国内SIerが持つ資産役割

国内SIerには、世界必要としているものがあります

日本産業社会現場に根差した知見。

止められない基幹業務運用し続けてきた経験

レガシーモダンを“つなぐ”統合力。

品質継続性、説明責任を重視する文化

そして、顧客と長期の関係を築いてきた信頼。

さらに、私たち理解しています。いま起きていることを直視し、合わせて自分たちを変える決意が必要だということを。

この断絶が求めるのは、単なる適応ではありません。世界をあるがままに見て、誠実に語り、国内で強さを作り、連携して動くことです。

私たちは、看板を外します。

古い秩序は戻りません。嘆いても戦略にはならない。ノスタルジー戦略ではありません。

しかし、断裂の先に、より良いものを作ることはできます。より強く、より公正で、より持続可能な形を。

それが、中堅の担い手である私たち仕事です。要塞化した世界では失うものが大きい一方で、本当の協働が成立する世界では得られるものも大きい。

巨大プレイヤーには巨大プレイヤーの力がある。

しか私たちにも力がある。

虚構に合わせるのをやめ、現実名前をつけ、国内で強さを作り、連携して動く力です。

それが、国内SIerの道です。私たちはそれを、開かれた形で選びます

そして、それは同じ覚悟を持つあらゆる組織に開かれた道でもあります

Permalink |記事への反応(0) | 14:05

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anond:20260122114708

久しぶりに同窓会をした時、チクリ魔で嫌われてた奴はジャスラック就職してたし

真面目で勉強熱心な奴は都庁就職してた。

医者の息子はやっぱり医者だし、先生っぽく振る舞うのが好きな奴はやっぱり先生になってた。

小学生妄想

頑張って世界に出よう

Permalink |記事への反応(0) | 12:13

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幼稚園小学生の時にやっていた事が、30代のやることに繋がる

説を俺は推してる。

幼稚園の時はとにかく鉄棒や雲梯をすることが好きで競い合ってた。今はめちゃめちゃ筋トレしてる。

小学生の時は新聞係とお笑い係をやっていて、今はライター接客をしている。

幼稚園小学生の時にしていたことが、結局今やってることの核になってる気がするんだよね。


久しぶりに同窓会をした時、チクリ魔で嫌われてた奴はジャスラック就職してたし

真面目で勉強熱心な奴は都庁就職してた。

医者の息子はやっぱり医者だし、先生っぽく振る舞うのが好きな奴はやっぱり先生になってた。


漫画とかだと「将来サッカー選手とか目指してたけど今じゃ普通会社員。。。」みたいな例が多いけど

選手になりそうなやつはなってるし、結局なるように人はなるんだと思った。


あと実は俺今仕事が無くなってニートなんだけど、中学の時から落ちこぼれだったんだよね。

なるように人はなるんだな。

Permalink |記事への反応(2) | 11:47

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