
はてなキーワード:技量とは
俺は映像メインのCGアニメーターで、猫動画を見た後AI映像と知った時、騙されたと感じる程度の感性の持ち主である。
エンタメ業界の片隅でCGを生業とする者として、生成AIと切っても切り離せない原罪、権利侵害に対して明確に拒絶をする。
ただし普段からzoomでの録画による議事録作成、翻訳、プログラミングでのコード作成では日常的に利用しており、
欠かせない存在となっている。
本業でのCGでの最終成果物では使ってはいないが、3Dモデルのポン出し生成には極めて抵抗を感じる。
最後に視聴者が目にするものは、コンピュータの映像だとしても人の血肉から生まれたCG映像であってほしいと願うからだ。
本業では、自分の専門外の分野のノイズの除去や、アニメーションでキャラデザインに合わせることが技量的に難しい場合、
参考ガイドとしてデザイン画から表情参考絵を出力したいとも思っている。
https://www.cohart.com/xemmetvietsub
https://www.brush.bio/100metvietsub
https://www.cohart.com/godzillatrumotvietsub
https://www.brush.bio/godzillatrumotvietsub
https://www.cohart.com/thaichieutaivietsub
俺は映像メインのCGアニメーターで、猫動画を見た後AI映像と知った時、騙されたと感じる程度の感性の持ち主である。
エンタメ業界の片隅でCGを生業とする者として、生成AIと切っても切り離せない原罪、権利侵害に対して明確に拒絶をする。
ただし普段からzoomでの録画による議事録作成、翻訳、プログラミングでのコード作成では日常的に利用しており、
欠かせない存在となっている。
本業でのCGでの最終成果物では使ってはいないが、3Dモデルのポン出し生成には極めて抵抗を感じる。
最後に視聴者が目にするものは、コンピュータの映像だとしても人の血肉から生まれたCG映像であってほしいと願うからだ。
本業では、自分の専門外の分野のノイズの除去や、アニメーションでキャラデザインに合わせることが技量的に難しい場合、
参考ガイドとしてデザイン画から表情参考絵を出力したいとも思っている。
映像だろうがプログラムだろうが翻訳だろうが、どれも生成AIの技術を使った生成物であるというのに。
関心のある分野は手作業を臨み、それ以外には実に無神経極まりない。
しかし、自分のようなどっちつかずの半端ものは意外と多いように思う。
数年後、最終成果物でも、より精度の高いAIレンダラーを嬉々として(あるいは嫌々)使用している自分がいるのだろうか?
情報商材屋があふれるSNSに汚染が目にあまり、実に疲れている。
外出先で知らんおっさんに声掛けられて絡まれてるのほんとになんとかならんか…となっている
スポーツ観戦行っても博物館行っても美術館行っても神社仏閣行っても
知らんおっさんから「なんでひとりでこんなところに?どこから来た?そもそも何で女がこんなところに?」という絡まれ方をすることn年のブスです(自己紹介)
ああいうのって、そちらさんの連れがいても、こっちが何かスマホ弄ってるとか音楽きいてるとかしぬほど写真撮っとるとか してても、えっらいしつこく話しかけてくるんだよな
まじで何?喋ってないと死ぬやつ?そんで反応ないと寂しくて死ぬやつ?
こちとら普通に社不+知らない人から話しかけられても相手しちゃいけませんって言われてるのと
あとは適当にあしらう技量もないので無視することが多いんだが、
そうすると「なんだ感じの悪い」とか、「話しかけてやったのに」みたいな。
その感じの悪い(しかも知らん人間、かつブス)のにわざわざしつこく話しかけてくるお前のほうがなんだ〜?だわこっちからすると
必要あってのことならまだしも、自分が会話仕掛けたら当然(たまたまそこにいただけの、かつ何かの作業にいそしんでいる)相手がにこやか〜に会話に応じてくれると思ってるの、まじで何なんあれ
普通に知らん人間と会話なんかしたくないんだわ、しかもこっちの作業中断してまで
まあおっさんじゃなくてもいきなり話しかけてくる奴は基本たいてい無理だわ〜と思うものではあるが
ここ最近そういうおっさんとの遭遇があまりにも多すぎて 何〜〜〜???となっている
なんだ?みんな家庭内とかのコミュニケーションに飢えすぎて他人に話しかけたくなる時期なんか?キモ
これは性別問わず、なんかすげえ道案内とか時刻表とか田舎のワンマン電車の降り方とかも聞かれるんだけど、あれもまあまあムカつく
知らん時はイヤ知らんすね〜って返すんだが、なんべんか「その持ってるやつ(話しかけられながらガン見操作してるワイのスマホですね)で調べてよw」とか言われたことある ハ?
あとこないだちょっと変化球パターンで向かいの歩道歩いてたジジイが斜め横断してきてこっちの道塞いでまで「駅どこですか⁉️」て聞いてきたときはさすがに笑いそうになった無視した脱線終わり
そんなこんなで知らん人間に話し掛けられずに済む方法なんかねえかな〜て考えてるんだが
これは私の潤い不足と夫の技量不足だが原因だと思う。
あとは頻度が低いからコンドームもだいぶ前に買ったものなのも要因かもしれん。
余談だが第一子は避妊なし1発目で妊娠したので私が奇跡の妊娠体質もしくは夫の精子が激つよの可能性がある。
浮気や風俗どころか自慰の気配すら感じないので少し前に1回だけ聞いた際には「昔からそんなに性欲が強くない」とだけ言っていた。性欲とは違うベクトルでセックスしたいと思ってるかは不明。
お互い腹を割って話すのが苦手でこれは本当にどうにか解決しなきゃいけない問題だなあと思っている。
追記ここまで
当方:30代女
家族:2歳年上の夫 5歳息子 1歳娘
第一子誕生からは息子がいる横で致す気にもならず年に数回になった。
第二子を妊娠してからは1度もしていないのでかれこれ2年はしていないことになる。
誘うこともないし誘われることもないので断られたという心理的キズはお互いにないが察して誘わないようにしてるのか否かは不明。
まずよく言われる理由だが家族全員寝室が同じなので子供の横で致すのが憚られる。リビングに移動するってのもなんだか変な感じがするし設備が整ってない。第一、子供を挟んで寝ているのでそんな雰囲気にすらならない。
次に夫婦なのにお前は何を言っているんだ感があるが裸を見られるのが恥ずかしい。昔から恥ずかしくはあったが年々肥えていく身体を見られたり触られたりするのはかなり抵抗がある。
妊娠が怖いというのが1番大きい。というのも第一子も第二子も排卵日付近で致して一発で出来た子なのだ。特に第二子は正直2人目を悩んでいる頃、致した際に避妊具が途中で破けたのでアフターピルを服用したのにも関わらず妊娠した。正直産むのかかなり悩んだし、それ以来完全にセックスが怖くなってしまった。(勿論第二子の出生に関してこの経緯があったことは子供含め誰にも言わず墓に持っていくつもりである。)
こんな感じでなんとなーくセックスレスだ。仲はいいし、してた頃と特に関係性に変化も感じない。増田やXでは幻とされてる性欲のない男なのかもしれない。
Permalink |記事への反応(20) | 22:46
看護学生/看護師アカウントをwatchし続けて早10年近く。本当にこの界隈に生理的嫌悪感を覚えている。
女が多いからではない。男女等しく、この界隈に浸りきっている奴は気持ち悪い。
そもそもTwitterで職業アカウントを作る人に気持ち悪い人間が多いからなのかもしれないが。
彼女/彼らは看護学生や新人看護師の頃、自分を「意識低い系」と自称する。もしくは異常に「勤勉さをアピールする」のだ。
意識低い系は読者の想像する通りであろう。自らを勉強していない「限界看護学生/新人看護師」などと名乗り、とにかく勉強をしていないこと、”患者に興味を持てない”ことなどをツイートする。
特にこの”他人(患者)に興味を持てない”ということをツイートするのは看護アカウントの特徴なのではないだろうか。看護師が対人援助職であることはわかりきってるだろうに、なぜ彼女/彼らは看護師を職業として選択したのだろうか。その件について「お金のため」と明言するアカウントもあるが、それはそれで「プロとして割り切れない」という技量や意識の低さが目立つ。
問題、というか看護師として予後が悪いのが「勤勉さをアピールする」タイプだ。
彼女/彼らは看護学生時代はレビューブックを分厚くすることに専念し、せっせと語呂合わせの付箋をアップロードし、さらに理想のキャリアプランや看護師像について熱く語る。
彼女/彼らは根が真面目なので、模試で良い点数をとり、面接も手堅く通過。そして試験結果を意気揚々とアップロードしたのちに志望の診療科に入って目を輝かせる。熱い目標と学びを語る。
だが、そういう人に限って夢潰えるのだ。
彼女/彼らは次第に愚痴と弱音のツイートが増えていく。自己を卑下し、次第にそれは他責へと変化する。
一番わかりやすいのが「先輩看護師」や「社会構造」への攻撃だ。先輩をお局様と称し、自己を防衛する。自身の環境を社会構造のせいにして看護協会を悪の親玉に仕立て上げる。社会人として何年経っても看護学生時代のことを「絶対悪」として語り続ける。
だが自己研鑽で現状をどうにかしようとはしないのだ。いや、自分が変わるのではない。
彼女/彼らは「環境を変える」ための努力に勤勉さを発揮するようになる。そうすれば今自分を苦しめているものは全て解決、心機一転ハッピーな看護師ライフを送れると思い込んでいるからだ。
転職先としては第二新卒、クリニック、施設、訪問看護、美容、派遣、一般企業など多岐にわたるが、共通するのは”病棟”を避ける傾向にあるということだ。
まあそれは無理もない。人間誰しも、嫌な思いをした場に戻ることには抵抗を覚えるだろう。だが、病棟を辞めて他の職場に行った人らがずっとネチネチと病棟の悪口を言っているのを見るのは滑稽だというものだ。また、そういった病棟叩きのツイートがバズりがちなのも、そうやって自己の選んだ道(病棟を辞める)という選択を肯定してもらいたい人間がTwitterに数多く存在しているということの証だろう。
だがそうやって自己を正当化する物語を探してばかりでは、永遠に病棟を去ったことを後悔するばかりだろう。それに”病棟を続けることができなかった自分”は行動なしには永遠に変わらないのだから。
それに、Twitterに入り浸る限り彼女/彼らに転機は訪れない。「傷の舐め合い」が万バズし、数多のフォロワーを得る手段となり得るTwitterでは彼女/彼らは変わることができない。ただただ指を動かし、愚痴を投稿していれば承認欲求が満たされるからだ。永遠にぬるま湯に浸ることができるからだ。それはいつしか煮え湯になっても、彼女/彼らはそこから出ることはできないだろう。
そう、看護アカウントの界隈では愚痴や泣き言が万バズしやすく、フォロワーを得やすいのが最大の欠点だ。
彼女/彼らは看護アカウントを作り、愚痴を吐くだけでフォロワー数を何百も、時には何千も得る。いいねもたくさんつく。自己を肯定するコメントも貰える。そうすると気が大きくなる。「ああ、私たちの行動は間違っていなかった」のだと。
しかし面白いことに看護師としての年数が経過し、看護学生/新人看護師ではなくなると、余程のアカウントでない限り新規にフォロワーはつかなくなる。いいね数も目に見えて減っていく。”愚痴”も称賛を得られるのは若いうちだけなのだ。
そして限界まで煮詰まったアカウントは……もう目も当てられない。
彼女/彼らは”過去の栄光”に縋る。新しくアカウントも作ることができず、そこに留まり続け、同じようなツイートを重ねていく。時たま思い出したかのように過去のバズったツイートを掘り起こすが、焼け石に水に過ぎない。結局看護アカウント界隈の「おじさん/おばさん」として生きていくしかないのだ。しかし、新規に看護アカウントに参入した若い奴らは知っている。
「こいつらはやばい人物だからここまで看護アカウントを続けているのだ」、と。
看護アカウント界隈は定期的に看護アカウントを卒業(アカウントが動かなくなる)する。それぞれの別の日常に向かって新しくツイートを始める。看護という物語に縋らないと生きていけないやつは異常者なのだから。
公開から2ヶ月近く経ってしまったけど、RA.1000の目玉企画のひとつであるDJ HarveyとAndrew Weatherallによる6時間半にわたるB2Bセッションの録音を聴き終え、とても素晴らしかったのでここに感想を記したい。
好きな人だけがこっそり楽しむにはあまりに勿体なく、DJカルチャーに明るくない人にも伝わるように書いたら恐ろしく長くなってしまったことを最初に断っておきます。
https://on.soundcloud.com/qtDLB6biRpSlOPR3Mp
■RAについて
Resident AdvisorはアンダーグラウンドなDJ/電子音楽/クラブカルチャーにおいて世界最大級の音楽メディアです。
彼らが2006年にスタートした「RAPodcast」は毎週更新のミックスシリーズで、多種多様なDJ/アーティストをゲストに迎えてオリジナルコンテンツを積み上げてきました。
2025年8月に1000回目を迎えるにあたって包括的な特別編として「RA.1000」を公開。歴史的価値の高いライブ音源からコンセプチュアルな新作まで10組のアーティストによる幅広いラインナップが無料公開されました。
中でもDJ HarveyとAndrew Weatherallが2012年に行ったB2Bのライブ録音はRA.1000企画の目玉といえるスペシャルな音源です。
またRA.1000の公開に合わせて過去の1000本を超える膨大なアーカイブが公開されており、これがはっきり言って文化遺産レベルの達成です。積ん読ならぬ積ん聴き。秋の夜長にどうぞ。
■DJ HarveyとAndrew Weatherallについて
彼らの経歴等は長くなるため割愛。ウェザオールは2020年に死去しており、今回が死後初のミックスリリースとなりました。
強調したいのは両者ともジャンルを横断してダンスミュージックの地平を拡大してきた先駆者であること、特にウェザオールは彼がいなかったらダンスミュージックのみならず現在の音楽シーンはまた違った形になっていたと断言できる人物です。
そして両名ともコマーシャル的な成功より眼の前のお客を熱狂させることに情熱を注ぐタイプのDJということ。
その2人が過去に行ったB2Bの録音が2025年に発表されたことに界隈はザワつきました。しかもハーヴィーがB2Bを行ったのは後にも先にもこの一回きりとのこと。
もし中田秀夫監督と清水崇監督がリング/呪怨の直後に共同制作した未公開作品がいま発表されたらホラー映画ファンは歓喜するでしょう?分かりづらい例えをしてしまい申し訳ないがそんなイメージです。
宮崎駿と高畑勲に例えようかとも思ったけどちょっとビッグネームすぎた。
■B2Bについて
B2B(Back-to-Back)は複数人で曲のかけ合いを行うDJスタイルのことで、一対一で1曲ずつのプレイが基本的な形です。
DJ同士がその場のノリで自然発生的にやる場合もあれば、Harvey × AWのように「夢の共演」としてメインに企画されることもある。
勝敗を決定する趣旨はなく、一緒に一夜を作り上げる共闘関係ではあるが「どちらがより遠くへ行けるか」という意識は(DJに限った話ではないけど)当然存在し、そこには音楽による提起、アンサー、挑発、協調、意趣返しがあり、対話と文脈が生まれます。どこに向かいどう着地するかはDJの技量次第。これは修正できないひと筆書きの物語です。
このセットについて、海外のフォーラムでは「Are they playing sideby sideand alternating?」と議論があるようだけど、自分は基本的には1曲ずつかなと思います。(理由は後述)
ただしプレイが2012年であることに加え、ウェザオールが存命でないため、誰がどの曲をプレイしたのか本当のところはHarveyにしか分かりません。
以下に感想を詳しく書きますがファンによる不確実な憶測を多分に含みます。
・43:52〜
おそらくHarvey。スタートからの探り合いののちにウェザオールが仕掛けた「スピリチュアルお経」に対するアンサー。
JBがDJセットに組み込まれること自体は珍しくないが、このトラックは思わずクスッとなるエディットが仕込まれている。(オフィシャルのクリアランスを取ってるとはとても思えない)
それにしても最初の仕掛けにしてはあまりにぶっ飛んでるAWと即座に変化球を返すハーヴィーの瞬発力よ。
飛び道具上等といったところか。
・1:34:51〜
Boys From Patagonia - Rimini '80
おそらくウェザオール。0:40頃のカマし合い以降はウェザオールの低重心で硬質なモードにHarveyが同調し、お手本のようなジリジリとしたビルドアップからのコレ。そこに至る(Harveyの協調による)緻密な助走ありきの到達といえる。アクセルを踏み込むタイミングを見定めたら容赦ない加速。
上モノのピロピロ笛がシンセリードに切り替わって音階を昇る瞬間は自分もウォウ!と叫んでしまった。
・1:54:30〜
Lindstrøm - Rà-Àkõ-St (Todd Terje Extended Edit)
おそらくHarvey。ウェザオール主体の軸で一定のピークを迎えたことで新たな軸を模索する動き。
オリジナルよりBPMを落としているのだがそれが重めの音調となってここまでの流れに違和感のない繋がり。
2012年当時はNu Discoと呼ばれる北欧のアーティストが中心となったトレンドが成熟を迎えつつあった時期で、Harvey自身がその流行を作り出した一人といえる。
ついでに言うとハウス/テクノ/エレクトロのセットとしてはBPMが遅く、それもひと昔前の空気を感じるところ。
Harveyはそろそろかっ飛ばしたいはずだがウェザオールがそれを許さない。
・3:11:15〜
Bang The Party - Bang BangYou'reMine (Tom Moulton Edit)
これはどっちだろう?前後の繋がりからHarveyな気がする。
依然としてエレクトロ圧が強いが、この時間帯になるとHarveyも適応して自身の得意なディスコやハウスのグルーヴを入れ込みつつ構築。ウェザオールもウィングを広げてジャンル横断感が加速。
ウェザオールもローをカットしたりハイハットを差し込むようなイコライジングは行うが、Harveyのそれはもうちょっと能動的、ハウス的なツマミぐりぐり系なので分かりやすい。(とはいえB2Bなので相手の曲をイコライジングする局面も当然あり得る)
・4:09:20〜
Tooli - NoReason (John Farnham -Age ofReason)
ピアノ!四時間超にしてたぶん初めてのピアノソロ。これも多分Harvey。
なんてクールな曲だろうと思って調べたら原曲は80sのちょっとダサめな(申し訳ない)ポップロック。https://youtu.be/adVR3MT8fGg?si=F2979n8bV_VK2vYN
これも権利チェックで弾かれる系のエディット盤だが、自分はこういうのが聴きたくて長年音楽を掘ってるまである。
ウェザオールは眉をひそめたかもしれないが、無しを有りにする角度の付け方は大好き。
・5:11:46〜
Something For Kate - KillingMoon (T-Rek Desert DiscoDubMix)
ウェザオール印。
どこまでもクールに、ダークにいくよというウェザオールの芯のブレなさ。ダブとロック(チャグ)の一貫性。
ただ終盤の90分はウェザオールの色が薄まった気もする。もしかすると途中で抜けてるかも?
・6:13:10〜
TheBrand New Heavies - IDon't KnowWhy (I Love You) (A Tom MoultonMix)
Harveyによる締めのスイーツ。
絞ったLoを解き放つたびに加速するストリングスとホーンとボーカル。オリジナルの音源が100だとしたら120にも130にも響かせてやろう。
モータウン味を感じると思ったら原曲はスティービー・ワンダーで納得。
■あとがき
6時間半をどうやってぶっ通しで聴くかだけど、自分は一人で遠方まで運転する予定を作りました。自宅だと長尺はキツいし、ある程度の音量で聴きながら体でリズムを刻んだり叫んだりしたかったから。
最低2時間くらいはまとめて聴けるようにするとより没入できると思います。
作品としてリリースされたミックスや自分が現場で体験してきたDJプレイを含めて、トップクラスに素晴らしい音楽体験でした。
今回Harvey × AWを取り上げたけど、自分はTheo ParrishのRA.1000についても同じ熱量で語りたいくらいだし、というかRA.1000について日本語で読める言及がネット上に見当たらず、この文化的喪失に危機感を覚えたので増田に書き殴ってやろうと思った次第です。
ありがとうRA。願わくば日本のエディトリアルが復活してくれたらとてもうれしい。(翻訳最高でした)
というかアクションゲームも苦手で、なんていうか頭使いながら操作してるとすぐパニックになって自分が何やってるのか分からなくなる。
昔から突発的に何かをやりたくなる衝動に走るんだけど、多分その一つ。よくいるよね、おとなしそうで行動力だけは変なとこでつき出るやつ。
ダンス教室はgoogle検索で地元の地名+ダンス教室で検索して一番上に出てきたところを選んだ。
正直社会人から運動始める場合、筋トレとかキックボクシング、マラソンとかが多いと思うんだけど、あえてダンスを選んでみることに。(多分逆張り癖がある)
こんな感じ。(動画)
https://www.youtube.com/watch?v=bT8jhI79s0w
正直やった期間の割に上達してなくてたまに虚しくなる。
最初は100点満点中の0点だったのが、やっと15点ぐらいになったかなという感じ。
ダンスにおいて以下3が重要っぽいんだけど、どれもなかなか成長しない。
「止めができるか」
あと、ポーズというかシルエットがなんとなくダサくて、かっこいい身体の使い方がまだまだ分からない感じ。
来る人は毎回バラバラだけど、だいたい4人~10人ぐらいいる。
2024/12に入会して、週1で1コマ90分程度。夜8時半からなので仕事終わってからできる。料金は1回2000円程度。
これが一番かもしれない。周りは子供ばかりだけど大人の自分が圧倒的に下手という環境に居続けるのは結構つらい。
会社では中堅の立場で、部下や他部署に偉そうに(笑)指示を出したりしてるけど、ちょっと世界がかわるだけで自分のミジンコさを実感するので、世の中謙虚かつ強く生きなくてはという心構えがつく。
あと、全然上達しなくてかつ仲間がいなくても続けるって行為がメンタルトレーニングになってる感がある。
2.学生時代に戻った感じなる。
うちのダンス教室は、ちびっこが結構先生に注意されたりする。(さすがに社会人には対しては敬語だけど)
それがなんか昭和の部活っぽい感じがあって、学生時代に戻ったようなエモイ感覚を味わえる。
3.運動習慣がつく
言わずともって感じ。でも体力が全然つかない。10分ぐらいの基礎練習ですでに汗かいて息があがる。
週3ぐらいで、10分ぐらいの基礎トレをやってる(体の一部だけ動かすアイソレーションという練習だったり、リズム感を鍛えるためのトレーニングだったり)
あとは、ダンスの振り付けが毎週変わり、かつレッスン内では絶対振り付け覚えられないのでその復習。ダンス教室で許可をもらってスマホで撮影して、家で動画を確認して先生の振り付けを復習する感じ。これが一週間で2時間ぐらい。
1.ダンス教室前になると「あー行きたくない」という感情がたまに湧いてくるんだけどこれを乗り越えることを目標?生きがい?みたいのにする。表現難しい。
なので多少体調悪くてもいく。だいたい動いているうちに興奮してアドレナリンが出てきて自分の体調の悪さを忘れる。
2.自分の下手さと向き合わない。
具体的に言うと自分の動きをいろんな角度から撮影して、どこがダメとか研究してみたり、1対1で指導うけたりした方がうまくはなると思うけど怖くてやってない。
これが正直上達しやすさを阻害していると思うんだけど、自分の下手さと真正面に向き合うって結構精神に来るんだよね。
それでやめちゃうぐらいだったら、だらだらと続けた方が運動にもなるしいいよねって考え。でも上達したいという気持ちはある。
ここの加減って難しい。ネトゲでいうガチ勢とエンジョイ勢の葛藤みたいな。
どこでもいいから、なんか残して反応もらいたかった。ちなみにはてな匿名ダイアリーを使うのは初めて。
長文を久々に書いた気がする、なんかルールに引っかかってたらすみません。指摘してくれたら直します。
ダンスの技量目線でいくと、多分週1の頻度だと練習量が足りないので、大人が0からスタートして1年ぐらいで十分な成果を出すには週3ぐらいの頻度で習わないとだめだなと思った。
でもそこまでの気力は続くか微妙そうなので、3年ぐらいかけてちょっと動けるぐらいになれればいいのかな~。
それでもダンスの技量以外でも得られたものは大きいので、このまま続けるつもり。
何か新しいことを始めて続けるってだけで日常の楽しみ方が変わる気がする。
なんか初めての記事だったけどめっちゃ反応きてた!うれしい!!みんなありがとう!!
Permalink |記事への反応(21) | 16:40
なんでもそうだが創作家というものは我々が想像する以上に大量に書いたり描いたり作ったりしている。
それを苦にも感じないところがあって彼らは本当に奇妙な生き物だと思う。
そういえば先日、ルックバックというアニメを姪っ子家族と一緒に見ていて、その子の両親がアニメに出てきた登場人物が積み上げたスケッチブックの量を見て驚く姪っ子に、これは作り話だよ、と諭すようなことを言っていたのが印象的だった。
ものをつくる人というのは息を吸うようにして書いたり描いたり作ったりする人たちのことなのだ。
なにか構えた気持ちで書いたり描いたり作ったりはしない。
とはいえ、彼らもお金をもらって生計を立てるための仕事にはそれほど気軽な創造性を発揮することはしないのが不思議なところではある。
もっと気軽にラフスケッチのような創作物のほうが我々観客は楽しめる場合も多いのだが、彼らが飯を食うためにひねり出す創造物は妙に商業的だったりする。
とても絵がうまい九井諒子がダンジョン飯では、それを感じさせないように、特に序盤ではそういうふうなイラストっぽい表現の漫画を意識的に描いていたっぽいのはどういうわけだったのだろう?
こうして考えると美形をうまく描くのも、そうでないものを描くのも同じくらいの技量がいることのような気がするんだが、作家が主張したかったのはそういう意味ではないんだろう。