
はてなキーワード:手土産とは
https://x.com/9stack_99/status/1994686810782667090
これを見たので書く
書き方的に女性っぽいので女性としちゃうけどリアルな男子学生の思考回路とか分からないだろうし
色々気遣いする女性の考えで書いてしまうとどうしてもBLっぽくなってしまうのはとても分かるので
ここで5人姉弟で下に4人男がいる者としてよく見た生態を書いていこうと思う
これBLじゃなくても女性作家が書く学生漫画で100億回見てるけど
友達の家に遊びに行くときに手土産を持って行く奴は1万人に1人と考えて欲しい
その1万人に1人も親に持たされるのが普通で自分から用意するやつは1億人に1人と考えていいです
基本男って同性に対して気遣い0なので…
あと材料を持ち寄って集まろうとなった時に嫌に解像度が高いキャラばかりだとリアリティが欠けます
1人ぐらい持ち寄り用の資金をゲーセンとかで溶かす奴がいると良いと思います
参考までにうちの長男がやった鍋パーティは6人集まって肉肉肉肉きのこお好み焼きになりました
お好み焼きの子は「鍋だけじゃ飽きると思って」と善意で買ってきてました
米はウチで炊くよと先に言っておいたにも関わらずです
この話は高校の時ですが高校生男子のバカ具合はこのぐらいを見込んでください
彼らは一緒に遊んでもそれぞれ全然別のことをやることがままあります
対戦ゲームとかもそりゃしますけど、大体3人いたら1人は漫画読んで1人はスマホ弄って1人はゲームやってたりみたいな感じな事が結構あります
一緒に遊ぶを一緒の空間にいることとして捉えてる子が結構いますね
男は同性に対するLINEの文章は極限まで削られてほぼ一言>一言>一言の応酬になります
のでBLで10億回見た女々しくLINEを送り合うみたいなのは美しいですが現実に即してはいないので
BLっぽく見せたくないのであれば電話させたほうがいいと思います
これも女性だと理解しづらいし自分もウソだろって思ってる部分ですが男はどんだけ仲良くても別に一緒に帰ったりとかあんましないです
なんなら仲が良い奴ほど別にずっと遊ぶような事はせず「あいつと最近合ってないなー、まあいっかそんなもんだろ」で2ヶ月ぐらいお互いスルーしたりします
冠婚葬祭や年末年始GWしか合わないしなんなら別に連絡もしないけどお互い一番仲が良いと確信してるみたいな男共は結構多いです、本当に
これは学生時代でもそうで「よく遊ぶやつ」と「一番仲が良いやつ」は明確に別のフォルダに収納されてます
当然一番仲が良いやつとよく遊ぶやつがイコールになる事もありますが…
はじめましてしてから1ヶ月で6回ぐらい遊びに来るようになった子のことを話題に出した時に「別にそんな仲良くないよ」とか言って来た時は流石にびっくりした
ここ数年、ありがたいことに年収が大台を超えて、いわゆる「年収4桁」ってやつになった。
20代の頃の私が聞いたら「勝ち組じゃん!毎日寿司!?ブランド品買い放題!?」とか言って失禁するレベルだと思う。
年収1000万なんて、ただの「ちょっと贅沢できる程度の社畜」でしかないことに、私は気づいてしまった。
まず、毎月送られてくる給与明細。あれは給与明細じゃない、絶望通知書だ。
額面だけ見れば、確かに夢がある。でも「控除」の欄を見た瞬間、現実に引き戻される。
社会保険料、お前はもういい。未来の自分のためだと100回唱えれば、なんとか納得できる。これはもうそういうもんだ。諦めた。
稼げば稼ぐほど、税率がネズミ算式に上がっていくの、本当に意味がわからない。国民の義務?果たしてるよ。真面目に働いて納税してる。なのに、なんで頑張った分だけペナルティみたいにゴッソリ持っていくんだよ。
ただでさえ物価の高い都内で、必死に働いて生きてるだけなのに。もはや「東京都民税」は、この街に住むことを許してもらうためのショバ代なんだとすら思う。
それは、「会社から徒歩圏内に住み、心身を捧げて激務をこなしているから」に他ならない。
終電で帰れたら「今日はラッキー♪」みたいな生活してたら、会社の近くに住む以外の選択肢がない。物理的に死ぬからだ。
結果、どうなるか。
家賃がバカみたいに高くなる。会社の近くってだけで、月40万近くが吹っ飛ぶ。(既婚者なので各々の仕事部屋必須。家賃は半分負担してんだわ)
これはもはや家賃じゃない。「命を維持するための生存コスト」なんだよ。
家賃補助?そんなもん、とっくの昔に所得制限で対象外だ。高所得者への罰ゲームはどこまで続くんだ。
「でも、それだけ引かれても手取りは多いんでしょ?」
今の収入を来年も、再来年も維持できる保証なんてどこにもない。
むしろ、何もしなければ収入は落ちる。私のいる業界は、半年ROMってたら浦島太郎になるレベルで変化が速い。
つまり、収入を維持するためには、自分に課金し続けるしかない。
○スキルアップ: 毎月増える技術書、資格におけるスキル維持のための専門書やらマネジメント書籍、語学学習など気づいたら月5万とか普通に消えてる。
○情報アップデート:海外の専門サイトや業界紙のサブスクだけで年間数万円。これをケチると、マジで仕事についていけなくなる。
○仕事の付き合い:クライアントとの会食、手土産、後輩に奢るメシ代。収入が上がると、付き合いの単価も自動的に上がるんだよ。断れないんだよ、これが。
○身嗜み:清潔さと仕事は直結してる。太り過ぎないようにジムに行き、髪を染めて、メイクに費やし、ボロボロになった身体のメンテナンスと病院に月数万。
これらは全部、「浪費」じゃない。「投資」だ。むしろ維持費かもしれない。
この自己投資をやめた瞬間、私の市場価値は暴落し、今のポジションも収入も失う。そう考えると、怖くてやめられない。稼いだ金で、さらに稼ぐためのスキルを買い続ける自転車操業。それが現実だ。
高所得者?ナニソレ、美味しいの?
最近、ようやく悟った。
世間がイメージする「高所得者」ってのは、きっと親が資産家だったり、不労所得で生活してる人たちのことなんだ。
私みたいなのは違う。
労働集約型のビジネスモデルで、自分の時間とスキルを切り売りして、高い時給をもらってるだけ。
要するに、高給取りの社畜だ。
キラキラした生活なんてどこにもない。あるのは、カフェインで無理やり動かしている身体と、寝不足でできた目の下のクマだけ。
まあ、お前らも頑張ってこっち側に来てみろよ。
追記:すまんなこれでも既婚なんだ。お互いコンビニで昼飯買うのも高くて嫌だからお弁当持参してんだよ、これで金銭感覚バグってんのか…?
私には、パートナーシップ宣誓を結んだ同性パートナー(彼女)がいます。付き合って5年です。
彼女は月に一度のペースで帰省をしていて、よくお母様から「2人で食べてね」と渡されたお菓子(コーヒーゼリーやドライフルーツ)を持って帰ってきてくれるので、私はありがたく頂いています。
私の実家は地方なのでしょっちゅうは帰省できないのですが、3ヶ月に一度くらい、私の母親からも「2人で食べてね」とフルーツや野菜などを送ってくれていて、彼女はそれに対してお返しの贈り物をしてくれることがあります。
こういう状況に対して彼女は不満を抱いているようで、先日「私の親のことを大事にしてくれていないと感じる」「私のために、私の母に感謝の贈り物をしてほしい」といわれました。
これについては定期的に感謝のお返しをすれば彼女も安心してくれると思うのでそうしていこうとは思っているのですが、「ものをお返ししないと感謝していることにならない」という考え方にモヤモヤしています。
彼女は実家が近いからこそちょっとした手土産をもらう頻度が高く、年に一度しか帰省しない私と比べれば日常的な贈り物はどうしても少なく見えるということもあります。
どうすればいいか、どうすべきかは明確なのでそこに対する助言とかは必要ないのですが、めんどくせえ〜〜〜!!と言える場所が必要だったのでこの場に投稿しました。
降臨して、本は買わなかったらしいが、ペンネームを名乗ったうえで、ジャンル作品ゆかりのお菓子をサークル参加者全員に配り歩いた、らしい。
伝聞の形をとっているのは、原作者がそうしたことを匂わせる投稿をしていたのと、サークル参加者側がその時の様子を克明に記録しているふせったーから知ったからだ。
一般レーベルから出ているライトノベル。シリーズ10冊以上刊行されている。
主役級登場人物AとBの、緊密なやりとりや人間関係に、ひそかにBL要素を見出し楽しんでいる読者も、恋愛要素抜きに強い人間関係に面白さを感じている読者もいるだろう。
当然、BL愛好家の読者層を意識した販促をされていた。某BL特化通販サイトで新刊を買うと、書き下ろしおまけ冊子が付くこともあったくらいだ。
しかし一般レーベルなので、明確にABとかBAとか、決め打ちする描写はなかった。身体的接触も健全な程度に留まる。あくまでも距離が近いだけ。話の本筋も、主人公たちの人間の成長物語に終始していた。
そして今秋に最終巻が出て、シリーズ完結予定。
密かにABだとかBAだとか、いやはやABAだとか、そもそもCPじゃない、強烈なブロマンスなんだと、そんなふうに楽しんでいるオタクがXもといTwitterにたくさんいる。いたと思う。
最後まで関係性の描写は曖昧なまま読者に委ねられ終わるのだろう、そんなふうに思っていた矢先に、原作者が突然、特定CPオンリーに差し入れのお菓子と共に現れたというではないか。
イベント開催翌日の出勤前にTLをなんとなく眺めていたときに、ABサークル参加者の興奮隠しきれないふせったーがおすすめ欄に現れた。その内容と、原作者のアカウントでサークル参加者に差し入れたであろうお菓子の写真を目にした時、目眩がした。
瞬間的に、原作者は根ではABだったんだと感じた。
これまでAとBの関係は、BLでもそうでもないでもどちらでもと原作者本人が言っていたこともあったのに。それでもわざわざ、CPオンリーを調べて足を運ぶとは、そういことではあるまいか。
作品に書かれてることなら、折り合いがつけられる。読了後に本を閉じて、黙って去ればいい。
逆CP者の僻みと思うだろうか。
刊行分の原稿を書き終えたタイミングで、直近で開催されていたのがそのCPオンリーだったから。
別にこれで左右が決まったわけでもない。
この原作者の行動だけ見たら、ああこの人は作品には出さないけどAB贔屓なんだなと思うのでは?
無邪気に無意識に、やりたいようになさっただけでしょう。なら、なおさらつらい。
ご自身の行動が、BL愛好層が読者の大半を占めるだろうジャンルの性質もあいまって、錦の御旗になりかねないことを意識できなかったのか。
秋口にジャンルオンリーもあるようです。そちらではダメだったのだろうか。
しかしたとえ、この後にBAのサークル参加者の方にも原作者がやってきて、お菓子を差し出したとして素直に受け止められるだろうか。
ただ起こった事実は、
原作者が特定のカップリングオンリーへ参加して、読者全体のうちのさらに限られた一部の人間であるサークル参加者にのみ、名を名乗り、感謝の気持ちと称して菓子を配って周った
ということだけです。
サークル活動をしない人間の方が大勢だろうに、その中でもさらに特定CPのサークル参加者にだけ差し入れをなされた。
その他の何万部数を書店で手に取り読んできただろう読者は、ファンレターをしたためた読者は、サークル参加はしなくても好きをいろいろに表現して布教に余念のなかった読者は、SNSに登録していないだろう読者は、見えない知らないと突き放された気分です。
そんなおつもりは毛ほどもないのでしょう。だからこそ苦しいのです。
わざわざ調べてこのイベントに出向かれたはずです。サークル数分のお菓子を用意して。CPオンリーと知らなかったとおっしゃられる方が、余計に苦しい。
ここ数年刊行のたびに、はやる気持ちでページをめくっていた私の存在は、透明化してしまったのでしょうか。
作品を通してであれば、どんな世界でも受け止める覚悟ができていただけに、失望した。
せめて名乗らないで欲しかったし、受け取った方も菓子を原作者から手に入れたことは秘しておいて欲しかった。
作品の外で、作品の傾向を決めかねない行動を取らないで欲しかった。
しかし人は誰の思う通りにもできないのが常だ。
だからきっとこのようなことを原作者はなされないだろうという期待をしていた私がおかしいのです。
そこまで作品を愛好してくれる人に直接会いたかったのかもしれない。お菓子を渡したかったのかもしれない。
原作者がよくSNSでやり取りをしているのも、ABの愛好家が多いのも知っている。だからかもしれない。
神の気まぐれにより、浮き足立って、にわかに錦の御旗を手にした側にはわからないだろう。
むしろ、AB愛好家たちは自分たちの頭上にそんな旗がひらめいていることすらわからないのかもしれない。
選ばれた側には、選ばれなかった側の身も千切れるような悲しみと苦しみはわからない。
選ばれた側に、そんなつもりはないだろうから気にしすぎだと言われても、まったく響かない。
BAの愛好家の中には、信じてきた解釈をにわかに突き崩されて「あなたは実は想定したお客さんではなかったのです」と言われたような気持ちの人もいるでしょう。
あるいはAとBをいわゆるカップリングとみなさず、恋愛に限らず強い信頼のもとに結びついた稀有な関係として愛していた人も、同じくではないでしょうか。
それならば某中華ジャンルのように最初からABしか認めないと書いてあればよかった。そのまま受け取れた。
ここまで追ってきて、違いますと言われたも同然の経験をすることもなかった。
私情は読書体験のノイズになりかねないから、私は原作者をフォローしない。
私はアルゴリズムで流れてきたふせったーのインプレッションの多さに何かあったのかなと読んでみて、引っ掛かりを覚えて、勝手に原作者のSNSまでいき、答え合わせをして、勝手に落ち込んでいる。
作品と作者は違うと信じていたが、そうでない場合もあるらしい。
私はこの作品を愛していました。
繊細な言葉遣いで、世の中で置いて行かれてしまった隅の方に優しく灯りを向けてくれたから。
クィアな人々がいて、中でもアセクシャル(と思われる)人物の生き様や言葉には、自身のセクシュアリティに関する自己肯定感をすこし持ち上げてくれた。そんな力があった。
AとBが傷つきながらも足場を固めて未来へと進む姿に、清々しさと美しさを感じて好ましく思っていた。
宝物だった。
だからこそ、自分含むこのCPオンリーに参加していない読者すべてが置き去りにされたような気がして、悲しかった。
作家業も長くBLもお好きなようなのに、自分が書いている作品の読者層が、お菓子を配りたい!という気持ちから起こした行動に、どう反応するのかも理解できていなかったのだろうか。
完結記念にファンミーティングやサイン会を開きます、その手土産が作品ゆかりのお菓子です!
それならきっと楽しい思い出になっただろう。
今後、そのような催しが企画されたとして、いまさら行くかと問われたら、迷ってしまう。
そもそも私はこの気持ちのまま最終巻を手に取ることができるのでしょうか。
解釈には自由があると信じていただけに、そういう読み手への信頼も同時に原作者の文章から感じていただけにただただ悲しみを覚えている。
ここまでの積み重ねをひっくり返されるなら、せめて最終巻を読むことで散り、泣きながら去りたかった。
これ以上醜くなる前に、一足早く、ここから去ることにしました。
立つ鳥跡を濁さずを貫こうとも思いましたが、しかしこの程度の匿名の落書きでファンの分断が招かれることもないでしょうとも。そんなつもりはないんだよと仰ったみなさまです。
同時に、同じ苦しみを抱えているかもしれない人に向けてでもあります。あなた一人だけではないです。
同じ作品を愛していた人には、これだけでいったいなんのことかおわかりでしょう。
相応の報いがあっただけです。
どうか探さないでください。
私はこれまでに読んで受け取った言葉たちを思い出という名の宝石箱にしまって、去ります。
みなさんも、信じたいものを信じてください。
私の道のりはここまでのようです。
泣き言だけなのに、長くてキモいね。本当にごめん。
最終巻、発売されたみたいですね
SNSで社会と人生をしている女オタクだから、ミュートしていてもなんとなく話題がすり抜けてきてわかってしまう。
約款だとか理念だとか関係なく、このことを端緒に作品全体の流れや根幹の詰めの甘さや設定の矛盾、商業展開の方法などに抱いた違和感が肥大し、目を逸らせなくなりました。
要するに単にお呼びでない読者に成り下がったとしっかり自覚しましたので、この連休で集めた原作や関連するグッズはすべて処分しました。
部屋がすっきりしました。
ちょっと前は落ち込んでいたし、残暑厳しさにこれが堪えて、しばらくは体調も崩して寝込みがちだった。それもいつの間にか持ち直した。
そのうち忘れるし思い出すこともなくなるだろう。
これを機に、自分のことや仕事に打ち込もうとも思えたのでいい決別になりました。
気味の悪いお気持ち文を読んでくれた人、ありがとうございます。すこしでも心が軽くなっていればよいのですが。
錦の旗を取れた人もおめでとうございます。願った通りの結末でしたでしょうか。この前のジャンルオンリーに先生はいらしたんですかね?
原作者の先生も完結おめでとうございます。サイン会もお疲れでした。J庭への参加も含めて、これからの活躍もお祈りしています。自由に思うままに執筆を続けてください。
それでは
みんなも寒さに気をつけてね
かなりはやいけど、よいお年を
Permalink |記事への反応(36) | 20:11
春一番が吹き抜ける午後、窓際のカーテンがふわりと膨らみ、干したばかりのタオルに淡い日差しが透けた。小学三年生の私・千春は、帰宅した兄・湊にランドセルごと抱え上げられ、ソファへぽすんと降ろされた。「今日も頑張った?」と頭を撫でる手の温かさに、胸の奥がぶわっと熱くなる。母に叱られた算数の宿題も、クラスで言い返せなかった悔しさも、兄の笑顔一つで溶けていった。リビングに満ちる石鹸と洗濯糊の匂いを深く吸い込みながら——私はこの人を一生守り、一生守られよう、と幼いながら胸に誓う。
第二章 音を立てて開く距離
兄が中学に入り、部活で遅く帰るようになると、食卓に並ぶ椅子の一つはいつも空いた。母が「冷めないうちに食べなさい」と言うたび、私は味噌汁を啜りながら廊下の先を気にした。深夜、蛍光灯の下で英単語帳をめくる兄の背には、近寄りがたい影が宿っていた。「美緒、静かに」と囁かれるたび、胸の中で小石が転がった。子どもの私は、その小石に名前を付けられず、ただ足元で鳴る兄の成長の足音を数え続けた。
第三章 メール越しの声——市外への進学
合格発表の日、掲示板に貼られた番号を見つけた兄は空を仰いで笑った。県下一の進学校、通学片道一時間半。私の「行かないで」は、騒ぐクラスメートの声にかき消えた。春の風が吹く玄関先で兄は「千春は強い子だろ」と頭を撫で、あっさりと黒い学生鞄を担いで出て行く。夕方、カレーの匂いしかない台所で、私は思わず携帯を開く——「今日どうだった?」。既読の横に「部活」「課題」「眠い」の三語。短い返事ほど恋しく、通知音が鳴るたび息を呑む日々が始まった。
私も中学生になり、バスケ部で汗を流した。だけど練習後のシャワー室、タイルに落ちる水音を聞きながら、兄のことばかり考える自分に気づく。友達が「今度みんなで遊園地行こう」と誘ってくれても、私は曖昧に笑って断った。帰宅後、母に「お兄ちゃんは夕飯要らないって」と告げられるたび胸が縮む。兄と私の距離は物理的なものだけではなく、生活のリズム、語彙の選択、夢のスケール——地図全体が塗り替わるように拡がっていった。
第五章 高みを目指す風——兄と同じ大学へ
兄の進学一年後、私は「湊の隣がいい」と進路希望欄に一行だけ書いた。担任は「姉妹・兄弟で同じ大学は珍しくないさ」と笑ったが、動機の濃さまでは見抜けなかった。深夜、蛍光灯の明滅を睨みながら英単語を暗唱し、机に伏した額の下で涙と鼻水が混ざった。——お兄ちゃんの隣に並ばなきゃ私の世界は未完成。そう思うほどに参考書の余白まで兄の横顔で埋まっていく。
合格発表の掲示板で番号を見つけるより先に、正門前で待ち構えていた兄に抱きついた瞬間、世界は再び等速回転を取り戻した。大学近くの築四十年のワンルーム、押し入れを改造したロフトに布団二枚。「家賃、生活費、ちゃんと折半だぞ」と兄は念を押したが、私の頭には花火のような歓喜しかなかった。狭い流しでインスタント味噌汁を作り、共有の机でレポートを書く。夜、ロフトの布団で横になり、「お兄ちゃん起きてる?」と囁くと「寝ろ」と小さな声。そのやりとりだけで心臓が跳ね、眠れない夜が続いた。
第七章 亀裂の手触り——兄の新しい世界
五月の新歓期、兄は同ゼミの先輩・綾瀬沙羅と親しくなっていた。駅前のカフェで偶然見かけたとき、兄が笑う横顔には私の知らない柔らかさがあった。帰宅後、狭い玄関で「ただいま」を言う兄の声が少し弾む。その裏にある感情を知らないふりをして「おかえり」を返すと、胸の奥で小さくパチンと弾ける音——それは嫉妬という硝子玉だった。
夜中、机に伏せながらLINEの通知履歴を追った。画面に浮かぶ「今度のゼミ発表、手伝ってくれてありがとう!」「映画、ポップコーンはキャラメル派?」。私は震える指で既読もつけずアプリを閉じた。
第八章 病室で交わした本音
七月、期末試験前の無理がたたり、私は高熱で倒れた。扁桃炎で点滴を受ける私の側で、兄は氷枕を替え、額を冷たいタオルで拭いた。ぼんやりする視界の端で兄の眉間が寄る。「千春、無理し過ぎるな」。私の唇は乾ききってうまく動かない。それでも「お兄ちゃんは……誰と映画に行くの?」とかすれ声で問うと、兄は少し目を見開き、やがて真剣な表情でこう答えた。
「……千春に嘘はつきたくない。沙羅先輩だ。でも、恋人とかじゃない。ただ仲間として誘われて——」
言い訳のような説明を遮るように咳き込む私を、兄は抱き起こして背を摩った。「なぁ、俺は千春に甘え過ぎてたのかもしれない。けど俺たちは兄妹で、これ以上——」兄は言葉を飲み込む。点滴の機械音が病室に滲む沈黙を裂く。私は熱に浮かされながらも悟った。兄が私の「全世界」ではあっても、兄にとって私は「世界のすべて」ではないのだ、と。
第九章 掌に描く境界線
退院して帰宅した夜、私は狭いロフトで兄と向き合った。裸電球が二人の影を歪ませる。「私、サークル入る。友達とも遊びに行く。……お兄ちゃん以外の毎日を持つ」。意地で張った声は震えていたが、兄は静かに頷いた。
「俺も就職考えなきゃいけないし、研究室のプロジェクトも本気出す。千春が自分の場所を見つけるのは嬉しいよ」
その夜初めて、私は兄の背中ではなく、正面から兄の眼を見た。そこには幼い日には見えなかった迷いと覚悟が交差していた。布団に潜り込み、細いロフトの梁越しに聞こえる兄の寝息を聞きながら、私は気づく。この人を一人の男性として愛してしまった気持ちは消えないけれど、同時に私は自分の人生のハンドルを握らなければならない、と。
第十章 私の日々、兄の日々
秋学期、私は文学研究会に入り、週末は古書店を巡るバイトを始めた。分厚い全集を運ぶたび腕が悲鳴を上げるけれど、店主の「助かったよ」の一言が嬉しかった。サークルでは同級生の新と意気投合し、文芸誌の編集を任される。帰宅が深夜になり、狭い部屋に残る兄のブラックコーヒーの香りが、自分の知らない兄の時間を想像させた。
一方兄はロボット制御研究室に配属され、週末は企業コンテストの試作機に没頭。リビングには配線だらけの基板、冷蔵庫には徹夜明けのエナジードリンク。顔を合わせれば「今日はギアが思った角度で回らなくてさ」「文芸誌の特集、締切伸びそう」と、互いの話を交わし、笑い、すれ違う。寂しさは濃淡を変えながら残るが、どこか甘やかな痛みだった。
第十一章 再定義される「好き」
二月、文学研究会の合宿で雪深い山荘へ向かうバスの車窓に、私は兄の面影を探していなかった。かわりに隣席の新が差し出したホットココアの湯気を見て、「あ、兄と同じ匂い」とふと笑えて驚く。夜、薪ストーブの前で原稿をチェックしながら、新が真顔で言った。「千春、誰かに遠慮してない? 本当に好きなものを選びなよ」。
帰路、携帯に兄から「風邪ひいてないか?」とメッセージ。私は画面を見つめ、初めて返事を後回しにした。雪解け水のせせらぎのように、私の中の「お兄ちゃん大好き」が形を変え始めていた。
春、兄の卒業式。体育館のステージでガウンを揺らす兄の背を見つめながら私は悟る。かつて追いかけた背中は、今や尊敬すべき一個の人間の輪郭をまとっている。記念写真を撮る流れで、沙羅先輩が兄の腕にそっと手を添えた瞬間、胸に尖った痛みは走ったが、私は自然と微笑めた。
式後、学内の並木道で兄に呼び止められた。「千春、就職決まった。都内のロボットベンチャー。……それと、沙羅先輩に告白された」。兄の声が少し震えた。「答えは保留したけど、たぶん——」。私は風に舞う花びらを掴み、そっと指先で千切った。「お兄ちゃん、おめでとう。幸せになって」。驚く兄に背を向け、歩き出す足は震えたが、止まらなかった。
一方私も、新から「卒業まであと一年、俺と付き合わないか」と真剣に告げられた。夕焼けに染まるログハウス風カフェで、私は一拍置き、首を縦に振る。ただし「まだ兄のことを特別に思っている自分がいる」と正直に打ち明けた。新は少し考え、「それを含めて、千春だ」と笑い、手を差し伸べた。
兄の引っ越し前夜、段ボールが積み上がった部屋でカップ麺を啜る。蛍光灯の明かりが段ボールの影を濃くし、狭いはずの部屋が異様に広く感じられた。「千春、この一年、一緒にいてくれてありがとう」。兄の言葉に私は笑い、「私こそ」と返す。
夜半、ロフトに上がる梯子を見上げながら、私はそっと尋ねた。「お兄ちゃん、今でも私のこと、守りたいって思う?」。兄は真っ直ぐな目で「妹を守るのは当たり前だろ。でも千春が前に進むのを邪魔したくない。だから、守るってより、応援するかな」。私は梯子を一段上り、振り返り、にこりと笑う。「なら私は、あなたの一番のファンでい続ける。世界一のね」。
四月。兄は都内のシェアハウスに移り、私はキャンパス近くの女性専用アパートへ。ガランとした新居の机に、文学誌の校正紙と、新からもらった栞付きの詩集を並べる。窓を開けると桜吹雪と同時に、遠くで電車の発車ベルが聞こえた。その音に、兄が乗った始発を想像しながらも、今の私は畏れより期待で胸が膨らむ。
一方兄は新入社員研修に追われ、深夜に帰宅しては泥のように眠る毎日。それでも週末、動画通話を繋ぐと「ロボットアーム、ようやく規格通った!」と少年のように嬉しそうで、画面越しにハイタッチする私たちは、確かに兄妹であり友であった。
夏、私はゼミ論集で最優秀賞を受け、教授に海外学会への参加を勧められた。喜びと同時に襲ったのは、兄から離れて飛行機に乗るという恐怖だった。夜、通話でその迷いを口にすると、兄は一瞬驚き、そして静かに笑った。
「千春、飛行機の中でも俺のLINEは届くさ。大丈夫、怖くなったらメッセージして。……でもまずは自分が見たい景色を見てこい」
受話口から聞こえる兄の声に、幼い頃のヒーローの面影と、同じ高さで語りかける同志の温度が重なる。私は涙ぐみながら、「行ってくるね」と告げた。
第十六章 旋回する眼差し——空の果てで
ヘルシンキ行きの機内、私は窓外の雲海を見下ろし、兄の存在が地球の裏側まで伸びる糸のように感じた。学会の壇上で英語発表を終えた夜、フィンランドの森を背にした会場ロビーで新が「よくやった」と抱き寄せる。その温もりの中で、私はようやく己の恋心が兄とは別の場所に芽吹いていることを自覚する。ロビーの片隅で兄にビデオ通話を繋げば、薄暗い日本の夜明けの部屋で、兄が寝癖のまま「誇らしいぞ」と親指を立ててくれた。
第十七章 再会、そして告白
帰国翌日、私は兄のシェアハウスを訪れた。駅前の桜並木はすっかり青葉に変わり、照り返すアスファルトの匂いが夏の到来を告げる。兄の部屋に入ると、壁いっぱいに貼られたロボットアームの設計図が、昼下がりの光を浴びて銀色に反射していた。
「千春、どうだった?」という声に、私はスーツケースを置き、深呼吸。「お兄ちゃん、私ね——好きな人ができた」。一瞬、兄の眉が僅かに上がる。「そっか」と短く呟き、柔らかく笑う兄。「で、その人は俺に挨拶しに来るのかな?」。私は肩を竦め、「そのうちね」と笑い返す。手土産のフィンランドクッキーをテーブルに置き、二人で半分こした甘い味は、初めて兄と分かち合えた「恋の報告」の味だった。
第十八章 エピローグ——それでも「大好き」
私の卒業式。袴姿の私は、門前で兄と写真を撮った。兄は背広の胸ポケットに小さなチューリップの飾りを挿し、「社会人二年目、少しは板についてきたかな」と照れ笑い。カメラのフラッシュを受けた瞬間、私はふと思う。——この人がいなければ、私は空を飛ぶ翼を持てなかった。
式後のパーティー会場で、新と兄が固い握手を交わす。私の恋人と、かつて世界のすべてだった人。その光景に胸が温かく満たされる。パーティーが終わり、夜風に揺れる街路樹の下で、私は兄に改めて向き合う。
「お兄ちゃん、大好き。だけどそれは、私が私であるための、永遠の合言葉」
兄は優しく頷き、子どもの頃と同じ仕草で私の頭をくしゃりと撫でた。私はその手を振りほどかず、ただ目を閉じて春の匂いを胸いっぱいに吸い込む。そうして再び目を開けたとき、私たちは同じ高さで未来を見ていた。
——終わり——
ちりめん山椒デート、良いですね!京都発祥のちりめん山椒は、上品な味わいで、ちょっとした手土産にも喜ばれることが多いです。デートに取り入れるなら、以下のようなアイデアが考えられます。
京都にはたくさんのちりめん山椒専門店があります。それぞれのお店で製法や味付けが異なるので、食べ比べをしてみるのも楽しいでしょう。
お店の人にこだわりやおすすめの食べ方を聞いてみるのも良いですね。
お互いの好みの味を見つけるのも面白いかもしれません。
ちりめん山椒は、ご飯のお供だけでなく、お茶漬け、おにぎり、卵焼き、和え物など、様々な料理に使えます。
ちりめん山椒を使った創作料理を提供するお店を探してみるのも良いでしょう。
お弁当を作ってピクニックに行く際に、ちりめん山椒おにぎりを持参するのも素敵です。
一部の場所では、ちりめん山椒の手作り体験ができるかもしれません。一緒に作ることで、より思い出深いデートになるでしょう。
デートの最後に、お互いや家族へのお土産として、気に入ったちりめん山椒を選ぶのも良いでしょう。
行きたいお店や体験できる場所などを事前に調べておくことで、スムーズなデートになります。
会話を楽しむ:ちりめん山椒の味の感想を言い合ったり、お店の雰囲気について話したりしながら、二人の時間を楽しんでください。
京都など、ちりめん山椒が有名な場所に行く場合は、その季節ならではの風景やイベントも一緒に楽しむと、より思い出深いデートになるでしょう。
あまり詰め込みすぎず、ゆったりとしたペースで楽しめるような計画を立てましょう。
山椒のピリッとした風味と、ちりめんじゃこの旨みが絶妙に合わさった上品な味わいです。
ご飯との相性抜群: 温かいご飯と一緒に食べるのはもちろん、お酒の肴にもぴったりです。
小さくて持ち運びやすく、日持ちもするので、ちょっとしたお土産に最適です。
お店によっては、試食ができる場合があるので、積極的に試してみるのがおすすめです。
これまでのアメリカによる多大な支援はほぼバイデン政権によるものなので、バイデン政権が最悪だったことにしたいトランプを前にアメリカからの支援全体に対して感謝するのは実は悪手。かといって、トランプにおもねってバイデン政権を批判することなんてもちろんできない。でも、「特に、開戦初期の最も困難な時期に、(戦前の)トランプ政権がもたらしたジャベリンが多大な力となった」ことをめちゃくちゃ強調してあげれば、誰に嘘をつくこともなく、トランプ政権の自尊心を大いにくすぐってあげられたろうね。(手土産も、ボクシング世界チャンピオンのベルトより、聖ジャベリンの肖像がよかったんじゃないか)
口論が始まってから、そのことをトランプ自ら強調しだしたけど、会見の最初のほうでゼレンスキーの口から言ってあげていたら、話の流れは天と地ほど違っていたんじゃないかな。少なくともヴァンスが「感謝の言葉がない」なんて言い出すことはなかった。もっとも、それで取引がまとまっていれば未来が明るかったかというと、それはわからないけど。
会見映像の口論シーンを見ても、「ここで○○がこう言っていれば…」みたいな道をなかなか見いだせずにモヤモヤしていたんだけど、口論の前に打てる手立てがあったんじゃないかという話。
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(追記1):
私は揉め事が嫌いなので、主軸は「どうすれば穏便に会見が終わっただろう?」という問い。口論はトランプが記者からの最後の質問を呼びかけたあとにヴァンスが割って入ったところから始まっているので、何事もなく会見が終わるチャンスは十分にあった。
「それで取引がまとまっていれば未来が明るかったかというと、それはわからない」と書いたのは実は言葉足らずで、そもそもその前段で、「急所を突いて会見が穏便に終わっていれば、直後の協議で取引がまとまっていたかというのも、やはりわからない」というのが正直なところ。もともと安全保障を求めていたゼレンスキーとの取引がまとまるはずがないという指摘はその通りかもしれない。
そしてまた、結局取引がまとまらないならば、形式上はどの段階で破談になっても変わらないという指摘もあるだろう。むしろ、アメリカに頼れない現実を知らしめ、ウクライナやヨーロッパの決意を促したという点では、口論になったことはプラスだったのかもしれない。
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https://x.com/ZelenskyyUa/status/1896948147085049916
We do reallyvalue how much Americahas done to helpUkraine maintainits sovereignty and independence. And we remember themoment when things changed whenPresidentTrump providedUkraine with Javelins. We are grateful for this.
ゼレンスキーがツイートでジャベリンに言及したけど、できれば口論の前にこちらから言いたかったし、このツイートでも "especially" "do remember" くらい強調してもいいんじゃないかなぁ。("do reallyvalue" のほうじゃないのよ…)
Permalink |記事への反応(20) | 21:21
結婚8年目
子供もいないし、夫は家事もやる方だと思う(日頃の料理も、おしゃれ着以外の洗濯もできる)
きっと家事労働としては楽なほうなんだろうけど、なんだか疲れてしまった
ゴミ箱の上に置かれた缶を片付けてたときにふと虚無感に襲われた
もちろん洗濯機のゴミとりも、洗面用品の補充もしたことがない(足りなくなったら詰め替え品の封を切って使い、詰め替えることなくそのまま放置する)
なんなら、資源ごみの分類も知らないだろう。不思議だね。前は1人暮らししていたはずなのに。
玄関を掃除したことなんてないし、そのような概念すらしらないかもしれない(一度も気付かれたことがない)
いつもあれがない、これがない、どこに置いたの?と聞いてくる
あなたが買い集めて、使うことも整理することもなく突っ込んだ、あの棚のどこかじゃない?
新しい趣味を始めるたびに物を買って、集めて、飽きたら放置する。
週に一度しかしないランニングのために、シューズや靴下やウェアをいくつも買う。それ、どこにしまうん?
飽きた趣味の用品、いつまで玄関や廊下に置いておくん?未開封のものまであるね。
手放し方も処分方法もきっと知らない。いや、きっとものの管理に責任感がない。
引っ越しの折に、家の荷物をまとめながら夫の整理整頓に付き合うのがせめてものチャンスだけどそんな機会そうそうない(しかも本人はとてつもなくめんどくさそうにする
週末、私は平日溜まった家事をする
罪悪感から?手土産のテイクアウトの夕食か、もしくは疲れた体に鞭打って料理を作ってくれる。
でもなんかもう嬉しくないし、楽しくない
元増田よりも贅沢言ってるかもなと思うけど、俺も妻の実家が苦手だ。
・義母の作ったご飯の感想を誰も言わないし、感謝とかもしない。何も言わずにご飯を食べ始める。いただきますとかもなく、ぬるっと食べ始める。怖い。
・手土産を何も言わずに食べ始めて、やっぱり感想とか感謝とかがない。
・食卓の誰かの何かがうまくいった、仕事が軌道に乗ってて楽しい、という話への返しが「調子に乗らないようにね」みたいな感じで、素直に家族内で褒め合うことがない。
・義父が不機嫌になりやすい。自分でやってることがなんかうまく行かなくなると、30分くらい独り言をし出して怖い。
・義母がやたら家に来る。その際ちゃんとチャイムとか鳴らさず入ってくる(妻の実家筋の物件なので義母が鍵を持っている)
・家に来た義母は俺が料理してるのを見ると、妻をなじる(何もしなくていいの?とか自分だけゲームしてるの?みたいなことを言い出す)。
(家に勝手に入ってくる以外は)俺に対して酷い仕打ちをしてくることは全くないんだけど、一緒にいるとなんか心が荒むんだよな。
常に機嫌良くしてて仲良くし続けてたうちの両親が偉すぎただけかもしれない。
もうだいぶ経つけど、彼女がうけた傷をたいしたことないっていう人が世の中たくさんいるんだと悲しくなったので……
亡くなったのはだいぶ前だけど、従姉妹ちゃんは20代前半で亡くなった。
私より年下で、私が中学?高校?くらいの頃から気づけば親戚の集まりに来なくなっていた。
事故?かなにかでけがして入院してておばさんたちも大変なのよ、と何かごまかす感じで親に言われて、質問は受け付けないという雰囲気でただならなさを感じたのは覚えている。
その後もずっと親戚の集まりにも来ず、引きこもりらしい扱いになっていたので
聞いてはいけない雰囲気から私は勝手に学校でいじめられてその延長でケガをしたか、もしくは自殺未遂をしてしまったのでは、と思っていた。
おばさん(従姉妹ちゃんの母、私の母の妹)とおじさん(従姉妹ちゃんの父)は親戚の集まりとか法事で会うことはあった。
私が大学生の頃か、社会人になりたてくらいのときに祖母が亡くなった。
別の親戚のおばさん(従姉妹ちゃんの母ではない)が、通夜のあとみんなが食事してるときに会場の外の廊下でしゃがみ込んでた。
私は多分トイレ行こうとしてたのかな。
そのおばさんはお酒飲めない人だったのでもしかして飲まされて気分が悪くなったのかと思って声をかけたらハンカチで口元抑えながら泣いてた。
私はてっきりおばあちゃんが亡くなったことで泣いてるのだと思って、背中さすりながら向こうで風にあたります?気分悪いです?誰か呼びましょうか?みたいな声をかけたと思う。
ちょっと落ち着いたそのおばさんが、「従姉妹ちゃんのこと考えたらもう悔しくて悔してくて…」と言ってまた泣き出した。
通夜と葬儀には従姉妹ちゃんとその母は来てなくて、おじさん(従姉妹ちゃん父)だけが来てた。
私はこのときまで従姉妹ちゃんはいじめが辛かったんだなあという勝手な解釈をしてたので「大変みたいですもんね…」みたいな雑な相槌をうってたらおばさんが
「あんなひどいことされて、あの子の人生めちゃめちゃで、親にも会えないしまともに生きていかれないじゃないの」みたいに言いだして
そんなにひどいいじめだったのか…?会えないってなに?と思いながら適当に話を合わせてたら本当の理由を聞くことになった。適当に話し合わせて聞いてただけだったから断片的ではあったけど事実の概要は知ったという感じ。おばさんはそのとき私が成人だったから知ってると思って知ってる前提の会話をしたんだろうと思う。
そのとき初めて知ったのは、従姉妹ちゃんはいじめではなく性犯罪の被害に遭ってたということだった。
具体的な話も少しだけ聞いたけどここには書かない。
初めて聞いたとき怒りと悔しさで震えるとはこういうことかと思った。
被害は従姉妹ちゃんが小学生の時で、おそらく怪我して入院して…と正月に来なかった頃なんだと思う。
男の人を見るだけで恐怖で過呼吸や引きつけのような発作を起こしてパニックになり、父親とすら一緒に過ごせない。
学校も先生や生徒に男の子(男性)かいるからいけないというかそもそも家から出れない。
知らなかったけどおじさんは従姉妹ちゃんのために実は近くに安アパート借りてそっちで生活してたらしい。たぶんうちの両親は知ってたんだと思う。
カウンセリングか通院かはしてたらしいけど、もうずっと家の中で静かに過ごすしかない状態だったらしく、通夜のときに酒が入ったおじさんが「娘がおばあちゃんの葬式にも来れない」ということをこぼして、おばさんが涙をこらえきれなくなって廊下で泣いてたということだった。
このときには多少パニック発作?のようなものは落ち着いてたみたいだけど、ひどいときは宅配や水道業者とかの家に来る見知らぬ男性、家の外から聞こえる近所の男の人の声だけでもおばさん(従姉妹ちゃんの母)にしがみついて泣き叫んだりしてたらしい。
このおばさんは従姉妹ちゃんちの割と近くに住んでたので、従姉妹ちゃんちに度々行ってお手伝い(従姉妹ちゃん母が出かけないといけない時に従姉妹ちゃんと留守番したりとか)してたらしい。うちの母も姉妹だからよく相談受けてたけど私が未成年だったし内容もショッキング過ぎたので言わないようにしてたらしい。
あとで何がきっかけか分からんけどうちの親も「あ、この子従姉妹ちゃんのこと知ったんやな」というのを察して知ってる前提で少し会話することがあった。
一度だけ、この葬式のあとに泣いてたおばさんと出かけたことがあって、その後に従姉妹ちゃんちへ行ったことがある。
私も女で親族とは言え、長らく会ってないほぼ他人に近い人では従姉妹ちゃんを刺激してしまわないかと思ったけど、おばさんが行こうと言うならまあ大丈夫なんだろうと思って手土産のお菓子を持って行った。
天気が良くて、縁側みたいなところで日にあたりながら久しぶりだね、大きくなったねって当たり障りのないことだけ話してお菓子を隣りに座って食べた。
かなり痩せていて覇気がなく、まだ幼い子供のように見えるけど、同時にすごく疲れて老けても見える不思議な雰囲気だった。
その時に会ったのが最後で、その数年後に亡くなったことを聞いた。
自死だったらしい。
あの時泣いてたおばさんは葬儀ではより一層大泣きだった。
おばあちゃんの葬式の時に事実を聞いてから、生まれてきて10歳かそこらの小学生のときに被害に遭った従姉妹ちゃんの人生は何だったんだろう、性被害を受けて苦しむだけのためにその後の時間が使われて、そんなことのための人生だったのか?何だったんだって、今でも性犯罪のニュース見るたびに従姉妹ちゃんを思い出して胸が苦しくなる。
聞いただけの私がこれだけ苦しくなるなら被害に遭った人はどれだけ苦しいんだろう、辛いんだろうって思う。
たいしたことなんてない。